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『正しい伝説の作り方 〜俺の右手はGOD HAND〜』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:ピンク色伯爵
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伝説の正しい作り方 〜俺の右手はGOD HAND〜
プロローグ
ツンデレ。
それはアニメやゲームの世界ではテンプレ化された存在。
今や適当な店に入って適当なハードを選んで、最初に選んだゲームを手に取れば一家に一台カラーテレビみたいなノリで付いてくるシロモノだ。
最初は主人公を突き放すように、しかしイヴェントをこなす度に頬を赤らめて「べっ別にあんたのたm(ry」とかてれ隠しをする至高の存在。
ツンデレの歴史(超簡略)。2002年夏ごろ発生し、ほどなくして2ちゃんねるエロゲー掲示板を中心にその露出を広めていった。2005年ニュー速VIP版での流行を経て、既成事実的に定着していった。
そして今に至るが、今なおその輝きを前に多くの戦士(ルビ:プレイヤー)達は頭を垂れ、現実世界においてLOST状態になっている。いや、現実を侵食されている、と言った方が正しいだろうか。
……で、今自宅の自室のベットの上で驚愕の表情を浮かべている男子高校生(16)こと黒川ゴウもそんな一人だったりする。
「……やっちまった」
ゴウは掛け布団をめくってその下の惨状を眺めながら虚脱感にさいなまれていた。
やっちゃった。ついにやっちゃった。自分だけは絶対にないとか思っていたのにまさかまさかの変化球で見事ストライク三球三振しちゃった的な気分。
ていうか三振くらい何回でもしてやるから、代わりに俺の下着を何事もなかったかのようにクリアにして下さいThe GODと泣き叫びたい。三振で足りないなら中学三年生の冬からひそかに貯めていたへそくりin 豚の貯金箱を寄付してやってもいい。
ていうか何これ? 何でこんなことしちゃってるの? そんなにたまってたの? たまってなかったとは言えないけれども、そうかそう言えば昨日祝日を返上してカズキに薦められた『陽だまりのメモリア 〜ツンデレの彼女、好きですか〜』を超興奮して全ルートオールクリアしたような気がしないでもない。
ゴウは恐る恐る自分の枕を横にずらした。マンガとかだったら間違いなく「ゴゴゴゴゴ」とかいう効果音を発してそうな枕をのけると、その下から出てきたのは、予想通りゴウの推理を裏付ける証拠物件、『陽だまりのメモリア以下略』のDVDだった。
「………………いやあ、小学校の時よくやってたよな。気に入った本とか枕の下に入れて寝て、寝てる間に本の中のヒロインといちゃいちゃしちゃおうとか、自分がヒーローになってお姫様救出してありがとう好きよチュとかなったらいいなって。で、そんときに限って夢すら見ずに気付いたら朝とかでさ、でも懲りずに明日の夜また枕の下に入れてニヤけながら布団かぶって。そうやって熱が冷めるまで繰り返すんだよ。ははっ! っっっっって、俺は小学生かっ!」
どうにもやりきれない思いを枕を部屋のドアに向かって投げつける。ガチョ、とドアノブのあたりからが金属音が上がる。
さて、今までリア充組を自負してきた自身の矜持は粉々に砕け散ってしまった。何せ昨日、熱に浮かされたようにエロゲーをプレイしてゲームの中のヒロイン・志藤ツカサ(ツンデレ)にマジで恋して「ツカサちゅわん、萌へえぇぇぇぇぇぇぇ(平安貴族風)」と大声で叫んじまっているんだから。
その時は家には自分以外いなかったから社会的に色々死んじまうことはなかったけれども、今回はそれとはワケが違う。
今日は9月末の某日休み明け。当然のように高校はある。しかも今は朝の7時56分であと10分以内に起きないと確実に遅刻とかいう状況だったりする。そうなれば家の人間は当然黙っているはずもなく――
「おにーいちゃんっ! そろそろ起きないと、マナミがおはようのキスしちゃうぞっ!」
ちょっと高品質だったりするイタリアアイエム木製ドアの向こう側から、発情した雌猫が出す甘えたような妹の声が聞こえてくる。しかも、「おはようのキス」の『ス』辺りでドアノブがガチャリと音を立てていたり。
「っっっっち、ちちちちちちちちちょっと、待て待て待て待て待て! 入ってくんなドア開けんないいからどっか行っとけ頼む!!」
「えぇー、でも、もうそろそろ起きないと遅刻しちゃうよー」
「起きてる! 起きてます! ばっちり目が覚めてます! すぐ片づけるからいいから先に登校して下さいっ!!」
「トーストと牛乳も持って来たんだけど……」
なんて良い妹。おまけに容姿端麗、成績優秀、運動神経抜群、しかもゴウと同学年という四拍子そろった実妹である(但し変態)。しかもシチュエーションはもう最高ときている。妹が自分を起こしに来てくれるとか一部業界では何の天国ですか状態だ(但し妹マナミは超の付く変態)。しかしゴウは自らのソーシャルステータスを死守するために手段を選ばず叫ばずにはいられなかった。
「分かった、分かったからどっか行ってくれ!」
「えへへ、はぁーい!」
再び甘えたようなマナミの声。
「よし、いいぞ、いいぞ、いい子だぞ――――――――って。何でまた俺の部屋に入りやがろうとしてんですか、貴女は!!!」
「トーストと牛乳置いておいてあげようかなって」
「ドアの横に置いといてくれっ! いいか、余計な真似はするな、ゆっくりとドアから両手を離して後ろを向け!」
「やだ、どんなプレイを要求しているの……」
「してない! 何もしてない! 特殊なプレイなんか一切全く金輪際要求してない! 俺がお前に要求しているのは速やかにこの場から立ち去ることだー!!」
「……………………………………お兄ちゃん、何か怪しい」
「そ、そSOそそ素そソそUか?」
――まずい! 勘付かれた!
今の部屋の状況はこうだ。昨日買って来たエロゲー専門店のオリジナル買い物袋が床に投げ出され、かわいい女の子(二次元)の絵がでかでかと載った取扱説明書が勉強机の上にほっぽり出されてある。おまけにエロゲーのDVDのパッケージがベッドの上ゴウの右足の先辺りに無造作に置いてあるときた。最後に止めとばかりに初回限定版特典のヒロインが全員集合したポスターが天井の真ん中に貼ってある。
――死ぬ。マジで社会的に死ぬ。
妹のマナミは所構わず下品な下ネタをかます変態野郎だが、さすがにエロゲーの主人公に発情して、パンツ汚しちゃっている兄貴にはひくだろう。
いや、事の運びによっては、そのまま何も知らない父母に今日の目撃談をしゃべってしまうかもしれない。もっと悪いのは、これを弱みとして握られ、それを傘にゴウに結婚を迫ってくるとか。
――想像したくもねぇー!
