『スクランブラー』 ... ジャンル:ホラー サスペンス
作者:バレット barrett.50cal
あらすじ・作品紹介
密室で目覚めた15人の男女―――疑心渦巻く密室で起こったのは、天からの裁きだった―――
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『スクランブラー』
~登場人物~
雪藤詩歌/ユキトウシイカ 高校2年生の少女。
加藤友三郎/カトウトモサブロウ 会社員の男性。
龍造寺怜朝/リュウゾウジレイ 高校1年生の少女。
西村/ニシムラ 前科ありの筋肉質の男性。
黒住麟/クロズミリン TVディレクターの女性。
幣原高明/シデハラカタアキ 某企業の専務の男性。
薮慎一郎/ヤブシンイチロウ フリーターの青年。
若槻/ワカツキ 若い娼婦のような少女。
新渡戸稲造/ニトベイナゾウ 某企業の副社長の男性。
月島つぼみ/ツキシマツボミ 高校1年の少女。
高橋是清/タカハシコレキヨ 天然パーマの男性。
白州雛乃/シラスヒナノ 高校1年の少女。
多間木隆/タマキタカシ 大学3年の富豪の息子。
若王子匠/ワカオウジタクミ 高校2年の少年。
和合章真/ワゴウショウマ 中学3年の不良少年。
第一章 赤み
気がついたら、私はここにいた。
目を開けたら何人もの人がいた。みんな知らない顔だ。
「大丈夫か? 君の名前は?」
一人の男性が話しかけてきた。髪の毛は整っていて背広姿でピシっとしている。
「雪藤……雪藤詩歌です」
「そうか、私は加藤友三郎だ」
自分の名前を言った後、彼は微笑んだ。
だけどその微笑みは見ててとてもつらかった。
そんなの当たり前だ、みんな目が覚めたらこんなところにいたというのだから。
ドアがこの部屋にはひとつある。
分厚い鉄で出来たドアだ。
でも鍵がかかっていて開かないらしい。
私は最後に目が覚めてみんなが説明してくれたので状況はすぐに分かった。
何人かの名前も分かったし。
いや、何でこんなところにいるのかは分からないけど―――
それに記憶があやふやだ。
ここで目が覚める前、私はどこにいたんだろう?
部活帰り? それとも―――
なぜか考えようとすると頭が痛くなる。
そういえば今は何時なんだろう?
でも部屋には時計がないしみんな腕時計を取られたと言っていた。
「本当にここ何処なんだろ……」
誰かが弱弱しい声で言った。
その声の主は背が低く、容姿がかわいらしい。髪は茶髪のツインテールだ。
名前は龍造寺と言っていたのを思い出した。
私と同様セーラー服を着ている。そのセーラー服の上にカーディガンを羽織っている。
聞くところによると彼女は高1らしい。私よりひとつ年下ってことか。
「もしかして―――監獄かな」
「監獄じゃねェよ。それだけは言える」
そこへ先ほど、西村と名乗っていた男が龍造寺に近づいて答えた。
西村はがっちりとした体格の男だ。スキンヘッドに耳には金色に輝くピアス。
身長も180cmはゆうにあるだろう。年齢は30代後半くらいか。
かなり喧嘩慣れしていそうで、派手なシャツを着ている。
どう見ても善良な市民には見えない。
監獄じゃないと言い切るのも、その場所がどんなことかよく知っているからだろう。
「なんでそんなこと分かるのよ」
黒住が分かりきったことを西村に言った。
ノースリーブでジーパンの格好の20代くらいの女性。
髪はミディアムで茶髪がかかっていてモデルかと思わせる見事な美人だ。
「大体想像がつくだろ」
「やっぱり入ったことあるの?」
「ああ、多すぎるくらいにな」
なんだやっぱりという空気が部屋に充満しているのが分かる。
「畜生!!」
急に誰かが叫んだ。
全員がその声がした方を向く。
縞のスーツに縞のネクタイ。
靴も牛の皮か何かの上等な物だ。
髪はオールバックの30代くらいの男性だ。
多分仕事帰りにつかまったんだろう。
名前はたしか幣原だったと思う。
幣原は部屋に初めからあった蝋燭立てを地面に投げつけた。
それがパリーンと気持ち良い音を立てて割れた。
「なによ、急に叫んだりして」
「目が覚めたら知らないところだなんてこんな話があるかッ!?」
幣原さんがすぐに返答する。
「へぇ〜アンタ酔っ払ったことねぇのか?」
小馬鹿にしたような口調が部屋に響く。
髪は茶髪でパーマがかかっている20代前半くらいの男性。
名前はたしか藪。
顔は結構なイケメンだ。
でも繁華街とかでナンパばっかしてそうなイメージが強い。
俗に言うチャラ男か。
「俺はバカじゃないし酔っ払ったこともあるがこれは違う! これは誘拐だ!!」
分かりきったことだ、と私は思った。
まわりを見てみたらみんなそんな顔をしている。
そんな雰囲気を気にせず幣原は続けた。
「先週こんな小説を読んだ! ジャーナリストの男が紛争地帯に行った。そしてそこにあるホテルに泊まっていると後ろからバン!!」
幣原が拳で音を鳴らすと、そのすぐ前にいた龍造寺がビクッと反応した。
「―――目が覚めたら、見たこともない部屋だった。ヤツはそこで34年間過ごすことになる」
34年―――まだ大人にもなっていない私の胸にこの単語が深く刺さった。
まわりのみんなも同じだろう。
隣にいる加藤さんが脂汗をかいているのが分かる。
「34年? ありがたいねぇ、そんな長い期間飯にも寝床にも苦しまないってんなら大歓迎だぜこっちは」
「お前ッオレを馬鹿にしてんのか!?」
幣原さんが藪さんに殴りかかろうと拳を握った
「まぁまぁ落ち着けって、アンタが怒ってる理由も分かるよ。それだろ?」
私は藪さんが指をさした方を見た。
黒のケースだ。開いていて中身は空っぽだ。
私が目を覚めた時からすでにあの状態だったので、誰のものか知らなかった。
というよりもともとこの部屋にあるものかと思っていた。
幣原さんのものだったのか。
「なーんのことかと思いきや、そんなのみーんな一緒よ」
栗色のポニーテールの女性がそう言う。
名前は若槻。
背が低くて肌も白く、フランス人形のようにかわいい。
しかし白色のすごく短いシャツを着ていて、肩が剥き出しだ。
外見とは打って変わり、おしとやかな性格とは言い難い。
年齢は私と同じくらいか。
「私だって腕時計も財布もケータイもとられ「「黙れ!!」」
若槻さんの声を幣原さんの声が遮った。
「このケースに入っていたのはお前がとられたモノなんかよりずっと貴重なものなんだ!!」
貴重なもの―――
私もポケットに家の鍵とティッシュ以外何も入っていない。
この人にとっての貴重なもの―――
会社の資料とか?
