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『深緑のエメラルド』 ... ジャンル:異世界 ファンタジー
作者:郁架
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あらすじ・作品紹介
「石術」と呼ばれる魔術を操る「石術師」を軍事戦力とする“ティエール国”軍の少尉であり、石術師の少女ミシェル・エインズワース。彼女は自らを巻き込む様々なアクシデントにより、自国の危機に気が付いていく。そして、仲間とともに国を守るために歩きはじめる。
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石というのは、人間も存在しなかった古来からどんな場所にでも存在するものである。
特に美しい輝きを放つそれを、人間は「宝石」と呼んだ。
更に、その中でも誕生月によって「誕生石」というものまで作った。
「パワーストーン」と呼ばれる石をペンダントやリング、ブレスレッドなどの装飾品へと加工し、身にまとう者もいた。
そうすることで、石の持つ力を分けてもらおうとしたのである。
このように、人間は石には秘めたる力があると信じてきた。いや、それは本当なのである。時をも超え、“死”というものも存在しない宇宙の原点・石。その秘めたる力は莫大なものなのだ。
この世界には、その石の力を引き出して魔術に使う、「石術」と呼ばれる術が存在する。
石の力を自在に操る彼らは「石術師」と呼ばれた。
石術師は、自分の誕生石を口に含んでこの世に生を受ける。その石を使って、様々な術を出すことができる。
これは、そんな石術師たちの物語である。
秋の風が冷たさを増してきた。そろそろ冬を意識し始め、人々はマフラーに手袋で歩いている。
その人の波をかき分けて、辺りをきょろきょろと見渡す少女がいた。
ミシェル・エインズワース15歳。下の方でツインテールに結った深緑のカールヘアが特徴的な童顔の少女である。
見た目は学生風な彼女だったが、黒の軍服を身にまとう、正真正銘の軍人である。
腰には護身用の銃を差しているが、胸にはきらりと輝くエメラルドのペンダント。軍服にアクセサリーをつけているのかと、一般人がみれば不思議に思うであろう。
しかし、ここ“ティエール国”の軍では、彼女のような存在は珍しくない。
軍にとって石術師は、自国を戦争などによっての勝利へと導く重要な存在なのである。
したがって石術師の軍人には必ず階級が与えられる。
彼女も石術師の軍人であるため、階級がある。官位は少尉。15歳という歳なのでやや低めに与えられているが、本来ならば少佐以上の官位が与えられる場合が多い。
しばらく駆け回って何かを探している様子のミシェルだったが、ある行列を見た瞬間に諦めたような顔になった。そして、そのまま軍服を翻すと、軍事所に戻る。
ミシェルが所属する西方軍事所は、ティエール国西部中心都市である“ヴェステンシティ”に位置する。
しっかりとしたつくりのその建物に入り、職場である一室に入るなり、ミシェルは敬礼を一つ。
「ミシェル・エインズワース少尉、ただ今戻りました」
「エインズワース少尉!! どうだった?」
明るく話しかけてきた女性はニース。階級は中尉であり、ミシェルの上司だ。
「すみません、今日もダメでした……」
「そう……」
「本当にすみません」
「いいのよ……とても難しいことをいつもあなたに頼んでいるのは私だもの」
そういって、ニースはしばし落ち込んでいた様子だった。
少し重苦しい空気が流れた瞬間のだが、すぐにニースの叫びによってその空気感は壊れる。
「今日こそはルクスリエースの超高級プリンが食べられると思ったのにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!」
そして、ニースは「食堂言ってくる」というなり、走り去ってしまった。
ミシェルがおろおろしていると、それと入れ違いに苦笑いを浮かべた青年・ラックスが入ってくる。
「ははは、大変ですねぇ、エインズワース少尉も」
「大丈夫かしら、ニース中尉」
「今頃やけになってパスタでも食べているころでしょう。特盛でね」
「……ところでラックス軍曹。その書類…………」
「僕らの仕事です。明日までの……。こりゃ完璧徹夜ですね」
「……気が重いわ」
ミシェルたちの仕事は大体ヴェステンシティで起こった小さな事件の書類整理である。
しばらく仕事がたまると、このように恐ろしいことが起こる。
「そういえばエインズワース少尉。グリーニー中佐がお呼びです」
「中佐? なんだろう」
「さあ? 少尉何かやらかしたんですか?」
「わかんない……私なんかしたかな? まぁいいや。いってくるね」
そういってパタパタと小走りを始めるミシェルの姿を、ラックスは遠い目をして追っていた。
「あの人まで、引き抜かれちゃうのかなぁ?」
寂しげにつぶやく彼の独り言に気が付く人など、だれ一人いなかった。
そしてラックスは自分の席につき、いつものごとく淡々と仕事を片付けていくのであった。
グリーニーの仕事部屋前でミシェルは立ち止まる。そして、息を整えるとノックをする。
