『“COVER” 【完】』 ... ジャンル:ミステリ リアル・現代
作者:コーヒーCUP                

     あらすじ・作品紹介
高校三年生の蓮見レイは学校で探偵のようなことをしていた。ある日、担任の教師から校内で惨殺されていた子犬の死体が見つかったので、それの犯人を見つけて欲しいと頼まれる。そして調べてみると、一年生の頃のクラスメイトで現生徒会長の北条静佳という女子生徒が怪しいと疑い始めるが、レイとは長年の付き合いである後輩の櫻井仁志がそれを強く否定する――。子犬は誰に、そしてなぜ殺されたのか。

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「あらら、これはグロテスクだね」
 聞くところによると学校の備品だという青いビニールシートをめくると、血まみれの子犬が無残に横たわっていた。傍にはカッターナイフが捨てられている。身体中、まるで芸術を楽しんでるかのように、まんべんなく傷があり、黒い毛並みは赤く染まっていた。腸が少しはみ出しているのもショッキングだ。
 とりあえず手を合わせてこの小さい命を悼んだ後、そういうところをくまなくチェックして、その死骸にビニールシートをかぶせて、立ち上がった。
 そして横にいた、いつものように無表情な海野先生を見た。
「それでティーチャー、いたいけな高校三年生の令嬢に、こんなかわいそうな物を見せてどうしろって言うんだい」
「お前が令嬢かどうかは知らんが、別に趣味で見せたわけじゃない。頼みがある」
「だと思ったよ」
 そもそも今朝登校したとき、校内に無残な子犬の死体があったらしいという情報は耳に入っていた。それでいてホームルームのときにこの担任の海野先生が難しい顔をしていれば、何か良くないことが起きたとはすぐ分かる。
ああでも、先生が「難しい顔をしてた」と分かったのはクラスの中でも少数だろう。この人はいつも無表情で、このわずかな変化に気づくのには時間がかかる。一年から三年までずっと先生が担任だったからこそ分かった。
 それで昼休みに急に声をかけてきた。放課後空いているか、と。
「普通は放課後に体育館の裏に連れて行かれたら、告白と相場が決まっているんだけどね。少し期待してしまった十八歳の淡い純情をどうしてくれるのかな」
 今私たちは体育館の裏にいた。その子犬の死骸がここにあったから、当然といえば当然だ。
「俺とはお前は教師と生徒だぞ」
「恋心を前にしたら、そんな関係は無意味だよ。八十年代の青春ドラマでは定番だった」
「ドラマだ」
「分かってるさ。冗談が通じないんだから、まったく……。それで、大方予想できるけど、頼みって言うのは」
 先生は無表情のまま頷く。
「この子犬を殺した犯人を見つけて欲しい」

 2

 高校入学時から人の厄介事によく介入した。運か実力か、正直なところ自分でもよく分からないがたいていの出来事は上手く収められて、そういう実績が噂になり私はいつの間にか、校内では「厄介事を引き受けてくれる美女」という地位を確立した。最初は「厄介事を引き受けてくれる人」という認識だったのだが、それではこちらのテンションがあがらないので噂を誇張した。いや、誇張ってほどでもないと思う。
 それで今日は担任の海野先生からこの頼み事だ。先生からこういう依頼を受けるのは初めてではない。そしていつもたいてい受ける。私は時に自覚できるほどに破天荒な行動を取ってしまうので、停学や退学の危機に晒されたことは一度や二度ではない。そこをいつも助けてもらっているのが先生だから、断るなどできない。
 しかし今回はちょっと疑問を持った。
「ティーチャー、別に苦情ってわけじゃないけどね……これは私じゃなく、警察に言うべき事案じゃないかな」
 未来ある若者が大勢集い、無防備に日々を送る高校の内部でこんな無残な死骸が見つかったんだ。いくら子犬とはいえ、通報して調べてもらうのが筋ってものだろう。もちろん、子犬の死骸じゃ警察はそこまで必死に動かないだろうが、それでも通報しておくべきだ。
「……学園長が、これしきのことで変な噂がたっては困ると仰ってな」
「そうだと思ったけど、当たるとこれまた腹が立つね。あの婆さんは本当に何を考えているのやら」
 この高校のトップである、春日という初老の女性を私は婆さんと呼んでいた。もちろん、嫌っているからそうしている。向こうも校則を無茶苦茶に破る私を毛嫌いしているようなので、お互い様だ。
 そして彼女のモットーは「学校に被害が出ないこと」だ。決して、生徒に、ではない。
「それで私のところへ来たわけだ」
 先生だって当然暇ではないわけだし、婆さんがそんなことを言ったのならきっと全ての教師にはこの件には触れるなという命令が出されたんだろう。そうなると先生としては動けないわけだ。
 だから、中々危険な香りが漂うこんな事に、私を介入させたわけだ。
「すまないとは思ってる」
 無表情でそう告げてくる。もちろん、さっきも言ったように表情の変化はよく分かる。本当に申し訳なさそうにしているという顔だ。そんな顔しないで欲しいね、みずくさいから。
「先生が謝ることじゃない。いいよ、このワンちゃんをこんな目に遭わせた奴をつかまえればいいわけだ。なぁに、簡単なことさ」
 こういう頼み事は初めてじゃない。何度か経験しているので手順は分かっている。そういう意味では比較的に簡単な捜査で済むかも知れない。今までと違うところは、ここまでひどい被害者がいるということだけだ。
「頼んでおいて何だが……危険を感じたらすぐに身を退くんだ、そして報告しろ。あとはこちらで何とかする」
 思わず、くすっと笑ってしまった。それに先生が不機嫌そうにする。
 私がこの依頼をこうもあっさり引き受けた理由がこれだ。先生が私を頼ったのは、この殺された子犬が不憫だということもあるだろうが、何より、こういう事件がきっかけで何か生徒に害が出ないかということを不安に思ってだ。
 いつだって、生徒のことしか頭にない。だから平気で上司の命令を無視する。全く……これほど担任で良かったと思えるのも幸せなものだね。
「分かった、そうさせてもらうよ。さてティーチャー、そろそろお仕事に戻った方が良いね。先生にはファンが多いんだ、私が目の敵にされてしまうよ。あ、ファンが多いと言っても私ほどじゃないけどね」
 そんな冗談を言っても先生は顔色一つ変えない。ただ、じゃあ頼んだと力強い声を残して背中を向けて私の視界から消えていった。
 さて……。
「言ってみてはしたものの……身を退くなんて、申し訳ないけどできないね」
 そういう中途半端なことは性に合わない。やると決めたからには徹底的にやる、これがマイスタイル。異論は許さないよ。
 しゃがみこんで、ビニールシートを再びめくり無残な死骸を見つめる。そういえば、この子はこの後どうなってしまうのだろうか。できれば埋葬してあげたい。まあ、海野先生に何か考えがあるだろうからそれをまた聞きに行くこうか。もし適当なお墓でも作るのなら、私も手伝いたい。
 ポケットから携帯電話を取りだして、ごめんねと呟いた後、その死骸の写真を数枚撮った。
「うん……?」
 そうしているうちに変なところが気になった。首輪をしていないのに、首の周りの毛が下を向いている。
「首輪をされていたのか」
 それで犯人が何らかの理由で取り外したということか。なら、首輪は犯人にとって何か重要な手がかりになるわけだ。あくまで推測だが、頭に残しておかなければいけない考えだろう。
 ビニールシートをまたかぶせて、立ち上がった。こう見えたって高三の女子だ、こういうものを見せられて平然とはしていられない。だから、仕方がないので、胸ポケットからタバコを取り出した。
 ここは高校の校内で、もちろん生徒がタバコを吸うなんて御法度なわけだ。けど仕方ないじゃないか。こんなものを見せられたら、十八歳の乙女としては、何か気を晴らす物が必要なわけだ。
 私の場合はこのニコチンという恋人。ライターで火をつけて文字通り熱いキスをする。
 体育館の壁に背を預けて、ビニールの周りを見渡す。すぐそばには高い塀があり、部外者の侵入を防いでいる。校内に死骸があったということは、犯人はここの生徒か関係者という可能性が高い。そうなると絞り込むことは難しくはないかな。
 しかし、どうしてこんなところでこんないたいけな子犬を殺したのかは分からない。
 白い煙を吐き出したところ、急に横に気配を感じたので振り向くと先ほど仕事へ戻ったはずの海野先生が立っていた。私がタバコとラブゲームを楽しみながら考えにふけっている間に戻ってきていたらしい。
 やっぱり無表情。だが、そこから怒りは伝わってくる。
 タバコを吸っているところを教師に見られたのだから焦るなりなんなりすべきだろうが、私の場合はこういう経験をもう何度もしているので慣れたものだ。
 タバコをまた取り出して先生に差し出してみる。
「先生も一本どうかな。シガレットチョコだよ、タバコ味の」
 こんな小粋な冗談を無表情で聞かれたら寂しくなって泣いちゃうよ、ティーチャー。



 結局、昨日は先生にさんざん叱られた後、あの子犬の墓を作り、適当に校内を散策しながら一応何か目撃情報がないかなどを聞き込みしてから帰った。校内に残っていた知り合いの生徒には大方声をかけたのだけど、何か見たという生徒はいなかったが、面白い証言は何人から聞けた。
『それなら北条さんが何か知ってるんじゃないの』
 この言葉を何度か聞くことになったのだ。
 彼らの言う、北条さんというのは私も知っていた。というか、校内では私に負けないくらいの有名人。一応は生徒会長だ。ただ彼女を有名にさせているのは、そんな役職のせいじゃない。その性格と見た目だろう。
 私は敬意を込めて「尼将軍」と呼んでいる。
 そういう証言を得たからには彼女に会いに行かないわけにはいかない。そういうわけで私は昼休みに彼女がいつも一人で食事をとっているということで有名な生徒会室へ向かった。
 この学校の生徒会室は豪華なことで有名だ。扉のつくりも金色のドアノブに、木目の高級な板を使っている。そんな扉をこんこんとノックした。
「尼将軍、少しお話しがあるんだけど。開けてくれると嬉しいね」
 そんな呼びかけをしても応答は無し。予想していたけどね。
「こんな美女の呼びかけをスルーとはひどいね。普通の人なら狂喜するところだよ。実をいうとその扉の向こうで嬉しくてガッツポーズをしてるんじゃないかい。いや、相変わらず素直じゃないんだから。こっちが照れてしまうね」
 そんなことを嘯いていたら、自然と扉が開いた。どうやら入室が許可されたらしい。口で言えばいいのに。
 その少しだけ開いた扉から入室すると、急に室内へ引っ張りこまれて、そして内側から壊れるんじゃないかという勢いで扉が閉められたかと思うと、気がつけば私はそれに背中を預ける姿勢になっていた。
 そして私の目の前にはいつの間にか尼将軍こと、北条政子……じゃない、北条静佳がいた。片手には箸を一本だけ持って、それを私の喉元につきつけている。
「いや尼将軍、これは結構な挨拶だね。年頃の女同士がこうも密接していたら、これは中々そそる映像になると思うよ。私なら一万は出すね。というかあれだね、このままそういう関係になっても、私はありだと思う」
「……相変わらず、ぴーちくぱーちくとうるさい女だな」
「君が名前通り静かすぎるのだと思うよ」
 ふんと呆れたように息をつくと、彼女は私から離れた。彼女のことを尼将軍と呼ぶ所以はいくつかある。一つ、さきほどの通りの言葉遣い。私が言えたことかどうかは知らないが、女らしさの欠片もない。
 そしてこの攻撃性。実を言うと彼女は剣道の達人らしく、生徒会の役職に就く前は女子剣道部の期待の星だった。そして一年生の時は同じクラスだったので、よくさっきのように竹刀や木刀で脅されたものである。
 最後に、見た目だろう。武士みたいに前髪は短いのに、後ろ髪を伸ばしていて、それをポニーテールでまとめている。そして彼女が校内で有名な一番の理由の眼帯。幼い頃、何かの事件に巻き込まれたらしく、左目が見えない。その左目を黒い眼帯で隠している。
 片眼だけになったせいか、右目の眼光の鋭さは日本でもトップクラスに入ると思う。
「そういえば二人で話すのは随分と久しぶりじゃないかな」
「一年の頃だってお前と話す気などなかった。お前がその軽口で言い寄ってきて、相手になっただけだ」
「その素っ気なさは相変わらず健在みたいで、安心したよ。君が会長になったと聞いたときはどうしたものかと思った」
「別に。頼まれたから引き受けた。それだけだ」
 彼女はそういうと部屋の真ん中に置いてあるテーブルを挟むように設置されているソファーの片方に腰掛けた。こんな贅沢なソファーがある生徒会室は全国を探してもそうはないだろう。
 私は彼女の反対側に座る。彼女はお弁当を食べていて、あまり積極的にお話しする気はないようだ。別に構わない、こっちが勝手に喋るだけだから。
「生徒会長なら小耳に挟んでいるだろうけど、昨日学校で事件があったんだよ」
「子犬の件だろう、知っている。だが学園長が問題にはしないと言ったと聞いたが」
「そうらしいね。だからこれは私が勝手に調べてるのさ」
「ふん、その余計なお世話は治ってないのか」
「私のチャームポイントだからね、てへ」
 そんな私の可愛い表現も無視して彼女はお弁当を食べる。眼帯でポニーテールの女子高生が黒いお弁当箱で和食を食べているという風景は珍しいだろうな。
「それで君に聞きたいことがあってね。何か事件のことで知ってること、ないしは気になってることはないかな」
「……どうして私なんだ? 聞き込みならそこらの生徒にしろ。お前は知り合いだって無駄に多いんだ、何か教えてくれるだろう。私はあんなグロいものに関わりたくない」
 無駄に多いってことはない。私にとって知り合いに無駄も何もない。全員、唯一無二の存在だ。
「その知り合いたちから聞いたんだよ。君、見かけによらず動物に優しいんだってね」
 彼女の耳がぴくっと動き、タダでさえ鋭い右目をさらに尖らせてこちらを見てくる。そんなに見つめられると照れてしまうね。
「ちょっと意外だったよ。クールでドライな尼将軍が、近所の子猫や野良の動物たちに餌をあげたり、世話をしているなんてね。優しいところもあるじゃないか、どうして私にもそう接してくれないのかな。妬いてしまうね」
 これが昨日得た情報だった。彼女の近所に住んでる何人かの生徒はこの事実を知っていた。彼女の住む地域には野良猫や野良犬がよく生息する場所があるらしく、彼女はそこでその動物たちに餌をあげるなどの世話をしているらしい。
 中には彼女を注意する住人もいるらしい。野良が増えると困るからだろうが、彼女はそういった人間をこの眼光と威圧で黙らせていると聞いた。なんとも彼女らしい。
「……それがどうしたというんだ。近所の野良共を世話しているのは、気まぐれだ」
「気まぐれねぇ。まあ、それでもいいけど。昨日の事件、本当に何も知らないの?」
「知ってるわけがなかろう、私が世話をしているのは近所の野良だけだ。学校の周りのことなど知らん」
「本当に?」
「蓮見、しつこいぞ」
 しつこいと言われてしまったが、そうなってしまうのも仕方ない。彼女は明らかに、この話題を嫌がっている。口にこそ出さないが、早く話題を切り上げたいという思いがこっちに伝わってくるのだ。
 そこまで嫌がる理由が気になるじゃないか。
 けど、この性格と比例する口の堅さの持ち主だ。そう簡単に何か言ってくれることはないだろう。とにかく、彼女は事件と関係がありそうだということだけ分かれば、今日の収穫はそれだけで十分かも知れない。
「あまり君を怒らせて嫌われたくないからね、そろそろ退散するとしよう」
「お前ならずっと嫌いだ」
「おっとツンデレかい。いいね、萌えって奴だ」
 また睨まれてしまったので、ホールドアップして立ち上がった。これ以上怒らすと本当に何をされるか分からない。一年の時に彼女を本気で怒らせてしまって、木刀で追いかけ回されたことがまだ記憶に新しい。
「それじゃあ、食事の邪魔をしたね。またくるよ」
「二度と来るな。次にこの部屋の敷居を跨いだら斬る」
 彼女が言うと洒落にならない雰囲気があるから怖い。
 部屋から出て、さすがに生徒会長の前では控えたタバコを取り出して吸った。ニコチンを大量に取り入れながら、脳細胞を働かせてみる。一つ、納得いかないというより、気になったことがある。彼女が何気なく口にした言葉だ。
『私はあんなグロいものに関わりたくない』
 さて、どうして彼女は子犬の死骸がグロテスクだと知っていたのか。婆さんが無神経に状況を説明したのか、はてまた噂で聞いたのか、それとも知っていて当然の立場の人間だからか。これは気になる。
 さて尼将軍、君は何を知っていて、そして何を隠しているのかな。
 彼女が私をどう思っているか置いておくとして、私からすれば彼女は最近喋っていなかったとしても友達のつもりだ。一年間、同じ教室で過ごした仲間だ。そしてそんな彼女は子犬を惨殺するような子ではない。
 けど、この繋がりが希薄になっていた一年と少しの間、彼女に何かあったとしたら……。
 右手で頭をかきむしりながら、ああっと唸ってみる。
「……恨むよ、ティーチャー」
 これはちょっと、嫌な事件になりそうだ。
 その時、急に強く射るような視線を感じた。驚いてその方向を見るが、廊下には誰もいない……。けど、気のせいで片付けられるようなものではなかった。一体、誰が何を思って私を見ていたのか。
 ゆらゆらと揺れるタバコの白煙を見ながら、妙な胸騒ぎを覚えた。


