『小鳥の事件簿T 最も簡単な密室の作り方』 ... ジャンル:ショート*2 ミステリ
作者:コーヒーCUP                

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「それしきのこと、分からないんですか」
 どう考えてもサイズを間違って買ったとしか考えられないような、無駄に大きなパジャマを着ながらソファーにうつ伏せになっていた小鳥が急にそう言った。俺と目の前の少女の会話に口を挟んできたというべきか。
 そしてさらに続ける。
「恥ずかしいです。それだけヒントがあれば、謎って呼べるものじゃないですよ。普通に考えれば幼稚園児でも分かります。まあ、あなた方にそれほどの知識や頭の回転を期待していないのでたいして驚きも呆れもしませんが、笑っちゃいますね。よくぞここまで生きてこれました、褒めてあげましょうか。僕から言わせればそんな簡単なことも分からないなんて、さぞ生きやすいでしょうね、うらやましいです、絶対にいやですけど。ああそれとちょっと離れていただけませんかね、バカがうつっちゃいます。僕が動いてもいいんですが、まあ頭の悪い方が動くのがすじってもんでしょ。ほらほら」
 ソファーの上で寝ころんで、口元に笑みを浮かべながら次々と毒舌をまき散らした小鳥は、満足したと言うようにテレビに視線を戻した。
 そんな彼女の言葉を目の前の少女、宇田川未来は肩を震えさせながら聞いている。俯いて顔は見られないが、どう考えても怒ってるのは明らかで、爆発五秒前といったところだ。
 俺としては小鳥のこの性格や毒舌には慣れているのでどうってことないのだが、彼女はやはり許せないらしい。彼女だって小鳥とは短い付き合いではないのだが、基本的に短気というのが災いしている。
 そして次の瞬間、未来ちゃんがテーブルを平手で叩き、ばんっと大きな音をたてた。五秒もたなかった。
「あんたはその口を治せないのっ!」
「やかましいんですよ、静かにしてください。静かにって意味が分かりますか。分からないならとりあえず口だけ閉じてればいいですから。それとテーブルを叩かないでくださいませんかね、一応我が家の家具ですので。ていうか、他人の家に居座っておいて叩くし怒鳴るし、あなたは恥じらいってものを知らないんですか。ああ、知りませんよ。ごめんなさい、そんなもの期待した僕が悪かったです」
「腹立つわね!」
「うるさいってんですよ、黙れ。だ、ま、れ。聞こえましたか。聞こえなかったのなら耳鼻科なり精神科なり整形外科に行ってください。どれもあなたには必要な治療です。手遅れだと思いますが」
 テーブルから離れてソファーに寄っていき、未来ちゃんが小鳥に抗議するが、彼女が一言言えば小鳥はそれを数倍にして返すので、喧嘩が増大するばかり。喧嘩というか、小鳥の独壇場だ。いつものことなので慣れているが、二人ともよく飽きないなと思う。
 ここは我が家のリビングと台所、兄妹の二人暮らしのマンションの一室なので、リビングと台所がつながっている。そして俺と未来ちゃんはさっきまで台所のテーブルで向き合いながら話していて、小鳥は黙ってテレビを見ていた。
 小鳥は実の妹であると同時に、現在俺の唯一の家族でもある。そして未来ちゃんは近所にすんでいる小鳥と同い年の十七歳の女の子。今は口げんかをしているが、毎日小鳥の様子を見に来てくれている。小鳥から言わせれば「いらない世話ですし、無駄な努力ですね。よくそんなものに労力や時間がさけるものです、考えられません。頭が弱いんでしょう」とこのことだが。
 小鳥はこの近くの有名立高校にトップ入学をした生徒であるが、今現在はただのひきこもり。学校側の配慮で籍は置いているが、いつ抹消されてもおかしくはない。未来ちゃんはこの高校の生徒ではなく、中学の時からの友人である。恐らく、小鳥にとっては唯一の。
 その大切な存在をこれだけむげに扱えるのだが、血の繋がった妹とはいえ、理解しかねる。
「そもそもね、あなたが不思議なことがあったと言って話し出したから、この僕が珍しくあなたなんかの話に聞き耳をたててあげていれば、なんてことのないただのよくあるお話で、肩すかしもいいところですよ。謝ってくださいませんかね。私は頭と要領と性格と顔が悪い女でしたって」