「何か隠してる?」
「…………(ごくり)」
「くんくん、何か臭うぞぉ」
「いえええええええええええ! ドア越しまで臭うとかちょっと待て自重しろ俺! そんなに臭いか、におっちゃうかっ?」
「ん? ううん。お部屋の臭いのことを言ったんじゃないよ。臭うっていうのは何か怪しいって意味で」
「そうか、よかった!」
どうやら自分は過剰に反応してしまったようだった。しかし、これだけ派手にやってしまっているからもしやとは思ったが、事なきを得てよかった、よかった。
「入るよー」
ガチャ、と。
何のためらいもなくドアが開かれる。
「――!」
声が出ない。門開された。普通に自然に入って来られた。外堀すっ飛ばして本丸が落とされた。というか元から本丸しかないけれども。
肩までの艶やかなストレートの黒髪が大気になびく。ぱっちりとした瞳。控え目でかわいい鼻。桜色の形のよい唇。100人の男子に聞けば100人ともがかわいいと返答するような正統派美少女がブレザーとスカートの制服を着て、踊るようなステップでゴウの部屋に入ってくる。
というか女版の自分を見ているようで何か嫌だった。ゴウの目は別にぱっちりはしていないけれども。
マナミは手に小さなお盆を持っていてその上に牛乳の入ったグラスを乗せていたので、ゴウは物理的強制力を行使できなかった。
ゴウは絶望のあまり脳の問題処理系統が麻痺してしまって、ベッドの上で掛け布団を盾に縮こまっているしかなかった。
「う、う、」
「あー、お兄ちゃんったらまだパジャマのままだー。いけないんだー」
「ううぅ」
――ヤバい。問題の処理に脳が過負荷で……。
「ほら、早く着替えるっ! …………それともぉ、私が着替えさせてあげよっか?」
マナミは持っていたお盆をゴウの勉強机の上にコトンと載せた。
――ってちょっと待てそこには『陽だメモ』の取り説がぁぁぁぁぁ!!
「って、あれ? お盆の下に何かしいちゃった。なに? 小冊子?」
「っ出・て・けぇぇぇぇぇっぇえー!!」
叫んだ。力の限りこれでもかというくらいだ。同時にかぶっていた掛け布団をマナミの方に向かって投げつける。一瞬にして本丸どころか大将の首を取りに来た侵略者の視界を奪ったゴウは、そのまま彼女を部屋から押し出した。
バタンとドアを閉める。ドアを背にして自分の体をバリケード代わりにする。
「ちょ、お兄ちゃん? あけてってば。なんで私を締め出すのっ? もう!」
ドアの向こう側からは「そろそろ本気出すか」みたいなマナミのオーラが伝わってくる。
――っく。ここからだ。ここからあいつの猛反撃が……!
向こうはたかだか同い年の少女、などと侮ってはいけない。向こうは優れた身体能力と、さらに厄介なことに兄よりもすぐれた智謀を持つ名将! 気をつけねばならぬ……!
ゴウは背筋に力を入れ、来たるべき衝撃に備える。
――って。あれ? 衝撃が、来ない……?
罠、罠なのか? 孔明の罠なのだろうか?
気を抜いてはならない。向こうは変態だが全国模試上位ランカー。何を画策しているか思いもよらないのだ。
「……」
が、さすがにおかしい。耳をひそめること1分、ドアには何の衝撃も起こらない。
「……マナミ、さん?」
恐る恐る問いかけてみる。返事はなかった。
どうにも困って、ゴウは耳をドアにそっとくっつけてみた。
『……んっ、……はぁー……おにいちゃんの、……にほ、ひぃぃぃぃ……』
一体何があったと言うのか、いきなりあられもない声なんか出して。というかリアル妹のあえぎ声とか気分が悪くなる一方である。
『いい……におーい……』
――にお……い?
そこではっと気づく。
――あいつ、俺の布団のにおい嗅いでいるのか。ちょっと待て、それは社会倫理的にちょっとまずいだろう。ていうか気持ち悪いからすぐにその変態行為を止めなさい警察に突き出すぞこのブラコン!!
しかし、好機と言えば好機である。今奴は兄の布団に顔をうずめて興奮しているのだから、こちらの動きに気付くはずもあるまい。1秒、1秒あればズボンは処理できる。そうすれば後は何とでもなる(はず)!
今だとばかりにゴウはズボンを脱ぎ捨て、ベッドの下に投げ入れる。秘蔵のお宝本がアレの香りに侵食されるだろうがこの際そんなのは知らない。だってどうせ汚れるんだもん。
はははー、勝ったぞーと内心歓声を上げる。
「――かかったね、お兄ちゃんっ!」
安心した瞬間、鶏鳴狗盗のごとき力を発揮した若き天才女将がドアをばーんと開けて飛び込んできた。
「あ……」
「え、……おに、……ちゃ」
お互い、目をまん丸にして見つめあう。それからマナミの視線がゴウの顔からギギギ、とぎこちなく下半身へと落とされる。
――あ、え……?
