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『たのしいゲームのつくりかた 〜二本目・中〜』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:rathi
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一本目「最高のゲームを作ろうぜ!」
◆----------◆
初めてゲームをプレイしたのは、幼稚園の年長組の時だった。多分、ピコピコ動くのが楽しかっただけなんだと思う。
まともにRPGを遊べるようになったのは、小学校五年ぐらいの時だった。セーブデータが消えるという災難に見舞われながらも、半年掛かりでクリアしたのは良い思い出だ。
今――高校一年生の初夏になっても、変わったのは上手くなったぐらいで、俺は飽きもせずにゲームで遊び続けている。映画や漫画のような甘酸っぱいボーイミーツガールなんて、夢のまた夢だ。
そして今日も、俺は……いや、俺たちは新作ゲームを買いに近場のゲームショップに足を運んでいた。
まさか、このゲームで俺たちの人生が変わるとも知らずに……。
◆
「んで、今日は何の発売日だっけ?」
学校の帰り道、俺は横に居る相棒に聞いた。
寝癖の集まりみたいな髪の毛を掻き上げ、ついでに黄色いフレームのメガネをクイッと上げる。
「人の生きる道ゲームの最新作さ。スゴロクの、ボードゲームのアレな。チェックが甘ぇなぁ、小鳥(ことり)さんよ」
相棒こと、家長 政機(いえなが まさき)は小馬鹿にするように言った。
ちなみに俺の名前は小鳥(ことり)などではなく、小鳥遊 駅(たかなし うまや)だ。小鳥遊駅(たかなしえき)などではなく、小鳥遊 駅(たかなし うまや)なんだ。お願いだから間違えないで欲しい。
「チェックから外してるんだよ。もうシリーズ何個目だよ、アレ? いい加減ダレてこないか、長政(ながまさ)?」
あだ名の由来は、モチロン戦国武将からだ。ゲームで浅井長政ばっかり使ってるから、俺がそう名付けてやった。使ってる漢字もちょうど同じだしな。
「でもやるんだろ?」
「そりゃやるさ。俺が買うんじゃないし」
※
近場のゲームショップ――『ゲーム・パニック』に肩で風を切りながら入店し、買ってすぐに同じように店を出て行く。常連のみが出来る荒技だ。
プレイする場所はモチロン、長政の家。俺が買ったわけじゃないのに、着くまでワクワクが止まらなかった。
長政の自宅は一軒家の借家だ。ちょっとボロが、家はでかいし庭もあるしで充分豪華と言えよう。少なくとも、俺ん家よりは。
「ただいまー」
「おじゃましまーす」
当然返事はない。長政はシングル・マザーで、しかも一人っ子なので、平日は家に誰も居ないんだ。
それだけで聞くも涙、語るも涙なエピソードが出そうだが、母親はやり手の営業ウーマンなのでお金に困ったことは一度も無いらしい。長政も長政でこの半分一人暮らしを気に入っており、思春期らしい時間を送っているみたいだ。
ウチは買った家だが、親父が50年ローンで、しかも家は狭くて庭は無く、兄一人と妹一人の三人兄弟なので一人部屋など無く、まともに思春期らしい時間など送った覚えもない。
「よっしゃ、さっそくやるか!」
長政は新品を表すビニールを破き、ソフトをゲーム機にセットする。この辺は購入者だけの特権だな。
見慣れたロゴ、見飽きたタイトルの横に新しいナンバリングが表示される。RPGならこのまま待ってOPムービーを楽しむ所だが、ボードゲームにそんなモノなど期待はしない。
「プレイヤー名は……う○こマンっと」
長政は何の迷いもなく入力した。
「おいバカ止めろ! またその名前か! 前に『う○こマンはカレーを食べて腹を下した』ってヤバイ台詞になったのを忘れたのか!?」
勉強は出来るクセに、笑いのセンスは小学生のままだ。
「別に良いだろ。じゃあ小鳥は?」
「……キョウヤ」
狂う夜と書いて、狂夜(きょうや)。昔作った中二病キャラの名前だ。
「結局、毎度お馴染みか……」
ネーミングセンスは、お互い成長が止まったままのようだ。
※
腹が痛い。
「ぐぅ……ふっ……!」
人生で最高に腹が痛い。笑いすぎて。
「はっ……はっ……だ、ダメだ……! これ以上笑ったら……死ぬ……死んでしまう……!!」
俺は笑いすぎて悶えていた。長政も痙攣を起こすほど笑い続けていた。
「ヤベェ……ヤベェぞこれ! このゲームに笑いの神が光臨しまくってるぜ!!」
長政は違う意味で大絶賛していた。それについては俺も大賛成だ。
俺たちが笑い死にそうになった原因は、バグだ。それも尋常じゃない数のバグ嵐だ。
サイコロを振って出た目と進める数が違うのは序の口で、特定の選択肢を選ぶとフリーズ。特定のアイテムを使うとフリーズ。セーブしている途中でフリーズ。
更に酷いのは、イベントでお金を落とし、本来であれば所持金がマイナスになる筈が、いきなり大金持ちになって独走状態になったんだ。その逆もあって、イベントでお金を拾ったらいきなり所持金が0円になって、いっきに最下位へと転落したりもした。
どうやら今シリーズから宇宙ルールが採用されているようだ。
一番酷かったのは、まるでレースゲームのように小さなマップを延々と回された事だ。しかも、発生するイベントは全て同じ。しかもしかも、それがバグじゃなくて仕様ってんだから更に爆笑した。もはやゲームっていうより、苦行ってレベルだ。
「クソゲーだ! 神掛かったクソゲーだぜ! こりゃクソゲー・オブ・ザ・イヤーは受賞間違いなしだな!!」
大損したというのに、長政の大爆笑は止まらない。いやまぁ、確かにヘタなお笑いDVDを買うよりは全然得してるけど。
「これより面白いモンなんて、鼻ほじりながらでも作れちまうぜ! なぁ小鳥!?」
「アッハハ……ホンットな! どーやったらこんなクソゲー作れるのか、逆に知りたいくらいだよ!」
「よっしゃ、自分らで作っちまうか!?」
「うんうん、作ろう作ろう! そんでミリオン突破しよう!」
「シナリオは小鳥な! そんで自分がプランナー!」
「いいねいいね! 小説バリに感動出来るもん書いちゃうよ!」
こんな馬鹿話が、長政の母親が帰ってくるまでずっと続いた。
ゲームを作ってみたい。それは本心だ。だが、俺は別に本気で言ったワケじゃない。
そもそも、ゲームを作れる環境が無いんだ。沢山のパソコンがあって、専用機材があって、専用のソフトがあって、初めてゲームを作れるようになるんだ。
バイトもしてない俺に、高校生に、そんな高価なモノを買う事など出来はしない。
ゲームは大人が作るもの。それが一般常識ってもんだ。
※
翌日、朝のホームルームが始まる前に、長政が見慣れないサイズのソフトを見せてきた。
また新しい限定版でも買ってきたのかと思っていたら、それはパソコン専用のソフトだった。
ついにパソコンゲームにまで手を伸ばしたかと思っていたら、それはゲームソフトではなく、『RPGゲームを作る専用のソフト』だった。
「やっぱり作るならこのジャンルだよな。さぁ、ゲームを作ろうぜ」
※
「どーするよ、これ……? かなり厳しいぜ?」
長政は両腕を組んで悩み始めてしまった。
「う〜ん、まさかこれほどとは……」
俺も頭を抱えて悩むしかなかった。
学校が終わり、長政の家でゲーム制作を始めて僅か三十分。いきなり超えられない壁に直面してしまった。
「小鳥さんよぉ……こりゃ人なのか? 自分はエイリアンも裸足で逃げ出す新手のクリーチャーかと思ったぜ」
そう言って長政は、一枚のコピー用紙を摘み上げる。そこに描かれているのは、左右の手足の長さも太さも違う、お世辞にも人とは呼べない物体だった。……認めたくないが、俺が書いた絵だ。
「何を仰る長政さん。これも……相当なモンだよ」
裏にしてあった長政の絵を表にひっくり返す。戦争の悲惨さを表現してるのか、ピカソのゲルニカを思い出させるような、前衛的というか抽象的というかシュールレアリズムというか……とにかく一言では表現できない非常に難解な絵だった。
何故こんな事になってしまったのかというと、やはりRPGといえばキャラクターであり、じゃあキャラクターから作ろうという話になったんだ。
設定や特徴などはサクサク決まったが、いざキャラ絵を描こうとしたら……その結果がこれである。
「萌えられるか……これで? 自分なら問答無用で燃やすけど」
「俺ならロケットランチャーで吹き飛ばすレベルだよ。ホラーゲーなら最凶になれそうだけどな」
努力すれば、どんな事でも出来るようになる。俺もそう思う。だが、絵だけは別だ。俺は学者や医者になる事は出来ても、イラストレーターにだけは絶対になれないと思う。それは、長政も同じだろう。
「しゃーない、サンプル絵を使うか。それでいいな、小鳥?」
この『RPGゲームを作る専用ソフト』にも、一応男キャラや女キャラのイラストが入っている。しかし、これがまた酷くて、昭和臭漂うセンスの絵しかないのだ。モンスターはそこそこ良いのに。
「う〜ん、そうだなぁ。しょうがないか。他に方法が…………ある」
二人揃って何てバカなんだろう。当たり前の手段を忘れているなんて。
「そうだよ。イラスト描けるヤツを誘えば良いじゃないか」
※
「……で、私の所に来たってわけ?」
不機嫌そうにシェイクを飲んでいるのは、俺の幼馴染みである画船 二葉(がぼう ふたば)だ。
あの後すぐ二葉に電話し、おごりという初級トラップで、このファーストフード――モックに呼び出したんだ。高校生になってからは滅多に会わなくなったが、中学まではよく喋っていたのでケータイ番号は知っていた。
席に着いてすぐ事情を話したら、何故か急に不機嫌になってしまった。ちなみに長政は初対面なので、凄く居心地が悪そうだ。
「あのねー、知ってるでしょ? 私、ゲームやんないの。やんないのにゲーム作るって、意味分かんなくない?」
ごもっともな意見だ。それを聞いた長政がこそっと俺に耳打ちする。
「おい……なんでこの女子を呼んだんだ? いかにもなタイプじゃねーか」
いかにもなタイプ、というのは二葉の服装のことだろう。短いツインテールに、ピンク色のパーカーと白いホットパンツ。そして、黒タイツ。ザ・JK(女子高生)といった格好である。長政や本人が言ったように、ゲームをやるようなタイプの格好ではない。
でも、俺は知っている。
「絵が上手いんだよ、二葉は。ゲームやらなくたって、絵が描ければ問題ない」
二葉は少女漫画が好きで、よく好きなシーンの書き写しとかやっていた。そのお陰か、ノートに描かれたラクガキはプロのラフ絵のように上手かった。俺なんか、肖像画にヒゲを生やすので精一杯だったってのにさ。
そう誉めたつもりなのに、
「だいだいねー、私ここ数年、絵なんて描いてないのよ。そんな事するヒマあったら、ファッション誌でも読んでるわ」
二葉はますます不機嫌な顔になっていった。……何でだ?
