-
『夜の図書館 (第三、四話) 完結』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:白たんぽぽ
-
あらすじ・作品紹介
図書館には幽霊がいる、そんな噂を耳にした主人公は、その幽霊をめぐっていろんな人との出会いを経験する。そうして彼は、夜の図書館で、幽霊と……。
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
前回までのあらすじ
図書館には5年前に死んだ幽霊がでるらしい、という昔の新聞記事を山口がみつけた。その霊というのがどうやら司書の坂口さんの妹さんらしく、そのことを聞いた僕は、司書の坂口さんとの信頼関係が壊れないように、なるべくその話題に関わらなことに決めたのだが、その話題は意外なことに坂口さんの口から聞かされそうになる。しかし、それが語られる前に下校時刻となってしまい、重要なところは聞かずじまいになってしまった。
山口は山口で、独自に図書館の幽霊について調査しており、オカルト部で幽霊のことを調べようと考え、僕に同行を願い出た。
そこには、UFOや宇宙人などを専門としていて、幽霊にほとんど興味がない山野辺さんという人しかおらず、部室ではほとんど情報収集がままならなかった。
しかし、オカルト部部長の水谷さんこそが、幽霊の専門家だという話を山野辺さんから聞き、水谷さんのいる屋上へと訪ねることとなった。そこでは、水谷さんの幽霊観を教えてもらい、僕はそれに共感するものを感じたのだった。
このあらすじで大体、第一、二話を知ることができると思うのですが、できるだけ、原文を読む方を、個人的にはおすすめします。
AuthorNameの白たんぽぽの横にある、*をクリックしていただければ、すぐにそれを見つけることが出来ますので、良ければ読んでいただけるとうれしいです。
====================================================================================================
第三話『文芸部』
オカルト部を訪れてから一週間程たったが、僕は相変わらずいつものように、放課後の図書館通いを続けていた。そして、そこではまた、よくわからない本を眺めたりしているのだった。なんとなく、時間をもてあましているような気分がしながらも、他にやりたいことも浮かばず、僕は図書館で過ごしていた。
あれから山口は、新聞記事の締め切りがやばいとの事で、部室にこもりっぱなしだったため、図書館の幽霊調査はストップすることとなった。自分から調べる気のない僕は、その間のんびり本でも読んで過ごしているだけだった。
ただ、司書室は訪れていない。正直、またあの話を聞かされるのが怖かった。幽霊というのを僕は見たことがない。そして自分に霊感があるなんて考えたこともない。理解出来ないから怖い。でも、本当に理解出来ないと思うことは、それじゃない。
オカルト部を訪れてみて、自分でもいろいろ考えてみた。幽霊の話を聞かされるのが怖いと思うのは、それは、自分の身内が死んだという体験をしたことがないからだ。
自分の家族が死ぬということがどういうことなのか理解出来ない。かなしいことなのだとは思う。けれど、それだけではないと思う。僕なら、また会いたいと思うだろうか、それとも、つらさを紛らわすために考えないようにするだろうか。果たして僕なんかが、それについて踏み込んで聞いてもいいものなのだろうか。
正直、それがわからなかった。
このままでいいとは思わないけれども、それをつかみきれていない今は、どうしても司書室に行くのをためらってしまうのだった。
さらに数日たった昼休み、僕はいつものように山口と一緒に弁当を食べていた。
「今日もお前の弁当は豪華だな。ちょっとオレのと交換しねえ?」
「しねえよ、ておい玉子焼きとんな」
「いやー、見た目だけじゃなくて味までいいなんて、お前は幸せものだなあ」
うまいうまい、ともぐもぐ口を動かしながら山口はそう言った。
この山口というやつは、このように遠慮のない、大雑把な性格をしているのだが、これで読書が趣味という、妙に知的なところもあるやつだ。また、見た目もツンツン頭に、結構ガタイのいい体をしているので、どちらかというと、新聞部員というよりは柔道部員と言った方が納得できる感じのするやつだった。
「このやろー、だったらこっちは肉団子もらうぞ」
山口が口を動かしている間に、さっと肉団子をぶんどる。
「わー、それはないだろ」
「これでイーブンイーブン」
玉子焼きが、肉団子に化けて、ちょっと得した気分になった。山口家の味付けの食べ物を食べられたのも、なんだか新鮮で良かった。
「まあ、この卵焼きもおいしかったから、いいけどよ。でもちょっとひどくね」
ハシを口にくわえながら、ちょっとうらめしそうに、山口は言った。
「僕は盗人には容赦しないんだよ」
「やっぱ、ひでえ。じゃあ次はオレが肉とってやるぜ」
山口はそう言って、ハシをかまえた。
「やらせないよ!」
僕は必死に弁当をガードして、どうにかして肉を死守したのだった。
そんな感じにして、弁当を食べ終わったときに、
「そうそう、昨日新聞部の新聞が完成したんだけどさ、ちょっと見てくれよ」
と、山口が言った。そして、カバンをあさって、一枚のプリントを取り出し、僕の目の前に差し出した。
「んー、なになに」
そのプリントには、『青空だより第六十三号六月発行』と書かれており、どうやらこれは学校新聞の最新号らしかった。
地区予選を目前にひかえた運動部のインタビューと過去の成績データが載った記事が一面を飾っている。
「見ろってこのことか?」
「そうだよ、ヒデーだろ、この分量。いくら特集記事だからって、こんだけの広さをとらなくてもいいじゃねーか。この記事のせいで、オレのオカルト部のインタビュー記事がぶっ飛んじまったよ」
まったく、頭の固いの固いやつらばっかりだよ、などとぐちぐち山口は言った。
「まあ、うちの運動部は強いからね、仕方ないんじゃない?」
「うーん、来月号は夏休み前発行だから、あの記事が載ってもインパクトが足りないんだよね。かといって、二学期まで待つのもちょっとな。夏の前に少しのホラーを提供してあげる、オレの遊び心をまったく理解してくれないんだよなー」
やれやれ、てな風に両手をあげながらそう言う。
「学校新聞は週刊誌とかじゃないんだから、やることはやんないといけないんだよ」
「そうじゃなくて、こう、生徒の自主性を重視してさ、もっとこうフリーダムにさせてくれてもいいと思うわけさ」
要するに、面白ければ何でもありみたいにしてほしい、ということなのだろう。
「個人的には、山口一人で書いた、そのフリーダムな新聞を見てみたくはあるけどね」
「だろだろ、ぜってー面白くしてやる自信あるぜ」
ははは、と笑いあう。
「まあ、今回のところは、七月の新聞に載せてもらえれば、良しとしとくよ。それにもう一つできたら面白いこともあるし……」
と言って、急にこっちをじっと見つめだした。
「何だよ」
そんなに見やがって気色悪いぞ、とまでは言わなかった。
「手伝ってくれるよな」
「いや、何をだよ」
「この前と同じようなことさ」
ニヤ、と笑いながらそう山口は言った。
「また、オカルト部に行くんかい、本当にお前ってやつは……」
はっきり言わなかったのは、やはりそんなことだったのか、と思いながら僕は言ったのだが、
「いや、今回は普通の部活だぞ?」
と山口は、僕の言葉を途中でさえぎってそう言った。
「普通ってどこさ?」
「文芸部さ」
放課後
「で、文芸部の部室ってどこだっけ」
「調べてないんかい!」
みたいなやりとりをしながら、僕達は図書館に着いた。
「前に司書室に鍵を返しに来ていたのが、文芸部だったはずだから、多分部室は図書館奥の資料室……だと思うよ?」
先日の司書室のことを思い出しながら、僕はそう言った。あの鍵を返しに来た先輩がかわいかったことも、同時に思い出される。
「お〜、やっぱりお前はできる奴だなあ」
山口は軽い調子でそうほめた。
「いや、まず自分で調べとけよ」
毎度のことながらさ、と思いながら僕は言った。
「わるいわるい、ついつい忘れててさ」
こんな風に山口は結構おおざっぱなのだが、そこがこいつの良いところでもある。
資料室の前に着くと、その扉のドアノブには、文芸部部活中と書かれた札が掛けられていた。中からも賑やかそうな声が聞こえてくる。
コンコン、と山口はノックをして、「こんにちはー」と声をかけた。
すぐに中から「はーい」と返事が返ってきて、ドアが開く。
「こんにちは、何かご用ですか?」
そう言ったのは、以前司書室に鍵を返しにきていた女の先輩だった。
その先輩は、少しウェーブのかかった髪を肩まで伸ばしており、小柄でかわいらしく、なんとなく猫っぽいところを感じさせる人だった。
「こんにちは、僕は新聞部のものなのですが、ちょっとお願いしたいことがあります。少しお時間いただけないでしょうか?」
山口が尋ねた。
「ん、新聞部ですか、大丈夫ですよ」
その女の先輩は、ちょっと不思議そうな顔をしたが、すぐに笑顔になって、どうぞ中へ、と招きよせてくれた。
「失礼します」
と言って中へ入ると、そこは本棚で囲まれた小さな部屋だった。その本棚の中には、この学校の歴史を記録した本や、付属校の文芸コンクール作品集や、文芸部発行の部誌などが置いてある。その部誌は、表紙に色とりどりの画用紙を使用しており、見た目がカラフルでなんだか興味をそそられた。
そんな部屋の中に座っている文芸部の人たちは、女の子がたくさん、男の子が数人といった感じで、全体的に眼鏡をかけた人が多いようだった。
「あ」
そんな中に、この前図書室で声をかけてくれた田村さんをみつけ、僕はちょっと声をあげた。
「こんにちは里山くん、どうしたの?」
田村さんがこっちを見てそう尋ねた。
田村さんは、髪をおさげにした、愛くるしい顔つきをしている眼鏡っ子だ。そして、その声がとてもかわいらしいので、話しかけられるとつい、顔がほころんでしまう。
「ちょっと、山口の付き合いでね」
と山口の方を見て返事する。
山口も、「そうそう、新聞部の仕事で来たんすよ」と答える。
そんなやりとりをしている間に、扉側に座っていた人たちが奥のほうに詰めてくれて、僕達の座るスペースを作ってくれた。
「どうぞ、おかけください」
とその女の先輩が促す。
「ありがとうございます」
と言って、そこに腰掛ける。
この位置からだと窓の外がのぞけ、そには地下にあるはずの部屋には似つかわしくない青空が広がっていた。ここもやはり図書館の一部なんだと、その青空を見て思った。
「サーヤ、この人たちは?」
その女の先輩の横に座っている女の人が言った。
「新聞部の人たちだって、ちょっとうちに用事があるみたいだよ」
「ふーん」
とその人は言った後、こちらを値踏みでもするかのようにじっとみつめた。短髪で、ちょっとボーイッシュな感じのある人だった。
「で、今日は何の用事で来たんでしたっけ」
サーヤと呼ばれている先輩が言った。
「はい、ちょっと新聞部の発行している青空だより、ていう新聞に物語の方を寄稿してもらいたい、て思って来たのですが、そういうの大丈夫でしょうか?」
またもや、こいつは資料として新聞を持ってきていなかった。相変わらずといった感じだ。
「新聞部の新聞に?」
ちょっと驚いた感じに、サーヤと呼ばれている先輩が言った。
「はい、できればでいいんですが」
「うーん、急に言われても……、誰かに書いてもらいたい、とかある?」
確かに唐突にそう言われても、答えに窮するよなあ。
「え……とですね、個人的には、この学校をテーマにした話とかを書いてもらえたら面白いかな、なんて思ったんですが」
当然のように、誰がどんな話を書くのかについても下調べしていなかっただろう山口は、誰に書いて欲しいかを明言せず、どんな感じのものを書いて欲しいか、ということについてのみ答えた。