 足下に寄ってきたのは一匹の猫だった。よく見る、白地の毛に茶色の縞模様の猫で、さすがに街の近くに住んでいるだけあってか、人懐っこくて初めてこの場所を訪れた私にも何か期待するような眼差しを向けてくる。
 その場にしゃがんで猫を撫でてやると、何とも可愛らしい鳴き声をした。
「お腹が減ってるのかい」
 ポケットから袋詰めの鰹節を出して、それを掌にのせて猫の前に差し出すと嬉しそうにそれを食べ始めた。すごく、癒される。なるほど、こんな可愛いものか。これならあの尼将軍が動物には優しい理由が分かる。
 ここは街の中にある小さな森だった。数年前、市が地球温暖化対策として進めた「緑地化」の一環として、この地域で緑豊かな公園を作ろうということになり、とある工場が撤退した跡地にたくさんの木々を植えて、その中に公園を作るということをした。
 さて、それが財政や行政という観点から見て成功したかはさておき、市民からすれば憩いの場ができたと好評だ。
 しかしながら、ただ手放しに喜ばれているわけでもなく、この緑豊かな地に飼えなくなったペットを捨てるという、無責任な飼い主の怠慢が行われるようになった。おかげでこの辺はたくさんの捨て猫や捨て犬、そしてその子供達が生息している。
 今私の前にいるこの猫ちゃんも、きっとそういう動物たちの一匹だろう。
 尼将軍との話し合いが平行線に終わったので、放課後になってとりあえず彼女がいつも動物の面倒を見ているというここへやってきた。特に変わったところのない場所だ。
 一匹の猫に餌を与えたせいか、どこからともなく数匹の猫がいつの間にか私の周りにいて、不公平なことをするな、そいつにやるなら俺等にもくれと、目で訴えかけてくるがそんなに鰹節を持ってるわけもなく、我慢してもらうしかない。
 通常、猫とは警戒心の高い生き物である。町中で猫を見かけて、可愛いと思って寄って行ったことがある人はたくさんいるだろう。思い出して欲しいのだが、そういうとき猫はいつもどうしているか。たいてい、逃げると思う。当たり前だ、猫からすれば自分よりはるかに大きな生き物が近づいてきているわけで、反射的に逃げてしまうのは彼らの防衛本能。
 しかし、今目の前にいる猫を含め、この数匹達の猫は自らの意志で私に寄ってきた。私が餌を持っているというのもあるだろうが、最初の一匹は明らかにそういうのを抜きで自分から私の元へ来た。どういうことか。
 真面目に考える必要も無い。彼らからすれば、私は絶対に餌を持っていると確信していたのだ。どうやって判断したか、恐らくは服装と臭いだろう。
 私はもちろん制服姿で、それは恐らくいつもの尼将軍と同じだろう。そして昼間に彼女と同じ部屋にいて、一瞬とは言え密接してたのだ、臭いがついてしまっただろう。
 もちろん私と彼女を間違えているということはないだろうが、私と彼女が同類に見られていることは間違いないと思う。
 やっぱり尼将軍は動物にはお優しいということか。意外といえば意外だが、予想外かといえばそうでもない。彼女が不器用に優しいのは付き合いがあるので知っている。あの性格で、しかもあの口調だから気むずかしいと勘違いされやすいが、わかり安いくらいに優しいときもあった。
 だから、こういう見捨てられた動物たちに彼女が救いの手をさしのべること自体は、私は驚かない。私が意外と思ったのは、彼女がそれをすんなりと認めたところだ。一応、気まぐれだとは言っていたが、正直なところ否定するものと思っていた。
 隠してもすぐにばれるから告白しただけ……とは思えないんだね、個人的に。あの意地っ張りがそう簡単にできているとは考えられない。
 緑の中、腕を組んで考えていると、足音が聞こえた。
「何してんだよ」
 後ろから、聞き慣れた声でそんな言葉をかけられたので、あえて振り向かずに答えた。
「森林浴だよ。入浴じゃなくてごめんね。そっちの方が興奮できただろうに」
「ふざけたこと言ってんな」
 ここでようやく私は振り向いた。予想通りの人物がそこに立っていて、少し破顔する。
「こんなところで会うとは、運命かな、ひぃ君」
 私と同じ高校制服を来た少年がそこにいた。もちろん彼が身につけているのは男子制服だけど、それを少しだらしなく着ていた。
 彼の名前は櫻井仁志。私とはもう五年以上の付き合いになる、今年高校に入学したばかりの十五歳だ。彼は決して認めないが、私からすれば弟みたいなもので、私の後を追う形で同じ高校に入学した。
 彼との最初の出会いは私が中学一年生、そして彼が小学五年生のときにさかのぼる。今は同じ高校の一年と三年の先輩後輩関係ということだが、お互いそんなことは意識していない。だから彼もこんな雑な言葉遣いだし、私もそれを注意したりしない。
「運命なわけあるか」
「そんなに強く否定することはないじゃないか、傷ついてしまうよ」
「知ったことじゃねぇよ」
 この無駄な強がりが彼の特徴かもしれない。最初に会ったときからは想像でもできないような言葉だけど、それが彼の成長のしるし。だから私はいつもそれを笑顔で受け流していた。
 しかし、今日は無視できないことがある。
「運命じゃないとしたら必然かな。では、どういう必然だろう……ひぃ君、どうしてここにいるの?」
 私と彼はご近所さんということにもなる。そして私たちの住む街からここまでは結構な距離があり、彼がただ寄り道をしてここにたどり着いたわけでないことはわかりきっていた。
 彼の足下に私が餌を与えた猫が寄っていく。その一匹だけじゃなく、私を遠目に見ていた猫たちもぞろぞろと彼の元へ向かう。
「モテモテじゃないか」
「うるせぇよ。今日ここに寄ったのは、あんたに聞きたいことがあったんだよ。もしかしたらと思って来てみたら、マジでいやがって」
 態度を見る限り、愛の告白ってわけじゃなさそうだ。彼は少し怒っている。
「あんた、北条先輩を疑ってるって聞いたぞ」
「……意外だね、尼将軍を知っているのかい」
「尼将軍なんて名称は知らねぇけど、生徒会長くらい知ってるに決まってんだろ」
 そういうものか。いや、違うな。だって彼、今は生徒会長と言い換えたけど、最初は北条先輩と言った。それに私が彼女を疑っていることを確認しにきたということは、個人的に繋がりがある何よりの証拠だと思う。
「疑ってるというのは、どこから聞いたんだい」
「あんたの知り合いからだよ。北条さんのことを調べてるって言ってたから」
 どうも口が軽い知り合いが多すぎる。彼に教えたのは誰か分からないが、多分昨日私が聞き込みをした誰かだろう。この調子だと、尼将軍に変な噂がたってしまう可能性がある。
「それで、君は何を言いに来たんだい」
「あんたが調べてる事件って子犬が殺されたやつだろ。言うけどな、そんな事件の犯人があの人なわけないぞ」
「そんなことを言える根拠は何かな」
「聞き込みしたなら知ってるだろ。ここに来たってことは確信もしたはずだ。北条先輩は、ここの動物たちの世話をしてる。猫だけじゃなく、犬もだ。そんな人が子犬なんて殺すわけないだろうが!」
彼の足下に群れをなしていた猫たちが、その怒声に驚いて解散していくのを、私は落ち着いた気持ちで見ていた。そして興奮する彼を無視して、気になることを質問する。
「今は猫しかいないけど、ここには犬もいるのかな」
「……ああ、割合は少ないけどな」
「そうかい。つまり、君は何度かこの場に来たことがあるわけだ」
 そう切り返すと、急に言葉に詰まった。
 どうやらここに通っていることを隠したかったみたいだ。けど、どう考えてもそれは無理だろう。まず私がここにいると推測できたということは、尼将軍がこの場によく来ているということを知っていることになる。それだけならまだしも、彼の足下には猫が集まっていた。警戒心の高い動物が、簡単に心を許すわけもないので、彼がここに通っている証拠だった。
 今の言葉で確証をえただけだ。むしろ隠そうとしていたことの方が驚き。
「……あんたには関係ない」
「水くさいね、長い付き合いなのに。まあいいや。それで、尼将軍が犯人じゃないとしたら、その証拠はなんだい」
「だから言ってるだろ、あの人は――」
「どんな善人でも、過ちは犯すんだ。君が言いたいことは分かって上げよう、けどそれは否定する根拠にはならない。彼女を守りたいなら、彼女じゃないという証拠がいる。君は今、ここでそれを出せるかい」
 私が早口でそうまくし立てると、彼はまた言葉を詰まらせた。ちょいと言葉がきつくなってしまったが、誰かを調べるというのはそういうことだ。何かを見つけ出すとはそういうものだ。
 彼だってそれが分からないわけじゃない。私がこういう厄介事を引き受けるのは初めてじゃなくて、忙しいときは彼にいつも手伝ってもらっていた。一番私の傍にいた彼が、今の言葉を理解できないわけがない。
 理解している。だからこそ、彼は今、顔を紅潮させて悔しがっているのだ。
「……なんで、あの人を疑うんだよ」
「少し怪しいところがあった。それだけだ。言っておくけど、私だって彼女が犯人じゃないと思いたいんだよ」
「じゃあ、別に犯人をつれてくれば、それでいいのかよ」
 共犯でもない限り、誰か一人を犯人として連れてくれば、事件は解決だろう。そして今回の事件が共犯だとは思えない。もしもそうなら、子犬をあのまま放置なんてしないだろう。複数犯なら、死骸の処理くらいはできたはずだ。
「そうだね。もしも誰か、彼女ではない人物が犯人だと証明されれば、自然と彼女は無実だよ」
 消去法でいえばそうなる。
 その言葉を聞いて安心したのかどうなのか、正直よく分からないが、彼は意を決したように表情を堅くして、私をきつく睨み付けた。相変わらず顔が少し赤いので、かっこよくはなかったけど。
「なら、俺が犯人を見つけてやるっ、それでいいだろ!」
「何がいいのかよく分からないけど、見つけてくれるのなら私としては助かるね。子犬も報われるってものだ。止めはしないさ。むしろ応援してあげるね、可愛く」
 実際問題、多くの事件はそうだけど、誰が解くかなんていうのはどうでもいい。真実が正しく導きだせるのであれば、誰だっていい。推理小説でいうなら探偵でも、警察でも。今で言うなら、私でも彼でも。
「ならあの人が犯人じゃないって分かったら、ちゃんと謝れよ!」
「ああ、それくらいは君に言われるまでもないさ……本当に、彼女が犯人じゃないならね」
 また感情にまかせて違うと否定するかと思ったが、少しは冷静さを取り戻して、何も言わなくなった。そしてとりあえず言いたいことは言い終えたからか、私に背を向けてこの場を去ろうとする。
「ひぃ君、ちょっと待っておくれ」
 そう声をかけて彼に静止を促すと、なんだよ悪態をつきながらも止まって振り返ってくれた。そんな彼に近づきながら、携帯を取り出して保存していた子犬の死骸を彼に見せた。
「これが殺されたワンちゃん。この辺で見なかったかな」
 彼はいきなり見せられたグロテスクな画像に一瞬身をよじらせて驚いて見せたが、すぐにそれとは別に、大きく目を見開いて驚いて見せた。しかしそれをすぐさま隠すように、首を激しく左右に振った。
「見たことねぇな、こんな犬。少なくともこの辺の奴じゃない」
「……そうかい。変な物を見せて悪かったね、けど君も独自で事件を追うなら今のは忘れちゃいけないよ」
 言われるまでもねぇよと強がった彼は、今度こそ立ち去っていった。去りゆく彼をしばらく猫たちがどこか寂しそうに見つめていた。
 さて……いつもは仁志に助手役を頼んでいたのに、今回はそうはいかないらしい。けどこれはこれでいい。私は今の段階で一番怪しい尼将軍に焦点を絞り、彼はそれ以外を調べていく。ある意味、非常に効率的だ。
 問題は彼が感情に邪魔されていること。そこを克服しないといけない。
「……やっぱり厄介だ」
 今回の事件、どうやら面倒なことになるらしい。
 どうして彼がここによく来ているのか。なんであんなに尼将軍のことでムキになるのか。なんでそんなに必死に彼女以外が犯人だと言い張ったのか。こんなこと、一々考えるまでもなく分かる。
 そういえば、あんなに必死な彼は初めて見たかも知れない。
「青春だねぇ」
 そう呟くと、どこか苦い味が舌に広がった。もしも彼がそういう感情で動いていて、彼女の無実を心底信じているのなら、最悪の場合、かなり傷つくことになる。彼の落ち込んだ姿は何度か見ているが、何度見たって慣れるものじゃない。大切な人が傷ついている姿なんてね。
「“When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.”」
 昔覚えた英文を頭で思い出しながら口に出してみる。彼がこれを分かっているかどうか。
 まあ、ここで頭を捻っていたところで何もならない。彼は彼の、私は私のするべきことをしなくてはいけない。
 猫たちに別れを告げて、森から出ていく。早めに家に帰ろうと思ったのは、色々と頭をはたかせすぎたせいでアルコールが恋しくなったから。