「ミシェル・エインズワースです。入ってもよろしですか?」
「あぁ、エインズワース少尉。どうぞ、少し散らかっていますが」
恐る恐る扉を開くと、書類を棚に戻しながらグリーニーはこちらへ微笑みかけた。
――良かった。怒られるわけではなさそう。
ミシェルは安堵の表情を浮かべた。
「わざわざお呼びしてすみません。今日は少尉に朗報です」
「朗報……と言いますと?」
「僕ら二人、今日を持って中央軍事部へ移動となります」
「ち……中央ですか!?」
中央軍事部のある“ミッテシティ”はティエール国の首都。人口はヴェステンの実に3倍。そのさらに中心に位置する中央軍事部には、“魔術部”というただ一つの部署が存在し、二人が向かうのは魔術部の中でもさらに専門家の集まりである“石術課”に、ミシェルは移動となったのである。
もちろん中央への移動というのは非常に名誉なことである。しかし、グリーニーからは喜んでいる様子はみじんも感じられなかった。むしろその眼からは、寂しさや悲しみの感情さえも感じられる。
「中佐……」
「明日からは大佐となります」
「それは……おめでとうございます」
グリーニーは自身の誕生石であるペリドットで作られたブレスレットをはめると、席を立った。
擦れ違い際、グリーニーはミシェルの耳元でボソッとつぶやく。
「……出世は好きではありません」
そうして去っていくその背中を見つめて、ミシェルは考えた。
――過去を悔やむ目……。そう、まさにそんな目だった。
グリーニーは何を思っているのか。でもそれは踏み込んではいけない領域のような気がして、ミシェルは黙ってその背を見つめることしかしなかった。
ふと我に返ったミシェルは仕事を思い出し、事務室への道を早歩きでたどりはじめる。
「移動……明日かぁ……」
突然の出来事にミシェル自身、混乱していたのだ。
そして思い出される日々。
ミシェルが13歳で成人とともに軍に入った時の緊張感。その時に見た、ニースやラックスの笑顔の温かさ。思えばこの2年間、2人に随分と世話をかけた。
色々なことを思い出したミシェルの軍服は、自らの涙で濡れはじめていた。
どうやって今回の移動を2人に伝えようか。考えれば考えるほど涙はこぼれ、いつしかミシェルはうずくまって嗚咽をあげた。
――さよなら……私の大切な人……。
そうしてミシェルはもう一度立ち上がり、歩き出すのだった。
翌朝。その日の風は一層冷たさを増していた。空にはどんよりと雲が漂う。
それを見たニースはため息交じりに言った。
「全く……出発の日だってのに、さえない天気ね」
ミシェルは苦笑いを浮かべた。
ミシェルの入隊時からずっと姉的存在だったニース。そして、兄のようにやさしかったラックス。
「ミナ・ニース中尉、アレン・ラックス軍曹」
グリーニーが改まった口調で言った。
「「はっ!」」
「君たちに、西方軍事部を任せます。……どうか、ここを守ってください」
――守って……ください?
グリーニーの言葉に疑問を抱いた二人だったが、何だか理由のわからない緊張を覚えて慌てて敬礼をした。
グリーニーはその姿を見て、微笑みながら敬礼を返した。
ミシェルはそのグリーニーの優しい微笑の裏に何ともいえない寂しさを見た気がして、思わず目をそらした。
その指先に冷たいものがふれて、ミシェルは目をやる。すると、そこには小さな白い結晶が重なり、一瞬にして消えた。
上を見ると無数の粉雪が舞い降りてくる。
「さえない天気なんて言ってやったから、反省でもしたのかしらね」
「中尉が怖いからじゃないですか」
二人の掛け合いも、しばらくは聞けなくなる。
そんな風に思って少し俯いていたら、汽笛が聞こえる。
「いよいよお別れですね。エインズワース少尉」
「次会った時にはプリン、絶対おごってもらうんだからねっ!」
必死に涙をこらえながら、一番の笑顔を浮かべてミシェルは頷いた。
もし、今何か言葉を発してしまえば……涙がこみあげてきてしまう。だから大きく頷きながら、手を振った。
ニースとラックスも、大きく手を振った。
列車に乗り込んで、扉が閉まる。その小さな窓から、ミシェルとグリーニーは最後にもう一度、二人と敬礼を交わした。
そして列車が発車してから見えなくなるまで、ホームから二人はその後ろ姿を見つめていた。
「大丈夫? ラックス軍曹」
「何がです?」
ラックスは努めて明るく振舞っていた。
「好きだったんでしょ? エインズワース少尉が」
「……お見通しってわけですか。さすがニース中尉です」
ラックスは苦笑いを浮かべたあとに、遠い目をしていった。
「彼女が幸せだと思える方向に進んでいるのならば、ボクはそれでいいんですよ。それに……」
「私たちも暇なままじゃいられないってことね。コソ泥どころじゃない奴が送り込まれてこなきゃいいけど」
二人にはもう理解していた。
グリーニーの言った“守ってください”の意味が、何となくでも。
このティエールという国に何が起ころうとしているのか。最近何故石術師がやたらに中央に集められるのか。
疑問は深まるばかりだ。だから二人は一つだけ、己の心に言い聞かせた。
――今できる、最高の仕事をやっていこう。そして……時が来れば、この命の一つや二つならくれてやる……!
