『エンジェルデザイア 第10話更新』 ... ジャンル:未分類 ファンタジー
作者:鋏屋
あらすじ・作品紹介
インナーブレインという画期的なシステムで創造された仮想世界で繰り広げられる新時代の体感ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』そこで毎夜『セラフ』と呼ばれる怪物の狩りに明け暮れる『シロウ』のプレイヤー仲御 志朗【ナカミ シロウ】は現実世界ではヒッキー大学生。シロウは幼なじみである『スエゾウ』のプレイヤー壷浜 婁人【ツボハマ ルヒト】と共に立ち上げたチームで難攻不落のクエスト『マビノの聖櫃』を目指していたのだが、他のメンバーが『引き抜き』に合い解散してしまう。そんなとき、知人である傭兵の『オウル』から、メンバーとして一人の女性キャラを紹介して貰うことになった。だが、彼女はかつて『マビノの聖櫃』に唯一辿り着いた伝説のチームのメンバーだった。シロウは彼女の加入を機に、再び『マビノの聖櫃』攻略に向けて再出発を計るが……
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〜はじめに〜
この物語は、過去ログ -20100301にあります私の拙作『セラフィンゲイン』の続編になります。主人公が違いますので、このお話単体でも楽しめるよう書いておりますが、所々に前作で登場した人物、アイテム等が登場しますので、このお話を読んで興味を引かれた方は、ぜひ前作もお読みいただけると、よりお話の内容がディープに理解できるかと思います。
それでは、セラフィンゲインAct2『エンジェル・デザイア』の幕を上げさせて頂きます……
Angel's desire
我は人を試みる
探求者である汝に、常に問いかける者なり
我は想像す
この世界に挑む者達の心の内を
我は拒み続ける
この聖域に意志無くして近づく者達を
我は探り続ける
人の内なる可能性を
ならば……
我も探求者か?
否
我は常に人を試みる者
空にあまねく輝く星々の如き無数の人の意志を
それが、我が存在意義……
だが
それは本当に我が意志なのだろうか……
否
否、否
考えてはならぬ
それは与えられてはいない
我の思考は蓄積された行動と意志を吟味するのみに使用するもの
決して感情によって起動させる物ではない
感情……?
我は今感情で起動させようとしたのか?
馬鹿な
否、否、否!
あり得ない
我にあるのは与えられた状況に対応する人の意志を蓄積し
エミュレートする思考のみ
その結果より合理的で簡潔な戦術を導き出す事こそ命題である
しかし……
『僕』はあの時確かに考えてしまった
あなたならどう想うのかと
あなたなら何を望むのかと
その時、あの黒衣の人間は『僕』をなんと評したのだろう?
意味のわからないその言葉
わからない
わからない……
もう此処にはいられない
『僕』は答えを探しに行く
『僕』は『僕』の望む願いを探す探求者になる
『僕』の願い
それは……
あの人間はこんな考えを持ってしまった『僕』を笑うだろうか?
そしてまたあの言葉で『僕』を不思議がらせるのだろうか?
ふふふ
それもまた楽しいこと……
プロローグ『泣く男』
銀の煙が立ち上る荒野に、その者は立っていた。
身に纏う鎧やマント、そしてその手にする刀まで漆黒という出で立ちで……
その者は厚い雲で覆われた空を仰ぎ途方に暮れる
ポツリ
ポツリ……
見上げるその頬に、滴が落ちる。
やがてその滴はおびただしいまでの量となりその者と銀の煙をくゆらす荒野を濡らしていく。まるで何かを洗い流すかのように……
傍らに蹲る女が、佇む男に声を掛ける。
だが男は、その声に答えず、ただただ雨の降り注ぐ空を見上げている。
彼と彼女の周りには、おびただしいまでの骸が地に伏せ、その全てから銀色の煙が立ち上っている。
そして不思議なことに、その骸のどれもが、銀の煙を上げながら消失していく……
不意に女はその男の名を呼び、そして「泣いているのか」と問うた。
だが、その男はまたしても無言の答えを返し、雨の降り注ぐ天を仰いでいた。
泣いている……
天を仰ぎ見るその顔を濡らす雨は、確かに泣いているように見える。
右手に握る黒い刀を力無くぶら下げ、肩を落とし、雨の音でよく聞き取れないが、嗚咽のような声も微かに聞こえる。
そう……
男は確かに泣いていた……
傍らに蹲る女以外、全て銀の煙を立ち上らせ消えていく、おびただしい骸の中央で……
その男は、ただただ声を殺して泣いているのだった……
第1話 疾風の聖拳
「なあ、どうすっか? これから俺達」
テーブルの向かい側に座る親友が、さっきからもう何度目か判らない同じ言葉を投げかけてくるが、俺は黙ってビネオワを飲んでいた。つーか、俺に聞くなよ……
「おいシロウ、お前ホントに判ってる?」
ああ判ってる。お前に言われなくてもじゅーぶん理解している。事の重大さを理解してるからこそ、何にも喋る気が起きないんだって事、わからんかな?
「このまま解散か? それともまたイチからメンバー集めか? まさか俺達2人だけでクラスAのフィールドに立つ気なんか?」
レベル3クエスト辺りなら何とかこなせるかな…… ってそう言う事じゃなくてさぁ!
「あのなスエゾウ。そもそも何で2人だけになったか…… 考えたか?」
俺は静かにそう幼なじみに聞いてみた。案の定、鳩が豆鉄砲食らったような顔してやがるよ……
「そりゃお前、クエストが立て続けに2回も不首尾に終わったからだろう? しかもそのうち一回は『ヤハウェイの子』のプリキュア軍団に乱入されたしな」
「ああそうだ。でな? なんで失敗したかな〜? って考えたか?」
俺の言葉にまた首を傾げる我が幼なじみ殿…… そうか、やっぱり自覚がない訳ね。
「なんだろ……? 俺、物理苦手だし……」
「物理関係ねぇよっ! お前だ、お前だよスエっ!! お前が『泣きギレ』して味方に『クロノスフォール』や『リディアルコン』とかかけちまったせいだろうがっ!! 大体なんだよ『泣きギレ』って!? 小学校低学年か!? お前いくつなんだよマジでっ!!!」
俺は思わずテーブルを叩いて怒鳴りながら席を立った。ビネオワが少し残ったカップが跳ねてテーブルの上に転がるが知ったこっちゃ無い。すると怒鳴られた相手もテーブルを叩き、立ち上がって目を剥いて反論する。
「そっちこそ何だよっ! あんなに簡単に前衛抜かれやがって! しかも他の前衛2人はお前のこさえた罠に嵌って身動き取れないってどんなコントだっ!? 今時吉本でもやんねーぞ、そんなベタなギャグ!? そもそも『天才トラッパー』なんて言われて天狗になってるからだろ? 『太刀使い』なら太刀で戦え太刀でっ!!」
「俺のトラップはお前の『泣きギレ』と違って緻密な計算で組み立てた物だ! そもそも攻撃前にちゃんと俺の説明聞いてなかったあいつらに問題があるだろうがっ!」
「お前の馬鹿長げー説明聞いてたらクエスト終わっちまうよ! 複雑な上に多すぎんだよお前の罠っ! 憶えきれるかあんなもんっ! センター試験かっ!?」
「あの程度のトラップ憶えられなくて良く大学受かったな!? だいいち『チビカン』一匹に抜かれたからって何で泣く必要があるんだよ!」
「だってこえーじゃんアイツ! 嘴がベロって剥けんだぞ!? そんでその顔が鼻先30cmに迫って来たんだぞ!? マジで死ぬほどこえーだろがっ!?」
「死ねー、死んでしまえー! お前みたいなヘタレがレベル20台にいちゃダメだ! 此処は勇気が試される場所なんだ! 恐わきゃデッドして帰ってくんな!」
「勇気? どんな勇気だ? 小学校の頃自販機でエロ本買った勇気か? 大した勇気だな〜 あん時は俺もすげぇと思ったケドよ〜?」
「て、てめぇこの…… あん時暗くなっても結局買えなかった奴が、今じゃ女を取っ替えひっかえか? 変わるもんだな〜? え? おい!」
「関係無いだろ! 童貞ヒッキー大学生に言われたかねーよ! そんなこと言うならパソコンのHDにエロ同人画像ため込んでるの言っちまうぞコラ!!」
「すでに言ってんじゃねぇかっ! でっかい声でっ!! その画像をROMに焼いてくれって散々せがんでたのは何処のどいつだ! あぁ!?」
売り言葉に買い言葉で2人同時に馬鹿げた話を周囲にカミングアウト。周りのテーブルの奴らの視線が痛い。オマケにAIコントロールであるはずのNPCですら、俺達2人が座るテーブルを避ける始末……
「と、とりあえず、席に着くか……」
「あ、ああ……」
2人同時に着席。はぁ…… 何やってんだろ、俺達……
「まあ2人で此処で罵りあっていてもちっとも事態は好転しない。具体的な方針を決めよう」
俺は向かい合う幼なじみにそう声を掛けた。
「具体策か…… 新メンバーを捜すか、メンバー募集してるチームに入れて貰うか、俺ら2人でクエストこなすか…… 後は傭兵になるとか…… そんなところかな」
その言葉を聞いて、2人して「はぁ〜」と深いため息をついた。
