『デジタルな彼女(第1章〜第5章)』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:きくぞう                

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◆第1章 出会いって……





「ゆなは二十二歳です。性格は明るく顔は深田京子似と言われます。今週ならいつが空いていますか?今日今からすぐにでも会いたいの!どうですか?ゆなはね百五十五センチ、四十四キロでサイズは上から八十五センチのDカップで五十八センチ、八十四センチです!ゆなの希望は三万は欲しいです。撮影もしたいなら交渉ありですよん!まずは日時を決めましょう。メールしてね。ゆなより」

 ……削除。

 無言で今来たばかりのメールをゴミ箱に移し、俺は大きくため息をつくと深く椅子にもたれた。また援助交際のメールかよ……。

 パソコンには無数の女の子達のプロフィールが載っている画面が映っている。俺はその中から気に入った子を選ぶと軽い内容の手紙を書いた。

「こんにちは、亮っていいます。新しい出会いを求めて、今この手紙を書いています。もしよろしかったらメールフレンドになりませんか?お返事御待ちしております。よろしくお願いします」……っと。

 送信ボタンを押す。後は返事が来るのを待つばかりだ。

 俺はインターネットで俗に言う、「出会い系サイト」というページを見ていた。

 出会い系サイトとは、恋人や友人など新しい出会いを求める男女が自分のプロフィールを登録し、気に入った相手にメールを送ると言う、言わばインターネット上のお見合いみたいなものだ。

 何故俺がこのようなサイトに来たかってーと、同じ彼女いない暦十六年の「俺達、硬派だから彼女なんていらねーぜ」同盟だった元親友の高橋に彼女ができたからだ。当然、友情よりも女に走ったあいつとは、もう親友でもなんでもない。だから“元”だ。チクショー!

 あいつはここでその彼女を見つけたらしい。許せねぇ。だから俺もここで見つけることにした。あいつと条件は同じ。いやルックスはあいつより勝っているから俺の方が相当有利なハズだ。

 だが。

 返ってくるメールと言えば援助交際目的のメールだったり、男性目当ての悪質な広告だったりで今のところろくな返事がない。何故だ!何故なんだ!メールの内容が悪いのか?それとも、趣味が盆栽ってのが地味なのか?

 悩んだ末に俺は他の男性登録者のプロフィールでも見て参考にしようと思い別ページを見てみた。ったく、なにが楽しくて男のプロフィールなんぞみなくちゃならないのか……はぁ。

 早速見てみると……おーおー、いるわいるわ、女に飢えたもてない野郎どもが。

 ハッ。なんだこいつは?趣味がテニスにバスケットだぁ?ちっ好青年ぶりやがって。どうせ球拾い係とか、万年補欠とか、そう言うオチなんだろ?って言うか、そう言うオチであってほしい。

 他の奴のも見てみる。

 なになに?こいつは着せ替え人形が趣味ぃ?「彼女になってくれた人には僕特製の等身大の服をプレゼントしちゃいます」だってさ!キモッ!気色悪いっての。冴えない写真載せやがって。冗談はその顔だけにしろってーの。どうせ、こんな奴に返信なんか……来てるよ!なんで?

 登録者の欄には過去に何通の返事が来たかが解る欄がある。そこに結構な数字がカウントされているのだ。なんでやねん!

 俺は自分とそいつのプロフィールを見比べてみた。趣味が多少違うもののこれと言って俺と違う所は……ん?ちょっと待てよ……?冴えない写真?……あっ!

 俺は重大な事に気がついた。そうだよ、写真だよ写真!いくら自慢のルックスも写真を見せなくちゃ宝の持ち腐れ、意味がねぇ。相手だってそりゃぁ食いついてこないよな。どーりで返事が来ないと思ったよ。それに写真が付いていれば、どこの得体の知れない奴よりかは、格好悪くても写真を載せている方が相手も安心するに違いない。そうか、そう言うことだったんだ!そうとなれば善は急げだ。写真撮らなくちゃな、写真!

