-
『かみすごろく(読み切り)』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:鋏屋
-
あらすじ・作品紹介
輪舞曲用に書いてたつもりが、何故こんな事に……!? すみません、暴走してしまいました。輪舞曲、やっぱ書けないかも……(汗)
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
「あ…… それ、ロン……」
ぼやけた視界とふやけた脳で、俺は卓上に置かれた牌を眺めつつそう言った。
「ああ……」
向かいに座る宮本が自分の並べた牌の上突っ伏して、欠伸とも嘆きとも取れる言葉を発した。そのせいで部屋中に満ちたニコチン臭のする空気が俺の鼻孔をくすぐり、「ごほっ」っと咳き込みながらセブンスターを口にくわえて火を付けた。
「も、もう限界……」
俺の隣に座っていた柳生がそう言って宮本と同じく雀卓に顔を埋める。その向かいにいる拝美など、さっきから仰向けに倒れて起きあがる気配すらない。そもそも誰一人雀卓にある自分の牌を見ていないこんな状況の中で、俺のロンがどれだけの価値があるのだろう……
「流石に…… ごほっ、俺もやべぇな」
俺はむせりながらも必死にヤニの煙を吸い込む。味なんて感じないのに、まるで砂漠での最後の水のように煙を肺に入れた。
大体誰が言いだしたんだよ、麻雀トライアルやろうなんてよ……
俺達は大学で『テーブルゲーム研究会』に所属しているのだが、何時間ぶっ続けで麻雀できるか? つー全く意味のない実験を何故か俺の部屋で行うことになったのだ。木曜日の夜から初めて今が日曜の朝だからえっと…… もう60時間以上やっている。
「なあ、もう止めようぜ小次郎、流石にねみーよ、つーか拝美なんて普通に寝てんじゃん」
宮本がそう言うと突然拝美がむくっと起きあがった。
「寝て無いッスよ自分、マジ寝て無いッスよ先輩。目閉じてただけッス」
と目を閉じたまま叫んだ。俺は拝美の頭をスパンっと叩いた。仰向けで鼾かいてたヤツが寝てねぇ訳無いだろが!
「だな…… 普通に死にそうだし」
「自分さっきじいちゃん見たッス」
「夢でだろ?」
「いや、リアル画像ッス」
俺はまたスパンっと拝美の頭を叩いた。見るなんなモン! お前の爺ちゃん半年前に天国にバカンス行ったろ!!
「じゃ、60時間って事で良いな……」
と俺が言った瞬間「ピンポ〜ン♪」とチャイムが鳴った。安アパート特有の、良く通る電子音だ。どうやら誰か来たらしい。
「うぃ〜っす!」
俺は煙草をくわえながら戸口に向かってそう叫ぶと「佐々木さ〜ん、お届け物で〜す」とここにいる誰よりも明るい女の声が返ってきた。俺は「よっこらせ」と呟きながら立ち上がり、玄関まで行ってドアを開けた。トランクスとTシャツというセクハラ装備だったが、全く気にせずドアを開けると、緑色の制服に身を包んだ運送会社のドライバーが段ボール箱を胸に抱えながら立っていた。
「すみませ〜ん、ここにハンコかサイ…… ごほっ!」
恐らくこの部屋のニコチン臭を吸い込んで咽せたのだろう。換気扇全開だが4人のむさ苦しい男が60時間吸い続けた煙草の煙で燻された空気は凄まじい。下手をすれば火事だと思われても不思議はない。その証拠に、もやぁっとした白い煙が開け放たれた玄関ドアから流れていくのがはっきり見える。
俺は差し出された書類にサインし、彼女から段ボールを受け取った。段ボールから手が放れた瞬間、鼻つまみやがったよこの女!
それからその女ドライバーはそそくさと逃げるように階段を下りていった。全く、どういう教育受けて来てんだよマジで。
俺は後でその運送会社にクレームでも入れてやろうと考えながらドアを閉め、段ボール箱を抱えながら部屋に入っていった。先ほどの居間に戻ると、拝美以外はみんな死んだように動いていなかった。
「先輩、それなんスカ?」
拝美は俺の持つ段ボール箱を眺めながらそう聞いた。
「さあなぁ……」
俺は灰がが落ちそうな煙草を空き缶の上に置きながら箱に貼り付けてある送り状の依頼主の欄を読んだ。
「ミカエル商会? あれ? なんだっけか……」
微かにどっかで聞いたことがあるような無いような……
まあとりあえず開けてみようと箱のガムテープを剥がして開けてみると、中からもう一つ箱が出てきた。パッケージにはひらがなで『かみすごろく』とある。
「ああ、思い出した。これ、今度の集まりの時に持っていこうとネットで買ったすごろくゲームだ。買ったのすっかり忘れてた」
「かみすごろく…… なんかすげえネーミングセンスっすね」
拝美はそう言って俺の手元を覗き込んだ。
「何でも凄い貴重なすごろくなんだってよ。ネットの口コミでも割と人気らしいんだ。なかなか手に入らないんだってさ」
「へぇ〜」
拝美はそう言ってさらに顔を近づける。やはりコイツもこの研究会の一員だ。テーブルゲームには並々ならぬ興味がある。これ大事。
「先輩、ちょっと開けてみましょうよ」
拝美の言葉に俺も「だな」と答えてパッケージを破り箱を開けてみた。中にはすごろくの台紙と駒、それに琥珀色をした透明なサイコロと説明書が入っていた。俺は説明書を放り、その他の物を出して絨毯の上に広げた。
「普通のすごろくとか変わんないっぽいッスけど……」
拝美はそう言いながら折り畳まれた台紙を広げていた。俺は転がったその琥珀色のサイコロを手に取り、窓に向けて透かしてみた。窓から差し込む陽光がそのサイコロを透過してキラキラと光っている。
「数字が漢字って珍しいな」
そのサイコロに刻まれた数字は全て漢字で表記されていた。
「コッチは特にこれと言って変わったところのないすごろくの台紙ッスね。止まったところに書かれている指示に従うポピュラーなタイプッス。何でこれが人気なのか判りません」
俺は拝美の言葉にヤツが持つすごろくの台紙に目をやる。確かに見たところ何の変哲もない台紙だった。すごろくマスの外には、油絵タッチの天使と悪魔の絵が描かれてる。
――――が、何故両方とも萌え系の女の子の絵なのだろう?
