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『イージーノート』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:リャン平
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あらすじ・作品紹介
この作品は勉強が苦手な野球部員の坂崎悟志が、それで勉強すれば誰でも試験で高得点が得られるようになるという都市伝説『イージーノート』を手に入れることによって、期末試験を何とか乗り越えようとするさまを描いた、現代の学生の日常物語となっております。
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二月も半分が過ぎて、ほんの少しだけ日が出ている時間が延びたように思える下校時間。
中学二年の坂崎悟志(さかざきさとし)は友人であるふっくらとした体格の信楽(しがらき)、痩せ型黒縁眼鏡の文化系男子である後藤(ごとう)と共に自分が今日の昼休みに聞いたばかりの都市伝説について話しながら下校していた。
「なんでもそのイージーノートってやつは、一年ぐらい前から出回ってるノートで、それで勉強すれば必ず試験で良い点とれるノートらしいぜ。しかも全教科対応」
「俺には必要のないノートだな」
「カーッ、これだからガリ勉後藤は! お勉強は恋人ですか!?」
野球部伝統とされている丸刈り頭をかきむしりながら悟志は悪態をつく。しかし、元より勤勉である後藤には大した反応は期待してなかったのか、すぐに悟志は信楽に話の矛先を変えた。
「シガちゃんはどう思う? これが本当だったらすげぇよな!」
「う〜ん……。結局は実在するかどうか確かめようがないから、都市伝説なんて言われてるわけだよね」
話を振られた信楽はその体格に見合うゆったりとした口調で、それでいて冷静に意見を返す。
「……やっぱりそうだよな。さすがにそんな便利なノートあるわけないよな。あーあ、せっかく成績を何とか出来ると思ったのにな。今日の英語の小テストもちんぷんかんぷんだったし、授業の様子見に来てた後藤の爺ちゃんにも見られるしよ〜」
友人が無情にも突き付けた現実を重く受け止めたのか、悟志はショックの色を隠せない。ちなみに後藤の祖父とは長年英語の教員をしていて、今では悟志たちの通う中学校で教頭をしている。
「悟志が成績の心配だと? ……信楽、どうやら悟志はたちの悪い風邪を引いたらしい」
「よしシガちゃん後藤を押さえといてくれ」
言うが早いか悟志は自分の拳を握りしめる。しかし後藤はそれを見越してか脱兎のごとく駆けだして、彼の家がある方の別れ道へと曲がっていった。
「あっ、待て逃げるなー! 俺だってたまには真剣に考えてんだぞこらー!」
既に見えなくなった友人の背中に叫ぶがその声は届いていないだろう。悟志はやれやれとため息をつく。
「成績といえば、後藤くんって中一の最初の方は僕たちより成績悪かったよね」
「へっ、そうだっけか?」
「きっと陰で努力したんだね〜。今じゃ僕らが逆立ちしたところで、とても追いつけやしないもんね」
「って、何が僕らだよ! なんだかんだでお前は二学期の期末で俺よりかなり良かったじゃねぇか!」
どこか尊敬のまなざしを今はもう見えなくなった後藤に向ける信楽の後頭部に、悟志はさっきぶつけそこねた握り拳をあてるのだった。
時は過ぎて三月の頭にある期末試験に向けての部活動が全面禁止となる試験前週間に入った。部活動を行われないためこの時の放課後の学校はとても静かだ。そんな静寂とした学校の教室に人目を気にするように二つの影がうごめく。
「さぁ約束のイージーノートを渡してもらおうか。―――後藤」
一方の影は悟志、もう一方は後藤であった。真面目な後藤だけでなく悟志も顔に似合わず神妙な面持ちをしている。
「シガちゃんの成績が突然上がったのもこれで合点がいったぜ。あんにゃろ、二学期の期末の時にお前から貰ってイージーノートを持ってやがったんだろう」
この間の英語の小テストが返却されそれが母親の目に触れたのがまずかった。結果として大目玉を喰らい、期末テストをどうにかしなくてはならなくなったのだ。そうして藁にもすがる思いで手を伸ばしたのがイージーノートであったわけだ。自称情報通と名乗る生徒から主に給食のデザートという手痛い代償を払って、様々なイージーノートの情報を手に入れた。イージーノートは去年卒業して有名私立に進学した先輩のものであるといったどうでもいい情報から、こうしてイージーノートを持っている確率の高い生徒についてまでだ。
「他の奴のことはどうでもいいだろ。これが約束のものだ」
