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『踏み出す一歩 (完)』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:みぞc
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日は快晴。雲ひとつない天気。
こんなにいい天気なら外で遊ぶことが好きな小学生だけとは言わず、高校生も外で遊びたくなるのではないか。そんなことすら思わせる快晴。こんなすばらしい一日の午後一時半。こんな天気では気も緩むのも仕方ないであろう日に、中肉中性、趣味は無趣味で身長百七十二センチ、五十六キロ、特徴は男としては少し長めの髪の毛。
まぁ、つまり僕、|咲桜木陰《さきざくらこかげ 》は静かに目の前のものを見据えていた。
いや、きっとこのときの僕は見据えるというほどのだいそれたことをしていたわけではない。ただただ動けなかった。足が固まっているわけでも、思考が停止したわけでもなく。
目の前にいるものに気を取られていた。
せみの鳴き声が少しずつ聞こえなくなる一方、短い夏休みが終わり、僕は午前中で終わった長い学校から自転車で帰宅する途中である。(僕には今の状況を具体的に表現する技能はないので、帰り道というのはあなたの昔通ったであろう帰り道を想像してほしい)
九月だというのに太陽はまだフルパワーらしく、確実に僕の体力を奪っていく。
久々の学校、短いはずである午前中だけだというのに、俄然疲れた。むしろ普段より疲れたかもしれない。
そう、いつになっても校長の長い話は異様に長い。
短い夏休みとくらべ、絶対校長の話の方が長いと感じるのは僕だけであろうか。否、そんなことはないだろう。
むしろそう感じるのはしゃべっている当の本人以外だろうと思う。よくもまぁあんなたらたらとしゃべれるものだ。確かに夏休み中の部活で結果を出したところはほめられるべきなのだろうけれど、あんたが育てたわけじゃなかろうに、なぜもまぁあんなに自慢するのだろうか。さらにうちの学校はタチが悪いったらありゃしない。
本日の校長の自慢話の中で何人かの生徒が犠牲になっている。
場所は普通のバスケコート二面分の体育館。
生徒は夏服の白いカッターシャツ。
風通しが冬用ズボンに比べ少しだけいい夏用ズボン。
学校指定の白い靴下。
普通の学校。普通の学生。
そんな学生たちが体育館の中に千五百人いるから驚きだ。
一クラス三十五人×十五クラス×三学年。少し大きめの学校というのは別の学校と比べると分かる。でも、いまここで重要なのはそこではない。
小さな体育館の中に千五百人。
暑いのなんのって。
人口密度はおそらく中国を越えるだろう。
まったくロシアがうらやましい。
そんなんだから貧血やら熱中症やらで四人も犠牲になるのだ。
少なくとも今高校二年生である僕は、昨年度、夏休み明けの始業式に熱中症のため保健室へと運ばれている。その時は既に保健室に空きのベットはなかった。
そんな暑さの中で校長の話を聞くこと二十分。
ホームルームで提出物やらなんやらで一時間。
しかも自転車通学なのでさらにつらい。
疲れて当然である。
でもまぁ、そんな愚痴をいいながらも、やはり午前中に家に帰れることはうれしかった。
なんか得した気分になる。
気分が高揚しているのだろうか、自然といつ聞いていつ覚えていつ歌っていたのか分からない歌を歌っていることに気づいた。懐かしいような、昔の聞き慣れた歌だった。
でもそこで僕は歌を歌うのをやめたことに気づく。
歌を歌い、歌を歌わなくなった現実について気づく。
自分と言う存在が黒い不安に飲み込まれ、空気と一緒に飲んでしまったことに気づく。
そしてなにより、僕は別の、ここに存在しては矛盾するであろう不安の原因に気づく。
ファーストフード店前の信号。
交差点で信号待ち。
交差点の向こう側。
それは確実にそこにいた。
ゴミみたいなゴミのように多い人ゴミにまぎれ、彼女はそこにいた。
僕の大切な人の一人で、そして大切だった人の一人がそこに立っていた。
静かに流れる温風に吹かれ、大好きで、大好きだった姉がそこにはいた。
まず最初は、見間違いだと思った。
自分の目を、信じることができなかった。自分がいるこの世界を信じることができなくなった。