「少なくとも性格はあんたよりいいわよ!」
「そういう自覚がないあたりが非常に痛々しいですよ。どうして自分の性格の悪さを自覚できないんですか、病気ですか、発狂ですか、バカですか。というか僕より数倍いいってのは何の慰めになるんですか、バカですか。そして性格と頭と顔の悪さは認めるんですね、あはは、かわいそうな人ですね」
 こういう時の小鳥は非常に楽しそうで、生気で顔が輝いて見える。いつもなら暗い室内に籠もってテレビを見るか、パソコンをするかしかしないで、死んだ魚のような目をしてるので心配になるが、まだまだこういう顔ができるうちは大丈夫だろうと思っている。
 もちろん、その代償は大きい。あまりの侮辱に未来ちゃんは顔を真っ赤にして、今にも怒りで殴りかかりそうだ。そしてそんな彼女の様子が楽しくて仕方ないらしく、いやらしい笑みを浮かべ続けている。そんな彼女に未来ちゃんが何かまた言い返そうとするので、まずいと思って割って入った。
「小鳥、いい加減にしろ」
 これ以上未来ちゃんが何かを口にしても、結局彼女が傷つくだけだ。
 俺の介入に彼女たちは二人して目を輝かせた。ただ輝きの種類が違う。未来ちゃんの目にはどこか尊敬の念みたいなものがあるが、小鳥の場合は新しい獲物を見つけたという喜びがあった。
「だいたい兄貴も兄貴なんですよ。こんな救いようのないほどつまらない女を家に入れて、同じくらいつまらない話なんて聞いてやるからこんなことになるんです。学習能力ってもんがないんですか。というか、今の話を、確かに不思議だねなんて相づちうつのはやめてもらえませんか。一応は、正直虫ずが走るほど、吐き気がするほど、もう死んでやろうかと思うほど、イヤですけど、あなたは僕の血の繋がった兄なんですからそれなりの知的水準ってものを保っていてほしいですね。まあ、今更あなたにそんなことを期待しても仕方のないことですけど。一浪して二流大学に入るのがやっとなんですから」
 よくもここまですらすらと人の苛立つことばかり言えるものだと、素直に感心する。彼女と初めて対面する人間は例外なくこの毒舌に閉口して、見た目とのギャップを計りかねるというのが常だった。
 小鳥が自分でも言うように、そして未来ちゃんが否定できないように、彼女の見た目は平均より圧倒的に上だ。俺は兄だからよく分からないが、本当にすごいらしい。紹介してくれと頼まれたことも一度や二度ではない。
 ただ綺麗な花にはトゲがある。小鳥の場合はそれが鋭すぎるが。 
 ただ今は少しその見た目もかすんでいる。ひきもるようになってからは、以前凝っていたネイルアートや、ヘアースタイルのセットなど全てを放棄している。爪は悪魔的に伸びてとがっているし、髪の毛はぼさぼさで所々長さが違ってアンバランスだ。鬱陶しいから時々自分でハサミを使って切っているようだ。ただそのせいで髪の毛のバランスが完全におかしい。顔の左半分の上部、顔の四分の一は全て髪の毛で隠れている。
 まあ、これは意図的だろうが。
「分かったから、なら教えてくれよ、さっきの話の真相。分かったんだろ?」
「分かるに決まってるじゃないですか。誰だと思ってんですか、なめないでくださいよ。むしろこんなことが分からないという方が、僕から言わせれば分かりません。なにより謎です。どうやったらそんなに単細胞に生きられるんですか」
「少しはその口閉じれないの、あんたは」
 未来ちゃんの苦言を無視して、小鳥が立ち上がって台所へ向かって歩いていった。手も足もパジャマの方が長いから、素肌が顔以外見えない。パジャマの足の部分を引きずりながら歩いていく。
 そして冷蔵庫から二リットルのサイダーのペットボトルを取り出して、それをそのままラッパ飲みをし始めた。最初ははしたないからやめろと言っていたが、馬の耳に念仏なのでやめた。
「まあ、せっかくですからお話を振り返りましょうよ。さっきからあなたがたをバカにしてますけど、あなたがいくらバカでも本当に単純な問題なんですよ、さっきの話は。ほら未来、突っ立てないでさっさと話すんですよ、本当にウドの大木なんですから」
