『白い部屋』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:辻原国彦                

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「あんたがここの一番の古株だろ? 俺はまだまだ新顔だからさ、色々と教えて欲しいんだ」
 中林啓太は岡本雄一の前に腰掛けた。
「ほら、あんまりここにいるみんなの事を知らないからさ」
 中林啓太は部屋の中をぐるっと見回す。岡本雄一もそれにつられて見慣れた白い部屋を見回した。ここの白い部屋には装飾品の類は一切存在せず、壁は透き通るような真っ白い。窓もなく、唯一の出入り口であるドアが片隅についているだけ。部屋の真ん中には九脚の白い椅子が無造作に置かれ、座っている者もいるが、思い思いの場所に座り込んだり寝転んだりしている者の方が多い。岡本雄一は、ここにいるときはいつも椅子に座っている。
「君は何が知りたいんだい?」岡本雄一は小さな声で聞いた。
「ここのこと全部さ」中林啓太は椅子に後ろ前反対にすわり、岡本雄一を見上げるように視線を送っている。
「じゃあ、まずは僕の次に古い人を紹介するよ」
 そう言うと、岡本雄一は部屋の隅っこに座っている少年を指差した。中林啓太もそちらに視線を送る。そこには、眠り込んでいる小さな子供がいた。
「彼は岡田勇次くん。僕がここで始めて出会った少年だ」
「いつもああなのか?」
「そうだね、彼はここにいるときはずっと眠ってるよ。次は、あそこで足を組んで座っている人だね」
 一番端に置かれた白い椅子に、腕も足も組んでふんぞり返って宙をにらみつける男は、岡本雄一がこちらを見ているのに気づくと、軽く頭を下げた。それから、また宙に視線を戻す。まるで、そこに何かがあるかのように。
「あの人は大下元治さん。すごく頑固な人で、自分が正しいと思い込んだら絶対に意見を曲げない人なんだ」
「わかるような気がするよ」中林啓太は大下元治と目が合いそうになったので、すぐに岡本雄一に向き直った。
「あんたが新入りかい?」
 いきなり、中年女性が中林啓太の肩を叩いて横に座った。
「この人は佐伯由美さん。僕がここで始めてあった女性だよ。佐伯由美さんはね、絵がすごくうまいんだ」
「そう。自慢じゃないけど私に描けないものはないよ」差益由美が腕まくりして鼻を鳴らす。
「そうなんですか」
 中林啓太は、佐伯由美のフレンドリーな態度に少し戸惑っているようだった。
「でもね」佐伯由美が突然中林啓太に耳打ちした。「あいつの描くものだけは理解しがたいよ」
 そう言って、佐伯由美はドアの近くに立つ男を指差した。その指の先には、ずっとドアを見つめている若い男が立っていた。腕を組んで壁に寄りかかり、その印象を一言で言えば『悪』だ。
「彼の名前は間宮和弘。彼は破壊者さ」
 岡本雄一は吐き捨てるように言った。よほどの恨みがあるような言い方だった。
「そうなの。間宮和弘は人間の血で絵を描くのよ。絵といっても、画用紙に血を塗りたくるって言う感じだけどね」佐伯由美はまた小声で言った。
 中林啓太は少しのあいだ間宮和弘を見つめていたが、こちらを振り向きそうな雰囲気がしたので岡本雄一に向き直る。
 そのとき、唯一のドアが開き、一人の男が入ってきた。一目見て真面目そうだとわかる見てくれだ。
「真田豊くん、先生がお呼びだよ」
 ドアから入ってきた真面目そうな男が言うと、ちょうどドアとは対角線上の部屋の角にいた少年が、足早に部屋を駆け抜けてドアから出て行った。
「今入ってきた人は前田公則さん。そして、出て行った子が真田豊くん」岡本雄一は言った。
「前田公則さんはすごく真面目で、ほら、背筋なんかもぴんっとしちゃって」佐伯由美が言った。
 中林啓太は、前田公則と言われた男が部屋に入ってきて、椅子に座るまでを観察した。きびきびとした動きで、なるほど姿勢は良すぎるといった感じだ。椅子に座っても背筋をぴんっと伸ばしたままで、両手は行儀良く太ももの上にのせられている。
「真田豊君は元気そのものの少年だけど、両親をなくしているかわいそうな子なんだよ」岡本雄一は、まるで自分のことのように同情しながら言った。
「これで全員?」中林啓太は尋ねる。
「いや、もう一人いるよ。でも彼女はあまりここには顔を出さないんだ。僕たちは彼女の名前も知らない」岡本雄一は残念そうに中林啓太に言う。「彼女だけがこの部屋から自由に出入りできるんだ」
「じゃあ、また今度だな」中林啓太は伸びをしながら言った。
 そのとき、突然ドアが開き、見知らぬ人間が入ってきた。中林啓太は初め、今話していた女性かと思ったが、ドアから入ってきた人間は男だった。その男はドア口で部屋の中を見回すと、すっと右手を上げた。
「はじめまして、皆さん。私の名前は辻原国彦です。十番目の人格です」
 白い部屋の中に、音もなく、椅子が一脚増えた。

 了

2003/10/20(Mon)22:42:19 公開 / 辻原国彦
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■作者からのメッセージ
今回は「多重人格」がテーマです。
外側ではなく、内側を書いてみました。

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