『向日葵と少年―1&2』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:哉納柚                

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―――ここから出たい。
私はもう、どこもおかしくなんかないのに・・・。
・・・そう思ってるのも、私だけかも。
そうだ、きっと、そうだからここから出してくれないんだ。

*   *   *

「透子、明日、向日葵畑に行きましょう」
そう誘ってくれたのは、姉の律子だった。
「・・・向日葵畑?」
「そう、あんたの大好きな向日葵がたっくさん咲いてるのよ。
 とっても暑いかも知れないけど、夏なんだから我慢しなさい」
そう言って、律子は透子の頭にポン、と手を乗せ、部屋を後にした。
再び、透子は1人になった。
1人には、慣れている。
だが、人がいなくなる瞬間は、何回起きても慣れない事だった。
「向日葵・・・か・・・」
透子は近くにある、一輪の花を見た。
それはまさしく、透子の好きだった向日葵だった。
「・・・姉さん、私が向日葵を嫌いになったの、知らないんだ・・・」
グシャッ 黄色い、大きな花びらは透子の手で、潰された。

特に楽しそうな顔もせず、嫌そうな顔もせず、透子は律子の車に乗る。
よく先生が外出を許してくれたな、と透子は思った。
「あんたもあんな一人ぼっちじゃ寂しいでしょ?
 私、姉として一応、あんたの事わかってるつもりだからさ」
・・・わかってないよ。
私が向日葵を嫌いになった事も、花瓶の花がなくなってたのも、知らなかったじゃない。
姉さんが知っている「私」は、上辺だけなんだよ・・・。
「そうなんだ・・・」
透子は本心を作り物の笑顔で、押し殺す。
律子は何も疑わず、透子に微笑み返した。

窓をボーッと見ていると、段々と視界に黄色いものが写ってきた。
きっと、畑に咲いている向日葵全てが自分の背丈以上あるだろう。
―――向日葵。
かつで大好きで大好きで、どうしようもないぐらい好きだった、大輪の花。
いきいきしてて、とても伸び伸びしてて、みるだけで自由になる感じで・・・。
でも、もうそんな希望は抱いていない。
・・・いや、抱く気にもならない。

「さぁ、着いたよ。思う存分、遊んだら?」
「うん、ありがとう」
透子は姉の顔を見る事なく、向日葵畑へ潜って行った。
向日葵畑に来て幸せで、車を飛び降りたんじゃない。
嬉しい気持ちで、「ありがとう」を言ってるんじゃない。
姉さんの車から出たくて、車を飛び降りたんだ。
あの孤独な空間から出してくれたから、あんたに礼を言ったんだよ。
(また・・・まただ・・・)
透子はこんな自分が、大嫌いだった。

走って、走って、走って。
姉さんという、人間という鳥かごから逃げ出すつもりで、畑の中を走り続けた。
そのゴールは、少し広めな平らな土地だった。
不思議・・・そこだけ、向日葵が咲いていなかった。
(・・・ここで休もう・・・疲れた・・・)
透子は本能的に、そこへ座った。
足を広げるでもなく、「ふぅ」と言う声を出すのでもなく。
ゆっくりゆっくり腰を下ろし、まるで寒さに怯える子供のように身を縮める。
・・・惨め。
せっかく鳥かごから出れたのに、体はまだ鳥かごにいるようだった。
どれだけ鳥かごから逃げ出して、忘れようとしても、体は染み付くように覚えていた。
(かごに慣れたんだ・・・私の体・・・)

ガサッ
向日葵畑の静けさを引きさく音がした。
「・・・誰?」
透子は声を挙げる。
特に大きな声でもなく、小さい声でもなく。
「驚いた、人がいるんだ」
姿を現したのは、自分と同年代ほどの少年。
髪は無造作に風に吹かれ、とても気持ちよく舞っていた。
透子は少年を睨み、その場から逃げ出そうとする。
・・・人。また人は私を鳥かごに・・・。
「あ、待って。いいよ別に、ここにいたって」
少年は逃げ出そうとする透子の肩を掴み、笑顔で言った。
透子も不思議なぐらいに、少年の言い分を素直に聞いた。

「僕の名前は、アオイ。君は?」
透子と、アオイと名乗る少年は背中を合わせるように座った。
普通、こんな風には座らないが、人と顔を合わすのが苦手な透子は、あえて背中合わせで座りたいと頼んだのだ。
少年はそれを、素直に聞き入れてくれた。
「・・・透子」
「トオコ・・・いい名前。透き通るに、子供の子・・・かな」
少年は偶然なのか、知っていたのか、透子の名前の感じを当てた。
「すごい・・・どうしてわかったの」
透子は驚いたが、声の音量も変える事なく尋ねた。
「なんとなく・・・あ、ちなみに苗字は日向ね」
「・・・日向・・・なんか、向日葵みたい」
「人によく言われる。もちろんアオイって名前の感じも、向日葵の最後につく漢字」
葵はクスクスと笑いながら、空を見上げている様子だった。
・・・声が、頭の上から聞こえたからだ。
「・・・トオコは、向日葵好き?」
葵からの突然の質問に、透子は驚いた。
「昔は・・・好きだった。でも、今は・・・嫌い」
「どうして?」
「それは―――」