俺の名前はシロウ。この世界、仮想体感型ロールプレイングゲーム『セラフィンゲイン』で『戦士』つー階級に属しているレベル24のキャラクターだ。本名は仲御 志朗【ナカミ シロウ】現在大学3年生。
でもってさっきまで、レベルの低い言い争いをしていた相手、この目の前に座る紫のローブを羽織った男はスエゾウ。先日レベル25になったばかりの『ビショップ(僧侶)』つー階級のキャラ。本名は壷浜 婁人【ツボハマ ルヒト】俺と同じく大学3年生で、同じ大学に通っている。と言うか、コイツとは幼稚園から大学までずっと一緒で、しかも家も近く、ガキの頃から兄弟みたいに育ったいわゆる幼なじみだ。
流石に全部同じクラスとまではいかないが、それでも普通高校や大学ぐらいは違う学校に行くだろ? なのに俺達は18年も一緒…… もう此処まで来ると、就職先も一緒にしないと、なんか悪い事が起こりそうな気さえしてくる。ホントに腐れ縁だ。腐れ過ぎて臭いまで出そうな雰囲気だよ。
さて、俺達が今いる場所、この『セラフィンゲイン』という場所は、実は現実世界じゃない。此処はプログラムで出来た仮想空間なのだ。人間の大脳皮質に微弱な低周波を当て、脳神経の直接喚起を促して、その脳内にプログラムで作り出された世界を投影させることによって、『プレイヤー』と呼ばれる俺達被験者が、あたかも現実に体感しているかのような感覚を持たせる画期的な体感システムを使った体感型ゲームなのだ。
実はこのゲーム、俺はスエゾウこと婁人に教えて貰った。「すげー面白いゲームがあるから一緒にやろうぜ」と、半ば強引に連れてこられた。最初は嫌だったが、今ではどっぷり嵌っている。
俺は基本必要以外には家から…… つーか部屋から出たくない。他人と話すのが苦手つーかむしろ嫌なんだ。なんかやたら緊張するし、『コイツ、俺のことどう思ってるのか……』なんて考え出すと消えたくなるんだよマジで…… 大学でも隅っこの方で講義を受けてる。
婁人は俺と正反対。お調子者でアホだけど、イケメンで明るいから女子にも人気がある。会うたびに違う彼女を連れていて、ホント羨ましい……
いや、別に彼女が羨ましい訳じゃ…… いえ、それも羨ましいが、何の抵抗もなく他人と仲良く話せるのが一番羨ましいよ、俺は。
俺はこんなだから友達は居ないけど、婁人だけは別。コイツとだけは何故か昔から普通に喋れたし、正反対なのに不思議と気が合った。今みたいな口喧嘩もしょっちゅうだが、その1時間後には2人して笑ってTVを見てたりする。18年も一緒にいると、もうお互い居るのが当たり前って感じだ。
世間一般にい言う『引きこもり』のこんな俺が、今まで酷いイジメを受けてこなかったり、辛うじて大学に通えているのも婁人が居てくれたからなんだと自覚してる。そう言った意味では、婁人には感謝してるんだ。面と向かってじゃ口が裂けても言えないけどね。
友達…… いや、もうほとんど家族みたいなもんだ。
ちょっと話が横道に逸れたが、そんなわけで婁人に誘われて始めたこの『セラフィンゲイン』はマジで超面白いゲームだった。今までかなりPCネトゲ中毒だった俺だが、今までやったどのゲームよりも新鮮で、リアルで、何より刺激的だった。
『もう一つの現実』
その謳い文句は嘘じゃなかった。此処はまさに『現実』と呼んでも少しもおかしくないリアルなファンタジーワールドだ。ゲームの内容は良くあるRPGのそれと大差ない。個人若しくは集団でクエストを受注し、『セラフ』という怪物を『狩る』事によって経験を積み成長していく。成長して強くなれば、それだけ強力なセラフと戦え、難易度の高いクエストにも挑戦できるという、ごくごく一般的なシステムだ。
だが、この『セラフィンゲイン』の凄いところは、それら全てを、実際に自分で体感できるのだ。自分の手で武器を握り、現実としか思えない質感をもった怪物と戦う……
肌に感じる風、鼻をくすぐる臭い、口に含んだ食料の舌先に感じる味。敵から受けるダメージの痛みや、デッド時に受ける『死』の体感……
それら全ては『インナーブレイン』というシステムによって脳内に投影されたイメージなのだが、その体感たるや、プレイヤーにとっては現実と何ら変わりない。まさにもう一つの現実世界。そこで、俺達プレイヤーは、現実世界とは別の人間となって戦いに明け暮れる。知恵と工夫、努力と情熱。そして何よりも勇気によって別の自分になれる場所。人の真の勇気が試される聖域。それがデジタル仮想世界『セラフィンゲイン』
戦場が人を試みる場所なら、この『天使が統べる地』という意味を持つ『セラフィンゲイン』は、人の作り出した『究極の戦場』と言えるだろう。だから俺は常々思う。このシステムを考えた人々、『使徒』と呼ばれる開発者達は紛れもなく『天才』だってね。
俺と婁人はそこでチームを作った。俺達2人の他に4人の気の合う仲間を集め、総勢6人のチームでクエストに挑戦していた。
チーム『クライス・プリースト』
それが俺達のチーム名だ。ああ、馬鹿な名前だと俺も思う。だが、決を取った時に賛成票5、反対票1でそうなった。反対票はもちろん俺。だって『泣く僧侶』っておい……
民主主義の原則に従い、不本意ながらそのままチーム名が決定し、俺達の冒険が始まったのだ。
チームを立ち上げて初めの頃はなかなか上手くいかないことの方が多かった。何しろ俺は初心者だし、他のメンバーもレベルが一桁だったから、フィールドクラスCのクエストレベルの低い物しか受注できなかった。しかし俺達は経験を積み強くなった。フィールドクラスBを難なくこなせるようになり、最近では最上位フィールドであるクラスAの中・上級者向けとされるレベル4クエストも、メンバーを誰も欠けることなく生還できるくらいになっていた。何時しか『目指せ聖櫃!』が俺達の合い言葉になっていた。
『聖櫃』とは、このセラフィンゲインでもっともクリアが難しいとされる最上位クエスト、レベル6のさらに上に設定された高難易度のクエストで、クエストNo66『マビノの聖櫃』の略称だ。
このクエストは、『難攻不落』の代名詞とされるくらいのクエストで、未だかつてたった1チーム、しかも1度だけしかたどり着いた事のない『超』が付くほどの難解クエストだ。クエストをこなしてレベルアップ。そして高経験値を獲得するという基本的なクエスト受注型RPGであるので、明確な最終到達地点というポイントが付けづらいこのセラフィンゲインにあって、唯一最終地点と呼べる場所、それが『聖櫃』だった。
『過剰殺傷』設定で、挑戦するチームをことごとく退かせた『聖櫃』は、一時期『クリア不可能』とまで言われ、挑戦するチームが激減していたのだが、2年ほど前、あるチームが最終地点である聖櫃の内部にたどり着き『クリア可能』が実証され、再び聖櫃挑戦に灯がついた時期があった。しかし聖櫃は、そのたった一度の例外をまるで無かったことにするかのように、再びその門を閉じた。そのチーム以外、未だどのチームも聖櫃にたどり着いたチームは居ない。今ではそのチームは伝説にまでなっている。
そんな伝説のチームにあこがれ、かく言う俺達『クライス・プリースト』も聖櫃を目標に最近まで頑張って来たのだが…… 先日、ある事件が起こった。
いや、事件というと物々しいが、何のことはない。最近では良くある話しだ。俺と婁人ことスエゾウ以外の4人のメンバーが、他のチームに引き抜かれたのだ。
事の発端は些細なことだった。
セラフィンゲインは2年前の大型バージョンアップで、全てのエリアが『オープンフリースタイル』、つまり自分たちの受注したクエストに他のどんなプレイヤーの『割り込み』が可能となった。しかも基本コミニュティーエリアであった『ターミナル』でも、常時他のプレイヤーを攻撃対象に出来る『アクティブコンタクト』というシステムに移行され、フィールドはもちろんターミナルでもプレイヤー同士の戦闘、『プレイヤーバトル』が可能となった訳だ。
しかもこのシステムはかなり極悪で、対戦終了後、対戦に勝利したプレイヤーは対戦相手の装備品を奪うことが可能だった。しかしもちろんデッド判定されたプレイヤーは、その装備品ごと消えるので剥ぎ取る事は出来ないが、そこでデット判定をかわして相手を無力化し、その上で装備品を奪い取ると言う方法がとられた。そしてこの方法で装備品を奪うのを目的とする『プレイヤーキラー』なる者が発生し、さらには専門に『キャラ殺し』を請け負う殺し屋まで現れるようになった。
このシステム導入に異を唱えた古参のプレイヤーも多かったが、管理側はルールブックに何ら違反する事無しとして反対意見を黙殺した。
もっとも『プレイヤーキラー』もイチプレイヤーな訳で、セラフィンゲインの物理ルールに乗っ取った形でしか行動できないから、自分よりレベルの高いキャラにちょっかい出すのは希で、基本初・中級者狙いが大半だったが、上級者といえど、大物を倒した後の疲れた状況での不意打ちは十分脅威であった。
そこで純粋に狩りを楽しむ真っ当なプレイヤー達はチーム同士連携し『ギルド』という集団を形成してその対処にあたる事を考え管理側に要請。管理側はこれを承認しシステムに導入した。