「じゃあ何が入ってたのよ?」
「お前に話す筋合いはない」
「自己中な男ねぇ。みーんな持ち物とられてるっていってんじゃん。それをグダグダと馬鹿の一つ覚えみたいに―――」
「ハッお前はそうかもしれない! その身なりからしてなんだ、身体売ってんのか? 股しか開けないような女の持ちモンに価値もクソもねぇだろうよ!!」
「何!? もぅいっぺんいってみな!!」
「黙れ! クソ女!!」
2人が取っ組み合いになっている所を加藤さんが素早く間に入って止めた。
人は見た目では判断できないってのは本当らしい。
若槻がここまでとは思わなかった。
せっかくの容姿が台無しだ。
それを見て西村がニヤニヤ笑っている。きっと喧嘩好きなんだろう。
「こんなとこで争ってもしゃあないやろが。ったく」
髪の毛がすっかり後退している男性が関西弁でグダった。丸々太っていてワイシャツが張り裂けそうだ。
五十路は確実に越しているであろう。
名前は新渡戸。珍しい名前だからはっきり覚えていた。
「―――あんたにはカンケーねぇだろ」
「今は言い争ってる場合とちゃうんちゃうか? なんでワシらがこんなへんぴなトコに閉じ込められてんのか、それをはっきりせんことにゃ、どーしようもないやろ」
「たしかにそうですな」
新渡戸に加藤が賛成して述べた。
「じゃあ、どうするわけ?」
若槻が食いかかった。
「せやな、自己PRってのはどうや」
「はあ?」
若槻が新渡戸の考えに呆れていた。
「自己PR? ナニソレ? こんなのどっかのキモい変質者かなんかの仕業に決まってんじゃん!!」
「そいつはちがうだろ」
今度は私の横で笑っていた西村が答えた。
「なんでそんなこと分かるんだアンタ」
「こりゃその類の人間の奴らの仕業じゃねえ。色々な橋を渡ってきた俺にゃ分かる」
「―――アンタが言うんだから間違いねえんだろうな」
薮が自嘲気味に言った。
それにしても色々な橋って―――コイツとはあまり関わりたくない。
「―――まあ、自己紹介ぐらいはキチンとして置いた方が良いのかもしれない。我々は運命共同体だ。もう少し相手のことを分かったほうがいい。それに何か共通点も見つかるかもしれない。」
「共通点?」
「我々を同じ部屋に閉じ込めたのには何か理由があるかもしれない。もし共通点が分かればここがどこなのかも分かるかもしれないだろ?」
出口がない以上、幣原と若槻は仕方なく頷いた。
「じゃあ、私からいくね」
唐突に誰かがそういい、PRを開始した。
「さっきも言ったけど私は月島つぼみ、高校1年。部活はバレー部で趣味は―――」
開かずのドアの近くにいた、黒いジャンパーを羽織った少女―――
急に安心感に包まれた。
彼女にはなにかそんな魅力があるような気がした。
「おいおい、時間がないわけじゃねぇがそろそろおひらきにしろよ。長すぎたら誰も聞いちゃくれねぇぜ」
藪が長い月島のPRを遮る。
「じゃあ次はオレな。藪慎一郎。フリーターだ」
あはは、やっぱり大学に行ってないのか。
藪は短い自己紹介の後、次はアンタだよという視線を横の人に向ける。
「黒住麟。桜TVのディレクター」
ディレクターって―――美人の上に頭もいいのか。
女子高生には憧れの存在だ。
彼女の隣はまだ一言も喋ってるとこを見ていない男性だ。
30代くらいだろうか。
その黒髪は少しパーマがかかっている。
見た目は別段怖いというわけでもなく、むしろやさしそうだ。
でもこの部屋にいる間はずっと無表情だ。
その人がゆっくり口を開く。
「高橋是清。よろしく」
無表情のまま、さらりと呟いた。
職業は言わなかった。なんでだろう。
横の男性がタイミングを見計らって自己紹介を始めた。
「新渡戸稲造。保険会社の副社長や」
新渡戸が何か喋るたびにでっぷりとでた腹が太鼓のようになっているように見える。
さっきと変わらず、ワイシャツが今にもはちきれそうだ。
高橋が職業を言わなかったのに対しこちらは大きく声を張り上げ、職業を自慢げに言った。
この人が自己PRしようといったのはこの自慢のためだけなのだろう。
そのニヤついた、いかにも人を見下してそうな表情がそう伝えている。
「私は加藤友三郎。会社員だ」
私に話しかけて来た時よりも大きい声で叫ぶように加藤が言った。
平凡なサラリーマンなのか。
まあ、服装から予想はついたけど。
「……幣原高明。東日本印刷の専務」
幣原は職業のところだけは声を張り上げている。
よほどいまのポストに気に入ってるのだろう。
顔が少し誇らしげになっている。
「西村だ」
「……若槻。よろしく」
下の名前も職業も言わず、さらりと西村と若槻が流した。
本当に―――この2人は、その類の人間なんだろう。