それは、とてつもない大きさの決心であった。
何が起こるのか、何かが起こるのかさえも分からないまどろみの中を、二人もまた歩き始めたのである。
車内に終点であるティエール国中心都市・ミッテシティへの到着を告げる放送が響く。
その音を聞いて、ミシェルは飛び起きた。
「あ……あたし寝てましたか!?」
ミシェルが慌てたようにグリーニーに聞くと、優しい笑顔と低い声で答えが返ってくる。
「ぐっすりとね。君があまりにも熟睡しているので、起こすのがかわいそうになってしまいました」
なぜか、ミシェルはグリーニーの声を聴いていると安心するのである。
笑うたびに揺れるその緑色の髪は、ミシェルの深緑よりは明るい色をしている。ペリドットと同じ色をした瞳は、誰もが引き込まれる程美しい。
「どうかしましたか?」
いつの間にかグリーニーをじっと見つめていたミシェルは我に返って首を振った。
「い……いえ!」
「そうですか。では、降りましょう」
ミッテシティの駅はにぎわっている。ヴェステンもなかなかの大都市だったが、ここはヴェステン駅とは比べ物にならないほどの人であふれかえっている。
「少尉、はぐれないで下さいよ。はぐれれば3時間は会えないでしょうから」
「そう……ですね……うぐ……」
二人は人の波にもまれながら、やっとの思いで少し人気の少ない場所へたどり着いた。
「しかし……なんでここまで……」
「今日は祝日でしょう? だからですよ」
グリーニーも疲れた声で言った。
今日はティエール国の独立記念日。祝日には買い物や帰省により、ここミッテシティでは大混雑が起こるのだった。
二人は中央軍事部がある(と思われる)方向に歩きはじめる。そこでミシェルは、ふと思った素朴な疑問を口にした。
「中……大佐って、年はおいくつなんでしょうか?」
「君より13個上です」
ミシェルより13個上……つまり……?
「28!?」
「大声で言わないで下さいよ!」
――見えない……大佐童顔過ぎる! 25よりは下だと思ってたのに!
「見えないとか思ってるでしょう? 人が気にしてることを……大体そんなに若くて大佐までなったりしませんから!」
グリーニーはいじけたような表情をした。しかしそうしていると、余計童顔に見えてしまう。
――やだ。大佐可愛い!
「失礼しましたっ!」
ミシェルは笑いをこらえて言った。
「君……反省してないでしょう?」
グリーニーはまだいじけているようだ。ミシェルはそれをみて苦笑いを浮かべた。
そんなやりとりをしているうちに、二人は軍事部についていた。
立派なもんの前には、憲兵が3人。ミシェルとグリーニーは憲兵に証明書を見せて、中へ入った。
いよいよ、慣れない中央での生活が始まるのである。
ミシェルは応接間に通されて、目を疑った。
すみずみまで宝石で美しく飾られた部屋。ソファーはフカフカで、細かな刺繍がされている。
「今、ランフォード大佐をお呼びしますね」
二人を案内した女性の軍人は軽くお辞儀をして、部屋を後にする。その間に、グリーニーが説明を加えた。
「クリス・ランフォード大佐。トルマリンの石術師で、電気のエキスパートだそうです。これからは私と彼で石術課を仕切っていくことになります」
仕事の話をする時の何処か哀しそうなグリーニーの眼は、見ていられない。
ミシェルは思わず「そうなんですか」とそっけない返事をして、すぐに出されたコーヒーに手を出した。
そのコーヒーは今まで飲んだこともないくらいおいしいものだったし、そのカップも美しかったのだが、そんなものは感じられないほどミシェルは緊張していたのである。
この応接間を見た時から、急に中央と西部の違いを実感してしまった。
今まで自分が住んでいた場所もかなりの都会だと思っていた。今まで自分の見てきた仕事場も、十分大きい場所だと思っていた。
ミシェルは自分が中央と西部の軍事部を同じようなものだと考えていたことに気が付いた。
しかしふたを開けてみる現実は自分の想像をはるかに超えるものだったのである。その衝撃は大きかった。
衝撃とともに生まれたこれからの生活へのとてつもない不安は、若すぎる石術師を簡単に巻き込んでしまっていた。
手が震えるのを必死に隠していると、扉の開く音がした。びくびくするミシェルの横では、淡々と敬礼をするグリーニー。
クリス・ランフォードも一つ敬礼をして、自分に用意された席へ腰かける。
黒髪の短髪に、凛々しいその顔立ち。大佐という地位に誇りを持っている様な雰囲気を醸し出している。
「さて、君たちが西部から派遣された石術師かい?」
「はい」
落ち着いた笑みを浮かべるランフォードに同じく落ち着いて対応するグリーニー。ミシェルはその姿を見ることしかできなかった。
「きいているとは思うが、君たちはこれから石術所属となる。石術課の責任者としてグリーニー大佐、あなたと私はしばらくともに仕事をすることになるだろう。どうぞよろしく」
差し出され手のひらに自分の手のひらを重ねながら、グリーニーもほほえんだ。
ちらりと様子をうかがって、ミシェルはその二人の表情から、何かを懐かしんでいる様な感情が感じられる気がした。
「仕事は明日からでいいから、君たちは寮やこの軍事部内を見物してみるといい。これから君たちが暮らすことになる場所なのだからね。あと、町も歩いてみるといいよ。案内をつけようか?」
「お気遣いありがとう。でも大丈夫です。二人で行動していれば迷うことはないですから」
グリーニーはミシェルに目配せをしながら言った。
「……そうか。では、私は失礼する」
