『クソゲヱリミックス!』 ... ジャンル:お笑い ファンタジー
作者:キラワケ
あらすじ・作品紹介
とある一つのパソコンゲームから始まる何かおかしな日常。 狂ったヒロイン、正気の沙汰じゃないシナリオ進行、果てには現実の人間関係でも大きく動きが…… 実際に進む時間よりも体感時間が圧倒的に長い、波乱という言葉でも足りないぐらいに乱れた日常。 ……なんか凄く濃い。 巻き込まれ型ラブコメ!? ある意味新感覚、そしてどこか既視感を覚える、そんな方向性を見誤った評価しようがないラブコメ。
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「あ……朝か」
目覚ましよりも早起きに、ベッドから出て寝ぼけ眼で居間へと向かう。
今の隣、キッチンから鼻歌が聞こえてくる――
「おはよー、ユウくん」
「おは」
なんとも香ばしい匂い漂うキッチンから姉貴が顔を出した。
「もう少しだからまっててー」
「ああ」
それを聞くと俺は畳張りの居間の卓袱台前へと座りこむ。後から――
「ふぁぁ」
「おはー」
「おはよ……」
と彼女たちが現れる。日常に染み込んだ光景で、あまりにも俺にとっては普通だった。
朝食を終え身支度を終えて、現役高校生な俺は学校へと通う。そんな道すがら――
「おっはよー、ユウジっ」
「おはよう、ユウジ!」
「おはよーっす」
途中で交流する友人と通学路を歩いて行けば、あっという間に学校へと着く。
「おはようございます、ユウジ様」
「姫城さん、おはよー」
「おはー、下之くん」
「おはー」
クラスメイトな彼女達にも挨拶。そんな訳で、挨拶でこの日常が始まって行く――
「それで、ユウジ。来期のアニメをどう思う?」
「んー、期待薄?」
「そんなにネガティブじゃダメだぞ! アタシはダークホース狙いだ」
「お前もちょっと諦めてるじゃねーか!」
「ユウジー、あのバラエティどうだったー?」
「うーん、演出が微妙かな」
「評論家気取り!?」
「というのは冗談で、あのマツダの顔芸は笑った」
「あー、分かる分かる!」
「ユウジ様、どんな食べ物が好きですか?」
「南部せんべい」(※青森県八戸辺りで食べられる小麦粉で出来たせんべい)
「な、なんぶせんべい――ダメですっ、私には作れません……」
「からあげ?」
「……頑張ります!」
「あー、下之くん。そんな君の下の具合はどう?」
「開口一番下ネタはどうなんだ、愛坂よ」
「自分はそれがデフォルトなのだ」
「仮にも女子だろうに……」
「で、答えはどう? 自分が元気にしたあげた方がいい?」
「答えは”スルー”でいいか?」
「おかえりーユウジさん」
「ただいまー」
「ご飯にする、それともご飯にする? それともは・く・ま・い?」
「最後は炊けてないのが出てくるのか……で、そのギャグは誰が?」
「桐だよ?」
「おい、桐」
「ふぉ!? わしの心と同じほどに固く閉ざされたわしの部屋の扉をそれほど容易く開けてしまうじゃと!」
「嘘付け、お前の心の扉なんぞ解放状態どころか、扉なんぞないだろうに」
「……それで何用じゃ? 写真の整理で忙しいのじゃが」
「お前ホニさんに……って、なんだその写真!? 俺ばっかじゃねーか、よこせ――」
……え、お前の周りの女比率が異様に高くないかって?
そりゃそうだ、この日常には”ギャルゲー”が溶け込んでいるからな。
そう”あるゲーム”を買ったあの日から全ては始まったんだ――
とあるゲームを俺は買った。
「800円だから買ってはみたものの」
確実にスペックから見てクソゲーだった。 絵が良くても買わないでおけばよかったと心から思うね。
ほぼ新品の中古品のPCゲームとしては破格とはいえ、800円は貧乏な学生にとって後々影響が出てくるかもしれない
ということでそのゲームを簡単に紹介。パソコンゲーム(全年齢対象)で一年ほど前に出たものだ。
タイトル Ruriiro Days 〜キャベツとヤシガニ〜
この見て驚きの地雷臭プンプンなタイトル。知る人は知っているかなり危ういタイトルが混じっていたりとヒヤヒヤ。とりあえず言葉の組み合わせ方にセンスの欠片がない。
ジャンル 恋愛・泣き・アクション・ファンタジー・RPG・パズル
制作者浮気し過ぎだろう、で何がしたいんだ。 明らかにジャンルを詰め込みまくっている。
その中でかなり浮いてるのがパズルで――恋愛やらアクションのどこにパズルの要素があるのか、疑問でならない。
OS Windows2000/XP/Vista
メディア DVD-ROM
メモリ 必須:256MB(2000・XP)、1MB(Vista)
推奨:512MB(2000・XP)、2GB(Vista)
HDD 必須:1GB以上
推奨:3GB以上
重いだろ、これ! 古いノートパソコンなら即死亡レベルじゃねえか!こんなクソゲーに数GBも使われるとなると……一通りやったら速攻消そう。とりあえずパソコンにディスクを入れてっと。
「!?」
思わず驚いてしまった。かなりの速さでダイアログが何重にも表示され画面を埋め尽くして行くのだ。
一言で言おう。
「バグりやがった…」
ダイアログには「環境のスキャン」という謎の言葉が無数のダイアログに表示された。
「なんだよ……」
そうするとダイアログの言葉が一斉に書き換えられていった。
『スキャンが完了しました、このまま作業を続行する場合”OK”をクリックしてください』
隣にある「キャンセル」を押しても反応しない。 ……というか更にダイアログが10個ほど増えたのだが。喧嘩売ってるだろ、このゲーム。
結局OK押すしか選択肢ないじゃん。しかしまぁこのままダイアログばっかだと色々嫌だなぁ……仕方ない押すか。
「ほいっと」
OKを押した途端ダイアログが消えてゆく。
「おお」
次第にかつてのデスクトップの壁紙の色が見え始め、最後の一つを残して消えた。しかしその最後のダイアログは今までとは全く別の言葉が表示されていたのだった。
『世界浸透化の準備が整いました、よろしければ”スタート”をクリックしてください』
「前振りにしては長すぎだろ」
世界浸透化というのは何かこのゲームのキーワードだろう。流石クソゲー。ゲームスタートまでのその瞬間までヒヤヒヤさせやがって!
こうなったら徹底的にゲーム攻略してやる! 俺は迷わず”スタート”をマウスのカーソルでクリックした。 その時だ。
「うわっ」
パソコンから突然発せられた白い光、それに俺含む部屋全体が包まれていた。眩しすぎて辺りの状況を把握できない、しばらくすると光は弱くなっていくが――
俺に見える風景はかつてと違っていた。
「え?」
自分の部屋がいつの間にか消えていた。さっきまであった家具も時計もテレビゲーム機も、光を発したマイパソコンも消えた。
今はどこが壁でどこが天井か、どこからが床ががわからない永延と純白に染められた空間が支配している。
「どうなってんだ……」
そう呟くと。それに答えるように。
『世界の浸透化が完了、これより具現化します』
白い世界の壁も何もない場所に表示された文字。しばらくして文字が左から順に消えていき最後の文字が消えたその瞬間――
また眩しい光が俺に襲いかかり、俺は思わず眼を瞑ってしまった。しばらくして、視界の外から光が弱まっているのが分かった。そして恐る恐るながら目をゆっくりと開いてみると……
「?」
そこには見慣れた景色が、部屋があった。家具もテレビゲーム機もパソコンも平然と置いてある。
「今のはなんだったんだ?」
呟く、なんだ何も変わって無いじゃんと。現時点では、そう思っていたのだが……
「ユウジー遅刻するよー」
「え」
聞いたことのない女子の声が、俺の名前を呼んでいたのだ。
突然だけれども、ゲームの世界に入ってみたい――そんな願望を持つ人は居ないだろうか?
そのゲームのジャンルもスポーツ・バトル・RPG・ギャルゲなどなど……プレイしてみて「ああ自分が主人公だったらなぁ」と思ったことがないだろうか?
え、ない? ……それを言われてしまってはこの話は終わってしまうのだけども。
もし……もしもの話だが、ゲームの世界に本当に入れたらどう思う?
いや、だからゲームそのものに興味ないとか嘘でも言わないでくれよ。そりゃ自分が主人公かつヒーローになれるんだからそりゃ楽しいだろうと。
……ノリ悪いなぁ、主人公もヒーローもどうでもいい? あんたはどれだけ無関心でいたいんだよ……
でもゲームの世界に入れたからってそう楽しいだけではないんだぜ?
え……経験者は語るみたいでウザい? ……いやいや経験者ですぅ、主人公になったことがあるんですぅ!
信じられないのも当たり前だよな……逆にそんなことを即刻信じられる奴は頭が沸いてるとしか思えないね。
だからといって、言う側の俺が頭が沸いてる訳ではないぞ? それはない。
……長々ろうるさいか、そうだよな、ちょっとばかし長いよな、悪い悪い、まぁ纏めるよそろそろ。
俺はギャルゲーの世界に入った…いや、ギャルゲーの世界の主人公になりながらも普通の学生としても暮らしていた。
正確というか、実際には俺がギャルゲーの世界には入っていないな。
ギャルゲーの世界が自分の日常にやってきた……という感じか。
ギャルゲーの世界と日常がミックスされて、もう訳がわからなくなるような日々を過ごしてきた訳だ。
……おっと言い忘れていた、ギャルゲーはギャルゲーでも――
シナリオやキャラクターやシステム……がボロボロに崩壊した「クソゲー」というちょっとばかし厄介な代物だった。
おかげで散々な目にもあったし、役得もあれば、時には教えられることもあった。
まぁ前段もここまでして、忙しくなければ俺の話す……ちょっとファンタジー風味も感じる実体験を聞いてほしい――
「ユウジー」
まて、落ち着くんだ俺! 俺の交友関係にこんな声の持ち主はいない。
いやもしかしたらこの人生のどこかに伏線が!? ……ないよな。
地味に過ごし地味に生き抜くことにプロ並みの自信を持つ俺が、こんな女子から声を――
「……というかどんな人なんだ?」
声はかわいいぞ。しかし実際中の人は果しなく美少女からは遠かったりするパターンが多い(?)
ようするに声と容姿は一致しない可能性が高いからな。
「……とりあえず百聞は一見にしかず、見てみるか」
窓を覆うカーテンを開き窓ガラスを介して下を見ると――、ササー……即効でカーテンを閉じた。なぜかって?
その女子がかわいいからさっ!
いやあれは超がつく美少女だ(参考、過去16年間の脳内メモリー)
黒髪ポニーテールとか反則だろう! 媚びすぎだろう(?)……これはドストライクだ。
でも今は朝、さらに既に玄関で待たせているので余韻に浸っている余裕はない、急いで行けなければ……いやまて落ち着け、よおく思い出せ。
あの女子が友人に居た記憶はない、まして声さえ聞いたことのない――
フラグを立てた覚えはもっとない。
ならなぜ、この玄関前からモーニングコールが? そういやあの顔に何か……似た何かを……最近見た気がするんだよな……
「まあいいや」
そんなことどうでもいいす。こんなカワイコと登校出来るなら構わないぜ! 夢なら長く続いておくれよ。
パジャマ姿の俺はまずは制服に着替えることにした。制服はベッド側のクローゼットにあるためパソコン机から少し歩く。
その時――
「痛っ」
カツっ……何かを足で突き飛ばしたようだ。その痛みがある足元を見てみるとゴチャゴチャと絵が描かれているソフトケースがそこにはある。
「基本片づけないからな、俺」
全く誇れないことをほざきながらケースを手に取る。
「!」
そのパッケージに描かれていたのは、透き通る大きな目に、ゴムでまとめた黒髪のポニーテール。いかにもなギャルゲ制服を着ている、その絵の中の女の子は――
窓の外に居た、俺の名前を呼ぶ女子と瓜二つの容姿だった。
一体……何が起こったというんだ。ゲームと同じ女の子が窓の外に居るなんて……これはまさに男の夢の実現だが! しかし何がどうしてこうなったんだ!?
「まあ……いいか」
短絡的な俺は(本来自分では言わない)そんな細かいことは放り投げ、素早く制服を着、焼けていない食パンを口にくわえながら玄関の戸を勢いよく開けた。
「あー、遅いよユウジー」
一瞬笑顔を見せるが、すぐにムスっとして言う。うん、これはいい。
「ユウジー何でユキの顔じろじろ見てるのー?」
ユキというのか……いい名前だ。首を傾げる描写まで花がある。正直たまらんね、うえぃ!
「いや、なんでもない(棒)」
し、しまったかなりの棒演技だ!某姫に匹敵することを確信するほどの棒だよコレ! ……イカンイカン、主人公ボイスで行くぞ。
「待たせて悪かったなユキ、いやぁ目覚ましがストライキしててさ」
「単にセットし忘れてただけだよね、二つなかったっけ?」
「さらに一つは電池切れだった」
「もー、ちゃんと確認しといてよ?」
「へぇーい」
スバラシイエークセレントォ! この楽しい女子との会話! 本当生きててよかったわぁ……
「あっこんな時間」
ユキは取り出した携帯に表示された時計機能を確認して言う。
「急ごうっユウジ」
「あ、ああ」
女子、と、かける、通学路。
前には、フリフリ揺れる、ポニーテール。
人生、で、一番、幸せな時、かもしれない。
『しかし……そんな時間は長くは続かなかったのじゃ』
「ユキっ早いから」
「ユウジが遅いんだよー♪」
こちらを向いてべぇーと指を目もとに宛てて言う彼女。まさに「まって〜、捕まえてごらんなさ〜い」という構図……だっ!?
「! ユキ前っ前!」
「え?」
キキィッーッドォン、というタイヤの削れ、擦れる音。
「……………」
何が今起こったのか、理解するのには数十秒かかったと思う。
「っ!」
余所見をしながら走っていたユキは交差点に差し掛かった。しかしその同じ交差点へは車が向かっていたのだ。ミラーの設置が無く見通しの悪い場所。
そして次の瞬間。ユキがはねられた。
見ればユキが飛び出して行ったのだ、車もそれほど速度は出ていなかった。しかしその車にユキは弾き飛ばされ、その華奢な体は砕けてしまい――
アスファルトに流れ出す鮮血。僅かに開く両目は焦点が合っていなかった。
「ユキ!」
俺は思わずユキに駆け寄っていた。細い体でなくともその衝撃に耐えることが出来なかったのは当然のことと思う。
「ユウジ………ユキばかだね」
「何も話すなっ!」
「ユウジともっと………話したかった。ごめん……ね」
眼は閉じ、俺の顔に近づけようとした左手は地面へ落ちた。
「ユキっ! ユキ!」
名前を呼んでも、答えは返らない。次第に生気の抜けていくユキの体に触れながら俺の意識は堕ちていった――
「!?」
目が覚めるとそこは見慣れた自室で、俺はベッドに寝ていた。汗をびっしょりかき、目もとには涙と思われるものが線を描いていた。それは悪い夢から覚めた直後のような感覚。
「今のは夢……だったのか?」
あまりにもリアルで、とても恐ろしく怖い夢。記憶は鮮明に残り、今でも思い出すだけで寒気がした。
「Ruriiro Days」
そんなタイトルのソフトが落ちていた。
「(嫌な夢……だったな)」
きっとあの幼馴染キャラが出たのも夢の話なのだろう。少し残念に思う反面、あんな最期を遂げるというなら出てきてほしくない気もする。
いつまで過ぎ去った夢を思っていても仕方ない。俺はベッドから足を下ろし腰を上げる――
「!!」
窓の外から声が聞こえた。
「ユウジー遅刻するよー」
「!?」
さっきのは夢、じゃないのか!? でもユキは――
『お主よ。その訳を知りたいか?』
「え?」
ふいに響く声。それは小学生の女の子のような高い声だが、喋り方が少し変だった。まるでイタズラに老婆のマネをする少女のような――
「誰かいるのか!」
『わしじゃ。ほら、すぐ近くにおるじゃろう?』
「え」
パソコン机の前にその声の持ち主がいる。そして明らかに女子小学生な容姿がそこにいたのだ。
「おはよう、主人公」
喋り方だけがなぜか古めかしい女の子がそこに居た
「っ!」
小学生女子の低学年並みの体格を持つ、その子は俺を主人公と呼んだ。
「……いつからここに、お前は居たんだ?」
小学生な容姿の少女に問う。普通なら優しい言葉で接するべきなのだが
なんというか古めかしい喋り方をする時点でかなり怪しかった。それで警戒の意をこめて接している。
「貴様がそのゲームを起動してからずっといたぞ」
「まぁいつからか、なんて聞いても不法侵入に違いないけどな」
「断じて違うっ! わしは貴様の妹という設定で入ったのじゃ」
「へぇー妹かぁ……え? どういうこと?」
「主人公も見たじゃろ、ヒロインの一人が車にはねられるのを」
「! ……なんで、お前がそんなことを知ってんだ?」
「あの時ナレーションしたのはわしだからな」
「は? なれーしょん?」
……思い出せ。なんか俺とユキの会話以外の何かが混じっていたはずだ。
『しかし、そんな時間は長くは続かなかったのじゃ』
「これか?」
「うむ、なかなか迫真の演技じゃったじゃろう」
「いやナレーションに迫真の演技は必要ないし、実際なかったぞ」
「まぁ必要はないがノリとしてな」
あっさり認め軽く返された。
「話を戻して、お前がナレーションしているということはあの場にお前が居たのか」
「ああ、電柱の陰から実況させてもらった」
「あ、本当に近くにいたんだな……」
いつのまにかナレーションが実況になってることはあえて触れない。
というか陰でぶつぶつ実況してたのか……その容姿でも”将来が心配な小学生”だが、高校生辺りだったら”ただの危ない女”だな。通報されかねない。
「大体は知っているが、どうやら選択を間違えるとヒロインが死んでしまうエンドのようじゃ」
「選択とかなかったぞ」
「それはゲームと世界の融合の関係で仕方ないじゃろう」
……なんという酷いミスだ。選択することが出来ないなんてなぁ……ん?
ゲームと世界の融合?
「今、ゲームと世界の融合とか言わなかった?」
「言ったぞ、どうやらゲーム色が強いみたいじゃがな」
「えぇっ! この世界ってゲームなのか!?」
「今頃その話題が来るかっ! ……いや、正確には違うな。お主が存在する現実世界にお主の起動したゲームのシナリオやキャラクターをスライドさせた形になっておるのじゃ」
「へぇー……」
いや、意味は分からないでもない。
「なぜそんなことに?」
「貴様のせいじゃ主人公! あのゲームを起動したのがそもそもの始まりだったのじゃ!」
「は?」
「ゲームの起動によってお主の居る世界は書き換えられてしまったのじゃ!」
「書き換え……?」
「そのゲームのヒロインのシナリオがこの世界にスライドされたがために、ヒロインの死ぬルートが現れ、それを攻略しないと未来が存在しない世界になってしまったのじゃ!」
「み、未来が存在しないってのはどういうことだよ!」
「シナリオがバッドエンドで終わってしまう以上ゲームはシナリオの振り出しに戻されてしまう、それはシナリオのスライドされたこの世界にも言えることじゃ!」
「ってことは――」
「シナリオを攻略しなければ永遠にヒロインの死までの数分間を彷徨う未来の存在しない世界となってしまうのじゃ」
! ……そんなことが起っていいのか。俺がただ単にゲームを買って起動させただけで……こんな深刻な――
「……でも選択はねぇんだぞ、どうすりゃいいんだよ」
「考えても分かることじゃが、選択なんてあるわけないじゃろ」
そうして、こいつは続ける。常人なら理解しようがないことを淡々と。
俺はこういうミステリー系のラノベやらコミックで耐性とは行かないまでも分かるが、一般人ならパニックだろう。
しかし、こんな事態が起るなど予測しようがない。それも中古屋で買ったクソゲーを起動させだけなのだから――
「ゲームでは画面があるが、この世界は実際にヒロインと向き合って会話しておる。その時点で選択は継承されないのはわかりきった事実じゃ」
「じゃあ……どうすればいんだよ」
「……とある事情で事細かには言う事は出来んのじゃ。じゃがヒントを言うならば”選択はお主によって作られる”ということじゃ」
「……意味がわからないぞ? それに何でそこまでお前はこの状況を理解出来てるんだよ」
「わしは貴様の攻略対象である上、何故か一回目のリセット時の記憶も保有している。それに何故かはわからんが今後のわし含めた各ヒロインの攻略情報がわしの頭に入っておるな」
「え、お前ヒロインの一人なの?」
「そのようじゃな、説明書でも読んでおくといい」
説明書はと……あった。キャラクター紹介ページを開くと、なんとも個性豊かな顔と髪の女の子がそこにいた。
その中には――
「…………」
こいつがいた。桐(きり)というらしい。確かに”主人公の妹、懐っこく無邪気で明るい”と説明書きされているが。
今は古めかしい言葉のせいか”邪気”しか感じないのだが、俺の感覚は間違ってはいないだろう。
そしてこいつを攻略ってなんの冗談だよ……制作者にロリコンでも混じってるのか!?
「あったじゃろ?」
「ああ……まあな」
「どうやらわしは貴様に”惚れてまう”そうだ」
今の告白を俺なりに要約して言うと”わたしはお前を好きになるっ”と似たようなものである。いや……そんなこと言っていいのかよ、仮にもヒロインの一人だろ。
「貴様、これからの攻略情報を知りたくないか」
「ああ、そりゃ知りたいよ」
「そうか、ならば……わしに接吻をしろ」
「はい?」
接吻。せっぷん、口づけ、キス(kiss)チュウとも言い、愛情表現のひとつ。人が自分の親愛の情その他を示すために唇を相手の額や頬、唇などに接触させる行為。
「はぁ? なんでお前なんぞにキスをしなきゃいけないんだよ!」
「そうすれば色々な過程ぶっ飛ばして、妹ルートに入れるぞ」
「俺には犯罪まっしぐらルートにしかみえねぇな……」
こいつには常識の一つである”近親相姦”という事を知らないのだろうか。そりゃダメだって、それに立場的に白い目で見られるのは年上かつ兄の俺じゃん。
ムリムリムリムリ! キツイとかいうレベルじゃなくて、無理だからソレ。
「ほれ、早く」
「断る」
「唇にな」
「No thank you !」
「つまらない男じゃな……」
「今の行為をエンターテイメント感覚でやろうとしたのか……」
し、思春期の男子高校生をなめるなよ! お前みたいなロリキャラじゃなかったら少しは喜べたのに!
