『真実は小説よりも奇なり気のまま(完)【輪舞曲】』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:鋏屋                

     あらすじ・作品紹介
【輪舞曲】出品作品です。一人のシナリオクリエイターの挫折と再生のお話です。このお話は私の書いた『かみすごろく』とリンクしてます。少々実験的な要素を含んでますので、出来ればそちらを読んだあとに読んで下さるとより楽しめる…… かな? いや、どうだろう…… 小説を書くことが何よりも楽しく、読んでくれる人が居ることが何より嬉しいと感じる全ての書き手さんに光りあれと願いますw

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「あ…… それ、ロン……」
 俺は寝不足で悲鳴を上げる脳に鞭を打ちながら、雀卓に並んだ牌を眺めつつそう呟くように言った。
「あ、ああ…… ロンね、ふあぁぁ……」
 俺のロンにただ一人反応した俺の前に座る宮木がそう言いながら大きな欠伸をする。左右に座る残りの2人はいずれも雀牌を掴んだ状態のまま船を漕いでいる。俺は「ごほっ」と咳をしたにもかかわらずセブンスターをくわえて火を付けた。
「止めるか、そろそろ……」
 牌を崩しながら宮木が俺にそう言う。俺はセブンスターの煙を肺に入れ、再び咳き込みながら涙が滲む目をヤツに向けた。
「流石に…… ごほっ、俺もキツイや」
 むせりながらも必死にヤニの煙を吸い込み、俺は宮木にそう言って仰向けにひっくり返り天井を見上げた。吐き出された紫煙がゆっくりと天井に登っていく様を眺める。天井から少し下がった位置には、吐き出された紫煙がまるで雲のように層になって漂っていた。 流しの換気扇は昨日の朝から全開の連続運転中なのだが、その効果を体感できるほどの能力を発揮できてはいないようだ。もっとも、むさ苦しい男4人が思い思いに吐き出した煙の量は凄まじく、キャパシティオーバーな喚起量を要求していることは明かであり、そんな状態でも健気に羽を回す換気扇に、一抹の哀愁めいた物を感じている自分があった。
「27時間と34分…… 我ながら良くやったよ、ホント」
 そんな言葉を残し、宮木も仰向けに倒れた。そして「あれ? 煙草どこやったな……」と呟きながらガサゴソと当たりを探す気配がした。俺はそんな宮木に「頼むから火ぃ付けたまま寝るなよ〜」と声を掛けると「うぃ〜」と了解の合図が返ってきた。
 27時間…… 宮木の言葉じゃないが、本当、我ながら良くやったもんだ。俺はそう考えながらセブンスターの灰を、手元にある発泡酒の空き缶に落としつつ苦笑した。
 俺達は大学のゲーム研究会に所属する仲間で、抗議がないことを良いことに昨日の朝から4人打ち麻雀に没頭していた。俺の正面に居るのが宮木、右手で牌に顔を埋めてるのが柳、左で雀牌を握りフリーズしてるのが1年後輩の拝島だ。因みに拝島は殆ど俺達3人のパシリと化してるが、本人は同級生の友達より俺等と連んでいる事が好きなようで、研究会以外でもこうして一緒に暇を潰していた。
「ふぁぁぁぁ…… さって、俺も少し寝るかな……」
 と欠伸と同時に呟いた瞬間、仰向けに横たわった俺の頭の上の方から、来訪者を告げる玄関のチャイムが鳴った。俺はとりあえずスルーすることにした。
 しかし再びチャイムが鳴り、「佐々木沢さ〜ん、お届け物で〜す」と声が掛かった。俺は「お〜い、拝島」と声を掛けたが拝島からの返事は無い。座ったまま完全に爆睡しているようだ。俺は仕方なくくわえた煙草を缶の上でもみ消した後、玄関に向かった。
 ドアを開けるとまだ肌寒い空気の中、横縞の半袖姿の宅配員が「どうも、ハンコかサイン、お願いします」と段ボールを持ちながら頭を下げ、伝票を差し出した。俺がその伝票に受け取ったボールペンでサインをすると、その宅配員は「どうも〜」と愛想笑いをしながら去っていった。俺は受け取った段ボールを手に持ったまま再び今に戻って麻雀牌が散乱したテーブルの上に段ボールを置いた。
「何だよそれ?」
 その段ボールを見ながら、宮木が眠そうな声で俺に聞いてきた。俺は「さあ? なんだべ」と返しながら段ボールに貼り付けられた伝票の依頼主の欄に目を通した。
「ガブリエル商会? 聞いたことねぇな……」
 俺の問いに宮木が「ふざけた名前だね〜」と感想を漏らしながらのっそりと起きあがった。高校時代は柔道部に在籍していたらしく、がたいの大きいその姿は、冬眠から冷めたクマのようだった。
「俺ちょっとのど乾いた」
 俺はそう宮木に告げ、流しに向かった。すると「なあ小次郎、開けても良いか?」と宮木が言うので「ああ、開けちゃってくれ」と返し、冷蔵庫からウーロン茶のペットボトルを取り出し納得のいくまで飲んだ。
「カミスゴロク…… なんだこれ?」
 宮木のその言葉に、冷蔵庫の扉を閉める俺の手が止まった。その言葉が俺の記憶の中を一筋の稲妻となって走り、痛みにも似た感情が心臓に爪を突き立てる。
 思えば昨日から今朝まで、記憶の中に芽生えていた奇妙な既視感が今の言葉でハッキリと形になって俺の頭に浮かび上がっていく。
「な、なあ、今なんつった……?」
 ウーロン茶で潤ったはずの喉が、色のない声そんな言葉を吐き出した。思えば条件が揃っている。同期の3人と後輩1人を交えたトライアル4人打ち麻雀。もう止めようとしたときに響く玄関のチャイム。そして届けられたすごろくゲーム……
 ガブリエル商会…… 微妙に違うが、同じ四大天使から取った名前。そんな馬鹿なと壊れたレコーダーのように繰り返す脳内の意識に揺られながら、俺はよろけるようにして雀卓に戻って宮木が持つその箱のパッケージを見た。パッケージには悪魔と天使の格好した萌え系の女の子2人が描かれたイラストが描かれ、その中央にカタカナで『カミスゴロク』としっかり書かれていた。俺の記憶では、たしかゲームタイトルはひらがな表記のはずだったが、その内容は俺を戦慄させるに充分な内容だ。
「そんな…… 馬鹿な?」
 思わずそんな言葉が口から漏れ、俺は宮木から奪うようにしてそれを手に取り箱を開けた。折り畳まれたすごろくボードと想像より薄っぺらい説明書、そしてペットボトルの蓋に接着剤か何かで固定された小さなアニメフィギアが4体。それに続いて、コロリ転がり出て、散乱し麻雀牌に混じった翡翠色のダイス……
 微妙に違うが、その内容は俺の脳内にある事象と気味が悪いほど酷似している。その散らばったアイテムに吐き気のような戦慄が這い上がってくるのを自覚して、俺は目眩を憶えた。
 あり得ない……
 もう一度そんな否定の言葉を脳内に反響させ固まる俺を怪訝な表情で見る宮木が、首を捻りながらすごろくボードを広げた。
「なんか素人っぽさ満載だな」
 確かにそのボードは宮木の言うとおり作りが少々雑だったが、内容を『知っている』俺から言わせれば、背筋が寒くなるほど良くできていると感じる。
「えっと…… 『地域の人とスキンシップ♪ ダイスを振って出た目が偶数だったらお巡りさんを、奇数だったらヤクザ屋さんにチョップ一発』わははっ! なんだコレ、どっちも罰ゲームじゃん!」
 そんな宮木の笑い声が、俺の鼓動をさらに早くさせる。戦慄の内容だった。それは1マス目の指示であることを俺は『知ってる』。なぜなら……
「6マス目…… な、なあ宮木、6マス目は、なんて書いてある?」
 俺の問いに、宮木が「6マス目? えっとな……」と返しながらボードに目を寄せた。俺はそれを見たくなかったからだった。
「『リエルちゃんとしっぽりムフフ♪』…… なんだコレ? リエル…… もしかして『ガブリエル』のリエルって意味? でもどういう内容の指示なんだ?」
 やはり…… 同じ内容だが、微妙に違うところにコレを送りつけてきたヤツの悪意を感じる。間違いない、コレを送りつけてきた人間はアレを読み、ワザと微妙に変えて作る事で俺にその事を印象づけようとしている。
 そう考えた瞬間、再び玄関のチャイムが鳴った。俺は思わず「ひぃっ!」と短い悲鳴を漏らし、ゆっくりと玄関を見た。
「……おい小次郎、誰か来たみたいだぜ?」
 そんな宮木の声を聞きながら俺は「あ、ああ」と掠れた声で返し玄関に歩いて行った。
 まさか……
 俺の脳裏に『ある事柄』がよぎる。この後、俺の記憶では現れる人物が決まっている。だがまだ『ゲーム』は始まっていないはずだ。俺はドアノブに手を掛け、ドアのスコープから表を覗いた。魚眼レンズ特有の歪みを伴いながら、外の風景が映っている。そこには歪みに沿って歪んだ女の顔が見えた。
 年の頃は20代前後、派手な格好をしたいかにも『そっち系』な女の子だ。
「どちら様?」
 俺がそう声を掛けると「『エンジェル・キッス』から来たリエルです〜」と返ってきた。俺はノブを回してドアを開けた。
「お待たせ〜 今日は利用してくれてありがとう。ウチの店のシステムはご存じ?」