「とりあえず…… やってみます? 見てくれはアレっすけどやってみると人気の秘密が判るかもしれないし」
うん確かに。
「だな、ロンより証拠って言うもんな」
「先輩…… ロンじゃなくて論っす」
俺はすかさず拝美の頭をスパンっ! と叩いた。
「そう言ってんじゃん!」
「嘘ッスよ、今絶対先輩麻雀の発音だったっスっ!」
「こまけーなお前、女出来ない理由はそこだぜ、ぜってー」
頭を撫でながら反論する拝美に俺はそう言ってやった。コイツ、未だに童貞なんだぜ?
あ、いや俺も素人童貞だけどさ……
拝美は「でっかいお世話っす」と小声で言いながら、箱の中から残りのすごろくのアイテムを取りだした。
「すごろくを2人ってのもアレだ。お前、宮本起こせ――― オラっ、起きろ柳生っ!」
俺はそう言って尺取り虫のような奇妙な格好で突っ伏してる柳生のトランクスから露出した半ケツを蹴り上げた。蹴った反動で体が伸びた柳生はテレビが置かれたカラーボックスの角に頭をぶつけ「ほげぇぇっ!!」と北斗神拳を食らった雑魚キャラのような声を上げ、むくっと起きあがった。
「小次郎てめぇ、俺の三年地獄受けるかコラ…… アレ? お前等何やって…… お、今度はすごろくかよ」
座卓に広げられたすごろく盤を見ながら柳生が嬉しそうな声を上げる。ウンウン、やはりコイツもボードゲーマーの血が流れてるな。ニヤリ……
「ほぇ〜 カミスゴロク? 神すごろく…… 紙すごろく…… ああなるほどぉ」
俺の正面に座っていた宮本も、拝美に起こされたようで、寝ぼけ眼でのっそりと起きあがった。図体がデカイのでその姿は冬眠から冷めたクマを彷彿とさせる。宮本は手元にあった特大海苔塩ポテチの袋抱え、食い出した。起きてるときは常に何か食ってるな、コイツは…… つーかどこに売ってるんだ? そんな抱き枕みたいなサイズのポテチ?
「じゃ、早速やるっすか。これ、駒みたいッスよ」
拝美はそう言って座卓の上にバラバラとペットボトルの蓋ぐらいの大きさの駒を置いた。数は丁度4個。つまりこのすごろくは4人用の物らしい。
駒は4個とも小さな台座に人をかたどった人形が付いているが、それぞれ色と形が違っていた。どれもやたらリアルな人形で顔の表情まで判ると言った精巧さだが、着ている服の時代が全て違う。中世の西洋の鎧を着た者、貴族の格好をした者、着物姿の武士、そして士官服の軍人。そこに共通点は見あたらず、それ単体で見たらすごろくの駒とは思わないだろう。
「変な駒だな…… まいっか。俺この騎士みたいなヤツぅ!」
と柳生が勝手に手を伸ばして鎧姿の駒を掴んだ。
「あ、てめっ! 俺が狙ってたのに。じゃ俺軍人!」
そう言って俺が軍人を取ると「ずるいッス」と拝美が武士を取り、宮本がポテチの油でギラ付いた手で貴族の人形を取った。
「よし、これで駒は決まった。順番は公平にじゃんけんな? 拝美、お前パー出せよ」
「い、意味わかんないッス!」
俺の言葉にそう反論する拝美。その隣では宮本がべと付いた手を絨毯になすりつけている。マテコラぁ!
