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『幸せ殺人鬼と生き返りシスター』 ... ジャンル:ミステリ リアル・現代
作者:みぞc
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あらすじ・作品紹介
とある日。クリスマス・イブ。僕は姉さんに出会った。いないはずの姉さん。でもそんなことは関係ないんだ。人が生き返るって言うのは、うれしいことだろう?だから僕は喜んだ。うれしくてうれしくてたまらなかった。生き返るということに、なにも疑問をもたなかった。だって、うれしいもん
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苦しみがあるから楽を考え、
哀しみがあるから微笑みを感じ、
地獄があるから天国を探す。
もちろんそれは真であるし、偽でもある。対偶でもあったけど。
でもそこに――
――たとえばもしも仮に、天国があるとして。
――そこにある天国にはもうこの世にはいない人がいるとして。
――死んだ人の大切な人が。
――この世で死んだ人をずっと想っている人がいたなら。
――なにか、メッセージがあるかもしれない。
――それは、私たちにはわからない方法で。
[六人目]
今、高校二年生である私、嬉々双葉《ききふたば 》は、どちらかというとかわいそうな人間だった。どちらかというのは、あくまで表現であり、日本人らしくただ『かわいそうな人間』と明言するのはいささか抵抗があっただけで、本当なら私個人としてはただかわいそうな人間だと、心のそこから思う。
小学校二年生だろうか、私は利き腕である右腕を骨折し登校した。教室に行くと、もちろん私の周りには人だかり。しかしそれはみな私が心配だからという理由ではなく、好奇心に負けたということが大きかった。さまざまな言葉をかけてもらったけど、それが本心でないことは分かっていた。それでも正直、優越感というほどではないにしろ、私は周りの目に浸った。あまりクラスでなじむことのできなかった私は、怪我をしたという結果で、どんな目だろうとみんなの目を引けたことはうれしかった。少なくとも今この時間は私がこのクラスの中心なのだから。
しかし、怪我をしたという理由については周りのクラスメイト、学校の先生には転んだと嘘を付いた。正直に話して、また父親に殴られるのが怖かったからだ。別に、初めて暴力を振るわれたのが小学二年生だというわけではない。たまたま生活に支障が出るほどに殴られた、蹴られたのが初めてというだけだ。
いつから受けてたかなんて、私には分からない。怪我をすることでクラスの中心には少しだけなれたけれど、もちろん度重なる怪我を不審に思わない先生はいないし、気味がる生徒もいた。自分が周りから浮くのがいやだった。自分だけ置き去りにされるのが嫌だった。だから私は体中にある怪我を、自分のせいにすることにした。
増える痣や怪我。水泳の時間には必ず欠席。そして私はまわりに感づかれないよう、わざと教室で転ぶふりを何度も行い、まるで自分のせいで怪我をしているという主張をした。自分はミスを多くする。だからこの怪我は仕方の無いんだ、と言い聞かせ、言い聞かした。先生の前で転び、クラスの男子の前で転ぶ。先生は同情し、男子は心配した。
だがそれが同級生のかんに障ったようだ。同級生にとって先生と男子にこびを売るクラスメイトは腹立たしいらしい。
そして私は、学校でいじめられるようになった。
最初は陰口。
次は陰口と集団無視。
最後は陰口と集団無視と集団暴行。
小学校でははぶられ、孤立。
中学校では殴られ、水をかけられ、蹴られ、孤立。
家では、唯一守ってくれた母が他界し、父親に蹴られ、殴られ、孤立。
朝が来ると学校でいじめられ、夜が来ると家で暴力。
普通という言葉とは、なにもかもが違った。なにもかも一緒じゃなかった。精神的に、身体的に。
そんなのが日常となり、おかしいと思いつつも、逃げる勇気をも失っていた。どこに逃げるというのだ。相談する友達もいない。大切にしてくれる家族もいない。私の心には、私一人だった。一人なら、私の気持ちは、死んでいるも同然だった。
そして、生きた心地のしない、健康体健全なのに死に怯える生活は、高校に入る八年間も続いた。
高校に入ると、学費を稼ぐためにアルバイトに明け暮れた。父親は学費を出さなかった。
学費と父親の酒代を稼ぐ毎日。必要以上のアルバイト。
高校一年生の太って無能で有名な担任に「なにがほしいんだ?」と求められても、無回答。こんなろくでなしに答える必要なし。「学校は楽しいか?」中学のときいじめの主犯だった女生徒が何人かいる教室で、楽しいはずが無い。
そんな日常のとある非日常、アルバイト先のコンビニで立ち読みをした。本の題名は「勇気をだせ」こんなありふれた言葉に感動をした。なんでもできる気がした。
翌日、私は泣きながらも、担任と一緒に生徒指導室へ向かった。
勇気を出すために。
いじめを受けていた過去、暴力を受ける現在、学費を自分で払う未来について話した。
泣きながらも、震える手で服をまくり、アザだらけの背中、おなかを見せる。
ふと、私は無能の担任の鼻息が荒いのを感じた。
彼は欲情していたのだ、私で。学校を止めさせる、そう彼は私を脅し、私を犯した。
初めて受ける別の痛み。息が詰まるような匂い。吐き気がした。
担任は、私を犯し終わると、携帯電話を取り出し、
パシャ。パシャ。
聞きなれた携帯電話の撮影音が、静かに響く。
もう、なにも考えれない。どうして私だけなのだろう。
私はまっとうに生きてきた。目の前にある困難は自分自身に課せられた試練だと信じて乗り越えてきた。八年間も乗り越えてきたのだ。
なのに神様は、また私に困難を与えた。
でもどうしてだろう。どうして私だけだろう。
みんな私の苦しみの一割も味わっていないのに、私だけがどうして好きな人と結ばれないのだろう。
――最初のキスぐらい、好きな人としたかったのに。
私は必死に自分の爪で、手首を切り裂こうとする。爪、伸ばしておけばよかったなぁ。
爪に手首の皮膚がびっしりと。
十五分、いや二十分経っただろうか。不思議と冷静に考えれるようになる。不可思議と思うくらい、自分がいまなにをしたいのかが分かる。
私には目標があった。
目標というか、目的だ。いや、夢かな。
私は、恋をしてみたかった。
好きな人ができて、好きな人に告白して。でもフラれる。また新たに好きな人を探して。でもやっぱり前の人が好きで。
そんな恋がしてみたかった。私はあの人が好きだ。あの人を見ていると私の死んだ心が生き返るのだ。まるで、息を吹き返したかのように。
だから私は学校に行く。
いじめ、家庭内暴力、教師による淫行。
たとえいじめられても、たとえ殴られても、たとえ犯されても、私は学校を止めない。全てに耐える。全てに耐えて、このくそ食らう人生に耐えて、好きな人と共に過ごして今の私とおさらばしたかった。
だけれど今、私の体には五本の包丁が刺さっている。
右手左手右足左足の甲に一本ずつ、全て貫通している。そして、アザができたおなかに一本。右足は関節が曲がらない方向に曲がっている。身動きは、とれない。ただ痛みと恐怖、実感と感情が支配する。
あぁ、私は死ぬのか。学校帰りの、暗い夜道で。
いじめられて、殴られて蹴られて、犯されて。
普通ではない私の人生は、ここで終わるのか。
自殺をして逃げ出したわけでもなく、たとえ今がつらくても、必ず報われると信じて一生懸命生きた私は、ここで死ぬのか。懸命に、無垢に、ひたすら。今の私に似合う言葉はなんだろう。恋をしたかった私は、死んでしまうのか。
そんなの嫌だ。
嫌だ死にたくない生きたい苦しいつらい殺さないでやめて!! せっかくがんばったんだ!! 今日勇気を出したんだ!! せめて、あと一日だけ助けてください!! 明日になれば……明日になれば短い喜びだとしても私は――
でも、もう痛みで声がでない。ただ思いだけが頭をさえぎる。しかし、そんな言葉を感じたのだろうか、ゆっくり、私に包丁を刺した人間が笑う。
「大丈夫。君を救うために少し我慢して。君を助けたいんだ」
そういうと、目の前の人間が持っていた包丁がアザのある鳩尾に刺さる。声にならない声が、真っ暗な暗闇で響き、反響する。
「そうそう、それでいい。君はこのままでいいんだ」
そういうと、首になにかが触れる。触れた瞬間、絞まる。
絞殺、というやつ。息が吐けず、吸えず、脳の意識が遠くなる。血流が止まるのではなく、呼吸ができない。死ぬほどつらい数十秒。そして死ぬ数十秒。
命という意識が消える瞬間、それは最後に呟いた。
「もう死ぬの? だめだよ、こんなんじゃ。こんなんじゃ天国には行けない」
[第一章]
十二月二十四日。
クリスマス・イブ。
都会が近いこの地域では、恋人とデートする人間より、家族ですごす人の方が多かった。家族とはまた様々で、血の繋がった家族、血は繋がってないけど絆で繋がった家族。ようはお互いをお互いに大切にし合えばそれは既に家族だ。
まぁ恋人とデートする人間はもちろん恋人を大切にしてるわけで、恋人も相手を大切にしてるわけだから、これはこれで小さな家族と言えよう。
さて、たとえばあなたが相手を死ぬほど愛していたとして、でも相手は心の底からあなたを愛していない、興味がない。そんな一方的な関係を家族と定義できるのか。あなたは相手を家族だと思っている。しかし相手はそうではない。でもあなたは思っているわけだからそれは正真正銘家族だし、相手から見ればどんな見方をしても家族ではないから、それは家族ではない。
どうしてこんな話をし出したかと言えば、相手の意思なくこちらが家族と思えば家族になるのか、と疑問に思ったからだ。
十分条件と、必要条件というやつ。
相手が思っている、こちらも思っている。これは例外もなく家族。
相手が思っている、こちらは思っていない。これは家族ではない、ストーカー。
相手は思っていない、こちらは思っている。これも家族ではなく、ストーカー。
相手は思っていなくて、こちらも思っていない。これはもうただの他人。
つまり十分必要条件を初めて満たしたときに、家族というのは形成されるわけだ。
うん、こんなのもちろん当たり前。愛し合ってるから恋人だし、結婚だし、たとえ相手が財産目当てでも、お金を持っているあなたを愛したということになる。
話を少しだけ横にずらそう。
あなたは、家族を大切に思っている。
だが家族はもういない。
死んだ。
これは家族? いや核家族ではない。それは分かってる。まぁこんなくだらない疑問を打つつけたことでなにも変わることはないけれど、それでも少しぐらいは僕の糧にはなるだろう。
遠まわしに言ったけど、ようはそういうこと。
――クリスマス。僕は家族と過ごした。
――『死んだ姉さん』と過ごした。
いやまず過ごす前に、死んだ姉さんと出会った。そして本当に姉さんかどうかを確認して、確証が得れたから、一緒に過ごしたわけだ。
でも、『死んだ姉さんに出会った』という書き方は如何なものだろう。死んだのなら出会うこともないし、出会ったのなら死んではいない。でも実際僕は姉さんの遺体を小学校四年生である七年前に見ているので、どうなのだろう。
人が生き返るのは、有り? 無し?
死んだ家族と愛し合う家族は、家族になるのか?
嘘だらけの世界で、偽物だらけの本物の中に、もしも大切な差別の中に、小さな本当があるのだとしたら。僕が知らないだけで、人が死ぬという循環が嘘だとしたら、それはそういう結果だとは、思わない。
「姉さん」
「なに、木陰」
「姉さんは誰なの?」
「私は咲桜ひなただよ」
「うーん……。だよなぁ」
「うん、そうなの。私は咲桜ひなたで、あなたの姉で、あなたの家族なの」
「そっか、僕の家族か……。やっぱり人って、生き返るんだなぁ」
「生き返るって、まぁそりゃ私は一度は死んだけど、死んだ人間が生き返るって言うんなら、その人は死んだ訳じゃないんじゃないかな?」
うんまぁそれはそういう言い方もあるけれど。
「姉さん、それ。自分で言ってて矛盾だと思わないの……?」
うーん、と長い髪の毛をなびかせながら彼女は唸った。そしてひらめいたかのように彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「難しいことはいいんじゃないかな。大事なのは理由じゃなくて結果だと思うよ。私がどうして生き返ったかという理由より、私がここにいるという結果の方が大事だと思うな。
それに今からが正念場だと思うよ」
「まぁ、それもそうか」
僕は妙に納得させられたという感覚に納得はしなかったものの、確かに今からが正念場ということには甚だ同意をしたので、僕は姉さんの言葉に頷いた。
日付は十二月二十六日。
姉さんが生き返って二日目。
僕たちは今自分の家の玄関の前で立ち往生をしている。なんと話したものか模索中だからだ。
「なんて言おうか」
「じゃーん!! とかでいいんじゃないの?」
「いや、そんな甘い世界じゃないよ……」
そんな効果音みたいな音は僕の喉からは出ない。
「うーん、私は分かんないからなぁ」
まぁ、死んでから七年のブランクがあると思うと、分からないという気持ちにもうなずける。いや実際どうなのだろう? 死んだ本人としては、七年のブランクを感じているわけなのだろうか? 七年前に死んだとして、それは七年間死んだという実感が存在すれば確かに七年間のブランクを感じることはできるけれど、でも、死ぬ直前に意識を失ってから意識を取り戻す七年後のクリスマス・イブまでが一瞬だとしたら、世界は確かに変わっていても仕方はないと思うけれど、死んでから今までが一瞬で、軽く瞬きする程度の感触なのなら、ブランクと認めるには、ブランクさんに失礼じゃないかと思う。
「まぁ、なるようになるさ」
別に楽観視してるわけではなく、なんとなく姉さんの楽観視に感化されて、少し気分が楽になった、ということだ。細かい性格とは言われなくても、ものごとにはある程度の理屈を求めたがる理系の十七歳なので、英語が苦手にしろ、僕にしてはめずらしいことだろ思う。
僕はいつも明けているドアに手を近づけた。そのドアノブは家の年数にしてはまだきれいなままだった。
今まで何度も開けて、閉めて来たドアノブ。
家族が家族じゃなくなってから、僕は何度このドアを開けただろう。この家に住んできたのだろう。
姉さんが死んで、母親が死んで。親父が笑わなくなって、僕を疎外して。
あれから七年も経ったのだ。
経たざるおえなかったと言うべきか。
姉さんとこのドアを開けたのはもう、七年も前になる。まだ赤いランドセルを背負っていた中学生に一番近い小学生と、黒いランドセルに石を詰めて遊んでいた四年生のクソガキだ。
そんな思いが頭の中を巡らせつつも、僕は手にあるブリキ鍍金のドアノブをゆっくりと音を立てないように回した。
「緊張するな……」
まるで彼女のお父さんのおうちに初めておじゃまするような感覚だ。全国、世界の彼女持ち彼氏君、もしくは既に既婚されている奥様持ちの旦那様はこんな気持ちを味わっていたのか、尊敬に値する。
「まるで彼女の家に遊びに行ったはいいけど、家の前に彼女のお父さんの車があったからやっぱりやめようよと彼女に訴えたものの、彼女が『入って』と言われて渋々はいる彼氏みたいだね」
……。
……まぁ、その例えはきっと正しいんだろうけど、さっき僕が内心思った文よりも遠からず近からずなんだから、小説としては同じようなことを繰り返しても面白くないんじゃないかと、こっそり思った。
「あぁ、そうだね」
ついつい思ったことを口にすることができないのは僕の悪い癖だと思う。まぁ全て思ったことを口にするような人間には極力なりたくないと思ってるけど。
「じゃあ、行こう」
「……うん」
さてさてご閲覧のみなさま。これはあくまで情報で、見る価値があるかは各々に任せるとして、状況整理能力が別に著しく低いわけではない僕が今の状況を説明しようと思う。
時はそう、当たり前なんだけどクリスマス・イブにさかのぼる。
「クリスマス・イブか……」と、僕こと咲桜木陰。
残念ながらホワイトクリスマスにはなる様子のない快晴の天気の中、暖房が効いた二年十組の教室で、僕はポツリと呟いた。
時間は放課後。もうHRも終わり各自帰宅である。教室から外を除くと、何台かのバスが停車していた。
この学校での帰宅方法はバス通学、自転車通学の二通りがある。といってもあくまで駅から大学と併設して並んでいる高校に出ているというだけであり、駅からバスか、自転車かというだけだ。
教室のドアが開いて、僕が知らんぷりをして寝ていると、大柄という言葉が似合う高校の制服を来た学生が僕の席間近で止まる。
背丈が百七十三pの僕よりも十ニ、三pほど大きいから、普通の学生は、大柄な人だと思うだろう。
『四肢崎椎名』という名前である。
特徴はやはり黒縁の眼鏡に野球部のような坊主頭だろう。野球部みたいな坊主、そしてメガネ。野球をやっていてめがねをつけている選手は、僕は古田選手しかしらない。ただ野球に関して疎いだけだけれど。しかしながらここにいる『四肢崎椎名』は野球部ではなく、むしろ帰宅部だ。
帰宅部。
帰宅する部活。まぁただ単に部活に入っていないから帰宅部に入れられるだけで、別に帰宅部に入りたいと所望したわけではないだろう。
確かに、部活に入りたくないと所望することは、帰宅部に所望することと等しいことだけど。
そんな彼は、普段の四肢崎に似合わず、これまた珍しいキリリをした輪郭の顔とは別に、深刻そうな顔をしていた。
「咲桜、今日がなんの日か知ってるか?」
その言葉を聞いた途端、あぁやっぱりそうか、と思えてしまう。四肢崎椎名の深刻そうな顔は、ここが起源なのだ。
「あぁ、知ってる。クリスマス……イブだろ……?」
もちろん僕が今日がクリスマス・イブということは知っていた。しかし知っていたとしても全く関係のないものだということもまた、知っていた。
「クリスマス……イブだな……」
四肢崎はそう言うと、僕の正面の席に座った。気だるさというか、生気が抜けているような座り方だった。
そんな彼は、僕の言葉に相槌を入れつつ、どこか遠くを見つめていた。
「なぁ四肢崎」
「なんだ咲桜」
「僕たちに、今日という日は必要か」
正直、僕にはえんもゆかりも緑もない行事だ。
「そりゃあ、彼女がいないお前からしてみればノーだろう」
「だよなぁ……」
そりゃ、憂鬱にもなるだろう。さすがはかのキリスト先生が処刑された日である。毎年今日が来るたびに僕も同じような拷問を受けている気がする。
あれ?
「ん? お前からしてみればって言った?」
あれ? いまの言い方だとまるで――
「YES!! よくぞ聞いてくれた!! いや、よくぞ聞いてくれた!!」
「テンションの上がりが半端ない!?」
四肢崎はめがねを左手の中指で持ち上げ、右手を高々とあげ、腰を低くし、決めポーズ(?)を決めてきた。そんな勢いで立ち上がらなくてもいいだろうに。
「そりゃ今まで俺たちは年齢=彼女いない歴=三十−十七=魔法使いまでのカウントダウンだったさ!!」
「え、なにそれうざいな」
一応クラスでは知的クールキャラで過ごしてたお前は、どこへいったのだろうか。さっそく壊れてきた気がする。もっとも僕は中学のときから四肢崎とは馴染みのあるので、こんな風におかしいというのはあらかじめ分かっていたけど。
「ふっ……。ほえ面・か・き・や・が・RE☆」
もう目の前にゴロゴロの実の能力者でもいるのか。
というか、まだ大切なことを聞いていなかった。
「いやそれよりお前彼女出来たのマジでそれ誰マジなの彼女お前に彼女俺に彼女がいなくてお前に彼女えっお前に彼女に彼女の彼女意味分かんないんだけど」
だって四肢崎に彼女て。確かに知的クールでなかなかモテるとは風の噂か虫のたよりで聞いたことはあったけど、それが現実にあるとは思えないし、思わないし、思いたくない。
「お前相当テンパってるな。まぁいい、馴れ初めを聞くがいい……」
当たり前に話し出すあたり、今回の四肢崎の話は本当のようだった。
教室が、静まりかえる。聞こえるのは、時計の小さな音のみ。お互いがお互いを見つめ、静かに時が経つ。遠くから女の子同士の少し耳障りな声がうっすらと聞こえてきた。
「今朝、家の前の交差点でな――女の子にぶつかったんだ」
「お前の彼女はあれだな、画面からは出てこれないみたいだな」
四肢崎の彼女はご飯も風呂もいらないらしい。
「いやいやみのりんすぐ出てくるよ? お前なんてフルボッコだよ?」
「なんだよフルボッコって。そんな女の子でいいのかよ」
少なくとも画面から出てきていきなりフルボッコはイヤだ。
しかし心配して損をした気分だ。いや安心だな。彼女なんてって思ったけど、四肢崎の相変わらずさは健在のようだ。
「お前、みのりんの良さが分からないのか……。人生の六十%は損してるな」
「僕、結構損してるな」
六十パーセントというのはかなりの数字だ。
「そして残りの六十%は凛たんで損をしてる」
「僕のマックスは百二十%なんだな」
初めて知った。
「いや、来世分を前払いだ」
そんな人生設計聞いたこともない。来世ではまじめに生きようと思ったのに、もうすでに鼻を折られたみたいだ。
「つうか、あれなんだな。結局お前に彼女なんてできてないんだ」
一瞬、本気で焦ったじゃないか。
「まぁ、みのりんと凛たんは彼女というよりは俺の嫁だな」
「エジプトにでも行け」
ちなみに、一夫多妻制がエジプトにあるかどうかは知らない。
「だが咲桜。ここで問題だ。
彼女もおらず、一緒に過ごす人など誰もいない。スケジュールも空いている、そんなA君を『咲桜』としよう」
「する必要ある!?」
A君でいいんじゃないか?
「そして、確かに彼女はいない。だが彼には嫁がいる、部屋には一パックに付き三人以上のヒロインが×百本。つまりハーレム。もちろんクリスマスの予定は埋まっている。そんな生活をしている人を、仮に『四肢崎』としよう」
「エロゲとギャルゲ、百本持ってるやつなんか高校生でいるのかよ」
「いや、実際の話、作者が受験戦争の時に、嬉しそうに百本目の話をする同級生が居たそうだ」
「それ、『居たそうだ』じゃなくて『痛そうだ』だな……」
いやエロゲって高校生良かったっけ? あ、受験戦争だから別に高校生とは言っていないわけで、浪人のときに言っていたのかもしれない、いい具合に逃げるんだなー、大人って怖い。
「よく聞け咲桜。もしも『咲桜(仮)』と『四肢崎(仮)』の二人がもしもあんま仲良くないクラスメイトに『あっ、一応聞くけどクリスマス会来る?』って聞かれたときになんて答えると思う?」
「僕だったら何時からあるのか聞く前に断るな……」
そんな義務だから聞かれたようなクリスマス会なんて、楽しくないだろ。
「だが俺は違う!! きっと俺はこんな感じだ
『えっと、四肢崎君……? クリスマス会来る……?』
『ごめん、部屋に女、待たしてるから。でも、誘ってくれてありがとよ』」
「かっけぇええ!!」
なにそれちょー格好いいじゃん!!
「だろ? これがお前との差だよ」
「マジかよこんなに差があるのかよギャルゲを家でやるかやらないかだけでこんなに差があるのかよ」
「ということで、持ってきました」
そう言う前に、四肢崎はかばんを出し、中からパッケージのような薄いものを取り出した。一応分かってはいるけど、最終確認程度に、それがなにかをたずねる。
「なにを?」
「ギャ!! ル!! ゲ!!」
「……、お前、僕の家にパソコンがないのを承知で言ってるのか?」
家には、パソコンがない。というか不必要なものがない。来年受験となると、募集要項とか願書とかの手続きが大変になるけど、まぁ必要になったらパソコンに関しては買うつもりだ。
四肢崎は毎回というか毎日のようにゲームを進めてくるゲーマーだ。はまり性と言えばいいかわからないけど、ゲームのために学校を休むなんてしばしばあるし、発売日に買って、その日中にクリアをして、攻略wikiを更新するぐらいだ。
「大丈夫、今回はお手軽便利の携帯ゲーム機用だ」
そういうと、わざわざ携帯ゲーム、メモリースティック、充電器をかばんから出して見せられる。本当に準備がいいやつだ。
「お前どんだけ僕にギャルゲを勧めたいんだよ」
「いやホント感動するぞ!! テンションあがるぞ」
なんか気持ち悪いなー。やっぱ友達といえど身の程をわきまえず空気を気にせず自分の趣味のみを披露するひとって友達少ないらしいけど、本当、こういう人種を言うんだろうな。
「テンションあがってんのはお前だろ」
軽い相槌を打ちながら、思っていることは言わない僕。ホントいいやつだ。嫁にしたいね。
「で、お前今日はどうするんだ? もちろん、俺は今から帰ってギャルゲをやるがな!!」
「どうするって、普通に帰るよ」
予定なんてないし、入る予定もない。普段どおり家に帰って、夜中零時が来るのを待って、寝るだけだ。そんなこと言ったら同情の目で見られそうだから言わないけど。
「一緒に……、遊んでやろうか?」
「哀れみの目でみるな哀れみの目で見るな!!」
すでに見られているようだ。とき既に遅し。
というか、僕咲桜木陰は思いました。
四肢崎に、彼女がいて(3Dではない)、僕に彼女がいない。
もうあれだよね僕に彼女がいないなんてことが逆にないよねもうあえてのいないわけがないわけだから逆の逆で僕に彼女いるんじゃない?
「僕にも……彼女いるんだぞ……(ボソッ)」
「動脈と静脈ってどうやって止めるか教えてくれないか?」
「教えるのはいいけど僕に使うんじゃないぞ!?」
つうか知らないけど!!
「それで、どんな子だ?」
「どんな子って……そりゃあ、ねぇ?」
目線を右に泳がせ、四肢崎の目から視線を外す。
もちろん僕に彼女はいない。モテる要素もなければ、嫌われる要素もない、ある意味勝ち組である。
まさか興味をもたれると思っていなかったからしどろもどろになってしまう。
「身長は? 髪の色は? 髪の長さは? バストは? ウエストは? ヒップは?」
ここで、スリーサイズを聞いてきたことにはツッコミはしない。
「グイグイくるな。あれだよ……。あのー、あれですよ。まずは身長が百六十五センチぐらいで――」
「それでそれで?」
百六十五センチ、女の子にしては平均ちょい上くらいだろうか。うーん、なんとなく日本人の平均は分からないなー。きっと金髪碧眼の人たちの平均身長っていうのはもっと高いと思うけど。しかし、白人というのはどうしてあんなにぼんっ、きゅ、ぼんなんだろう。おそらく金髪というのがさらに引き立てている気がする。
「金髪……(ボソッ)」
「きんぱつなのか!? 外人さんなのか!? 外人さん!? それでそれで!!?」
心で、金髪の人を考えていたらそのまま出てしまったようだ。
いま四肢崎からみたら、『欧米人と付き合う同じクラスの男子咲桜(仮)』という風に見えるんだろうな。
しかし、饒舌ではない僕は、このまま行けばミスというほどにはないにしろボロが出かねないな。あくまで消極的な感じの、早くこの話を終わらせなければ。
「積極的――かな?」
「積極的っ!! 金髪外人さんで積極的っ!! それどうなんだ!? どういう方面で積極的方面だ!!?」
机を子供のように叩く四肢崎椎名(仮)である。
火に、ガソリンとハイオクを注いでしまったみたいだ。ボロが出るというか、ボヤになりそうで怖い。
四肢崎が興奮気味+目をキラキラ光らせている。外人で積極的にどれだけ喜んでいるのだろうか、気持ち悪いという表現が似合う。
しかし、これだけ興奮していれば、どんな内容でもばれないんじゃないだろうか。普通金髪って、外国人の方と付き合うよりは同い年の女の子が金色に染めたという方が理解しやすいのに。
やばい自信付いてきた。なに言っても同じような反応じゃないのか!? たぶん、適当なことでもなんとなく流されてくれそうな気がする。
「八王子方面さ!!」
「……」
「……」
流れはせき止められたようだ。もともと大した流れではなかったけど、少しばかり罪悪感がある。
「……お前、彼女いないだろ」
「うん、ごめん」
そんな……Gさん(通称ゴキブリ)を見るような目で見なくてもいいじゃないか。
「俺、もう帰ってクラ○ドする……」
「あぁ、じゃあな……」
そういって、かばんを背負いなおす(うちのかばんは手でも背中でもいけるタイプだ)。
「あれ、四肢崎椎名さんじゃないですか」
四肢崎が少し弱い足取りで教室を出ようとドアに手をかけようとすると、自動でドアが開いた。
もちろん学校がでかいとはいえ、自動ドア機能なんて手のこんだものなんてありえない。自動ドアにするくらいならトイレを和式から洋式に変えていただきたい。
「おぉ、しゅん竹か」
「今からお帰りですか?」
「バスがもう出るからな。急がないとっ。また明日」
「はい、さようなら四肢崎椎名さん」
四肢崎と入れ替わりに入ってきたのは、妖花旬竹という同じクラスのやつだった。
「咲桜木陰さん、今日が何の日かご存じですか?」
入ってくるなり、いきなりなやつである。そんないきなりなやつこと、悪友その二、妖花旬竹である。
身長は僕より少し小さい程度。百七十あるかないかぐらいだ。特徴は前髪で目が隠れる程度の髪の毛と、いつも銀メッキがはがれかけたようなブレスレットをしている。普段は途中までだけど一緒に帰っていて、高校生になっておそらく一番同じ時間を過ごしているのではないだろうか。
まぁ一番仲がいいかは別だけど。
「あぁ、クリスマスだな」
「そうですクリスマスです」
またこのクリスマス話か。僕には必要ないとさっき四肢崎との会話で明らかになったことだし、読者は飽きてるんじゃなかろうか。
「この冒頭から始まるのか……。面倒だから割愛します。もうクリスマスの話は面倒だ」
「そんなっ!!」
さっきもこの開始だったから面倒だ。いや面倒というより悲しいお話になりそうだ!!
