『抜き撃ちのジョン』 ... ジャンル:アクション 未分類
作者:江保場狂壱                

     あらすじ・作品紹介
無頼者ジョンはあるギャングの銀行強盗の片棒を担ぐ。最初は計画通りにうまくいったと思ったら・・・?痛快ギャングアクション小説!

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 雲ひとつない青空の下にはきらびやかな流行を発信するお店や、ぴかぴかの外装の高層ビルが立ち並んでいた。道行く人も仕事で忙しいビジネスマンや、流行を追い求める、今、流行のファッションに身を固めている若者たちで賑わっていた。
 その一方である地下室には三人の男がいた。暗く、カビと埃の臭いが充満した、コンクリートむき出しの部屋であった。置かれている家具は木製のテーブルと椅子で、長い間日に当たっていないので、腐敗しており、もろく、嫌な臭いがした。こんな部屋にいるのはお天道様に背を向けることのできない、夜行性というか、太陽の光を浴びただけで目がくらみそうなモグラか、土の中を這いずり回るミミズのようなものだろう。そして男たちはまともな人種とはいえない、人様に後ろ指をさされる仕事をしていたのだ。
 テーブルの周りには三人の男がいた。一人は四十代を過ぎたくらいで、恰幅のある黒スーツに黒のソフト帽を被っていた。全体的に丸太のような太さを感じるが決して愚鈍には見えず、その表情は長い間、戦いを潜り抜けた歴戦の戦士を思わせる雰囲気をかもし出していた。
 もう一人は白いスーツとソフト帽を被り、サングラスをかけていた。大体三十代に届くかどうかだ。この男は椅子に座っており、足を組んでいた。なんともふてぶてしい表情を浮かべた優男といったところか。こちらは日本刀のように鋭い体型だが、その刀身はしなやかで美しい。外見だけで判断すると痛い目に遭う、そんな雰囲気があった。
 最後の一人は黒人であった。年齢は二十代で一番若く、寡黙であった。着ている服は灰色のスーツだが、他の二人と違い、安物であった。もっとも体格は他の二人と比べて発達していた。野生のゴリラか、二本足で立つ狼を連想させた。獣の臭いをスーツで押さえ込もうとしていたが、何の役にも立たず、剣呑な雰囲気を漂わせていた。そのくせ礼儀正しく、背筋をピンと伸ばしているから、ちぐはぐな印象を受けた。
黒スーツの男はテーブルの上に地図を広げ、赤鉛筆で説明しているが、白スーツの男と、黒人の若者は黙って話を聞いていた。
「で、明日、ゴールド銀行を襲撃する手はずは整ったわけだ。ジョン、自分の役割をきちんと覚えているだろうな?」
 黒スーツの男が白スーツの男、ジョンに声をかけた。ジョンは座りながらにやりと笑うと、上着を開いた。脇にはショルダーホルスターが吊るしてあった。そしてホルスターから左手で銃を取り出す。コルト三二口径オート・ピストルだ。通称コルトポケットと呼ばれている。ジョンは黒スーツの男に銃口を向け、ガンスピンをして見せた。
 すると黒人の若者の上着の袖口から小型の拳銃、デリンジャーが飛び出した。スリーブガンといい、レールに沿って袖から飛び出す仕組みになっている。そしてジョンに向けて銃を構えた。
「やめろスミス。ジョン、俺に銃口を向けないでくれ。特にこいつの目の前ではな。こいつの忠誠心は犬だ。しかも軍用犬では最強と言われるドーベルマンだ。例え小さな牙でも喉元を喰らいつけば命を落とすことだってあるんだぜ」
 黒スーツの男は、黒人の若者、スミスを片手で制した。しかしスミスは銃口をジョンに向けたまま動かない。ジョンがコルトポケットをホルスターに納めて、初めて銃を仕舞った。
「大層な番犬を飼っているものだな。ええ、アルベルトの旦那。町一番のギャング団の幹部候補となると飼っている犬も実益を兼ねているといったところかな?それとも、俺もあんたのペットの仲間入りになるのかな?」
 黒スーツの男、アルベルトはごほんとセキをした。
「ペットになるか、番犬になるかは、明日の仕事次第だ。明日、銀行では大口の取引が行われる。そのために普段お目にかかれない金が運ばれるんだ。その金を奪い、組織にささげる。俺は幹部の椅子を手に入れることができるわけだ」