「最初はグ〜、じゃんけんポイ!!」
正面であぐらをかく宮本の股間に踵落としをするつもりだったが、俺の隣でいきなり柳生がそう言ったので条件反射でチョキを出した。
俺……チョキ
柳生……チョキ
宮本……チョキ
拝美……グー
「拝美…… どうやら死にたいらしいな……」
「い、意味わかんないッスよ、それじゃ全然公平じゃないじゃないっすか!?」
俺達3人の陰鬱な視線を一身に受け、拝美は泣きそうな顔で抗議する。
「ま、たまにはコイツにも勝たせてやろうぜ小次郎。先輩として心の広いところを見せるのも先輩の役目だぜ?」
と柳生が言う。まあ確かにそれも一理あるな。我が研究会も生き残りはこの4人。拝美が抜けたら至高のテーブルゲームである『4人打ち麻雀』が出来なくなる。飴と鞭ってヤツだな。まあ、生き残りどころか端からこの4人しか居ないんだがな、我が研究会……
「良いだろう…… 拝美研究員、太平洋とタメ張る心の広さを持つ先輩に感謝するヨロシ」
俺の言葉に「ちっさ……」と呟く拝美の頭を当然のごとく叩いた後「時計と反対回りな?」と宣言した。すると俺の右隣の柳生が怒鳴った。
「はあぁ? 何言っちゃってるアルカ? 何で俺最後アルカ?」
と何故か確実に中国人は使わないだろうインチキ中国語で猛烈に抗議する柳生。
「普通時計回りだな、こういう場合」
と宮本。
「てめぇ、労せずに2番手ゲットとは良い度胸だ。さっき俺の部屋のカーペットで手を拭いたのもひっくるめてハムにしてやるぜコラっ!」
そんなこんなで結局再度じゃんけん。俺と宮本がパーを出しチョキを出した柳生が抜ける。それを余裕の表情で眺める拝美にカチンと来て、再びヤツの頭を叩いた後、宮本とマンツーじゃんけんで一撃で負け、やっぱり腹が立つのでまたまた拝美の頭を叩いた。
結局俺ビリじゃん……
じゃんけんって単純だけど負けるとえらく腹が立つよな、まじで。60時間マラソン麻雀のおかげでおかしな事になってる頭では、順番を間違えると面倒なので時計回りにするため宮本と柳生が席を替え、ようやく本題のすごろくを始めることになった。我が研究会のいつも通りのスタートトラブルだったな。
「じゃあ、俺からっすね? なんか一番って新鮮ッスね〜」
と言いながら拝美は琥珀色のサイコロを振った。座卓をコロコロと転がったそれは、六を上にして止まった。
初っぱなでいきなり六…… 拝美てんめぇ!
そんな俺の心の中の呪詛の声を知らずに「うっは〜 いきなり六ッス! お先ッスネ〜」と脳天気にはしゃぎながら駒を進める拝美。さらに続いて「おおっ! しかもコメントマス!!」と嬉しそうな声を上げた。
拝美…… どうやら命日は決まったようだな……
俺は拝美殺害プランを脳内で練りながらヤツの駒が止まったマスを覗き込んだ。他の2人も同じように覗き込む。
「えっと……『ミカちゃんとしっぽりぬっぽり!』…… なんだこれ? つか『ミカちゃん』って誰だ?」
柳生の言葉に4人で首を傾げる。さっぱりわかんねぇ…… マスの横には3頭身の天使の格好をした萌えギャルが、ウインクしてる絵が描かれている。
「おい拝美、説明書読め」
俺はそう拝美に言った。拝美は「あれ? さっきこの辺に放り投げたような……」と呟きながら説明書を探し始めた。するとその時……
ピンポ〜ン♪
再び玄関のチャイムが鳴った。俺は「ったくなんだよ」と吐き捨てながら立ち上がり、「ちょっとタイムな」と言って玄関に歩いていった。やっぱりトランクス&Tシャツのセクハラ仕様だが、どうせNHKの集金とか、新聞の勧誘かなんかだろうと思い少々ぶっきらぼうに「あん? どちら様?」と鍵に手を掛けてドアに向かって叫んだ。
「まいど〜、早く開けてよぉ〜」
と、ちょっと鼻に掛かった甘い感じの女子の声だ。俺は(なんだ?)と思いながら玄関を開けた。目の前に天使のコスプレをした美少女が立っていた。
「は〜い、ミカエルだよぉ〜 おっじゃましま〜すぅ♪」
その天使少女はニッコリ笑いながら、俺の了解も取らずに部屋の中に入っていった。俺は目を点にしたまま彼女の後を追い部屋に戻った。
「うっわ〜 酷い臭いだね〜」
その女の子はそう言って顔の前で手を振りながら部屋を見回した。他の3人も俺と同じように目を点にし、唖然とした顔でいきなり乱入してきた少女を見上げ固まっている。
「あ、ああ、あの、どちら様?」
俺は辛うじてそう聞いた。
「だからぁ、さっきミカエルって言ったよぉ? ミカちゃんって呼んでね」
その少女、ミカエルは俺にそう言いながらウインクして再び3人を見回し、一度座卓のすごろく盤に視線を移した後、「えっとぉ……」と呟きつつ顔を上げて拝美を見つめた。
「あなたね。よし、じゃあやろっか?」
ミカエル…… ミカちゃんはそう拝美に言った。拝美は「は?」と短く声に出したまま首を傾げた状態で再び固まった。
「あ、流石に見られるのはアレかぁ。ようし、はいはいみなさ〜ん、ちょぉ〜と部屋から出てくださいねぇ〜」
ミカちゃんがそう言って右手をくるっと回すと、宮本と柳生の体が座った状態のまま床をゴロゴロと転がってきた、すると俺も何かに押されるような感触がして玄関まで後退した。
「え、ええ? なんだこれぇぇぇ!?」
尻餅を付いても尚ぐいぐいと押されていく。俺は脱げそうになるトランクスを押さえながらそう叫んだ。
「お、おい、ちょっと……っ!? せ、せめてズボン履かせて……っ!!」
そんな叫びも空しく、俺等3人はとうとう外の廊下まで押し出されてしまった。俺達が転がるように廊下に出た後、ドアがばたんと閉まり、続いて鍵が閉まる音がした。
「なな、何だったんだ今の」
ドデカポテチの袋からポテチを取り出しつつ宮本がそう言った。まだ食って他のカヨお前っ!?