「まぁ早く行ってこい、貴様は学校じゃ」
「え? おおっ!? いけねえぇっ!」
そういえばユキを待たせっぱなしだった!
「い、行ってくる」
「リセットされぬようにな」
「ああ」
俺は思いだしていた。あの桐の言葉を。
『選択は貴様によって作られる』
家の二階にある俺の部屋から下りる階段でそんなことを考えていた。
そうだ、俺はあの時と違うんだ。あの時は、なにも知らずにユキと登校し、ユキは交通事故にあって死んだ。
今なら予防できる、未然に防ぐことが出来るはずだ。
『選択は貴様によって作られる』
選択は俺によって作られる……俺が作る……俺が作りだす……! そういうことか……あいつの言った意味が分かって来たぞ。
「あー、遅いよユウジー」
目の前で死んだはずのユキがここにいる。それは振り出しに戻されたからなのだが、彼女の死の光景を目の当たりした俺にはかなり複雑な心境だったりする。
「ユウジー何でユキの顔じろじろ見てるのー?」
意識はしてなくても俺はユイをじろじろ見ていたようだ。
「いや、なんでもない。待たせて悪かったなユキ、いやぁ家の目覚ましがストライキしててさ」
ここからはあの時と同じ会話をした。それでも、ユイと話すという楽しさは変わっていない。
「あっこんな時間だ! 急ごうっユウジ」
「あ、ああ」
ここから変えなければならない。
「待てっ」
俺はおもいきりユキの手首を掴み、そしてユキの直ぐ近くに俺は寄った。
「ユウジーっ! 手首なんて掴んでどうしたの? 遅刻しちゃうよ?」
さてどうするか……よし。かなり恥ずかしいことだが、意見を押し通すにはこんな方法ぐらいしか無いと思う。
「わわっ!? な、なにするの、ユウジっ」
ユキの手に俺の手を重ねるように手をつないだ。
「こういうのもたまにはいいだろ?」
「へっ? で、でも高校生だよ? こんなことして――」
少しユキの顔は紅潮していた。
「いいじゃんっ……それとも俺がこんなことして気持ち悪いか?」
この質問は正直汗ダラダラだぜ……断れれたらある意味バッドエンドだし、心が折れる。だが、幼馴染的ボジションで家まで迎いにまで来てくれる。
そこまでで主人公としての親密度を考えてみると……断ってはこないはず。
そして、その返答は。
「ううん! 別にいいの! いいんだよっ! うん、じゃあ手繋ご!」
分かっていた答えとはいえなんとも嬉しかった。……でも事前に分かってるて言うのもなんかユキに申し訳ないな。
そしてユキが優しく手を絡めてきた……表現が聞きようによっては卑猥だが気にしないでくれ。これで目的は達成したはずだ。
タクシーが通るタイミングとユキの通るタイミングをずらすという目的が。
後に目の前の交差点をタクシーが通り過ぎて行き、よく車が来ないか確認してからその交差点を超える。その時……世界は未来を取り戻した。
両方とも照れてか口数の少ない俺とユキの手と手は繋がったまま。通学路を歩き続け、こうして俺とユキは学校に着くのだった。
「ふふふ……あの女、ユウジ様にあんなに近くで」
女は不敵な笑みを浮かべながら二人の歩く姿を目視する。
「そろそろ行動を起こさないといけませんね……待っててください、ユウジ様っ」
どこからか聞こえる女の声がそう呟いた。
周囲の目線を感じて昇降口では流石に手を離す。
ユキも何故かは分からないが、惜しむよう俺の手から自分の手を離した……のだが。
「!?」
さ、殺気っ!?この明らかに憎しみのこもった視線……複数居るだとっ!
この暑苦しさも感じる視線は女子のものではない……おそらく大半は男子によるものだろう。
「(じと〜〜〜〜〜)」
……いや待て! その中でも一際深い呪いのようなものをドロドロに込めている奴がこの中に居るっ!?
怒り? 悲しみ? 羨望? 嫉妬? ……全てが闇鍋のごとくぐっちゃぐっちゃに混ぜられた奇妙な視線。
「(誰だ…………!)」
振りかえると全くもって意外な人物がそこには居て、ドスの効いた雰囲気を醸し出していた。
「おにぃーちゃん☆」
……あ、あれ? 今の意外な人物の発言で男子のものと思われる殺気が深く強くなった気が。
「さがしたんだよー?」
この猫かぶりっぷりからは想像出来ないがどうみても、見かけは完全に俺の妹になったらしい桐だった。
そんな桐が無垢な笑顔を形作ってそこに立っている。小柄で愛らしいその姿は男(シスコン)にとっての理想の妹を鏡に写したようにも見える。
……たださっきの数々の呪いのような不純なものを込めていなければ良かったと心から思う。それで大方台無しでプラマイゼロどころかマイナス要素が強い。
「ねー、おにいちゃん。聞いてるー?」
……それでいて何故にこいつがここにいるんだ?
「おにぃちゃん私ね、聞きたいことがあるのー」
……み、見えるぞっ私にも見えるっ! 桐を覆う殺気という名の深い闇の黒がっ!
なんか喋るたびに強く濃く深くなってませんかあなたのダークオーラ。
更に発せられるのは圧倒的な威圧感。こいつは俺と話したいようだし、おそらく人前では猫かぶりを解かない、そうなれば――
「わりぃ、ユキ先行っててくれ」
とりあえず桐との長期戦を覚悟してユキを教室へ行くよう促す。
「あ……うん。じゃあ待ってるからー」
少し驚いたように答え、ユキは教室に方へ駆けて行く。これでいい、これでいいんだ。
「ちょっと来て、おにーちゃん」
「っ!」
その時だ。油断はしていない。しかし桐が俺を呼んだ途端に俺の体は石像のごとく硬直した。
か、金縛りかっ!? 思うよう……てか体がまったく動かないぞ!? 桐は俺に何をしやがったんだ!?
喋ることもままならず、俺はただ桐の思うままに連れていかれた(ようするに拉致)
「許さぬぞ、ユウジ」
一階から下へ続く階段の下で桐は言い放った。
この学校に地下階というのは存在しなく、半地下にあるような用具倉庫が1階から下に続く階段の先にはある。
しかしこの用具入れの使用頻度は低く、用具入れと階段までにある踊り場に似た少しのスペースに俺と桐は居た。
「は?」
もはや猫かぶりが嘘のよう、てか面影は微塵になく老婆喋りを全力で披露していた。
「わしは貴様に幼なじみルートに入れなど言っていないぞっ!」
心の奥底から、は? である。いきなり呼びつけて何を言っているんだ、と。
ルート……ユキの? そうかゲームだもんな。それで俺はユキと手つなぎ登校して――
「でも入るなとも聞いてねぇな」
そうだ。あの時の桐の言ったヒントは少なかった。少なかっただけで、大きなヒントではあったが。その中に「ルートについて」一切聞いていない。
「黙れ」
ドスを効かせて圧制しようとする桐だが、既に慣れた。
「断る」
漢字・平仮名合わせ2文字での反論は桐と同じ。文字数的には桐の方が少ないが。
「拒否。ユウジ、貴様は何故わしのルートを選ばない!」
それを聞いて、俺は嘲笑するように言い返す。
「普通選ばねぇよ、まずはベーシックに幼なじみだろが」
「言い訳などいらぬし、その理屈はよくわからん!」
……じゃあ聞くな、と。そして桐、お前の俺を選ばせる理由はまったくわからん。ということは俺も桐の意見を汲む必要性はないな……だがここまでわざわざ来たようだし、一応聞いておくとするか。
「なんでそんなにお前のルートに俺が入って欲しいんだ」
「それはな……お、おにいちゃんが大好きだからっ!」(CV.田村ゆ●り)
「あー無理に頬染めないでいいぞ」
ここで恥ずかしそうに頬を赤く染めた桐を、こんな状況でなければ少しばかりは可愛いと思えたかもしれない。
「ちっ」(CV.般若}
「その声で成りきってるつもりか? 至る所から邪気が漏れてるぞ……どうせ他に理由があんだろ? お前のルートに入らなければならない理由が」
俺にルートに入ってほしいがだけに学校に攻め込んでくるものなのか? ヒロインの一人と考えても、まだ出会ってから1時間も経っていない。
「それは……あるぞ」
「で、ぶっちゃけると?」
「貴様はわしのものだからじゃあっ!」
何が来ると思えば。
「……本当にぶっちゃけたな」
ほぼ予想通りというか。面白見が無いというか……朝の行動から大体想像出来るな
「だって……私にとっては本当に大切なおにいちゃんなんだもんっ』(CV.釘●理恵)
「釘●信者に焼き殺されるかもな、俺」
主に嫉妬の炎で……あいつらは恐ろしいものだ。購買力は無いが声の大きさはピカイチ!
「おにいちゃんがいないと私……だめなの』(CV.榊●ゆい)
「こりゃまたマニアックな声優が……ってもういいから」
「えー、まだあるというのに」
いつまで続けるつもりだったのだろうか。
「「「どれが良かった?」」」CV.田村ゆ●り、釘宮●恵、榊原●い)
「重ねるな……だが、器用だなお前」
誰も出来ないというか、マネしないだろうに。
「惚れたか?」
「すごいとは思った、感想終わり」
これで惚れたらいくらなんでもギャルゲーの主人公が色々と可哀想すぎる。
「つまらぬのう」
「っていうか帰れよ。お前高校生じゃないだろ」
中学生でさえない。
「大丈夫じゃ」
「なぜ」
その自信はどこから?
「貴様の隠し子として」
「余計ややこしい上に俺が大丈夫じゃないわっ! 童貞歴15年とちょっとの俺をなめるなよっ」
「……貴様、今墓穴を掘らなかったか?」
うるせえ! チェリーボーイでどーもすみませんねぇ!
で、閑話休題。
「で、なんで来たんだ?」
「もちろんおにいちゃんに会いにきたの」
「本音は?」
「貴様を落として、わしのルートにいれる! どんな手段を使ってもな!」
「わー、あぶなかったな……よし家に帰れ。送りはしないから勝手に帰れ」
「えぇー」
「露骨に残念そうな顔するな……俺はノーマルな学校生活を維持したいんだ。そうなればお前には帰ってもらわないと困る」
「うー……仕方ないのう。貴様そこまで言うなら渋々帰ってやるか」
素晴らしいぐらい偉そうだな。
「ただし約束じゃ、他の女子に手を出すなよ」
この時こいつの言う女子は”おなご”と読む。
「帰ったら……頼むぞ」
「頼むな」
横目で何かちらりと何かを求めてきたが即効で断る。
「じゃあねー、おにーちゃん☆」
☆を散らして階段を駆けていった、猫かぶりな妹。
「さて……と」
しかしこれで胸をなでおろすことは出来ない。そう、戦いはこれからだ。
さきほどのユキとの手つなぎシーンやかわいい妹(猫かぶりヴァージョン)を持つ俺を見た男子生徒は怒りに身を狂わせている。
そうリア充シネ。お前の妹がこんなに可愛いわけがない。羨ましい、どちらもよこせ。
……俺への嫉妬に燃え狂う男子の刃から身を守りながら、我が教室に向かわなければならないのだ。
「……これはちょっとしたアトラクションだぜ」
そう一人呟いて、一気に勢いをつけて階段を駆け上がる。
「とりゃあああああああっ!」
そこではカッターやらハサミやら”取り扱いに注意してください”と書かれた外部に出たら確実に危ない薬品の入ったビンが飛び交っていた。
そして俺ことユウジは帰宅部ながらも豹のごとく足の速さで阿鼻叫喚の廊下を駆けていく。そう、廊下は俺一人が敵地に投げ込まれた戦場だった。
「はぁ……」
俺は教室に着いた途端机にうな垂れ、盛大にため息をついた。
「死ぬかと思った」
阿鼻叫喚の地獄海図。トラップ満載当たれば即バッドエンド行き、その中を潜り抜けてきたのだが――
どうやらすべてカットされたようだ(描写的に)
やってくれたよスタッフ! 力量が無いからってそんなところで手を抜くなんて!
……今なら俺がその戦闘シーンを躍動感溢れる文章で原稿用紙3枚は書ける自信がある。
「ようーユウジ」
軽っぽい男の声が聞こえる。
「よー……」
「どうしたユウジ死にそうだぞ?」
いや、本当に死にそうだったからさ……よしいきなりだけども話振るか。
「俺のこの体はあまり長くは持たない……何かあったら後は頼むぞマサヒロ」
「なんだとっ! ほれこの薬草(手近な雑草)を飲むんだ!」
「既に手遅れじゃ……すまぬ」
「ユウジ、死ぬな! 生きるんだぁっ! まってろ今”げんきのかけら”を」
「……ああ、もう一度……あのカレーパンが食べたかった」(ガクッ)
「ユウジィィィィ! ああ俺が今持ってたのがハッシュドビーフパンだったが為にユウジは……ちくしょぉぉぉぉぉぉっ!」
「さて安っぽい話もここまでにして」
以上、ユウジこと俺がいきなりおっぱじめた安っぽい喜劇終了。
「前回の”いきなり活劇”よりクオリティあがったんじゃないか? ユウジ」
そういえばお気づきだろうか、俺が妙に専門用語や声優の名前を知っていたりとオタク気質なのを、まぁ俺は正真正銘オタクなのである。
でもモノゴコロついてすぐに「長門かわええw」とか言ってる訳ではない、当たり前だが。その原因は直ぐ近くに二つ。
まぁと言っても二人に比べればまだ片足を突っ込んだぐらいのもので。
「そういえばさーユウジ、最近新しいアニメ会社が出来てな―――」
こいつ、高橋政弘(タカハシ マサヒロ)
中学時代からの付き合いで、完全なるオタクのこいつに俺は毒されたといっても過言ではない。
まぁ俺はアニメにまったく興味がなかった訳じゃないので、完全な被害者とは言い難いけど。
そんでもう一人はというと。
「むむ、今日もお勤めお疲れであります」
独特というか何とも言えない喋り方をする彼女。……彼女で合っている。女子生徒なのには違いないのだが……その容姿や性格を見ても色気の欠片もない。
巳原 柚衣(みはら ゆい)
「昨日の”NEEDL○SS”みたかな? 韓国に投げてるのに作監が―――」
ボーイッシュという訳ではない。オタク色に染まりすぎて女性というものを見失った感じだろうか。
女子生徒の着るオーソドックスな白に紺のラインが入ったブレザーに、スレンダーなスタイルにセミショートの茶髪。足は長く肌も白い。
そこまで聞いたらのならそれなりの良いスタイルの持ち主にも見えるが、そうは問屋が卸さない訳でして。
「コンタクトは好かん」と言ってメガネをかけているのだが、それが糞ダサイ。
その眼鏡はというと見事なまでに丸メガネで、さらにグルグル模様まで入っている。どこでそんなもん買ってくるんだよ、と思うシロモノを身につけ、更に――
「マサヒロは昨日の”NEED○ESS”見たか?」
「おー、なんかスタッフロールで原画スタッフが殆ど韓国なのは思わずふいてしまったよ、ハハハァッ」
「でも”イマ○ン”は日本人スタッフがいいからね、作監修正のおかげで保ったね」
「しかしあまり動かない場面がいくつか―――」
こいつら何言ってるの? まず俺には分からない。
”NEE○LESS”というアニメのタイトルまではついていけたが、それ以降はさっぱりだ。というかこいつらの話の内容が理解できるようになったら、ある意味負けだと思う。
「そういえばお前はまたユキさんと登校したのか」
あ、いきなし話題が変わった。
「あ、まあな」
「むむ、なんというギャルゲの序盤展開」
いやギャルゲだから。
さっき”中学生時代からの付き合い”といったのをお覚えだろうか。その通りの話なのだが、考えてみてほしい。
この世界はギャルゲーの内容で書き換えられたはず、今までの日常の要素がここまで残り、こいつらといつも通り話せているか。
桐が言っていたことなのだが。
『この現実世界にあのゲームのシナリオやキャラクターをスライドさせた形になっておる』
つまり今まであった日常にゲームのキャラやシナリオを繋ぎ合せた。その結果としてヒロインは登場するも、今までの人間関係に変更は出ていないということらしい。
「本当お前ユキさんと中学時代から仲いいよな」
……ただ、辻褄合わせのために周囲の人物の記憶が書き変えられているようだ。勿論ユキは世界の書き換えによって生まれた存在で、中学時代から仲が良いというのはありえない。
ゲームの設定が影響しているのだろう。そのせいでかなりややこしいことになっている訳だけど……そんな違和感を持つのは”今までの世界”を知る俺ぐらいなのだろう。
「そのユキさんはいずこへ?」
「あっ、ごめんユウジー」
教室の扉付近から聞こえるユキの声。
「噂をすればなんとやら」
ユキが話している俺たちの方へパタパタと駆けてくる。
「ごめーん、トイレ混んでてね」
「そっかー、なら仕方ないな」
人は生理現象には抗えないからな。
「そういえばさ、さっきの……い、いきなりあの手を繋いだのにはどんな意味が……あったのかな?」
「ユウジ貴様、抜け駆けったな」
「なんと! 既にルートは確定しているのかっ、裏山」
案の定ややこしくなったな……とりあえず。
「いやたまには手、繋ぎたくなることあるじゃん」
ぶっちゃけ自分では”ねえよ”と思っているのだが。
「一理ある」
ねえよ。
「あの繋がった時に感じる相手の汗! たまらねぇ」
……それはお前が汗ファチなだけじゃないか?
「う、うんまぁあるっちゃあるけど……」
え……あるんだ
まあそんな他愛のない話題で盛り上がり、そうしてHR(ホームルーム)の始まりのチャイムが鳴る。
おっとここで俺の紹介を少しだけ。
下之祐二(シモノ ユウジ)
容姿普通、学力普通、性格普通を決め込む……はずだったが、見事にオタクの道へまっしぐら、ちくしょい。マサヒロやユイとつるんでいることが多し。
そして最近になって、何故か俺はゲームの主人公になってしまったようで。
なんだかんだで、ユキがこの世界に現れてもそれほど違和感はなかった。
シナリオと現実の整合性がとれているようで、不自然に思う節は今のところは無い。
でも”なかった”というのは過去形の話で――
「(誰かに……)」
見られている。そう誰かに。でもそれは先程の男子勢が発していた殺気が練り込まれた視線ではない。なんというか……とても不思議な、それでいて粘っこい視線を感じるのだ。
「ユウジー食堂行こうー」
「!?」
あ、あれ? 今までに感じなかった殺気がその視線に出始めたぞ?
「どしたのー?」
「行くぞユウジ」
「参ろうかっ」
「あ、ああ」
その妙な視線(殺気含有開始)を気にしながらも俺らは食堂に向かった。
「(まだ………)」
食堂に来てもその視線はあった訳で、少し挙動不審気味。辺りを見回してその視線の主を探すのだが……
「どうしたユウジ、何かあったのか?」
「え?」
やはりその見回していたのが彼らに不審がられたようだ。ユキとユイ、ついでにマサヒロが俺を覗き込んでくる。
「いやなんでもないんだぜ?」
なぜか疑問形に返しながら、俺の平静さをアピール。
「そっかーならいいけどな」
言うものなら「見られてる? 自意識過剰すぎだろ」「アニメの見過ぎだなぁ、そりは」でもって皆から冷めた目で見られそうだし、喋るのは自重しておこう。
「飯にしようぞ皆の衆」
「うん」
「おうよ」
「ああ」
各自食堂で購入した昼飯を一心不乱に食らい始める。俺はリーズナブルかつ汁物で腹に溜まる温かいお揚げ付きうどんなのだが……
「(まだ見てくる……か)」
さっきの殺気(ギャグのつもりは断じてない)は薄れてきたし、恨みとかじゃなそうなんだよなぁ……
一体俺が何したっていうんだよ、視線が気になって食が進まないぜ! どうしてくれる!
「おにいちゃんおうどん食べさせて」
「あ、ああ」
その声を聞いて自分のうどんを箸で数本挟んで……ん?
「(のわっ!?)」
思わず驚いてしまった。その中学生にしては高く幼児にしては通る声、なんとも小さく発展途上な体。小学生相応の声や容姿を持つこの子は紛れもなく先程帰らせたばかりの桐であった。
そう、まぁ今の猫かぶり状態では分かりにくいが、桐がこの食堂の俺の元に居たわけだ。
「(大きい声を出すでない、鼓膜が破れる))」
「(悪い……ってなんでお前がここにいんだよ、帰ったはずだろ)」
「(ふふふ、おとなしく帰ると思ったか)」
あ、クソガキの発想だ……メンドクセー。
「(いや、帰れよ)」
「(ところで最近変わったことはないか)」
「(不都合なことはスルーするスキルは健在すね……最近ってさっきまでお前も居たじゃねえか、というか変わったこと、というか迷惑なのはお前が未だここにいることだ)」
「(揚げ足を取るな……それで?)」
俺の言った迷惑発言もスルーですか、そうですか。
「(……まぁ、あるっちゃあるけど)」
「(それはなんじゃ?)」
「(いやなんか妙な視線を感じんだよ)」
「(自意識過剰が)」
すごい、桐に言われるのが一番納得いかない! ということで一蹴された、結局は言われるのかよ……
「(それは冗談じゃが)」
冗談かよ! こっちは冗談じゃねえぞっ!
「(うむ、ヒロインの一人だと思われるな)」
「(え? ヒロイン?)」
「(ストーカー気質のようじゃ)」
なんという新感覚ヒロイン。ストーカーしてくるヒロインだなんて斬新すぎる、これは余り例がないに違いない!
