『不完全犯罪』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:藤沢
あらすじ・作品紹介
私は友人に完全犯罪を題材とする小説の創作を依頼されるのだが……。
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私はパソコンでカタカタと、飯も食わず睡眠もとらず、衣食住の一切を放棄して液晶画面に表示される文字配列と向き合っていた。別に趣味だというわけではないし、何か書かなければ苛立ってしまうという物書き気質というわけでもない。では、なぜ私がこんなことをしているのかというと、人の家に我が物顔で上がりこみ、冷蔵庫のプリンを食い漁った後、布団に潜りこんでイビキを掻いているピーマンのような男のせいである。この男は私の後輩なのだが、私の副業である作家のマネージメントを勤めている。物書きに興味などなかった私に目をつけ、有無を言わせぬ空気で、半ば無理矢理金欠の私に物書きを承諾させたのだ。人の事情など考えない自分勝手な男である。そんな彼が提出期限の過ぎた原稿を待ってくれているのは、私のためではなく、お金のためであることは言うまでもない。なぜ私が書かなければいけないのだ。彼曰く「あなたは化学専攻で国語がとても苦手だ。故に、あなたの文章は独特で味があるのです。僕は国語が苦手な人間ほど、国語に優れていると実際に証明したいのです」らしい。馬鹿にしているのか。私は奥歯にぐっと力を入れながら、憎たらしい彼の寝顔をにらんだ。すると、彼は「ちっ」っと舌打ちをした。人の家で好き勝手やっておいて何が不満か。
さて、先ほどは何も食わずと言ったものの、やはり物を食わずして筆は進まず、カップ麺でも食らうことにした。三分でラーメンができるとは、便利な世の中になったものだ。カップ麺の蓋を開けたとき、私のお湯を入れる手が止まった。お湯を沸かす時間を計算に入れれば三分では足りないのではないか。所詮騙し騙しの世の中か。嘆かわしい。
「そんな余計な屁理屈ばかり考えているから、あなたは失敗ばかり繰り返すのです」
「なんだお前。起きたのか」
「なんだかおいしそうな匂いがするので、起きてしまいました」
どんな嗅覚をしているのだ、こいつは。私はまだお湯を入れていないんだぞ、と力いっぱいポットの頭を押し込んだ。
「お前の分はないぞ。お前さっきプリン食ったろ」
ピーマンは「ケケケ……」と笑ったかどうかはわからないが、ピーマンの真ん中にパックリ亀裂が走ったような口で不気味な笑みを浮かべた。
「プリンは前菜ですよ。塩気のあるものを、より塩らしく食べるためにね」
「しおらしい」の使い方を間違っている。こいつから「しおらしい」という言葉を聞きたくはない。最上級の嫌みに聞こえる。塩をまいてやろうか。
「同音異義語ってやつですよ、ケケケケケ……」
今回は明確にはっきりと笑った。
「異議は認めん! このラーメンは私が食べる」
私は割り箸を割ってこれ見よがしに啜ってやった。
「それよりもできたんですか?」
「今やってるとこだ。あと少しで終わる」
「できるだけ早くお願いしますよ。それ、明日までなんですから」
全くわざと遅らせてやろうか。私が書いている小説というのは、簡単に言ってしまうと完全犯罪の小説である。文才、知識、共に欠如している私には途方もなく無謀な題材である。書き始める前に無理だと一言文句を言ったが、「おっと、無理は禁止ですぜ」と、若干半笑いで断られてしまい、腹が立ってしまった。さらに、「次、その言葉を言ったら、契約は破綻、報酬もなしですから」と釘をさされてしまい、書くしかなくなった。無念。それから、取材費がないからと世界の犯罪を書いた本を渡され、彼が紹介した硫酸男事件の話は吐き気を覚える程残酷な話だった。数日間、私の食欲がなくなったのは言うまでもない。
私は食べ終わったカップ麺を流し台に置くと、再びキーを叩いた。あと、大体三〇〇〇〇文字程度。午前二時過ぎには終わるだろうか。
一文字打つ度に主人公の罪悪感が強さを増していく気がした。どんどん追い詰められていく主人公。私もなかなか悲惨なことを考えるな。残酷さに笑みがこぼれ始める。人間とは嫌な生き物だ。
ふと、私はキーを叩く指を止めた。模倣犯は出ないのだろうか。もしこれを読んで模倣犯が出た場合、私は犯罪者だろうか。私に罪はあるのだろうか。私は物語りを書いただけである。しかし、書きながら模倣の危険性を考えてしまった以上、この可能性を無視できない気がした。例えば、原子力の理論を考えついた場合、それを発電に用いるか兵器に用いるか。前者と後者で見える未来が全く違ってくるというのは容易に考えられよう。大きな問題ではあるが、今回はそういう問題ではない。ただ原子力の理論を考えている最中、双方の可能性を考えられたかが問題なのである。兵器に使われる可能性に気がついた瞬間、化学式や計算式を書く手が止まったに違いない。これは私にも言えることではないか。不幸にも私は私が書く完全犯罪の模倣犯の可能性に気がついてしまった。可能性に気がついたにも関わらず、完成させてしまって良いものか。完成した上、可能性が現実となった場合、私は取り返しのつかないことをしたと自責の念に駆られるのではないだろうか。模倣させない何かが必要なのではないか。