「何が何だかさっぱりわからんが…… かなり可愛かったよな? それだけはハッキリと断言できるぜ」
とパンツ一丁で腕を組み頷く柳生。どうでも良いけど俺等3人とも誰一人としてズボン履いてねぇ…… 柳生にいたってはシャツすらねぇ。どう考えても変態3人衆だ。俺は慌ててドアノブを捻るが鍵が掛けられているので回らない。
「おい開けろー! このままじゃ通報されちまう。つーか俺ん家だぞここ! なにが哀しくて自宅の前でパンツ姿で捕まらなきゃならん! おいコラ拝美、聞いてんのか!!」
俺がどんどんドアを叩くと、なにやら中から声が聞こえてきた。俺は新聞受けを開いて中の様子を覗きながら聞き耳を立てた。
(ああ〜ん…… そこ気持ちい〜よぉ? あああ〜っ!)
中からさっきのミカちゃんの甘い声が聞こえてくる。俺は思わずごくりと唾を飲み込んだ。俺のそんな行動を不審に思った柳生と宮本も「何だよ?」と言いながらドアにへばり付いた。トランクス&Tシャツ、約1名はトランクスオンリーの姿で玄関ドアに張り付く男3人…… 変態街道まっしぐらだが、中から聞こえる声はそんなことが全部どうでも良くなるような内容だった。
(あ、あ、あ、ああ〜ん、もっと〜もっとぉぉ〜、きゃっ、そ、そこはぁ〜っ!)
お、おお、お前等人ん家で何やっとんじゃぁぁぁぁ!
だが誰一人声も出さずに中の音声を拾おうと必死だった。巾30cmも無い新聞受けに男三人の顔が、いや淫靡な好奇心が集中している。てか宮本、てめぇ鼻息五月蠅すぎなんだよ! 聞こえねぇじゃねえかっ!!
(あ、あ、ああっ! い、いく〜っ!)
どこにだぁぁぁぁぁっ!
一際大きな嬌声が響き、続いてしばしの沈黙。俺達は息する音も煩わしいと全員無呼吸で内部の音に全神経を集中する。今の集中力ならエルメスにだって勝てるぜたぶんっ!
すると恐らくミカちゃんのものであろう「はぁぁ……」という深いため息が聞こえ、しばらくガサゴソとした音が続き、しばらくしていきなりドアが開いた。外開きに勢い良く開いたドアに激突して、俺達3人は変態セクハラ装備のまま廊下に転がった。見上げると天使姿のミカが立っていた。心なしか若干顔が上気しているように見えるのは気のせいじゃないだろう。少々乱れたロングヘヤーを撫でつけ「じゃあ、またね〜」と言って去っていった。
そのミカちゃんの後ろ姿を眺めていた俺達は不意に我に返り、我先にと部屋になだれ込んだ。
するとすごろくが置かれた座卓の向こうに敷かれた布団の上で、上半身だけ起こした拝美がうつろな目を天井向けたまま固まっていた。まさに心ここにあらずと言った様子だ。
そして部屋に入ってきた俺達を認めると、右手の親指をたてて口を歪めた。
「しっぽり、ぬっぽり、ゴー・トゥ・ヘブン!」
そのにやけた顔にイラっと来た俺は反射的に踵落としをたたき込んでしまった。だってムカツクんだもんよ!
「小次郎、気持ちは分かるがやりすぎだ!」
と慌てて柳生が俺を羽交い締めにして止める。
「お、おい拝美ぃ! 『しっぽり』だったのかよ! それとも『ぬっぽり』だったのかよ! どっちなんだよぉぉぉっ!!」
と泣きながら膝立ちでポテチを頬張る宮本。その言葉の違いにどれほどの差があるか判らないが、それ以上にそこまでしてポテチを食うお前が俺にはイチバン謎だ。
すると鼻血を出しながらも、まだとろけた顔の拝美が譫言のように言った。
「かみすごろくは神ずごろくッス…… ミカちゃん最高……」
その言葉を聞いた俺、宮本、柳生の3人は顔を見合わせ、直ぐに座卓に視線を移した。いや、性格にはそこで六を上にして鎮座する琥珀色のサイコロにだ。3人とも同時に飛び込むようにサイコロに手を伸ばした。
「オイ宮本てめぇ、油ぎっちょんの手でダイスに触るんじゃねぇよっ!!」
「はぁ!? 何言っちゃってんのっ!? 次は俺の番だろうがっ!!」
「六、ロクぅぅっ!! 俺だ、俺が六を出すんだどけぇぇっ!!」
当然争いが起きた。争う内容もそうだが、半裸の男3人がもみ合う姿は誰が見ても醜い事はわかっていたが、俺達3人の間にはそんな倫理とか道徳とか言う物は一切無く、野獣とかして取っ組み合っていた。
すると……
「マイ・スイート・エンジェルの話では…… ルール通りやらないと無効だそうッスよ?」
布団から出てきた拝美が鼻にティッシュをツッコミながらポツリとそう呟いた。その言葉に俺達3人はぴたりと動きを止めた。
「この神すごろくは止まったマスのコメントに従い、現実に色々と起こるらしいっス。ミカちゃんは神様の使いで、本物の天使なんだそうッスよ」
ま、まじカヨ……
「天使…… どう見てもコスプレギャルにしか見えなかったが…… デリヘル譲かと思った」
と柳生が呟いた。
「この際俺はどっちでもかまわん。アレなら人じゃなくてもノープロブレムだ」
「俺もその意見に狂おしく同意」
宮本が俺と向き合い握手を求める。ポテチ油が染み込んだ右手が光ってる。いや、握手はいいかな……
しかし…… 神すごろく、恐るべしだ。コイツはホンモノだ。大人気の秘密が判ったぜ。
「とにかく、続けよう。初めに決めたルール通り、宮本、今度はお前が大人になる番だぜ」 柳生がそう言って宮本の肩にそっと手を置いた。宮本は柳生を見ながら頷き、油まみれの手を柳生の手に重ねた。ここに油同盟が結成された瞬間だ。お前等後でぜってぇカーペット掃除させるからな…… つーか頼むからティッシュ使ってくれ宮本……
「六、ロク、ろくぅぅぅっ!!」
と異様な気合いでダイスを握る宮本。良いからさっさと投げろっ!