「ゴチソウサマ。私、帰る」
あっという間にモックセットを平らげ、二葉は席から立ち上がる。相変わらず食うのが早い。
交渉決裂か。俺はため息を吐きながら項垂れようとした、その時、
「ちょっと待った! ……えーと、画船」
意外にも、あれほど嫌がっていた長政が二葉を止めた。
「二葉で良いわよ。画船なんてダサいし。それで、何?」
「じゃあ二葉、本当に……絵、上手いの?」
超直球どストレートに失礼な質問だった。当たり前だがカチンと来たらしく、犬歯をむき出しにして怒り始める。
「おーおー、上等じゃないの! 何なら見せてやるわよ!」
近くにあったアンケート用紙とエンピツを取り、二葉はなんと立ったまま絵を描き始めた。
ササッ、サーッ、ササッ。軽快なテンポでエンピツを走らせるその姿は、まるで音ゲーをプレイしているようだ。
「はい、これで満足?」
僅か数分で完成した絵に、俺たちは驚いた。たったそれだけの時間で全身像、更に服もキチンと描いていて、尚かつ、
「うわっ、上手い……」
その一言に尽きた。多分オリジナルキャラなのだろうが、投げ売りされているような萌えキャラではなく、かといって地味というワケでもない、絶妙にバランスの良い絵だった。そして何よりも、服のセンスが良かった。これは、男には描けないだろうなぁ。
うーむ、昔はもっと少女漫画よりな絵だと記憶していたが、どうやら今は通な男たちに受ける絵へと進化していたようだ。
「ふふん、私の勝ちね。じゃ、帰る」
さっきよりは上機嫌に、二葉はまた出口へと歩き出した。
「あっ、待っ――」
「よし、ちょっと待った!」
長政が俺の声を遮ってまで、また二葉を呼び止めた。何故か、ガッツポーズをしながら。
「な、何よ?」
「これだよ……やっぱこういう絵じゃないと! こういう絵が自分たちのゲームに欲しかったんだよ! このグッと来る感じ……やっぱRPGに『萌え』は必要不可欠だぜ! あんなサンプル絵じゃ、誰も買わねーっての!」
急に長政がヒートアップし始めた。というか、こういう場所で『萌え』って単語は勘弁して欲しい。マジで。
「そ、そう? やっぱ私って、絵上手い?」
気圧されながらも、誉められたことは嬉しいようだ。
「このキャラになら、自分は金を出せるね。なぁ、マジで頼むぜ。軽い気持ちでいいから、描いちゃくれないか?」
珍しいことに、長政が食い下がる。どうやら本当に二葉の絵を気に入ったようだ。ちょっとだけ誇らしい気持ちになった。
「俺からも頼むよ、二葉。俺たちのゲームにぴったりなイメージなんだ。絵の練習程度に思ってくれていいからさ」
「うーん……」
二葉はパーカーのポケットに両手を入れ、眼をつぶったまま天井を仰いだ。アレは、本気で悩んでいる時のクセだ。
「そうねぇ……お給料出してくれるなら、やっても良いかも? ピーチ・ショーンが出す新作パーカーとか、ブルー・ムーン・フルーのスカートとか。あぁ、モチロン期間の長さと描く枚数でグレードがアップしているからね?」
「……それって、値段はおいくらで?」
女子の服、ってだけで高そうなイメージがある。……いやまぁ、実際高いんだけどさ。コート一着で新品のゲーム機が買えちまうよ。
「OK出したら教えてあげる。さぁ、どうする?」
二葉の問いに、俺は頭を抱えて悩み始める――のもつかの間、
「じゃあOKだぜ。これで交渉成立だな」
「あらま。随分アッサリと」
頭越しの契約成立に、俺は長政の肩を掴んで待ったをかけた。
「バカ、お前……! 絶ー対高いって! しばらくワゴンセール生活になっちまうぞ!? そんなクソゲーライフはキツイって!」
「自分はこの絵に金を出したいと思った。このキャラで……ゲームを作りたいと思った。お前もだろう、小鳥? ワンコインゲームしか買えなくなったとしても、その価値があるとは思わないか? 自分たちのゲームに、この絵が入る方が……楽しいとは思わないか?」
寝癖の塊みたいな髪型のクセに、その上メガネを掛けているクセに、うっかり格好良いと思ってしまった。
ちくしょう、全く持ってその通りだ。俺たちが作ったゲームに、こんなかわいいキャラクターが動き出したらと思うだけで、新作ゲーム機を買うよりもワクワクしてきちまう。
「……俺も、OKだ」
「そう言うことだ、二葉。あとで小鳥からキャラ設定とか軽い外見とかメールするから、ヒマな時にでも描いてくれ」
二葉はキョトンとした顔で、
「あぁ、うん……」
と気のない返事をした。OKしたのがそんなに意外だったんだろうか?
「ねぇ、小鳥遊駅(たかなしえき)」
「ぐっ……なんでお前は俺をそう呼ぶんだ? 違うっつってんだろ」
「本気でやるんだね、お金払ってまで私を使いたいなんて。まっ、そーじゃなきゃ協力なんかしなかったけど」
「……俺が、本気?」
二葉にそう言われて、ふと気が付いた。俺は知らない間に、本気でゲームを作ろうとしていた事に。
ただ、長政に誘われただけだったのに。
ちなみに後で聞いたのだが、お給料は合計三万円を超すらしい。ワリカンだから、最低でも三ヶ月分のお小遣いが木っ端みじんに吹き飛ぶ事になる。
……しばらく買い食いも出来なさそうだ……。
◆
あれから一週間、ゲーム制作は着々と進んでいた。
まず、ストーリーについて。大まかに話すと、主人公は神の使いで、最初は悪魔たちを倒していくんだけど、だんだん正義というモノに疑問を持ち始め、最終的には神を倒すことになる、というモノ。最終的には百万字を超える大ストーリーになる予定だ。
次に、キャラクターについて。メインは全部で六人居て、男三人、女三人となっている。二葉がノリ気じゃなかったから、しばらく時間は掛かるだろと思っていたら意外や意外、なんとこの一週間で全員分のキャラデザを完成させてしまったのだ。二葉が言うには、「給料貰う以上はしっかりやる」、だそうだ。一番プロっぽい言葉に、俺はシビれた。
最後に、ゲームシステムについて。最初は長政一人で考えていたが、メールや電話で相談を受けている内に、結局二人でやる流れとなってしまった。昼休み、放課後、睡眠時間を削って散々話し合った結果、次のようなシステムに落ち着いた。
◇『スキル屋』という店が存在しており、そこで好きなスキルを覚える事が出来る。ただし、覚える為には『スキル・オーブ』が必要。
◇入手方法は、レベルアップや指名手配の悪魔を倒すと、それに応じた『スキル・オーブ』を貰うことが出来る。
◇良いスキルほど、『スキル・オーブ』の消費量が増えていく。
本当はもっと斬新で中毒性の高いシステムも考えたのだが、『RPGを作る専用ソフト』を使う以上、悲しいことにあまり複雑なシステムを組めないのが現実だ。プログラムを作れるようになったら、その時に挑戦しよう。
※
日曜日、最後の打ち合わせという事で、俺たちは長政の家に集まっていた。俺はプリントアウトをしたシナリオを持って、二葉はキャラデザを書いたノートを持って、長政はジュースとお菓子の袋を両手に持って。
最後の打ち合わせといっても、お互い持ってきた資料を見せ合う程度で、そんな大したものではない。
二葉の絵はやっぱり上手く、長政はゲームシステムを分かり易いように資料としてまとめていた。俺が書いたシナリオを二人に見られているときは、何だか裸……というか人生やら生き様をまじまじと見られているようで、死ぬほど恥ずかしかった。でも、面白そうだと誉められた時は、思わず「ウルラッシャー!」と意味不明な奇声を上げるほど嬉しかった。……露出魔の気持ちが、ほんの少しだけ分かった。
「よし……下準備はこれぐらいか?」
長政の最終確認に、俺と二葉は頷いた。いよいよ……本格的に始まるのか。
「じゃあ、インストールするぜ」
デカいパソコン――デスクトップ型パソコンのCDトレイを開いてから、長政は『RPGを作る専用ソフト』の包装ビニールを破った。そう、実はまだ、起動どころか封すら開けていなかった。理由は、ゲーム制作で一番大切なのは下準備だ、と雑誌で見たことがあるからだ。作り始めたら、修正が効かなくなる。だから、俺と長政は下準備が終わるまで開けないでおこうと決めたんだ。
『RPGを作る専用ソフト』をその中に入れ、インストールボタンをクリックする。青色のバーが伸びていくのを、俺たちは無言で見守っていた。
そして、
≪インストールが完了しました。ようこそ、創造主さま≫
「創造主様、だって。なーんか照れるね」
そう言った二葉の顔は、まんざらでもなかった。
「こりゃ良いぜ。まさに『ゲーム創造の七日間』だな。正義と悪を創って、天界と地上を創って、フィールドとダンジョン創って、モンスターを創って、街を創って……。まぁ、最初に人間作っちまったが、そこはご愛敬だな」
「おっ、長政。そこそこ。これでキャラクターが創れるみたいだな」
「どれどれ……おぉ、本当だ。名前入れるだけで創れるのか。そうだな、まずは……ウン――」
俺はモニターの電源を切って阻止した。
「……冗談だぜ」
電源を入れ直すと、キャラ名が「ウンk」になっていた。
「長政クン。この後に何を入れようとしていたのかな?」
「……ゴメンだぜ」
全くコイツは。二葉が居てもお構いなしか。
「取り敢えず、メインキャラだけ創っておくか。顔グラフィックは……まぁ、適当で」
長政はキーボードで名前を入力し、マウスで『作成』ボタンを押す。すると、ビックリするぐらい簡単にキャラが一人出来上がった。更に二人目、三人目と創っていき、ものの数分でメインキャラが全部出来上がったんだ。
「ほっほ〜、コイツは快適だぜ!」
「ねぇねぇ、面白そうだからさ、私も創ってよ」
二葉がひょんな事を言い出しだ。
「おっ、いいねいいね。せっかくだから三人分創っちまうか。自分の顔は……この戦士っと」
「私はねー、この金髪オネーサン! んで、小鳥遊駅が……」
顔グラフィック番号の桁数がどんどん上がっていく。二葉が「これ!」と言ったのは、
「……オイ! よりにもよって宇宙人かよ! せめてモンスターぐらいにしてくれ! つーか、何でファンタジーなのに宇宙人なんて居るんだよ!」
いろいろとツッコミ所が多すぎる。
「んで、これがイベント作成コマンドか。左に歩く、右に歩く、マップを移動する……。おぉ、噂のリアル・フラグがあるぜ。これで人の生き死にも、自分の思いのままに……!」
「ねぇねぇ、フラグって何?」
長政渾身のボケは、二葉によって潰されてしまった。これは辛い。
「フラグっていうのは、まぁ……スイッチみたいなものだよ。フラグが立っていると――いや、スイッチがオンになっていると、イベントが起こるってワケ」
俺の説明に二葉は頷きながら、「なるほど、電気を流すワケね」と呟いた。いろいろと間違っている。……もしかして、二葉って天然属性か?