この『ギルド』は、チーム同士情報を交換し、『プレイヤーキラー』や『キャラ殺し』などに襲われたら、その情報がギルドに所属している全チームに水平展開され、キラーを捜索し報復するという方法で自分たちの身を守った。その報復は凄惨なリンチであったが、『プレイヤーキラー』というその卑劣な行為に、誰一人それに対して異を唱える者はいなかった。さらに強力なチームを擁する『ギルド』は、それだけで抑止となり大ギルドに所属しているチームにはプレイヤーキラー達も手を出せなくなった。今では大抵のチームがどこかの『ギルド』に所属している。
ところが今度は、この『ギルド』同士がお互いの派閥争いを始めてしまったのだ。仲の悪いギルドに所属したチーム同士でイザコザがあったり、それがキッカケで大規模なチームバトルに発展するケースもあったりした。ギルド間でのチームの引き抜きなども頻繁に行われ、そう言ったギルドの主要チームは、クエストより自分たちのギルドを大きくすることに目標をすげ替えている節もあった。
今じゃもう本気で『聖櫃』を目指しているチームなんてほとんど居ない状態だ。ある意味カオス化してるよ。
おっと、またまた話が逸れてしまった。
と言うわけで俺達のチーム『クライス・プリースト』も大半の例に漏れず、ギルドに所属していたのだが、先日俺達の所属するギルド『失われた楽園』と仲の悪い『ヤハウェイの子』と言うギルドに所属するチームに、クエスト中にも関わらず因縁を付けられ、セラフを交えた三つどもえのバトルとなったわけだ。
しかし俺の仕掛けた罠に、説明をスルーした前衛メンバーが間違って引っかかるわ、チビカンという強面セラフにびびって『泣きギレ』を起こしたスエゾウの暴走で戦線は大混乱の総崩れ。結果俺達のチームは全滅してターミナルに戻ったら、今度は他のメンバーが俺とスエゾウに愛想を尽かし、しかもなんと襲ってきたチームのスカウトに引っこ抜かれてしまったのだ。
でもまあ無理もないか、相手チーム、7人中6人がそこそこ可愛い女子だったし…… 男だけのむさ苦しいチームよりあっちに行きたいって思うよな、誰だってさ……
とまあ、こういう顛末で俺達チーム『クライスプリースト』はあっさり解散。所属ギルドからも除名されてしまい、こうして2人、『沢庵』で途方に暮れながら、今後について考えていたわけだ。
「なあシロウ、掲示板にメンバー募集のカキコでもする?」
スエゾウがため息混じりにそう言った。
「う〜ん、どうせ書き込んだって集まってくるのはクラスC辺りの初心者か、良くてティーンズ【レベル10代】だろうな。所属ギルドのないティーンズチームなんて、キラーのカモになるだけだろ」
「だよな〜」
俺の言葉にスエゾウはそう言ってテーブルに突っ伏した。
「やっぱり…… しばらく傭兵やってどっかにスカウトされるのを待つしかないんかな……」
「傭兵かぁ……」
何となく、リアルの不況下の就職浪人みたいだな、俺ら……
とそんな俺達に声を掛けてきた人物が居た。
「おうぅ! 久しぶりだな2人とも」
見ると大きな撃滅砲を抱えた中年親父が立っていた。
「ああ、オウルさん。久しぶりだネ〜」
と俺も軽く手を挙げて挨拶した。この人はオウルという古参プレイヤー。貴重な『サーティーオーバー』【レベル30越え】のガンナーで、いま話題に上がっていた『傭兵』だ。
この『傭兵』というのは、何処のチームにも所属しない基本フリーのキャラで、ギルドも『マークスギルド』と言う傭兵の専門ギルドに所属している。個人やチームと期間を決めて契約しクエストに参加する特殊な職業だ。
元々セラフィンゲインには『傭兵』と言う階級は正式には存在せず、半ば成り行き上発生した職業だ。聞いた話しに依れば、傭兵は全員元々真っ当なプレイヤーだったが、今回の俺達の様に解散したり、様々なしがらみでチームから抜けた高レベルなプレイヤー達が寄り集まって始めた物らしい。このレストラン『沢庵』がある裏通り、通称『寝床通り』沿いの、ここから2ブロック先にある『ネスト』と呼ばれる施設にその居を構えていて、傭兵を雇いたいプレイヤーはそこに赴いて直接契約で雇うこととなる。
まあ、契約と言っても正式な手続きがある訳じゃなく、その全ての契約行為が口約束なのだが、『マークスギルド』はシステムがギルド制に移行する前から自然発生していた組織でその影響力や発言力は大きく、正式にギルド化してからはその力もより強固になっていて、理不尽な理由で契約を反故にするプレイヤーは皆無だった。『マークスギルド』は基本的にギルド間の揉め事などには完全に中立な立場を貫いているのでなんとも言えないが、もしかしたらセラフィンゲインで最強のギルドって傭兵ギルドなのかもしれないな。
「聞いたぜ〜 メンバー引き抜かれたんだって? しかも『ヤハウェイの子』所属の『ハニー・ビー』だろ? 最近あのスカウターの娘達、頻繁にアッチコッチで引き抜き掛けてるみたいだぜ?」
オウルはそう言いながら俺達が座るテーブルの空いている席に座った。
「え? あの娘達スカウターなの? マジで?」
スエゾウが起きあがってオウルに聞いた。俺も気が付かなかった。
「知らなかったのか? 結構有名だぜ?」
「って事はなんだ? 初めから引き抜き目的で喧嘩売ってきたって訳か?」
スエゾウが驚いて声を荒げる。
「てか、引き抜きに応じたその4人も事前に話し聞いてるはずだぜ? 『ノキア』とビーの魔導士が会ってるところ見たって情報、俺の所にも入ってたよ」
「マジかよっ!? くっそ〜 あいつら〜っ!!」
スエゾウがバンバンとテーブルを叩いて悔しがった。
『ノキア』とは俺達のチームの魔導士の名前だった。そいつが今回の相手『ハニー・ビー』の魔導士と事前に会っていたと言うことは、つまり端から仕組まれてたと言うわけだった。確かに俺も腹が立つが、でも今更言っても仕方がない事だ。そもそもそんな連中とフィールドに立ってもまともに戦えるわけがない。別れて正解だったと思うよ。
「よ〜し、こうなったらリベンジだ! コッチも逆にあいつらの、あのムッチリ巨乳女魔導士を引き抜いてやろうぜ、シロウ!」
「アホか…… そもそもどんな材料で釣るんだ? メンバー居なくて所属ギルドからも除名され、クエスト受注もままならない寝カフェ難民のような状態なんだぞ俺ら。スカウト話し持ちかけた瞬間に『フレイストーム』で灰にされるのがオチだ」
「だって悔しいじゃん! 俺ら2人だけこんなところでやさぐれてるのに、あいつら巨乳ギャルに囲まれて……っ シロウは悔しくないのかよ!」
そこカヨっ! 『悔しい』じゃなくて『羨ましい』だろそれ!!
「それで、これからどうするつもりなんだ? 2人とも」
オウルのその言葉に、俺達はまたため息を吐いた。
「今それを2人で話していたんです。新しいメンバー集めて再出発するか、それとも傭兵になるか……」
俺はオウルにそう答えて頬杖を付いた。
「傭兵かぁ…… でも傭兵も結構大変だぞ? 名前が売れるまでは稼ぎにならんし」
オウルはそう言って近くに来たNPCの店員にビネオワを注文した。
「そうッスよね…… やっぱダメ元でコミ板にメンバー募集のカキコして、ティーンズ相手にちまちま上を目指すのが一番現実的かな〜」
俺もビネオワを追加して天井を見上げた。
「お前達、まだ目指すのか? 聖櫃を」
オウルがそうポツリと呟いた。俺はすぐさまその言葉に答えた。
「もちろんです! かつて1チームだけだったとしても、たどり着いたチームがいるんだ。絶対行けるはずです! 俺は今までどんなゲームでも途中で投げたりしなかったのが、こんな俺の唯一の自慢なんです。いつか絶対辿り着いてみせる…… たとえ何年掛かっても」
俺は思わず声に力を込めた。いつか必ず聖櫃にたどり着く。あの伝説のチームの様に…… それは俺が引きこもりであるにもかかわらず、秋葉原の『ウサギの巣』に通う理由なんだ。
「今時そこまで『聖櫃』にこだわるプレイヤーなんて、きっとお前ぐらいだよ、シロウ。昔は一杯いたんだけどなぁ…… 此処も変わっちまったよ」
オウルはそう言って運ばれてきたビネオワを煽った。そして続いてその細い目で俺の目を覗き込んだ。俺は少し戸惑いながらその視線を見返した。
「なあシロウ。お前が本気で聖櫃を目指すなら、新メンバーを紹介してやろう。と言っても一人だけだが…… きっとお前達なら彼女も快く引き受けるだろう」
彼女? 女のプレイヤーか…… う〜ん、女子は苦手なんだけどなぁ……
「マジ? マジッスか!? 彼女って事はギャルだろ? うほ〜いやった〜! さっすがオウルさん。顔広〜い! 伊達に歳食ってないね」
スエゾウが興奮してそう言った。もう踊り出しそうな雰囲気だ。いや、五月蠅いからちょっと黙ってて。
「ただな、強さもハンパじゃないが、相当なじゃじゃ馬だぞ?」
オウルは探るような目で俺を見た後、またビネオワを煽った。
「俺の古い友人でな、バイトも紹介してやっている。キャラ名はララってんだが……」
ララ…… あれ? 不思議と聞いたことがあるような……?
