『蛇』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:皆倉あずさ
123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142
まだ私の幼かった頃、一匹の蛇がとぐろを巻いて庭の隅に陣取っていたことがあった。青みがかった灰色の、割と大きな長い蛇である。最初は縄が巻いてあるのだと思ったが、先端が時々左右にふれるのを見てそれと分かった。その先端は尻尾だった。
子供心に珍しいものを見た好奇心も手伝って近寄ろうとすると、叔父さんが毒を持っているかもしれないから止めろと言う。毒のあるやつはマムシといってなあ、もし噛まれたら死んじまうぞ。急に怖くなってどうしようと叔父さんに聞いたら、叔父さんは途端に豪快な笑顔を作って、任しておけと言って腕まくりをした。蛇は二人のやりとりをじっと見つめていた。黒い小さな石のような中に白い光が見えた。爬虫類の目というものを、この時初めて見たような気がする。
叔父さんは庭の倉庫に立てかけてあった熊手を手に取ると、蛇の方ににじり寄って行った。すると蛇は油断なく、叔父さんの一挙一動を見逃すまいとでも言うように、肝の据わった目を向けた。その目つきは傍から見ていても、よく研がれたナイフのひやりとした切っ先を思わせた。不用意に触れれば、最も鋭い尖端が容赦なく突き刺さる。
叔父さんはいよいよ熊手の柄の届くところまで近づいて、腰を落としながらその先で蛇をそっと突いた。蛇は迷惑そうに身をよじった。口がわずかに開いて、隙間から赤い舌が覗いた。その先端は刃物で切ったように二つに裂けている。と見えた次の瞬間、いきなり蛇は鎌首をもたげ、熊手の柄に噛み付いた。驚いた叔父さんが熊手を振り上げても放さなかった。がっちりと噛み付いた歯が、根元から引きちぎれるほどに振り回されて、蛇はいきなり砂利の地面に落ちた。何の前触れもなく口を離したのだ。細長い体が奇妙に捻じ曲がっていた。振り回されることで全身を伸ばした蛇の長さは、私の当時の身長を優に超えていたと思う。
蛇は草むらの方に向かって全速力で逃げようとした。叔父さんはそれを見るや否や熊手を振り捨てて、逃げる蛇に飛びかかった。右手で一気に蛇の首の後ろを抑えて、すぐに左手で尻尾もつかんだ。私はそれをはらはらしながら見守っていた。噛まれたら一体どうするのだろうと、そのことばかり心配していた。
「取れたぞ」と叔父さんは息を弾ませながら言った。
「大丈夫なの」
「大丈夫だ、こいつには毒はない」
叔父さんはそう言って、蛇を見せにこちらへ近づいてこようとした。毒のない蛇もいるのか、と私は知った。叔父さんの徐々に大袈裟になっていた蛇の話を素直に信じていた私は、子供らしい驚くべき単純さで、蛇はみんな毒を持っているように思っていた。自分の中でそういった物事を再確認して、改めて意識が叔父さんの方を向いたその時である。蛇が急に大きく膨れ上がった。そのように見えた。ただの縄のようだったのが、今や見るも恐ろしい龍のような化け物の姿になって、叔父さんを飲み込もうとするかのように大口を開くのを確かに見た。私が「危ない!」と叫んだのと、叔父さんが突然慌てたように右腕を振り上げたのは同時だった。黒い影が右手から飛び、しかし地面に落ちたのは元の普通の蛇である。私はそれを魅入られたようになって見つめた。今のは何だったのか? 蛇が再び草むらに逃げていく時に、「畜生」と言う声を聞いた。はっとして、叔父さんの姿を探した。辺りを見回してようやく見つけた叔父さんは、2・3メートルほど離れた場所で腰が抜けたように地面にへたり込んでいた。そして呟くように「畜生」と言うのを聞いた。
2010/08/28(Sat)02:13:07 公開 /
皆倉あずさ
■この作品の著作権は
皆倉あずささん
にあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
最近小説を書き始めました。これで大体5作目です。
これは1時間くらいで大枠を書いて、後から細かい手直しを何度か入れました。
初投稿です。ショートショートと呼ぶのもおこがましいほど短いですが、よろしくお願いします。
8/28 1回目 直しました。眠い。
作品の感想については、
登竜門:通常版(横書き)
をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で
42文字折り返し
の『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。