『ある夢の真似ごと  【異次元旅行】』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:水山 虎                

     あらすじ・作品紹介
これはある夢の真似ごとだと、誰もが知っている。 知らないのは少年だけである。

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あるところに若い少年がいて、別に彼は物真似が得意な訳ではなかったがその時は真似をしたのだ。
 


 あなたはサイボーグである。とにかくサイボーグなのである(そうとしか言いようがない)。そして、説明ができるほどサイボーグが単純な言葉ではないことをあなたは知っているはずだ。
 しかし誰もあなたがサイボーグだとは認めない。あなたの外見も能力も何もかもが人間と同じだからだ。
 あなたを見た人間は、あなたを見て「なんでもっと景気は良くならないんだ」とひどく怒った顔で言う。 
 あなたはサイボーグであることを証明するためにまず右の拳で木を殴る。
 そして何の罪もないのに殴られた木は「痛い!」と言った後泣きながら飛んで行った。「ざまあみろ! この悪魔め!」とあなたは意味なくいう。そしてあなたの周りには誰もいない。
 人間達はどこに行ったのだろう。見守られることもなく―――なんて言葉をあなたは考えてしまう。
「俺はサイボーグだぞ」
 とあなたは叫ぶが、あなたの周りには誰もいない。木もいない。木が落としていった葉っぱだけが残っている。
 それを手に拾ってみると、フランス語で何か文字が書かれている!
『あの男は自分がサイボーグだとか言ってるけどそんなのは嘘っぱちだ。本物のサイボーグはあの丘の小さな家に住んでいるんだ』
 あなたはそれを呼んでひどく落ち込む。ああ、俺は本物ではなかった! 結局誰かの真似をしているにすぎなかったんだ! そういえば、ロケットみたいに腕が飛んでいくこともないし、とりわけ運動能力も高くないし、ただの人間じゃないか。誰が一体最初に始めたんだ。サイボーグなんて。気が狂ったやつに違いない、でもそんな安易な考えで勝手に決めつけるのはよくないとあなたはわかっていて、とりあえずばしばしと自分の頭をたたく。
「あっはっは……。あっはっは……」
 これはあなたがサイボーグになろうとしている最中で、誰もその邪魔をすることは許されないし、あなたにだってこれを途中でやめたら後でどんなに罰が悪いかわかっている。
 馬鹿みたいに笑っていると、どこか遠くの方からさっきの木が戻ってきた。
 とても不機嫌な顔をしていて、あなたは何かされるんじゃないかとびくびく怯えてしまう。それでも頭はたたく。 
「さっきはよくもやってくれたな」
 木は卑猥な、そして陰鬱な、世界の全ての孤独を知っているような口調で言った。自信満々の、若さに溢れた声だ。あなたの予想を裏切って木はあなたに、黄ばんだ古い地図を渡して、それだけでどこかへまた旅をしていった。永い永い、とても永い旅になることはサイボーグになったあなたにも予想ができた。木はロケットだったのだ。歌を歌いながら木は何もない空へと向かう。しかもその歌はあなたも知っているほど有名な世界一長い歌だ。
 地図を開くとそこには丘への行き方が記されており、あなたは予想外の喜ばしきできことに嬉しくなってつい飛びはね、地図が手からするりと、髪が抜け落ちるようにするりと、殺意が芽生えるほどの美しきその地図の最後にあなたは目を奪われ、うっかり呆然としていたら地図は地面に落っこちた。当然と言えば当然だ。
 あなたはもう地図を拾わない。落ちたものは危険だ、とあなたは本能で知っているのだ。サイボーグに本能があるのかって? そんなの誰も知らないに決まってる。「そうだ、落ちたものは危険だ」とあなた自身も言う。
「落ちたものは危険だ。何をするかわからない。たとえばそれは毒虫に変身するし、美しい女にだって変身する」
 あなたはもうすっかり気分が悪くなって、もしくは無駄な時間を過ごしたことに怒り狂って、自分に対してのため息をついて、もうやめようと自分に言い聞かす。サイボーグごっこは終わりだ。
 もう家に帰ろう。今日の夜ご飯は目玉焼きがいい。あなたは自分の右目に手を伸ばす。「おっと、下品か」と気づいてやめる。いよいよあなたは孤独になってしまって、気が狂ったようだ。
 それでも家へ帰るために、丘へ向かう。そこがあなたの家だからだ。
「ただいま。今日はダメだったよ、母さん」
 あなたはそう言った途端に腰を抜かしてしまった。あなたの母親は携帯電話がトイレの水に沈んでいく時みたいにコップに頭を突っ込んで倒立している。
「母さん、何をしてるの!?」
 あなたは悲鳴に近い声で自分の実の母親に尋ねる。
「これで痩せられるのよ。安いもんでしょ」
 母の不可解な行動はあなたを苛立たせたが、あなたはこのことで気づく。
「……そうかそうだったんだ。『本物のサイボーグ』は母さんのことだったんだ! で、父さんは?」
「父さんなら永い旅に出たわよ。いつも言ってるけどね、あんたのお父さんはそりゃ大した技術者だったよ」
「そうだよね……。うん、そうだよね……」
 あなたは母の言葉に感銘を受け、子どものように泣きじゃくる。誰が父親だったのだろうか。あの木ではないことは確かなのに、どうしてもあなたの頭にはあの木のことばかり浮かぶ。
「母さん、俺、名前が欲しいんだ。サイボーグじゃない、本当の名前が」
 時間は刻々と過ぎていく。あなたの母は口を開かない。
 ちなみに『本物のサイボーグ』はあなたの母親ではない。そもそも、あなたはフランス語を読めない。




 少年は夢からやっとさめると、さっそくその夢について考え出す。結局誰がサイボーグで、誰が父親だったのか。
 しかし少年は早く朝ごはんを食べて学校に向かわなくてはいけない。これは悲劇だ。少年は夢について考えるのをやめ、あとに回す。学校から家に帰ってくる頃には夢のことはもちろん忘れている。だが、夢などというものは完全なるオリジナルのものではなくしょせん少年の記憶が混同して創りだされた海に浮かぶ雲のようなものだ。そんなものについて一体考えてどうなるのだろうか。
 この少年の名前はカイだが、それはこの物語においてなにかしら関係性が少しでもあったかというと何もない。
 少年の特殊能力。それは夢を見続けることができるということ。実は難しいことだ。
 これは、たかが若い少年の真似ごとである。これが、誰かの望んだ結末か。
 否、こんなものは二番煎じにすぎない。
 彼はまだ若い。彼の人生はまだまだ始まったばかりだ。
 少年はまだ何度でもやりなおしが効く。これ以上の喜びがあるだろうか?



2011/12/24(Sat)23:55:58 公開 / 水山 虎
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■作者からのメッセージ
 闇さんが企画がたまたま立てられていたので、まあいいかという感じで、参加しました。もともと作品はできていたので、それに企画設定をなじませました。
受験が終わり、バイトでお金も稼ぎ、ようやくここに戻って来れました。
短編も短編です。これで終わりです。今年は忙しすぎて、やっと色々なことに一段落ついたので、今までの頑張り、読書、色々な事象に挑戦した結果とか経験がこういう小説です。結局小説ってなんなん? というところで俺はいつもつまずいて、……しまって、初めて自分で考えてやっと納得のいく小説が最後まで気を抜かず書けた、そういう風に思いました。

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