「しっぽり、ぬっぽり、ゴー・トゥ・ヘブン!」
さっきの拝美の言葉を叫びながら宮本はダイスを投げた。4人で座卓を覗き込みダイスを目で追う。ダイスは琥珀の美しい光を放ちながらクルクルと回り、やがて3を上にして止まった。
「3っ! 空マスだぁぁ!!」
そう叫びながら宮本はその場に崩れるように突っ伏した。
「よっしゃぁ! 次は俺の番だぜっ!!」
柳生はダイスを掴み、トランクス一丁で立ち上がると腕をぐるぐると回した。気持ちは分かるが座れって。
「しっぽり、ぬっぽり、ゴー・トゥ・ヘブン!!」
柳生も宮本と同じ台詞を吐きながらダイスを振った。どうやらかけ声として定着しつつあるな……
「ろくぅ、ろくぅカマンっ!!」
異様な気迫でそう声を放つ柳生。ダイスは俺達の見守る中、クルクル回ってゆっくりと動きを止めた。
「5ぉぉぉ!? マイガっ!!」
一瞬6っぽかったが、ダイスは最後にころんと回り5を上にして止まった。柳生の駒が空マスで止まった。そしていよいよ俺の番が回ってきた。俺は琥珀色に輝くダイスを握りしめ、生まれて初めて神に祈った。
ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6、ろく、ロク、六、6……
ボードゲーム研究会会長として、ここは決めないと! ここは決めとかないとっ!!
「しっぽり、ぬっぽり、ゴー・トゥ・ヘブンっ!!」
やっぱり俺も同じ台詞を叫びながらダイスを振った。
来い、来いよロクっっっ!!
だがダイスは無情にも1を上にして止まった。
「1ぃぃぃぃ?」
思わずそう叫びながら仰向けに倒れ込んだ。
「なぜだ、何故なんだ!? アレだけ6に祈ったのにぃぃ!!」
「いや、6に祈ってもダメだろ。そこは神様に祈っとけよ……」
と柳生がすかさずツッコミを入れてきた。そうだった…… 俺としたことが祈る照準を見誤るとはっ!?
「あ、でも先輩、コメントマスッスよ?」
拝美のその声に俺は飛び起きてマスを睨んだ。
「地域の人とスキンシップ♪ ダイスを振って出た目が偶数だったらお巡りさんを、奇数だったらヤクザ屋さんにチョップ一発…… ってなんだよこれっ!? どっちも罰ゲームじゃねぇかっ!?」
とそこへ説明書を読む拝美の声。
「あ、でも先輩、ここに『指令コメントを無視するととっても危険、必ず実行しないとさらなる災いが降りかかるので要注意(ハートマーク)』って注意書きがありますよ?」
ま、まじカヨ……
「なあ小次郎、ここにもある通りスキンシップと考えればいい。チョップ入れて『アイーン』とか言ったらギャグだと思って許してくれるって」
「馬鹿野郎、警察なら許してくれるかもしれないが、ヤクザ屋さんだったらアイーンした瞬間に刺されるかもしれないんだぞ! 人ごとだと思って勝手なこと言ってんじゃねぇ!!」
「でも神すごろくだぜ? さらなる災いってのも興味あるよな」
おい宮本、ポテチごと焼却してやろうかコラ……
「とにかく先輩、まずはダイスを振ってみるっス」
ああ、確かに。てかお前のその余裕がむかつくんだが……
俺は拝美の言うとおりダイスをふった。出た目は3…… ヤクザ屋さんコースだ。
「脳天チョップしたら『たわばっ!』とか言ってくれるヤクザ屋さんであることを祈る」
柳生…… 戻ってきたらお前にもチョップ入れるからな、ぜってぇ……っ!