そうだとしたら、特に若槻は年が近いけど絶対関わりたくない。
「白州雛乃。高校1年」
ここにも年齢が近い子がいた。こんな状況で不謹慎だが喜ばしいことだ。
ポニーテールがかわいらしい子だ。背も小さい。
しかし、白州ってどっかで聞いたような気が……
「次はアナタよ」
「え?」
白州さんは私の横にいるのだから当然次は私だ。
「えっと……雪藤詩歌です! 高校2年です!!」
なるべく頑張って元気に言ったつもりだが、みんなにはどう聞こえてるだろうか。
「はは、次は俺かな? 多間木隆だ。大学3年」
多間木は今時の若者って感じだ。
茶髪のロングにセンスのいいジャケットを羽織っている。
きっと大学帰りだったんだろう。
多間木が隣で小さくなっている子に合図の視線を送る。
その視線は、惹かれるものがあった。
「えっと―――龍造寺怜朝です。高校1年生です」
見た時から弱弱しく、おとなしそうだったが全くその通りだった。
「僕は若王子匠。高校2年で〜す」
茶化したような口調で龍造寺の隣にいた少年が言った。
―――私と同じ年だ。
外見はその名前の通り、まさに王子様のような印象を受けた。
顔つきはまさに美少年だ。
いや、美少年というよりかはむしろ中性的―――美少女に近いような気がする。
まつげも長いし、髪は茶髪でさらさら、服装も中性的で声も結構高いので男か女かは実は今まで私は分かってなかった。
「こんなへんぴな状況だけど、どんどん話しかけてきてくれていいよ! 女の子なら大歓迎!!」
若王子がペラペラと女性のほうばかり見て、高い声で話している。
かなりの女好きなんだろう。
今まで、話していなかったのが不思議なぐらいだ。
部屋にいた男性陣―――特に薮がしかめ面をしている。
「じゃ、最後は君だよ」
若王子が私に向かって言った。
もう言いましたよと言おうとしたが、私に言ったわけではなかった。
後ろに一人いた。
学ランの男。壁にもたれかかっている。
背はかなり高い。190cmはあるんじゃないだろうか。
髪の毛は金髪で耳に目立つピアスをしている。
藪もしていたがこっちは学ランということで印象が大きい。
どこの高校だろう。耳にピアスしている時点であまり良い高校は浮かばない。
男は面倒くさそうに口を開いた。
「……和合章真。中学3年」
かなりドスの聞いた声だ。どっかの不良グループの首領なのかもしれない。
だがそれ以上に驚いたのは彼が中学生だということだ。
身長はここにいる人たちの中で一番高いだろう。
しかしこの中では最年少だ。
顔も無表情だ。何を考えているのか分からない。
とてもじゃないが中学生には見えない。
彼は何者だ?
こうして運命を共にしている総勢15人の自己PRは終わった。
「―――で? どーだった? 今のPRで何か見つかった?」
「ううむ……まぁ今のところは特に……」
「やるだけ無駄だったってことじゃん」
若槻が微笑を顔に浮かべながら煙草を取り出し、加藤にそう言った。
今時の小娘はこんなのばっかなのだろうか?
でも他の同年代くらいの子達はおとなしい。
煙草を持ってるあたりコイツがちんちくりんなだけだろう。
こういうタイプのAD(アシスタントディレクター)に出くわしたことはあったがその度にイジめてやった。
私が一番嫌いなタイプは高圧的なヤツだ。その次に礼儀をわきまえないヤツ―――
だからそんなヤツを一瞬でも羨ましいと思ってしまった自分が腹立たしい。
黒住麟はヘビースモーカーだった。
煙草は一日に20本は軽く吸う。
酒は数年前からとめている。
かなり酒癖が悪い方で、以前上司や同僚と飲みにいって大変なことになったからだ。
酒はやめれた黒住だが、煙草だけはやめれなかった。
桜TV局では横暴な女性ディレクターとして有名だ。
孤島にアイドルとカメラマンの2人だけを残すというかなり強引な内容が当たり、それ以来キワモノ番組ばかり作ってい る。
初めて彼女に会う新人ADやTKは運が良かったと8割方は思う。
見た目はやさしそうでかなりの美人だし、プロデューサーたちからの評価もいいからだ。
たしかに上司やその繋がりの人間に対しては非常に交友的だ。
だが彼女は昇進や自分の評価には関係しないADやTKなどには冷酷そのものだった。
陰湿なイジメともいえる彼女の部下への接し方は並みの人間の精神では耐えられるものではなかった。
バイトのADが一日で来なくなったなんてのも良くある。
桜TVではそんな彼女のことを通称"黒麟"と呼んでいた。
―――さっきの自己PRで仕事に関連する人物がいないと分かると、私は地が出てきた。
こんな状況下でなおかつ目の前で自分が持っていない煙草を吸っている小娘に対する苛立ちが増していく。