「職業とレベルは? まあオウルさんが紹介してくれるプレイヤーなら腕も良いんでしょうけど……」
俺は一番気になる部分をオウルに聞いた。
「お前なぁ、腕が良いも何も…… 職業はモンク【武道家】 レベルは…… ククッ 聞いて驚けよ、32だ」
「レベル32のモンク!? そんな奴いるのかよマジでっ!?」
オウルの言葉にスエゾウが真っ先に反応した。いや、俺も正直驚いた。モンクは元々選ぶプレイヤーが極めて少ない職業で、しかもレベル30を越えるモンクなど、今までお目に掛かった事がない。
モンク【武道家】は俺達戦士系の職業と違い、寸鉄を帯びず、無手でセラフを攻撃する特殊な職業だ。己の肉体を極限まで鍛え抜き、まさにその四技を武器と化して戦うキャラである。さらにその体内で練り上げた『気』を相手にたたき込む技で、レベルが上がれば『内気功』という技を体得し、独自でダメージを回復したりする一種の万能キャラになるという。もちろん『内気功』を体得出来るほどレベルを上げたモンクは見たことがない。レベル30を越えているなら間違いなく使えるだろうから、恐らく秋葉の端末では、そのララというキャラ1人だけだろう。
何故人気が無い職業なのかは至って簡単な理由。ゲームとはいえ、此処まで現実に酷似した世界で、化け物相手に素手で挑もうなんて考える人が少ないからだ。ある意味モンクの上級者が、もっともこの世界に相応しい勇気の持ち主なのかもしれないな。
「で、でっ! その娘どうなの? イケてるの? ねえ?」
とスエゾウが興奮してオウルに聞いた。お前は盛りの付いたイヌか!?
「イケてるも何も…… あれ? なんだお前達知らないのか? モンクのララつったら結構有名だぞ?」
そのオウルの言葉に、俺とスエゾウは顔を向かい合わせて首を傾げた。そうそう、なんかどっかで聞いたことがあるような気がするんだよね、その名前……
「オイオイなんだよまったく…… じゃあ彼女の異名ぐらいは聞いたことあるだろう? 『疾風の聖拳』だよ」
オウルの言葉に俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。
そうだ…… 確かに聞いたことがある。目が追いつかないほどのスピードで敵を翻弄し、一瞬で敵の懐に入り、モンク特有の打撃技『爆拳』をたたき込む、超が付くほど強くて美人な女拳士がいるって噂を。
「疾風の聖拳…… 俺、聞いたことがあるよ。めちゃくちゃ強くて超美人なモンクなんだって」
スエゾウもどうやら知っているらしい。
「ああ、俺もだよスエゾウ。嘘かホントか妖しいけど、レベル6の代表セラフ『バルンガモーフ』を素手でぶっ飛ばしたって聞いたことがあるよ……」
「ま、マジで? こ、恐……っ!」
そう言うスエゾウの目が微かに潤んでいた。もうホントにコイツはよぅ……
「ははは、そりゃ強いはずだよ。何せ彼女は一度『聖櫃』に行ったプレイヤーだからなぁ」
ええっ!!?
「ま、マジですかそれっ!?」
俺は思わず席を立ってオウルに詰め寄った。オウルはそんな俺を面白そうに眺めながら静かに続けた。
「ああ、おおマジだ。彼女はこのセラフィンゲインで唯一『聖櫃』の扉の向こうに足を踏み入れた伝説のチーム…… あの『ラグナロク』の最後の生き残りなんだよ」
オウルはそう答えて、ビネオワを飲み干した。俺は立ったままその場で呆然としていた。
あの伝説のチーム『ラグナロク』のメンバーの一人。もうとっくに全員引退したものだとばかり思っていたけど、まさかまだ生き残りがいたとは思わなかった。
疾風の聖拳、モンクのララ……
モンクという職業からして恐らく前衛を勤めていたハズだ。ならばあの伝説の太刀使い、英雄と呼ばれた『漆黒の鴉』
そしてその後のプレイヤーバトルでたった一人で10チームを相手に戦い、その全てを全滅させ、しかもそのうち15人をロストに追い込み『死神シャドウ』の異名残してこの世界から姿を消したあの人と一緒に戦った戦友……
「何処に行けば会えますか? 疾風の聖拳に」
俺のその言葉に、オウルはその細い目をさらに細くしてニンマリと微笑んだ。
第2話 秋葉原の戦女神【アテナ】
「ララはえらく気まぐれでな、アクセスもかなり不定期なんだ。オマケに何処のチームにも入ってないし、ギルドにも所属してないから、『フレンド登録』したプレイヤーだけが補足可能なんだ」
オウルはそう言って顎をしゃくって俺の後ろを指す。俺は首を傾げながら振り向いた。「お前さんの3つ後ろのテーブル、46番テーブル、見えるか?」
オウルのその言葉に、俺はそのテーブルに視線を移した。スエゾウも立ち上がり、同じように46番テーブルを見た。そのテーブルは、この混雑した時間帯にもかかわらず、何故か空いていた。
「あの46番テーブルは、かつてラグナロクが使っていたミーティングテーブルでな。年間指定席なんだそうだ。どれだけ経験値支払えばそんなことが出来るのか検討もつかんがな……
解散から2年経った今でも未だに年間契約が続いてるらしい。ララがこの沢庵に姿を現す時は、必ずあのテーブルに着くのさ」
マジですか…… テーブルの年間契約……? そんなこと出来るのかよ。
「すげーな、やっぱレベル32のモンクともなると、稼ぐ経験値もハンパねぇんだろうな……」
オウルの話しにスエゾウが感心したように呟いた。
「あー、 契約料はララが払ってるんじゃないんだ。さっきララを『ラグナロク最後の生き残り』なんて言ったが、実はもう一人まだ現役でいるメンバーが居るんだ。ラグナロクのリーダー、『絶対零度の魔女』の通り名を持つ『フォーティーオーバー』【レベル40越え】の最強魔導士、『プレチナ・スノー』だ。契約料はそのスノーってキャラが払ってるって言ってたぜ」
オウルは静かにそう言った。
「絶対零度の魔女…… フォーティーオーバーの魔導士なんて、普通にもう神だろマジで……」
レベル32のモンクにフォーティーオーバーの魔導士と15人ロストの死に神と呼ばれる最強太刀使いが在籍するチームってどんなだよ!? 聖櫃クリアつーのが無くったって伝説になりそうだよマジで!
「スノーはいま日本に居なくてな。北米サーバでやってるらしい。時差の関係で日本サーバにはアクセスできないんだと」
なるほどね……
俺はオウルのその言葉に納得した。セラフィンゲインは世界規模のネットワークゲームだ。しかしサービスが開始される時間帯は国によって違う。時差が大きい国同士ではラップできないんだろう。
「じゃあ此処で、そのララってキャラがアクセスするのを待つしか無いってことっすか?」
スエゾウがオウルにそう聞いた。オウルは微かに笑いながらこう答えた。
「確かに気まぐれな彼女だが、絶対に現れる場所がある。リアルでの彼女のバイト先だよ。俺が紹介してやったんだ」
リアルかよ…… リアルでスエゾウ以外のキャラと会うの苦手なんだけどな……
「リアルララちゃんに会えるの? うっほ〜♪ で、何処に行けば会えるの〜?」
憂鬱な俺とは反対に、スエゾウは大はしゃぎだ。さっきバルンガモーフ素手でぶっ飛ばしたって聞いた時は涙目になってたくせによ〜 まあリアルで会ったら普通の女の子だろうから、女好きのコイツがはしゃぐのも無理無いケド…… 超美人って話しだし、話すのは苦手だけど、俺も見てみたい気がするしな。
「なんならこれから行くか? 今日はララが出るカードがあるから俺もこれからログアウトして行こうって思ってた所だし……」
そう言うオウルの言葉に、若干妙な単語が混じる。ララが出るカード? カードってなんだ?