しかも敬語キャラのモテるしゅんたけはどうせクリスマス・イブの用事なんてあるんだろう。
割愛、と強く言われて落ち込んでいるのか少し顔をしたに俯きかける。
少し、このしゅん竹は子供っぽいところがあって、分かりやすいと言うか単純というか、傷つきやすいというか。
まぁようは単細胞といえばいいか。
「で、なんだよ」
「別に用はないですけど、用がないといけませんか?」
少し強く言われたあとでも、すぐ立ち直り、ニコニコしている。この笑顔がとてもまぶしい。死んでしまいそうだ。僕は太陽とそれに類似するものが苦手という設定を作ろうか。
「いやそうじゃないけどさ。お前も暇だなぁと思ったんだ。あとそろそろ敬語やめてくれないか。もう二年だぞ」
ちなみにしゅん竹とは高校一年からの付き合いで、ほとんどの授業合間合間の放課は僕と四肢崎としゅん竹と過ごしている。一緒にいると言っても、四肢崎と僕がくだらない会話をして、横でしゅん竹がクスクスと笑っている、当事者二人、傍観者一人という関係だけど。
「すいません、癖なので」
「まぁ、いいけど」
「……」
「……」
一言二言の会話をすると、このようにほとんど会話が終わってしまう。僕としては息苦しいというかソワソワとしてしまうのだけれどのだけど、しゅん竹はそんなにも苦とは思っていないのか、いや思っているけど顔に出さないか。
こいつの性格上、後者はないな。言うことはモジモジしながらも言うし。
こいつとは付き合い長いけど、二人っきりになるとどうしても会話が続かない。やっぱりクリスマスの話をすべきだっただろうか。でもまた掘り返すのもなぁ。
こういうときに枯木委員長が居てくれればなぁ。
そのとき、僕の心の声が聞こえたのか、教室のドアが外れるんじゃないかという大きな音を立てて――ドアが外れた。
「やっほぉぉおいい☆!!」
――あ、ごめんやっぱり呼ばなきゃ良かったと思った。
「元気だな」
「ヤッホーだよ、咲桜くんに妖花くん!」
ドドド、という効果音がお似合いの、特急信濃行き電車が、途中駅にも止まらず迫ってくる。
あいかわらずクラスのムードメーカーは、今日も太陽に勝てるくらい元気だった。そして太陽ゆえに僕の弱点でもある。
「元気過ぎるよお前。元気が取り柄過ぎるよ」
「こんにちは、枯木鈴蘭さん」
枯木鈴蘭、クラス委員長、性別女、テンション高め、髪の毛はしゅん竹より長く、茶色ぽい。本人曰く、染めたわけではないけれど段々と色が落ちたらしい。クラスの中心である枯木委員長は中心だからこそ疎外気味の僕たちと仲がいい。枯木委員長からしたら、仲がいい人たちのうちの一人という感じかもしれない。
猛スピードで発車した特急はやっとこさ止まることができたようだ。そしてなにかを伝えたいのだろうか、僕が座っている椅子のよこで、明らかに仁王立ちをして『知ってる? 知ってる?』と言わんばかりのオーラを出す。本当に女の子は噂好きだ。
「さて、咲桜くんに妖花くん。今日はなんの日か知ってるかい?」
腕を組み、顎を撫でながら、長老者からの言葉風に言葉をアレンジする枯木委員長。お前にひげはついていないし、生えていたら今日がなんの日かというよりも興味あり。
あ、一応女の子にもひげは生えるらしい。この前トリビアでやっていた。四部咲だったけど。
今日はなんの日か知っているかなんて、知ってるもなにも、いままさにその話をしていたんだけどな。
いやそれよりも教室のドアが外れっぱなしなんだけど。
「知ってるよ。というかさっきまでその話してたよ」
「クリスマスですね」
僕としゅん竹が当たり前の口頭句のように答える。
いったん呼吸をおき、彼女は笑顔で言った。
そういえば彼女の特徴に、ひとつ忘れていた――
「そう、――クリ○リスだね」
「……」
「……」
「……」
「てへっ☆!!」
「『てへっ☆!!』じゃないよ!! 可愛い子ぶんなよ!! わざとだろ!! 計算だろ!!」
このように彼女、枯木鈴蘭は、思いのほか下ネタ関係にオープンである。下手したら男の子であるしゅん竹よりも口走っているかもしれない(そういえばしゅん竹が口走ったことをみたことがない)。
もっとも誰にでもどこにでもオープンなわけではなく、一応相手を差別というか区別はしているらしく、相手がどの程度なら許してくれるのかは分かってるらしい。
さらにもっと言うと、僕たちの場合はブレーキがほとんど効かず、ノンストップで走り続けている。
「ということで、ご覧の皆様、クラス委員長の枯木鈴蘭でっす☆」
「お前見てると、元気になれるよ……」
「もう、急に下ネタはやめてよぉ☆」
ほらごらんのとおり。発想が最低である。高校二年生のクラス委員長(女)の発言とは到底思えない。
もしかしたらどこの高校二年生クラス委員長(女)はみんなこうなのだろうか。今度隣のクラスとか別の学校のやつに聞いてみよう。友達がいたらの場合だけど。
「お前もうホントすごいな」
「ある意味才能と言うべきですね」
「もう!! 誉めたって……おっぱいしかでないぞ☆」
「「出るの!?」」
下ネタで健全な男子高校生が健気な女子高生(通称JK)に振り回されている図が、ここにはあった。
「うーんさすがに母乳は出ないかなぁ」
「おいしゅん竹、こいつどうにかしてくれないか?」
このまま暴走させるのは忍びないというかつらい。早く終電時間を過ぎて欲しい。さっきまで場つなぎ程度に枯木委員長を求めてはいたけど、あまりにもの登場と発言に、はやくもこの場から立ち去っていただきたい。これなら無言でしゅん竹と帰ったほうが楽だ。
「ぼくに助けを求めないでください……」
確かにしゅん竹より僕の方がまだ下ネタに対する耐性はあるけれど、もちろん耐性だけではどうしようもない。
「枯木委員長、なにがしたいんだ」
ゆっくりと彼女を見つめる。彼女は少し汗をかいているのか、かばんから水色の女の子らしい水筒を持ち出して、男の子らしく豪快飲んでいる。話を変えればなんとかできるだろう。
中身は空になったようで、口から水筒を外すと同時に、彼女は自身に満ちたような、そんな瞳で話を始めた。
「この時期はキャラ替えシーズンだからねぇ」
「なぜこんな真冬にキャラ替えなのですか?」
キャラ替えってこの時期にできるのか。普通は高校生デビューとかそんなものだろう。周りの人間としても在学中に変わられたらたまったもんじゃないのに。
「新キャラにすると、新たなる側面で出てきて、告白されるかもしれないじゃん!! キャ☆」
ウインクをすると、小さな黄色い星がいくつか出てきた。
……どうなってんだお前。星を出すんじゃねぇよ。
「もうその星が憎くてたまらない」
「右に同感ですね……」
めずらしく他人を非難するようなことを、たとえ同意だとしても口にしたしゅん竹。これはこれで、下ネタを口にするしゅん竹レベルでめずらしい。
まぁ、確かにクリスマス。まったく知らない盲点だったあの人!! とまさかの二人っきりっ!!という可能性もなきにしもあらず――か。
「でさ、二人は今日暇なのかな?」
「まぁ暇だけど」
「暇ですね」
しゅん竹が暇だということには驚きを隠せないけど、それでも僕は暇である。家には遊び道具なんてなにもないし、それなら四肢崎に進めてもらったギャルゲーを貸してもらうべきであるかもしれないと思った。まぁでもいつものように家に帰ってなにもせず、今日という日を特別に感じずにいるのもなかなかの贅沢だけど思うけど。
「二人とも、暇なのー? なら……これは偶然的に私も暇なのだよー」
「それは偶然だな」
「偶然ですね」
それはなんと偶然だろうか。あたかも一緒に遊ばないかと誘っているように錯覚に落とされる偶然。全く偶然って言うのは怖いね。
「うん!! 偶然も偶然!! 私すごい暇で誰か遊んでくれないかなぁーと思ってたんだよー。ならさ――」
机をバンバンと叩いて、嬉しそうな目で僕としゅん竹を交互に見つめる。
「そうだな――」
彼女の気持ちは大体分かった。
「よし。しゅん竹、二人で遊ぶか」
「なんで!?」
あからさまな反応に、枯木委員長は声を上げて叫んだ。
そんなにも叫ばなくてもいいだろうに。カルシウムが足りていないのではないだろうか。牛乳と納豆を同時に食うべきだね。
「えぇ、もちろんいいですよ。なにで遊びますか?」
しゅん竹は素でやっているようで、僕と遊ぶということに対して、結構本気で乗る気のようだ。
「咲桜くん!! 妖花くん!! なんでさ!! こんな察しやすい状況を私は作り出したよ!!?」
叫ぶ――というか暴れるに近い行動を起こす枯木委員長。
こういう適当な話をしないと、枯木委員長との会話の中で主導権は握れないのだ。彼女は下ネタをテリトリーとするので、大抵負けてしまう。だからこそ彼女の『寂しがり屋』という特性を領するしかないのだ。
「まぁ、冗談はおいといて」
「ホント冗談でよかったよ……。一瞬二人には私がみえてないのかと思ったよ」
「それで、枯木鈴蘭さんはどうしたいのですか? 一応僕と咲桜木陰さんは暇なのですが」
「鬱陶しいから早く話せ」
「暇なのかー、暇なんかー、なら仕方がないからこの枯木鈴蘭ちゃんが誘ってあげようかなぁ――? いま鬱陶しいって言った!? 言ったよね!? ……。もういいや……。それで、一緒に遊ばない!?」
まぁそんなことだろうとは予想していたけど。
「いいけどなにをして遊ぶんだよ」
「まだ決めてないけどなんでもいいよ!」
「それっていつだ?」
「明日……かな?」
明日か。確かにクリスマスだし大した予定もない。高校二年のクリスマスぐらいなら受験勉強は置いておいて、友達と遊ぶくらいならいいかもしれない。
「なら、みんな考えてこいよ」
せっかく遊ぶのに、その場で考えるというのは少しばかりもったいない。これでも僕はこまめな人間なのだ。ちゃんと提案するからにはデートプランを立てて……。
「分かりました」
「わかったよ☆ あ、あと――」
少し口をごもごもさせてる割りには、☆はちゃっかりと入れている枯木委員長に敬意と愚別をしつつ、もう、僕もしゅん竹も☆についてはなにも言わない。人間というものは学習し、無駄なものは捨てることができるのだ。
「まだなんかあんのか?」
頭の中で、枯木委員長がいいだしそうなことを探る。うん、今は枯木委員長に嫌味を言われるようなことには心当たりがない。
「これってさ、もしもいくなら私と妖花くんと咲桜くんじゃない?」
「まぁ、そうだな」
「えぇ、そうです」
「――襲わない?」
「襲わねぇよ!!」
なにを言い出すんだ、急に。確かに枯木委員長の容姿、性格(下ネタテリトリーを除く)を五段階評価すると☆五つだけど、僕としゅん竹にそんな度胸はない。今をときめく草食系男子というやつだ。
「それで、もしものことを考えてあと一人、連れてきていいかな?」
「信用ないんだな……。お、女の子か?」
「うん、女の子」
「僕たちみたいなのと遊んで楽しいか?」
枯木委員長は別にして、僕としゅん竹なんて面白みのない人間だと思うけど。
「うん! 全然大丈夫! だからいいかな!?」
「いいならいいけど。しゅん竹もいいか?」
しゅん竹は基本、人間関係が得意ではない。人見知りというか、相手に対して必要以上に緊張してしまう。
だから僕はしゅん竹に確認をとることを優先とした。なんだかんだ友達思いである。
「僕は問題ないくらい問題ないですよ。むしろ友達が増えてうれしいです」
しゅん竹はまた笑って、了承と好感の得られる返事をした。
「じゃあそういうことで」
「じゃあまた明日お会いしましょう」
「うんまたねー☆」
最後まで『☆』については触れず、僕としゅん竹は教室をあとにした。
日は快晴。雲ひとつない天気。
妖花しゅん竹とはいまさっき交差点で別れて、僕はいま一人ぼっちだ。
寒空だというのに、こんなにいい天気なら外で遊ぶことが好きな小学生だけとは言わず、高校生も外で遊びたくなるのではないか。そんなことすら思わせる快晴。こんなすばらしい一日の午後一時半。こんな天気では寒さで引き締まった身とは裏腹に気も緩むのも仕方ないであろう日に、中肉中性、趣味は無趣味で身長百七十二センチ、五十八キロ、特徴は男としては少し長めの髪の毛。
まぁ、つまり僕、咲桜木陰《さきざくらこかげ 》は静かに目の前のものを見据えていた。
いや、きっとこのときの僕は見据えるというほどのだいそれたことをしていたわけではない。ただただ動けなかった。足が固まっているわけでも、思考が停止したわけでもなく。
目の前にいるものに気を取られていた。
クリスマス・イブだと言うのに一人で自転車を漕いでいることから、彼女の居る居ないについては火をみるより明らかだ。
十二月だというのにというべきか、十二月だからと言うべきかはさておいといて、当たり前のように太陽さんはまだ元気がないらしく、凍える風というなんだかモンスターなんとかか、なんとかボールとかでいろいろなポケットを捕まえて育てるようなゲームで出てくる技名で、確実に僕の体力を奪っていく。
寒っ。
一応形だけの終業式で(まぁ一応形だけなので来年受験生の僕たちは当然のように冬季補習がある)、短いはずである午前中だけだというのに、俄然疲れた。むしろ普段より疲れたかもしれない。
そう、いつになっても校長の長い話は異様に長い。
短い冬休みとくらべ、絶対校長の話の方が長いと感じるのは僕だけであろうか。いや、そんなことはないはずだ。
むしろそう感じるのはしゃべっている当の本人以外だろうと思う。よくもまぁあんなたらたらとしゃべれるものだ。確かに大会などで結果を出した部活なんかはほめられるべきなのだろうけれど、あんたが育てたわけじゃなかろうに、なぜもまぁあんなに自慢するのだろうか。褒められる側はきっと気持ちいいんだろうけれど、少なくともたとえバスケ部が全国ベスト四でも、僕はそれを誰かに自慢したいとは思わない。まるで「僕の友達のいとこに、有名俳優いるから」みたいな感じである。
読者の、「それって結構遠くね?」というツッコミ待ちだ。
突っ込めたのなら、次の行に進んで頂きたい。
さらにうちの学校はタチが悪いったらありゃしない。あれ急に話し変わったな、とは思わないで欲しい。作文能力はあまり高くないのだ。
さらにうちの学校はタチが悪いったらありゃしない。(なんかはじめからやり直したくなった)本日の校長の自慢話の中で何人かの生徒が犠牲になっている。
場所は普通のバスケコート二面分の体育館。生徒は冬用のブレザー。風通しと生地が夏ズボンに比べて数段厚い冬用ズボン。そして学校指定の白い靴下、と言っても結構誰も気にしない(最近の靴下は本当にハイカラだ。ハイカラなんて死語だけど)。
普通の学校。普通の学生。
しかしまぁ、そんな学生たちが体育館の中に千五百人いるから驚きだと思う。
一クラス三十五人×十五クラス×三学年。少し大きめの学校というのは別の学校と比べると分かる。でも、いまここで重要なのはそこではない。
小さな体育館の中に千五百人。
暑いのなんのって。
人口密度はおそらく中国を越えるだろう。まったくロシアがうらやましい。(まぁ本当は中国なんていうのは人口密度に関しては全く持ってそうでもないのだけれど、とりあえず人数が多かったってことを表現したかっただけだ。確かにとっさに香港が出ない僕にも非がある)
冬だから意外に暖かいんじゃね? とか思った人。
とりあえずでいいから僕らに一回謝って欲しい。
確かに僕という人間も一瞬は至福の時を楽しみましたよ。
でも一瞬は一瞬。
押しくらまんじゅうを嫌々やらされているような暑さに、そのせいで幾分汗を出す男子。そして締めは汗によって作り出された硫化水素とは似ても似つかないような異臭。
そんなんだから貧血やら日射症やらで四人も犠牲になるのだ。冬なのに日射症って……。あ、日射症は冬とか関係ないか。もうひとつのやつなんだっけ? まぁいいや。
少なくとも今高校二年生である僕は(ここで初めて僕の年齢が明かされた。ヤッホー)、昨年度(つまりは高校一年生)、夏休み明けの始業式に熱中症のため保健室へと運ばれている。しかしその時は既に保健室に空きのベットはなかった。強制的に保健室の廊下で寝ました。どんな時期でも床って冷たいんだね。
そんな暑さの中で校長の話を聞くこと二十分。
ホームルームで提出物やらなんやらで一時間。
しかも自転車通学(ここで初めて僕が自転車通学だと明かされる。ヤッホー、半端なくどうでもいい)なのでさらにつらい。疲れて当然である。
でもまぁ、そんな愚痴をいいながらも、やはり午前中に家に帰れることはうれしかった。
なんか得した気分になる。
気分が高揚しているのだろうか、自然といつ聞いていつ覚えていつ歌っていたのか分からない歌を歌っていることに気づいた。
懐かしいような、昔の聞き慣れた歌だった。
でもそこで僕は歌を歌うのをやめたことに気づく。
歌を歌い、歌を歌わなくなった現実について気づく。
自分と言う存在が黒い不安に飲み込まれ、空気と一緒に飲んでしまったことに気づく。
そしてなにより、僕は別の、ここに存在しては矛盾するであろう不安の原因に気づく。
ファーストフード店前の信号。
交差点で信号待ち。
交差点の向こう側。
それは確実にそこにいた。
ゴミみたいなゴミのように多い人ゴミにまぎれ、彼女はそこにいた。
僕の大切な人の一人で、そして大切だった人の一人がそこに立っていた。
静かに流れる冷風に吹かれ、大好きで、大好きだった姉がそこにはいた。
まず最初は、見間違いだと思った。自分の目を、信じることができなかった。自分がいるこの世界を信じることができなくなった。
実際、現実では、血を分けた姉が交差点にいるのはめずらしくない。
家も一緒で、朝食も一緒で、学校から帰るのも一緒。唯一違うのはランドセルの色くらい。そんな姉が、普通の交差点の、普通の信号待ち。現実では、血を分けた姉が交差点にいるのはめずらしくない。
たとえそれが真冬だろうが真夏だろうがクリスマス・イブだろうが関係ない。
確かに僕はそう言った。
しかし、だからこそあり得なかった。ここはあくまで現実で、彼女がいるべき場所はここではないから。そう感じたとたん、今度は怖くなった。
本物か、偽者かなんてどうでもいいのだ。
嬉しいから、怖いかった。幸せだから、怖かった。結局全ては努力次第でなんとでもなるという事実が怖かった。
怖くなって目をこすると、もうそこに姉さんはいなかった。
現実か、夢か。
嘘か、本当か。
自分の目がおかしいのか、この世界がおかしいのか。
いずれにせよ、どちらかが壊れていないと説明がつかなかった。
姉はもう死んでいるからだ。
――僕は、家族を生き返らせたかった。
咲桜一家は、父・母・姉・弟の四人家族で構成されている。
父、咲桜根津《ねず》。母、咲桜里穂《りほ》。姉、咲桜ひなた。そして僕、弟、咲桜木陰。仲の良い、家族だったと思う。だったと思うというのはあくまで過去形であるという表現で、それがもうすでにないからである。母である咲桜里穂と、姉である咲桜ひなたは、同じ日に同じ事故で死んでいる。それは変えようのない事実だし、実際現場にいた弟としては、思い出したくもないトラウマだ。まぁ、物語として少し話を出すかもしれないが、それは僕が苦痛に耐えれる程度の内容なわけであって、人に聞かれたからその話を出したり、自分で不幸の人っぽく見せ付けるために出したのではないと、あらかじめ知っておいて欲しい。自分が悲劇のヒロインと思われるのは心外だ。
僕自身、いや家族自体、あまり勉強ができるような一族ではなかったと思う。まぁ一族のせいにするのは甚だしいくらい甚だしいけれど。
僕は中学の成績は下の中ぐらいだったし、今行っている、授業に追いつくのが精一杯の高校も中学の担任の先生には百%無理だと言われたし、実際、九十八%の努力と、二百%の奇跡で学校が受かったようなものである。
三月五日、中学卒業式六日前。僕はその高校にいき、そのときは明確に覚えていた数字四桁が目の前の掲示板に書かれていることに気づいたとき、僕の周りには喜んでくれる人は誰もいなかった。
――僕を含めて。
誰も興味がなかったのだ。それも、僕を含めて。
みんな生きていたなら、もしもあのまま事故が起こらなかったのなら、僕は両手を上げ携帯電話で報告しながらスキップで帰ったと思う。そして家族に再び祝勝されながら僕は夜遅くまで家族と抱き合うはずだった。しかしながら、行けないと言われた高校に受かってしまったことがかえって僕を苦しめた。つまり、毎日毎日必死に勉強するだけで、学校が受かってしまったのだ。
三年間、友達もほとんど作らず、部活も入らず、ただひたすらに勉強をしただけで、頭の悪い僕が、がっこうに受かったのだ。三年間、ひらすらに勉強した僕は、学校になど受かりたくなかった。自分ひとりでは、どうしてもできないことがある。それを証明したかった。よく、『努力』すれば夢は叶う、とあるが、本当にそれだけでいいのだろうか。
努力すれば夢が叶う世の中で、いいのだろうか。
いや、この言い方には多少なりとも語弊がある。実際の世の中はもちろん、どんなときにだって努力すれば夢が叶うわけではないし、努力のほかにも、運や才能といった努力とは全く関係のないものが必要となってくる。しかし、重要なことはここではないのだ。努力すれば夢は叶う。と信じている輩が非常に多いことに対して問題なのだ。当たり前なことに、努力しても夢が叶わなかった人がこの世を覆い尽くしている。しかし、努力して夢が叶わなかった輩が、いまだに努力が実ると信じて努力しているのが現実だ。
少々、いや、多少話がずれたかもしれない。ここで問題なのが、僕もいまだに努力が実ると信じて努力している側の人間だということだ。
つまり、僕は、叶うと信じて、勉強以上に努力してきたのだ。
『もう一度、姉と母に会えるように』
正直、勉強とは使い勝手が違った。勉強は学べばいいが、この夢は努力の仕方が分からなかったのだ。すくなくとも今まではわからなかったし、今でも分からないだろう。天国にいる人に出会うために、どのように努力すれば良かったのだろうか。
祈ればよかったのか?
宗教に頼ればよかったのか?
自己犠牲をし、自分を痛めつければ良かったのか?
全く、方法が分からなかった。
――だから、僕はとりあえず全て行った。
とりあえず、全身から抜いた血で魔方陣を描いて人間の生成物を中心においたり。
とりあえず、二週間の断食を行ったり。
とりあえず、ずっと祈ってみたり、
すべて、とりあえず。
全てを行ったのだ。しかも、同じことを何度も。
もちろん、なにひとついい結果を呼んではくれなかった。だから、僕はこの努力が無駄になるよう。
ひとりではどうしてもできないことがあるということを証明したかったのだ。
「……どうしたの?」
話しかけられて目が覚める。というより、記憶から覚めたとでも言おうか。
僕は、自分で汗を拭った。そして、自分が汗をかいていることに気付いた。暑さから出た汗なのか、それとも別の理由か。真冬なんだから暑いわけ無いけど。
場所はさっきと同じ有名ファーストフードチェーンのお店前。つまり僕はここにずっと立ち尽くしていたわけである。
今見たのは夢だったのか現実だったのか。
声がした方をを見ると、自分より、頭一個分も小さな女の子がいた。女の子という呼び方は失礼かもしれない。これでも、この女の子は高校生なのだ。(結局は女の子扱いをしているけれど)ひとつしたの後輩である彼女の特徴的なのは、腰まである長い髪の毛と、ぱっちりとした目、そして地図帳。
佐々倉有紀《ささくらゆき》。それが彼女を象徴する名前だ。可愛らしい、冬が似合う名前だった。
土ノ根高校が違う彼女と僕は春休み中に知り合った。
それも、ありえない始まりで、ありえない出会い方。
そして、彼女は事件に巻き込まれたのだ。巻き込んだ、と思ってもらっても差し支えない。
世間が驚くような大が付くほどの大事件である。
どうして彼女がここにいたのか疑問に思ったけれど、彼女の性格と趣味を考えればその理由の把握は針に糸通しを使って糸を通すほど簡単なことだったので、僕は素直に彼女の質問に答える。
「いや……なんでもない」
そういうと僕は呼吸を整え、自転車にまたがった。いつの間に僕は自転車から降りていたのだろうか。それすら検討が付かない。
だからこそ、僕は急いでこの場から立ち去るべきだ。こんな状態で会話など続けたら、ボロが出るに決まっている。
こんなこと、言えるはずがないのだ。もしも死んだはずの姉が見えたらなんていうか。というか彼女は心配するに決まっている。僕は知っているのだ。僕が彼女にこのことを打ちあければ心配し、なんとかしようと悩んでくれる。そして僕は、僕が打ち明けることで彼女が苦しむことを知っているし、彼女が苦しむことで僕が苦しむことも分かっている。
こんなのは悪循環だ。
無駄な悪循環はとめないといけない。
昔は、この世界が魔法が使えたり、超能力が使えたり、パラレルワールドが存在する世界があると思っていた。
死者の魂をよみがえらせたり、遺品からDNAを読み取り肉体を再生したり、別の世界の姉を呼んだりできると思っていた。
魔法、超能力、パラレルワールド。少なくともどれかは。
僕を救ってくれる程度には存在すると信じていた。僕が幸せになる程度には存在すると思ってた。
まぁ結局今となっては、なんでもないただの過去。ただただ、見苦しいだけだ。
――姉は死んだ。母は死んだ。
それが実際の現実。それもまた、ただただ見苦しい。
さっきいたのは幻覚。それしか、考えられない。それしか――。
「……なんでもないのに十分間もたちっぱなしで悩んでいたの?」
彼女が、手元に持っている地図帳を開きながら僕に疑問を投げかけた。怒っているように聞こえたけど、そういいながらも、彼女はこの場所を離れない。
十分も一緒にいてくれたのか。
やっぱり、彼女は優しいかった。そして、その優しさだけで十分だった。
少し元気も出てきて、僕は彼女に微笑んだ。
「うん、なんでもないんだ」
「……そう」
そういうと、彼女は考えず、また地図帳を開く。肌を水が滴るぐらいのなめらかさだった。
彼女からは僕が笑った顔は見えないと思うけど、きっと気持ちは伝わったと思う。彼女はゆっくりと右足を前に出した。まるで知らない国に初めて行ったように。
国境を渡るみたいに。
丁寧に、そしてゆっくりと。
そんな動作が何回か行われ、また彼女は歩き出す。
そして、僕もうまく入らない力に渇を入れながら、再び自転車を漕ぎ始めた。
ベットに横たわり、暗い部屋の中、ケータイの時間を見る。時刻は午前三時半。あれから、もう、十三時間以上経過していた。
ぼくは寝不足だったみたいだ。正直、まだ眠たい。
確かに既に出されている冬休み用の課題の提出のために何日も夜遅くまで勉強(友人である枯木から答えを借りて写す行為のことを指す)していた。枯木委員長はすでに終わっていたし、僕は最後に溜め込むのではなくむしろあらかじめ終わらせておきたい人種なので結構無理をした。
家に帰ったのが午後二時ごろ。ベットに入るとすぐ眠ってしまったらしい。久しぶりに十時間も寝たので、寝すぎて腰が痛い。まぁ、一日一時間睡眠を四日繰り返して、ツケが十時間なら得した方だろう。ゆっくり起き上がると、まだ全身にだるい症状が残っていた。おそらく、あと五時間は寝れそうな勢いである。
ケータイの着信を見る。開けた瞬間、携帯の電気の光が眩しかった。
慣れるまで、数秒。
やっと、携帯の画面を見ることができる。着信は三件。友達が多いほうではない自分にしては、まぁまぁの数と言えよう。たぶん、今日会った交差点で出会った佐々倉からだろうか。あいつなら、心配してくれて僕にメールでもくれるだろう。
全く、困った奴だ。
でも、三件ってことはないだろうし……。
ほかに可能性があるのは……妖花と枯木だろうか。一応明日の予定を聞くためにメールをくれそうだ。
ちなみに、妖花と言うのは名前ではなく苗字で、下の名前は旬竹。
妖花旬竹(ようかしゅんたけ)聞くからに変な名前だ。
高校からの親友の一人で、第一印象は人懐っこい。身長は僕より少し低く、百六十八センチ程度だろうか。そろそろ敬語をやめて普通に話してほしいと思う今日このころである。さて、これはかなり重要なことであるが彼はモテるのである。
モテるのである。
モテるのであ〜る。(ふざけ半分に言ってみたが、やはり現実は変わらないようだ)
先輩からモテ、後輩からモテ、同級生からモテ、先生方からモテ(先輩後輩同級生はいいにしろ、先生方は駄目なんじゃないか)。
下駄箱がバレンタインチョコでいっぱいで閉まらなかった奴は初めて見たし、なにより僕が初めてもらったチョコレートは、何よりしゅんたけが食べ切れなかったチョコである。彼の性格上全てをちゃんと自分で食べると思っていたが、あまりにも量が量なので腐らせるよりはおいしく食べてもらった方がいいという考え方である。
…………。
おいしかったよ?