……と見せかけて、結構ありそうだな。うん、主にギャルゲーではなくラブコメ漫画方面では有りそうな鉄板ネタだったな。
まぁ、でもそれをギャルゲーでやっろうってのは……そんな新感覚いらねえよって話だが。
「(厄介そうなのが来たな)」
「(そうでもないぞ、一度会えばルートに入る)」
「(はええ!? どんなやつだ?)」
「(しかし残念じゃったな、貴様はルートには入らない)」
自信あり気に胸を張って言う桐に嫌な予感をひしひしと感じつつ聞いてみることとする。
「(なんでだよ)」
「(それはな、妹ルート以外、このわしが許さぬからだっ!)」
……酷い横暴だった。
「(正確にはそのヒロインは性格に難ありなのじゃ)」
「(お前が言えた柄じゃないな)」
「(まあな)」
そこはスルーせずに認めちゃうのかよ。
「(しかしあちらの方が何枚も上手じゃ、一度選択を間違えるとバッドエンドじゃからな)」
「(……ムズすぎだろ)」
隠しヒロインの方がまだ希望を見いだせるわ。ギャルゲーって言ったら選択肢が無数にあるわけだろ? そんな中で正しいものを選び続けるとか……セーブ&ロード出来るゲーム媒体ならいず知らず、これは現実だ。まさにムリゲーじゃないか。
「(ということだ、ようこそ妹ルートへ)」
「(すまない、どういうことで妹ルートに入るはめになるのかさっぱり分からない……ということで俺は幼馴染らぶらぶルートに入る)」
「(ならば、妹いちゃいちゃらぶらぶルートへ)]
「(妹といちゃいちゃは兄妹としてはじゃれあってる的表現でギリギリセーフとしても、らぶらぶは人として駄目だろ……)」
誰だよ、こんな犯罪寸前シナリオぶちこんだのは!
「なにしてんだユウジ……ってそこにいるまさに妹キャラな人は?」
「いや、キャラとかじゃなくて俺の妹だから、なんか家抜け出してきたみたいでな」
とりあえずごまかした。いや……なんかマサヒロの言ったことは合ってるけども。見かけだけは妹キャラで合ってるからなあ。
「え! ユウジの妹さん?」
ユキが目を丸くして再度聞く。
「下之桐ですっ、よろしくおねがいしますです」
どうやら妹という設定なので俺の苗字を名乗っているようだ。
「家で寂しかったからきちゃいましたー」
それにしても。
「おにいちゃんに会えてうれしいです!」
なんという猫かぶり、むしろ清々しいね。というかその演技力は真面目にすげえ……使いどころ大いに間違ってるけど。
「桐ちゃんかわええ……っていうかユウジに全く似てないな」
こいつに素の桐を見せたら卒倒しそうだ……いやこいつの事だから「むむ、ギャップ萌えか!? これはこれでいい」とむしろ喜びそうで怖い。
そしてもう一人うっとり(眼鏡でよく見えないので推測)している者が――
「妹……かわええ、あたしシスコンだからどストライクだわぁ」
女でシスコン。更にそれを普通にさらけ出している時点でユイは半端じゃねえな。
「ユウジの妹さんかぁ」
「ああ、なんか来ちまってな、迷惑かけてすまん」
「「 大 歓 迎 !」」
満場一致の歓迎ムード……まあ、今の桐は当たり障りないからな。
「構わないよー……でも妹さんどうする?」
「先生に事情話して職員室で預かってもらうしかないな」
「えぇっ!」
今度は桐(猫かぶり)が反応した。
「私おにいちゃんといっしょにいたいですっ」
「でも授業があるからな」
「静かにしてるからっ、サイレントモード付いてるから!」
……最後のサイレント云々を無しとみても、現在の妹なら普通に良い。だからつい甘くなってしまうわけでして……ねぇ?
「……まぁ授業担任に相談してみる」
「えっ! 居てもいいの! ありがとうおにいちゃんっ!」
この妹なら悪い気はしないなぁ……
「(ぬふふ、計画通りじゃ)」
……これが聞こえなかったら素直に喜べたんだがな、ちくしょう。
「とりあえず早く飯食っちゃおうぜ」
と、マサヒロがけしかけ。
「いいねぇ、いいねぇ」
「うんー」
女子二人は乗ってしまったのだが、俺に関してだが思ったより汁モノは時間がかかり、案の定急いだのが仇となり舌を軽く火傷した。
桐の登場により、さっきの視線をすっかり忘れていた。ただその時間が楽しかったというのが理由ではなく、ただただ慌ただしかったのだ。……本当だぜ?
そんなこんなで桐のプラスされた午後の授業が始まるのだった。
「はいっ!ありがとうございますっ」
キラッ☆ キラキラ幼女スマイルで先生にお礼を言う桐。
なんという可愛らしい光景。一般男子や大勢の女子が保護欲に苛まれるのだが、俺に限っちゃ何とも全く心が動かない。
「(大人なんてちょろいもんです)」
ほらこれだよ……この見下す黒さ満点の言い方。っていうか古い喋り方消えてるし、どっちかはっきりしろよ。
「じゃあ、静かにおにいちゃんの近くにいるですっ」
たったと駆けて俺の隣に立つ。
「いい妹さんだな、大切にしろよ」
担任からのちっとも有り難くないお言葉ありがとう。大切にする必要なんてない。こいつは自力であらゆる敵に邪気で対抗出来るから放っておいてもノープロブレムだよ。
「よろしくね、おにいちゃん!」(ニヤリ)
断じて妹ルートに入らねえ。というかこいつは既にもう妹じゃない腹黒い何かだな。どうやったら無邪気な妹キャラが邪気臭全開の変態になるのだろうか。
「はぁ」
妹のドス黒さに溜息をつきつつ。
「あそこが俺の席な」
「はいっ! 先に行ってるです」
思えばこの”〜です”っていう語尾が本来ならば少し背伸びした小学生みたいで微笑ましいのになぜだろう? 桐のは聞いててイライラする。
そうして桐はひょこひょこと俺の机目がけて走って行った……俺にしか見えない邪気を振り撒きながら。
遅れて俺が席に着いた。桐にはどこから出したかわからない小さめの丸イスが置かれていて、そこにちょこんと座っていた。
「ところで、桐」
「なんですか? おにいちゃん」
「無理しなくていいぞ」
「え? なんのことですか、おにいちゃん?」
「猫かぶり」
「(猫かぶりゆうな! 世渡りの良い妹と言え)」
ほうら本性でた。
「(で、なにか用か?)」
「(いやさ、さっき言ってたストーカー女ってどんな人なんだ?)」
桐は攻略情報が頭に入っていると言っていたのを俺は明確に記憶している。それならそのストーカーについての詳細を知っている可能性がある訳だ。
「(うっ……)」
明らかに居心地悪そうに目を背ける桐。
「(ぶ、とんでもないブサイクじゃ! 学力も低くて落ちこぼれ! じゃ!)」
そうなのかー。
「(なら顔を背けずにもう一度)」
「(うぅっ……おにいちゃんのいじわる)」
「(ごめんなこの底意地悪い性格が俺の地だから)」
妥協してくれな?
「(ま、まあ……奴に近づくのは止めておいたほうがいい、貴様の可愛いくぁいい妹のありがたいお告げじゃ)」
「(けっ)」
自分のことを可愛いなんて言うやつにロクなもんはいねえよ。何か傍目からみればコソコソと妹と密談というシュールかつ犯罪チックな光景が広がっていたので即刻止め、俺は自分の席に座り直し黒板に向き直る。
桐は人懐っこく(※演技)俺の右腕にがしぃっと掴まっていた。
その光景を見て続々と増える敵(おもに男子)の「もう殺ってもいいよね♪」的な視線と先程から続く”あの視線”に俺は悩まされたのだった。
帰り、今日の学校の授業がすべて終了した。アニメで言えば終わったのはAパート、CM開けてまだ先は長い。
「帰ろうぅー」とマサヒロ。
「皆の者! 家へと撤収だっ! 今すぐ自宅警備という仕事に復帰するんだっ」以上ユイ。
自宅警備って言っても自分の部屋のパソコン周囲限定だろよ。
「帰ろー」とユキさん。
そうして集団でぞろぞろと教室を出るために二つしかない出入り口の一つを目指して間隔の狭い机群の間を歩いてゆくのだが……その時。
ガシャン何かが床へと落ちる音。
ただでさえ狭い机間で、更にノートが飛び出していたようで。俺の学生カバンがぶつかり、ノートを伝って筆箱も床に転げ落ちた。
「あ、すまんっ」
と謝りながら、すぐさまこぼれた筆箱本体と筆箱の中身やノートを拾う上げ机に置く。……どうやら筆箱やノートを見る限り女物のようだ。
ノートの表紙文字や可愛らしいピンクのソフトタイプの筆箱から分かる。
「い、いえ」
「ごめんな、ぶつかっちまったわ」
「ええと、大丈夫ですよ」
妙に落ち着き美麗なその声。ものを拾い上げて顔を見上げると。
「!」
そこには非常に整った顔立ち。清楚な佇まい。少し香る甘い匂い。長く綺麗な黒髪を放らせたかなりの美少女女子生徒がそこには居た。
「……ユウジ様ですよね?」
「え……?」
思わぬ言葉に驚いてしまう。
「なんで俺の名を?」
「一の二のクラスメイトの一人ですから、名前は覚えていますよ?」
そうきっぱり答える彼女が続けて。
「私は姫城 舞(ひめき まい)です」
「え、ああ! 覚えておくよ」
「ありがとうございます、では以後よろしくお願いします」
「あーこちらこそ」
その頃背景では――
「能登●美子ヴォイスキタコレ!」
「のとぉぉぉぉぉぉぉ……いや、これはよく聞くと――G●の能戸松だあああああああああ」
「(っち)」舌打ちする桐と。
「すぐ仲よくなったなー」と関心するユキがいた。
「よろしくな、じゃ」
と言って名残惜しいながらもその姫城さんから離れ帰路に着く俺。
この時だったのだろう。桐の舌打ちや姫城さんの「以後よろしく」の意味に気づいていれば……
あんな事態にはならなかったのかもしれない。
一日の授業が終わり、足早に教室を後にして帰路に着く俺ら。
俺、桐、マサヒロ、ユイ、ユキのいつものメンバープラス桐の五人で通学路を歩いていく、そしていつものことだが歩いて数分経たずに――
「ではワタクシは失礼サセテモライマショウ」と謎のカタコト喋りを展開するユイが去り。
「さらば」とさっくりマサヒロも消え失せる。
そうして順に俺と桐とユキの三人で日が落ちる中を歩いてゆくのだが……
「――――」
桐は俺の手を握って一緒に歩いている。傍から見れば兄妹どうしが手を繋ぐ仲睦まじく、大変微笑ましい光景なのだが、しかし……
「(ゴゴゴ)」
こいつは無言だったが、俺の第六感が何かを感じた。今までと雰囲気が違う……どこかが違う。
桐は無表情に近く、微妙に笑顔が見える程度で不気味だった。更にはドス黒く言葉では表現できない奇怪なオーラを醸し出す桐は、俺から見るに明らかに不機嫌だった。今までのこいつの性格を考えるに今は怒ってることになるだろう。
ええと、なんか言ったほうがいいのか?
「桐、学校はどうだったか?」
「とても楽しかったです(棒)」
まずいな、ご自慢の演技力が事務所ゴリ押し新人声優のごとく棒演技になってらっしゃる。これはかなりキレとるな。
「おにいちゃんってほかの女の子と仲いいんですね、女の子と」
強調して言った。今回に限っては大事なことは二度も言わなくていいですから。
ああ……絶対その”俺と女の子との中の良さ”が不機嫌な原因だろうな。まったく、こいつの独占欲の強さには呆れるぜ……ヤレヤレ。
と、ため息をついていると、隣を歩くユキが呟く。
「あのさ」
「ん?」
桐がいるのに気をつかってくれたのか、今までだんまりだったユキが――
「なんか妹さんを中心に挟むと、子連れみたいだよね」
「……え?」
まさかの爆弾発言。思わず声が漏れてしまった。というかその発言は――
俺とユキさんが夫婦ってことになってしまうのでは?
「?」
俺、若干照れ気味である。ベッタベタだけど、そこがいい。……ユキに言われるとか本望だわあ。でもそれは相当に恥ずかしいことでもあるわけでして。
一方で最初は首を傾げていたユキ。しかし、ゆっくりと、自分の呟いた言葉の意味を考え出して――
「あっ!?」
どうやら気づいたようで。
……やっぱ意図してなかったかー、少し残念に思うけども仕方ない。
「な、なんでもないっ! 今の忘れてっ! 消去してっ」
「え、あ? わ、わかった」
消去は出来ないというか、出来ればしたくないな。これこそ脳内メモリーに保存して夜、布団に入りながらニヤニヤ気持ち悪い笑みを浮かべながら思いだしたいわけで。
まあ、でも意味を既に理解していた俺としても恥ずかしいことこの上ない。だから眠りに就く時だけにしか思いださないつもりだ。
それと、桐さんや、次第に握る力が増してますぞ。さらになんか手じゃなくて手首に掴み変えたね?
血ぃ、止まる。いや、マジで。なんか手が黒く成り始めてるから。壊死するって、本当に。
そんなこんなで痛みをこらえている頃。
「じゃ、じゃあねっユウジ! また明日っ」
と言って駆けていった。照れた表情のユキは至高だった。そしてユキの背中が見えなくなるのを確認してから、今かと言わんばかりに桐が動く。
「ぅん?」
桐はヤクザ顔負けの睨みを俺に向ける。睨みで人を殺せそうな勢いだな。もうどっかの組長になれよ、ロリヤクザって斬新だぜ?
なんか凄い一部の層に大受けしそうだな……主に大きな子供の入組希望者続出?
「このクソ主人公がっ」
イン通学路、古い喋り方第一声は俺への罵倒の言葉でしたとさ。
「個性豊かな女の子といちゃいちゃいちゃいちゃ(以下二分に渡って続く)……しおって! この女ったらしが」
……ひどい言われようだ。俺がそんなにベタベタしていたか、それはないね。分別は弁えてるさ。
それに女子って言ってもユキ一人じゃないか……あ、一応ユイもか。だから桐の俺へ向ける怒りは納得がいかない、それは極めて理不尽だと俺は思うね。
だからこんなことでは折れるわけない……一番の有効策は相手にしないこと、とりあえずスルーしとけばいいだろう。
「…………」
「あんだけ幼馴染ルートに入るなと言っているのに、もう入りかかっておる」
「え、マジで?」
いぃぃよっしゃぁとりあえず幼馴染から攻略だぁっ! ユキはめっちゃタイプだし、やったっ!
さっきまでの冷静な自分グッバイ、ハイテンションな俺こんにちは。もう嬉しいね、ユキと付き合えるチャンスだって。もう素晴らし痛っ!?
ガシガシガシ……気付けば俺の足は桐の小さいけれどなんともパンチの効いた力で足踏み式空気入れのごとく踏みつけられていた。
「足を集中して踏むなっ」
「黙れ、クズ」
俺はエムじゃあないですよ。だからこんな老人喋りの出来そこないみたいな奴に言われても嬉しくもなんともないわけよ!
というかクズまで言われて嬉しいのはある特殊性癖を持った一部の人々だ! そこまで卑下されて引き下がるものか、俺も反論だ。
「うるせぇ! なんといわれようと俺は幼馴染街道を突き進んでやるぜっ」←全力でダッシュ
反論と反抗。逃げるが勝ちだ、言い逃げすればこちらのもの! はは、高校生の脚力と小学生の身軽さ、果たしてどっちが早いかな?
「あ、待てっごふ!?」←全力で転倒
ばーかばーか転んでやんのー、誰が待つかばーか←クソガキの典型。
「許さぬぞっ! なにがなんでも妹ルートに入れてやるからなああああ 」
逃げ切った。思わずガッツポーズを取ってしまうぐらいに勝利の気に満ちている。なんとか家にたどり着き俺の部屋に入れた……どうなることかと思ったぜえ。
「どうなること、とは?」
「わっ!?」
桐がそこには居た。神出鬼没とはこのことを言うのだろう。俺を追い抜かすってどんな技使ったんだよ、瞬間移動かなんかか?
あれか、ワープポイントとかが俺のタンスやら机の引き出しに入ればあるってのか? ……それは流石にないか。
「さぁ観念して妹ルートに入れ」
なんだろう。既にこの会話の時点で「妹」とコイツを認識出来ない、したくない。本当の妹ならそんな”妹ルート”なんてメタなこと言わねえよ!
「ふざけるなよ」
「な、なんじゃ」
「妹がルートとか言わねえよっ」
「今頃いうか!? 一部には需要があるのじゃ!」
「一部の存在は認めるけど、俺にとって需要は全くないな。他を当たってくれ」
「う、うるさいっ! わしもす、好きでお前なんぞの嫁にされとうないわ」
なんと嫁とは、いきなり飛んだな……ああ、勿論俺はお断り。
「俺の嫁にする気はさらさらねぇ」
「なら婿がいいか」
性別なんて些細な事ですか、そうですか……って、そういう問題じゃねえし!
「べ、べつに貴様のために婿になってあげるんじゃないんだからねっ☆」
無茶苦茶だ……もう突っ込みきれねえ、せめて嫁には戻せ。
「いいかげん同じ展開は飽きてくるぞ」
桐、私の嫁になれっ。俺、断るっ。桐、黙ってわしの婿になれっ。俺、全力でNo thank you!。……の以上無限ループのこと。
「むむう……ならそこに寝ろ」
「はい?」
何を言ってるんだこいつは。てか、ここは俺の部屋だってーの、指図すんじゃねえ。
「わしが押し倒――」
「アウトォォォォォォォォォォ!」
「なら深い接吻でも、ディー」
「あうとぉぉぉぉぉぉぉぉぉ! このゲームの対象年齢一五歳以上だから! それやるとR−18指定が入るからっ、絶対に」
今日ぐらい動転せずに冷静に事を対処したかったというのに、このエセ妹は……っ!
「なら、どうしろと」
「まずそこに座れ」
「こ、こうか?」
「それで待機」
「分かった」
さてと……俺はパソコンでも立ち上げるか。
「で、俺がパソコン机に座る」
「それで?」
「俺がネットサーフィン」
「で」
「待機」
「わかった」
さてとー。とりあえずこのギャルゲの攻略サイト見つけんとな。先をある程度知っておかないとショックで気か理性を失うかもしれん。
「…………」カチッ、とマウスのクリック音。
「なぁ」
「…………」カチッ。
「わしは……」
「待機」カチッ。
「し、承知した」
変なとこ従順なのな……一応桐は自分の益の為だから利には叶っているんだろうけど。
「…………」カカ――、とスクロール。
「…………」
「…………」カチッ。
「わしはどうすれば」
「待―― へぶっ!?」と、桐の拳が顔に入る。
「っ、いってぇな!」
「馬鹿にするのもたいがいにしろ貴様! この動作に一体何の意味があるのというのだっ」
「意味ならある」
そう、重大な意味だ。
俺が今まで無意味なことを言ったか? ……前例が少ないから何とも言えない? だとしても、これは俺も満たし、桐も満たす。メリットに溢れた動作なのだ。
俺は休息を、桐も気を紛らわす。そう、それは――
「言ってみよ」
「これもプレイの一つだ」
「…………」
「放置というプレイの―― ぐあっ!?」桐の足が俺の顔へめり込んだ。
「それで貴様はパソコンで何をしているのじゃ? ま、まさか青少年的ないかがわしい画像を……っ!」
「妹(仮)の視線の中でそんなことを平然とできる奴なんていねえよ」
それは何の罰ゲームだ、素晴らしいほどの恥辱だな。どんな突飛した発想だよ。某役員共のメンバーと同じ酒が飲める勢いだなあ、オイ。
というかさ、だんだん桐のノリがエロ方面におかしくなってきてねえか? 犬の発情期の如くムラムラしてんのか?
「いや……既に上級者となりて羞恥プレイとしてやってるかもしれん」
こいつの思考が全く読めねえ、というか読めたらそれは一生後悔するな。読んだら人生敗北のお知らせだ。
「でユウジ、貴様は一体ナニをしているのじゃ?」
「”ナニ”を強調したのは何かの狙いがあってのことか?」
「の? ぬふ、お主は一体なにを想像したのかの? なにか、えろすなことか? ほっほっほ、男故仕方ないのう!」
あー、うぜえ。今明らかにその部分だけ強く言ってたってのに、しらばっくれて俺弄り。
楽しいですか? 楽しいですよねえ! ……本当に攻略情報も寄こさない、日常生活に浸食してきて面倒、ウザ可愛くない――の三拍子揃っての使えない要素がそのそれなりの容姿と相殺どころか打ち勝ってしまっているというね。
……ああ、そういえば俺がパソコンで何をしてたかだっけ?
「このゲームの攻略情報の検索、妹(偽)は全く全然完全に役に立たないのでその代用として、人類文明史上最高情報伝達器具、パーソナルコンピューターのインターネットブラウザを介して検索エンジンgoogleで攻略情報の探査をしてんだよ」
「……長ったらしくして誤魔化してるかもしれんが、はっきりとわしの悪口を言ったじゃろ」
はっきりと言いましたがなにか? まあ、聞こえないなら聞こえないで「耳鼻科を紹介しようか?」と声をかけるつもりだったが。反応する義務は発生しないのでスルー、と。
「とりあえず公式ページの情報は確認しとかないとな」
「さりげなくスルーしおったな貴様!」
手に入れた情報の文字をマウスでドラッグしメモ機能に貼り付けて行く。
「コピー&ペーストっと」
「……」
「……」
「うう、無視するなんてひどいよおにいちゃんっ」
「ごめんな俺は厳しく育てる派だから非情なんだ、理解してくれ」
「理解出来るかっ、ただのイジメじゃろうが!」
「ごめんな俺は虐待で育てる派だから非道なんだ、理解してくれ」
「なぜに悪化させとるのじゃ! わ、わしにはマゾ属性などないぞ!」
「誰も期待してねーよ」
いやいや、虐待とマゾ属性とかある種のSMプレイじゃん。なにその需要と供給二つ叶え、桐にも益があるから俺はなんもしない。という選択を取るとしよう。
「だから俺は桐を諦める。時に兄は鬼にならなければならないのだ、妹(古)よ」
「(古)言うな、それじゃわしの貞操が既に奪われ――」
「おうい、その発言はグレーでなくブラックだ。打ち切りされたくなくれば、即刻中止しろ」
聞き覚えのある方々が”ガラッ”と戸を引いて登場しそうなので自重願う。
「……ちっ、この田村ゆかりヴォイスで大抵のロリコンならイチコロだというのに」
「残念ながら男すべてがロリコンではないからな、というかその発言で煽ってどうする」
重度の萌えオタなら半数占めそうな勢いだが、それ故に”ロリコン”と決めつけるのは偏見だ。
「そうか……わかったぞ、それほどまでに攻略情報が欲しいなら”妹ルート”へ来るがよい」
「間に合ってるので結構です」
丁寧に頭を下げてお断り。この驚くべき謙虚さに紳士の仲間入り確定だ。
「……保険の勧誘に酷似した断り方はやめろ」
「なら”来るがよい”なんてお○ゃる丸と仲間扱いされそうな腐った喋りを失くした上で”来てくださいだろ”?」
そんなことを言う俺は絶賛ドヤ顔中、ほうらほうら言ってみなよ? 人に頼むんだろう? 来てくださいーって?