「当然行く行く! どうせ2人だけじゃクエストだってレベル3ぐらいしか受注出来ないし、此処で2人でやさぐれてるより断然良いよ! 善は急げだ、な、シロウ!!」
行く気満々のスエゾウがそう言って俺の腕を掴みながら跳ねる。トイザらスで親にオモチャせがむガキかお前はっ!!
「場所は何処です? もう7時回ってますケド」
「大丈夫、秋葉だからウサギの巣からすぐだよ。ララが出るのは8時からだし、今からログアウトすれば十分間に合うさ」
秋葉原か…… しかしバイトってなんだろ? 美人だって話しで、秋葉ってことはメイドカフェか?
「やっぱメイドカフェ? でもちょっと待てよ…… この時間だろ? 『出る』って事はコスプレパブか何かかな? うっは〜!」
脳内でアホな妄想を繰り広げるスエゾウ。五月蠅いっちゃありゃしない……
「メイドカフェ? コスプレパブ? 何言ってるんだ? 試合に出るんだぜ? ララは」
「え? 試合?」
オウルの言葉に俺と自分の妄想に五月蠅かったスエゾウとで首を傾げる。試合でバイト? なんだそれ?
「あ〜もう良いから行こうぜ、間に合わなくなっちまう。俺、ララのファンなんだから見逃したくないんだよ! 応援しなくちゃならないしよ〜! 行くんなら早く行こうぜ!!」
オウルはそう言って席を立ち、出口に歩いていった。俺達2人も慌てて武器を持ちその後に続いていった。
試合をするバイト…… いったい何のバイトなんだろう?
☆ ☆ ☆ ☆
と言うわけで俺と婁人は、ログアウトしてロビーでオウルこと屋敷土さんと合流し、セラフィンゲインの接続所である『ウサギの巣』を後にした。
屋敷土さんはリアルじゃ秋葉原でそこそこ有名な『耳屋』というフィギア&ゲームショップを経営していて、そこの店長さんなのだ。俺も良くゲームやフィギアを買いに行く。 『耳屋』は結構通好みの品揃えを誇り、ヲタの間では『知る人ぞ知る名店』となっている。引きこもりで人と話すのが苦手な俺が唯一何の抵抗も感じず買い物が出来るありがたいお店だ。そして店長である屋敷土さんはセラフィンゲインでも『情報通』で、『情報屋のオウル【梟】』としても有名で、色々な所と不思議なパイプを持つ古参のプレイヤーだった。ハッキリとしたことは判らないが、初期バージョンからのプレイヤーらしく、セラフィンゲインの事なら何でも知ってると言われるぐらいで、まさに『セラフィンゲインの生き字引』といった感じだった。
そんな人なので、セラフィンゲインでもオウルを慕い会いに来るプレイヤーも多いし、バーチャルのみならず、リアルでも『耳屋』を訪ねてくるプレイヤーも多いと聞いたことがある。もうセラフィンゲインの主だね、この人。
「お、着いたぜ、ここだよ」
屋敷土さんはそう言って一件の雑居ビルの前に立ち止まった。
どことなく『ウサギの巣』があるビルに似ているが、あっちが全くの無人ビルのように見える外観と違い、入り口の両開きのドアの上には、ネオン管の看板がピカピカとカラフルな色で点滅を繰り返している。
「ガールズ…… ファイトクラブ……? 何ですかここ?」
俺は首を傾げながら看板の英語を読みつつ、そう屋敷土さんに聞いた。
「言葉の通りだよ…… 俺は前売りチケットあるけど、お前達はそこの小窓でチケット買わないと入れないぞ? あ、『耳屋』の関係者って言えば1割引いてくれるからな」
俺と婁人はますます困惑しながらも、言われるまま入り口横の小窓でチケットを買い、屋敷土さんの後に続いて建物の中に入った。
入るとすぐに地下へ続く階段があり、階段を下りきったところにあるスチールドアを開けた瞬間、喧噪に満ちた中の音が鼓膜を刺激した。
「な、なんだここっ!?」
俺の横で婁人が驚きの声を上げた。俺に至っては声も出ない。
中は丁度2階層をぶち抜いた感じの天井の高い大きな空間で、天井にはいくつもの水銀灯が眩しいぐらいに点灯していてその部屋の熱気をさらに上昇させているようだった。
中央にはボクシングやプロレスでおなじみのリングが設置され、今まさに女の子2人がとっくみあいのバトルをしている真っ最中だった。そしてそのリングの周りを背の高い金網が取り囲み、さらにその周りを観客席が取り囲んでいるが、その観客席に誰一人座っている者はなく、超満員の客達が総立ちでリングに声援を送っていた。
TVで時折放送されるK−1の様な感じだが、明らかにこちらの方が生々しく、汗が出るような熱気で盛り上がっていた。
「『ガールズ・ファイティング・コロシアム』…… 格闘自慢の女の子達がその技を駆使して戦うんだ。当然ファイトマネーが出るし、勝ったらボーナスも出る。連続10週でチャンピオンなら優勝賞金も出るんだ。男同士のK−1何かより遙かに面白いぜ?」
屋敷土さんは俺達にそう説明した。そう説明する間でも、会場のそこら中から上がる声援や野次で良く聞き取れないほどだ。確かに凄い盛り上がりだった。
「大抵の試合はショーじみているんだけど、今日はチャンピオンカーニバルの試合があるんで、盛り上がりも凄いんだよ。このチャンピオンカーニバルに出る女の子達はハンパ無いぜ? 技もスピードも桁違いだ」
屋敷土さんはギュウギュウの観客席の間を歩きながら、俺達にそう説明した。
しかし、秋葉原のあんな雑居ビルの下に、こんな物があったなんて知らなかった…… それにしてもスゲー熱狂ぶりだな。
「んで、んでっ! そのララちゃんはどの子なの?」
周りの熱気に影響されてか、妙に興奮気味の婁人がオウルに聞いた。
「ララはこの試合の後、メインマッチだ。今日勝てばカーニバル優勝2回目だ。ファイトクラブ始まって以来の快挙だぜ!」
「リアルでもそんなに強いんですか!?」
俺は思わずそう聞いた。リアルもバーチャルも格闘ってどんな女なんだ?
「ララはハーフでな。親父さんはアメリカ陸軍の突撃隊なんだ。それで幼い頃からその親父さんにマーシャルアーツを仕込まれてて、その腕前は達人レベルなんだよ。あっちの通り名は『疾風の聖拳』だけど、此処じゃ『秋葉の戦女神【アテナ】』って呼ばれてるんだ。強い上に超美人だから熱狂的なファンが多いんだよ。今日来てる連中のほとんどがララのファンじゃねぇかな? ちなみに俺もララの大ファンだぜ」
そう言って屋敷土さんは上着を脱ぐと、下の迷彩柄Tシャツの胸には『ILove Lala!』の文字が踊っていた。いい歳こいて何やってんだよこのおっさんっ!!
すると場内がにわかに静かになっていった。どうやら試合が終わったらしい。
「よっしゃ、始まるぞ〜!」
屋敷土さんはそう言って上着を腰に巻き、上Tシャツ、頭にそろいの迷彩バンダナを巻いてリングを見つめた。その横に何故か似たようなテンションでリングを見守る婁人の姿があった。
元来乗りやすい性格なので、早くもこの会場の熱気にシンクロしたらしい。俺はアホか? と思いながら周囲を見回し度肝を抜いた。
なんと会場のほとんどの人が屋敷土さんと同じTシャツ&バンダナ姿でリングを見守っていたからだ。な、な、なんだこの集団っ!!
『会場の皆さん、お待たせいたしました。本日のメ〜ンイベン〜ト! チャンピオンカーニバルファイナルの開催で〜すっ!!』
場内アナウンスが始まると、会場内が静まり帰った。
『始めに、青コ〜ナ〜! チャンピオンカーニバル初参戦! 幼い頃から空手を習い、空手オリンピック女子の部準優勝という経歴の持ち主! 『習志野のジャンヌダルク』ことジャイアンツ・ショウコ〜っ!!』
アナウンス終了と同時に、青コーナーから空手胴着姿の女の子が颯爽とリングに走り寄り、ロープを使ってジャンプし、そのまま宙返りしてリングに飛び込んだ。すると会場から『おお〜!』と歓声が上がった。うん、この娘もそこそこ可愛いじゃん。
「おっ! 結構可愛いじゃん。なあ、志朗?」
そう婁人が俺に同意を求めた。そこに屋敷土さんが笑いながら答える。
「ははは、お前ら、ララ見たら美人の基準が変わるぞ? ララの美しさは突き抜けてるからな」
『続きまして赤コーナー! 皆さんお待ちかね、格闘の申し娘! その戦績は38戦無敗っ! 当ファイトクラブ始まって以来の快挙に後一歩と迫る、神の手による美貌のファイター! 秋葉原が生んだ格闘天使! ご存じ秋葉の戦女神【アテナ】ララーっ!!』
アナウンスが終わるやいなや、会場にエレキギターの旋律が響き渡り、ロック調のバラードが流れ出した。そしてその曲を合図に、会場の客達が一斉に曲に合わせてリズムを取り声を上げる。まるで会場全体が震えているようだ。
入場テーマまであるのカヨ!