 その女の子はそう言って下半身に意識が集中しそうな笑顔と臭いを発しながらそう言った。
「いや、あ、あのこれは……」
「とりあえずチェンジは2回までね。でも今日は女の子が少ないからリエルが嫌ならちょっと時間掛かっちゃうかも…… リエルでOKなら前金で1万円で、残りは終わってから。シャワーは使わせて貰うけど基本的に無償ね。ホテル代は自宅なので関係ナッシング♪ 基本40分で延長は10分単位。オプションのオモチャは依頼されてないけど一応持ってきてるからその気になったら言ってね。はいこれ、オプションと延長時の料金表」
 そう言ってそのリエルは1枚のコピー用紙を差し出した。
「いや、ちょっと……」
 と言いかける俺を制してリエルはさらに話を続ける。
「あ、ゴメン、マットの項目は消しておいて。今日は持ってこなかったから。基本的に口、胸、素またオンリーで『本番』無しだけど……」
 リエルはそう言って俺の姿を上から一通り眺めた後、俺の目を見つめて微笑んだ。
「あなたなら、いくらか乗せてくれたらしても良いよ♪」
 そう言って俺の腕に自分の腕を絡ませて来た。俺はゴクリと生唾を飲んだが、すんでの所でその腕を引き剥がした。
「すみません、俺、頼んだ憶え全然無いんで、何かの間違いだと思います」
 そう言ってそのリエルをぐいっと外に押し出した。ノエルは「ええ? ちょっと待ってよぉ〜」と口を尖らせて言った。俺は「たぶんイタズラです」と言いながらドアを閉め鍵を掛けた。すると「ちょっと何よ〜っ! コッチは来るだけで経費使ってんのよ馬鹿!」と今までの甘い声から一転した声で文句を言った。その後何度かドアを叩き、最後に「ヘタレインポ野郎っ!!」と口汚く罵った瞬間、ドアがドンッと鳴った。恐らくけっ飛ばしたと思われるが、それを最後に靴音を響かせながら去っていったようだった。
 俺が今に戻ると拝島と柳も今の騒ぎで起きたようで、寝不足で赤くなった目を俺に向けていた。
「小次郎、お前デリヘル呼んだの?」
 と宮木が俺に聞いてきた。すると柳が「マジかよっ!?」とうわずった声を上げた。拝島も「マジですか先輩!?」と俺に聞いてきた。
「違うよ、俺は頼んでない」
「俺達が居てできないんならちょっと外へ出てようか? それとも順番でやる?」
 宮木がそう提案するが、俺は「アホか」と返して座り、問題のすごろく盤を手に取った。
 まさかこんな事まで用意してるとは…… くそっ!
 俺は心の中でそう吐き捨てた。
「今のデリヘル譲、リエルって名乗ってやがった……」
 俺がそう言うと宮木が「リエル…… あれ? ちょっと待てよオイ!」と言いながら俺の顔を見た。
「ああ、そうだよ宮木。このすごろくに出てくる『リエルちゃんとしっぽりムフフ♪』ってのはつまりそう言うことだ」
 俺がそう答えると左にいた拝島が「どういうことっすか?」と首を傾げた。柳も良くわかってない。まあ無理もない、今起きたばかりだろうしな。かといって宮木でさえ、この状況を理解してはいないだろう。俺でさえ正確なところを理解しているとは言い難いのだから……
「カミスゴロク…… オリジナルはひらがなで書かれてるんだが、意味は言葉通り、『神すごろく』つまり神様のすごろくってことだ。プレイヤーはダイスを振り、本来のすごろくと同じように出た目の数だけ駒を進ませ、止まったマスに書かれたことを忠実に実行する。若しくは書かれたことが現実に起こるつー魔法のすごろくなんだ」
 俺は3人に俺が知っている限りの事を説明した。
「一度始めてしまったら最後までやり抜かないといけないし、このすごろくの指示に従わないとそのプレイヤーは破滅する。ゲームが何らかの不可抗力で途中で無しになる、例えばボードをひっくり返したりしても結果は同じ、ゲームエンド。プレイヤーは4人とも死ぬ……」
 俺の説明に、他の3人はぽかんとした顔で俺を見つめていた。まあ無理もないが……
「小次郎、お前いつからそんな電波になったんだ?」
「先輩、マジで大丈夫っすか?」
「なあ、悪いことは言わん。病院に行って来い、今すぐだ」
 若干の好奇と哀れみが混じった痛い目で俺を見ながら思い思いのことを言う3人。判ってる、お前等の言いたいことは良くわかる。だが、最後まで俺の話を聞け。
「勿論、そんなゲームが現実に存在するわけはない。コレは全てあるお話の中の設定なんだ。だが、俺がこのすごろくを無視できない理由は別にある」
 俺はそう言って立ち上がり、窓際のパソコンの前に座ると電源を入れた。最新のクワッド型のCPUで組み直したばかりの愛機は、低いドライブランの音を響かせながら、ストレスの感じない機動スピードで立ち上がり、OSのメイン画面へと俺を導いた。
 俺はマウスを操作しインターネットに繋げ、続いて『お気に入り』のサイトリストから『小説投稿掲示板、羅生門』と書かれた名前をクリックしHPのメイン画面から最新投稿の小説がある板に飛んだ。
 他の3人も首を傾げながらパソコン画面を覗き込んでいる。
 画面ではここ数週間に投稿された最新小説のタイトルが並んでおり、その中から俺はある小説のタイトルを選び、再びマウスをクリックした。その小説のタイトルは…… 『かみすごろく』とあった。
「かみすごろく…… これって……」
 拝島がそう呟いた。俺は画面を見つめながら頷いた。
「ああ、そうだよ拝島。この『かみすごろく』の作者、『紙切り虫』とは俺なんだよ。つまりこの『かみすごろく』は俺の小説に出てくるすごろくゲームなんだ」
 そう、この小説を書いたのは俺自身だ。俺が書いた小説の中に登場するこのゲームが、俺の部屋に送られてきた。それも俺が書いた小説のストーリーと極めてよく似た状況でだ。
 現実の状況は若干違う物の、その状況がとてもオリジナルに似てるのは読んで貰えば良くわかるだろう。俺がさっきコレが届いた瞬間に味わった既視感と、このすごろくを無視できない理由がこれだった。
「小次郎、お前小説なんか書いていたんだ? へぇ〜」
 と宮木が呟く。と、そこに柳が口を挟んだ。
「でも2年前のウチの会が出展した『暁のレギン』、シナリオ結構評価良かったじゃん。あれ小次郎が書いたんだよな」
 それは2年前の秋、俺達の研究会が毎年作品を出品してるアマチュアゲーム発表会で、俺達が出した作品がシナリオ賞を取ったときのことだった。その時シナリオを担当したのが俺だったのだ。
「先輩ってこういうことやってシナリオのテク磨いてたんっすね。俺今ちょっと尊敬しそうッス」
「今なら抱かれても良い…… てか?」
 と拝島の言葉に気持ちの悪いツッコミをする宮木。馬鹿なこと言うな、てか拝島、お前少し離れろっ!!
「ああ、なるほど…… 確かにこの話しよく似てるわ…… ていうかコレ、どう考えても俺達をモデルにしてないか?」
 画面に映し出された文章を読みながら柳がそう感想を漏らしつつ、痛いところにツッコミを入れてきた。だから見せたくなかったんだよ……
「その事は勝手に使って悪い…… だが今問題はそこじゃない。なあ、似てるだろう? このすごろくを送りつけてきたヤツはコレを絶対読んでいる奴だ。あんなデリヘル譲まで用意してる手の込みようで正直気味が悪い」
「でも先輩、先輩のこの『紙切り虫』ってペンネームッスよね? どこかで本名書かないとダメなサイトなんですかここ?」
 と拝島が聞いてきた。そうなんだよ、お前良くわかってるね。
「いや、そんな利用規則は無い。俺が『紙切り虫』というのは俺以外知らないはずだ。俺が他の書き手を知らないのと同じ、全員ペンネームのみでどこに住んでるかも知らないし、本名や年齢すら知らない。知りようがないハズなんだ」
 俺は拝島の問いにそう答えた。
「とすると…… 送ってきたヤツは、なんでお前だってわかったんかな……? なるほど、こりゃ確かに気味が悪いわ」
 宮木がそう言って笑った。いや、お前そこ笑う所じゃ無いだろ!
「だが、心当たりが全くないわけではない。と言ってもどうやって俺を特定したのかって疑問はさっぱり見当が付かないが…… 『コイツならやってもおかしくない』と思える奴が一人居る」
 俺がそう言うと、3人は俺を見つめた。
「誰だよ?」
 と柳が3人を代表してそう言った。俺は再び画面に視線を戻してマウスを操作しスクロールした。そして一番下に配置された『感想欄』の部分を表示した。
 この感想欄はこの小説に感想を付ける為に設置されたコメントスペースで、羅生門ではこの小説を読んだ読者が自由に感想を付けることが出来るのだった。そうして最後に面白かった作品には評価を付けるポイント製を採用していた。俺のこの『かみすごろく』には数人の読者から感想が入っていたが、俺はそのうち『わ・メーテル』というハンドルネームの読者が書いた感想の項目を表示させた。
「コイツだ……」
 3人はその画面を食い入るように見つめた。感想内容はこんな感じだった。