後藤はカバンからA4サイズの茶封筒を取り出して悟志に手渡し、何も言わずに教室から出て行った。受け取った茶封筒はかなり軽かったが、ノート一冊分ぐらいの重みはあったように悟志は感じていた。
教室で封筒の中身を確認したい思いを耐えながら、その後悟志はすぐに家へと帰り自室にこもって勉強をはじめた。
「おー。これが」
長らく使われず埃をかぶった勉強机に座って、茶封筒からイージーノートを取り出す。
封筒から出てきたのは、よく見かける市販の方眼ノートぐらい大きさのものに黒い厚紙で包装されただけの何てことは無いものだった。裏表紙にはちょっとした装飾のつもりか白い厚紙で羽が安っぽく糊付けされている。
随分と雑な作りだと悟志は思ったが大切なのは中身だ。机の上に雑然と散らかっているプリントや教科書類を適当に片して、早速イージーノートを開いた。
ノートの中には教科ごとの要点と解説、更には試験に出ると予想される例題などが非常に繊細な字で丁寧に書かれていた。
「うひょ〜、こんなキレイなノート見たことないな。おっと、感心してる場合じゃない勉強勉強っと」
外装は非常に残念な出来だが中身は素晴らしく悟志の勉強ははかどって、結局母親に夕飯の準備が出来て呼ばれるまでペンは止まらなかった。
それから一週間後、二年生最後のテストである三学期期末試験が行われた。
悟志は部活が行われないのを利用して試験までの一週間、学校が終わると同時に下校して自宅でひたすらイージーノートを使って勉強し続けた。
「それでテストの首尾はどうだったんだ?」
「おう、イージーノートのおかげで全科目ゴールデンクラブ賞ものだぜ!」
「そっちの守備じゃないんだが」
そうして最終日の試験終わり、家の用事があるといって一人先に帰った信楽を除き、悟志と後藤は二人で家路についていた。
「まぁ実際はかなりきつかったけどな」
いくらイージーノートで勉強がはかどると言っても、時間がかかることには違いない。悟志は満面の笑みを浮かべながらも、その目元には黒々としたクマができていた。
「随分と機嫌が良いみたいだが、この先イージーノートはもう使えないことはわかってるよな?」
あまりにも浮かれ気味の悟志にくぎを刺すかのように後藤は言った。
「……わかってるよ。イージーノートを手に入れるのは大変で、俺に渡す分まで確保できるとは限らないんだろう? 何度も聞いたよ」
終始ニヤケ顔だった悟志の表情がわかりやすく沈む。それから会話は途切れ何とも味気ない帰り道となってしまっていた。
そうして二人が別々に帰る別れ道までやって来たとき、不意に後藤が別れ際に悟志の耳元に囁いた。
「悟志。俺からイージーノートを渡せる保証は無いが、イージーノートを自分で作ることなら出来るぞ。ノートの裏側、白い羽の安っぽい飾りがあったろ。それをはがして裏を見てみな。イージーノートの作り方が書いてある」
「……はぁ!?」
上の空で歩き続けいた悟志は呆けていたが、数瞬の空白のあと一気に覚醒する。そうして気付いた時には後藤は遥か先に居たため、追いかけるよりも自分の目で確かめるのが早いと自宅へ向けて駈け出したのだった。
「君にもできる! 簡単イージーノートの作り方」
自宅に着くと一目散に悟志は自分の部屋に飛び込み机の上に置きっぱなしにしてあったイージーノートに手をかけ、後藤に言われた通り外装の白い羽を剥がしていく。そしてその剥がした先にあった文字を思わず大きな声で読み上げた。
本当にあったと思いながら、悟志はそのあとの具体的な方法を冷静に目で追った。
そこにはこう書かれていた。
一、授業中の先生の話を聞いてその日何を習うのか理解しよう。
一、黒板で色チョークが使われたところは必ずノートに写し、自分なりの解説も付け足そう。
一、授業で先生に解くよう言われた問題は必ず解こう。
以上。
「……えっ?」
何度読み直してもこれ以上は何も書かれていなかった。
「たったこれだけなのか」
どことなく気の抜けた声色で悟志はつぶやいた。拍子抜けをしたといった方が正しいのかもしれない。
「この一週間のイージーノートで集中した勉強と比べたらこれぐらい超余裕だろ」
どうやら後藤は本当に勉強が苦手だったらしいと、悟志は今さらながら再確認していた。こんな簡単なことも出来ないから、毎度期末テストの度にイージーノートの確保に苦労するのだろう。
「よっしゃ、これで三年の試験も乗り切れる。再試験やお説教とも永遠におさらばだ!」
三学期の期末試験が返却され、悟志は今までとは比べ物にならない好成績だった。
「悟志くん。イージーノートを作っているみたいだね」
「あぁ、最近はその自慢話だけで耳にタコが出来そうだ」
歩きなれた下校路を後藤と信楽が二人で帰っていた。悟志はというと、不安要素が取り除かれたためかいつにも増して部活に精を出しているころだろう。
「それでも悟志君は単純だよね。ふと冷静になれば気付けるけど、イージーノートって外見以外は授業内容をまとめただけのただのノートなのにね」