「よーし、何となく分かってきた! 思ってたより簡単に作れそうだぜ! 自分はまずマップとかモンスターとかを作るから、小鳥は引き続きシナリオを書いていってくれ!」
「言われなくても、ガシガシ書いていくよ」
既に頭の中では、キャラクター達が楽しそうに動き始めているのだ。早く創ってくれと、せがむように。
「私は? キャラクターに色を付けたらお仕事終了?」
「まだ敵キャラ案とか固まってないから、何か適当にデザインしてくれ。あとは……そうだな、熱血シーンとか感動シーンには一枚絵を入れたいから、その辺は小鳥と相談しながらやってくれるとありがたいぜ」
「オーケーよ。……というワケで、早く私の仕事を作ってね、小鳥遊駅」
ニヒルな笑みを浮かべ、二葉は妙なプレッシャーを掛けてきた。だが残念。それは、アイディアが浮かばない人にしか効果が無いのだ。
「ハッ、『仕事が多すぎる』ってグチるなよ?」
「随分と言うじゃない? 泣くことになっても知らないからねっ!」
それから俺たちは、適当なモンスターを作って戦わせたり、適当な死亡フラグを立たせたりと遊びまくり、その日は解散となった。
長政も言っていたが、思っていた以上に簡単にゲームを作れることに俺は驚いていた。マップも、魔法も、そしてイベントも、素材を組み合わせることで簡単に創れてしまうのだ。
この専用ソフトに触れて、ようやく分かった。ゲームは、素材の集まりだって事に。ゲーム制作とは、素材の組み合わせ作業だって事に。
そして、これさえあれば、たった三人でもゲームが創れてしまうという事に。
◆
順調だった。どうしてクソゲーが生まれてしまうのか分からないぐらい、順調だった。
楽しかった。どうしてゲーム業界に憧れる人が多いのか分かるぐらい、楽しかった。
そうして、ゲーム制作を開始してからの三週間は、あっという間に過ぎていった。
※
この日、俺たち三人は長政の家に集まっていた。「序章ぐらいは創れたから、ちょっと見て欲しい」と長政から連絡を受けたからだ。いわゆる、初のテストプレイが行われるというワケだ。
そして、栄えあるテストプレイヤーに選ばれたのは……、
「えぇ〜!? 私!? 中学校入ってからやってないんですけど!?」
そう、二葉にやってもらう事にした。これは長政と相談し、前々から決めていたことだった。ゲームを知らない二葉が面白いと言えば、多分大丈夫だろうと。
口では嫌々言いながらも、どこか嬉しそうな二葉をパソコンの前に座らせ、ゲームパッドを握らせる。
「さぁ、東京ゲームショーばりのテストプレイ、本邦初公開だぜ!」
長政がキーボードを叩いた。すると、パソコンの画面が真っ暗になる。やがて流れ始める壮大な音楽。そして、
『三つの世界があった。一つは、地上。一つは、魔界。もう一つは、天界……』
「おぉ、すげぇ立派だ……!」
俺の考えたプロローグが、まるで映画のように文字が下から上へと流れていく。シナリオに掛かりっきりだったので、実際にゲーム画面を見るのはこれが初めてとなる。なんというか……ひたすら格好良い。
真っ暗な画面が終わり、今度は真っ白な神殿が映される。そう、コレが天使たちの本拠地――『天界』だ。さすが長政、イメージ通りだ。
画面はスクロールしていき、玉座に座った男が徐々に見えてきた。そして下から三人の天使たちが歩いてくる。
主人公の名前は、ルシュフェル。その友人、ラファエル。紅一点が、ミカエルだ。
「あっ、私が描いたキャラだ! すごーい、動いてる!! ……って、あれ? でも何か違うくない?」
二葉の言う通りだった。ドット絵が完全に『村人A』と『戦士A』と『メイドA』だったんだ。これでは悪魔を倒す側ではなく、悪魔に食われる側である。
「合うドット絵が無かったんだ。それで勘弁して欲しいぜ」
「えー? じゃあ私が描いた絵はー?」
「そこは、ほれ。ちゃんとこの通り」
ルシュフェルが喋り始めると、なんと二葉の描いたバストアップの絵がそのまま出てきたのだ。
「おー! すごーいすごーい!! 私の描いた絵がゲームに出てるー!!」
「スキャナで取り込んで、コイツで使えるようにbmp(ビットマップ)に変換して、そいつをキャラ番号と関連付けしてあるんだ」
「へー、意味分かんないけどすごいんだねー。長政と小鳥遊駅たちの間では、そんな難しい事が一般常識なんだ」
二葉の視線に、俺は自慢げにニヤリと笑って答える。……俺も全然わからんかったが。
長政の組んだプログラムによって、俺の書いたシナリオを、二葉の描いたキャラが喋っていく。ゲームなんだから、そんなのは当たり前の事だ。だが俺は、それに奇妙な感動を覚えていた。
そして、俺が二週間掛けて書いたプロローグは、僅か五分で終わった。
「で、何すれば良いの? Aボタンでジャンプ? Bボタンでダッシュ?」
「まずはこの『玉座の間』から出るんだ。十字キーでキャラを動かせるぜ」
「ジュウジキー? ……あっ、これ?」
二葉が下ボタンを押し続けると、キャラが下に動き続ける。出口に辿り着くと、画面は暗転し、続いて広場でのイベントが――、
『三つの世界があった。一つは、地上。一つは、魔界。もう一つは、天界……』
「……おや?」
何か、さっき見たような文章が流れ始めたぞ。これが世に言うデジャビュか?
「えー? また説明ー? 長いよー。授業じゃないんだからさー」
「あれ? おっかしいなぁ? 何でかプロローグに戻っちまったぜ。フラグ戻すの忘れてたか?」
そう言って長政はキーボードを叩き、一旦ゲームを強制終了させる。イベントの設定画面を開き、立ったままモニターと睨めっこを始めてしまった。
「……よし、これで大丈夫な筈だぜ」
原因と思われるイベントを手早く修正し、再びテストプレイを走らせる。
五分後、プロローグが終わり、二葉は下ボタンを押し続けてもう一度出口を目指す。
「頼むぜ……!」
画面が暗転し、今度こそ広場でのイベントが――始まった。
「ヨシッ!」
ガッツポーズを取る長政。俺もその隣でホッと胸を撫で下ろしていた。よもや開始早々、ゲーム開発者にとっての宿敵、バグと遭遇する事になるとは。
広場のイベントは、主にこのゲームのシステム説明――『スキル屋』についての説明となっている。それに詳しいミカエルが一通り喋った後、『じゃあ実際にスキル屋に行ってみヨー!』と先陣を切って歩き出したとき、事件は発生した。
「ちょっ……ミカエル姉さんどこ行くんですか!?」
思わず長政が叫んだ。スキル屋とは反対方向に歩き出し、しかも幽霊ヨロシク壁を通り抜けながらひたすら真っ直ぐ突き進んでいったんだ。二葉が恐る恐る確認しに行くと、ミカエルは壁の中に居た。
「え? 何々? これってホラー? 意味不明で怖いんだけど?」
「これは……座標の指定ミス? 長政、すぐに直せそう?」
俺の問いに対し、長政は頭を抱え、苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「あー……やっちまった。歩く系のイベント指定は、壁の接触判定が消えるのか……」
「長政? おい、大丈夫か?」
「スマン、小鳥。今日のテストプレイはもう無理だ。多分、全編に渡って『ミカエル姉さん現象』が発生する。あー……痛恨の勘違いだぜ」
長政は何度も何度も髪を掻き上げる。ただでさえ酷い寝癖が、更に悪化していった。
クソゲーを買っても笑い飛ばすあの長政が、後悔している。正直、見たくなかった姿だった。コイツほど、後悔が似合わないヤツはいないのだから。
「ま、まぁ取り合えず作った分はテストプレイしようよ。流れっていうか、全体的にどんな感じになるのか知っておきたいし」
それは、フォローのつもりだった。しかし、まさか傷口に塩を塗るようなフォローだったとは、この時は思いもしなかった。
長政の言う通り、歩く系のイベントは『ミカエル姉さん現象』が多発し、ほぼ全滅だった。
初めて創ったんだ。上手く行かなくて当たり前だ。しかし、有り得ないバグの連続に、その想いは一瞬にして吹き飛んでしまった。
起きる筈のイベントが発生しない。スキル屋を利用できない。挙句の果てにはフィールドでモンスターが出てこないなど、まともに動いている部分の方が少なかった。
バグが見つかる度に長政は後で直すと言い、俺は言葉に出来ない気持ちに包まれた。
そして最初のテストプレイは、言葉少ないままに解散となった。
◆
あれから二週間が経ち、高校初の夏休みを目前に控えた休日に、俺はとある決意を固めて長政の家を訪れた。
シナリオは詰まることなく書いている。イラストもほぼ出来上がってきている。イベントだけが、ほとんど進展していなかった。
その原因は、根本的な部分にバグが発生しているからだ。今日俺は、それを修正しに来た。
「よぉ、長政。返事がないから勝手に上がらせてもらったよ」
「あぁ……小鳥か」
言葉だけの返事で、長政はモニター画面を見つめたまま振り向こうともしなかった。いつもは整頓されている筈の机の上に、空のペットボトルが十本以上も並べられていて、俺は意味もなく怖かった。
「テストプレイならもうちょっと待って欲しいぜ。どうやら勝手にフラグを立てるお馬鹿な村人が居るらしくてな。今、そいつを探してんだ……」
抑揚のない声で喋る長政。もう限界がきてる。
「長政、例の『RPGを作る専用ソフト』はどこだ?」
「それならそこのゲーム棚に入ってるぜ……って、何に使う気なんだ? 小鳥の担当はシナリオだろう……?」
まだそれを言うのか、コイツは。
「いい加減気づけ。担当をハッキリと別けた事が失敗だったって事に。シナリオとイベントとじゃあ、掛かる時間が違いすぎるんだよ」
ここまでなってしまった最大の原因は、圧倒的な作業量の違いだ。