御作読ませて頂きました。
が、読んで後悔しました。こんな駄作をこういった場所に載せようとするあなたの考えが判りません。
とゆーか、センスがないと言うことを自覚なさっていますか?
内容も内容ですが、私が許せないのは最後のオチの部分です。
コレは完全にお話を投げていますね?
途中で物語を放り投げる…… 作者として最低の行為です。
あなたはもうここで小説を書くべきではない。
あ、そんな顔を真っ赤にして怒らずに
本当のことしか書かない私ですので
あしからず……

 その文面、思い出しても腹が立つ。久しぶりに毒を吐いた感想に腸が煮えくりかえった2週間前の夜を思い出した。その後俺はコイツへのレスを憎悪の心で最大限の皮肉を籠めて返したのだが、相手は涼しげな言葉でその皮肉のレスに対する答えを返し、俺の神経を逆撫でし続けた。

ほう…… リアリティがないのはあり得ない事を書いているからだと仰る
まったく、話になりませんね
リアリティを持たせる事が出来るか否かは、作者であるあなたの仕事だというのに……
判りましたよ。ならばリアルなら書けるでしょうね?
現実は小説よりも奇なりと言います。あなたが本当にそれでこの作品をリアリティのある、面白い作品に出来るとっしゃるなら、やって見せてください
それでは……

「コレがコイツからの最後のコメントだ」
 その画面を見ながら3人は皆一様に頷いた。
「なるほど、しかしコイツはいやに毒吐くね〜 他の連中はそれなりに感想くれてるのになぁ」
 そう言って柳は俺からマウスを奪い、画面をスクロールしながらそう呟いた。
「ああ、実はコイツは俺の他の作品にもコメントを入れてるんだが、それも偉く酷評でさ。でも他のヤツの作品はそれほど毒を吐いてる訳じゃないんだよ。でも何故か俺の作品だけ滅多切りするんだ。ホントマジでムカツクヤツだぜ」
 俺はそう言ってセブンスターをくわえると先に火を付けて思いっきり煙を吸い込んだ。腹が立つと無性に煙草が吸いたくなってしまう。俺の悪い癖だったが、どうにも治らなかった。
「まあ確かにお前の言うとおり、コレを見るとコイツっぽいけどな。『現実は小説よりも奇なり』なんて、モロ犯行を仄めかしてる雰囲気あるもんよぉ」
 と宮木が腕を組みつつ頷きながらそう言った。俺は「だろう?」とそんな宮木に同意した。
「でも何で先輩のばっかりイチャモン付けるんですかね?」
 そんな拝島の言葉に俺も首を捻った。確かにそれは俺も考えたが、答えは出なかった。
「そんなの知るかよ。ムカツクからだろ? 俺の作品がカンに触るのか、俺自身がカンに触るのか知らないが、とにかく腹が立ってるって事だよ」
 俺はそう拝島に答えた。そんなもの、考えたって判るわけがない。
「しかし、もしホントにコイツが今回の件を仕組んだんだとしたら、コイツはどうやってお前の事を知ったんだろうな?」
 柳がそう当然の疑問を投げてきた。そうなんだ、そこが一番の謎だ。コイツは確実に『紙切り虫』が俺であることを知っている。名前もそうだし住んでいる場所も把握している。そう考えると、俺の周りにいる人物と言う可能性が非常に高くなる。
 俺は記憶にある俺の知人リストを脳内に表示させた。その中でここにいる3人は除外しても良いだろう。根拠はないがコイツらじゃないと思う。現に俺が羅生門に投稿している事を知らなかった。この3人とはつきあいも長く、そんなに芝居が上手いとも思えない連中だ。
 とすると、一体誰だ?
「ま、今考えたって始まんねぇよ小次郎。もしかしたらウチのゲーム研究会のメンバー化もしれないしさ。明日の午後、丁度集まりがあるじゃん? そこでそれとなく探りを入れてみようぜ?」
 何故か妙に嬉しそうに柳がそう言った。それに反応して宮木や拝島も「だな」やら「なんか面白くなりそうッスね」と高めのテンションで同意していた。お前等、なんか楽しんでないか?
 俺はそう心の中で呟きながら画面に映る『わ・メーテル』のハンドルネームを眺めていたのだった。
  
 それから7時間ほど眠った俺は、目を覚まして早々にPCの電源を入れた。麻雀をやっていたメンバーは起きたときは誰も居なかった。俺が寝ている間に帰ったのだろう。いつものことで、鍵はポストに放り込んで帰ったに違いない。毎度のことである。
 画面に立ち上がったOSのメイン画面にメールの着信を告げる表示が出ていた。俺はメールソフトを開き、受信してあるメールをチェックしていった。スクロールで下方に流れていく文字を眺めながら、いらないメールに削除用のチェックを施していく。殆どがゲー無関係の情報を自動的に送信してくるメールマガジンだったが、その中にある1通のメールに目が止まり、マウスのホイールを停止させた。
メールタイトル……『いかがでしたか?』
差出人……『wa・mai-tel』
 俺はごくりと唾を飲み込みつつ、マウスのクリックボタンを押した。

『いかがでしたか?』
カミスゴロク…… 
時間が無くてパッケージ等の細部にまでこだわる事が出来ませんでしたから、リアリティを出す為に天使を用意してみました。
なかなか凝った演出でしたでしょう?
あなたにとっては無視できないリアルさがあったかと推測します。
リアリティというものは、やりようによってはある程度出せてしまうものです。
ですがこれはそれを説明する為のものではありません。
現実に起きないことを題材にしてるから、リアリティがないのは当たり前だとあなたは仰いました。
そこで私はあなたが書いた物語に酷似した状況を作り出した……
いかがです? 今ならより良い物語を書けますか?
答えは恐らくNOですね。
あなたのはただの言い訳にすぎない。自分の力の無さを作品に転嫁しているだけ
書き始めたものを投げ出す書き手は、物語を紡いではいけない
今のあなたは小説を書くべきではない

「余計なお世話だよっ! てめぇ何様のつもりだっ!!」
 俺は思わずそう叫んでしまった。叫んだ後で視線を横に流すと、窓が少し開いてるのが目に入った。窓の外には30cmの近さで隣のアパートの窓がある。幸いその窓は閉まっていたが、俺は恥ずかしさを噛みしめながら窓を閉じた。
 しかしコイツは人の神経を逆撫でする天才だなマジで! 書くべきではないだと? 何の権限があってほざいてやがるんだ!
 俺は猛烈な怒りに支配されながらキーボードを叩いた。

『余計なお世話だ』
やっぱりアンタの仕業だったんだな。
何のつもりでこんな事をする? あんたはどうやって俺のヤサを突き止めた? あんたは一体何者なんだ!?
小説を書くべきではないだと?
何の権限があってそんなことを言ってんだ? あんたはあそこの監理者か?
俺がどこでどんな話を書こうが俺の勝手だろ? あのサイトの規約を破っちゃいないんだ、あんたにとやかく言われる筋合いは1バイトもねぇっ!!
余計なお世話なんだよっ!

 俺は煮えたぎる感情をキーボードに叩き付けるようにそう打ち込んだ。普段はこんな乱暴な言葉を打ち込んだりしない。羅生門じゃことさら紳士的に対応してるつもりだ。誹謗中傷めいた暴言は規約で禁止されているからだ。しかしこれはメールだ。俺とコイツの要はタイマン、1体1のやり取り。気を使う必要など無い。するとしばらくして返信が届いた。俺は「きやがれっコノヤロウ!」と呟きながらメールを開いた。

『Re:余計なお世話だ』
情けない人だ。
自分の欠点を他人に指摘され逆上して暴言を吐く
あなたには失望しました……

 画面にはそんな短い文面が浮かんだのみだった。怒りの収まらない俺はさらに1通、2通と暴言を書いたメールを送りつけたが、『わ・メーテル』からの返信は無かった。俺は『勝った』と思い「へっ、ざまあみさらせ」と画面に向かって吐き捨てた。だが、何か嫌な後味の悪さも感じていた。

『あなたには失望しました……』

 『わ・メーテル』のメールの最後の言葉がタールのように心に張り付いて離れなかった。
 失望…… 期待はずれ…… アイツは俺に何かを期待していたのか?
 ふとそんな考えが泡のように頭に浮かび上がる。アイツが俺に何かを望んでいた? そんな馬鹿な。ただ単に俺の何かが気に障って叩いてるだけだ。そう考えると泡はぱちんと弾けて霧散する。しかし再び沸き上がってくるのだった。不思議なことに、さっきまであんなに行き場を失って暴れ回っていた怒りは鎮火し、変わりに残念な気持ちが沸いて来る自分を自覚していた。
 あんたに俺の何がわかるんだよ……
 俺は心の中でそう呟いた。口に出さなかったのは、今以上に空しい気持ちになるからだった。俺はそんな気持ちのまま、PCの横にあるCDラックから1枚のCDケースを引き抜いた。
『暁のレギン』
 それは2年前、ゲームコンテストでシナリオ賞を取ったゲームのシナリオデータが収まったCDROMだった。あれ以来2回あったコンテストでは1時審査も通らず落選していた。
 俺はメーラーを閉じ、OSのメイン画面に戻るとCDROMを取り出してドライブに差し込んだ。静かな駆動音が響く中、俺はワープロソフトを立ち上げROMに記録されていたテキストを画面に表示させた。俺はその画面に映し出された物語に目を通す。
 かつての栄光の残滓がそこにあった。
 ウチの大学のゲーム研究会はそれなりに歴史のある会で、卒業生には現在ヒットを飛ばしているゲームのクリエイターとして活躍してる先輩も多く、そちらの業界ではそこそこ有名な研究会だった。伝統のある我が研究会で、俺は大学1年生で発表会用のゲームのシナリオ担当に抜擢された。
 キッカケは先輩から出された課題だった。それは簡単なシナリオ作りだった。俺は高校の頃から物語を書くことが好きで、暇さえあれば物語を書いていた。当時は今のように自分で使えるパソコンが無く、2つ上の兄と共同で使っていたのでなかなか思うように使えず、良く大学ノートに手書きで書いていた。
 それから兄が大学に進学し、そのお祝いに新しいパソコンを買って貰った為、古いパソコンは俺専用のパソコンになった。ハードディスクの容量は1G、メモリは128MBと今に比べればカメのようなスピードのスペックの低いノートだったが、俺は夢中になってキーボードを叩き物語を紡いでいた。
 物語を書いていると、俺は俺以外の何かになったような気がしていた。世界設定やストーリーを考え出すと止まらず、そこには目映いばかりの輝きを放つ魅力的なキャラクターがはね回る。脳内の世界に身を委ねる心地よさに酔っていた時期だった。
 楽しかった。そう、俺は書くことが、他の何よりも楽しかったんだ。
 そして迎えた大学1年の春、勧誘されたゲーム研究会でひょんな事から試しに作ったシナリオが先輩達から絶賛され、俺は1年生にしてコンテスト用のシナリオ担当者になった。正直俺は嬉しかった。今まで趣味でやってきた物語の創作が初めて他人に認められた。俺はさらにやる気を鼓舞され、今までにない渾身の傑作、『暁のレギン』を完成させた。そしてそれはコンテストで見事シナリオ賞に輝いた。当時4年だった俺を勧誘した先輩は涙を流して喜び「佐々木沢、お前は絶対プロになれる!」と言い切っていた。舞い上がっていた俺は完全にその気になっていた。それは俺が一番乗っていた頃だった。
 だが、それ以来俺は何故か物語が書けなくなってしまった。あれほど溢れてきた表現が、まるで井戸が枯れていくように干上がっていった。目をつぶれば自然に浮かんできた情景は、年月と共に薄れていく写真のように色を失い、形作っていた世界そのものが崩れるパズルのようにバラバラと落ちていった。そしてストーリーを踊るように動き回っていたキャラクター達が電池が切れた様にその足を止め、ついにはキャラクター達の声すらも、俺の耳には聞こえなくなってしまったのだ。
 俺は画面を流れる活字達を目で追い掛ける。今ではこの活字を打ったのが本当に俺なのかとさえ思うほどだ。2年前、俺は本当にこんな物語を紡げたのだろうか……