「うんうん、なるほど、学園ものかー、なんか楽しくなりそうだね」
サーヤと呼ばれている先輩がニコニコして言った。その顔を見ていると笑顔のかわいい人だな、と思った。
「あ、できればこれから夏ですし、ちょっとホラーな感じで七不思議シリーズなんて面白いんじゃないかな、なんて思っています」
七不思議、という部分にアクセントを置いて山口は言った。
「学園ものやったら、田村がうまくかけるんちゃう」
同学年っぽい男の子が書いているペンで田村さんを指差した。
「いやいや、私なんかがそんな大役つとめきれんよ」
田村さんはちょっと恥ずかしそうな顔をしながら顔の前で手をぶんぶん左右に振った。
「うん、私もみっちゃんだったら、うまく書けると、部長の私も思うな」
サーヤと呼ばれている先輩はなおもニコニコした顔をしてそう言った。
「そんなー、サヤ先輩、買いかぶりすぎですよう」
田村さんは、顔を赤らめてすがるような目をしてサヤ先輩を見ている。今にも、顔がふっとうして頭から煙がでてきそうだ。
「実はね……、」
サヤ先輩は声のトーンを少し下げて、真剣な口調でそう切り出した。
「私も今年で卒業だし、夏にはもう受験モードになっちゃうしで、これからは後輩にがんばってもらって、これからの文芸部を引っ張ってもらいたい、なんて思ってたの。だから今回のことは丁度いい機会かな、と思うのだけど、どうかな」
サヤ先輩は、目をつぶりながら感慨深そうにそう言った。
田村さんを含む一、二年生が、じっと部長であるサヤ先輩の方をみつめた。三年生たちはその様子をゆっくり眺めている。
「サヤ先輩、私がんばります、やってみます。必ず良いもの書けるようがんばりますので、できたらまず部長が読んでください、そしてご意見ください!」
勢い込んで、田村さんはそう言った。
その目はきらきらと輝いており、力強い情熱が宿っているような気がした。
「引き受けてくれてありがとう、私みっちゃんの書く話大好きだから、うれしい」
サヤ先輩の目も、ちょっと潤んでいるような感じだった。
「私達にもみせてくれるわよね、みっちゃん」
田村さんの左隣に座っている女の子が言う。
「えっこ……」
「私達もみんなみっちゃんの書く話好きなんだから、忘れないでね」
次は右隣に座っている女の子がそう言った。
「ありがとう」
田村さんは、下を向いてうれしそうにそう言った。その顔はすごくかわいくて僕はどきん、とした。
山口が僕の方をトントンとたたいてきた。そちらをむくと、山口は親指を立てて、やったぜ的な笑顔をしていた。
「では、田村さんにお願いするという形で、こちらも新聞部の方に話を通しておきます、田村さん、詳しい打ち合わせは、また教室とかでしよう。今日はわざわざ新聞部のために時間をさいていただきありがとうございました。今後とも新聞部のことをよろしくお願いします」
ぺこりと山口が頭を下げる。ついでなので、僕も頭を下げる。
「こちらからも、文芸部のことをよろしくね」
とサヤ先輩はやはりニコニコしながら答えた。やっぱり笑顔がかわいい人だと思った。
「失礼しました」
と言って、資料室から出る。
ドアの中からまた元のにぎやかな声がしていた。
本当に雰囲気のいい部活だな、と僕は思った。
僕達は、まだスクールバスまで時間があったので、飲み物でも飲もうと食堂の方へ歩いて行った。
「よっしゃ、後は先輩の方だな」
山口が言った。
「大丈夫なのか、どうせお前のことだから、まだ新聞部に話しつけてないんだろ」
「失敬な、ちゃんとアテぐらいはついているさ、文芸部の作品も載って、自分の記事も載っける良ーいアイディアがね」
「やっぱり、お前のためのだったか」
はー、と息を吐く、ここまで自分の欲求に向かってがんばっている姿は、素直にうらやましい。
「ま……、そうかもね」
ニカっと笑う。山口は楽しそうだ、いや実際にすげー人生楽しんでるよ、きっと。
食堂前の自動販売機の所まで着いた。外のベンチは、運よく空いている。僕はホットコーヒー、山口は午後の紅茶を買ってそのベンチに座る。
「お前、これからどうするんよ」
カシャと缶を開けて山口が聞いてくる。
「まあ、図書館に戻って本でも読むよ」
空を見上げると空はまだ青い、ずいぶん日が長くなってきたものだ。
「お前さ、暇なら部活にでも入ったら良いんじゃね」
「今からか。もう二年の六月なんだぜ、遅すぎるよ」
もう遅い、という部分を言ったとき、少し寂しい気分を味わいながらそう言った。
「部活に入るのに、遅すぎる、てことはないじゃないか。オカルト部もお前を歓迎していたし、文芸部も良い部活だっただろ。本なら文芸部とか入って読んだほうが楽しいじゃないか」
「……」
沈黙してしまう。言いたいことは、わかる。
僕だって、今が一番良いなんて思ってないし、入る部活が決められないから入らなかったってのもあるけど。
「なんなら新聞部だって、お前を歓迎す……」
「僕をつれまわしたしたのは、そのためだったんか」
山口の言葉をさえぎって、さらにちょっと語句を強めて言ってしまう。
少しムカついていた。だって、最後の言葉はなんか同情のような響きを感じ、どうしても聞き捨てなら無かったのだ。
「いや、そんなつもりじゃ……ねえよ」
また沈黙が流れる。
僕は、あいつが僕のことを思ってやってくれたのだとわかっている。もちろんわかっている。けど、勝手に自分のことを決められるのが、我慢ならなかった。それにあげくの果てには、自分の部活に入ればオレが世話してやるぜ、とでもいう感じなのだろうか。けど、そんなんじゃないとやっぱり思う。こいつは、そんなやつじゃない。それに……わかっているんだ、自分だって。今のままが良いってわけじゃないことくらい。
すっと立ち上がる。まだ暑いコーヒー缶を開けて、それを一気に飲む。ゴクゴクゴクゴクと、飲むごとにのどが焼けそうな感じが広がるが、気にせず飲みほす。
ぷはー、と息を吐く。ちょっと涙目になっているが、それはコーヒーの熱さのせいだ。
「わかっているさ、今のままが一番良い、てわけじゃないことくらいさ」
清々しい声でそう言ったのだが、さっき舌を火傷したため、少し舌足らずな感じになった。少ししまらないな、とちょっと情けない気持ちになってしまった。だけど、気持ちはちゃんと伝わったはずだ。
「あぁ」
山口があっけにとられて僕を見た。
「けど、やっぱり自分のことは自分で決めたいんだ。部活のこととか、もう少し考えた上で決めるよ」
さっきよりは、舌が回った。そして、気持ちもしっかり込めて言えた。そして、そう言ったことで、決めようという、心持ちになることができた。
「すまない、ちょっとおせっかいだったかな」
山口が珍しくシュンとしていた。
そんな山口に、
「いや、助けられているよ、君にはね」
とすぐにフォローを入れた。実際、こいつは本当に友達思いのやつで、いつもそれに助けられているよ。
「そっか……、そっかあ、なら良かったぁ」
山口の顔ににぱー、と笑顔が戻る。
「よっしゃあ、オレは新聞部に戻って、先輩と一仕事してくるわ」
山口は立ち上がって息をまきながらそう言った。
「ほどほどにな」
ヒラヒラと手を振る。
「じゃな」
山口は右手を上げてそういうとあっという間に走り去ってしまった。ベンチには午後の紅茶が置きっぱなしになっていた。山口は自分の買った飲み物をほとんど飲まずに置き忘れたらしい。
僕は空になったコーヒー缶を捨てて、それを手に持つ。少し考えて、僕はもったいないのでそれを飲むことにする。いつもは飲まない甘い紅茶は胸につかえたからまりをすーとほどくかのように、体全体に甘さをもたらしていった。
いつまでも宙ぶらりんでいるわけにもいかないな、と空を見上げながらそう思った。空は少し日が暮れてきており、早くも一番星が輝き始めていた。
次の日、僕は久しぶりに司書室を訪れてみることにした。あれから幽霊の話になるのが怖くて、坂口さんと二人きりになることを避けてきたのだけど、逃げていても、何も解決しない。
とにかく聞いてみてから、また考えよう。今のままだと、とても答えはでそうもない。それにこのままでは、あの美味しいコーヒーも飲めないままだもんね。
意を決して、司書室のドアをノックする。
「はーい」
と坂口さんの返事が聞こる。
僕は、「失礼します」と言って中に入る。
「あ、里山くん。ここには久しぶりね」
坂口さんが、うれしそうな顔をして迎えてくれた。
坂口さんは、後ろ髪を一本の三つ編みにした髪型をしている、とても笑顔の似合う、まだ二十代の女性だ。また、彼女のいれるコーヒーがとてもおいしいことで評判であり、そんな彼女とそのコーヒーを目当てにした生徒と先生はとても多い。かくいう僕も、そのコーヒーが今日も飲めないかと少し期待していたりもする。
「お久しぶりです」
僕も笑顔で答える。
2週間前には所狭しと置いてあったダンボールはもう一箱に減っていて、坂口さんはサヤ先輩と共に、その箱の整理を行っていた。
「あれ、君は新聞部の?」
サヤ先輩があれれ、といった顔をして尋ねた。
「いえ、僕は新聞部じゃないんですよ」
サヤ先輩は首をかしげて、
「ん、だったら昨日新聞部の子と一緒に来たのは、どうしてなの」
と聞いてくる。
「あいつは、僕の友達でして、つき合わされていたんです」
「んー、そうなんだ」
サヤ先輩はまだ不思議そうな顔をしている。まあ、普通無関係の者が取材に同行しないよな。
「じゃ、坂本さん、いったん整理は止めにして、お茶にでもしましょうか」
「やったー、私紅茶でお願いしますね」
サヤ先輩はそんな風にくだけた感じで言った。なんだか、文芸部でみたときよりも子供っぽい感じにみえた。そんなところに、坂口さんとサヤ先輩の仲の良さが感じられたような気がして、ちょっとうらやましくなった。
「すみません、気をつかってもらって」
「お客さんをもてなすのも司書の仕事だから気にしないでね」
ニコニコしながら坂口さんはそう言った。
「でしたら、僕も紅茶でお願いします」
そういえば紅茶をいただいたことはなかったな。
「坂本さんは、砂糖とミルクを入れるのよね。里山くんはやっぱり砂糖とミルクはいらないのかな」
と坂口さんが尋ねた。
「いえ、今日は少しだけ砂糖とミルクを入れてもらえますか」
昨日飲んだミルクティーが美味しかったので、またミルクティーを飲みたい、という気分だった。
「君も紅茶には砂糖とミルクを入れるの?」
サヤ先輩がうれしそうに尋ねてきた。
「いえ、なんとなく今日は入れて飲んでみたいなー、と思いまして」
「そんな気分なんだね」
「はい、そんな気分だったんです」
ふふふ、とサヤ先輩は笑ってくれた。多分変わったやつだ、とか思われただろうけど、こういう風に気持ち良く笑われると、なんだか気分が良い。
「君は、里山くん、ていうんだよね」
「はい、そうです」
「私は、坂本サヤ、て言います。後輩からはサヤ先輩て呼ばれていて、同学年からはサーヤとかさっちゃんとか呼ばれています。良かったら、里山くんもサヤ先輩て呼んでくれたらうれしいな」
「わかりました、サヤ先輩」
ここで、坂本先輩とぼけられるほど、僕は度胸がない。
「ありがとう、里山くん。里山くんは呼んでほしい呼び名とかはある?」
「里山でいいですよ」
そんなやりとりをしていると、坂口さんが紅茶を運んできてくれた。
「坂口さん、ありがとうございます」
とサヤ先輩がそう言い、
僕も「ありがとうございます」と続けて言う。
「いえいえ、どうぞいただいてくださいね」
紅茶から甘い香りがただよってくる。この甘い香りが心を和ませてくれるような気がする。まだ紅茶は熱いだろうから、少しだけ口にふくませるようにして飲む。口の中にあたたかさと甘さが広がり、そして体に行き渡っていく。
「坂口さん、紅茶もおいしいです」
「ありがとうね、里山くん」
「落ち着きますねー。うーん、このまま整理やめちゃいたくなっちゃいますよ」
ぐでんと手を投げ出す。ますます、文芸部のときとのギャップを感じた。
「そうね、何も今日終わらせなくても良いことだし、今日はのんびりしちゃいましょう」
「やった〜」