「ぬう、なぜに立場が逆転しておるのか……甚だ疑問じゃ」
「いや、俺がスルー決め込んだ時から俺ずっと大勝利だから」
関係ないけどインターネットを発明した人はすごいね。インターネットの創始者を、あとでウィキで調べてみるか。
「で、調べられたのかの? 攻略情報」
「ああ、調べられた……と、見せかけて殆ど無理だった。しかし聞こえる評判は酷すぎる」
「それはそうじゃ! クソゲーじゃからな」
そのゲームのヒロインこと当人が言うと皮肉にしか聞こえないぞ。
某巨大掲示板を覗くと「これ今年のワースト決定だな」「もうワーストだろルリキャベ(Ruriiro Days 〜キャベツとヤシガニ〜 の Ruriとキャベ の略)「ワーストワースト言ってるアンチは帰れ」「具体的に脚本がバラバラ、キャラ崩壊はしょっちゅうだしそもそもジャンルの時点で地雷」「絵が綺麗なだけに話の粗が目立つんだよな」「でもあの ルートだけはよかった気がする」「確かあの ルートは外部制作だろ」「でも売れてんだろ」「擁護乙、酷すぎる評判と絵の綺麗さで買ったやつがほぼ全員だろ」
「絵で買った人涙目w」「そして中古店には大量のルリキャベの姿が……」「www」「実際たくさんあったぞ、一〇〇〇円で初回限定が買える」「一 〇 〇 〇 円 だと……マジで絵で買った人涙目じゃねえか」
以上、棒掲示板のコメント群だったとさ。(※なお「作者草民かよ」という批判意見は受け付けません、あしからず)
「……八〇〇円で売られてる理由がわかった」
ちなみに俺の購入したのはRuriiro Days 〜キャベツとヤシガニ〜(通常版)なので初回よりも安い。
ペットボトル約5本で買えるギャルゲとは日本ハジマッタなとか思っていたが、低価格の裏に潜む罠に思いっきり釣られた。
でもよく考えたら公式で無料ダウンロード出来るエロゲがある時代だから、案外そう凄いものではないのかもしれない。
それで。ユキは「篠文 由紀」(しのふみ ゆき)というらしい(掲示板で知った)あとのヒロインを調べようと公式に行ったのだが……公式そのもののページが消えていたのでどうしょうもない。
とりあえず本ヒロインと隠しヒロインの二種、計十人前後が居ると言う(これも掲示板より)
ヒロインは「篠文 由紀」ユキ、と「下之 桐」妹の二人の他に約8人いるという解釈でいいのだろう……やはり近くにいるのだろうか?
「……今、他の女のことを考えていたな」
「ああ、攻略ヒロインは何人いるのかなと」
「何人もいない、わし一人じゃ」
すごい! パッケージ通りなら数人全員桐! どこのシスターズ……あっ、桐もシスターには違いないじゃねえか。
桐が一杯……? ……かなりうるさそうだな。
「……ユキを見た俺には苦しい言い訳にしか聞こえないな」
「ユキ……じゃと?」
「ユキ」
あの幼馴染なユキですヨ。ポニテがデフォなすごい可愛い娘ですヨ。個人的にはお近づきになりたいナンバーワンな方ですヨ。
「名前で呼ぶなどなんてふしだらなっ!」
「ユキちゃん」
「かわいい! なんか羨ましいのう!」
いつかそんな呼べる日が来ると良いのだがなあ。
「実際、冒頭のお前の”ふしだら”という発言はそれに含まれないのか?」
「わしはよい、ロリだからな」
「余計まずいわ」
ロリで威張る妹をこの世で見たことがない。そして今後も見ることはないだろう。いや、みたくないですはい。
「かわゆい妹からの大事な助言じゃ、明日は気をつけるのじゃぞ」
「自分でかわいいというお前は置いておいて、いきなりなんだ?」
「第三のヒロインのイベントが発生する」
さっきヒロインはわし一人とか言ってたくせに。まあ、情報くれてんだから何も言わないけども。
「前言ってたストーカー女のことか」
「ああ、まあ顔は……あまりよくない」
少しの間があるな。ああ……なるほど桐のことだからこれは逆に考えればいいのか。
よくない⇔イイ! へぇー。
「それは楽しみだ」
「き、貴様ブスフェチか!」
ブ、ブスフェチ!? いややややややややや、いや居るんだろうなあ、そんな人!
でも、ちょっと、いやすごく俺にはまだ理解できない層だな。うん、否定する訳じゃない。ただ俺には縁がないフェチなだけで――と俺はなぜか特殊な性癖な方々への弁護をしておく。
「ねえよっ! そんなこと言ったらお前も対象外だヴァーカヴァーカ!」
「さ、さりげなくフラグを立てる台詞を……どきどきしてしまうではないか」
「お前のことだからどうせ逆のことを言ってんだろ」
「え、わしのデレスルー?」
何かにショックを受けていた表情を形作っていた桐だが、一息おいて。
「! ……間違っていた。とんでもない美少女じゃ、わしのようにな!」
「それは本当と捉えておこう」
なーる、美少女か……というか女子高生だから美女と表現した方がいいのか? いや、そもそも美少女の括りってどれぐらいだろう……奥さまは魔法少女だったりするからなあ。
「し、しまったわしとしたことが誘導されたじゃと!? それとまたさりげなくわしの美少女であることが否定されないじゃと!」
「まぁ明日は楽しみにしておくとするか」
さて次のヒロインの姿がどんなものか朝まで脳内生議論だ。個人的には長髪で……そうだな、ストレートに黒色ってのはどうだろう?
同い年な感じのおさななじみぃーなユキもいいけど、少し大人っぽい人も案外よさげ。とにかく楽しみだなー
「絶対に他のおなごには手を出すなよ、美少女のわしがおるじゃろ」
「断る、女子高生万歳」
「くぅ……さらっとわしを攻略範囲から否定しおって、美少女でも女子高生限定とは――なんという孔明の罠」
「俺が高校生でよかったと思う、この瞬間」
ああ、幸せ。ほぼ同い年の女性を好きになれた、そんな俺がノーマルであることに乾杯。
「わしがグラマラスならよかったのか! ペタだから駄目なのか! ロリきょぬうならル○ンダイブレッツゴーじゃったのか!」
「はい終了、てか微妙にネタ古いからなソレ」
ということで本当に一日終了のお知らせ。「第三のヒロイン」が気になるっちゃ気になるが桐にこのまま居座られると睡眠時間を大幅に削られてしまうので、さっさと追い出した。
そうして、濃い一日は終わって行く――
四月二二日
いきなり日付が表示されるのは、やはりクソゲークオリティ、制作者の計画性の無さと作りの粗さが全開だ。ということで翌日になった訳で、俺はゲームと現実の融合した世界の二日目を迎える。
とある家の一室、電気が消され、薄暗さが占めるその部屋に一筋の眩い日の光が射している。 一室に備え付けられた網戸のすぐ近くには、装飾のない厚めの水色カーテンが、ゆらゆらと風に吹かれていた。
網戸を伝って舞い込んでくる心地よい春風が、部屋を包むように静かに舞い踊る。
そんな温かい朝の中、布団の中でゆっくりと俺の意識は覚醒していく。 寝ぼけた頭で見えるのは、何の変哲もないうす汚れた自室の天井。 あまりにも見慣れた景色に、少し嫌気が指して、天井から意識を逸らした。
「ん?」
意識を逸らした途端にその違和感へと気付く。自分の体の上に何か不自然な重みを感じた。いや現在進行形で感じている真っ只中である。
その重さの要因が俺の愛用している冬と春には大層お世話になる布団ではないだろうし、かといって本やゲームのケース・コントローラーなどの固いものが紛れこんだ訳ではないだろう。そう、なにか温かみを持っていて、それでいて魅惑的にやわらかくて小さく精巧に布で編まれた人形のような……
「(人形?)」
視線を動かし、自分の体の上へと焦点を合わせると――
「起きたか」
「!?」
あまりの衝撃に眠気が一気に吹っ飛んだ。そこに居るのは、実際居てはいけないもので……いけないヤツで、なぜにここに? なぜお前……という疑問に関してはお前しかいないか、と少し納得せざるを得ないが。
だとしてもなんでお前が居るんだよ、と。というか何処から入りやがったんだ!?
「ちょ、おまっ!」
その衝撃による焦りによって、体に乗る”コイツ”にしどろもどろにながらも言い放つ……いや、しどろもどろにもなるでしょ。朝起きたらいきなり体の上にコイツが居るんだぜ? 冷静に対処できる方がどうかしてるね。
「男の体とは大きいものじゃな、わしの体はすっぽりと収まってしまったぞ」
「……まて、その言い方は別の意味に捉えられかねない」
その発言はマズイ。俺の指す別の意味は言わないけどマズイ。というかわざとかっ! 昨日のように釣りなのかっ! こんなのに釣られクマー!?
「よいではないか、よいではないか」
……ここまでの展開で皆さま方もお察しの通り、じじくさい物言いの小柄な少女が体の上に乗っかっていた。ちょうど俺の胸辺りにその少女の体、見上げれば幼い顔がある。その小柄な少女は自分を俺の妹と言い「桐」という名前を持っているのだ。
「ここは……とても温かいな」
なにその人生に疲れて行きついた先がここだったみたいな表情。
「この上は非常に和む」
人の体の上で和むなんてどうかしてる。人を電気座布団と同列にしか考えてないんだろうか?
「……人の体の上で和むな、はやく下りろ」
そう冷たく言い放つと、即効で手のひらを返し。
「ちぃ、つまらない男だ。これだから今まで彼女歴零年なんじゃ」
と、理不尽に罵られた。
「つまらなくていい、寝起きに楽しさやスリルやらを求めたことは金輪際、一度も思ったこと、考えたことすらない、だから離れろ――と冷静に返したいところだが、まてや。彼女歴〇年だと何故決めつけるのは早計と偏見に塗れているからな!」
「ふぅん……じゃあ実際のところどうなのじゃ?」
すると突然桐の表情が険しくなる、アレだ。冗談を言い合っている途中に話相手が途中で真顔・真面目になりあの面倒臭さな感じだ。
その俺の彼女歴なんて知っても何の得もないだろうし……いや、後々ネタにされる可能性というデメリットが俺にはあるじゃねえか!
言ってやるものか、だからここでの選択はスルーだ。
「はっ、お前に言って何に――」
「どうなのじゃ?」
「だからさ、お前に言っても――」
「どうなんだ?」
「お前なんかに――」
「答えろ」
「ありません」
「……そうかそうか、ならば良いじゃろう」
うおーい負けたぞ? 桐の発する謎の圧力に俺は打ち負かされてしまったんだが! というかなんだよその容姿以上の貫禄は。
……正直に答えただけで、今は「やっぱりそうじゃろうな、わしが初めてに決まっておるものな」とニヤニヤと呟いているのだからそのギャップにはあの桃色髪姉妹のモ○も驚きのことだろう。
「いや……もうその話題どうでもいいんで、どいてくれねぇかな?」
「だめじゃ。このすーぱーぼでぃで、貴様を悩殺してからだ」
と言ってその年相応で未来に溢れた体を持つ少女は起き上がり、俺に馬乗りした……先程も似たようなものだったのだが今回ばかりはグレーな腰部でのその姿勢だ。
「……色々とまずいし悲しくなってくるから、さっさと落ちろ」
悲しげにも平らで曲線の無い体を見て彼はそう言う。いくら未来に溢れていても現状は貧しい。悩殺という言葉はお前にとって程遠く譲っても十数年近くも早いという虚しさ?
それでも言わずもがなこの体勢この状況は芳しくないので、俺は自ら体を起こし強引に桐を振り落とした。
どすっ。
フローリング床と桐頭蓋のぶつかり合いによって生まれた鈍い音が部屋に響いた。俺が起き上がったことによって桐は体勢を崩して地面に転げ落ち、軽く打った頭を押さえながら涙目で怒鳴りつける。
「いたっ! 貴様、大事な妹に何をするっ!」
なんとも自意識過剰な発言を向けられた。 大事っていう表現は第二者や第三者がするものであって本人が言ったらただ痛いだけだと思う。
「何をするっ! っていうのはこっちの台詞だろ……」
ちなみに昨日の内にゲームの設定上作られたのか、かつての数々のガラクタが埃を被っていた空き部屋兼我が家の物置スペースは、ポップなぬいぐるみやら本やらが埋め尽くす桐の部屋に変わっていた。
……まぁどうせぬいぐるみも本も隠れ蓑で、桐の性格を暗喩した「妹らしくない代物」が出てくるに違いないことは大抵予想出来たが。
「自分の部屋で寝ろって言っただろ」
「そんな一方的な主張に従うつもりなど、聞いた当初からさらさらないわっ」
「はぁ……」
かなりの我儘ぶりかつ幼稚な思考に俺は言葉も出ず、ただ深いため息をついた。見かけは子供、中身も子供、喋りだけババア!
「じゃあ……今度から鍵締める」
そう言うと桐は、顔色と声色を変えて。
「おにいちゃんを抱いて寝ないとよくねむれないの!」
老人喋りなら「俺を抱き枕にするな」とツッコむところだが、この猫被りヴォイスだ。
「とりあえず、その喋りでセクハラ発言は止めてくれ」
「ムラっときたか?」
「いや……」
色々と残念に思う。こんな容姿の少女にそんなことを言われる今の状況って一体? っと考えざるを得ない。それだけ俺には出会いやらウキウキイベントが不足し、こんな犯罪直前の展開になっているのだろうかと思ってしまう。
「まぁ、どうでもいいや」
「よくないわっ、今すぐムラろ」
ムラろって何なのか、その新しい動詞についてニ時間に渡って問い詰めたいところだが自棄しておく。なにせ面倒臭いし意図する意味が分かるから困る、俺が問い詰めたいのは”なぜお前からその言葉”ということである。
こいつが発言をする度に気が遠くなり、ツッコミをする度に俺の体力が奪われていく。何回つっこめばいいのかと。実はこのツッコミをする度に精気が吸われていて――この俺の疲労感は新手の吸血鬼故なのだろうか。
「とりあえず部屋を出ろ」
「何故じゃ、訳を申せ」
「着替え――」
「ならば断るっ!」
「着替える」という非常に簡潔かつ全うな理由を言おうとしたのに途中で切られ、バッサリ断られた。
というかお前が断る権利はないだろよ。そして俺の発言の自由を奪う権利もないだろよ……仕方なし、強行手段に出るしか道は無さそうだ。
「はい、でてけー」
「貴様っ、首根っこを掴むな! ……そしてドアを閉めるな開け――」
バタンッ。扉を閉め、カギをかけることによって、やっと安息の時間がやってきた。
「ふぅ」
やっと一人の時間が出来たと一息をつく。決して賢者タイムでないことを予め弁護しておく、欲情などは俺の発言から察するに皆無であろう。そして実際のところはほぼ呆れ状態である。
「なぜこんなことに……」
”こんなこと”とは今までの通りだ。俺の買ったゲームをパソコンで起動したところバグのようなことが起こり、あるダイアログに表示された。
『世界浸透化の準備が整いました、よろしければ”スタート”をクリックしてください』
それでスタートをクリックした結果がこれだよ。世界が真っ白に染まって次に景色が戻った頃には世界は変化していた。朝、表では幼馴染の呼ぶ声が聞こえる日常、その幼馴染が数分後には交通事故に合ってしまうという決められた日常。それは異常であり今までの現実とは全く異なるものだった。自分で道を開かなければ前へ進めない、それは現実と同じだろう。
しかしその道の途中に居るはずのない”架空”の人物が存在していること、そしてその道さえも”架空の人物”の都合で作りかえられている。
流れに身を任せれば簡単だろうが、それは大きな間違い。それはゲームの”シナリオ”という固定された道に過ぎないわけで。
その道を進んだ結果、あの事故が起こった
そうして世界は逆戻りし、また最初の朝、自分の体を起こす場面からやり直される。その事故の記憶を俺は残したままで。
そして、事故の二の舞を踏まないように自分はその固定されていた道を自分の行動によって捻じ曲げ変えた。これから先も同じようなことがあるのだろうと思う。 しかしそれを乗り越えなければ前へは進めない。
俺はすっかり着なれた学ランの袖に腕を通し、第一ボタンを残して全てのボタンを留める。そして教科書やノートがぎっしり入ったカバンを持ち上げて肩にかけて、その自分の部屋の扉を開ける。
「貴様っ! よくもわしを締め出しおったな! 許さぬぞっ!」
「はいはい、ごめんごめん」
「流したおったな! 明らかに流したじゃろ!?」
「飯、飯〜」
「女より飯をとるのかっ!」
「飯」
「即答!?」
「※ただし桐以外の女子を除く」
「何故わしをそこまでして、弾くのじゃあっ!」
「自分の胸に手を当てて考えてみましょう」
「……誰が薄い胸じゃと?」
「言ってねぇ、それは確かだが」
「! ないすばでぃになればお主は振り向くのかっ!」
「性格にもよる――おっともうこんなじかんだ」
「いきなし棒セリフになりおった! 面倒臭いのか! わしの相手は面倒か!」
「五分五分……かな?」
「何と五分なのかがわからぬっ!」
「その答えは、いつまでも心の中に」
「あるわけなかろうがっ!」
まだまだ未知数で、行き先不明の不思議な世界を、俺は歩き出している。
序章一話終
序章二話
「さてと」
そう少し疲れ気味に呟きながら家の玄関を出た。
「(フラグ立て……好感度を上げる為に早めに家の前で待っているか)]
桐の忌々しい妨害がありながらも朝食と登校の支度がスムーズに進み、結果的にユキの来る時間よりも早く家を出れた。そんでもって現在は自宅の門前にてユキを待っている。
「(それにしても第三のヒロインってどんな人なんだろうな)」
『第三のヒロインのイベントが発生する』
桐の昨日言ったことだ。第三というと桐自身とユキから数えて第三という解釈で合っているだろう。出来ればイベント発生前にそのキャラクターの容姿や性格(桐曰く難ありだが宛てにしてはいけない)を知りたかったのだが。
前日のネットサーフィンで調べていたものの、公式ページどころか掲示板でさえユキの本名以外のキャラクター情報を得ることは出来なかった。
というか、公式については、すでにページが消滅していたのだ。
表示されているのは真っ白の画面に「NotFound」という文字が淡々と並んでいるのみだった。
それに『でもあの ルートだけはよかった気がする」「確かあの ルートは外部の人だろ』 掲示板の書き込みの二文字で、改めて確認するとなにやら文字が抜けている部分がある。それは俺のコピペミスではなく、元からその文字は消えていた。”○○ルート”ということからおそらく二文字名のキャラクターの名前が入るのだろう。
不可解過ぎる二つの事象。”調べることができないキャラクター”に”不自然な抜け字の書き込み”それはまるで俺に情報を与えないように知られないように意図的に隠しているようにも見えた。
「ユウジー!」
そんなことを考えていると俺が心待ちにしていた幼馴染ことユキが手を振りって俺の名前呼びながら可愛らしい走り方で、美しい黒髪を揺らして駆けてきた。
「―――なんだよー!」
「まじで! そうだったんか!」
そんな他愛もない会話をしていた反面、俺はさっきの問題を引きずっていた。情報が手に入らないことから、ユキのことをよく知れていない。そりゃまぁ俺にとっては昨日会ったばかり。しかしゲームの設定上は俺の”幼馴染”という位置づけとなっている。
その設定上は俺がそのユキの記憶に合わせる必要があるのだが、肝心の攻略情報が手に入らないのが結構な痛手だ。記憶の齟齬による”関係の崩壊”も恐れていたりする。主人公とのヒロインの関係の崩壊がどういうものを示すか――それは俺のゲームプレイの経験から言えば、そのまま改善せずにいればバッドエンドへと直通だ。
それ故に、ユキがどんな性格をしてるか――は読みとるとして、その彼女の詳細を「幼馴染」という立場上知っておくべきである。なので早めに情報を知りたかったのだが……
公式や掲示板もアウト。説明書は何故か見つからない。今のところは完全に打つ手なし、お手上げ状態だ。さてさてどうしたものだろう……ユキとの会話を止めないまま、頭の片隅にそんなことを考えながら
いると、そんなこんなで学校へと着いた。
ちなみに今日は桐の妨害がないのでそのまま教室に直行できた、というか日常茶飯事エブリデイ来られてもこまる。来るというより俺への人的被害を鑑みて襲来と称すのが全うだろうけども――
「(!?)」
突然に何かの視線を感じた。昨日と同じノリなのだが、昨日の桐襲来後の男共以上に殺気だってるようにも感じる。その視線の存在を俺の触角が捉えた瞬間に鳥肌がブァァァァと気持ちの悪いほどの早さで立ったことからその殺気の強さが分かる。
なんというか、気を抜いた瞬間何か金属製の鋭い物で背中辺りを刺されそうな気までしてくる。実際にそうなったら俺の人生がバッドエンドだが。
こう言っては不謹慎だがユキが交通事故に遭った場合はリセットされるけども、主人公という位置づけの俺が死んだらどうなるのだろう――と考えてしまったが、ダメだ。
もうあの光景は見たくない思い出したくない、こうしてユキと学校まで会話しながら来れるのがなによりも良い、というかユキを二度も三度も殺したくない。
それが俺が直接的な原因でなくとも、ゲーム故にやり直しが出来ても――生理的、本能的にそれは俺にとっては拒絶する。
だから俺はこれから間違いを犯さないよう、周囲の変動やユキ達の挙動や行動に細心の注意を払っていこうと思う。
来たのがまだ早い為か教室には思ったほど人はいなく。いるのは”あのメンバ”……つまりはユイとマサヒロと律儀にも早く来て復習しておこうという数人の真面目な生徒達だけ。
一応釘を刺しておくが、ユイとマサヒロは決して真面目などではない。一般人から見たらくだらなぁ〜くきも〜い軽蔑されるであろうであろうギャルゲやアニメ話をする為だけに早く来ている。
まぁ俺も今までは、そのくだらなぁ〜くきも〜いギャルゲアニメ談の輪に加わって話していたので、人のことは一切言えない。、
……で、視線について教室を見渡すも何かを見つめているような不審な人物はいない。しかし感じるのは三種のチーズも驚きな濃厚な視線。
なにこれこわい。このストーカーまさかのプロの方なんですかい?