 俺は机の引き出しを開けた。確か、今年の修学旅行で使った使い捨てカメラのフィルムがまだ残っていたハズ……。

 ごちゃごちゃと物が積み重なり、もはや密林と化した引き出しの中をガサガサと掻き分け、使い捨てカメラ「写るかもしれないんです」を取り出した。

 残り枚数はっと……三枚。おっしゃ、三枚もあれば十分。さっさと撮っちまおう。

 俺は自分で自分を写そうと、レンズを自分に向け距離を適当にとる。俺は右斜め四十五度の角度からが一番格好良く写るんだが、えっとこれくらいかな……。

 俺はあーでもないこーでもないと、カメラのアングルや表情を変えながらウダウダしていた。

「それにしても、こんな姿、姉貴だけには絶対に見せられないぜ……」

「私が何だって?」

「うわっ!」

 独り言で言ったつもりなのに、急に後ろで声がして俺は死ぬほど驚いた。振り向くと、ドアの前で口の端を意地悪そうに吊り上げて笑う姉貴が立っていた。姉貴のメガネがキラリと光る。あいつが悪巧みを考えている証拠だ。

「亮く〜ん、なんだか面白そうなモノ見ているじゃな〜い?どれどれ、お姉さんにちょっと見せてみなさい」

 姉貴は許可も無くズカズカと部屋に入ってくるなり俺からマウスを取り上げ、画面をクリックしながらニヤニヤとサイトを見始めた。

「ふ〜ん、出会い系サイトねぇ。それでどうなの?成果はあったのかしら?」

 答えはもう解りきっているのに、あえて聞く嫌味な口ぶり。

「い、いや……まだだけど……」

 俺がそう答えると、パッと目を見開き満面の笑みを浮かべ、

「やっぱりね!あんたに返事をくれるような酔狂な女はいないってね。無駄なことはやめてエロ本でも見てハァハァしていれば?根暗なあんたにはそれがお似合いよ、アハハ!」

 ……ひでぇ。これが血の分けた弟に対して言うセリフか……。

「それにあんたさ、使い捨てカメラなんかで写真を撮ってどうするつもりだったのさ?」

「どうするって、このサイトに載せようと……。」

 俺がそう言い掛けると、姉貴は「はぁ?」と、心の底から呆れたような顔をしながら、

「あんたって馬鹿?っていうか馬鹿よね。撮った写真をどうやってパソコンに載せるのさ。あんたスキャナとか持ってないじゃん」

「あ……」

 不覚。そうだった。せっかく写真を撮ってもパソコンで使えるよう加工しなきゃならないんだった。写真を撮りこむスキャナなんてものは家には無いし……。

 俺が悩んでいると姉貴はため息をつきながら、

「デジカメ」

「え?」

「デジカメよ、デ、ジ、カ、メ。デジタルカメラ。それで写せばいいでしょ。それならわざわざスキャンしなくても済むし手間もかからないしね。まったく……ちっとは頭を使いなさいよ、ただでさえ普段使わないで脳味噌ツルツルなんだからさ」

 いちいちムカつく言い方だが、なるほどデジカメか。それは考えてなかったな。

「デジカメっていくらくらいするんだ?」

「まぁ安いものでも三万はするわね」

「三万!?」

 学生の俺にとって三万円は大金だ。そんな金などあろうはずもない。

「姉貴……いや、お姉さま、ちょっとご相談が……」

「却下」

 ……まだ何も言っていないんですが……。

「どうせ、金を貸してくれって言う気でしょ?悪いけど、あんたに貸すような金は一円足りともないからね」

「そ、そんな〜」

「まぁ、手段は教えてやったんだ。後は自分でなんとかするんだね」

 言いたい事だけ言うと姉貴はさっさと部屋から出て行ってしまった。なんだよ、冷やかしかよ!