『あなたには失望しました……』

 アイツからの言葉が脳裏に再び蘇る。俺はわかっていたんだ。俺は毒舌を吐くアイツに怒りを憶えたんじゃない。書けなくなった自分への怒りをそれに置き換えていただけだ。俺が羅生門で小説を投稿するのは、そんな自分を、認めたくない現実から目を逸らす為の欺瞞だって事を……
「あんたに…… 何がわかるんだよ……」
 ホイールを目一杯回してテキストをスクロールさせながら、俺は声に出して呟いていた。それはどことなく、すくい上げた両手からさらさらと零れ落ちる砂に似ていた。
 ほれみろ、やっぱり空しくなったじゃないか……
 空っぽの頭の中に、そんな自分の声が何時までも反響してた。

☆ ☆ ☆ ☆

 翌日の午後、俺は大学の東棟にあるゲーム研究会の部室に顔を出した。今日は秋に開催されるゲームコンテストの出品作品会議があるのだ。
 我がゲーム研究会は大学に正式に同好会の認定を受けているので、ちゃんと部室が与えられている。歴代の先輩諸氏がそれ相応の成績を収めた結果なのであるが、ここ最近では2年前のシナリオ賞受賞が1回きりであり、部長以下部員全員一丸となって秋のコンテストでの入賞を目指すという目標に向けての重要な会議でもあった。
 最近の俺はやはりぱっとしないシナリオしか書けなくなっていたので、研究会に足が向きずらく、顔を出すのは久しぶりだった。

「カミスゴロク…… どうでも良いけど、ネーミングセンス最低ね」
 我が同好会の会長を務め、加えて紅一点の南雲美鈴が箱のパッケージを手に取りそう呟いた。俺はその言葉にちょっとだけ心にトゲが刺さった。
「で、コレが一体なんだつー訳?」
 美鈴はそう言って長い足を組み直し、パッケージの上蓋をテーブルに載せた。
「あ、いやぁ、ちょっと面白そうかなって思って……」
 俺はミニスカートからすらりと伸びた健康的な足を見てツバを飲み込みながらそう答えた。
「久しぶりに顔を出したと思ったらこんなもの持ってきて…… こんなので遊ぶならヒットゲームでもやって勉強して欲しいわ。今年は何が何でも入賞をもぎ取りに行くんだから。小次郎君には『暁のレギン』以上のシナリオを作って貰わないと困るの、判ってる?」
 そんな美鈴の言葉に、俺は小さく「はあ……」と返事をした。まるでやり手ウーマン上司と出来ない社員の構図そのものだ。俺の脳内には嫌な未来予想図しか浮かんでこなかった。
「でも今時すごろくなんて珍しいな。俺なんかが餓鬼の頃は良くやったけど、今の小学生じゃ知らないんじゃないか? 今じゃ『桃鉄』とかだろ普通?」
 と美鈴と同じ4年の東郷勇がパッケージを持ちながら隣に座る一年の岩本徹男に話を振った。
「てゆーか、すごろくってー、ようは金のない人生ゲームみたいなもんっすよね? でも自分はー、やったことねぇし」
 そう言って岩本はペットボトルに貼り付けられたフィギアを手に取り眺めていた。
「まったく、すごろくなんてやってる場合じゃないでしょうに…… さ、打合せ始めるわよ」
 そう言って美鈴は立ち上がりホワイトボードをガラガラと移動させた。俺はテーブルの上のすごろくを片付け席に着いた。すると俺の隣に宮木が寄ってきた。
「とりあえずここにいるメンバーはシロじゃねえか? 東郷先輩は今の反応から判断して違うだろうし、岩本は論外だ。俺的には南雲部長が一番怪しかったけどよく考えたらあの人がそんなめんどくさいことする訳無いもんな」
 宮木はそう言って俺の隣の椅子に腰掛けた。
「だな。でも何で南雲さんが怪しいって思ったんだよ?」
 俺はそれとなくそう宮木に聞いた。すると反対側に腰を下ろした柳がそれに答えた。
「そりゃお前がこのところスランプ続きで滅多に顔見せ無いからだろ。プレッシャーかけてやる気を出させるって考えたんじゃねぇの? な、宮木」
「その通りだよワトソン君」
 宮木がそう言った瞬間、部室のドアが開いて「お、おお、お遅れ、まま、マスターべーション!」と馬鹿な台詞を吐いて2年の酒井田三郎が入ってきた。
「遅い! それにギャグに品がないっ!!」
 と美鈴に書類で頭を叩かれた酒井は「あ、嫌〜ん」と答えながら慌ただしく向かいの席に着いた。
「アイツも論外っすね、すごろく作る程頭良くないッス」
 と宮木の隣に座る同級生の拝島が言った。
「狂おしく同意。そもそもアイツ、すごろく知ってる気配がねぇ……」
 そう言う柳に俺も「同感だ」と返した。酒井は席に着きながらも上着のフードを頭に被り「ギギネブラ!」と言いながら隣に座る岩本にちょっかいを出していた。確かにコイツは頭は悪いがキャラやモンスター等のデザインは光るものあり、デザインの下書きはコイツが全て担当する。
 俺は部室に集まったメンバーをそれとなく眺める。俺を含めたこの8人が現在のゲーム研究会のメンバーだったが、この中に『わ・メーテル』が居るとはどうしても思えない。
 やはりアイツは俺の知人じゃないのだろうか……
 そんなことを考えていると「それじゃあ始めるわよ」と美鈴の声が掛かり会議が始まった。

 会議が終わり、一通りスケジュールと分担が決まって俺達は部室を後にした。俺は当然シナリオ担当で、帰り際に美鈴から「責任重大よ、わかってるわね」と念を押された。正直気が重い。俺は深いため息を吐いた。
「南雲さん、偉い張り切ってるよなぁ」
「そりゃお前、先輩にとっちゃ最後のコンテストだもんな。3年で部長になって以来一回も入賞して無いんだし、焦りもするだろ。就活だってあるしよ」
 そう宮木が答えた。俺は「だよなぁ」と相づちを打った。
「アドベンチャー部門じゃなくてさ、RPGとかアクション系にエントリーすれば良いんじゃね?」
 俺がそう言うと柳が「そりゃ無理だろ」と返してきた。もっともそれは俺も予想してた答えだった。
「『アドベンチャーの西大ゲー研』って言うぐらいなんだぜ? 伝統だよ、ウチの。つかRPGで坂大や日暮里に勝てると思うか?」
 柳の言葉に俺は返す言葉が見つからなかった。
「アクションだって駿河やアニ学がいるんだぜ? 無理だろう実際。ウチの売りは代々『練られたストーリー』なんだから。シナリオ重視のアドベンチャーならウチの土俵で勝負が出来るってわけだろ」
「つまり、佐々木沢先輩の腕次第つー訳ですね!」
 宮木の補足に続いて拝島が嬉しそうにそう言った。そんな拝島に俺は「嬉しそうに言うな!」と文句を言った。
「でも俺、先輩のシナリオスゲー好きッス。ゲー研入ったのも『暁のレギン』をやったらッスよ? 俺マジ泣きしましたもん」
 するととなりを歩いてた宮木が「ああ、確かにな」と頷いた。俺はちょっと胸が痛んだ。
「あれはマジで良かったよ。同じ1年で何でお前だけって思ったけど、完成したゲームやってみて悔しいが納得しちまった。岩本だってあれやったからウチに入ったって言ってたぜ?」
 すると柳も頷いて俺に言った。
「酒井だってよ、『暁のレギン』やって感動したから入ったって前に飲んだ時言ってた。南雲先輩がお前に期待するのもわかるよ。あの人、たまに一人で部室でレギンやって泣いてるんだぜ? 知ってたか?」
「あの南雲先輩が? マジで?」
 俺は思わずそう聞き返した。下手したら鞭が一番似合うんじゃないかって思うあの女王様キャラの南雲先輩がゲームで泣くなんて思ってもみなかった。
「ま、あの頃の小次郎のシナリオにはそれが出来る何かがあったってこったろ。期待されるのは重いだろうけどよ、ウチの中じゃそれが出来る可能性があるのは小次郎だけなのも確かなんだ。俺達はガンバレとしか言えないわな」
 宮木はそう言って大きな手で俺の背中を叩いた。たいして痛くなかったが、その振動は俺の心にずしりと重みを感じさせていた。
「あんなすごろくのことや変な感想コメントなんか気にするなよ小次郎。お前の作る話はみんな大好きなんだから。自分を信じろって」
 そんな宮木の言葉に他の2人も頷いていた。俺は「まあ、頑張ってみるよ」と力無く答えたが、心の奥で少しだけ元気みたいなモノが沸き上がるのを感じた。
 俺はまた物語を紡ぐことは出来るのだろうか? 無から世界を構築するあの力を取り戻せるのだろうか? この耳は、そこで躍動する住人達の声を拾えるのだろうか……?
 今はまだ何一つ自信が持てなかった。だけどそんな俺に声を掛けてくれる宮木達や、南雲先輩の期待に何とか応えたいと思っていた。
「わりぃ、俺ちょっと図書館寄って帰るわ」
 俺がそう言うと3人は「おお、俺達はちょっと秋葉寄ってく。じゃあな」と言って背を向けた。俺はそんな3人の後ろ姿を見つめた後、駅向こうにある図書館に向かって歩き出した。
 俺は歩きながら財布を取りだし図書館の貸し出しカードが入っているかどうかを確かめた。カードポケットの一番下に貸し出しカードを見付けて取り出してみた。久しぶりに見るそれは表面が少し擦れて汚れていた。そんなカードを見ながら、最後に行ったのは何時だっただろうかと考え、それが半年以上前であることに気付き、少し驚いた。
 1年の頃は少なくとも週に2回は顔を出していた。俺は書くことと同じくらい読むことも好きだったからだ。当時俺が図書館に通うのは生活の一部だった。学生が学校に通うこと以上に、俺にとっては必要なことだった。それが今では半年も行ってないのを考えないと思い出せないほどになってる自分に唖然としてしまった。俺は少し早足で線路を渡るガードを駆け上っていった。

