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『アソフト 三話更新』 ... ジャンル:アクション 未分類
作者:水山 虎
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あらすじ・作品紹介
「サッカー」と「作家」の発音、似てる。というわけで、EVERY BODY SOCCER!みたいな小説。三話更新 三話はGK大山根に青春のライト (四話はマジでサッカーやりますんでごめんなさい)
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プロローグ 涼風
明朝。緑のグラウンドに蒼い涼風が吹いている。
「ソウデース。コノ芝ノニオイ……サッカーグラウンドデース!」
少年は足元のボールを器用につま先で空中にあげ、リフティングを始めた。
「フッハ。ホッ……ヨッ」
足や肩を巧みに使ってボールを浮かし続ける。時にはももや、後ろを見ずに膝を曲げてかかとで蹴り上げる。
少年がボールと戯れていると、クラブの選手だろうか、冬なのに半ズボンを履いた少年達が四五人、ゾロゾロとグラウンドに入ってきた。
「お、もう来てる奴いるよ。おーい」
「ア、ドウモー。オハヨー」
「おー、おは……あ? あいつ誰だ?」
「さあ。ってゆうか、ウチのチームに黒人いたか?」
「え? ……いないな。本当に誰だ、あれ。リフティングうまいからウチのチームの奴かと思った」
黒人の少年がリフティングをしたまま、少年たちの方に向かってきた。
「ボク、マイケルト、イイマス。アナタタチハ、宗冠高校ノヒト?」
「え、あっ、ああ。そうだけどよ、ここは部外者禁止だぜ、黒人さんよお」
「ソノコトナノデスガ、ワタシモコノチームニイレテホシイノデス。ワタシ、サッカーツヨイカラダイジョーブ。」
「いや大丈夫とかじゃなくてさ、お前みたいな黒人はさー」
「ちょっとまて、そこは俺に言わせろ。お前みたいな黒人は、去年全国大会を制した日本最強高校の宗冠には
入れないんだ」
「ドウシーテデースカ」
「どうしたも木下もユッキーナも…。入れねえの!」
「オー…ノー…。ジャ、サッカーデショーブシマショー」
「え?」
高校生たちが全員きょとんとする。
そして、ひとり、またひとりと次々と腹を抱えて笑い出した。
「お前馬鹿だなー。今何歳よ?お前?」
マイケルは、身長も声の低さにも高校生達とはかなり差があった。
「一、ニ…七? ア、マチガエタ。十三サイデスネーボク」
マイケルが指を折って歳を数えて言うと、高校生達は今度は笑いながら地面を叩きはじめた。息をするのが苦しそうだ。
「どうしたの?」
「あ、新城(ルビ:あらき)キャプテン。ちわっす」
ちわーっすと他の選手らも合わせて挨拶する。
キャプテンと言われるその男は、長髪の小柄な男で、顔立ちも綺麗で女のようだった。
「君は?」
「ボクハ、マイケル。マイケル・リオーラデス」
「そうか、マイケル君か。入部希望者なら、四軍からなんだけど……」
「ダイジョーブ。ボクサッカーツヨイヨ」
「そ、そうなの?」
新城は隣にいた坊主頭の後輩に尋ねた。
「はぁ、リフティングはなかなかなのですが……」
「じゃあ、一軍テストしてやればいいじゃないか。せっかく来てるんだし」
「そ、それが……」
一年坊主が新城の耳元で何かゴニョゴニョと言う。
口を抑えて笑いをこらえる新城が言った。
「あのねマイケル。十三歳は、高校にはまだ入れないんだよ。それに、宗冠は、全国から天才の中の天才が集まってくる場所でね」
「ウンウン。シッテルヨ」
「だから、君のような無名の選手は、逆立ちしてもムーンウォークしても入れないんだよ」
「マージデースカ。ジャア、ボブサップトタタカッテ勝ッテモデスカ?」
一同がまた笑い出す。
「そ……そうだね。とゆうか、中学の大会で有名にならなきゃ。ここにいる僕らは全員、中学時代は全国区プレイヤーだったよ」
「そうだぜ。」と新城の隣の一年坊主が腕を組んでマイケルを見下ろす。
「ゼンコクデスネ…ワカリマシタ」
そういうとマイケルは、またリフティングを始めた。
「テヲアラッテマッテナ。」
マイケルは、ボールを地面に置いて、ドリブルしたままどこかへ行った。
宗冠高校の高校生たちは、マイケルのキメ台詞の間違いをあえて指摘しなかった。
「サッカーって手はあまり汚れないと思うんだけど…」
そう呟いた新城キャプテンは、後輩たちから「この人天然だったんだ」の目で見られた。
学校の警備員達は、黒人の子なんて見ていない、と言う。宗冠高校は24時間態勢で警備をさせている。他校の敵状視察やスカウトを学校の敷地にいれさせないためである。
しかし、監視カメラには確かに華麗なドリブルで警備員をかわすマイケルとそのボールの姿が映っていた。
その後、マイケルという謎の幽霊サッカー少年が来たということはしばらく宗冠高校サッカー部内で話題になった。
一章 マイケル再び
サッカー。それは、単なるボール遊びではない。
十一人の騎士達が繰り広げる絆や華麗な技、体と、思いと、魂が激しくぶつかり合う、世界的スポーツ。それがサッカーである。
そしてこれは、サッカーに全てをかけた少年達の、最高に熱い物語である。
秋。踊嵐(ルビ:おどりあらし)中学校一年一組の朝の教室。
「赤炉堂南(ルビ:あかろどうな)」
「……ぐぅ」
教室に沈黙が訪れる。
無表情で、教師の岸山はもう一度最初の生徒の名を呼ぶ。
「赤炉堂南」
しかし、いまだ沈黙はやぶられない。どこからか、スーピースーピーという寝息が聞こえてくるばかりである。
「ど、堂南君。呼ばれてるよ、起きなって」
隣の席に座る香川楓華(ルビ:ふうか)が堂南の肩を揺らしても堂南は眠りから覚めない。
「ムニャ、ムニャ。こっちだ、ナイスパス…ムニャムニャ」
「赤炉ー。『ムニャ』じゃ出席扱いににならんぞー。返事をしろ、返事を」
「シュ…」
「ん? 何だって?」
岸山の問いかけに反応するように、堂南が席を立った。もちろんまだ夢の中ではある。
「シューートオオー!!」
シュートキックのフォームで、堂南は、かかと部分を踏んでいた上履きを前方に放った。
上履きは、重心を先端に残したまま無回転で勢いよく岸山の股間部分にゴールした。
「カッ…ゴ、オオオ…」
岸山は喉の奥の方で何か唸っているが、これはきっと声にならない痛みなのであろう。
「先生大丈夫ですか?」とクラスの女子生徒たちが岸山に声をかける。「だ、大丈夫だ。ありがとう」と岸山はゼエゼエ動悸しながら返事を返す。何故男子生徒は岸山に声をかけなかったか。それは、男子には岸山の痛さがわかるからこその態度で、今は何も言わないであげるのが一番だと知っているからである。
「ん? ……なんだ、まだ出席とってなかったのか」
堂南はそういい自分の席に座ると、机の上につっぷくしてまた眠ろうとした。
痛みをこらえて、すかさずポカと岸山が堂南の頭を叩く。
「いてっ」
「なにが『いてっ』だ。俺の陰部の方が痛いわ」
陰部だって、と誰かがにやつきながら周りを見る。しかし誰もそいつを相手にはしない。
「性病ですか?」
と堂南が真面目な顔で聞く。
すかさず岸山がポカともう一度堂南を叩いた。今度のは一回目よりやや強めに叩いていた。
さっきの奴が、性病だって、とまた周りを見たが、誰も相手にはしない。
「モウ、ハイッテイイデスカー?」
扉の向こうから声が聞こえた。
「あ、そうだそうだ忘れてた。転入生がいるんだった。入ってきていいぞー」
「ドウモー」
スライド式のドアーをガラガラいわせながら、元気よく少年が入ってきた。
「マイケルイイマス。ブラジルカラキマシタ。サッカーガスキデース。ミナサンヨロシクー」
堂南が、サッカーという言葉に反応した。
「おお、サッカー好きなのか! あとでやろうぜサッカー!」
「イイデスヨー。デモボクツヨイデスヨー? キミタチトボクジャ、レベルチガイマスヨー?」
マイケルは挑発的な笑みを浮かべる。
「ほう……」
堂南も負けじと笑みを返すが、奥歯をかみ締めていた。堂南は挑発をうけると、簡単に頭に血がのぼってしまうのである。
