『消し忘れたモノ』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:葉瀬 潤                

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  すっごく愛してた人を、私の中から消すの。
「サヨナラ・・・」
 彼は言った。その重い言葉が、今でも私の胸に刺さっている。
 心の壁。私の意識はそこにいた。
 
 あいにく『白いペンキ』と『黒いペンキ』しかなかった。
 この壁をすべて塗りつぶさなくてはならない。
 すべてはあなたを忘れるため。あなたをここから消さなくては。
 一人作業なんて、疲れそうね。ため息をついた。
 この広くなりすぎた部屋で、しばらくボォーとしていた。

「よし!」
 頬を力強く叩き、気合を入れる。
 立ち上がり、白いペンキが入ったバケツに刷毛を入れた。
 神経質なわたしは、丁寧に塗り始めた。
 全部を白くしてしまえば、なんて清潔感溢れる部屋になるだろうか。
 想像すると、なんだかウキウキするね。
 知らずに笑みがこぼれた。
 でも、これで白く塗ってしまったら・・・。
 また誰かに恋をして、最悪の場合失恋したら、また同じ作業をするんだわ。
 虚しい気持ちが湧き上がった。
 私は刷毛を投げ出した。その拍子に、白のペンキが頬についた。

 また立ち尽くした。

「今度は黒にしよう!」
 なんて楽観的な私。黒って、ちょっとダークだけど、派手よりマシか。
 先ほど塗った白の上に、黒で丁寧に塗りつぶしていく私。
 どんな雰囲気になるのか、楽しみであった。
 黒ってすごく、絶対的な色をしているよね。
 もう何色にも染まらないって感じの意思が伝わってくるよね。
 だから、この部屋を黒くしてしまえば、『もう恋愛しないぞ』って決意したら、もうその通りなっちゃって、けっこうつまらない人生を送るのかもしれない。
 寂しがり屋な私。孤独死するなんて嫌だわ。
 刷毛を放った。ちがう頬に黒がついた。

 ずーと天井を見上げ、顔が歪むほどに考えた。頭の中が渋滞起こして、故障してしまった信号は、青に点滅してくれない。
 どんな色がいいの? この壁を塗るのには。
 あなたを忘れるのには。
 
 解決策が一個思いついた。
 私の意識は、その部屋からでた。黒のペンキと白のペンキの入ったバケツはまだそこに置くことにした。


 私は携帯に、さきほど消してしまった彼の電話番号をボタンで打ち込んでいった。さすがに一年半付き合っていたのだ、電話番号ぐらい暗記できていた。
 プルルルル・・・ 呼び出し音が鳴る。
「はい、もしもし」
 彼の明るい声が聞こえた。ついさっき、私を突き放すように去っていった彼とは180度ちがっていて、びっくりしたのが本音だった。
「あの、私だけど・・・」
「○○○(私の名前)か。なんか用?」
 電話の相手が私と知ると、なんだか声のトーンが落ちていくのが分かった。まだお互い気まずい空気のままだった。
「あのね、相談したいことがあるの。てか、質問!」
 妙に明るくなる私。不思議よね。さっきまで喚いていたのに。
「何だい?」
 彼の方も、それに安心してか、すごく優しい声が返ってきた。
「黒と白のペンキがあります! そのどちらかの色で、あなたのお気に入りの壁を塗りつぶすとしたら、どれを選ぶ?」
「お気に入りの壁というと?」
「○○○(彼の名前)が、その壁にいろいろ好きなモノを描いた壁っていう設定で」
「なんじゃそりゃ〜」
 彼は電話越しで笑っていた。こういうこと言って真剣に取り合ってくれるのって、今から考えると、あなたしか居ない気がする。
 コホンと咳払いして、彼は答えた。
「塗りつぶす理由がないから、俺は黒も白も選ばない」
「理由がもしあったら?」
「う〜ん…それでも塗らない! だって、俺の好きなモノが描いた壁だから、消すのはもったいないし、わざわざ塗るのがめんどくさい」
 私は噴き出した。それを聞いた彼は冗談で怒った。
「しかたないだろう? それを消すのが、すごく惜しい気持ちになるんだから」
「惜しいねぇ」
 意味ありげに私はそう呟いた。
 彼は言う。
「だから、その壁は残しておくと、あとでみたときに、すごく懐かしく思うわけなんだよ。ほら、自分がすごく年取った時とかに見ると感動するべ!」
「うん…そうだね」
 なんだか気持ちが沈んでいく。ため息が不意にでてしまった。
「なんかあったのか?」
 私のそんな態度のせいで、彼は心配そうに問う。声がすごく低くなって、彼に罪悪感を持たせている気がした。
「なんでもないよ。ただ、今日は疲れたの」
「そうか。それってさ、もしかして俺の・・・」
「いうけど! ○○○(彼の名前)は関係ないからね!」
 これは嘘。こうやって念を押さなければ、空気は悪化してしまう。
 彼の性格が優しすぎて、私はわがままを言いすぎて、こうやって関係を終わらしたというのに、私はまだ彼に依存しているのがわかった。どうせなら、こうやって一日中電話越しで喋っていたいものだわ。会っても気まずくなるだけ。お互い距離置いて、目を合わすことすらしなくなるのよ、きっと。だからこうして、彼の声が近くで聞けるだけでも、胸が躍っているの。電話越しが一番いい距離なのかもね。
「結局、おまえの求める答えがだせなかったな。ごめんよ」
「どうして謝るのよ? こうやって人の意見を聞いただけでも、大きな進歩だわ!」
「そうなのか?」
 お互いにクスクスと笑う。まるで以前の関係がまだ継続しているみたい。変な嬉しさが込み上げて、平常心が保てなくなった。
 
      あぁ まだあなたのことが好きなんだ

「いろいろありがとう。忙しいところごめんね! じゃ、バイバイ」
「一つ言い忘れたことがあるんだ」
 彼の声が引き止めた。電話を切りそうになって、慌てて受話器に耳をあてた。すごく期待した。笑顔がこぼれた。
「・・・おまえとは遊びじゃなかったから。おまえといるとすごく安心できた。最高に愛してたから」
 らしくないセリフを彼は言った。これを冗談で返すべきか困惑した。『愛してたから』って、過去形なわけでしょ。
 でも、これが彼の本音なんだわ。私も素直にいわなきゃ、彼を困らせてしまうわ。
「ありがとう」
 これしか今は言えない。涙が溢れそう。悟られることを恐れ、明るい声を上げた。


 黒も白も選ぶことはない。そして、他の色も、使わない。
 私が作ったのは、『鍵』。
 誰にも触れさせない。私の思い出として、この部屋は残そう。
 ふと懐かしく思えば、この『鍵』で入れば、いつでも彼がそこにいる。
 カラフルだ。すべては《あなた色》よ。
 未練。そんな感情は一切ないなんてのは嘘。
 
 さぁ、最初からやり直そう! 
 また新しい部屋を作ろうじゃないか!

2004/02/27(Fri)00:22:27 公開 / 葉瀬 潤
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■作者からのメッセージ
少し暗いストーリーです。。気分転換にちょっと書いてみました 
『心』の中の部屋を、どうリフォームするかという、主人公の苦悩というものを表現したかったので、読んでくれて伝わるものがあれば、嬉しい限りです!

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