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『～K～』 ... ジャンル：未分類未分類 作者：上下（カミシモ）: １２３４５６７８９101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
　すでに日付けは変わりそうな時間になっていた。
　普通、この時間なら人は眠りにつくと想像するかもしれない。しかし、この町はまるで昼間のように光が溢れ、日の下と同じように人が行き交っている。もうすぐ十二時を回るなどどこにも感じさせない。
　今のこの場所はまともな人間などいない。ほとんどの人はアルコールを浴びるほど飲み、正常な判断をできるとはお世辞にも言いにくい。ちゃんとした意識を持っているのは店側の人間。それも半分ぐらいしかいないのかもしれない。
　ここに夜などは存在しない。ネオンの光が消え、人がいなくなるのは夜が明ける少し前、空が明るくなり始めた頃。それぞれの翌日の予定を気にして自然に各々の家に帰っていく。　　
　客のいなくなった店は静かにその電気を消し、いつの間にか店を閉めている。そんな店が一軒、また一軒と増えてその区画は眠りに付く。しかし、町全体が眠ることはなく、それからまた昼の町が始まる。
仕事をする者、遊ぶ者、何をしているのかわからない者。歩行者の会話の声、走る車の音、出会い頭に鳴き合う犬の声。夜とはまた違った賑やかさがこの町を包み込む。
　そんな町にも、常に日陰の部分が存在する。眠らない町の中に、常に眠り続ける場所も存在する。
昼間も太陽が当たることなく、夜はネオンの光が当たることは無い。永遠に明るさが存在することのない場所。そのような場所に生きる者もまた存在した。
　できるだけ忌み嫌われるその姿を人に見せぬように光を捨て、他のものが嫌う、闇の世界に進んで身を置いた。
　だが、ずっと人前に姿を現さないわけではない。姿を消せるわけでも、空を飛ぶことも出来ない彼は、どうしても移動の時に人目についてしまうこともあった。
　堂々と人間の中を歩くわけではないが意外と歩いている時は気が付かない。通り過ぎ、姿を消す瞬間に目撃されることが多い。
「おい、あんなところに黒猫がいるぞ」
　多くの酔っ払いの中の一人が闇の住人を見つけ、連れにその事を伝える。
　それに気が付いたからといって黒猫は特に動じることはない。走ることも無く、一歩一歩、しっかりとした足取りで光の届かない闇の中へとその姿を消していく。
「縁起でもない。さっさとあっちへ行け！」
　自分の前を黒猫が横切ると縁起が悪い。そういう言い伝えがあるが、元々この町には黒猫に纏わる悪い伝承が残っているためにそう思っている人が多い。まだ大きな町になって間もない場所なので、そのように考える人間が都会の人間に比べて多いのも仕方ないのかも知れない。
　男の連れはそのように軽い罵倒の言葉と共に、そばにあった石を黒猫に向かって投げつけた。本気で当てるつもりは無かったかもしれないが酔った勢いでコントロールが狂い、猫に直撃した。
　それほど大きな物でもなかったし、弧を描くように飛んできたぐらいだったのでそれほどの痛みは無いが、体よりも心に対する傷の方が大きい。
　人のいなくなった路地裏を歩きながら猫は考える。どうして自分はこれほどまでに嫌われなければならないのか。ただ、他の猫とは違って色が黒いだけだというのに。他の猫は例え野良でも、こんな扱いは受けないだろう。
　そもそも、なぜ自分はこんなところにいるのだろうか。
　気が付いた時にはすでにこの町にいた。もう何年になるだろうか。いまだにその時の記憶は鮮明に残っている。だが、それ以前の記憶は全く無く、どのようにして自分が雪の降る日の路地裏にたどり着いたのかもわからない。
　そう思うたびに、先ほどのように他の人間に嫌われ、全力で逃げた結果ここに行き着いたんだと思うことにしていた。
　今日は食事にありつく事が出来なかった。野良で生きている中でそのような日は珍しくない。
　そして、そんな日は何も考えずに寝ることにしている。この時間になればもう手に入ることは無いだろう。無駄に体力を使って歩き回るよりも、さっさと寝て次の日に備えるのが彼のスタイルだった。
　適当な場所を選び、冷たいコンクリートの上に体を横たわらせる。季節は十二月の終わり、体は凍りつくほどに冷たくなっていたがもうそれも慣れていた。風があまり来ず、屋根がある場所をいつも寝床にしている。
　気が付けば、空からは白い物がちらちらと降ってきていた。猫はこれがあまり好きではなかった。雪が降る日に良い思い出どころか、悪い記憶しかない。思い出したくないようなこともたくさんある。それでもこの白いものを見るだけでそれが蘇ってきてしまいそうになった。
　それが嫌だった彼は、すぐに目を瞑り、眠りに付こうとする。