さらに今私の下にいる女ADと顔がかぶり、その気持ちは増幅するばかりだ。
「アンタさぁ、財布も携帯も盗られてんのに何で煙草とライター持ってんのよ」
黒住はいつもの、部下のADたちに対する口調で若槻に言った。
「へぇ〜アンタ煙草盗られちゃったの?」
小ばかにしたような返事がすぐに返ってきた。
ポケットにはライターしかない。多分煙草は自分のデスクの上だ。
トイレに行くときにそのままおいていった記憶がある。クソッ
「多分ね……」
「ありゃりゃ〜そりゃ残念だねぇ〜お気の毒にィ」
若槻がクスクス笑いながら煙草をうまそうに呑んでいる。
その笑みは傍目煙草さえなければ―――天使のようにかわいらしかったが、黒住にとっては苛立ちを増幅させるクスリにしかならなかった。
コイツ―――
「ねーちゃん! ワイにも1本だけくれや」
新渡戸だっけか、関西弁の中年男が割り込む。
「ハァ? いつまでここにいるか分かんないのに誰が油デブになんかやるもんか、死ねよ」
「なっなんやと!? いうにことかいて、礼儀わきまえんかい! 小娘が!!」
新渡戸の顔が見る見るうちに紅潮していく。
この小娘に礼儀なんてものはないんだろう。多分、和合とか言う不良のガキも。
「へっ1本1万。これなら請け負うよブタさん」
「―――このガキ!!」
新渡戸が太った体で若槻に猛突進した。
それはまるでイノシシのようだった。
「やめんか!!」
それをまたさっきのように加藤とか言うサラリーが止めに入っている。
クソッなんでこんなバカ共なんかと―――
黒住はイライラがつのるばかりだった。
畜生……なんでこんなことに―――
幣原高明は焦っていた。
彼もヘビースモーカーでかなりの煙草好きだ。
だが彼は若槻たちの輪に加わるつもりはなかった。
先ほど自分と取っ組み合いをした若槻が自分に煙草などくれないことなど分かりきっていた。
だが理由はそれだけじゃない。
―――本当に何処に言ったんだ?
アレがひとりでにケースの外に出るわけがない。
ここで目が覚める前の記憶はあまりないが、アレをケースの外に出した覚えは全くない。
いや、出すわけがない。間違ってもアレを―――
とすれば―――
幣原が辺りを見回した。
中央付近では何があったのか加藤が新渡戸を抑えている。その周りに若槻、黒住、西村、薮―――
開かずのドアの左側あたりに固まっているのは雪藤、月島、龍造寺、白州―――
どうやら、中央の騒ぎに嫌気が差して同年代同士で固まっているらしい。
俺に年齢が近そうなのは、西村だが―――あんなクズに構っている暇はない。
若王子と多間木がその中に入り、親しげに何か話している。けっ女たらしが―――
開かずのドアの右側にあるイスに座って空を眺めているのは高橋―――
そして部屋の一番奥のボロボロのタンスにもたれ掛かっているのが和合だ。
誰もアレを持っているようには見えない。
アレをポケットに入れるなんて不可能だ。
とすればやっぱり―――
俺をこんなクズ共と一緒に閉じ込めた、イカれたクソ野郎が奪いやがったんだ!
「クソッタレのサイコ野郎が……」
狂ったヤツのことをサイコパスというのは幣原も聞いたことがあった。
医学的には精神病質者のことをサイコパスという。
精神病質とは、反社会的人格の一種を意味する心理学用語のひとつであり、主に異常心理学や生物学的精神医学などの分 野で扱われている。
連続強姦殺人犯、シリアルキラーや、重度のストーカー、常習的詐欺師・放火魔、カルトの指導者の多くがサイコパスに属すると考えられている。
さらに、窃盗や万引き、ドメスティックバイオレンス、幼児虐待、非行少年グループ、資格を剥奪された弁護士・検察官や医師、テロリスト、組織犯罪の構成員、金のためならなんでもやる人間、悪徳実業家なども当てはまることがある。
狂った人間は意外にも我々の身近にいるものなのである。
西村が狂ったヤツが仕出かす事じゃないとか言っていたが―――はたしてどうか。
きっとヤツ自身も狂っているだろう。
そもそもなんで自分なんだ?
なんで俺が選ばれた?
俺はまっとうに生きてきた。
小中高とトップの成績を収めた。
受験戦争を乗り越えて見事トップで合格し大学でも気は抜かなかった。
就職戦争を制して大企業に就職して次は出世戦争だ。
残業もたくさんした。家に帰れなかったことなんてザラだ。
遅れず、サボらず、ミスもせず、ゲスな上司にはオベッカだ。
そんな俺を会社は認めてくれた。
結果、この年齢で専務にまでのぼりつめた。
社長にも気に入られていてる。次期社長も夢じゃない。
こんな俺がなんでこんな社会のクズどもと監獄みたいな場所に押し込められて―――
こんなバカな話があるか!!