「ちぇっドケチババァめ。少しくらい貸してくれてもいいじゃんか。そんなんだから、嫁の貰い手もいないんだよ!」

「あ、そうそう、言い忘れていたけど」

「どわっ!」

 眉をヒクつかせながら姉貴がドアの隙間から顔を出した。ま、まだ居たのか……。

「駅前に私の友人がやっている質屋があるんだ。まぁ色々取り扱っているから、もしかしたら中古で安いデジカメもあるかもね」

「え?!」

 俺は耳を疑った。俺の不幸が三度の飯よりも好きな姉貴がそんなことを言うなんて……。やはり持つべき者は姉弟だなぁ。口ではなんだかんだ言っても優しいところあるじゃん。

「まぁ……その……なんだ……、そんなんで感謝されても困るんだよね。あるかもしれないって話だけなんだからさ。後は自分で行って確かめてきな」

 姉貴は照れくさそうにポリポリと頬を掻きながら部屋を出て行った。

 よーし、駅前の質屋ね。早速行ってみるか!っと、その前に軍資金の確認確認っと……。

 俺は自分の財布を覗いて見た。千円札が二枚と、小銭でひーふーみー…ギリギリ千円分はあるな。これでしめて三千円。確か姉貴が言っていた相場は……三万円。ま、中古だしもしかしたら三千円のデジカメもあるかもしれない……。とりあえず、見るだけ見に行く事にしよう。まずはそれからだな。





◆第2章 質屋って……






 でもって早速来てみた。多分ここで合っているだろう。駅前にある質屋って言ったら、この辺じゃここしかない。

 質屋「イワク商店」。

 ……まぁ名前が多少気になるトコロだが、極力気にしない方向で。

 ガラガラと今時自動ドアじゃない引き戸を開ける。入った途端、埃っぽいカビ臭い匂いが俺の鼻を直撃した。

「ゲホゲホッ。うわ……なんだこりゃ……」

 俺は店のあまりの陰鬱さに驚いた。

 店内は薄暗く、紫色に発する蛍光灯がパチパチと点滅して目が痛い。一直線に両脇に並ぶ陳列棚には商品がまばらに置いてあり、黄色くかすんだ値札が張ってあった。一体、何年前から置いてあるんだ……。

「ごめんくださーい、くださーい、くさーい、ださーい……」

 変なエコーがかかりつつ、店内に俺の声が響き渡る。まぁ俺以外客がいないってのは分かるとして、なんで店員までいないんだ?夜逃げでもしたのか?

「すいませーん、どなたかいらっしゃいませんかー、ませんかー、せんかー……」

 虚しく俺の声だけが店内にこだまする。ちっ!なんだよ、また姉貴のガセネタかよ!いつもこうだぜ!

 しばらくボーっと突っ立っていたが、いっこうに店員の姿は見えやしない。しゃーない、帰るとするか……。

 肩をがっくりと落とし、俺はトボトボと帰ろうとした……が。

「……い……しゃい……」

 今にも消え入りそうな声が店の奥から聞こえた……ような気がした。そして……。

 ヒタ……ヒタ……。

 何かが近づいてくる足音。その足音は俺の真後ろで止まった。

――ゴクリ。

 俺の唾液を飲み込む音が店内に響き渡る。誰かいる……。

 俺は恐る恐るゆっくりと振り向く。

「……いらっしゃい……何かお探しで……?」

 そこには無精ひげを生やしたひょろ長い幸の薄そうなやせ細った男が幽霊のように立っていた。

 海草のようにゆらゆらと揺れながら男はニヤリと笑う。多分精一杯の営業スマイルなんだろう。俺はビクビクしながら、

「姉に紹介されて来たんですけど……」

「姉……?」

「美香、早乙女美香っていいます」

「美香ちゃん?!」

 その名前を聞くと、男はパァっとまるでひまわりが咲いたように表情が明るくなった。

「何?君って美香ちゃんの弟なの?」

「え?ええ、一応……」

 さらに男の表情が明るくなる。それと同時に店内の蛍光灯も紫色から黄色へ変わったような気がした。

「いやぁ、美香ちゃんに弟がいたなんて初耳だよ。しかも僕の店を紹介してくれるなんて光栄だなぁ。君の名前は何て言うんだい?ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は木下影光(きのしたかげみつ)この店の店長だ」

 人が変わったように男は……店長は早口でまくしたてる。

「さ、早乙女亮っていいます」

 オドオドしながら自己紹介をする。

「亮くんか?いやぁ美香ちゃんと一緒でいい名前だ」

 うんうんと嬉しそうにうなずく店長。

「よーし、美香ちゃんの弟なら大サービスしちゃうよ!で、何を探しているんだい?うちは中古品のエキスパートだ!食料品から電化製品まで幅広く取り揃えているからね!なんでも言ってくれ!」