実際、現実では、血を分けた姉が交差点にいるのはめずらしくない。
家も一緒で、朝食も一緒で、学校から帰るのも一緒。唯一違うのはランドセルの色くらい。そんな姉が、普通の交差点の、普通の信号待ち。
現実では、血を分けた姉が交差点にいるのはめずらしくない。
確かに僕はそう言った。
しかし、だからこそあり得ないのだ。
ここはあくまで現実で、彼女がいるべき場所はここではないから。
そう感じたとたん、今度は怖くなった。
本物か、偽者かなんてどうでもいいのだ。
嬉しいから、怖いかった。結局全ては努力次第でなんとでもなるという事実が怖かった。
怖くなって目をこすると、もうそこにはいなかった。
現実か、夢か。
嘘か、本当か。
自分の目がおかしいのか、この世界がおかしいのか。
いずれにせよ、どちらかが壊れていないと説明がつかなかった。
姉はもう死んでいるからだ。
――僕は、家族を生き返らせたかった。
咲桜一家は、父・母・姉・弟の四人家族で構成されている。
父、咲桜友成。母、咲桜奈緒。姉、咲桜翔子。そして僕、弟、咲桜木陰。
仲の良い、家族だったと思う。
だったと思うというのは、それがもうすでにないからである。母である咲桜風香と、姉である咲桜翔子は、同じ日に同じ事故で死んでいる。それは変えようのない事実だし、実際現場にいた弟としては、思い出したくもないトラウマだ。
まぁ、物語として少し話を出すかもしれないが、それは僕が苦痛に耐えれる程度の内容なわけであって、人に聞かれたからその話を出したり、自分で不幸の人っぽく見せ付けるために出したのではないと、あらかじめ知っておいて欲しい。自分が悲劇のヒロインと思われるのは心外だ。
僕自身、いや家族自体、あまり勉強ができるような一族ではなかったと思う。まぁ一族のせいにするのは甚だしいくらい甚だしいけれど。
僕は中学の成績は下の中ぐらいだったし、今行っている、授業に追いつくのが精一杯の高校も中学の担任の先生には百%無理だと言われたし、実際、九十八%の努力と、二百%の奇跡で学校が受かったようなものである。
三月五日、中学卒業式六日前。僕はその高校にいき、そのときは明確に覚えていた数字四桁が目の前の掲示板に書かれていることに気づいたとき、僕の周りには喜んでくれる人は誰もいなかった。
僕を含めて。
誰も興味がなかったのだ。それも、僕を含めて。
みんな生きていたなら、もしもあのまま事故が起こらなかったのなら、僕は両手を上げ携帯電話で報告しながらスキップで帰ったと思う。
しかしながら、行けないと言われた高校に受かってしまったことがかえって僕を苦しめた。
つまり、毎日毎日必死に勉強するだけで、学校が受かってしまったのだ。
三年間、友達もほとんど作らず、部活も入らず、ただひたすらに勉強をしただけで、頭の悪い僕が、がっこうに受かったのだ。
三年間、ひらすらに勉強した僕だったけれど、本当は学校になど受かりたくなかった。
自分ひとりでは、どうしてもできないことがある。それを証明したかった。
よく、『努力』すれば夢は叶う、とあるが、本当にそれだけでいいのだろうか。
努力すれば夢が叶う世の中で、いいのだろうか。
いや、この言い方には多少なりとも語弊がある。実際の世の中はもちろん、どんなときにだって努力すれば夢が叶うわけではないし、努力のほかにも、運や才能といった努力とは全く関係のないものが必要となってくる。しかし、重要なことはここではないのだ。
努力すれば夢は叶う。と信じている輩が非常に多いことに対して問題なのだ。
当たり前なことに、努力しても夢が叶わなかった人がこの世を覆い尽くしている。しかし、努力して夢が叶わなかった輩が、いまだに努力が実ると信じて努力しているのが現実だ。
少々、いや、多少話がずれたかもしれない。
ここで問題なのが、僕もいまだに努力が実ると信じて努力している側の人間だということだ。
つまり、僕は、叶うと信じて、勉強以上に努力してきたのだ。
『もう一度、姉と母に会えるように』
正直、勉強とは使い勝手が違った。勉強は学べばいいが、この夢は努力の仕方が分からなかったのだ。すくなくとも今まではわからなかったし、今でも分からないだろう。
天国にいる人に出会うために、どのように努力すれば良かったのだろうか。
祈ればよかったのか?
