『そして僕たちはあの寒空の下で』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:田中昭子                

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「すみません斉藤さん、120円貸してもらえませんか。」

顔の前で両手を合わしてお願いをする彼女に僕は微笑みかけ、その小さな白い手に120円を乗せた。
彼女はまったく知らない人で、僕は斉藤さんじゃなかったけれど、そんなことはどうでもいい。彼女はとても可愛かった。
彼女はありがとうございますと軽く会釈すると、5メートルほど先の自動販売機に駆け寄り、飲み物を買った。
戻ってきた彼女は、買ったばかりの缶コーヒーを両手で包み、ごくごくと勢いよく飲み干した。
その姿はあまりに豪快で、僕はあんぐりと口を開けて驚いた。

「喉が渇いていたんですか?」

「いいえ、違うんです。」

「コーヒーがお好きなんですか?」

「いいえ、違うんです。」

「お金がなかったんですか?」

「いいえ、違うんです。」

彼女はゆっくりと首を左右に振ると、もう一度違うんですといった。

「では、何故?」

「私不器用なんです。」

彼女の答えは僕の質問とは少しずれていた。
僕が中学のときにもこういう友達がいた、人の話を聞かないやつ。でも決定的に違うのは彼女がとても可愛い女の子だということだ。

「好きな人ができても、中々話しかけられなかったり。」

「はぁ。」

「目が合っても逸らしちゃったり。」

「はぁ。」

「不器用なんです。」

そう言うと彼女は、僕の横を勢いよく駆けていった。
しばらく僕は彼女の背中を眺めていたが、携帯が鳴っているのに気づき、慌てて鞄の中を探った。
メールが届いている、知らない人からだ。

文面には短く、こう書いてあった。

鈍感。


今度彼女に会ったら言おう。
僕は斉藤じゃない。
僕は君が好き。




2003/12/05(Fri)17:34:27 公開 / 田中昭子
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