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『雪色ライトバン-第一話-』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:鴉夜真
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あらすじ・作品紹介
東京の市役所に勤める安藤徹は、ある日上司から突然解雇され、友人から北海道の最北端へ行くことを頼まれる。そこで一人の正体不明の少女を匿い、一緒に連れて行くコトになるが…
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世の中には、ダムや鉄塔と言った人工物にしか愛情を感じない特殊な感性の持ち主がいる。
俺、安藤徹もその一人だ。
毎日、中古のMDウォークマンをポケットに忍ばせてイヤホンで音楽を聴きながら、家の近くを散歩する。
近所に、大きなバラボラアンテナが三つくらいくっついた大きな鉄塔がある。電線が延びているわけでもなく、立地条件も謎。災害用の臨時給水塔の隣に、威風堂々、でかい顔をして立っている。特に用途があるわけでもないらしい、明らかに地域にとっては景観の邪魔者であるその鉄塔を、何故か俺は毎日見に行く。隣にあるのは精神病院。更に車通りの激しい、歩道が全く整備されていない分譲住宅地。そんな日常の瑣末なゴチャゴチャを、鉄塔は無視していた。
それを例えるなら、クラスに必ず一人はいるはみだし者。皆が流行歌の話題に花を咲かせる中、一人戦前の映画音楽を聴くような、周囲に流されない雰囲気。
はじめて出来た彼女にそのコトを話したら、「バカじゃないの」と笑われた。元々体を動かすのが大好きな、俺の大嫌いな人間味に溢れすぎた彼女だったから、翌日にはもう別れていた。仕方が無いのでホームページを開設して同士を募るコトにしたが、不思議と集まらなかった。
赤信号も皆でわたれば恐くないと言い訳するように、皆集団の中で浮かないように気苦労を重ねて、いつしか自分を見失っているんだろう…せつなくて涙が出た俺は、自分ひとりでひっそりと楽しむコトにした。
やがて俺は大学も無事卒業し、地元の市役所に就職した。
就職して一年が経った頃、金も溜まったので中古でライトバンを買い、ドライブを趣味にしようと考えた。休日のたびにレンタカーを借りて一人でダムを見に行くような暗い性格では、お先真っ暗だと勝手に絶望したからだ。土日は無料化されたのをいいことに高速道路を走り抜け、サービスエリアで変わりばえのしないハンバーガーを頬張り、退屈な自然の景色を見て、適当にデジタルカメラで写真を撮っては同僚に配った。「安藤さんの写真は、昔のニコンみたいですね」と係長に褒められたが、そのメーカー自体よく知らない俺は、褒められているのかお世辞なのかよくわからず、「はあ、ありがとうございます」と会釈したきりだった。いつの間にか建築物から足は遠ざかり、どんどん普通の若者に染まり行く自分は、敗者だと思った。でもそれは、勝手な勘違いであるコトに俺は気づかなかった。
そんな感じで、5年が経った。
「安藤さん、この書類にハンコお願いします」
当然のように片手でつまんで書類を渡すが、普通、賞状授与のように両手で渡すのが、一応は上司である俺に対する礼儀ではないのか?とその若い新卒職員に憤りつつも、顔に笑顔を貼り付けて受け取った。機械的にハンコを押しまくると、さっきの仕返しとばかりに机の上を滑らせて、その職員へ返した。こうして口で直接言わないのは意地が悪いのか何なのか…ともかく俺に新人教育は無理だと言うコトに気づく。俺の仕事は常にこうした自問自答の繰り返しだ。
「あ〜あ甘いねえ、あんなゆとり世代には鉄拳制裁しかないよぉ?」
ボンヤリと窓の外を見ていると、新しく入った課長が、俺の肩に手を置いてニヤついた。
「暴力はいけませんよ暴力は」
「ボクはそうはいかないよ〜?ガツンと言ってやらにゃ仕事は回らないんだからさあ」
俺の写真をニコンと称したかつての係長は、課長になってわずか一年で単身赴任した。転任先の住所も教えられたが、面倒臭がりの俺は年賀状すら書いていない。その後ろめたさもあってか、この中年の課長は苦手だった。俺が返事をせずに黙っていると、それを肯定と取ったのか課長はシャツのポケットからなにやら取り出した。
「そういえば安藤くん、有給取ってなかったよね」
「え、はい…5年間一度も取っていないので相当溜まっていると思っていましたが」
「うん、ウチは一年のうち二週間取れるシステムだからね、君はまるまる二ヶ月仕事に来なくてもいいわけだよ」
話について行けずに首をかしげると、課長はボクのハンコをひょいっと摘み上げた。
「ね、しばらく羽を伸ばしてみないかい?」
その日の夜、自宅の万年床に顔を埋めて、俺は静かに考えた。
「やられた…あいつ、絶対俺をハメるのが目的だったんだな…」
有給休暇は本人の自由だ。俺は定年退職するまでの28年間、一度も有給を取らずに皆勤賞を狙うつもりでいた。それを打ち崩すというコトは、俺が仕事を進める上で邪魔だとしか考えられない。まあ、俺はかなり自由に仕事をしてきたつもりだし、新人研修も90%本人任せ。腐っても地方官僚の市役所で、上役から睨まれるのも無理はない。問題は、これからどうするか…ああ言ったからには、おそらく明日仕事に行っても俺の席はなかろう。二ヶ月経って久々に出勤したとしても、書類を片手でつまむあのムカつく新人に席を取られているかもしれない。いや、確実にそうだ。自分としては真面目な仕事ぶりだと思っていたが、アルバイトのように気楽には行かないようだ…
「あーッくそ!マジでこれからどうしろってんだよ!!」
やり場のない怒りを、枕を壁に思い切り叩きつけることで発散しようとしたが、空しく中身の羽毛が飛び散るだけで何の意味もなかった。
「落ち着け落ち着け落ち着け…」
俺は今日、事実上の無職になった。アメリカ映画みたいに、外に飛び出すのも悪くない。27歳の若い肉体は解放を求めている。さあ、鞄にありったけの札束を詰め込んで、日本を横断しよう…!