「えー、マイケル・ジャクソンは……。あ、間違えた、それKING OF POPだった。えー、マイケル・リオーラは、十三歳でお前らと同じ歳だな。祖父が日本にすんでる影響で日本語が結構うまいから、気軽に話しかけてやれ。あ、マイケルお前あそこの空いてる席な。ハイ、解散」
岸山は教室を出て行った。
マイケルの席の周りに、何人か集まってきた。
「初めまして。私、香川楓華。楓華って呼んでね」
「ハジメマシテ。マイケルデス。フウカサンデスカ、アナタノ美シサニモマケナイ、イイ名デスネ」
マイケルは笑顔で楓華の手を握る。
「おいこら」と言いながら堂南が二人の間に割って入ろうとする。
「私、サッカー部のマネージャーなんだけど、マイケル君、サッカーうまいの?」
「エエ。ボクノクニハブラジルデス。チナミニボクノパパハ、サッカーセンシュダッタンデス」
「すげえな」と堂南が何気なく会話に入ろうとする。
「サッカー好きならさ、サッカー部入らない? 人数がちょっと足りないの」
踊嵐中の一年生の部員数は現在七名である。二年は九名で、十一人でやるサッカーには頭数が二人足りない。なので、足りない人数は上手な一年から出している。その枠に堂南が入れたことはないが。
夏の大会で、三年生は引退し、今は二年と一年しかいないので、少し人数に困っているのである。
「サッカー部デスカ……」とマイケルがうつむく。
「ボクハ、ツヨイクラブデヤリタイノデス。ボクノ、ツヨサニアウクラブニ」
「おいおい、ウチの中学もなかなか強いんだぜ」と堂南はやっと会話に入る。
「こないだは市の大会でベスト8に入ったんだぜ! しかも部には、スーパールーキーフォワードのこの赤炉堂南様がいるんだから、来年は県大会だって……」
自慢げに堂南はそう話したが、別に堂南はレギュラーでもなんでもない、ただの一年坊主である。
「ケンレベル……ツマリゼンコクレベルデハナイノデスネ?」マイケルはあきれて言う。
「でも、本当にマイケル君サッカーうまいならさ、ウチに入って全国を目指すことだって、できるんじゃないの?」
楓華は依然として変わらない態度をとる。しかし、堂南の方は、自分達のサッカー部を否定されたようで内心イラついていた。
「そうだぜ。それともあれか、全国なんて口だけなんじゃねえのか? え? え? おい、どうなのさ」
「ハー……」
マイケルは大きい溜息をついた。
「イイデショウ。シカシ、ジョウケンガアリマス」
マイケルは人差し指をたてて、言った。
「ボクトキミタチデ、ショーブデス」
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午前の授業が終わり、昼休みになった。
「おい堂南、どういう事だよ。昼休みに、サッカー部一年全員集めるなんてさ」
堂南は笑って、
「ま、たまには昼休み練習するのもいいもんだと思うぜ」と答える。
「ごめんね、中村君。でも、強い部員が入ってくれるかもしれないのよ。マイケルっていうブラジル出身の子なんだけど……」
中村はサッカー部一年のリーダー的存在であり、二年の試合にもいつも出ている。フィールドの中盤で戦うMF(ルビ:ミッドフィルダー)のポジションで活躍しているが、前線で激しくボールを奪い合うFW(ルビ:フォワード)をやっても、堂南よりうまい。
「サッカーで勝負して俺たちが勝てば、入ってくれるんだとよ。俺たち七人しかいないし。八対一なんて勝負もう見えてるっしょ? ハイ、早く靴紐結んで。ホレホレ」
堂南はサッカーは弱いが喧嘩は強いので、部員たちはしぶしぶ命令に従う。
校庭に出ると、もう既にマイケルが待ち構えていた。
「サア、ヤリマショウカ」
「おいおい……。マジで一人かよ。日本人も甘く見られたモンだな。この間のW杯(ルビ:ワールドカップ。サッカーの世界大会の事)のせいかな……」
と部員の平山が言う。
「コウゲキハボクカラデイイデスカ?」
「いいよ。ハンデだ、ハンデ」
そういう平山はFWである。相手のゴールに最も近いところでボールを取り合うので、位置は自然と相手のコートよりになるのでマイケルと今近いのは平山と堂南であるため、会話ができるのだ。
ピィと楓華が小さな笛で間抜けな音を出す。これは試合開始というサッカーの合図である。
堂南と中村がひきいる一年生サッカー部員とマイケルの勝負が始まった。
マイケルの後ろにはゴールマウスがあるばかりである。しかし平山と堂南の後ろにはMFの中村と、その他の部員達がいる。
「いくぜマイケル。俺達のサッカーを見せてやるよ!」
堂南がいきなり勢いよくマイケルの方へ走り出し、すべるようにして足を前方に突き出す。走った勢いで相手の足をからめとりボールを奪うスライディングという技術である。
しかしスライディングしたはいいものの、試合開始した時にはそこにあったボールは今は無くなっていた。ボールを持っていなければスライディングは簡単に避ける事ができ、
マイケルは右に飛び退いた。
「フフ。ウシロヲゴランナサイ」
「え?」
と堂南が振り返り自陣のゴールを見ると、マイケルが蹴ったと思われるボールは堂南達側のゴールの網にかかっていた。
GK(ルビ:ゴールキーパー。選手の中で唯一手を使ってもよい、ゴールを守る存在である)の大山根(ルビ:おおやまね)でさえも全く反応出来ないほどスピードのあるロングシュートであった。
「な、なにが起きたんだ……」
「い、今。いつのまにかボールが……。こんな馬鹿なことがあるのか……」
部員達が一斉にどよめき始めた。
「コレデ一対〇デスネ」
マイケルは目を閉じてあざけるようにして笑っている。この状態で試合しても勝てるといいたそうだ。
「……こ……これがブラジルかっ……」
流石の堂南もマイケルのスーパーシュートを目の当たりにして驚いているようである。
「コノジョウタイデシアイシテモマケルキガシマセンヨ。ハハハ」
「それはどうかな?」
背後から声がしたので、マイケルは思わずあわてて後ろを振り返った。
マイケルの視界に、マイケル側のゴールの中に、中村とその横をコロコロと転がっているボールが入った。
「目閉じてたら勝てねえってこと、わかったか? 日本の中学生サッカーを、なめすぎないほうがいいぜ」
中村は微笑を浮かべる。
他の部員達がマイケルのロングシュートに驚いている中で、キャプテン格の中村だけは自陣のゴールからすぐにボールを取り出し、マイケルが目を閉じていた間にドリブルで
相手ゴールまで行きゴールしたのであった。
「ふん、流石中村だぜ……やってくれる」
平山は腰に手を当てている。
他の部員達も我に返る。
「へ、へへ。そ、そうだ。ウチには天才、中村春梧(ルビ:しゅんご)がいるんだ」
「そ、そうだよな。はは。サンキュー中村!」
大山根の声に中村は軽く右手の親指をたててこたえてみせる。フィールドの端から端へ音が伝わるほど、大山根は声がでかい。
「サンキュー! 春梧!」
堂南以外の部員五人が中村に褒めの言葉をかける中で、堂南だけは中村に大してぼやいていた。
「あの野郎……。自分だけカッコつけやがって。ずるいぜチクショー。あんくらい俺だってな……ん?」
堂南が辺りを見回すと、いつのまにかフィールドの外に観客がいる。十人程であるが。
しかし堂南にとってはまた腹立たしいことに、外野のなかには踊嵐の一年から三年の女子で構成される中村のファンクラブ通称NFCが応援にかけつけていた。NFCは練習試合にも中村の応援をしにきては、キーキーギャーギャー言うので、他の部員や相手中学校の部員に迷惑な存在である。彼女らが応援するのはあくまで中村ただひとりなのである。
今回もNFCが、金属をガラスの破片の尖った部分でひかいたような耳障りな高温を合唱している。NFCの人数は堂南が知っているだけでも三十九人はいるが、今いるのはその中でも中心メンバーの四人であり、少し堂南は安心する。
しかし中村も実は迷惑しているのである。
今まで何度も「迷惑だ」と中村はNFCに厳しい態度で言ったが、彼女達はNFCの活動をやめない。堂南はその事を知らないので、堂南は中村のことをよく思っていない。
しかしよく思っていない理由はもうひとつある。
