『ライター』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:黒みつかけ子
あらすじ・作品紹介
とあるフリーペーパーに掲載予定のもの、そのいち。「おれは最近、春になるにつれて胃がむかついてくる。それは、人を集めるだけ集めてだらしなく花びらを散らす、あの桜のせいなのだよ」
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道行く人の気もどこか落ち着かない春のはじめのことだ。夕方から吹きはじめた冷たい風にコートの襟を立て、足早に僕と彼は店へ入った。その居酒屋は神社の境内のなかの参道沿いにある。あたたかくなると毎年燃えるような桜の花が参道を埋めつくす。去年まで僕達はここで花をめでながら威勢よく飲んでいた。だが、今年はちがう。
店の壁を埋めるメニューの貼り紙に目もくれず、僕達はお通しだけで飲みはじめた。
彼と僕は小学校の同窓生で、大学に入って偶然同じ学部になり親交を深めた。家は地元の工場主で、彼はその後つぎであった。四年間勉強して、さて卒業という時だった。彼の父親が親友に騙され土地が根こそぎ奪われたのだ。おかげで元々体の弱い父親は倒れた。母親は親友と出来ていて、その間の確執に苛まれて首をつった。
最初にそれを聞いたとき小説のような話だと思った。しかし、彼の目の下の隈や元来の明るさが消え失せかけているのに冗談でもそう言えなかった。何にしろ、誰よりも彼がそう感じているに違いないからだ。
夜もすっかり更けて、騒がしい店内も僕達だけとなった。煙草の煙を吹いてから、赤ら顔の彼が「ああ、これからどうしようか」と漏らした。
「いくら考えたって目ぇこらしたって、なーんにも見えやしない。お先まっくらくらだ。まあ、お前には分からないだろうけど」
僕は四月からある企業へ就職が決まっている。そこは彼が後をつぐ会社とは比べものにならないくらい小さな会社だ。彼が皮肉を言うのに、少しばかりの失念を抱きつつも黙っていた。
「まあ、こんなこと言ったって仕方ないのはわかってるんだけどさ」
そう言うと、彼は空になったお猪口に手しゃくで酒をついだ。それもまたすぐに飲みほしてしまった。僕には境遇に同情して仕事を紹介する余裕がない。かといって何かその場かぎりのうまい言葉さえ見つけられない。それを不甲斐なく思いながら、同時に自分よりも上にいた男の人生が崩れていくさまがひどく滑稽に見える。こうした相反する二つの感情がとぐろを巻くのを否定することも出来ない。ただ話し続けるのを聞いて、彼がうまくいくことを祈るしかないのだ。
お猪口を持ちあげたまま彼がふと窓の外を眺めている。そこにはちょうど、硬いつぼみをつけた桜の枝がななめにはしっているのが見えた。
「去年までは、おれたちはここで陽気に飲んでたのに。一年経って、まさかこんなになるとは思わなかったもんなあ」
「ううん、まあ思い通りにはいかないもんなんかな」
曖昧に答えると、彼は灰皿を潰すようにして火をもみ消した。それから「お会計」と場違いに大きな声で叫んで、ふらりと立ち上がる。これはいけないと思い、僕は「ちょっと待っていろ」と席に座らせて先に会計に向かった。店員が「まいど」とレジの前に来た。
「お連れ様、お疲れのようですね」と店員は憐れみを含んだ声で言った。
「はは、疲れたなんてもんじゃないけどね」
会計を済ませて振り向くと彼は既にいない。暖簾をくぐり参道を見渡した。すると、うえのほうから僕を呼ぶ声がした。見上げると、桜の木によじ登っている彼の姿があった。
「なにやってるんだよ。はやくおりてこい」
暗やみのなかで、街灯のほのかな灯りに照らされた横顔がほくそ笑んだ気がした。ただならぬ予感がして僕はもう一度叫んだ。
「こんなもの、咲かせる必要ないんだよ」
すると彼は近くの細枝に何かを押し付けた。ああ、ライターで桜に火をつけようとしているのだ! 彼は笑い「こんなもの、こんなもの」と何度もライターをかざした。僕の頭のなかで枝に燃えあがる炎が咲いたのは一瞬のことだった。しかし、次の瞬間には彼の姿が視界から消え、ドスンと無様な音が辺りに響いた。
「おい、大丈夫か」
駆けつけると、彼は仰向けのまま腕で顔を覆い「うう」と唸った。その声が震えていた。
「おれにはこんな細枝さえも燃やせないんだ。なんて駄目なんだろう」
そのとき、奇妙な光りが僕のなかにきざしたのを感じた。僕はポケットのなかのライターと煙草を取り出して、火を付けた。
「僕たちにはこれで十分なのかもしれない」
そうして煙が春の淀みない空に昇っていくのを黙って眺めた。足元で彼がおえつを漏らす。煙草を吸うと先が赤くくすぶり、耳の奥で葉の燃える音がした。僕は「これを吸い終えたら、もう一軒いこうか」と声をかけるのに、喉元に酒臭いげっぷが漏れるのをぐっと堪えている。
2011/03/04(Fri)03:29:51 公開 /
黒みつかけ子
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■作者からのメッセージ
下手な純文学かぶれの物書き☆黒みつかけ子です!
なんにだって黒みつかけちゃいますゥゥ!かけられるのもだいす(略)
友達ってイイネ!特に朝まで飲んでくれる友達は大事にしようNE☆
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