 苛立ちのせいで未来ちゃんがまた何か言い返そうとしたが、俺が「未来ちゃん、頼むよ」と言うと、落ちついてくれた。どうせ口では絶対に小鳥には勝てないんだから、単なる時間の無駄になる。
「じゃあ、もう一回ね」
「さっさとしろって言ってんですよ、大木」
「あんたはいつか、絶対に殺す!」
 そんな攻防の後、未来ちゃんがさきほど聞いた話を再度話し始める。
 ある密室の話を。

 2

「私が話を聞いたのは、会長からなんだけどね。ああ、会長っていうのは、うちの学校の生徒会長。その人、なんか実際に起きた事件のこととか調べるのが好きで、よく学校でもネットからそういう危ないサイトを見てる。で、この前、一週間くらい前だっけ……とにかく隣の県で殺人事件が起きたらしいの。別に珍しくもない事件だったからマスコミもそんなに大きく報じてないんだけど、一人の男が自分のアパートの二階で刺し殺されてたんだって。犯人はまだ捕まってないの。それで、何が不思議がっていうと、この現場、被害者の自室なんだけど、そこが密室だったんだって。
 密室。窓も、もちろん玄関の扉も全部閉まってたんですって。事件の翌日に恋人が合い鍵で部屋に入ったら、被害者が部屋の奥で刺し殺されてたの。それで通報して、警察が調べてみたら密室だったってわけ。
 言っておくけど、この恋人は犯人じゃないわよ、アリバイがあるもの。前日の夜、友達の家に遊びに行ってた。犯行時間に現場にはいれなかったはず。
 現場にはね、テーブルがあってそこに二つコップがあった。だから警察は被害者と犯人が二人であって話してる途中に口論になって、かっなって殺したってみてるみたい。
 けど犯人は今のところ見つかってないの。さあ、どう? これだけで何か分かるっていうの?
 分かるってんなら、説明してみなさいよ」

 3

 一気にまくし立てた未来ちゃんを小鳥はどこかさめた目で見つめていた。そして突然くすっと笑う。
「必死で話してるあなたの顔、少しカバに似ていましたよ」
 真剣に話してくれた友達への第一声がそれかとつっこみたくなるが、その前に未来ちゃんがまた怒鳴るので介入する暇など与えてもらえなかった。
 小鳥に対して抗議する未来ちゃんの声を、とうの彼女は聞き流す。
「まあ、おおかたのことは想像で片づけられますよね。あなたがたが分からないのは頭も悪いのも当然原因ではありますが、ちっとも想像してない証拠ですよ」
 想像力が足りないとは、小鳥がよくいう言葉だった。彼女の場合は想像力が果てしないので、一つの事象から百の可能性を見つけることも可能だろうが、一般人の俺や未来ちゃんに同じものを求められても困る。
「あなた方のその働いてない頭を動かしてくださいよ。どっちからでもいいんで、自分の考えを述べてみてください。何も思いつかないってんならそれはそれでいいですよ。その程度の人たちだってことは知ってましたから」
 サイダーを飲みながら小鳥が視線を送ってくる。残念ながら、俺には考えという考えが何も思い浮かばない。未来ちゃんの方を見ると、彼女も首をかしげて腕をくんでいる。
 俺たち二人の姿を見て小鳥がまたくすっと笑った。
「ない知恵を絞らなくて結構ですよ。すいません、あなたがたには難しい課題でしたね。じゃあ、ゆっくりと考えていきましょうか。つまるところ、この事件の最大の謎はなんですか。答えください、大木」
「だから密室でしょ。あと大木言うな」
「そうですよ。だからどうやって密室を作ったか。そこが問題です。多分マスターキーは被害者が持っていたはずですから、室内にあったでしょう。そして合い鍵は恋人が持っていて、その恋人にはアリバイがある。何かトリックを使って密室を作った場合は、警察がそれを見落とすとは考えられません。ですから僕は密室は、合い鍵、またはマスターキーによって作られたと考えます」
「警察が見落とすほどの密室を作ったかもしれないわよ」
 小鳥の意見に真っ向から未来ちゃんが異議を唱えるが、そんなものに動じる女じゃない。
「なら聞きますが、犯人がそんな凝った犯行を行うメリットは何ですか。結果論として証拠は残らなかったとしても、残るかもしれないという恐怖心を抱きながら密室を作るメリットってのはどこにあるんですか。発見を遅らせたかった? けど被害者は翌日には見つかっちゃってますよ」
