『欠片となって降る記憶 3』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:LOH                

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 涙は枯れ、聞こえるのは私の鼻のすすりと時々聞こえる嗚咽だけ。
どれくらい泣いたのか、私には予測もつかない。
「ありがと……もう大丈夫」
男が気を使いながら、ゆっくり私に絡まっていた手を解いた。
「……怖い…。今までの記憶がないって怖い…。いきなり、知らないところに置いていかれたみたいで。どうやって私がここまで育ったのかも、昨日は何をしていたのかも思い出せない…。ねぇ、あなたはどうして私が記憶を失ったか知っているの?」
「ライでいいよ。小さい頃からそう呼ばれていた」
微笑を浮かべながらそう言うが、その笑顔はやがて夕日のように沈んでいく。
私のために言うか言うまいか、迷っているようだ。
「……俺も、詳しくはあまり知らないんだ。きっと、君のお母さんや君専属のニイセさんもわからないと思う」
言う事に決めたらしいが、どういう意味なのかいまいち理解できない。
部屋は暗いが、窓から差し込む柔らかい月明かりが二人の顔を照らしている。
私はなにかに頭を打って記憶をなくしたのではなかったのだろうか?
「君は、なにかにとても悩んでいた」
「……なにかにって」
自分のことなのにわからない、不思議な感覚に襲われた。
かすかに覚えているのかも、わからない。
そういわれれば……そうだったかもしれないと、所詮そんな感覚である。
「それがわからないんだ。夕方、ニイセさんが君の部屋に行くと、君は自分の頭を強く抑えながらベッドに横たわっていた。……ただ単に、頭痛がしただけかもしれないな」
軽いジョークを飛ばしながら、さり気なく私に気を使っているのがわかった。
私はいったい、なにに対して悩んでいたのだろう。
本当に頭痛がしただけかもしれない。
しかし、いきなり頭が痛くなるわけでもないから誰かはなにが原因かわかるはずだろう。
「さぁ、もう夕食の用意ができる頃だ。テーブルにつこう」
黙りこくってしまう私を心配したのか、私を夕食の席へと促した。
私は首を縦に振ると、重い桃色のドレスを持ち上げるように立ち上がった。
ドレスが床に擦れるのを気にしているとキリがないので、やめた。
絨毯に高そうな花瓶に花、シャンデリアやらに飾られた長い廊下を黙々と歩く。
この城に中は朧げにしか覚えていないので、一歩半ほど離れてライについていく。
「ねぇ、どこまで歩くの?」
重いドレスを身にまとっているせいか、息切れしてきた。
あとどれくらい歩くのか予測できないから聞いてみたら、ライは一瞬目を少し大きくした。
「あぁ、もうちょっとでつくよ。もう君のお父様も席についているはずだ」
すぐに、悲しみを隠した優しい笑顔に変わった。
オトウサマ?
あぁ、お父様。
ところで、さっきまで暗がりでライの顔がよく見えなかったが、さすがは王子様だ。
薄い碧色の目と光る金の髪が、所構わず甘いフェロモンをかもしだしている。
 「ほら、そこのドア」
数メートル先に見えるのは、赤い布が張られた無駄に大きいドアと、二人の使用人。
右側の老人の使用人と目が会うと、目を細めて私の姿を見つめた。
「ライ、あの人はダレ?」
その老人の表情の変化に疑問をもち、聞いてみる。
「アルセダさんだよ。君のことを生まれたときから見守っているんだ」
 私はアルセダさんに顔を向け、笑顔で軽く会釈した。
二人の使用人は、ドアもいとも軽そうに開け、私たちに道を作った。
部屋に入った私は思わず大口を開けて、間抜け面だ。
黄色く光を放つ電気は巨大なシャンデリアにぶら下がる数々のガラスに反射し、部屋を照らす。
真ん中に置かれた長いテーブルは色、艶、彫りから高級感を溢れ出している。
そのテーブルには月のような黄金色の皿に盛られた鳥の足、小さな杯の中には色とりどりの果物。
一人一人に用意されている皿は、いかにも高級料理である。
目をテーブルに沿って動かしていくと、たどり着いたのは「王様」だ。
王様だ……力強く王様だ。
端に白い毛皮をつけた真紅のマントを羽織り、頂にはお決まりの輝く王冠。
あまりに王様にしっくりとあてはまるその姿に先に目が行ったが、顔はそれほど不細工ではない。
むしろ、理想的な王様図だ。
少し小太りで、細い銀色の目からは優しさがにじみ出ている。
これが、私の父親だ。
そしてそのとなりには、私が最初に目を覚ましたときに泣きながら寄ってきた女の人。
おそらく、私の母親だろう。
流れる淡い金髪を、後ろで複雑にまとめている。
こちらもまた目が細いが、時々こちらを見る、蒼く光る目に愛情を感じる。
二人は席を立ち、私に近づく。
「シラン、大丈夫かい? すぐにお前に会いにいけなくてすまなかった。私が君の父親だよ」
どうやら私が記憶を失っている事を知っているらしい。
「シラン……よかった、目を覚ましてくれて…本当によかった…」
母様は瞳から涙を二粒落とし、私をゆるく抱擁した。
初対面に近い人にいきなり抱かれ、わたしは慌てライの方を見ると、ライは頬を持ち上げていた。
以前そういう仲だったせいか、もう完璧にライに心を許していたのだ。
あぁ、ライがここまで笑顔しているのだから、大丈夫なんだ…、そう思った。
その笑顔を見た瞬間私の初対面の人に対する緊張は解け、母様の優しさに視界をぼやかせた。
「さぁ、夕食が冷めてしまう。席に着いて、シランが目覚めたことに祝おう」
父様の朗らかな声がそう言うと、母様が私から身体を離して数秒見つめた。
「そうね、席につきましょう。さぁ、ライラックも」
「はい」

2003/11/07(Fri)20:35:59 公開 / LOH
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■作者からのメッセージ
前回レスを下さった方、本当にありがとうございました。匿名さん、UPにする方法をありがとうございました。
あー、だいぶ長いのですが、やっと中盤くらいです。
まだ続くのですが申し訳ありません。お付き合いください…。

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