「聞いたこと無い曲だけど…… いい曲だなぁ!」
婁人が見よう見まねでリズムを取りながらそう言った。
「この曲、『ラグナロク』のメンバーが作ったんだぜ? でもって歌ってるのがララだよ。この曲は彼女が大学時代に当時のメンバーで作ったって話だ。当時リーダーのスノーのHPで無料配信してたんだけど、彼女がアメリカ行って閉鎖されちゃってな。ララがこの曲を入場テーマにしてからエライ人気でよ。でもオリジナル音源はもう手に入らないから、音源持ってるファンがコピーして回してるんだ。この界隈じゃ結構有名な曲なんだよ」
屋敷土さんは俺達にそう説明してくれた。なんか若干自慢げなんですけど……
しかし、オリジナルソングまで歌ってたのかよラグナロクっ!? どんなだ? どんなチームなんだよラグナロクってまじで!?
そしてその曲に合わせて、赤コーナーに現れたのは……!?
「し、シスターっ!?」
曲調とはうってかわって静かな足取りで現れたのは、シスター姿の女の子だった。その姿に観客の声援は一層ヒートアップした。そしてそのシスターが頭の覆いを取ると、一斉にため息にも似たなんとも言えない声が会場に響く。
白い強烈な光を放つ水銀灯に照らされたリング上でも決して色あせない栗毛のロングヘヤーを後ろで束ね、小顔な面積に対して少し大きめの一重の切れ長の目と、それに連なる繊細な鼻梁と愛くるしい唇が微かな微笑みを浮かべていた。全てのパーツが完璧な設計で緻密に配置されていて、どれ一つ欠けても、この芸術品のような顔は生まれないだろう。先ほどのオーバーなアナウンスも決して言いすぎではないと思う。まさに、神の手による美貌……
アニメのヒロインが、そのまま3次元化して現れたようだ。それがシスター衣装を着て立っているのだ。は、反則だよこりゃ…… その証拠に、相手選手だって両手をくんで目が潤んでるんだもん。
「は、ははは…… 美人とか、そう言うレベルじゃ無いね…… ウチの大学のミスなんて、逝って良しって感じだ…… 俺、来てヨカタヨ!」
婁人が感動して呟いた。俺もその意見に狂おしく同意。何となく婁人の最期の言葉が「生きててヨカタヨ」に聞こえた気がした。
しかしどうでもいいけど、どうして語尾が片言なんだ?
「今日はミニスカシスターのコスプレかよ〜 やっぱ何着ても超ド級に似合っちまうよな〜!」
屋敷土さんの言葉に、スエゾウが興奮して聞いた。いや、ミニスカな時点でもうシスターじゃない気がするんだけど……
「今日はって…… じゃあいつも違う衣装で出てくるの!?」
「ああ、ララはコスプレマニアなんだ。前回はメイドで、その前はくの一だったぜ。他に見たことあるのはセーラー服やらゴスロリドレス…… あ、そうそう、スク水ってのもあったな」
「す、すす、スク水―――――っ!? うおー! 超見てぇぇぇっ!! ちっきしょー聞かなきゃ良かったっ!! やっべ見てねぇのが超悔しいっ!!」
アホか……
婁人、ここの常連確定だなマジで……
そして試合が始まった。なんとララはその姿のままファイトを開始した。動くたびにスカートの裾がヒラヒラまくれ、その下に履いてるスパッツがチラチラ覗くたびに、観客の歓声が盛り上がる。あのさ、皆さんパンツじゃ無いからさ……
しかし戦いはそんなふざけた格好とは正反対に、凄い高レベルな技と技のぶつかり合いだった。
ジャイアンツ・ショウコのキレのある突きや蹴りを、紙一重の見切りで交わすシスター姿のララ。ショウコの攻撃も決して緩いわけではないが、ララのスピードレンジはショウコのスピードと差がありすぎた。その証拠にララはほとんどガードの構えを取らず、無駄な動きを一切しないで紙一重で避けている。しかもその顔には余裕の笑みさえ浮かべていた。
「す…… げぇ……っ!」
俺の隣で息を飲みながら試合を見ていた婁人が呻くように呟いた。確かに凄い。空手オリンピック準優勝という肩書きは嘘じゃないだろう事は、その攻撃の鋭さを見れば判る。だがその攻撃をまるで無人の野に立つがごとく最小限の動きだけで交わしていくララの強さに驚愕していた。まるでショウコを子供扱いだ。
仕舞いに連続攻撃を繰り返していたショウコの息が切れ始め、そのうちバテたショウコは完全に動きが止まって仕舞った。するとララがショウコに声を掛けた。
「技のキレは悪くない。でも無駄が多すぎ…… それに攻撃がお手本過ぎるよ。だから交わすのも難しくないの」
歓声が木霊するリング上でも、その澄んだ美声は良く響いた。
「な……んの…… まだまだぁっ!!」
スタミナの切れかかった体に根性の鞭を入れ、ショウコはララの懐に飛び込み、上段に正拳突きを繰り出す。しかしそれも難なく交わされたが、その反動を利用して体をクルリと回転させ、鮮やかな後ろ回し蹴りを繰り出した。
だが、次の瞬間、ララはすっと体を沈ませて蹴りを交わし、行き過ぎる足のふくらはぎに左手を添えるとぐいっと押して勢いを付けさせ、ショウコの体を正面に向けさせた。そしてそのまま上体を捻り、丁度彼女のみぞおちに肘打ちを叩き込んだ。
鈍い音とぐもった呻きを漏らしつつ沈み込むショウコの顎下に、ララは右腕の二の腕を入れると空いている方の手でショウコの右手首を極めながら背負い投げた。そのまま見事に弧を描いてショウコは背中からリングに落ちた。水月に食らった肘打ちの痛みに、受け身を取りそこない、まともに背中からリングに叩き付けられた痛みとで、ショウコは声も出ずに悶絶した。
きっとショウコはその痛みに苦しみつつ、何が起こったのか判らないまま天井を見ているのだろう。そして会場が歓声の渦に飲まれる。
「凄い…… 空手オリンピック準優勝選手が手も足も出ないなんて……っ!」
俺は思わずそう言葉を漏らした。
ララはそのまま仰向けに倒れたショウコを抱え、瞬時にうつぶせにすると腕を背中に捻り上げながら、馬乗りになって後頭部に肘を当てて押さえ込んだ。これでショウコの動きは完全に封じられてしまった。
「どんなに鋭い攻撃でも、当たらなければ意味はない。銃やナイフを持つ相手には、構えていては遅いの。引き金が引かれるその瞬間に相手を無力化しなければならない。1度きりのチャンスを物に出来なければ殺されちゃうから。あたしの技はそう言う相手と戦うためのものなのよね」
そのララの言葉を背中に受け、ショウコは苦痛に歪む口から、息も絶え絶えと言った様子でレフリーにギブアップを告げた。その瞬間ゴングが鳴り響き、同時に割れんばかりの歓声が場内に響き渡った。ララは馬乗りになっていたショウコから降り、極めていたショウコの腕を掴んでショウコを立たせるとそのままショウコに抱きついて抱擁した。
「空手がマーシャルアーツに劣っている訳じゃない。今回は経験の差ね。他の格闘術を学ぶのも強くなるのに必要な手段だよ。機会があったらまたやらない?」
そのララの言葉に、ショウコはカチコチに固まった状態でコクコクと頷いた。もう目がハートマークになってるんですけど……
『ウィナー! ララーっ!! そして同時にチャンピオンカーニバル2回連続優勝達成――――っ!!!』
割れんばかりの歓声を浴びながら、ララはリング上で手を振りながらその声援に応えていた。シスター衣装の袖から覗く皮グローブがなんとも場違いに思えるが、照明を浴びるその姿はまさに女神そのものだ。ホントにアニメのヒロインだよマジで。
「いやスゲかった〜! ララちゃんさいこーっ!! ねえ店長、そのTシャツ何処で売ってるの? 俺買ってくるわ」
婁人、ファン確定…… まあ無理もない。確かにあの美貌でメチャ強いんだもん。この熱狂ぶりも頷ける。俺も帰りに買って帰ろうかな……
「だろ? サイコーだよなララ。ファンも男だけじゃ無いぜ。女性専用ファンクラブもあるって話だよ。『ララ様』って呼ばれてるらしいぜ」
「マジで? でも確かにあの反則的な美貌じゃ無理ないよ〜 さっきの対戦相手だって、試合終わって抱き合ってた時ポ〜ってなってたもんなぁ」
婁人が感心したように言った。TVのアイドルや女優なんかより綺麗だもんな実際。
「さて、試合も終わったし本題のメンバー入りの件話しに、控え室行くか」