 図書館の自動ドアを潜ると懐かしい空気が俺を出迎えた。鼻をくすぐる紙の臭い、漂わずだた静かに停滞する空気、確かに静かだが完全な静寂じゃなく、時折聞こえるページをめくる音がこの場所をとても神聖な場所にしている気がする。
 俺はそんな懐かしい空気を鼻と肺に充分に堪能させた後、ふと受け付けカウンターを覗いた。するとカウンター越しに静かにページをめくりつつ本を読んでいる女性の司書さんが居た。その佇まいは半年前と何ら変わることが無く、俺は一瞬時間の概念を忘れてしまうような感覚を味わった。
 白いブラウスの上から紺色のカーディガンを羽織り、そのカーディガンの肩口に束ねた長い髪がふわりと乗っている。確か以前はもう少し巾のある縁の眼鏡だったと記憶していたが、今は細くて上品な赤のフレームの眼鏡をかけていた。年齢は知らないが、その落ち着いた雰囲気から判断して恐らく俺より3,4歳上だと思う。ぱっと見は少し暗い雰囲気の目立ちにくい印象の女性だが、実は笑った顔がかなりの美人顔だということを俺は知っている。俺がこの図書館を利用する理由は、大学から近いってだけじゃなく彼女を見に来る、いや、正確には彼女の笑顔を見るという理由も多分にあったのだった。
 確か、小清水さんだったよな……
 俺は頭の中で記憶にある彼女の名字を呟きながら近づいていった。すると彼女は不意に読んでいた本から目線を外し顔を上げて俺を見た。俺は先制を仕掛けるつもりが逆に奇襲にあったような感じになり思わずたじろいでしまった。そう言えば以前からちょっと勘の良いところがあったことを思い出した。
「……あら? 佐々木沢君?」
 小清水さんはその赤い眼鏡のズレを細い人差し指で修正しながらそう言った。
「あ、ご無沙汰してます」
 俺がそう言って頭を下げると、小清水さんは花畑を揺らすそよ風のような笑顔を俺に投げかけた。
「最近見かけなかったからどうしたのかなって思っていたのだけれど、元気そうで安心したわ」
 俺は少し照れながら頭を掻いて「ど、どうも」と軽く会釈をした。
「最近ちょっと色々あってスランプ気味で…… 何となく足が遠のいてしまいました」
「スランプ…… ああ、ゲームのシナリオね」
 少し考えたような仕草をしながら、小清水さんは微笑んだ。
「秋のコンテストに出品するゲームのシナリオを考えなきゃならないんですが、ちょっとつまっちゃってて……」
 俺はそう言って「はは……」と乾いた笑いをこぼした。ちょっとどころか2年前から書けなくなっているのだけれど……
 すると小清水さんは手にしていた本を閉じ椅子から立ち上り「少し話そうか?」と俺に言った。
「え? ええ。でもいいんです?」
 俺がそう返すと小清水さんは「丁度休憩時間よ」と左手首の内側にある腕時計の文字盤を見せた。時計は午後3時丁度を示していた。小清水さんは後ろでパソコンをいじっていたもう一人の若い女性職員に「私、ちょっとテラスに居るから」と声を掛けた。その若い職員は「はい」と頷き、チラリと俺を見たあとパソコンを離れカウンターに腰を下ろした。
「テラスに行こう。今日は暖かいし」
 そう言う小清水さんに頷いた俺は先に歩き出した小清水さんの後に続いてテラスへと向かった。

