『ベタくんの平日』 ... ジャンル:ショート*2 ホラー
作者:諸味胡瓜
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終電はおよそ十分後に来る。ベタくんはホームの椅子にもたれかかって、居眠りしながら電車を待っていた。
ふと物音に目を覚ます。腕時計を見遣り、辺りを振り返った。すると、少し離れたところに一人の女性がしゃがみこんでいた。タイル張りの地面に何かを探しているらしい。せわしなく視線を動かすその瞳はどうやら潤んでいる。
しばらく様子を観察していた彼は、おもむろに腰を上げ、女性のそばに歩み寄った。ベタくんはお人好しだ。
「何かお探しですか」
問いかけると、彼女は彼の顔を見上げ、それからすぐに俯いた。地面にしずくが一滴こぼれるのが見えた。
「すみません。……コンタクトを落としてしまって」
ベタだな。彼はちょっと思った。しかし声をかけたからには、ああそうですかと椅子に舞い戻るわけにもいかない。ここは一緒に探してやるのが筋だろう。
彼は何も言わずにしゃがみこみ、彼女のコンタクト探しに手を貸すことにした。隣で「……すみません」という囁きが聞こえる。ベタくんは返事をせず、軽くうなずいた。
電車の来る時間を気にかけながら、ふたりは白いタイルの上へひたすら視線を巡らせた。しかし、いくら探しても、彼女の目に入る大きさのレンズは見つからない。
「本当に落としたのはここですか」
彼が優しい口調で尋ねると、彼女は困ったように口に手を当て、
「はい。確かにこの辺で……。電車を降りた時に人とぶつかって……」
「それなら、誰かの靴で踏まれたり、遠くに蹴飛ばされたりしたかもしれない」
彼は上半身をもたげ、ホーム全体に視野を広げてみた。
とその時、彼はあるものを発見した。
手のひらに入るくらいの小さな円盤。表面には白とピンクの宝石のような装飾が施してあり、切れかけの蛍光灯の下で光を反射している。
彼はその円盤を拾いにいく数メートルの間、自らと女性とを交互に疑った。俺か? 俺が聞き間違えたのか? いやしかしあんなに顔を近づけて地面を探していたのだから、そんなはずはない。確かにそう言っていたはず。だが……この小さい円盤は他でもない。コンタクトじゃなくて、コンパクト!
半信半疑で、そのコンパクトを彼女のところへ持ち帰った。すると、彼女はうさぎのようにぴょんと跳ねて、口元を一気にほころばせた。
「ありがとうございます! 本当に助かりました! ありがとうございました!」
この反応を見る限り、やはり彼女が探していたのはコンタクトではなくコンパクトだったらしい。おそらく自分が、彼女の言葉を聞き間違えていたのだ。
ベタだな。と再び彼は思った。その台詞は、今度は自分の内側に向かって響いた。丁寧にお辞儀を繰り返す彼女に申し訳なく思い、彼は、
「いえ、見つかって何よりですよ。ハハ…」
と照れ笑いをするばかりだった。
お礼を一段落させたその女性は、ではさっそくと言わんばかりに、手のひらサイズのコンパクトを右目にはめこんだ。こめかみ辺りの皮膚が不気味な円盤型に盛り上がる様を間近に見せ付けられたその直後、終電が来た。
2010/08/04(Wed)01:09:53 公開 /
諸味胡瓜
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。といっても誰も「お久しぶりです」と返してくれないと思うので、初めまして。
こういうダジャレとか、くだらないことばっかり考えていると小説のネタになったりするもんです。まあそうやって作った小説もたいてい下らないものにしかならないんですけど。あとそんなに長編にはならない。
よければ昔の作品も、以前のHN「もろQ」で検索して読んで頂ければ幸いです。もうどのログに埋もれているかも分からないんですけどね。僕もちょっと探してみます。
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