サヤ先輩がうれしそうに言った。
もうそんなに熱くなくなってきたので、ゆっくりと味わってミルクティーを飲む。心地よい香りに心が和まされる。
「ごちそうさまでした、とってもおいしかったです」
坂口さんのいれてくれたミルクティーは絶品だったので、心からそう言った。
「いえいえ、お粗末さま」
坂口さんは、嬉しそうな顔をしてそう言った。
僕は、ティーカップを流し場に持って行く。そのティーカップを、ティーポットと一緒にスポンジのざらざらしていない方で傷がつかないようにして洗い、感想棚にティーカップを置いた。僕が洗い終わると、サヤ先輩もティーカップを持ってきて洗おうとしていた。
「あ、僕が洗いますよ」
「え、いいの?」
「ついでですから」
「ありがとね」
そうにこやかにサヤ先輩は言い、カップを僕に手渡した。
僕は坂口さんの方も見たら、坂口さんも丁度飲み終わったところのようだったので、
「あ、坂口さんのカップも洗います」
と言って、坂口さんのカップも受け取る。
僕は、ごちそうになったなら洗い物ぐらいはしなくては、というような信条を持っていたので、それができてちょっと満足な気分になった。
洗い物を片付けると、坂口さんとサヤ先輩は何やら夏のオープンスクールのことについて、話していた。
僕はその話を横で聞きながら、気になっていたことについて、どう切り出したら良いものかと考えていた。
「里山くんも、図書委員としてオープンスクールの手伝い来てくれる?」
「え、はい、手伝いですか」
ちょっと考え込んでいたせいで、ちょっと反応が遅れてしまった。
「うん、図書館のほうで、どんな本があるか、とか机の上に並べてオープンスクールに来てくれた受験生に読んでもらいたいな、なんて思っているのだけど、そのときに並べる本選びとかを手伝ってもらいたいな、と思っているの」
オープンスクールでは、各施設で展示を行っており、この図書館では、図書委員と文芸部が展示を行う予定になっていた。
「私も手伝うよー。もちろん、文芸部のほうを優先する形になるけど」
「はい、できれば手伝いたいと思いますが」
僕はまだオープンスクールの日をチェックしていなかったので、口を濁してそう答える。
「そんなに深刻に考えなくてもいいのよ。ちょっと先の話になっちゃうから、一応来れたら来るぐらいのつもりで考えてもらえたら助かるわ」
坂口さんはやさしくそう言ってくれた。
「はい、今は約束できませんが、できるだけ行きたいと思います」
「ありがとう。お願いね」
坂口さんは、うれしそうな顔をして言った。
一度この話題がひと段落し、僕は次の話題に移る前に、思い切ってあのことを尋ねることにした。
「あの……、前に話していた、その……」
僕はおろおろしたような声で言う。
思い切って言おうと思っていたのだけれど、それでもなかなか言い切れない。それに言ってから、サヤ先輩がいる前でこの話題をふってしまって良かったのか、ということにまで頭が回った。
どうしよう、とその一言を言うべきかどうか迷う。
「幽霊のこと?」
坂口さんは特に隠すつもりがないらしく、サヤ先輩がいる前でも、その言葉を言った。
「え……、先生、里山くんにも話したんですか、幽霊のこと」
サヤ先輩はかなり驚いた顔をしていた。どうやらサヤ先輩はすでに何かを知っているらしい。
「前に話そうと思ってたのだけど、ちょっと邪魔が入ってね、まだ話してはいないのよ」
と言って、坂口先生はサヤ先輩をじっと見つめた。顔にはいたずらっぽい笑みを浮かべていた。
「私が……邪魔、したのですか?」
サヤ先輩は、いたずらをして怒られた猫のような表情をしてそう言った。
「前、鍵返しに来たときよ」
「あ、あの時ですか。なるほど、そういえば里山くんいましたね」
サヤ先輩はちょっと申し訳なさそうな顔をしている。
「どっちにしても時間が足らなかったみたいだから、気にする必要はないんだけどね」
笑みのいたずらっぽさをさらに強くしてそう言った。
「いじわるしないでくださいよう」サヤ先輩は、少しすねてしまった。
「坂口さん?」
僕はなんだか置いてきぼりになってしまっている。
「ごめんね、里山くん。幽霊のこと、里山くんにもちゃんと話すね」
声のトーンに真剣みが混じったような感じでそう言った。
「私の妹が、昔この学園にいて、しかももう亡くなってしまった、ていうのは里山くんも知っているわよね」
「はい、うわさ程度ですが」
「うん、そして、この図書館に幽霊がでるていうのも」
「はい、知ってます」
「う……ん、実はね、それは本当のことなのよ」
「え……!」
本当のこと、というのは、まさか……。
「ううん、私が本当だと信じたいだけなのかもしれないのだけれど、私は確かにあの時聞いたのよ、妹の声を」
「声、ですか」
ということは、姿は見ていないということなのか。
「私も聞きました、少ししか……、という切ない声を」
サヤ先輩はそう言ったとき、一瞬表情を曇らせたような気がした。
僕は、どうしてだか、そこに変な違和感のようなものを感じたが、しかし、それは一瞬のことだったので見間違えだったのだろうと、自分を納得させることにした。
「あの夜は、文化祭の前日だったわね。あの日文芸部のみんなが文化祭に向けた部誌づくりの追い込みを教室でやっていて、私もそれに付き添う感じで残っていたの。夜もふけてきた頃に部誌が完成して、私はみんなが疲れているだろう、と思って飲み物でもごちそうしようと、みんなを夜の図書館に招待したのよね」
そう言って、坂口さんはサヤ先輩の方を見た。
「はい、そうでした。あの日も例年通り部誌作りがぎりぎりになって、遅くまで作ってと大変でした。大変な分、終わった後の達成感も格別で、みんなと部室で飲んだ紅茶の味は、忘れられないほどおいしかったです。ゆっくりとした時間の中で次の日の文化祭の話をみんなでしたりしてすごく楽しかったです。迎えの人が来るたびに一人一人と抜けていって、最後は、私と坂口さんの二人きりになったのでしたね」
「ええ、坂本さんは、私は部長だからって言って、みんなが帰り終わるまで帰らなくて、結局私の車に乗せてあげたのよね」
坂口さんは、ふふふと笑う。
「だって私は部長ですから、みんなが無事帰るまでは帰れませんよ」
そんなの当然です、といった感じにサヤ先輩は言った。
「そうなのよね、それで最後に二人でちょっと話したり、戸締りを確かめているときに……、聞いてしまったのよね」
ちょっとした沈黙がながれる。夜の図書館で声が聞こえた。確かにそれは、幽霊じみたものを感じるけど、
「でも、どうしてそれが坂口さんの妹だということになるのですか?」
「声が似ていた、ううん、そのものであったことと、妹が事故に合って亡くなってから、急に図書館に幽霊がでるってうわさになっていたことからかな。私が司書としてここに勤務する前のことだから実際どんな目撃をそのときの生徒達が体験したかは、良くは知らないのだけれど、それでも何人もの人が私の妹を図書館で見た、と言っていたそうなの。私は妹が本好きなことも知っていたし、ここの図書館のことが好きなのも知っていたから、それは本当なのかもしれない、とも思ったわ。けれど、ならどうして私のところには、現れなくて、図書館にだけ現れるの、とも思っていたわ。それに赴任してきた当初は会えるかとも期待して待っていたのに、結局会えずじまいだったから、実際にここで声を聞くまでは、どうしても本当だとは思えなかった」
坂口さんは、一呼吸おいた。
「あれから、図書館に妹がいるということがわかって、とてもうれしかった。私はまだ妹と一緒にいたかったから。でも、声を聞いたのはあの一回だけだった。幽霊は夜にでるというから、夜遅くまで図書館で待ってみたりしたけど、それでもダメだったわ」
「私もあれから見てないです」
サヤ先輩が申し訳なさそうに言う。
「私はだからあなたがここで幽霊を見たことがあるかどうか知りたくて、そしてこれから見たならば私に教えてほしいと思って、この前話そうとしたの」
そうだったんだ、だからあの時話そうとしたんだ。
「そうだったのですか……、すみません、僕は見てないんです。この前までここに幽霊がいる、ということさえ知らなかったですし」
「ううん、いいの、聞いてさえくれれば。ありがとう、こんな話を聞いてくれて」
坂口さんはペコリと会釈した。
坂口さんは本当に妹さんに会いたいんだ。そういうことだったら僕も協力したい、自分にできることならだけど……、でも自分に何が出来るんだろうか。
そんなことを考えていたら、ふと思いついたのでそれを口にだすことにした。
「あの、でしたら、今度みんなで図書館で夜を過ごしませんか。部活とか、発表の準備とか、さっき話したオープンスクールの準備なんかの名目で。できれば……ですけど」
僕は早口になりながらこう言った。こんなこと言って良かったのだろうか、と言ってしまってから、思った。
「夜を図書館で……、絶対とは言えないけど、できるかもしれないわ。この学校は生徒主体をモットーにしていて、結構夜の居残りに寛大だから。でも里山くん達は家の方大丈夫なの」
確かに、この学校は妙な所で規制がゆるい。
「一年の頃は特進クラスにいたので、遅く帰るのなんてザラでしたので、大丈夫です」
普通に七時帰りが普通だったし、いまだって結構それくらいに帰ってるから大丈夫だろう。それにそんなに何日も、てわけじゃないだろうし。
「私も部活や居残りで遅くなる、て言えば大丈夫ですし、それにまた帰りは先生がおくってくれそうですし」
サヤ先輩は、坂口さんに目配せする。
「ありがとう、二人とも」
坂口さんは瞳にうっすら涙をためながらそう言った。
夜の図書館に招かれたのは、こんな経緯からだった。僕は坂口さんと妹さんとの再会をぜひ実現させてあげたかった。それが坂口さんにとって幸せなことだと疑わなかった。けれど、僕自身が、幽霊を目の当たりにするかもしれない、ということはあまり考えていなかった。本物の幽霊とであったとき、僕は本当にそれを受け入れられるのか、そんな覚悟すらそのときの僕にはまるでなかった。
第四話『夜の図書館』
図書館で夜を過ごすなんて、初めてのことだった。夜と言っても、七時〜九時の二時間だけだったけど、普通にはできないことだったから、僕にとってはすごく楽しみなことだった。よく不良が小学校とかにたまっていたりするけど、それは多分、夜の学校の誰も居ない開放感に、自由を感じたりするからじゃないだろうか。僕の楽しみな気持ちもおそらく同種のものだと思う。あまり性質の良いものではないかもしれないけど、別に誰に迷惑を掛けるわけでもないし、先生と一緒なのだから良いんだと思うことにしている。
三人で話し合った結果、とりあえず金曜日の夜図書館で過ごしてみようということになった。名目としては、図書委員の仕事を図書館がしまってからゆっくりこなしたいというものだったが、結構あっさり許可が下りた。司書の先生がちゃんと面倒を見てくれるということと、図書館のみの活動という点で、許しが出たらしい。
このことは、とりあえず三人だけの秘密ということになった。だから山口にも話してないし、サヤ先輩も文芸部のみんなには話していない。基本的に図書館に幽霊が居るなんて話が広がらない方が良いに決まっているからだ。特に山口の方には、あまり派手なことはするなよ、と忠告せねばならないだろう。あいつは自分の目的のためには、何かやりかねない男だからな。
なので、さっそく僕は金曜日前に記事のことについて山口に聞いてみることにした。
「山口、あの記事の事どうなったんだ?」
「あぁ、ちゃんと増刊号を発行してもらえる手はずになったよ。文芸部とのコラボ、て点が大きかったんだよな。オレの先輩、あそこの部長のファンなんだよ。だから、原稿取りに行くのも俺に行かせろよな、なんてことまで言ってたぜ」
「へー、サヤ先輩って人気あったんだなあ」
初耳だったので、ちょっと驚いた。確かにかわいくて性格も良い人だから、その人気もうなずける。
「でも、書くのは後輩の田村さんだろ?」
そこの所って重要じゃないの?