 食料品の中古って、かなり嫌なんですが……。

「ええっと、デジカメを探してまして……」

「デ、デジカメ?!」

 何故か大げさに驚く店長。そんなに驚く事なんだろうか。

 俺が不思議そうに見ていると、店長はコホンと咳払いし、

「いやー、亮くんも運がいいね!ちょうどさっきデジカメが戻ってきた……んじゃなくて仕入れたばっかりなんだよ」

 そう言うと、店長は店の奥にあるショーウィンドウの前にそそくさと移動した。一見してみると他のショーウィンドウと変わらないが、一点だけ大きく異なる部分がある。

――御札。

「なんです?この札?何々?悪霊退……」

 俺が途中まで読みかけると、慌てて影光店長はその御札をはがし、クシャクシャと丸め、口に放り込んで飲み込んでしまった。

「む、むふぐふげほげほっ!」

 咽る店長。あ、怪しすぎる……。

 咽ながら店長はショーウィンドウからからデジカメを取り出す。

「ゲホゲホ……。い、いやー、これだよこれ!小型軽量でおしゃれなスクエアボディに、高度な微細化技術により有効画素数三百万画素、最大記録画素数六百万画素の超高画質を実現。手軽でスタイリッシュなファッション性と、美しい写真への要求を満たす高度なスペックを両立。Webカメラとしても利用可能の自慢の一品だ!」

 ハァハァと息も絶え絶えに一気に言い終えた店長は満足げに仕事をやり終えたような男の表情をした、が。

「あの……何を言っているのか全くわからないんですけど……」

 俺には理解不能。今の日本語ですか?

「ズコッ!」

 激しくずっこける店長。

「ま、まぁ、とにかく凄い高性能のカメラだってことなんだけど……」

 その後も一生懸命説明をする店長だが、あたふたと、まるで何かをごまかしているようなそぶりが俺には見えた。もしかしてこのデジカメって何か曰くでもあるんじゃないだろうか……。

「店長……」

「え?」

「何か俺に隠していません?」

「ギクッ!!」

 硬直する店長。

「それに店長、さっきからなにやら不審だし……」

「ギクギクッ!」

「だいたい何ですかあの札。あからさまに怪しいですよ」

「ギクギクギクッ!」

「そんな怪しいカメラ、例えいくら安くても欲しがる人なんて……」

 俺が訝しげに見ていると、店長は手をバタバタさせながら、

「と、とにかく!この超高級超高性能デジカメが今ならなんと二千九百八十円!超!お買い得!やったね!亮君!得したね!明日はホームランだ!」

 意味不明な事を口走る店長。だけど、なんと言われようとも、そんな怪しいデジカメなんか…………。

「二千九百八十円?!」

 俺はその衝撃の一言に言葉を失った。世界が白くなっていく。

 その後の事はよく覚えていない。ただ。

「まいどありー」

 遠くでそんな声がしたような気がした。





◆第3章 見知らぬ女の子って……





「全く、あんな怪しいカメラなんて買う奴いないっつーの」

 質屋「イワク商店」から帰ってきた俺は、例の出会い系サイトを開いていた。二千九百八十円のデジカメ、市場価格の十分の一。怪しすぎる。そんなデジカメを買う奴なんて、

「俺ぐらいなもんだぜ」

 懐からデジカメを取り出すと俺はそいつに頬ずりをした。ぜったい何かあると思いつつ、気がついたらそれを買って店を出ていた。

 まぁ俺が思うに、きっと元の持ち主が非業の死を遂げ、その怨念がこのデジカメに宿っている……とかね。
 
 そうでなきゃ、この値段の説明がつかない。

 ま、俺は怨念とか幽霊とか信じない人間だから別にいいけどさ。出るなら出やがれって。俺はちっとも怖くなんかねーぜ。
 
 俺は早速写真を撮ろうと、デジカメの電源を入れるとレンズを自分の方へと向けた。ジーっと言う機械音が鳴り、パッと画面に俺と見知らぬ少女が映し出される。おっ?感度良好、問題無しだね。

 そのままシャッターを押す。カシャッと言うカメラお決まりの音がしたかと思うと、もうすでに画面は固定されていた。これでいいのかな?

