『変わりゆく季節 変わらない想い』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:碧眼工房                

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あの頃は、とても暑かったことを覚えている。
何かが、今まで生きてきた日々とは違っていた。
記録的な猛暑、今までにない気温、ということもあっただろうが、
あの頃の僕にとってそれらはどうでも良かったような気がする。
今まで過ごしてきた年よりも、ずっと、ずっと鮮やかな夏の色。
いつまでも色あせず、冬である今さえ、それが昨日のように思える。
僕の中に刻まれた深い夏は、消えることはない。









ミーン。
ミーンミンミン。






聞こえてくるのは、波の音さえかき消してしまうほどの蝉の声。
胸焼けがするように青い山や海を越え、微々ながらも存在を訴える風が吹く。
それは、無性にのどが乾く日だったことを覚えている。
僕たちは、海辺の町に居た。



蝉の声にうるささは覚えない。
僕にとっては、それはとても静かな時間だった。
少なくとも僕の心は、今までになく優しい鼓動を打っていた。
「もう、行ってしまうのか?」
僕が呟くように言うと、目の前の人は静かに頷く。
いや、俯いたのだろうか。彼女の帽子は深いため、表情は窺い知れない。
しかし、気持ちを察することは出来た。
だから僕は困ったような微笑みを見せ、「大丈夫だよ」と彼女を送り出す。
列車は、もうホームに着いて口をあけていた。
「また会えるから。だから、早く元気になってきてくれよ。」
僕が宥めると、彼女は振り向いて、心配そうな表情を浮かべる。
僕は、彼女の帽子に手を乗せ、笑顔でこたえた。
「わかってる。君の事は忘れない・・絶対に。約束したじゃないか。」
そういうと、僕はポケットから小さな瓶を取り出し、彼女に見せた。
「これを、貰ってくれないか?この町の海岸のものなんだ。星の砂。
 僕も同じ物をもってる。これで、お互い忘れないだろ?」
それが手から手に渡る瞬間、列車の出発のアナウンスが入った。
驚き、瓶は僕たちの手と手の間を抜け、地面に滑り落ちた。
ホームに、砂が散らばる。
「急いで!」と僕は、取りあえず僕のである瓶を渡し、彼女を急がせる。
何とか列車に滑り込んだ彼女は、次第に遠く離れていった。
列車の窓から、それはまるで迷子の子供みたいに見えた。



それは、とても暑い夏の日。
聞こえるのはすべて蝉の声でかき消され、
風もこの暑さで虚ろになってしまう。
僕が彼女と出会ったのも・・・丁度、そんな風にとても暑い日のことだった。



その夏の猛暑は、六月頃から始まったものだった。
その頃に僕が外を歩いていたのは、気が狂ったわけではなく、
列記とした目的があるからだった。
といっても、今日の昼食を買いに行く程度のだが。
だから初めにそれを見たときには、人間的な反応より先に、
僕と同じような人間が居るものだな、と失礼にも嬉しくなってしまった。
実際、こんな昼間に外を歩いている人間なんて居なかった。



彼女は、倒れていた。
通路の横の壁にもたれかかるようにして、ぐったりとしていた。どうやら不調らしい。
それから僕がしたことは、住所を聞いて、彼女を背負って運んだだけのことだった。
しかし、家に着いたとたん、彼女は両親に怒られる、僕は何故かあやしまれるで大変だった。
どうやら、彼女は外出を禁じられていたらしい。
そうすると御両親、僕が連れ出したとでも思っていたのだろうか。
その後彼女がなんとか説明し、僕が何の関係もない人物だと知ると、
ようやく誤解を解いて頂けたが。



僕の彼女のつながりは、それだけだった。
しかし、僕たちは、次第に惹かれ合っていった。
なぜと聞かれたら、今でも分からない。
最初は両親についての会話から始まり、私を大切にしすぎる、だとか、
本当は凄くお人よしだとか、苦笑いしながら彼女は話していた。
それからの日も、僕は彼女の家に行き、また会話を重ねた。

そうするうちに、彼女は僕に悩みを打ち明けるようになった。
僕もそんな彼女にいつからか好意を持ち、より近づくようになった。
すると、彼女が悩んでいることの大きさに、段々と気づいていくことが出来たのだ。



彼女は体が弱く、外出を禁じられているらしい。こんな暑い日ならなおさらだろう。
それで近々、彼女の病状が悪化し、手術をすることを決めたそうだ。
いつの日か、あなたが私の支えになってくれれば、私はがんばれる、
と彼女が言った。僕は当然喜んで承知した。
そして、彼女は旅立った。僕をこの町に残し、大病院のある都会へと。
それでいい、と思っていた。僕が我慢すれば、すべては上手くいくはずだった。



