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『オレンジ色のアウトライン』 ... ジャンル:恋愛小説 リアル・現代
作者:ちよこ
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あらすじ・作品紹介
夏も終わりかけの今日に、切なさを覚える人は少なく無いのではないか。少なくとも、彼と私は。
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東京に来て初めて、金木犀を見たと、その時彼は言った。
「やけに香水くせえ女が居るな、と思ったらその花だったんだ。」
見知った部屋、私は客ではないので飲み物も出されず、昼間に買った残りの烏龍茶をちびり、と飲みながら彼の短い話を聞いていた。
もう何度目になるだろうか。といっても両手で数え切れるほどの回数なのだけれど、私はこの部屋に馴染んでいると思う。
道路に面したこの小さなワンルームは、その立地のせいで滅多に窓を開けられず、いちいちカーテンをめくらなければ、天気も、時間も、季節さえも確認出来ないのだ。
「おれの地元にはさ、金木犀無いんだよね。あれ、すげー良い匂いするよな。」
静かに、彼は呟いた。さっきの発言から類推すると、彼は香水くさいぐらいが良い匂いだと感じるのだろう。そんな事を考えていると、 ふいに彼は立ち上がり、タバコと灰皿を持ってベッドから数歩のキッチンへ向かった。
「別にほんとに気にしなくて良いのに。
「いや、いいよ」
彼はそう呟くと、少し申し訳無さそうに火を付けた。
…彼女の前じゃないんだから。私は彼が誰と居る時よりも、私に気を使わずに振まってくれる事が嬉しかった。しかし、その一点、タバコに関してだけはどうしても遠慮されてしまい、まるでそれが彼と私の本質的な関係を表しているようで、たまらなく寂しかった。おそらく、彼女の前では吸うことすらしなかったのだろう。吸わずに居て苛ついたりするようなことは決して無かったのだ。きっと。
「ねぇ、この曲さ、すごく秋が来たって感じするよねえ。」
さっきから話題になっている、その花の名前を持つバンドの曲を聞きながら、ただ、なんと無く言ってみた。少しの沈黙が辛かったのだ。
「そうかな。」
しかし、彼の答えは私の予想とは全く違うものだった。
「別にそこまで秋…という感じは」
そこまで聞いて、あ、まずい、と思った。彼が言葉を終わらせる前に、軌道を修正しなければ。
「あー、私、多分バンド名が秋の花だから勝手にそう感じてるだけかも」
語尾に、(笑)を感じさせるように、そう偽装して言葉を被せた。
歪んでいる。いや、単純に怖いのだ。彼に否定されるのが。こんなくだらないことでさえ、私は自分の気持ちを彼にさらけ出すことが出来ない。
「ああ、なるほどね。確かに。」
彼は適当に返事をした後、どかっと座椅子に座り込み、とてもきまぐれなコードでギターを弾いた。
彼に受け入れてもらわなければ。脅迫観念のように、口には出さず繰り返す。しかし、それは甘ったるい恋心などから来るものではなく、私は単純に彼を恐れていて、平穏なままゆるりと関係が続くことを願う上での反応なのだ。好きなどではない。絶対に。
私達の関係は、全てこの部屋で完結していて、そこから悪くなることも無ければ、良くなることも無いだろう。ただ、私が彼を必要としているから。彼は今はその要求を受け入れてくれているだけなのである。どんなに気持ちが塞いでいても、長いまつげ、痩せて白い体の彼を見ていると、種火の様に体に鮮やかな欲が沸き上がってくる。そうしてふざけあうみたいに体を重ねると、私はたちまち元気になってしまうのだ。心地良い、と言った方が正しいのかもしれない。
しかし、晴れやかな私とは一転して彼の顔は曇る。原因は分かっている。小学生の恋愛のように純粋なまま終わってしまった彼女のこと。
そして対照的な私との関係を比較して、切なくなってしまうのだろう。彼の心には、一ミリも入り込むことが出来ない。だけど私は、その彼の優しさと罪の意識、快楽につけ込んで何度も利用する。悪い、とは思わない。それなりに私も傷付いているからだ。
彼と付き合うつもりはこれっぽっちも無いのだけれど、それでも私は彼が欲しかった。何より可愛いし、便利だったこともあるが、
とにかくシンプルに愛されてみたかったのだ。彼に。憂鬱になりながら、例え惰性的にでも私を受け入れ続けてくれる彼は、私達の関係を「共犯」だと表した。彼はひとつも悪くないのに。
「いけないことだって、ちゃんと分かってる?」
一度目の遊びが終わったあと、甘えたふりをしたら、そう釘を刺された。また来てしまったのだ。憂鬱な元彼女の波が。
「こんなことしといておれが言うのもおかしな話なんだけどさ、出来たらこんなことはおれとじゃなくて彼氏とするものなんだよ。」
わかってる?と彼は更に問いかけた。分かってるも何も、当然彼氏とはそうしているし、喧嘩もするが、きちんと愛し合っている。その上で悪いことだと言う事も理解している。しかし、そんな道徳も常識も全べて飛び越えて、私は私の全細胞が彼を欲しているのを知っているから、何度もこの部屋に来てしまうのだ。タバコの匂い、部屋干しされたたくさんのシャツ、いつでもクーラーによって冷やされているこの部屋は、浮世の煩わしいことから私を守ってくれる、唯一のシェルターなのだから。
「ねぇ、もっかい、抱き付いてもいい?」
いちいち了承を得なければいけない行為。トランキライザーとしての行為。確認を取らずに甘えられるほど、私は彼に気を許してはいない。
「今日はやけに、積極的だね。」
べつにいいよ、と彼は少し呆れたように私を受け止めた。去年より少し隆起した筋肉。汗のにおい。一度スイッチが入ってしまえば、私も彼も止まらなくなる。それを逆手に、狡い私はまたきっかけを作る。毎回毎回、その日が最後のつもりで。戸惑いを見透かされてはいけない。体に距離は無く、顔と顔の間で鋭く視線が絡み合う。彼が、唇を食べた。さぁ、最後のつもりで。
「よかった、まだ夏だ。」
私はベッドから身を乗り出して、カーテンをめくる。空は少し滲んで、夕陽がまぶしかった。気だるそうな蝉が鳴いている。振り返ると、めくられたカーテンのその隙間から差し込んだ夕陽が、彼の体を包み込んで、輪郭をオレンジ色に染めていく。さっき体中で感じた、あの感覚に色を付けたら、きっとこんな感じなのだろうと、まだ熱に浮かされた頭でぼんやりと考えた。シングルのベッドの上で、タオルケットに繋がれた私達は、同じ色に染まっていく。この先も、私は彼に本音で話すことなど無いだろう。このままずっと、彼に怯えたまま、切なくなっていけば良い。彼もまた、自分を責めて恋しさを募らせたら良いんだ。
不健全なシェルター。どちらかが壊れるまで、モラトリアムは終わらない。
せめて、金木犀が咲くまでは。
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2011/09/03(Sat)01:04:35 公開 / ちよこ
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■作者からのメッセージ
夏が終わってしまうので、その前に今、感じているこの切なさを文字にしてみました。
夏と言う響きには、こんな男女の関係が隠れているように思ったので。
私は初めて小説というものを書いてみて、改めて自分の文才の無さ、
表現力の乏さに呆れました。結局最後まで何が言いたいのか自分以外には伝わらないだろうなー、という仕上がりになってしまい、大変反省しております。
この読みづらい小説、と言うか文章を読んで下さった方、本当にありがとうございました。
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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