再開始の笛が鳴らないので堂南が不思議に思い、笛を持っているはずの楓華に声をかける。
「おい楓華、笛はまだか? ……おい、楓華?」
「春梧くん……」
それは、楓華の中村を見る目が、あきらかにソノ線で怪しいことである。
「……な、中村……」
堂南の中でなにかがパチパチと音を立てて燃える。
マイケルが「スミマセーン」と急に声を上げた。
「ボクノマケデスー。オトナシクサッカー部ハイリマース!」
マイケルが突然そう言ったので、部員達も外野らもそこにいた皆が驚いた。だがいいムードに盛り上がっていたので、誰も動こうとしない。
しかし奇遇に、昼休みの終わりを告げる鐘が、校庭に鳴り響いた。こうなれば、生徒達は授業に向かわなければならない。
なんかつまんなかったなーとつぶやきながら、外野で見ていた男子生徒たちがノロノロ帰っていく。
「ま、とにかく一件落着じゃね? よろしくなー、マイケル、だっけ? じゃ、部活でなー」
そう言ってその場を去った平山に続くように、部員達やNFCは校舎に向かって歩いていった。
マイケルとはかなり離れたところで、大山根が「マイケル、頼りにしてんぞー」と手を振りながら持ち前の大声で言った。
「ヨロシクデスー」
そしているのは楓華と堂南と中村と、マイケルの四人だけになった。
「いいのか? 入っても」
中村がマイケルに訊く。
「エエ。キミタチハツヨクナルカノウセイヲヒメテイルデネ。先取り、トイウヤツデスヨ」
「……それだけが理由か?」
中村の問いに、マイケルは少し間を置いて静かに答えた。
「……イイエ。ジツハアナタ以外二モ、キニナル選手ガイマス。ボクノシュートノ軌道を、見切ッテイタ選手ガ……」
誰だそいつは、シュートの軌道なんて俺でも見えなかったぞ。と、中村は心の中で言った。
「そうか。じゃあ岸山先生に入部届けを出しとけよ。詳しいことは香川っていうマネージャーに聞いてくれ、あそこにいるからさ」
中村はそう言って走って行った。
「俺におそれをなしたんだろマイケル? ま、もう俺達は仲間だからよ、仲良くやろうや」
暫くして最後に残った堂南達も走り出した。
一章 第二話 大山根の恋
マイケルが入部した次の日の放課後。サッカー部は二年と一年の混合で二つのチームに別れて紅白戦を行っている。校庭には他の部もいるが、サッカー部は人数が少ないので使う面積も少なく、しかもそれで三年が夏の大会で県大会に行ってくれたため権限も強く存分に練習ができる。
「オラア、堂南! おそいぞおそいぞ! こんなシュート、止まって見える!」
堂南が打ち放ったボールを、片手のパンチングで二年のGKが力強く弾く。
しかし運の悪いことに彼が弾いたボールは、近くにいたマイケルの前に落ちた。
素早くGKがボールを奪いにマイケルに突っ込む。が、マイケルは自分の目の前にボールが落ちた時点でもうシュートの態勢に入っていた。
そしてマイケルが蹴ったボールはGKの顔をかすめて、ゴールの枠を捕らえた。かすめたところから血がしたたる。
「フフ。これは止まってみえないでショウ?」
遠くの方で、「そりゃそうだろ」と平山が汗を拭いながら言う。
「ナイスシュートだよマイケル君〜。今ので赤チーム十二目だよ、白チームはまだ一点だからがんばれ〜!」
楓華が赤白の両方に笑顔の声援を送る。するとマイケルは牛が突進するような速さで楓華のもとへダッシュをした。
「イマの一点は、アナタのその笑顔を見るために取りまシタ……。どうでしたカ?」
マイケルが膝をついて楓華の手をとり、軽く唇をつける。堂南がいつもならここでマイケルを止めるのだが、今日の堂南は自分のシュートが入らなかったことに対してブツブツとボールに話しかけることに集中している。
「……俺のこと嫌いなのか……? ……友達だろ……。……うん、そうだな。悪いのは俺だな、ごめんよ……。……いや、気にするよ……。ゴメンな……」等と言っているようである。
堂南の異変に楓華が気づいた。が、マイケルはまだ手を放さない。
「そ……そうだね。にしてもマイケル君、日本語うまくなったね。昨日より、聞き取りやすくなったよ」
「フフ、そうですカ? これも、アナタに愛をもっとうまく伝えるために訓練をシタノです……」
まだマイケルは手を放さない。こりゃなにしても駄目だ、と楓華があきらめる。いつのまにか試合は再開していた。
「マイケルがいない間に、点を取り返すぞ!」
中村が率いる白チームが攻撃を仕掛ける。
「平山! DFの裏へ走れ! 俺がロングパスを出す!」
「OK!」
中村の指示通り、平山は赤ゴールへダッシュした。
「ちょっ、マイケル君。赤チーム攻められてるよ、ほら。早く戻らないと」
「フフ。大丈夫です。大山根くんなら止められますよ。あ、もちろん僕のアナタへの愛は何人たりとも止められませんヨ? 安心してクダサイ」
そんなことをやっている間にも、白チームは中村をパスの中心に赤チームの陣地を侵略する。
そして中村はここぞとばかりに大きくボールを蹴り上げた。ボールの下を平山が走る。平山は背が高く足も長いため、DFたちよりも速度がかなり速い。
丁度頭の上にボールが来たところで平山が地面を蹴り空中に移動する。しかしヘディングでシュートされるハズのボールは平山の頭上を越え、ひとりでにゴールへ向かった。
「ナイスだ! 平山!」
中村が大きな声で言った。
「平山は囮だ大山根! 平山はヘディングしない! ボールだけ見ろ!」
いつのまにか復活した堂南が中村の声に負けじと大きな声で言う。
「……秀一?」
平山が大山根を下の名で呼ぶが、大山根は平山の声に全く反応していない。ボールにさえも気がついていないようである。
ボールは大山根の大きな顔のすぐ目の前まで迫ってきていたが、大山根の目はどこか遠いところを見ているようであり、とうとう捕ることも避けることもできないままそのボールは大山根の顔にめり込む。
それから少し遅れてバゴッという衝突音と共に勢いよくボールと大山根がの巨体はふっ飛んだ。
「お、お、お、大山根ー!」
全員が大山根の周りに集まり、大山根の名を呼んだが、反応はなかった。大山根の鼻から大量に血がでるばかりである。
顧問の岸山が校庭の異変に気づいたのは、事件が起きてから七分弱が経過した後だった。
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「――――おい。そろそろ誰か俺とおんぶ係交代しろよ」
平山の髪の毛についている汗が輝く。
「マ、しょうがないですネー。平山君が悪いのデスから。そこはホント、尊重していただかないトネ」
マイケルは水筒の蓋を回し、口に飲み口をつけて上に傾ける。
「ア……。ナンダ、空ダヨ」
「おいマイケル。それ秀一のじゃねえのか?」
平山が背中に大山根を背負いながら言う。平山は背が高いが、クマのような体の大山根を負ぶうのはかなり労力がいる。
「気絶した大山根君のものは僕のモノ。ソシテこの水筒はボクノモノ。この世の全てのオンナノコも僕のモノ」
「てかさ、救急車使えよって話じゃね? いくら大山根の家が学校の近くにあるからってさ、なんで俺達が……」
堂南が悪態をつく。平山とその他二名で大山根を家に送るようにと、顧問の岸山が決めたのである。
「『俺達』じゃなくて、おぶってんのは俺だけだろうがよ」
平山がマイケルと堂南を睨むが、二人ともとぼけて目を合わせようとしない。
「なんで付き添いの二人がこいつらなんだよ……。無性に腹がたつんだけど」
「ジャンケンで負けたカラデス」
「ジャンケンで負けたからだよ」
堂南とマイケルが口をそろえて言う。
「ソウいえば、なんで平山君は最初から行くことになってたのデスカ?」
マイケルが平山に聞く。その質問に平山は小さな声で、
「……家の場所知ってんの、俺だけなんだよ……」
と呟いた。
ようやく一行は目的地に着いた。
「で、デケーな。大山根の家」
堂南が驚くのも当然である。普通の日本のそれとは違い、大山根の家はアメリカの高級住宅並に大きかった。
「堂南君、何驚いてルンデスカ。大山根君がこんなに大きいのだから、家も大きいのは当たり前ダヨ」