「合い鍵があるなんて知らなかったかもよ」
「ほほう。けど被害者はアパートの部屋で死んでたんですよ。犯人があなたほどの無能でないかぎり、管理人が鍵を持ってることくらいは想像できると思いませんか」
 そこまで言われて未来ちゃんはうっと黙る。彼女の反論は終わったようだが、俺はまだ意見があったので口を挟む。
「部屋が開けられてしまうのは分かってただろう。しばらくの間、発見されたくなかったんじゃないのか」
「つまり、見つかるのは覚悟の上で、一秒でも発見を遅らせたかったということですか」
 頷いてみると、なるほどねぇと不適に笑われた。小鳥はサイダーを冷蔵庫をしまうと、またパジャマを引きずってお菓子のたぐいが入った箱のしまってある食器棚に向かった。
「おい、夜中だぞ」
「やかましいんですよ。空腹なんから仕方ないでしょう」
「晩飯は作ってやったぞ。食わなかったのはおまえだ」
「あなたみたいにレベルの低い男が作った料理に魅力を感じなかったもので」
 結局彼女は注意など無視して四角い紙の箱から取り出した四分の一サイズのバームクーヘンを立ちながら食べ始めた。そしてそのまましゃべり始める。
「発見を遅らせたかったという理屈ですが……ちょっと手抜きですよね。遅らせたいのなら、僕ならバラバラにしてやりますよ。それでどっかに捨てちゃいます。これで解決しません? 確実に密室より発見を遅らせますよ」
「そんな物騒な」
「バカですか。人が殺されてる時点で、物騒なんですよ。犯人にとっては人生の汚点のはずです。ですから何が何でも隠そうとするのも当然です。バラバラくらい、発想するのは自然ですよ」
「いやけど簡単に言うけどな、時間だって体力だっているぞ」
 そこで小鳥はにやっと笑ってみせた。あまりに不気味なので鳥肌がたちそうになる。
「そうです。なんですか、少しくらい頭が働くじゃないですか、安心しましたよ。そこにいる大木より分かってるみたいですね。そう、犯人は急いでいた。そしてついでに言うなら体力もなかった。ほら、だいぶ絞り込めてきたでしょ。けどね、これじゃあ犯人像を思い浮かべてるにすぎません。どうして、なんで密室ができたのか。それを想像していきましょう。今のヒントを使えば、分かるはずですよ」
 今のヒントを使えと言うことは、犯人像と密室に何か深いつながりがあるということだろう。またしばらく考えてみると、さきに未来ちゃんが答えを出してきた。
「密室は被害者が作ったんじゃないの?」
「へぇー、おもしろい推理ではありますね。続きを聞かせて下さいな」
「だってあんたの言うとおりなら犯人は密室なんて作らなくてよかったんでしょ? だったら、犯人は普通に被害者を刺して逃げたんじゃないの。その後に被害者が部屋の中から鍵を閉めれば……」
「やっぱり大木ですね。被害者は刺し殺されてんですよ。もしも室内を移動したら血痕が床に残ります。それを警察が見逃すとでもお思いですか。というか、どうして被害者は移動する元気はあったくせに、助けを呼ばなかったんですか。死にかけてんなら、まず助けを呼ぶでしょ。そしてなにより、どうして被害者が内側から鍵をかけたんですか」
 それを言われるとなにも思いつかいないらしく未来ちゃんが黙る。ただ、それを見逃すほど目の前の女は甘くない。にやりと嫌らしい笑みを浮かべ、まだ続ける。
「考えられるとすれば、加害者を庇うというのがありますね。けどそれならなお誰か呼びます。呼んで、自分を刺したのは知らない奴だったとかいって、嘘の証言をします。そうした方がいいじゃないですか。あと密室を作ったというのなら、もしかしたら加害者の再侵入をふせぐというのも考えられますね。けど、だからといって窓まで閉めますかね、二階ですよ。ああ喋りすぎましたね。いくらあなたの頭がすっからかんでも、こんな当たり前のことまで思いつかないわけありませんね、すいません。これが思いつかないなんて、脳みそ腐ってる奴だけですよ。死んだらいい。それでそれで、未来、あなたは何を考えついたんですか?」
「なら、自殺っていう考えはどうだ?」
 あまりにも未来ちゃんがかわいそうなので、矛先を変えるために適当に発言してみると、小鳥は餌に食いついてくれた。こういうところは単純で非常に取り扱いやすい。