俺の今まで辿って来た道に汚点なんて何ひとつない。
何ひとつ……
そんなことを考えながら幣原は部屋中をかき回していた。
この部屋にアレは確実にない。
幣原は悟った。
この監獄のような部屋をすみずみにわたって探しても何処にもない。
本当に盗られたんだ。
こんなところに俺を閉じ込めやがったサイコ野郎に……
「君はあの輪には加わらないのかね」
突然誰かが幣原に話しかけてきた。
加藤だ。どうやら騒ぎが収まったらしい。
中央で新渡戸がぶすっとした顔でしゃがんでなにやらメモ帳みたいなものを広げている。
「そんな気分じゃないんでね。それにあの娘が俺に煙草をくれるとも思えない」
「まぁさっきのことは仕方ないよ。この状況だ、取り乱すのは分かる。それに君は―――」
加藤はしまったといわんばかりに口を塞いだ。
「今更ジタバタしても仕方ない。持ちモンが消えたのはアンタだって同じだろ」
幣原が加藤に促すように言った。
まぁさっき取り乱してた俺が言うのもなんだが。
「思い出させてしまってすまない」
「別に忘れちゃいないさ。ただアレは確実にクソ野郎に盗られたってことさ。悪いが一人にしてくれないか」
加藤は俺の言葉に頷き、開かずのドアの方に行った。
気が利く男だ。部下にも好かれているに違いない―――
幣原が話しかけてきた加藤を振りはらって一人になりたかったのには理由が2つあった。
ひとつはアレが盗られたことによるショックを和らげるため。
―――もうひとつは人間観察である。
仕事上さまざまな人間と接した幣原にとって人間観察はお手のもの。
というより趣味に近い。
俺が目を覚ましたのはかなり後の方だ。
その間にこいつらの内の誰かが盗ったのかもしれない。
もっともこいつらにアレの価値が分かりそうにはないが……
それにさっきも見たが、誰も持ってはいない。
たしかにそうだが、行方を知っていたり―――いや、率直に考えよう。
この中にサイコ野郎がいるのかもしれない。
推理小説の古典的パターンだ。
犯人は被害者側に紛れているのだ。被害者らの仮面をつけて―――
幣原はさっきより、さらに細かく部屋の人間を観察し始めた。
一番初めに目に入ったのは新渡戸と黒住。
コイツらは要マークだ。
保険会社の副社長とTVディレクターなら―――アレの価値を知っている可能性は十分にある。
そして妙に気になったのは―――あの女子高生。
白州とかいったっけか。どっかで会ったことがあるような気がする。
幣原は女子高生と若者がかたまっている場所を見た。
どうしても思い出せない。
だが、何所かであったことがある。
間違いなく―――
しかし、覚えてない以上考えても無駄だ。
気のせいなのだろうか―――
ひょっとすると、デジャヴってヤツなのかもしれない。
開かずのドアの近くに2人の男がいる。
加藤と高橋だ。
加藤が熱心に高橋に話しかけてるが、高橋はそっぽを向いたままだ。
それでも時々頷いたりしているから、聞いてはいるのか。
さっきはろくに見てなかったが、こうしてみると高橋とは歳が近そうだ。
服装はラフなシャツにジャンパーを羽織っている。
職業はいってなかったな。気になるところだ。
そして―――俺の左側の、壊れたタンスに今もなお、もたれかかっている―――
名前は和合章真。
ヤツは自分のことを中学生といっていたがそんな玉じゃない。
身長が俺より10cm以上高いうえに、ガタイはかなりいい。
喧嘩慣れしていそうでこの場の全員が飛び掛っても勝てそうじゃない。
手の中にあるものを飛ばして暇を持て余している。麻雀牌だ。
あの麻雀牌は初めからこの部屋にあったモンだ。ヤツの足元に散らばっている。
ふとヤツが俺の方を向いた。
冷たい目だ。
中学生の目じゃない。
やはりこいつは只者じゃない。
武道も何も知らない俺でもわかる。
そして気になった。
こいつはアレのありかを知っているんじゃないか?
何の根拠もないのにそう思った。
中学生がアレの価値を知っているわけがない。
だがこいつは―――
幣原が見つめていることはお構いなしに、和合章真はただ、手にある麻雀牌をひたすら、静かに弄んでいた―――
「っま、焦んなくてもいずれは警察とかくるよ」
見た目が中性的な若王子は話し方も中性的だ。
雪藤詩歌は自分と同じ、高校生の月島と白州と龍造寺に若王子。
そして、一人大学生の多間木とかたまっていた。
みんなこんな変な状況なのに落ち着いている。
この部屋で気づいてから1時間ぐらいはたったんじゃないだろうか。
だんだん、一同から緊張というものは薄れてきている。
「これだけの人数がいなくなってるんだ。今の日本警察だったら心配することはないよ」
「へ〜多間木さん、警察のことに詳しいんですね」
「ああ、伯父が警視総監なんだ」
「けっ警視総監って、えぇ!? それって、警察で一番地位の高いんですよね!?」
月島が目をランランと光らせる。
「まあ、そういうことになるかな」
「すっご〜い!! 多間木さんは東大の現役の法学部だし、お父さんは巨大財閥の会長さんだし、私感動しちゃいました!!」
「本当にすごいですよ。私のお父さんなんか未だに課長止まりなのに」
詩歌の父親は50目前にしてまだ課長だ。
お父さんはいつも帰ってから、シャワーを浴びてビールを飲みながらナイター中継をまじまじと見つめる。
どこにでもいる平凡なサラリーマンなのだ。
そんな普通の父に比べ、この多間木隆は恐ろしく上流の家庭だ。
父親はかの有名な倉敷総合財閥の会長で、3人の兄、2人の姉はすでに司法試験に現役合格し、同財閥の社長と専務、裁判官、検察官、弁護士として道を歩んでいる。
そして今またこの多間木自身も兄たちと同じ道を歩んでいるのだ。
「人は地位が大事なんじゃない、その心が大事なんだよ」
詩歌のすぐ横で月島がウルウルしている。龍造寺も月島ほどではないが同じ状態だ。
だが、不思議なことに白州は顔色一つ変えていない。
多間木の家庭がまるで平凡な一家であるかのような目。
この子―――まだ、怖いのかな。この状況。
「大丈夫、大丈夫。伯父は俺が一番尊敬する人でもあるんだ。絶対にここを見つけ出してくれるさ」
その様子にいち早く気づいた多間木が白州の肩に手を置き、笑いながら言った。
「いいな〜そんな経歴がありゃすぐ女にモテモテだね」
若王子が多間木の肩をゆすりながら呟いた。
なぜか話し方が女にしか見えない顔立ちのこともあり妙に色っぽい。
ひょっとして、そのケの持ち主なんじゃ―――
その時だった。
耳を劈く叫び声が聞こえた。
鋭い悲鳴―――
ソレは明らかに苦痛を伴っていた。
声の主はすぐに分かった。
ついさっき、幣原と取っ組み合った娘、若槻だった。
「痛いいいぃぃぃぃいいぃぃいいぃいいい―――」
叫びながら彼女は顔を抑えている。
いや、あれは顔を抑えているというより―――目を抑えているのか?