宗教に頼ればよかったのか?
自己犠牲をし、自分を痛めつければ良かったのか?
全く、方法が分からなかった。
だから、僕はとりあえず全て行った。
とりあえず、全身から抜いた血で魔方陣を描いて人間の生成物を中心においたり。
とりあえず、二週間の断食を行ったり。
とりあえず、ずっと祈ってみたり、
すべて、とりあえず。
全てを行ったのだ。しかも、同じことを何度も。
もちろん、なにひとついい結果を呼んではくれなかった。
だから、僕はこの努力が無駄になるよう。
ひとりではどうしてもできないことがあるということを証明したかったのだ。
「……どうしたの?」
話しかけられて目が覚める、というより、記憶からさめた。
自分が汗をかいていることに気付く。暑さから出た汗なのか、それとも別の理由か。
場所はさっきと同じファーストフードのお店前。つまり僕はここにずっと立ち尽くしていたわけである。
今見たのは夢だったのか現実だったのか。
声がした方をを見ると、自分より、頭一個分も小さな女の子がいた。
女の子という呼び方は失礼かもしれない。これでも、この女の子は高校生なのだ。ひとつしたの後輩で特徴的なのは、腰まである長い髪の毛と、ぱっちりとした目、そして地図帳。
彼女の名前は佐々倉雨。それが彼女の名前だ。
彼女とは春休み中に知り合った。
それも、ありえない始まりで、ありえない出会い方。
そして、彼女は事件に巻き込まれたのだ。
巻き込んだ、と思ってもらっても差し支えない。
世間が驚くような事件。
だからこそ言わなかった事件。
「いや……なんでもない」
そういうと僕は呼吸を整え、自転車にまたがった。いつの間に僕は自転車から降りていたのだろうか。それすら検討が付かない。だからこそ、僕は急いでこの場から立ち去るべきだ。こんな状態で会話など続けたら、ボロが出るに決まっている。
こんなこと、言えるはずがないのだ。
もしも死んだはずの姉が見えたらなんていうか。
というか彼女は心配するに決まっている。僕は知っているのだ。僕が彼女にこのことを打ちあければ心配し、なんとかしようと悩んでくれる。そして僕は、僕が打ち明けることで彼女が苦しむことを知っているし、彼女が苦しむことで僕が苦しむことも分かっている。
こんなのは悪循環だ。
ならば悪循環はとめなければならないだろう。
昔は、この世界が魔法が使えたり、超能力が使えたり、パラレルワールドが存在する世界があると思っていた。
死者の魂をよみがえらせたり、遺品からDNAを読み取り肉体を再生したり、別の世界の姉を呼んだりできると思っていた。
そして、小学生のころは、テレビやアニメと同じことやって、実際に人が生き返ると信じていた。
魔法が使えたり、超能力が実在したり、パラレルワールドはあると信じてた。
今となっては、なんでもないただの過去。ただただ、見苦しいだけだ。
姉は死んだ。母は死んだ。
それが実際の現実。それもまた、ただただ見苦しい。
さっきいたのは幻覚。それしか、考えられない。それしか……考えたくない。
「……なんでもないのに十分間もたちっぱなしで悩んでいたの?」
彼女が、手元に持っている地図帳を開きながら僕に疑問を投げかけた。
怒っているように聞こえたけど、そういいながらも、彼女はこの場所を離れない。
十分も一緒にいてくれたのか。
やっぱり、彼女は優しい。
少し元気も出てきて、僕は彼女に微笑んだ。
「うん、なんでもないんだ」
「……そう」
そういうと、彼女は考えず、また地図帳を開く。無動作に。
彼女からは僕が笑った顔は見えないと思うけど、きっと気持ちは伝わったと思う。
そして、ゆっくりと右足を前に出す。まるで知らない国に初めて行ったように。
国境を渡るみたいに。
丁寧に、そしてゆっくりと。
そんな動作が何回か行われ、また彼女は歩き出す。
そして、僕もうまく入らない力に渇を入れながら、再び自転車を漕ぎ始めた。
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2010/08/30(Mon)22:35:13 公開 / みぞc
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■作者からのメッセージ
幸せ殺人鬼と生き返りsisterの冒頭を長く、そして簡潔にしてみました。別ものだと考えてもらえればいいです。
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等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
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