「非常に安直で誰にでも思いつきそうな考えではありますが、検討しないわけにはいきませんね。自殺ということは被害者は部屋を閉め切り、まるで誰かとお茶を飲んでいたと思わせるための用意をして、部屋の奥で自分を刺した。こういうことになりますね。では兄貴、これによるメリットは何ですか」
 思いつきなのでメリットなどあるはずもないのだが、とにかく喋る他ないわけで、思いつきに思いつきを重ねていくことにした。
「そうだな。誰に殺人という罪を着せたかったんじゃないのか」
「……本気で言ってるのなら、その頭、一回取り外すことをおすすめします。いくらなんでもそんなことありえません。ありえると考えること自体、ありえません。あなたごときに期待してしまった僕がバカだったんですか、もちろんバカって言っても、あなた方程じゃないですよ。あなた方はバカのスペシャリストでいらっしゃるみたいですから」
 お菓子の箱を棚にしまいながら、ため息をつく小鳥に反論できずにいたが、俺の代わりに未来ちゃんが声をあげてくれた。
「けど、可能性としてはありえなくもないでしょ。相手の人生を破綻させるために、殺人の濡れ衣を着せるっていうのは、極端な発想かもしれないけど考えられ――」
「お馬鹿さん、落ち着いて物事を考えることもできないんですか。もしもそんな発想をする変人がいたとしても、その殺人をされる被害者に自身がなったりはしないでしょう。なったらその犯人にしたてあげる奴が捕まる姿も見られませんよ。意味側が分からないでしょう」
 小鳥が否定してくれたことで別の可能性に気がついたので、おいと割って入る。
「被害者は死ぬつもりはなかったんじゃないか。つまり誰かに刺されたと、偽証するつもりだったんだ。それで自分を刺した。だけど、計算ミスで本当に死んでしまったっていうのは」
「驚くほどバカな人が世にいるものですね。私がその人なら死ぬ間際にダイイングメッセージでも残しますけどね、そうしたら自分は死んでも目的は果たせるかもしれないわけですから。まあ、そこまで機転がきかなくても、自分が死ぬかどうかのさじ加減も出来ない奴がいますかねえ。いたとしても、あなた方の話には容疑者になり得る人物がいないんですよ。被害者が罪をなすりつけたかったという人物がまるで見えてこない。その上最も重要なことが抜けています。どうして被害者は密室を作ったんですか。これがちっとも分かりません」
 そこを指摘されて未来ちゃんと二人、あっと声をあげてしまった。一番重要なところを指摘されるまで完全に忘れてしまっていたのだから、バカにされても反論も出来ない。
「じゃあ……一体、どういうことなのよぉ」
 未来ちゃんがもう考えるのが嫌になったらしく、弱気な声をあげた。それを見て小鳥はため息を吐いた。
「それを考えろっつてんですけど、もういいです。時間の無駄みたいですね」
 パジャマを引きずりながら歩き、さっきのソファーにどんと偉そうに腰を下ろした小鳥は、目の前にあったテレビの電源を消すと、パチンッと指を鳴らした。
「では、想像力に身を預けてみましょうか」

「今回の事件、犯人像はさきほど浮かべた通り。体力が無く、急いでいた人です。そして最大の謎は密室。どうして犯人はそんなものを作ったのか。さてお二方、何かご意見はありませんかね」
「意見って……さっきさんざん言ったじゃん」
「あんなのを意見とは言いません。戯言、ないしは妄言です。まあいいです。さて、僕が注目すべきだと思うのは、被害者が死んでた場所なんですよ。部屋の奥で刺し殺されたということですが、おかしくありませんか」
「どこがよ?」
「部屋の中でお茶を飲んで、口論になっていざこざが怒り、殺した。こういうストーリーは確かに単純ですが、おかしな矛盾を生んじゃいませんか。僕が被害者ならね、もし口論になって刺し殺されそうになったら、部屋の奥なんかに行きません。玄関の方に走って逃げます。そうしませんか、普通」
 同意を求められて、初めてそうかもしれないと思った。ちょっと想像してみる。俺が被害者で、目の前でお茶を飲みながら何者かと話している。あることで口論となり、相手が怒って刃物を持ち出してきた。驚いた俺はどうするだろう。まず、落ち着けなどと声をかけるだろうが、相手は収まらない。