彼女の周りで煙草にたかっていた4人が唖然としている。
「おい! 一体どうしたんだ!?」
加藤が4人に近づきながら叫んだ。
「しっ知らねぇよ!! 俺らだって驚いてんだ!! この娘が急に……」
「わっ私たち何にもしてないわよ!!」
「じゃあ何故この娘は苦しがってるんだ!! 大丈夫か! しっかりしろ!!」
彼女はさっきから目を抑えている。
本当に何が起きたのかさっぱり見当がつかない。
ついさっきまで普通だったはずだ。
「目がぁあぁぁ痛いいぃぃいいぃぃぃいい!!」
「目!? ちょっと見せてみろ!」
加藤さんが彼女の手を退かそうとしたが、彼女が振り払う。
「一体どうしたんだろあの娘、さっきまで何も―――」
「わっ私も全然分かんない」
加藤さんが傍で呆気にとられていた西村を呼んで2人で強引に彼女の手を退かした。
「うっうわっ!!」
「なっなんやコレは!?」
詩歌たちのいる場所からは彼女の顔は藪の背中が邪魔で見えなかった。
詩歌は藪と新渡戸の間に入って彼女の顔を見た。
―――ソレは赤くなっていた。
彼女の目は真っ赤だった。
目から血が垂れていた。
ソレは充血なんてものじゃなかった。
本当に真っ赤だった。
水晶体、角膜、瞳孔―――全部真っ赤だ。
黒い部分と白い部分が何処なのか分からなかった。本当に全部真っ赤なのだ。
ビックリするぐらい赤だった。
あかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあか―――
若槻の目から涙と血が流れている。
だが赤と透明では当然赤の方が強い。
涙はほとんど血に飲まれていた。
その結果、彼女は赤色の涙を流していた。
誰かが叫んでいる―――誰だろう―――
私だ。
本当に怖かった。
私は無意識のうちに叫んでいた。
この世のものとは思えないその光景に―――
「あうぅ―――」
隣にいた月島つぼみは声が出ていなかった。
いや、叫んでいたけど詩歌に届いていなかっただけなのかもしれない。
「……なっなにをやったらこうなるんだ」
「―――分からん。こんな症状は初めてみた」
いつの間にかドアの近くにいたはずの高橋が若槻をしっかりと抑えて、冷静に分析している。
この人は医者なのか?
だとしたら、なぜ今まで黙っていた?
「おっおい、アンタもしかして医者なのか?」
藪が詩歌の疑問を彼に聞いてくれた。
「あぁ、そうだ」
「じゃっじゃあ何が原因なんだよコレは! アンタ分かったんだろ!?」
「落ち着け」
高橋がさっきとなんら変わらない無表情のまま続けた。
「まだ何も分からっちゃいない。何かの感染症の可能性もある。だがここまでひどいとなると……」
「ひどいと……なんだよ?」
「何かの薬物かもしれん」
「いったい何の?」
「そこまでは分からん」
高橋が若槻を抑えたまま言った。
高橋は医者という事実は、若槻の様子が衝撃的過ぎてこの時は有難いと詩歌は思わなかった。
「……コレは何本に見える?」
高橋が若槻の目の前で3本指を立てる。
「うぅうぅうううぅ……うあぁぁあぁああぁ―――」
「答えろ。コレは何本だ」
「いたいぃいぃぃいいいいぃぃぃいい!!」
「聞こえてるだろ! コレは何本に見える!!」
「何にも見えないいぃぃいいぃいぃぃいいいぃい!!」
まさか―――失明しているのか?