「大丈夫、先輩はただの追っかけみたいなものだから、顔さえ見られりゃ良いみたいだし」
「さいですか」
この感じだと、僕の知らないところでは、隠れファンクラブなんてもんも存在しているかもな。
「お前さ、熱心なのは良いけど、自分が謹慎処分くらうようなことや、他人に迷惑がかかるようなことはやめとけよな」
ここは、大切な所なので、僕はちょっと真面目で強い調子で言う。
「ああ、その辺は心得ているさ。誰も本当のことなんて書かないよ。嘘の中にちょっとだけ本当のこと混ぜると、その嘘がもっともらしく感じられるだろ。そんな感じに使うための一つの材料としか使わないさ。あくまで味付けの一つ、て感じにだよ。オレは全ての読者に楽しんでもらえる記事が書きたいんだ。その中に司書の坂口さんがはいってないわけないだろ?」
山口が目をキラキラさせながらそう言った。
こいつはこいつなりに、ちゃんと考えているのだな、と今の話から感じた。まあ、かといって全て信用するわけにはいかないけど、何かあっても新聞部の先輩が止めるだろうし、要領の良いこいつのことだ、うまくやれるだろう。
「そうだな、まぎれこませるくらいなら良いのかもしれないね。けど危ないことやってんだから、むちゃくちゃやるなよ」
「わかってるさ。オレはそこんとこ上手にやれるつもりだぜ」
自分で自分が要領の良いって、ちゃんとわかってやがる。こういうタイプは、いつか痛い目見そうではらはらするよ。
「じゃあ、僕もそれとなく聞けたら、聞いてみるよ、坂口さんに」
「おいおいおい、ネタバレするきかよ。ちょっと待ってくれよ……。いや、一応先に了承はちゃんととっていた方が安心なのか、いや、でも、うーん……」
と山口はめずらしく焦ってそう言ったあと、考え込んだ。どっちの方が良いのか、必死になって考えているらしい。
「ちゃんと、オレが、それとなーく、書こうとしていることをちゃんと伝えとけよ。そして決して、坂口さんの名前を出すつもりは無いことも忘れず言うなら、うん、聞いて欲しい。お願いします」
相当焦ったのか、顔が少し汗ばんでいる。いつも振り回せるばかりだったけど、たまには振り回すのも良いな、なんて、ちょっと S な気分になった。
「あぁ、心得ているさ」
ちょっと山口の口調をパクってみる。
「おいおい、真似るなよ。オレがはずいじゃんか」
山口は僕の首に手を回して、頭を軽く小突きながらそう言った。
「わかった、わかった。ごめんごめん」
なんだかすごく楽しかった。もうあのときのしこりなんて、もうどこにもない。僕はこいつに感謝している。優柔不断な自分に決断するきっかけを作ってくれたことを。変わらなきゃと思わせてくれたことを。
「ありがとな、心配してくれて」
山口がぼそり、と言った。
「えっ……」
「いや、オレって良い友達をもったな、て思ってさ」
まだ、手を首に回されたままだから、顔は見えなかったが、声の調子は清々しいものだった。
「山口……」
それは僕のセリフだよ。
「よし、と」
そう言うと、山口が乱暴に、ぐわんぐわん、と僕の頭を左右に揺らしてから手を解き、
「オレ、新聞部行かなきゃだから、急ぐわ、じゃな」
と言って走って行ってしまった。
左右に頭を揺らされたせいで、頭がぼーとする。そんな頭の中で、僕は、相変わらず奴は乱暴だなと思うと同時に、まったく山口らしい照れ隠しだな、と思った。
ついに金曜日になった。その日僕は六時三十分まで司書室で過ごし、サヤ先輩は、その時間まで部室で部活をして過ごしていた。サヤ先輩は、資料室の鍵を返しに来て、その後、文芸部のみんなを見送ってから、また司書室にやってきた。真面目な人だと思うと同時に、みんなと一緒に帰らなくても良かったのかな、と思った。
そのことをサヤ先輩に言うと、
「みんなとは、いつも一緒に帰ってるから、今日ぐらい良いのよ」
と答えた。
僕は僕の一言から、サヤ先輩を付きあわせてしまったような気がして、ちょっと悪気を感じてしまっていたのだが、どうもそう思っていることがサヤ先輩にも伝わったらしく、サヤ先輩は、
「私だって楽しみにしてたんだから気にしないの」
と言ってくれた。良い先輩なのだと、そのときしみじみと感じた。
一応、図書委員の仕事として残っている建前から、最初の三十分ほどは、図書館の本の整理を三人ですることになった。ちゃんと掃除の時間にもやっているのだけれど、その時間と図書委員だけでは、整理しきれなくて、本が突拍子も無い所に片付けられていることがよくある。なのでこんなふうに整理することで、なくなったと思った本を発掘できることもよくあったりする。
今も、『花占い・花言葉』という本がなぜか料理本コーナーの中に埋れていた。きっと一緒に読んでいて面倒くさいから一緒に片付けちゃったんだろうな。
他にも、本が雑然と片付けられているせいで、本の段差がばらばらになっている。このままでは、小さな本が大きな本に挟まれていて、小さな本がほとんど埋まっているような状態になっている。きちんと大きな本から小さな本へと階段状になるよう、整理を行う。よし、きれいだ。
三人で、しかも三十分くらいしかやってないので、ゆっくりとしか改善していかないけれど、少しずつでも良くなっていくのが感じられると、ちょっとうれしくなる。
今ままでしたくてもできなかった、そんなことの一つが、今ようやく達成できたような、なんとなく気にはなっていたけれど、見て見ぬふりをしていたことに、ようやく目をむけることができたような、そんな気分だった。そして気になっていたことが解消されるのは気分が良い。
「よし、今日はこれくらいにして、ちょっとお茶にしましょう。お茶がわくまでで、中で本でも読んでいてね」
坂口さんがそう言って、手招きする。
僕とサヤ先輩が入ると、坂口さんは図書室の消灯と鍵閉めをしに行った。明かりが司書室だけになってしまうと、妙に心細いような気分になってしまった。
「夜の図書館ってこんなに暗くて、静かなのですね」
僕は、電気の消えた図書館の方を見ながらそう言う。
サヤ先輩も、そっちの方を向いて答える。
「うん、そうなのよね、夜の図書館って、なんか物寂しいのよね。本当に静かで、早く帰れ、早く帰れ、て長居を拒絶しているような感じもするわ。今はその雰囲気も含めて楽しんでいるけど」
「なんか僕も、帰れ、と言われたら、なんか残ってみたいと感じるような天のじゃくな所があるので、わかります、その気持ち」
「一緒だね」
ふふ、とサヤ先輩が笑う。
「はい」
僕も笑顔で答える。
そんなやりとりをしているうちに、坂口さんが司書室に戻ってきた。
「お待たせ、お湯がわくまで、好きな本でも読んでてね。二人は紅茶と珈琲のどちらがいいかしら」
「紅茶でお願いします」
サヤ先輩が答える。
それを聞いて僕も「同じのでお願いします」と答える。
「じゃ、ちょっと待っててね〜」
とご機嫌な様子で坂口さんは台所の方へ歩いて行った。
僕はまだ読破には至らない、火の鳥を手に取る。サヤ先輩はブラックジャックを手にとっていた。その姿をじっと見すぎていたせいか、サヤ先輩はちょっと照れたように、
「なんだか司書室だと漫画本を読みたくなるのよね」
と言った。
「そうなんですよね。僕もいつもここでは漫画本を読んでいます」
僕も火の鳥の表紙を見せながら、そう答えた。
「おんなじだね」
そう言って、サヤ先輩は、はにかんだ笑顔を見せた。
僕はその顔を見て、やっぱりすごくかわいい人だよなー、と思いながら、ぽーとした頭で曖昧に「ええ」答える。
いつにもまして、静かな司書室、お湯をわかす音と、坂口さんがお茶請けを用意している音、本をめくる音、ただそれだけの音しかない、心地のよい空間。なんだか物寂しいと感じていた心が、この空気をすうごとに満たされていくように思えた。なんだかかけがえのない時間を過ごしているような気がする。
「里山くんは、今日は砂糖とミルクいれる?」
坂口さんはお湯がわいたのを確認してそう尋ねた。
「はい、お願いします」
なんだか甘いものを飲みたい気分だった。とても甘い物。なんだかその方が、この空気には合っているような気がした。
「坂本さんは、いつもと同じ感じでいいのよね?」
「おまかせいたします〜」
「おまかせあれ〜、よし、気合い入れちゃおう」
坂口さんは、腕まくりしてヤカンを手にとった。
コポコポコポ、と茶葉にお湯が満たされていき、フワーと豊かな香りが部屋に立ちこめる。茶葉からお茶が一番良い味で抽出される頃を見計らって坂口さんはカップに紅茶を注いでいく。そして、そこにミルクと砂糖を加えてくれて、スプーンでそれをかき混ぜた。一気に部屋が甘い香りで満たされる。そのミルクティーによもぎ餅のお茶請けを添えて、僕達の前にだしてくれた。そのよもぎ餅は、どうやら手作りのようでとてもおいしそうだ。
「なんだか、今日が待ち遠しくてつい昨日つくちゃったの」
坂口さんが微笑みながらそう言った。
僕たちはそれに「「ごちそうになります」」と答える。
「どうぞ」
と坂口さんは上品な感じで言った。
いつものようにおいしいミルクティーで、飲むごとに急速に体と心が温まっていくような気がした。その紅茶によもぎ餅のほのかな苦味と甘味のある味と香りが口の中に広がる餅がよく合っていた。
「よもぎ餅、てこんなにおいしいんですね、やっぱり手作りだからでしょうか」
僕は手作りのよもぎ餅を食べたのが初めてだったので、驚きを込めてそう尋ねた。