 俺と見知らぬ少女のツーショット。まるでプリクラみたいだ。少し照れるね。

 出来上がった写真を見るとなんだか妙に嬉しい。俺は続けて本棚を写す。本を手にとって読みふける少女。これが漫画じゃなければもっと絵になるのに。

 さらに自分の机。机に肘をついて窓を見上げる少女。憂いある表情がいいね。

 そして自分のベッド。制服姿でベッドに横たわり照れくさそうにはにかむ少女。黒くて長い髪がベットの上に広がっている。なんだかちょっとドキドキしてきたぞ。

 なんだか写真を撮るのって楽しいじゃん!

 俺はおもちゃを与えられた子供のようにはしゃいだ。まぁ、これも被写体が可愛いからなのかもしれないけど。

 そう思いながらベッドを見てみると、そこには誰もいなかった。って言うか、最初から部屋には俺以外誰もいなかったハズ。そもそもさっきの女の子って一体誰?!

 その時、ちらりとデジカメのファインダー越しにベットで大あくびをする女の子が写っているのが見えた。デジカメを手に取りまじまじと見てみる。確かにベッドに横たわり眠そうにしている女の子が見える。しかし、デジカメのファインダーを通さないで直接ベッドを見てみると……少女は写っていない。……ってことは……。

「うわあああああああああ!!」

 俺はデジカメを放り投げて部屋から出ると一目散に階段を駆け下り外に飛び出した。

 な、なんなんだ一体……。デジカメには写っているのに肉眼では見えない女の子って……。もしかして幽霊?!まさか本当に曰く付きの商品だったのか……。だとしたら、イワク商店め、名に恥じない商売しやがって!やるじゃないか……じゃなくて、マジかよ!

 とりあえず、落ち着け。まず、あんなもの、手元に置いとけねーよ。返品だ返品、即行でクーリングオフだ!

 携帯電話を取り出し、影光店長からもらった名刺に書いてある店の電話番号にかける。
――トゥルルル、トゥルルル……ガチャ。

「この電話番号はお客様のご都合によりお繋ぎできなくなっており……」

「店の電話を止められてんじゃねーよ!」

 思わず俺が叫ぶと、買い物袋をぶら下げた道行くおばちゃんが驚いて振り向いた。

「あ、す、すんません……」

 ったく……仕方ない、直接持っていくしかないか……。

 家の扉を開け、恐る恐る自分の部屋へ向かう。嫌だなぁ、怖いなぁ。取り憑かれたりしたらどうしよう……。

 階段の上を見上げると心なしかいつもより暗く見える。部屋に近づくにつれ足取りが重くなる。

 部屋の前まで来た。ドアノブを掴み少しづつ回す。幽霊に気がつかれないように……。

――ガチャリ。

 ドアが開く音が思いのよか大きかったので驚いた。

――しまった!気がつかれたか?!

 俺はそのまま目をつぶり硬直した。

 ……一分……二分……。

 どのぐらい経っただろうか、ゆっくりと目を開けて部屋を見てみると、いつもと変わらない俺の部屋。とりあえず、幽霊の姿は見当たらない。

 例のデジカメはベッドの上に放り投げられていた。

――ジー。

 電源が入っている……触るの嫌だなぁ……。かといってこのまま放って置けないし……。 

 引き出しの中から軍手を取り出し装着。まるで危険物を取り扱うように俺はデジカメを手に取った。

「ちょっと君!乱暴に扱わないでよね!こう見えても私、デリケートなんだから!」

 聞こえない。俺には何も聞こえない。空耳に間違いない。

「ちょっと!聞いているの?!」

 聞こえないんだあああああああ!!





◆第4章 クーリングオフって……





「あ、あなた……私をどうするつもり……?」

「へっへっへ……泣こうが叫ぼうが、ここには誰も来ねぇよ!大人しくしな!」

「キャー!やめて!この変態!痴漢!何するの……モゴモゴ」

――バタン!ガチャリ!