例えば、俺が原稿用紙一枚分を書くのに一時間掛かるとする。イベントでその原稿用紙一枚分を表現しようとすると、まずセリフを入力し、次にキャラを置き、演技――歩き方やアクションを指定するなどなど、恐らく半日は潰れてしまうだろう。
馬鹿だった。今まで散々ゲームをプレイしておきながら、たまたま本屋で見かけた『RPGを作る専用ソフト』の参考書を手に取るまで気がつかなかったなんて。
「俺もイベントを作る。シナリオを書いてほったらかしなんて、無責任だからな」
その言葉で、長政は振り返った。泥のように淀んだ瞳が、疲労の濃さを感じさせた。
「おい、小鳥。何の為に担当を別けたと思ってるんだ? お前がシナリオに専念できるように、良いもん創ってもらいたいと思って――」
「だーかーら、それはもう失敗したって言ってんだろ!? それはバグなんだよ! だいたい、偉そうな事言ってるけど今どのぐらい進んでるよ?」
長政は深いため息をはき、押し黙ってしまった。自分の不甲斐なさを痛感しているのかも知れない。
「その為に、俺が来たんだ。それにもう、参考書は購入済だよ。……頼むから、俺にも手伝わせてくれ」
「……勝手にしやがれ」
そう言い捨てた長政の顔は、笑っていた。
◆
高校の夏休みは長い人生の中でも一番特別で貴重な時間になるだろう、と夏休みに入る直前の俺たちに向かって担任の先生が言った。
部活に汗を流す人。欲しい物の為にバイトをする人。マンガのような一夏の恋を満喫する人。何もしない人。そして俺たちは、その特別で貴重な時間を、全てゲーム制作にあてる事に決めた。
夏休み初日の朝から、俺はノートパソコンを持って長政の家に行き、長政の母親が帰ってくるまでずっとイベント作りに集中していた。長政は机で、俺はソファーを借りての作業だ。交わす言葉は少なく、たまに喋る事と言えばどこまで進んだとか、もっと効率の良い作り方はないかとか、そればかりだ。
二葉は週に二回程度、差し入れを持って長政の家に来てくれた。その中に必ず栄養剤が入っているのは、分かっているというか何というか……。
夏休み中盤に差し掛かる頃には、俺もイベント作りに慣れ始め、最初よりはだいぶペースアップ出来ていた。長政の作業量は前より減ったとはいえ相変わらずで、しかし前よりは何となくだが楽しそうに作っているようだった。
そして夏休み終盤……事件が起こった。
俺のノートパソコンが……壊れてしまった。正確に言うと、HDD(ハードディスクドライブ)だけが壊れてしまったようだ。高校入学の祝いで、兄から貰ったばかりだというのに。
不幸中の幸いだったのは、俺が創ったイベントを長政のパソコンに移した後だった、という事。それでも二日分の作業が吹き飛んでしまったが、正直そんなのはどうでも良い。俺は何て馬鹿なんだろうか。シナリオの、バックアップを取っておかなかったなんて。
専門の業者に依頼すればデータを取れるかも知れない、とパソコンの修理屋さんに言われたが、やはりその分お金が掛かるらしい。安ければ二万円程度。難しい場合は……十万円ぐらいは覚悟して於いた方が良いと言われた。
取りあえず見積もりだけを専門の業者に依頼し、俺は急いでパソコンを直し、イベント作りに戻った。しかし、やはりその事がショックだったのか、俺は思うようにイベントを作れなくなり、シナリオに至っては全く書けなくなっていた。
それが切っ掛けだったのか、単にタイミングが重なっただけだったのか、長政もイベント作りやフラグ管理に悪戦苦闘し始め、お互い手が止まる時間が多くなっていた。
二人のモチベーションは、ここに来て最悪となっていた。
そして夏休みが終わる三日前に、俺と長政はある決断をした。それは、ここまで創ったモノを第一章としてまとめ、一旦このプロジェクトを……休止しようと。
止めるワケじゃない。休みが必要だと判断したんだ。慣れないことの連続に、俺も長政も心身共にバテ気味なんだ。このまま続けたら、絶対身体を壊してしまう。
二葉にはこの事を……メールで連絡した。一ヶ月後には、必ず再会すると一文を添えて。
一日経っても、返信は無かった。俺から電話を掛ける勇気も、直接会う根性も無かった。何て返されるのか……ただただ怖かった。
メールは、夏休み最終日に返ってきた。そこには、「待ってるからね」とただ一言だけが書かれてあった。励ましでも、恨み言でも無く、それを信じて待つと。これ以上ない返事に、俺は涙が出そうになった。
それから俺と長政は、今まで創ったデータを全てDVDにバックアップをし、『RPGを作る専用ソフト』を削除――アンインストールした。一旦全てを忘れて、気持ちを切り替える為だ。
しばらくゲームを作れないと思うと、やはり寂しくなった。だがそれ以上に、俺は……心の底から安心していたんだ。
シナリオを書く必要もない。イベントを作る必要もない。またいつものように、ゲームを遊べると。心のどこかでは、それを喜んでいるようだった。
俺は……ゲームが好きなんじゃないのか? ふと、そんなことを疑問に思った。
こうして俺たちのゲーム制作は、ひと夏の終わりと共に、一旦幕を閉じた。
◆――――――◆
二本目「普通のゲームを作ろうぜ!」
◆――――――◆
ゲーム制作を休止してからは、やけに時間が余るようになった。長政の家で遊んでいる時も、時計を見ては「まだこんな時間か」と呟くのが半ばクセとなっていた。
世界って、こんなにゆっくり時間が流れるものだっけ……?
悔しい想いをしたあの日から一ヶ月が経ち、俺たちは……動かないままだった。
放課後、俺と長政の二人しか居ない教室で、携帯ゲーム機を持ち寄り、『アニマルハンター』を通信で協力プレイしていた。わざわざ学校で遊んでいるのは、たまに他の人が混ざってくるからだ。知らない誰かと協力して、巨大なアニマルを倒すのはめちゃくちゃ楽しかった。
何の前触れもなく、バァンッ、と荒々しく扉が開かれた。
「ちょっと、アンタ達。こんなところで何やってるのよ?」
入ってきたのは、二葉だった。犬歯を剥き出しにして不機嫌な顔をしている。わざわざ隣のクラスから来るなんて、何の用だろう?
「怒るなよ、このぐらいの校則違反。意外とお堅いぜ」
そう言えばそうだった。そりゃ二葉が怒るのも無理はない。
「ねぇ、もう一ヶ月経ってるよ? いつになったら再開するの?」
俺と長政は思わず顔を見合わせ、そしてうな垂れる。ついに来たか。そう思った。正直、来た理由は最初から分かっていた。あえて……その話題を避けていたんだ。
「ゲーム、もう作りたくないんでしょ?」
二葉の言葉に、俺は息を呑んだ。
「そ、そんなこと……!」
「じゃあなんで再開しないの? なんでこんな所でゲームなんかしてるの? なんで? ねぇ、なんで?」
身を乗り出し、問い詰めてくる二葉。その質問に、俺と長政は答えることが出来なかった。――いや、答えたくなかった。そんな事……言われないでも分かっているんだ。分かっているけど、動けないんだ。戻らなくちゃと思う度に、身体が……心がそれを拒否するんだ。
「なによ、結局……最初から本気じゃなかったんでしょ?」
そう吐き捨てた言葉に、俺はついにカチンとなった。
「本気だよ! 本気でやってたんだよ! じゃなきゃ夏休みを潰してまでやるもんか! やりたいゲームも、遊びたいのもガマンしたんだ! だけど難しいんだよ! 量が多すぎるんだよ! 全然……上手くいかないんだよ……!」
あんなの、高校生がやるべきじゃない。やっぱり……ゲームは大人が作るものなんだ。
「難しいから、止める。自分の思い通りにいかないから、止める。……そんなの、本気じゃない」
返す言葉が、出てこなかった。
「何が休止よ……。何が疲れたよ……! 単なるいいわけじゃない! もう作りたくない、って言いたくないだけじゃない! ごまかさないでよ! また私を待たせないでよ!! 本気でやろうとしてた私は……何なの……!?」
二葉は俺を真っ直ぐに見ながら、心の底から叫んだ。気丈なコイツに最も似合わないソイツが、頬を伝っていく。
「……結局、小鳥遊もあの子と一緒なんだね……」
あの子? そう聞く前に、二葉は右手に持っていたファイルを投げて俺にぶつけてきた。
それは、二葉が描き溜めていたイラスト達だった。その中には、俺が見たことの無いイラストも多数あった。
「あげる。勝手に使って。私はもう描かない」
二葉は出口に向かって歩き出す。謝らなければ。止めなければ。なのに俺は……凍り付いたように動けないでいた。
「あ、おい! 待てって! せめて……せめて給料ぐらい払わせてくれ!」
長政の必死な声にも、二葉は応答しなかった。向けられた背中が、俺たちを拒絶しているようだった。
携帯ゲーム機を握ったまま、俺と長政は言葉を交わすこと無く、うつむき、呆然としていた。
「自分らは本気じゃないだってさ、小鳥。あんなことまで言われて、どーするよ?」
「正直、ムカついた。見返してやろうと思った」
「同感だぜ」
「……でも、あのRPGの続きを作る気が……どうしても沸かないんだ」
「それも同感だぜ」
思えば、タイトルすら決まっていなかったな。本気で作ったってのに、薄情なもんだ。
会話はそれで途切れ、しばらくの間俺たちは黙ったままだった。長政は何を考えているのだろう? 俺は……何も考えられないでいた。二葉の泣き顔が、頭の中でぐるぐると回っていた。
部活終了のチャイムが鳴り響き、俺はハッとなった。いつの間にか外は暗くなっていた。
俺と長政は無言で立ち上がり、帰りの準備を始める。といっても、携帯ゲームをカバンにしまうだけだが。
「このゲーム、面白いよなぁ……。なんでこんなの作れるんだろ?」
俺はグチるように言った。なんで俺たちは作れなかったんだろ? これが……子供と大人の差ってヤツなのか?