そしてランフォードが立ち去った後に、大きなため息を吐いてからミシェルはグリーニーに向いた。
「大佐。私は一人でも大丈夫です」
「何を言いますか。君を一人で歩かせたらここの威圧感に押しつぶされてしまうでしょう」
時々見せる、グリーニーの優しさである。グリーニーという人間は、優しさと思いやりにたけている人物である。
もしも中央行のもう一人がグリーニーでなければミシェルはもしかしたら泣き出してしまったかもしれない。
一人っ子のミシェルだったが、グリーニーを見ているとなぜだか兄というものはこんなものなのか、と思ってしまうほどであった。
その優しい笑顔には、誰もがつい甘えたくなってしまう。
「それなら……お願いします」
そして、ミシェルとグリーニーは一日を中央の見物に使ったのだった。
さすが首都だけあって、ミッテシティは二人で回るには広すぎた。
生活必需品を買うといっても、店は無数にある。デパートでは大きすぎて、買い物だけで一日が終わってしまいそうだ。
だからミシェルとグリーニーは、ちょうどいい雰囲気の店を探して歩いた。
これからはここが生活の場所となる。食料品と生活必需品を買う場所は決めておいたほうがいいし、距離や混み具合、価格などもベストな店が良かった。
食料品は、寮から少し歩いたところにある市場が安くて新鮮なものがそろっていると知ったので、そこに決めた。
しかしどうも、生活必需品の買出しに使えそうな店がない。
「……ないんでしょうかね、商店みたいなの」
ミシェルは、人ごみが苦手である。めまいがしそうなくらい疲れた声で言った。
「やっぱりセントラルデパートしかないですかね? ……というか君、大丈夫です?」
「……ギ……ギブです」
ミシェルはわざとらしくお手上げ、といったような仕草を見せた。グリーニーは失笑とともに言った。
「休みましょう。このままでは少尉が倒れます。ほら、あそこ」
指をさした先には、おしゃれなカフェがあった。その端の方の席に腰掛けると、グリーニーはウェイトレスにコーヒーを二つオーダーした。
「……混んでるかと思いましたけど、それほどでもないようですね」
外の様子とは逆に、店なのかは小ぢんまりしていて数人の客がいるのみ。
そこにコーヒーを持ってきた老人のウェイターが言った。
「お二人さん、あれかい? でえとかい?」
そのたどたどしい横文字の言葉をきいたとたん、ミシェルは耳まで真っ赤になった。今の二人の服装は私服で、グリーニーはシックなシャツを着ているし、ミシェルはチェックのワンピースを着ている。なるほど、そう見えなくもないのだ。
そんな様子にもウェイターの言葉にも、いつもの苦笑いでグリーニーが言った。
「そんなものです」
ミシェルはそれを聞いてさらに赤くなった。ウェイターは「ほっほっほ、若いのぅ」といって立ち去った。
「グリーニー大佐っ!!」
ミシェルの怒ったような声に、グリーニーは悪戯っぽい笑顔を見せた。
「僕にだって遊び心はありますよ。そんなに怒らずに」
グリーニーが初めてミシェルに素顔を見せた瞬間だった。
「それに、休暇に二人でカフェにいるんですから、デートでしょう?」
いたって落ち着いてコーヒーを口に運びながらさらりとそんなことを言うのである。ミシェルも落ち着こうとコーヒーを飲んで、むせた。
「ごほっげほっ……熱っ!」
「あーあー……大丈夫ですかぁ?」
「猫舌なんですよぅ」
ミシェルはお冷を飲み干していった。
「アイスにすればよかったですね」
グリーニーがさりげなくお冷の氷を一つ、ミシェルのコーヒーに落とす。
「ありがとございます……いや、でも冬ですし」
次は十分注意しながら、ちょっとコーヒーを口に含んだときである。大きな爆発音に、結局ミシェルはコーヒーを噴出して、またむせた。
「ごほっげほっ! 何!?」
「行きましょう!」
グリーニーとミシェルは走り出して、煙の上がる場所へとたどり着いた。
そこは店の裏のゴミ捨て場だった。石は持ってきているので魔法は使える。しかし二人が得意とする植物系魔法では、被害を広げるだけである。
「少尉、戻りましょう。ここにいては煙にやられてしまいます。はやく誰かに知らせて…………少尉?」
ミシェルはグリーニーの後ろに目配せをした。グリーニーは振り返って、二歩後退した。
「誰だ!?」
珍しくグリーニーから敬語と笑顔が消えた。
「こんにちは、石術師のお兄さんとお嬢さん」
“お嬢さん”よばわりされてむっとした表情を浮かべながら今度はミシェルが問う。
「誰? これをやったのはお前?」
「今日は冷え込みますから、街を温めようという試みです。素晴らしいボランティア精神でしょう?」
不気味な薄笑いの男は、可笑しそうに言った。
「さて、僕がここをよけなければあなた方はその煙でやられてしまうのでしたね、お兄さん」
二人はキッと奴を睨むと同時に、石に手をやった。
ミシェルのもつエメラルドという石は、周囲の植物の葉緑体によって様々な魔法を使う。例えば光合成の効果を使って回復形の魔法にもなるし、植物から槍や弓も作り出せる。
グリーニーのペリドットは、植物の毒を取り出すことができる。さらに植物を一瞬で加工して、無数の武器も作り出せる。つまり毒性を持った武器で相手に対抗することができるのだ。
二人は周辺の植物類を探した。しかし、見当たらない。
「あ、すみませんっ☆ 植物ですよね? 焼けちゃいました」
高らかな笑い声を上げながら、男は言った。
「葉緑体が必要なのでしょう? 全く、痛ましいですね! 若い二人がこんなところで……げふっ」