……冗談はさておき、いや冗談じゃないかもしんないけど。実際その視線は存外に怖いもので、それから逃げるようにユキを連れてユイとマサヒロの話の輪に加わった。
休み時間。
美術授業での移動教室で美術室への階段へと急ぐ俺とユキの二人。ちなみに俺らの教室である一年三組は、一階に位置するが美術室は四階に存在する。
階段を伝ってしか上階には上がれない、公立でこんな地方の町の高校では果てしなく妥当な階段設備のみの移動手段故に三階分の階段を上り切るしか上階へと行く手段はないのだ。
「急いでユウジっ」
「ああ、わかってる!」
そんでもって俺らは、片手に筆箱と美術の教科書を持ちながら階段を二段飛ばしで上っていた。
「ユウジが教科書ちゃんと用意しておかないからだよー」
「いや、すまんかったー」
そうなのだ。ユキの言う通り俺に非があった。
種類問わず押し込まれたブラックホール、否、異次元空間(要すれば整理されてない)と化した机の中には、様々なプリントや教科書ノート資料集が入り混じていて。美術の授業は週二しかないために頻度が低く必然的に基本教科が上へ、その使用頻度の違いによって下へ追いやられていた。そのせいあって教科書をその机から抜き出すのに時間を要したという次第。
それに加えてさきほどのストーカー視線問題を引きずり、今までの記憶の中で復讐を買うような事柄を洗いざらい思い出していた。案の定一切思い当たりは無くただ無駄な時間を過ごすことになったのだが。
そうして次が移動教室なのも忘れ、ぼーっと机に頬杖をかいていたのが遅れた原因だった。ユキに呼びかけられなかったら完全に忘れていただろう。
まぁそんな階段ダッシュの賜物か、チャイムが鳴る10秒前に美術室に滑り込めた。うーん、危ない危ない。隣に居る、走ってきたせいで息を荒くするユキに「ごめんっ」と手を合わせて俺は謝った。
で、美術の授業も卒なくこなし、終了のチャイムとともに授業は終わりを迎えたのだが――
「ユウジはやく!」
「わかってる、わかってる」
準備が遅い人は片付けも遅い、案外多いパターンだろう。自己擁護してんじゃねぇ? ……反省してます。
「よしおわったっ」
「うんっ! じゃあダッシュ」
ユキは足踏みしながら待っている。なんとも準備は万端だ。行きもそうだが帰りもユイとマサヒロは「じゃあ僕らは先に行く」「我は描きたいのだオニャノコをっ!」とか言って無情にも世の中は冷たいなあと思いつつも先に行っている。
帰りも「僕らは先に行かせてもらおう」「今度は文章体の何かを読みたい衝動に駆られているっ! さらばだっ」と言ってチャイムが鳴れば予め十分な授業内容を行った後に速やかな片付けを実行の後に教室に撤収していった。
もう二人には休み時間に対しての謎の行動力を見せつけられている。どれだけ自分の時間が欲しいのかと。
結局片付けのかなり遅い俺はユキを待たせ、いつのまにか残っているのは俺とユキの二人のみになっていた。
あれは授業に熱中し過ぎて授業内に片付けを遂行出来なかったのが主な要因なんだよな……次回から時計の時間を気にしよう。
「あと一分半かっ」
気付くと次の授業まで1分半を切っていた。しかしまだ階段を1階分さえ降り切れていない……これは微妙にある脚力を発揮せねば!
「あっ、ユウジはやいっ!」
くそお遅れてたまるか! ちなみに遅れた分は”遅刻”としてカウントされる。遅刻二回で欠席一つ分というなので単位を取るためにはかなりに侮れない。
ユキが若干遅れているがやむを得ない……いや、後で頭を下げて謝ろう。じゃあ待ってやれよ? 遅刻ごときで欠席半回分も使っちまったら……普通にズル休み出来ないだろ!
というヘタレ主人公もびっくりな外道振りを披露している俺は、更に付け加えて――
「俺のせいだが、急ぐぞっ」
スーパーなゲス野郎である。思えばなんてサイテー野郎だろうか、こんな奴は馬に蹴られて●ねばいい
よ……あとで●んできます。
なんて遅刻と最悪な主人公行動の思考板挟みによって混乱している最中、後ろで何か声が聞こえる――
「下りでそんなはやく走れな――あ」
その時、ユキの言葉が途絶えたのには理由があった。最後に付いた言葉の「あ」を不審に思い恐る恐る後ろを振り返ると――
「――――っ!」
なんと表現をすればいいだろうか……ユキが浮いていた。と、でも言えばいいのだろうか。人は空中飛行を成す技術を手に入れたのか?
……冗談を考えても仕方ないので階段を踏み外したか、階段の滑り止め用ゴムシートの僅かな段差に躓いたのだろう。そしてユキの影は俺に向い――
「危なっ」
ドガッ――という音こそなかったが、結構な衝撃。いくら女の子は羽のような重さとは言いそうだが、人が衝突するのだから、案外クルものがある。
「……」
気づくと俺はユキを地面へ落とさぬようにユキを抱きかかえながら宙で放物線を描いてから、地面へとぶつかる鈍い音と共に俺は地面に腰で着地した。
「つっっっ」
俺は腰を思いきりタイルの床にぶつけている訳で言い知れない鈍痛が俺を襲う。しかし大事には至ってはいないようで痛みは直ぐに癒えてゆく。
ユキが(失礼かもしれないが)思いのほか軽かったのが俺にとって良かったのかもしれない。
「〜〜〜〜っ」
ユキが目を瞑りながら唸っている。
「ユキ大丈夫かっ?」
もしかしてどこかに体をぶつけたのだろうか? そんな不安に駆られる中。
「……へ? ユウジ? え? えっ?』
何か辺りを見回しながら混乱していた。俺はどうしたものかと周りを見渡すと。
「!」
そして今状況を理解する。座っているとはいえユキが俺に抱きつくような体制になっていたのだ。それは俺にも言えることで、俺がユキに抱きついているようにも見える。
ベタだ。ベタ通り過ぎてヴェタだ。昔にビデオ戦争で敗北したのはベータマッ●スだ。でもそれがユキの神経を刺激したようで……
「あわわわわわわっ! えええ、えととと!」
ユキの言語機能が壊れてしまった。ユキは顔を真っ赤にして――
「ごめ、ごめんねっユユユウジ! け、けけけけけがしてない? だ、だいじょぶ?」
その余りのあわてぶりに俺もつられてしまい――
「いやっ! 大丈夫っ! 元気! 生きてる! うん!」
こう冷静に考察してても、実は相当俺もパニくっている。抱きつくという行為自体初めての童貞野郎には刺激が強いもので、なにか女の子のいい香りが……はっ!?
まてや、この状況を生徒どころか教師に見られたら!? というかそれ以前に――
「す、すまんっ」
と謝りユキから直ぐに離れる
「こちらこそごめんっ! た、助けてくれたんだよね!?」
「い、いやっ! うん! まあ、なりゆきだけども!」
思わず肯定しちゃったよ。自然にユキを抱きかかえちゃっただけなのに。
「……そっか、ありがと」
「あ、ああ」
「……」
「……」
あ、あれ? いきなし? なにこの微妙にもどかしい空気、凄いこそばゆいんだが。ええと、さぁどうすればいい!
『キーンコーン』
チャイムの音で、俺は平静を取り戻した。
「つ、次って数学Iじゃねっ?」
「あ、うん急ごうっ! ユウジ!」
と言って残りの階段を駆けていく俺とユキ。そしてチャイムが鳴り終わった三十秒後。教室に滑り込みするが数学担任の姿はなく。
「やぁー、ごめんごめん」
と、爽やか新米教師がその一分後に遅れてやってきたのだった。その爽やかさに俺の急いだことによって消費されたカロリー返せよと心の中で静かに呟いた。
階段を下りる際のユキの横顔は、少し赤く見えたが……「気のせいだな」の一言で俺は片づけ、授業の道具をそそくさと机(異次元空間)から放り出した。
この時までには、おそらく”あの”視線が消えていた。さきほどの事件が衝撃的で、思考する余裕など無かったのだが、確実に今”第三ヒロイン”のフラグが立っていたと思う。
しかしそのことに気づくのは少し先で、それはもう手遅れだった。
…………さて状況を説明しようか。
その説明と言ってもそこまで細かく状況を伝えられそうもない、この思考をする余裕さえも惜しいほどだ。
それで、じゃあお前は今どんな状況なのかと――そうだな、言うなれば。
現在俺は殺される一歩手前まで来ている。
なんかアブナイ薬とか毒を盛られてジワジワとじっくり体の中から殺されるとかではない。
喉元には鋭さを強調する眩いほどの金属光沢を放つ小型の折りたたみ式ナイフが突きつけられている。 ようするに頸動脈がピンチ、大量出血の危機到来だ。
「殺される」という表現から分かると思うだろうが、他者にナイフを付きつけられていて――
「あなたを殺せば……うふふふ」
これこそが、狂乱と言うのだろう。狂気に蝕まれた女生徒がナイフを右手に持ちながら妖艶に笑う。
なぜこんな事態になったか経緯というか、ちょっとした回想を入れたいと思う。
* *
「むむぅ……」
いやぁ……あんなことでビビってたらこの先マズイ気がするんだよな。 あぁ……でも、女の子ってあんなに柔らかくて、いい匂いがするんだぁなぁ――っ! げふんげふん! まずい変な意味に聞こえるっ! け、決してある特定の場所をさしているのではないぞ! ユキ全体をだな! ……あぁ、墓穴掘ってるよなぁ。
……違うことを考えよう、うん。
「第三のヒロイン」のイベント。はてさていつイベントが発生するような事件があったのだろうか。イベントはたいてい何かが伏線となり、その伏線が活きてこそイベントが成立する(のはあくまで俺の独断と偏見)
例えばRPGモノで、あるアイテムを初期に手に入れたはものの、その時点では全く役たたず。 最後のほうになってそのアイテムの真価が発揮されて物語が左右される。そんな例えで合っていると俺は思う。ようするに後々になって分かることなのだ。
で、そのような事件に遭遇していただろうか……まぁストーカーはされているけども。それによって突然その第三ヒロインに行動を起こさせることは無いだろうし。
なにか起爆剤のような事件が先にあるはず。しかし、そのヒロインとの接触が出来ていない。いや知らないだけでしてるのかもしれないが……やっぱりそんな事件は無かったはずだ。
「まぁ、大丈夫だろ」
気楽に考えときゃいいか、実際はギャルゲのキャラクター。そんなプレイヤーからの人気を落とすような性格設定はしないだろう。
「気晴らしに……トイレ行くか」
少し歩いたら気も晴れるだろ……あと数分しか休み時間はないし行ってくるかな。
「……さてと」
もう時間も残り少ないし教室に戻るか。男子トイレを抜け廊下に足を踏み出した瞬間だった。
バスッ――
「あ」
何かが首に入った、多分人の手だろう。首を強く打たれると、意識を失っていくのをドラマとかで見たことがある。それが今で、俺の意識は次第に―――
「はっ!?」
こ、ここはどこだっ!? 薄暗く明かりが点いていない。何か近くには段差のようなものと人影が見える。目が慣れ始めて視界がひらけると段々今の状況を理解出来始めた。
ここはどうにも見覚えが有り、すぐに思い出せば。昨日桐に連れていかれた一階から下へ続く階部分だ。
そしてその影の主がそこには居た――その主とは全く意外な人物だった。
「姫城さん……?」
そこには清楚で長い黒髪を纏った。ユキとは違った大人しめで、違う綺麗さ可愛さを持った姫城さんがいた。
そんな風に評価しているのも、以前に筆箱を拾った時だけの印象のみで。あの一瞬で彼女は相当な美人だと俺は認識していた。
「な、なんで俺はここに?」
「……大丈夫ですか?」
階段に腰を抜かしたように座り込む姫城さんは心配してくれる。きっと、主に昨日のことで恨みを買った男子に襲撃されたのを姫城さんが助けてくれたのだろう。ああ、なんて優しい人なんだ――
「綺麗に首に入ったのでびっくりしました」
……へ? 何を言っているんだろうこの人は。助けてくれたという解釈でいいんだよな? いやいや、こんな心配してくれた訳だし、きっと何か聞き間違いだろう。
「えと、姫城さん助けてくれたんだよな?」
「なんのことですか?」
なるほど気を使わしているのか。いやほんと姫城さんは優しいな――
「私が眠らせたんですよ? ……かわいい寝顔でした」
……あなたかっ! あなただったのかよっ!
「あ、そういえば。ユウジ様を呼び出した理由があるんです』
「……なんでしょうか」
思わず低姿勢になり、恐る恐る聞いた。というか呼び出しの為に眠らせるって……なんというか強引な人だな。
「その理由はですね……」
次に出るであろう言葉は、平常な神経をしていれば言っていないであろう言葉で――
「あなたを殺すためです」
「は!?」
そういって姫城さんは女子のブレザーのポケットから折りたたみ式ナイフを取り出し、流れるように手慣れた仕草で刃を広げ俺の喉に突き当てた。
その間僅か五秒。殺しのプロだ。まさかこの学校に暗殺者が紛れているとは突飛な想像力を持つ変人以外予想すらしないだろう。
* *
……で回想を終わり。そんで冒頭へ――
「な、なんでこんなことするんだよ!? 俺が何かしたのかっ!」
若干声が震えているのが自分でもわかる。そりゃ、死の淵を彷徨ってる訳だ。生死の境が近すぎるからさ……俺の命と寿命は、姫城さんが握っていると言っても過言ではない。
「あなたは罪作りな人ですね」
「え」
やっぱ、俺、何かしたのか!? しかし記憶をひっくり返す余裕はない。
「私をこんなに虜にしてしまうなんて」
……イミガワカラナイデス。何故、虜にされたイコール殺すに繋がるのだろうか?
「ええと、言いそびれていました。ユウジ様私こと、姫城舞はあなたのことが好きです」
「えっ」
思わずドキッとしてしまう。女の子に、それも容姿端麗な娘に告白されるなんて……喉にナイフが突きつけられてなかったらどんなに心から喜べたことか。
なにこの最悪なタイミングの告白。素直に喜べないんですけど! というか言い忘れるほどに軽いんですか、それは!
この崖っぷちの三途の川岸に立っている展開を覆す為にも……そうだ、弱気になっちゃいけない。反論してやればいい。
「なんで虜されたのが俺を殺すに理由に繋がるんだ?」
少し落ち着いてから強気に出てみた。というか当然の反論だけどね! さぁその真意を聞こうじゃないか!
「それは簡単なことです。私はあなたに一目惚れして胸が切なくて切り裂かれるほどの苦しさを経験しました。すぐにあなたの傍に行きたい、と思っていた矢先」
一呼吸おいてから、彼女は言う。
「ユウジ様の彼女かと思われるものが現れたのです」
えっ、俺に彼女なんて居たの? それは驚きだなぁ。
「それは……誰が?」
「しらばっくれても無駄です……篠文由紀さんのことですよ」
まじで! そうなの! やったー! ……って喜べるかっ! そんな事実はねえから! いや、本当にそうだったら俺はどれだけ嬉しいのかと、まあゲーム開始早々にもう惚れられるシナリオ展開もどうなんだ、と思われそうだが。ユキなら一向に構わん! ……だとしてもそんな事実は悲しきかな、ない訳で。なぜか姫城さんは誤解をしているようだ。
「いや、まて俺は付き合っていない」
「嘘です、私はあなたをずっと見ていました。そうですね、表現するとしたら熱い視線で舐めまわすように」
表現の部分は要らないです……っていうかこいつがストーカー女かっ! そうか、合点がいった!
「そして今日の美術の授業帰りには……お互い抱きしめ合って……ッ!」
そ、それがこのイベント発生の起爆剤かっ!
「いや誤解なんだよ、あれはユキが階段で躓いて――」
「ゆ、ユキ!? ……うふふふ、あなたと篠文さんは名前で呼ぶ仲なのですね。 篠文さんもあなたを呼び捨てで呼んでいましたし……」
しまった、恐らく墓穴をさらに掘った。
「でもそれがなんで俺を殺す理由になるんだよ!」
「なります。本当なら篠文さんを闇討ちすればよいのですが」
……え、今なんて言いました? 闇討ちだとしたら……いつの時代の話? ……恐ろしいこと考えてるな、この人。
「でもユウジ様はとても魅力的です。きっとまたあなたの虜にされる者が現れると私は思うのです」
「……」
いや、どう反応すればいいんだよ「そ、そう?」なんて気軽に答えるほどに俺は自分の身を評価しないどころか、自分は正直コンプレックスの塊だから。こんな童貞男に付いてくる女子なんて、俺自身が行動起こさない限り天地が引っくり返ってもさらにもう一度回転しても無理だろう……って、俺が何か告白すれば誰かは付いてきそうな言い方だな、それはないぞ、俺。幼馴染が居るだけでナルシスト入るとかどれだけ調子いいんだろうな俺は。
「なら虜にさせないように私のものにしてしまえばいいと私は考えました。殺して愛しいユウジ様の生首だけを持って私は生きて行くのです。決して邪魔されることのない、永遠の二人の時間が続くのです」
はい、それはおかしいと思いますがどうでしょう? その思考的にも、常識的にも。生首って、おいおい……絶対この人病んでる。
「俺はそんな事の為に死にたくはないな」
死んでたまるかっ! 生首とか腐るだけだし!