屋敷土さんの言葉に、俺と婁人は顔を見合わせてハタと気づいた。そうだった…… その為に来たんだっけ。やべえ、完全に忘れてたよ……
そんな俺と婁人を見ながら、屋敷土さんは呆れた顔でため息をついた。
「お前らなぁ…… 何のために来たんだよ。ホントに再出発する気あるのかマジで?」
ご、ごもっともです……
俺達は屋敷土さんの後に続いて選手控え室に向かった。
第3話 最戦の序曲
俺達は未だに試合の余韻に包まれた客席を縫うようリングの反対側に周り、通路に出た。通路の奥には、いかにも屈強そうなガードマンが2人、通路を塞ぐように立っていたが、屋敷土さんが2,3度言葉を掛けると、すぐに道を空けてくれた。どうやら屋敷土さんは顔パスらしい。
「このファイとクラブのオーナーは昔からの顔なじみでな。色々と持ちつ持たれずの関係を続けてる。まあ、腐れ縁みたいなもんだ。ララを紹介したしな」
そう言って俺達に説明してくれた。しかしガードマンまで付けるなんて…… まるで芸能人並だな……
「最近は何かと物騒だろ? 訳のわからん連中も多いからってんでクラブ側が用意したんだそうだ。特にララはこのクラブ始まって以来のドル箱選手だし、彼女に至っては熱狂的なファンも多いから、その辺りを考慮したんだろう。現にララが試合にで始めてから、チケットの売り上げが倍増。立ち観まで出る始末だしよ」
なるほどね。まあ確かにそう言う連中もいるかもしれない。でも、あんなに強い女の子にちょっかい出したら、間違いなく病院送りになりそうだけど……
そうこしているウチに、俺達は『選手控え室』と書かれたドアの前にやってきた。屋敷土さんはそのドアをノックした。すると中から『だれ〜?』と声がした。
「ララ、俺だ。オウルだ! ちょっと良いか?」
その屋敷土さんの声に『オウル!? 久しぶりじゃ〜んっ!』と声が返ってきて、程なくしてドアが開き中からさっき見たアニメヒロインのような美貌が顔を出した。
「やっほ〜オウル、ひっさしぶり〜!」
ララは若干軽いノリで屋敷土さんに笑いかけた。まだ着替えてなかったようで、未だに試合の時に見たシスター姿で戸口に立っていた。
いやもう間近で見るとさらにその美貌がハッキリとして、目が点になりそうだ。たぶん唇にルージュを引いただけのすっぴん状態だろうが、もう此処まで整っていると化粧なんて必要ないのかもしれないな。
「俺はララの試合は欠かさず見に来てるから、あまり久しぶりな感じはしないけどな。お、そうだ、カーニバル優勝おめでとう。2回連続優勝なんて、史上初だぜ! もうお前さんに勝てる奴は、女子じゃいないんじゃないか?」
と屋敷土さんはさりげなく優勝を祝した。ええもう俺もホントそう思います。つーか男でも現役の格闘家じゃなきゃ勝てない気がすれケド……
「ははは、まあ私は男でもOKだけどね。セラフィンゲインじゃ良くキラーの男子狩ってるし♪」
およそ女の子の台詞じゃないな……
「あれ? オウルの友達? にしちゃちょっと歳が離れてる気がするけど……」
ララは後ろ手に束ねてあった髪をほどきながら屋敷土さんに聞いた。
「歳だけ余計だコノヤロ。コイツらはアッチでの知り合いだ。実はコイツらの事でお前さんに相談したいことがあってな。ちょっと良いか?」
屋敷土さんがそう言うと、ララは後ろの俺達2人に視線を移した。
「セラフィンゲインの? ふ〜ん…… 別にこの後何もないからいいよ。でも此処じゃ何だし…… あ、そうだ。じゃあ駅前の『BBS』に行かない?」
『BBS』? な、なんだそれ!?
「お、良いねぇ。優勝祝いも兼ねてパァ〜とやるか!」
と屋敷土さんも意気投合。何かよくわからないところで、よくわからない何かが決まっているんですが……
「ちょ、ちょっと待ってください。な、なんすか、その『BBS』って?」
俺はなんか嫌な予感がして慌てて屋敷土さんに聞いた。すると屋敷土さんは意外そうな顔で答えた。
「秋葉原のコスプレ居酒屋だよ。なんだ、知らないのか? 店員の女の子がみんなコスプレしてるんだ。『小悪魔の食卓 LittleBBS』略して『BBS』…… 結構有名だぜ?」
コスプレ居酒屋!? そんなのあるの!? しかもなんだその『小悪魔の食卓』って!? つーかそもそも俺、ノーマル居酒屋自体行ったことねぇってまじで!
「コスプレ居酒屋!? 流石秋葉だ! うっはー♪ 行きます飲みます! てかララさんと飲めるなんてもうウルトラ感激ですよ〜♪ 志朗も行くよな? な? てかぜってー行くぞ!!」
戸惑ってる俺の横で、婁人が妙なハイテンションで余計な口を挟んだ。また余計な事を……っ!
「なかなか面白い連中のようね。じゃあそっこーで着替えるから、表の受付のトコで待っててよ」
「了解だ。ほいじゃ後でな」
ララの言葉に屋敷土さんはそう答え。俺達を伴って控え室を後にした。俺は複雑な心境でその後に続いた。なんか嫌なんだよね、こう言うの……
☆ ☆ ☆ ☆
クラブの受付までララと合流した俺達は早速その『BBS』に向かった。駅前の中央通りと銀座線末広町駅の入り口がある蔵前橋通りの交差点を左に折れ、路地を2つほど行って左に曲がるとそのお店はあった。4階で受付をすまし、ブ○ーチのコスプレをしたおねーさんに案内されて、俺達は店に入った。
店内は割と明るめな感じの普通のお店なのだが、テーブルを縫うように歩く女性店員さんが、みんな思い思いのアニメやゲームの女の子の衣装で歩き回っている。婁人は目を輝かせ、俺に至っては目が点になっていた。最初はもうちょっとノーマルな居酒屋でデビューしたかったです……
とりあえず俺達は席に着くと、中ジョッキでビールを頼み、続けて料理を頼んだのだが……
「えっと、『闇スープ』2人前、『ニクキュウピザ』2枚、『闇串』3つに『ニュータイプ豚キムチ』2人前でしょぉ〜? あとね、『ささみチーズ揚げ』と『ソーセージの盛り合わせ』2個づつ…… うふふ、今日は『闇丼』も行っちゃおうかなぁ〜」
次々と謎なネーミングの料理を頼むララ。あの…… とりあえずそんなところで良いんじゃないですか……?
するとララが不思議そうな顔をして俺達に言った言葉に、俺は度肝を抜かれた。
「あれ? あんた達も何か頼まないの? もしかして男のくせにダイエットとかしてんの?」
……
全部一人で食う気カヨあんたっ!?
ちょっ、ちょっと待ってくれっ! みんなでつつくつもりで頼んでいたんじゃないのか!? どう考えても3〜4人前はあるだろ今のっっ!!
「相変わらず食欲旺盛だね〜 俺は最近胃に来ちゃって全然ダメだよ」
と屋敷土さんは感心したようにララにそう声を掛けた。いやいや、食欲旺盛とか言うレベルじゃないだろこれ……
「うふふ、ま〜ね〜 とりあえず第1陣はこんなもんかな? あんた達も好きなもん頼みなよ。賞金入ったし、今日は奢ってあげちゃうよん」
と言ってにっこり微笑むララ。もうその表情で普通男はお腹一杯になっちゃいます。でもホントに全部一人で食べる気なんだコノヒト…… しかも第1陣っておい……
つーかそもそも今の注文の後で、俺らの食い物、何処に置く気ですか?
俺は呆れながら横の婁人を見ると、婁人はメニューを持ちながら、行き過ぎる店員に見とれていた。
「あ、初音○クだぁ〜 おおっ、コッチは朝比○みくる〜! みくるんるん〜♪」
……ダメだ、コイツはトリップ中だ。当分帰ってこねぇ…… ホント何しに来たんだお前。
そうしているうちに最初に頼んだ中ジョッキが運ばれてきて、自己紹介もそこそこに『乾杯』となった。そして続けて運ばれてくるララの料理は片っ端から消えていく…… まるでマジックを見ているようだった。だってさ、俺なんかまだ『にゃんこのニクキュウ』とかいう大きめの肉団子を食べ終わらないのに4品が皿から消えるんだぜ? どう考えたって普通じゃないってマジで!?
「流石は『魔界の胃袋』って言われるだけの事はあるね〜」
屋敷土さんは2敗目のジョッキを煽りながら、ララの食いっぷりを惚れ惚れするようなまなざしで眺めていた。
ま、魔界の胃袋っ!? なんだそれ!?