「そうね、よもぎ餅って手軽に作れる割に、とてもおいしいのよね。そしてこの素朴な味が急に食べたくなっちゃうのよね。まだあるけど食べる?」
「はい、お願いします」
とすかさず空になった皿を坂口さんの方に差し出した。
「ちょっと待っててね」
坂口さんは洗い場の方へ行き、足元の辺りにある小さな冷蔵庫を開けて、よもぎ餅を取り出した。そして小さな餅を 3 つほどさらにのせて、持ってきてくれた。
「どうぞ、いっぱい食べてね」
ニコ、と笑って、皿を僕の前に置いてくれる。僕はちょっと気恥ずかしげな顔をしつつお礼を言った。
その後、サヤ先輩と坂口さんも二個ほどおかわりをして、よもぎ餅は全部食べきってしまった。
「なんだか体が温まって、お腹も満たされると、ちょっと眠たくなってしまいますね」
ちょっとあくび混じりに、そう言った。
「いいのよ、寝ちゃっても。出るときにはちゃんと起こしてあげるし」
坂口さんがフフフ、と笑いながらそう言った。
「だ、大丈夫です。さすがにそこまで爆睡はしないはずです、たぶん」
あわわ、と慌てながらそう答える。
「じゃ、私が寝よっかな」
サヤ先輩はそう言うと、トコトコと坂口さんの方に歩いて行って、コテンと坂口さんの太ももに頭を預けた。
坂口さんはそれに慌てず、サヤ先輩の頭をなでている。サヤ先輩が猫みたいに坂口さんに甘えて「気持ちいいニャー」とつぶやく。
なぜかそれを見ていると、耳がかー、と熱くなるのを感じた。今までになくあわててしまっているようだ。そしてそれに止めを刺すかのように、坂口さんが、
「里山くんも、左ももに頭を預けてもいいのよ」
と言ったところで意識がホワイトアウトしてしまった。
あはははは、と二人が笑った。そしてその声に、はっとする。どうも、僕はあまりに惚けた顔をしていたようだ。なんだか気恥ずかしいのだけど、いいもの見れた、という満足感もあり、変な気分だった。
「ごめんね、里山くん。からかっちゃって」
とまず坂口さんが笑いをこらえながら謝った。
次にサヤ先輩が「ごめんなさいニャー。まだまだ、里山くんには早かったみたいだネ。まずは私めのような足で練習すべきかニャ」
と言い、こっちを見ながら、自分の太ももをぽんぽんとたたいた。
またまた慌てだす僕の方を見てニヤリと笑うサヤ先輩を坂口さんがコラと軽く小突く。
サヤ先輩は、大げさに頭をおさえながら、ほのかに涙目になりながら上目遣いで「うー、痛いニャ」と抗議する。
それに対して坂口さんは、「ミルクティーついであげるから、泣き止みなさい」 と軽くいなした。
サヤ先輩は「ヤター」と明るく言いながら坂口さんに抱きついた。そしてまた、坂口さんがサヤ先輩の頭をなでる。そして、僕もまた、あわわ、とあわててしまうのだった。
確かにこれはサヤ先輩が言うように、僕には早かったみたいで、これに大人な対応ができるとしたら、この学校を卒業して OB として来た時ぐらいじゃないかな、と思えた。というか、サヤ先輩の猫なで声かわいすぎるし、坂口さんの母性あふれる対応も素敵すぎだ。こんな二人に囲まれていたら、いつか頭がショートして、復旧不可能になってしまうのではないか、と思われた。でも、そうなるのもいいな、なんて僕は惚けた頭で思った。
そんなこんなで、司書室で幸せな時間を過ごし、夜の図書館第一日目は大事件もなく、終わったのだった。
二日目は、僕の持ってきたクッキーをお茶請けとして、僕がコーヒー、サヤ先輩と坂口さんがアップルティーを飲むような形で団欒が始まった。この前、家に帰った後、テンションが上がっていたため、うっかり司書室のことを母親に話してしまったら、「じゃあ、今度はこちらが何かお返ししないとね」と言われ、このカラスムギのクッキーを持たされることになったのだ。
お菓子を学校に持ってきたのが初めてのことだったし、こんなふうにお返しをするという経験にも乏しかったため、渡す瞬間まで本当にドキドキした。これを渡したとき、サヤ先輩がぱー、と明るい顔をし、坂口さんが本当にうれしそうな顔をしたのが、僕にとってもうれしいことだった。
しかし、それは前回のようにお茶をしているときに起こってしまったのだった。
「あれ、今……」
サヤ先輩が急に真剣な顔をして言うと、暗くなった図書館の方に顔を向けた。
何か風が変わったかのような感じがした。
「声がしませんでしたか」
「え……」
僕には何も聞こえなかったので、つい驚きを声に出して表してしまい、そして二人の顔を見回してしまう。二人とも図書館の方を見ている。僕も急いで図書館の方へ意識を向けた。
夜の図書館は静寂につつまれている。今までは司書室で絶えず話したり、本を読んでいたりしていたので、こんなに夜の図書館が静かなものだとは知らなかった。
今までは、その静けさを心地のよいものと感じていたが、今はなんとなく静かすぎるように感じる。司書室にかけられた時計の音が響いていて、すごく、耳障りに感じてしまう。
「お姉ちゃん、て……」
サヤ先輩が僕と坂口さんの方に向き直り言う。そのサヤ先輩の声に、僕はドキリとした。心臓の鼓動が早くなるのを感じた。手が軽く汗ばみ、もじもじと指を動かす。やっぱりかわらない静寂が痛かった。
未だに何も聞こえず、見えるものもなかった。僕は何も言うことができず、ただサヤ先輩の目を見ていることしかできなかった。
坂口さんもサヤ先輩の方を見つめていた。そして、サヤ先輩もまっすぐ坂口さんの目を真剣な目で見返していた。その目は真剣そのものなのだけれど、どこか迷っているような、つらそうなような、そんな影を落としているようにも僕には思えた。
しばらくそうした後、坂口さんは、目線を落とし、そして、口を真一文字にした後、顔を上げて、ゆっくりとその口を開いた。
「私も……、妹の声が聞こえたわ」
その声は少しかなしそうだった。
「ねえ、美香、そこにいるの」
そう坂口さんは暗闇につつまれている図書館の方に向かって問いかけた。
「ずっと、そこにいたの」
未だに何も聞こえない自分には、返事があったのかどうか分からない。
「そこに居続けるのは……、もしかして私のためなの」
なおもかなしそうな声のまま、坂口さんは言った。
その後、「私は、私は……」と小さく繰り返しつぶやいた後、
「私は、あなたが交通事故で急に亡くなったとき、自分の半身がなくなったかのように喪失感を感じたの。何も手につかなくて、大学を休学したりして……。でも高校の友達から、後輩が図書館であなたを見た、ということを聞いてから、私はどうしてもここの司書になりたい、と思ったわ」
と言葉を続けた。
「ずっとずっと、探していた。少しでも、会える可能性があるならと」
ゆっくり、ゆっくりと、言葉を続けた。
「だから、あのとき、あなたに会えて本当にうれしかった。もしかしたら、この図書館でまた、一緒に話したり、本を読んだり、お茶を飲んだり、そういうことができるのかも、と思っていたのに……、けれど、あなたはもう出てきてくれなかった」
「私が見えないだけなのかと思って、生徒に聞いたりもしたけれど、みんな知らない、としか言わなかった」
「だから、いろいろ考えたの。私はあなたに無理をさせてるんじゃないかって」
坂口さんは、無理させているんじゃないか、というところを勢い込んで強く、そしてつらそうに言った。
「ごめんね、私のためにあなたに無理させちゃって。それに、そうさせていたのに、そこにいるって気づいてあげられなくて、ごめんなさい」
語尾になるにつれてその言葉は、よりゆっくりと、そしてかすれていった……。
しばらく、口をつむぎ、ぐっと何かをこらえた後、
「私は、もう大丈夫だから。心配しなくてもいいんだよ。もう寂しさに負けたりしないし、今とっても幸せだもの。こうして遊びに来てくれる生徒たちもいるしね」
と言い、僕とサヤ先輩の方を見た。
その顔は、とても晴れ晴れとしていた。
「ありがとう、いてくれて。私はもう、大丈夫」
そこまで言うと、坂口さんは笑顔のまま涙をこぼし、うつむいてしまった。
僕は、どうしていいかわからず、サヤ先輩の方を見た。先輩はつらくかなしそうな顔をして、口を小さく震えさせながらも、じっと坂口さんの方を見ていた。僕は、どうすればいいんだろうか。どんな顔をすればいいんだろうか。いまのような、悩んだ顔じゃ、ダメだ。そんな顔をしてたらダメなことは確かだ。
しばらくした後、坂口さんが顔を上げて、「ごめんね、付き合ってもらって」と言った。その顔は、すごく寂しそうにしていた。
「そんなことないです!」
そう強くサヤ先輩が答えた。僕も同じ語句を続ける。
「ありがとう、そう言ってくれて」
坂口さんはそう言って、会釈した。でも、坂口さんはその後、目線を落とし、一呼吸いてから、小さくため息をついて、自虐的に言葉を続けた。
「でも、私はダメな姉よね。一緒にいたいとばかり考えていたけど、それが間違いだったって、いざという場合にならないとわからなくて、妹に心配ばかりかけて……。自分の都合でばかり考えてしまっていて、そんな大事なことに気づけなかったなんて……、私は本当に……」
「坂口さん!」
僕は何か言わなければならないような気持ちにかられ、坂口さんに声をかけた。
「妹さんは、消えるとき、笑顔、でしたよ」
そして、そんな言葉が口から出てしまっていた。
坂口さんは目を見開いて、「そう……、そうよね。これで良かったのよね。きっと、そう、なのよね……」と言い、それから目をつむって天井をあおいだ。