「透子ー!そろそろ帰るわよ!!」
理由を述べようとした瞬間、姉の声が畑に響いた。
「・・・帰らなきゃ」
透子は立ち上がり、そのまま立ち去ろうとした。
「明日、来れる?」
葵は去ろうとする透子を後ろから、声で引き止める。
透子は間を置いてから、小さな声でボソッと答えた。
「・・・来る」
発言じたと同時に、透子は葵から姿を消した。
「透子・・・まさか会えるなんて、思わなかったな・・・」
葵のまた、発言したと同時に、畑から姿を消した。

「透子、帰ろう」
「・・・うん」
透子は無表情で、律子の車に乗る。

透子は再び、人と言う鳥かごに戻って行った。


*   *   *

「来てくれたんだ」
葵はすでに、そこに居た。
葵は私に背を向ける。
透子もまたその背中に持たれかかるように、背中を合わせて座った。
「・・・だって、約束だもの・・・」
透子は汗を涼やかな風で吹き飛ばし、空を見上げた。
向日葵の窓から、青空が見えた。
「そっか、約束・・・透子はちゃんと守るんだね」
葵はクスッと笑った。
そして、何もない時間が刻々と過ぎていた。
それを切り開いたのは、透子だった。
「私ね・・・精神病院に、入院してるんだ」
「精神病院?」
「うん・・・。・・・私ね、中学生の時にすっごくストレスが溜まって・・・。
 それで、それが爆発して、精神的に狂ったの。
 ・・・どうしようもできなくなった親は、私を入院させてそれっきり。
 会いに来ない・・・」
なんとなく、葵には打ち明けてみたかったのだ。
特に理由もない、ただ、葵にはわかってほしくて。
「そうなんだ・・・」
葵は間を置いて、透子に尋ねた。
「透子は、寂しい?親に、会いに来てほしい?」
以外な質問に、透子は目を丸くした。
「・・・会いにきてほしい・・・なんて、思った事ない・・・。
 でも、・・・でも、腹が立つ」
無性に。
来ればうっとうしい存在。来なければ来てほしい存在。
「そんな時、あるよね。来てほしいけど、来たらうっとうしくて。
 で、来てくれなかったら、来てほしくて。
 ・・・その気持ち、なんとなくわかるよ」
「でしょ?」
透子はクスッと笑った。自分でも驚くぐらいに、久しぶりに笑った。
葵もまた、透子につられて笑った。

「・・・もしかしたら、もう透子と会えないかも知れない」
葵は突然、寂しそうな声で言った。
「どうして?」
特に動じる訳でもなく、透子は葵の背中を見つめた。
「僕はね・・・人間じゃないんだ。
 生き物なんだけど・・・人間よりも儚いモノ」
「儚い、モノ・・・?」
「そう、儚いモノ。人間は僕が好きで、でもその時間が過ぎて、枯れると、
 ・・・そのままほったらかし・・・」
透子は葵の正面に回り、尋ねた。
「・・・あなたは・・・日向葵なの・・・?」
葵は顔を上げ、にっこりと答えた。
「どうだか・・・そうで、あってほしいね」
葵は立ち上がり、畑へと姿を消した。
透子はその後姿を消えるまで見つめ、姉の車に戻った。
今日も姉の車で、送ってもらったのだ。
「透子、そんなにここが気に入ったの?やっぱり向日葵が好きなのね」
「・・・葵がいるから」
「何て?」
ボソッと小さな声で言った声は、どうやら姉に聞こえてなかったみたいだ。
別に、聞こえてなくてもよい事だけど。
「向日葵が・・・好きだから」
姉は私を見てにっこり笑い、エンジンをつけた。

透子は病室へ戻る途中に、病人が話しているのを聞いてしまった。
「あの向日葵畑、今日燃やされるらしい」
「何故だい?」
「知らないのかぃ?あそこには大きな分譲マンションが立つんだよ。
 どうやら平田企業が企画した事らしいから、畑の持ち主も反対できなかっ たらしい・・・」
平田企業・・・それは透子の苗字でもあり、透子の父が経営している地元でも有力な企業の名前だった。

2004/03/01(Mon)15:18:44 公開 / 哉納柚
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