マイケルが平山におぶられている大山根の背中をポンポン叩く。
「そ、そうだな。……ってことはさ、大山根って、アソコもでかいのかな」
「タ、確かめてミルンですか?」
「……いや。やめておこうマイケル。そういうのは、修学旅行でだろ?」
「フ、……堂南サン、アナタもなかなかのワルのようですネ」
「いやいや、マイケル。あなた程ではないですよ」
堂南とマイケルがゲッヘッヘと不気味な笑い声をあげた。
「バカやってんじゃねえよ。早くインターホン押してこい」
「わかってるよ」
堂南がえい、とインターホンを押す。
すると家の中から、「はーい」と綺麗な声が聞こえ、大柄な女性がドアを開けて出てきた。
「あら、進司(ルビ:しんじ)君じゃない。久しぶりねー。大きくなってまあ」
と言っても、この女性のほうが大きい。
「こんにちは秀子おばさん。実は秀一君が……」
「って秀一(ルビ:しゅういち)!? 何があったの進司君!?」
「それがですね……」
「と、とにかく中へ入って。あ、君達も秀一の友達?」
「えっと、赤炉堂南といいます」
秀子の大きな図体と声に堂南はビクビクしながら答える。
「マイケルというものです。秀子さん、美しい声をシテイマスネ。心の美しさがヨク出てイマス。その優しくあたたかい声とふくよかな体で、僕を包……イテッ」
平山がマイケルの足を踏み、大山根家のなかへ入っていった。
そして、マイケル達が大山根の頬を叩いたりつねったりを繰り返し、大山根が母の声にようやく反応をした。
「ここはどこだ……? 俺の家?」
大山根がムクリと起き上がる。
「秀一〜!」
秀子が泣きながら大山根に抱きついた。
「ちょっと、母さん! いきなり何だよ!? ……ってなんでお前らもいるの!?」
「まあ……。色々とあったんだよ、じゃあまたな大山根」
平山は秀子と秀一に気を使って、早く家を出ようとする。
「じゃあな大山根」と堂南。
「バイビーデス」とマイケル。
「ちょっと待てお前ら! と、とにかく状況を説明しろ!」
大山根が秀子を振り払い、堂南の腕を掴んで引っ張る。
「痛いってちょっと! 痛いって、放せって! お前握力強すぎ!」
「おお、悪い悪い」
パッとと大山根は堂南の手を放す。
「お茶入れてきますね。ゴメンね気づかなくて」
そういって秀子は大山根から離れた。ふぅ、と大山根は安堵のため息を洩らす。
結局、状況は平山が説明することになった。
「中村が、俺を囮にしてシュートしたんだ。そしたら、そのボールがお前の顔に当たったんだ」
「ああ、そうか。だから鼻血がね……」
大山根がティッシュで自分の鼻を拭く。
「珍しいよな。お前がしてるなんてな……。ホントにさ」
平山が含み笑いをする。
「! まさか進司お前……。き、気づいたのか!?」
「いちいち声でかいよ……。当たり前だろ。あんなにガン見してりゃ、FWの俺ならすぐわかるよ」
「が、が、が、ガン見なんかしてねよ! そ、そ、そ、そんなわけねーじゃんよ!」
大山根が焦る。
「エ? ガン見? 何をデスカ?」
「ほらバレた! ほうら! もう本当声でけえよ進司お前!」
大山根が顔を赤くしながら言う。
「……結論から言わせてもらう。秀一、お前好きな人できたんだろ?」
平山はニヤニヤしている。
「ち、ち、ちげーよ! んなもんいねーよ! バッカじゃねえの!」
「……いるみたいデスネ」とマイケル。
「やっぱりな」と平山。
「俺は気づいてたけどな」と堂南。
「お前のことだから誰だか予想はつくけどな。さしずめお前と同じ三組の……」
「進司てめえ! い、い、いいもんね、俺進司の小六の時の好きな人知ってるもんね! 修学旅行の夜俺寝たフリしてたけど隣で聴いてたかんな! 俺も言っちゃうかんな! マジだぞ、これマジだぞ!」
あ、そっちも気になるかも、とマイケルと堂南は思った。
「……。ごめん秀一。あれ、ガセネタなんだ」
しばらく沈黙が大山根の家を支配した。
「言っちまえ大山根。俺達が手伝えることならなんでもすっからよ」
堂南がそう言うと、
「僕の専門分野デスヨ」とマイケルも続いた。
三人のしつこさに大山根はようやく観念したのか、白状した。
「……三組の、『マドンナ』だよ」
「おいおいマジかよ、『マドンナ』はレベル高いぞ流石に」
平山がおでこをポリポリかきながら言う。
「あいつか……」
堂南もおでこをポリポリかく。
「わかってるよ! でも好きなんだよ!」
大山根が胸を押さえる。大きな胸には、大きな手も小さく見える。
「アノオ。三組の『マドンナ』って言われても僕ワカラないヨ、教えて堂南君」
「一年三組の名村円(ルビ:なむらまどか)のことだよ。名村の『な』と、円の『まど』をくっつけて男子から『マドンナ』って言われてんだ」
アアナルホド、とマイケルが手を打つ。
「ジャア、明日三組にこのメンバーで集まりマスカ。『マドンナ』がどんな人かも気になりマスシ」
マイケルが三人に提案する。
「そうだな。じゃあ明日の昼休み三組に集合な」
平山は賛成する。
「でも俺『マドンナ』苦手なんだよな……。しょうがない、我らが守護神大山根のためだ」
堂南は少し笑ってみせる。
「みんな……。俺はなんて幸せ者なんだ……」
大山根が目頭を軽くつまみながら言う。
「デハ、お開きにしますカネ」
そうだな、と堂南が立ち上がる。
「あれ、みんなもう帰っちゃうの!? せっかく用意したから、麦茶飲んでってくれると嬉しいんだけど」
秀子が戻って来た。
麦茶を飲み干し、挨拶をして堂南達は大山根の家をあとにした。
「じゃあな秀一。明日の朝練の時ボールの鼻血拭いとけよ」
「おうよ進司」
「オジャマシマシタ。綺麗なお母様をお持ちデスネ」
「お…おうよマイケル」
「麦茶うまかったぜ大山根! 今日のプレーは下手糞だったけどな!」
「おうよ堂……ってうまいこと言わなくていいわ!」
がちゃりと、静かに玄関のドアが閉まった。
「いい友達を持ったね秀一……」秀子がコップ盆のうえにのせる。
「……ああ、最高のチームメイトさ」
第三話 大山根の恋VS堂南のサッカー
夜が明け、朝の部活と午前の授業が終わり、昼休みの時間になった。昼休みの廊下は、生徒達が賑わいを見せていた。会話を楽しむ者、笑顔で追いかけっこする者、
中にはポルノ雑誌を数人で読みふける男子達がいた。「えへへへへ」と雑誌のページをめくっては奇妙な笑い声をあげている。
楽しそうに会話をしていた女子が、
「あ、あそこに中村君が」と言った。
「本当だ。今日も中村君かっこいいなあー」ともう一人の女子も目をたるませて言う。
この廊下の女子生徒二人はNFBではないが、中村は本を読みながら歩くだけで女子の目を奪う雰囲気を纏っていた。中村は芥川龍之介の短編集を読んでいた。中村がその女子達に近づいてくると、女子らは歓喜の叫びをあげながらどこかへ一緒に走って行った。
中村はそんなことには目もくれずに、本の世界に入っていた。丁度『鼻』を読み終わったところで、本より上の視界に人の上履きが映り、中村は自分の前になにかが立ちふさがったことに気づいて、足を止めて本を閉じる。
前には、中村よりやや背が高い女子生徒が立っていた。その風貌はというと、顔には化粧をしてスカートは短くし、首もとのシャツのボタン外していてだらしがなかった。中村は読書を止められたことにムッとして、「すみません」と言ってすぐにその場を離れようとした。
「中村くうん」
とその女子生徒が中村を呼び止める。中村は開きかけていた本をまた閉じ、女の方を振り返る。
「なんですか」
「もう。挨拶くらいしてよおん。読書には熱中するのに、お姉さんには、つ・め・た・い・な」
女の体をくねくねさせる動作が中村をイラッとさせ、中村は無視して踵を返し、また本を開いて歩き始めた。「あ、ちょっと待ってよお」と女が中村の肩を掴む。その拍子で、本が肌色の地面にバサッと開いた状態で落ちた。
「お姉さんと、イイ事・し・な・い?」
この喋り方むかつくな、と中村は思いながら本を拾う。
「しません。あなた誰ですか」
「あ、今本拾った時、私のスカートの中見たでしょお?」
「いや……僕はそんな……」
「嘘だあ。ってかそんな本見てないでさ、お姉さんと遊ばなあい?」