そして、いくばくかの時間が流れた後、ひとすじの涙がその頬をこぼれていった。その顔は、とても満足そうで、いままで見たどんな人の表情よりも美しいもののように思えた。
僕には、きっとそのまぶたの奥の目には、妹さんの笑顔がしっかりと映っているのではないか、と思わないではいられなかった。そして、このときやっと、坂口さんと妹さんは、心で再開できたのではないか、と思われた。
しかし、そのきっかけが僕なんかの言葉で良かったのだろうか、とふと僕は思ってしまった。しかも、それは見てもいないのに、口から出てしまった言葉なのだ。本当かも分からないことを、僕は勢いに任せて口走った。今はその言葉が良い影響を与えているように見えるけど、どこまでいっても、霊感のない僕には、この言葉が真実かどうかわからないのだ。あのとき、絶対に何か言わなければならなかったのは、確実なことだと思う。けれど、果たしてそれが、本当にこの言葉で良かったのかどうかは、どうにもわからないのだった。
坂口さんは、ハンカチを取り出して涙をぬぐい、「里山くん、そう言ってくれて、ありがとう」と言って、僕に頭を下げた。
僕はそれを見てずきんと、胸が疼いた。歯をぎりりと食いしばる。本当にこれでよかったのだろうか。わからないけど、でも、でも……、こうするしかなかったんだ。こうしないでは、いられなかったんだ。
「そうだ、もう少しで帰る時間になってしまうけど、何か飲まない。まだ里山くんからもらったクッキーが残っているし」
坂口さんがそう言って立ち上がった。そして「どう?」と笑顔で聞いてくる。その顔は、さっきの寂しさを引きずってはいたけれども、懸命にそれを抑えようとしてつくった笑顔は、どんなものよりも輝いて見えた。
僕も、その笑顔に答えようと、笑顔で「さっきと同じのお願いします」と答える。例え強ばっていたとしても、笑顔は笑顔だと自分に言い聞かせながらつくった笑顔で……。
サヤ先輩も「私も同じでアップルティーを」と笑顔で答えた。サヤ先輩の笑顔は僕なんかよりもちゃんとした笑顔のように見えた。
「ちょっと待っててね、今いれるから」
待っている間、本を見る気にもなれず、じっと天井をみたり、机を見つめたりしていた。サヤ先輩も同じようにしていたと思う。
コーヒーをついでもらい、持ってきたクッキーをもそもそ食べながらそれを飲む。すごくコーヒーを苦く感じる。クッキーもさっきほどおいしく味わえなかった。
これでよかったのだろうか、とその思いばかりが頭の中でぐるぐると駆け巡る。どうすべきだったのか、他に何かできなかったのか、と。でも、答えが出ることは、決してなかった。
そんな風に考えているうちに時間は過ぎ、帰る時間となった。
坂口さんは帰るときにも、僕達二人に「ありがとう」とさっきよりもずっと晴れ晴れとした顔で、お礼を言った。僕はまた笑顔でそれに応じたのだけれど、心はまた複雑な想いで満たされてしまうのだった。
それから司書室に行くのが気まずくなかったというと嘘になる。けれど、二人にそう思っていることを感じさせたくなかったので、僕はまた司書室に行った。そして夜の図書館で同じように本の片付けをし、同じようにお茶をし、同じようにお話をした。決して、初日やこの前とは同じでない雰囲気の中、それでも最初の空気を取り戻すべく振舞った。
けれど、その無理は簡単に見破られたようで、夜の図書館での憩いは、本が大分片付いたのでもう残る必要はない、という事実を優しく坂口さんの口から聞くことで終わった。
この三日間は決して、悪いものではなかったと思う。でもそれが良いものだったかというと、やっぱりベストには程遠いもののように感じられた。僕は何をして、何ができなかったのか。その本態がつかめないのだった……。
「おい、里山。なんか悩みでもあんのか」
教室で読書をしていても、答えのでない考えを巡らせているせいで、ちっとも読み進むことができていない僕の様子を見ていた山口から、そう問いかけられた。
「そんなに悩んでいるように見えるかい」
僕は、少し自嘲気味に笑いながらそう答えた。
「おうおう。魚がいっこうに捕れない漁師よりもしけた面しているように見えるぜ。良かったら、この人生経験ホーフなオレに相談してみたらいいぞ」
と力強く胸をたたきながら、山口は言った。
「なにが人生経験ホーフだよ。お前はそんなに多くの人と付き合った経験があるとかぬかすんじゃねーだろうな、このすけこましが」
ははは、と笑いながら、軽く小突く。多分この時の笑いは、まだ少しぎこちなかったのではないか、と思う。
「おいおーい、人生経験は何も恋愛だけで育まれるもんじゃねーだろ?ていうか、まさか恋の悩みなわけ、サ・ト・ヤ・マく〜ん」
にんまりとうれしそうな顔をしてそう山口が言った。顔をかなり近づけてきていて、すごく鼻息が荒くなっているのがわかる。
「ちげーし、ていうか興奮しすぎ。顔そんなに近づけるな、バカ、気持ち悪いだろ」
そう言いながら、僕はぐいぐいと山口の顔を後ろへと押した。
「なんだ、つまんねーの」
がっかり、という感じに大げさに首をもたげ、山口は椅子に座った。
それはすさまじいテンションの急降下だった。すっげー失礼な奴だ、とちょっとムカっとしながら再認識する。
「そんで、里山くんは他にどんな悩みをお持ちなわけ?坂口さんにいけない恋心を抱いちゃったんだー、とかだったらオレ的には面白かったんだけど」
ニヤリとしながら聞き返す。
「オイ、お前、一言余計だっつーの」
とすかさずチョップでツッコミを入れる。
あんまり大きな声で山口が言ったもんだから、オーと後ろのほうで談笑していた男子どもが、チャチャを入れる。
キッと僕はそっちの方にニラミをきかせ、山口め、また余計なことしやがって、と心のなかでごちる。
「なんかお前、毎日楽しそうで、うらやましいよ。悩むことなんてあるの?」
フフ、と今度はこっちが挑戦的な感じに言った。今度の笑みはもう大分自然な感じだった。
「お前な〜、悩みぐらい、いっぱいあるに決まってるだろ。まあ、即時に解決するように心がけているから、ないといや、ないだけどさ」
ニヒヒ、とドーだ、といった感じに山口は笑う。なんかにくたらしい。
「まあ、いいや。なんだかお前見てるとうじうじ悩んでいるのが馬鹿らしく思えてきたよ。いや、まあどうでもいい悩みってわけじゃないんだけどさ」
「どっちだよ」
とすかさず山口がつっこむ。
いや、わかっているけどね、自分でも思いっきり引きずっているのはさ。
「じゃあ言うけどさ、お前って幽霊とかって見たことあるか」
自分としては、割と真剣に言ったつもりだったのだけれど、それを聞いた山口はプッと吹き出しやがった。
「また、変な悩みもってるんだな。オカルト部行ってから、そんなのに興味持ち始めたとかか?いや、もしかしてお前図書館の幽霊を見たとか言うんじゃねーだろうな」
最初はからかい半分の言い方だったのに、後半は一気に真剣みを増して、山口は言った。僕はゴクリとつばを飲み込んでしまい、言葉につまる。しまった、こいつには、このこと聞いちゃ一番まずかったんだ、と気づくが後の祭りだった。
「まさかの図星かい。こりゃーびっくりだわ。うーん、じゃ、さっそくだけど、そのことでインタビューとかお願いできますか」
山口はサッと胸ポケットからメモ帳とボールペンを取り出し身構える。
まじでカンベンしてくれよ、と切に思う。
「いや、チゲーし、単なる興味だよ。ほら、お前が最初に言ったオカルト部のほうが、的を射ているんだよ。うん、そう、オカルト部に入ろうかとか悩んでたんだよ、オレは、うん」
なんか早口になってヤバイ言い訳をしてしまっている気がする。なんだろう、このまま足がけば足がくほど、泥沼にはまっていく感じだ。今日の山口は、蟻地獄の親分みたいな感じがするよ。
「へー、ほー。そんなにオカルト部気に入っていたとは初耳だな〜。じゃあ、そんな里山くんに良い情報をあげよう。オカルト部のかわいいと評判の一年生は、なんと不思議ちゃん系のお嬢様らしいぜ。しかも二年生の一人も女子というらしいから、もし入ったら……」
むふふと下品に山口が笑う。
それに僕は、「わー、ありがとー。それはうれしい情報だー」と思いっきり棒読みで答える。
「はは、だろ、さすがオレだろ」
と山口はバンバン僕の背中をたたく。けっこう強くたたいてやがるので地味に痛い。
「ま、最初の質問だったよな」
山口は、今日一番の真剣な顔をして、ちょっとキリとした声色に変えてそういった。
「オレは、あんまりはっきり見たことはないけど、それっぽいものならあるよ」
ちょっと遠くを見るようにして山口は言った。
「小五のときに、肝試しを夜の学校でしたんだけどさ、そんときに、なんかそれっぽい光の影のような何かを見た気がするんだよ。まあ、今考えれば、ただの友達のいたずらだったとかだったとも思うけどさ、その当時はオレもかなりのガキでさ、うわ、ホンモノだよ、とか思い込んでいたりしたわけだよ。だからからか、今もなんとなく、夜の学校になにか出る、て言われても、そう不思議な感じはしないんだよなあ」
腕組みして山口はしみじみとした調子で言った。
その話を聞いていたら、なんとなく山口が幽霊の話を新聞に載せようとがんばっているモチベーションの理由みたいなものがわかったような気がしたので、「だから、学校新聞で七不思議なのか」と尋ねた。
山口は、腕組のまま、うーんと首をかしげ、「ま、そうかもな」とニカ、と笑って言った。そして、「よくわかってるじゃねーか」と言って、僕の背中を強烈にたたいた。これはリアルに痛い!