「ふぅ……ひとまずこれで安心だな」

 庭にある物置の鍵をかけ、俺は安堵のため息をついた。まさか、こんな事が本当にあるなんて……。

 デジカメ越しにだけ見える謎の少女の幽霊。俺は生まれて十六年こんな体験はしたことが無かった。って言うか、もうしたくない。まぁ、奴は毛布で包んでこの物置の奥に封印したんだ。未来永劫この封印が解かれることは無いだろう。そう、世界に平和が戻ったんだ……。

「喉が渇いたな……」

 安心したせいか、急な喉の渇きが俺を襲った。

「み、水……水……」

 ふらふらの足取りで台所へついた俺は、蛇口を捻り流れ出る水を直接喉の奥へと流し込んだ。ぷはー!生き返る〜!!

「亮?帰っているの?」

 ふいに母さんの声が後ろからした。

「ああ、いるよー」

 振り向くと母さんがムッとした表情で立っていた。手には見慣れた毛布が……毛布?!

「もう!物置の方でガサガサ音がするから泥棒かと思っちゃったじゃない!それにこれは何?あなたの部屋の毛布まで持ち出して!もう子供じゃないんだから母さんに手を焼かせないで遊びなさいよ」

 そう言って、母さんは俺にハイと毛布を手渡した。ありがとう母さん、余計なことしてくれて……。

「ふふん、これも運命ね。もう観念しなさい?」

 奴の勝ち誇った声が毛布の中からモゴモゴと聞こえた。





 どこまでも広がる空。日が落ち空をオレンジ色に染める。空はいい。空を見ているとつまらない事でウジウジ悩んでいる自分がとてもちっぽけな存在に見えてくる。

 俺は部屋の窓からボーっと空を眺めていた。

「ちょっとー」

 あ……鳥が……気持ちよさそうに飛んでいるよ。僕も鳥になって空を飛んでみたいなぁ。

「おーい」

 風がそよそよと気持ちいい。もう9月。季節は秋になろうとしているんだな……。

「帰ってこーい」

 聞こえない。俺には何も聞こえない。空耳に間違いない。

「ちょっと!聞いているの?!」

「聞こえないんだあああああああ!! 」

「ハイハイ、同じギャグは三度まで。まぁ、私は二度までしか許さないけど」

「ううう……やっぱり聞こえるよぉ……」

 机の上にはデジカメ。しかも世にも珍しい喋るデジカメだ。別に音声機能搭載とかじゃない。ようするに……。

「私はこのデジカメに取り憑いている幽霊ってワケ?」

「お前が聞くなよ!」

 思わずデジカメに突っ込む俺。

「だってしょうがないじゃん?気がついたらデジカメの中に居たんだから。自分が幽霊かどうかだって分かんないしぃ。そう!もしかしたら、超優秀な人工知能搭載の最新型高性能デジカメかもしれないわよ?」

「高性能デジカメ……ねぇ……」

「な、何よその目は……」

「なんでそんなデジカメがあんなしなびた質屋に置いてあるんだよ……」

「そ、そうねぇ〜……なんでかしらねぇ……」

「しかもご丁寧に悪霊退散の札まで張られてさ……」

「そ、それは誤解よ!以前に買って行ったお客さんがみんな私を見てちょっと驚いて……」

「幽霊が出た〜!とか言われて返品されたんだろ?」

「うっ……」

 図星か……。

「とにかく、おめーみたいな気持ち悪いデジカメは家には置いておけん。明日にでもクーリングオフしてやるから覚悟しておけよ!」

「ひ、ひどい……そんな言い方って……」

 目を潤ませながら奴は俺を見る。うっ……ちょっと言い過ぎたか……。

 少し心が痛む。だが、ここで躊躇してはいけない。映す写真すべてにこいつが映ってしまっては、俺の壮大なる「出会い系計画」が駄目になってしまう。ここは一つ心を鬼にして……。

「……ってやる……」

「え?」

「呪ってやるぅ!!怨んでやるぅ!!化けて出てやるううううう!!」

「ちょ、ちょっと……」

「あんな所に戻されるくらいなら、死んで化けて出てやるううううう!!」

「死んで化けて出るってアンタ……」

 お前、幽霊じゃん!と、思わずまた突っ込みそうになってしまったが、それどころじゃない。部屋がまるでポルターガイスト現象のようにガタガタと震えだし、彼女の叫び声はハウリングとなって、部屋中のラジカセ、テレビ、パソコン等の機械がキーキーと共鳴し始めたのだ。

「呪ってやるうううううう!!」

 す、すさまじい不協和音。あ、頭が割れそうだ……。

「わ、分かった……分かったから、泣き止んでくれ……」

 ピタリ。泣き止んだ。

「置いてくれるの?」

「いや、それはちょっと……」

「呪ってやるうううううう!!」

 ぐわわわっ!!