「銀行強盗で手に入れた金で、幹部になるのかい?」
「組織にとって金を稼いでくれるやつは、誰であろうと構わないのさ。黒人だろうが、移民だろうがな。舐められたら終わりなんだ。今回の仕事は特に信頼のできる部下の協力が必要だ。スミスは俺の信頼できる右腕だ。まずは俺のタイプライター音をたっぷり拝ませてやる。それでひるまなければ、ジョン、お前の自慢の銃で警備員や職員を黙らせてくれ」
 タイプライターというのはM一九二七と呼ばれる短機関銃のことだ。元々はセミオート、引き金を引くと、弾丸が一発だけ発射されることで、半自動射撃とも呼ばれる。それをフルオート、完全に自動になり、引き金を引いている間、弾丸が発射され続けるのだ。こちらは全自動射撃と呼ばれる。発射音がタイプライターに似ているからその名がついた。別名トミーガンとも呼ばれているものだ。
「どうせ自分の金じゃない、金より自分の命のほうが大事だからあっさり金を寄越すだろう。そしてスミスが金を持った鞄を受け取り、逃げる。そして俺たちは反対のほうへ逃げるわけだ」
「警察は大丈夫なのか?」
「その点は抜かりない。ゴールド銀行はA地区から、B地区までたった二区しか違わない。警察はA地区のほうが近いが、B地区の警察は遠い。A地区の管轄で起きた事件の犯人をB地区の警察に任せるわけがない。やつらはお役所仕事だ。もし、管轄を超えれば、縄張りを荒らされたといって抗議するだろう。犯人の逃亡より、縄張り意識とプライドを優先するだろうさ。それにその日は銀行の前でホットドッグの屋台が来るんだ。仕事が始まる前に屋台を道路に出して衝突させる。そして道路はホットドッグのケチャップまみれで大渋滞だ。その隙に仕事をする。警察も強盗より、市民の交通誘導を最優先にするだろう。世の中、自分の決めたルールを他人に侵害されるほど、腹が立つものはないからな。運転手どものヒステリーに警察はてんてこまいになるだろう」
「なるほどねぇ。ところでホットドッグ屋は誰なんだ?アンタの部下か?」
「金で雇ったホームレスだ。屋台は本職の奴から借金の形に取ったものがある。ただ時間どおりに屋台を道路にぶちまけるだけしか聞いてないんだ。心配はいらん」
「なるほどねぇ。しかし、あんたは部下を信頼していないのかい?あんたにとって俺はよそ者だ。よそ者よりそこにいるような部下がいるだろう」
 ジョンは自分が抱いていた疑問をアルベルトにぶつけた。
「今回の仕事は一世一代の大仕事だ。部下といっても俺のおこぼれを目当てに擦り寄ってくる野良犬しかいない。俺が頼れるのはスミスだけだ。それにお前はこの業界でも抜き撃ちのジョンといわれるほどの実力者だ。お前を俺の部下に引き込めば組織の中でも俺は優位に立てる。お前もいつまでも一匹狼を気取るわけにはいくまい。ここらで腰を落ち着けると言うものだ」
 ジョンは再びホルスターから銃を取り出そうとした。スミスも再び袖から銃を取り出す。その瞬間、部屋の中に轟音が響いた。ジョンの撃った銃弾は、スミスの拳銃を弾き飛ばしていたのだ。スミスの顔は驚愕の表情を浮かべていた。先に銃を向けたのは自分だったのに。
それを見たアルベルトは気の抜けた拍手をした。
「噂にたがわぬ、抜き撃ちだな。明日もその技を見せてくれよ」
 ジョンは拳銃をホルスターに納めると、椅子から立ち上がり、部屋を出た。スミスは肉食動物のような精悍な目つきで、ジョンの後姿を追っていた。
「ボス、これを」
 スミスがテーブルの上に黒い包みを置いた。
「なんだこれは?」
「自分に何かあったらこの中身を開いてください。ボスにとって有利なものが入っています」
「そうか。だが、今は明日の仕事が大事だ。家に帰って身体を休めることだ」

 翌日の銀行内ではタイプライター音が鳴り響いた。装飾品はまたたくまに蜂の巣になり、ガラス片と埃が店内に充満した。アルベルトの最初のつかみは店員と警備員たちの心を掴み、ウサギのように怯え、丸くなっていた。客たちもウサギのように丸くなり、親子連れはカンガルーのように子供が母親のお腹に抱きついていた。
 外ではホームレスのホットドッグの屋台が大型トラックに見事に衝突し、道路をケチャップアートで染めていた。道路はたちまち大パニックになり、誰も銀行強盗など気づかなかった。