　そんな時、一つの気配がした。いつもなら警戒心を張り巡らせ、こんなに近くに接近させることはないが、今の彼は空腹と眠気でそれが緩まり、反応が物凄く遅れた。気が付いた時にはすでに相手は目的を終えている。
「こんなところでどうした、おちびさん？」
　逃げる間もなく首の後ろを持ち上げられ、彼の前に連れて行かれる。
　猫はその箇所を持たれると何も出来なくなる。いくらその牙を相手に突き刺そうとも首が回らず、いくらその爪で肉を切り裂こうにもリーチが足らない。どのようにしても向こうに危害を加えることは不可能だった。
　できることはただ一つ。しきりに体を揺さぶり、掴まれている首の部分を無理矢理にでも放させる事だけ。
「こっ、こら暴れるんじゃない」
　人間がその行動に驚き、掴んでいる手の力が少しゆるんだ。
　その瞬間に体を力強く一気に捻り、束縛から抜け出す。
　地面に降り立った猫は一目散に逃げ出した。一匹で立ち向かうほど愚かではない。力は無くともスピードは彼の方が上だ。しかも、この辺は猫の庭のようなもの。道はわかっているために逃げるのは容易い。
　周りはコンクリートの壁が聳え立っているため真っ暗な一本道。他の人間と会う事はない。同属の猫とすれ違うことも無い。孤独に、現実の全てから逃げるように走る。
　いったいどのぐらいの距離を走っただろうか。気が付けば行き止まりに行き着いていた。足をかける場所の無いコンクリートが三面を囲い、昇ることはできない。いったい何を考えてこんな場所を作ったのかわからないが、こんなところに足を運ぶ者など今のこの猫ぐらいしかいないだろう。
　こんなところに来るなどかなり焦っていたに違いない。どのくらい走ったのかはわからないが、それなりの距離を走ったと思われる。きっと、さっきの人間も諦めただろう。
　いつまでもこんなところにいてもどうしようもない。さっさと元の場所に戻ろうとした時だった。
「待ってくれよ」
　またもや声と共に首の後ろをつかまれて地面から足が離れていく。足をジタバタさせるが状況はよくならない。
　今度は持ち上げられた後に人間の方に方向を変えられた。今度は、相手の顔が良く見える。
　歳の頃としては二十代後半といったところだろうか。それほど汚い格好をしているわけではないが、雰囲気でお金を持っていそうにはとても見えなかった。
「お前も一人ぼっちだろ。俺と一緒じゃないが。そんなに怖がってくれるなよ」
　少し寂しそうな言い方をするが、野良猫は人間が近づけば逃げる生き物。そうしない猫の方が珍しいというものだ。
　猫は今度も、さっきと同じ方法で暴れてみる。しかし、人間の反応は先ほどの物とは全く違うものだった。
　雪が降り、凍えてしまいそうなほど冷たくなった猫の体に暖かい感触があった。それは一部ではなく全体に広がり、心地の良いものだった。
　気が付けば猫は、男の腕の中にいた。両腕でしっかり体を包み込み、男のぬくもりが黒猫に伝わる。
　人間に嫌われ、抱かれることの無かった猫にとって初めてのぬくもりであり、心地のいいものだった。
　それと同時に、違和感が体中を走る。今までに感じたことのない居心地のよさにあわて途惑い、その場所で爪を立て、暴れた。でも、今度は体全体を覆われているために中々抜け出すことができない。
　ようやく逃げることができないとわかり暴れるのをやめた猫は、男の暖かい体に身を任せる。
「なあ、俺と一緒に来ないか？そんなに贅沢はさせてやれないがここにいるよりはマシだと思うが……」
　猫はもう、話の半分も聞いていない。空腹と眠気、走った事の疲れ、なによりも男の腕の中の心地よさに沈みかけている。
　男はもう暴れていないということは嫌がっていないことだと思い、その場から歩き出した。
　黒猫はほとんど動かない。ただ、小さい体が呼吸に上下に揺れているだけ。どうやら眠ってしまったようだ。小さな耳が大きな音にあわせてたまに動くことはあるが、それに反応して目を開けることはない。
　時間は日付けが変わった瞬間。
　生きてきた中で始めての安心を感じながら、みんなに嫌われ続けた黒猫は、人間の腕の中で今年のクリスマスを終えたのだった。; 2011/06/30(Thu)21:52:28 公開 / 上下（カミシモ）
■この作品の著作権は上下（カミシモ）さんにあります。無断転載は禁止です。; ■作者からのメッセージ
こんばんわ（？）
上下（カミシモ）と申します。
昔に違う名前でいたのですが、似たような名前の人物がいたかどうか憶えている方はおりますでしょうか（笑）
実に四年ぶりに文章を書いたために読みづらいことこのうえないと思いますが、ここを読んでくれているという事はご拝読ありがとうございました。
題名とストーリーは、ある曲をそのまんま拝借しているためわかる人はおそらくわかると思います。これって二次創作になるんですかね？; 作品の感想については、登竜門：通常版（横書き）をご利用ください。