 なら、確かに逃げる。部屋の奥には、行かない。なんせアパートの二階だ。自分から逃げ道のないところへ行かないだろう。小鳥の言うとおり、玄関の方へと逃げる。
「どうやら異論はないようですね。まず死に場所がおかしいんで、これを片付けますか。さきほどから相手と口論になって殺されたとは言ってますが、刃物はどこから持って来たんでしょうね。最初から用意してたんでしょうか」
 さきほどの想像をまた頭に思い浮かべる。目の前に座っていた人物が刃物をどう取り出すか。きっとカバンか何かに隠していたに違いない。けど、待てよ……。
「口論の最中に相手が何かをいじりだしたら、何をするつもりだって言いませんかね。なら言います。そして目の前に急に刃物を出されたら、有無を言わずにダッシュですよ。思うに、目の前にいた人物に被害者を殺害する機会はなかったように思えます。では誰が被害者を殺したのか、そういう話しになりますね。個人名までは分かりませんけど。けど想像はできます。さっきの犯人像を使います。時間と体力がなかった人。時間がないというのは誰にでも当てはまりますよね。誰だって殺害現場から早く立ち去りたいと思うものです。ですから、体力がなかった人と想像します。最初に思い浮かべるのは、女ですよ」
 そこで未来ちゃんがはんっと鼻で笑った。
「あんたまさから第一発見者、被害者の恋人のこと言ってるの。なら考え直しなさいよ。彼女にはアリバイがあるわ。友人の家にいたっていう」
 ようやく小鳥の揚げ足をとった未来ちゃんが鼻息を荒くするが、小鳥はそんな彼女を一瞥しただけで、何も言わなかった。ところで兄貴、と完全に無視さえした。
「さっきの話し。被害者が部屋の奥にいた件ですけど、何か想像できましたか」
「いや何も」
「あらそうですか。簡単なんですけどね。玄関に逃げずに部屋の奥に行ったのは、そんな難しい問題ですか。玄関が封鎖されていれば、誰だってそうすると思いますが」
「封鎖された痕跡や、それを考えさせる手がかりはないぞ」
「ありますよ。いえ、想像できると言った方が正しいですね。だって封鎖というか、もっと単純に言うと、犯人が玄関から入って来たんじゃないですか?」
 小鳥の推理におれと未来ちゃんはえっ声をあげて、顔を見合わせた。
「驚くことですかね。だって玄関から刃物を持った人間が入ってくれば、部屋の奥に逃げますよ。けど逃げ道はないわけですから、結局刺し殺されます。不思議なことは一つとしてありません」
「あるわよ! 目の前にいた人は何をしてたっていうの? 黙って殺されるのを見てたわけ?」
「いいえ。黙って見てるわけないでしょう。被害者が窓から逃げないように、鍵を閉めたんですよ。――おわかりいだけますか、これは共犯です。犯人は二人います。そして一人は恋人。そしてもう一人は、その友人です」

「ば、バカじゃないの!? そんな安物の推理小説じゃあるまいし!」
未来ちゃんはイスから立ち上がってソファーでふんぞりかえる小鳥に抗議するが、聞き入れられるはずもない。
「何を言ってるんですか、大木。ならこれ以外に答えがあるっていうんですか。あるなら提示してみてくださいよ。ほら早く。あるはずないですよ。これ以外、ないはずです。何が気に入らないんですか。確かに安物の推理小説めいていますが、安物の推理小説が悪いというわけではないでしょう。
 ですから多分、恋人と被害者が部屋の中でお茶を飲みながら話していたんです。議題は何でしょうかね。被害者の浮気とかそんなところでしょうか。そして浮気相手というのがその友達。おそらく女二人は結託して、彼の真意を確かめようとしたんです。計画はこうです。まず被害者と恋人が部屋の中で話しをする。そして友人、どちらをとるのかと迫る。もちろん、その会話を外で友人も聞いているわけです。そして恋人は外に聞こえるように声を大きくするなり、電話を使うなりしたでしょう。
 そして被害者が言ったんですよ。恋人をとる、と。もちろん外で待機していた女は我慢なりませんから、部屋に入ってあらかじめ用意してあった刃物で殺します。恋人とも一度浮気して、しかもその相手に友人を選ぶような男に未練はなく、むしろ腹を立てていたので協力した。