「勇者に敬礼っ!」
相変わらず人ん家のカーペットで手を拭き、敬礼する宮本。だからティッシュ使えって……
「先輩、俺的には『アイーン』より『だっふんだ!』の方が…… うげぇっ!」
とりあえず拝美の首に回し蹴りをたたき込み、俺は服を着て部屋を出ていった。
で、その30分後、俺は当然顔を腫らして部屋に戻ってきた。奥歯がぐらぐらするし……
「すげぇ、アンパンマンみてぇだ。元気百倍だな」
「うるせえ!」
俺は柳生にそう怒鳴り席に着いた。
「先輩、結局『アイーン』それとも『だっふんだ』?」
俺はそう聞いてきた拝美の頭をすかさず叩いた。
「チョップ入れた瞬間問答無用で殴られたよ! 言ってたら今頃東京湾に沈んでるわボケ!! ほら、次はお前だ、さっさとやるぞ!!」
俺はそう言ってダイスを拝美に渡した。拝美はやっぱ「しっぽり、ぬっぽり、ゴー・トゥ・ヘブンっ!!」のかけ声でダイスを振ったが今度は空マスだった。
それから2周ほど空マスが続き、今度は柳生がコメントマスに止まった。
「えっと何々…… 一攫千金のチャンス!? マジかよおい!? ダイスを振り出た目で入手方法が変わる。詳しくは説明書12ページの表2を参照。おい拝美、説明書くれ」
拝美から説明書を受け取った柳生は喜んでページをめくり説明書を読み出した。
「1,2,3がでたら宝くじが当選! うひょー!! で、4,5,6が出たら――――」
そこで急に柳生は黙り込んだ。何だ? どうしたんだ?
「何だよ…… ばっ、馬鹿じゃねぇの、こんなのって……」
柳生が説明書を見ながらそんなことを呟く。
「どうしたんだよ柳生、4〜6が出ると何なんだよ?」
俺はそう言って柳生の持ってる説明書を奪い取って表の2を読んだ。
「4,5,6が出たら現在の場所から最も近い銀行に押し入り現金を強奪する…… 尚、この強盗はどのような手段でも確実に成功するのでご安心を…… マジかよ!?」
部屋に沈黙が訪れた。この指令コメント通りに進むならば、柳生は銀行強盗をしなければならないことになる。
「これ、ギャグだよな? だって銀行強盗だぜ?」
柳生が笑いながらそう言ったが、上手く笑えて無かった。
「でも、神すごろくだぜ? 実行しないと大きな災いが降りかかるって……」
と宮本が言う。
「つーかそれ、本当なのかな?」
「でも先輩、ミカちゃんはマジで来たっすよ? しっぽりぬっぽりして行きましたし」
拝美が俺の意見にそう答える。
「アレだけじゃなんとも言えねぇよ。マジでデリヘルかもしれないんだしよ。天使だって証拠なんてねえじゃん」
「でもあの娘、俺等をなんだかよくわからん力で追い出したじゃん? あれって念力とか魔法とかじゃね?」
宮本はそう言ってポテチを食う。いっそポテチと結婚しろ。
「いや、もしかしたら女っ気無い俺等だ、美少女のオーラに気圧されて無意識に自分から出ていっただけかもしれん」
柳生が宮本の意見にそう答える。
「確かに、あり得るッスよね、童貞な先輩達の場合…… 痛っ!」
俺は拝美の言葉が終わる前に頭をひっぱたいた。一言多いんだよお前はっ!
「あ、こう言うのどうだ? 窓口に行って千円だけお願いして貰うの。でもってその場で直ぐ返す。金額の指示は無いんだし、一瞬だったら千円ぐらい貸してくれるんじゃね?」
宮本のその言葉に俺も『良いかも』とか思った。確かに金額の指定は無いんだし千円ぐらいなら事情を話せば協力してくれるかもしれない。
「でもそれって『強奪』になるんスかね?」
ポツリと拝美が呟いた。すると柳生がじろりと拝美を睨んだ。
「どうやっても俺を銀行強盗にさせたいみたいだなお前は」
「ち、違いますって。俺は一般論を言ってるだけッス。てか柳生さん、とりあえずダイス振ってみたらどうすっか? 1,2,3が出たら宝くじッスよ? 大当たりッスよ?」
「まあ確かにその通りだぜ柳生。そっちが出たら万々歳なんだからよ」
俺も拝美の話しに同意して柳生に言った。柳生は「だな」と頷いてダイスを握り「しっぽり、ぬっぽり……」とかけ声をかけてダイスを投げた。もういい加減それ止めないか? そのマスとっくに過ぎてるんだしよ。
で、ダイスの目は柳生の願い空しく4と出た。とそこに再び玄関のチャイムが鳴る。俺達4人は驚きつつもまたミカちゃんを期待しつつ玄関を開けたが、今度は普通の宅急便だった。
「差出人の名前がねぇ…… なんだこりゃ?」
30cm角ぐらいの段ボール箱だったが、俺の住所は書いてあるのだが、差出人の名前の部分は空欄だった。つーかこの部分書き込まなくて届くんだっけ?