男の方に、矢が刺さった。男は何が何だか分からない、というような顔をする。
グリーニーのペリドットが光を発していた。
「そうですよね。エメラルドは葉緑体がなければ使い物にならないんです。でも……」
もう一発、次は腕に。
「ペリドットはちがう。このお店、外壁の材質は木。僕は植物であれば、加工されていようと関係ない!」
次の瞬間、爆音とともに、熱風が二人を襲う。
「ふふ……聞いてませんでしたよ! さすがは大佐殿! 加工品でもアリだとは聞いてないっ!」
もういちど爆風。飛ばされないように、グリーニーはミシェルの腕をつかんだ。
「しかし、所詮は植物! 炎の前ではただのくずでしかないのです!!」
これまでの爆風が、急に消えた。男の顔から笑顔が消える。
「腕が……動かない!?」
そこに、低い声が響く。
「人の神経には微弱な電気が流れているそうだ。つまり電気は人を自在に操る」
漆黒の見慣れた軍服に黒髪。
「ランフォード大佐っ!?」
ランフォードの左手首、トルマリンのブレスレッドから微弱な光。
「さて、私は今すぐにでも君を感電死させることができる。君に対しては抵抗すれば殺してもかまわないと上からの命令だからね」
ランフォードが近づいてくる。そして、男の両手に手錠をかけた。
「ゲームオーバーだ、ルビーの石術師ユイク・ブライド」
「石術師!? そいつが……」
ブライドと呼ばれたその男の指には、赤く光る石。炎属性のルビーである。
「復讐は必ず」と言い残して、ブライドは憲兵に連行された。
三人は、燃え上がる炎に目を移す。
「さて……これをどうするか、だな」
水属性の魔法を使えるものはない。消防車を要求する間に、この店は焼け焦げてしまう。
「誰か連れてきましょうか」
グリーニーがそういったときである。大量の水が炎を飲み込んだ。
「大丈夫ですかの。ほっほっほ」
「ご老人! 無事で……」
先ほどの老人ウェイターである、その手に握ったものを見て、グリーニーは大きい目をさらに丸くした。
「アクア……マリン……」
「老人扱いするな。まぁ、若いときよりはちと腕が落ちたかな」
そして、また笑い声を上げて立ち去った。
ランフォードはその老人に敬礼をしている。
「大佐、彼は一体何者です?」
「10年前に軍を退役なさったが、元・大将を勤めたフォッカー氏だよ」
「えぇ!?」
確かに先ほどの石術の威力は物凄い物だった。
「さて、君達にもききたいことがいろいろとある。……休暇中申し訳ないが、軍事部に来てもらえないか」
「もちろん、伺います。行きましょう」
グリーニーの顔には、もういつもの笑顔が戻っていた。
軍事部への道をたどる途中、ミシェルが立ち止まる。
「あ、待ってください、グリーニー大佐」
手招きされてグリーニーが近づくと、ミシェルのエメラルドが光ってグリーニーの傷が癒えた。
同じようにして自分の傷も治癒すると、葉緑体を使った植物に対して「ありがとう」と一言。
「ありがとうございます、エインズワース少尉。さ、行きましょう」
「ハイ」
そして三人は、軍事部へ戻っていった。
中央軍事部に位置する大佐室。ランフォードの仕事場に、二人は呼ばれた。
ランフォードの横には、ブロンドのショートヘアの女性。ランフォードが彼女を紹介する。
「私の秘書兼護身役のレーナ・マーフィー少佐だ。彼女はクリスタルの石術師でね、氷系統に長けている」
マーフィーは凛々しい表情で敬礼を一つ。二人も敬礼で返して、ランフォードに向きなおす。
「さて、ブライドに関しては礼を言わねばならない。君達のおかげで私は間に合うことができたからね」
「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました。大佐がいなければ僕らはやられてましたから」
そして、ランフォードの顔からも、グリーニーの顔からも笑顔が消える。
「こうなったからには君達に教えなければならないことがある」
ランフォードがマーフィーに目配せをすると、マーフィーは一つの資料を持ってきた。
いくつかの写真が印刷された紙。そこに嫌な顔を見て、ミシェルは表情を曇らせた。
「こいつ……ユイク・ブライド」
先ほどの爆発事件の犯人であるブライドの写真があった。白のパーカーにジーンズ。それに似合わないシルクハット。
奴の薄気味悪い笑みと口調がよみがえる。
「軍事刑務所に入れられたものの資料だ。そしてこっちが、その被害者」
被害者の写真も山積みにされる。
「さて、この犯人の奴らの共通点。それは奴ら全員が石術師ということだ。奴らはみんな同じ造りの指輪で石術を使っているため、どうやら同じ団体と思える。そして被害者だが、全員が軍人だ」
ミシェルは被害者の写真に目を落とす。確かに全員が自分と同じ黒の軍服に身を包んでいる。
続いて説明を始めたのはマーフィー。
「我々は彼らの団体を反・軍部グループ“ウィダース”と呼んでいます。ウィダースの目的はわかっていません。彼らは捕まってから、必ず黙秘を突き通します。なので、今は少しの情報でもかまいませんから、教えていただきたい」
ソプラノの声が響くのを聞きながら、ミシェルは考えた。あの時は必死だったので、ほとんど記憶には残っていないのだ。
先に口を開いたのはグリーニーだった。
「僕が石術を使ったとき、ブライドは加工品でもアリだとは“聞いていない”といいました」
ミシェルはそのときの記憶にたどり着いた。
『加工品でもアリだとは聞いてないっ!』確かに、ブライドはそういった。