「全くだぜ。アクション性も高いし、盛り上がれるしで反則的に面白いしな」
「アクション……アクションか……」
思えば、今のゲームはどれもアクション性が高いものばかりだ。腰を据えてコマンド式のRPGは、ほとんど無い。
「そうだな……いっそのことRPGは捨てて、簡単そうなアクションでも作ってみよっか?」
俺は冗談交じりに言った。何でも良いから、とにかく喋っておきたかった。
「ハハ、それは良いぜ。ファミコンの『マリムブラザーズ』っぽいのとか?」
俺の気持ちが分かっているのか、長政も冗談交じりに返してくれた。
「そうそう、それそれ。ジャンプして敵踏んでぐらいの、フリーのアプリゲーぐらいなヤツ」
正直今はシナリオも書きたくないし、イベントも作りたくない。でも……ゲームは作りたい。冗談で言ったけど、アクションなら、『マリムブラザーズ』ぐらいなら何とか作れるような気がした。
「一気にグレード下がったな。でも、面白そうだぜ。簡単に作れそうだしな」
「だろ? 多分、俺たちにはそのぐらいがちょうど良いんだよ」
そう言って、俺はハッとなった。
「……いや、そのぐらいにしなくちゃダメなんだと思う」
そうだよ。そうなんだよ。実際にRPGを作ってみて分かった。あれは、数十人居なければ作れないジャンルなんだと。たった三人で、イベント作成、マップ作成、シナリオ、フラグ管理、ゲームバランス、イラスト……その全てを作れる筈がない。
「何を思い上がっていたんだろうな、勉強も普通ぐらいにしか出来ないってのに。何を勘違いしていたんだろうな、俺に出来ることなんて……まだほんのちょっとだけだってのに」
今になって、ようやく分かった。相変わらず俺は馬鹿だ。自分に出来ることを見誤らなければ、こんなに苦労はしなかったのに。あのまま三人で……ゲーム制作を続けられたのに。
「なら作ろうぜ、ほんのちょっとだけのゲームを。そんなに面白くなくても良い、普通のゲームを作ろうぜ!」
長政が肩を組んできた。俺も肩を組み返し、「せーの」の掛け声で、
「「やるぞー!!」」
全ての失敗を吹き飛ばすように、力の限り叫んだ。
何の前触れもなく、ガシャッ、と扉が開けられた。生徒指導の先生が、仁王像のような顔で立っている。
「うるせぇ! お前らいい加減に帰りやがれ!!」
その後、俺たちは長政の家に集まり、バックアップしたDVDをCDケースに入れ、ガムテープでぐるぐる巻きにして封印した。そしてその日の内に、新しいプロジェクトを立ち上げた。
今度は最初にタイトルを考えた。その名も――『ストレイ・キャット(のらねこ)』だ。
◆
新規プロジェクトを立ち上げてからの一週間は、瞬く間に過ぎていった。
今度は役割をハッキリとさせず、自分のやりたいようにやってみる事にした。俺は暇を見てはアイディアをノートに書きため、長政はもっと効率の良い作り方やプログラムを探していた。やっている事は前とあんまり変わらないが、壁みたいなもんが取り払われたようで、圧迫感を感じなくなった。
時間の流れも、ゲームを作る楽しさも、前のようになってきた。ただ、あれ以来……二葉からの連絡は、未だに無い。
放課後、俺と長政は誰も居ない教室に残っていた。机の上に置かれているのは、俺のノートパソコン。
「小鳥、コイツを見てみな? 昨日ようやく完成した雛形だぜ」
長政はUSBメモリを差し、中に入っているプログラムを立ち上げる。すると、
「おぉ!? 動いてる!!」
ちょっと変な音楽と共に、『マリムブラザーズ』風なゲーム画面が現れた。キャラもレイアウトも、著作権ギリギリである。
「実はな、これ……もう遊べるんだぜ?」
「な、何だって!?」
前は夏休み全部使ってもダメだったというのに、たった一週間でもう遊べるレベルになったっていうのか? ……うーん、ちょっと信じられないな。
「ゲームパッドは家に忘れてきたから、今はキーボードでガマンしてくれ」
「え? アクションをキーボードで操作するの?」
長政が言うには、『←キー』と『→キー』で移動、『Zキー』でジャンプ、『Xキー』でダッシュが出来るらしい。押してみると、本当に歩いたり跳ねたりと、問題なく動いている。
「先に進んでみな?」
「お、おう」
「そこの障害物をジャンプで」
「こ、こうか」
言われるがままに、俺は先に進んでいく。幼稚園の頃、兄に指示されながら初めてゲームをプレイした時をふと思い出した。
「て、敵だー!!」
水色の物体――スライムがスーッと平行移動で近づいてくる。何か妙な怖さがあった。
「タイミング良くジャンプだぜ!」
「ん〜……そいや!」
気合いを入れてジャンプ! ……したものの、タイミングが合わず、スライムの真ん前にストンと着地してしまう。
「げげっ」
敵にぶつかると、テッテレン、と小気味よいSEが流れ、自キャラが画面下へと消えていった。やられた、という演出か。
「凄ぇ……凄いよ長政!」
遊べる。マジで遊べるレベルだ。たった一週間でこれ程とは……。
「おいおい、どんなマジックを使ったんだよ?」
「三日前ぐらいに良いツールを見つけてな。地形と、敵キャラ配置するだけでアクションゲームが作れるって品物だぜ。いわゆるオブジェクト指向ってヤツだな」
何のことかさっぱりだが、アクションゲームを簡単に作れるって事だけは分かった。前のものより、圧倒的に。
「まぁ、代わりに好きな事はほとんど出来ないがな。でも、それで良いだろ? 前は規模がデカ過ぎて失敗した。だから小さくして……今度は成功しようぜ?」
そう言って、黄色いフレームのメガネをくいっと上げた。
「長政……」
ちくしょう、ジワッときた。長政のクセに、格好付けやがって。……さすが俺の相棒だよ。
「へー、なにそれ? 面白そー」
予想だにしなかった人物の声が聞こえ、俺と長政は慌てて出入り口を見た。
「ふ、二葉……!?」
突然の再開に、俺はうろたえた。どうして今、ここに来たんだ?
「久しぶりだね、小鳥遊駅に長政。……ちょっと私も遊んで良いかな?」
軽く首を傾け、やや上目遣い気味にお願いしてくる二葉。
「え? あぁ……あぁ! モチロン! だよな、長政?」
長政も突然のお願いに驚いていたが、快く頷いてくれた。
俺は簡単な操作説明をした後、ノートパソコンの前に二葉を座らせる。
「なんかマリムっぽいね」
ゲーム画面を見た二葉が、笑いながらそう言った。
二葉は両手の人差し指だけを立て、まるでカマキリのような格好のまま、キーボードとの睨み合いが始まってしまった。
「ぬー……とりゃ!」
何を思ったか、蟷螂(とうろう)拳ヨロシク『Zキー』を激しく小突いた。まるで急所を突かれたように、俺のノートパソコンがガタンと跳ねる。
「うぉぉーい!? ノーパソが! ノーパソが壊れる!!」
「わぁ!? な、なんだか分かんないけどゴメンナサイ!?」
いきなり現れたかと思えば、いきなり何をやらかすんだ、この二葉は。
俺はもう一度簡単な操作説明をしつつ、ソフトタッチで押すことを強調して言った。
少しションボリとした様子で、二葉はゲームを開始する。ぎこちない操作ながらも、障害物を越す度にガッツポーズを取り、敵を倒す度に「ゴメン!」と何故か謝った。とにかく楽しそうだった。見ているこっちも、楽しくなるほどに。
「あー、面白かった! ねぇ、これで完成なの?」
二葉の感想に、長政は満足げ笑う。
「いいや、これはあくまで雛形だぜ。このまんまじゃあ、悪い意味での単なるパクリゲーだ。複雑なシステムを作らない代わりに、『マリムブラザーズ』みたいにちゃんとステージを作って、きちんと最後まで遊ばせるようにしたいと思っている」
「ふーん、で、前のRPGはどうするの?」
途端に長政の笑い顔が凍り付く。俺も息が詰まる思いだった。
「……ゴメン、二葉。せっかくキャラ描いてもらったけど、RPGは……中止にしようと思うんだ」
俺は勇気を振り絞り、二葉にその事を伝えた。悔しさよりも、申し訳ないという気持ちが強かった。さんざん待たせた挙げ句、勝手に中止。逆の立場だったら、俺はソイツをぶん殴っているだろうな。だから、ぶん殴られる覚悟はしている。
「中止にしてどうするの? ここでお終い?」
「いいや、終わらないよ。代わりに、こっちを全力で作る。ゲーム制作は続けるんだ」
「それは……本気?」
二葉はまた俺を真っ直ぐに見つめ、真剣な眼差しで質問した。
答えは決まってる。
「本気さ!」
「当然だぜ!」
前は言葉で裏切ってしまった。だから、今度は行動で信じさせたいと強く思った。
「そっか……。うん、良かった……」
何故か二葉は、ホッとしたような表情を見せた。
「ところでさ、お給料の話なんだけど……」
思わずドキッとなった。えーと、財布にいくら入ってたっけな……?
「あのね、服は要らないから、私の条件を呑んで欲しいな」
「条件? それは――」
「OKだぜ。これで成立だな」
またしても頭越しの契約成立に、俺は長政の肩を掴んで待ったをかけた。
「おい、長政! またかよ!」
「まぁまぁ、小鳥。いいからちょっと耳を貸せ」
強引に肩を組まれ、長政はそっと耳打ちをしてくる。
「自分はコイツの管理をしてたからすぐに分かったぜ。コイツは……フラグだ」
「フラグ?」
「バイト代は要らないから、もう一度仲間にして欲しいってフラグなんだよ。おおぅ、ドラマチックだぜ。小鳥だって戻ってきて欲しいだろ?」
「そりゃ……まぁ……」
モチロン戻ってきて欲しいし、また三人でゲーム制作を出来るのは嬉しい。……うん、それだけだ。
「……なんだよ、ニヤニヤするなよ、気持ち悪い」
「アッハッハ、フラグ管理に気をつけろよ?」
意味不明な忠告をした後、長政は俺を解放する。
「と、いうワケだぜ。お詫びも含めて、自分らは無条件でソイツを呑み込むよ」
「本当!? 良かった−。よし、じゃあもう入ってきて良いよー」
二葉の発言に、俺と長政は思わず顔を見合わせてしまった。入ってきても良い?