そこには下半身を生まれたままの姿(但し成長はしている)を年頃の妹の前にさらけ出してハイになっている男の姿があった。というか、ゴウだった。
かくして、ゴウは人生最大の汚点、妹にグロテスクに成長した一物を妹に目撃されると言う筆舌に尽くしがたい辱めを受けたのだった、まる。
……思えば、自分――黒川ゴウの伝説は、この時から始まったのかもしれなかった。エロゲー風に言うと重要なルート分岐点であったのだ。
どう重要なのかと言われれば、もしかしたらさほど重要じゃなかったのかもしれない。しかしただ一つ言えることがある。それは、このことがきっかけとなり、黒川ゴウはリアルの社会的ステータスを諦め、本当の自分と向き合っていくことになっていったということだ。
つまりこれは、どうしようもない変態男、黒川ゴウの成長と変化をつづった伝説の物語なのだということである。
第1章 フラグは突然立ったりするものだぜ
そんなこんなで何とか学校に駆け込んだゴウはギリギリ遅刻になってしまったものの、今は何とか普通に1時間目の数学の授業を受けていた。
……正直、数学は暗記科目である。公式を覚えてそのままテストに臨んでオッケーなのは中学までで、高校は解き方まで全部記憶すべしとゴウは考えていた。
そう言うわけではあるが、ゴウとしてはけだるい教師の講義など聞く気はさらさらなかった。
「――えーですから、ここはコサインシータ二乗の」
聞く気はないのだけれども、神経質な数学の教師高村(43才独身)の甲高い声はどうにも耳に突き刺さる。
あーあ、コンカツしろよハゲ眼鏡とかこっそり思っていると、いつの間にか前の黒板は高村の小さな字でいっぱいになってしまっていた。
――おっと。
数学は暗記科目である。故に高村の黒板を最低限写して答えをノートに書き留めておかないと、丸腰でテスト当日を戦う羽目になる。公式暗記ではよくて赤点ギリ回避、星のめぐりあわせによっては余裕で赤点を取ってしまったりする。
素早く真横の席の戦友(ルビ:とも)の様子をうかがう。
立石カズキ――ゴウとは小学校以来の付き合いになる男で、よき理解者。そして何より勝負強いため、ピンチに強い。ちなみにエロゲーをゴウに紹介したのもコイツだったりする――は、ゴウの意に反して顔を机に突っ伏して夢の中だった。黒髪丸坊主のガタイのよい悪友は、よほど昨日の練習(ルビ:すいえい)で消耗したと見える。
――逝ったか、カズキ……。
戦友の死を確認すること、インターバル2秒。ゴウは次の行動に移った。誰か周りに真面目な奴はいないかチェックするわけである。
しかし1年B組の男どもは皆腑抜けばかりなのか、今や生存しているのはゴウ一人だけだった。
ふと、クラスの文字通り真ん中の席に座っているマナミと目が合う。ちなみにゴウの席は一番右最後列に位置している。くじとは言え、全くもって良い席を手に入れたものである。後ろに誰もいないわけだから悠々とクラス全体を見渡せるうえ、マナミがこちらをチラミしてくる回数も減った。
3分に1回が10分に一回になったのだ。代わりに、マナミはもはやチラミなどではなくこちらに首を向けてガン見してくるようになってしまったわけだが。
これでクラスの全員にばれてないとか、どんな術策を用いているのだ孔明。
目があったマナミは一瞬で顔を真っ赤にして黒板に向き直る。
――馬鹿野郎、俺の方が恥ずかしいわ。
同じく顔を赤らめながら心の中で悪態をつく。
ともあれこれで孤立無援なことはよく分かった。しかも教壇に立つ独身数学教諭高村は早くもチョークから黒板消しにウェポンチェンジしていた。
――絶体絶命って奴だな。
ふっ、と。
しぜんと口の端がつりあがる。
――しかし。しかし! 甘い、甘すぎる! 何故ならこの程度のディレイは正直この俺には全くもって効果をなさないからだッ!
右手に意識を集中させる。すると右手がほのかな光に包まれる(という錯覚)。
後は心の中で唱えるだけだ。
――いくぜッ! GOD HAND、起動!!
瞬間、ゴウの右手が唸りを上げた。シャーペンを握った右手は残像すら残しながら人智を超えた速さをもってノートに数式を羅列していく。しかし動いているのは右腕から先だけ。それ以外の体の部分は静かなること山の如しである、あれ、なんか違う。
この右手の発動には条件がある。
条件と言ってもあるのはただ一つだけ。
それは人に見られてはいけないということだった。
以前、ゴウが幼かったころ――いつかは忘れた――、ゴウは何の考えもなしにこの右手の力を使ってしまったことがあった。それを間近で目撃した友人Sはその次の日からゴウに近づかなくなってしまったのだ。理由を問いただしてみると、曰く、
『――お前、人間じゃねえよ。こええよ、俺。何だあのスピード、コピー機以上じゃねえか』
実際、腕から先だけが高速で運動しているにも関わらず、目をカッと見開いたまま無表情で虚空を見つめているというのは気味の悪い様子である。というかケイタイで自我撮りしたものを自分で見たときはトラウマものだった。
故にこの右手は軽はずみに使ってはならぬと封をしている。よっぽどのことがない限り。但しばれなきゃ正義。
――ふう。
たったの10秒で高村の細かい字を完全に模写しきったゴウは一つため息をついた。
どうにも、この力を使った後は疲れる。連続使用は不可能なのである。
――仕方ない。真面目に写すか。
何事も、特殊能力に頼りすぎては基礎能力が落ちてしまう物である。ノートテイキングは社会に出ても役に立つわけだから、真面目に修練しておくにこしたことはないだろう。
こうして、ゴウの眠たい数学の授業は過ぎていった。
× ×
気がつけば、数学どころか、昼までの授業全てが終わっていた。集中すれば何でも時間はすぐ過ぎてしまうとは言うけれども、やや拍子抜けした感はあった。
「よぉ大将! 学食かい? 弁当かい?」
野太い声が隣の席からする。聞きなれた声はやや寝起きのような特有のかすれ声だった。
「――カズキ。知っているだろう? 俺に弁当作る気力もなし。俺はいつでも学食かパンだぞ。で、ちなみに今日は学食な気分だ。奇遇だな」
世界史で配布されたプリント群をトントンと机の上でそろえながらゴウは悪友に片目をつむってみせた。
「しゃあ! そうこなくっちゃ! 今日は新メニュー、鳥タマチーズ焼き丼の発売日だかんな。俺、数学の時間からわくわくして全然眠れんかった」
うそつけ。気持ち良さそうに寝てただろ。
「まったく。食うことと寝ることしか頭にないのかよ。世間では某隣国と日本との緊張関係何かが物議をかもしているってのに」
「何だそれ? 某隣国ってどこだよ? 神聖ローマ帝国?」
――それはさっきの授業の内容。
しかし己の間違いなどどこ吹く風。全く気にしていない様子でカズキは机から立ち上がった。
「それより急ぐぞ。どんぶり無くなっちまう」
言うが早いか、カズキはどんどん先に行ってしまった。
「急ぐ、ね。そうそう。俺も急がないと」
ゴウはノートを机の中にしまうと素早く立ち上がった。そのまま廊下にダッシュし、学食を目指す生徒たちの中に姿をくらました。
「あ、ちょ、に、にいさーん! お弁当、作って来たのにぃー!」
後ろでどこかで聞いた声がしたが無視である。振り返ってはいけないのである。振り返れば、未確認生命体に拉致された挙句、I❤GOとでかでかと海苔で書かれた白飯を食わなければならなくなるのである。ていうか公衆の面前で「をにいちゃん、あーん」とかされた日には周りの男子から両手いっぱいの殺意と、女子から最高級の軽蔑のまなざしを受けることになる。
