『ポジティブイエロー ネガティブマインド』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:境 裕次郎                

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 鉄橋のアスファルトの上を規則正しい音を立て、突き進む俺とイエローベスパ。
 行く先に目的も無く、ただ夕日の中、当ても無く遠くへと遠くへと走り続ける。
 片手で火をつけたセブンスターの紫煙は過去へと消え去り、俺はひたすら前へと突き進んでいく。
 意味が無いことにこそ、意味がある。
 其れが俺のモチベーション。 
 こうして彼方に辿り着こうとしているコトにさえ意味がある。
 その辿り着いた先に何が無くとも『必ず何かがある』と俺は信じる。
 盲目的に信じるコトで人は救われらしい。
 なら俺は救われる。
 だから俺は行く。

 50Km、60Km、原付の癖に小型バイクのエンジンを積んであるイエローベスパは更に加速する。
 70Km、80Km、夕陽差し込む中を駆け抜けていく。
 このまま旅にでも出てしまおうか。
 そんなコトすら思い浮かんできそうな赤さに全てを照らされて、背後にセブンスターを投げ捨てる。
 短いその一瞬ですら俺はこの道の上を突き進み、後ろを振く暇さえなく前だけ向いて駆け抜けていく。
 止まらず、前へ前へといつまでも走り抜けていく。

 ベスパは時折、楽しそうに陽の光を照らし、俺と一緒にアスファルトを踏みぬけていく。
 俺はそれに答えるように、アクセルグリップを全開まで捻り上げ、加速度を上げてやる。
 トルクの軽いベスパは望みどおりに加速していく。
 鉄橋を乗り越えてもスピードを落とさず、俺はひたすら駆け抜けていく。
 降り立った国道一号線にも、誰も居ない。
 俺はその中を一人で走り続ける。
 理由なんて何一つなく先へ先へと時速で通り抜けていく。
 
 少し喉が乾いたことに気づいた俺は、道路脇にベスパを止め、緑と白の看板を提げたコンビニへと入り、トレーから一本のポカリスエット、レジ向こうから一束の煙草を拝借し、またベスパに跨る。

 喉に流し込むポカリスエットの冷たさが、夕陽に照らされて火照った身体に心地よく響き渡っていく。目を閉じて、体中に伝導していくのを実感すると、目を開けてセブンスター一本取り出して火をつける。
 其れを中指と薬指の間に挟み込めば、また出発だ。
 イグニッションキーを軽く右回転。
 キック一つで唸りを上げるエンジンの音に乗せられて、俺はまた先へと行く。
 運悪く信号は赤だったが、無視してスピードを落とさず更に加速させていく。

 やがて夜が来る。
 だが、俺は止まらず、ただ当ても無く夜道を疾走する。
 空には星空。丁度スピカが白く輝いていた。
 今宵の月は普段より幾分明るい。
 心地よく広がる闇の世界に気分を良くした俺は、鼻歌一つエンジン音に合わせて刻みながら走り続ける。
 カタチの無いものですら、カタチになりそうな。
 願わないことですら、星が叶えてくれそうな。
 そんな夜だ。
 俺を包む闇は何処までも広がって。
 俺が辿り着く先にさえ広がって。
 十年後も二十年後も百年後ですら同じ表情を浮かべて俺を包み込むのだろう。
 変わらない。
 何もかも。
 俺が生きていく姿も、生きていく道も。
 バイクポケットに入れたポカリスエットの蓋を片手で開け、残りを全部飲み干す。
 手を離すと、俺から零れ落ちて地面に小さな音を立てた。
 その音を尻目に疾走していく。
 意味も無いオンロードはまだまだ続いていきそうだ。
 世界が闇に覆われている間には目的地に辿り着けそうにも無い。
 
 ベスパの表示を見ると、ガス欠を示すランプが点滅していた。
 俺は遠くに見えるガソリンスタンドの明かり一つの傍に寄り、ベスパを停車させる。
 上から伸びる長いチューブをベスパに差込み、ガソリンを補充。
 満タンになった所で、そのチューブを元の位置に戻すことなく、そのまま手を離してブラさげたまま放置する。
 ベスパは俺の相棒だ。
 腹が減れば満足に走っていけやしない。
 人間も同じだ。
 そう思うと、自分の腹も減っていたことに気づく。
 俺は、ジャケットのポケットから黄色い箱を取り出すと、ブロッククッキーに齧りついた。
 仄かなチョコレート味と、パサついた感触を十分咀嚼して飲み込むと、ガソリンスタンドの自販機で烏龍茶一つを購入し、バイクポケットに入れる。
 そして、黄色い車体に跨り、また走り出す。

 夢を見ることも無く、夜を越えた俺は夜明けを迎える。
 暗闇の色がゆっくりと褪せ、薄紫から曖昧な橙色へと姿を変える。
 俺はまだ走り続ける。
 線路と水平線で挟まれた、舗装道路をベスパで突き進んでいく。
 最後の一本になったセブンスターを取り出し、火をつける。
 煙と同じ色をした夜明けが段々其の色を失い。
 今日という日の始まりを告げる光を掲げて昇っていく。

 何と無く俺はベスパのハンドルを切り、海岸線へと近づく。
 そしてエンジンを切った。

 俺はそこからゆっくりと砂浜へと歩いて、海に一番近い場所にまで辿り着いた。
 背後から昇る光に答えるように、水平線の向こうが輝きだす。
 空と海に境界線を引くように白くきらめく。
 其れは綺麗で。
 ちょっと感動した俺は、煙草の煙が目に入った振りして目尻を拭う。
 ずっと眺めていたかった。
 日が昇るまで、朝が世界に告げられるまで見て居たかった。

 だけど、俺は水平線に背中を向けると。
 またベスパに跨りエンジンを掛ける。

 俺はまだ先に行かなくちゃいけない。
 走り続けられる間は何処までも、何処かに辿り着くまで。
 遠くへ、遠くへ。
 それに、幾ら綺麗な景色であろうと、走り続けていればいつかまた出会える。
 世界はそういう風にできている。
 人はそういう風に作られている。
 昨日より今日に。
 今日より明日に。
 明日より未来に。
 感動していけるように作られている。
 なら俺は今日より明日に向かって走り続けなければ、な。

 加速するベスパのバイクポケットから、空っぽになったセブンスターの箱が風で飛ばされて後ろに消えていった。

 
 
 

 サイドミラーに残った俺の足跡の一つになって。



2004/03/03(Wed)17:47:27 公開 / 境 裕次郎
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■作者からのメッセージ
高校卒業記念に一つ作品を残そうと思い、敢えて自分の内側へと内向した、駄目な部分を煮詰めた作品を書き上げてみました。だからおそらく読んでも面白くないのではないかと。『なら載せるなよ』と言われそうですが、許容していただけると幸いです。なので、初めて僕の作品を読んでいただける方には80%オススメしません。読んでいただいたことのある方にも、結構オススメできません。と書いて良いものかどうか迷いながらも、一応但し書きとして残して置きます。

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