「うーし、やっとか。アタシゃ待ちくたびれちまったよ」
肩をぐるんぐるんと回しながら、女子が威勢良く入ってきた。後ろ髪はバレッタで留めてあり、女子にしては背が大きいのが特徴的だった。二葉の頭一つ分は高そうだ。……ついでに胸も。
「おぅおぅおぅ、テメェらか! ウチの可愛い二葉を泣かせてくれたのは!?」
「えぇぇー!?」
いきなり啖呵を切られ、その迫力に俺と長政は一歩下がってしまう。怖ぇ。マジで怖ぇ。ヤンキー? ヤンキーなのか?
「ちょっ、火鳥の姐(あね)さん! どーどー! 落ち着いて!」
「これが落ち着いてられるかっての! って、姐さんって呼ぶんじゃないよ! こちとら同級生だっての!」
何だ何だ? 殴り込みなのか? それともコントなのか?
「へー……これが……」
「うぉぉー!?」
唐突に怨霊のような声が聞こえ、俺と長政は飛び上がって驚く。
気がつけば、いつの間にか俺のノートパソコンの前に真っ黒な帽子を被った座敷童子が居た。黒光りしている髪は、地面に付きそうな程伸びている。……いや、白いマスクを付けている所から、口裂け女なのか? というか、え? 何々? 俺のパソコンは呪われたの?
まじまじと見た後、手を伸ばし、『マリムブラザーズ』を遊び始める。……なんともシュールな光景だな。
「一週間でこれですか……うーん、びゅーてぃほー」
……なんだかよく分からないが、お気に召したようだ。
「はいはい、火鳥姐さんも夢ちゃんも勝手に行動しないの。ほらほら、男性陣はそんなに脅えない!」
片や姐さんヤンキー、片や物の怪では脅えるなという方が無理だ。
「二葉さん、この方達はいったい……?」
「何で敬語なのよ、小鳥遊駅? いやまぁ、ほら……この二人にね、アンタ達の事を話したら、自分達もゲーム制作に参加したーい、って言い出してね」
俺の質問に、二葉は何故か焦っているようだった。
「ん? アタシゃそんな事を言った覚えは――」
「あー、ほら! 自己紹介しようよ、ね? これからみんなで作ってくワケだし!」
ノートパソコンに取り憑いてた座敷童子を引っ張り、姐さんヤンキーの隣に立たせた。姐さんヤンキーと座敷童子。なんか新しいジャンルが勝手に生まれてしまった。
「いや、だからアタシゃ――」
「いーからいーから、まず自己紹介! ほら、名前と……あと好きなゲームでも言っちゃって!」
二葉の態度が明らかにおかしい。あの姐さんヤンキーに何を言わせたくないんだ? 長政は長政で生温い眼をしながらニヤニヤと笑っているし。……不気味だ。
「あー、アタシゃ火鳥 星夜(かとり せいや)。得意な事はドット打ち。好きなジャンルは育成ゲームだね」
「育成? ……あぁ、ペットとかの」
ちょっと意外だったが、よく考えればヤンキーに動物は付きものだったな。
「うんにゃ、『女の子』の育成ゲームさ。最近ハマったのは、ほれ、アイドル育てるヤツ。胸でかいヤツにピッチリした服着させて踊らすのは、良いツマミになるんだわ」
ゲヘヘと笑う火鳥姐さん。オヤジが居る。誰よりもスタイルが良いクセに、心はオヤジだ。
「いいかい? 二葉もアタシが育成中なんだから、また泣かせたら承知しねぇぞ?」
「ちょっ、何それ!? 初耳なんですけど!? だいたい、泣いてもないし、育成されてもないわよ!」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。その内クセになるから」
火鳥姐さんはその綺麗な手をワキワキと動かす。なんというか、手の動きが具体的というか……卑猥の一言に尽きる。
「私……ですね。夢占 伝子(ゆめうら でんこ)……夢ちゃんで宜しく」
座敷童子こと夢ちゃんはそう自己紹介した。うーん、これまたアクの強そうなタイプだ。
黒い帽子に黒い髪、そして黒タイツ。顔には白いマスクをしているから、まともに肌を晒しているのは手と眼の付近ぐらいなモンだ。……宗教上の理由ってヤツだろうか?
それにしても、細い。とにかく細い。足の太さなんか二葉の半分もないんじゃないか? 隣に火鳥姐さんが居る所為か、その華奢さが余計に目立つ。
「好きなジャンルは……レゲー」
「レゲエ?」
「ううん……レトロゲームの略。ピコピコ音がね……堪らなく好きなの。得意な事も……ピコピコ音作り。チップチューンってジャンル」
夢ちゃんはとつとつと喋った。チップチューン? 俺は首を傾げた。二葉も火鳥姐さんも首を傾げている。……あんたら、仲が良いんじゃないのか?
「あぁ、俗に言う『ファミコン・テクノ』ってヤツだな。『8bit音楽』なんて言われたりもするが、まぁ、ファミコンの激しい版って考えで合ってるぜ」
「知ってる人……居た。あとで私のベストCD集を聞かせてあげる。……うーん、びゅーてぃほー」
どうやら長政は夢ちゃんに気に入られたようだ。……破魔矢でも買ってやるべきなのかな?
「代わりの条件ってのは……もしかして?」
俺の質問に、二葉はゆっくりと頷く。長政の予想はある意味当たっていたが、どうやらそれ以上のモノだったようだ。
「こりゃあ……凄いぜ。プランナーにプログラマーにイラストレーター……そして、ドッターとサウンドが一気に加入か!」
長政は興奮気味に言った。確かに凄い。これでゲームを作るのに必要なスキルが全て揃ったのだから。嬉しさのあまり、背筋がぞくぞくしてくる。
「本当に無条件で良いの?」
「あぁ、大歓迎だぜ! こんな無条件なら、いくらでも呑んでやるよ! なぁ、小鳥? アッハッハ!」
長政の上機嫌な笑いが教室に響き渡る。俺も笑わずには居られなかった。
「本当!? じゃあ、毎日のおやつはヨロシクね!」
ピタリと、笑いが止まった。
「……は?」
え? 何? 何を言ってるんだ? 毎日のおやつ?
「おぅ、ご馳走様。なかなか太っ腹なヤツらだな。そうそう、アタシのおやつは、草餅かずんだ餅のどっちしか認めないからな?」
「私は……シーザーズサラダ一択で」
それはおやつじゃないだろ。って、そんなツッコミをしている場合じゃない。
「二葉さん? これはどういう意味で……?」
「いやー、この二人がね、二ヶ月間毎日おやつを出してくれるんなら参加するって言うもんだからさ。しょうがなく、ね?」
「に、二ヶ月!?」
思わず俺と長政は顔を見合わせた。えーと、一回で400円掛かるとして、一ヶ月で12000円で、二ヶ月って事は……。
「ぐえぇ……」
どうやら、また何本かのゲームソフトを諦めなければならないらしい……。
自主的に参加したいって言ってきたのに交換条件があるとか、なんかいろいろと矛盾している気もするが、呑むどころか大歓迎と言ってしまった以上、ここでダメと拒否してしまうのはあまりにも格好悪い。
どうやら……いろいろと甘くはないようだ。
◆
次の日の放課後、俺と長政のクラスにメンバー全員が集まっていた。長政だけが教壇に立ち、俺を含めた他4人は黒板が見やすいように各々好きな席に座っている。左から、夢ちゃん、火鳥姐さん、二葉、俺の順となっている。交換条件通り、おやつは既に準備済みだ。
「今回集まってもらった理由は、お待ちかねの企画発表と、その説明だぜ」
長政は俺たちに背を向け、チョークで今回のプロジェクト名を書いていく。そして、黒板をバンッと叩いた。
「一匹のノラネコが幸せを求めて旅する冒険記――『ストレイ・キャット』だぜ」
女子達から「へぇ〜」という声が聞こえてきた。あれはカワイイモノを見つけたときの声だ。ちょっとファンシー過ぎるかと思ったが思いの外、好感触のようだ。
「システムは、まぁぶっちゃけて言えば『マリムブラザーズ』の亜種だ。横スクロールで、敵を踏みつけながらゴールを目指す、ただそれだけの超シンプルなアクションゲームだぜ。昔からこの手のゲームは多く、ある意味王道で、ある意味最も陳腐なゲームとも言えるがな」
「昔のアニメとか……マンガがゲーム化すると……半分以上はそんな感じだった」
長政の説明を、夢ちゃんが補足した。さすがレゲー好きである。
「ただこのゲームには、『マリムブラザーズ』と大きく異なる点が一つだけある。それは……」
長政は前に身を乗り出し、真剣な顔つきで言った。その気迫に女子達は息を呑み、耳を立てて「それは?」と聞く。
「それは、『スーパー・にゃんこジャンプ』アクションだぜ」
二葉はガクッと頭を落とし、火鳥姐さんはイスから落ちそうになり、夢ちゃんは帽子がズルリと落ちた。俺が冗談で命名したモノを、そんな自信たっぷりに言われても……。
「どんなシステムか、っつーとだな……」
こちらの新喜劇など気にも留めず、長政は喋りながら黒板に棒人間とスライム、そして背の高い壁を描いていく。
「このゲームでは、敵を踏んで倒すことが出来る。古今東西のゲームで最もベーシックな撃退方法だぜ」
そう言って、棒人間とスライムの間に『U』の字を逆さまにした放物線を付け足した。
「これで敵を倒すことは出来た。しかし、どうだ? 今度は、高い高い壁が目の前に現れたぜ。悲しいことに、このノラネコのジャンプ力では大きな人生の壁を乗り越えることは……不可能」
同じように放物線を付け足すが、当然高さは足りていない。長政がそこに×印を描くと、二葉が悲しそうなうめき声を漏らした。
「しかし、ここを乗り越えなければ幸せは掴めない。さて、どうしようか? どうするべきなんだろうか? そうして困り果てたノラネコが産みだしたのが――『スーパー・にゃんこジャンプ』だぜ」
意外なことに、今度は誰も笑わなかった。むしろ、待っていましたとでも言うように、夢ちゃんが身を乗り出した。
「そう、敵をただ踏むんじゃない。踏んだ瞬間、タイミング良く敵を蹴ることで……!」
長政が高い高い放物線を描くと、女子達がワッと沸き上がった。
「高い壁を……乗り越えることが出来るんだぜ」
女子達は感動したようなため息を漏らしながら、「なるほど」と呟いた。これで、このゲームの目的が分からないと言う人は居ないだろう。
それにしても、本当に驚くほど非常に分かりやすかった。長政との付き合いは長いが、まさかここまで説明上手だったなんて。絵は下手なクセに、図は得意ってんだから不思議である。
「まとめると、幸せを掴みたいなら他人を上手に利用して、踏み台にしていけって事だな。ファンシーなクセして業(カルマ)がダダ漏れだぜ。そんな業深きシステムとストーリーを考えたのは、そこの小鳥ちゃんだ」
長政が急に名前を呼び、全員の視線が俺に集まった。そして、何故かパチパチとささやかな拍手を送られた。……そんな深い意味なんて全く無いんだが。まぁ空気を読んで黙っておくけどさ。
「とまぁ、だいたいこんな感じだぜ。ここまでで何か質問はあるかい?」
長政の質問に対し、火鳥姐さんが頬杖を付きながら手を挙げる。
「ゲーム内容は分かったよ。それで、アタシらはどう動いたら良いんだい?」
「そうだな……まず、二葉にキャラデザ案を考えてもらうぜ。そして、それを元に火鳥姐さんがドットを打つ。流れ的にはそんな感じかな?」
「定石通りってワケかい。異論はないけど、最終的に『アクションパターン』がどれだけ必要になるのか、それの割り出しだけは速めに頼むよ」
火鳥姐さんの言う『アクションパターン』とは、歩く、走る、ジャンプする、攻撃する、ダメージを受ける、などの行動をまとめた言い方だ。2Dゲームでは、これら全てにドット絵が必要となってくる。つまり、『アクションパターン』が多ければ多いほど、描かなければならないドット絵が増えてくるという事なんだ。
俺はそれを本で知ったけど、火鳥姐さんは経験論からそう言ったように聞こえた。『たくさんのドット絵が欲しけりゃ速めに言いな』、って。……もしかして、ゲーム制作経験があるんじゃないか?