 翌日、学校へ行くと、もしできることなら『会わない』という選択肢を全力で選ぶであろう人物と会ってしまった。上履きに履き替えて教室へ向かう途中、欠伸をかみ殺していたら前方から、喪服のように全身を黒色の服を着込み、赤いフレームのメガネをかけた、初老の女性が歩いてきて、目が合った。
 この高校の最高権力者、学園長である春日。お互いに毛嫌いしているので、目があった瞬間に婆さんの方も苦虫をかみつぶしたような顔をした。
「……グッドモーニング」
 とりあえず朝の挨拶は欠かしてはいけないと思うので、ちゃんとした。英語にしたのはこの人に改まって、おはようございますと礼儀建てをするのが癪だから。
「あなた、子犬の件を調べてるそうね」
 生徒の鑑であるべき教師の、しかもその中でもトップの人が優等生の挨拶を無視するのだからたまったものじゃない。まあ、返されたところでいい気はしないので別に構わないが。
「そうだよ。何か不都合なことでもあるかな」
「そういう無駄なことに時間を削ってると、いつか後悔するわよ」
「今あなたと会ったことは、少し後悔しているよ」
 そんな皮肉に目を尖らせた婆さんはこれ以上私と話すのがいやだったのか、もう何も言わず私の横を通り過ぎた。私もさっさと教室へ行こうと思ったが、あることを思い出したので仕方なく声をかける。
「婆さん、あんた生徒会長に事件のこと詳しく話したりしたかい」
「詳しくというと?」
「あの子犬がどんな殺された方をしてたとか」
「バカなことを言わないで。そういうことがあったと、報告しただけ。そんな無意味なこと言わないわ」
「そうかい、ならいいよ。時間をとらせたね、ありがとう」
 婆さんが再び歩き出したのを確認してから、私も足を進めた。婆さんが嘘を吐くメリットはまるでない。なら彼女の言ったことが真実だ。やはり尼将軍が死骸の状況を知っていたということは無視できないな。
 しかしそれだけで決めつけてもダメだろう。たまたま見たのかもしれない。なら、彼女はどこで見たのだろう。そしてなぜ隠しているのか。あとで死骸がいつ放置されたかも出来る限り絞る必要もある。用務員さんに聞けばなんとかなるだろう。
 教室に入ると、友達の女子生徒が「ハスミン、おはよー」と挨拶してきた。
「ハロー、今日も可愛いね。私もだけど」
 毎朝と同じ感じでそう挨拶を返すと、あははと明るく笑ってくれた。
「そういえば櫻井君が朝からなんか頑張ってたよ。またなんか手伝わせてるの?」
「いや、今回は別行動。彼は彼のため……いや彼女のために頑張ってるのさ」
 私の説明に彼女は首をかしげたが、それ以上の説明はしなかった。
「そういえば、今朝北条さんが喧嘩してたよ。知ってる?」
「ほほう、興味深いね。詳しく聞かせてくれないかい」
「いいよ。けど、私今日のお昼にゼリーが食べたい」
 この友人はこういうところが抜け目がない。はあとため息をついて、諦めた。
「いいよ、奢ってあげよう。なんなら口移しで食べさせてあげようか」
 こんな冗談にもめげずに友人は声をあげて笑った後、尼将軍の今朝のことを教えてくれた。なんでも私が来る二十分ほど前に、校門のところで誰かは分からないが男子生徒と激しく言い合っていたそうである。
 日頃声を荒げることのない尼将軍が何かその男子生徒に怒鳴っていたらしく、今にも殴りかかりそうな雰囲気だったそうだ。彼女は「ふざけるな」「貴様のせいだろう」と、とにかくそう怒っていたらしい。
 男子生徒の方はそんな彼女の態度を薄ら笑いで受け流していたそうだ。
「結局、しばらくしてから先生が来たからそこで終わったけどね。けど北条さん、その男に二度と近づくなって吐き捨ててたよ。本当に怖かったんだから」
「ふぅん。あの彼女がねぇ……」
 怒りっぽい性格ではあるが、そういう感情を人前で剥き出しにすることはあまりない。そんな彼女が激昂するなんて珍しい。そしてそんなことが今起こるというのは、偶然で片付けていい問題ではないだろう。
 これはまた昼休みにでも彼女に話を聞きに行く必要がありそうだ。
 せっかく座ったばかりの席を立つと同時に、始業のチャイムが校内に鳴り響き始めた。立ち上がった私を見上げた友人は、特に表情を変えずに、さも当然のように訊いてくる。
「どうしたの、エスケープ?」
「まあ、少し気になることがあるからね。それを調べたらすぐ帰ってくるさ」
 用務員さんから話を聞くのを昼休みにしたかったが、こちらを先に片付けたくなった。一限目は数学だから、海野先生の授業だ。多少の遅刻は目を瞑ってくれるだろう。
「さて、ではちょっと行ってくるよ」
 バイバーイと手を振って見送ってくれた友人を背に、私は教室から出た。
 6