 テラスは南の角にあった。敷地の少しくぼんだデッドスペースのような場所に設置されていた。背の高い木に囲まれており、表の道路や建物などが見え難いよう配置されている。そのせいでテラスはまるで森の中にいるような印象を訪れる人に与えていた。俺は半年前まで年中通った図書館なので、テラスの存在は知っていたのだが、どうせただベンチがあるだけの喫煙所と大差ない場所なのだろうと思って近づかなかったのだが、そんな思いこみをしていた事を後悔するほど雰囲気のいい場所だった。
 白いタイル貼りの床にはテーブルと椅子が数台並べられており、数人の利用者が木漏れ日の中で読書を楽しんでいた。俺と小清水さんはその内の一つに腰掛け、入り口で買ったカップコーヒーを片手に話をしていた。
「ふ〜ん、なるほどね……」
 小清水さんは一通り俺の話を聞いた後、手にしたコーヒーを一口拭くんでそう言った。
 ここまで俺は、俺が今置かれた状況を一気に話した。2年前のコンテストで俺の書いたシナリオのゲームが入賞した事は以前話して知っていたが、それから俺が物語を書けなくなっていたこと、去年のコンテストでは1時審査さえ通らなかったこと。俺がどういうふうに書けなくなっていったかとか、それまではどういうふうに書けていたのかなどを、なるべく細かく話した。実際に細かく話し過ぎていると自分では判っているものの、しゃべり出した俺の舌は、まるでブレーキが壊れた車のように止まらなかった。
 羅生門での一件も話してしまった。俺の書いた小説の内容、それについて書かれた感想、『わ・メーテル』から受けた屈辱の毒舌、そして昨日のすごろくの一件。
 こんな話をするつもりなど無かったのだが、俺は溜まっていた何かを洗いざらい吐き出すように話してしまった。小清水さんはそんな俺の愚痴ともとれる話に時には哀しい表情を作ったり、相づちを打ったりしながら最後まで付き合ってくれた。こんな風な小清水さんだから、俺はここまで洗いざらい喋ってしまったんだろう。今更ながら赤面するような思いだったが、どこか心の奥ではすっきりとした清々しさみたいな物を感じているのも事実だった。
「つまり佐々木沢君は現在挫折の真っ最中って訳なのね」
 俺の話を聞き終わり、小清水さんはそう結論付けた。俺は「ええ、恥ずかしいですけどその通りです」と言いながら頷いた。
「私は読み手専門なので、書き手さんのそう言った部分にはアドバイスなんて出来ないわ。でも『書けなくなる』って言う意味が頭の中で『世界が創り出せなくなる』って部分は何となくわかる気がするわ」
 小清水さんの言葉が、俺の心に浸みてくるのが判った。そしてやっぱり俺はこの人のことが好きなんだって思った。俺はこんな自分の気持ちを悟られるのが恥ずかしくてコーヒーを飲んで誤魔化した。
「ゴメンね、上手い励まし方がわからないの。普段本ばかり読んでいるくせに、いざこう言うときになると、引き出しに鍵が掛かっちゃうみたい」
 小清水さんはすまなそうにそう言った。
「い、いやそんな、話を聞いてくれただけで充分です。それに全部話したら何かすっきりしました。小清水さんって凄い聞き上手なんですね。俺、止まらなくなってしまって…… なんかもうほんとにスミマセンでした」
 俺はそう言って頭を下げた。本当に申し訳なくて仕方がなかった。男の愚痴なんて格好悪いなぁ……
「ううん、私の方こそ役に立たなくて…… あ、そうだ」
 小清水さんがそう言ったので俺は顔を上げて「え?」っと聞き返した。
「あ、いえね、昔ある人から聞いた話しを思い出したの。私の大学の恩師だった人よ。励ましになるか判らないけど……」
 小清水さんはそう言って俺の顔を見ながら聞いてきた。
「ねえ、佐々木沢君は、人は何故転ぶのか知ってる?」
 俺は「え?」と聞き返したが、小清水さんは優しそうな微笑で俺を見ていた。
「えっと…… 2足歩行だからバランスが悪いとか、三半規管の感覚が緩いとかそう言ったたぐいの話ですか?」
 俺がそう答えると小清水さんは苦笑した。
「ああゴメン、そう言った話じゃなくて、もっと哲学的なことよ。
 『人は何故転ぶのか? それは起きあがることを学ぶ為だ』って…… 私が大学時代に恩師からそう教えて貰ったの」
 その時、そんな小清水さんの言葉が俺の一番深いところまで響いた感じだった。小清水さんは俺の顔から視線を外し、眼鏡の奥ですぅっと目を細め、遠くを見るような仕草をした。
「私ね、昔プロのヴァイオリニストを目指していたの。5歳の頃、初めて聞いた生のヴァイオリンの音色に魅せられてそれ以来ずっとプロになる事を目標に練習してた。そこそこセンスがあったみたいでね、コンクールでも何度も入賞したわ。でも優勝は一度も無かった。どんなに頑張っても準優勝止まり。それでも『今度こそ』って思って必死に練習してた。
 でもある時ね、急に全然弾けなくなってしまったの。大学3年の頃だった」
「弾けなくなった?」
 俺はそうオウム返しに聞いた。小清水さんは苦笑しながら話を続けた。
「うん。音がね、繋がらなくなるのよ。音同士が繋がらなくて曲になってくれないの。弾いている自分でもそれが判るから、それを何とかしようとするんだけど、小細工すればするほどどんどんそれが酷くなってしまう。仕舞いには不協和音の集合体になってしまって…… それまで自分がどうやって弾いていたのかさえわからなくなってしまったわ。今の佐々木沢君と一緒、私の中で、曲が全く浮かばなくなってしまったのよ。だから佐々木沢君の『物語が作り出せない』って部分が何となく理解できたのね」
 小清水さんはそう言ってまたカップのコーヒーに口を付けた。
「それから転がり落ちるのは早かったわ。曲を繋ぐ音が聞こえないくせに、16年間積み上げてきた私の世界が崩れていく音だけは嫌と言うほど耳に残るの。もう全部が嫌になってヴァイオリンを辞めようと思ったのよ」
「―――その時に?」
 俺は小清水さんの言葉を先回りしてそう聞いた。小清水さんは静かに頷いた。
「ええ、その恩師に出会ったの。その世界で有名な先生ではないし、お世辞にも非凡と呼べる様な才能のない先生だったけれど、ヴァイオリンを弾くその姿はとても楽しそうだった。だから聞いたのよ『何でそんなに楽しそうに弾けるんですか?』って……
 そしたらその先生に『楽しい事に理由がいるのかい?』って逆に聞かれたの。それを聞いた瞬間にね、何故か私は涙が溢れてきて止まらなくなり、仕舞いには大声で泣き出しちゃったのよ。あんなに泣いたのは、きっと小学校の低学年以来だったと思うわ。
 そしたら先生はオロオロしちゃって、その姿を見た私は泣きながら笑っちゃってもう大変だった。それからしばらくして、ようやく落ち着いた私は、その先生に全部話したの。丁度今の佐々木沢君みたいにね。
 その時に私の話を聞いた先生は私に言ったの『人は何故転ぶのか? それは起きあがることを学ぶ為なんだ』って。
『人間は不完全な生き物だから、転ぶのは仕方のないこと。でも起き上がる方法を学んだと思えば、人はさらに高みを目指せる。起きあがり方を知ってる人間は強いもんだ、この先転んでも直ぐに起きあがって歩き出すからな』
 そんな先生の言葉が私を救ってくれた。私はまた再び曲を創り出すことが出来るようになったの。そして初めてコンクールで優勝したわ。
 でも結局プロにはなれなかった。優勝はその年の一回だけだったし、私より優れた物を持っている人は沢山居たから。それはその時は落ち込みもしたけど、でも私は弾けなくなったあの時ほど絶望はしなかったわ。その証拠に直ぐに立ち直ることが出来た。ヴァイオリニストの夢は諦めちゃったけど、今はそれほど後悔はしてないわ」
 そう言う小清水さんは、その少し華奢で暗い印象を受ける姿とは裏腹に、とてもたくましくみえた。
「起きあがる事を学ぶ為に、人は転ぶ……」
「佐々木沢君の言ったすごろくじゃないけれど、振り出しに戻っただけって考えたらどう? 佐々木沢君は私のようにまだゲームを降りてないじゃない? きっと初めの時よりも遙かに効率的で充実した道行きになるんじゃないかしら」
 小清水さんは「ちょっと偉そうね」と言って可愛い舌を出した。そんな仕草の小清水さんを見ながら、頭の中で今の話がリフレインされていた。
 俺はまた書けるのか?
 自分の心にそう問いかける。だが、そこに別の俺が言う。
 起きあがる事ができればな、と。
 だが俺は「起きあがるさ」と返してやった。それを学ぶ為に転んだのだから……
 かつて小清水さんにそう言った先生は、きっととても優しい人なんだと思う。だってそんな言葉、人が起きあがることを信じていないと出てこないと思うから。それと同時に小清水さんの優しさも……
「あ、私もう行かなくちゃ。北図書館に届ける本があるの」
 小清水さんはそう言って席を立った。俺もそれに合わせて席を立った。
「本当にすみませんでした。貴重な休み時間を俺に付き合わせて潰してしまって」
 俺はそう言って頭を下げた。俺はさっきからこの人には頭を下げっぱなしだな。
「ううん、私も楽しかった…… っておかしいか。とても有意義だったわ」
 小清水さんはそう言葉を修正して微笑んだ。そんな小清水さんを見ながら、俺はやっぱりこの人は笑顔が一番愛らしいと心底思った。
「じゃあもう行くね。頑張って佐々木沢君」
 そう言って背を向けた小清水さんに、俺は「ありがとうございます、頑張ります!」と言った。すると小清水さんはいったん立ち止まった。
「うん、もう失望させないで……」
 と背を向けながら、聞きの流せない言葉を言った。俺は「えっ?」と聞き返したのだが、小清水さんは早足で去っていった。
 失望させないで……
 その言葉が、昨日のアイツの言葉と同じであることに気付くまで、俺はずいぶんと時間が掛かってしまった。

 図書館から帰った俺はパソコンの電源を入れ目をつむった。そして脳内に浮かぶ物語りの断片を探す。昔の俺ならこの時点でもう世界は構築されていたはずだった。だが今の俺の頭の中には、辛うじて断片とも言えないような小さな欠片が所々に浮かんでいる状態だった。
 コレではダメだっ!!
 俺は辛うじて残った小指の先ほどの断片を、炎で一掃する。こんな物に縋って何になる? 俺は振り出しに戻ったんだ。起きあがる為に必要なのはこんなもんじゃない、完全に無から創造するエネルギーなんだ!
 残っていた全ての断片が一掃され、完全な無の状態が俺の創作領域を支配する。俺は脳内に広がる無の深淵を睨んで大きく息を吸う。
 さて、ここからが問題だ…… 完全な無からの世界の構築。こんな事ははっきり言って今までやったことがない。かつて『暁のレギン』を書いたときでさえ、いくつかの断片を集めてコアを創った。
 果たして、それ以上のことが今の俺に可能なのだろうか?
 意識と記憶が繋がる。

『でも俺、先輩のシナリオスゲー好きッス』
『あれはマジで良かったよ。同じ1年で何でお前だけって思ったけど、完成したゲームやってみて悔しいが納得しちまった』
『酒井だってよ、『暁のレギン』やって感動したから入ったって前に飲んだ時言ってた』
『あの人、たまに一人で部室でレギンやって泣いてるんだぜ? 知ってたか?』
『あの頃の小次郎のシナリオにはそれが出来る何かがあったってこったろ』
『お前の作る話はみんな好きなんだから』
『人は何故転ぶのか? それは起きあがることを学ぶ為だ』
『佐々木沢君の言ったすごろくじゃないけれど、振り出しに戻っただけ。佐々木沢君は私のようにまだゲームを降りてないじゃない?』
『あなたには失望しました……』
『うん、もう失望させないで……』

 頭の中で何かが弾ける。
 俺は、誰かの為に物語を書いたことがあるだろうか……?
 俺の紡いだ物語は、俺だけの為か?
 いや、違うだろう? 読む人が楽しいと思うことが、俺の楽しさじゃないのか?
 そう考えたとき、暗闇の中に小さな光が点々と輝きだした。やがてそれは無数の星々を映す宇宙に変化した。
 小清水さんは、先生に聞いたって言ってた。何でそんなに楽しく弾けるのかと。そしたら楽しいのに理由が必要か? ってその先生は返したと言う。
 たぶんその先生は知ってたんだ。自分の演奏する曲で誰かが楽しくなることを…… それが何よりも嬉しいから、それが何よりも楽しいことだと感じてるんだ。そしてそれが判ったから小清水さんは泣いてしまったんだ。16年間自分の為だけにヴァイオリンを弾いてきてしまった彼女だから、それが何より哀しかったんじゃないか!!
 爆発した感情が空となり、発した言葉が大地を形成する。意識をそちら向けるだけで色が爆ぜ、世界が構築されていく。それはまるで神になったような全能感と思い通りに形成されていく絶対的なパワーを伴った快感だった。そして、何時しか俺の耳に、懐かしいキャラクター達の声が響き始めていた。
 おれ、帰ってきたんだな、この世界に……
 目を開くとパソコンの画面があった。俺は脳内に創造される世界をキーボードにたたき込める。この物語を感じるであろう全ての人達を想像し、その心を揺さぶる表現を探し続ける。2年前は確かに持っていたこの気持ち。たった2年で消えてしまったこの熱。
 いや、2年前以上の熱い想いが今の俺の中にはある。俺はこの2年間苦しみ続けたことが嘘のように物語を紡いだ。俺はその時確かに、俺の中の世界が動き出す音を聞いた。

 俺は気が付くと6時間もぶっ通しでキーボードを叩き続けていた。大筋の物語は書き終わりそうだった。だがコレは厳密には小説じゃない。ゲームのシナリオだ。プレイヤーの選択肢で流れが変わる。その枝分かれのストーリーも絶対手の抜けない物だ。だがもう、今の俺には難しい事じゃない。どんな小枝の話しでも投げたりしない。他のストーリーも絶対見たくなるようなストーリーにするつもりだし、出来る自信がある。

もう失望したなんて言わせないっ!!