 まあ、こんなところです。けどこれは想像力を働かせすぎ。こんなの、最初にあなたが言った問題文の中からは想像できません。ヒントがありませんから。けど、あの問題文の中からちゃんと恋人と友人が犯人だと指摘できたしょう」
「そりゃそうかもしれないけど……」
 確かにあの問題文の中からは小鳥の解答が唯一の真実にみえる。他の答えは見当たらないし、彼女の解答を否定する材料もない。恋人なら部屋の中でゆっくり話していられた。そして友人と結託すれば、アリバイ工作はできる。
 いやけど待て。
「密室はどうなるんだ、小鳥」
 そう、彼女は一番肝心だと言っていた密室の謎が解かれていない。
 しかし俺の一言に小鳥は目を丸くした後、今日一番のため息をついた。そして、情けないと呟く。そんな小鳥の様子をおれと未来ちゃんは不思議そうに眺めていた。何が情けないのか、ちっとも分からない。
「僕は今、恋人が犯人だと論証したつもりですが」
「え、まあ、それは分かったよ。だから密室を……」
「密室といいますけどね……それって第一発見者の女が、鍵がかかっていたって証言しているから密室になるんですよね?」
「ああ」
「けど、その女は犯人なわけです。兄貴、犯人の証言を鵜吞みしますか」
 そんなわけないだろうと言い返しそうになったところで、口が固まった。小鳥が何を言いたいのか、ようやく分かったから。そして数秒遅れで未来ちゃんが「嘘……」と呟いてる。
「そうですよ。やっと気づきました。密室なんて偽証です。そんなものは最初から無かった。女が吐いた狂言だった。これが、密室の正体です。密室は嘘だった。彼女はたった一言で、密室を作り上げたんです」

「そんなのルール違反よ!」
 またしても未来ちゃんが抗議するが、小鳥は同じ反応だ。
「何がルール違反なんですか。ルールって何ですか。意味が分かりませんよ。というかね、第一発見者の証言をそのまま鵜吞みするなんてバカの極みでしょう。真っ先に疑ってかかるべき人物じゃないですか。どうしてそんな奴の証言をバカ正直に信じるんですか。
 さっき出ましたけど、例えこれが安物の推理小説でも同じですよ。推理小説っていうのは読者を騙そうと作者が脳みそのない頭を何とか動かして、必死こいて嘘を吐くんです。その嘘というのが、物語内の事件ですよ。だから読者は事件を疑ってかかるでしょう。登場人物を疑うでしょう。だから、密室でしたという証言も疑って当たり前です」
「そりゃ、そうかもしれないけど……」
「というかこれが本当に推理小説なら、あの短い問題文の中には疑わしい人物は一人しか出てきません。恋人のみです。普通、そいつだと決めてかかるでしょう。ようはその人物がどうやって事件を起こしたか、それだけです。そしてそれは十分に想像可能でした」
 そこまで話したところ、喉が渇きましたと言ってまた立ち上がってパジャマを引きずりながら冷蔵庫へ向かう。その短い道中も小鳥はさえずり続けた。
「密室証言は恐らく、事件を複雑化するためについた嘘でしょうね。つまりさっきからあなた方がやっていたことですよ。事件を考え、どうして密室が出来たのか、どうやって出来たのか、それを考えさせると思考というのは定まりません。けど密室なんてない、恋人が嘘を吐いてると考えれば、事件はすごく簡単になりますよね」
 小鳥は冷蔵庫からサイダーを取り出すと、またラッパ飲みをした。唇から僅かにサイダーが溢れ、彼女の顎から垂れていき、パジャマを濡らすが当人は全く気にする様子はなかった。
「……つまりあれか、お前は俺等に無駄に密室の謎を考えさせて遊んでたわけだ」
 小鳥の結論が真実ならそういうことだろう。だから彼女はあんなに執拗に密室に拘ったわけだ。それが重要だからではなく、それが全くの無駄になるから。長い長い談義は、全て彼女の暇つぶしだったわけだ。
 サイダーを飲み終えて、蓋をしながら小鳥はこちらをちらっと見、この上ない笑顔を浮かべて言い放った。
「僕の性格の悪さくらい知ってんでしょ。騙されたお前等が悪いんだよ、バァーカ」

 4