 アルベルトは女性店員を脅し、金庫にある札束を持ってきた鞄に入れさせた。ジョンは店内を見回すと、不意に懐から拳銃を抜くと、店内に乱射した。まずは警報装置を打ち抜くと、次は警備員が耳につけていたイヤホン、女性の客のイヤリング、中年男性の店員のカツラを銃弾で吹き飛ばしたのである。吹き飛ばしたカツラはジョンの右手に跳んできた。どちらも撃たれた人は怪我ひとつなかった。それを見た店員と客たちはジョンの拳銃の腕前に恐れを抱き、気の弱いものは恐怖に怯え、泣き始めた。カツラを飛ばされた男性店員のほうが蒼白になり、必死に同僚たちに弁解していたが、彼らはカツラ着用の事実を知っており、それを聞いた男性店員は滝の涙を流し、悲しみの湖を生んでいた。それを若い女性店員が肩に手をやり、慰めていた。
 金を鞄に積み終えると、アルベルトはジョンに合図をした。そしてジョンは再び拳銃を撃った。そして手にしたカツラを持ち主に返してやったが、向きが逆で、男性店員は前が見えず、カツラカツラと手を伸ばして探していた。
 二人は店を出ると、別方向へ逃げた。そしてアルベルトは路地に待機していたスミスに鞄を渡すと、そのまま逃げた。警察はその十分後に来たが、交通整理で忙しく、周りの車からは早くしろとせかされ、犯人を追うどころではなかった。

 二時間後、二人はアジトである地下室に戻っていた。二人とも無事であった。
「やれやれ、仕事が終わったな。あとはあんたのとこの飼い犬が戻ってくるのを待つだけだ」
 ジョンが言うと、アルベルトもほっとしたのか、笑みを浮かべていた。
「ああ、あとは組織に上納金を納めれば俺は晴れて幹部に昇進と言うわけだ。お前も俺の部下になればいい思いをさせてやるぞ」
「そいつはありがたいが、まずは金を直で拝ませてもらいたいな。話はそれからだ」
 二人はスミスが帰ってくるのを待った。しかし、一時間、二時間が過ぎてもスミスが来る様子はなかった。
「おい、スミスというのは信頼できるんだろうな?」
「ああ、問題はない。あいつが鼻たれ坊主の頃、母親に虐待されていたのを、俺が救ったんだ。以降、あいつは俺に恩を返すために俺の喜ぶことをしてきた。俺もそれに報いたはずなんだ」
「だがそう思っているのはあんただけで、向こうはそう思わないかもな。案外、あんたを裏切って横取したのかもな」
 アルベルトは机に拳を振り下ろした。腐ったテーブルは真っ二つにばきっと音を立てて割れた。
「俺とあいつの付き合いはそんな軽いものじゃない。あいつは今までの人生で人に感謝されたことがなかった。母親もそうだ。あいつの父親は誰だかわからない。おろす金が無いから仕方なく生んだだけで、あいつを愛していなかった。親にありがとうと言われたことがないんだ。俺でも今では親に顔向けはできないが、ガキの頃はありがとうと言われたもんだ。しかし、スミスにはそれがない。あいつが俺のためにチンピラを半殺しにしたから、アリガトウといってやった。すると、あいつの目から涙が流れた。ありがとうと言われたのは生れて初めてだというんだ。それ以来スミスは俺にありがとうと言われたいために働いてきたんだ。俺の敵意を向ける相手には吠え、俺の喜ぶことには進んでやった。俺が幹部になったら今担当している縄張りの権利をあいつに譲るつもりなんだ」
 アルベルトは顔を真っ赤にして怒っていた。よほどスミスという若者を信頼しているのだろう。ジョンも茶化すのをやめた。その日、スミスは帰ってこなかった。明け方になっても彼は帰ってこなかった。彼の所在が知れたのは、その日の朝刊であった。大河に黒人の死体が浮かんだという。死因は射殺で、サブ・マシンガンの弾を体中にいっぱいめり込んでいた。監察医が弾を全て取るのに苦労したと言う。弾丸はシカゴタイプライターだった。

「信じられない」
 アルベルトは額に手を当てていた。それをジョンが横に立っていた。ここはアルベルトの事務所だ。五階建てのビルにあり、一番見晴らしのいい五階に事務所を構えていた。表向きは不動産屋である。一階は二階を大ホールになっており、観葉植物や、来客用のソファーが置かれていた。受付には二十代前半の黒髪で小柄な双子の美女がいた。双子は右分け、左分けと区別されていた。まるで東洋の和製人形を思わせる妖しい色気をかもし出していた。