「近藤さん、美女が来たよ」
 教室から出て私が向かったのは校門だった。始業のチャイムが鳴った以上、これ以降登校してくる生徒は遅刻ということになる。そんな生徒を注意しつつ、学校への訪問者のチェックを校門付近に設けられた小屋でするのが、用務員兼警備員の近藤さんの仕事。
 近藤さんはまだ若く、三十になったばかりだという。高校に雇ってもらうために今は髪の毛を黒く染めているが、若い頃は金髪で相当やんちゃをしていたという。ただ、職に困っていたところを知人から自衛隊を勧められ、仕方なく入ってそこで出会った上官のおかげで改心したらしい。
 ただ、どういうわけか自衛隊は辞めた。理由は何度聞いても教えてくれないので、私ももう訊かないようにしている。
 性格は気さくなので非常に話しやすい。だからよくこういう風に接する。
「おお、蓮見か。……いや待て、お前授業は?」
 警備服を着た長身の若い筋肉質の男性。ガードマンにはぴったりの見た目だ。
「授業よりあなたとの愛を育もうと思ってね。どうだい、JKはいいよ」
「校内で堂々とタバコふかしながら、三十の男と酒の話題で盛り上がれるJKなんて求めてないな。だから、授業は?」
 この人が授業に固執するのは、高校時代にろくに登校せず後悔しているからだ。私のことを思って言ってくれているのは感謝するけど、いまは少し置いておこう。
「しつこいね。すぐ戻るさ。いくつか聞きたいことがあったんだよ」
「なんだよ」
「私のこと好き?」
「バカかお前は」
 乙女の告白を「バカ」で片付けてしまうなんて、だから結婚できないんだよ。まあ、冗談はこのくらいにしておこう。
「一昨日の子犬の件で少しね。事件のこと、もちろん知ってるよね?」
「知ってるに決まってるだろ、仕事だ」
「さすが、頼りになるね。じゃあ、あれが発見されたのはいつ頃?」
「朝の七時を少し過ぎた頃だった。バスケ部が朝練に来て、それで見つけたんだ」
 より細かく聞くと、この学校の校門は六時半に開門が許可されているらしい。時間通り開けて、いつもは野球部とサッカー部が一番に来て、その後他の運動部がぞくぞくと入っていくらしい。
 バスケ部が来たのは七時前。いつも通り、体育館に行き窓を開けていた部員が外を見て死骸を発見したという。そしてまずは職員室へ駆け込み、事情を説明した。最初に聞いた先生は迷い込んだ犬がのたれ死んだのだと思っていたそうだが、現場では犬が惨殺されていて、明らかに人の手が加えられていたので、他の先生と婆さん達が招集されて、結局子犬の件は婆さんの決定で有耶無耶になった。
 あのビニールシートをしたのは近藤さんらしく、野ざらしにするのは可哀想だったそうだ。できれば早く埋葬してやろうと思っていたところに、海野先生が来て「現場はしばらくこのままにしたい」とお願いされたという。多分、先生はこの時から既に私に頼ることを決めていたんだろう。
 結局、バスケ部もその後は通常通りに練習をし始めたという。
「これがだいたいの経緯だ」
「それは一昨日の午前の話だよ。近藤さん、もちろん夜中の巡回もしたりするわけだから、夜中に死体があれば分かるんじゃないのかな?」
「夜になると暗いからな。死体見たなら分かるだろうよ、あの犬コロ黒かっただろ?」
 そういえば、真っ黒な子犬だった。確かにあれでは真夜中では分からないかもしれない。
「ならまだ明るかった頃、最後に巡回をしたのは何時頃?」
「はっきり死体が無かったって言えるのは九時だ」
 この学校では部活熱心な生徒が多いので、下校時間ぎりぎりの八時半まで学校にいる生徒が多い。その生徒たちを見送って、残っている生徒がいないかをくまなく探すのが夜の九時頃。これを毎日やるらしいので、時間も間違ってないだろうし、見落としもいないと断言された。
「残っていた生徒はいなかったかな?」
「いや、見回りをしたときには誰もいなかった」
「なるほど」
 つまり、夜の九時から朝の七時までの間に犯行があったとみるべきだ。しかし、そうなってくるとだいぶ絞られるな。
 しかし……問題の子犬は、どうやって入って来たのだろうか。いやあれだけ小さいのだから入る方法はいくらでもあるだろうが、子犬が単独で入って来たのか、犯人が生きて連れて込んだのか、死んだ子犬を運び込んだのか。この三パターンのうちどれだろうか。
 これが絞り込めないと、衝動的な犯行なのか、計画的な犯行なのかが分からないんだよね。
「……その日の夜遅く、または事件の日の朝早くに登校していた生徒を覚えてるかな」
「無茶を言うなよ、お前。何人いたと思ってるんだ、もう若くないんだよ、俺は」
「元自衛官が情けないこと言わないで欲しいね。なら特定しよう。眼帯をした生徒を見なかったな?」
「……眼帯の生徒? あの生徒会長の女の子か」
「そうそう」
 あの見た目だからどうやら近藤さんも知っていたらしい。
「あの子なら……見たぞ」
「いつかな」
「朝だ。そうだ、いつもだって早いんがあの日は特別早かったな。開門してすぐ入っていったのを覚えてる」
 尼将軍はいつも早く、七時半には登校しているらしい。ちなみにこの学校の登校時間は八時半。私なんかはいつもギリギリに登校する。今日もそうだった。彼女はその一時間も前に入っていつも何をしているのだろうか。
 そして事件当日はさらにその一時間早かったというわけだ。明らかに、不自然だね。
「何か他に覚えてないかな。大きな荷物を持っていたとか」
「いや、荷物は普段通りだった気がする。学生カバンだけだったはずだ」
 なるほど。けどまあ、この学校の指定のカバンは大きい。子犬くらい入るだろう。しかし、そこまでして死骸を校内に持ち込むというのはおかしい。誰かを驚かせるつもりだったにしても、放置されていた場所が目立たない。
 けど生きた子犬をカバンに入れて連れ込ませることは難しいだろう。そうなると、やはり子犬が勝手に入り、殺害されたと見るのが自然か。
 いや待てよ。そうなると子犬が校内にいて、それを見つけて殺害したということになる。そうなると衝動的だ。尼将軍が犯人だった場合、それはそれでおかしい。彼女はいつもより早く登校しているんだ。明らかに、前日から準備していたということになる。これでは衝動的ではない。
「蓮見、似合わないぞ、お前にそんな難しい顔は」
 人が結構真剣に物事を考えているのに、近藤さんがからかってくる。
「私に似合わない表情なんてないよ。美女は何をしても美女さ」
「おうおう、言ってろ言ってろ。てかそろそろ授業に戻りな」
 これ以上、何か聞き出すこともないし、これだけの情報が集まれば大漁旗を揚げてもいいくらいだ。近藤さんに別れを告げて、教室へ戻った。教室ではもうすでに海野先生が授業を始めていて、堂々と前の扉から入った私に一瞥くれると「早く座りなさい」という一言だけかけてくれた。どうやら私がなんのために遅刻したかは分かってくれてるみたいだったので、ありがとねと言って席についた。
 ただ、それから授業を真剣に聞いたかというと、実に胸が苦しいことに、否定せざるをえない。
 私は警察と違い、科学の力をもって事件を解決することは無理だ。いつもの依頼なら、嫌がらせの犯人を捜して欲しいとか、恋人が浮気してるかもしれないから調べて欲しいとか、そういったものだから科学など必要ないのだけど、今回ばかりはそれが欲しい。
 犬が何時頃に殺されたか。これが分かれば、随分と捜査は楽になるのだ。まあ、近藤さんの証言を元にするなら、夜の九時から明け方の七時の間。そして九時に生徒はいなかったのだから、六時半から七時と見るのが妥当なのだが……。
 三十分で子犬を虐殺する理由ができるのか。それが大いなる疑問だった。人間なら、そういう動機が生まれる可能性はある。しかし、被害者は犬だ。たった三十分で「殺してやろう」なんて憎悪を簡単に抱けるものか。
 犯行時間は絞れてきたが、動機が分からなくなった。
 そしてもしも私が想定しているとおり、犯人が尼将軍ならなおのことだ。
 そんなことを色々と考えていると、あっという間にお昼休みになったので、食堂でカツサンドを買って、前日同様に尼将軍がいる生徒会室へ向かった。今日はノックだけをして、相手の返答を待たずに勝手に扉を開けた。
 昨日と変わらず、黒いお弁当を片手にした、黒い眼帯の我らが生徒会長が落ち着いた雰囲気で食事をしていた。
「今日もご一緒させて頂くよ」
 遠慮も無しに向き合うようにソファーの座っても、彼女は何も言わなかった。何を言っても無駄だと言うことは、経験上分かっていたんだろう。
 私の予定としては、こちらが質問攻めをするつもりだったのだけど、意外なことに口火を切ったのは尼将軍で、しかもかなり強い口調で前後の文脈もないことを言ってきた。
「櫻井に何を吹き込んだ」
 ちょっとぽかんとしてしまったのは、彼女の方から声をかけてきたことに驚いたのと、櫻井という名字が一瞬誰のか分からなかったから。私の中で仁志はずっと「ひぃ君」なので、名字で彼を認識していなかった。
「吹き込んだのは私じゃなく、他の誰かだよ。しかし意外だったね、君ら二人に繋がりがあったなんて。どこで知り合ったのかな」
「お前には関係のないことだ」
 きっとそう言われると思ったよ。
「今朝一で会いに来た。あの犯人は先輩じゃないですよねって、バカみたいに真剣な顔で訊かれたぞ」
「なんだかヒートアップしちゃったんだ。私が君を疑ってるって言ったら、君じゃないって言い張ってね。それで、君はもちろん否定したわけだ」
「バカを言うなと言って追い返した。……あいつ、信じてますからなんて、言ってた」
 思わず小さく笑ってしまったのは、仁志のその姿を想像してしまったから。似合わないことをするじゃないか、あの青年も。
 スタートダッシュの邪魔をされたので妙に口が開けにくくなった上、彼女も喋らなくなってしまったので変な沈黙が室内を包んだ。最初は事件のことだけを訊ければいいと思っていたが、会話がこうなってしまった以上、私も質問させてもらうことにしよう。
「尼将軍、君ね、ひぃ君の気持ちに気づいてないわけないよね?」
 第三者の私から見てもバレバレなんだから、本人に隠しきれるわけがない。ましてや信じてますなんて言葉をかけられたら、勘づかない方がおかしい。
「……好きだとは、言われた」
 カツサンドを噛もうとしていたのを思わず口の手前で止めてしまった。このカミングアウトにも驚いたが、何より仁志がそこまで踏み込んでいるとは思いもしなかったので。
「返事はしたのかい」
「色恋沙汰になど興味がない。そう答えておいた」
 それはまた、大雑把な断り方だ。彼女らしいと言えば彼女らしいけど。けど、現在の状況から鑑みるに、仁志は諦めていないようだ。はは、ちょっと面白い。
「昨日ね、君が世話をしている猫ちゃんたちに会ってきた。その場に彼も来たんで、つながりがあるのは分かってたけど、そこまでとはね」
「お前の躾がなってなさすぎる。時々、動物への扱いがなってないときがあるんだ。猫を無理矢理抱こうとしたりな」
「それは私の責任じゃないし、もうこうなった以上、君の責任じゃないかな」
 そもそも躾っていうのは私の管轄外なんだけどね。長い付き合いではあるけど、そこまでは手を出してないよ。
「しかし……それは意外だね。教えて上げるけど、ひぃ君は小学生の時は女性恐怖症だったんだよ。とにかく異性が苦手だったし、性格も堅物だったから、そのせいでクラスでは浮いてたんだ。私と知り合ってから、それを矯正させたんだ」
「あれも気の毒なことだな」
「あれ? 感動のエピソードに聞こえなかった?」
 昔の彼は本当にそういう性格だった。私が話しかけたときだって、まともに目も合わせてくれなかったくせに「話かけんじゃねぇ」と生意気を言うものだから、大層可愛かったのを覚えている。
 そんな彼が一人の女性を好きになって、告白までしているのだから大した成長ぶりだ。姉貴分としては、寂しいような、嬉しいような。
「まあ、君らの関係は君らに任せるよ。相談ならのってあげるけど」
 私の善意を彼女は鼻で笑い飛ばした。なんとも失礼な話じゃないか。
「甘酸っぱい話の後に申し訳ないけど、昨日の話の続きをしたいんだ。子犬の殺された件なんだけどね、君、子犬の事件が発覚した朝随分と早く登校してたそうじゃないか。どうしてかな」
 話題を一気に切り替えると、向こうの緊張感も変わり、部屋の空気が張り詰めた。
「……委員会の用事があった。それだけだ」
「どんな用事かな」
「そこまで答えてやる義理はない」
 私は生徒会が日頃どういう仕事をしてるのかなんて知らないが、朝一番に登校しなきゃいけないほどの用事があるとは、到底思えないんだけどね。まあ、答えてくれないなら仕方ない。
 黒が濃くなった。それだけのお話しさ。
「じゃあ、次だ。今朝、男子生徒と言い争っていたらしいね。誰かな。色恋沙汰に興味がないって言うんだ、彼氏ってわけじゃないだろ?」
 あからさまな舌打ちをした彼女は、面倒くさそうに頭を掻いた。そしてしばらくは答えたくないからだろうか、黙っていたが私が退く気がないと察すると、ため息を吐いた後嫌々答えてくれた。
「三年の橘という生徒だ。私の幼馴染みで、古い付き合いのある男だ。口げんかになっただけで、何もない」
「そうかい。まあ、何もないかどうかはこっちで調べさせてもらうよ」
 一重に「君の言葉など信用してない」というメッセージだった。彼女もそれを的確に受け取ったらしく、片眼だけでお腹いっぱいになる鋭い眼光を向けてきた。私はそれをお得意のスマイルで受け流しておいた。
「……本当に、君は事件と関係がないんだね?」
 少し声のトーンを落として、私としても最終確認のつもりで訊いた。これ以上否定するなら、私と彼女は、徹底的に対峙することになる。できれば、それは避けたかった。今回の事件は被害者はいる。けど犯人が明るみにでたところで、それは黙殺されるだろう。私と、一部関係者だけが知ってるという結末が予想される。
 できれば、私としてもそうしたかった。なぜなら、このままなら彼女が犯人に違いないから。
「しつこい。私はあんな犬は知らん。何度も言わせるな」
「オーケー、分かったよ」
 私はソファーからそっと立ち上がって、出口へと向かった。その答えしかないだろうと思っていたが、ちょっと残念。依頼されている以上、私はこれから物証と動機探しに躍起になる。
 正直な話をすると、それがいやだったんだけどね。
「ひぃ君の話だけどね。傷つけるななんてことは言わないよ。恋愛に口を挟む気はないからね。でも……」
 私はそこで振り向いて、私をまっすぐと捕らえていた彼女を見た。
「――裏切るのだけは、勘弁してやってね」
 彼女が微妙に表情を崩したのを確認してから、生徒会室を出た。
 しばらく廊下を歩いていると、ばったりと仁志と出くわしてしまった。私が片手をあげて挨拶したのに、彼はそれを無視して私とは逆方向へと足早に過ぎ去って行った。彼の性格からして、何か有力の手がかりを掴めたなら「ほら見ろ、あの人は犯人じゃないんだ」と主張してきそうだが、そういう行動もないので恐らく捜査は手詰まりしてるんだろう。
 彼に彼女が朝早く登校していたことを話したら、どんな顔をするだろうか。
 まあ、これは私が掴んだ情報だから、今はまだ黙っておくけどね。
「あ、ハスミーン!」
 考え事をしていたら、後方から急に抱きつかれたのでこけそうになった。
「こらこら、いくら私が愛おしくても許可無く抱きしめちゃダメだよ。あとこういうことは夜のベッドですべきだね」
 私の腰に抱きついてきたのは、仁志と同じクラスの女子生徒だった。そして彼女の横にはこの光景を見ておもしろがっている、別の女子生徒が笑っていた。二人ともよく話す後輩なので、こうやってじゃれてくる。
「あっ、そーだ、ハスミン。なんか櫻井君が必死になってたよ。ダメだよ、彼からかったら。結構ファン多いんだから」
「私は何もしちゃいないよ」
 これで彼のがんばり具合を伝えられるのは今日三回目。努力するのは結構なことなんだけど、あくまで調査なんだから、そんなに目立つ行動をしちゃいけないんだけどね。私が言えた事じゃないけどさ。
「蓮見先輩、これよかったらどうぞ」
 腰に抱きついていない方の後輩が、小さくてピンク色の模様のついたビニール袋を差し出してきた。
「今日調理実習で作ったクッキーです」
 そういえば、この学校では一年生と二年生の時に調理実習をやる。しかも何を作るかなどは、生徒の自主性に任されるという、非常に大雑把なものだ。生徒達は班に分かれて、それぞれ作りたい物を作る。
 彼女の班ではクッキーにしたらしい。女の子らしく、可愛いじゃないか。
「それはおいしそうだね。ありがたく受け取っておくよ」
 その袋をもらって、ポケットにおさめる。あとでジュースと一緒に堪能するとしよう。
「私のクラスでは三日前に実習があったんだ。プリン作ったんだけど、失敗しちゃったからハスミンにあげれなかった」
 腰に抱きついたままの後輩が言うので、私は彼女の頭を撫でた。
「気にすることはないよ。それと失敗は成功の元だから、くよくよしないことだね」
「けど櫻井君、料理上手かったよ。彼の班はハンバーグだったけど、すごく手際がよかったもん」
「あれは特別さ。私が手取り足取り教えてあげたから」
 仁志の家は両親が家を空けることが多く、彼は晩ご飯を自分で作る事が多い。中学にあがったときに毎日コンビニ弁当で済ませてると言っていたので、私がそれでは健康によろしくないからと料理を教えてあげた。
 彼はあまり気乗りではなかった。教わっている最中ずっと、酒とタバコに手を出しておいて健康を騙るなと愚痴っていたから。あまりにも的確な指摘だったので、そこは強制的に黙らせたけど。
 ちなみに私は料理を誰かに教わった記憶はほとんどなく、自然とできていた。母曰く「私の才能が遺伝した」そうだ。
「そうなんだ。何個かお弁当箱にいれて持って帰ってたよ。ああ、もしかしてハスミンにあげたの?」
「そんな素直な子じゃないよ。たぶん自分の晩ご飯にしたんだろうね」
 もしかしたら尼将軍にあげたかも……いや流石にそれはないか。
 その後、しばらくその後輩達と喋って時間を潰した。本来なら橘という男子生徒に会いに行く予定だったのだけど、事を急いてもいいことは無いだろうから、それは放課後に回すことにした。
 ジュースを買いに食堂へ戻りながら、また事件のことを考えていた。
 彼女が何かを隠していることだけは間違いない。問題は何を隠しているかだ。彼女が犯人だとすれば、動機は何なのかもはっきりさせないといけなくなってくる。そうなってくると、私はおそらく、仁志の付き合いを終わらせる覚悟で挑まないとダメだろう。
 はあと、深々とため息をついた。
「……事態はいつだって最悪だ」