悟志が耳にしていたら衝撃を受けるであろう内容を訳知り顔で信楽が後藤に同意を求めるようになった。後藤は少しの間を置いて、口元に薄い笑みを浮かべて言葉を返す。
「二学期の期末で同じように騙されて、それを使って必死に勉強した単純な奴は誰だったかな?」
「ま、まぁでも三学期は僕も自分の力でノートを作れたし、悟志君も大丈夫だよね」
後藤の言葉を聞いて信楽は途端にばつが悪そうに頭をかきながら話題を変える。その様子を見て声を出して笑いそうになるのをこらえて後藤は信楽と帰路についたのだった。
後藤は家に帰って何気なく本棚から一冊のノートを手に取っていた。黒地を基調とした画用紙の外付け、裏面に糊付けされた白い羽の装飾。時間がたってやや風化してしまっているがそれは紛れもなくイージーノート。
後藤にとっては一年生の一学期期末試験前に、自分の祖父から貰ったものであった。
後藤は元々、勉強が嫌いだった。出来ない訳でも苦手意識があるわけでもなく、ただ単純なことで真面目に勉強するのが面倒くさいという理由で勉強をする気がおきなかった。一学期の中間試験の成績はひどく、しかしそれでも自堕落な日々を改めるつもりの無かった後藤に一学期の期末試験前にイージーノートが手渡された。
「これは一年生の授業風景を毎日観に行って、他の先生の力を借りず自分の力だけで内容をまとめたノートだ」
後藤の祖父はいい歳をして自信に満ちた笑みを浮かべながらそう言った。後藤はその態度に戸惑いながらパラパラとページを見開いていくと、後藤が見慣れた綺麗な字で担当科目の英語から祖父がよく苦手だと口にしていた数学まで授業でなんとなく見た記憶がある内容がまとめられていた。
「ちょっと授業を覗いただけでも、これぐらいは書けるんだ。50分という長い授業の間、何もしないよりはノートを取るだけでも暇つぶしにはなるんじゃないか?」
それを利用して勉強した後藤はその期末テストで平均点の少し上ぐらいまで成績を上げた。
その結果を受けて後藤は正直に驚き、それと同時に興味が湧いた。ほんの少し授業を覗いただけの内容をまとめたノートで勉強をして平均点より上の点数を取れる。ではもしこれが、50分間真面目にまとめたノートならどうなるのだろうか、と。
後藤が周りから勉強が出来る優等生と呼ばれるようになったのは、それからのことだった。そうしていつしか後藤自身、自分が勉強するのが当たり前だと思い始めていたころ、祖父が嬉しそうな顔で母親と話している会話を偶然耳にした。
「最近は自分が空を自由に飛び回ることができる鳥と知らない子が増えた。だったら空を飛べる翼があることをわからせてやれば良い。後は勝手に自分の意志で飛んでくれると、ワシは信じていたよ」
この言葉を聞いてから、後藤は祖父には内緒で同じことを自分のノートでやった。
まずは都市伝説として噂を流すために情報通と言われている友達に、それからは噂を聞きつけた信楽、そして悟志に。
なぜそんなことをする気になったかと言えば、正直言って後藤自身わからない。ただ空を自由に飛べることは楽しく、ただ一人で飛ぶにはいささか空は広く淋しく、何より自分の翼で飛べることを教えてくれた祖父に感謝したかったのかもしれない。
イージーノートは誰もが持ち得る。なぜなら空を自由に飛び回る羽は誰もが持っているのだから。
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2011/03/27(Sun)20:24:43 公開 / リャン平
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■作者からのメッセージ
どうも初めまして、私リャン平と申します。以後、よろしくお願いします。
この『イージーノート』という作品は、現在の教育の問題として挙げられている児童生徒たちの学びからの逃走という事象を一体どうしたら解消できるだろうかということを頭の片隅に置きながら、書き上げました。
まぁお堅い言葉を並べましたが、早い話が努力をするのが問題への一番の解決法であり、その努力というのは日々の積み重ねが結局は大事なのであるという教訓じみた結論をつけたかったのかもしれません。
しかしいざこういった教育の問題を題材として書いた完成品は、どことなく進学塾とかのパンフレットについている漫画みたいな展開になってしまったなと思いました。
初投稿となりますが、いたらぬ点やもっとこうした方がいいなどの意見などありましたら、どうかご指導のほうお願いいたします。
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
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