「…アホらし、車でも洗おう」
アパートの駐車場に停めてあるバンだけが、俺の相棒。軽くホースで水をかけると、液体洗剤を真っ白な車体に塗りまくる。都会の空気が排気ガスで汚れている所為か、白いバンは買った翌日にはもう灰色になりかけていた。どんなに忙しくても二日に一回は念入りに洗車をする。
「ま〜なっつの〜、あーめのように〜…」
どこかで聴いた曲名も分からない歌を歌いながら、ひたすら車体を磨き続ける。禅寺の坊さんだって毎朝早起きして寺の廊下を磨いてココロを洗う。なら自分も…とあやかってみたが、昼間課長に軽い殺意を抱きかけたトコロから見ると、あまり効果はなかったようだ。東京とはいえ、10月は寒い。かじかんだ手をポケットに一旦突っ込むと、軽く指を鳴らして洗浄用具を片付ける。
ピリリリリリ。
不意にポケットの携帯電話が鳴った。
「はい、おー秋津か。何だ俺に電話なんかして、無職だぞ無職?」
『そんなコト言って、ホントは見捨てられるのが恐かったんじゃねえのか?どうせまた一人でくらーく洗車でもしてたんだろ?』
「う…図星だケド…って!何暗い話題出してんだよ!気を使って言わねえのが普通だろ!?」
『あーゴメンゴメン、でもまあ気を落とすなよ、骨は拾ってやるからよ』
「同期に骨を拾われるなんてまっぴらだな。東京湾にでも散骨しとけ」
『お前擦り切れてんなー、まあいいよ。お前が自殺するようなタマじゃねえコトは百も承知だからさ』
「はいはい、で?何の用だよこんな夜遅くに」
『うん、そのコトなんだけどさ…一つお願いがあるんだ』
2010年10月12日、俺は5年間勤めた市役所をクビになった。
そしてこの日、ついでに電話をかけてきた同僚から、とんでもない頼みごとをされるコトになった。
『あのさ、安藤。今から車で北海道まで行ってくれねえか?』
最初は「はあ?」と言ったように思う。車はもちろん、今俺が洗っていたライトバンの事だろう。しかしそれを使って?北海道まで今からドライブしろと言うのか。そんなの冗談じゃない。
「誰がやるかよそんな面倒なこと」
『あれー、そんなコト言っちゃっていいのかな徹ちゃん』
「徹ちゃんって言うな!それになんでいきなり北海道になんか…」
『実を言うとな、その前に寄って欲しいトコロがあるんだよ』
「だから了承してねえっつの!第一北海道まで行っても俺にメリットねえだろ?」
『それがあるんだよ』
秋津の声のトーンが急に低くなった。囁くように喋るところを見ると、どうやら人にはあまり聞かれたくないらしい。
『いいか、俺が今から場所を言うから、明日の夜22時にそこに車回せ!分かったな?』
「だから!俺は行かねえって…」
『町田の101ビルの前!いいか覚えろよ?町田の101ビルだ、そこに女が立ってるから、最北端まで乗せて行け!』
「え?あ…ちょっと!」
俺が反論するより先に、プツッ、ツーツーツーと音がして電話は一方的に切られた。
「くそっ!」
ムカつく、ムカつく、ムカつく!いくら大学時代からの付き合いだからと言って、上司に解雇されたばかりの俺にこんな笑えない冗談を…冗談を言うやつなんかじゃない。秋津は昔から熱過ぎる男で、教授といっぱしに経済について議論を交わすような奴だった。そいつが冗談なんか言うか…?いや、冗談でも真剣に頼まれている。それを無下にするコトなんて出来るのかよ…俺の頭の中を、天使と悪魔がかき混ぜ、囁いてくる。
俺は携帯電話の着信履歴を見た。洗車が終わるまで電源を切っていた所為か気づかなかったが、五分ごとに秋津からの電話が来ていた。30件以上にも及ぶその履歴を見つめてためいきをつく。
「町田か…世田谷からだとちょっと遠いな…」
いつしかカーナビの画面を見ている俺がいた。多分…ストレスの所為で思考回路がおかしくなったんだ。そうしか考えられない。鉄塔を見上げてわくわくしていた頃のように、胸が高鳴ってくるのを感じながら、俺はポケットの中の車のキーを握り締めた。
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2010/12/19(Sun)20:12:24 公開 / 鴉夜真
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■作者からのメッセージ
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