 俺の中でそんな言葉が弾け、そこでキーボードを打つ手を止めた。そしてテーブルの上に無造作に置かれた『カミスゴロク』に目をやる。そして目をつむってしばらく考えた後、俺は書いていたシナリオを保存してメールソフトを立ち上げた。そして文章を打ち始めた。


差出人:紙切り虫
メールタイトル:『ゴメン』
相手先:『わ・メーテル』

昨日は申し訳なかった。つい感情的に心にもないことを書き綴ってしまったこと、本当にすまないと思います(反省)
結局、あなたの言ったことに間違いは無かった。
私は確かに、あなたの言うとおりお話を放り投げていたんだ。
私は本当はゲームシナリオライターのタマゴで、厳密には小説の書き手ではありません。シナリオを書く練習として羅生門を活用させて貰っています。
そちらの業界では、アマチュアですが過去にそこそこの高評価をもらっていました、
でも最近、全然物語が書けなくなってしまってました。それを何とかしようと焦って書くのですが思うようにはいかず、泥沼状態でした。
そんな状態のまま、中途半端な作品を創っては投稿しておりました。自分でも判っていたつもりなんですが、他の皆様から貰う評価の高い感想のみを受け取って喜んでいたんです。
そんな時、あなたから貰った感想はそんな私を見抜いた感想でした。
でもそれを認めたくなくない自分が居て、それでも本当のことを指摘され逆上してしまいました。数々の無礼な言葉を浴びせてしまったこと、すみませんでした。
でもあなたから貰ったコメントや、あなたが送ってきた『カミスゴロク』のおかげで、どうにかまた書けるようになりました。あなたのおかげです。大変感謝しております。
今私は新しい物語を書いています。今度の物語は、私の渾身の作です。
と言ってもまだまだ勉強不足な私が書いた拙作ですが、もうお話を途中で投げ出すような事はしません。
今更こんな事を書くのは図々しいと思いますが、今書いておりますこの作品を是非あなたに読んで頂きたく思い、恥を忍んでこうしてメールさせて頂きました。
もう一度私にチャンスを下さい。
お返事待っております。

 俺はそう打ち込み送信をクリックした。それは俺のけじめだった。『わ・メーテル』は確かにその毒舌で俺の作品をけなし続けてきた。だが確かに毒舌ではあるものの、間違ってはいなかった。書けなくなっていた事を認めたくない俺が何かに縋るように垂れ流した惰性の文章を見破り、その部分を徹底的に批判していたが、それはすべて俺の招いた事だった。俺は判決を待つ被告のような心境でパソコンの画面に映る今送った文章を見つめていた。
 するとしばらくして、画面の右隅にメールの着信を告げる表示と、短いメロディが流れた。俺はすぐさま受信フォルダを開き着信メールの送り主を確認した。差出人の枠には『wa・mai-tel』とあった。

紙切り虫様
もう二度とあなたの作品は読むまい…… そう思っておりました。
ですが、あなたからのメールを読み、そこからあなたの誠意を感じました。
良いでしょう。
あなたがそこまで仰るのなら、私は今一度毒を飲んでも良いと考えます。
本当に毒となるか、はたまた毒に似た媚薬となるか……
しかし、どうやらあなたは起きあがることを学ばれたようだ。
後者を期待し、投稿を待つとします。

 その皮肉を籠めたメールの内容に俺は苦笑した。相変わらずの毒舌だったが、俺は少しも嫌な気持ちが沸かなかった。むしろもう一度与えられたチャンスを素直に喜んでいたのだ。そして俺には、もう一つ確かめたいことがあった……

わ・メーテル様
ありがとう。チャンスをくれたこと、心より感謝します。
ところで、私にはとても気になることがあります。
それはあなたが誰なのかと言うことです。
日中、私はその事ばかり気になっていました。
ですが、私はもしかしたら気付いてしまったかもしれません。あなたが誰であるかと言うことを……
あなたには答える義務はありません。でも出来れば答えて欲しい。
YesかNoだけでもかまいません。
私は今日、あなたと会いましたね?

 俺はそう打ち込み送信をクリックした。その打ち込んだメールの内容の通り、俺は『わ・メーテル』が誰なのか確信していたと言っても良い。もしこのメールに返信が無かったとしても、俺にはその人しか考えられなかった。俺は深く深呼吸をして『彼女』からの返信を待った。するとしばらくして再びメールが届いた。俺はすぐさまメールを開いた。

……Yes

 その短い文字を見つめ、俺は深いため息を吐いた。
 やはりそうだったんだ…… しかし何故そんなことを? いや、それよりも……
 俺は再びキーボードに指を走らせた。

答えてくれてありがとう。
その答えであなたが誰なのかわかりました。
正直驚いており、また意外でもあります……
何故? と言う思いも強いですが、それについては色々と想像できます。
ですがそれ以上の疑問が私にはあります。
もう一つだけ、教えてください。
あなたはどうして紙切り虫が私であることを知ったのですか?
私にはそれだけがどうしてもわからない。
私はあなたが誰なのか、あなたがさっきの質問に答えてくれるまでわからなかった。
紙切り虫が私であると特定できる物は、羅生門には何一つ無いはずです。なのにあなたは私だと特定できた……
私はそれがどうしても知りたい。

 俺はそう打ったメールを急いで送信した。これに答えてくれるかどうかはわからない。だが本当に『彼女』なら、答えてくれるような、そんな予感がした。するとまたメールが届いた。俺は差出人も確認しないでメールを開いた。

ダイスを振ってください。
出た目が偶数ならあなたが納得する答えを伝えます。
しかし奇数ならその質問には答えません。
ダイスを振り、その目が偶数か奇数かを打ち込んで返信願います。

 俺はそのメールを読んで首を傾げた。『彼女』は出た目をどうやって確認するのだろう? 俺はそう考え部屋をぐるりと見回した。1DKのアパートだ。隠れる所などありはしない。どこかに隠しカメラをセットしてあるのかと一瞬思ったが、彼女が盗み見る価値が、俺の部屋にあるとも思えない。
 どちらにしろ、答えはダイスに委ねられた。ダイスを振らなくては答えを得られない。振ったと偽って打ち込んでも良かったが、何故か俺はその指示に素直に従うつもりでテーブルに置いてあった『カミスゴロク』の箱から翡翠色のダイスを取り出した。
「偶数だったら謎が解ける。奇数だったら…… やべぇ、何故か緊張してきたぁ……」
 俺は思わずそう言ってダイスを握りしめ、意を決して「偶数!」と叫びながらダイスを放った。ダイスはテーブルの端に当たり、そのままコロコロとフローリングの上を転がり椅子のキャスターにぶつかって動きを止めた。俺はしゃがんでその出た目を確認し絶叫した。
「1ぃぃぃぃっ!? 何だよ、何でだよマジで? 土壇場でなにやってんだよぉぉ!!」
 思わず叫んだ俺はダイスの1と画面を交互に見て、キーボードを叩いた。

偶数でした……

 そう短く打って送信ボタンを押した。ダイスはPCラックの下だ。もしカメラがあったとしても小さなダイスの目など見えるわけが無い。わかりっこねぇと心の中でそう言っていた。素直に指示に従おうと考えた気持ちは完全にどこかに飛んでいってしまったようだ。 するとまたメールが届き、俺は即座に開封した。