店内には普通に不動産の仕事をしているスタッフがおり、アルベルトとジョンは、社長室、アルベルトの部屋に来ていたのだ。豪華な机に椅子、来客用のソファーとテーブルが並んでいた。テーブルの上には葉巻セットと灰皿にライターが置かれていた。壁には高級絵画が飾られており、本棚と食器棚が並んであった。食器棚には高級そうな酒が並んでいた。ちなみに隣の部屋には三十代を過ぎたばかりの金髪碧眼の美人秘書がタイプライターを打っていた。
 アルベルトは信頼していた部下の死に、衝撃を隠せなかった。ジョンはそんな彼を尻目に、テーブルの上に置いてあった葉巻セットを手に取り、葉巻に火をつけた。そしてげほげほと噴出した。
「慣れないものは、やるもんじゃないな」
「それは強盗か、葉巻のことか?」
 アルベルトがジョンのほうを向かずに、答えた。ジョンは葉巻を灰皿にこすり付けて消した。
「そもそもなんであんたは銀行強盗なんてやろうと思ったんだ?あんたの商売は不動産だ。警察の目をごまかすために高級アパートを経営して、その一室でホームパーティといいながら実はカジノ経営をしてもうけている。わざわざ危険な強盗をする必要はない。それがいきなりなぜなんだい?」
 ジョンは食器棚から酒瓶とグラスを取り出すと、部屋の主に断りもなく、酒を注いだ。そして一気に飲み干した。
「くぅー、いい味だな。幹部候補でもこんないい酒が飲めるのか。うらやましいことだ」
「……」
「で、もっといい酒を飲みたいために幹部の道を焦ったというところか」
 ジョンの言葉に、アルベルトは顔を上げた。その目は丸く向かれていた。
「大方、ライバルの幹部候補に対抗するために金が必要になったところか。俺はよそ者だが噂くらいは知っている。あんたはもう一人の幹部候補、デイブとライバル、いや、互いの足を引っ張り合う仲らしいな。ゴールド銀行の金は、そのライバルの金で、あんたはそれを奪って、幹部昇進を狙っていたというわけか」
 ジョンの言葉は図星だったのか、アルベルトは答えなかった。しばらく沈痛した面持ちだったが、やがて口を開いた。
「そうだ。奴が預金をゴールド銀行に移したという話をしていたから、俺はこの計画を思いついた。あいつに一泡吹かせてやりたかったんだ。それなのに、スミスは金を持ってこないで、川で優雅に水泳を楽しんでいたときたもんだ。生前のあいつはカナヅチだったが」
 アルベルトは弱弱しく答えた。よほどスミスの死に動揺が隠せなくなった。よそ者のジョンに握られてはならない、弁慶の泣き所を話してしまったのだから。
「それはそうと、新聞を読んでみてくれ。面白いことが書いてあるぜ」
 ジョンは新聞をアルベルトに読ませた。昨日の銀行強盗の記事が載っていたが、路地裏のゴミ箱から鞄が見つかり、奪われた金が入っていたと言うのだ。さらにスミスの記事には、同じような鞄が見つかり、中には新聞紙で作られた束が入っていたと言う。
「こいつはどういうことだ?」
 アルベルトは首をかしげた。
「どういうこともなにも、最初からスミスが鞄を取り替えたんだろうさ。路地裏に最初から置いてあった偽の金が詰まった鞄をな」
「なんだって?スミスがなんでこんなことをしたんだ?わけがわからない」
「おそらくスミスは何か理由があったんだ。あんたに金を渡すわけにはいかなかったんだ。わざわざ偽の金を用意したんだからな。もしかしたらあの金はわけありだったかもしれないぜ。問い合わせてみるんだな」
 ジョンに言われるままにアルベルトは電話を取り、部下に命じて、ゴールド銀行の金について調べさせた。そして一時間後、部下からの報告にアルベルトは絶句した。
「信じられない。あの金は奴の金ではなく、親父さんの金だったんだ」
 アルベルトのいう親父さんとはギャング団のボスのことだ。
「税務官をごまかすために預金の一部をあの銀行に預けたんだ。そいつは市長に渡す賄賂だったんだ」
「なるほどな。あんたがその金を持ち逃げしていたら、今頃あんたは組織の連中からタイプライター音をたっぷり耳に焼き付けて昇天していたところだな」
 ジョンのジョークに耳を貸さず、アルベルトは怒りに震えていた。
