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『強烈な腹痛のせいで目が覚めた。』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:空春
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あらすじ・作品紹介
『あのとき始まったことのすべて』に書かれてあった 好きな女の子を護るということは好きな女の子を笑わせるということなんだよ。という考え方が、いいなと思った。とても良いなと思った。僕が好きだった女の子の笑顔は何点だったか?と聞かれれば、具体的にはわからないが あの満面の笑みから19%くらい困った顔を含ませたような顔で笑う彼女は凄く可愛かった。きっとそれは、100点でも足りないくらいに素晴らしく美しくて 確かに僕にはもったいないくらいだった。あらゆる邪気から取り払ってあげられていると感じられる 溶けるほどに眩しかったその笑顔に救われたのは、紛れもなく僕の方だろう。
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ビッグバンのような激しさを伴って始まったそれは、しばらく下腹部に力を込めて我慢していると少しずつ収まっていったが、体力を消耗した所為で力が入らず随分とげっそりしてしまったような気分になった。
風邪をひいた時なんかもそうだが、布団の中で横になることしか出来ないこのような時は、作ってもらったおかゆを口に流し込み自分の身体の熱を感じながら漠然と天井を見上げていた幼少時代のことを思い出す。
今は、同じように小さく息を吐き目を擦って天井を見上げたとしても、誰も声をかけてくれる人はいない。おでこに手をかざして、まだ熱があるねと不安そうな顔で告げてくれる人もいない。天井の色が変わったことに気づいて目を瞑ろうとも、もうあの頃のように誰かにあんなに優しくされることなんてないのだろう。そういうことを僕は、はっきりとした理由はわからないけれど何故だか心得ている。
そういえば、月曜日に用事があって実家に電話した時、電話に出てきた母は熱を出しているらしく、今の自分よりも更に弱弱しい声で僕の話を聞いて、薄く伸びた僕とその人を結ぶ見えない糸よりも細い声で頷いていた。一週間ほど経ったが、果たして少しくらいは良くなったのだろうか。
だが、他人(ひと)の心配をしている余裕は今の僕にはなく、予想外に朝早くに目が覚めてしまい、寝不足から来る更なる体調不良を懸念してもう一度眠りに就こうと試みた。しかし、その目論見はとても甘くどことなく浮ついた腹の調子に全身の意識を逸らすことはそれほど簡単ではなかった。
眠れない代わりに、手元にある携帯の中身を眺めることにした。二ヶ月以上も前に送信したメールが残っていた。半年前の僕は、この状況を予想出来ていなかったように思う。140字より多くの情報量を含んだ情報をあまり持たない僕は最近、伝達のツールに携帯のメールを使うことが減った。二ヶ月前にタイムワープして、あの時の僕に「そのメール送っちゃダメだよ」と囁いたところで、何かが変わっただろうか。あの頃からすると未来ということになる今という時間、それを取り巻く環境に何か違いが生まれたのだろうか。
メールを眺めている間は腹部の感触を忘れることが出来たが、その代わりに胸が苦しくなるような感覚がした。それがなんだか悔しかったので、メールを漁るのをやめてwebのお気に入りに登録されてあるページを巡ろうと思った。ふと恋愛相性診断の言葉が目に止まり、その瞬間に1年ほど眠っていた懐かしい感情が甦った気がした。
ページを読み込むと、突然でかでかと大きく「81点」の文字が飛び込んできた。一瞬手を止めるも、何事もなかったかのように下の方へと詳細な分析結果を読み進めていった。当時、気をつけるべきことの欄にあった文章を僕はちゃんと守ろうとしていた。そう思っていたという記憶は、1年ぶりじゃないかのように強く覚えている。ひょっとしたら、相手の診断結果よりも強く覚えているかもしれなかった。自分の感情だから当然かもしれない。だけど、あの時の僕はもっともっと本気で、相手の気持ちを理解してあげたいなと思っていた。あなたは人の感情を読み取るのが下手です。更にあなたの相手は気持ちをなかなか表に出しません。その診断結果に逆らうように僕は強く誓ったはずだった。