 7

「ゲリラだよ、ハスミン」
「私がゲリラみたいな言い方はやめてもらえるかな」
 放課後直前の六限目終了間近、授業をぼんやりと聞いていると窓の外で大粒の雨が叩きつけるように降り始めた。窓際で私の前の席の友人が、これで部活がなくなると、はしゃいでいる。
 騒ぎ始めた生徒を先生がいさめて、授業の方は一瞬中断しただけで再開した。このゲリラ豪雨は数年前からよくあることだ。今日の雨は特別強そうだが、どうせ数分でやむだろう。やまなくても、折りたたみ傘はカバンの中に常に入れているので心配はない。
 結局、授業が終わっても雨はなお降り続けていたが、だいぶ弱まった。いつもなら友人や後輩達と適当に喋るか、真っ直ぐ家に帰るかのどちらかの放課後だけども本日は会いに行くべき人物がいるので、私は彼の元へ向かった。
 昼間のうちの情報は得ていた。尼将軍が今朝口げんかをしていたのは、彼女の証言通り橘という男子生徒で間違いないらしい。現場を見た一部の生徒がそうだと断言したので信じて良いだろう。本名は橘直広。特に所属している部活などはないらしいが、時々尼将軍と親しげにしているのを目撃されて、それで知っている人が多い。彼女と親しくできる人間なんて、校内ではかなり限られているから。
 彼のクラスへ行き、扉付近にいた生徒に橘君に会いたいんだけどと言うと、教室の隅で喋ってると教えてくれた。事実、教室の隅の方で男子が数名喋っていたので、私はそこへ向かう。
「ちょっと失礼していいかな」
 そう声をかけて割り込むと、輪になっていた男子たちが一気に視線を向けてきた。二人、顔見知りの生徒がいて挨拶してきた。
「どうしたんだよ」
「橘君って子にお話しがあるんだけど」
 そういうと、輪の中心近くにいた、茶色のカラーコンタクトをし、ワックスで頭を固めた生徒が片手を上げて、微笑んだ。
「俺だよ」
「君がそうか。私は蓮見っていうんだ。よろしく」
 右手を差し出すと、握り替えしてくれた。
「言った通り、話があるんだ。お時間をいただけるかな」
「ないって言ったら引き下がる?」
「あきらめが悪いことで有名なんだ、私」
 そう返すとははと笑われた。橘は輪から離れ「それじゃ」と友人達に別れを告げた。彼らも手を振ると、すぐにお喋りの方に戻っていく。
「話っていうのは何?」
「尼将軍……あ、違う、北条静佳のことだよ。今朝君らが言い争っているのを見たって証言があるんだ。それについて詳しく聞きたい」
 相手のプライバシーのこともあるからと思い、廊下を並んで歩きながらなるべく声を潜めて用件を伝えると、橘君はきょとんとした顔をした後、急に唇の端をつり上げて、非常に意地悪く笑って見せた。
「そうか。静佳の話か」
 彼はしばらく面白そうに小さく笑った後、周りの生徒を見渡した。放課後といえども、廊下には幾人かの生徒が何度も通り過ぎていく。
「蓮見、面白い話を聞きたいなら、誰もいない場所を案内してくれないかな」
「襲われないか心配だね」
「噂通りの人だね。安心してよ、俺は心に決めている人がもういるからさ」
 そう優しく微笑む彼を信じて、私はこの学校で人があまり近寄らない場所を思案して、思いついた一つの場所へ案内することにした。そこは進路相談室で、鍵は常に開いている空き部屋だった。受験を控えた生徒が教師と対話するために設けられた部屋だが、使う生徒はほとんどいない。
 そこへ行くと、やはり誰もいなくて、そのくせ鍵は開いていた。二人で入室し、扉を閉めた。
「さて、ここなら秘密のお話しも誰にも聞かれないと思うよ」
 窓際に寄って行き、まだ雨が降り続けている外の様子を見た後、念のためにカーテンも閉じた。
「静佳から君の話は何度か聞かされたことがあるよ。トラブルシューターなんだろ?」
「そう言ってもらえると聞こえはいいけど、厄介事を押しつけられているだけだよ」
 そしてそれを断れない、面倒な性格というだけだ。
「そうなんだ。けど、君から静佳の話を求められるなんて驚いた。あいつ、何かしたの?」
「先日、この高校で子犬が殺されているのが見つかった。あまり信じたくはないが、私は彼女がその事件に関わっていると見ている。今朝の口げんかも、それがらみじゃないかと思ったんだよ」
 ここまで正直に吐露してしまって大丈夫かなとも心配になるが、変に誤魔化してもいい証言を得られそうにない。尼将軍と古い付き合いだというのなら、言いふらしたりすることもないだろう。
 私の言葉に少しは驚いてくれるかと思ったが橘は、また意地悪そうに微笑んで、そうかそうかと一人で納得していた。
 この彼、どこか気味が悪い。今まで悪い人間には何度か関わってきたが、そういう者たちが出す雰囲気を持ち合わせてはいないものの、それに近い物を感じる。腹の中に暗闇を抱えていそうな、それでいてそれを飼い慣らし、またそれを楽しんでるような、そんな雰囲気が感じられた。
 私は、何かとんでもないものを引き当てたんじゃないだろうかと不安になる。
「あの件……やっぱり静佳が関連してるんだ」
「やっぱりというのは?」
「今朝の喧嘩も、もともとその話だった。俺がお前は何か知ってるだろって切り出したら、向こうが怒ったんだよ」
「どうして、彼女が事件に関わってると?」
 今度は声に出して、小さく笑いながら語り始めた。
「静佳とは家も近所だし、昔から家同士の付き合いもあったから、もうずっと一緒だよ。だからあいつのことなら、変な言い方になるけどたいていは知ってるね。好きな食べ物、嫌いな食べ物なんかは暗唱できるよ。だからあいつの長所も知ってるし、短所も知ってる。優しい面も見てきたし……残酷な面も見てきた」
 急に声のトーンを落とし、真剣そうな表情をする。
「あいつは元から攻撃的な性格でさ、一回怒り出すとそれを止めるのは至難の業だよ。あいつの両親だって、怒り出したあいつを収めるのには苦労してた。本人も自覚はあるけど、抑えられない」
彼がそこから語り出した話は少し私の想像を超えていた。曰く、幼稚園の頃に喧嘩をした同い年の子に馬乗りになって鼻血が出るまで殴った、髪を引っ張ってきた男子に仕返しに髪の毛が束になって抜けるほど引っ張った。小学生の頃はプールの時間に陰口を言った同級生を溺れさせようとした、中学にあがると知り合いに手を出した男の先輩を木刀で襲って数カ所骨折させた……等々。
「彼女が攻撃的なのは知っているけど、そこまでひどいかな」
「子供の頃はすごかったよ、手がつけられなかった。高校に入ってからかな、少し落ち着いたのは。最近なんかはすごく大人しいね。最近は怒ってる姿は見たことが無い」
「見たことが無いのに、どうして彼女が犯人だと?」
「殺された子犬って、黒かったでしょ?」
 質問に答えず、そんな切り返しをしてくるのは少し納得できないが、事実なので頷いておく。ついでに携帯を取り出して、例の死骸の写真を見せてやると、彼はその残酷さには何のリアクションもせず、ただ一言、やっぱりと呟いた。
「そいつじゃないかとは思ってたよ」
「ということは、この子犬を知ってるんだね。尼将軍は知らないと証言してるけど」
「俺は知ってる。今はそれしか言えない」
 読めない。未だに、この橘という生徒の心の内が。さっきまでは彼女にとって不利な証言ばかりしていたというのに、肝心なところで言えないとは、困ったものだ。しかも、それを明らかに故意的にやっている。
 何か目的があるのだろうが、それが読めない。
「まあ、言えないなら仕方ないかもね。じゃあ、君はどこで見たのかな」
「この学校から少し離れたところに大きな橋があるでしょ」
 彼が言ってるところはすぐには分からなかった。この高校のすぐそこに大きめの河が流れていて、近くに橋は何本か架かっている。離れた処の橋と言われても、私としては五カ所ほど思い浮かんでしまう。
 細かく聞いていくと、一カ所に絞り込めた。高校からは歩いて二十分ほどのところだ。
「そこの橋の下を調べてみるといい。俺はそこで見たから」
 彼はそれだけ言うと、もう話すことはないと言わんばかりに口を閉じた。私としては、この不思議な感じの聴取をまだ続けたい気もしたが、これ以上聞くこともないし、聞いたところでまたこんお不思議な雰囲気に呑まれそうな感じがした。
「最終確認だけ。尼将軍は昔は気性が荒かった。今は落ち着いた。なら、動物に優しいのも昔からかな」
「ああ、それも昔からだな。あいつの両親が動物嫌いで、ペットを家で飼ってもらえなかったんだよ。だけどあいつは動物好きだから、近所の捨て猫とかによく餌をあげてた。動物に関する知識もバカにならない。将来は獣医だったかな」
「なるほどね」
 収穫は尼将軍の過去の気性の荒さだけかな。無視していい問題ではない。けど、高校に入ってから落ち着いたのなら、今回の件とは関係なさそうにも思える。考えられることがあるとすれば、彼女の怒りのスイッチを、どこかで誰かが押してしまったということか。
「雨もあがったみたいだし、橋に行ってみなよ。それじゃあ」
 彼が言うとおり、窓の外を見るとさきほどまで地面を濡らしていた雨はやみ、どうもおひさしぶりですと言わんばかりの青空が顔を覗かせいた。
 橘はこちらが引き留める間もなく、部屋から出て行った。引き留める必要もないし、気にせずタバコを取り出して、傍にあったイスに腰掛けてからすった。
 彼の証言が本当かどうかを確認するのは手間がかかる。そしてあまり乗り気になれない。
しかし、あれをまるまる信じるというのはあまりにも尼将軍に不利な感じがする。けれど、ここで彼が嘘を吐くメリットが無い。
 嘘を吐いたところで彼は得をしない。今の今まで事件とは無関係だった人間だ。むしろ、尼将軍と昔からの付き合いだというのなら、彼女を庇う証言の一つや二つするかと思っていたが、そんなそぶりもない。強いて言うなら、子犬の件のところでそれらしいことを行っただけか。
 ……なんとも言えない聴取だった。まあ、とにかく、行ってみるしかなさそうだ。