「あの野郎、俺がその金に目をつけると思って人芝居打ちやがった。実際には奴はあの銀行に金を預けていたが、ぎりぎりになって親父さんの金と入れ替えたんだ」
 ちくしょう、とアルベルトがつぶやいた。ライバルの姑息な手に引っかかりかけた怒りで顔は紅潮していた。
「だが、部下に聞いたところスミスはこのことを知っていたそうだ。なんで俺に報告しなかったのだろうか?」
「なるほどな。スミスの行動がよくわかったよ。あいつはあんたを救おうとしていたんだな。おそらくスミスはそのデイブという男と裏で繋がっていた。あんたに罠を嵌めるふりをして、実際はそいつをコケにしようとしたんだ。あらかじめ偽の札束を詰めた鞄を用意し、受け取ったときにはその鞄と金の入った鞄を交換したんだ。そして金の受け渡しの場所でそいつに偽の札束を見せて、怒ったライバルに蜂の巣にされた。そんなところだろうな」
 ジョンの推理に、アルベルトは机の上に突っ伏した。
「そうだ。スミスから預かったものがあるのだ」
 そういって思い出したようにアルベルトは上着のポケットからスミスから預かった黒い包みを取り出した。中身はカセットテープであった。さっそく再生してみるとアルベルトは驚愕の表情を浮かべた。ジョンには声の主はわからなかったが、アルベルトには聞き覚えのある声だったようだ。そいつはスミスを懐柔してボスの金を奪わせる。そして奪った金は自分のものにし、その罪をアルベルトにかぶせるなど、念密な計画をスミスに語っていた。おそらくスミスはテープレコーダーを忍ばせ、いざというときの保険を作ったのだ。
「ああ、かわいそうなスミス!俺の浅はかな行動を止めるために、無残に命を散らすとは……」
 アルベルトは忠臣の残したテープを握り締め、悲しみに打ちひしがれた。そしてすぐにマグマのように怒りを噴出した。
「許さんぞ。スミスを殺した犯人は俺が見つけてやる。警察署長に賄賂を贈り、家族に護衛を置けば、喜んで犯人を逮捕してくれるだろう。一旦警察に捕えさせ、留置所でリンチにかけて殺してやる」
 アルベルトの瞳には狂気の色が浮かんでいた。ジョンは食器棚に近寄り、高級酒のビンを一本手に取った。
 次の瞬間、ドアが乱暴に開かれた。続いて部屋の中に黒いトレンチコートを着た男たちが四人入ってきた。全員手にトミーガンを持っていた。
 アルベルトは目を見張ると、笑い声を共に一人の男が入ってきた。
 年齢は四十代くらいであった。禿頭で丸い鼻にたらこ唇という愛嬌のある顔立ちだが、目つきは鷹のように鋭かった。白い高級そうなスーツを着ていたが、そいつの体格は酒樽のように太っており、まるで肉塊のようであった。右手には木製のステッキをついており、左手には葉巻を手にしていた。
「デイブ……」
 アルベルトが口から漏らした固有名詞に、ジョンは突然の闖入者、ディブを見た。なるほど、今町で一番のギャング団の幹部候補にふさわしい、独特の体臭を放っていた。
「アルベルトォ!お前のところの若い衆が俺をコケにしてくれたのぉ!!お前にとっつぁんの金を横取りさせて失脚させる計画がパーじゃわい!!」
デイブは部屋一杯に雷の如く大声を張り上げた。アルベルトは組織のボスを親父さんと親しげに呼んでいるが、デイブはとっつぁんと呼んでいる。組織にもいろいろあるものだとジョンは思った。
「何を言う。罠を嵌めたのはお前のほうだろうが。俺はお前の金を横取りするつもりだった、それがまさか親父さんの金に摩り替わっていたとは夢にも思わなかった。時にデイブ。うちのスミスを殺したのはお前か?」
 アルベルトが尋ねると、デイブはぶはぶはっと空気袋がもれるような声で笑った。
「あのがきぁ、お前にこき使われるのが嫌だから、罠にはめようと持ちかけやがったんじゃ。計画を持ちかけたのはあいつじゃ。わしはお前が飼い犬に手をかまれるところが見たくて乗ってやったのじゃ。ところが実際になるとあのがきぁ、わしを騙すために罠を仕組んでいたんじゃ。新聞紙で作られた偽の札束を見せ付けられたときの、わしの悔しさがわかるかのう?腹いせに奴の蜂の巣にしてやったわ、ぶははははっ!!」
 アルベルトは怒りに震えていた。ふと隣の部屋を覗いてみると、床の上には美人秘書が寝転がっていた。音が聞こえなかったのでサプレッサーを使ったのだろう。床は真っ赤な絨毯を敷いているので血がどれほど流れているかはわからないが、鉄の臭いがしたので、彼女の人生はここで終わったことがわかった。