「開けてみるヨロシ」
5が出たのにギャグだけは忘れない柳生が、またインチキ中国語でそう言う。つーかお前そろそろ服着ろって、そのまま銀行に向かったらたどり着く前に捕まるから……
まあとりあえず俺はその段ボールを開けてみた。開けると中からとんでもない物が出てきた。
「これって…… マジ物だと思うか?」
俺達は箱を覗き込みながら他の3人に聞いた。3人とも箱の中身の品物をみて固まっていた。なんと中にはオートマチック式の拳銃と弾倉が抜かれた状態で一緒に入っていたのだ。柳生はそれを箱から持ち上げ、弾倉をセットしてグリップを握ってみた。
「ホンモノって持ったこと無いからわかんねえけどさ…… 結構しっかり重いぜコレ」
柳生は手で重さを量るような仕草をした。そんなの俺だって無いって。
「撃ってみれば判るんじゃね?」
と言う宮本の言葉に「あ、なるほど」と頷く柳生。
「おい拝美、そこの枕取ってくれ」
「まじッスか?」
と言いながら枕を柳生に手渡す拝美。
「で、わりぃんだけどお前そこに立ってくんねぇ?」
「はぁ!? ホントに悪いです、てか悪いじゃすまねぇッスよ!!」
「ちょっとまて柳生、そもそもここ俺ん家だから。ホンモノだったら俺ここに住めなくなるからまぢでっ!」
「先輩観点ズレまくりッス! 住めなくなる以前に俺がこの世から居なくなるッス!!」
拝美が俺にそうつっこむ。
「そうだよ、それもあるんだ柳生。4人打ち麻雀どうすんだよ!」
「日本語おかしいッスそれっ! てか麻雀だけの為みたいに聞こえるのが嫌すぎます!!」
やべえ、拝美がキレかかってきた。日本語って難しいな。
「お、目出し帽まで入ってる。至れり尽くせりだな」
宮本がそう言いながら箱から取り出した目出し帽を広げて呟いた。
いや、至れり尽くせりつーより純粋に『早く逝ってこい』って急かす気満々って感じだな……
「ここから一番近い銀行って言うと…… 駅前の東京UFO銀行だな。一攫千金か…… すげぇな」
宮本はそう言い、今度はカールを頬張った。そして手に付いた粉をパラパラ払い落としたあと「勇者に敬礼っ!」と言って再び敬礼した。
「てんめぇ…… 人ん家何だと思ってんだ!」
と怒鳴った瞬間、服を着替え終わった柳生がジーンズのベルトに拳銃を刺し、目出し帽を被った姿で「行ってまいります!」と敬礼した。
俺達4人は思わず敬礼を返し、それを見届けると柳生は駆け足で部屋を出ていった。
カチカチカチ……
「どうでも良いけどアイツ…… ここから目出し帽装備して行って、銀行までたどり着けるんかな?」
俺のそんな呟きに残りの2人は「ああっ!」と声を上げた。
カチカチカチ……
で、1時間後。すごろくが止まっているので俺達は部屋でTVを見ていた。するとお昼の『笑っていんじゃね?』の放送中にテロップが流れた。東京UFO銀行に族が押し入り、現金1千万円を持って逃走したと言う臨時ニュースだった。
「せ、先輩…… 柳生さん、強奪の桁間違って無いッスか……?」
拝美が震えた声でそう聞いてきた。俺と宮本はTVの文字を食い入るように見つめたまま固まっていた。
「あ、あ、アイツ、昔からノリ良すぎるぐらいのヤツだったよな……?」
「あ、ああ……」
俺の問いに答える宮本の声も若干震えていた。
何やってんだよあのあんぽんたんがぁぁぁぁぁっ!!
カチカチカチ……
「そ、そういやなんか…… 複数のサイレンが聞こえている気が……」
と拝美が呟いた瞬間、玄関のドアが勢い良く開き、右手に拳銃、左手に目出し帽と、どこで買ったかワカランがエコバッグを提げた柳生が部屋に入ってきた。柳生は「ふ〜っ」とため息をついてテーブルに腰を下ろした。そしてエコバッグから札束をバラバラと床に落とした。するとその中から札束の他にコンビニのおにぎりやらパンが混じっている。
「お、お、お前なに、やって…… つか、なん、で、帽子被ってねぇんだよ……っ!?」
「ああ、やっぱすっげえよ神すごろく。スゲー簡単だった。帰りに腹減ったんでコンビニ寄ってきた。ついでに煙草買おうと思って『マイセンライト2個』って言ったんだけど、コレ被って喋ると上手く聞こえないみたいでよ〜」
そう言いながら柳生はパンとおにぎりを宮本と拝美に配っていた。
「柳生さん、まさかそこで脱いだんじゃ……」
拝美がおにぎりを受け取りながら恐る恐る柳生に聞いた。
「ああ、仕方ねえからそこで脱いできた。ほら、今日は俺のおごりだ、食ってくれよ」
そう言って鮭おにぎりを放ってよこす。いや、腹減ってたし、確かにありがたいけどお前さ……っ!
カチカチカチ……
「おい拝美! そこの窓からゆっくりと外を覗いて見ろ。外から隠れるようにっ!」
俺の指示に拝美は窓まで這っていってゆっくりと外を覗いた。そしてがっくりと肩を落として戻ってきた。
「ど、どうだ?」
俺のその問いに拝美は静かに首を振った。
「お巡りさんいぱーい…… 盾持ってるのも居るッス…… 完全に包囲されてるっスよ、このアパート…… ううっ」
そう言って涙ぐむ拝美。
「マジで? 何でだよっ? 説明書には確実に成功するって書いてあったじゃん!?」
と柳生は声を荒げて言った。
「確かに成功するって書いてるっスけど…… その後捕まらないなんて一言も書いて無いッスよぉぉ……」
そう言って泣きながら首を振る拝美。
「でも何で直ぐに踏み込んでこないんだろ?」
宮本がカールを頬張りながら首を捻った。この期に及んでまだ菓子食ってるその神経にはもはや低頭したくなるが、確かに宮本の言うとおりだ。何故だ?
そう考えた瞬間、俺はピンと来て柳生を見た。俺の目を見た瞬間、柳生はばつが悪そうに目を逸らした。お前…… お前って野郎は……っ!!