「ぐ……、なにすんだ」
少し涙目になりながら、ギロリと山口を睨む。
「いやー、ただの照れ隠しさ、多めに見てくれよ〜」
がはは、と山口は腰に手を当てながら笑った。このやろー、と殴り返したいがまだ痛みが引かず、まともに動けない。
「まあ、そんな悩みならさ、オレなんかより、オカルト部行けばいいだろ。ほら、入りたがってるんだし、丁度良いじゃん」
またもニヤニヤ笑ってやがる。とことん笑顔がむかつくヤローだな。
「この、他人事だと思いやがって、好き勝手……」
僕は、ぐぐぐ、と体を持ち上げつつそう言った。
「じゃ、オレは反撃食らう前にずらかるとしますか、またなー」
ばっと後ろを向き、さっと右手を上げ、そのままスタタターと山口は去っていく。
僕はその後姿に「待たんか〜」と呼びかけるが、「待てと言われて待つバカはいません」というイラっとする声が遠くから聞こえるのみだった。
そうして僕は今、水谷さんに合うべく屋上の扉の前にいた。予想通り鍵は閉まっている。
どうやら水谷さんと合うためには、この前のように水谷さんの胸に届く言葉が必要なようだ。正直気が進まないなー。
ごんごん、まずノックのみで待ってみる。返事なし、予想通りだ。
ごんごん、「この前訪ねた里山です。水谷さんいませんか?」また返事なし。これでもダメか。
ごんごん、「オカルト部入部考えているんですけど、会ってもらえないですか?」あーあ、言っちゃったよ。
なにやら、ばばばば、と走る音が聞こえ、すさまじい勢いで扉が開けられた。よほど急いだのか、肩で息をしている。
大丈夫ですか、と声をかけようとしたら、水谷さんにガシ、と肩をつかまれて「本当なのか!?」と血走った目で問いかけられた。やばい、この人目がマジだ。そして相変わらず美人だ。
この水谷さんという人は、黒く長い髪を腰のあたりまで伸ばした、凛とした和風美人だ。その切れ長の目はとてもきれいなのだけれど、少し冷たい印象を与えるところがあった。
僕は、その質問に答えられずにいると、「オイ、どうなんだ!?」と肩をもの凄い力で揺さぶられた。今日はなんか色々と体をもてあそばれることが多いな〜、とのんきに思った。こっちの方が、千倍はマシだけど。
「は、はい。ちょっと待って、ください」
そう答えると、ピタと肩が揺さぶられていたのが止まった。
「今、君は、はい、と答えたよな」
肩を掴んでいた力をさらに強くされて、そう聞かれる。やばい、これは痛いなんてもんじゃない、腕に一切力が入らないよ、手の感覚が無くなっているよ。
「え、ええ。一応、そう答えました」
そういう意味じゃなかったのですけど、と心のなかで一言付け足しながら頷いた。
パンと肩をたたかれ、
「よし、じゃあ部室に行こう。みんなに紹介せねばならんし、なにより入部届けを書く必要があるからな」
今度は手をぐいっと引っ張られて、部室に連れていかれようとされた。このままでは、やばい!
「ちょっ待ってください」
「ん?どうした」
引っ張るのをやめて、水谷さんがその場に立ち止まった。しかし、手を握り続けているのは、さすが、と言うべきか。
「僕はまだ、考えているだけなんです。それで、いろいろまた話を伺いたくてきたのですが……」
早くしろとばかりに眼光鋭く僕の目を見ている水谷さんに負けないよう。必死になってそれだけのセリフを言った。
「なんだ、その話とやらは。それが終わったら、当然、入部するんだよな」
当然に、ものすごいイントネーションをつけて、水谷さんは言った。
さっきより握る手の力が強くなっている。
「その、また幽霊の話なのですが……」
「何、幽霊だと」
それを聞いた途端、顔色を変えて手を離してくれた。
「そうか、やはり君は面白いことに興味を持っているのだな。ますます我が部に入ってもらいたくなった。まあ、それはさておき、せっかく話すなら向こう側のベンチにでも行こうか。あそこは風が気持ちいいし、夕日もきれいなんだぞ。私のお気に入りの場所さ。さあ、行こう」
水谷さんは手を向こうのベンチに向け、促した。それに従って僕もそちらの方へ歩く。そこは、西向きの柵の傍にあるベンチで、眼下には市街が望め、その向こう側に広がる山々の美しい景色が見られる場所だった。このまえ来た時は、もう薄闇につつまれ始めていた頃だったため、景色があまりよく見えなかったのだが、こんなにきれいな場所だったのか。丘の上にあるこの学校で、これほど壮大で美しい景色の見られる場所を僕は知らなかった。
「すてきな場所ですね」
しみじみと感嘆しながら言った。
「そうだろう、そうだろう。夜も中々良い所なのだぞ。空いっぱいにまたたく星を寝転がりながら眺めりしたら、そりゃあ、気持いいんだよ。実は向こう側に寝袋なんかも置いてあるから、防寒対策もバッチリだ」
水谷さんは、どうだ、という感じに胸をそらせてそう言った。
「なんだか、もうここに住めそうな感じですね」
「さすがに電気やガスは通ってないがな。まあ、調理室を使えば、問題ないのだがな」
そう言うと、水谷さんはジャラリと鍵束を取り出し、調理室の鍵らしきものをひらひらと手で動かしながら、僕に見せた。なんでそんなもん持ってるんですか、とちょっと驚くが、ここの鍵を持ってるくらいだし、なんでもありか、と納得する。
「さて、幽霊のことだったな。次はどんな疑問をいだいたのかな」
「はい、実は……」
僕は、この人になら事の顛末を話しても良いように感じたので、今まであった全てを話した。その間、水谷さんは、話に合わせて相づちを打ってくれたりして、良い聞き手として話を聞いてくれた。山口だったら、こうはいかなかっただろうな、と話しながらふと思った。もっとも話し終わった後のことを考えたら、話すことさえ絶対できないけど。
「なるほど……、それでサヤのやつも少し悩みを抱えているように見えたのだな。合点がいった」
水谷さんは、うんうん、と腕組をしながらしきりに頷いていた。
「サヤ先輩が?なんでそれを……?」
なんでサヤ先輩のこと、そんなに詳しいんだろうか。
「ああ、サヤのやつとは同じクラスだし、私たちはけっこう仲が良かったりするからな。あいつに頼まれて、オカルト部の資料を貸してやったりもしてるのだぞ。私の数少ない友人の一人さ」
「そうだったのですか」
なるほど、そうだったのか、と納得する。
「それで、君には何も聞こえず、見えずという感じだったのだな」
「はい、まったく。ただただ静けさが続くのみだったんです」
あのときのことを思い出しながらそう語る。あのときの静寂は今も思い返すたびに心が疼いてしまう。
「しかし、そのなかでも君は坂口司書員に妹さんの笑顔を見た、と言うのだから偉いよ。私だったら正直にそんなもん見とらん、と言いそうなもんだがな」
はは、と水谷さんは自嘲気味に笑った。
「そんなことないです。僕は今でも他に何かできなかったのか、もしくは、霊感のないこんな自分なんかがそこにいて良かったのか、て思うんです。こうなるってわかってたのに、そこにいた動機が不純だったんじゃないかって」
自分で言って、その言葉に落ち込む。そして、ついうなだれてしまう。自己嫌悪ばかりを感じる。
そんな僕の頭を優しくなでながら水谷さんは、「君は、本当にまじめな奴なんだな」と言ってくれた。頭をなでられるのなんて本当に久しぶりの経験だったけど、それは優しさにあふれていて、とても心地の良いものだった。
「私は君だったからあの場にいれて、そして幽霊は現れてくれたのだと思うよ。君じゃないといけなかったんだよ。幽霊と会った後の坂口司書員の表情からもわかるさ。晴れ晴れとしていたのだろう。君は良いことをしたのだよ。他の人じゃこうもいかないさ」
なおも頭をなでる手を止めず、水谷さんはそうなぐさめてくれた。
「僕でよかったのかな……」
ちょっと涙声になりながら言った。少し泣きそうだよ。
「そうさ、ただこのまま悩んだままの君だったら、台なし、というのは確かだな。どれ、泣きたいなら胸を貸してやらんこともないぞ。一度泣きゃあ、悩みなんぞ吹き飛ぶだろ」
と男らしいセリフをはいてニヤリと笑った。
その顔を見たとき、この人にはかなわないな、と思った。
そして、僕は悩んでばかりで大切なことを見落としていたことに気づいた。たとえ嘘だとしても、一度言ったなら、それは本当にもなりうるんだって。嘘を良いものにするも、悪いものにするも、自分次第だって。どうしてわからなかったんだろう。
右腕の袖口で目をごしごしとこする。もう大丈夫だ、もう悩まない。
「ありがとうございます、水谷さん。おかげで悩みが解決できました。もう大丈ぶぇ」
急にむぎゅ、とやわらかい感触が顔全体に広がり、びっくり仰天する。うわ、これはまさか本当に僕は水谷さんの……、と現在のシチュエーションを想像すると、火が出そうなほどはずかしくなる。幸せ……だけど、その前に、息ができない。
水谷さんは、その格好のまま、「君は、本当にまじめだな」とつぶやいた。そして、
「ひとつオカルト部らしく君に一言贈ろう」
とやさしい声で言った。
「霊というものは、思うもののもとに現れるものなんだよ。君が会いたくないと思っていたら、そもそも出てこないさ。そういうもんなんだよ」
水谷さんは、そう言った後、僕の頭をつかんでいた手を離し、立ち上がった。
「さて、私はちょっと行かなければならないところができたから、失礼するが、君はここでちょっとゆっくり夕日でも眺めた後、部室で入部届、書いてくれな」
酸欠気味の頭で、ぼーと聞いていたのだけど、最後の言葉には「え!」と反応した。
それに水谷さんは、
「私の胸を借りたのだから、当然だろ。ただで貸すほど安売りしているつもりはないんだよ」
と返した。
そして、はは、とごきげんな笑いを残して、あっという間に屋上から屋内へと消えて行った。
残された僕は、ぼーとした頭のまま、とてもきれいなあかね色の夕日を眺めながら、どうしよう、と今度は違う悩みを、日が落ちるまでずっと抱え続けるのだった。
お姉ちゃん、会いたかった
こうしてまた、一緒の時間を過ごすことができて、本当に良かった
お姉ちゃんは、司書になったんだね
夢がかなったんだね、私もうれしいよ
急にいなくなっちゃって、ごめんね……
ああ、もう少ししかいられないから、最後に一言だけ伝えるね
もう私は、大丈夫だから、そんなに心配しないで
もっと自分を、大切にして
あれで、良かったのだろうか
けど、ああするしか、なかったと思う
だって、私にも少ししか……
でも、きっと大丈夫だったのだと思う、だってあんなに晴れ晴れとしていたのだから
ありがとう……里山くん
「おーい、里山。どうだ今回の新聞もなかなかのできだっただろ」
そう山口が自画自賛なことをぬかしながら、新聞を手にこっちにやって来た。
「おいおい、この新聞で一番人気のある小説は田村さんが書いたんであって、お前が書いたんじゃないだろ」
右手の裏拳でペチ、とつっこみを入れる。
「いやいやー、このオレ様が編集しているからのでき、てわけなのさ。それにこの原石を校内デビューさせたのは、オレなんだから、やっぱりオレの功績さ」
「はいはい」
ひらひらと手をふって、これ以上相手にしないようにする。
部室でも一度読んだのだけど、田村さんの話は本当に良いものだった。図書館に現れる霊と男子生徒のラブロマンス。その生徒が、霊の身内である司書さん(男)に妹さんをください、て流れは秀逸だった。他の人には見えるのに、その男子生徒には霊が見えないのだけれど、それでもお互い惹かれていく感じがすてきだったのだ。
そしてこの展開は、なんとなくあの時のことを思い出させて、僕には心に迫るものを感じた。あの話は、三人以外は知らないはずなのに、こんなところまで似てしまうのは、なんとなく偶然じゃなくて必然かのようにも感じた。そうさせている何かを、僕は信じたくなった。
このような話にするにあたって、あらかじめ僕と山口と田村さんで、坂口さんに了解を取りに行ったのだけど、あっさりと OK をもらった。創作の話だし、こんな面白い話に私たちがモデルとして出れるなんてうれしい、とのことだった。そのとき、
「それに里山くんの頼みだしね」
と言い、僕の方を見て、坂口さんはウィンクしたのだけど、そのときの顔は僕の脳内フォルダにベストショットの一枚として飾ってある。
しかし、その男子生徒のモデルが僕らしいというのも、少しこしょばゆい。
田村さんにこの小説のモデルになってくれないか、と頼まれたときには、すごく驚いたものだ。
話の流れは、あのバカの山口が決めやがったせいで、物語を破綻せずに書くためのキャラクターを、田村さんはどうやっても作れなくて困っていたらしい。それを、サヤ部長に相談したら僕が紹介されたというわけだ。彼ならばっちりキャラ立ちする主人公のモデルになるわよ、とまで言ったらしい。この少し意地の悪い物言いもすることを知ったとき、さすがあの水谷部長と仲が良いだけあるな、と妙に納得してしまった。
でも、このモデルを引き受けたおかげで、お返しに小説の書き方なども田村さんに教わったりもでき、今ならなんとか一本書き上げることもできるようになった。もっとうまく書けるようになったら、ぜひとも山口やサヤ・水谷両部長をモデルとしたキャラが出てくる小説でも書いてみたいと思っている。ここまで振り回されたんだ、僕も少しぐらいあの人達を振り回しても許されるだろう、いや許されるに決まってる。ただ、バレたらどんな目に合うか、想像しただけで身震いしちゃうけど。
さて、そのためにも今日も文章力を高めるため、いっぱい書かないといけない。まあ、今日はオカルト部にいかないといけないのだけど、オカルト部の部室で創作していても、山野辺さんなら怒らないだろうし、うん、大丈夫だろう……多分。目標は文化祭の部誌の発行に間に合うように三人をモデルにした作品を作るのだ。二人の卒業後に出来てしまっても、ちょっと寂しいもんね。
そんな決意をもとに、オカルト部の部室に行ったのだけど、そこには水谷部長がめずらしく来ており、それでもこっそり創作活動をしようとしていた僕を、あっさり見破り、
「お前は、オカルト部に何しに来てるんだ!」
と怒られるはめになったのだった。
そんなこんなで、僕の学園生活は、これからも続いていくのだった。これまで知り合った人達や、新しく知り合った人達とともに……。
-
2010/12/10(Fri)22:44:57 公開 / 白たんぽぽ
■この作品の著作権は白たんぽぽさんにあります。無断転載は禁止です。
-
■作者からのメッセージ
12/4
すみません、間違えて削除してしまいました。
感想を書き直すためには、削除を押したらいいのかな、と軽い気持ちで押したら消えてしまったのです。
申し訳ありませんです。
過去ログがありましたので、こちらで申し訳ないのですが、感想の方を記載させていただきたいと思います。
本当にすみませんでした!