 デイブが左手を上げると、男たちはトミーガンを構えた。
「もう小細工はなしじゃ。このビルにいる連中は皆殺しじゃ。そしてお前の縄張りはわしがもらうんじゃ。死ね」
 ジョンは酒瓶を男たちに放り投げた。男の一人が酒瓶めがけてトミーガンを発射した。タイプライターを打つような音が部屋中に鳴り響き、酒瓶が花火のように飛び散った。そして部屋中に酒瓶の破片と中に入っていたアルコールがばらまかれた。飛び散ったアルコールはトレンチコートの男たちにもかかった。ジョンはマッチを擦り、それを床に落とした。
 その瞬間、アルコールに火がついた。トレンチコートにも火は燃え移り、男たちは慌てふためいた。ジョンはその隙に懐から拳銃を取り出して撃った。
 轟音がしたかと思うと、トレンチコートの男たちはくたくたになって倒れた。全員額に黒い穴が開いていた。
「そっ、その抜き撃ち……。貴様が風来坊の抜き撃ちのジョンか……」
 デイブは動揺していた。しかし気持ちを持ち直すと、部屋を飛び出し、大声を上げた。
「おまえらぁ!皆殺しじゃ、皆殺しじゃあぁぁぁぁ!!このビルにいる奴はどいつもこいつも蹂躙しろぉぉぉ!!」
 下衆な命令を出した。ジョンは銃を構えながら、部屋を出ようとした。すると美人秘書がむっくりと起き上がった。ジョンは目を丸くすると、美人秘書は上着の前を開いた。
「オホホホホ、防弾チョッキに血糊を用意しておりましたの。アルベルト様の秘書たるもの、当然のたしなみでございますわね」
 美人秘書は朗らかに笑った。そして机の中からショットガンを取り出した。
「アルベルト様はわたくしが守りますので、ジョン様はどうぞデイブ様を追ってくださいませ。ここでデイブ様を消せばアルベルト様がデイブ様の縄張りを手に入れることができます。この町で安心して暮らしたければ、アルベルト様の味方をしたほうがお得ですわよ」
 ジョンはあきれ返った。そしてさすがはアルベルトの秘書だと思った。ジョンは銃を構え、部屋を出た。

 ビル内は銃撃戦が繰り広げられていた。意外にも店員たちに被害は少なかった。秘書があらかじめ避難マニュアルを作成し、それに従ったためかもしれない。
 デイブの手先と思われる男たちが現れた。持っている銃はコルトガバメントで、軍から横流ししたものだろう。そいつを町のチンピラに配り、頭数をそろえたというところだ。見るからに頭が悪く、徒党を組まなければ何もできない脆弱そうな面構えをしていた。
 四人ほどがジョンを発見し、銃口をジョンに向け、発射する。弾丸の雨でジョンは角に隠れた。やがて弾が尽きてマガジンキャッチを操作し、空の弾倉を抜こうとした瞬間、ジョンは彼らの銃を弾いた。銃を持つ手を傷つけられ、手を押さえた。ジョンはチンピラ相手は銃を弾き飛ばすことにしていた。チンピラもジョンの腕前に繊維を喪失していた。ジョンはしゃがみこんだチンピラたちの横を通り過ぎた。
 ジョンは下に降りる階段に向かった。そして降りようとしたら、下のほうからチンピラたちが銃を撃ってきた。撃ちなれていないのか、どうもひょろひょろしていた。ジョンはプロだ。プロにとって同じプロと撃ち合うのは怖くない。怖いのは素人で、彼らはプロでは予測できる動きができない。必ずイレギュラーを起こす。ジョンは飛び交う銃弾の中、チンピラどもの銃を弾く。
 四階、三階と降りたが、二階へ降りる階段はバリケードが設置されていた。向こうにもプロはいるらしい。今度はチンピラだけではなく、デイブの直属の部下たちが相手であった。彼らはトミーガンを所持し、ジョンを蜂の巣にしようとしていた。ジョンは廊下を走り、逃げた。そして広い部屋に入った。事務所の一部らしく、机が並んでいるが、社員はすでに緊急避難用の通路を使い、逃げたようだ。ジョンは回転式のローラー付きの椅子を引き寄せ、椅子に座った。そして廊下に戻ると、足を蹴って椅子を動かした。ジョンは椅子を右回転しながら突進してきた。目の前には男が一人立っており、トミーガンを構えていた。そして十字路に近づくと、銃を垂直に構えた。
 まず左側にいた男を一人撃った。
 次に右側に立っていた男が同僚を撃たれたショックで呆然としていた瞬間を撃った。