「了解、来週までにはリストアップしておくぜ。それと、夢ちゃんは……どうしようか? 自分、あんまり音楽に詳しくないからなぁ。音符すら読めないし」
「うーん……テキトーに作る? 楽しそうな曲とか……悲しそうな曲とか……ボスっぽいのとか……ゲームに使えそうなの」
夢ちゃんが作ったらホラーゲーにぴったりなBGMになりそうだと思ったのは、心の奥に仕舞っておこう。
「まぁそんな感じで。五曲ぐらい出来たら、自分が聞くって流れでヨロシク。良ければ順次ゲームに追加していくぜ」
「うぃ……むっしゅ」
夢ちゃんは帽子のてっぺんを押さえながら、ゆっくりと頷いた。
「よし、あとは自分と小鳥だけど、まぁ残りのシナリオとか、プログラムとか、ステージ作成とかをやっておくから。気が向いたらいつでも参加OKだぜ? アイデアも募集中だ。なんか思い付いたらメールでもテルでもしてくれ。後は……」
「はい、しつもーん!」
二葉が勢いよく手を挙げた。
「なんだね、二葉クン」
「前からずっと思っていたんだけど、チーム名って決めないの?」
二葉の言葉に、全員が「そう言えばそうだ」と驚きながら呟いた。ラーメン屋でカレーセットを頼んで、カレーだけ食べて帰るぐらいのうっかり具合だ。……まぁ、それは長政の事なんだけどさ。
「ぬぅ、最重要事項を忘れていたぜ……。よし、コイツはみんなの宿題にしよう。各自最低1個、最高2個までチーム名を考えてきてくれ。来週どっかのタイミングで、民主主義にのっとった投票制で決めたいと思う。それで良いかな?」
長政の提案に、全員が頷く。俺もそれが一番良い決め方だと思った。
「そういえば……偶然にも男子陣、女子陣とキレイに別れたみたいだな。丁度良いと言うべきか、つまらないと言うべきか……」
ニヤニヤと笑いながら俺を見る長政。
「だから何なんだよ、こっち見んなよ」
「べっつにー」
この逆さモップ頭め。あとでこっそりお気に入り画像集を消してやる。
「へぇ、女子だけかい。そりゃ都合が良い。宜しく頼むよ、フータバちゃーん?」
手をワキワキとさせながら、隣の二葉ににじり寄っていく火鳥姐さん。
「ちょっ……こっち来るな! アンタの方がスタイル良いクセに! ほら、ほら、そっちの方が育て甲斐があるでしょ!?」
二葉は後ずさりながら、矛先を変えようと必死になって夢ちゃんを指さす。突然のご指名に、ビクッとなって驚いていた。
だが火鳥姐さんは、酷く、酷くもの悲しそうな顔で、
「……育たない花に水をやる空しさ、二葉には分かるかい?」
そう、沈んだ声で言った。……失礼過ぎて、いっそ清々しいな。
「育たないですか……そうですか……。トップブリーダーでも……ダメですか……」
夢ちゃんは帽子を深く被り、しょんぼりとしてしまった。小さい身体が更に縮まっていく。……オイ、このチーム分けで本当に大丈夫なのか?
「最後に。無理だと感じたら、すぐに言うこと。作業量が多いと感じても、すぐに言うこと。とにかく無理はしない事。このチームの唯一絶対ルールは、それだけだぜ」
そう言いながら、長政は俺にチラリと視線を送ってきた。俺はそれに深く頷いて応える。そうだとも。前回の失敗で学んだ、その最大の経験を生かさないワケにはいかない。
「よっしゃ、円陣でも組みますか。青春の証、みんな大好きスクラムだよ」
唐突に、火鳥姐さんがひょんな事を言い出した。
「え? いや、野球じゃないしやらなくても……」
「いいからやるんだよ! それやんなきゃチームとして認められやしないんだよ!!」
俺の反論は、火鳥姐さんの暴論によって掻き消されてしまった。論破に必要なのは、勢いと大声だと誰かが言ってたっけなぁ。
「ハイ、集合!」
火鳥姐さんの号令で、全員が教壇前のスペースに集まっていく。
俺の右手には、長政が。そして左手には、二葉が。……ニヤニヤと笑う長政は、太ももをつねって黙らせた。
それにしても、いきなり肩組みか。手を繋ぐより身体の密着率が高くなってしまうなぁ。いいのかな、俺で? というかまぁ、隣は俺なんだから、俺が組むしかないんだけどさ。だから良いんだよ。……良いんだよな?
「小鳥遊駅?」
二葉の呼びかけに、思わずビクッとなった。気がつけば、俺だけがまだ肩組みをしていなかった。むぅ、柄にも無く緊張しているようだ。
覚悟を決めて二葉の肩に手を伸ばす。すると、向かい側に居る火鳥姐さんに凄い顔で睨まれてしまった。……自分で提案したクセに。
俺はそれに構わず、二葉と肩を組む。あっ、しまった。脇は臭くないよな? 大丈夫だよな? くそー、スプレーしとけば良かった。
あぁ、やばい。やばい、やばい。女子って何でこんなに柔らかくて良い匂いがするんだよ。反対側の長政は無駄に筋肉質で、それはそれで腹が立つし。もうワケが分からん。
「今度こそ……だね」
二葉がそうささやき、俺の顔を見ながら微かに笑う。
「ゲーム完成まで、楽しくやろうぜ!!」
長政の掛け声で、俺たちはチーム結束の産声を上げた。
◆
それから四日後、三時限目の授業中に二葉から『キャラデザ案が出来たから見て欲しい』というメールが届いた。放課後にしようかと思ったが、どのみち女子陣におやつの宅配サービスをしなければならないので、お昼休みに集まることにした。
屋上入り口前の踊り場に集合したのは、俺、長政、二葉、そして火鳥姐さん。夢ちゃんは先約があって来られなかった。
「オスかメスかの指定もなかったから、とりあえず両方描いてきたよ」
二葉はノートを開き、お弁当用に敷いていたハンカチの上に置く。
俺と長政は思わず息を漏らした。上手い具合にネコをディフォルメ化しており、オスはシャープに格好良く、メスは気高さの中に可愛さを感じられた。今すぐにでもぬいぐるみとして売り出せそうなクオリティだ。恐るべき二葉。人物画だけではなく、動物もいけるのか。
「……あれ? うーん、これって……」
オスもメスも、鍔の広い帽子と長靴が描かれてあった。このトレードマークから連想できるネコは、この世に一匹しか居ない。
「まんま『長靴をはいたネコ』……だよなぁ?」
「あー、やっぱり? そーだよねぇ。それしか思い浮かばないよねー」
二葉は上着のポケットに両手を入れ、眼をつぶったまま天井を仰いだ。
「ノラネコ……幸せを掴む……うーん? ダメだ、なんか良いデザインってないかなぁ?」
二葉の独り言のような質問に、俺と長政は思わず顔を見合わせてしまった。前はセンスの塊みたいなデザインをこれでもかと見せつけてくれたのに、いったいどうしたっていうんだ? 動物はダメって事なんだろうか? それとも、ファンタジーは良くてもファンシーがダメなんだろうか?
「まだ四日しか経ってないし、じっくり考えていこうよ。まぁ、長靴はさすがに王道過ぎるから、いっそジャンピングブーツにしてみるとか?」
「あっ、それいいかも! バネがビヨヨヨーンって伸びるんでしょ? 跳ぶぞーって感じに」
「そうそう! 失敗するとバネが出なくて、成功するとバネが出てくるんだ! んで、跳びすぎると天井に頭をぶつけて、お星様が頭上でクルクルーと回って一定時間動けなくなるとか?」
「アハハ、それ良い! 海外のアニメみたい!」
俺と二葉で盛り上がっていると、黙々とお弁当を食べていた火鳥姐さんがハシを止め、ドスをきかせた声で、
「おんどれら、アタシの作業がどんどん増えていくと知っての狼藉かい?」
本場YAKUZAさながらの迫力に圧され、俺と二葉は長政の後ろに避難した。『アクションパターン』が増えれば、自然と火鳥姐さんの作業も増えていく。……考えなしに喋り過ぎたな。
「このディフォルメ化はオッケーだけど、やっぱデザインは見直しが必要だぜ。いくら『マリムブラザーズ』の亜種だからと言っても、キャラぐらいはオリジナルでいきたいしな」
長政はチキン南蛮サンドを頬張りながら言った。確かにこのままでは、王道にベタを重ねただけのゲームになってしまう。それはさすがに嫌だった。
「というわけで、一旦お持ち帰りだぜ。さっきの小鳥みたく、コンセプトに基づいたデザインってのをこっちから出せるかも知れないから、思い付き次第メールするよ」
長政の言葉を最後に、デザイン案に関する会議は終わった。あとは授業がどうとか、成績がどうとか、意外にもゲームに関する会話は一切なかった。
そうしたとりとめのない会話は、空気を読めないチャイムによって強制的に終了し、名残惜しいが解散となった。
今日の集まりはそれで終わりだろうと思っていた。しかし四時限目、俺に意外な人からのメールが届いたんだ。
送り主は――火鳥姉さんからだった。
※
放課後、俺は待ち合わせ場所――音楽室へと入っていく。学校で一番騒がしいこの場所も、今日は死んだように静かだ。
その中に、火鳥姐さんは一人たたずんでいた。腕を組み、まるで大木のようにしっかりと地面に足を付けて。何となく、くわえタバコがあったら最高だったのにな、と思った。
「悪いね、用件も話さずに来てもらって」
そう、火鳥姐さんから来たメールには、放課後ここに来て欲しいとしか書いていなかったんだ。俺は敢えてそれを聞かず、ここに来た。用件の内容は、何となく分かっていたから。
「な、何にもしてないですよ? 俺は手なんか出していないですよ? ……ほ、本当ですからね」
「違うってーの。呼んだのはそんな理由じゃないよ」
火鳥姐さんは苦笑いしながら言った。なんだ、違うのか。まぁ、さすがにそんな理由では呼ばないか。
「……それはそれで、その内呼び出して問いただそうかと思ってたけどね」
前言撤回。やっぱりかい。
「ちょっと悩んだが……今日のこともあったし、小鳥だけには話しておこうかと思ってね。アンタとアイツが……いやにダブるから」
アイツ? アイツって誰のことだ? ……いや、待て。前にもそう疑問に思ったような……?