「つまり、そのウィダースという奴らは、僕らのことを知っていたことになる。それも、かなり詳しく調べていたのでしょう。エインズワース少尉の石術に葉緑体が必要だということまで、彼は知っていた。しかも聞いたということは、彼に情報を与えた“何者か”がいるということになります。それは……」
そこまで言ってグリーニーは言葉を詰まらせる。
その表情からは、迷いが感じられる。何か言うことをためらっているのだろうか。
「どうした、グリーニー大佐。どんな小さなことでもいい。教えてくれたまえ」
ランフォードの言葉をきいても、グリーニーはその先を言えずにいた。
しかし、なんとなくミシェルには分かっていた。
グリーニーが言おうとしていること……その続きは……
『それは、多分軍の中にいるのだろう』
それを言うのを、グリーニーはためらった。
「大佐。私を信用してはもらえないのかね?」
「信用は……しています。でもこれは、もしかしたら間違っているかもしれない憶測。今言うべきことではありません」
ランフォードはしばらくグリーニーを見ていたが、諦めたように言った。
「そうか。では気が変わったら教えてほしい。他には?」
ランフォードがミシェルを見たので、ミシェルは首を振った。
「特に、思い当たりません」
「そうか。では二人は寮にいってくるといい。一人一室与えられるといいが、あいにく予算が厳しくてね。三人部屋になっている。ルームメイトに挨拶をするといいよ。マーフィー少佐、案内を」
先ほどまでの重苦しい張り詰めた空気とは一変して、ランフォードの明るい声が響く。
マーフィーの顔にも笑みが見え、誘導するように扉を開けた。
そして二人を先に出すと、ランフォードの耳元でささやく。
「いいんですか。彼、何か重要なことをつかんでいますよ」
「時が来れば力ずくでも吐かせてもらう。……たとえそれが旧友だったとしても」
そういったランフォードの目は本気だった。マーフィーは静かに頷くと、退室した。
寮へと続く廊下は長かった。
ミシェルはグリーニーの横顔を盗み見る。実は、グリーニーの石術を見たのはあれが初めてだった。
自分とは比べ物にならないパワーとテクニック。
28歳という若さで大佐にまで上り詰めた彼の実力はこれほどまでのものなのか。
グリーニーは目線に気がついた
「何か?」
「いっ……いえ、何も」
「言いたいことは言ってくださいね」
グリーニーははにかんだ。そこで、マーフィーが立ち止まる。
「この列の、3号室がグリーニー大佐、8号室がエインズワース少尉のお部屋となります」
そういい残して、マーフィーは立ち去った。
グリーニーが3号室を探して、ミシェルに微笑んだ。
「では、僕はここで」
「ハイ、ではまた……うわっ!」
そう言ったミシェルの背中に、何かが追突した。
「な、何!?」
そこにいたのは、自分より少しばかり背の高い赤い髪の少年。軍服を着ているので、軍人なのだろう。
「痛……ってお前誰?」
いきなり強い口調でいわれて、ミシェルはムッとした。
「私はミシェル・エインズワース。地位は少尉。今日からここに移動になったの! それよりあなた、いきなりぶつかってきて何よ!」
いつもは自分の官位を口に出すことなどないのだが、自分の“少尉”という地位よりもしたであろうこの少年には、つい口にしていた。
「ん? あぁ、ごめんよ、エインズワース少尉さん。俺はセシル・アシュモア。一応中尉だ。よろしく!」
その少年が上官であることを知って、ミシェルは愕然とした。
「気にすんなよ。俺上官とかあんま気にしないから。……と、少尉。石術師か!」
セシルはミシェルの首から下げるエメラルドに目を移す。
そして、自らのポケットからペンダントを取り出す。
「俺も石術師だ。ほら」
その石を見て、ミシェルは嫌そうな顔をした。
セシルはルビーの石術師だった。
「ん? ルビー嫌いか?」
セシルは関係ないと知っていても、思い出してしまう。
ブライドとは対称的に明るいセシル。同じルビーの石術師でもここまで違うのかとも、同時に感じていた。
「……何でもない。覚えておくね、アシュモア中尉」
「おう! 歳同じくらいだろ? セシルでいいよ」
そういって、セシルは自室に戻った。3号室だ。グリーニーと同室ということもあって、これからもかかわって来そうだ。
人のよさそうな上官の背を、もう一度ちらりと見て、ミシェルは自己紹介の言葉を考えつつ8号室を探した。
8号室の扉をノックして、開ける。
そこにいたのは明るいブルーのショートヘアの元気そうな少女と、落ち着いたパープルの三つ編みに、琥珀色の瞳をした女性の二人。
「あぁ、聞いてるよ! 君、新しいルームメイトだよねぇ?」
ショートヘアの少女が明るいソプラノの声を出す。
「あたし、シンディ・バーネットって言うから。地位は少尉ね。ちなみにサファイアの石術師で得意なのは風系統! あたしのことはシンディって呼んでいいからね。よろしくさ!!」
シンディは明るい声で言った。見ると、軍服の胸の辺りに美しいサファイアのブローチ。
その後ろから、三つ編みの女性が苦笑いを浮かべて近づいてきた。
「暴走しすぎよ、バーネット少尉。彼女困ってます」
シンディは後ろで呆然と立つミシェルに気がついて、「ごめんごめん」と謝った。
今度はその女性がミシェルのほうを向く。
「始めまして。シャルロット・ロイスといいます。一応、少佐をやってます。といっても実力ではなくて、石術師ってだけで少佐になってるのでそんなには強くないです。これはムーンストーン。悪霊払いの呪文と同じ力を持ち、少し後の未来なら見せてくれる優れものです」