得になることが一つもないのだから回避するに限る。
ゴウは目立つカズキの逞しい背中を目印にせっせと人込みをかいくぐっていく。……
やはりというか、食堂は満員状態で席なんか空いているはずなんかなかったが、なんか微妙に空白地帯みたいな物が存在していたりした。
何事と思って人の肩の隙間から問題のスペースを偵察しようとする。
そうしていると、横に並んでいた大柄なカズキが背を丸めて耳打ちしてきた。
「――あれ、2のAの御手洗(ルビ:みたらい)だ」
「御手洗? あの社長令嬢で美人の?」
ゴウが訊き返すと、カズキは肯定した。
「んだ。で、あれは――問題児の妹の方だな。何があったのか、喧嘩してやがる」
「へえ、相手は?」
「同じ2のAの――霧島かな。あれだ、女子テニやってるヤンキ―だよ」
――喧嘩、ね。
こんな一目に着く場所で喧嘩なんてしたら悪い意味で目立ってしまう。
少し考えれば自分のプラスになることなんかないと分かるだろうに、なんと愚かな連中だろうか。
「――見つけたよ、お兄ちゃんっ」
と、不意に聞いてはならないような声を聞いちまったような気がするわけである。この声は言わずもがなゴウの不肖の地雷妹マナミの死刑宣告である。見ればマナミはもう既にゴウの隣でがっちりゴウの腕を捕まえている。ていうかやっぱり手に持ってる弁当はやっぱり一緒に食べましょうという意思表示なのでしょーか。
「……マナミ、学校でお兄ちゃんは止めろって言っただろ。誰かに聞かれたらどうするんだ」
「え? 大将何か言ったか?」
つま先立ちになって前をうかがっていたカズキが訊いてくる。
「何も言ってない。お前は絶対わざと聞き逃しているだろうとか絶対思ってない。ていうか手を離してくださいお願いしますお父さんに言いつけますよマナミ様」
「をにいちゃん、大好きっ」
「舐めてんのかこの野郎! 誰かに聞かれたらほんっとどうする気だ! ていうか胸に腕が当たって気持ち悪」
「えー。私にそれを言わせるのぉ? ばれちゃったら、公式に学校のみんなに私たちの結こn」
「聞こえない! 俺は何も聞こえないし、聞く耳も持たない! もじもじしても駄目! 顔赤らめても駄目! ――っっっっ、ちょっと待てどこ触ろうとしてんだこの変態痴女!」
そっと自然な動作でゴウの下半身に伸びる白い手(持ち主はアレな妹)を、ばしりと横に払いのける。
「まなみぃ、今朝のことが忘れられないの」
耳元で囁かれる。マナミの吐息が耳をくすぐる。
「っっっっ!!」
マナミの痴漢行為から逃れたい一心で人垣を押しのけて拾い場に跳び出す、って。あれ?
今。
気付いたら。
ゴウは人垣を抜けて、問題の空白地帯、もとい女と女の戦場に飛び出してしまっていた。
ゆっくりと振り向くと、確かにそこには一人の女の子とそれに対して数人のヤンキ―ぽいやんちゃ娘さん達がにらみあっていらっしゃった。
皆の視線がゴウに集まる。
× ×
ハッハア! アイアム緩衝地帯ぃぃぃ! とか悠長に考えている暇とかはない。おちけつ、いやおちつけ落ち着くんだ!
敵は金髪青眼のハーフ美少女御手洗妹とおうど色の髪の毛のヤンキ―女約三名。うん。
ところで思ううんだけど、金髪でヘアピンで髪留めておでこ見せてるキャラって100ツンデレだよね! ね、御手洗妹っ! 今はそんなこと悠長に妄想している暇はないんだけどね。てへ。
あれだ。……って今まで睨みあっていた御手洗妹とヤンキーのモブ達がこっちに照準を向けただけじゃないか! HA! そんなものとっておきのイケメンボイスでらくらく障害突破してやるぜ!
そこまで、思考すること十五秒。痛すぎる沈黙を破ってゴウは一歩前に進み出た。それを迎撃するかのように御手洗の目がギラリと危険な光を灯す。そんなものご褒美にしかならないぜ、ぐへへ。
「…………お前らぁ!! ……あー……」
周囲の視線が集まる。見つめられる快感に下半身が反応してしまうが気にしない。ていうか、あ、やばい。何か制服のズボンが傍から見ても分かるくらいにモッコリすっかり元気になっているじゃないか! くッ気付かれないように両足でポジションを、ポジションを……ッ、アッー! 余計背が伸びた! 沈まれ鎮まるんだ我が息子エッフェル塔! 出る杭は打たれちゃうんだぞこの野郎!
――くッ。せめて七秒間周りの目をどこかへ引き付けることができればGOD HANDで処理できるというのにぃ!
「……あー、………………あっはっはっはっはー」
「笑うな!」
「笑うんじゃねえ!」「何笑ってんだコラ!」「笑うなチャラ男!」
「ッ! GOD HAND!」
しまったッ! 迫りくる御手洗妹のトルネードナックルとヤンキー女霧島率いる三人組のローキックを思わずGOD HANDで円を描くように全部弾き返してしまった、しかも無表情で。なんてことだ! 見られてはいけない禁じ手をむざむざ皆の前でさらしちまうなんてッ! わずか0.001秒の発動だったが誰かに気付かれちまったか!
「おっ、お兄ちゃんっ!」
食堂に響き渡る不祥――誤字じゃない――の妹、マナミの驚愕の声。
――くッ。さすがはわが妹マナミッ! 気付かれちまったか。
変態のくせに運動神経はわが校きっての最強レベルッ! さすがだぜ……。さすがだが、こんなところで終わる気はそうそうない。ゴウは視線だけで「皆には言わないでくれ」と合図を送る。これで被害者はマナミ一人だ。ていうか何を勘違いしたんですかマナミさん顔赤らめて目を伏せないで下さい嫌な予感しかしないです。
「おま……、ゴウ……」
声に振り向くとカズキが信じられないという顔でゴウの方を見ている。
――ああ、カズキ。お前も見ちまったか。お前とは、もっと友達でいたかったぜ……。
「!!!!!」
「コ、コイツ」「お、お前ぇ!」「ファ○ク!」
それに負けず劣らず化け物でも見たような顔をする御手洗とヤンキー女三トリオ。そうか、お前らは直に技を受けちまってるからな。気付かれても仕方ないぜ……。
「ちょ……マジかよ」
「信じらんない。ゴウ君が……ゴウ君が、あんな……!」
「イヤァァァァァァ! ウソォォォォォ!!」
「くうっ! 神は言うッ! こんな化け物いるはずがないとッ!」
「お兄ちゃんステキ……」
ざわめく観衆。そのすべての黄色い声はたった一人、黒田ゴウに向けられたものだった。
「ッ! まさか皆気付いてたのかッ!」
ていうか何で気付いたの? いやだって0.001秒だよ? 視認不可能だよ? 0.001秒の発動だったが誰かに気付かれちまったかなんてかっこつけてたけど正直ばれるとかこれっぽっちも思ってなかったんだよ! 絶対絶命じゃないか時間よ戻れタァイムリバァース。
こんな終わり方なんてないよ! 俺はッ! 俺はぁッ! と、万感の思いをこめてゴウは拳を握りしめる。頬には幾筋もの光る涙。さよなら俺の学園生活。
「そうだよ! 俺は、許されざる神の使いさ! 皆隠しててごめん! ていうか、そろそろ皆にばれる頃だと思ってたんだよな。ははっ! ほら、皆の前で使っちゃいけないとか、まるで厨学二年生みたいなこと言っちゃってさ! フラグビンビンだったじゃん? ……こうやってばれる瞬間の皆の顔がたまんないんだよ、いやっほー! 参ったかこの野郎もうどうにでもなっちゃえばいいんだ! 世界なんて明日アルマゲドンッ!」
やけくそ気味にそう叫ぶ。
「なんて、馬鹿でかいんだ!」
「ああ、俺も初めて見たぜッ! く、さすがはリア充!」
「死にたい! 俺、あれの三分の一しかない!」
「はは、それ小さすぎー」
「嘘、私の想像していたのと違う……! 三倍近くあるわ!」
「あははー。ユキ、それ勃起する前の大きさだって」
――ゑ?