ハア、と時間の無駄だなと思い中村はため息をついた。中村は顔をあげて冷たい目で女を睨んで、
「あんたの下着なんかより、芥川の小説の方が僕にとっては百倍価値があるんだよ、バカ女」と言い捨て、トコトコと歩いて行った。
女は唖然として、しばらく口が開いたままだった。
「じゃあ、俺と堂南はトイレに行って、マイケルのそのモジャモジャ髪の中にとりつけた小型カメラから、このモニターでそっちの様子を見てる。なにかアドバイスするときのために、マイケルの右耳に小型通信機もつけておいた。心配すんな、玉砕覚悟でつっこんでこい」
平山が大山根の背中をバシッと叩く。しかし大山根は大きな体は前のめりにはならず、ビクともしない。
「デハ、行って参りマス」
マイケルが三組のドアを開ける。
「た、た、頼んだぞ、進司、堂南」
平山と堂南は親指を立てる。そして大山根もマイケルの後に続いた。堂南達は男子トイレに向かう。
「ところで平山、なんでこんなモン持ってんだよ……」と堂南が通信機を持ちながら平山にきく。「親父がそういう職業なんだよ」と平山は答えたが、堂南は平山の言う「そういう職業」がどういう職業なのかもわからなかった。
平山が通信機を手に持つ。
<あー、あー。こちらモニター班。告白班、聞こえたら応答しろ>
<聞こえテマスヨ。こちら告白班。窓付近に『マドンナ』を発見シマシタ>
心の準備はできましたか大山根君、と平山の持つ通信機から聞こえる。モニターには顔を赤らめながら背筋をぴんと伸ばす大山根が映る。
「これは……かなり緊張してんな。こないだの練習試合でPKになった時より緊張してら」
と堂南が言う。
「まあこうなるのは予想済みだ」
平山が頭をポリポリ掻く。
<マダ緊張しているそうデス>
<そうか。じゃあマイケル、お前がまず『マドンナ』に話しかけるんだ。それに大山根が続く形で会話をつくるんだ>
<作戦Bデスカ。ラジャー>
<幸運を祈る。オーバー>
平山が通信を切った。
「お、マイケルが動いたぞ。ってことは作戦Bか?」
堂南が平山に訊く。平山は黙って通信機を握ったままコクリと頷いた。
モニターにはマドンナと、付き人らしき女子二人が映る。タイプが三人ともバラバラで、マドンナ以外の一人は眼鏡を、一人はパーマをかけていた。
「あ? あんた何者だい?」
パーマの女子がいう。
「昨日転校してキタ、マイケルといいマス。マドンナさんという美しい女性がいると聴いて、挨拶にきまシタ」
マイケルが深々とお辞儀をする。
「私になにか用?」
マドンナと思われる女子が近づいてきた。なるほど、大山根が緊張する訳である。『マドンナ』は、ブロンドに近い茶色みを帯びた綺麗な髪は肩のあたりまでの長さで、雪白な肌、パッチリとした睫毛の長い大きな瞳を持った美少女であった。近くで見ると、尚更美しく見える。このクラスの女子とは、気品というか、纏っている空気のような物がまるで違う。それでいて口元は優しく、なるほど、外見だけでなく性格もよさそうだな。男子にも女子にも人気があるわけだ。マイケルはそう思った。
しかし、お近づきになりたいところデスガ、男の約束をシタンダ、今は作戦を優先しなケレバ。
「オウノー、百聞は一見にシカズとはこのことデス! なんと美しい方だ……」
マイケルはわざとらしく胸に手を当てて喋った。
「お世辞はいいわ。あなた昨日のお昼、校庭でサッカーしてたでしょ。サッカー部には入れたの?」
マドンナは顔をしかめ面にする。言われ慣れしすぎたのか、お世辞は嫌いなようであった。
「ワタシノ事をご存知でしたか! 光栄です。入れましたが、それがどうかしましたカ?」
「べ、別に大したことじゃないわ。それより、なんの用なの?」
「それなんですがね……」と言いながらマイケルは大山根の方をチラッと見る。しかし大山根は三組ドアの入り口のところで固まっていた。モニターから見ると、立ったまま気絶しているように見えた。
<マイケル! 作戦Kに急遽変更だ! 秀一はもう機能していない! マイケル!>
平山は通信機に向かって大声で怒鳴った。
マイケルはモニターで平山が見ていることを思い出し、わかったと言うかわりに、大山根の方をもう一度見た。
「実は今日の放課後に、アナタに告白したいという人がイルノデス」
マイケルがそういうと、すかさずパーマをかけた女子生徒がマドンナとマイケルの間に割って入った。
「ふざけんなよオイ! マドンナ姐さんは忙しいんだ。ふざけんじゃねえぞあーん?どうしてもと言うなら諭吉の一枚や二枚くらい持ってきてからにしろや!」
ずっと黙っていた眼鏡の女子生徒も続いて口を開く。
「それに、今告白すればいいことじゃないですか。そんな小心者に姐さんの彼氏が務まるわけないです。ま、姐さんに見合う男なんて……」
ケント・モリくらいですわ、と眼鏡の少女はつけたした。
「時雨、紀美子、乱暴な言葉はやめなさい」
マドンナが眼鏡の少女の腕を軽く押す。
「その男は、サッカー部?」
「……ハ?」
「その、私に告白したいっていう男は、サッカー部なのかって訊いてるの!」
マドンナは腰に手をあてて頬を膨らます。
<なんでわかったんだ!? おいマイケル、秀一を映せ!>
耳の通信機から平山の声が聞こえ、マイケルは大山根の方を見る。しかし未だに大山根は気絶しているかのように動かない。背の高い姿は、ドアと一体化していた。
<おかしいな……。マドンナは大山根に気づいてないはずだ。なんでサッカー部だとわかったんだ……。マイケル、マドンナに訊いてみてくれ>
「お、落ち着いてマドンナサン。確かにそいつはサッカー部デスケド、なんでそのことを知ってるのデスカ?」
平山の指示通りマイケルがマドンナ訳を尋ねると、マドンナは意外な反応を見せた。白かった肌の色が、リンゴのように赤く変わったのだ。
「……別に、いいじゃない! これはきっと、転校してきたばかりで私に好意がないのをいいことに、あなたを利用して男子が告白しようとしてるんでしょ? あなたにそんなことを頼めるほどの面識があるのは、サッカー部だけだわ」
大した推理だが、先ほどの反応を見れば大体どういうことか誰でも予想はつく。しかし頭の回転がはやいなあと、マイケルは心のなかで感心した。
<マイケルご苦労さん、作戦は終了だ。トイレで待ってるから、秀一を連れて来てくれ>
「ジャア、放課後その人が校庭にいますから、来てクダサイ」
「なんで、人の多い校庭なのですか? 普通体育館の裏とかに呼び出すと思いますが」
紀美子が質問の網でマイケルを捕まえる。
「た、大した理由ではナイデスヨ。その男の人は声がトテモ大きいから、どこで告白しても同じなのデスヨ」
マイケルは網から必死に逃れようとする。
「校庭ね、いいわ」
マドンナが結局網をほどいた。
「いいんですか姐さん。どうせまた……」
時雨がマドンナの耳元でささやく。
「いいのよ。それと時雨に紀美子、あなた達、放課後私につかなくてもいいわ」
「姐さん!」と時雨と紀美子が同時にマドンナに言う。
「デハ、これで」
マイケルはその場から大山根を連れて逃げた。
「ホラ、しっかり歩いてクダサイ大山根君!」
大山根は完全に放心状態であった。
マイケルと大山根は男子トイレに駆け込んだ。といっても大山根はマイケルにひきずられていたようなものだが。
「フウ……。任務完了デス……」
「おつかれさんマイケル」
堂南がモニターを見ながら言う。
「秀一……。全く役に立たなかったな」
「だな。大山根の奴、モアイ像みたいになってやがった。今もだけどな」
大山根はまだ固まっている。
「おうい秀一、起きろ。……駄目だな、昨日よりタチが悪い」
「しょうがないカラ、僕らだけでミーティングをシマショウ」
マイケルの提案に堂南も「そうだな」と賛成する。平山も軽くうなずいて話し始める。
「まずマドンナを放課後呼び出すことは成功したわけだ。でも一つ、気になることがある。そうだなマイケル?」
マイケルはコクコクとうなずく。
「マドンナがやたらと『サッカー部』についてこだわってたな、それか?」
「そう。俺の推測ではおそらく、マドンナには好きな男子がいる」
「なんだって!」
大山根が急に声をあげる。三人は驚いて腰を抜かしそうになるが、場所がトイレだということを瞬時に思い出しとどまる。