ムーンストーンのネックレスは深い紫色をしていて、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。
そこでミシェルは自己紹介を忘れていたことに気がつき、慌てていった。
「ミシェル・エインズワース、15歳で、少尉です! えっと……エメラルドで、植物の葉緑体を操ります! んと……これからよろしくお願いします!」
とりあえず二人に合わせた自己紹介を口にして、深く頭を下げる。
シンディがげらげらと笑った。
「そんなかしこまる事!? それよりミシェルさ、15歳なの? へぇ……同世代とは珍しい! あたしは17歳さ! ちなみにこっちのべっぴん少佐は23だってさ!」
「私の名前はべっぴんではなくロイスです」
冷静なツッコミを入れるロイスが可笑しくて、ミシェルはくすりと笑った。
「おっ! 笑ったほうがいいじゃんミシェル。そんなところにいないでもっとこっちきなよ!」
扉の近くで控えめに座っていたミシェルだが、シンディに手招きされて部屋の真ん中あたりに来た。
そこから部屋全体を見回すと、ログハウスっぽいデザインの洒落た壁に家具。
予算がないとはいってもさすがは中央。家電も新しいし、木の匂いが気持ちいい。
「グリーニー大佐、きっと喜んでるんだろうな」
グリーニーは森林浴が大好きだ。このヒノキの匂いは、たまらないに違いない。
「誰? あぁ! 新しい上司ね! 聞いてる聞いてる。かっこいいんだってね!」
「かっこいいかは分からないけど、いい人ですよ」
ミシェルもだんだん慣れて、普通に話せるようになった。
「ランフォード大佐も助かったでしょう。彼、ずっと忙しそうにして大変だったし」
編み物をしながら、ロイスが一言。
アルトな落ち着きのあるその声は、聞いているだけで癒される。
「う〜ん、ロイス少佐が話すと眠くなるって!」
「ふふ……そうですか。では、黙って編んでますね」
だいぶ出来上がっているそれは、どうやらマフラーだ。
ミシェルが見ていると、ロイスが気づいて微笑む。
「簡単なものしかできないので、マフラーを。それにしても、ここには若い人がどんどん集まってきますね」
シンディはあくびを一つすると、背伸びをしながらミシェルに聞いた。
「そういえば、セシルにはもうあったかい? セシルは16歳だからさ、同世代同士仲良くしなよ」
ミシェルはさっきの出来事を思い出す。そして、少し大声を出してしまった。
「えぇ!? あの子、16歳!?? 年上?」
絶対に一つや二つ下だと思っていた。
「ははは。なれなれしい態度とられた?」
「あなたも十分なれなれしいです」
また、静かにつっこむロイス。シンディは少し舌を出して、ベッドに横になる。
外は、いつの間にか漆黒の闇に包まれていた。
「もう寝る時間だ! ミシェルのベッド、そこね」
そういって、シンディは寝息を立てていた。
ロイスはため息をついて、毛布をかけてやった。
「全く、せわしないんだから。これではまるで保護者ですね。おやすみなさい、エインズワース少尉。私はこれを作ったら寝ますから」
頷いて、ミシェルは自分のベッドに潜ると、疲労からか熟睡していた。
夜空には暗雲が立ち込めていた。夜風が窓に当たり、ガタガタと音を立てて揺れる。
ミシェルはその音で目を覚ました。見ると、まだ夜中の二時である。
しかし、背筋が凍るような悪寒を感じ、ミシェルは体勢を起こした。
その瞬間、ミシェルは声を聞いた。
『……エインズワース…………少尉……』
悪寒が強くなる。どこかで聞いたことのある声だ。
――誰だ……思い出せ……思い出せ……
そして、急にあのセリフがよみがえる。
『復讐は必ず』
――そうだ。この声……ユイク・ブライドの声だ……!
その瞬間、ミシェルは走り出していた。部屋を飛び出し、中庭へ。ここにいては他の二人に迷惑がかかると感じたのである。
しかし、中庭へ出てしまったことが間違いだった。
そこには、不似合いなシルクハットの男。
「ユイク……ブライド……貴様、何故!」
ブライドはニッと笑って言った。
「僕はしつこい男なんでね。今頃刑務所が炎上していることでしょう。憲兵の奴ら、僕のルビーはリングだけだと思ってやがる! 可笑しいですね。非常に愉快だ!!」
そして、高らかな笑い声を上げる。
中庭には植物があふれている。葉緑体なら使い放題だ。
ミシェルはつばを飲むと、エメラルドにすばやく手をやった。植物で作られた無数の緑の槍が、ブライドを襲う。
しかし、ミシェルもろとも爆風に飛ばされる。
「一体……どうすれば!」
ミシェルは、中に続くドアノブに手をかけた。
しかし、ドアノブに爆破装置が仕掛けられていたようだ。すぐさま爆風に飛ばされ、中庭のど真ん中に。
「逃げようったってそうは行きません」
そして、ブライドはルビーを掲げた。
「これで、最期です」
ミシェルは目をぎゅっと瞑ってつぶやく。
「助けて……誰か……グリーニー大佐……ランフォード大佐……ニース中尉、ラックス軍曹!! みんな……」
「誰も来ない! 誰一人として助けに来ないまま、あなたは死んでゆくのです!!」
そして、いよいよ爆発が起こる寸前、先に燃えたのはブライドだった。
「助けに来る奴もいるんだなぁ、これが」
ブライドは右手の炎を必死になって消すと、あたりを見渡す。
「誰だ! くそっ……どうしていつもいつも……」
声の主は、二階のバルコニーから飛び降りてきた。
その姿を見るなり、ミシェルは叫ぶ。