 8

 河川敷はさきほどの大雨で非常に足場が悪くなっていた。コンクリートで補正されたところを歩いていったとはいえ、白いソックスに襲いかかる雨水や泥の跳ね返りを常に気にかけないといけないという、中々苛々する道中だった。
 彼が言っていた橋に着き、当たりを見渡した。歩きながら色々と考えていたのだけど、私はなんだかここに誘導された気がする。だから追っ手でもつけられてるんじゃないかと警戒したのだが、そういう気配はない。そもそも、そんな可能性はものすごく少ないんだ。ただ可能性としてある以上は、見過ごしていけないような気がした。
 しかし、やはり気配はない。杞憂だったようだ。元々、私は朝の友人の証言で尼将軍に会いに行き、橘に話を聞き、ここへ来た。三人が共犯にならないといけないという、実にややこしい事態が起こるわけだ。そして彼らが組むメリットはない。それどころか、尼将軍は過去を暴露され、かなりのデメリットを背負ったことになる。
 あの証言を鵜吞みしていいものかどうか。こう思ってしまうのは多分、私が心のどこかで未だに彼女を信じているからだろう。
 青いペンキがところどころ乾いて、パリパリになっている橋。時々同じ制服を着た生徒が通っていくのを見ながら、私は橋の下に向かった。橋の根本には段ボールハウスがあり、それ以外はなかった。
 はて、橘は私に何をしろというのか。
 とにかく、ここの住人が何か知っているのかもしれないと思い、段ボールハウスへと足を進めた。一応、扉らしいところがあったので、そこをノックして「すいません」と呼びかける。一度では返答がないので、何度かしてみるものの、やはり返りがこない。いやそもそも、中に誰かいる気配さえ感じないのだ。
 さて留守なのかなと思って首をかしげていると、おいと背中から声をかけられた。振り向くと、少し汚れたジャンパーを着て、片手にワンコインのカップを持った初老の男性が、ほろ酔い気味の顔の赤さを保ちながら私に声をかけていた。
 見た目で人を判断するのはどうかと思うし、あまり好きではないが、恐らくはこの界隈の段ボールハウスの住人だろう。
「嬢ちゃん、そこは人の家じゃねぇぞ」
「人の家じゃないのに、随分と形が整っているように見えるけどね」
「ああ、今は人の家じゃねぇって言わないとダメか。半年くらい前までは一人、若いのが住んでたんだが、ある日急にいなくなった。俺たちの世界じゃよくあることだ」
「……なるほどね」
 ようやく、橘が私に何を伝えようとしていたのかが分かった気がした。
「もしかして、最近ここで子犬を世話していた女子高生を見なかったかい。私と同じ制服を着て、眼帯をした子なんだけど」
 おじさんは酔いのせいなのか、少し思い出すのに時間がかかったが、そうだそうだ、よく見たぞと、アルコールのせいで制御不能になっている滑舌と声量で教えてくれた。
 ありがとうとお礼を言うと、気をよくしたままどこかへと消えていった。
「さて」
 人家でないと分かったのだから、遠慮は必要ないだろう。私は段ボールハウスの扉を開けて、中をのぞき込んだ。確かに人が暮らしていたという形跡も少しある。黄ばんだ座布団と、消臭スプレーが置かれていたから。
 ただ、それ以上に子犬がいた形跡が圧倒的に多い。毛が大量に落ちていたし、既に開封されていたドッグフードの袋もあった。そして餌を入れるお皿と、水を入れるお皿がそれぞれ一枚ずつ重ねておいてあり、つい最近まで手入れされていたことがよく分かった。
 さすがに少しにおったので、段ボールハウスの捜索を終えた後、念のために河川敷を少し歩いた。
 橘の話では尼将軍の家ではペットは飼えないということだった。しかし、相反して彼女は動物が好きだった。そしてあの段ボールハウスには犬が飼われていた形跡があり、尼将軍の目撃証言もある。おそらく彼女はここでこっそりあの子犬を飼っていたのだろう。そして昔なじみである橘はその事実を知らされていたわけだ。これで彼女が子犬を知らないといったのは明らかな嘘であると判明した。
 さて、問題はどうしてそんな嘘をついたか。単純に考えれば理由は考えるまでもない。殺したのが自分だから、関係を認めるわけにはいかなかった。これが一番単純で、そして妥当な答えになるだろう。
 しかし、子犬を殺さなければいけない理由はなんだ。しかも、子犬が無残な姿にされたのは六時半から七時の間。三十分で、自分が今まで世話をしてかわいがっていた犬を惨殺する理由などできるだろうか。
 そしてできたとしたら、それはなんだろうか。
 なにか、手に届く場所に欲する物があるのに、それに手を出していいか迷ってるような心境だ。手を出した瞬間に何か罠にはまりそうな、そんな予感がする。だから慎重になってしまう。
「……うん?」
 道に何か落ちていた。しゃがんでそれをよく見てみる。裏返っているが、それが我が校の学生証だとはすぐに分かった。こんなところに落とし物とはよくないな、職員室に届けてあげなければと思って、拾ってビックリした。
 裏返っていたから分からなかったものの、それは間違いなく尼将軍のものだった。裏面に水滴はついていないが、地面と接していた表が完全に泥水にやられていて、一瞬だれの物か分からなかったがあの眼帯が少し見えたので、ポケットからハンカチを取り出して泥水を拭き取って判明した。
「ああ――」
 彼女の学生証を片手に、自然と声が漏れた。ようやく、やっと、私はある一本の筋を見つけた。そうか、だから彼女は……。あんなこと言い、あんなことをしたのか。
 全ての矛盾点が払拭された。全ての理屈が噛み合った。
「最悪だ……。こんなの、最悪だ」
 彼女の学生証をポケットに入れて、そんな感想を呟きながら段ボールハウスの方へと戻っていった。色々なことは想定していたが、もし今私の頭にある可能性が真実だとしたら、それはどんな想定より最悪で、後味が悪かった。
 どうやら私は手を伸ばしてはいけないものに、手をつけてしまったようだ。
 段ボールハウスへ戻ると、そこには仁志が一人で寂しそうに立っていた。手には、どこから摘んできたのは数本の花があり、彼はそれを段ボールハウスの前に供えて、手を合わせていた。
 私が着たのに気づくとこちらを見た後、悔しそうに無言で俯く。
「……君が尼将軍の動物の世話の手伝いをしていたなら、あの子犬がここで彼女に飼われていたことは知っていたよね」
 彼に一歩ずつ近づきながら、彼が吐いた嘘のことを遠回しに責める。彼は私が子犬の写真を見せたとき、知らないと証言したが尼将軍がここで飼っていた犬のことを彼が知らないわけがない。事実、彼は今ここにいるんだから。
「……三ヶ月くらい前から、ここで」
「そして一昨日、死んで見つかった」
 彼が返事をしなくなる。はあと、わざとらしくため息をついた。
「君の嘘はいいよ、ある程度予想していたから。けど尼将軍の嘘は、個人的に見過ごせないね」
「あの人は絶対にやってな――」
「君、今日一日、彼女の無実を証明しようと随分と頑張っていたそうじゃないか。それで何か収穫はあったかい?」
 彼が必死に否定しようとするのを遮って、あえて笑顔で尋ねてやった。彼は言葉に詰まり、何か紡ぎ出そうとするのがそれは声にならない。つまりは収穫はゼロということだろう。
 ――これで決定だ。
「何一つなかったようだね。なら、代わりに私が教えてあげよう」
 仁志の前に立つと、自然と目が合った。いつの間に身長が並んでいたことに驚かされたが、それに構わず彼の目を見つめて、私はゆっくりと今までの捜査状況を語り始めた。
「事件が発覚したのが一昨日の朝の七時ごろ。ちなみに、この三十分前に尼将軍が登校しているのを確認済み。彼女のいつもの登校時間は七時半頃。そしてその日の放課後に海野先生が私に依頼してきて、聞き込みによって尼将軍の名前があがった。翌日、私が彼女に会いに行って子犬の事件を知っているかと聞いたら、彼女はあんなグロいものに関わりたくないという発言した。けれど、その段階で死体がグロテスクだったかどうか、死体を見た人間でないと知らないことだった。当然私は写真を見せていないし、事件のことを彼女に報告した婆さんは細かい説明はしていないと証言している。つまり彼女は、知ってるはずのない死体の状況を知っていたということだ。さて、その聴取の日の放課後、私と君があの森で出会う。君は子犬を知らないし、彼女は関係ないと言ったが、前者は嘘で後者は証明できずだ。そして今日になり、私が登校する前に尼将軍と橘という生徒が校門付近で言い争っていたという。橘という生徒に話を聞いたら、事件に彼女が関わってるんじゃないかと尋ねたら激昂したとのことだったよ。ついでに彼は彼女が昔気性が荒かったことと、この段ボールハウスについて教えてくれた。段ボールハウスには、子犬が飼われていた形跡があり、君の証言で尼将軍が三ヶ月前から飼っていたものだと判明済み。そしてさっき河川敷を歩いていたら、こんなものを拾ったんだ」
 一気にまくし立てると流石に疲れて、酒の一杯でも欲しくなったが、そういうのを顔に出すことなく彼の前に先ほど拾った尼将軍の学生証を差し出してやると、私の説明で青くなっていた顔が、更に青くなるのが目に見えて分かった。
「彼女の学生証だ。君に渡して置くから、彼女に返しておいてもらえるかな」
 返事も聞かずに彼の制服のポケットにそれを突っ込んだ。
「さて、ひぃ君、君はまだ彼女を信じるのかい?」
 私の質問に彼は何も言わなかったが、僅かに頷いたのは確認できた。これでもまだ、彼女を信じるというのだから大した物だ。ならばその心、少しお手並み拝見と致しましょうか。
 私は彼の耳元に口を近づけて、意地悪な笑みを浮かべながら囁くように告げてやった。
「私が思うに――恋というのは、毒物だよ」
 仁志が顔を赤くして、見開いた目で私を見てくる。そんな彼のリアクションなどお構いなしに続けていく。
「猛毒でもあり、中毒でもある。非常に厄介なものだ。一見、おいしそうに見える、だから手を出してしまうし、口に入れてしまう。けど、それはすぐさま身体を蝕んでいく」
 私は右手の人差し指を彼の左胸に突き刺すように押し当てた。
「心臓が、止まるまでね」
 赤くなっていた彼の顔の色が少し変わった。私が何を言わんとしてるか、少し理解したのかもしれない。
「危険だって分かったところで、中毒でもあるからやめられない。自分をとめられない。ねぇ、恋とは一番恐ろしい毒物だとは思わないかい」
 綺麗な花にはトゲがある。あまりの美しさに目を奪われ、盲目になってしまい不用心に手を伸ばしてしまうと、きっとそのトゲが刺さってしまうだろう。恋とは盲目になることだ、なんて言葉があるけれど、恋ほど用心しなければいけないものはない。
 彼の耳元から口を離して、指を降ろした。そして思い出すように、例の英文を読み上げる。
「“When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth.”」
 急に私がわけのわからない英文を口に出したものだから目の前の彼が困惑した顔をみせた。
「有名な英文なんだけ、知らないかな」
 彼が怯えるように、震えながら首を左右に振るので私は直訳をした。
「不可能を消去して、最後に残ったものがどんなものでも、それが真実となる。――かの有名なシャーロックホームズの推理法だよ。君も今回みたいに何か調べるときは、この言葉を胸に秘めるといい」
 彼から一歩下がって距離を置き、唇に浮かべていた笑みを消す。
「どんなに信じたくなくても、どんなに受け入れがたくても、それが真実だと認めるしかないときもあるんだよ、ひぃ君」
 君にとって、今回の事件の真相がどんなものでも、きっと君はこれを受け入れないといけないんだよ。
 血の気を失った彼の表情を見ながら、これ以上は耐えられないだろうなと思った。そして、これ以上は不要だなと。あとは彼の精神力に任せるしかないようだ。
 背中を向けて、学校へと戻る道を歩いて行く。しばらく歩いて少し振り返ってみると、彼は少しも動いていなくて、さっきと変わらぬ様子でそこに立ち尽くしていた。
「……ヒントはあげたからね、ひぃ君」
 学校へ戻り、私は真っ先に近藤さんの元へ向かった。
「近藤さん、一つだけ聞きたいことがあるんだ」
 校門の前で仁王立ちしながら警備に当たっている彼を捕まえて質問する。
「なんだってんだ」
「事件の前日、眼帯の少女が帰った時間を覚えているかい」
 やはり一日に何人もの生徒を見ているせいか、これも覚えていないらしかったが、ある予想をたてていた私は確認するように問い詰める。
「もしかして、いつもよりすごく早い時間に帰ってたんじゃないかな」
「……ああ、そういえばそうだな。いつも五時頃なのに、あの日は終業後すぐに帰ってた気がする」
「そうかい、どうもありがとうね」
 事件が発覚した一昨日の前日、彼女はいつもより早く帰路につき、そして翌日はいつもより早く登校した。そして今日は橘と喧嘩をしたわけだ……なるほどね、やっぱりそういうことか。
 私は、少しやらなければいけないことがあったのだが、その前に子犬が見つかった場所へ向かった。体育館の裏、高い塀の足下に黒い子犬が惨殺されていた、あの場所。今はそこには私と海野先生で作った小さなお墓がある。
 そのお墓の前に立ち、二メートル半はあろう塀を見上げた。そして次は視線を落とし、小さな砂山に石が置かれた墓を見つめる。
 最初の予想通り、嫌な事件だったじゃないか。
「いや、予想以上にだね」

9

 ちゃんと事前に連絡していたので、私が生徒会室へ入ると尼将軍と仁志がいた。彼女は窓際でカーテンのわずかな隙間から外を眺めていて、彼はソファーに座ったまま沈むようにうなだれていた。
「私が最後かい。遅れてすまなかったね」
 尼将軍に放課後に話があるとメールしたのは、昨日の晩。そしてすぐに勝手にしろという承諾のメールが来た。そして今朝、その旨を仁志に同じくメールでつたえた。返信は無かったが、予想通り来たようだ。
「一応、委員会の仕事があるんだ。早く終わらせてくれ」
 窓の外を見ていた尼将軍がこちらを見てそう釘を刺してくる。
「まあ、早く終わるかどうかは、君次第だろうね。けど、私も無駄話を楽しむ気分じゃないんで、さっさと本題に入らせてもらうよ」
 そう言うと尼将軍はカーテンを完全に閉じて、そしてそれを挟む形で窓に背中を預け、腕を組んだ。黙って聞いてやるという姿勢かな。
 仁志は俯いたまま、顔をあげない。私はそんな彼とは反対側のソファーに腰掛けて、携帯を取り出して例の子犬の写真を液晶に映し出した。そしてそれを尼将軍に見せつける。
「議題は、君の可愛い子犬のお話しだ」


 私がそう告げても、彼女は澄ました顔を変えることはなかった。眼帯で隠れた左目までは分からないが、右目は閉じたまま、まるで眠っているかのようにも見えるが、それほどの余裕があるということか。
「この子犬が切り刻まれた姿で見つかったのが三日前の午前七時、発見したのはバスケ部。発見場所は体育館のすぐそばの塀の近く。もちろん、発見したときには息絶えていたよ」
 私は携帯の画面を変えず、ソファーに挟まれたガラスのテーブルへ置いた。
「学校側はこれを警察に通報せず、私が個人的に調べることになった。何か有益な目撃情報がないかと思って色々な生徒に話を聞くと、尼将軍、君にたどり着いた」
 そこで彼女をびしっと指さしてやる。それでも彼女は無表情。
「君は近所の野良猫などの世話をしていた。それを知っていた一部の生徒が、動物のことなら北条さんだと証言したわけだ。そして私は君に、子犬について心当たりはないかと尋ねに行った。これが一昨日のこと」
「ああ、確かに来た。そして私は、知らないと答えた。事実、知らん」
「いいや、それは正確じゃないね。君は、あんなグロいものに関わりたくない――こう言ったんだ」
 彼女が右目をあけて、眼光を鋭くして私を睨んだ。
「意味合いは一緒だ」
「意味合いなんて、無意味だね。君がこう証言したことに意味がある。いいかい、君は死体を見ていなかった。そして君に事件のことを知らせた婆さんも、死体の状況なんか説明していなかったと証言している。君は子犬が殺されていたとしか、聞かされていないはずなのに、グロいものと決めつけた。できれば、その根拠をお聞かせ願いたいね、尼将軍」
 彼女は私の質問を、ふんっと鼻で笑い飛ばした。
「目撃したバスケ部の連中が話してるのを聞いた。これでいいか」
 まるで、その質問は想定内だと言わんばかりの態度だった。事実、そうなんだろう。この証言なら確認のしようがない。バスケ部の連中は死体を見ていて、そのことについて少なからずどこかで話したはずだ。それをたまたま聞いたというのは、否定できない。少なくとも今この場では。
「そうかい。なら話を次に進めよう。君のその証言で君を疑い始めたが、君も知っていると思うが、それを否定する人物がいた。私の目の前の、この彼だ」
 仁志を見つめながらそういうと、彼は私が部屋に入ってきて初めて反応を示した。反応と言っても、小さく両肩を震わせただけだったが。
「彼は君と一緒に動物の世話をしていた。彼曰く、動物の世話をするような君が、子犬を殺すわけがない。そういう主張だった。実を言うと、私もそれは頷ける。確かにこの子犬の無残な様子は、日頃から動物の世話をする人間がやったとは思えない」
 携帯の液晶にはカッターナイフで身体中を傷つけられた子犬が映っている。
「けどまあ……人が豹変するなんて、珍しい話でもないけどね」
 意味ありげにそう呟いておく。昨日までの善人が、悪人になるなんてありふれたお話だ。「彼、君の無実を晴らそうと頑張ったそうだよ。証明できる証言も物証もなかったみたいだけど」
「そんなもの、探すだけ無駄だ。子犬が殺された時間も分からないのに……」
「いや、そこは私が独自に調べた。四日前の夜九時には死体は現場になったかそうだ。だから死体が置かれたとすれば、発見される七時まで。けどこの学校の登校時間は六時半。それまでは校内に入れない。だから、六時半から七時まで。それが犯行時間だと断定している」
 彼女が綿から目をそらして、小さく舌打ちをした。挙げ句の果てには、どこまで調べてるんだと苦情まで呟いて。
「さて。そこまで話が出たから言おうか。子犬が発見された朝、君は六時半頃に登校した。日頃は七時半頃なのに。君は委員会の仕事と言ったが、本当にそんなものがあったのかな」
「…………」
「そして昨日は橘と言い争いをしているのを目撃されている。昨日、彼と少しお話しさせてもらったよ……君の昔話とかね」
 ずっと窓に背中を引っ付けていた尼将軍が、急に身体を起こして顔を強ばらせた。先ほどまでの余裕の色が瞬時に消え去り、組んでいた腕は拳に変わり、わなわなと震えている。
「あの男……お前に何か喋ったのか」
「随分と険しい顔をするね。眉間に皺が寄っているよ。スマイル、スマイル。若いんだから」
「答えろっ!」
 子供がいたら思わず泣き出すような、静かだった室内を揺らす怒声が彼女からはき出された。顔を赤くして、怒りを表している。
「興奮しないでもらえるとありがたいね。それとも何かな、聞かれちゃまずいことでもあったのかな。君が、昔暴れ者だったこととか」
 先ほどとは打って変わった、はっきりと聞こえる舌打ちで不機嫌さを表した彼女は、いらつきを隠せない様子だった。
「昔の話だ」
「そうだね。昔の話だ。ただ、昔と今は確実に繋がっているから侮れないよ」
 あくまで彼女の昔話を切り捨てない私を彼女は今日一番の鋭さで睨み付けた。
「橘、もう一つ教えてくれた。この学校の近くに橋がある。そこの段ボールハウスに行ってみるといいってね。そして実際行ってみたよ。段ボールハウスには犬を飼っていた形跡が残っていたよ。そして近くの人と、このひぃ君がそこで君がこの子犬を飼っていたことを認めた」
 さすがに目の前の彼が認めたと言われれば、否認することも出来なくなった彼女が下唇を噛んで悔しそうに顔を下に向けた。
「ちなみに、君の学生証が近くに落ちていたよ。ひぃ君に渡したけど、受け取ったかな」
 彼女が顔を上げずに首を左右に振るので仁志に視線を向けると、彼はポケットから昨日渡した彼女の学生証を取り出して、静かにテーブルの上に置いた。彼女が子犬を飼っていた現場に行ったことがあるという、何よりの物証だ。
「さて……君が嘘を吐いたことはもう誤魔化せない。証人がいるんだからね。問題はどうして嘘を吐いたか。ついでに、何でそんなに過去を隠そうとしているのか……」
 私はここで言葉を句切って、再び仁志に視線を向けた。どうやら、まだ何もしないらしい。
「有名なことわざがあるね。飼い犬に手を噛まれるって。……尼将軍、君、それをされたんじゃないかい?」
 彼女が何かの臭いを察知したかのように、ぴくんっと鼻を動かした。
「子犬といえども、牙はある。どんなに可愛がっていても、犬は動物だ。何をするかなって分からない。君が世話をしている最中に、子犬が牙をむいたんじゃないか? そして君はカッとなった」
 そんな場面を想像する。彼女がまだ生きている可愛い黒の子犬に餌をやっている。しかし、何か気にくわないことがあったのか、子犬は突然彼女を襲う。もちろん、彼女も避けようとするだろう。
「避けようとした君は、激しく身体を動かすか、またはカバンを振り回すかしただろう。そしてその反動で、学生証がとんでいってしまった」
 もちろん、子犬と人間の争いだ。道具を使えば、例えそれを使う者が女子高生でも、勝てるだろう。
「カッターナイフで応戦した君は、当然勝った。けどまだ怒りが収まらない。今まで自分が世話をしてきた子犬が、その自分に牙をむいた。君の怒りは想像できないね。しかし、怒りにまかせて惨殺するには、状況が悪かった」
 子犬が殺された場所は校内だ。今の私の仮説では橋の下が現場となる。
「もしもそのまま子犬を殺せば、君が犯人だということを仁志に教えるようなものになる。そうなれば面白くない。だから、君は犬をとりあえず別のところへ移すことにした。それが子犬の発見された朝だろうね」
 彼女が子犬をすぐさま殺したのか、それとも生かしたのかは分からない。けれど弱った子犬を人目のつかないところへ置いておくことなら可能だろう。
「君はいつもより早く家を出る。そして犬を回収すると、体育館の外側から中へと犬を放り投げた」
 だからあんなところへ死骸があった。外から犬を入れるのには、それが一番手っ取り早い。あの塀なら非力でもなんとかなる。
「そして中へ入り、先に入れておいた子犬を、怒りを思い出しながら切り刻んだ。――そうじゃないかな?」
 話が終わったので尼将軍を見つめる。下に向けていた顔をゆっくりと上げた彼女は、柔らかい笑みを浮かべながら私を見返した。唇から小さな笑い声が漏れる。不安や焦燥、そういった感情から最もかけ離れた、余裕のある笑顔だった。
「お前のその頭、もっと他のことに使えばいいものを……」
 小さく息を吐いた彼女が、はっきりと口を開けた。
「そうだ。お前の推理通り、私があの子犬を殺し――」
 彼女の自供は最後まで私の耳に届かなかった。彼女自身、言い切れなかっただろう。突如として、バンッという大きな音が部屋に響いたから。音をたてたのは、私でも彼女でもないのだから、残る一人……。
 仁志が俯いたまま、拳でテーブルを叩いた。
「違う……」
 そして蚊の鳴くような声で初めて、意見を口にした。
「違う、違う。あんたは間違ってるし、北条先輩は嘘を吐いてる」
 仁志が顔を上げて、はっきりと私を否定し、彼女を糾弾した。
「な、何を言ってるんだ、櫻井……」
 さっきまでの笑みを失った表情で尼将軍が彼を止めようとする。
「私が自供してるんだ。それで事件はおわりだ」
「……さて、ひぃ君、尼将軍はああ言っているよ。自分が犯人だ、私の推理が正しいと。君がそれを否定するなら、これを覆す真実を提示してもらおうか」
 昨日と同様、意地悪な笑みを浮かべたまま彼に話しかける。そんな私の態度に、尼将軍が、ようやく状況を察知した。目を見開いて、右手で頭を抑えて、やっと自分の計画通りに事が進んでいないことを見抜いたらしい。
「蓮見、お前はっ!」
「さて、ひぃ君、答えを」
 声をあげる彼女を無視して私は仁志と向き合う。仁志は何か躊躇したように最初は口を開こうとしなかった。その様子を見た尼将軍が、やめろっとまた声をあげるが、それが引き金になったのか、彼がようやく答えを紡いだ。