「そうですか……なら方法を変えましょう」
あれ、意外とあっさり変えるんだな。
「私が自殺しますから、私の生首を持ってユウジ様と共に生きさせてください」
「だから、なんで結局どちらかの生首しか残らないんだよ!」
何故に生首オンリーなんだ……
「それがいいですね、そうすれば私の生首を気味悪がって他の女は寄り付かないでしょうし。 それを構わない、という方がいたら呪い殺します」
手遅れでした。というか生首OKなんて言う人はあなたぐらいかと思いますよ! ……でもここで殺される、殺させる訳にはいかない。俺は彼女を止めるんだ。
「では、ちゃんと事後処理を……」
「……まてよ」
「なんですか? ユウジ様が死を選ぶのですか?」
「……」
一息を入れて。俺は思いっきり言ってやった、俺が言いたいことを。
彼女が言っていた自分理論と、この世界を少しも身ていない狭い視界。そしてあまりにひどい自分の扱いを――色々と俺は籠めて言い放つ。
「お前に、本当に死ぬ覚悟があるのか?」
確かめる。今までの言葉に嘘偽りなく本気だったのかを。
「……ありますよ。好きな人が他人に取られる痛みに比べれば、死ぬ痛みなんてマシなんです」
自分の首にナイフを付きたて芯の通った真っすぐな瞳で彼女は言う。その眼に迷いなど無く俺一人に見据えてくれていた。
そうか。ここまで本気で、そこまで俺を好いてくれてるのか……それならお礼を言わなくちゃな。
「ありがとな」
「え」
姫城はその言葉の予想外さに驚き、一瞬呆然とする。そして再沸騰するようにして早口で。
「な、何故お礼を言われたのですか!?」
「気にしないでくれ」
「気にしますっ!」
その時の突き詰めてきた彼女はまさに生き生きしていた、生に満ちていた。ほら、話しているだけで現れた。
その表情はとても良いものじゃないか。
「……多少悔みたいこともありますが私はここで死のうと思います」
ナイフの刃先が首の皮に触れぷつりと弾け。血の玉が出来それが下へ流れて小さな深い赤色の一線を作る。彼女の覚悟は本当だった、俺はそう再認識する。だからこそ、俺は――
「今のお礼の理由を教えようと思ったのに、もう死ぬのか。残念だなあ」
そう、友人と話すようなノリで呟く。
「え?」
その言葉を聞いて、彼女は首からナイフを数センチ離した。効果はテキメンで、意識を外させた。
「死ぬんだったら、別にいいよな?」
もはや独り言にも聞こえるその言葉。しかしそれが姫城には気になって仕方なかったのだろう。
「よくないですっ! 教えてください!」
……やっぱりな。小さな釣り餌に大きな反応。おお、食いついてきた。
食いついてきた彼女の眼には、覚悟などではなく探究心や好奇心に満ちている。
そして、俺は更に予想外なことを言い放ってやった。
「……馬鹿じゃねーの?」
「!」
実際言われた姫城はナイフを構えたまま呆気にとられている。
「え、えと、ユウジ様から言われるのはよいのですが」
いや、いいのかよ。
「それは一体どのような意味で?」
意味ねぇ……。
「姫城さんが俺のことを好きだと仮定して」
我ながら自意識過剰であろうとは思う。話の流れ上仮定しなければならないのだが。しかし返答はというと――
「確定してもらって結構です、っていうかしてください。よろしくお願いします」
「え ああ、うん」
「あっ、ありがとうございます!」
おもいきしテンポ崩されたんだぜ。話が進まねえなあ……とにかく進行させないと。
「他人にとられる痛みに比べれば、死ぬ痛みなんてマシなんです……って言ったよな」
「はい、すごいですね! 一語一句合ってます! 流石ですユウジ様」
いや、だから、そんなツッコミいらんからな。そして顔を引き締めて俺は言う。
「それはただ痛みから逃げてるだけだ」
〜思う、などと誤魔化すことなく。確固たる断定で。
「……いいえっ! 私はこうして死の痛みを選んで――」
「言い訳だな。死ぬ選択ならその痛みは一瞬だ。自分の妄想した思い通りの記憶と共に散れるのかもしれない。でもな――」
死の痛みを俺は知らない。そしてこれからも知ることがないのかもしれない。でもこれだけは言える――
「自分の妄想だけで、生きて、死んでいくのは本当に本望か?」
「っ!」
「思い出がなくていいのか? それは、余りに悲しいんじゃないか?」
「……今の私を全否定するんですか」
彼女は途端にナイフを突き付けるポージングさえ崩さないものの俯いて、声をわざと低くするようにして呟いた。
「ああ、否定してやるねっ! 死んで一人楽になろうなんて考えてるお前みたいな大馬鹿者なんて全否定だよ!」
「な……」
「チャンスを探そうともせず、あーだからこーだからと勝手に理由付けして、諦めて死のうとしてる奴なんてただの負け組だ、今のお前はそうなんだよ!」
「そ、そこまで言うなんて……酷いです!」
酷い? そりゃ酷く言い散らしてるからな。そうだ、いくら罵ってたとしても、俺がそして言いたいのはな――たった一つのことだ。
「だから、生きてみろよ」
「っ」
また驚きの表情を形作る……思ったよりも表情性豊かじゃないか。
「自分を否定されて、大馬鹿者とか負け組とか罵られて悔しかったら生きてみろよ」
「……」
「俺はお前を知らない。多分お前も俺を知らない」
「し、知ってます! 私は、この学校に来たあの日から――」
「それは俺のほんの一部だ。本来の俺は別人かもしれないぞ」
「!?」
「今の俺、お前を罵っている俺を想像出来たか?」
「い、いえ……」
「だからだよ。お前は俺を知らない、殆ど全くな」
知るはずがない。ただストーカーして外面だけの俺を見たって俺の本質が見える訳じゃない。
「……し、知りたいです」
「ん?」
「……知りたいですっ! ユウジ様のことを! 教えてください! ユウジ様のことをっ!」
彼女はかつてないほどの強い感情を露わにした。それは興味に溢れた感情。そう、それでいいんだ。
「それなら、同じ道を歩いて貰わないとな。一緒に話したり、飯ししたり、帰ったり。関係を持てば別のことももっと」
「べ、別のこと……?」
「それが知りたいならさ……生きていくしかないよな?」
そう問う。彼女は瞳を閉じて数秒にも満たないほどに思考するように。そして返ってきた言葉を聞く。
「はい……覚悟しました。これから生きていく覚悟をしました!」
「ああ、それで俺は良いと思うぞ」
姫城は首に付きたてていたナイフを腕ごと下ろし、更にナイフは手を離れて床に金属音を響かせて落ちた。
「……わかりました。ユウジ様の言う通りかもしれません。いえ、そうですね」
続けて彼女は言う。それを俺は黙って聞く。
「私にも傍にいたいという気持ちがありながら、奪われないために……独占欲が強すぎました、でも」
独占欲ねぇ……まぁ桐で慣れてるからなぁ。断然こっちの方が強いけど。
「――怖かったんです。一度手にしたものが、欲しかったものが、他の人に取られることが! 他人の手に渡ったらもう二度と返ってこない気がして」
……そういうことか。
「でも、私はやっと遅過ぎるぐらいに解りました」
独占欲もその恐怖への怯えから来たものだったんだな。
「ごめんなさい――」
顔を下げて涙声でしっかりとそう言った。隠された顔から一粒の水晶のように輝く透明の雫が、地面へ落ちていったのを俺は見逃さなかった。
「それと……ですね」
「ん?」
「ごめんなさい」
「?」
二度目の謝罪に思い当たる節がない俺は首を傾げる。
「私の告白は撤回します」
「え?」
……撤回? あれぇ? 俺何か悪いこと言ったか? ……言いまくったな! マジで言いまくったな! OH……仕方ないか。
まあ、死なないで生きてくれるだけで。俺はそれでいいや。
「まだ私にはユウジ様を独占する権利はありませんでした……だから告白は撤回します」
「……まぁ姫城が、そう言うなら構わないぞ」
少し残念だったけどな! そうして黒髪を揺らしながら姫城さんは階段を上って行く。 すると階段の半分ほどで立ち止まって彼女は振り返った。
そういえば、今「まだ」って……?
「でも私はまだ諦めません。いつかユウジ様が私に惹かれる日を待ち、いいえ……私が好きにさせてみせますから。私が魅力的な女性になった時は覚悟しておいてください」
そう笑顔で言い、姫城は駆けて行った。
その去り際に見せた彼女の笑顔が、今までで一番に魅力的だったことは今は黙っておこう。
「おーい、首の血止めておけよー」
「えっ……あ! 忘れてましたっ」
衝撃の事実……案外彼女は天然なのかもしれない。天然で自殺とかマジで止めてほしいぞ。
俺の部屋にて。
姫城事件後は何も変わらないいつも通りのいたって普通の授業。視線はもちろんはといえば消えていた。
諦めてくれたからだろうか? ……今思えば惜しいことをしたと思う。ゲームヒロインだからもちろんの美少女で学校の一二位を争うアイドル的存在なのだから。
もしかするとこれはゲームで言うフラグ折りなのか、もしかするとゲームオーバーという扱いなのかもしれない。
その後昼休みを迎え放課後になるものの姫城とは一切話すことも顔を合わせることもなく、彼女は直ぐに帰っていった。
そうして家に着き、ホッと胸を撫で下ろす瞬間が来るはずだったが……まぁお決まりだ。 俺の部屋にコイツだよ。
わかるよな? そう、コイツ。
コイツは、不法侵入に罪悪感を一切感じないような堂々たる面持ちで、開口一番意味不明な事を呟いた。
「シリアスパートはウケが悪いな」
「は?」
家に着いた途端にコレだよ。
「よくあるものじゃ。ギャグ調で進めていたのはいいものの物語の締めに入る為にシリアスを挿入する。未だ制作は勘違いしている、視聴者はそんなシリアス求めていないとなっ」
……その気持ちは分からないでもないが、それを言ったら深夜一クールアニメの大半を敵に回すから覚えておいた方がいい。
「というか、この話まだ序盤さえ抜け出せていないと思うんだが……」
もちろんゲームオーバーを迎えていなければの話だが。
「そりゃ”クソゲエ”じゃからな!」
だから嘘でも、お前がゆーなよ。登場人物からスタッフがそんな感想述べられたらどうする?
ショックのあまりに五年間原作を出さなく――ここのスタッフなら喜びそうだな。考えた俺が馬鹿でしたよ、ええ。
……桐という登場人物の発言を差し引いても、確かに俗に言われるクソゲー的な印象が垣間見られるのは確かだ。
まずはシナリオがおかしい事だな。
ゲーム開始数分で主人公に看取られながらヒロイン死亡バッドエンド。
タチが悪いぞスタッフ。。いや、ヒロインが死ぬって展開は王道だけどさ……開始早々死んだら感情移入どころじゃないじゃんか! というか胸糞悪いわ!
更には、好きすぎて殺しにかかる。それを拒否すれば自殺しようとするヒロイン……いや、ヤンデレとか流行してるとはいえさぁ。人の死を軽く見過ぎだろうよ。
ご都合主義のゲームだから出来るけど、ダ○ーポの桜の奇跡とかH○Oの精霊会議とかで人が生き返ったりなーんてこと現実にはないんだからな?
人が死んだら感動するなんておかしい話だぜ。
何故ならそういう死ぬ役目のキャラは”シナリオ”に殺されているんだからな。
まぁそれは大分譲歩して、割引いたとして。制作にとってはあくまで物語での演出の一材料で、例えその展開を使ったとしても終盤での使用が効果的で、その演出意図も分かる。
序盤に使う当たりただ単にこの作品スタッフのストーリー構成能力が無いのか、それともスタッフがそういうシュミなのか(ヒロイン死亡バッドエンドを指す)
後者だったら本当にタチが悪い、マジキ●だろ。
それにイベント発生前に他のヒロインを出さなかったのは軽い失敗だと思うぞ。姫城さんのインパクトが大きすぎて他のキャラが薄れて―
「長いわっ!」
「!?」
「いつまでも一般人が分からないネタ引っ張りおって」
心読まれたっ!?
「……まぁいいじゃろ、事実には違いないからの」
いいんだ、心読むほどなのに。
「まず貴様。わしに謝ることは?」
「え?」
そんなことあったか? 日本のスーパーコンピュータこと……げふんげふん……日本の七世代前ぐらいのOSこと俺の頭脳内を、サーチだ!
……一分ほど思考を巡らせた後。キッパリと言ってやった。
「ないな」
「”スターライトブ●イカー”」
「うおっ!?」
なにか撃った!? 桐の手から何か光線みたいの飛び出たぞ今っ!
「あっぶねーなっ!」
「少し頭冷やそうか(CV:田村ゆかり)」
「徹底しなくていいぞ」
「あれほど他の女に手を出すなといったじゃろうに! それも幼馴染と……ほ、抱擁などっ!」
まあ確かにね、あのときは結構むふふんでしたけども。あくまで不可抗力であって、そのせいで姫城さんがあんなことまで発展した起爆剤ではあるんだろうけども。
いや……まてよ? こいつはそういえば少し前に俺に警告してきたな。
「……いや前『第三のヒロインのイベントが発生する』とか言ってただろ?」
「それの何処に関係がある!」
「そのイベントの発生にはどこかしら伏線があったはずだ」
「っ! そうじゃ……な」
イベントの伏線もとい姫城の行動の起爆剤となった出来事――
「その幼馴染との抱擁がその伏線だ」
「……が?」
「つまり桐はイベント発生の予告をした、イコールその伏線となるヒロインのイベントの認識があったはずだ」
桐は攻略情報を知っている。そう考えれば遠まわしに桐がヒロインの抱擁を進めたということにもなる……いやそれは言い過ぎか。
まるでその事実を初めて知って驚き俺に謝罪を求める、ということは無いはずだ。それにイベントがその第三のヒロインとの遭遇に関して不可避の事象ならば。
「――っち、バレたか」
やっぱりな。
「このまま脅し通して貴様を妹ルートに入れようとしたのに!」
あ、あぶねぇ……っていうか相変わらずの黒さだな、コイツは。
「し、しかしヒロインの抱擁は確かにイベント発生の途中にあったのは認識しておった。貴様も役得だったじゃろうに」
「……ま、まぁな」
うん、なんというかすっげぇドキドキした。女の子ってこんなにも柔らかくていい匂いなんだなぁとか、色々な感想が――
「フフフ、引っかかったな貴様! 貴様の返答次第で行動する、しないを決めるはずじゃった……しかし決まってしまったようじゃな」
「はて、その行動とは?」
「貴様を襲ってヒロインの出方を見る」
某アサシンが言ってそうな台詞だこと。
「襲うってのは」
次に出る言葉を今までの桐の挙動を考えておおよそ予測がついた。
「もちろん――性的な意味じゃ」
「ダッ(ダッシュ)」
俺はその言葉を聞き終わるや否や無心に走り出していた。
「ガッ(キャッチ)」
しかし律儀に聞いていたのが不幸と出た。瞬時に跳躍を繰り出した桐のほっそりとして小さな体を全て使うようにして俺の脚に絡みついた。
重点を不意に掴まれたことで俺はバランスを崩し、まさに自分の部屋の扉の直前で大きく前のめりに倒れて顔面を軽くぶつけた。とっさに右手が出ていなかったら顔のどこかの折れていたかもしれない――ほどの勢いがついていたので手がビリビリと痺れている。
「あがっ!?」
「今夜は逃がさぬぞ、貴様……あんなことやこんなことをなぁ」※桐です。
「足捕まえんなっ、顔打っただろ!」
「さぁ一線を越えようじゃないか、はぁはぁ」※これでも妹設定です。
「なんかキモイ! 色々な理由をこめて断るっ」
そういって足を掴む手を振り払って、俺はダッシュを決め込んだ。
「ま、まて へぶっ」
振り払われた衝撃で、顔を地面にぶつけてしまった様子。後ろから聞こえるごつんという鈍い音……今なら言えるそうだぜ。
「床グッジョブッ!」
床いい仕事したなあ。
「こら、待――」
後ろを全く振り返らないまま、俺は二階の部屋から階段を雪崩のように駆け下りて玄関で靴を履き替え。そうして、まあ外に出たのはいいものの、
「もう暗くなってきてるし」
真上へと広がる空の色は朱になり、そして青に変わっていく。それは家からの道を歩くたった僅かの時間のことだった。
「さてと、どうするかな」
正直なんの予定も計画もない。とりあえず生存本能的に危機感を覚え桐の触手こと社会的消滅も考慮すべき展開から逃れたかっただけという感がある。
今から部屋に戻っても挙動的にも展開的にもおかしいし……というかプライド的に戻りたくはないな、うん。
というかさっきの『少し頭冷やそうか(CV:田村ゆかり)』はそっくり桐に返すぞ?
まずはその発情し切ってオーバーヒートした頭を冷やせ、冷凍庫で、いやドライアイスでいいや。
と、今本人が居ないところで、ぶつくさ言っても仕方ないので後の文句は心の中に留めておくとしよう。
じゃあ……一通り時間を潰せるであろう商店街をぶらつくとするか。
舞台説明しないなんてどんなクソゲーだよ。こんなクソゲーですから。ほんと、どうしょうもない……クソゲエは諦めて、俺が代わって、ここの”舞台説明”をしようと思う。
え、なぜ今頃するかって? 完全にする機会を失っていただけなので深い意味はない。
藍浜町、”浜”という名前から察せられるがここは海に面した町である。
海には砂浜が多く残り、それなりに都市からのアクセスも良いので海水浴場を設け夏は観光客で賑わっている。
駅が海に近く、徒歩で十分行ける距離というのも大きい利点だろう。
この町は大きく二つに分けられ前述の「海側」ともう一つの「山側」が存在する。 双方は丁度鉄道の路線で区切られ、線路がその海側と山側の境界となっている。
山側はというと、主に商店街のアーケードや学校があるのはこちらで、そのほか住宅も主にこちらに密集していたり。
そして山側ということで、その町から少々離れた場所には、山がそびえ立っている。 細長い町に沿うように、継ぎ目なく山々が連なるので、海側から見ると鬱蒼と茂る緑が真っ先に目に入るだろう。
その山を越えると、また別の町があるのだが、完全に山に遮られこの町から望むことは出来ない。
で、その”山側”に存在する高等学校に俺とヒロインは通学している。
その名も”藍浜高等学校”なんの遊びもない地名が由来の平凡な名前の高校だ。
アクセスがいいのと住宅地に近いことから、ここの生徒数はそれなりに多く、一・二・三年合わせて六〇〇人を超える、クラスも一学年は5クラスほどあり、俺とユキ、その他は一年二組に在籍している。
ということで簡単な舞台説明は終了ということで。
それで俺はというと、山側にある商店街に来た。いつも通り、夕方のこの時間は主婦やら学校帰りの高校生やらで、結構賑わっていて身近に活気を感じる。そんな中をなーんの目的もなしに歩いていると、
「……あれ? 下之君?」
誰かが声を掛けてきた。そしてその声の主をすぐさま認識して反応する。
「おお、奇遇だな。委員長」
* *
一方の下之家では。
「!? ……やつめ、女と遭遇したな」
この場合でも”おなご”と読むのを忘れずに。
桐の能力に”ONAGOセンサー”が加わった瞬間だった。いや……女の勘の強化版と思っていればいいと思う。
「しかしゲームヒロインではないな……まぁ、大丈夫じゃろう。現実(三次元)の女にモテる訳がないじゃろ」
そうして整った幼き顔でケラケラと笑う桐。さりげに酷く言われているユウジ。ちなみに、これも”おなご”と読――
「こんばんは、下之くん」
そこにはクラスの委員長こと……名前はえと、すぐそこまでは出てるんだけどなー
「委員長は、買い物か?」
「うん、そうだよ」
と言って、右手に持つ食材の入ったレジ袋を持ち上げて見せる委員長。
「それじゃあ、まだ買い物頼まれてるから。またね」
少し振り返って委員長は手を振ると、近くのスーパーに入っていった。
……委員長が、行ったところで俺の残念脳は凄まじいラグが有ってから思い出してきたぞ。
本名は「嵩鳥 真菜香」(タカトリ マナカ)だったな。
一応言っておくが、ゲームのキャラではない。もちろん現実の人間である。
委員長を務めているのであだ名が「委員長」それも今年だけでなく、同じ中学時代も委員長になっていた。
しかし接点は”中学でのクラスと高校のクラスが同じ”というだけのもので、名前も少し特徴的だったのと委員長ということで覚えていたに過ぎない。
委員長も『クラスメイトの名前は覚えておく』という中学時代の委員長に課される決まりによって高校では覚えていたようだ。
「さてどうっすかなー」
と、投げやりに呟きながら、また商店街をぶらつく。それほど大きな町でもないのにこの商店街は活気が有りそれぞれの店舗にそれなりの客が入っている。
ぼんやりとふらついていると俺はある人物が目に入り「げ」と声に出して感情を表出す。そしてこちらにもその人物はすぐさまに気付き、
「あっ、ユウくーん」
「……ああ」
うわぁ……来た、来たよ。その人物は探し探して色々な店を巡った後にやっとこさ目的の商品が見つかった時の女の子のようなきらきらとした瞳で両手に買い物袋を提げながら早歩きでこちらへと駆けよると、
「会いたかったよっ、ユウくーん!」
「どわっ」
思いきりに背中に手を回されると俺の拒絶も間に合わずに抱きしめられた。背中に何かひんやりとした買い物袋を感じて、その人物の行動とその感触にひやっとする。
悪い気は……まあする。その人物は必要以上に整った顔とスタイルを持っているのだが、俺との関係性が問題で。
そしてそのシュチェーションが問題でもある。考えてほしい夕方の活気だつ商店街の道の中心なのだ。道幅がそれほど狭くは無いので邪魔にはなっていないのだが……主婦とかが凝視してくる、そりゃそうだよな。
「ちょっと姉貴……」
「なに? ユウくん」
[下之 美奈]俺の血のつながったまさしく正真正銘の姉……のはずなのだが、この溺愛ぶりや俺との似ていなさから「もしや」とも思っている。
似ていなさといっても良い方向に、正直我が姉ながらかなりの美人である……だから俺に抱きつくと、なお目立つわけで。
いや、抱きつく事事体が普通にすごく目立つんだが。
「姉貴、抱きつくなよ」
「ふふ、ユウくんったら! 照れ屋さんねー」
「……」
「本当は今すぐ抱き返したいんでしょ、わかってるよ。ユウくんのお姉ちゃんだもん! 以心伝心だよ!」
「姉貴……殴るけど姉弟同士だし婦女暴行にはならないよな?」
「ごめんねユウくんっ、調子に乗りすぎました」
と言って手を合わせて謝ってくる。早いっすね謝るの。しかし今までの行動で周りの主婦たちはひそひそと話し始めている。
さっきまでは釣り合わない一年差ほどのカップルが、俺が姉と呼んだことで一体どうしたことなのかと色々と思考を巡らしたり会議を始めていることだろう。
「本当だよ……こんなところで勘弁してくれ」
一応謝ったことだし……右拳がスタンバイしていたのだが、押さえておこう
「じゃあ家に帰ったらスキンシップし放題ということだね!」
「……」
「え、駄目!? じゃあ肩を抱くのは――」
ガツッと自分の拳と姉貴の頭のぶつかる鈍い音がした。
「あうう……」
姉貴の頭を軽く殴ったものの思ったより返りが来て右手が痛い。姉貴はと言えば頭を買い物袋こそ手放さないものの抑えて涙目で唸った。
だが殴られて当然だ……どこまでこの姉の一般常識というのがズレてるのかと。
「殴るなんてひどいよぉ……」
「……その上目遣いは、もしもの時に使うのがいいと思うぞ」
学校の男子生徒が見たら悶死するレベル……俺もちょっと、いや、ないか。
「もしもの時だもん、今もしもだもん!」
姉は涙目で訴える。あんたは駄々っ子か。
なぁ……これこそギャルゲキャラに見えるだろ? 違うんだぜ。信じられるか? これ……俺の姉なんだぜ?