「急にどうしたんだよ秀一、お前はもう放課後まで起きなくていいよ」
「起きなくていいよとはなんだよ! それより好きな人がいるってのは何!?」
マイケルと堂南は耳を塞ぐ。大山根の声はやたらとでかい。
「じゃあ続きだ。おそらくマドンナには好きな男子がいる。そうだとしたら、そいつは…………サッカー部だ」
しばらくあたりが静まり返る。
「……ということは、大山根の可能性もあるってことだよな」
「ソウいう事デスね」
「でもそのことで実は、みんなに言わなきゃいけないことがあるんだけど……」
堂南が何かを言いかけたとき、ふいに、大山根の体が小刻みに震え始めたのを、平山は気づいて言った。
「どうした秀一。嬉しすぎて自慢の声も……」
「うおおおお! やったぜえい! まだ本当は秋だけど、春がきたあああ!」
「そんなわけないか」と平山が耳を塞ぎながら言った。
マイケルが右手で大山根の右肩を力強く掴んだ。
「大山根君、僕たちが手伝えるのは、ココまでデス。告白は、自分の思い、自分の言葉、自分の声で、やり遂げてクダサイ」
「マ、マイケル……」
「がんばれよ秀一。生きて帰って来い」
平山は左肩に手を置いた。大山根は唇を噛んで涙をこらえる。
「みんな……! 俺は今ここで誓う! 絶対に告白を成功させて、マドンナと付き合ってやる!」
マイケルと平山は調子に乗って拍手をする。チャイムが同時に鳴った。四人は廊下にでる。
「進司、校庭でな」
ちゃんと見とけよ、と大山根が自信ありげに胸を叩くのを見届け、堂南達は解散した。
―― アソ・フト 大山根の恋VS堂南のサッカー ――
放課後の校庭には、いろいろな競技の部活が練習している。校庭の真ん中はいつものようにサッカー部が陣取っているが、練習はしていない。
「おい、来たぞ、マドンナだ!」
平山が大山根の背中を押す。
「先輩たちにまで協力してもらってんだ。秀一、ここでミスったら一生の恥だからな」
平山とマイケルが二年を説得して、ゴールの陰に隠れてもらったのだ。
「あら、誰かと思ったら同じクラスの山大根じゃない。まさかあなたとはね」
マドンナは制服のリボンを緩める。
「じ、自分は、山大根ではなくて、お、大山根秀一というものです」
大山根が顎をぎこちなく動かして喋る。そういえば、そうだったわね、とマドンナはつまらなそうに喋る。大山根の目は時計の針のようにぐるぐると回っている。
「自分は、えー、えー、マドンナさんにはとても釣り合わないみじめな男ですが、あなたを初めて見たときから、その麗しき姿に誠に勝手ながら心を奪われ……!」
誠に勝手ながらってなんだよ、とゴールの後ろで平山はおでこをポリポリ掻く。
「そ、そして今に至る所存でありますが故に! 誠に勝手ながら……!」大山根の力強い声が校庭に響く。
だからなんだよそれは、と平山はさらにおでこを掻く。
「なんで大山根ってあんなに声でけえんだ?」
堂南が大山根の方を見ながら平山に訊く。
「それはな、秀一のお母さんも、声大きかったろ?」
そういえば大きかったなあと堂南は秀子の声を頭の中で再生する。
「秀子おばさん、小学校の音楽の先生やってんだよ。それで秀一、小さい頃からピアノと歌習わされてたらしいんだ。それで声がでかくなって、ピアノやってたから握力も強いんだと思う」
「なるほどね」
大山根がなにかごちゃごちゃ言っているが、あの大きな声はマドンナの耳に入っていないようであり、マドンナは大山根に耳を傾けずに左右を何かを探すように見回している。
目がぐるぐる回る大山根と、辺りを見回すマドンナは、はたから見るとなにか漫才をやっているようであった。美女と野獣という映画を見ていたサッカー部全員が連想した。
「迫り来る危機や困難という名のシュートから、草原に咲き誇る薔薇のようなあなたというゴールを、この手で守りとうございます!」
言った、言えた! どうだ、完璧だろう! 午後の授業中、ずっとなんと言おうか考えていたんだ! これほどのスピーチなら、男子百人斬りの異名を持つマドンナといえども……!
そして大山根が泳いでいた目をマドンナに戻すと、そこにはマドンナはいなかった。マドンナは堂南の方へ走ってきており、スカートが揺れ、サッカー部全員の目線は太ももに集まった。
「堂南さま!」
マドンナが堂南に飛びついて、スカートの中の青がちらっと一瞬、反対側ゴールで大山根を見守っていた部員達に見えた。おおーと全員が声をあげる。マドンナが走った勢いで堂南は後ろに倒れこむ。
「や、やめろ名村」
堂南の周りに部員達がゆっくりと集まってきた。それらの目には、怒りの炎が煮えたぎっているように堂南は見えた。
「これは、どういう事ナノデスカ堂南君」
マイケルがケダモノを見るかのような目で堂南を見ながら言う。
「堂南〜」とマドンナが猫なで声でささやきながら、舌で堂南の首筋をペロペロと舐める。
「ち、違うんだ。みんな勘違いすんなよな! 決してそういう……」
「ど、堂南ー!! 貴様あ! 己え、覚悟おおお!!」
今度は大山根が堂南に突っ込んできた。しかし流石にこれはまずいと判断した部員達が全員、体で大山根の巨体を押さえこむ。部員のピラミッドの下で、大山根がジタバタともがく。
「おい堂南!! マドンナはお前の双子の妹だったっていうパターンの奴だよな!? そうだと言え!! そうなんだろ!? どうなんだよおい!」
大山根の目から大量の涙があふれ、鼻からは鼻水が滝のように流れ出ている。
「秀一、残念ながら、マドンナには『名村』っていうちゃんとした苗字があるんだ。こうなったら諦めろ、うぐぐ、暴れんな」
平山がピラミッドの中で苦しみながら言う。大山根が「くそお!」と地面に拳を叩きつける。
「つ……付きあってるの?」
ピラミッドに隠れるようにして、楓華が堂南に質問をする。
「ちょっ! だからそういう態度やめろって! そういうんじゃないから! 断じて! 断じて違うから! なにもないから! 楓華、違うんだって!」
寝たままの姿勢で堂南が答えるが、部員達はあきらかに信じていない。
「なにもないなんてひどいわあ〜ん。あの時、結婚の約束したじゃないのオ」
マドンナが堂南の胸を人差し指でぐりぐりと回転させながら押す。今のマドンナはまるで別人のようである。
「結婚だと!? そんな約束! ………………俺したの?」
「堂南あああああ! 貴様あああ!」
大山根が部員達を吹き飛ばし、ピラミッドの呪縛を自ら無理やり解いた。
「やんのか!?」
堂南がマドンナをどけて立ち上がる。
「ちょっと待て待てお前ら。なんで赤炉が名村に抱きつかれたかわからないんだ。おかしいだろ? おい名村、ちゃんと訳話せよ」
中村が大山根と堂南の間に割ってはいる。学年で唯一マドンナに同等の口調で喋れるのは、同じくらいの地位を持っている中村だけである。
「いいわよ。確かあれは、小学校の時の話ね……あ、もちろん結婚の約束は嘘だけどね」
***
私はまだ小さかった。たくさん遊びたかったのだけれど、そのころは子役として売れてて、雑誌に載せる写真を撮られたり、芝居の稽古をしたりするせいで、遊ぶ暇がなかったの。友達なんていなかった、学校に行ける日はみんなよりすごい少なかったから。芸能界なんて嫌いだったけど、いつのまにかそこにしか居場所はなくなっていたわ。
ある日、一日休みの日があったの。学校に行こうと思って、久しぶりにランドセルを背負おうとしたら、中から手紙が出てきたの。中を見たら、『学校くる意味ないよ』とか、『見下すなよ』って書いてあって、私はすごく悲しくなって、ランドセルをゴミ袋に入れて泣きながら自分の部屋にずっと閉じこもっていたの。ひどいよね。学校の授業に遅れたくなくて、勉強だって毎日してたのに。でも、他の子はそんなこと知らないものね。見下してなんていなかった、むしろ友達になって欲しかった。でも、こうなってしまうんだと思ったら、涙が出てきちゃったの。