まったくあなたといったら……
まあ良いでしょう。どちらにせよ答えるつもりでしたから。
窓を開けてご覧なさい。
そこにあなたの知りたい答えがあります。

 メールを読み、俺は首を傾げた。
 窓……?
 俺は不思議に思いながら、パソコンの左にある窓を見た。カーテンが閉まっているが、片側が5cm程開けてあるので風が入りカーテンをゆっくり揺らしている。俺はカーテンを開け、曇り加工がが施された窓を全開にして外を見た。そしてそこにあった光景に度肝を抜かされ「うわぁぁっ!」と思わず叫んでしまった。
「初めまして、こんばんは、嘘つきの『紙切り虫』さん」
 30cm程度先の隣のアパートの窓の縁に肘を突き、眼鏡の無い小清水さんはそう言って僕を見つめていた。
「え、ええ!? な、なんで? これって、うっそマジぃ!?」
「窓開けたままあんな大きな声出せばいやでも聞こえるわ。ダイスの目なんてどうでも良かったんだけどね」
 小清水さんはそう言って笑った。眼鏡を外した小清水さんも、笑顔がとてもよく似合う女性だった。風呂上がりだったのか肩に掛かる髪は少し濡れているような光沢があり、夜の臭いと共に柑橘系の香りを俺の鼻孔に運んできた。そんな香りも手伝ってか、夜の小清水さんは昼間に見るのとはまた違った美しさがあった。
「な、なんでそんなところに……」
「何でって…… 私の部屋だからよ。ここに住んで2年になるわ」
 そんな小清水さんの言葉に俺は絶句した。大学1年からずっとここに住んでいるのだが全く気が付かなかった。窓を開けても目の前の窓はいつもカーテンが閉まっていたし、そもそも『窓を開けても直ぐ隣』という事もあって窓の外の風景を楽しむなど論外である。換気以外には使用用途の無い窓だっただけに、気が付かないのも無理はないが……
 自分の住んでいる部屋のわずか30cm程度隔てた場所に、憧れの女性が住んでいるなどと夢にも思わない。
「本当に偶然なのよ、私……『わ・メーテル』がここに住んでいるのは。隣に『紙切り虫』が住んでいるとわかったのは1年ぐらい前かな。だって佐々木沢君、小説書いてるとき、声に出して書いてるでしょ? 夜は少しだけ窓開けてるから良く聞こえるのよ。あなたの声」
 小清水さんはそう言ってクスッと笑った。全然自覚が無かったが、言われてみれば俺は小説を打っているとき声に出しているかもしれない。俺の部屋の窓も煙草の煙を換気する為良く開けている。これだけ接近した建物だ、確実に俺の声は隣に聞こえていただろう…… やべえ、凄く恥ずかしい。
「『暁のレギン』……」
 不意に小清水さんの口からそんな単語が飛び出し、俺はドキッとして小清水さんを見た。小清水さんは真面目な顔で俺を見ていた。
「今日図書館で私の後ろで座ってた娘がいたでしょう? あの子結構ゲーム好きでね。その子が私に貸してくれたの。『暁のレギン』…… 普段私はゲームはやらないのだけれど、その子が強く薦めるからやってみたのよ」
 そう言って小清水さんは俺から視線を外し、夜空を見上げた。
「やってみてね? 私不覚にも涙が出ちゃった。ゲームで泣けるなんて思っても見なかったわ。シナリオの担当が、私の働く図書館に来る佐々木沢君だって事、その後に知って私はそんな佐々木君に興味を持ったわ。
 そして去年、隣から聞こえてくる声が聞いたことがある声なので、カーテンの隙間から覗いたら、パソコンに向かって喋りながらキーボードを打っている佐々木沢君が居るじゃない? あの時は本当にビックリしたわ。
 そしてその喋ってる内容から、佐々木沢くんが羅生門の住人である『紙切り虫』だって事がわかったの。私も『紙切り虫』の作品を何度か読んでいたから直ぐ判った。でも、『紙切り虫』が佐々木沢君だと知って凄く残念な気持ちになったの」
 小清水さんはそう言って目を伏せた。その表情は本当に残念そうで、そんな顔をさせてしまう自分が情けなかった。
「あの『暁のレギン』のシナリオを書いた人が、こんな物語しか書けないのがとても残念で、それと同時に許せなかった。そこで私は徹底的に『紙切り虫』の作品を叩くことにしたの。こんな物語に満足している『紙切り虫』が許せないって思う気持ちもあったけど、それ以上に私は、もう一度あの『暁のレギン』のような心を揺さぶられる物語を佐々木沢君に書いて欲しかったのよ。佐々木沢君の家に『カミスゴロク』を送ったのもそのため……
 でも一昨日メールを貰ったとき、私はもうダメだと諦めた。『紙切り虫』には私の想いは届かなかったんだって思った。
 私が直接あなたに言うことも考えた。でも私は私の経験から、そう言うことは他人から教えて貰う物じゃなくて、自分からそれに目を向けないとダメだって思ったの。だって起きあがる方法は人それぞれ違うし、それは自分で見付けるしかない事だもの。
 完全に諦めてた私だったけど、今日佐々木沢君が図書館来てくれたときは、驚いたけど嬉しかった。半年前と違って起きあがろうと本気で考える意志を感じたから。起きあがる方法はまだ見付けてないけど、自分が起きあがれる事を知ってる人の顔だって思ったわ」
 小清水さんの言葉が俺の中に染み込んでいくのが感じられた。それと同時にすまない気持ちで一杯になっていった。俺は俺の創ったストーリーに共感してくれた人をこの2年間裏切り続けてきた。自分に与えられる評価だけを考えて紡ぐ物語に誰が共感してくれるだろう? そんな物語が誰の心に残ると言うんだ?
 きっと物語は、そんな気持ちで書いちゃいけない物なんだ。だから俺は書けなくなったんだ。ヴァイオリンが弾けなくなった小清水さんと同じ、独りよがりの代償がきっとそう言うことなんだ。
「さっきのメールと今の佐々木沢君を見て安心した。この人はきっとまた立ち上がる。そしてさらに先を目指すんだって…… 私はそう思った」
 小清水さんはそう言って優しい笑顔を見せてくれた。
「ありがとう小清水さん。でも何で俺にそこまでしてくれるんですか?」
 俺はそう聞いた。自分でもとてもずるいと思う。その答えに気付いていながらも、俺は聞かずにはいられなかった。それほど、夜の小清水さんは魅力的だったんだ。
「それ、答えなくちゃいけない?」
 案の定、小清水さんは少し顔を赤くして俯いた。
「ええ、是非聞いてみたい」
「なら…… ダイスを振って。偶数が出たら答えてあげる。でも奇数だったら諦めて」
 俺はその言葉を聞いて、足下のダイスを拾い小清水さんに見せた。小清水さんは軽く頷いた。俺はその翡翠色のダイスを再び足下に放った。ダイスはフローリングの上をコロコロ転がり、やがてその動きを止めた。
「偶数ですね」
 俺がそう言うと小清水さんは首を竦ませた。
「もう、確認のしようがないじゃない……」
 小清水さんはそう言って窓から身を乗り出してそっと目をつむった。俺も窓から身を乗り出して彼女の唇をそっと受け止めた。
 そんな二つの建物に掛かった奇妙な橋を月だけが見ていた。


 そんな窓越しのキスを経験した俺と小清水さんは付き合うことになった。でも未だにお互いの部屋を玄関から入ったことがない。窓と窓を行き来する奇妙な同棲生活だったが、『わ・メーテル』と『紙切り虫』には似合ってる気がした。今でもたまに橋を架けるなんて事もやってる。そのうち誰かに見られて驚かれるかもしれないな。
 俺のシナリオはと言うと、それから2日ぐらいで出来上がった。それを小清水…… いや、約束通り羅生門に投稿して『わ・メーテル』に読んで貰った。貰った感想はもう酷い物だった。渾身の作と言っておきながら、ばっさばっさと切り捨てられてしまった。それから2回書き直して読んで貰っているが、相変わらずの毒舌でなかなか良い評価を貰えない。でも少しづつ評価が上がってる気がする。
 小清水さんは俺の書いたシナリオは俺の部屋では絶対読まないし感想も書き込まない。必ず窓から自分の部屋に戻って、眼鏡を外して自分のパソコンに向かって打ち込んでる。眼鏡を掛けてる時はとても優しく「頑張って」とか「もう少し」とか言ってくれるのだが、眼鏡無しでキーボードに打ち込むコメントは痛いほど辛辣だ。彼女なりにポリシーがあるみたいだ。まるで眼鏡越しの二重人格みたいだな。
 そんな酷評を貰って、俺は落ち込んだりもするけど立ち直るのも早くなった。彼女の恩師の言葉じゃないけれど、本当に起きあがり方を知ってる人間は強いものだ。大丈夫、転んでも、もう立ち止まることは無い。頭の中には世界が生まれ、俺の鼓膜にはキャラ達の声がちゃんと聞こえている。だから安心してまた先を目指して歩き出す事が出来る。次のコンテストは正真正銘の渾身の作にしてやるつもりだ。
 それに最近では『わ・メーテル』から貰う毒舌も心地よく感じるようになって来つつある。いや、これはやばいかもな……
 そんな毒舌彼女も、今は俺の隣ですやすやと眠ってる。眼鏡がないけど、この時ばかりは小清水さんでいてほしいなと思う。
 俺はふとテーブルに置かれた小清水さんの眼鏡に手を伸ばし、その眼鏡を掛けてみた。そして思わず笑いが込み上げてくるのを堪えた。その眼鏡には度が入っていなかったからだ。小清水さんらしい拘りぶりだね。
 すると隣の小清水さんがもそもそと動き俺の腕にしがみついて、再び動かなくなった。俺はそんな小清水さんを眼鏡越しに見つめていた。その寝顔も可愛いのは言うまでもあるまい。
 俺は未だに小清水さんに、あの日のダイスの目を教えていない。あの後彼女にしつこく聞かれたが「忘れました」ととぼけてる。でも俺はあの時足下に転がったダイスの目をハッキリと憶えている。もうしばらく黙っていようと思う。少なくとも俺が大学を卒業するまでは。
 そしたらまたダイスで決めても良いかもしれない。
 1,2が出たら教える。
 3,4が出たらまだ秘密。
 5,6が出たら……
 彼女の歳は、実は俺の4つも上だった。俺が大学を卒業したら、色々考えることもあるかもしれないだろ?
 どの目が出るかは勿論
 神のみぞ知る。


おしまい


2011/05/20(Fri)10:28:40 公開 / 鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
ここまで読んで下さった方、感謝です。どうも、鋏屋でございます。
ようやく輪舞曲、終了でございます。いや〜この企画難しい。
まあやってみましたが7割方失敗ですね。前半と後半で別の物語みたいになってしまった(汗 かみすごろくと合わせたらやたら長くなったお話です。前半はかみすごろくを読んだ方への既視感みたいな物を出せないかと小細工したんですが、上手く行きませんでした。まあ「アホやなぁ」と笑ってくださいw
後半はなるべく情景を丁寧に書いてみようと思い書いてみたんですが、なかなか他の皆さんのように脳内に風景が浮かぶ様な文章は書けませんね。力量不足を痛感します。それと後半の佐々木沢が物語を想像する部分は猫殿の作品を読んで、私も内面の部分を表現してみようと試みた結果です。でもなんか違いますね(汗)そもそも実際こんな感じで物語が出来たら普通に神でしょうしw
で、ラストはもうベタベタな恋愛モノになってしまった。人生で2本目の恋愛モノです。なるべくクラ殿の最初の設定を考えながら書いたのですが、なんか撃甘の話になってしまった。輪舞曲、マジで難しかったけど色々考えながら書いたので面白かったです。
鋏屋でした。

5/20 軽微修正

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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。