だからなダ○ーポ2の姉ルートやると、すごい親近感沸くんだよな。
「で、姉貴はこんな時間まで何を?」
「嬉しい! 私のこと心配してくれるなんてっ」
「……答えないならどうでもいいけど」
「答える! 答えるよっ」
姉貴は俺の関心をもみ消す寸前だったのでぱたぱたと手を振って、
「生徒会の仕事で残業して、それから夕食の買い物に来たんだよ!」
「へぇー……そりゃお疲れさまでした」
「嬉しい! お姉ちゃんのこと心配してくれるなん――」
「姉貴……似たようなネタは使わない方がいいぜ」
台詞の使い回しに見えるから。
「ごめんね、ユウくん」
この姉は何回謝っているのだろう。そして俺は、何回謝らせているのだろう。
……この言い方じゃ、俺が悪いみたいだな。全部自業自得で自分が招いた結果なのに。
姉貴の謝った回数を、次から数えておこう。
「じゃあ、帰るとするか。姉貴はどうする?」
「なにか用事があって来たんじゃないの?」
「いや、特に……帰ろうとしてたとこだし」
すると姉貴は、何かはっと気付いたような表情になり。
「はっ……もう照れ屋さんなんだから」
なんとも色っぽいお姉さん調で、そんなことを言ってきた。しかしそのノリは俺を逆撫でしかしない。ああ、殴る気力もさえも失っちまったよ。
「先行くぞ」
「あ、待ってユウくーんっ」
そうして歩きだそうとしたところで、俺は「あ」と気付き。
「片方持つから、くれ」
後ろを歩く姉貴の方へと振り返って右手をくいくいと引き寄せるようにして。
困った表情で姉貴は、
「え、でも……」
「いいから」
そうは言うが、しかし姉貴の意見なんて関係ない。ただ姉貴が早く家に戻れるよう身軽にして料理が早く食べられるのようしたい身勝手な理由で、だ。
「えっと……じゃあ」
しぶしぶと俺にそれなりに重量のある牛乳やら野菜の入った買い物袋を手渡す。姉貴の持っている方には見るからに重そうな葉物のキャベツやらファミリーサイズのペットボトル飲料が入っていて明らかに渡さない方が重そうだ。
これ以上困らせても仕方ないので、それは言わないでおく。
「よしっ、帰るか」
「ありがとね……ユウくん」
さっきまでのテンションはどこへやらな、小さな声で。
「……ほら行くぞ」
「えへへ」
後ろで心の底から嬉しそうな小さく呟いた声が聞こえたが、俺は気にしない。
それで家だ。帰る頃にはすっかり暗くなっていて門をくぐる頃には澄んだ空に星が輝いている。
「たっだいまー」
「ただいまー」
姉弟揃って玄関に入ると。
「おかえりーお兄ちゃん、お姉ちゃん☆」
キラッ☆ ……と言ったような”猫かぶり”フェイスをかます妹(桐)がお出迎え。
「ユウくん、ということで今日は腕によりをかけて夕食を作るよ?」
「え?」
「(ぴき)」
おお姉貴が見事に桐をスルーした! なんか音したぞ、今桐のこめかみから。
「いや、生徒会で疲れてるだろ。姉貴の作れる簡単なものでいいよ」
「はぅっ! うれしいなぁっユウくん……お姉ちゃんのこと心配してくれるんだねっ」
……なんだかんだ俺って、姉貴には甘いからな。それに――
「まぁな。家事ほぼ全般に学校では生徒会副会長だもんな……疲れないはずがないだろ」
「(ぴき)」
照れを隠しながら姉貴の1日にやっていることの具体例を羅列する。
そう彼女は、俺の姉貴でもあるが学校の生徒会の会長を補佐する立場にある副生徒会長なのだ。
しかし生徒会そのものがあまり明確なもののでなく。一体何をしているのかイマイチ分からない感じがある。
生徒会のある日は遅く、六、七時に帰ってくることが一番多いが、遅いと九時前後にもなる。帰ってきた瞬間に見れる姉貴の顔には疲れが出ていて決して楽ではないことが分かる。
そんな生徒会終わりに夕食も作ってくれる訳だ。何故倒れずに出来るのか逆に不安になる……というかさりげに桐が不機嫌になってる?
「う〜んっ! その心配してくれるユウくんの言葉が、私の元気の素なんだよ! さぁがんばるぞ!」
「(イラッ)」
……心配をかけまいと投げかけた言葉が、逆手に取られて姉貴を張りきらせてしまった。
「ユウくん、今すぐ作るからねっ♪ あっ、桐ちゃんも待っててね」
「(プチッ)」
というか桐スルーだったんだが、姉貴気づいてたんだ
「じ、じゃあおにいさん、部屋でできるまでまっていましょうぞ」
おーい、あんた誰だよ。桐、しゃべり方が大変なことになってるから。
なんというか姉貴は俺がいると、俺にしか目が行かなくなっちゃうんだよなあ……これもどうしたものか。
で、マイルームに戻ると不機嫌オーラを放つ桐ももれなく付いてきました……ああ、いらねえ。
「姉ルートまでも……それもいつでも結婚できそうな勢いじゃとッ!?」
「いや出来ないから、家族内通話みたいに軽く出来るもんじゃねえよ」
「”タダカゾでいましょう”」
「……某携帯会社のキャッチフレーズをもじったんだろうが、果てしなく言いにくいぞ」
「で、貴様いつのまに姉ルートを? 昨日の時点ではあまりその片鱗を見せてはいなかったが」
「いや、ずっとあんな調子なんだが……今日は学校帰りかつ買い物帰りの姉貴と商店街で会って一緒に帰ったからか?」
「一緒に帰ったじゃとッ! そして買い物袋を二人それぞれ片手ずつじゃとッ……! 羨ましい、なんという新婚さん!」
「言ってねぇよ」
この子妄想癖強い……まあ常にだけど。
「……わしの本当の敵は家族にあったらしい――ターミネートスル」
キュイーン。
「効果音付き!?」
「……姉は近親相姦狙いと見た」
「見れねえよ! どういう方角から見たらそうなるんだよっ!」
「このキリ・アイさえあればそんなこと見透かせるわっ!」
「そのキリ・アイとやらは、腐ってるとしか思えないな」
とりあえずそうして新米お笑い芸人も鼻で笑いそうな低俗な会話を繰り広げているのもあくまで時間潰しであり、姉の夕食を待つ俺と桐。
「兄上」
「……そんな呼び方だっけか」
「今までは特に決まってなかったからのう。これにしておいたぞ」
「名前でいいよ」
「名前でよいのか? ふふ……これは妹ルートに入りかけたな。これは良い傾向じゃ」
「俺目線だと、片足さえ入ってないな」
「しかしお主も惜しいことをしたな、あの委員長ルートの分岐が先ほどあったと言うのに」※前回参照
「な、なんだってー! いや、考えてみたら委員長ヒロインじゃないぞ」
「いやなんかスタッフが作ってたんじゃと』
「なんでだよ」
「途中まで書いてたら”あれこれカップルじゃね?”と急きょ書き直したそうな」
「スタッフ、いいのに」
「貴様にとっては良いかもしれんが、スタッフにとってはシナリオが破綻しそうなので止めたそうじゃ」
「そ、そうなのか……というかこんな直前までシナリオ作ってんのかよ! シナリオよりもスケジュールが破綻してるじゃねえか!」
「こまけえこたぁいいんだよ(AA略」
「略も何もここに載せられないだろう(批判的な意味で)」
そう呆れているとずびしと人差し指をぴっと伸ばしながら右手を前へと出すと、
「コーナー、今日のおさらい」
「……いきなしフリーダムだな」
「コメディが中途半端な男じゃのう」
「いや、どうしろと」
「生徒○の一存まではっちゃけてなく、ギャルゲ○の世界よ、ようこそまで固くない」
「読者の九割九分が理解出来ないネタを」
「ならの○太」
「一〇〇%が”ああーそんなキャラかー”ってなるけど実際違うだろ俺と!?」
「優柔不断なら灼○のシャナの主人公、スク○ルデイズの主人公並みじゃな」
「謝れ伊○誠と一緒にされたことを、坂○悠二に謝れ! 今すぐにぃっ!」
「確実に知ってる者から見たら”なんだとこの野郎! 誠○ね”でコメント欄が荒さられること確実」
「ブログ炎上ならぬ、板炎上かよ。冗談じゃねえ、あってたまるか」
「悟空」
「手から何か撃てそうだな」
「違う、ドラマ西●記の方じゃ」
「まぎらわしいわっ! というか遂に二次元から出ちまったよ!」
「……たくっ、グダグダになったではないか」
「俺のせいかっ!? どうみてもお前が戦犯じゃねえかっ!」
「とりあえずお前は中途半端だ、スタッフは使いにくい(苦笑)しておるぞ」
「えー……スタッフから使いにくい扱いされる主人公ってどうよ」
ぶっちゃけどうすりゃいいんだよ。
「それは簡単なことじゃよ」
「拒否」
さりげに心読まれたし。なぜ拒否ったかというと――
「どうせ”なら妹ルートに入ればキャラが確定するぞ”とかだろ」
「なに、心を読まれたし!? 貴様、わしの力をコピーする”ゼロ”のフラグメントが有るというのかっ!」
容易に想像出来たんだが。更にその桐の言う確定キャラは完全に”ロリコン”という残念な人種だから。
それに後半のネタはガチで誰も分からないから。
「たまにはロリコンもいいよね!」
「よくねえよ”たまには”ってなんだよ」
「週五ロリコン、土日シスコン」
結局毎日残念な人……って!
「結局お前には週七日分あるじゃねえかっ!」
「ちなみにハルケギニアだとフリーな日が一日あるぞ」
「んなこと聞いてねえよ」
「ロリと妹の二属性を有するのがわしのチャームポイントじゃな」
チャームポイントとか言う人にろくな人はいないってばっちゃが言ってた(言ってないけど)そんなこんなで話してるうちに時間は経ち。
「出来たよ〜ユウくん」
どうやら夕食ができたようで。
「――と桐ちゃん」
「(PIKI,PIKI)」
明らかに桐と俺の言い方が違う。桐はついでみたいに言っているし……そりゃイラっとくるだろうよ、と今回ばかりは桐に同情。
――天然なだけだよな?
計算だったら……桐を怒らせるよう誘導するのは神レベルかもしれん。後者でないことを祈りつつ、姉を追うように、不機嫌モードの桐と共にダイニングへ向かった。
「今日は肉じゃがかー」
立ち込める醤油の香ばしい匂いと、食卓に並べられて料理を見てから呟く。
「えへへー、今日は自信あるんだー」
エプロン姿でお玉を持ち、胸を張って姉がそう言う。
「うまそーだな」
「おいしそうですっ☆」
六人がけのダイニングテーブルに座り、俺と姉、桐が座ったところで俺は気がつく。
「あれ? 今日も母さん仕事?」
「さっきメールが来たから、そうみたい。今日も外で済ませてくるんじゃないかな?」
「そっかー」
ウチの母は仕事がある日は帰りが遅い。大体外のファミレスとかで済ませてくるらしい。
というか、実を言えば帰ってくる日は殆どない。フェミレスで寝過ごすこともあれば、終電に行かれて近くのカプセルホテルに止まってきたりエトセトラ。
「”あいつ”は?」
「うーん……今日も夕食、後でいいって言ってたの」
「ふーん」
”あいつ”に関して、今は何も分からない、それほど興味もない……興味がないというのには語弊があるな。諦めた、の方が適切なのかもしれない。
そう俺はもうあいつには関われない。あいつに俺は嫌われてしまっているのだから。
「じゃあ頂いちゃいましょうか!」
「そうだな」
「はいですっ」
律儀に食卓に揃って手を合わせて、
「頂きます」
「いただきます」
「いただきまーす☆」
そうして夕食が始まる――まずは、メインディッシュの肉じゃがをパクリ。
「お、旨い」
肉じゃがを口に運んで一言。崩れていないながらもしっかり醤油の味とダシが、染み込んでいる。
そこに人参の甘みも加わって旨みが引き立っていて美味しい。
「ありがとう〜、お姉ちゃんその言葉が嬉しいよ〜」
肉じゃがに……おお。
「それに今日は炊き込みご飯か」
「うん、サバの水煮をいれてみました」
「どれどれ……おお」
炊き込みご飯の主張の少ない風味に、サバの水煮がアクセントを加えていた。
サバの水煮と言っても、普通に食べれれるよう塩で味付けされているもので、その塩っぽさが炊き込みごはんに、ちょうどよく馴染んでいる。
それでいてもとが脂身がすくないのでくどくなく、鳥の皮を使うよりもさっぱりしていた。それにきっと安くすんでいることだろう。
「合うな、これ」
「でしょでしょー!」
「おいしいですっ☆」
食事時には、つい水分を多く飲んでしまう。コップの中はもうカラッポだ。
「ちょっとお茶お代わりするわ」
「あ、ユウくん私がやるよ」
「大丈夫、姉貴は座っていいから」
「うん、わかったよ」
お茶ぐらい自分でやるさ。流石に全部任せきりじゃ駄目だし……夕食作って貰ってる時点で任せっきりだけども。
果てしなく申し訳ない気持ちになりながら、冷蔵庫を開いた。すぐ真正面の棚には――
ラップのかけられた肉じゃがの入った器に、茶碗に入った炊き込みご飯、お椀に入った味噌汁が置かれている。
更に姉が書いたと思われる二つ折りにされたメモ用紙があった。そしてメモには大きく”あいつ”の名前が書かれている。
「ええと、お茶は……これか」
冷蔵庫からお茶のボトルを取り出し自分のコップにつぐとボトルを戻し冷蔵庫を閉めた。
夕食も終わり自室のパソコン机のイスに座る。俺が起きている間に関しては、パソコン机の席に座っているのがデフォなのだ。
「姉の料理は……美味いのが悔しい」
昨日はちなみに昨日は電磁レンジでチンした冷凍食品パレード。美味しいことには変わりないが、手作りには劣る。
「これでは……わしに勝ち目はないではないかっ! 貴様はオールドシスコン。またはアネコンだし、あっちはブラコン……相思相愛かっ!」
「いやオールドシスターって姉って意味だけどさ……て、俺はアネコンじゃねえよ」
「アネコン否定前に真っ先に姉を擁護するとはっ! わしは、例えお主がアネコンだとしても諦めないぞ……例えアネコンでも」
「絶対人として諦め始めてる!? いや、まぁ妹ルートは諦めてくれ」
「敵が強ければ強いほど、愛の炎は燃え上がるのじゃ」
「……今すぐにでも鎮火して欲しいな」
閑話休題。
「……ということで、明日もイベントが発生する』
「へぇー、また」
「……なんじゃその、飽きムードは』
「いや飽きてはない、ただダルイなーと」
「……貴様の言った言葉の方が、女子の好感度は落ちるじゃろうな」
「よし、落ちたか。よっしゃ! さっさと妹ルートは諦めろ」
「わかってるもん! おにいちゃんがツンデレだってことは」
「ツンデレじゃねえ、俺にはツンしかねえ」
「いいもんいいもん」
「いや、よくないだろ」
「そうか、わしがツンになればツン同士で科学反応が起きて……」
「それで面倒くさくなった俺は桐を完全無視する”無”に突入するんだな」
「いや! それすごく嫌じゃ! というかハイテンションなわしにとっては、かなり恐ろしいぞ、それは……」
「で、イベントってなんだ」
「話変えられた!? すんなりとっ!」
いつまでもネタ引っ張ってもね。そして桐は技とらしく咳払いすると。
「イベント内容については……秘密だ」
「Why? なぜ」
「なんとなく」
「適当っ!?」
さてと……相変わらず役立たずな桐は放置しておこう。いつまでも付き合っても仕方ない。
「相変わらずとはなんだ! 常に役に立っておるじゃろうっ!?」
「それなら主に、どんな役に立ってるんだ?」
「わしの存在が貴様の心を癒しているではないか」
「……少なくともお前は疲労の元だ」
どうも桐が来てからストレスが鰻登りに経験値上昇中です。
「このロリボディの魅力がわからないとはな。とんだ未熟な男じゃのう」
「そんな変態になるぐらいなら、未熟でいいや。ロリボディだけならロリコンにとってはいいかもしれんけど、時代遅れな古臭い喋り方と変態脳が付いてくるからな」
「……初めて貴様に殺意が湧いた」
こいつやっぱり面倒くさいな。
「面倒だと!? ツンデレ娘をデレさせるよりは面倒ではない!」
「いや、そっちの方がまだやる気がでるわ。というかさっきからスルーしてたが、心読むな」
「別にいいじゃろう、わしの持つ二十もの能力の一つや二つ使ってもよかろう」
二十もあんのかよ……どんな邪気眼設定だ。
「今最近使っているのは人の心を読む”心詠”じゃ」
「聞いてねえよ」
どーでもいい。
「他には時をかけたり、世界を思うままに変えたり、カエル系宇宙人と話したり」
某書籍会社限定ネタだな!
「似たような内容なソフトを複数販売して儲けたり」
曲芸商法……?
「終わる終わる言っといて結局終わらない某ジャンプマンガのアニメ」
銀○ェ……というか既に能力じゃねえなコレ!
「とりあえずは、ダ○ーポ2のヒロインの特殊能力全部は使えるな」
すげえ! それは、すげえ! それは俺も欲しい。
「”雪○流暗記術”の分売は出来ますか?」
あの一度見ただけで半永久的に記憶できると言うチート能力を!
「一時間一四〇〇円」
レンタル式かよ! 更にボッタ……ではないか。
「まぁ昨日見た“予知夢”で今後のネタバレをしてやろう」
予知も出来るのか、しかし次の展開が分かるというなら聞きたいぞ。
「一応は聞く」
「――ネタバレ:ラスボスは幼馴染」
「ラスボスってなんだよ!」
こんなユルユル学園ゲームにラスボスなんていないだろ……いや、まてよ。 このゲームのジャンルは――
ジャンルはというと……恋愛・泣き・アクション・ファンタジー・RPG・パズルだったな。
「あ、ありそうだな……」
悔しいがなんかこのゲームならありえそうだ。
「今のは嘘じゃがな」
「え、信じそうになったんだがっ!?」
俺、きっとマルチ商法に引っかかり易いだろうな……俺はこういう理由こじつけて納得しようとするタイプだ。
「ネタバレ:全ヒロインルートの最後は必ず妹エンド」
すごい嫌なネタバレっ!
「ネタバレ:ホ○ルートがある」
嘘だっ!
「ネタバレ:アクションバトルがある」
ないなっ!
「ネタバレ:妙にリアルなルートがある。」
どのへんが!?
「ネタバレ:明日天気雨がある」
明日傘持っていこう! 初めて役立った!
「ネタバレ: 」
いや、何か言えよ!
「ネタバレ:収拾付かないので、終了」
えー……終わりだそうな。
4月24日
なんということでしょう、あまり寝れていません。
部屋着兼パジャマのTシャツ&半ズボン姿で階段を下り、洗面所で鏡を覗けば……そこには目の下にクマがある男子高校生が――
「あー、ねみぃ」
ふぁぁぁぁ、と目に少量の涙を溜めながら大あくび……なんとも間抜けな光景だ。
「さてと」
ばしゃばしゃ顔を洗ってタオルでふけば――
「(キリッ)」
なんということでしょう、あの眠気全開の残念青年の顔がキリッと引き締まったではあーりませんか。
もともとそんなに出来ていない顔立ちが寝起きで完全崩壊を起こしていたのに対し、洗顔によるリフレッシュ効果で大幅に改善されています。
リフレッシュもされるはずでしょう、そう青年の使う洗顔用石鹸は、竹炭を練りこまれているのです。
敏感なお肌にも優しい天然仕様、それでいて顔に付着した汚れを流しさり、かつ引き締まります。
まさに竹炭石鹸という「石鹸の匠」が青年のたるんだ顔を引き締めてくれたのです――
さーて”竹炭石鹸販売促進運動”もここまでして……朝飯行くかー
「姉貴おはー」
「おはーゆうくん」
洗顔後は姉貴が居間でお出迎え。
「ごめんねっゆうくん! 学校に早く行かなきゃいけないから、先いくね!」
そんな姉貴は既に着替えていて食パンを銜えながら黒いニーソックスを履いている最中だった。
「じゃあ、ご飯とお弁当置いておいたから――行ってくる!」
「ああ、行ってらっしゃいー」
姉貴を見送り、今の卓袱台周りに座る。 台上にはマーガリンの塗られた食パン二枚と卵焼き一つに味噌汁一杯がそこにはあった。
「……まだ温かい」
そう遠くには行っていないはずッ――って、姉貴出たばっかだけどさ、直前まで朝飯作っていたことが分かるなぁ。
「むしゃむしゃ」
ほーむっ、このトーストの絶妙な焼き加減がたまらないねェ! 食後の余韻ならぬ、食パンの余韻(?)を感じていると……
「むにゃむにゃ、ふわぁ」
「お、桐、おはよーさん」
「ぐっどもーにんぐじゃ」
何故エェングリッシュ? まぁいいや、俺もたまに言ってるしな。
「桐、顔を洗って出直してきな」
「なんじゃと貴様、上等じゃ、洗って来てやろう」
なんだこの会話、そうして桐は顔を洗いに洗面所に向かって行った。
「むしゃむしゃばくばく」
ふぅむぅ、朝食に目玉焼きが定番だと誰が決めたか! 卵焼きもいいものだ、おおう、醤油が効いてるなァ。深い味わいに舌鼓を打っていると。
「なんということじゃろう! みよ、この美女を予感させる整った顔立ちをッ! 幼女の時点でこれなら、二十歳になった暁には……イケる、イケるぞおおお!」
「わぁー、なんてすばらしいもぐもぐ」
「おにいちゃん! ご飯食べながら喋るのは行儀が悪いよぐしゃぐしゃ」
「食事中に頭を掻くなふごふご」
「だからお兄ちゃん食事中はもぐもぐウマー」
「喋る暇も惜しいぐらいに美味しいからだよっ!」
「ふむふむ……これなら仕方ないのうまぐまぐ」
「ごっそさーん」
「こらこら、北斗七星の方向に向かってお辞儀をしなさい」
「わかるか、んなもん! ごっそうさまでしたー」
「わしも、ごちそうになった」
「早っ! お前早食いだな」
「……これで本気かと思うか?」
「思わないからがんばれ、じゃあ着替えてくる」
「なんとも適当な返しにが不服にゃが着替えてくるがよい」
「着替えてきた」
「早っ! お主早着替え達人じゃと!」
「……これで本気と思ったら大正解だ」
「これが本気なのか! だとしても凄いのう」
「まぁ、わしがあくびしている間に着替え終わるとわな」
「いや、その表現では桐のあくびが長かった可能性も出てくる」
「ふむ、それじゃ……」
「皿を一枚重ね終わる前に着替え終わるとはな」
「いや、それじゃ”何枚も割ってしまって最終的に一枚重なられた”という解釈だと時間がかかったことにもなるぞ」
「そこまでごだわらん、とにかくお主の着替えは早い」
「まぁ、部屋着の内側に着ていたからな」
「……学ランをか? 先程のTシャツ内は四次元空間でも広がっておったのか?」
「俺……着やせするからさ」
「……布面積を無視するということは、錯覚でも利用しておるのじゃろうな」
「まぁ、そんなことより学校に行ってくる」
「おお、もうそんな時間か」
「いや、あと一時間はある」
「なぜ早くでるのじゃ?」
「まぁそれは……な」
「残念じゃが、目では伝わってこないのう」
「ユキとウキウキ登校して、教室でフツトーークしたいだけさ」
「なるほど拒否」
「わかった、桐が拒否したのはこんな理由だろう? ”私のダーリンを横取りするなんてこの泥棒猫が”」
「うぅむ、内容は大体あっているが反応にとてつもなく困るな」
「じゃあ行ってくる」
「おう、気をつけてな」
こうして俺は玄関で靴を履き、鞄をブランブラン揺らしながら玄関の扉を開いた。
そうして俺は家の門前で待っていた――
「おっはよ〜」
おう、なんという天使……そう皆さんご存じのユキさんです。 なんと雪のように白く透き通った肌……俺が本気出したら三時間は見惚れるね。
「おはー」
と返す俺。
「いやー、春だね」
「いや、もう終わるぞ、春」
春という定義が微妙だが、もう4月も終わる……桜も散りはじめているしな。
「春と言えば、桜だよね」
「もう殆ど散っちゃったからなぁ」
「でもね、ユウジ」
「なんだ?」
「桜は私たちの心の中に咲き続けているんだよ」
「……桜は死んだ訳じゃないと思うんだ、来年になればまた元気に顔をみせてくれると俺は思うんだ」
ユキさん、それは死んだ仲間を想う台詞でっせ。
「うんうん、わかってる、楽しみだな〜」
ユキさん、ちょっと天然入ってるけどGJですよっ。
「ところでユウジ」
「なんだい?」
「夏もいいよね〜」
え。
「いや、いいと思うけど、さっき春の話してなかった?」
「季節は移り変わるもの……私のマイシーズンも移り変わるそんな時なんだよ」
「……夏ねぇ、俺は暑いから嫌いだな」
「えぇー、そんな暑さを無視して冷房のガンガンに効いた部屋でアイスクリームを食べながらバラエティをみるのがいいんじゃないー」
「うん、なんとなくわかるけど思い切り環境破壊だ、それー」
しかし夏のユキ……だとッ! ……イイかもしれないなぁ。
「でもね、でもね!」
「どうしたんだいユキさん」
「気温を下げる為に打ち水はしたよ?」
「おお、地球温暖化を防ぐ身近な第一歩だな」
「家の中にだけど」
「ええとユキさん、その後家はどうなりましたか?」
「水浸しになりました」
でしょうねー
「お母さんに怒られた……トホホ」
可愛いっ、トホホ、可愛いっ!