「撃ったのか? 拳銃……」
「いやぁ…… その場のノリでつい…… ホンモノかどうかも試したくて、銀行で3発ほど天井に……」
「馬鹿かおめーはっっ!! 銃刀法違反のオプションまでついちまったじゃねぇか!!」
ダメだ、終わった。
「先輩、自首、自首しましょ? このお金返せば今ならまだ……」
拝美が床に散らばった札束を拾いながらそう言った。
「なあ、でもこのすごろくどうすんだよ、説明書じゃ最後までやらないと大きな災いが降りかかるって……」
宮本がそう言いながらおにぎりを剥いていた。てめぇ状況考えろ! おにぎり食ってる場合じゃねぇだろうがっ!!
「これ以上どんな災いがあるっていうんだよ!! お仕舞いだろ俺等、捕まって豚箱に入って!! こんな物、やってられっかっ!!」
俺は自棄になってテーブルを蹴り上げひっくり返した。琥珀色のダイスとすごろく盤、そして精巧な駒達が中を舞、バラバラと床に落ちていった。
もう良い、もう全部どうでも良い。ミカちゃんのしっぽりぬっぽりも関係ねぇ! 神の力なんぞクソ食らえだ!!
カチカチカチ……
「先輩…… さっきから変な音が聞こえねぇっすか?」
興奮で肩で息する俺に拝美がそう声を掛けてきた。そういやさっきからカチカチ五月蠅えな。
「あの目覚ましじゃね?」
柳生がテレビの上の目覚まし時計を指さした。
「いや、時間をよく見ろ。アレはずいぶん前に止まってる……」
俺はそう言って部屋を見回し、先ほ来た段ボールが目に入った。俺は段ボールを拾い上げ、耳を近づけた。
カチカチカチ……
コイツだ。そういや、箱の厚みに対して底が浅い。どうやら二重底になっているようだ。俺はそう思い底の段ボールをずらそうと箱を斜めにした。
すると箱から一枚の小さな紙がヒラヒラと舞い床に落ちた。俺はそれを拾い上げて目を通した。
《神すごろく・強盗セットVol.2 アイテム内訳》
1.拳銃:グロッグ17×1 17発装填マガジン×1同梱
2.目出し帽×1
3.時限爆弾×1
※3については隠蔽セキュリティにより開封より2時間後に爆発する設定になっております。開封時にタイマーを最セットしてください。
時限…… 爆弾?
俺は慌てて底の段ボールをひっぺ返した。すると回りに新聞紙が敷き詰められた物体が姿を現した。中央に時計が付いており、その秒針がカチカチと時を刻んでいた。
「ああっ!!」
俺の周りでそれを覗き込んでいた全員がそう叫んだ瞬間、俺達の意識はぷつりと切れた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
煙を上げるアパートの上空を、白い天使の格好をした女の子がフワフワと浮かんでいる。女の子の名前は『ミカエル』と言った。
彼女は黒煙を上げるアパートを見ながら薄く笑った。
「6時間56分32秒…… あーあ、今回の人間はすこぶるアホだったわね。最低記録更新だわ。まさか8時間持たないとは思わなかった……」
ミカエルはそう言ってため息をついた。
「神すごろくだって? 神がそんな暇なことするわけ無いじゃない。全部自分たちがやったことなのに、何で気が付かないのかしら?」
ミカエルはそう言って煙を上げるアパートに一瞥をくれると、もう興味なしと言った様子で空を見上げた。
「さ〜て、次はもうちょっと楽しめる人間探そうっと♪」
そう言うミカエルの背中に、いつの間にか12枚の大きな羽が出現していた。ミカエルはその羽を羽ばたかせ、西に傾いた陽光の映し出す空に消えていった。
☆ ☆ ☆ ☆
ある日、唐突にチャイムが鳴る。玄関先には女性の宅配員が箱を抱えて立っている。
箱を開け、中に入ったすごろくを見て、何故か頼んだ記憶がある。
その記憶に矛盾があることに気が付かずにすごろく盤を開き、4人分の駒を見る。
大柄な男、上半身が裸の男、腰の低そうな男、ちょっと偉そうな男……
どれも今にも動き出しそうな程精巧に作られた人型の駒。
さあ、次にその琥珀色のダイスを振るのは、あなたの番……
どの目が出るかは
勿論、神のみぞ知る
故に人はそれを『かみすごろく』と呼ぶ
おしまい
-
2011/05/20(Fri)10:25:20 公開 / 鋏屋
■この作品の著作権は鋏屋さんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
どうも、鋏屋でございます。
輪舞曲を書くつもりが、つい暴走してしまい、全くかすりもしない話しになってしまったので、普通の読み切りとして投稿します。何でだろう? 気が付いたら全く違う話になってる!?
皆さんのように文才のない私は、やっぱり難しいっす(涙)みんな凄いなぁ……
ホントね、もう妄想が暴走して、思うがままに書いた話なのでツッコミどころ満載なのはご容赦を。いや〜久しぶりに何も考えずにお話を書いた気がします。
キッカケは輪舞曲用に書いてる途中で猫殿のお話を読んでしまい、私の頭の中に浮かんだ物を、何も考えずに書いてみたらどうなるんだろう? みたいな気になってしまい、途中から何も考えずに書いてみました。
ほんと稚作ですw でも久々に書いてて楽しいなと思える読み切りでした。作者のマスターベーションかもしれませんが、一人でも面白いと思ってくれたら嬉しく思います。
鋏屋でした。
5/20 上野文殿の私的箇所、及び各所修正
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。