その後の高橋の処置は素人の黒住麟には良く分からなかった。しかし、若槻がそれで落ち着いてきたのも事実だ。
高橋が彼女に目を閉じるようにいい彼女の瞼の上に大きなハンカチをかけた。
黒住は内心ざまぁみろと考えていたが、同じ部屋にいる以上気味が悪かったというのもあった。
もし感染症だとしたら―――
黒住は唾を飲んだ。
「で? 結局何が原因なんだよ? 先生」
「初めは目が赤いのはただ充血しているだけで、本人が過剰に騒いでるだけかと思っていたが―――」
「アレは充血なんてレベルじゃねぇだろ! 目から血がでてんだぞ!?」
「目が出血するという症状はないわけじゃない。白眼の毛細血管が切れたとか、あるいは過剰なストレスによるものだとか―――」
「もしかして感染症じゃ……」
黒住が一番心配していることを龍造寺が言った。
だがそれを高橋はあっさり否定した。
「いや違う、そうじゃない。もしそうだとしたらこの部屋にいる誰かが同じようなことになっててもおかしくない。だが発症してるのは彼女ひとりだ。」
「じゃあなんで……」
「目が真っ赤になるというのだけなら角膜下出血がある。だが真っ赤でなおかつ出血するなんてのは珍しい」
「結構ありそうなことやと思うけどな」
相変わらず呑気な関西弁で新渡戸がグダッた。
結構ありそうなことなわけねーだろ―――
黒住は心の中で毒づいた。
「充血して出血ならいくらでもある。だがあれは違う」
―――たしかに充血なんてものじゃない。
以前見たゾンビ映画で目が赤色になったゾンビが襲ってくるというのを観た。
本当にそれくらい真っ赤だった。
黒住は若槻の方を見たが、ハンカチが顔に乗っていて目の様子は分からない。
「未知のウイルスってのもあるんじゃねぇか? 若い娘にしかとりつかねぇ未知のウイルスよ」
「やっやめてください!! そんな冗談―――」
今年で37の私を馬鹿にしているようで腹が立った。
この西村という男にもイラつく。中年野郎によくいるお調子者だ。
「おっと悪ぃな。別にそんなつもりじゃねぇよ」
「君、こんな所でふざけるのは止したまえ」
加藤が制したが、西村はとめることなく続けた。
「別にふざけちゃいねぇよ。今の医学だけじゃあ分かんねぇことは多いだろ。なぁ先生」
「たしかにそうだ」
「おっおい高橋君! 君まで何を―――」
「まだ発見されていないウイルスなんて腐るほどある。今ここにいる瞬間にもどっかのラボが新種のウイルスを発見しているだろうな」
「そっそんな……」
「へっへっへ、気ぃ付けた方がいいぜぇ。いっひっひ」
女子高生4人のうちのひとりが泣き始めた。龍造寺だ。
見るからに気の弱そうな子だったが、本当だったみたいだ。
「アンタなに泣かしてんのよ!!」
雪藤詩歌は西村に大声で言った。
詩歌は怖かった。
でも、黙ってはいられなかった。
まだ知り合ってから1時間くらいしかたってないが、この状況への恐怖をお互いに会話で回避した仲だ。
そんな彼女を怖がらしたこの男が許せなかった。
「いや、別に泣かすつもりじゃなかったんだよ」
「悪ふざけもいい加減にしてよ! この子怖がらして何になるのよ!!」
詩歌がそういった瞬間、何が起きたのかは分からなかった。
詩歌は倒れていた。顔に激痛が走る。
あれ、何で私倒れてんだろ―――
詩歌はすぐに悟った。
西村が詩歌を殴ったのだ。
やはりこいつは、普通じゃない。
「なっ何をするんだ君!!」
加藤がそういい西村を取り押さえた。
それを見た新渡戸も同じ行動をする。
「おい、落ち着けやにいちゃん! 相手は若い娘やで? 殴るのはあんまりとちゃうか」
「ウゼェ! カスが! 俺に指示すんじゃねぇ!!」
加藤さんを振りのけ、西村の喧嘩慣れした蹴りが新渡戸のでっぷりした腹に命中する。
だがダメージはあまりなさそうだ。
「いたた、何するんや!!」
「殺すぞ! ブタ親父!!」
「チッ面倒なヤツだ」
多間木がぼっそり呟く様に言ったがそれを西村が聞き逃さなかった。
「あ? 今何つった?」
「え、いっいや何も」
この瞬間、詩歌は多間木が西村に殴られると思った。
だが、そうじゃなかった。
「テメェ多間木隆とか言ったな」
「あ、あぁ」
「火遊びはもうしてないのか?」
「!?」
西村が怒りの表情からニヤついた、ついさっきまでの表情に変わった。
対照的に、多間木の表情が見る見るうちに青くなっていく。
―――火遊びって何のこと?
「クククッそのツラ具合からして間違いねェようだな。アーハッハ、こりゃいいかも見つけちまったぜ!!」
「……何のことだ」
「すっとぼけなくてもいいぜ、良かったなぁ大財閥の御曹司で」
詩歌にはわけが分からなかった。
詩歌が理解できてなかった一方、黒住麟はきちんと彼らの話に追いついていた。
TVディレクターである黒住はある事件を思い出した。
その事件とは、5年前、千葉のある集合住宅のマンションで起きた火災だった。
この火災は事故によるものではなく、非常階段付近で放火されたもので、いわゆる放火殺人だった。
この事件で放火された4階建てマンションの住民16人が死亡。
死亡者の大半の死因は二酸化炭素による中毒死。
深夜に行われた上、非常階段が火災発生源のため気付いた時にはすでに逃げれない状況だったらしい。
放火事件としては異例の死亡者数のため、各TV局はこれを逃さなかった。
もちろん黒住もスクープとして取り上げた。
だが、この事件の取材は中断されることとなる。
ある大企業が警察と報道陣に圧力をかけたのだ。
結局、この事件のその後は良く分からず、犯人も捕まったのかどうかさえもうやむやになってしまった。
だが黒住がこっそり裏で調べていくうちに圧力をかけたある企業が判明した。
その企業の名は『倉敷総合財閥』―――
会長は財界で名高い多間木道三―――
子供はたしかたくさんいたはずだ。
ひょっとすると目の前にいるこの多間木隆は道三の息子―――