おいしかったあ〜よ?(ふざけ半分に言ってみたが、おいしい事実は変わりない。悪いのはチョコでなくそんなチョコをくれたしゅんたけ自身である。まぁ、本当に悪いのはモテない僕なのだが)
もちろん、当時、(去年のことだが、当時と言う風に言うことで、まるで初めてのチョコをもらったのが結構昔っぽくし、最近はもらったみたいにするのが目的であるため、あくまでも『当時』と表記する)もらったチョコが男性だとはいえ、お返しはしなければならないと思い、旬竹にチョコをあげた女の子に、ホワイトディーの日、三倍返しならぬ十倍返しとありがとカードを付けお返しをし、それをもらった女の子が怒り、しゅんたけはものずごいことになったは言うまでもない。
別に、羨ましかったことは……言うまでもない。
そして、もう一人。枯木。佐々倉の次にメールをくれそうな女の子。
枯木とは、枯木委員長。
簡単に言えば、万能娘。成績優秀、スポーツ万能、才色兼備、スタイル抜群……? クラスの委員長をやっていて、担任の先生より、学校での権力があるらしい(僕調べ)まぁ、彼女のことはあとあと詳しく言うつもりでいるので、ここには書かないことにする。
ゆっくり、新着メールの画面を押す。
ひとつ目は配信メール。
「…………」
まぁ、でもあと二件もあるし?三件中二件ならまぁまだまだ友達は多いってことになるし?
二つ目、配信メール。
「あれ? これやばくないか?」
やばいやばいやばい!!このままだと友達が少ないってことになっちゃうだろ!
どうしよう、目頭が熱くなってきた。しかもなんだこの流れは。確実に三件目も配信メールだ!!って感じの空気だ。もしも次も配信メールだったらどうしよう!
おそるおそる、三件目を開く。
三つ目、
送信エラーメール
「いつのだよ!!!」
いつのメールのエラーだよ!?!?
「しかもエラーってことはアド変のメールがきてないってことじゃん!?」
数少ない僕の友達がまた一人消えた瞬間だった。
なんだ、誰一人僕にメールを送ってないじゃないか。涙腺が崩壊しそうだ。涙を袖で拭きながら一件目のメールを読む。モバイルスペシャルというケータイ小説からだ。なつかしい。もう、三、四年も前のことだろうか。一時期、ケータイ小説に自分の生い立ちを話すことにはまっていた。いまをときめく、中ニ病というやつである。
長年たまっていた気持ちの吐き場所を探していた。
――死んだ母、死んだ姉、自分のことを苗字で呼ぶ父。
本当のことをありのまま書いた。自分はどうしてこんなに不幸なのか書いた。家族を殺した犯人を殺したいと書いた。
そんな僕をレビューは励ましてくれたし、私書箱から応援のメッセージが来た。大事な人を失ってつらいだろう、とか。そんな父親ありえない、とか。私にも分かる元気だして、とか。
まぁ、いくつかは「そんなのありえない」や「嘘に決まってんだろwww」とかのメールもあったが、それでも、ぼくを応援してくれるメールの方が圧倒的に多かった。
しかし、そんな言葉では僕の心は埋まらなかった。埋まるはずもないし、埋まるどころかそんな人たちさえも、当時は殺してしまいたいと思っていた。まぁ、正確には、姉と母が死んでから高校二年生になるまでの約八年間、そう思っていた。
ずっと思っていた。俺の気持ちが分かるはずない。
どうして俺の親父を責めるんだ?
なにも知らないくせに。
みんな被害者面して。
僕と同じ気持ちになった振りをしやがって。
僕は誰にも理解されない。母と姉にはもう会えないし、父親は会おうともしてくれない。そんな僕が世界で一番不幸な人間だと思ってた。
被害者面をしていた。
一番不幸で、
可哀想で、
悲劇というのを人間の形に成型したようだと思った。
それでも、一番不幸だと思っていたことも、高校二年になるころには消えていた。
約八ヶ月前。事件があった春休み。少なくとも自分より不幸な人が現れてくれた。そんな人をみて再び心を痛めた。
心を痛めたことに対して嬉しかった。僕にはまだ心があったのだ。
人に対して同情するような心が。
僕にとっては自分より不幸な人を目の当たりにして嬉しかった。そして、そんな春休み。僕は僕より不幸な女の子をより不幸にした。携帯電話をスクロールし、二件目を読み終わるころ、メールのマークが追加された。
また、配信メールだろ、と思いつつ、あけてみると、今日久々にあった佐々倉有紀一年生だった。
そんな彼女からのメール。
from/佐々倉
無題
『……やっぱり、なにかあった?』
彼女からのメール
僕よりも不幸で、愛されていたからこそ不幸になった佐々倉有紀。
まぁ、今語るような話ではないだろう。この話を知る人間は最小限でいい。テレビで視聴率が確実に取れるであろうお話だ。もしかしたら映画になるかもしれない。
もう一度メールを読み直す。正直、彼女への返信に困る。正直に、「姉を見たから」と答えようか。いや、やはり言うべきではないだろう。彼女は絶対心配するに決まってる。結局、自分が恋しかっただけなのだ。姉が好きだっただけなのだ。
もう一度布団に潜り、目を閉じて考える。姉・姉貴・おねぇちゃん・ねぇちゃん。いろいろな呼び方があるけれど、僕が呼ぶのはただ一人の姉。交差点に立っていたのはマイシスター。(ちなみに英語は苦手だ)
ただの寝不足と過労だろう。四日も寝ないと幻覚ぐらいみるもんだ。
まぁ、確証はないのだけど。それでも幻覚しかあり得なかった。
姉は死んでいるのだから。
この世にいないのだから。
それでも、ふと思う。
もしもあれが姉さんだったら?
正真正銘、僕の大好きな姉さんだったら?
姉さんが生きていたら?
そんなことを考えながら、僕の意識は暗い闇の中に引きずり込まれた。
少し昔の、だいたい八年前のお話をしよう。
僕が九歳で、姉さん十歳のお話。鮮明に覚えている姉の誕生日間近、季節は九月だったか、十月だったと思う。
お父さんと、お母さんと、姉さんと僕。
四人で旅行に出かけた。初めてと言ってもいい、家族旅行。当時のお父さんとお母さんは忙しくて、旅行と言うものに行ったことがなかった。あるとすれば、お母さんが忙しかったときに、晩御飯の変わりに行く中華料理のチェーン店。あるとすれば、お母さんが忙しかったときに、晩御飯の変わりに行く中華料理のチェーン店。
あぶらっぽい空気に、べた付く椅子と机。とても息苦しく、居づらかったのに、そこが好きだった。みんなに囲まれ、お母さんにご飯をよそってもらえるから。旅行とは言わないけど、それでも、みんなといく外食は楽しかった。それだけで、十分に満足していた。
「こかげ、お前は飛行機に乗ったことないだろ?」
ある日、よく分からない場所で唐突にお父さんが僕に言った。今となっては、そこが空港だったんだと思う。周りにはたくさんの知らない人。たくさんの分からない言葉。
怖い、と思った。どうしてお父さんは平気なのだろう。こんな知らない人ばかりで怖くないのだろう。一緒にいたお母さんも、おねぇちゃんも平気そうな顔をしている。
そんなみんなが怖かった。
だから、僕はなにも言わず、父親の言葉を待っていた。
こかげが怖がっているから、旅行はやめよう。そんな言葉を待っていた。もちろんそんな言葉は出てこなかったし、今となってはどうしてそんな言葉を待っていたのかすら分からない。
でも、お父さんは僕を抱きかかえて言ってくれた。
「飛行機を見に行こう」
そんな言葉で安心した。
僕は飛行機が怖かったから、あんまり乗りたくなかったけど、お父さんが一緒にいてくれるなら。その言葉を信じたいと思った。
そして、そのときは信じたのだった。
目が覚めると、横の机の上においてあるケータイのアラームがなっていた。
曲は携帯電話を買ったときからのなんの変哲もない携帯音痴なおじいちゃんたちが設定していそうなもともとある黒電話アラームである。僕自身、機械が得意というわけではないけれど、一般常識はある方だと思う。だからアラームの時になる曲を変えようと思えば変えれる僕だろうけど、そんな僕がなぜ設定を変えないのか、ただなんのこともない、わざわざ変えるのが面倒という理由と曲自体知らないという理由からなっている結果にすぎない。確かに好きな音楽で目を覚ますのは気持ちいいことだと思うけれど、好きな曲もなく、音楽をただの音として捉えている僕としては、要は眠っている僕をじゃまする音さえあればいいのであって、この曲じゃなきゃ起きれないとか、寝るときには音楽を聴きながら寝ると言う悪友達の意見を素直に頷くことは難しい。
朝は早くから無駄な頭を回転させて、冷え込んだ寒さに相打って規律よく起きた僕は、決められたように決められた時間に起きて、何時にアラームがなるのは分かった上で、携帯電話の時刻を見る。
時間は午前六時四十分。
自分で時刻を設定したのだから、まぁそうだろう。
ゆっくり起きあがり、とりあえずは学生服に手を伸ばす。毎日着ている制服。特に改造した様子もなく、ごく普通でごく当たり前な制服を着る。
着替えが終わるとなにもない殺風景な部屋を出て、洗面台に行き、顔を洗い、決められた歯ブラシで歯を磨く。
なんのこともない。昨日見たあの幻がなければ僕にとっての今一秒はたわいもないはずだ。
しかし、普段通りいつも通り起きて服着て顔洗って歯を磨いている僕だけど、当然のことながら昨日のことを忘れたわけはなかった。
あんな気休めに見せられたような幻なんて、本当は気にかける価値すらないというのに。
それなのに僕は気休めに見せられた幻に、心を奪われていた。
これを医者は幻だと言うだろう。
これを科学者は非科学的だと言うだろう。
オカルトマニアは幽霊だと言うだろう。
しかし全てを否定したとき、僕の求めているものは本物になる。
彼女が幻ではなく非科学的ではなく幽霊でなかったとき。
僕は言わなければならない。
あれは、僕の生き返った姉なんだ。大切だった咲桜ひなただった。
――なんて。
子供みたいなことをいつまでも言うつもりだろうか。
ついつい自分で笑ってしまう。
右手に持った歯ブラシで、奥の歯を磨きながら、僕は一度深く息を吐く。ゴシゴシとしっかりと磨く音を聞きながら、出た息と一緒に、僕は今の今まで思い描いていた幻想さえもはき出した。
――もう夢を見ている年齢ではなかった。
――夢を見て良い心ではなかった。
――夢を見るには、もう、遅すぎた。
そして昨日の夜中に来たメールに返信していないことを思い出す。佐々倉からのメール。
僕を心配してくれたメール。
コップに水を汲んで口をゆすぎながら、どうしようか悩む。まぁ、メールが来たのは夜中だったし、返信するのが遅れた、って謝れば何とかなる気がした。
そう思いながらタオルで口を拭き洗面所をあとにする。普段通り朝食は食べず、このまま学校に出かける。
学校までは、自転車通学でおよそ四十分。いまから出れば、七時四十分には着くだろう。
本当は、あと一時間ほど遅くても問題はない。
洗面所から玄関に行くには、必ずリビングを通らないといけなかった。一日のなかで、これが一番嫌いな時間だった。
悪寒がするし、寒気がするし、身震いがする。
今日はいないだろうと祈りながら、玄関に近づくにつれてリビングに近づいた。そして、近づくにつれいないと思っていた、祈っていたのにも関わらず、そこにはそれがいた。
リビングに下りると、テレビの前に一人の人間がいた。
父とも呼べず、他人とも呼べない人間。
自分の子供を苗字で呼ぶ人間。
はやく起きて出かける理由。
寝息を立てているそれは、七時になると動き出から。僕は、それが動きだす前に家をでる。まるで化け物から逃げるように。化け物が起きて、また名前を呼ばれない恐怖から逃げるために。
そして、クリスマス午前七時二十分、つまり家から出かけて二十分後、僕はまた、化け物に出会ってしまった。人間に対して、化け物という言い方は良くないかもしれない。一般論的に考えるのなら、ふさわしくないなんて誰でもわかる。
大好きな、大好きな化け物に。実際ではあり得ないような非科学的な化け物に。
昨日と同じ交差点。また、彼女を見つけた。
寝不足である可能性は、もうなかった。
今回は見間違いではなく、まぼろしでもない。ならばきっと、前回もまぼろしではなかったのだろう。
――そこにはそれがいた。
信号が青になり、彼女の場所に向かう。彼女も自分の方へ歩いてきた。白と青のマフラーを付けて冷え切った体とは裏腹に、血流を勢いよく流し続けることに成功した心臓の振動が高鳴るのが分かる。
身なりは高校生。昔と同じような、懐かしい雰囲気だった。
まるであのころに戻ったみたいだ。小さな公園で遊んだあのころ。僕が歌の歌詞を作って、姉さんがメロディーを作る。二人だけの、姉弟の歌。
彼女の目の前に立つと、彼女を見つめた。まるで、メロディーが流れているようだ。彼女も僕を知っているように、驚かず見つめ返す。嘘だと信じらねばならないし、本当だと信じたい。
僕は彼女に触れようとして、ゆっくりと右手を前にさし出した。頬に近づくにつれて、空気を伝わり、おねぇちゃんの熱気を感じる。
暖かい。
あぁ、ここにいる。
いないはずが、ここにいる。
でも、そんな矛盾なんて、もうどうでも良かった。そんな奇天烈な事実などどうでも良かった。
周りのたくさんいる人も、赤になりかけの青も。少し悪い雲行きも。
全てがどうでもいい。むしろ、なぜいるのか不思議だった。
いまここには、僕とおねぇちゃんだけでいい。それ以外は、いらない。
おねぇちゃんがいるという事実で、僕は嬉かった。
彼女の頬に手が触れたのに、彼女は抵抗せず受け入れてくれた。
僕の手を、八年越しに。
触った瞬間、姉さんの髪の毛が少し揺れた。
――ずっとずっと、こうしていたかった。
ずっと、こうしていたかったんだ。
暖かい頬。見つめ返してくる視線。全てが姉で、それ以外はいらない。桃のように柔らかい弾力は、僕を拒むことなく、僕の手に添えられていた。
これを感じていると、自分がダメになっていくのを感じた。
――目を逸らした。
――知らない、フリをした。
――小さく、微笑んだ。
これじゃ、僕はダメになる。都合のいいものだけを飲み込んで、偽者の現実を愛して。きれいな夢だけを追って。
――そんなの、間違ってる。
だから――僕は触れ続けていた左手を彼女の火照った頬から離して、僕は彼女に問いかけた。
「僕の名前、分かる?」
「わかる」
「なんでここにいるの?」
「わからない」
「いつからいるの?」
「わからない」
「なんにも、覚えていない?」
「わからない」
記憶が、ないのだろうか。僕のことしか覚えておらず、自分がなぜここにいて、なぜ立っているのかも分からない。もしかしたら、僕のことを知っている、僕はこの姉さんに似たなにかを知らない。姉さんじゃなければ、僕はこれがなにか知らない。
――姉さんじゃなければ。
だから最後にこの質問。
「名前は?」
「咲桜、ひなた」
[一人目]
私、銀杏由美子《ぎんなんゆみこ 》はね。目が見えないの。
でも、最初から見えなかったわけじゃないんだ。
少し異常なやつに、私が小学六年生の夏、眼球をくり抜かれたの。
一人で学校から帰る途中にね、おじさんが道の真ん中でうずくまってたの。
私はまだ携帯もってなかったし、おじさんとてもつらそうだった。だからね、「大丈夫?」って近くに寄っていったの。
学校の先生は、「知らない人についていっちゃいけない」とも言われてたし、「困った人がいたら助けてあげなさい」って言われてたから。困ったあげく近づいていった。おじさんは「痛いよぉ、痛いよぉ」っていいながらおなかを押さえて体を丸めてる。どうすれば助けてあげれるのかわからないから、ただ「大丈夫?」って質問してたの。そしてたらおじさんがね、言うの。「お嬢ちゃん。あの黒い車の中におじさんの薬があるから取ってきてくれないかい?」
おじさんは笑いながら言ったの。私はおじさんを助けたかったから、走って車のドアを開けたの。それでね、開けて中に入ったと同時に、閉まった。ドアが、しまったの。びっくりして、ドアの方を見ると、おじさんがもう一人。黒い帽子をかぶってて、マスクもしてた。
「おじさんの車? あそこのおじさんの薬があるんだって」
「あぁ。知ってるよぉ? おじさんはなんでも知ってるんだ。車のサイドポケットをみてごらん?」
サイドポケットの意味はよく分からなかったけど、おじさんが指を指した方向を探し始めた。でも、探せなかった。窓に頭を押し付けられたから。
「な、なにおじさん?」
びっくりして、振り向こうとしても、振り向けない。窓に押さえつけられる。
大人の力には、かなわない。抵抗しているうちに、窓から見えた。運転席にさっきの道端で倒れていたおじさんが入ってくるのを。
「おじ……さん……たすけ……て……」
私は、おじさんに助けを求めた。
「たすけ…………て……」
でも、倒れていたおじさんは、なんにもしゃべってくれない。
そのとき、小学生の私はやっと理解した、理解できた。
おじさんたちは私を誘拐しようとしている。
「お嬢ちゃんがおじさんの言うことを聞いてくれたら助けてあげるよ」
私はそれにすがりついた。初めての恐怖。激情。
「なんでもする!! なんでもするから」
そういうと、私を抑えていたおじさんが、私の手足を縛り、座席に座らせた。動けない。ビニール紐で縛られたという理由もあったけど、助かりたいという思いとなにをされるか分からない怖さが大半を占めていた。
「じゃあ」
運転席にいたおじさんが、手になにかを持ち、こっちに振り返りながらゆっくりと口を開く。
「お嬢ちゃんの目玉、ちょうだい」
そういった瞬間、おじさんの手にはスプーンがあった。あの、学校の給食で使うような、ただの変哲もない、ただのスプーン。
よくアイスクリームをくり抜くような銀のスプーン。
――ガリッ……
――目玉ではなく、目玉の上の骨にスプーンが刺さる。
――「おめめを傷つけないように、丁寧にゆっくりと、周りの骨からとらなきゃね」
――いた痛いたいたたgかえjぎあ「gじゃえとあえtじゃがええあろぎ0あいえjあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ「いたいいたいいたいいいいい会え尾p利gじゃ得憂いkkjふjgdmん;dhjhjkはアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
ゆっくりと、眉毛の下からスプーンが入り、右回りに、削っていく。
「よし!! 一個取れたよ!!」
そういうと、私の骨と、肉と、まぶたが付いたモノを見せてくれた。
そして、そこで私の記憶は切れた。
気を、失ってしまった。
そして次に目覚めたのはなにやらやわらかいものの上だった。
声を、だす。
――あぁ。
「目が覚めた!?」
聞こえたのはママの声。声をする方を見るけれどなんにもみえなかった。
暗かった。
闇だった。
でも理解力のあるほうだと自負する私は、焦らず濁らず、慎重に。本当に心配で泣きそうだった母の言葉に反応した。
「うん、目が覚めた」
あ、目が覚めたといっても、記憶が繋がっただけで、何かが見えるようになったわけじゃないよ?両目がなくなってるのは分かってたし。
「ねぇ、今わたし、どうなってる?」
そうたずねても、答えは返ってこない。そこにいないわけじゃないのに、ママはなにも言わない。少し待っても、答えてくれないから、私は自分で答えを知ろうとする。手を動かし、ないと分かっていて、顔に手を近づける。
しかし、それすらも私の願いはかなわなかった。
母親が私の手を止めたわけでもなく、私が心のどこかで拒否をしたわけでもなく、ただの比喩表現でもない。
――ただ物理的に生物的に人体的に。届かなかった。
私の両手の、二の腕から先が、なかった。
触ろうにも、腕が手が指が。私の体がなかった。
そして、さらに立とうとも立てない。
母親が私の足を止めたわけでもなく、私が心のどこかで拒否をしたわけでもなく、ただの比喩表現でもない。
――これもまた、ただの物理的に生物的に人体的に。立てなかった。
足が、ないようだ。
私は、あのおじさんたちに、目を手を足を奪われた。そして心を殺された。
あれから私は夢をみる。あのときのことを私はよく夢をみる。目がないのに『見る』だって。おもしろーい。
今の私にはなにもない。
食事も会話も生きることもなにもかも一人でできない。まるで、寄生虫のような存在だ。
生きているだけで、親の金を食いつぶし。
生きているだけで、親の手を煩わし。
生きているだけで、親の精神をすり減らしていく。
でも。どんなに迷惑をかけても、私は死にたいとは思わなかった。ママが、パパが、私を愛していてくれたから。本当につらいけど私は死にたいとは思わない。たとえ、屍と呼ばれようとも。
そして、そんな私は十四歳の七月二十八日。私は殺された。
殺した犯人も分からない。
だって見えないから。
どうやって殺されたか、分からない。
だって分からないから。
ただこれだけは思う。
私は、目を抉られ、
手を切られ、
足を抜かれ、
未来を閉ざされ、
望みを削られ、
命を絶たれた。
こんな私を神様は、天国に連れて行ってくれるのですか?
[第二章]
妖花旬竹から『寝坊をしてしまいました……。先に学校へ行ってもらえないでしょうか? 申し訳ありません』と、友人間でありながら律儀なメールが届いてから少し経った午前八時、僕は自分の教室に座っていた。
教室には二人。
あれから、簡単に質問を繰り返した後、僕は学校に行くことにしたのだ。
学校が終わったあと、会う約束をして。
「どういうこと?」
僕の質問に首を捻り、唸る枯木委員長。
「いや、だから、もしも人間が生き返るってどういうことなのかぁと」
枯木鈴蘭《 かれきすずらん》という女の子が不思議そうにこちらをみる。
――……。
ごめんもう一回今の前の行の話をやり直させてください。
午前八時、僕の姿は学校にあった。
あれから、簡単に質問を繰り返した後、僕は学校に行くことにしたのだ。
学校が終わったあと、会う約束をして。
「どういうこと?」
僕の質問に首を捻り、唸る枯木委員長。
「いや、だから、もしも人間が生き返るってどういうことなのかぁと」
枯木鈴蘭《 かれきすずらん》という女の子が仲間になりたそうにこちらを見ている。
……。
「却下!!」
「なにがを!?」
急に声を張られて驚いたのか、それに負けないくらいの大きさで声を出す。
「ごめん、やりたかっただけだからスルーしてくれていいよ」
「人が生き返るって言うのは、どういうことを指すの?」
彼女は、僕の言葉に対して疑問を持っているようだ。(本当にスルーしやがった)
…………。
待って欲しい。やり直したのをこのまま放っておくのは良心が許さない。もしかしたらこれがものすごい伏線になるかもしれないじゃないか。
…………。
はい、はい。さっきのは僕のちょっとした暴走に過ぎないです。作者のせいじゃないんですよ。いや本当ですって。ちょ、手錠は勘弁してくださいよ。作者マジ良いやつなんですって。ホントホント。
まぁ、疑問に思うのも仕方のないことだろうとおもう(もう自分でもスルー)。というか、疑問に思わないなんて、どうかしてる。
そう、僕でさえそうなのだから。人間が生き返るという話を聞くのは、あくまでフィクションである小説ぐらい、それか映画。さらにマンガも。あとなにがあるだろうか。まぁつまりはそれをまじめな顔でまじめに質問されては、驚くのも無理からぬことだと思う。それでも僕は今日見たし、感じたし、触れれたのだ。
あれは姉だった。
あれは家族だった。
血の通った人間であり、血のつながった家族だった。
姉が姉でないはずなどないし、家族を間違えるわけなどない。だって家族だから。
ずっと願っていたから。
そんな真剣な表情を悟ってか、彼女が疑問でいっぱいだった表情を変え僕の質問に答える。
「たとえ、人間が生き返ったとして、もしもこの世とあの世が行き来することが可能だと仮定して、人が生き返るメリットはなにかな? 誰かに会いたいから? それならみんなが生き返ってるでしょ? それをしないってことは、生き返ることが不可能なのか、天国がこの世より楽しくて、幸せなとこだってことだよね」
「別に姉を見たなんて言ってないよ!?」
「自分でバラしちゃったね!!」
なんて勘がするどいんだ!!
で、、、でも、ま、まだバレてないんだからね!!
「たとえ、人間が生き返ったとしても、それは咲桜くんの知っている人じゃないよ」
「どういうことだ?」
枯木委員長は、まるで感情がある人形のように、ただ言葉だけを述べていく。
「これは私の自論なんだけどさ、もしも私が天国にいて、咲桜くんのことが心配で会いたいとする。それでも、私は思いとどまるよ?どうしてだと思う?」
「うーん、そこまで実は心配じゃないとか?」
この回答が合っているとは到底思えないけれど、質問された限りはなにか答えないといけないだろう。
「残念、逆だよ。心配すぎるから、思いとどまるんだよ」
彼女は、彼女の言葉に思いを込めた。
「心配で心配で、会いたいほど大好きなら、会うべきではないと考えてしまうんだよ。
もしも、死んだ人が生き返ったなら、きっとその人に夢中になるでしょ?」
確かに、今のこの状況がそうだ、と心の中で相づちを打つ。そしてそれを知ってか、彼女がまた言葉を綴れていく。
「それは、その人の人生を邪魔していることになるんだよ。
つまり、本当に愛しているからこそ、その人のためを思うと生き返れなくなってしまうんだよ」
まぁ、私は自分がバカって分かってるから穴の開いたから自論だけどね、と彼女は付け加えた。
「なるほど、でもさ、どんな理由があり、どんな邪魔があろうとも、もしも死んだ人間が目の前に現れるのはどんな理由だと思う?」
うーん、と彼女は悩む。
そして彼女は今度は生きている死人のように、ゆっくりと冷たい口を開く。
「やっぱり生き返るって言うことは信じられないよ。死者がよみがえり会いにくるってのはおかしいよ。それに、たとえ生き返っても、やっぱりそれは咲桜君が知ってる人じゃないと思う」
それは生き返るとは言わないんじゃないか。そう口にする間もなく、彼女のバカなりのバカによるバカな自論が続く(この本心を聞かれたら例え温厚な枯木委員長でも怒るだろう)。
「魂があるとしても、それを成形するのは肉体で、声を出すのは声帯だよ。
死んだ人間にはそれがない。自然界のなかで分解されて栄養になっているから。幽霊なら分かるよ。だけど――生き返ったんでしょ?