「子犬を殺したのは……俺だ」

 部屋に重たい静寂が降りた。尼将軍が失意に打ちひしがれて言葉を失い、彼が悔しそうに唇を噛む。
 そう、これが受け入れるしか無かった、現実。同時にこの事件の、真実。
 私の予想を超えた、最悪。

10

「違うだろうっ! そうじゃないっ!」
 今度否定を叫んだのは尼将軍の方だった。彼女は悔しそうな表情で、首を左右に激しく振りながら、また違うっと声をあげた。
「そうだね。違う。殺したというのは語弊があるよ。……死なせてしまったというのが正しい。この事件は事故だった。そうだろ?」
 自分が犯人だと自白したばかりの仁志に問うと、彼はどう答えていいか分からないのか、言葉を詰まらせた。……まあ、かなり辛いことをさせてしまったし、後は私が引き継ぐとしようか。
 立ち上がり、彼の側まで行って頭を一度だけ撫でてやった。それが事切れたように、彼はまた俯く。
「この事件は事故だった。あの子犬は殺されたんじゃない。これが真相だね、尼将軍」
 恐らく昨日まで唯一この事件の真実を見抜いていた彼女に質問する。
「お前……さっきまで披露していた自分の推理は、全部演技だったのか」
「ああ、もちろんだよ。けど演技させたのは君だろう。君はどうしてって、君が犯人だって結論を私に出してもらわないといけなかった。だから昔なじみの橘まで協力者にして、自分に不利な証言ばかりさせたんだ」
 さっきまで私が話していた推理は、確かに私が昨日までに手に入れた手がかりで構成したものだ。どうあっても彼女以外犯人になり得ない。妙だな、おかしいなと思っていた。だけどこれが、彼女が自らを犯人であるとするための、偽装した手がかりなら納得がいく。
「やっぱり警察の介入がないのがいたいよね。君の計画通り警察が介入しなかったせいで、事件がこんなにややこしくなった」
 私が教室で憂いした通り、この事件に科学の力がないのはきつかった。
「ひぃ君が子犬を死なせてしまい、その死体を君が切り刻んだ。そうだね?」
「……そうするしか無かった。お前が分からないわけないだろう」
 彼女の言うとおり、分からないわけがない。私が彼女と同じ立場なら同じ行動をしたかもしれない。テーブルに置いてあった携帯の画面に映る子犬の死体を見つめる。切り刻まれたグロテスクな姿。
 私はこれ見たとき、この事件の裏には悪意があると思った。けどそれは全然違って、この事件には善意しか存在しなかった。
「君が子犬の発見される前日に早く帰宅したって証言を得て、ようやく確信を得たよ。恐らく君はその日は本当に何か用事があったんだろう、そして子犬の世話をひぃ君に任せた」
「……ああ。家の用事で、どうしても世話ができなかった」
「もちろん、ひぃ君は快く引き受けた。これまではよかった。しかし、彼の善意が空回りをしてしまったんだ。それが事件の発端だね」
 ゆっくり目を瞑って、私はある証言を思い出す。最初はそれが証言になるなんて思っていなかった。昨日、尼将軍に会った後に廊下で会った後輩二人組の姿と、その一人が放った言葉だ。
『けど櫻井君、料理上手かったよ。彼の班はハンバーグだったけど、すごく手際がよかったもん』
 彼女のこの言葉が全てを繋げてくれた。事件の前日というと、仁志のクラスで調理実習があった日だ。そして彼女は彼が作ったハンバーグをいくつか弁当箱に入れて持って帰っていたとも言っていた。
「ひぃ君、君は餌のつもりでハンバーグを子犬に与えてしまった」
 俯いたままの彼が、小さく頷くのが確認できた。
「……犬にとって、タマネギは毒物なんだよね」
「……ああ。タマネギに含まれている養分の中に、犬の赤血球を破壊するものが含まれている。普通なら大量に獲らないと死なないが、それは犬による。ましてや子犬なら、どうなるかなって大きな個体差が生まれてしまう」
 尼将軍が諦めたように丁寧に解説していく。昨日の夜、自分でも調べていたので今は知っているが、犬にとってタマネギがよくないという大雑把な知識しか昨日までは持っていなかった。
 ハンバーグには色々と具材を入れただろう。タマネギがなかったとは思えない。
「見た目は好物のお肉の塊だからね、子犬は臭いに警戒しつつ食べた」
 一見するとおいしそうだから、手を出してしまう。私が昨日仁志に言ったことだ。
「君は餌をやり終えてその場を去った。しかし犬の中毒症状はその後に出て、子犬は死んでしまった。そして、朝か夜かは分からないが、念のために子犬の様子を見に来た尼将軍がそれを発見する」
「朝だ。あの日は本当に委員会の用事もあったし、かなり早めに家を出て、橋の下に行った……」
「なるほどね。そしてそこで死骸を発見した。昨日、橘が言っていたよ、君の将来の夢は獣医だったね。君には何で子犬が死んだか、恐らくは一目で分かった」
 もしかしたらハンバーグが残っていたかもしれない。彼女はとにかく、死因がタマネギであることと、それを与えた人物がすぐに分かった。なにせ自分が世話を頼んだのは、一人だったんだから。
「君は、ひぃ君の失敗をカバーしないといけないと考えた」
 そして彼女は実行する。子犬の死は隠しきれるものではない。しかもその死因が毒物であると分かれば、仁志は自分が与えた餌に疑いを持つだろう。そして調べればすぐに分かったはずだ、タマネギが犬にとっては毒であると。
 彼女はそれを回避する方法を編み出した。それが、あのグロテスクな死骸へ繋がる。
「尼将軍、君は毒死という死因をとにかく隠さないといけないと考えた。だから、死骸を運び出して、校内へ入れ、切り刻んだ。見た目だけで死因が分かるようにね」
 あの死体を見たとき、私は思わずグロテスクだと素直な感想を漏らした。しかし、そうすることが彼女の目的だったんだ。あれだけの外見なら、それが死因だと決めつけてしまう。誰も他に死因があるとは思わない、まさか毒死なんて。
 校内に入れた方法などはさっき私が話したので合っているのだろう。
この方法なら私がさっきの推理で説明できていなかった、死骸を校内へ入れた理由も分かる。彼女は間接的に、第三者の口から仁志の耳に「子犬が校内で切り刻まれて殺された」という情報を入れておきたかった。
 それなら仁志だって死因は、何者かによる明らかな悪意だと決めつける。そうなれば、彼が自分の餌に疑いなど向けるはずがない。それこそが彼女がどうしてもしなければいけなかったこと。
 生徒会長として婆さんと面識があり、性格を知っていた彼女なら警察には通報されないだろうと予想出来たはずだ。科学捜査が入れば、すぐにでも死因が分かって、彼女の目的は崩れ去ったのに。
 彼女の予想通り、学校は警察へ通報しなかった。
「しかし、君にとって予想外のことが起きた。私が事件を調べだしたことだよ」
 彼女としては警察が介入しない以上、死因も分からず事件は未解決のまま闇に葬られるはずだったのに、ここで私という個人が調べだしたことで計画に歪みが生じた。仁志さえ誤魔化せれば良かったのに、私まで騙さなければいけなくなってしまったのだ。
「どうでもいい生徒だったら、何もしなかっただろうが私はひぃ君と個人的に繋がりがある。もしも私が捜査を進めて、彼の与えた餌にまでたどり着けば真相が見破られてしまうと思った君は大急ぎで、私用の真相を用意することにした。――それがさっき私の披露した推理だね。君が犯人だっていう、急ピッチで作った虚像だ」
 短い時間で複雑なものを考えつくほど、彼女は悪党じゃなかった。だけどもなんとか私を誤魔化し、仁志に真実を知られないようにしないといけないと考えて、私が彼女を疑っているという状況を利用することにしたんだろう。
「……気にくわない。橘にまで頭を下げたのに」
「そう、昔なじみまで利用してね。君はまず、私に疑いの目を向けさせるように、わざとらしい証言をした。そして私が捜査を進めている間に橘に手伝ってくれと頼んだんだろう。それが、昨日の口げんかだ」
 私が最初に引っかかったのはこれだった。尼将軍と橘が口げんかをしていたのは、別に構わない。これだけなら私は単純にその内容にだけ興味を示せただろう。しかし、明らかな矛盾がそこに生じていたのだから、それを無視できるはずがない。
「時間のずれはここでも起きていたんだ」
 昨日、私はいつも通りチャイムが鳴る少し前に登校した。事実、友人と話し終えたところでチャイムが鳴った。この学校でチャイムが鳴るのは八時半。そして彼女のいつもの登校時間は七時半頃だという。それにも関わらず、私の友人が彼女たちの口げんかを見たのは二十分ほど前だと言っていた。つまりは八時過ぎ。
 彼女が校門にいる時間としては、かなりのずれがあった。
「三十分遅れて登校したのは、より多くの生徒に自分たちが言い争いをしているのを見てもらい、その中の誰かに私に証言させるためだね」
 そして彼女の策略通り、私の友人は私に情報を寄越したのだ。
「そしてあとは自分に疑いを向けさせるような発言ばかりして、私を橘の処へ向かわせた。彼には当然、自分が不利になるような証言をするように頼んでおいたんだろうね」
 彼が昔なじみのくせに彼女に不利な証言ばかりすると不審に思っていたが、逆だったのだ。昔なじみだからこそ、その彼女の頼み通りに行動したんだろう。ただ、獣医という夢を教えたのは失敗だったとしか言いようがない。
「そして彼の証言に従い、私は段ボールハウスへ行った。そこで学生証を拾わせて物的証拠まで手に入れさせた。そして私がさっきの推理で事件を片づければ、それで終了だったんだろうね」
 ところが、その学生証こそが私が真実を掴む最大のきっかけとなってしまったというのだから、彼女にとっては皮肉なことだろう。
 あの学生証は裏向けに落ちてあって、私はそれを拾った。しかし表を向けても泥水がついていたので誰のか分からず、それを拭き取って彼女のものだと判明した。これが私にとっては全ての糸口だった。
「昨日は私があそこにいくまで雨が降っていた。それなのに、地面に接していた表面に泥水がついていて、空の方を向いていた裏面はぬれていなかった。だから、あれは雨がやんだ後に置かれたものだって分かったんだ」
 そして彼女の学生証なのだから彼女が故意的にそこに置いたとしか考えられなかった。おそらくは橘が私と話している間に置いてきたのだろう。
 そこまで考えたなら、彼女が自分を犯人だと私に推理させようとしているのだと気づける。そして自らが犯人だと名乗る理由なんて、いくつもない。
 誰かを庇うため。
 それしかないだろうと私は考えた。もちろん、誰かというのは簡単に想像できた。思えば彼女は私が二回目に会いにいったとき、仁志に何か吹き込んだだろうと、随分怒っていた。あれは自分が一番恐れていた仁志に真実が漏れるということが、起こりそうだったからだろう。
 仁志が故意的に子犬を殺すわけがない。だから、ハンバーグの証言を思い出して、全てを繋げることができた。そして昨日彼に言ってやったのだ、ヒントとして。
 恋は毒物だと――。
「ひぃ君に隠すつもりだったんだろうけど、彼も気づいてたんだよ、君の態度でね。明らかに自分に疑いを向けさせるようなことをするから、ひぃ君だっておかしいと考えたんだよ」
 そして見事に私の演技の推理を否定して、答えを出したのだ。当人にすれば本当に辛かったと思う。普通なら他人が自ら罪を被ってくれるというのだから黙っていればいいものを、それを名乗り出て否定した。
 ……成長したね。
「さて、これが今回の事件のあらすじだ。よくもこんなに事態をややこしくしてくれたものだね、尼将軍。私はもう疲れたから、今日は早く帰って一杯することにするよ」
 もう話すことなくなったので、二人を残して何の迷いもなく部屋を出た。廊下に出て少し歩いたところで、生徒会室の扉が開く音と、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえたので振り向くことはしないで、足だけ止めた。
「なぜだ」
 尼将軍の切羽詰まった声が背中に刺さった。
「櫻井に悪意が無かったことくらい、お前なら分かるだろ。あいつが罪悪感を背負う必要はない、責任は彼に任せた私にあるんだ。だから、必死にお前を欺こうとした。それが悪いとは思ってるが、そっちの方が誰も傷つかないだろっ!」
 彼女の言い分が分からないほど鈍くはない。確かに、彼女のとった選択は自らを犠牲にするものだ。けどそうすれば、少なくとも仁志があそこまで落ち込むことは無かっただろうし、今後変な罪の意識を背負うこともなかった。彼は善意の行動をしただけだ。だから彼が傷つくのは、あまりに可哀想だという。
 そんなこと、言われなくても分かる。それでも私は彼女の仕掛けた芝居に付き合うわけにはいかなかった。
「君の理屈は理解してあげるよ。私だってひぃ君とは長い付き合いなんだ、あんな姿できれば見たくなかった」
「ならっ」
「けど一つだけ、君は間違っているよ」
 振り向いて、未だに動揺と屈辱の色を浮かべている彼女の瞳をのぞき込んだ。
「誰も傷ついてない、なんてことはないよ。君がしたことで、ズタズタにされたものがある。私はそれを尊重した」
 彼女が困惑した表情になって、何を言っていいか分からないという様子になった。私はそれ以上何も言わず、また背中を向けて歩き始める。今度は彼女が追ってくることもなく、いつも通りの外の風景を楽しみながら廊下を歩いた。
 階段を下りて一階についたところで、一人で立っている橘がいた。私に気づくと、気安く手を挙げて挨拶してくる。
 実を言うと、彼にはもう昼休みのうちに話をしていた。君は尼将軍に協力しているだろうと問い詰めると、こっちが驚くほどあっさりと認めた。幼馴染みの頼みを断るわけにはいかなかったと。
「話は終わったの?」
「ああ。後味が悪くて仕方ないよ」
 一つだけ、どうも納得できないことがある。彼が彼女に協力していたなら、彼はある程度の真実を聞かされていたはずだ。ならば、私に彼女の将来の夢を教えるなんてするだろうか。あれが中々のヒントになった。
 可能性があるとすれば、一つだけか。
「君、昨日言っていたね。心に決めた人がいるって。それってさ、私が知ってる人かな?」
 下世話な質問にも関わらず、橘は照れることもいやがることもなく、さっぱりとした顔で答えた。
「当人にはずっと前に振られてるよ。未練がましくて、自分でも嫌になるけど」
 彼女が仁志を庇うために自ら罪を被るというのは、橘にとってはあまり面白くないことだったろう。だから、あえて私にヒントを出したのか。……意外と、いい性格をしている。
「私でよければいつでも声をかけてくれ。いい女だよ、私は」
「それで、誘いにのった男はいる?」
「最近は草食系の人が多くてね」
 はははと笑われてしまい、結局彼は返答をしないまま去っていった。
 私は体育館の裏まで行き、子犬の墓参りをしようとしたのだが先客がいた。スーツ姿の海野先生だ。そういえば、依頼主である先生にまだ報告していなかったと思い出す。
「事件の方なんだけどね、結局分からなかったよ。けど安心して欲しい、もう被害者は出ないから」
 無責任この上ない発言なのに、先生はそう飄々という私を見たまま、表情を変えることはなかった。そしてしばらくして、そうかと一言呟く。
 先生が真実を知るはずもない。だけど納得してくれたということは、私が言いたくないと理解してくれたのだろう。毎度のこと無口だが、雰囲気でそれが分かる。
「しっかし……どうしてこう、人は器用に生きられないのかね」
 尼将軍も仁志も橘も、もう少し器用に生きた方がいい。自分が傷つかない程度に。
「……お前も人のことを言えた義理ではないだろう」
「私は器用に生きているさ。自由奔放でいないさいというのが、母の教えでね」
「そうか。何か浮かない顔をしている。どこかでまた、嫌われ役でも買ってでたんじゃないのか?」
 また、なんて言って欲しくないね。私がしょっちゅうそんなことをしてるみたいだ。
 墓に手を合わせた後、校舎を見上げた。まだ生徒会室はカーテンがされていて中が見えないが、まだ二人が残っているだろう。事件が解決した以上、これ以上私が深入りする必要はないし、してはいけない。
 彼女はちゃんと、私の言葉を理解しただろうか。
 けどまあ、後は二人の問題だ。邪魔者の私は、ここで退場とさせていただこう。