 そして一回転して、前に立つ男を撃ち、最後は後ろからやってきた男を撃った。
 ジョンは椅子の回転を足で止めて、立ち上がった。回転しすぎて目がくらくらしてきた。
ジョンは先ほどの事務所にあった、避難用の通路を使い、二階へ降りた。

 二階は吹き抜けになっており、広いホールであった。一階では双子の受付が、ショットガンとコルトポケットで招かざる客に対応していた。かわいい顔してもその口の奥には小さいながらも鋭い牙を隠し持っていたのだ。
 受付の双子にトミーガンを向けた男をジョンは撃った。双子はジョンに手を振り、再びショットガンを撃つことに専念していた。
 ジョンは二階にいる連中を相手にしていた。トミーガンを持っていたところで隙を突かれればどうということはない。ジョンは一発ずつ相手をしとめていく。一階は受付の双子に任せ、二階の敵を確実に一人ずつ片付けていく。一階のホールではデイブが口汚く罵っていた。デイブの側近たちが受付の双子に向けてトミーガンを乱射したが、彼女らは受付の机の中に隠れた。おそらく中には鉄板が仕掛けられているのだろう。トミーガンが弾切れを起こすたびに彼女らはその隙に拳銃をぶっ放すのであった。しかし、拳銃の射程距離は六〜八メートルくらいだ。ショットガンは広範囲の敵を倒すが、射程距離は拳銃よりさらに短い。このままではジリ貧である。ジョンは一階にいる連中に発砲した。頭を吹き飛ばされ、血しぶきをあげる。双子はジョンに向けて親指を立てた。そして再び銃撃戦がはじまる。
 ジョンは弾倉を取り替えてから二階から飛び降り、トミーガンを持つ人間だけを撃った。あっけに取られた彼らは腹部に血が染まるのを止められず、腹を抱えて倒れた。
 後に残るのはデイブだけである。デイブは一人の無法者に部下を皆殺しにされてしまい、蒼白になっていた。
 ジョンはデイブの前に立ち、銃口を向ける。そしてデイブの手下から向き取ったガバメントをデイブに差し出した。
「今ここで撃たれるか、撃ち合うかどっちかにしろ」
 デイブはガバメントを握り、冷や汗をかいていた。まるで地獄の亡者の如く、真っ白になっていた。デイブはちらりと左右を見回した。床の上には自分の部下たちが物言わぬ屍になっており、鉄のさびた臭いに死臭が混じった血の池地獄が生れていた。
 ぬおぉぉぉぉぉ!!
 デイブが獣のような咆哮をあげるとガバメントをジョンに向けて撃った。へっぴり腰で、片手で撃ったものだから銃弾は明後日の方向に飛んでいった。そしてジョンの銃弾はデイブの額に風穴を開けた。デイブは一瞬唇で笑い、そのまま前のめりに倒れた。
 幹部候補とはいえ、堂々とした死に様に、ジョンは帽子を脱ぎ、敬意を表した。
「すごいものだ。たった一人でデイブの犬どもを片付けてしまいやがった」
「社長〜、私たちもがんばったんですよ〜」
 双子の受付はショットガンを手に、社長に愛嬌を振りまいた。わかったわかったとアルベルトは手を振る。
「いいさ。どうせデイブは殺すつもりだったからな」
 ジョンの言葉にアルベルトははてな顔になった。
「報酬がほしいがいいかな?」
「報酬?ああいいとも。デイブは消えたんだ。これからは俺の天下だ。金ならほしいだけやるし、俺の部下になれば栄耀栄華も思いのままだ」
 アルベルトは上機嫌であった。
「いや、金はある女に渡してもらいたい。それより情報がほしいんだ」

 ジョンはある広大な屋敷にやってきた。真っ白い大きな屋敷に庭にはプールがついていた。車庫には高級車が二台も止まっていた。そして家の裏口には二十代のチンピラ風の男がパイプ椅子に座り、タバコを吹かしてながらグラビア雑誌をねめつけていた。
 ジョンは敷地内に入り、そのチンピラの目の前に立った。せっかくのヌードグラビアが影で邪魔され、チンピラはジョンを見上げた。
 庭に爆音が響いた。ジョンがチンピラの右肩を撃ち抜いたのだ。チンピラは泣き喚き、次には地面の上を転げ落ち、肩の傷を押さえながらいもむしのように転がった。ジョンはいもむしを無視してドアを開く。