なら――」
そういって彼女は黙る。僕のために黙ってくれた。僕は彼女が言いたいことが分かった。別に隠すことないのに、と思いながらも彼女にただ純粋に感謝した。こんなくだらない真剣な質問にちゃんと答えてくれたのだ。それについてはうれしかった。たとえ彼女の意見が僕の結果と見解が違っても。
彼女の穴だらけの理論。彼女の考えには矛盾がたくさんあるし、間違っていることがほとんどだ。別にみんながみんなそう思っているわけなんてない。生き返ったら迷惑だからという理由で生き返らないなんて、納得できるわけないのに。
そうだ、非現実なんてくそ食らえだ。
僕の目の前にあるのが現実で、それ以外が非現実であり、嘘だったから。
説明不足だったかもしれない。
教室に誰もいないような、こんな朝早くから女の子と二人きりって言うのは本来どきどきしないと相手に失礼じゃないですか、としゅん竹は言っていたけど、相手は枯木鈴蘭だ。
確かに人間的には頭が良くないかもと自分では言っている。
それでもやっぱり彼女の成績は優秀で、美人というより可愛くて、大人の色気と言うより、ロリというより、普通である。だけでども、彼女は僕のもっとも仲の良い友達というか、女友達というよりは、男友達と言った方が正しいくらいの間柄である。
ロリでも大人でもないと称された彼女、枯木鈴蘭。それでも彼女はこんなに小さいとは言わず、こんなに大きいとは言わないのに俊敏らしく、さきほどほんのちょっとだけ出てきた全国大会四位バスケ部のレギュラーである。
たぶん、身体能力において、僕の方が劣っているのではないか、と思う。
まぁ僕自身はそんなに肉体系というわけではないけど。(なにより帰宅部だ)
「ごめん、そういえば今日用事ができたんだ、遊ぶのはまた今度ってことでいい?」
「えー、楽しみしてたのに」
本当に残念そうな声と顔をする枯木委員長。
「ごめんな、今度埋め合わせするから」
そして彼女の説明の残りはもう少し後にして、僕はこんな午前中を過ごし、ここで書く必要のないくらいどうでもいい午後を過ごし、時刻は放課後になる。
僕は、急いで姉が待つ交差点へ出向いた。
交差点に行くと、姉が待っていた。
遠くからでも分かる、姉。
それはなんてすばらしいことだろう。ずっと生き返って欲しいと願っていたのが実現したのだ。結局、努力すれば夢がかなうということか。なんてすばらしい世界なのだろう。
本当に、そして本気でそう思う。
赤になりかけの青の信号を渡り、自転車にのって急いでかけだす。
これが嘘でもいいし、本当でもいい。
夢でもいい、現実でもいい。でも、嘘ならいわないで欲しい、本当ならこのまま続いて欲しい、夢なら覚めないで欲しい、現実ならそっとしておいて欲しい。
向かう先に、大好きな人がいることは、なによりも幸せで、変えがたいものだった。僕を名前しか覚えていないのなら、思い出せばいい。
ただそれだけのことだ。
「今からうちに来ませんか?」
記憶がないと知ったのは午前中のことで、それから九時間ほどたったころ、その時間で考え抜いた僕の結論は、彼女を家に呼ぶことだった。
これには、僕は二つのことを狙っていた。姉さんに記憶を思い出させること。そしてなにより、父に会わせるということだった。あいつ、あの仮親は、どう思うのだろうか。喜ぶだろうか、笑うだろうか、泣くだろうか、嬉しがるだろうか。そんな問題の解答が知りたくて、彼女をみると、彼女は静かにうなずいてくれていた。いや、もういまからは姉という呼び方にしよう。この人物が姉に決まっているのだから。彼女が咲桜ひなたと名乗った瞬間、僕の頭の中で、静かに崩れていくのを感じた。
姉の名前。
長女の名前。
my sister。(英語は苦手だ)
彼女が覚えているのは名前だけだったけど、それで十分だった。僕の姉の名前を知っていることが十分な証拠となった。
実際八年も前に死んだ人の名前を覚えているなど、実際は親戚、親族のみだろう。それぐらい、八年という月日は長いものなのだ。しかも、その親戚親族からも姉と母がいなくなってからはまったくと言っていいほどお付き合いがない。僕が関わらないようにしたといってもいいかもしれない。親戚の人が来るたび、数々の暴言を放った。
僕の気持ちが分からないとか、助けてくれなかったとか。そしてもう、僕と僕の家族に近寄る人は誰もいなくなってしまった。
そして、話は冒頭にもどるのだ。
玄関を開けると、父親の姿はなかった。緊張のわりに大した結果も残せず、玄関を閉めた。
「ここが一応、家なんだけど……なんにも思い出せない?」
彼女の目の前にはきっと、懐かしい風景が広がっているはずだ。生まれてから育った家。いまは少しばかりほこりっぽいが、きっと掃除をすれば、前みたいにきれいな家に戻るだろう。
しかし、その期待に咲桜ひなたは答えることをせず、ただ小さく首を振る程度だった。
「そっか」
一応この家は、四人の家族で過ごした八年間の思い出がいっぱいの家だったわけだが、彼女の反応は仕方のないものだった。
「帰る家とかあるのか?」
また首を横に振る。
「ないならうちにいていいんだぞ」
そういってやると、姉さんは少し困った顔をして、虚を突かれたような顔をしておかしなことを聞いてきた。
「いいの?」
「いけないわけないだろ? ここは僕の家で、姉さんの家で、家族の家だ」
そう、いけないわけないのだ。むしろ、住んでいけないことがいけないことなのだから。
こうして、といえばいいのか、そうして、といえばいいのかはわからないけど姉はうちに住むことになった。姉さんが家に住む。なんか、少しへんな感じだ。言葉では普通のことを言っているに過ぎないのだけれど、それでも本来もういないはずの人間がもう一度帰ってくるというのはやはりおかしかった。
そしてもしかしたら、ここで言う家族の家に、父親のことも、入っていたかも、しれなかった。
「この家には誰もいないの?」
玄関からリビングへと歩いていく僕と姉さん。その足どりは格別早いわけでもなく、新居を購入するため吟味をする夫婦にさえ見えた。
「いるよ、俺と親父」
「お父さんはどこ?」
「さぁ? 毎日朝起きるとリビングにいるな。いつ帰ってきているかはわかんない」
朝にはいるのだけど、夜はいつ帰ってくるのか分からなかった。中学生のとき、一度深夜まで起きていつ帰ってくるのか確認しようと思ったけど、その日は帰ってこなかったので、不毛な争いだと思い、それにかんしては考えることをやめたのだ。
「そう」
聞いたわりにはあっけらかんというような返事で、彼女はリビングの窓際に置いてあるホコリを被った写真立てを手に取る。
それは木のフレームからできた、少し年代を感じさせるようなもので、残念ながら中身はからっぽだ。
リビングにおいてある、中身も思い出も真っ白のような、そんな写真立てが気になった姉さんは、視線を木のフレームから僕にうつした。
「なんで、からっぽなの?」
彼女は不思議そうに尋ねる。だから僕は、笑うように答えた。
「そこにはさ、四人の写真が入ってたんだよ。四人でテーブル囲んで、飯を食っているような、日常的な写真。セルフタイマーの、インスタントカメラで撮ったような写真だった。そして大切な、大切な写真だった。俺にとっても。親父にとっても。でも捨てた」
「どうして?」
「大切だったのは、写真じゃなかったんだよなぁ。そこにいる家族だったんだよ。毎朝そこに入っていた写真を見ると、思い出すんだよ。家族がいない現実を。俺がのうのうといきている現実を」
そういうと、僕は今度こそちゃんと笑えた。
「でも、今ではそれがもったいなかったって本気で後悔してるよ」
僕は、今日ほど写真を捨てたことを後悔しない日はなかった。
実際、写真を捨ててから僕は救われていたのだ。目の前の現実を逸らすことができていたのだから。
――でもそれは。
「だって、今はちゃんと姉さんがいるんだ。俺がいて、親父がいる。母さんもきっと帰ってくる!! だって姉さんも帰ってきたんだから!」
あぁ、そうだ。そうじゃないはずがないきっと母さんも帰ってくる。帰ってこないはずがない。毎日死ぬほどつらい努力をしたんだ。帰ってこれば、帰ってこなければ、努力が無駄になる。きっと、姉さんも親父を見れば記憶を思い出すだろう! そして親父も元気になる。
すべてが、全てが元通りに戻る!! 俺の幸せな人生は、ここから始まるんだ。
心の中では血が熱くなるのを感じ、体が火照っていくのを感じた。血が逆流するほど興奮し、自分の手が震えた。
しかしどうしてか、家族が幸せになるというのに、姉さんは小さく微笑んだだけだった。
[二人目]
努力する事は、生きると同意気だった。
俺、薬草宗士は、小学生のときも、中学生のときも、高校生のときも、大学生のときも、 就職したときも。
幼年期も、青年期も、思春期も。
太陽が毎朝登るように。
月が沈むように。
植物が二酸化炭素を吸うように。
人が眠るがごとく。
私は努力した。届かないなら走った。追いつかないならもっと走った。
人に負けたくなかった。人の力になりたかった。俺は自分の全てを他人に捧げたかった。他人を助けることを生きがいとし、他人を救うことを糧として、他人に笑ってもらうことを人生とした。
あなたが泣いているなら涙を拭き笑ってやろう。
おまえがたおれてるなら手を指しのべ立つまで待ってやろう。
お前は俺に救われるべきなのだ。理由などない。救われるべき人がそこにいたとき、お前は救われるべきなのだ。
でも、最近思う。テレビ、新聞、ニュース、インターネット。それらをみるだけで人間が平等じゃないことに気づく。東京で五人死ねば、日本が驚く。ニューヨークで五十人死ねば、世界が驚く。なのにアフリカでは五百人が死んでいくのに、宇宙は世界は日本は東京は人は驚かない。
自分は、無力だ。
俺は、無意味だ。
だから俺はまた明日から努力をしよう。全てを助ける存在となろう。人生が八十年だとしても、まだ五十五年残っている。その残りの人生を使って人を助け、国を助け、世界を助ける。平和で、幸せで、戦争がなくて、不幸せがなくて、人が平等で、差別がない。
帰ったらそうしよう。努力をしよう。目的のために、無差別に差別なく努力をしよう。
それは世界の腐った部分をきって捨てるわけでもなく、闇に生きる人を暗闇に陥れるわけでもなく、それこそ平等に。全ての人間が同着一番になれるように。俺は努力する。
新たに決意をし、新たな前へと踏み出したその時。
俺の胸の周りが温かいのに気付いた。
「あぁ?」
俺の声があらわしたものは、度惑いと違和感。
それはみたことがあるもの。
りんごの皮むきするときに使うもの。
果物、ナイフ。
そして俺は、痛みより先に疑問が来た。
どうして?
これじゃ前に進めじゃないか。これじゃ人が助けれないじゃないか。
胸を中心に、静かに赤い波紋を帯びていく。
そうか、刺されたのか。俺は刺されたのか。どうすればいい?どうすれば生き残れる?死にたくない死にたくない死にたくない。ここで死ぬと、俺は人を助けれないじゃないか。
あと五十五年もあるんだ!!
人を助けたい助けたい助けたい死にたくない人を助けるために今ここで死ぬわけにはいかない死にたくない!!
「……考えろ考えろ考えろ、他人を助けれるんだ、自分を助けれないわけない。大丈夫大丈夫……」
額に脂汗がジワジワと浮く。ここで包丁を抜くと余計失血するから駄目だ……。しかしどうして。どうして俺が狙われるんだ。
俺はみんなを幸せにしたかっただけなのに。報われない人を救いたかっただけなのに。
自分が報われないような人生を歩んできたから、同じ人間をみたら声をかけずにはいられなかっただけなのに。
そのとき、まるで心配しているような口調であの人は声をかけられた。
「■■■■■?」
俺は、包丁を刺した張本人に声をかけられた。なにを言っているのかが分からない、聞き取れない。
「■■■■■。■■■……。■■■■■■■?」
そうか俺は。
―――もう死んだのか。
「■■■■」
「おめでとう。これで君も天国です」
時刻は五時三十分。この時間に僕の目は覚めてしまった。アラームが鳴るであろう一時間十分前に起きた理由にはとても大きな理由がある。ものすごく、いかんせん、ものすごく。寝づらかったのである。
おかしい、と思った。なぜこんなに寝づらいのか。よく分からないが、体制を立て直そうと体を起こそうとする。しかし、うまく動けない。おなからへんになにか重いものがのしかかっているようだ。そっと、布団をあけると、その重みの正体が分かった。しかし、分かったからと言ってどうすることもできない。
「朝……?」
ゆっくりと、そこにいるものが動き出す。
「あぁ、朝だ」
「おはよっ……!?!?」
「分かってる、分かってるから」
一生懸命彼女をなだめる。
「分かってる、分かってるから」
なにを分かっているのか、自分でもいまいち分かっていないが、そこにいた女性が回りにあったものを投げそうだったので、とりあえずなだめる。というかいくつか投げてきた。
「ものを投げる前に、分かってくれ。ここは僕の部屋だ!!」
そういうと気づいたのだろうか、ゆっくりと周りを見る。少し驚いたようだったが、彼女は一呼吸おき、もう一度こちらを見て宣言する。
「顔……洗ってくる……」
「あぁ……そうだな……。洗って来い」
結局、姉さんが物を投げたせいで、部屋のものがいくつか壊れたのであった。でも、僕はまた思い出していた。むかし、よく姉さんが怒るとものを投げつけてきた。なんか暑かったとかの明らかな僕のせいではない理由で。そう思うと、彼女が姉さんと暮らしていることの確信になったので、この部屋が汚れでも少しむしろ嬉しいぐらいのしかたのないことだろうと思い、なんだか嬉しかった。そこで、目が完全に覚めたことに気づき、いまだ朝の五時半だが、たまにはこんなに早起きするのも悪くないだろうと思い、顔を洗いに一階へ降りる。そういえば、早起きは三文の得と言うが、三文というお金の額は今で言う六十円弱なので、それなら起きなくてもよくないですか?、っとしゅん竹か誰かが言っていた気がする。
部屋をある程度片付けながら、薄暗い外を見ると、パラパラと、空から落ちた雪で窓が濡れていた。
「雪か……。昨日降ればホワイトクリスマスだったのにな」
少しだけ惜しいと思いながら、二階にある洗面台で自分も顔を洗い、一階へ降りる。
階段を下りていくと、そこには寝たままの父親と、それを見つめる姉がいた。
正確には、仰向けになりながらも、姉がいる方向を向いた父親と、それに少し目線をよけようとしている姉だった。
姉と父。父と姉。血のつながった家族。この二人は、家族なのに会話をしようとしない。ならば、僕が先陣を切るべきだろう。
「起きてたのか……なぁ、この人、誰だかわかるのか?」
『起きていたのか』は無論この父親とは言えない人物に言い放った言葉だったが、そのあとの『この人、誰だかわかるか』という質問に対してはこの部屋にいる三人のうち、二人に送った言葉だった。そんな言葉を送ってから、少し間があった後、ゆっくり、彼女が口を開く……。
「わからない……ことも、ないことも、ないかもしれない」
それは否定の否定の否定に仮定。つまりはとても曖昧。今の家族関係のように。
曖昧すぎて、サジ加減がわからず、お互いを傷つけないために、ゆえにお互いを傷つけながら距離を取る。そんな家族にはふさわしい三重否定+仮定だった。
でも、きっと少なくとも、たとえ姉が父を知っていなくとも、忘れていようとも。
姉と彼、つまりは僕の父親に当たる人物が姉を手助けするだろう。お父さんが姉さんの記憶を呼び戻す鍵となればいい、そう思った。
――そう、軽視していた。
「あぁ、雪かい?」
彼が言った言葉は、簡単なものだった。
簡単な単語。たった二単語。
そこにいた彼は、自分の娘を覚えていなかった。
本人をみても、姉をみても、娘をみても、反応は示さなかった。
そこにいるのが、自分の娘だと認識できていなかった。
彼がみているのはきっと、姉さんではなくその直線上にある窓だろう。
娘は視界には入ってはいないのだろう。
僕は、そこにいた男性は姉を見ていると思っていた。
愛するべき家族、愛されるべき人。愛でるべき……大切なもの。
でも、それでも彼が興味があったのは天気だった。ただ咲桜根津という人間は冷たく降っている雪に興味があるだけだった。
冷たい。
そしてなにより、寒い。
これが自分のいなくなった娘に対して、対応だろうか。
家族を亡くした人間はみな、現れた愛しき人を認識しないのか。
そんなことは――ないと思う。
だから――
だから、彼は認めれないだけだと、僕は思う。死んだ人が生き返るなど。目に見えてるものでも、信じれないのだろう。姉が生き返らないという先入観と、そのせいで壊れてしまった心のせいで、彼は彼女を彼女と認めない。
彼から見れば、彼女は幽霊。いてもいなくても、関係のないただの亡霊。もう、彼にはなにも興味がない。ただ天気のみを気にする。
それ以降、二人ともはなにもしゃべらず、それでも父親の方をみていると向こうから、あいさつをしてきた。それはまるで近所付き合いのように。
「あぁ、こんにちは咲桜くん。おはようございます」
あぁ、結局こうなのだ。僕はまた、打ちのめされたのだった。戻るはずの家族が、戻らない。
姉は生き返ってきた。
ならば死んだこの父親の心は、どうすれば生き返るのだろうか? 姉さんを使って生き返らせることには失敗した。結局、姉さんをつれてきても意味がなかった。
家族みんなが揃う、そんな日常を夢見て。
本日は懇々と雪のち、雪。
その後の早朝。
僕は何も言わず黙々と自転車を漕いでいた。
少し積もった雪。昨日から降っていたんだろうか。吐く息は白くなり、自転車の風に当たって、鼻の先が少しひりひりする。
普段なら父親と会話をしないように早めに家をでるのだけれど、今日はもう既に朝早くからであってしまっているので遅刻ギリギリ時間帯に家をでた。そのおかげで、朝食も食べれたし、暇を持て余して姉との雑談の時間も持てた。まったく、早起きというのはいいものである。
あれから、僕はなにも言わずに家を出た。姉さんには、六時までには帰ってくるから、と説明して。
「おう」
「おやようございます」
登校中、自転車を漕いでいると、僕の自転車と平行してまた別の自転車が近づいてくる。
冬季補習ということで、行きたくもない学校への道のりに妖花旬竹である。
彼は高校からの悪友の一人である、妖花旬竹。敬語を主流とし、一人称は『僕』。ちなみに僕も一人称は『僕』なので少しだけ厄介だ。
「結局昨日は咲桜木陰くんが先に帰ってしまったので、それと同じように僕達も帰りましたよ」
「そうか、それは悪いことをしたな」
「あ、いえ別に嫌味たらしく言ったつもりはありません。ただ一応報告、ということで。気を悪くしたのならごめんなさい」
ほんと、こいついい奴だよな。僕や四肢崎と絡んでなにが楽しいのだろうか。
「でも、結局クリスマスとイブをなにもせずに過ごしたな」
「そうですね、僕もそんな感じです」
「お前って、女子とかに好かれるだろうに結局どこもいかなかったんだな」
「はい、まぁなんというか……あまりその、僕はよくわからないので……恋愛とかは」
「一応誘われはしたんだろ?」
「何人かには……」
「贅沢な悩みだな。まぁ恋愛かぁ。確かに僕にもよくわからないな」
「ですよね、恋とか愛とかもいまいち」
一応は僕達は高校生であり、青春というのもあまり感じなかったわけだけど、しゅんたけのいうとおり、恋と愛の違いってなんだろうか。
「なぁ、四肢崎……愛と……恋の違いはなんだ?」
学校に着くなり、バス登校で遅れてきた四肢崎に聞いてみた。そう、それは本当の愛と恋を知るために。
僕たちの疑問を聞くなり、彼は少しだけため息交じりの笑いを込めて、そして言った。
だからお前たちは馬鹿なんだ――と。
「恋は感情、愛は行動だ! 相手にどう思われようと愛し続けてこそ愛!! 愛は堕ちるものではないのだ! ディスプレイの向こう側の彼女たちは、俺たちのことをなんとも思っていなくても、それでも俺たちは彼女を愛し続ける。つまりこれが……愛!! そこら辺のリア充とは違うんだよ!」
「「かっけー!!!!」」
生き様、とでも言うのか。美しさに溢れ、気品に溢れた答え。
そんな四肢崎椎名は、重たい口を開いた。
「いい加減、お前らとは決着を付けるべきだな」
四肢崎がめがねをあげながら口を動かした。
決着。つまり最終対決だ。長年の積年を、いま晴らすときだ。
「俺のハイスペック機能に追いついてこれるかな!?」
そういう僕も、なんとなく朝の戦隊モノのポーズを決める。そういえば、ゴーレンジャーって面白かったよなぁ。関係ないけど。
「ならば私の穢れし身は、あなた様の盾となり、この穢れ無き魂は剣となります」
このジャンプ打ち切り最終回漫画で言ってそうな発言をしているのは、学年一もてるのではないかと思われるしゅんたけだ。本当そういうキャラではないだろうに、くだらない遊びに付き合ってくれている。自覚があるのにつき合わせている僕達が悪いんだけど。
さてさて皆さん、状況が読めてきただろうか。
なになに?
そうそう。僕たちは――暇なのである。
暇は人を殺すって言うから、死なない程度に暇をもてあそばなきゃ。
「ならば、頭のいい俺から提案をする」
自称頭イイ坊主頭黒ぶちメガネは、なにやら提案をするつもりらしい。
そういうと、四肢崎がまだ生徒で満たされていない教室の中にいる、静かに椅子に座ったままの一人の女の子に指を指した。結構大きな声で会話をしていたけれど、こちらには気づいていないらしい。
「ここで諸君に問題」
また彼がめがねをあげるフリをする。確か彼の耳にはめがねズレ防止のフックが付いていたはずだから、彼のめがねがずれるということはないと思うのだが。それにたとえあっても今さっき直したばかりなので、これでもなおずれるということは不良品に間違えない。あえて間違えを提示するならば、彼はずれていないめがねを修正するところぐらいか。
「今、クラスに女の子がいる。それは美少女だ。ならばどうする!!!」
そんなの………決まってるじゃないか!!
「「無論、声をかける!!」」
「しゅん竹がそんな口調とはめずらしいな」
「二年かけて段々と咲桜木陰さんと四肢崎椎名さんのテンションに合ってきたんですよ」
二人で友情を深めるため、熱い握手をする。なんて僕たちは青春を網羅しているんだ。
「それだから貴様らはぬるいんだよ……」
だがしかし、四肢崎は僕たちの青春を一蹴した。
「なぜですか!? 僕と咲桜木陰さんの選択は間違っていないはずです!!」
すかさず、しゅん竹がそれに反論する。それもそうだ。僕は別として、彼、妖花旬竹は色恋沙汰に関してはマスタークラス。いわばGOD。ギャルゲ好きをモロに出している四肢崎が言うことが正しいはずが無い。
「では聞くが、たとえば話しかけたとしよう。となるとお前らの目標点とはなんなのだ?」
「……デートとか?」
僕がおそるおそる答える。
「俺は妖花に聞いている。価値の無いピーナッツ野郎は黙っておけ!!」
ピーナッツ野郎っ……!? 僕はただ落下する落花生だとでもいいたいのか!?
そしてしゅん竹は、緊迫した雰囲気のなか、静かに声を絞り出す。
「確かにデートも必要です。しかし目標は目標地。つまり二人は結ばれ、伝説を作るべきである。そうですよね……?」
しゅん竹の言葉に、静かにうなずく四肢崎。なるほど……いいセンスだ。
「そのとおりだ。だがそれだけでは足りない。それでは四十×二点だ。お前らはもしものことに対応していない」
あれ? それ結構良い点じゃないか?
……。いやそんなことより今はこの問題だ。きっと、この答えは言われれば分かることなのだろう。だがそれが僕には分からない……。どうすれば……なにが正解なんだ……?
「なるほど……で、正解はどういう風なんだ……?」
僕は恐る恐る聞く。
そんな問いに、彼はこう言い切った。
「正解は、彼女が実は卍流甲賀家子孫だった場合を含め、とりあえずは最初にクナイをなげるべき、だ」
「わかるかぁぁぁあああああああああああああ!!!!」
とりあえず、叫んでみた。とりあえず。
「なるほど。クナイから始まる恋、ですか。確かにありえますね。そして彼女の微笑みという名のクナイで僕のハートは打ち抜かれるわけですか」
なにこいつ!! めちゃめちゃかっこいいんですけど!?!?
「そうだ。だからここは美少女にとりあえずクナイを投げつけておいて、忍者かどうか確認。万が一忍者じゃなければ、次は虚無の魔法を使ってルイズかどうか確認、が正解だな」
「そうですね……もしかしたら、声はル○ズだけど、見た目は『釘○理恵』かもしれませんから……」
「一緒じゃね!?」
「咲桜木陰さんあなたって人は……。四肢崎妖花くん。ここに『シ○ナ』とくぎゅを一緒にしているやつがいますよ?」
「あぁ。真性の大馬鹿者だ……」
「『シ○ナ』は……?」
「僕の嫁です。『ルイズ・フランソワーズ・○・ブラン・ド・ラヴァリエール』は?」
「俺の嫁だ」
そろそろ友達、変えようかな。
(この小説は、釘宮○恵さんを熱烈すぎるほどに応援しております。実際の人物と、ほとんど関係ありません、いやマジで!!)
「で、勝負はいいけどさ。どんな勝負するんだ?」
そういって四肢崎が指を指す方向には、一人の女の子が座っていた。もの静かな、特に目立った記憶も無く、席を立つことさえめずらしい彼女。
「あの女の子を知っているか?」
「知ってるも何も、同じクラスのやつだろ?あんましゃべったことないけど」
「僕も、会話すらしたことありません」
「でも、それが勝負に関係あるのか?」
僕はひとつの疑問を口にした。ここから関わりがあるとは思えなかった。
「あるのだよ。今回提示するバトルは……」
「「バトルは……?」」
「彼女と仲良くなろう会〜〜!!」
ドンドン、という音がした、気がぁ〜した〜。
「なんか、中途半端そうなバトルだな。なんでそれになったんだ?」
「確かに、四肢崎椎名くんが最後の決着とおっしゃる割にはなんかぱっとしませんね」
直下の気持ちをもらすしゅんたけ。クラスの中で男と女からの人気者である彼にとって、もしかしたら簡単な試練なのかもしれない。
「実はクラスの風紀を気にする委員長からのお達しなのだよ」
少しため息をする四肢崎。
「あぁ、枯木委員長の――」
「納得です……」
そしてそのため息に僕と妖花も便乗。彼女なら、いいそうだな。クラスの支持率もあって、成績優秀で、スポーツ万能で、先生の信頼も厚い彼女。そしてなにより、お世話好き。二年生になってすぐ不登校になった女子学生その1をがんばって来させてたし。
「でも、それなら枯木鈴蘭さんが仲良くなったほうがいいのではありませんか? なにより女の子同士ですし」
確かに、と僕も同意した。少なくとも教室の片隅で上記されていることをやる男達よりも可能性があるんじゃないだろうか。そう心の中で思っていると、また四肢崎はため息をしながら言葉を漏らした。
「失敗したらしいのだよ……」
「さいですか……。でもなら僕達には無理じゃないか?」
内気な女の子にとって、むしろ僕達みたいなやからが話しかけた方が迷惑だし、仲良くなれないのではないでしょうか。
その瞬間、
「妖花ぁぁああああああ!!」
四肢崎が腹から声を出す腹式呼吸で叫んだ。(僕は腹式呼吸がなにかよく分からないが大きな声を出した、という意味でこれを表記する)
そしてまた、彼はポツリと言葉を残す。
「妖花……。ここに無理だ不可能だというやつがいるだよ……ならばどうする!?」
「えっ」
「えっ」
「……」
いきなり会話を振られたので、少しあせっている様子。まだこの会話には乗り切れて居ないようだ。
「ゴホンッ……まぁなんだ。俺的には今のは無かったことでいいぞ」
弱音を吐くな。
確かにこんな流れに、乗り遅れたのはしゅんたけだけではあるまい。少なくともHR前のこのクラスにいるほとんどが乗り遅れていると思う。
「まぁ、別にいいんだけどさ。それ、僕は不利じゃないか?」
意外にモテる二人。ってか僕以外がモテる。
「それもそうですね」「たしかにな」
「う〜ん……個人的には各自に否定してほしかったな」
僕、かなり落ち込みました。なにより僕がモテないという事実を否定して欲しかった……。
「では、こうしよう。順番はモテる順妖花、俺、木陰の順番で話しかけに行く。木陰は俺と妖花が話した結果、どんな反応をするかによって参考にするがいい。そして、これはミスした奴が罰ゲームということにしよう。つまり、俺か妖花どちらかが仲良くなれれば木陰、お前への罰ゲームはないということだ。まぁ、逆にみんな失敗すればみんなで罰ゲームにしよう」
たしかにそれぐらいなら、良いハンデになるだろう。しかし学年一もてるとうわさのしゅんたけに、一瞬でここまで考えれる四肢崎に僕は勝てるのだろうか。まぁ、せっかくのゲームだし。今の話を聞くうえでは、損はなさそうだよな。
「わかった。罰ゲームはどんなのにする?」
「そうだな……」
「じゃあ、こうするのだよ。各自一枚の紙に、自分が考えれる最大の罰ゲームを書く。そして失敗したやつは、シャッフルした三枚の紙を引いて選んだ一枚のことをするのだ」
「僕はいいと思いますよ」
「僕も賛成かな? 面白そうだし」
「制限時間は一人五分。勝利条件は彼女のメアドを聞くことだ。いいか?」
ゆっくり、僕たちはうなずく。
罰ゲームか、なにを書こうかな。四肢崎もしゅんたけもあくまで遊びなんだからひどいことは書かないだろうから、たいしてきついやつじゃなくてもいいかな。
じゃあ、
『クラスで妖花と四肢崎がハートキャッチプリキュアを踊る!! アカペラで歌いながら』
……うん、なかなかいいできだ。これなら僕に被害はないだろう。あいつらにそろそろ天罰を下らせた方がいいと思うんだ。日本の非モテを代表して彼らの行く末を見守りたいと思う。
「よし、書けたよ」
「俺も書けたのだよ」
「僕もかけました」
「じゃあ各自この箱に入れて……」
「最初はしゅんたけだっけ? 行ってこいよ」
「では、僭越ながら……!!」
おぉ……すこしながら気合が入っている。
第一陣。
正直、一番の有望株であるしゅんたけが向かう。
「では、いってきます」
妖花が女の子の場所へ向かう。遠いところで、話している。
「そういえば、お前、さっき『あまりしゃべったことないな』と言っていたな。たとえ数回でも、しゃべったことあるのか?」
「まぁ、しゃべったっていうか、なんだろう。授業中、彼女とよく目が合うんだよね。気が付いたら合ってたとでもいうのかな?」
「そうなのか」
「まぁ、正直それがこの勝負で有利に働くとは思えないけどね。結局、お互い何も知らないわけだし」
そういうと、四肢崎はゆっくりと手を口元に置いた。これが彼の考え事をしているときの動作なのだ。
そういえば、妖花はうまくいっているだろうか。妖花と四肢崎の反応のを参考にするという条件なのだ。せっかくのチャンスを無駄にするわけにはいかないだろう。
「ここに一輪のバラがあるとして、このバラはすぐ枯れてしまいます……。なぜなら君を前にすると、どんなバラでも自信を失ってしまうのです」
まったくと言っていいほど本人聞いてないな。
「スルーをするということは、僕への求愛の証として了承していいのでしょうか?」
無。
「キャンディをあげます」
無。
「ぐふぁ……あの時の古傷が……誰か……だれかいないのですか……」
無。
「妖花、五分立ったのだよ」
四肢崎そう声をかけてやると、妖花はよたよたしながらこちらにあるいてきた。
「これで妖花は罰ゲーム決定か」
リアルに落ち込んでいるぞこいつ。どんだけ自分がモテと思っているんだ!!
「あとお前、なんかキャラが古いぞ」
「できる限り四肢崎椎名さんと咲桜木陰さんに合わせたのですが……」
「そうだな、まぁ俺でクリアしてくるとしよう」
僕よりモテるが妖花よりモテないくらいの四肢崎。
「気持ちは……心で伝えるんだ。そのあとに、言葉が付いてくるぅううう!」
なにこいつ!?めっちゃカッコいいんだけど!?