なぜ、僕は彼女と出会ってしまったのだろうか。
出会わなければ、今のこの恋に、罪悪感を覚えることはなかった。
少女を裏切ることはなかったのだ。
寂しさを紛らわすための無分別な恋。僕の心は、思った以上に弱かった。



彼女が去ってから数年後のことだった。僕は、ある女性に恋をしていた。
優しく、僕の寂しさを消してくれる、そんな人だった。
僕はその人に惹かれ、共に日々をすごしていた。

それから、僕は夢を見るようになる。
それは遠い夏の日、都会に行った彼女と過ごした日々の回想だった。






ミーン。
ミーンミンミン。



届くのは、蝉の声。
それは、彼女の部屋へ。
微笑む彼女。それを、ずっと見ていたいと思っていた。
会ってから何日が経っただろうか。未だ、彼女と居たいと思う。
彼女と居る自分のことしか考えられなくなる。
その時彼女は、あの言葉、約束を呟いた。
そして、僕は、「喜んで」と答えた。
言葉にすることで、二人で居る時間はより意味を持つようになった。
何度も、何度もその言葉を繰り返した。
分かり合えず傷つきあう時間さえも、その事が原因で存在した。



あの夏は、彼女との思い出がたくさん出来た。
他人のために思い出を満たすなんて、初めてだった。
それは色あせることなく、今も心に鮮やかに焼き付いている。
そう、冬である今さえ、別の人と共に居る今でさえ、つい昨日は彼女と居た夏だったような気がする。
しかし、今は冬なのだ。彼女も居ない。
いたとしても、今の僕を見てどう思うだろうか。
彼女は、今でも僕を信じてくれているのだろうか。
そうしたら、僕はどうすればいいのだ。

心を迷わせたまま・・・さらに、長い月日は残酷に過ぎていった。









季節は、再び冬___。
彼女が都市に出てから、五年になる。
僕の心は、未だ不安定なままだった。
現在の恋人である女性は、傍に居て、ずっと僕を励まし続けてくれていた。
しかし、僕の心は、確実にひとつのものを必死に探していた。
その日は、いつになく寒い、真冬であることを感じさせる日だった・・。

ガタンッ

郵便受けが、何か硬いもので動いた。
僕はいつもの容量で、それを取りに行く。
そしてそれを開けたとき、僕の心は、目当てのピースを見つけたように動き出した。
そして、次の瞬間には、僕は列車の駅に向かって走り出していた。
手には、星の砂の入った瓶を握って。



背後、家の前では、恋人が寂しい涙を浮かべながら、
嬉しそうな表情で僕を見送っていた。









あたりは、既に闇に包まれ、そこには静寂のみが存在していた。
都会の駅に降り立った途端、体を刺す、冷たい一筋の風が通り抜けた。
線路の向こうには灰色の建物が群れ、それらが放つ光は静寂を汚していた。
しかし、それは今思えば、僕たちの再会を祝福していたのかもしれない。



瞬間、風は高く流れ、その光は心の闇を照らし、
僕たちの止まっていた時間は、静かに動き出した。
目の前の人は、あの時と変わらない、大きな帽子を被っていた。
あの夏の思い出が、冷たいはずの夜更けに、暖かく、時には切なく蘇る。

僕の心の中に、彼女との日々は確かに残っていた。
あの鮮やかな夏が、僕のすべてを埋め尽くしてゆく。
彼女は、僕の名前を呼んだ。
何度も、何度も。僕の存在を確かめるように。
僕に触れる指先は、隠しようもなく震えていた。

風が吹き抜けると同時。
僕は、その風を抱きしめた。
感じるぬくもりは、あの季節のように暖かかった。



綺麗だった。
それは、あの夏とは確実に違っていた。
僕たちを祝福し、僕にいつか芽生えた罪悪感を、白く、やわらかに染めていく雪。
それは、夏には存在し得ないものだった。
僕たちの離れた時間を戻すようにそれらは舞い降り、
この一瞬、止まっている時間を照らし始めた。
この空気に溶けてしまうように、ゆっくり、ゆっくりと。



僕たちのあの夏は、もう終わったのかもしれない。
だからこうして、冬がきて、君がいる。少なくとも、もう縛られる必要はない。
いつからか恐れていた季節に、これからは怯える必要はないんだ。
だから、これからはつくろう。
季節の流れとともに、消えることのない、君との思い出を…。

2003/12/13(Sat)19:26:08 公開 / 碧眼工房
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■作者からのメッセージ
初めまして。名前負けの碧眼工房です。
この物語は続かせるつもりだったんですが、つい勢いで終わらせてしまいました。
こんな長いのを、最後まで読んで下さった方に感謝!

何か、ストーリーが題名負けしてるような気がします・・(汗。
改行も、初めてなので勝手が・・。
とにかく、ドタバタしながら何とか終えました。
多分浮いてますね、これ(笑。

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