「――――――ぼ」
っき、と呟く。
――――――――――ハ。
ちょっと待ってくれ皆、俺もうオチが読めちまったぜアレだろ? 実は右手のことなんて誰も気づいてなくて実は別のことに皆驚いてるとかそういうオチだろ? だいたいあれを視認できるのは使い手である俺が五秒以上連続して使った時なんだよ一般人。はは、と口元に笑みを浮かべながらゴウは目を閉じた。
0.001秒。
アレを目で追えるいかれた野郎なんてこの世に二人しかいないはずだ。すなわち一人はゴウでもう一人は――ここではどうでもいい。そう、つまりこの場でアレを看破できるのは当の本人であるこのゴウだけッ! つまり敵など最初からいなかった。
――そして……。みんなが驚いている理由――だいたい分かるぜ。要は皆俺の下半身に興味津津なんだろッ! 見物料取るぞこの野郎。
こういう時どうすればいいかなんて学習済みだ。小学校一年の頃より始まった国語の時間にうっかり居眠りをして起きたら大変なことになっていた現象。簡単だ。鎮まるのを待てばいい。だから、授業が終わっても長々と椅子に座っている奴を見ては「ああ、あいつもか」とにやりとしていたものだ。というか小学二年の時にそのことをきっかけにカズキと仲良くなったのでした(爆)。
しかしここではちょっとした応用が必要だ。何せ初心者用ごまかし補助用具、その名も机と椅子が無いのだから少しコツが要る。@姿勢を何気ない感じでY軸に向かって仰角120度前後に持っていく。A右足を前に出し体積をうまくごまかす。
慣れれば簡単なことだ。ほら、こうすることによって「こんな姿勢でいたらちょっとだぼついた粋な制服のズボンが下半身局部上あたりで皺になって微妙にモッコリしちゃいますよね」みたいな状況が作り出せるのだ。
おっと、忘れちゃいけない。B「皆俺が勃起してるなんてそんなことないよ困っちゃうなー」みたいな苦笑いを浮かべるッ! 完璧だ……!
しかし、そのすべてを如才なく終えたゴウを待っていたのは、さらなる周りの生徒との隔絶だった。何と言うか、これは畏れに近いんじゃないのかーい? そこの女子! 何を引いてるんですか! それとお前は涎垂らすなマナミ。
――おかしい。
これはおかしいと、今さらだが気付く。
答えはすぐ下の下半身にある。
ゴウはちらりと下を見やった。
――うんうん。ちゃんとだぼついてるな。誰が見たってだぼついてるな。……って、あれ?
だぼついてるのはいいけど、何か、チャックが全開でした。
「って、はあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁっぁ!!!!!」
チャックは全開で、ズボンに皺寄せてるからチャックがさらに開放的にぱっくりと大穴を開けていて、その合間から貧弱なトランクスなんて貫通したアレがこんにちはしているジャマイカ!
「っっっっな、ななな何でチャックあいているんだよ! っは、そうか、そう言えばさっき俺の股間に手を伸ばしていたな変態妹マナミ!」
「だって、お兄ちゃんが途中で逃げ出すから……」
「逃げだすからじゃねえよ! アホか! 何考えてんだ! くそぉぉぉぉ! 俺はッ! 俺はぁッ!!」
「ちょっとそこの犬」
ハッとなって声の方を振り向けば、御手洗が顔を真っ赤にして仁王立ちしていた。
「な、何なんですか! ワンっ」
くッ! 誰が犬だと!
「その見苦しい物をさっさと捨ててきなさい」
「見苦しくて悪かったな! じゃあこっち見んなよ! ていうか捨てに行けるわけないだろ! これ男のシンボルだぞ! これ刈りとったら原罪が一つ消えて嬉しくない上に宦官になっちゃうよ、漢王朝脅かしちゃうよ!」
「あとで拾ってあげてもよくてよ」
「グロいよ! あんたの趣味が分かんねーよ御手洗妹!」
そう叫んでいると、人込みをかき分けて一時間目にも出会った数学教師高村(43才独身)がこちらへやってくるではないか! え、ていうかなんでその後ろにわが校誇る体育教師二人を従えてるんですか? あ、お、俺? え、いきなり拘束ですか! ちょっと待ってくださいチャックくらい自分で締めさせて下さい、男に締められるとか何かよくないものに目覚めちゃいます! あ、痛い! 挟まってます、チャック噛んでます! 別に喜んでなんかいません!
――しまった。密告したのは一番前で俺を見て泣きべそかいていたあの女子か! 一本取られた!
ゴウは両腕を二人の体育教師にがっちりとホールドされ、ずるずると引きずって行かれる。
「お、お前ら、喧嘩はよくないんだぞー!!」
今さっきまで一番言いたかったことを捨て台詞に残しながらゴウは生徒指導室へと連れ去られていった。
× ×
正直、ここまで説教が長引くとか思わなかった。もう四時なんですよ、もう。
そもそも病院に連れていくとか一体全体先生方はゴウのことを何だと思っているのだろうか。
普通じゃないって思われてる? 思われてる? 思われてたまるか!
――俺は被害者なんだッ! 日常を守りたかっただけなんだ!
「くそ。やってらんねーぜ」
そう毒づきながら1のBの教室のドアに手をかける。
と、隣の1のAの教室から不意にガタン! とものすごい音がした。何か事件の予感だ。
――ちょうどいい昼間の失態をここで取り返させてもらうぜッ!