「死んだんだろ? 16人」
「……」
多間木は西村の言葉に顔を横に向けて黙っていた。
それと同時に黒住の予想が当たったことが判明した。
―――コイツはスクープだ、まさかあの事件の関係者にこんなとこで出会えるなんて。
黒住は手帳を取り出そうとしたが、無い事に気が付いた。
「ヤクのためとはいえ、良い度胸してるぜ坊や。俺のとこにくりゃ良かったのによ」
「なんで知ってんだ」
「ヒヒヒッ仕事柄その筋のことにはいつもアンテナ磨いてるからな」
「―――掛け取りのプロか。道理で」
多間木は軽く微笑を浮かべた。
―――コイツらは犯罪者なんだ。それも生半可じゃない―――
黒住はこれほどの興奮は久しぶりだった。
「何を言ってるのかサッパリなんだが」
幣原が呆気にとられて言った。
「5年前の千葉の住宅街放火事件覚えてるだろ。その主犯がコイツなんだよ」
西村が多間木に指をさした。
周りのやつらの顔を見る限り、若い女子校生さえも覚えていたらしい。
みな、多間木を見る目を変えた。
―――あぁ、バカ! なんでそんなこといっちゃうのよ!! せっかくのスクープがコイツらに横取りされたら―――
「おい、ディレクターの姉ちゃん」
「……えっなっ何!?」
突然黒住は西村に呼ばれた。
ディレクターとTV局でつねに呼ばれているためか、自分のことだとすぐに分かった。
「記事にすんのは止めときな。殺されるからよ」
「はっはぁ!?」
「こいつの家は裏社会にも君臨してんだ。アンタ一人消すぐらいわけないぜ」
黒住は多間木がニヤニヤしながらこっちを見ているのが分かった。
その笑みは、犯罪者の目とともに―――
さっきの好青年ぶりが一変していた。
黒住は背中に何か冷たいものを感じた。
「……人の心配してる場合かよ、掛け取り屋サン。アンタだっていつ消されるかわかんないぜ? まぁソレはこの部屋の連中全員に言えることだけど」
多間木はそういい周りを見渡した。それはとても冷たい目だった。
「なっなんでそんなこと―――」
「聞きたいのか?」
さっきまで一緒にチャラけてた若王子が少し離れた場所から多間木に聞いた。
「ヤっヤっとったんかいな」
「あ?」
「そこの兄ちゃんが今言ってたやろ、ヤクがどーたらこーたらって」
新渡戸が相変わらずの馬鹿にしたような関西弁で聞いた。
―――状況が全く把握できてないんじゃないか?
黒住の嫌いなタイプにはランクインしていないものの、それでも嫌いには変わらなかった。
「ざーんねん、不正解。ヤクは欲しかったがヤってたわけじゃない」
「じゃあ、なんでそないなこと」
「あのビル放火してサラ地にすりゃ、土地業者からヤクをもらえる算段だったんだ。ところがどっこい、あのビルにゃ人が住んでいやがった。俺に話したときにゃ無人だってほざいてたんだぜ? ところが無人どころか16人も人間がいやがった」
「……はじめから殺す気じゃなかったのか?」
「ああ、そうさ」
多間木がため息交混じりで答えた。
「そやけど、薬手に入れたとこでどないするつもりやったんや?」
新渡戸の問いに多間木が軽く舌打ちした。苛立っているのだろうか。それでも多間木はソレに答えた。
「バァーカ、売りゃ金になるだろーが」
信じられなかった―――あの多間木さんがこんな―――
雪藤詩歌は西村に殴られた痛みなど吹き飛んでいた。
さっきまで、優しく、明るかった好青年―――それがこんな―――
ここで会うまで、知り合いでもなんでもなかった。でも―――それでも―――
「―――サイテーの男」
横で小さい体で殴られた雪藤を支えている白州がボソッと呟いた。月島も龍造寺も肩を落としている。
「よく捕まらなかったな」
幣原がため息混じりで言った。
「人間ってのはな、所詮金だけの生物なのさ。ちょこっと金バラまいただけでアッと言う間に無罪放免! ははは、ホントいーよなー少年法ってやつは!! 日本で犯罪すんのは二十歳前ーってか?」
多間木はケラケラ笑っていた。
この人は―――人間じゃない―――
その時だった。加藤が多間木に殴りかかっていた。
多間木も不意打ちだったらしく、その横面に見事に鉄拳が炸裂した。
弾みで多間木は後ろにいた藪と若王子にぶつかった。
加藤はそのまま多間木に突っ込み次々と拳を殴りつけた。藪と若王子がボーッとしていたが、慌てて止めにかかる。
「おっおい、アンタ止めといた方がいいぜ。そりゃコイツがむかつくのは理解できるぜ? でも、コイツが怪我でもしたら後々面倒―――」
藪がそういった瞬間、多間木の蹴りが馬乗りになっている加藤のこめかみに直撃する。
加藤はその後倒れ伏し、頭を抱えて動かなくなった。
「―――このクソジジィ、イキがりやがって」
多間木が動かなくなっている加藤に蹴りやパンチを炸裂させる。それを慌てて、新渡戸や若王子が止めにかかる。
だが、年の新渡戸と小柄な若王子では止めれるわけもなく、すぐに飛ばされた。藪はお役ごめんと突っ立っていた。
このままじゃ加藤さんが―――
「やめて―――」
詩歌が思わずそう叫んだときだった。何かが詩歌の頭上を飛び越え、加藤を殴り続けている多間木の額に鈍い音を立てて直撃した。
ソレはカチャカチャと音を立てながら、多間木の足元に落ちた。
二萬とかかれたその長方形に詩歌は見覚えがあった。詩歌自身はしたことはないが。
―――それは麻雀牌だった。
「―――痛ってぇ―――ッ」
多間木は額を手で押さえながら叫んだ。あの鈍い音から察するに本当に痛そうだった。
「―――うるせェんだよ」
今まで全然聞いたこともなかった男性の声色が部屋に響いた。それは今までずっと壁にもたれて誰とも接していなかった人物の―――和合章真の声だった。
2012/02/15(Wed)01:21:38 公開 /
バレット barrett.50cal
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