飛び込むように、嬉々双葉さんの席に近づく四肢崎。
「Good morring 」
「さっきのひとといい、なんの御用ですか……?」
おっ、よくは聞き取れないけど会話が成立している。
「and you?」
「?」
「メールアドレス。俺と交換すべきだ」
「嫌……です」
とりあえず、「嫌」という単語ははっきり聞こえた。
「理由を、聞かせてもらおうか」
「なんか……怖いです……。さっきの人も飴をあげようって言って黒飴渡してきたし……」
「お前そんなことしてたのか」
「飴と言えば黒飴でしょう」
「いや黒飴うまいけどさ」
「いや、個人的にはあんまり好きじゃありません」
「ならなんでだよ!?」
嫌いならあげる必要ないだろ!
「黒飴のCM好きだったんですよ……」
「あぁ……」
『黒飴なめなめ黒飴なめなめ黒飴なめてみろ』
『体が……戻らないんです……』
『知らん。』ってやつか……。
「とにかく、アドレス交換するのだ」
「嫌です!!」
第三陣、
我、咲桜向かう
「えっと、咲桜です……まぁ、知ってると思うけど……友達になってください…?」
聞いちゃったよ!!なんで?イントネーションがおかしかった!
今までの会話上、ボロクソに言われるに決まって――
「わ、私!?!?」
「あなた!?!?」
また聞いちゃったよ!!
顔を真っ赤にする彼女。まぁ僕も死ぬほど恥ずかしかったので、ノーカンだ。
一回深呼吸。
一応、予備のためにもう一回。
「もう一度、いいます。咲桜木陰です。嬉々双葉さん! 僕とメールアドレスの交換をしてください!!」
彼女があたふたしているのが分かる。
「よろしくお願いします」
いやいや、こんなにうまくいくとは……もしかして逆に質問したことが功をそうしたのか!
自分のことで精一杯になっていると横で泣き声が聞こえてきた。
しゅん竹が泣いていた。
「四肢崎椎名さんには負けても……、まさか去年まで僕があげていたバレンタインチョコレートでモテる男を気取っていた咲桜木陰さんに負けるなんて……」
なんてこと言うんだお前は。
「じゃあメールアドレスを赤外線で送信っと…」
「はい……!!」
まだ彼女は緊張しているようだ。僕も結構緊張しているのだけれど。そこに、新たなアドレスが記入された。
嬉々双葉と。
ただいま、ちょうど十七時五十分をまわったところ。携帯電話に新しく嬉々双葉という女の子のアドレスが入った喜びを噛み締めながら家に帰った。なんてメールをしようか。どんなのがいいのだろう。
――正直言います、ニヤニヤしてます。ごめんなさい。
普段通りの帰路を使って家に帰ると、鍵を出す前に玄関が開いていた。
忘れていた。今は家に帰ると家族がいるのか。それはとてもうれしい事だし、またこの喜びを噛み締める。そういえば噛み締めるって単語、幸せを味わうって意味なんだろうな。だったら幸せを舌の上で転がす。のほうがいいと思うんだけどな。噛み締めたら幸せを噛み砕くニュアンスが入るから少し違和感を感じるな。まぁ、こんなくだらないこと考えることができるなんて、幸せなんだろうけど。
家の玄関を開けると、朝家を出た場所と同じところに、姉が正座っていた。見事な正座。
「なにやってんの……?」
「木陰を、待ってた」
「朝からずっと?」
「朝からずっと」
「ずっとそこに?」
「ずっとここに」
「馬鹿か?」
「木陰が?」
「違うよ!! 朝からここにずっといることが馬鹿なんだよ!」
なんで僕が馬鹿扱いなんだよ! お前僕が頭いいかどうかなんて知らないだろ。(頭いいかどうかは別として、内申とか知らないはずだ)
「はやく」
「はやく? 早くってなにを?」
彼女がかばんを受け取ろうとする。ここで気が付く。そうだ、家に帰るといわないといけないことがあったんだ。
「姉さん」
「なに」
彼女は疑問の言葉を僕に伝えたけど、語尾にクエスチョンマークはついていないようだ。
「ただいま」
「おかえり」
そういうと、僕のかばんを受け取った。普通の家では帰ってきた弟のかばんを受け取らないのだろうけど、まぁ、とりあえず細かいことはいいだろう。
「お風呂にする?ごはんにする?それとも……ち、く、わ?」
「おい! おいおい!! おいおいおい!! いくつか訂正したいことがある!!」
さすがにこれは細かい部類には入らない。
「まず一点、この会話はラブラブカップル、および新婚夫婦のみの特典である!! 例外は認めない!! そしてなにより!!」
さぁ、皆さんも一緒に叫びましょう。
「ちくわってなんだぁぁぁぁあああああああああああ!!!」
そんな叫びもむなしく、きょとんとした顔をする。
「ちくわ……知らない?」
「しっとるわボケ! ここで問題なのはなんで選択肢が風呂か飯かちくわなんだよ!! 三択中二択も食品系じゃねぇか!!」
「竹輪の起源は弥生時代とも平安時代ともいわれはっきりしないが、いくつかの室町時代以降の書物に蒲鉾という名で記されている。江戸時代前には形状が蒲の穂に似ていたため蒲鉾と呼ばれていた。後に、板の上にすり身をのせた形状の板蒲鉾(現代の蒲鉾)が現れ、それと区別するために竹輪蒲鉾と呼び、略して竹輪と呼ばれるようになった。江戸時代までは高級品だった。白身の魚を原料とするため、低脂肪、高タンパクの健康的な食品として、海外でも人気が出始めている。スケトウダラ(スケソウダラ)・サメ・トビウオ・ホッケなどの魚肉に塩・砂糖・デンプン・卵白などを加えて練り、竹製や金属製の太い串に棒状に塗りつけ、焼くか蒸し上げる。焼いたものは焼き竹輪と呼ばれ、蒸したものは蒸し竹輪、白ちくわなどと呼ばれる。現代の主流は焼き竹輪であり、ほとんどの場合機械によって自動的に焼き上げられる。保存の際、冷凍される焼き竹輪は冷凍焼き竹輪と呼ばれ、冷凍しないものは生ちくわと呼ばれる。地域によって用いる魚、形、味にそれぞれ特徴がある。島根県の野焼きちくわ、広島県、岡山県の豆ちくわ、山陰の手握りちくわ、あご竹輪、熊本県の日奈久ちくわ、愛知県の豊橋竹輪、徳島県の竹輪など、日本では各地で作られる。鳥取県東部と長崎県の一部ではすり身に豆腐を加えた豆腐ちくわが製造されている。ビタミンA、ビタミンEなどを含んだ魚油が添加された「ビタミンちくわ」が特に長野県ではよく消費されている。スギヨ(石川県)が1952年に開発したもので(能登スギヨ、ちくわ百年物語)、愛知県でも別のメーカーが製造しており、大手の紀文食品も長野県向けに「ビタミンちくわ」を販売している.愛媛県八幡浜市の「皮ちくわ」は竹輪の魚肉を取り去った後に残る皮を10本程を串に巻き、焼き上げたもので、足とうま味が異なる。愛媛県四国中央市には、魚肉以外に、エビのすり身を数%加えた「えびちくわ」がある。徳島県小松島市の名産品に竹に魚のすり身を巻きつけて焼き、竹を抜かない竹ちくわがある。日本以外では中華人民共和国などで製造されている。そのままで食用になるほか、おでん、筑前煮、煮物、ちらし寿司、うどん、焼きそば、野菜炒め、カレーなどの具として使用されることが多い。青海苔を加えた衣を付けて天ぷらにしたものはちくわの磯辺揚げと呼ぶ。また、穴に細切りにしたキュウリ、チーズ、ソーセージやマヨネーズ、辛子明太子などを詰めて酒肴やおかずにすることもよく行われる。竹輪に似た食品にちくわぶ(竹輪麩)があるが、ちくわぶは小麦粉を原料とする麩の一種であり魚肉練り製品ではない。
「竹輪」以外に、魚偏に◎で「ちくわ」と読む。国字(和製漢字)。この字は、今昔文字鏡10万字バージョンの66807番に収録されている。穴が開いていて風通しが良いことから転じて、発言を聞き流してしまう人に対して「竹輪の耳」を持つ人と呼ぶことがある」
「どんだけ知ってんの!? 小学館の国語辞典よりすごいぞ!!」
「Wikipedia参照」
「ネット社会万歳!!」
「今日覚えた……」
えっへん、と胸を張る姉。(ちなみにふっくら)あ、ふっくらで思い出したけど、化学記号の覚え方でふっくらブラジャー愛の跡ってあったよね。知らなかったらごめん、そして全く関係ないね。
「少なくとも僕は読み飛ばした!!」
「読み飛ばす……? どういうこと」
「いや、こっちのはなしだ……」
「ふぅん」
「ちくわ好きなのか?」
「ちくわはおいしいよ」
なんかちくわを話している彼女はとても幸せそうだ。みているこっちが幸せそうになる。
「木陰……」
「なんだよ」
「楽しい、ね」
「あー……、うん……」
――楽しくない、わけがない。こんなの幸せすぎる。
というか、さっきから気になってたけど、木陰って呼ばれるの恥ずかしいな…。家族に名前で呼ばれるなんて久しぶりだよ。
――そんなやりとりをして、
――僕は玄関をあがった。
飲みモノほしさに冷蔵庫をあけると、食品がいくつか減っていた。彼女はちゃんと食べているようだ。
「晩御飯なに食べたい?」
基本的に自炊はできるがしたくはない僕にとって、自ら晩御飯を作るという行為はめずらしいことではあったが、家族と晩御飯を食べるという行為がなによりもめずらしかったので、そちらを最優先ミッションとする。まぁようは彼女とゆっくり一緒にご飯が食べたいだけなんだけど。
冷蔵庫に入っていた紙パックの牛乳にストローを指す。
「ちくわ……」
「言うと思ったよ」
「は、お昼にたらふく食べた」
「言うとは思わなかった!!」
牛乳パックを捨てようと、ゴミ箱を見るとゴミ箱いっぱいにちくわの袋らしきものがたくさんあるのが伺えた。
「こんなにちくわってくえるのか?」
人体の構造上不可能ではないか?
「業務用スーパー……安い」
なんか後ろのバックにピンク色のフワフワーみたいなやつが見える。どんだけ幸せなんだ。
そしてどんだけちくわが好きなんだ。
「にしてもゴミが多いな……一体何袋食べたんだよ……」
「二……二……」
「二? 二袋?」
「二キロ…」
「もう、お魚を食べなさい!!」
結局、自分なりに手の込んだと思われるゴーヤチャンプルとみそ汁をおかずに箸とともに食べ進めていく。姉さんと大した会話もないまま、ゴーヤチャンプルの豆腐を取っていく。明日にでもちくわの天ぷらとか、焼きちくわを作ってあげようかなっと少しだけ思う。
こんな空気に耐えられないのが理由かどうかは分からないけど、ただなんとなくテレビのリモコンに手が伸び、面白そうな番組を探したのだけれど、結局はニュース番組に落ち着いた。そこにやっていたニュースもまたくだらないものばかりだった。
増え続ける笑った死体、さまざまな死因で死んでいく連続殺人、親を人質に取る中学生、被害者が皆不幸な人間である殺人事件。
全く、みんななぜ幸せに生きれないのかと思う。今こんなに幸せなのに。
――前までは毎日が怖くて寝れなかった。
――寝る前は、生きている心地がしなかった。
――起きているときは罪悪感にまみれ、死にたくなった。
――寝ているときは、悪夢にうなされ、悪夢で死んでしまうかと思った。
再び起きたら、自分が死んでいないことに気づいて――また死にたくなった。
いまは――
[第三章]
小さなこうえん。なにもない小さなこうえん。ゆいつあるのは緑がかったベンチと少しサビれたてつぼう。
そして少女。
小さな、女の子だった。
なにもない世界に、ベンチとてつぼうと少女。
手には彼女の両手いっぱいのゴムボール。
手には今も僕の部屋に置いてある、ゴムボール。
彼女はかわいい笑顔で、僕に向かってなにか話そうとしている。
よく聞こえない。
なにかつたえたいのだろうか。
僕の耳に、その声は響かない。
それは僕が拒否しているからだ。
僕は世界を拒絶してる。
だから声は聞こえない。
認めない。
許さない。
好まない。
でも、それでも彼女は歌ってる。
歌ってる?
彼女は歌っているのか。
彼女は話しているのではない。歌っているのだ。
昔歌った歌。
姉弟で歌った歌。
姉さんがメロディー、僕が歌詞。
つまりこれは思い出の歌だ。
二人でささやき合った、秘密の。
でも。それでも。それだから。それだからこそ。
彼女は、僕の姉弟ではない。
――彼女は、誰?
「こーちゃん、遊ぼーよ」それでも歌は流れる。
――イヤだ
「ねぇってばー」それでも歌は流れる。
――ヤメろ
「キャッチボールしよ」それでも歌は流れる。
――クルな
「バイバイ」それでも歌は流れる。
――バイバイ
彼女でなかった彼女。
これは記憶だ。
ただ断片的な記憶だ。
誰だこいつは。
楽しそうに来たこいつは。
知り合いか?
知らない
友達か?
知らない
家族か?
知らない
――知らない知らない知らない。
俺はこいつが誰だか知らない。
――ふと目が覚めた。
夢をみて、目が覚めると、目の前には咲桜ひなたが僕の顔をのぞいていた。どうやら夕食を食べてから、洗い物もせずにリビングで寝ていたらしい。僕らしくもない。
「大丈夫? 顔色悪いよ」
ぼんやりした視界が、次第に明るくなっていく。
「あぁ、大丈夫だ」
そういうと、さっき見た記憶もとい夢をたどっていく。忘れそうな思い出を、僕は思い出していく。さっきのは ――誰だ? ここにいる姉さんにそっくりだったけど、でも、何かが違う。
何か見落としているような……。
――いや、違うな。
――何か見逃しているような。
さて、嬉々さんとアドレス交換をしてから、何通かメールをしたあとに、金曜日の夜彼女から嬉々双葉さんからお遊びの誘いのメールが来た。
俗にいう『で〜と』と言うやつである。
…………。少し、ハメを外させて欲しい。
ひゃっっほおおおおおぉい!!! いきなりデートですか!! 初めてですよデート!! ドッキリかと思っちゃうよ!! ドッキリじゃなかったらなんだってんだって思うぐらいあり得ないことだよ!!
ほんの少しだけ……、取り乱しました。謝らせてもらおうと思う。ごめんなさい。
そして本日第二土曜日である今日は午前中授業ということで宣言どおり、僕は今学校帰りだというのに図書館の玄関の前にいる。
もちろん、図書館に行く嬉々さんと一緒に。
この行事、二人で『で〜と』という認識でもおかしくはないだろう。いやむしろこれを『で〜と』と呼ばずになんと呼ぶのだろうか。確かに今時の高校生にあてはまるであろう僕たちの『で〜と』の場所が図書館というのは少しばかり消極的なのかもしれないけど、相手の好みに合わせたスポットということで、特に問題視されることはないだろう。(少しばかり『で〜と』ということばを強調している気もするが、そこは舞い上がっている高校生というのを考慮して欲しい)
しかし今この場には少しばかり問題問題大問題があった。
図書館を向かいにして立っている僕と嬉々さん。服装はもちろん学校帰りなので学校の制服である。そして図書館を背にして立っている枯木委員長。こちらもまた服装は学校の制服。
+α枯木委員長。
+αなぜが図書館の玄関口で悪意すらあるのではないかと思われる笑顔の委員長。
「セイヤァァア!!」
「痛っ!」
我、木陰、全身全霊、込めて、チョップ、かます。
「もー、なにすんだよー」
「『なにすんだよー』じゃないよ!! なんでいんだよ!!」
「私は呼ばれただけだしー」
「誰もお呼びじゃねぇよ!!」
そう言うとなぜかスゥーっとゆっくり後ろにいる嬉々さんが恥ずかしそうに手をあげた。
「……すいません、私が呼びました……」
「お呼びだった!!」
まさか意外も意外。嬉々さんが委員長をお呼びだったとは……。でもなんで!?
「まぁ百譲って双葉さんが委員長を呼んだとしても、なんで?」
「百譲るくらいなら全部譲ってよー」
どっかからバッシングが聞こえるがキコエナイキコエナイ。
「その……やっぱり二人っきりって言うのはちょっと……」
いやいやいや!? 嬉々さんが図書館に二人っきりで行こうとか言い出しませんでした!? わたくし久々に舞い上がって朝少し早めに起きてめずらしくワックスを付けて来たんですが!!
……とは言えない小心者ですうえ、
「へー、そういうことなら納得だ」
と言うしかありますまい。
「よーし!! 入ろうー!!」
先陣を切っていく枯木委員長。彼女の図々しさを僕も見習うべきかもしれない。
「へー、この市立図書館、初めて来たけど、想像以上に本があるな」
僕が想像していた図書館というのは、あくまで学校にある図書館程度なので、思いの外大きく、正直びっくりした。
「そうなんです!! すごいですよね!! 私ここ大好きなんです!!」
嬉々さんがものすごく食いついてきた!! すごく、嬉しそうだ!!
「嬉々さんは、どんな本が好きなの?」
「私ですか? 私は――」
彼女はどんな本が好きなのだろうか。嬉々双葉といえばクラスでずっと静かに小説を読んでいる、儚げで美しく清楚なイメージだ。だからきっと彼女は僕ではよく分からない夏目漱石とかが好きなのだろう。
「やっぱりいろいろあるけれど、なんといっても灼眼のシャナですね」
「なんて!?」
「いえ、ですから灼眼のシャナと……」
「夏目漱石ってそんな本出してるの!?」
えっ? 夏目漱石ってライトノベルとか出してるの? 挿絵誰挿絵誰? もしかしてブリキさん? 左さん? えマジで? あえての?
「いえ、たぶん出してないと思いますけど……」
「咲桜くん、双葉ちゃんが言ってるのは電撃文庫の灼眼のシャナだよー」
「ちょっと待ってろ。脳に酸素を送る」
ひとまずは深呼吸をしなければ。
そしてあまりにもイメージとかけ離れすぎているぞ嬉々双葉!!
「咲桜さん、大丈夫ですか……?」
「あ、ごめんごめん。かなりテンパってた」
「私、そんな驚くこと言いましたか?」
「いや大丈夫。ただ夏目漱石の挿絵はいとうのいぢさんなのかと思っただけだよ」
「まだテンパってる様子だね!!」
「だって好きな本がシャナだよ!? もっと早く知り合っておけば良かったよ!!」
「むー、私だって禁書目録とか好きなのにー」
そこで、枯木委員長が精一杯の抵抗を見せる。
「お前は別格」
「差別だ差別だぁー」
「まぁ、なんにしても、仲良くなれそうだよ」
「そうですね、よろしくお願いします」
「で、なんで今日は図書館に?」
「ダメ、でしたか……?」
虚を付かれたような顔をして、俯いてしまった嬉々さん。
「いや!! そういうつもりで言ったわけじゃないんだよ。ただ気になっただけ」
もちろん、本当に悪気ではなく興味本位だ。いまどきの女子高校生にしては図書館で遊ぶというのはめずらしいかもしれないけれど、さっきから結構自主学習で高校生のカップルがちらほらいたし、こんなご時世だからこそ、めずらしいなんてものはもうめずらしくないだろう。
「私、デートとか初めてなので――……………。デート!!?」
ポォン。
どこからともなく爆発音の効果音が響いた。今日は祭りでもあるのか。
「デート……!? 咲桜さんと……デート……デート……? デート?」
なんかさっきの自分を見ている気がするのは気のせいかだろうか、いやうん、気のせいかもしれない。
「三人だからデートじゃないよー」
こいつ余計なことを……。
「三人だから三Pだね」
「余計なことをぉぉおおお!!」
下ネタ全開じゃないか!! なんでお前はそうなんだよ!! こちとら嬉々さんとはほぼ初対面だというのに!!
「なに口走ってんだよ!!」
「咲桜くん、図書館はお静かにー」
「うぅ……すまん」
どうして注意をした枯木委員長に注意されるのかわからなかった。
またまた一息。確かに、いつもの枯木委員長へのツッコミにしては少々強すぎたかもしれない。と、僕は少しだけ意気消沈。反省できる素直な子だと、率直に思う。
「で。どうして図書館」
「えっと……私、同い年ぐらいの人と遊んだことなくて……どういうとこに行けばいいのか分からなくて、それでとりあえず前に来たことのある図書館に……」
「なるほど、わかった。じゃあ今日は図書館をみんなで楽しもう」
『図書館をみんなで楽しもう』なんて、自分でよくわからないことを言っているという自覚はあったけど、でもそんな自覚があったからおいそれと問題が表面化するわけではなかったし、僕は図書館で姉貴について調べたいことがいくつかあったから、僕は図書館という限られた時間のなかで、最大限楽しむことにした。
「とりあえず席は……っと」
「じゃあ、あそこにしよー」
「そうですね」
枯木委員長が指した先には、ごく普通のありふれた机に、ありふれたごく普通の四つの椅子。
前に誰かが座っていたようで、消しゴムのカスが申し訳なさそうに机とくっついていた。
「意外と空いてるんだねぇー」
そう言って枯木委員長はこの図書館に対しての初めての感想をもらしながら右の奥の席へと座る。
「そうですね。でもテスト期間中とかは学生ですごいんですよ。図書館が開く前に玄関にいないとすぐ席がなくなっちゃうんですから」
嬉々さんもまた相づちを打ちながら、左の奥の席に腰を下ろす。
「一応今日は一般的には休日なんだけどな」
こんな時期なんて、受験生でごった返してもおかしくないはずなのに、受験生ばかりか、全体的に心なしか人が少ないようにも思える。まぁ、普段の図書館の風景はみたことなんてないから本当に今ここが少ないのかは不明だけど。
「確かに、私が来たときよりもあからさまに少ないですっ……」
「あー、やっぱりそうか。偶然にしては少ないよな」
少し周りを見渡したあと、ずっと立っているのも疲れるので、肩に背負ったかばんを音がならないよう机の上に乗せ、自分が座る席に目をやったときだった。
そして僕は絶体絶命の危機に瀕したことに気づいた。
これほど、重要なことはいままでになかった。まさかまさかの大問題。善偽では計れぬ、大きなことだった。
(どっちに座れば……いいんだ……?)
四つの席にあるうち、窓を正面にして枯木委員長は右の奥の席に座っている。
そして、わざと僕をはかってるようにしか思えないような、枯木委員長とは対称となるように座る嬉々双葉同級生。
枯木委員長は、クラスの女の子の中で一番仲が良い子だ。彼女のすばらしさは容姿端麗成績トップ。
そして嬉々双葉。クラスの可憐な可愛いい少女。彼女に誘われて三人デートに来た。
「咲桜さん。どうかしましたか?」
いやまてまてまて……。今日誘ってくれたのは嬉々さんだろ? その彼女の横に座るのがベストだろう……。いやでもまてまてまて……。ここで仲がいい枯木委員長の横に座らなかったら嬉々さんに対してあるように思われないか……? くそっ……なんで枯木委員長と双葉さんが横に座らないんだよ……。いやでも両手に花なのにとなりが余った席というのもいささかいただけない……。ベストアンサーはないのか!!?
「咲桜くん、どうしたのかな??」
「いや……なんでも……」
「あぁーそっかぁ」と枯木委員長がわかったように言葉を漏らしたと同時に僕の右手の袖を引っ張る。そして枯木委員長の横の席に腰を落ち着けた。
「咲桜くんは、私のとなりに座ればいいんだよー」
……どうして嬉々さんはそんな悔しそうな顔をしてるのだろうか。どうしてそんな泣き出しそうな目をうるうるさせているのか。
「わ…………私も!! 咲桜さんの隣がいいです!!」
「は?」
泣きそうな顔を一度伏せて、まるで意を決したように、彼女はそう言った。
おい、枯木委員長。なぜそんなにニヤニヤしてるんだ。
「そーだなー、双葉ちゃんがそんなに咲桜!! くん!! の隣がいいんなら、変わってあげるよー」
「えっ!?!? もしかして私いましゃべってました!?」
いやいや、今嬉々さん意を決してたよね。むしろいまの行動は言うために準備してたよね!!
「しっかりとな……」
「死んじゃいそうです……」
「まぁまぁまぁまぁー」
枯木委員長は、奥の席だというのにわざわざ嬉々さんの席までトテトテと歩いていき、嬉々さんの袖を引っ張り席から立たせ、座らせる。
…………僕の膝の上に。
「ここじゃないだろ!!」
椅子、今の状態だと三つも余ってるんだけど!!
「いーじゃんいーじゃんー。大してかわんないよー」
「変わるわ!! 大違いだよ!!」
どうして普通の席と僕の膝の上が大して変わらないかが僕に理解できない。
「双葉ちゃんもここがいいんだよねー」
いやさすがに嬉々さんも迷惑してるだろ。人見知りだと思うし、急にクラス男子の膝に座れたら――
そして、嬉々双葉は当然のように。
「……………………YES」
なんでEnglish!
「いやでも本が取りにいけないだろ!!」
こんなんじゃ移動どころじゃない!! むしろ誤解されそうだ!!
「ですよね、本が取りにいけませいんよね!!」
その言葉で我に返ったのか、ひとりでにうなずきながら僕の横の席に移動し始めた。
結局、枯木委員長を正面に置くように嬉々さんが奥に、僕が手前に座った。
「じゃあちょっと本取りに行ってくる」
「じゃああたしはここで読んでるねぇー」
「では私も本を選んできます」
枯木委員長は自分の鞄から小説を取り出し、しおりを抜いて読み始める。…………挿絵はあるようだ。
一人で本を取っていると、さきほど高貴できれいなイメージが崩壊し、可憐で可愛らしいイメージに変わった嬉々さんが話しかけてきた。(両方ともいいイメージであるため、むしろ可愛さが増したといって差し支えない)
「せっかくだし、少しお話でもしませんか……?」
正直、意外だった。まぁ、彼女がどうして僕をデート(?)に誘ったかどうかは別として、お互いクラスの友達として仲良くなりたいということなんだろう。だからこそ僕を誘ったのだと思うし、僕もそれに応じた訳だけど、それでもやはり可愛らしい女の子と静かな図書館でのおしゃべりというのは些か緊張する。
「それは……なんの本ですか?」
「これは、ドッペルゲンガーの本」
「ドッペルゲンガーですか?