午前二時二十五分。Enter。完成した。面白い物ができたかはわからないが、達成感と疲労感が体中を駆け巡った。私は上を向きながら目頭を押さえた。嫌々だったが、報酬がある以上、わがままは言ってられぬ。ピーマンはテレビを見ながらお菓子を食っていた。
「おい。終わったぞ」
「おっ! やっと終わりましたか」
ピーマンは鞄から茶封筒を出した。
「はい、報酬です。受け取ってください」
封筒の中を覗くと十万円程入っていた。
「さ、もういいだろ。それ持って帰れ」
「冷たいお方ですねぇ。もっと笑ってくださいよ」
顔に笑うという筋肉を持っていないために、笑えば毎度不気味な表情になる奴に言われたくはない。
「ふん」
私はぼんやりパソコンの画面に目をやった。真っ白の画面に黒い文字が綺麗に配列され、チカチカしている。
「じゃ、僕は帰りますかね」
ピーマンは鞄に原稿を詰め始めた。
私は徹夜続きのせいか、パソコン画面から電波を受けすぎたせいか、頭がぼんやりとして思考が淀んでいた。その様子はオーラとなっているらしくピーマンは
「まぁお疲れでしょうから。よく眠ってくださいな」
と、実際には思ってないであろう気遣いを私に見せた。
私はなぜ模倣犯のことなどを思ったのか。完全犯罪になり得るからだろうか。いや、あれはフィクションである。しかし、ピーマンが原稿を持っていき、世に出て犯罪を真似した者がいた時、私は自責の念や罪の意識を抱かずにいられるだろうか。「なんだか疲れた。一眠りとするか」と独り言を言って私は目をつぶった。いや、私に責任はないはずだ。私はゆっくり深呼吸した。薄目を開けると、ピーマンが玄関のドアノブに手をかけているのが見えた。
あの小説を完成させて三日経った今でもあの小説がなぜか気になってしまう。なぜだろう。物語りの中で犯人が捕まらなかったからだろうか。私が携帯を開けると画面下にニュースが流れた。
「ドラム缶内で変死体か?」
私は慌ててテレビを点けた。私の書いた物語りそっくりの犯行である。額から汗が吹き出る。まだ世の中に出回っていないはずだ。偶然だろうか。いや、偶然である筈がない。なぜなら、トリックで使用した薬品が全く一致しているからである。薬品濃度、体積、そして、手順を間違えば薬品が沈殿を起こしトリックが成功しないので、恐らく、手順まで同じである。世に出回っていない以上、考えられる犯人は一人しかいない。私はピーマンが最初私に言った言葉を思い出していた。「あなたは化学専攻で国語がとても苦手だ。故に、あなたの文章は独特で味があるのです。僕は国語が苦手な人間ほど、国語に優れていると実際に証明したいのです」あいつ、まさかトリックを証明したいと思ったのではなかろうか。私の物語りでは最後に犯人が自宅マンションの屋上から飛び降り自殺することになっている。誰かが模倣しないようにと考えた結末である。私はピーマンのマンションに走った。
靴も履かず、信号も無視し、走り、マンションの前に立った。屋上に誰か立っている。
「やめろーー!」
私は叫んだが、彼の体は宙に待った。
一瞬だっただろうが、長い時間をかけて、彼はだんだん私に近づいてきた。私は動けなかった。遠かったからわからなかったが、飛び降りた彼はピーマンではなく、出版社の編集長であった。
「えっ?」
私は落ちてくる編集長と激突した。意識が遠くなる中、屋上を見ると、ピーマンが私たちを見下ろしていた。奴は始めからこれを狙っていたのではないか。硫酸男の事件を読ませることで、化学専攻である私に、トリックを考えさせるつもりだったのではないか。それで、金欠の私に物書きを依頼したのか。奴は私の心理を巧みに操作し、私の能力を利用したってわけか。それでは、本物の完全犯罪を完成させたのは……。私は意識を失った。
「やっぱり犯人が死んじゃ駄目ですよ。僕の経験を活かして書きかえておきますね。あなたに怨みはありませんが、編集長にはいなくなってもらいたかったんですよ。すいません。あと、未完成ということで契約破綻、お金は私が全額いただきますから」
彼は不気味に笑った。しかし、私には何も聞こえていなかった。
2010/12/17(Fri)15:17:31 公開 /
藤沢
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■作者からのメッセージ
はじめまして!そして、前読んでくださった方はお久しぶりです。
今回はあまり奇を衒うようなことはしなかったのですが、いかがでしたでしょうか。
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