「本気で漫画家を目指してたって、二葉から聞いたかい?」
「いいや……でも、何となくは」
やっぱりと思った。そうでなければ、あの絵の上手さは説明が付かない。
「じゃあ、相方が居たってのは予想がついたかい?」
いきなり心臓がギュッとなった。うわ、なんだこれ。気持ち悪い。くらくらする。なんだ、なんなんだ。聞いちゃいけないことを聞いた気がする。どうして? 二葉に失礼だから? ――違う、俺が……。
「言っとくけど、女の相方だからな?」
火鳥姐さんの言葉で、俺は我に返った。なんだ、俺の勘違いか。そうだ、あれも俺の勘違いなんだ。……でも、どうしてだろう? まだ、足がガクガクとしている。
「あれは……中学二年の今頃だったね。本気で目指してるってだけあって、その時から上手だったよ。だけど、二葉はある悩みを抱えていたんだ。アタシゃそこまでマンガに詳しくはないけど、それは多分、漫画家にとって致命的な悩みだったんだろうねぇ」
意外だった。中学の時はよく喋っていたが、そんな素振りすら感じられなかったのに。
それにしても……漫画家にとって致命的な悩みって何だ? あんなにも絵が上手いのに、悩む事なんてあるのか?
「それは……?」
俺は恐る恐る聞いた。火鳥姉さんは悲惨なニュースを見た後のような、悲しいがどうしようもないという顔で、
「二葉は、オリジナル作品に弱いのさ」
「あっ……」
思わず声を漏らしてしまった。思い当たる節が……あったから。『長靴をはいたネコ』しか描けなかったのは、その所為なのか。今思えば、前回のキャラクター達も服センスは抜群だったが、確かにオリジナルとは言い難かった。
「キャラクターも、ストーリーも、今まで見たことがあるモノしか描けなかったのさ。二葉もそれは分かっていた。だからこそ……悩んでいたのさ。周りは恋だ勉強だと悩んでいるときに、ね」
急に二葉がまぶしく感じるようになった。俺の中学時代なんて、ゲームやって、マンガ読んで、どの新作ゲームを買うか悩むぐらいだった。本気で打ち込んでいたものなんて、何もなかった。
「そんな時だったねぇ。アイツが、二葉に声を掛けたのは」
火鳥姐さんはため息混じりに、嫌悪感を露わにした顔で言った。思い出すのもイヤだと言っているようだった。いったい……『アイツ』が何をしたっていうんだ?
「アイツは、二葉の絵を一目見て気に入って、一緒に漫画を作ろうって言い出したのさ。アイツは……話作りが上手な女子だったんだよ。文学少女だったから、その所為もあったんだろうけどねぇ。二葉にしてみれば、願ってもない事だったろうよ」
火鳥姐さんは自分の後ろ髪を掴み、悔しそうに歯を噛んだ。
「アタシに……それを嬉しそうに話す二葉の顔は、まるで救いの手を差し伸べられた子供のようだったよ。自分の足りない部分を補ってくれる友達――親友とも呼べる相方が現れたんだからね」
後ろ髪から手を離し、火鳥姐さんは窓の方に顔を向けたまま、疲れたようなため息をはいた。
「この話はつまんないから、結末を先に話しちまうよ? 結局二人は、仲違いになっちまうのさ。半年以上費やして描いていた漫画は……完成する事はなかったんだ。アタシも、楽しみに待っていたんだけどねぇ」
胃がズシッと重くなるのを感じた。似ている。――いいや、俺と同じだ。二葉が口にしていた意味が、ようやく分かった。『小鳥遊駅もあの子と同じなんだね』、と。何もかもが中途半端なんだね、と。
「仲違いした原因は、やっぱり完成出来なかったから?」
「あぁ。いや、少し……違うね。きっと本当の原因は、二葉と違ってアイツは……本気じゃなかったって事だ」
本気じゃ……ない? 一緒に作ろうって誘ったのに?
「アイツが最後に言い捨てていった言葉は、アタシゃまだ忘れられないよ。そしてそれがね、二葉の辛いトラウマになっちまったのさ」
火鳥姉さんは苦虫を噛み潰したよう顔で、その言葉を絞り出すように言い始めた。
「『こんなの、本気でやったって何にもならないじゃない。本気になるだけ損よ、損。……何よ? 怒るなら自分でやれば良いじゃない! 本気なんでしょ!? 何がプロの漫画家よ!! ストーリーも作れないクセに!!』」
言葉の意味を理解するのに、だいぶ時間が掛かった。本気なるだけ損? 怒るなら自分でやれ? ストーリーも……作れないクセに? それを、二葉に言ったっていうのか? 本気でやっている……二葉に?
「なんだよそれ……何なんだよそれ!? ちくしょう、なんでそんな事が言えるんだ!? 誘ったのはアンタじゃないのか!? 二葉じゃ出来なかったから、アンタが居たんじゃないのか……!? 本気になったって……作れるものと作れないものがあるんだよ!!」
やるせない怒りが、急に爆発した。俺は知っている。一人で出来ることには限界があると。時には誰かがサポートしてやらなきゃ……潰れてしまう事も。
「二葉はそれ以来、絵を描くことを止めちまったのさ。お喋りを楽しみ、オシャレを楽しみ、ごく普通な女子学生に戻っていったんだ。それでもアタシは良いと思った。夢を目指さなければならないなんて、他人が勝手に決めたことだ。普通であることが……普通なのさ。でもそれを……アンタは『こちら側』に引き戻してしまった。本気でやろうと、二葉に誘いを掛けた。だがアンタは……アイツと同じように途中で止めちまったんだ!」
火鳥姉さんは鬼の形相になり、荒々しい歩き方で俺に近づいてくる。その姿はまるで、鬼子母神のようだった。
そうだ。その通りだ。二葉を巻き込んだ以上、俺は……それを完成させなければいけなかったんだ。本気でやるって事は……多分、そういう事なんだと思う。そうじゃないと、それはただの裏切りにしかならないから。どんな理由があったって、二葉をまた傷つけてしまった事には……変わりないんだから。
責任……取らないとな。
俺はグッと眼をつぶり、歯を食いしばる。そうして、火鳥姉さんを待った。
「だけど……アンタはまたやり始めた」
それは、とても優しい声だった。俺は怖々と眼を開ける。
俺のすぐ近くに、嬉しそうな笑顔を浮かべた火鳥姉さんが立っていた。
「またゲームを作り始めているって噂を聞いて、二葉は大喜びしていたよ。アタシもね、あぁこいつらならと思ったのさ。こいつらなら……二葉の本気に付き合ってやれるって」
「俺の失敗を……怒るんじゃないのか?」
火鳥姉さんはガハハと男らしく笑い、俺の胸を軽く小突いた。
「怒る? どうして? 本気でやって失敗した。それのどこが悪い? アタシが許せないのは、本気じゃないのに本気のヤツを巻き込むことさ。本気でやってる仲間を……あざ笑うことさ」
「でも……俺も途中で作るのを止めてしまったんだ。アイツと……同じなんだよ。本気だった二葉を……裏切ったんだよ」
俺の言葉に、火鳥姉さんは大きなため息をつく。
「どうやら小鳥も、そこら辺のヤツらと同じで、本気の意味をはき違えているみたいだね。今回のゲームは、そういう意味を込めて作ったとばかり思っていたんだけどさ。やれやれ、感心して損したよ」
本気の意味をはき違えている? いや、それよりも、
「そういう意味を込めてって、どういう事?」
「失敗は人生の敵だよ。本気になればなるほど、その敵は増えていくのさ。でも、それは踏むことが出来るんだ」
俺はハッとなった。それは、今回のゲームシステムそのものだった。
「そうさ、失敗をただ踏むんじゃない。踏んだ瞬間、タイミング良く失敗を蹴ることで……高い壁ってヤツを乗り越えられるのさ」
心に掛かっていた重りが、コトンと落ちていくのを感じた。失敗は恥だと思っていた。失敗は裏切りだと思っていた。でも、そうじゃなかった。
利用すべき、敵なんだ。
「火鳥姐さん……いや、火鳥の姉御(あねご)!」
「姉御って呼ぶんじゃないよ! というより、姐さんを勝手にパワーアップさせないでおくれ! アタシゃ同級生だっての!」
こんな含蓄のある言葉を言える女子が、同級生の筈がない。……いや、なるほど、そういう事だったのか。それなら納得――。
「言っとくけど、アタシゃ留年なんてしてないよ」
なんでこっちの考えていることが分かるんだよ。ますます同級生とは思えないんだが。
「全く、どいつもこいつも……。まぁいいさ。アタシが言いたいことは、もう全部言ったよ。後は小鳥、アンタ次第だ。辛いのなら手を貸すよ。寂しいのなら話を聞くよ。アタシ達はもう、仲間なんだから。だから、二葉を裏切るような事だけは……お願いだからしないでおくれ。アタシも……アンタを裏切ったりはしないからさ」
そう言って火鳥姉さんは、背中で別れを告げながら、音楽室を去って行った。
今度は俺が、死んだように静かな音楽室の中で一人たたずんでいる。だけれど俺の中で、今まで聞いたことがない激しい鼓動を感じられた。
放課後の居残り授業。生まれて初めて、一字一句忘れたくないと思った。
>続
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2011/03/28(Mon)00:28:41 公開 / rathi
■この作品の著作権はrathiさんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
ども、rathiです。仕事が終わった後に、どうしても更新したくて書いています。
眠いぜ。文章が変でありませんように……。
ではでは〜
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