『リユーザブル』 ... ジャンル:リアル・現代 恋愛小説
作者:漂浮                

     あらすじ・作品紹介
縹(はなだ)の狂気的で、純粋な恋を描きます。

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「私ね、白が嫌いなの」
 白縹(しろき はなだ)は少しだけ口を開けて、目の前で眠っている男に話しかけた。
 返事はない。ただ白い空間に寝そべって、顔だけがこちらを向いている。
「名前に白が入ってるでしょ? それがどうしても許せないの」
 縹は無理に微笑んで、男の顔面を手で撫で上げる。ひんやりとした体温が手に、染み込むようにして伝えられる。
 縹は唇を噛締め、震えるほど力をいれ、両手で男の顔を包みこんだ。
 男の顔に赤い液体がべっとりと付いたが、縹は気にしていないかのように頬擦りをした。
「どう思う? 私に白って合わないよね」
 沈黙が再度訪れる。
 縹は今度こそ黙りこんだ。昔を思い出しているのだ。一年前、白いベッドで寝ている男との思い出を。


 やけにお日様が光り輝いている日だった。
 縹と男は繁華街の中で出会ったのだ。お互いに視線を絡み合わせ、人が行き交いする中で立ち止まった。お互いに一目惚れだったのだと思う。混雑しているのに、縹の目には男しか映ってはいなかった。
 男も瞳の中に縹を映しこんでいたのだと、縹は思っている。
 運命だったのだと、縹は思っている。

 それから縹は毎日のように男に会いに行った。
 初めて会った時は気付かなかったことなのだが、男はなかなかの男前であったことに、縹は気がついた。
 一目惚れには、自分の顔のパーツが似ているか、防衛遺伝子の型が全く違うかのどちらかが当てはまるのではないかと仮説が立てられているが、それなら縹は後者だと思うのだ。
 男の緻密な作りをした顔立ちとは正反対で、縹は残念なほどに各部が適当に作られ、神様の落書きかと思えるほどに不細工な顔であった。
 それを気にするほど縹の神経は細くはなかったので、男の顔立ちを見て、劣等感を抱くことはなかった。だが、こんな私が男の傍にいてもいいのかと、心配したことはあった。
 男は非常に他者から好意を抱かれていて、中には縹には敵わない女もいたのだ。他の女に盗られてしまうのではないかと、縹は気が気でなかった。
 日毎圧し掛かる不安や嫉妬。男が他の女に目移りしないかと、杞憂であってほしいと願うばかり。
 悲しみに暮れていたある日、縹は男が女からの誘いを断っている場面を見かけた。―――ああ、やっぱり私を選んでくれたんだ。
 縹は欣喜して男に近づいた。男は誘ってきた女と別れ、一人で家路を急いでいるところだった。
「やっぱり、私を選んでくれたんだね」
 男の背後から声を掛け、縹は思い切り抱きしめた。温かい体だった。その日は冷風が吹いていたのに、服の上からでも分かる温かさだった。 
 縹は背中に顔を押し付け、それから手を取った。
「ありがとう。とっても嬉しいの」
 そう言ってからも柔らかい声でありがとう、と何度も伝え、両手で大きな男の手を取って絡ませた。
「帰ろうか」
 男は驚愕して縹を見つめたが何も行動を起こさなかった。

 男の家にぐいぐいと縹が連れて行き、そして戸惑いも無く鍵を開けた。慣れているかのように玄関で靴を脱ぎ、居間へと向かう縹の姿を男は呆然と見ているが、縹は気づいていないのかその視線

を受け流し台所に立った。
 引き出しに閉まっていた包丁を取り出し、縹は男に向かって愛嬌の良い笑顔を振りまいた。
「今日は私がご飯を作るね」
 男が無反応でいると、縹は怒ったように頬を膨らまして男へ詰め寄った。
「ねえ、何か言ってよ」
 可愛らしい仕草をしていても、手には包丁が握られている。男は必死にうんと頷き、縹によって強制的にソファに座らされた。
 とんとんと聞こえてくる音に心臓が不規則な動きを繰り返す。心臓ペースメーカーが欲しいと男は初めてそう思った。
 三十分後に縹は台所から出てきた。皿の上には焦げた真っ黒な肉が乗っている。これは何? と言いたげな男に対し、縹はむくれた顔をした。
「私、料理が苦手なの」
 苦手以前の話だ。男はこの見知らぬ女に近い親近感を抱くと共に、気味悪さが少しだけ消え去った。

 
「俺、病気なんだ」
 男からの衝撃的発言に、縹の心臓が一瞬だけ止まった。
「え……?」
 それはつい最近。細かく言うならば十七日前。
 男の家に通いつめ、男から女への恐怖心が抜け切れた頃のことだ。
「何? どんな病気? それは治るの?」
 男は静かに首を振った。
「嘘……。そんなの、……私を置いて、何処かへ行ってしまうの?」
 男の口が開くことは無く、ゆっくりと扉を開けて外へと出て行った。
「あ……」
 光に包まれた男の白さに縹は言葉を失った。
「本当、なんだね」
 一言零しただけで、涙が滴り落ちた。


「覚えてる?」
 病室のカーテンが揺れて、爽やかな風を齎した。
「貴方が私に言ってくれた、たった一つの褒め言葉」
 縹は、ふふと笑った。
 病室には誰もいない。目の前に寝そべっている男と縹だけしかいない。
「私は清廉だって、言ってくれたよね。嬉しかったなあ……。貴方が私に向かって発した言葉は、たった一言だったから。病気だっていう宣言だったから」
 縹は頭をもたげ、目を瞑った。
「でも、たった二言っていうのも、やっぱり嫌だし……。もっと話したいの。貴方の声が聞きたいの。だからね、貴方の褒め言葉を知らん振りしちゃった。ごめんね」
 白い床に赤い包丁が落ちている。
「でもね、私、間違ったことは、してないつもり」
 喉がひゅーひゅーと鳴り、そろそろ時間だというように、声が上手く出せなくなる。
「貴方を、一人には、させないよ」
 縹以外に誰も見舞いにこなかった病室には、新しい花が花瓶に挿されている。
 白いスイートピーが赤を吸い込んだとき、縹は名も知らない男と共に絶命した。
 

2011/04/24(Sun)01:43:05 公開 / 漂浮
■この作品の著作権は漂浮さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
分かりましたでしょうか……。
花言葉や、名前にも意味を持たせてみました。……こういうのって、言ってもよろしいのでしょうか。やはり読者様に考えてもらうのが良いのでしょうか。
あ、でもやっぱり書いてると、伝わったかどうか不安なので書いておきます。

縹も男も変わった神経の持ち主ってことです。
一目惚れなんです。お互いに、縹が思ったとおり一目惚れだったのです。
夢中になると、怖いってことを伝えたかった小説かもしれません。
あ、あと、縹も男も家庭環境があまり良くないって分かりましたか……。
ストーカーって、種類が何個かありまして、その中にボーダーライン系(孤独を避けるための気違いじみた努力)っていうのがあるんです。それに縹は当てはまるように書いたつもりです……。
男は、親が家にあまりいないのです。親がいたら、縹もそう簡単には侵入出来ませんしね。
お互いに近い何かを感じたのでしょうか。だからこそ人ごみの中でめぐり合えたのかもしれませんね。

縹が男を殺したと見せかけて自殺、というオチだったのですが、どうでしょう。今見返してみると、そこまで驚くオチじゃないっていう……。予測範囲内ですね。

読んでくださった方、ありがとうございました。

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