『「片想い」』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:カニ星人                

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 平凡な毎日。一年前からずっと変わらない。
 だからきっと君は気づいてない。
 私が君に恋していることに。

 「うわ!?」
 二年生になってすぐの、三時間目の数学の授業。
 隣でガタガタと大きな音を立てて、引き出しの中や横にかかった鞄の中を慌ててあさる。
 大げさに「あちゃ〜」とか「あれぇ?」とか困った後、遠慮がちに苦笑いしながら私を見て、初めて言葉を交わした。
 「ごめん、相良さん。教科書見せてくれる?」
 その申し訳なさそうな笑顔に、気がついたら落とされていた。

 その後、彼こと田中 健くんが教科書を忘れることはなかったけれど、あの日二人の机にまたがったこの数学2の教科書は、今でも私の宝物。
 陽気な健くんはどんな人にでも優しく、いるだけで周りを明るくする。
 クラスの人気者の健くん。サッカー部で、放課後いつもグラウンドで頑張っている健くん。
 三年生に上がって、受験を目の前にした今も、彼の日に焼けた笑顔は相変わらず眩しいのだった。
 「健、お前は悩みなさそうでいいよなぁ」
 とぐったりした声で彼に話しかけたのは、同じサッカー部の斉藤くん。
 「俺らなんか毎日受験勉強で、くったくただぜ? お前本当に受験生か?」
 斉藤くんはだるそうに体をひねって真後ろの席の健くんに言う。斉藤くんの嫌味をさらっとかわして、ははは、と笑う健くん。
 「勉強してるよ。俺の目指してる大学、結構難関だし。悩みだって……」
 悩みだって、と言ったところで健くんは少し言葉を濁して、ちょっとうつむく。
 それを見てピンと来たらしい斉藤くんは、意地悪そうな、いたずら好きの子供のようににやっと笑って、
 「ははぁ、アレね」
 と言った。二人には暗黙の了解、と言うことらしい。
 横でこうした彼らの掛け合いを見ていられるのも、私の席が健くんの隣だから。
 席替えは学期ごとに行われるから、一学期が終わるまで、あと二ヶ月は近くで見ていられる。
 「健がねぇ、まさかあいつとは」
 斉藤くんはまだ健くんをからかって面白がっている。さっきから休む間もなく、ふぅん、とか、へぇ〜、などとわざとらしい感嘆の声を発しながら。
 「同じ大学行くために猛勉強してるんだろ? どうりで一生懸命勉強するわけだよなぁ」
 「やめろよ、聞こえちゃうだろ」
 真っ赤になった健くんが必死に斉藤くんの口を押さえる。それからチラッと、教室のはじにいる人だかりの方を見た。
 「頑張れよ受験生! まぁ、俺もだけどね〜。けどあいつ、彼氏いるって話だぜ?」
 斉藤くんは健くんの視線の先にいた人物を知っているのだろう、健くんを見つめたまま言った。
 その言葉でかすかに彼の顔が曇る。
 見ていると、みぞおちがぎゅっと痛くなり、心に雪が降る。
 すると、そんな健くんから視線を外した斉藤くんと目が合った。
 「あれ!? 相良さん、もしかして今の会話聴いてた?」
 突然のことに、え、と驚く私。まずったかな、と言う顔で焦って訊く斉藤くん。
 「ううん、平気、聴いてなかった」
 ブンブン頭を横に振って、私は答えた。小さな安堵の溜息を、同時につく二人。可笑しくて笑ってしまいそう。
 その時、休み時間終了のチャイムが鳴った。みんな一斉に自分の席へ戻る。
 斉藤くんは健くんに向かって片目をつむって右手で「ごめん」のポーズをした後、よじれた体を元に戻した。
 勢いよくドアを開けて教師が入ってきた。ずかずかと歩いて教卓の前に立つと、起立の号令がかかる。
 鼓膜が破れそうなくらいけたたましい椅子を引く音。それが鳴り終わり、礼、と言われて頭を下げる。
 着席し、教師が出席簿を書いている時、隣の健くんが身を低くして小声で話しかけてきた。
 「相良さん、さっきの気にしないでよね。あの、何でもないから」
 「あ、本当に大丈夫だよ、何も聴こえなかったから」
 私は嘘つきだ。本当は、ずっと前から彼らの会話を聴いてる。
 だから、健くんの想う相手も知ってる。
 「よかったぁ」
 健くんはそう言っていつもの笑顔になると、つっかえていた物が取れたようにすがすがしい顔で授業の用意をし始めた。
 「……あれ?」
 鞄をかき回す手が一瞬止まる。そしてもう一度、さっきよりも荒く探す。
 ゆっくりとこっちを振り返り、困ったような笑い顔を向けて、
 「相良さん……ごめん、教科書忘れちゃったみたいなんだ。見せてくれる?」
 と言った。
 願ってもないこと。あの、三時間目の数学以来のこと。
 嬉しくて、うん、と快く頼みを受け、しかし少しためらいながら机を寄せる。
 ごめん、を連発している健くんの机の方に、教科書を動かそうとした時。

 受け取ろうとした健くんの手と私の手が触れた。

 ドクン、と心臓が一回だけ大きく波打った。
 すぐに手は離れ、教科書は二つの机の間に収まったけれど。
 私の鼓動は、周りに聞こえそうなくらい大きく、死にそうなくらい早かった。
 健くんが、ありがとう、と言ったのが視界の端に見えたけど、私は彼の顔を直視することが出来なくて、うつむいたまま軽くうなずいて、うん、とだけ答えた。
 わかっている。この恋は叶わないこと。絶対に何も始まらないこと。
 だからこのままでいい。告白なんかしない。健くんの言動に一喜一憂する、片想いのままでいい。
 斜め前の席の斉藤くんが、
 「おい健、やっぱりお前、受験生としての自覚ないな」
 と言った。

2003/12/26(Fri)12:25:20 公開 / カニ星人
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■作者からのメッセージ
 初めて恋愛モノを書きます。片想いです。
 心情を上手く表せなくて困りました、いつもブラックなモノばかり書いているので(汗) 片想いで、なおかつ相手に好きな人がいるのをわかっている、と言う。
 わかりづらいところなど、たくさんあると思いますので指摘してくださると助かります。
 よろしくお願いします。

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