 ドアの向こうは地下室があった。灯りは裸電球のみで、まるで地獄へ続く道のようであった。十二段を下がると粗末なドアがあった。ジョンはドアノブをひねるとその中は悪臭のするコンクリートむき出しの部屋であった。簡易ベッドがぽつんと置かれており、簡易トイレだけの粗末な部屋であった。ベッドの上には若い女性が寝ていた。いや、両手は鎖でつながれており、長い間日に当たっていないのか皮膚は真っ白になっており、幽鬼のようにガリガリに痩せこけていた。さらに殴られたのか顔や体中にどす黒いあざが目立っていた。ポケットから写真を取り出し、目の前の女性と見比べていた。そして首にぶら下げていたロケットを手に取り、中の写真を改める。写真には二人の男女が写っていた。
部屋には表にいたチンピラと同じ年齢の男が三人酒を飲んでべろべろに酔っていた。彼らは上半身裸で、酒ビンを手にげらげら笑っていた。表で銃声がしたのに気づきもしないほど彼らは酔いつぶれていた。
「おい」
 ジョンは声をかけた。もっとも声が聞こえたかはわからないが、ジョンに向けて胡乱な目つきを向けた。
 その瞬間、部屋中に爆音が三つ響いた。そしてチンピラ三人は絶叫を上げた。ジョンの銃弾は彼らの右膝を撃ちぬいていた。膝を押さえて彼らは情けない泣き声を上げた。ジョンはベッドの上にいた女性を解放すると彼女を抱きかかえた。
「てっ、てめぇ。おぅ、俺の親父が誰かわかって……」
 金髪で耳と鼻にピアスをした、両肩に刺青を入れたチンピラがうめきながらジョンを見上げる。ジョンはそいつの撃ちぬかれた右膝を踏みつけた。あまりの激痛に男は泣き叫んだ。子供のような情けない泣き声であった。
「おまえの親父は死んだ。もう誰もお前を助けてくれない。もっとも今殺されたほうが幸せかもしれないがね」
 ジョンは泣き叫ぶ男に捨て台詞を吐くと、部屋を出て行った。屋敷の表には高級車が一台止まっていた。車内にはアルベルトが待っていた。アルベルトは車の外に出ると、美人秘書も一緒に降りてきた。彼女はシガレットケースから葉巻を取り出し、アルベルトに差し出し、火をつける。アルベルトはうまそうに葉巻を吸った。ジョンは美人秘書に女性を預けた。美人秘書は丁寧に彼女を座席に座らせた。
「あいつはダメな奴だ。親父のほうが潔かったな」
「デイブのバカ息子は女を攫っては監禁し、死ぬまでいたぶって遊ぶ人間の屑だ。デイブは警察署長と仲がいいから女をなぶり殺して捨てても書類でごまかしてしまう。後ろ盾が無くなった以上、あの餓鬼を助ける物好きはいない。あいつを恨む連中に地獄の苦痛を与えられるだろう。一思いに殺してやったほうが、天国だったかもしれないぜ」
「彼女の面倒はあんたが見てくれ。俺の報酬はすべて彼女に回してくれ」
 アルベルトの言葉には耳を貸さず、ジョンは帽子を被りなおすと、アルベルトの車とは逆方向へ歩いていった。
「ジョン。この女はあんたの誰だい?デイブを殺してまで手に入れた女だ」
 周りはすでに夕焼け色に染まっていた。ジョンは沈む夕陽に向かって歩き出す。そしてジョンの影が伸びていた。
「死んだ仲間の妹だよ。この町であの餓鬼に囚われていたことを知り当てたんだ」
 ジョンはそういって立ち去った。
 女性の名はアリサといい、しばらく病院で暮らした後、アルベルトが経営する会社に就職した。アルベルトはアリサにジョンのことを尋ねたが、彼女はジョンを知らなかったようだ。しかし兄のことを聞いたアリサは泣きじゃくったという。自分が捨てた兄と、見知らぬ、自分を救ってくれたジョンに感謝の意を表した。

終わり

2011/03/10(Thu)17:55:25 公開 / 江保場狂壱
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■作者からのメッセージ
 ギャング小説です。私はガンアクション物は書いたことがないので、初チャレンジで書きました。今時ギャング小説?と首を傾げると思いますが、あえて狙ってみました。舞台はアメリカというより、無国籍です。日活ニューアクション、小林旭か赤木圭一郎をイメージしていただければいいのです。いや、たとえが悪いか。
 
 復讐の続編といえます。

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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。