12/5
昨日はいろいろとお見苦しい点を見せて申し訳ありませんでした。
最終章を投稿しました。
この話は、最初と最後は、プロットを起こす時点から決まっていたのですが、その間をつなげるのに一番苦労しました。
また、書いている途中に、やっぱり最後は変えてしまおうかと、何度も思いました。
いっそホラーにしてしまおうかとも思いました。
多分、いろいろできた話だったと思います。そして、これがベストでもないと思います。
ですが、こう書いたほうがいいと判断したので、このようにしてみることに決めました。そう決めた以上は、それを書き切るために全力を尽くしたつもりです。
ただ、まだまだ力不足な点は否めませんので、ぜひとも感想や意見などを書いていただけることを、心待ちにしております。できるだけ、その言葉を作品にフィードバックできるよう、もう少しだけでも更新していきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。
感想に頂いたコメントを参考に、幽霊と相対する部分の加筆を行いました。少しは、あっさり感が抜けたような気がします!
また、数字を漢数字に変更しました。
ご意見ありがとうございました!
まだまだ、更新していく気持ちでいっぱいなので、もう少しの間だけでも、また作品と向き合ってみます。
12/10
作品と向きあってみた結果、やはり物語の核となる部分の心情描写が甘い、ということがわかり、そこの部分を中心として加筆・修正を行いました。特にこの加筆は、とても自分にとっていい経験になったと感じました。
ご意見ありがとうございました!
その言葉がなければ、ここまで物語を成長させることは決してできなかったと思います。感想を書いていただいた全ての方々に、心からの感謝の言葉をもう一度述べさせてください。本当にありがとうございました!
↓以下過去ログです。
■作者からのメッセージ
12/3
復活しました!お久しぶりです!
過去ログのものを更新しても、現行ログに上がらない、ということを知らず、先ほど今までの掲載していたページを更新してしまいました。
やっぱり現行ログに載っけてほしい!という思いからこちらでも投稿させてもらったのですが、ある意味二重投稿になってしまうとも思いますが、どうかご容赦ください!
これまで一切音沙汰なくて申し訳ありませんでした。
実は今まで、書けないインフルエンザ(強毒株)に感染しており、生死の境目を彷徨っていたのですけれど、つい先日完治することができました……、ということにしておいてもらえると嬉しいのですが、ダメでしょうか。
なんとか、最近は文章を書いたり読んだりできる状況になってきました。次回作はまだまだ未定ですが、出来ればこの作品が終わってもすぐに書き始めたい、と思ってはいます。(書きたい気持ちだけは、あります!)
また今回、序盤の方も結構加筆を加えましたので、前より少しは読みやすい文章になっていると思います!(多分)
やっとこさ、終わりを見据えて書くことができ、第四話もほぼ書き終わることができました。
そのため、次回更新をこの一週間後ぐらいには、行いたいと思っています。
せめて一年以内にはこの話を完結したい!と前々から思っていましたので、それまでに完結することを目標にあと少し頑張りたいと思います!
しばしばお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いします!
12/4
文章の大規模な改訂を行いました。
それにともない大分加筆も加えました。
具体的には、会話文の後に文字を続けるのをやめました。
他にも、状況描写についても加筆したつもりです。
好きな作家さんが結構そのような書き方(会話文後も文を続ける)をしていたため、それに憧れていたのですが、僕の文章力じゃ、ただ読みにくくなってしまう、と気づき、そのように改訂してみました。
また、その加筆において、甘木さんからいただいた感想の言葉からとった部分があるのですが(オカルト部部長の記述についてです)、もし何か問題がありましたら、言ってください!
良くなったかどうか、ご意見いただけると助かります。よろしくお願い致します。
二重投稿のような形のような形は、よろしくない、というご指摘を受けましたので、「続き部分だけをわけて新しく原稿ログに投稿」という対応をとらせていただくことにしました。
思慮が足りないことをしてしまい、申し訳ありませんでした。
すでに、対応いたしましたので、どうぞ今後ともよろしくお願いいたします。
この作品に対する感想 - 昇順
ライトノベル物書きakisanです。読ませていただきました。
まず、この作品が最初に投稿されたあたりでは、自分はまだ登竜門に出入りしていなかったので、どのように改稿されたのかわからないので、ご了承ください。
こういう雰囲気の作品すきです。ほんわかしていて。
だからこそ、場の情景描写や、各キャラの外形や性格を描写するのをもう少し増やしたほうが、一人称で語っている男の子が何を見ているのか、読者にも伝わりやすくなるのかなーと。
2010/12/03(Fri)18:21:25 0点 akisan
感想ありがとうございます!
ほんわかしている、と言ってくださって、ありがとうございます。僕の作品づくりにおいて最も重視しているのが、雰囲気作りだったりするので、それがうまくいっているようでうれしいです。
以前、同じことを感想で指摘されたため、自分的には、結構場の描写や、外形などについての描写を増やしたりしたのですが、うーん、まだまだ足りてないみたいですね!
どうも、僕の一番の弱点はそういった、キャラクターや場所に愛着が感じられるような描写ができていないことなのかもしれません……、今後の課題として、肝に銘じておきます。
どうも、僕の脳内で自己完結している部分が多いのかもしれません、もっと読者の方に目を向けれるよう努力していきたいです。
読んでいただきありがとうございました!次回更新分も読んでいただけるとうれしいです。ではでは。
2010/12/03(Fri)19:11:22 0点 白たんぽぽ
水山 虎です。
夜の図書館、おもしろく読ませていただきました。登場キャラに個性があって会話がおもしろいです。
しかし、田村さん(ヒロイン?)と主人公の関係が読んでいて少し曖昧に見えました。やはり学園ものなら、ヒロインとの交渉はもっとあってもよいのではないかと思います。あ、あくまで僕の学園モノの見方なので、田村さんがあまりストーリーに関わってこないのであれば、大したことじゃないのですが。続きが早く見てみたいです。
2010/12/04(Sat)14:15:33 0点 水山虎
水山虎さん、感想ありがとうございます!
キャラに個性があると言っていただきありがとうございます。登場キャラクターをこれだけ出した作品は今作で初めてでしたので、ちゃんとキャラを書けるか心配していたのですが、うまくいっているようで良かったです!
田村さんは、最後にちゃんと出てくる予定です。が、確かにラブロマンス的な要素は今作では……、な感じだと思います。確かに学園モノに恋愛要素は不可欠ですよね!ですが、今作のテーマとしては、恋愛じゃなく友情に力を入れたかったので、ちょっと省いてしまいました、ごめんなさい。
続きは、もう9割完成していると言って過言ではないので、必ず1週間後ぐらいをめどにアップしたいと思います。最後までお付き合いよろしくお願いします!!
2010/12/04(Sat)15:09:34 0点 白たんぽぽ
こんにちは、白たんぽぽ様。この「過去ログから現行ログ移動を目的とした二重投稿」ですが、規約には明確に書かれていませんが、かつて紅堂様より、「ダメだ」という御言葉をいただいています。
確かに誰もがやりたいことで、やってしまったら歯止めが効かなくなるからでしょう。
「続き部分だけをわけて新しく原稿ログに投稿」もしくは「改稿前を完全に決着させてからリメイク」のどちらかにするように、というのが私のいただいた紅堂様の返答でした。
唐突な書き込みの非礼をお詫びいたします。
2010/12/04(Sat)15:24:50 0点 上野文
上野文さん、お久しぶりです。
ご指摘ありがとうございます。どうすればいいかわからなかったので、そのようにいけないことをいけない、と言っていただけ助かりました!
今回では、「続き部分だけをわけて新しく原稿ログに投稿」という方法をとらせていただこうと思います。
確かに、みなさんそのようにされてますね、ちょっと思慮が足りませんでした。
心からお詫び申し上げます。
もし、同じケースになってしまった場合も、ちゃんと同じような対応をとりますので、今後もどうかよろしくお願いします!
2010/12/04(Sat)15:49:17 0点 白たんぽぽ
合計 0点
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。