「でもそう考えると」
「? 考えたのか?」
「秋がいいよね〜」
「うん、ユキさん。春夏秋冬一周するおつもりですか?」
「春夏秋冬一蹴?」
「蹴っちゃだめだろ」
「でもね、秋はいいよね」
「まぁ、そうだな……過ごし易いし」
「なにより食欲オンリーな秋だよね」
「芸術とかスポーツとか何処行ったと言いたいとこだが、そうだな」
「夕暮れの通学路を歩いていたそんな時、少し遠くから聞こえる焼き芋屋さんの声はそそられるよね」
「あ、わかるわ」
「そして横を通り過ぎる焼き芋屋さんの車」
「ああ、買いたくなるね」
「それで買っちゃう訳ですよ」
「そりゃ仕方ない」
「ダースで」
「ユキさんや、それはちょっとばかし食い意地というか、欲張りすぎなんじゃないですかい?」
「大丈夫、スタッフも美味しく頂いたから」
「スタッフそんなもん貰ってたのか!」
うらやま、ユキからの手渡しだと……俺、スタッフになろうかな。
「本当はスタッフじゃなくてお家のお母さんとかにだけどね」
「あー、やっぱり」
「余ったものは――」
「スパイスをかけて」
「ユキさん、それ台無し」
「え? スイカに塩の要領で、焼き芋に胡椒だけど?」
「惜しい、サツマイモじゃなく普通のダンシャクイモとかならセーフだったのに」
「ミスマッチ感が癖になるよね!」
「食べてないから分からないよね!」
ユキさん、それは自分にはわかりたくないです。
「いやぁ、ユウジと話していると楽しいね」
「俺ユキと話してると楽しいわ」
ああ、楽しい。なんだかんだで楽しいなぁ、ユキとの会話。
「そろそろ学校だね」
「だなー」
そうして俺たちは学校の昇降口へと足を向かわせるのだった。
「なんだこのクソアニメ共はっ!」
ユイがいきなしそんなことを、開口一番に叫んだ。
「なんだあれは! 視聴者なめてんのかアァンッ!?」
なんでヤンキー口調なんだ……
「かわいけりゃ正義だと思うなよ! 可愛くたって脚本が駄目なら台無しなんだよっ! あんな締めじゃ視聴者は納得しないんだよおおお!」
以上ユイの熱弁でした。え? 何を言ってるかって?
残念ながら、俺には殆どワカランです。教室にいつも通りユキと登校したらユイとマサヒロがアニメ談義してたというわけで。
「あのボールはなんだ! 絶対野菜じゃねぇよ、アレ! 切った断面図が、理科の教科書に出てきそうな地球みたいだったぞっ!」
……アレです。あの作品です。なんかもう一回視たんだろうね。
「そうだよな! 遠近感とか色々残念なことにもなってるよな」
「まったくだよ。一年に二作も作るからそういうことになるんだぜよ!」
……ユイは、大変熱くなっております。扱いに十分ご注意の上、お召し上がりください。いや、食わねえけども。
「でも同じ年に作ったアレはよかったぁなぁ」
「たしかにベタだけど、手堅く王道で良かったよな」
「四文字アニメは名作、の法則だぬ」
……。
「そういえばなんだっけ? 同じ、絵が残念な奴で……ほら24話だけ絵が良かった……アレ」
「なんか日本の歴史上の人物の名前を、ローマ字読みしたタイトルだったよな」
……駄目だついていけねえ。と、思ったところでHRのチャイムが鳴った。
いろいろすっ飛ばして昼食。つまらない漢文とか世界史の話を書いても何の意味もないだろ?
今日は珍しく弁当があった。昨日俺が気配りしたおかげか、機嫌を良くした姉貴が――
「べ、べつにユウくんの為に作ったんじゃないからね! ただ余り物を入れただけなんだからっ」
と、言われました。俺の反応はというと。
「……」
と、するしかありませんでした。
「ねぇユウくん! お姉ちゃんの”つんでれ”どうだった!?」
「すごいよかったよ」
もろ棒演技でそう答えた。
「ほんとう!? じゃ、じゃっ、次はヤンデレを――」
「あ、それはやめてください」
蘇る記憶。暗い階段。折りたたみ式ナイフ。頸動脈。生首。nice bort.
浮かぶのは、見るからに危ない単語のオンパレード。
……絶対に、ヤンデレなんかにさせてたまるか。いや、増やしてたまるかっ!
それに”つんでれ”の発音が微妙な時点の姉にやられてたら、プライド的にもたまったもんじゃない。
「あの……今日はお弁当なのですか?」
姫城さん(さん付けで呼ぶことにした)が、話しかけてきた。
「あ、うん」
何気なく答える。うーん相変わらず、どう見ても美人だよなぁ……本当に、あの行動が無ければ。清楚で美人なクラスメイトの一人だったんだがなぁ……
「あ、あの……」
姫城さんがもどかしそうに、言い淀んでいる。どうしたんだろう。
「?」
「ユウジ様とお昼。ご一緒してもよろしいですか?」
「あっ、い――」
はっ! 蘇る記憶。暗い階――大丈夫。姫城さんは、もうヤンデレじゃないはずだ。
昨日のことで、悔い改めてくれたはずだ。いや、俺はそう信じたい、というか信じるぜ!
「ああ、いいよ」
「じゃあ、こちらに机に持ってきますから」
「悪いな」
「いえいえ、私からお誘いさせて頂いたので……こちらの机を拝借して」
ということで俺の後ろの学食組の開いている席を使って、姫城さんと向かい合わせで食べることにした。
ちなみにユイ、ユキ、マサヒロは学食組なので居ません。なんというタイミング。
俺は机に、所々擦れて傷がついた、平たいアルミの弁当箱を側の鞄から取り出す。
そして向いの姫城さんはというと。机に、二段重ねの子ぶりなピンクのプラスチックの弁当を、持ってきた巾着袋から取り出した。
「お弁当はユウジ様が作っているのですか?」
なんとも普通な質問。良かった、彼女はもう普通の女の子のようだ。
「いや……姉に作ってもらってるんだ」
姉貴が、毎朝早起きして作ってくれる弁当を頂いている。そんな姉貴に改めて感謝。
「そうだったのですか……」
すると何故か姫城さんは考え込み始めた。……なんか「チャンスです」とか聞こえたが、気にせず弁当を俺は、開ける――
「ぶぶっ!?」
俺の開いたその平たい弁当箱のご飯部分には驚きの展開が――
『ユウくんLOVE』
”はぁと”という効果音がピッタリな、ハートが桜でんぶで描かれ、そのハート下には”ユウくんLOVE”と文字で書かれていた。もちろん女性が書いたような綺麗な丸っこい字で。
「(汗)」
あれ、おかしいな。暑くもないのに汗がダラダラ出てくるぞ。まるで洪水だ。これが後のノアの大洪水か。ああ、なるほどな。
……汗が出ている理由なんてほぼ分かってるさ。ああ、大体わかるさ! だってさ――
姫城さんが、俺の弁当と俺の顔を交互に見ながら、怪しい笑いを受かべてるんですよ?
「ふふふふ」
とかいう、低い笑い声が漏れてるんですもの。
「ユウジ様、嘘はいけません」
「な、なんのことだいっ?」
「このお弁当……ユウジ様のお姉さまが、作ったものじゃないでしょう?」
めっさ笑顔。笑顔が殺気を放っている、正直俺鳥肌立ってます。ブァアアアアアアってね。凄い勢いですよ。
「いや、姉貴が作ったんだ」
声が震えている気がする。そんな勇気をこめて言った言葉は――
「嘘ですっ」
某レナもびっくりの迫力で、掻き消されましたとさ。いや、声そのものは小さいんだけど、威圧感が凄まじいんだよ、コレが。実際やられてみ?
「……今なら間に合います、でないとユウジ様が大変なことに」
「間に合うって何が! 大変ってどんな風に!?」
「……目を覚ますと、ユウジ様は”舞、舞、舞”と私の名前を連呼しているでしょう」
「何が起こった! 寝ている間の俺に何が起こった!?」
色々怖すぎる!
「または、ユウジ様のお姉さんが、いつの間にか私に変わっています」
いくらなんでも気付くぞそれは!
「その後、ユウジ様のお姉さんを見た者は、誰も居ません……」
「ホラー!?」
……全くと言っていいほどヤンデレは改善していなかった。というか増強されてません? だめだこいつ……早くなんとかしないと。
「いえ、待ってください」
待ちますとも! ちゃんと理解してくれるまで待ちましょうとも!
「整理すると……ユウジ様が嘘を付いて、姉に仕立て上げようとした可能性が高い。ということです」
「信用無いんだね、俺!?」
なんて疑い深さ……探偵になってください。そんで迷探偵とか呼ばれててください。
「それなら……姫城さんは、誰が作ったように見えるんだ?」
「おそらく……一番近しい人として、篠文さんですね」
そうきたか! やっぱ昨日のこと引きずってるじゃねぇか! ……いや、まてよ。
「それはおかしいだろ、あいつは俺を呼び捨てで”ユウジ”と呼ぶんだぜ? なら飯に書いてある”ユウくん”はおかしいはずだ」
流石にこの言い訳は苦しいかな……
「確かに……そうですね」
わぁい奇跡! 納得しちゃったよ。
「それでは……ですね」
「そう、だから、俺の姉貴――」
「別の女ですかっ!
違いますから、絶対違いますから。
「そうですよね……ユウジ様はとても魅力的ですから」
「だから違う! 姉貴が作ってきたんだって」
「まだ言うのですか……」
「いや、なんで俺呆れられてんの……?」
なんだかんだで、俺、ピーンチ。このままじゃ”舞・舞・舞”を連呼するどっかの宗教の崇拝者みたいになってしまう!
どうするか――そんな時だ。
「あ、ユウくーん!」
その時の俺には女神。女神の声が聞こえた。後々考えて……全ての要因はあいつなのだが、今の俺にはそんなの関係ねぇ!
「おお、姉貴」
そう姉貴を呼ぶと向かいの姫城が驚きの表情を示す
「え? あなたが……ユウジ様のお姉さまなのですか?」
すると姉貴は途端に。
「こんにちは、ユウジが常日頃お世話になっています』
丁寧口調で言うと、姉が姫城さんに頭を下げた。
「どうも、ユウく……ユウジの姉の下之ミナです」
簡単な自己紹介を姫城に。するとその雰囲気に押され。
「え、あ、はいユウジ君の友人の姫城です」
様付けがいつの間にかなくなってる! 新鮮!
「食事中にごめんなさい……ほんの少しユウジをお借りしてもよろしいですか?」
「え……は、はいどうぞ。お構いなく(もしかして本当にお姉さまがユウジ様のお弁当を……? ユウくんと言っていましたし)」
姉貴に呼び出され、昼休みの喧騒にまみれた廊下。助かった……いや。
「姉貴……」
のせいなんですけどね。全て。
「ねぇ、ねぇ! どうだった? お姉ちゃんのお弁当っ!」
「……一発殴らせて貰ってもいいか」
「え! なんで? なんでお姉ちゃんを殴――」
ガツッ、となんとも鈍い音。
「あうぅ……痛い」
「なんで……なんで」と姉貴が、涙目で頭を押さえながら、呟いているが気にしない。当然の制栽だ。
「で……なんで俺を呼んだんだ?」
「ふぇ? ええと……あ、そうだ』
……一瞬忘れてただろ、姉貴。
「放課後にね、ユウくん少し教室の前で待っててくれる?」
「え、何か放課後にあるのか?」
「う……うんまぁねっ!」
「……」
姉貴は目を背けて言った。ああ……ろくなことに遭わないな、一瞬で悟った俺は大分毒されているのだろう。
「絶対待ってて」
「!」
今度は真剣に向き合ってそう言った。
「お願い」
「……」
はぁ……姉貴のお願いには弱いんだよなぁ。
「……わかったよ」
相変わらず、俺は姉に甘いんだよな。 ……直さないと。
「ありがとう! じゃ、放課後にねっ!」
と言って去って行った……というか、それだけだったんだ。
「……」
約束しちまったし。仕方ない、放課後は教室前で待ってるか……はい、これ伏線だから覚えておいてな。
放課後だ。クラスの皆が、鞄をもって帰り始める中。
「ユウジー帰ろ」
ユキが声を掛けてきた。しかし……
「あっ、すまん。今日は一緒に帰れないや」
「え?」
「実は姉貴に待ってろって言われてるんだよな」
「ユウジ何かしたの?」
「……いや」
姉貴はあんなでも生徒会役員。それも副会長。姉モードと副会長モードをきちんと使い分け出来ている訳で。
以前廊下で生徒会関係の仕事の打ち合わせをしていたその時の姉貴は的確に指示し打ち合わせをスムーズに進行させていた。
普段俺の見る姉貴からは想像できないが、この学校内では姉貴は頼れるしっかり者の副生徒会長なのだ。
「……まぁ副会長のお達しなら仕方ないよね! うん、わかった! じゃあ、先に帰ることにするよ!』
「ああ、ほんとすまんな。また明日」
「じゃあねーユウジー」
「じゃあなーユキー」
……さてと。教室前で待っていればいいのか?
しばらく経った。二〇分前後は待っているだろう。既に生徒で溢れた廊下は静まりかえっている。
時々通る体操服姿の運動部員が用具を取りに走り通り過ぎるだけ。そうして壁にもたれながら姉貴を待つ。
「ごめんねー!」
息を切らしながら駆けてくる姉……走らなくても良かったのに。
「HRで、遅れちゃったんだ……ごめんね!」
「いや別に構わないぞ。で、用件はなんなんだ?」
姉に問う。まぁ、出来るだけ早く終わって欲しいのだけど
「えっと……ね」
急に姉貴は俯いた。
「ユウくんに……伝えたいことがあるの」
「!」
……なんだ、この姉貴の雰囲気。いつもの姉貴じゃない!? なんというか、別人だ。
なんなんだこのしんみりムード。まず浮かんだのはギャルゲの告白シーン。なんでだよ! おかしいだろ俺の脳内回路!
なんか凄い「神曲」とか、後に呼ばれそうなBGMが流れてる感じもしてきたぞ!? 廊下の窓からは夕焼けの朱が眩しい……ここまでシュチエーションがそれっぽいなんて!
告白……?
んなぁことなぁいはずだ。姉弟だぜ? そんな告白じゃないとすると……
私ユウくんの本当のお姉さんじゃないの。
まさかの義姉宣言!? そっちの告白の方がはっきり言って驚きだ!
いや、落ち着け俺。このしんみり空間に頭をやられてギャルゲ発想しかできなくなってるぞ。これじゃまるでユイみたいじゃあないか。
「あのね……」
何が来る……どきどきどき。心臓の鼓動が速くなってきた。やべぇなんかハズカシイ!
「私……」
さぁ来い! どんと来い!
「私の……私の入ってる生徒会に入って!」
…………へ? まさに拍子抜けだった。ああ、なんだ生徒会か。そうかそうか、うんうん――生徒会?
「皆の者かかれぇっー!」
『イエッサァー!』
すると突然近くで聞こえる怒声。それは姉の声ではない、少し男勝りな女子と男達の声。その次の瞬間だった。
「なんだ!? 一体なんなんだ!?」
知り合い以前に見たこともない生徒に囲まれた俺。
「ていやぁっ!」
「ぶっ!?」
ま、また首を狙って……チョップを――ああ……また拉致られた(桐の金縛りの時から3回目)その思考を最後に、俺の意識は落ちて行った――
よう、ユウジだ。
どうやら首への衝撃から記憶が途絶えていることから察するにやはり俺は拉致られてしまったようだ。
そして現在、暗闇の中に居る。ついでに身動きが一切とれず何かに座っているようだ。仕舞いには手足に縄が巻きつけられている上口には布が巻かれている。
なんとも分かりやすい最悪の状態だ。
何故こんなことにって? こっちが聞きたいぐらいだ。全然身に覚えがないぞ。
そんな困惑に塗れていた頃、突然俺の視界に光が飛び込んできた。
「(うお、まぶしっ)」
いきなり目の前が明るくなった。その突然さに目を瞑ってしまう。しかしいつまでも眼を瞑っていても仕方ないので、ゆっくりと恐る恐る目を開け辺りを見渡すと――
「(教室では……無さそうだな)」
長いテーブルとパイプイスが何台も壁に立て掛けられ、窓には白いブラインド。学校には違いないと思う……というか信じたい! 普通の教室とは雰囲気が多少異なった印象がある。
そう、ここは何処か思考していると。
「こんにちは、下之ユウジ君」
かつて無音だった空間に響く、女性の高い声。そして、その声の主は目の前に居た。
「ようこそ」
「…………え?」
ご、ごほん。状況説明を開始する。
学校内の謎の部屋。そこの中心辺りにパイプイスが置かれ、そのパイプイスに俺は座り手と足を縛られ縄で口当たりを布で覆われている。
ここまでは今までの状況だ。今度は新情報だ。
目の前に居るのは大層な美少女だった。
しかし本当の”少女”だ。少女は深紅のごとし赤く短い髪を纏い。その赤髪からチョンと出るアホ毛。 そしてなにより目立つのは
座っていてもわかる背の小ささ。というか全体的に幼い感じがするその容姿や醸し出す空気。声も凄い高いし。
「下之君にはあるテストを受けてもらうよ」
文章体でみたらかなり迫力があるようにも思えるが、声を聞くとあら不思議。高い声のせいでいまいち迫力が出ていない。
「では第一問」
っ! 問題!? というか、口塞がれてるんですけどっ!
「ほい! わへ! ひっはいほうひうほほはよ!(おい! 待て! 一体どういうことだよ!)
「え? 今なんて言ったの?」
布のせいで素で聞こえないようだ。
「ほひはへす、ほへはすせ(とりあえず、これ外せ!)」
「あー……ごめん。戸夏頼むよ」
「おう!」
コナツと呼ばれ答えたのは、先程怒号をかけた女子の声だった。そしてその女子が俺の口に巻かれた布を取る。
「さて、第一問です」
「いや、まてその前に聞きたいことが――」
「問おう、あなたが私のマスターか」
「それを問うのか!?」
「それは冗談として」
「Q.1 あなたの名前は?」
「A.ええ、Q&A方式? ……下之ユウジ」
「Q.2 趣味は? 正直に答えてね」
「A. ……アニメ鑑賞」
「Q.3 好きなアニメは?」
「A. うたわれ●もの。」
「Q.4 あれいいよね! そこでドラゴ○ボールとか言わないことに感動だね!」
「A. いや、何の話だよ」
「Q.5 私はTo〇eart2 ova が好きっ!」
「A. 聞いてないし、もうQ&Aの意味成してないぞー!」
「Q.6 ごほん、生徒会の●存って知ってる?」
「A. 一応はわかるけども、何の意味で今聞いたしっ!?」
「Q.7 この学校の良いところ」
「A. いきなりそれっぽくなったな、スイッチの切り替えはええ……明るくて、団結力があることか?」
「Q.8 知沙『ふふ、一年の癖によく知った口が叩けるもの』」
「A. ねぇ! なんで聞いた!? というか誰!?」
「Q.9 私たち生徒会の役員志望理由は?」
「A. せいとかい?」
「Q.10 うん、生徒会」
「A. 生徒会……」
生徒会……ねぇ。
『私の入ってる生徒会に入って!』(姉貴発言)
「(姉貴かっ!?)」
「A. いや、志望してないんだけど。」
「Q.11 美奈から推薦があったから、大丈夫!」
「姉貴ぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
「Q.12 はわっ!? ビックリしたぁ」
「A. ホントに俺、生徒会に入る気全くないんだけどっ!」
「安心して下之君」
「(あ、Q&A終わった)いや、何がですか」
「役員試験には見事合格よ!」
「へ?」
「合格っ!」
「えええええええええええ!? 話聞いてます!?」
意味不明な、謎展開。ええ? 生徒会?
2011/07/18(Mon)00:52:02 公開 /
キラワケ
http://ncode.syosetu.com/n3349i/
■この作品の著作権は
キラワケさん
にあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
某サイトに連載しているものを移植修正したものです。7月17日現在約70万文字分のストックが有り修正次第投稿させて頂きますー
7.10 追加しましたー 7.17追加・修正しましたー
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で
42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。