ドイツ語: doppel(ドッペル)とは、二重という意味である。以上の意味から、自分の姿を第三者が違うところで見る、または自分で違う自分を見る現象のことである。自ら自分の『ドッペルゲンガー』現象を体験した場合には、『その者の寿命が尽きる寸前の証』という民間伝承もあり、未確認ながらそのような例が数例あったということで、過去には恐れられていた現象でもある。
ドッペルゲンガーの特徴として、
ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない。
本人に関係のある場所に出現する。等があげられる。
死期が近い人物がドッペルゲンガーを見るという事から、「ドッペルゲンガーを見ると死期が近い」という民間伝承が生まれたとも考えられる。また、自分のドッペルゲンガーを見た人はそのドッペルゲンガーによって殺されるという言い伝えもあるかもしれない。なお、もしも運悪くドッペルゲンガーに遭遇してしまった場合は、どういう言葉でもいいのでそのドッペルゲンガーを罵倒すれば助かるというが、詳細は不明。
アメリカ合衆国第16代大統領エイブラハム・リンカーンや芥川龍之介、帝政ロシアのエカテリーナ2世等の著名人が、自身のドッペルゲンガーを見たという記録も残されている。のドッペル?」
「お前、すごいな……。少なくとも僕はまた読み飛ばしたぞ……」
「読み飛ばす……? あぁ、はい。以前その本を読みましたから」
「いや、こっちの話。でも本の内容を覚えているのはすごいぞ」
どれだけ読み込んでるんだこと人は……。
「あ、いまのはウィキペディアです」
「お前もネット社会住人か」
姉貴と仲良くなりそうだな、と心の中で少し思う。
「でもどうしてドッペルゲンガーなんですか?」
少し沈黙の後、僕より先に可愛らしいはずの彼女が口を開く。
「ドッペルゲンガー。一時期私もたくさん考えました。同じこの世界にもう一人自分がいるというのはものすごく奇妙で奇天烈で、奇才で…………」
少し、どんよりとした口調で、彼女は気持ちを言葉にする。
「誰も助けてくれないこの世界で、私は一人ぼっちで生きているのに。もう一人の私が、ただここにいる私でないというだけで幸せな生活を送っていたのなら、私はその子を恨んだかもしれません」
それは、まるで僕に言うのではなく、自分に言うように。
ここにいな自分が、自分じゃないという理由だけで、幸せなら――か。
目の前に僕の家族がいて。
でもその家族にいるのは、僕ではなく僕。
それをみたら、僕は僕でいられるのだろうか。
でも。
でもそれは、『今』には関係ない。
そのとき、少しの無音が訪れ、そして。
――俯いていた彼女が、僕にパッと笑顔を見せ、きれいな黒色の瞳と、首にかかった黒髪を揺らした。
「でも、私は気づいたんですよ。こんな世界でも。好きな人がいるっていうのはすばらしいんですよね」
そしてそれもまた僕に話しかけているのと同時に、自分に言い聞かせているように感じた。
「だから、私は頑張ろうと思います」
彼女は誰にも負けないような、強い笑顔を見せられると、僕もなにかしらがんばりたいという気持ちにさせられてしまう。
彼女と急にこんな話をするとは思わなかった。まるで哲学のような話だ。一般ピーポーがやるような話ではないと、少し思う。
「じゃあ私先に戻ってます。ゆっくり本を選んできてください」
そういって彼女は自分たちの席の方向へと駆けていく。嬉々さん、なんにも本を持っていない様子だったけど、なにしにきたのだろうか……。
ドッペルゲンガーなど、いくつかの本を取って席に戻ろうとすると、大きな図書館の中、遠くで、女の子二人が会話しているのが聞こえた。
「どうしたらいいんでしょう……? せっかく勇気を出してお誘いしたので……できればもっとお近づきになりたいのですけど」
「そこは百戦恋磨の枯木ちゃんにお任せなさい♪」
「よろしくお願いします!!」
「私から教えられるのはただひとつなんだよ!!」
「はい!!」
「とある学者さんの学論だと告白の返事は、告白をしてから一日待った方がいいらしいんだよ」
「なんでですか?」
「告白をして、一日待つと一気に成功率があがるんだよ。なんか、男の子の頭が一日中その女の子のことでいっぱいになって、知らないうちに好きになるらしいんだよ!!」
「これは……禁断の禁忌である禁術を聞いた気がします……!!」
「へー、嬉々さん誰かに告白するんだ」
そりゃ女の子だもん。好きな男の子だっているだろう。
「さ、咲桜さん!!?」
ひょっこりと現れた僕に気付かず、驚く嬉々さん。
「? そうだよ、俺が咲桜だよ?」
「違うんです!! 今のは違うんです!!」
「違うってなにが?」
「なにもかもです!!」
「そうか……僕は咲桜じゃなかったのか……」
これは新事実だ。
「そこじゃないです!!」
「で、誰かに告白するの、嬉々さん。個人的には気になるんだけど」
「咲桜くん、デリカシーがないんだよ……」
「失礼だな!! デリカシーぐらいあるよ!! おやつの時間によく出てくるよ!!」
「お菓子かなにかと勘違いしてる!?」
少し雑談がすんだところで、またもや怒られるのも恥ずかしいというか今後出入りできなるなるのは怖かったので、
「とりあえず本は借りれたよ」と僕は二人に読書を促した。
「じゃあ静かに読書をしましょー」
そう言って枯木委員長は手に取った小説(ライトノベルと思ってもらっても可)の栞をとり、読み進めていく。
「そうだな」
「そうですね……」
そういうと、僕と嬉々さんと枯木委員長は読書にふけるのであった。
一時間、二時間。どれくらい経ったのか覚えていないけど、割合と早く貸し出し終了の時間が来てしまったので、僕は読みきることのできなかったいくつかの本を一週間借りることに決めて、市立図書館を出た。
「嬉々さん、今度は僕のお薦めの場所に行きましょう」
そう言って、三人は別々の方向から図書館を後にした。
[三人目]
初めましてこんばんわ。私は木ノ実唯と言います。私の日記、ご覧くださいい。
今日の初めてのごはんは、ドックフードでした。朝はなにも食べてないないです。昼はなにも食べてないないです。昨日はなにを食べただろうう?。
――ぽりぽり
お犬さんが食べるドックフード。
――ぽりぽり
塩気が多く、かなりしょっぱいいいです。
――ぽりぽり
パパは私にお水をくれないないです。おしこの処理をするのが面倒らしいいいです。
――ぽりぽり
背中が痒いかゆかゆい。体の近くにハエがいていやあだあ。
――ぽりぽり
のどの周りかゆい。かくと、血が出てきた。そうだ、これを飲もおう。
――がりがり
やっぱり血は味があるなああぁ、癖になっちゃいそうううです。
――がりがり
今日ははじめてええにパパになぐられなかた。ごきげんいいのかな
――がりがり
あザが増えてきたなぁ。家では別にいいんだけど、おトももだちに見られるのはいやだなぁ。
いやならにげればいいって? どどこに? でもさ……自分がおかしいことは知ってるるる。親がおかしいことは知ってるルル。でもこれが私の当たり前で、これが私の日常で、これ以外が非現実なの。
―――当たり前日常常識普通
誰も私を助けてくれれませんンン。私が助けを求めていないからデすスス。どんな風に私を助けても、必ズうまくいきききまセン。
まぁ唯一私を助けれるのなら、私を殺すことでしよううう。まぁ、それを助けたたたたとは言わないし、私が死ぬなんんんて、願い下げだあああ。
でも八月十五日。
もうここからは日記じゃない、遺言だ。
お友達は私の元にやってきた。手には紐とノコギリ……とこのにおいは?
初めはなにをするか分からなかった。
でも、ごはんをもらえなくなっててて、水飲んだのは四日前だったので。させられれれて四日目だっったので、私は動くことができなない。
「大丈夫」
お友達は私の右腕に紐を巻いた。それも、血流が止まるぐらい。まるで医者が多量失血を止めるためかのように。右手が痺れて、少しずつ青ざめていく。私が右腕を気にしているうちに、左腕、右太股、左太股に紐を巻きつけていく。あの人は私のおなかに足を乗せ動けないようにする
両手にはノコギリ。
なにが始まるか、予想できた。
けど、本当にやるのかな? そんなことしたら失血多量で……あぁ、そのための紐か。そしてあの人は、私の予想通りに。
――私の右腕をノコギリで切り始めた。
イタイイタイイタイイタイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!
「イタイイタイイタイイタイイタイ!!!! お父さん!! お父さん!!」
――私は助けを求めた。私を助けたことの無い人に助けを求めた。
「うーん……やっぱり市販のノコギリじゃ切れ味悪いなー。これじゃ手間がかかってるなー」
私の右腕を半分ほど削ったあと、手にもっていたノコギリを捨てて、台所に向かった。そして、台所の下の戸棚からあの人はあるものを見つけた。
「あぁー、これならいいな。出刃包丁。そんでもって出刃包丁とノコギリを使って……」
そして、あの人が行ったことは至極簡単なことだった。出刃包丁で骨以外のところを切って、ノコギリで骨を削る。
そして異常なまでに異様な苦しみを与えられてから、私は灯油をかけられて、燃やされた。
燃焼。
――ただそれだけのこと。
三人で静かに楽しんだ図書館から出て、嬉々双葉さん、枯木委員長の二人と別れた二分後。
人通りの多い交差点、通路右に普段から見慣れたあいつに、声をかけられる。
「おぉ、奇遇だな」
そう言って、あいつこと四肢崎椎名は僕に声をかけてきた。
四肢崎椎名、長身、メガネ、オタク、変態、キモイ、エロゲ好き、腐れ。
「なんかひどい言われような気がする」
僕の言葉を肌で感じたのか、感じられてしまったかもしれない。
「あくまで普段のお前を文字にしただけだ」
冗談だと分かったのか四肢崎は肩をすくめながら微笑んだ。
「四肢崎、お前はなにをしにここまで来たんだ?」
僕の家は学校から向かって図書館と反対方面だし、四肢崎もそれに準するぐらいだ。そんな二人が出会うなんて、本当に奇遇だ。
「俺? 俺はちょっとおつかいだ」
「おつかい? 頼む家族なんていないだろ」
「ははは、そうだったな。そういうお前は?」
「僕? 僕もおつかいだ」
「お前もそんな家族なんていないだろ」
ははは、と二人で笑う。僕達はこういう関係なのだ。お互いのことを許しあう、親友のような関係。まぁ、僕に言わせれば悪友なんだけど。僕も四肢崎も、根の奥に入れられるのは苦手だけど、ある程度の土部分くらいなら、お互い嫌な気分にはならない。
「で、本当はなにしにきたんだ?」
「図書館。調べ物をしに、ね」
そういって僕は四肢崎に手に持っているかばんを揺らし、ちらつかせた。
「どんな?」
「別に。大したことじゃないよ。ドッペルゲンガーについて調べてただけ」
「あの、同じ人が二人いるという話か」
すこし感心したように、四肢崎が納得したように頷いた。
「そうそう、そのドッペルゲンガー」
「俺もひとつドッペルゲンガーの話を知ってるぞ」
「へー、どんな?」
ふふん、と自慢したような、話を聞いて欲しそうに言ってきたので僕は素直に聞いた。一応学年では頭のイイやつキャラとして立っているので、まぁ参考がてらに聞くのはいいだろうと思う。
「まぁざっくばらんに言うと。
主人公が、とある公園でドッペルゲンガーを見るんだ。それから怖くなって家に帰るんだよ。そのことを親に話したら親も蒼白になってパニックになる。そうしたら玄関にその同じ顔をした少年が立っているわけだ」
「なかなか怖い展開だな……」
「まぁ、オチとしては少年はドッペルゲンガーではなくその親が捨てた主人公の双子の弟というオチだ」
「…………」
「だから親は恨まれてるんじゃないかと蒼白になっていたんだ」
恨まれた親、ねぇ。
「でもさ、それってその主人公も恨みの対象にはるんじゃないか?」
「なるほど、じゃあ本当に怖いのは人間というオチで如何だろう」
「いや、いかがだろうとかしらねぇよ……」
すんなりと僕の意見を聞き入れる四肢崎。変わり身が早すぎる。それにそんなありふれたオチでいいのか。
双子……か。というかどうして親は捨てたんだろうな、子供を。二人育てるのが大変だったとか? ならどうして一人なら大変じゃないと認識したんだろう。
そしてなにより、捨てられた子供と、愛された子供。この二人の違いはなんだろう。
きっと、捨てるような親としては、大して変わらなかったんだろうな。捨てようと思った子供を捨てようと思っただけで、別にそれが愛されてる子供となんら変わりはない。
それなら、愛された子供は――しょせん捨てられるような子供だった、ということなのだろうか。
こんなものは倫理的で、こんなにも大雑把な内容では論議するに値しないと思う。
でもそれでも。
ほとんどの人間、一部以外の人間は――
なぜ捨てたのだろうと、両親を責めるだろうな。
「あっそういえば」
両親、双子ということで、僕は唐突に思い出す。
そして、まるで独り言のように僕は口にした。
「そう言えば、僕の母親も双子だったな」
僕がふと思い出した話を、ふとさり気に話すと、四肢崎が分かりやすく目を丸くした。
「めずらしいものを聞いた。お前が家族の話とか。家族に関しては表面上のみでしか話したことなかったのにな」
自分でも、少し驚いたというはある。
あんなに深く入られるのが嫌いだったのに、自分から言うなんて。
まぁでもそれは当たり前だった。
入られる部分が幸せになっているのなら。
聞かれても、話しても、笑っても。
僕は幸せだ。
「僕にも心境の変化があったのさ」
「変化とは?」
たいせつなひと。
――そう、姉さんが帰ってきたことだ。
「それは――」
「デートか!?」
「デート!?」
「もしもデートならば残念ながら動脈と静脈の血流を止めなければいけないんだが」
「素直に殺すと言え!」
「おいおい、殺すなんて物騒なことをおいそれと簡単に言うもんじゃない。殺すぞ」
「お前がいってんじゃねぇか!!」
こんな、普段言うような僕たちの会話になる予定ではなかった。
少なくともココロが豊かになった少年Aが、気持ちをしょうじきに話すシーンのはずだ
「ただでさえここ最近は物騒なんだからな」
「物騒?」
まるで僕がその事実を知っているように話す四肢崎だったが、僕が本当になにも知らないような顔をしたので、呆れながら僕を見下した。
「お前は本当にテレビを見ない馬だな。それとも見てるけどただ実感がない鹿なんか?」
「なんかこのあたりで事件でもあったのか?」
「あったもなにも、過去形ではなく現在進行中なんだよ」
「へー、そうなんだ。どんな事件?」
「なんとまぁ他人なんだろうか……、まぁいい。『幸せ殺人鬼』ぐらいは知ってるんだろ?」
少しため息交じりだったが、それでも説明をしようとする四肢崎はきっと人間の心的には優しい人間に分類されるのかもしれない。
「知らん」
「……。無知の知ってわかるか?」
「知らん」
「もういい。説明を続ける……」
「知らん」
「お前のためなのになんだその態度!!」
「ふう。で、幸せ殺人鬼ってなんなんだ?」
四肢崎をからかうのは、このくらいが限度だ。
「お前が一息つくな。で、幸せ殺人鬼というのは、まぁただの殺人鬼なんだけど、少し独特でな。特徴がいくつかあるのだよ」
そういって、目の前で右手をあげてピースの形を取る。きっとこれはピースを示したいというのではなくて、『ふたつ』という意味だろう。
「特徴?」
「まずは、ダイイングメッセージ。今まででこの事件は三件発生してるんだ。そして全て被害者の血でこう書かれている。『天国。幸せ』」
「天国、幸せ……」
僕は、その言葉を復唱する、唱える。
「全く狂った言葉だろ。これを犯人が自分に放って言った言葉なのか、被害者に向かって走った言葉なのか、それともみているわれわれに向かって言った言葉なのかはわからない」
そしてこれが重要、と四肢崎は付け加えて、理解しがたいことを言った。
「もうひとつ。ねらわれているのは、どこからどう見ても被害者なんだ」
「? そりゃそうだろ。殺された側って言うのは文句も言わせず、いや死んでるから言えないんだろうけど、被害者だろ。そして殺した側が加害者だ」
これは当たり前の概念だ。被害者兼加害者というのは、推理小説とかそういう類のもので、実際には存在しない。
「そういう意味でも取れるんだが、そう言う意味ではない。なんと表現すればいいか……。つまりは被害者。確かに殺されて被害者なんだろうが、例えこの『幸せ殺人鬼』に殺されていなくても、彼らは被害者なんだよ」
「分かるように説明してくれよ」
「そうだな。では一人目の被害者、銀杏由美子。十四才」
「年下……。可哀想だな」
お互いに、少し感情がこもるように、声を低くする。
「確かに可哀想だ。だがそれよりも可哀想なのは彼女の生い立ちなんだよ」
そして四肢崎は携帯電話を取り出し(携帯というよりスマートフォン)、目を通して、読むぞ、と言いながらそこにある文章に声を加える。
「遺体で発見された時、十四才の女の子には両目と、右腕と、右足と、左腕と、左足が無かった。四肢不満足ではなく、二目四肢不満足。そして、彼女の目と両腕と両足が無くなったのは、推定犯行日七月二十八日ではなく、二年前の、彼女が六年生の時なんだ」
「それ……知ってるぞ」
レンズごしにうつる携帯の画面は白く、そして青く光っている。
「あぁ、一時期マスコミで大にぎわいだったからな。当時わずか十二才の女の子が手足を切られた状態で路上に捨てられ発見されたのだから」
しかもわざわざ止血してあって死なないようにタオルで傷口を縛ってあったらしい。
それはまるで今後生きて欲しいという感情が読み取れるように。
「あの子が……被害者なのか」
あぁ、とやるせない気持ちの感情が、声となって返ってくる。
「なんでわざわざ……一生懸命生きてきたのに……。なんにも悪いことをしてない女の子が、ひどい目に遭って……一回で十分だろうに……。二回も……」
腕をもがれるなんて、足を抜かれるなんて、眼を失うなんて。
そんなのは、小学生が体験するようなことではなかった。死よりも過激な痛みなど、死を受ける前に味わうべきではないはずだ。
「そう、そこが肝なんだよ。いや、心臓かな」
少し大きく、彼は息を吸った。
「この連続殺人の被害者は、みんなそんな生い立ちなのだよ。
一人目も、二人目も、三人目も。普通では体験しないような過激で過剰な体験を得て、それでもなお一生懸命生きてきた。それでも、いや……それだからこそ標的にされたのか」
「そんな…………そんな報われないことってありかよ……」
この町で起きているから、身近だからかは分からないけど、僕は少なくともテレビを通すより、新聞を通すよりこの事件が身近に感じられた。
そして、僕はまだ理解していなかった。
四肢崎から聞くまで、この話をした理由が。
「だから、俺は心配なんだよ」
「なにが?」
右手でピースをした反対側の手、つまりは左手が舞うように僕を指差した。まるで追い立てられた事件の終盤のように。
犯人を捕まえる、探偵のように。
四肢崎は僕に指を指す。
「お前だ」
四肢崎は少し指の視点をさげ、僕の心臓を指して、言葉を続けた。
「お前は、いやお前こそ。今回の幸せ殺人のターゲットになる可能性があるということ」
この意味が分かるか、と彼は僕に伝える。
「だから、気をつけろ。どんな悪友だろうと、死なれては気分が悪いから」
「ははっ、ありがと。でもそれなら――」
そのあと、僕は何を言おうと思ったのだろう。僕が狙われるのなら、僕と似たような境遇であるお前も狙われるだろう、と言おうとしたのだろうか。それとも僕はもう大丈夫だと言おうと思ったのか。どちらか分からない。
そんな判断を下す前に、後ろから声が聞こえてきた。
後ろ?
そう考えて、後ろを見ると枯木委員長が走ってきた。
「あれ……? 委員長……? 帰ったはずじゃ……?」
「これを渡しに……」
彼女が渡してきたのは、『自由人の協奏曲』というタイトルの、映画だった。
「今日は私がいたけど、今度は双葉ちゃんと二人で行って欲しいの」
「あ、うん。わかった」
どうして嬉々さんとふたりっきりで? と少し疑問に思いつつも、僕はうなずいた。
「四肢崎くん、帰りはこっちでしょ? 一緒に帰ろうよー」
「いや俺は……」
遠慮というか、明らかに嫌そうな四肢崎とは裏腹に、その不服そうな顔を気を遣った遠慮とみたのか、枯木委員長は「いいんだよー」といいながら四肢崎の襟元を掴んだ。
そして、四肢崎は枯木委員長に引きずられて行った。
[第四章]
「四肢崎椎名さんが亡くなりました」
翌日、つまりは日曜日。
僕はチャイムの音で目が覚めた。
玄関には女の人が立っていた。僕はこの人と面識がある。
彼女は宮月団栗。黒色のスーツに、黒色のネクタイ。
ごく普通の、
よくいそうな、
少し背か高くて、
かなりの美人で、
そして警察官である。
そして、この人が来るとまともなことがない。元々、警察官が自宅に訪問するなど、ほとんどないことだ。
そして彼女は当たり前のように淡白に、淡々と言った。
「四肢崎椎名さんが亡くなりました。いえ、殺されました。犯人は見つかっていません。凶器は見つかっていません。犯行時刻は昨日の十七時から十九時までの二時間。場所はあなた達が通っている土の根高校屋上。発見者は学校の教員。学校の見回りをしていたところ、屋上の鍵が開いていることに気づき、不審に思ったので屋上に出てみると、四肢崎椎名さんらしきものを発見したそうです」
反応しようとも、声が出ない。宮月さんは、僕の反応を気にする前にまた言葉を吐き続ける。
「四肢崎椎名さんらしきものというのは、かろうじて四肢崎椎名さんと言えたからです。
屋上にあったのは、
四肢崎さんの体を隅から隅まで二百十三のパーツに分けた肉片と、畳まれた服。それと生徒手帳。あと、唯一きれいな首です」
まぁ、ようは肉片が二百十四個ですね、と彼女は言葉を続ける。
のどの奥に詰まって、言葉が出ない。
「生徒手帳、畳まれた服の指紋が一致。これらから四肢崎椎名さんと断定してもいいでしょう。これだけバラバラにされて、犯行時刻の特定ができた理由は、近くにあった生徒手帳です。たたまれた服のポケットに入っていました。学生服も本人の物と断定。遺体発見時が昨日の十九時。そしてご友人である、枯木鈴蘭さんと四肢崎椎名さん、咲桜木陰さんが昨日図書館の帰り別れたのが十七時ですね?」
えぇそうです。と今日僕は初めて言葉を発した。
「分かりました」と彼女は短い言葉を紡いだあと開いていた黒色の手帳を閉じ、僕の方を見つめてきた。
「つまり最後の目撃から発見時まではおおよそ二時間しかありません。つまりは計画的だと思われます。なにか質問は?」
そうだ、整理しなければ。
胸いっぱいの空気を吸い、吐く。それと同時に頭を冷やし今考えれるだけのことを考える。
「さすがです」
彼女がニッコリ微笑んでくれた。彼女はどうやら僕のことを変に過大評価しているらしい。僕を冷静に物事を考えれる人間だと思っているみたいだ。
「……どうも。で、質問いいですか」
「どうぞ」
笑っていた顔が、また冷ややかなような、冷たいまなざしに変わる。絶対この人第一印象悪く見えるよな。
「二時間も屋上に居座り、二時間で人を一人殺し、二時間で二百以上のパーツに分ける事は可能ですか?」
僕は、今聞いた情報から、根本的なことを聞いた。
そして宮月さんの、目を見つめながら彼女の声が部屋に響くのを待った。
「不可能です。複数の犯人ならまだしも犯行現場は高校です。集団で殺人を行うには適しません。まぁ犯人がみな学生ならば可能ですが、少なくとも二十人は必要でしょうね」
二十人、つまりは一時間に一人五か六個。それでもギリギリだろう。
人を切るということは、案外難しいものだ。よく、アニメや漫画などで人間を刀で切るシーンがあるが、あれはあくまでフィクションだ。実際の刀で切ると、刃こぼれはするは刀は折れるわ、なによりも人間の肉は脂まみれで、切るのは不可能に等しいらしい。まして両断など不可能以上だろう。
「個人の犯行は、不可能と言うわけですか。なら、なぜここにきたんですか?」
僕は疑いの目、疑いの意思で彼女に聞く。
「パーツを合わせた結果、足りないのは頭の部分だけです。一応全てDNA鑑定はしますが、なにせ二百十三ものパーツに別れているので全ての結果が出るのは先でしょう」
こちらが聞いていないことをべらべらとしゃべる。
「今回の死体、とても興味深いです。足は指の先まで切り刻まれ、腕は指の先まで叩きつぶされ、内臓は全て無傷で掻き出され、そして残っているのはきれいな首と彼の所有物であろう眼鏡。どうして顔だけ無いのでしょう。どうして犯人は荷物になるであろう頭を持って帰ったのでしょうか」
頭……。頭蓋骨……。僕が犯人なら、どうして頭だけ持って帰るようなことをするだろうか。もって返ったのか。持って帰らざる終えなかったのか。
「だから私は、ここでひとつの仮定を私は提示します。犯人が分からないなか、私はあなたに提示します。
なぜ四肢崎椎名という人間が殺されたのか。死体の側に『天国。幸せ』という文字が記入されていたのか。おそらく四人目の被害者になるであろう四肢崎椎名の殺しのときだけ、わざわざ目立つ高校の屋上で殺害し、バラバラにしたのか。今までの犯人らしくもない、手際の悪さ。なぜでしょうね」
まるで答えが分かっているかのように僕に質問をする宮月さんは、なにもわからず、脳がヒートオーバーしてる僕に対して質問の言葉を寄せる。
そして、僕が答える前に彼女は自分の答えを先に出す。
彼女は一度目をつむって呼吸をし、そしてまたあの冷徹で簡潔な目でこちらをみる。
「そして、ここからが本題です。四肢崎椎名さんはあなたと枯木鈴蘭さんと出会ってから、いいえ、あなた達と別れてから。あなたはもう一度、四肢崎椎名という人間に出会ったのではないですか?」
あぁやっぱり、と心の中で理解する。そういうことか。
殺害場所は高校。彼女の仮定は、つまりそういうことなのだ。目撃者がおらず、それでも尚かつ家族がおらず、自由に動けるモノ。
彼女がいいたいのは――
「あなた、四肢崎椎名さんを殺しましたか?」
もちろん僕は人殺しなんてしてないし、四肢崎を殺す動機なんてない。
なのに警察官である宮月団栗さんは僕を疑っていた。しかし、それゆえ僕は分からない。どうして彼女は僕を疑ったのか。僕が一種の好意に似たような尊敬をしている宮月さんが、証拠も不十分、あるのは机上の空論すらいかない穴だらけの仮説のみ。
――そんな彼女が。
冷静、冷徹、そんな言葉が似合うであろう女性宮月団栗が、どうして僕を疑ったのか。
――どうして僕を疑うほど追いつめられているのか。僕には分からなかった。
なぜ彼女は僕を疑うのだろうか。
疑っていると容疑者に伝えるということは、かなりのハイリスクだ。それは相手の行動を無意識的にも制限してしまうからだ。相手は疑われてるから大胆に行動せず、慎重になる。そんなの、警察にとっては不利益だ。ましてや警察官としては有能であるはずの宮月さんが、そんな判断ミスを犯すなんて――
そう考えながら、今僕は学校の教室にいる。
曜日は月。時間は七と三十。いつも以上に、少し早く来てしまったようだ。
でも、こんな早い時間なのに、教室に入るとちらほら影がある。
教室にはいつものような微笑ましくなる活気はなく、誰もが低いトーンで周りに聞こえないようにひそひそと話をしている。みんな、きっと四肢崎のことを今日知っているのだろう、連続狂気殺人事件としてテレビの特番で流れえるぐらいだ。みんな、知っているのだろう。正直、一日立った今日でも実感が全くわかなかった。彼の死体を見たわけでもなく、自分が四肢崎を殺したわけでもなかったから、見えない物など、そこにない物など、それはないと同意義なんだ。だから、もしかしたらここでいつものように四肢崎が教室に入ってきて、昨日やったギャルゲを僕に勧めながら、僕はそれを断る。そんなのを想像しながら。僕は気づかず、そして気づいても気づかないフリをして。
――涙を流した。
それから約一時間後。
ホームルームが始まる八時半。英語担当でなおかつ担任の蔵闇光(二十代後半女独身)が話を始めた。顔には泣いた後と、睡眠不足のクマ、声は泣き疲れてかすれていた。
「みんなも……知ってると思うけど……四肢崎椎名君が、土曜日に亡くなりました。犯人は未だつかまっていません。なので、安全性を考慮するため今日はこのまま下校となります。寄り道はせず、まっすぐ家に帰るようにしてください。念のため、明日、明後日、明々後日は休みとなります」
蔵闇光先生は、そう告げただけでホームルームを終わり、教室から生気の全くない弱々しい足取りで廊下へと消えていった。
教室内ではいくつかの動揺があったものの、クラスメイト達は当然だろうという顔で鞄を背負って一人二人と教室をあとにしていった。
そして、もう数えるような人数しかいない中、僕は窓側の日当たりが最高且つ夏は最低の席に座って、今日の午後について考えていた。
四肢崎を、大切な親友を殺した犯人をどう捕まえるかだ。
なにから手を出そうか。一人でどれだけできるだろうか。できるだけ効率よく、この怒気が外の寒さで冷めないうちに。
考え事をしていたせいか、僕の席の前に二人の女の子が立っているのに気づくのが遅れた。
「枯木委員長、それに嬉々さん。どうしたんだ?」
なにか、用事でもあるのだろうか。
そうだ、昨日最後に四肢崎と別れたのは枯木委員長なのだから、彼女からなにかしら情報を得ることができるかもしれない。
「私も探す」
「私にも、参加させてください」
予想外だった。いきなり言われて予想外だった。僕の顔はそんなにも憎しみに歪んでいたのだろうか。冷静なフリをするのは得意だと自負していたのに。
「なんのことだよ」
別に茶化すつもりはなかったのだけど、それでも彼女たちがなにをどうしたいのかしっかりと口から聞くべきだったし、万が九千九百九、僕の間違いだったならばそれはそれでいいと思ったからだ。
「私たちも、探します」
――強く、覇気がこもった口調だった。それに押し負けてか、僕は彼女たちに言葉を繋ぐ。
「枯木委員長、嬉々さん、これは、遊びじゃないんだ」
そう、遊びではない。遊びのわけがない。
「遊びで、こんなことは言えないです」
「私も」
元気が取り柄のはずの枯木委員長でさえ、しおらしく、尚かつ決意に満ちた目で、それとは対照的にやるせない態度を取っている僕。
「別に参加されなくてもいいんです。勝手にやりますから」
――これもまた、強く覇気が込められた言いぐさだった。本当は勝手にやるつもりはないと信じて、そのままにするべきだ。
関係ない人なんて――参加させるべきじゃない。それでも、悪友を失った僕という人間は、今の僕は――弱かった。
確かに女の子を参加させるメリットはないだろう。確かに人数が増えるというのはかなりのメリットかもしれないけど、明らかなデメリット、個人的な私怨を差し引いても彼女達が参加することは好ましくない。
それでもそれは、あくまで私怨を抜いた話で。今の僕は、小さな灯火である彼女たちに頼らないと、心が折れてしまいそうだった。
「わかったよ」