11

 お前といると空気が重くなる、と言われたことが何度もある北条静佳さえ、今の生徒会室の空気は重かった。呼吸するのさえままならないような、そんな重たさが部屋を埋め尽くしていた。
『君がしたことで、ズタズタにされたものがある』
 さっき、蓮見を追いかけてそう言われた。自分がしたことが全て正しかったわけではないことくらい、分かっている。死んでいたとはいえ子犬の身体に刃をいれてしまったことは、本当に申し訳なく感じている。
 けど、そうしなければいけないと思った。例え蓮見が真実に辿りついても、彼女なら口を閉じると考えていた。櫻井のことを弟分という彼女なら、彼が傷つくような真相は闇に葬るだろうと。
 なのに彼女はそうしなかった。騙されたふりをした後、全ての真実を暴いた。
 全く……一年生の頃からよく分からない女だと思っていたが、ああもう理解できないとは思いもしなかった。
 ソファーに座ったままの櫻井に目をやり、なんと言葉をかけていいか分からなかった。本当なら私がいらついてやったと告白し、あとは流れに身を任すつもりだったのに、この状況では放っておけない。
 そもそも、こんな傷ついた彼をもう見たくはない。
「櫻井。私が……」
「ふざけないでください」
 君のせいじゃない、私の責任だと言おうとしたのに、その出鼻をくじかれた。しかも、さっきまでとは違い、はっきりとした声音で。
「……櫻井?」
「ふざけないでください、先輩。何してるんですか……」
 静かにソファーから立ち上がって、こちらを見てくる。顔が赤くなっているのは、照れているせいではないことくらいすぐに分かる。
「どうしてそんなことしたんですかっ!」
 三年生になってしばらくして、あの段ボールハウスで子犬の世話をしている最中に彼と出会った。それから、彼が世話を手伝うと申し出てくれて、ずっと二人でそうやってきた。だから、あれからもう半年以上が経つ。
 浅い歴史かもしれない。それでもまだ十八年しか生きていない身にとっては、貴重な時間だった。
 その時間の中、今まで聞いたことの無いような大声で彼が怒鳴ったので、思わず面食らってしまう。
「私はただ君を……」
「先輩が俺のためにやってくれた気持ちは分かりますよ。でもっ」
 彼が急にこっちに来て、右手首を掴んできたので、驚いて顔を紅潮させた。
「それで先輩が手を汚したら、先輩が傷ついたら、俺は何やってるのか分からないじゃないですかっ!」
 さっきまでずっと伏せていた目を、ぐっと近づけて睨み付けてくる。揺れている瞳にあったのは、紛れもない悔しさだ。それを見て思わず、ああっと声が漏れそうになった。
 さっき蓮見が言っていたことがようやく理解出来た。自分の行為がズタズタにしてしまったもの……それは、彼のプライドだった。
 告白を受けたから彼の気持ちは知っていた。彼が自分のことを異性として見てくれていることも、ちゃんと分かっていた。答えをはぐらかせたのは、自分の気持ちに整理がついていなかったからだ。
 その彼を、自分が無茶苦茶な方法で庇ったせいで、彼の中の自尊心がひどく傷ついてしまったんだ。
「俺は先輩の役に立ちたいんですよっ、そのために傍にいたつもりです。邪魔ならはっきり言ってくださいっ」
「そ、そんなわけはない。私は……」
 私はただ、この目の前の後輩の傷つく姿を見たくなかった。けど、結果はこれだ。彼はひどく傷ついてしまった。それも私が手を汚したことに、その原因を自分自身の失敗のせいだということに。
 最悪の悪循環だ。
「……すまなかった。そんなつもりはなかったんだ」
 人にここまで真剣に謝るのはいつぶりだろうかと思う程、必死に謝るとさっきまで勢いのあった櫻井が一気に沈んでいく。
「いえ、俺が悪いのに、すいません……」
 櫻井が手首を放して、くるりと回って背中を見せた。
「俺は、もう手伝わない方がいいですか?」
 彼と世話をしていたのはあの子犬だけじゃなく、近所の野良猫たちもだ。彼はそれをもう辞めた方がいいかと訊いてきたのだ。彼が見ていないのは分かっているのに、首を左右に振った。
「いや……。今度は君が失敗しないよう、色々と教えていく。だから、そんなことは言わない欲しい。それに……」
 そこで言葉を句切ってしまったのは、次の台詞が妙に恥ずかしかったからだ。
「それに……私だって今回みたいに失敗する。その時、声をかけてくれる者がいて欲しい」
 背中を向けていた彼が驚いた顔をして、またこちらを見た。どういうわけか、今度は自分が目をそらしてしまう。
「……俺で良ければ、そうします」
 いつも、いやいつもより明るい声で櫻井が返事をする。私は何も言わず頷いて、完全に彼に背を向けた。後ろからは、彼が小声で「よっしゃ」と言っているのが聞こえてくる。
 全く……気に食わない。こんな状況なのに、頭に浮かんできたのはさっきまで部屋にいた、あの女のしたり顔だ。私が言った通りだろと、どこかで得意げに言ってそうな気がして、そこが悔しくて仕方なかった。
 それなのにどういうわけか、顔は熱くなっているし、唇から笑みもこぼれそうになっていた。
 そしてそれを必死に覆い隠そうとする自分が、また妙に恥ずかしかった。


〈The Case of “COVER”――END.〉

2011/09/10(Sat)02:27:01 公開 / コーヒーCUP
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■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 5回目の更新。今回は「9」から更新分となります。

※これ以下のコメントは内容の核心に触れます。最後まで結末まで読んで、お読み下さい。

 さて、今回で完結ということになりました。蓮見シリーズはこれで三作目ですね。「“CUBE”」は聞き込み型、「愛の告白」は安楽椅子探偵型。ですからこの作品はずいぶん蓮見が自ら動きます。ある意味、今まで自分が書いたもののなかで一番「探偵小説らしい」と思っています。
 今回の作品「9」のところの真相で終わっていたら、きっと苦情が大量にきたでしょうね。いくらなんでもあの推理はない(笑)。けどあれは「10」を書くためには絶対に必要なところでしたので省くわけにもいかず、「9」と「10」合わせた長めの解決偏となりました。解決偏ってだいたい長くなるんです、『魍魎の箱』という作品なんて解決偏だけで100ページあります。
 ご託はやめ。今回の伏線は少しこりました。「事件の日に早く登校してたことではなく、口げんかしてた日に遅れて登校していたこと」「学生証を拾ったことではなく、拾った状況がおかしい」というのが主な伏線。伏線っぽいものに付属させる形で本物の伏線を隠たつもりです。隠せたのかは知りません。
 専門知識が事件の核心にあるため、その知識がなくても状況で推理できるよう、大量に伏線ははりました。それは蓮見が丁寧に説明してくれたと思います。
 しかし……「尼将軍」といい「女王陛下」といい、もっと我が身を大切にしたほうがいいよ。
 最後の「11」はいるかな?とも思ったのですが、あの二人がどうにかってくれないと物語が終わった気がしないので、おまけ感覚で書きました。やっぱり慣れないことはするもんじゃないですね。
 さて蓮見の話は、長編で『“CASE”』という宗教組織と彼女が対峙する話と、今回くらいの長さの作品で『“CHESS”』という蓮見と春川という友人の出会いの話の二つがだいたいプロットが完成しています。また皆様にお見せしたいなと考えています。いつになるかは分かりませんが。
 長くなりましたが、今回の作品が少しでも皆さんを驚かせたり、あるいは普通に楽しませられたのなら幸いです。
 一ヶ月一週間、付き合っていただきありがとうございました!
 それでは感想、アドバイス、苦情などお待ちしております。

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