「わ、分かったから!置いてやる、置いてやるから!クーリングオフなんてしないから許してくれ〜!!」

 ピタリ。泣き止んだ。

「ありがとう〜嬉しいわ、マイダーリン!これからずっと一緒なのね!」

 椅子から転げ落ちて床で倒れている俺の頭上から、彼女の嬉しそうな声が聞こえた。

「ふっ……ちょろいもんね」

 ……呟いたその声も聞こえた。こ、こいつ、性格悪いな……。ろくな死に方しないぞ……。って言うか……まぁ、もう何も言うまい。同じギャグは三度まで。それが鉄則。





◆第5章 都市伝説って……





――ジャジャジャジャーン!

 運命。奴のテーマ曲だ。あいつからの着信はこの音にしている。何故かって?重いからさ。いわゆる心構えだな。

「なんだよ」

 わざとつっけんどんに携帯に出る。

「ファンタジーだよ!この世のファンタジーがまた一つ発見されたんだ!」

 俺が電話に出るなり”元”友人の高橋は興奮気味に話を切り出した。

 はぁ……やれやれまたかよ。

「ファンタジーなのはお前の頭だろ……」

「亮、知っているか?最近巷で話題になっている都市伝説の話をさ」

 わざとらしく疲れきった声を出しているのにあいつは全く気がついていない。ほんと、頭ん中ファンタジーだよな。ちなみに高橋の言う巷とは一部の限定された地域を指す。

 それから都市伝説。その町に語り継がれている不可思議な現象のことだ。

 俺が住んでいる町にも様々な都市伝説がある。

 老人の顔を持つ気味の悪い犬、人面犬。そう都市伝説。

「私って綺麗?」と聞いてくる口が耳まで裂けている口裂け女。そう都市伝説。

 電車にひかれても、上半身だけで高速移動したと言われる通称「テケテケ」。そう都市伝説。

 高橋はそう言った都市伝説やオカルト現象に目が無いマニアだ。そして毎回毎回こいつが持ってくる話はろくなものがない。しかもそのろくでもない話の解明のため、毎度毎度つき合わされている不幸な俺がここにいるのだ。俺が着信をあの曲にしている気持ちが少しは分かって貰えただろうか?

「どうせ、またくだらないガセネタだろ?」

「ち、違う!今度こそ本当の話だ!間違いない!」

「この間もそう言っていたよな。なんだっけ?パグにそっくりのおっさんを捕まえて人面犬だっけか?ありゃあ人面犬じゃなくて犬面人だったな」

「うっ……」

「あとは、なんだっけか?口裂け女とか言って痔に悩んでいるおばさんを捕まえていたな。ありゃあ口裂けじゃなくて尻裂けだな」

「うっ……」

「それともあれか?テケテケ発見!とか言って、ヨガが趣味のおじいさんを捕まえていたな。確かに上半身だけで移動していたけど下半身はちゃんとあったよな?」

「……と、とにかく!今回は本当に本当!証言も多数あるし、目撃者だっているんだ!」
 
「へー、そいつは凄いや。で、今回の話はどんな話だよ?」

「呪いのデジカメ」

「げふっ!」

 高橋の予期せぬ一言に思わず咽る俺。デ、デジカメ?!