1のBの扉にかけた手をそのままひるがえし、左足でステップを踏みつつ、
「――もう大じょ」
うぶ、とは、続けられなかった。さすがのゴウもつづけられなかった。理由は1のAの扉越しに見える光景だった。
夕暮れの赤い光に包まれる教室。その教室の隅で、カーテンにくるまりながら何と言うか抱き合っちゃってる二人の女の子が見えたわけであって、
――ッ! まずい! 事が終わる前に急いでシャメ取らなきゃ!
「じゃねぇ! ――お前らナニやってんだー!」
ばーんと教室のドアを開け放つ。
絡み合っていた二人があわてて抱擁を解く。
――って。
そこにいたのは何と御手洗だった。しかも二人に分身しているし。何と言うことだ! 俺にGOD HANDがあるように貴様も分身の術が使えるのかー!!
「姉妹よ! アホ!」
電光石火の突っ込みを放ったのは今日の昼も聞いた声――すなわちお前が本体か! ていうか何で心を読まれたのボクチン。
「って姉妹?」
そう言われてみると、二人はよく似ている一方でところどころ顔のパーツが違っている。特に違うのは目だ。同じ金髪美少女でも妹は青い目。姉は緑の目。しかも妹の方がややつり目で、姉の方はちょっとたれ目じゃないか! 別に分身の術なんてこれっぽっちも思ってなかったんだからねっ!
「チカゲちゃん、私、行くねっ」
「あ、チヒロ姉さまっ!」
ゴウにいけないシーンを見られたのが恥ずかしかったのか、御手洗姉の方がそそくさと乱れた制服を整え、鞄をひっつかんで教室から出ていく。
金髪にブレザー、スカートって人類の宝だと思うんだ僕。あと姉はヤンデレっぽいけど大丈夫だろうか。
御手洗姉――チヒロは出ていく時にゴウの横を通ったのだが、すれ違いざまににどうしてゴウの急所を鞄で殴りつけてくるのかは気にしないことにした。
「はは、人生誰にでも間違いなんてあるものさ。たとえば今日の昼のボクみたいにね。このことは黙っといてあげるよ、フヒヒ」
「痛みに泣きそうな顔でそんなこと言っても説得力無いわよ犬」
「誰が犬だワン!」
「ふん、どうせ今になってばれてもどうってことないわよ」
「お前大胆だな。俺には無い強さだ」
「大胆? 決断力に富んでいると言ってちょうだい。私なら今すぐにでも核兵器の起爆ボタンを押せるわよ」
「よくわかったお前は絶対危機管理の仕事に着いちゃいけない」
「あら、向こうが一人、こっちが二人残ればそれでこっちの勝ちじゃない」
「その二人が男女だったらいいな! それに向こうってどこだよ! こっちってどこだよ! 何さらっと意味分からんこと言ってんだよ! 言っとくけどな、そんな壮大なお前の野望を聞かされたからってさっきのことは忘れないからな! 同性愛反対! 近親愛反対!」
「ふん。よく吠える犬だこと」
「Bark! Bark!」
「死になさい、犬」
「誰が死ぬか!」
「死ねないのなら、私の話に付き合いなさい」
「ああ? 誰がお前の話に付き合うか! 俺もう帰るわ」
「貴方のようなけがらわしい犬に相談があると、この御手洗チカゲ様が言っているのよ犬」
「誰が犬だわん! って、相談? お前が俺に? ははは、冗談きついぜ! 玉ねぎ鼻に突っ込むくらいきついぜ!」
ゴウがそう言い捨てたとき、1のAの扉がバーンと開いて――何でお前が入ってくるんだマナミ!
「ハロハロッ! おにーいちゃんっ! ……と、おてあらいさん」
「ミタライよ!」
薄暮に沈む教室でチカゲのヒステリックな声が飛んだ。
第二章 犬は犬らしく私の足元で這いつくばっていなさい
夕暮れの教室はもうすぐ夕日とは別の理由で真っ赤になってしまうんじゃないかと思うくらいににらみ合う二人の殺意があふれ出していた。
どうやら二人はお互いに相容れない存在だと言うことを出会って二秒くらいで認識しちまったらしく、ゴウをはさんで火花を散らしていた。
「それで? 何の用かしら黒田マナミさん。私、そこの駄犬……貴方のお兄様に用があるのだけれども」
「お、お前、頼み事する相手に駄犬はないだろッ!」
「お座り、犬!」
「クッ! クゥッ、(プライドとの葛藤)……………………クゥーン」
――ハッ! し、しまった、俺はいつの間に飼いならされていたんだッ!
「駄犬じゃないもん!」
マナミの鋭い一喝が飛ぶ。ああ、マナミ、お前は腐っても……もう根っこから腐っているけれどもやっぱり俺の妹だ! と行儀よくお座りしながら舌を出すゴウ。
「お兄ちゃんはマンモスなんだよっ! 全体的に原生林も真っ青なほど毛が生えてて、その姿をカモフラージュしているほどなんだから!」
「お前何の話してんだよ! お前を一瞬でも良い妹だって思っちまった自分が恥ずかしいよッ!」
「フン! たかが原生林ごときで何を偉そうにッ! 私のなんて熱帯雨林も真っ青よ! もじゃもじゃよ! 環太平洋造山帯をはるかに凌駕するのだから! ひれ伏しなさい愚民共!」
「そしてお前も何の話をしてんだ、御手洗妹改め御手洗チカゲー!!」
「あら、お父様のすね毛の話をしているんじゃないの?」
「一見あってそうだけど全然違うよ! どう考えても文脈的におかしいだろっ!」
「そうだよ。お兄ちゃんの言う通りなんだから、おてあらい近げ」
「別に私はトイレが近いわけじゃないわよぅ! ……くッ、ペースが狂うわ」
これじゃあ貴方と話ができないじゃない何とかしなさい駄犬、とこちらをぎろりと睨んでくる御手洗チカゲ。そんなこと言われても困ります、ご主人タマー。
もう止められない核戦争を前にして、このまま行きつくとこまでやっちゃって下さい的な表情をチカゲに向ける。って何でボクチンの顔を踏むんですか、いたたたたた! 痛いでも気持ちいい!!
そのとき、不意にゴウのポケットの携帯電話が間抜けな音を立ててバイブレーションし始めた。
ちらりとポケットから出して誰から来たのか確認する(貴方、携帯の電源切ってなかったの? とチカゲが汚物を見るような目つきでゴウを見やった。ヤバい興奮する)。
「と、父さんからじゃないか!」
――助かったぜ! これで何とか間が持つ!!