でもね、しばらく泣いてたら、私の部屋の窓ガラスが割れて、サッカーボールが入ってきたの。なにかと思って、外を見てみたら、私のこといつも嫌ってた男の子が、私の家にボールを投げたみたいだったの。その子は外から、大きな声で、「やい子役! 友達いないんだったらそいつとでも友達になってろ!」って笑いながら言ったの。私はもうなにもできなくて、ただ泣きながら、立ったままガラスの破片とボールを見つめてたわ。
でもそしたらね、違う男の子の声で、「おいお前! ボールをそんな風に使うんじゃねえ!」って聞こえたから、外を見たら、サッカーボールを持った小さな男の子が、何人かの高学年の体の大きな男の子達を睨みつけてたわ。急にその小さな男の子が、高学年の男の子の一人に殴りかかって、大きな男の子の一人が倒れたの。そしたら喧嘩になって、あっという間に小さな男の子は倒されちゃったの。
怪我をしたみたいだから、私は絆創膏を持って急いで外に出たわ。
「ごめんね。私のせいで」
「お前は関係ないよ。ボールがあんな使われ方してたから、投げたやつぶん殴ったんだ」
「……そっか」
私は男の子のひじに絆創膏を貼ってあげた。
「……お前、二組の名村だろ? なんでお前って、学校休んでばっかなんだ?」
男の子が私に聞いた。私は、私の名前知っているひとがいたなんて、初めて知ったもんだから、少し顔が赤くなってしまった。
「私、芸能界の仕事のせいで、忙しいんだ。でも、本当はもっと行きたいの」
男の子はそれを聞いて、何故かため息をついた。
「難しいからよくわかんないけどさ。それってさ、自分のやりたいことやらないで、やりたくないことやってるって事だよな。それって、楽しいのか?」
わからない。学校にはいきたいけど、自分の居場所はそこにしかない。わからないから、私は黙ってしまった。
「じゃあさ、楽しいことひとつ、教えてやろうか?」
男の子は、少し赤っぽい目をキラキラと輝かせて、ボールを私の目の前につきつけた。
「教えてやる、サッカーだ!」
男の子が私の腕を引っ張って、ボールを脇にはさんで走り出した。
「俺、赤炉堂南! みんなは堂南って呼ぶ。名村も、自己紹介してくれよ!」
なんだか、男の子の手は暖かかった。
「……うん! 私は、円って言うんだ! サッカーやるから、友達になってくれるかな? 堂南くん」
「当たり前だ! サッカーは、俺の友達だ!」
最後の言葉だけよく意味はわからなかったけど、学校には今日は行けなかったけど、久しぶりに心から私は笑った。
***
「そんな事もあったなー」
堂南が照れくさそうに鼻の下を指でこする。
「という訳なの。諦めてちょうだい、ええと、大根山くん」
「大山根だよ! もうこの際、マドンナなんかどうでもよい! 堂南! 貴様をサッカーで倒す!」
大山根はGK用の手袋を両手にはめる。
「堂南、一つ賭けをしよう。もし俺が勝ったら、お前には部をやめてもらおうか! お前が勝ったら、お前のいうことなんでも聞いてやる!」
「やる訳ないだろ、退部なんかしてたまるか」
堂南がきっぱりと断る。が、大山根は堂南の性格をよく知っている。
「そうかあ! 勝てないもんな! 堂南、サッカー下手糞だもんな!」
「なんだとお! でくの坊! やってやらあ!」
堂南と大山根が激しく睨み合う。
「おい、いいのか中村」
二年生が中村に訊く。
「まあ、練習の一環ということにしましょう」
「そうか。ま、おもしろそうだしな」
中村の隣で、どうしよう、どうしよう、とマネージャーの楓華は一人で呟いている。
「マサカ、こんなことになっちゃうトハネー」
「ああなったら秀一は、もう止まらねえからな……。堂南が勝負に勝つとは思えないし。かなり不味いな。これ、俺達のせいか?」
平山とマイケルは目を閉じて、最近の出来事を思い出してみる。
「……カモ、シレマセンネ」
まるで自分は関係ないような態度をマイケルはとる。
「……かも、知れないな」
平山も同様に、おでこをポリポリと掻いた。
大山根がゴールの前に立つ。堂南は大山根に向かい合う。部員達は、横から見守っている。
「五回シュートさせてやる。その中で、一本でもお前がシュートを成功させることができたら、お前の勝ちだ。全部俺がシュートを止めたら、俺の勝ちだ。わかったな?」
「ああ」
ゴクリ、とマイケルと平山は唾を飲み込む。
「さあ、来い!」
大山根が手を広げる。堂南は腰を落として、ボールだけを見ながらゆっくりと歩み寄り、力一杯ボールを蹴った。
「あ」
ボールは高く飛びすぎて、ゴールを飛び越えてしまった。チッと堂南は舌打ちをする。堂南はサッカーが好きだが、うまくはない。部員の中では、一番下手である。
「ど、ドンマイ堂南君! あと四本あるよー!」
楓華がそういうと、大山根が楓華をギロと睨んだ。「ひっ、ごめんなさい」と楓華は怖気づいて謝る。
「ちょっと香川さん。あなた、堂南君にだけ優しいわね」
「ま、円ちゃん。そんなことないよ、ただ幼馴染なだけで……」
「ふうん……。幼馴染なんだ」
そういうと名村は視線を堂南へ戻した。ふう、と安堵の息をはきながら、怖い人多いなあ、と楓華は思った。
「これならどうだ!」
堂南が二回目のシュートを打つ。しかしボールは大きく横に逸れて、見ていた部員達の方へ行った。マイケルが足で受け止め、そのまま堂南の方へ蹴り返す。
「堂南君、もっと心を込めてシュートを打ってクダサイ。ただむやみに、足を振ればいいってもんじゃナイデス」
「あ、ありがとうマイケル。心ね……心……大丈夫だぜ、うん」
スーハースーハーと深呼吸し、堂南が呼吸を整える。
「よし、行けるぜ」
堂南はまたシュートをゴールめがけて放つ。ボールは真っ直ぐ飛んだ。
「ど真ん中じゃあ、余裕だぜ!」
大山根は右手を前につきだし、拳でボールを殴る。ボールは大山根の拳に当たった瞬間、バナナのように曲がって、曲線を描いて堂南の頭を大きく越した。堂南は呆然とする。
「くそ! なんで真っ直ぐいくんだ!」
堂南は足で地面を鳴らす。
「あと、二回だ」
大山根が、もう勝ったかのように不敵な笑みを浮かべる。
「くそ……! なんでうまくいかねえ……」
堂南はボールを追いかける。ボールはバスケットボールコートまで転がっていたが、部員達は試合に熱中しており、ボールには気づいていない。
「おうい、ボールとってください!」
堂南の声が聞こえていないらしく、違う茶色いボールで部員の男子達は戯れている。
「自分でとるか……」
しょうがなく思って、堂南はまた走り出した。
堂南は、走りながら試合を眺めていた。一人の選手が、鮮やかなドリブルで次々と敵の選手のDF達をを抜いていた。自然と堂南はその動きに目いく。
「すげえな……」
そして最後の一人を抜いて、軽やかにジャンプし、ボールを置くように手から放して小さなゴールネットを揺らした。
「あ、あの動きは……」
堂南は拾い上げたボールを落とす。
「ナイスシュート!」
敵の選手もシュートを誉めた。あれも、シュートなのか、と堂南は呟いた。堂南は、その選手の方に走った。
「ん? なんだ?」
「あの、俺、赤炉堂南っていいます。今のシュート、どうやってやってるんですか」
その選手は堂南より大きく、堂南は敬語を使う。
「ああ、今の? レイアップシュートっていうんだ。こうジャンプして……」
高く飛び、ボールをゴールに入れる。
「って感じでやるんだ。君、サッカー部?」
「はい。俺、シュート下手糞で、バスケからなんかヒント得られねえかな……って」
「へえ、おもしろいな。俺は田辺。じゃあレイアップじゃなくて、普通のシュート方がいいかもしれないな」
田辺はボールを一回地面でバウンドさせる。
「やりかたはいたって簡単。ためて……うつ!」
ボールは田辺の手を離れ、弧を描いてスポン、と輪の中に入った。
「ためて……うつ……」
「そう。ためて、うつ。サッカーも同じでしょ? バスケの場合はひざ曲げてるときが『タメ』だけど、サッカーは足を後ろに引いてるときなんじゃかな」
そうだ、と堂南はマイケルや中村のキックフォームを思い出す。二人とも、蹴る時じゃなくて、蹴る前に力を入れてた。
「おうい田辺、なにしてんだよ」
「ああ悪い悪い。じゃな、サッカー少年」
そう言って田辺は集団のなかへ帰っていった。
「ためて……うつ。ためて……」
堂南は素振りをする。はやくこい、という大山根の大きな声が聞こえて、走って戻った。