「なんでもさ、とある質屋で何度売っても帰ってきてしまう曰くつきのデジカメがあるらしく、返品してくる人は口々に「女の幽霊が写っている!」と言うらしい……」

「げふげふ!」

 俺は咳き込みながら自分の膝元を見る。

「今のところ、なんでその女がデジカメに取り憑いているのかは全くの謎なんだけどさ。我らがオカ研(オカルト研究会の略称。高橋が所属している)としては見逃せないのよ。それでさ、実物を見てみようと昨日その例の質屋に行ったらさ、なんと売り切れ!店の主人に聞いたら俺達と変わらない年頃の奴に売ったんだって!失敗したよ、もっと早く突き止めるべきだった!」

「ち、ちなみにその質屋の名前は……?」

「イワク商店」

「ゲフッ!」

 ストライクだった。

 どうしようお母さん、俺、都市伝説を買ってきちゃったよ……。

「さっきからどうした?ゲフゲフ咳き込んで?風邪か?」

「い、いや、なんでもない……」

 俺は咳き込みながら自分の膝元を見る。

「とにかくさ、何かまた詳しい情報が入り次第連絡するからさ、亮も何か分かったら教えてくれよな!じゃあな!」

「あ……おい……」

――ツーツーツー……。

 用件だけ言うと高橋はさっさと電話を切ってしまった。都市伝説ならここにいるのに……。

 俺は自分の膝元を見る。

 今、俺の膝元には最近買ったばかりのデジカメが置いてあった。

「アハハ!おっもしろーい!」

 噂の都市伝説は漫画を読んでいた。

「……ったく、都市伝説が漫画を読んで大声で笑ってんじゃねーよ……」

 デジカメを買ってから三日が過ぎた。今のところ俺は無事だ。とりあえずこいつは危害を加えるような幽霊じゃないらしい。っていうか、幽霊のくせに怒ったり笑ったり泣いたりとずいぶん感情の起伏が激しい。普通、幽霊っていうと「うらめしや〜」みたいに、陰気なモノだと思っていたんだけど……。

 俺の目の前ではひとりでにペラペラとめくれる漫画が見える。そう、こいつは物に触れることができる。でも姿形は見えないから、傍目から見たらおかしな光景だ。

「あー面白かった!」

 漫画を読み終えて満足そうに伸びをした彼女はゴロンとベットに横たわった。

「お前さ、一体何者なんだよ」

 デジカメを手に取りファインダー越しに女を睨み付ける。

「前にも言ったじゃん。そんなの私にも分からないって」

 別の漫画を手に取りページをペラペラめくりながら女は答えた。

「自分の名前も知らないのか?」

「まぁね。ま、別に不自由はしてないからいいんだけど。アハハ!おもしろーい!」

「俺が困る。お前の事なんて言えばいいのかわからん」

「好きに呼べばいいよ」

「じゃあ、デジ子」

「それはちょっと嫌だにょ」

「じゃあ、デジモン」

「あたしはモンスターか!」

 さすがにそれは気に入らなかったのか漫画が俺に飛んできた。

 ったくわがままな奴だな……。好きに呼べっていったのはお前だろうが……。

「もう少しまともな名前を考えてよ!」

「ったく……めんどくせーな」

 俺は何か名前のヒントでもないかとデジカメをまじまじと見てみた。

「ん……?これは?」

 フレームの右下に小さくアルファベットが書かれているのが見える。

「“K”?イニシャルか?」

「“K”?」

「何か知っているのか?」

「ん〜……、わかんない」

「もしかしたら、お前の名前のイニシャルかもな。よし!お前の名前は“K子”で決まり!」

「安直〜。ま、アニメキャラやモンスターよかはいいけどさ〜」

 不満そうに頬を膨らませるK子。ま、本当の名前がわからん以上仕方ないわな。

「しゃーないわね、とりあえずそれで妥協するわ。よろしくね、A太郎!」

「おう!…って、ちょっとまて、A太郎ってなんだ?」

 俺がそういうと、K子はニンマリと笑いながら、

「だって私だけイニシャルで呼ばれるのって不公平じゃない?だから、あなたの事もイニシャルで呼ぶことにしたの。これでおあいこね、A太郎!」

 嬉しそうにクスクスと笑うK子。

「ったく、子供っぽい奴……」

 そう言いながらも、自然に顔がほころんでいる自分がいた。

2003/12/29(Mon)06:37:01 公開 / きくぞう
■この作品の著作権はきくぞうさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここには初めて投稿させて頂きます。
きくぞうと申します。

皆様の意見を参考にしつつ、頑張りたいと思いますのでどうぞよろしくお願いします。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。