ほっとして携帯電話を耳に当てる。
「もしもし父さん?」
『チッ』
電話の向こうから聞こえてきたのはゴウの父ゴウキの白々しいまでに大きな舌打ちだった。
「ちょ! と、父さん、何で開口一番舌打ちなんだ! 酷いって!」
痛切なゴウの声にゴウキは中世的な声を張り上げて、キレた。
『何でお前が出るんですか!』
「これが俺の携帯だからに決まってるだろ! 何訳分かんないところでキレてんだよ!」
『何でマナミが出ないんですか! チィッ! クソ息子の声を聞くなんて耳が腐ってしまいますね』
「じゃあマナミの携帯にかけろよ! ていうかここ学校! しかもあんた仕事中だろ! いい加減着信拒否するぞこの野郎!」
オールバックの眼鏡検事とか、今さらはやらないぞ父さんッ!
『か、勘違いしないで下さい! 別にボクは』
「やめろぉぉぉぉぉぉ! 中年親父のツンデレとかそれこそ耳が腐るっつうの! マナミに替わりゃいいんだろ! じゃあちょうど良かった。すぐ替わってやる! ほらマナミ、父さんからだ」
マナミにポーンと携帯電話を投げる。そうしたらマナミはあろうことか携帯電話を口でぱっくりとキャッチした。
あまりのことに動作が氷結しちゃうゴウ。そのゴウの顔を踏みにじりながらチカゲは叫んだ。
「ちょ、……ハァ! この娘! 口で、……ハァ! 口で携帯を!」
「はぁぁぁぁぁん……ほ兄ちゃんの……携帯ぃぃぃぃ。いいあじぃぃぃぃ……」
「頭おかしいんじゃないのこの変態雌犬! ……ハァ!」
「お前が言うな御手洗チカゲ! 人の顔踏んづけてハァハァ言いながらそんなこと言っても説得力皆無だからな!」
ともあれこれで場の雰囲気を混沌とさせていたマナミが戦線離脱する。なんか時折「えぇー、お父さんまた溜まっちゃったのぉー?」とか、「しょうがない変態さんだなぁー。いいよ、80分2万円からでぇ」とかちょっと社会倫理的にどうなのというマナミの声が聞こえてくるがここは無視を決め込むぜ、ていうかそろそろ上靴の裏のゴムで頬の肉をねじるようにテクニカルな動きをするその足を止めて下さい、ご主人様。いっちゃいます。
「そぉ、それで、相談って何なんだよ」
「! 本当に聞いてくれるの? 貴方」
「だからそう言ってるだろ。おら、早く言え」
「ええぇー、どうしよっかなー」
「喧嘩売ってんのか! 売ってんだな! そうなんだな! 余裕で買ってやるぞこのすみません生意気言いましたどうか相談事とやらを速やかに言いやがって下さい!」
――ちょ、目をつま先でぐりぐりするのは駄目! 特に右目はらめえぇぇぇぇ!
「ふん。仕方ないわね。ありがたく拝聴なさい!」
「お前ホントめんどくさい奴だな!」
「いいから聞きなさい! 相談事、それは…………まともな恋がしたいのよ」
「無理。ぜってー無理!!! お前とか外見以外に何があるか分からん馬のほぁたぁぁぁ! 痛い、痛いですご主人タマ!」
「それで、私思ったの。とりあえず適当な男を引っかけて遊んでみようかって」
「ちちちちちちょっと待てぇぇぇぇ! どうしてそんな飛躍ありまくりかつ突っ込みどころ満載な結論にいきなり飛んで行くんだよ! そんな跳躍した行間孔明でも読めねえぞ! ていうかお前ただのビッチじゃねえか!」
「簡潔に言うと男遊びをしたいの」
「別にお前の言っていることが飛躍ありすぎて分かんねえって言ってるわけじゃねえんだよ! 俺はお前の脳みそのねじが十本くらいすっ飛んじまってるんじゃないかって訝しがってるんだ! ……ったく勝手にしてろ! 一つ言っといてやるけど、あんたの親父がそんなこと聞いたら発狂するぞ!」
「……お父様は、慌てるでしょうね。でもきっとそれは私のためじゃない」
「へ?」
「べ、別にどうだっていいでしょう! 私はいつまでもお姉さまにいいように弄ばれていてはいけないの! だから男の子と付き合いたい!」
「……まあ、お前がどうしようが、俺にとっちゃあどうでもいいことだ。でもお前が男と付き合いたいってんなら俺なんかに頼むのはお門違いだ。正直専門外」
「……みんな真剣に受け取ってくれないのよ! 私が男の子を好きになるのがおかしいってみんな言うの」
「そりゃ、あながち間違ってはいないだそげぶっ!」
「私は両刀よ!」
「そんなこと俺にカムアウトされても困るわ! でも俺なんかに何ができるってんだよ、正直何すればいいか全然分からん」
「私に見合う相手を捕まえて来なさい! いい? お見合いよ、お見合い!」
御手洗チカゲはそう言ってにやりとどこかのヒーロー戦隊物に出てくる悪役よろしく口の端をゆがめた。
――それはそうとそろそろ足をどけて下さいっ!
× ×
午後六時。夕焼けの光も元気がなくなってようやく薄暗くなってきた頃、ゴウはお風呂セット片手に銭湯へと急いでいた。
いや別に家の風呂が壊れているとかじゃない。話はさっきのお父さんのお電話に戻るが、どうやら今日は帰れないらしい。ちなみに理由はお父さんのGOD HAND―極―が秘書その他大勢に見つかって全員逃げちまったかららしい(お父さんはゴウよりハイレベルのGOD HAND使いなのだ!)。仕事中に無駄な長電話なんかするからだ馬鹿親父!
で、なんか知らんが母さんも社員旅行とやらで三日間帰って来ないらしい。そういうわけでゴウが帰宅してみれば玄関には三つ指に決まり文句を言いやがるマナミの姿があったわけである。
――風呂とかぜってー危険。一撃で俺の首が飛びかねん。
久々の銭湯への道をキメ顔で歩く。ほら、今すれ違ったお姉さんとかこっちを振り返って見ているじゃないか(お姉さんA「やだあの子変な表情(ルビ:かお)!」)! 雑魚とは住む世界が違うのだよ! 雑魚とは!
俺かっこいいとか思いながら空を見上げると銭湯の高い高い煙突が見えた。正直近くの鉄道まで余裕で見えそうな高さである。なんであんなに高いのかは分からんがボクチンのエッフェル塔には遠く及ばないけどね!
「チッ! それにしても面倒な仕事を受けちまったぜ! 男を探して来いだなんてそんな簡単にできるわけないだろうが!」
悪態をつきながら前に視線を戻すと目の前に学ランを着た中学生ほどの男の子の後ろ姿が見えた。男の子はブロック塀をよじ登り、あっちは女湯の方だよねって、何覗いとんじゃこのクソガキぃぃぃぃぃ!!