 未来ちゃんが怒りを爆発させて小鳥に一方的に罵声を浴びせて帰った後、室内にはいつも通り、俺と小鳥が離れた場所で座っていた。悲しいことに、俺は小鳥の暇つぶしに腹を立ててはいなかった、単純になれてしまっているのだと思う。
 そして小鳥もそんな俺のつまらない反応に期待することもなく、ソファーで寝転びながらテレビを見ている。彼女曰く、どうしてこんなにくだらないものが受け入れられるのか理解出来ないというテレビ番組がかかっているので、多分見ているのではなく、心の中で散々毒舌を吐いているのだろう。
 さっき一応お前の推理を警察に話した方がいいんじゃないのかと言ったが、そんなことはするなと言われた。警察がこのとこに気づいていないはずはなく、多分今は確実に捜査を進めていて、逮捕も時間の問題のはずだからと。
 もとより、俺は事件などどうでもよかったので、彼女がそういう意見なら反論はしない。
「明日は学校行くのか」
「……毎晩毎晩、同じこと聞きますね。学習能力のなさに呆れてしまいますよ。行きません。これ、明日も一週間後も変わらないと思うので、メモにして貼っておいてくれません。あなたが忘れないように」
 質問が鬱陶しかったのか、彼女はテレビを消して隣の部屋、彼女の自室に戻ろうと立ち上がった。なるべく彼女の部屋には入らないと決めているので、彼女の返事には文句を言わず、気になってることだけを質問した。
「犯人が二人組なら、バラバラにできたんじゃないのか」
 その質問に小鳥は動きを止めて、俺を真っ直ぐ見つめた。そして冷笑を浮かべる。
「兄貴、僕が一番嫌いなものって何か知ってるよね」
「……人間、だろ」
 彼女は何かあるたびそう口にしている。僕は人間が嫌いだと。だから学校にも行かず、家に籠もり、数少ない友人の未来ちゃんにもあんなにきつくあたる。もちろん、身内の俺でさえ例外ではない。
「兄貴の質問、僕も考えたけどね……くだらない、矛盾した解答しか出てこなかったよ。本当にくだらない理由だ。これが真相だったなら、僕は笑い転げて死んでやるね」
 彼女は自室の扉を開けると、体を半分だけ入れてこちらを振り返った。
「例え憎くても、それで殺しても、一度愛した男をバラバラにはできなかった。……こんなの想像だよ。虫唾が走るほど、くだらなくて無価値で、矛盾している想像だけどね」
 それだけ言って彼女へ部屋の中へと消えた。
 静かになったのが嫌だったので彼女が消したテレビをつけて、報道番組をかけると、とある殺人事件の犯人が逮捕されたと報道されていた。
 恋人を殺したと自供しているらしい。

2011/06/10(Fri)02:18:28 公開 / コーヒーCUP
■この作品の著作権はコーヒーCUPさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
 初めまして、あるいはこんにちは、コーヒーCUPです。
 さて、三つほど目的がある短編でした。一つは、この小鳥というキャラクターを作って長編の構想を練っているのですが、このキャラクターを自分がちゃんと扱えるのかという実験。もう一つは、短い問題の中からどれだけ推理を広げられるかという実験で、これは米澤穂信『遠回りする雛』という本に入っている「心当たりのあるものは」という作品に刺激を受けてやってみたかったのです(その作品ではある一言から推理を広げていきます)。最後の一つは端的に「嘘を吐きたかった」というのがあります。正確には「ミステリにおける嘘はどこまで許されるのか」という実験。
 以上三つの目的が合わさってできたのがこの短編です。地の文が少なく、ほとんど会話文で推理なので、もしかしたら苦しかったという人もいるかもしれません。すいませんね。
 できれば小鳥というキャラクターについての感想が欲しいです。個人的にはもっと毒舌の方がいいかなと思っております。あともしも小鳥の発言で気分を害された方がいらしゃったらすいません。けど、作中に出てくる毒舌は全て登場人物に向けられた言葉ですので、お気になさらないでください。
 事件簿Tとしていますが、Uがあるかどうかは知りません。
 では、お読みいただき、ありがとうございました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。