僕は一息ついて、渋々なのか嫌々なのか、なんだかんだ嬉しいのか、自分でもよく分からないたくさんの感情を織り交ぜながらも、とりあえずは枯木委員長に昨日の最後の詳細を教えてもらった。
「昨日は、僕と別れたあと、どうしたんだ?」
おそらく、既に宮月さんがこのところはしっかりと聞いているだろう。
それでも僕は一応最後に一緒にいた人物の口から四肢崎の――
――最後の姿を聞きたかった。
「昨日は、四肢崎君と帰ったあとに、少し雑談をしながら帰ったんだけど、そこで四肢崎君が急に用事を思い出したとかで……」
「もしかして、学校に行ったのか?」
殺人現場は学校。仮に四肢崎が急用を思い出して学校に再登校したとするなら、この時点で大まかな犯人像が浮かび上がってくる。
ひとつは犯人と四肢崎は親しいということだ。犯人と親しい人物でないと四肢崎とコンタクトを取ったとき、四肢崎の方から出向くという行為はしないだろう。つまり、この事件の犯人は無差別殺人事件ではなくなるということだ。
そしてなにより、同じ学生か、先生ということ。
「わかんない……。とにかく急用を思い出したのは本当みたいで。でも方向的には学校であってると思う。ごめんね、大きな手がかりもなしで」
「いや、大丈夫だよ。他に変わったことなかったかな」
「変わったこと……。特になかったよ。いや、これは私の直感というか、感性というか、あんまり親しくない私が言うのもなんだけど」
とりあえずお前はあんまり親しくないと自分で思う人間を無理矢理誘って帰るのか、と心の中で少し思った。大丈夫、口には出していない。
さて、いま心の中で思っているのは、誰よりもなによりも――枯木委員長が一番疑わしいということだ。被害者と一番最後にいた人間。まぁ四肢崎は委員長と別れてから誰かと出会っているかもしれないけど、そんな分かりもしない可能性は置いといて。客観的に、枯木委員長と僕が友達だという自主的な考えはおいておいて。
純粋に見るなら、きっと枯木委員長が警察官に疑われるはずだ。
僕は冷静、いや単に犯人を誰かに擦り付けたいのかもしれない。見えない犯人より、見える犯人の方がいいんだから。
そんなことを思いつつ、僕は枯木委員長と嬉々さんを観察する。
二人を見ていると、枯木委員長が、さっきの言葉の続きを言い始めた。
「変わったことが特にないなんて、今思うと、素直にそれがおかしいと思う。あの頭の回転の速い四肢崎君が、頭の良い四肢崎君が、なにかを忘れるなんておかしいでしょ? そしてなにより、あのときの四肢崎君、急用を思い出したって言ってたのに、全く焦ってなかったよ」
彼女の言葉を、僕は胸の奥で咀嚼した。
確かに、そんなのは、四肢崎らしくない。学年で有数の頭脳とメガネでモテ男を認識させる四肢崎は、なにかを忘れることなどしないし、そしてなにより、忘れたのに焦らないというのは、全く持って彼らしくない。
――それはまるで自分で分かっていたかのようだ。
「そっか。じゃあとりあえず、宮月さんの所へ行って情報を集めよう」
「「宮月さん?」」
どなた? というキョトンとした顔を作る二人、可愛いとこんなときにでも思ってしまう僕はきっと心が汚い人間なんだろうと、自己嫌悪に走る。
「現役の警察官だよ。少しばかり面識があるんだ」
長い長い前置きを得て、長い長い物語の序盤を得て、僕の身の回りの説明を得て、やっと物語の中心である『幸せ殺人鬼』という話に食い込むことができた。四肢崎の話が起承転結の起ならば、これからこそが物語の承転結なんだろうなと感じる。
だからここからはほとんどは解決編のようなものだろう。
真実はいつもひとつだと、頭脳は大人の少年が言っているのだから。
宮月さんに電話をすると、いくつかの事件やら行方不明者捜索やらがかなり忙しく、警察署に来てくれれば話は聞くと言ってくれた。
「本当に忙しそうですね」
僕は案内されたソファで出されたお茶を啜りながら、場違いも甚だしい雰囲気を醸しつつ、犯人として疑われている若干の苛立ちを宮月さんにぶつける。
僕から見て右手のソファに座っている枯木委員長、左手に座っている嬉々さんはうんうんと頷きながら宮月さんら警察官の仕事の手出際に本当に関心している様子だった。
十分ぐらい経っただろうか、やっとのこと宮月さんが僕たちの向かい側の席に腰を下ろす。
「大変お待たせしました。人を待たせるというのは嫌いなのですが、あまりにも忙しく、手が空けられませんでした。本当にすいません」
深々と律儀にお辞儀をする宮月さん。あまりの礼儀正しさにこちらも釣られてお辞儀を仕返してしまう。
「いえ、こちらこそ急なお願いに対応して頂き本当にありがとうございます」
どうしてかこういう警察署ではなれない敬語もうまく見えるものだ。(この敬語が正しいかどうかなんて一般の高校生としてはよく分からなかったけど、とりあえずは誠意を見せたと僕は思う)
「本当に忙しそうですね。幸せ殺人鬼より優先するなんて……なにかあったんですか?」
あまりこういうのは聞くべきではないのかもしれないけれど、好奇心に負けたというか、連続殺人事件があるのにも関わらず、そっちより先に優先するべき事件があるというのが驚いてしまった。本来こういうのは、まぁこれは僕のあくまでのイメージかもしれないけれど、少なくとも小学生が行った万引きよりも、高校生が一家全員を殺す!! というほうが事件性が高いのであって、優先順位があるとは思う。
つまりは今マスコミレベルで問題視されている『幸せ殺人鬼』(本当はこういう呼び方は好きじゃないんだけど)よりも優先させなければならない問題なんてないような気がする。
「はい、あまりこういうのは言うべきではないのでしょうが、今回の事件、幸せ殺人鬼と全く関係の無いモノと、関係性を断ち切れ無いモノとふたつありまして」
「また被害者が出たという意味ですか……!!?」
嬉々さんが、彼女らしからないめずらしく声を張り上げて前のめりになる。確か宮月さんと嬉々さんはお互い初対面だった気がするのだけれど……。
「あのー、こちらは?」
「あぁ、すいません。えっと、僕と同じクラスの嬉々さんと、枯木さんです」
初めまして、と声を揃える二人。そしてそれに呼応するようにはじめまして、と宮月さんが言った。
「で、また新たに被害者が出たんですか?」
「いえそういう意味ではありません。まぁ、みなさんが呼んでいる幸せ殺人鬼のように厄介ではありますが……」
「どういうことですか?」
面識のない嬉々さんと枯木委員長があまり口を開きたがらないため、(さっきの嬉々さんの荒げた声はめずらしい)僕が話を率先して聞こうと思う。
「全く関係性のない事件ですが、三日前、行方不明者が出まして」
「? 別にそんなめずらしいことではないでしょう?」
めずらしいことではないとは言うけれど、確かに正直不思議だ。年間で行方不明者なんていうのはいくらでも出る。その行方不明者がなにか事件に巻き込まれていれば別だけれど、大して重要視する必要はないと思うんだけど。
「はい……。確かにそうなのですが、問題なのはその親御さんでして……。行方不明になったのは山里大河さん二十六才。まぁここに関しては大したことのない話なんですが、その親御さんというのが『うちの子はさらわれた。無能な警察、早く見つけないと無能っぷりを公表するぞ』と叫んでいるらしく……。上の人としてはこれ以上この地域の警察官の威厳を損なえることはしたくないことらしく、なら過労するほどの事件を同時並行でやらなくてはならなくなりまして……」
「うわぁ……」
同情してしまった……。
「それで、はじめは警察としても家出として捜査をしていたのですが……。今、幸せ殺人鬼がこの辺を騒がしているのに感化されて……早急に見つけないとかなり手の混み合った状態なんですよ……」
ため息というか嘆息する宮月さん。
お疲れ様です。
「で、もうひとつの幸せ殺人鬼はあなた方にも関係のあるお話です」
そう彼女が声だした瞬間、彼女に緊張の糸が張りつめ、そして僕たちにもそれは伝わってきた。この気持ちの切り替えの早さが、彼女を冷徹だの冷静などとイメージされる由縁だろう。良い意味でも悪い意味でも、切り替えが早すぎる。
「昨日、というか四肢崎椎名さんの遺体が見つかってから一時間。四肢崎椎名さんの家に家宅捜索をしようとしたところ、既に何者かに火が着けられていました。しかも着火から全焼するまで十五分もなかったそうです。犯人は、相当シュミレーションをしているか、本能的に頭がいいのでしょう。警察官ならわかることですが、どこをどう燃やせば効率よく燃やせるかを知っているようです」
この内容については驚きだった。まさか四肢崎の家に火が着けられるとは。火をつけるほど四肢崎に恨みがあったのだろうか。四肢崎には家族がいない、というか肉親と呼べるものが誰一人いない。つまり不幸中の幸いか、火が着けられた家には四肢崎椎名という人間以外誰一人として住んでいなかった。
「出火原因はいま究明中。本来家宅捜索して調べようとしていたことも全てパァ。ホント忙しいです」
そういうと、出させてから時間が経った、生ぬるくなったお茶を啜った。
「宮月さんが愚痴を言うなんてめずらしいですね」
「私だって愚痴ぐらい言いますよ」
そういって宮月さんは机に置いてある膨大な量の書類に目を通しはじめた。
「それで、用件はなんです?」
やっと本題に入ることができた。
「宮月さん。被害者、亡くなった方の名前を教えてください、というか僕たちに協力してください」
「個人情報保護法のため、不可能です」
二つ返事で拒否をされた……。まぁ、分かってはいたけれど、あまりにも早すぎて驚いてしまったじゃないか。
まぁでもそうだろうな。こちらはあくまでも一般の高校生なのだから。そしてなにより、宮月さんからみたら容疑者候補その一なんだから。
「じゃあ、前の貸しを使います」
「前の貸し?」
その言葉に、やっとのこさ口を開いた枯木委員長が僕の顔を見つめてくる。
「僕は、この人に貸しがあるんだよ。前に女の子の情報提供をしたんだ」
「えぇ、私はこの木陰さんに貸しがあります。だから良いでしょう。あの貸しを変なことに使われても厄介ですし」
「ありがとうございます」
意外とすんなりとokを出してくれた。なにかしら問題が起こるか危惧していたところなのだけれどまぁ宮月さんはモノの損得がすぐ分かる人なので、良かった。
「こちらの書類をお貸しします。本当はダメなんですが……木陰さんならいいでしょう。その代わり、得た情報は全て警察に流すよう、よろしくお願いします」
「分かりました」
「木陰さん……」
「木陰……」
急に僕の名前を復唱し始めた二人。なんとなぁく、問題が起こりそーな。気がしてきた。
「では、行きましょう。木陰さん!!」
「嬉々さん? なぜ急に名前で?」
「そうだよー、いくよ木陰!!」
僕の名前を呼び捨てにし、それに対しムッとした表情を作る嬉々さん。そして勝ち誇ったような顔をする枯木委員長。
「なら私のことも双葉!! って呼んでください!!」
「へ? なに急に」
「なら私のことも鈴蘭って呼ぶんだよー」
「へ? お前って鈴蘭って言うの?」
「ガーン!!」
今度は嬉々さんが枯木委員長に勝ち誇った顔をしている。なんの勝負なんだ……。
「私は鈴蘭って言うの!! 分かった!?」
「わかったわかった。鈴蘭な」
「そして今後は鈴蘭委員長か、枯木鈴蘭と呼びなさい!!」
「長いな……。他にないのかよ」
「あ、じゃあさじゃあさ!! ちなみにわたしは双葉ちゃんに『スズちゃん』って呼ばれてるんだよ!!?」
「じゃあもう面倒だからスズでいいか?」
「スズ…………。ちゃんなしのスズ!! スズがいい!!」
「じゃあ、スズで」
「私も……嬉々は長いと思います!!」
「いや、嬉々ってそんなに長くないと思いますよ」
「うぅ……確かに……。……そして敬語です……。どうすれば……ニックネームかなにか……。スズちゃんに差をつけられてしまいます……」
ボン!! なんかが爆発したような音が……。前もあったよな……爆発音。
「もー!! 私のことも双葉ちゃんとか呼んでください!! いや、双葉ちゃんよりなにかニックネームで呼んでください!! ニックネーム!! ニックネーム!!!」
小さなふくらみのある胸の前で両手を叩く嬉々さん。(ちなみに僕は胸の大きさはどれでも愛せます)
「ニックネーム……双葉だからふーちゃんとか? うゎ、なんでそこで枯木……じゃなくてスズが露骨に嫌そうな顔してんだよ」
「ふーちゃん……。かわいいです……」
別に大したことは言ってないような気もするけど、まぁ本人が喜んでいる感じが見てわかるので、僕はあえて追求しないことにした。
「じゃあもう、スズとふーちゃんでいいな。もうこの話は終わり!! つうかなんでそんなふたりケンカ腰なんだよ」
「木陰さん、モテモテですね。二股した彼氏気分ですか」
「いや、どう見ても保護者気分でしょうよ」
僕は一人嘆息をする。
「鈍感」
「鈍感」
「鈍角」
「誰か一人三角形の角度の種類のこといったな!!」
「もしかして分かった上でわざとやってるのかと」
「思ったり」
「します」
「三つ子!?!?」
息合いすぎ!!
「もういいや……」
「とりあえずどうする?」
「私は、とりあえず屋上に行った方がいいかと。一、二、三件目は既にあらかた調べ終わってるので、新たな発見があるとしたら学校だと思いますよ」
そう指示を出してくれたのは宮月さんだ。
「じゃあ、そうするか」
「そうですね」
「そうしよー」
「では、大栗木さんに連絡しておきます。現場について詳しくは本人から聞いてください」
大栗木さん、か。
あの人、ツンデレなんだよな。
四人目の被害者、四肢崎椎名が殺害された場所、そして今は立ち入り禁止である僕らの高校の土の根高校屋上である。テレビの『ゆけむり殺人事件、第五パート、家政婦は見たも同然』でおなじみの何人かの鑑識の人に紛れて、僕がツンデレと評価する慎重百七十六pぐらいはあるであろう僕よりも大きい警察官は座っていた。
「宮月の上司、大栗木智貴《おおぐりぎともき》だ。宮月から頼まれたから了承するが、本来お前らみたいに容疑者など入れん」
出会い頭に、僕たちを拒絶する。ふーちゃん(うわ、なんかめっちゃ恥ずかしい)とスズ(これは意外にそうでもなかった)にとっては初対面なはずなので、当然と言えば当然だし、偶然と言えば偶然の必然だと僕は思う。
「そりゃそうでしょうよ。簡単に入れる警察なんて、どうかしてるでしょう」
「どうせお前らみたいな、いやお前みたいなやつらが殺人を犯すんだろうな、なぁ咲桜木陰」
「「なっ」」
さっきの出会い頭の拒絶よりも驚いたのか、ふーちゃん(あ、今度はあまり恥ずかしくない)とスズ(こちらは全く恥ずかしくない)は声を揃えた。
「どうでしょうか、僕にとってみれば大栗木さんみたいなのが犯人なのかもしれませんし、犯人じゃないかもしれません。殺人衝動って言うのは回数が多いか少ないかだけの話でどの人にもあると思います。少なくとももう四人が殺されている。でも殺人衝動を九億回起こしたうちの四回なのか、四回起こしたうちの四回なのか。そんなことどちらでもいいでしょう。四人が殺された。それより上も下もない」
「違うぞ咲桜木陰。ここでは回数が大切なんだ。九億回殺人衝動が起きた人間が、『どうして今まで抑えれた衝動が抑えられなかったのか』が問題なんだ。また、逆もしかり。いままで今まで一回も起きなかった殺人衝動が、『どうして最近のみに四回も起きたのか』それが分かれば、犯人像の特定など容易いよ」
彼はそういうと、自前のたばこに火をつけ、深く吸い込み、そして自分から掻き出したくないように、静かにタバコの煙を吐いた。
「いいか咲桜木陰。物事には何かしらの理由がある。因果とか、理とか呼ばれるものだ。理由無き世界に理由は有り、理由有り世界に理由は有るんだよ」
「つまり、僕の身の回りで理由が出来るほどのなにか変わったことはないか? と聞きたいんですね」
「ざっくばらんに言うやつだな。そうだ、良いか咲桜木陰。恵まれない境遇だから人を殺すってのはめずらしくない。だがそれは当たり前のように当たり前で、嫉妬深いぐらいに嫉妬するものだ。でもな、当たり前なら当たり前で、理由がないなんていう理由と同じだ」
「ほんと、遠回しに言う方ですね……。特になんにもないですよ」
特になんにもない。
「では逆はどうだ? 変わったきっかけをお前が誰かに与えていることはないか? 与い与えられ、誰かの殺人衝動を起こすほど、誰かを殺そうとしたことはないか?」
誰かにきっかけを与える、か。
「ふん、もういいさ。もう警察はあらかた見終わった。好きにしろ」
「どうも」
「なんか、怖そうな方でしたね……」
「こかげに敵意を丸出しだったよ……」
「あの人はツンデレなのさ。あぁやって人を攻撃しないと、人を大切にできない、自分を表現できない人なんだ」
そういって僕は大栗木さんが座っていた場所に赴く。
「ほら。だから大栗木さんはツンデレなんだ」
僕が手に持っていたのは、大栗木さんが置いていった『屋上での調査結果』
僕はその書類を手に取り、いくつかの要点をとばして読み進めていく。
「こりゃ、まともじゃないな……」
正直、これが一見は百聞にしかずというやつか。
なんというか、あまりにも。
――あまりにも、ひどかった。
そこにあったのは、四肢崎発見当初の写真。
惨殺という言葉が、お似合いだった。首を中心に、二百十三の肉片で書かれた文字。幸せという字と、天国という言葉。きれいな肝臓、真っ赤に裂けている足、足の先から腕の先まで、完璧なほど完封に。徹底的に。四肢崎椎名の肉片と呼べるものは、四肢崎と呼ばれるものは、なにもなかった。
宮月さんはこんなのをみても、あんなにも冷静に、そして冷徹に。一片の感情の変化も、感傷もなく、慣習と思えるほどの不貞不貞しさで。
彼女は僕に四肢崎の死を伝えた。
いくつかの報告書を見て、僕たちは屋上をあとにした。
一人目の被害者銀杏由希子、
二人目の被害者薬草宗士、
三人目の被害者木ノ実唯、
そして四人目の被害者である四肢崎椎名の住んでいた家に行っても、大して得られるものはなかった。四肢崎の家には家すらなかったわけだけど。四肢崎以外の被害者の現場に行っても、既に実証見聞すら終わっていて、事件後の片付けさえ終わっていた。
時刻は午後八時を回ったぐらい。
「今日は……このぐらいか」
素人による素人なりの捜索を終えておよそ八時間。肉体的疲れよりも、それを何段も上回っている精神的疲れが強かった。
「そうですね」
「そーだね……」
「じゃあ今日は解散で。二人とも、家はどっちだっけ? 送ってくよ」
こんな時間の、こんな時期に、女の子を一人で帰らせるなどどんな領分だろうか。
「こっちです」
「こっちだよ」
道路右手を指すスズ。そして道路左手を指すふーちゃん。
「……全く反対か、困ったな」
「私はいいからふーちゃんを送ってあげて」
「スズがそれでいいならいいけど……危なくないか?」
「こっちって言っても、すぐ近くだから大丈夫!!」
「なら、わかった。ふーちゃんを送ってくよ」
「じゃあな、スズ」
「スズちゃん、またです」
「うん!! バイバイ木陰、バイバイ双葉ちゃん」
「しかしあいつ大丈夫かな」
「スズちゃんですか?」
「うん」
「スズちゃんの家は、ここから本当に近いですよ。走れば三分も掛からないです」
「へー、ふーちゃんはスズの家に行ったことあるの?」
「はい、秘密裏作戦会議のために二回ほど」
「秘密裏作戦会議? なにその語呂がすごい悪いのは」
「言ったらダメなんです。秘密裏なので!! (本人に言っちゃうなんて、本当に意味ないですよね……)」
「秘密裏なら仕方ないか。まぁなんにせよ無事に帰れるならいいけど」
「あのっ……!! こかげさん」
「ん? なに?」
「さっきから結構スズちゃんのことを心配してますけど、もしかして咲桜さんはす、すすすスズちゃんのことがす、すすすすきなんですか?」
なんか、かなり動揺をしているのがすぐ分かる。あんまりなれていないのか、僕のことを『咲桜さん』に戻ってたし。
「別に、普通だよ。やっぱり女の子が帰るっていうのは危ないと思って」
「そ、そうですか……。あ、あの……」
「なに?」
「そっ、それは!! 私でも、同じことですか!!?」
「それは心配するって意味?」
「あ、はい……!!」
「そりゃするだろうな。やっぱりふーちゃんみたいな可愛い女の子を置いて帰るっていうのは男としてダメだろ」
あれ、ふーちゃんが、俯いてしまった……。なにか、申し訳ないことでも言ってしまったか。
そう思った方が先か、ふーちゃんが言葉を発するが先か、まぁそれぐらいほぼ同時に。
「もう一回!! もう一回言ってください!!」
「なにをもう一回?」
「いいからもう一回言ってください!!」
「なにをもう一回?」
「『なにをもう一回?』をもう一回じゃないですよ!! やっぱりわざとやってるんですか!!」
「いややってないけど……。なんか気に障るようなことを感じたのならごめん」
「これはかなりの日本産天然ジゴロですね……」
「なんかよく分からないけど僕は結構高めの魚みたいな表現をされてると感じるよ」
「魚みたいに分かりやすかったらいいんですけど……」
「む、それは良い意味? 悪い意味?」
「良い意味ではきっとみんなにもそんなんだろうな、と思うこと。悪い意味は私に対してもそうなんだと感じてしまうことです」
「なんかよく分からないけど、気にすることないよ!!」
「なんで私はこかげさんに励まされてるのでしょうか……。
まぁでも。きっとこかげさんはそういう、人と人に対して隔たりのない、そう言う人なんでしょうね」
『隔たりのない人間』この意味は、よく分かった。要は僕が自分以外に差別なく生きているのだと、彼女は僕を差別してるのだ。別に、おかしなことじゃない。どんな底辺でも、同じように扱えば差罰は差別なんだと。でも、彼女はそれを自分勝手に良い意味に変換している。
「僕は、別に」
「いえ、私は本当にそう思いますよ。こかげさんが思っている以上に、こかげさんを素敵だと思う人は多いと思います。少なくとも……私はそう思います」
そんな断言されてもなぁ……、僕的には否定せざる終えない。
「いやだから本当に。僕は本当に。ただ外面がそういう風に思われてしまうだけで。大したこともない、人として、人間として、最下層の最底辺にいるような、ただまだ犯罪を犯していないだけで、犯すであろう動機がないだけで、僕はそう言う人間に分類されるべき人間なんだよ」
「もう、なんてこと言うんですか。ダメですよそんな言い方したら。それに別に私は、人間なんて言うのはそんなものだと思いますよ。みんながみんな、動機や理由や因果がないだけで、犯罪なんて曖昧で不確かなものは、誰でも犯すことなんてできるんです。ただ大切なのはその犯罪を犯したかどうかだけ。犯してなかったら、それでいいんです。私は。そう思います」
「はは、ありがと。でもそんな綺麗な言葉とは違って……」
「もう!! こかげさんさっきからどうしたんですか。こかげさんがこかげさんらしくないですよ!! いい加減、そろそろ私の好きな人の悪口をやめないと怒りますからね」
「へ……?」
「あっ……!!」
「へ……?」
あれ? なにか聞こえたような……? 好き? あぁ、スキか。きっと魚かなにかの一種なんだろうな。たとえどんな間違えだろうともふーちゃんみたいな素敵な女の子が僕のことをそんな風に思うわけ無いだろう、だからこれはきっとキスとか、スズキの間違えだろう。スズキと鈴木は似てるし、鈴木とスズキと鱸(すずき)もまた似てるからきっとそんな程度の間違えなんだろうな。
「へー、スキってどんな魚なん――?」
「さ、ささささようなら!! こ、こここかげさん!!」
「ちょっとふーちゃ――……。行っちゃったよ……。一応家に帰ったらスキと言う魚がいるかもしれないし、調べてみようかな……」
捜索二日目の早朝である。まぁ早朝と言っても普段は既に学校に行き、授業の二限目が始まっていてもおかしくない時間帯である午前十時。
昨日の疲れが溜まったかどうかとは関係無しに、僕は休みの日は午前十時に起きる。それは、普段十時を過ぎれば、確実に家の中には自分以外の人間は居なくなるからだ。自分の唯一の家族と関わるのが煩わしくて。いや鬱陶しくて。僕は休みの日は十時までと決めているのだった。
まぁ、本来学校があるはずの平日が休みと言うのは大変喜ばしい非常事態ではあったけれど、その理由がとてつもなく喜びにくいモノであったため、歓喜の言葉であろう言葉を紡ぐことは、ここでやめようと思う。
しかしそれでもここで、僕の中にひとつの疑問が生まれたわけである。
(なんでだ……?)
そう僕はただ疑問の渦のなかで疑問を思ったのだ。
分からなかった。
今日は平日という実質的な休日である。
つまりそれは学校に行く必要がないということを表しているのであって、友達の少ない僕にとって学校というのは唯一の友人または悪友または他人という名のクラスメイトがいる場であって、それは然り、逆説を唱えると、学校に行かない限り僕は友達または悪友または他人と(ry に出会わないということにある。
だから……。
どうしてスズとふーちゃんが家の玄関の前にいるのかが分からなかった。
「……………」
「おっはよー!! こかげ!!」
「おはようございます……こかげさん……」
「…………」
――パタン。
「どうして閉めるんだよぉ!!」
「ガーン……」
ドア越しになにかが聞こえる。さてどうしよう。
というかふーちゃんもいるじゃないか……。
そこに、今さっき起きたばかりで寝起きの姉さんがやってくる。
「どーしたの、木陰」
残念としか言いようがないのだけど、室内には僕のsister……。
…………さてどうしよう。
「お客さんなの? お客さんを待たせちゃだめだよ」
そう言って姉さんは玄関のドアを――
「あっ、開いた」
「開いてしまいました……」
「どーして閉めるのさぁー、こかげぇ……!?」
「で、でも!! そうですよ、閉める必要なんてないと思いますぅ……!?」
姉さん、ふーちゃん、スズのトライアングル。
あれ? 今日って命日?
「まぁ……、あがれよ」
時刻は午前十時。朝早いわけでもないから別に焦る必要のない、お客さんが来られても問題のない時間帯である。
……。本来なら問題のない時間帯のはずなんだけど……。
右から見ても、左から見ても、上から見ても、下から見ても。
どっからどう見ても、ご立腹な女性が三人いた。
それも、僕の部屋にである。
「こちらはどちらさんなのかな、こかげ」
「こちらの人はどなたですか、木陰さん」
「このお二人は誰なの、あなた」
「「あなた!?!?」」
「ちょっ、なんてこというんだ!!」
いきなりなんなんですか!?
「ほー、そういうことですか」
「そうですかこかげさんにはこんな美人な奥さんがご在宅ですか」
えっ、なにこの空気。
「違うよ、この人は僕の姉貴」
「そうです私が姉さんです」
「なんとなくどっかで聞いたことがあるイントネーションだな」
具体的には馬鹿殿や志村動物園にいそうな感じだ。
そうなんですか、と相づちを打つ二人。
「じゃあ木陰、ちょっと飲み物取ってくる」
「あぁありがと」
(当然のごとく呼び捨てですね……こんな近場に……。さっき『あなた』と言ったあたりライバルと言うことは確定みたいです……)
(そーだね……さっきの美人さんは双葉ちゃんにとって結構な驚異となるかもしれないよ)
「なに二人だけで会話してるんだよ」
「……なんでもないです」
姉さんの登場にびっくりしているのだろうか。
「しかしこかげさんの部屋はなんか殺風景な感じですね」
「うん、同年代の男の子という感じはしないよ」
「まぁそうかな。あんまりものはおいてないよ。邪魔になるから」
「邪魔?」
この時、僕はなんて言おうか悩んだ。邪魔、というのはなにか自分が心を惹かれるものがあるべきではないと思ったからだ。姉と母を生き返らせるために、自分がなにかにとらわれてはいけないと思っていたから。努力をするのに、他のモノに気を取られると言う行為すら許されないと思ったから。
だから邪魔だった。
まぁ、これはあくまで昔のことで、最近というか高校二年生になってから、非現実は現実にはあり得ないと理解するまでに結構な歳月が掛かった僕はやっとこさ自分の趣味にお金をちょくちょく投じている。
でも、だからこそ悩んだのだった。どうして昔に考えていた子供のような考え方が、今ふーちゃんとスズとの会話で、なんの前触れもなく、唐突に、突然出てきたことに。
まるで、今もなおその本心が燻っているかのように。
「いや、なんでもないよ。あ、そういえばふーちゃん、スキっていう魚っていなかったよ? どんな魚か気になったんだけど」
きょとん、とした顔の表情を浮かべるふーちゃん。もしかしてスキという魚ではなかったのだろうか。
「えーっと、こかげさん、それはどういう意味ですか……? 私としてはある程度の勇気を持ってこの場に来たのですが……。昨日言ってしまった意味には気付かなかったのですか……?」
おそるおそる、という書き方が正確であろう口調で、ふーちゃんの質問が飛び交う。
「いや、意味は分かったよ。だから魚の図鑑でも買ったんだけど。新種のなにかかな?」
「そうですか……。いえ大丈夫です。ちょっとまっててくださいね……。――この勇気、ちょっとゴミ箱にでも捨ててきます」
「なんで!?」
勇気を捨てる!?
「背水の陣での四面楚歌でも勝てるほどの勇気を持ってきたのにちょっとだけ勿体ない気もしますが大丈夫です」
「大きすぎるから!! そんな勇気は家のゴミ箱のキャパシティーでは入らないから!!」
「いいんですよ、えぇ、少しだけ落ち込みましたけど、大丈夫ですから」
「本当に大丈夫?」
「もー、なんの話だよー!! 私も双葉ちゃんとこかげの会話に混ぜて混ぜてー!!」
そう言ったくらいだろうか、部屋に姉さんが四つのコップとお茶を持って入ってくる。
「お茶、で良かった?」
あとがとうございます、と女の子二人はお礼を言い麦茶でのどを潤した。
ん? コップが四つ?
「姉さん」
「なに木陰」
「もしかしてのもしかして、このまま僕の部屋にいる?」
「Of couse」
「出た英語!! 別に部屋にいるのはいいけど『もちろん』ぐらい日本語でもいいじゃないか!! つうか何という笑顔でこっちを見るんだ!! 追い出しにくい!!」
「私たちは別にいいですけど……」
「そーだよ。女の一人や二人、懐に入れれなくてどうすんだよー」
「この人血のつながった姉弟だけどな!!」
「賛否を……取ります。賛成三、反対零、無効票一票で私ひなたはこの部屋に入り浸っていいと可決されました」
「どうせ負けるって分かってるんだから、無効票じゃなくても良くないか!?」
「敗者の意見は聞きません」
「咲桜家の政治に少数尊重の原則を!!」
「なんか、こかげすごい楽しそーだね……」
「私もそれを肌で感じました……。家族ってこんなに仲がいいんもんなんですか……」
とりあえず、みんなでお茶を飲もうか。
ふぅ。
「で、なんで今日家に来たんだ?」
「今後の方針についてだよー」
「そうです、なんだかんだ昨日の時点で思いつくことは全てやってしまいましたから」
「確かにそうかもな。現場を見に行って、各家に行って、詳しいこともよく聞けたから」
(それよりもこかげ!! ちゃんと双葉ちゃんに映画のチケット渡した?)