「ッ! おいてめぇ、そこは俺の特等席だどけやこら! ……じゃねえ! 中学生がそんな過激なものを見ようとすんじゃねえ! 覗きは犯罪だぞ!」
男の子の襟首を掴んでブロック塀から引き離す。男の子は特に抵抗する訳でもなく、って俺の急所蹴るんじゃねえ痛いだろこら!
「こんにちはお兄さん。いい天気でありますね!」
男の子をアスファルトの地面に投げ捨てると、男の子は器用に着地を決めやがった。そして何事もなかったかのようにさわやかに挨拶する。なかなかイケメンじゃないか、ま俺ほどじゃないけどね! 黒髪をスネオヘアに整えてナルシストっぽいのにイケメンに見えるなんて生命の神秘である。ていうかバイ○ハザードのウェ○カーが弾丸避けた後みたいなポーズとりやがって、厨二病かこの野郎。
「お前、さわやかに挨拶して許されたら警察いらないんだぞ。早くお家に帰んな」
色々突っ込みたいことはあったがとりあえず社会倫理に則って注意する俺かっこいい。男の子は微笑を浮かべながらすっくと立ち上がった。背丈は150ほどか? なかなかいい体をしておる(俺は別にゲイではない)。
「僕はお風呂に入りに来たのであります。その過程で誰かが覗きを働いているかもしれないと危惧し、善良なる一般市民の良心に則り」
「覗いてたのはお前だろうがクソガキ! いいからまたブロック塀に上ろうとすんな! どう考えてもお前はただの変態だ!」
「僕は変態ですがクソガキではありません。僕には桃野ハクシャクという名前があります。中学二年生です。以後お見知りおきを、ヨロシコ」
「何で名乗るんだよ! 俺はお前となんて知り合いたくもねえんだよ! しかもヨロシコとかもう時代遅れの挨拶だぞはやらないぞこら!」
「お兄さんの名前は黒田ゴウですね。ヨロシコ、同志よ」
ゴウのお風呂セットのたらいに油性で書かれたネームを見るハクシャク。
「黙れ俺はお前の同志になんてなる気ねえよ!」
「じゃあ手下にしてやります。せいぜい役に立ちたまえ下人」
「ぶっ飛ばすぞクソガキ! どうして手下に――ああ、もういい! おい、桃野――ハクシャクだっけ? 早く家帰って飯食って寝ろ。じゃあな」
「僕はお風呂に入りに来たのであります。きゃっほー」
ハクシャクとかいう変人中学生は奇声を上げながら銭湯へ猛進して行く。
「あ、おいちょっと待てよ! なんかそこはかとなく嫌な予感がするのは俺だけなのか!」
慌てて後を追うと、案の上勘定を払い終えたハクシャクがトリプルアクセルを決めながら飛び込もうとしているのは女湯だった。ていうか止めろよカウンターのじいさん!
「こらハクシャク! 女湯に入るんじゃねえ! お前な、本気で捕まるぞ!」
もうズボンを脱ぎながら女湯ののれんに突撃を仕掛けているハクシャクの襟を掴んで止める。
「ぐえ! お、お前もでありますか、ブルータス!」
「何キメ顔でかっこいいこと言ってんだよ! カエサルに謝れ馬鹿野郎!」
「僕はまだ子供です。女湯は許されるのです!」
「いやいやいやいやいやいや! 絶対アウト! セーフどころか、セウトにもならん限りなく黒に近いアウトだ!」
「だって小さい子はお母さんと一緒にお風呂に入るのであります!」
「それは小さい子が一人でお風呂に入れないからだ! お前もう既に一人でここに来ちまってる時点でどう考えてもアウトだ!」
「僕は小学六年生までお母さんと一緒に入っていました」
「聞いてねえよ! 何はともあれ毛が生えている男が女湯になんか入ったら警察に身柄を引き渡されちまうよ!」
「今日は剃って来たばかりであります」
「剃るな馬鹿! 太くなって後で後悔するぞ! いや、それもあるけど、とにかく駄目だ!」
「どうしてですか?」
「犯罪なんだ! いいか、一応俺は止めたからな、共犯は成立しないからな!」
「毛を剃るのが犯罪なんですか?」
「女湯に男でありながら入ろうとする行為がだよ!」
「ふん、自分に自信が持てないからと言って僕の覇道を腹いせに阻むのは止めてほしいものですね」
「な、なんだとこのクソガキ! 俺は言っとくけどリア充だぞ! すごいんだぞ!」
「そんなこと言ってどうせ根腐れしたサボテンが数日して干からびちゃったみたいなお粗末な一品なのでありましょう?」
「ち、違うわい! いいだろう! じゃあお前のと勝負だ! 男湯でお前と男の勝負だ! 負けたらお前は二度と変態行為をしてはならないんだからな!」
「ほう、面白いですね! その自慢にならないチ○ポをへし折って差し上げましょう!」
「ハラスメントコード! ハラスメントコードぎりぎりだよこの子! ていうか普通に二三回くらい余裕で抵触しちゃってるよ!!」
しかし、何はともあれハクシャクを女湯から引き離すのには成功した。
そしてゴウとハクシャクは男湯へと戦場を移すのであった。
(To Be Continued)
――――――更新履歴――――――
10月28日第一章途中まで。
11月2日第一章終りまで。
11月7日第二章途中まで。
11月8日微修正。
11月8日一時更新凍結。申し訳ありません。
-
2010/11/08(Mon)19:31:18 公開 / ピンク色伯爵
■この作品の著作権はピンク色伯爵さんにあります。無断転載は禁止です。
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■作者からのメッセージ
申し訳ありません、誠に勝手ながら、この作品を一時更新停止したいと思います。
今までこの作品にレスをしていただいた皆様にお詫びを。
先日、2作品を仕上げてみせると豪語した手前、このような中途半端なことになってしまいました。
ひとつの作品にすべての魂を込めるという基本を忘れ、物語を壊してしまった愚か者の末路であります。
僕にはまだ早かった。「最近レス少ないなー」とは思っていたのですが、本当にお見苦しいことをしていたということに今気付きました。
申し訳ありませんでした。
わざわざ拙作を読んで、感想で優しく僕を導いて下さった皆様がたにはこの場を借りて感謝と謝罪の意を表したいと思います。
この作品は一時更新凍結し、しばらくはもうひとつの作品に専念いたします。
重ね重ねお詫び申し上げます。このような作家としてあるまじきことをしてしまい、本当に申し訳ありませんでした。
ピンク色伯爵
作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。