「あと二回だぞ」
大山根の声が聞こえていないようで、堂南は黙ったままボールを地面に置く。
堂南は呼吸を落ち着ける。やれる、やれる、と心の中で自分に言い聞かせる。
「やれる!」
堂南はボールから少し距離を置く。そしてゆっくりとボールに歩み寄る。
堂南は無意識に呟く。「やり方は簡単だ、心をこめて、ためて、」
「うつ!」
ひいた足に力をこめ、そのままで堂南が腰を大きくひねりボールを蹴る。ボールは勢い良く空気を切り裂く。
誰もがそのシュートを堂南が打ったものとは思えない程スピードが出ていた。大山根がシュートを目で追うが、意外さに肝を抜かれて反応が遅れたため、シュートは大山根よりもゴールに近づいていた。
「な……なんだと!」大山根は動けなかった。
そしてボールはゴールのネットを揺らした。
「は、入った」堂南が口をぽかんとさせながら言う。
驚きのあまりそこにいた全員誰も声が出せなかったが、一番驚いたのは他でもない堂南であった。
「堂南、やっぱり好き!」
名村が走って堂南に抱きついた。重心がくずれたが、堂南はそのことに気づかないほど呆然としていた。
「やられたぜ堂南。流石、俺のチームメイトだ。なんでも好きなこと言え、言うことわかってっけどよ」
大山根が堂南に近寄ってきて、手を差し出した。
「へ、そうだな。……じゃあこれからも、俺達のゴールを、しっかり守ってくれよな、――――大山根キーパー!」
堂南と大山根が、ガシっと友情の握手を交わす。見ていた部員達が、ワアーっと歓声を起こした。「堂南かっこいい!」と名村が堂南の頬に口付けをし、堂南の顔が赤くなると同時に、歓声は大きくなった。その歓声の中に、大山根のすすり泣く声が混ざっていたことには、マイケルと平山しか気づかなかった。
「こ、コレデよかったんデスよね?」マイケルが平山に訊く。「……うん、そうだな」と平山は苦笑いを浮かべた。
こうして大山根の恋は、その日の部活と一緒に、終わったのであった。
そして部活が終わった帰り道―――堂南はしばらく身を隠して、名村が帰るのを確認すると、楓華のあとをつけた。
「よう楓華! 遅かったな!」
堂南は後ろから楓華の肩をポンと叩く。楓華がふりむいて、「うん、後片付けでちょっとね」と素っ気なく言った。
「そ、そうか」と堂南も雰囲気に呑まれる。夕暮れの住宅街を二人でしばらく歩いていると、マイケルがいるのが見えた。「どうしたの?」と楓華が声をかける。
「ア、楓華さんに堂南君。実は今、自販機の下に百円が落ちているのが見エテ……」
そういってマイケルはかがんで自動販売機の下に手を突っ込む。
「ふうトレタトレタ。お二人さんは、何ヲ?」
「何って、一緒に帰ってるだけだよ?」
楓華が平然と答える。
「デモ普通男女が……」とマイケルがなにか言おうとするが、堂南がマイケルの肩を組んで「まあいいじゃないの」と笑ってごまかす。
「ソウデスカ、ところで、なんで堂南君、マドンナさんの事苦手って言ってたんデスカ? あんなに仲良くしてても、一緒に帰らナイシ」
うっと堂南が声を洩らす。
「……それはだな、ひとつは、名村と俺が初めて会ったあの話の続きに、原因があるんだ」
堂南は胸元で腕を組んで、話し始めた。フムフム、とマイケルが相槌をうつ。
「あの後、俺と名村は公園に行ったんだ。そんでサッカーしたんだけど、つってもパス返しあったりするだけなんだけど―――俺よりあいつの方が、サッカーうまかったんだよな……。
そんでさ、名村の蹴ったボールが結構強くてさ、俺油断してて、トラップできなくて、顔に思い切り当たったんだよボールが。それでちょっと唇切れて……、そしたら名村のやつが近づいてきてさ……」
ハッとして堂南はそこで話を区切り、マイケルの耳元でささやいた。
「『治してあげる』とかなんとかいって、俺の唇に口つけてきてさ、俺の唇の血、ドラキュラみてえに吸いやがったんだ」
「エ? マジですか。ただキスしたかったんジャ……」
「それが、本当なんだよ、だってあいつ俺の血吸った後、 顔真っ赤になってたんだぞ! 血を吸ったとしか思えないっつーの!」
また堂南ははっとして、楓華に聞こえていなかったか目で確認する。表情に特に変化がないので、堂南は話を続ける。
「多分それ、キスしたから赤くなったンダト思いますけど」
「いいや、俺は吸血鬼だと思う。その後名村は何も言わないで顔赤いまんま走って帰ったんだけど、俺、それから怖くて近寄れなくてさ。むしろ避けてたんだけど、今日になってまた……。だから、作戦前にみんなにあいつは吸血鬼なんだって言おうとしたのに。ま、でも、大山根ほど体が大きかったら、血の量も多いだろうから付き合っても死にはしないと思ってさ」
「……ソレガ、理由デスカ……?」
マイケルはハアと大きなタメ息をついた。
「ジャア今日も頬にキスされてましたけど、血はとられましタカ?」
「……そういや、とられてないな」と堂南は左の頬を触る。
「吸血鬼なんかじゃないデスヨ、只の美しい女性デス。キスぐらいでソンナ……ブラジルじゃ挨拶みたいなモンデスヨ」
「ちょっ、お前声でかい……」
「最初から全部聞こえてるわよ」
楓華があきれてそう言うと、堂南は身の縮む感じがした。
「や、やっぱり?」
堂南の顔が引きつる。
「で、もう一つの苦手な理由って、なんなの?」
「ソウデスネ。きいてマセンデシタ」
四つの目が堂南を見つめる。堂南はたじろぐ。
「も、もう一つはだな。……実は俺には、……す……」
堂南は楓華を片目でチラッと見る。しかし変わらず堂南の顔を見つめている。好きな人が別にいると、好きな人が目の前にいるのでは、口が裂けても言えないのであろう。
「すだけじゃわかりマセンヨ」と楓華の隣でマイケルが大きな目をさらに大きくする。
堂南は顔を赤くしながら、視線を自販機の方にうつして、
「べ、別にいいだろ! 今もすごく怖いって言おうとしたんだよ!」とぶっきらぼうに言った。
「ソレハ、一つ目の理由デハ……」とマイケルが言ったが、堂南は「はい帰ろうかね! 日も暮れたしね!」と言って走って帰ってしまった。
走るその後ろ姿を見て楓華は、
「堂南君、なんか変だったね」と言った。
「大山根君の次は、どうやら堂南君のようデスネ」そう言ってマイケルはフフフと笑った。
「え? なんのこと?」楓華はマイケルの方を見る。
「フフ、そういうことですヨ」とマイケルは沈む夕日とその下の堂南を見る。
「よくわからないなあ。マイケル君も変だよ」
そういって楓華はクスクスと笑った。マイケルも、つられてフフフと笑った。
堂南が夕日の方へ走るので、まるで堂南が夕日を追いかけているように見える。堂南が向かって走る夕日は、赤いサッカーボールのようであった。
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2011/01/04(Tue)20:21:43 公開 / 水山 虎
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■作者からのメッセージ
どうも新年が明けてなんだかせわしない水山 虎です。
ライトノベル書こうと思ったら、「サッカー」と「作家」という謎のダジャレが僕の脳内で暴れ回ったため、こんなのできちゃいました。
漫画みたいな感覚で読んでみてもらいたいです。題名がやたらと長いのが気になったのでつなげてアソフトにしてみました。
三話更新 一月四日
三話は守護神大山根の話です。彼の恋は淡い青春のかけらになって消えましたので次回はサッカーやります! 読んでくれたらそれはとても喜ばしいことです。
おまけ
三話を読んでくれた方に特別な……ミニ情報を教えます。
この作品の主人公の名前は赤炉堂南です。あかろどうなと読みますが、
あか「ろどうな」のように、ろどうなに「」をつけます。そして「な」を「ろ」の後ろにつけます。すると……
ろどうな→ろなどう となります。そして「う」と「ど」を入れ替えると……
ろなどう→ロナウドになるんです!
…………なるんです。
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。