(えっ? まだ渡してないけど)
(この根性無しぃ!! 心ちっちゃい男!!)
(なんか馬鹿にされ方が変なんだけど……)
(べ、べつにあんたなんて気になってなんかないんだからね!!)
(なんでだろう、なんか嬉しいや……)
「それで、どうしようか」
「うーん、そうだねぇー。地道に努力とかしかないんじゃないかな?」
「私もそうもいます。きっと警察官の方も全て教えてくれるとは到底思えませんし、まだ調べれることはあると思います」
「木陰、あなた達はなんの話をしているの?」
「えっ……!!」
こういう場合、どうするのが得策であろうか。正直に話した方が、いいのだろうか。でもそれならばもしかしたら姉さんの反感を買いかねないな。
「実はねー、最近起きてる――」
「ストップ!!」
慌ててスズの口を遮る。枯木すずらん(漢字は分からない、たぶん鈴蘭であっていると思う)はきっとあまりにも物事を包み無く話しそうなので、ここは僕が言わないとうまく進まないだろうと察する。こんなところで障害物が出てくるのはご免だ。
「それで、木陰はなんの話をしているの?」
「いや、なんでも無いと言えばなんでもないとも言い切れないこともないとは言わないかもしれないけれど、あるかどうかの判断を周りに煽るべきなのかどうかすら僕には分からないと言い切れないとは言い切らないから、全体像のパーセンテージを見る限り問題がありそうな部分を厳密に言葉にできるのかと問われた時に僕はそれを簡単に分かりますとはっきり言えるかと言われればそう簡単に言うことができないのが現実であって――」
「な・ん・の・話をしているの?」
どうやらもうすでに遅いらしく、反感を買ったみたいです……。
「正直に姉さんに話しなさい」
「はい……」
まぁ別に正直に喋っても問題はないだろうと、僕は思った。
「実はかくがかくしかじかで」
「なにを言っているのか姉さんには分かりません」
あれ? この『かくかくしかじか』ってよく漫画やら小説やらで用いられる表現だからいけると思ったんだけど。
まぁそんなことより。
「実は――」
僕たちの目的、それは犯人を逮捕、またはそれにつながるであろうヒントや証拠の発見、さらにはそれらに準する何かを見つけ出すことだ。だからこそ、殺人事件という異常な事態に深く関わりたいと願う僕ら三人にとっての動機を、零から百、一から全て説明するべきだと思った。
でもそれは、四肢崎椎名というオタクインテリについて話さなければならなかったし、四肢崎が悪友以上友達以上で、なによりも僕自身が完全に彼の死を感じて、伝えなければならないということが、僕には苦しかった。誰かになにかを伝えるということは、ある程度の理解してあることが必要で、少なくとも今現実から良いことだけを抽出して悪いことは捨てている僕に、ちょうど良い特効薬として、僕は自分の口で話した。
それを聞いた姉さん。そして知っていたふーちゃんとスズ。みんなどう感じたのだろう。どう思ったのだろう。どう耳に入ったのだろう。
一般の高校生というのが事件に首を突っ込むというのは冗談を抜きに、現実的に考えて危険だ。それは犯人に目を付けられてしまう、というのを含め、肉体的に、なにより精神的に危険ということだった。
常に死というのを感じるようになると、常々死と一緒にいると、人間の何かは壊れてしまう。それは、二度と修復することのできないなにかだ。
一説なら心というもの。一説なら感情というモノ。理性という物。
もう戻ることのない、大切な物。
そんなものをかけてまでこの世界、犯人に執着する必要など、ないかもしれない。
四肢崎を殺した犯人は僕たちが関与しなくてもきっと有能な警察官が捕まえてくれると思うし、たとえ捕まえなくてもいつかは死ぬはずだ。元々四肢崎はあと百年もすれば必ず死んでいたと思うし、他の弱々しい被害者なんてきっともっと早く死ぬと、僕は思う。
だから。
だからこれはあくまで私恨だ。
ただ犯人が憎いだけで、捕まえたいだけで。
僕の中にある大切なものが壊れてしまうハイリスクと、憎くて憎くて堪らない犯人を殺すことはできず、捕まえることしかできないノーリターンを僕の小さな天秤にかけたところ、あくまで後者に天秤が傾いた。
それだけのことだった。
だから僕は姉さんに話したし、それをふーちゃんも、スズも姉さんも。
――そしてなにより僕も。
――自分の言葉に、耳を傾けた。
全てを説明し終わってから、最初に口を開いたのは僕ではなくふーちゃんでなくスズでもなくて、四人中三人が選択肢として消えてしまったのだから、まぁもちろんのこと消去法で分かるように最初に口を開いたというのは姉さんで、これを意外と感じるのかは別問題だ。
「そうですか、そうなのですか」
姉さんという咲桜ひなたは落胆したような、それでも哀愁のような声を響かせた。
「そんなことがあったのなら――」
僕はそのとき、彼女の口からどんな言葉が続くと思っていたのか僕には分からない。分かる前に、答えが回答が出されてしまったから。
咲桜ひなたという人間の答え。
「私は、姉さんは、なにも言いませんよ」
なにも言わないという、解答、いや。回答を出した。
それが正しいかなんて、姉さんは言わなかった。
「感情や心というのはいまだ深く分かってはいません。木陰のクラスメイトである、四肢崎さんの死など、私にとってはあくまでただのテレビの一情報でしかない。でもそれが当たり前でしょう。四肢崎椎名さんが友人だから皆さんは躍起になっているだけなのであって、それがあくまでテレビの被害者その一だとしたら、そんなことはしないでしょう。
だから私はなにも言わないし、何も言えません。あなた達にとって、四肢崎椎名さんというクラスメイトがどれほど重要で心の何割を占めていたのかなんて分かりません。そしてそれが分からない以上、君たち三人の心の傷が分からない以上、私に言う権利などありませんよ。
数学じゃ有るまいし、答えなんてモノは存在しないと、私は思います。何が正しいかなんて、今ここでは必要ないと、私は思います。たとえそれが嬉々さんや枯木さん、そして木陰が思い描いた答えとは違っても。いえ、それが答えとして違ったのなら。それを正しくしてやればいいのです」
そういって、咲桜ひなたは、僕の姉さんはふーちゃんとスズに頭を下げた。
「私の、私の大切な弟を、よろしくお願いします」
「じゃあ、まぁ大した話はしてないけど、この辺でお開きとしようか」
大した話も、今後のことも、なにも話していないけれどいわゆるおしゃべりの時間として、咲桜家で行われた会議は幕を閉じる結果となった。
「そうですね。私もスズちゃんも、遅くまで長いしていてはご迷惑ですし」
「迷惑ってわけじゃないけど、夜遅くなるのはいけないからな」
時刻は午後七時を回ったところ。十二月なので、もう既に外は真っ暗だ。
「そーだね」
「一応送ってくよ」
外はもちろん真っ暗だし、今の今まで話してたとおり、殺人鬼がうろついているかもしれない。
「別に大丈夫ですよ?」
「うん、二人だしね」
「いや、殺人狂も出回ってることだし、もしものことを考えたら大した手間じゃないし。姉さん、いいだろ?」
意見だけ言うと、さっきみたいに無効票になる可能性が大きかったので、もっとも年長であろう姉さんに許可を取る。
「えぇ、私も賛成」
「じゃあ送ってくよ」
そういって、僕たち三人は玄関を出て、薄暗い道のりを歩いていく。
「しかし、正直昨日いろいろなところ回ってみたけど、大した成果もでず、今日も出なかったな」
それは少し落胆という気持ちを込めて、僕は言った。
大栗木さんがいた四肢崎椎名の殺人現場に出向いてから、僕は少しでも情報を得ようと、証言者を頼った。
銀杏家。
銀杏由美子。
両手を失い、両足を失い、両目を失い――
命を失った、中学生。
動けず、見えず、分からず、死んでゆく。
彼女は、強く生きようとしたのだと、思う。いや生きざる終えなかったと言うのか。これはあくまで想像で、イメージで、僕が知ってることなんてなにもないけど、原因と結果だけで考えただけのくだらない妄想だけど。
彼女は、強く生きようとしたんだと、僕は思う。
小学六年生のときに、彼女は事件に出会った。見えない現実と闇しか見ない目にあった。どんな気持ちだったのだろうか。
喜? それはない。
怒? うん、まだ分かる。
哀? あぁ、きっとそうだ。
楽? これもない。
怒と哀。そんな感情だけで埋め尽くされた心を僕は理解できない。いや、僕には理解できないことが理解できないとでも言えばいいのか。
まぁここで、悲観的な気持ちになって、暗い干渉を受けて、それでなんとかなるのなら僕はずっとそのままでいてもいいけれど、もちろんそんなことはないから。
僕はふーちゃん、スズと会話を楽しむ。
「そうですね……。素人がやっている見よう見まねのことなので、当然といえば当然なんですけど」
「きっと警察ならまだ話が進んでるかもしれないけど、もう貸しはないし……」
「そうですね……。なにかしらいい方法はないのでしょうか?」
「(ところで木陰!! いまがチャンスだよ!!)」
「(なにを?)」
「(映画のチケットだよチケット!!)」
「(あぁそうだったそうだった。というか思うんだけど僕と二人で行くより、スズと二人で行ったほうが楽しいんじゃないのか?)」
「(ボケなの? もうそれはボケで言ってるようにしか思えないよ……)」
「(いや冗談では言ってないけど……)」
「(とにかく、渡してね!! いまだよ今っ!! 私が見てるときに渡しなさい!! 私は静かに横でまってるから)」
「(分かった。大船が挫傷したつもりで見ててくれ!!)」
「(もう事故してるじゃん……)」
「スズちゃんに木陰さん、なにを話してるんですか?」
「別になんでもないよ!! それよりも木陰が双葉ちゃんに話したいことがあるんだって!!」
スズが、僕の腕をグイグイと引っ張る。
そんな強く引っ張らなくてもちゃんと言うって。
「あのー、ふーちゃんって映画とか見る?」
「映画ですか……。あんまりないですね。出かけること自体が少ないですし」
「へー、ふーちゃんって引きこもりなんだ」
……。そんな目で睨むなよスズ。確かに今のは僕が悪かったけどさ。
「いえ、言い方が悪かったです。遊びに行くことが少ないです。バイトとかはしてるので」
「えっふーちゃんバイトしてるの!? へー。どんな?」
「お花屋さんとケーキ屋さんとファミレスとスーパーとコンビニです」
「すごい数をやってるな……」
「いえ、ひとつひとつは大した時間は入れてないですよ。所得税を誤魔化したいので」
なんというか、殺人鬼とは違う意味で違う世界の人間なんだな。
「じゃあ、もしかして土日とか暇じゃないのかな?」
「うーん、そうですね。たぶんずっとバイトは入ってると思います」
「そっか。じゃあ無理には誘うべきじゃないのかな。一緒に映画でもどうかと思ったんだけど――」
「行きます!! なんとかします!! なんとかするので、曜日を教えてください!!」
「いや、無理しなくてもいいよ? わざわざバイト休んでもらうのも気が引けるし」
用事のために働いているのをとめるわけにもいくまい。
「行きます!! 行かせてください!!」
「ふーちゃんがいいっていうんならいいんだけど。映画、いいかな?」
そういって、僕か映画のチケットを彼女に見せる。
「もちろんですっ!! あっ、でもそれって……」
「ん? なに?」
「二人っきりですか……?」
あ、よく考えたらそうだ。スズも来ない、姉さんもこないし、もちろん四肢崎もしゅん竹もこない。
「うん、二人っきりだね」
「…………」
あれっうずくまっちゃったよ!? えっどうしよう!?
「ふ、ふーちゃん?? 大丈夫?」
「いえ、大丈夫です……。ちょっと動転して……」
そのとき、静かにしていたスズが口を開いた。
「本当に……、うれしくて――」
「――体調が崩れそうです」
「そんなに!?」
これはこれで一大事だ。そんな繊細なのか女の子というのは。
「でもまぁ、いつがいいかな? この時期に行くのはもしかしたらいやかもしれないけど」
もともと、四肢崎を捕まえるというのが三人で一致した意見だ。でも結局しっかりと活動したのは昨日だけだったし、もしかしたら『こんな大変なときになに考えてるのか』、と怒られてもそれはそれで自然だと思う。
「ちょっと待ってください……。予定表見ます。
月曜日がお花屋さん、火曜日がケーキ屋さん、水木曜日がファミレスで、金がスーパーで、土日がコンビニ――」
すごく予定が詰まってるな。それに今日はバイトよかったのだろうか。
「うーんと……、月曜を休むとお花の仕入れが滞るからだめで……、でもケーキ屋さんはバイト私しかいないからもっと大変で……だからってファミレスもスーパーもコンビニも……」
ふーちゃんは目を手帳にくっつけ、真剣に吟味している。
……目、悪くなるぞ。
「もうっ!!」
叫んだと思った瞬間、彼女は手にしたボールペンで予定帳に大きくバッテンを引いた。
ふーちゃんって、こんな豪快だったっけ……?
「お待たせしました、木陰さん。偶然ながら今週来週は丸々空いてます!!」
丸々というか、思いっきり×つけてたけど。
「ふーちゃんって、バイトは何時までやってるの?」
「えっと、二十二時で一応全部は切り上がります」
夜の十時か。でもその時間帯からだと映画は深夜のやつしか見れないし、次の日の学校に僕のせいで休まれても罪悪感が――
学校?
「なぁ、スズ」
「ん? なぁに?」
「明日って学校は休校だっけ?」
「確かあさってまでは休みだったよ」
「そうか――、よしふーちゃん。明日行こう」
学校が本来あるところにさすがにバイトは入れていないだろう。それなら午前中から行くことができるし、深夜に出かけて次の日に迷惑かけるということもないと思う。
「明日ですか……!?」
「うん、明日。トゥモローだね。もしかして用事入ってる?」
「いえ!! どんな用事もないです!! 死ぬ気で行きます!!」
「いや、死ぬ気で来られても僕が困るんだけど……。じゃあ明日の――朝十一時でいいかな?」
「はい!! じゃあ私が木陰さんの家に行きますね!!」
「そうしてくれると助かる」
「私たち、ここでいいから」
「はい。送ってくれてありがとうございました」
「え、まだ送るよ。前もなんかスキとかどうとかでふーちゃんが一人で帰っちゃったし」
「本当に大丈夫ですから」
「私、双葉ちゃんと秘密裏作戦会議するから、木陰が邪魔なの!!」
「ご好意を仇で返された気分だ……」
「そういうことだから!! ばいばいこかげ!!」
「ありがとうございました、木陰さん」
「まぁ、そういうのなら。じゃあな、ふーちゃん、スズ」
別れ際の彼女の顔は、この上なく、可愛かった。
なんだ、結局ただ二人は家に遊びにきただけだったのではないかと思った。
――それはそれで、いいけど。
「双葉ちゃん、好きってなんなの話?」
「あ、あの、昨日間違えて言ってしまって……」
「そうなんだっ。――鈍感だね、木陰は」
「――鈍感、です」
「ねぇ、双葉ちゃん。私に、言いたいことあるんじゃないかな?」
「うん……あの、いまからお買い物に付き合ってくれない……?」
「秘密裏作戦会議の、実行期が来たようだね。 明日のための服、買いに行くのかな?」
「うん……。あんまり服とかに自信なくて……。二人でデートも、初めてだし……ってスズちゃんニヤニヤしすぎだよ!!」
「なんか、もう双葉ちゃんが可愛くって可愛くって♪ それに双葉ちゃんの方がニヤけてるよ!!」
「だって……木陰さんとデートだよ。今でももう頭の中が真っ白で、熱いよ……」
「うんうん、その気持ち分かるよ!! 今からのことだけど、私でよければそれこそ死ぬ気で手伝うよ!!」
「うん……、ありがとね。私、頑張りゅ!!」
「……りゅ?」
「かんじゃったっ……!!」
「可愛ぃぃぃいいいいい!!!」
「スズちゃん!! 声大きいよ!!」
「いやもうこれマジやばいぜ、可愛いすぎんだろ」
「スズちゃんもう男口調になってるよ!!」
「木陰の、どこが好きなの?」
「!? いきなりなんてこと聞くの!?」
「別に変なことっていうのでもないよね、だってデート行くんだよ!?」
「……あぅ。そっかデートいくのか……私。失敗しないようにしないと」
「がんばりゅ!! ……ぷっ」
「もー!!」
「で、どこが好きなの?」
「うーん、どこというか……。最初は四肢崎さんとか妖花さんとかと話してるの見て、見てるだけで幸せで。授業中も、本で顔を隠しながらずっと見てました……。出会った時から、っていうのかな?」
「双葉ちゃん」
「なに、スズちゃん」
「ベタ惚れじゃん!!! 惚れに惚れまくってるじゃん!!」
「うっ……。…………………………うん」
「恋に恋する女の子、って感じではないなぁー。確かに――あっ!!」
「どうしたの、スズちゃん」
「私、木陰にいわないといけないことあった!!」
「えっ?」
「すぐ戻るから先に駅前に行っててくれないかな?」
「分かった。先に駅前行ってるね!!」
「双葉ちゃん」
「なに? スズちゃん」
「……デート、うまく行くといいね」
「……うんっ!!」
「ふぅ、寒いな」
白く息を吐いた。明かりは唯一の電灯だけなので暗いせいか、吐いた息がキラキラとひかり、そして消えていく。
二人を送り届けるために、家を出た帰り。僕の頭には明日のデート、のことで頭がいっぱいというわけではなく、デートと幸せ殺人鬼が五分五分で存在していた。
そして、どちらも悲観的な考え方だった。僕とデートに行くことにふーちゃんは難色は示さなかったけど、ただ素直に、僕で良いのか疑問だった。
――だって僕だから。
たとえば仮定としてもし、ふーちゃんが僕の嫌いな人間とデートに行くと決めたとき、僕は少しからず嫌な気持ちになる。なぜならそいつが嫌いだから。なにかしら理由があるにせよ僕はそいつが嫌いで、そいつとは仲良くなりたくない。それは誰もが思うことで、見事に自然な行為で、どんな人でも至極当然なことだ。そんなやつと、ふーちゃんがどこかへ出かけるなんて、誰が容認できようか。
そして、僕は僕が嫌いだった。嫌いで嫌いで仕方がなかった。まぁ人は必ずしも自分のことが大好きで、いいやつのとは思わない。多少は自分が嫌いだ。でもみんな自分は自分であるから、自分とは別れることができないから、だから仕方なく自分を好きになる。好きにならないパターンもあるけど。それはそれでおいておいて。
僕は自分が嫌いだから、そんな嫌いなやつとふーちゃんみたいな可愛くで素敵な子がデートに行くのは、っと思ってしまう。ただそれだけの理由だった。
「という、自分なりの解釈を考えてみたのだった」
まぁ本心でここまでは思ってないにしろ、どうしてこんなにドキがムネムネするかわからない。
――古いとかいうなよ。
「四肢崎……椎名……か」
そしてもうひとつ。幸せ殺人鬼。僕は、悪友だった友達を思い出した。もう一度思い出して、何度も思い出して、記憶が薄れないように何度も何度も印刷した。
あいつの最後はどういう風だっただろうか。いや、死に様は見てる。
――跡形もなかった。
――肉だけが残った。
――顔も、心も、体も、精神も。
――なにも残らない。
だからあいつの最後がどうだったなのなんか、想像もつかないし、僕なんかにつけるはずもない。
でも、もしも少しだけ考えるとしたら――
あいつは死ぬまで、幸せだっただろうか。
四肢崎椎名と言う人間に、家族はいない。不慮の事故というべきか、当然なる結果というべきかは知らないけど、彼に家族はいない。もともと母子家庭だった彼のもとに、たまたま強盗が押し寄せて、たまたま抵抗する母親が刺されて、たまたま死んだ。
小説よりも奇ではない、思い上がりで言ったわけでもない真実。
それが中学二年生のころ。
でも彼は、四肢崎椎名は、家族が強盗に刺されて死んだ次の日、登校した。
強いやつだと思った。彼の母親が死んだという事実を聞いたのは彼と一緒に下校したあとだったけれど、彼は何食わぬ顔で登校し、涼しげな顔で授業を受けた。
でも、実際彼はどうだったのだろうか。本当は死ぬほどつらくて、死んでしまいたいほど苦痛で、それを腹の中に溜め込んで、出してはいけないと思い込んで。
何食わぬ顔で、登校したのだろうか。
そんなことを思ったときだった。
――ジジッ、ジジッ。ジジッ。
セミの鳴き声に似た静かな音が、田舎の真っ暗な路地を駆け抜けた。
もちろん十二月真っ只中にセミがいるわけではなく(いたとしても土の中だ)僕は、音の元凶が不穏の匂いを漂わせているのに気づいた。
今来た道。路地の奥、辛うじて見える少し先。
暗い夜道の真ん中に、フードを被り、体を覆い隠すようにカッパを着ていた。音の原因はおそらく、右手に持っている……スタンガン。そして左手には柄の長い、日本刀。
そう、日本刀。
「えっと……、こんな知り合い僕にいたっけ……?」
後ろを振り向くと、少しずつだが確実に、歩み寄るように、僕を狙っていると言わんばかりに――ソレは歩いてきた。ここにソレがいるということは、ふーちゃんやスズの方にはいないわけだ。つまり、僕の送っていくという目的は達成した。
「ははっ……」
そんなこと思ってる暇は……ないな。逃げないとっ。
そんな安楽思想な気持ちとは裏腹に、僕の体はもう凍ってしまっている。
僕は普通の人よりも悲惨な目に出会ってきたから、ある程度は大丈夫だと思っていた。漫画やアニメのように、冷静に対処できると思っていた。
――こんなに、怖いのか。
ソレのもつ日本刀があまりにも周りの風景に合っておらず、その違和感がなおさら威圧感をかもし出していた。
死ぬのが怖くないわけない。
怖かったから、八年も逃げてきたのに。
僕とソレまでの距離はあと三メートル。
あぁ、駄目だ。体がすくんでもう動かない。腰も抜けて、震えが止まらない。ぼくはここで死ぬのか。そっか。仕方のない、のかなぁ。
結局、姉さんと父さんを元通りにしてやれなかったな……。幸せな家族を、もう一度感じたかったな。
あぁ、そうだ。ふーちゃんには悪いことしたな。僕なんかと遊びに行くのに、あんなに楽しそうにしてたんだもん。罪悪感まみれだよ。ホントごめんな。
あと懺悔することは……もういいか。日本刀って切られると痛いのかな。だったら手に持ってるスタンガンで気絶させてもらってからの方が痛くないかも――
僕はもう諦めていた。逃げたいと思わなかった。動けないのなら、動かなければいいんだ。むしろ、八年も長生きしたんだ。本当はあの場で死ぬはずだったのに、なんかの因果かは知らないけど僕は生きてしまった。生き延びてしまった。
だから……もう――
「こかげっ!! 逃げて!!」
そういった瞬間。僕の目の前にいたソレは、横に吹っ飛んだ。
「早くっ……!!」
枯木鈴蘭。クラス委員長。成績優秀、スポーツ万能、そして勇気があった。
そのまま、僕は尻餅をついた格好で後ろへ下がった。
「きゃっ!!」
ソレは、スズを突き飛ばして、日本刀の化け物は反対側の道へと走っていった。
「大丈夫、木陰」
「あぁ、大丈夫だ……。それよりどうしてここに」
「図書館のときみたいに私は明日のデートに付き添わないから、『ふーちゃんを泣かしたら怒るよっ!!』ってことを伝えにきたんだけど……。本当に良かったよ」
「あぁ、助かった……。ありがとう」
正直、本当に助かった。僕は腰も引けて、出会って間もない人間に、命を差し出していたのだから。
所詮、僕なんて言うのはその程度の人間だ。普段は達観者ぶって、ひとを蔑み、自分を高尚だと差別しながら微笑む。常に自分は冷静だと勘違いして、自分は特別な人間だと信じて、なにかあっても容易に対処できると思ってきた。
それが実際はどうだ。
日本刀を見た瞬間、足がくすんだ。動かなくなった。
心はどうだ。すぐさま負けを認めて、今までに懺悔し、後悔もせず、生きようとすらしなかった。
なんという人間だと、僕は自分で自分をせめた。汚らしく、汚らわしい。僕はそんな人間にだけはなりたくなかったのにな。
「ううん、私は全然大丈夫だけど……。さすがに前日に殺されかければ、明日のデートは無理そうだね」
彼女は、心配そうな顔から、少し心配そうで残念そうな顔をした。
そんな顔みて、僕はいいえとは言えない。というか、ここで断ったら、さらに僕は低脳な人間になってしまう気がする。
「いや行くよ。ほかにもう機会はないし、なによりあんな風に喜んでもらえれてたんだ。僕は行きたいよ」
これは素直に思った。僕が明日行かないというちょっとした理由だけで、少なくともスズとふーちゃんが悲しむのならいかないわけにはいかないだろう。
「そっか……、そっか。分かった。無理しないでね。一人で帰れる? 私送っていこうか?」
「大丈夫。家はもうすぐだし、大丈夫」
「そっか。じゃあまた明日、は会えないからまた今度!!」
「あぁ、また今度」
震える手を隠しながら、帰路を少ずつ歩いていった。
今は僕と姉さんしかいない家のドアを開けると、襲われてから張っていた緊張の糸が一気に切れた。
手が震え、足が震えている。おなかが痛くなるような、胃がすりつぶされるような感覚に襲われ、ゆっくりとうずくまっていく。
実感が沸いたのだ。僕が殺されるという実感。次の狙いは、僕だ。理由は分からない。僕のことを知って殺しにきているのか、捜査なんてじゃまっくるしいことをしていたからなのか。でもそんなことより、
そんなことより――
――四肢崎が死んだという現実。それが、僕を震わせた。
姉さんがこちらに気付き、見ていて温まるような笑みを送る。
「おかえり、木陰」
「うぅ……」
僕の声で気付いたのか、うずくまっているから気付いたのか、どちらかなのかはわからなかったけれど、姉さんは驚いて、玄関先で靴も脱げずにうずくまっている僕に駆け寄った。
「木陰!? どうしたの!!?」
「うぅ……。ひっく……うぅ」
濡れた体のせいではない、心の芯から……僕は震えていた。
そうか、そうなのか……。
――あいつは、四肢崎は。
「大丈夫? 寒い? 毛布もってこようか?」
顔を強張らせ、毛布を持ってこようと立ち上がる姉さんの手を僕は無理やり握った。握るというより、掴むというほうがあっているかもしれない。姉さんは驚きながらも、立ち上がるのをやめ、そばにいてくれた。
「姉さん……。姉さんには関係のないような、テレビのような一部に僕の友人がいた。ある友人が、死んだ。殺された。僕の僕の大切な人が死んだんだ」
やっと吐き出される感情。
別にずっと我慢していたわけでもなかった。ただ自分が殺されるというのを体験して、その経験と同時に、現実を突きつけられただけ。
嗚咽にも似た口調で、誰かに聞いてほしいように、誰かに打ち明けたいように、僕は吐き出した。
「大切な友達だった一緒にいて楽しい友達だった、親友だった!!」
涙が出た。
自分がイヤになった。
――ほんの少し。
体の、二パーセントくらいだけ。
僕は姉さんの細く白い指を強く握りながら、これでもかって握りながら、地面にすり付いていた顔をゆっくりあげた。
「なんであいつなのかな? 僕じゃだめだったのかな……?」
代わりになりたい。代わりに死んであげたい。
きっと犯人は僕を殺すつもりで、僕から命を摘むつもりで、日本刀を持ってきた。殺意の塊。
「木陰……」
「僕は……寂しいんだよ。姉さんがいなくても……、四肢崎がいなくても……、みんながいなくても……。僕は寂しいんだ。僕を置いていかないで欲しい……。ただ僕は……みんなと一緒にいたいだけなんだ」
ずっとみんなといたい。お母さんと姉さんが死んで、ずっと思っていた。
それでもなお、神様は僕から大切な人を奪っていく。
「それでも……。神様は許してくれない。どんな努力をしても。神様は僕を救ってくれない」
彼女から、姉さんから。
僕は言葉が欲しかった。
誰かに温めて欲しかった。
冷える体と、凍える心。そして止まらない涙。
「いい? 木陰。辛いなら、半分私がもらうよ。悲しいなら、半分私がもらうよ。でもね、最後の最後、残りあと一歩を私はもらうことができない」
吐き出されからっぽになった心を、彼女は少しずつ埋めていった。
愛情、というのだろうか。温かく、なおかつ熱く、そしてそれはたくさんあった。
水のように、湯水のようにあふれ。心の杯からもあふれ。
涙になって流れていく。
「ねぇ、木陰。全部胸に閉じこめないで。苦しいなら吐き出して。大切な人を頼れないような、弱い人間にはならないで」
彼女は僕の手をすり抜け、そして顔に。
唇にそっとキスをした。
「私は、あなたが好きだから。だから……頼って」
僕はもう一度、心任せにして、泣いた。
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2011/05/29(Sun)23:55:04 公開 / みぞc
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■作者からのメッセージ
前回のを……消してしまいました……。
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