携帯を閉じて僕は点数を付けられたことに反発したい気持ちになった。なんで、会ったこともない話したこともない人に僕らの点数を付けられなければいけないのだろうか。僕が当たり前のように毎日彼女のことを想像して、愛しいと想うだけでは何かが足りなかったのだろうか。
僕らの心は、きっと糸みたいなもので編み込まれているのかもしれない。精一杯作り上げても、3cmほどもないであろう小さな針をうんと力を込めて念じる。祈るように見えるようにわかるように、気づいて欲しくて願いを込めながらその小さな針を相手の心にえいっと突き刺す。それを何回か繰り返して不器用にも相手の心を編み込もうとする。すーっと相手の心を通した針が自分の心に返って来て、1本の赤い糸を巻き込みながら自分に突き刺さってくる。或るバンドのあの『25コ目の染色体』だとかいう曲のジャケットの写真のように、僕は繋がっていることを頭に思い浮かべて満足する。
だけど、針を突き刺していたのは僕だけではなかった。彼女にも彼女なりの針と糸があって、彼女なりに僕の心を突き刺して僕の心を包み込んでいたのだ。そのことをちゃんと理解出来ない自分を恥ずかしく思う。糸はどんな関係においても、1本ではなく2本あるのだ。それを解けないように手を握り締めるよりも強い力で結び目を作る2人もいれば、そのことに気づかずに解れる糸を尻目に全部解けてしまってから後悔を始めるカップルもいる。もちろん、これは男女の関係に限ったことではないだろう。僕が母との糸を未だに繋ぎ止めていられるのは、解けそうになる度に母が新しい結び目を作ってくれたからに他ならない。
僕は20年以上生きた中で、いくつそれが出来ただろうか。いくつの結び目を結んで来られたのだろうか。1つ2つと時間が経つにつれて結び目が解けていくのを感じる。僕が今繋がれていると思っている糸も、そこに相手の同意はなく知らず知らずのうちにこうしてる今も解けていってるのかもしれない。だけど、それは他の誰かではなくすべてが僕に委ねられていることだった。痛いと怒られるほど強く抱きしめたときよりも強い力を込めて結んで来た糸を、2人で結んでいった糸をあのとき僕はわけもなさげに切った。
81点はいつか100点に変えられると思ってた。算数や理科のテストだって、そうやって点数を伸ばして来た。どんな教科でもそうだったが、最初からいきなり100点が取れるわけではない。相性診断を巡っていくと、僕にはまだ100点が残されているんだ、いつか100点の人に出逢えるんだ、なんて幻想にとり憑かれて傷口を無理矢理塞いでみたりする。
本当はわかってるんだ。10点は50点になるように、50点は80点になるように、80点は100点になるように、100点は120点になるように。それを繰り返して、僕は誰かと握手をするよりも強い力できゅっと2本の糸が解けることのないように結んでいかなければならない。それは時々想像が追いつかないくらいに難しいことだけど、本当はそれほど難しいことじゃないのかもしれない。
再び目を開けると3時間ほど時計の針が進んでいた。心地良いような悪戯心を含んだ夢を見ていた気がするが、メール受信音に起こされるような形で目が覚めたので、夢の内容はうまく思い出せない。ただひとつ、解けていった糸の感触を確かめるようにそれが僕の意図とは違う結果であったとしても僕は、天井に溶けていってしまいそうなあの時のあの表情を思い出すことが出来た自分を誉めてやりたい気持ちになった。
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2010/07/31(Sat)03:12:43 公開 / 空春
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■作者からのメッセージ
今朝の話。半フィクション。
もうひとつ『あのとき始まったことのすべて』にあって、確かに!と思ったのが
僕らは誰かを思い出す時、その表情はいつも一定だということ。
あの子を思い出す時はいつも笑顔だし、あの人の顔はいつも怒っている。
また別の人の顔は、泣き顔だったりする。
そういうのって面白いなぁと思うとともに
1人でも多く、身近にいる人、触れ合って関わり合っている人は
その人の笑顔で記憶に収めていきたいなぁと思ったよ。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。