「あなた……アシュモア中尉!!」
「セシルでいいって言ったろ、ミシェル。危なかったな」
赤髪を後ろでちょこんと結んで、セシルは光を放つルビーを持っていた。
さっきは少年に見えたその後姿が、今では年上らしい凛々しいものに見えた。
「こんな小僧に……くそ!」
ブライドが抵抗を見せようとしたが、セシルのほうが早い。
左手にもやけどを負って、ブライドはなお立ち上がる。
「まだやけどしたいってか、おっさん。でも、もう無理だな。来ちゃった」
中庭の扉が開くと、ランフォードとマーフィー、グリーニーが出てくる。
ブライドはフッと薄笑いを浮かべて、走り出した。
「この大人数に僕一人では分が悪い。いったんひかせてもらいますよ」
そしてまた、「復讐は必ず」を言い残すと、すばやく走り去った。
「追わなくてもいいのですか、ランフォード大佐」
「捕まえても刑務所を爆破されてはたまらないのでね。こうなったら息の根を止めるまでは野放しにしておこう」
ミシェルに、グリーニーが駆け寄る。
ミシェルのやけどや切り傷を見て、いつもは微笑んでいるグリーニーの顔から血の気が引いた。
「ひどい怪我じゃないですか! 出血もひどい!」
ミシェルは、傷だらけの顔で微笑んだ。
「大丈夫です……今は夜なので光合成はできないけど、明日の朝自分で治癒しますから」
しかし、言葉を発するのもやっとの状態である。
「この怪我では明日の朝までに出血多量で意識なくなりますよ! 全く……」
グリーニーは自らの軍服のベルトでミシェルの傷を止血すると、ミシェルを持ち上げた。
「僕の部下を助けてくれてありがとう、アシュモア中尉」
「いえ。友達は見捨てられないんでね、じゃ、俺戻りますんで! おいミシェル、死ぬなよ!」
そして、軽やかなステップで自室へ戻っていった。
その姿を苦笑いで送って、ランフォードはグリーニーに言う。
「エインズワース少尉を医務室につれてってやってくれ。この件は私達が片付けておくから」
「はい、では失礼します」
グリーニーの腕の中で、ミシェルは気を失った。致命傷はなかったものの、出血量がひどかった。
グリーニーは医務室にミシェルを預けると、ため息をついた。
「僕のしつけが悪いんでしょうか? ……僕の部下は皆無理してしまう人が多いようですね」
ふと、西部に残してきた二人の部下の顔が浮かぶ。
二人は大丈夫だろうか? いや、二人ならきっとうまくやってくれているはずだ。
そう確信を持って、グリーニーは頷いていた。
窓から入ってくる強い朝日に、ミシェルは目をそっと開けた。
「眩しっ!」
思わずこぼれたその言葉に、窓辺に座る女性が気付く。
「あら、目が覚めたの」
そこには、ブロンドのショートヘア。クリスタルの石術師であってランフォードの秘書兼護身役であるレーナ・マーフィーの姿。
彼女はミシェルに気が付くと、美しい笑顔を見せた。
「これを治療してくださったのは少佐でしょうか?」
「えぇ、まあ。とはいっても応急処置で止血と消毒だけね。クリスタルには浄化の効果はあってもエメラルドのような治癒はできないわ。だからその朝日で光合成……と、忘れてた。預かってたの。ごめんなさいね」
そう言って、マーフィーはエメラルドを加工したペンダントをミシェルに差し出す。
ミシェルが自分の胸元を見ると、いつもそこにあるはずのペンダントが消えていた。どうやらそれは自分のもので間違いがなさそうだ。
「なくすといけないと思って。……予備はあるでしょうけど、万が一ってこともあるから」
石術師の家系に生まれるものは、産声とともに口から宝石の原石を吐き出す。その宝石の種類が誕生月によって規則的に並んでいることから、その宝石は“誕生石”と呼ばれるのだ。
しかし、石術師は自らの体から生まれたたった一つの原石でしか術を使うことはできない。
ミシェルならば、宝石店で購入したエメラルドで術を使うことは不可能、ということだ。
そのため石術師は、その原石をいくつにも分けて加工し、予備を二、三個は常備するのが普通だ。
ユイク・ブライドがそうだったように。
「誕生石の紛失は自らが石術師であることを放棄すること。……そうでしょう?」
ミシェルはエメラルドを受け取り、「ありがとうございます」とお辞儀をした。
「痛っ!」
頭を上げ、傷口をさするミシェル。マーフィーは苦笑いを浮かべていった。
「……お礼は後でいいから。早く治しちゃってね。私は大佐のもとへ急がないといけないので、失礼します」
仕事の顔に戻り、マーフィーは敬礼を一つ。ミシェルも返しながら、石術が使えるようにカーテンを限界まであけた。
エメラルドを輝かせながら、自分の傷が癒えていくのを感じる。
作業を続けながら、ミシェルには一つの想いが芽生えていた。
――私は、一人では何もできない。……いつも誰かに助けてもらってばかりで……。
絶対に自立してみせるという決心をしつつ、ミシェルは軍服の上着を着ていた。
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2011/01/24(Mon)19:35:55 公開 / 郁架
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■作者からのメッセージ
初めまして、中3になります、郁架と申します。
まだまだ未熟者ですが、読んでやってください。
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