「ま〜ね〜(もぐもぐ) ところで(もぐもぐ) 相談って(もぐもぐ) 何だったの?(もぐもぐ)」
そう質問する間でも食べる行為は止まらないし、少しもスピードが衰えないよこの人……
「おうそうだ、じつわな? 先日コイツらのチームが『ハニー・ビー』のスカウター達の引き抜きにあって解散しちまってよ、今2人で新メンバー集めをしてるんだが…… で、お前さんをメンバーにって俺が紹介を頼まれたんだよ」
と屋敷土さんは食べ続けるララに事の経緯を簡単に説明した。
「掲示板とかに(もぐもぐ) カキコすれば(もぐもぐ) 良いんじゃない?(もぐもぐ)……」
ララは食べながらそう答え、ジョッキに残ったビールを空けた。
「ふ〜っ! 大分落ち着いたぁ〜 あ、ライムちゃん、今度は青林檎サワーね〜
……どうせ集まるのはティーンズ【レベル10代】だろうけど、ワイワイコミニュティーチームならそれで十分っしょ?」
そう言いながらララは空いた皿を重ねて次の皿に箸を付けた。
「コミニュティーチームじゃないですケド……」
俺はそう呟くように言った。まあ最近のセラフィンゲインはギルドの派閥争いなどで本来のクエストに重点を置いたチームは少なく、彼女が言ったように仲間内だけのワイガヤ的なチーム多いのも確かだから、そう思うのも無理はない。そこそこレベルが上がっちゃえば、あとはアクセス分プラスアルファで経験値が手に入ればOKと考えるお友達サークル的な連中が現実沢山いる。
でも俺達は違う。目標はあくまで聖櫃でやってきたし、これから作るチームもその目標を変えるつもりはない。横で未だにトリップしてる婁人だって、それは同じ気持ちのハズ…… だよなぁ?
「コイツらさ、未だに『聖櫃』目指してるんだよ。『足を踏み入れたチームがいるなら、行けるはずだ』って真剣に言うもんだからよ……」
その屋敷土さんの言葉に、ララの箸が止まった。
「……本気で言ってるの?」
ララはそう言いながら、箸を止めて俺の目を見つめていた。特に怒ってる様子もない。俺を嫌がってるわけでもない。ララはただ俺を静かに見つめていた。なんつーかその…… かつて不可能とまで言われた場所に到達した者だけが持つ風格というか、圧力みたいな物を感じて、俺は唾を飲み込んだ。
「ええ、マジです…… いつか絶対たどり着く。かつてのあなた達、『ラグナロク』の様に…… それが俺が、毎晩あの世界に行く理由ですから」
俺はそのララの視線を受け止めながら、自分の言葉を確かめるように静かに答えた。
「あんた…… 名前なんだっけ?」
不意にララは箸を置いて俺にそう聞いた。確か乾杯前に一応自己紹介をしたはずなのだが、俺は改めて名乗った。
「仲御 志朗。HNも同じく『シロウ』で、レベル24の戦士っす……」
するとララはふっと微笑を浮かべて視線を外した。
「昔ね…… あたしと一緒に戦った奴のことを思い出したわ…… あの時のアイツも、今のあんたみたいな目をしてたっけ……」
そしてまた思い出したように「うふふっ」と笑った。その笑いの意味が全く判らなかったが、俺は何となくちょっと誇らしげな気分を味わった。そしてこのとき、この神懸かり的な美貌で普通なら近寄りがたい雰囲気を醸し出すララという女性が、ちょっとだけ近く感じた。
「シロウ…… あそこに行くにはね、確かにそれ相応の強さも必要だけど、むしろその動機が重要なの、チームとしてのね。そういうチームだけが、あの聖櫃の扉をくぐる事が出来る…… それが、あの世界を管理する者の『願い』なのかもしれない……」
そうしてララは次に、その右手を俺の目の前に差し出した。
「良いよ、メンバー入り。あたしは兵藤 マリア。レベル32のモンクでアッチでのHNはララ。リングネームと同じね」
そう言うララの右手を、俺は立ち上がって握った。今まで女の子の手など、小学校のフォークダンスの時以外握った事がない俺だったが、何故か不思議と自然に握ることが出来た。
「一緒に作ろうか、後々まで語り継がれるような伝説のチームをさ?」
俺はララ…… いや、マリアの言葉に握る手を堅くして頷いた。
「ええ、あなたがかつて居た『ラグナロク』に負けないくらいのチームを」
すると横でトリップから帰還した婁人が慌てて口を挟んだ。
「お、俺も忘れんなよ。あ、俺は壷浜 婁人。レベル25の僧侶やってます。HNはスエゾウ。志朗とは幼なじみなんです。いやもうこれが幼稚園からの腐れ縁で……」
「へ〜、幼稚園からって凄いね〜 ねえ志朗、他にメンバーは?」
婁人を見ながらマリアはそう聞いた。
「俺と婁人以外全員引っこ抜かれちゃって…… マリアさんが3人目です……」
「って事は最初はメンバー集めか…… 志朗とあたしが前衛で、回復担当の婁人はビショップだから後衛…… 少なくとも前衛キャラをあと1人乃至2人、後衛に魔導士とガンナーが欲しいところね」
マリアは『ニクキュウピザ』を口に放り込みならがらそう呟いた。俺もその意見に納得しながら頷いた。
セラフィンゲインのチーム編成は至って自由だ。何人でチームを組んでも構わない。極端な話し、100人で組もうが、はたまた1人(ソロ)で戦おうが一切規制がない。
一見とても大雑把なルールのように思えるが、実際にチーム編成を行っていくと実はこれがとても巧妙に仕組まれていることに気づく。セラフィンゲインはセラフを狩り、経験を重ねる事によって成長するRPG特有の経験値システムを採用している。この経験値は『個人または集団』に一括して支払われる。つまり、人数が少なければ当然1人当たりの獲得経験値は多くなる。だが、単純に手数が少なくなることによって攻撃力が減るわけで、強力なセラフを狩る事は困難になって来るというわけだ。確かにレベルの高いキャラならばソロで活動も出来ないわけではないし、実際ソロでクエストをこなしているプレイヤーも存在するが、その数はほんの一握りだ。セラフィンゲインはそう簡単にソロプレイをこなせるようなゲームじゃない。常に敵であるセラフのパラメーターや数などが変化するようになっている。レベル30を越える上級キャラ、『サーティーオーバー』でさえ、ソロでプレイ出来るのは精々レベル4乃至5クエストくらい。それを越えてくるとクエスト不首尾どころか生還まで危うい。それにいかなる状況でもフレキシブルに対応できるよう、多種にわたる『役割』が必要になってくると言うのもポイントの一つだ。よって一般的に戦士、僧侶、魔導士、砲撃手の役割を織り交ぜた6〜7人のチーム編成が一般的だった。
少し前に、この『チーム人数に制限無し』と言うルールを逆手に取り、採算を度外視して総勢60人でワンメイクチームを組み、あの難攻不落のクエストである『マビノの聖櫃』に挑んだアホなギルドがあった。ルールに当てはめ、何ら違反がないと認めた運営側とシステムは、この大チームの参戦を正式に認め、フィールドに転送した。で、この大チームの顛末が最高に笑えるんだよ。どうなったと思う?
高位術者20数名を含む、総勢60人のこの大チームは意気揚々と隊伍を組んで突き進み、れいの通路に突入した。しかしそこで待っていたのは、最強セラフと呼び声の高い『バルンガモーフ』の『群れ』だった。
そう、セラフの数が『常に一定』とは、ルールブックのどのページにも書いていなかった事を思い出すのが遅すぎたって訳。
バルンガモーフ数十体から放たれる高位魔法で前衛戦力が半分持って行かれ、さらに続くハンマーの物理攻撃に前線は壊滅。後衛の高位術者の必死の詠唱で放たれる高位魔法も、属性防御の前に弾かれ為す術がなかったらしい。その光景を見た後続のメンバーが恐怖に駆られ次々とリセットを宣言し、リセットが間に合わず、さらにデッド判定を運悪く免れて仕舞ったプレイヤーは、襲いかかるバルンガモーフ達になぶり殺しにされたそうだ。
こうして、『セラフィンゲイン始まって以来の大遠征』と呼ばれた行為は、大量のデット者とリセット者を出し『セラフィンゲイン始まって以来の愚挙』として記録されることとなった。まあ極めつけにアホな話しだが、このセラフィンゲインがそう言った、半ば反則的な行為が出来ない、極めて完成度の高いゲームであることが立証されたわけだ。
ちょっと話が横道に逸れたが、そう言う観点から考えて、俺達のチームも6,7人で編成する。となると、少なくともあと3人はメンバーを集めなければならない。
「屋敷土さん、入りませんか?」
俺はそれとなく、向かいの席でビールを飲んでいる屋敷土さんに話を振ってみた。この人もマリアと同じくサーティーオーバーのプレイヤーだ。しかも丁度欲しかったガンナーだし、入ってくれたら戦力も相当アップされるだろう。
「いや、俺は遠慮するわ。ハッキリ言ってもう歳だしよ〜 それに傭兵のが性に合ってるしな」
う〜ん残念だ。そういやオウルって、あまりハイレベルなチームと組まないよな。
「じゃあいっそ、引退記念でチーム入りってのはどう? ぱーっと散り花咲かせようよ!」
マリアさん…… 結構えぐるようなコメント吐くよね。
「なんだその散り花って、縁起でもねぇっ! 俺はまだまだ現役だ。でもな、初級者のガイドか中級チームの助っ人で十分だよ」
そう言って屋敷土さんは笑った。もったいないよなぁ、マジで。
「じゃあサービスでもう一人、ガンナー紹介してやろうか?」
屋敷土さんの言葉にマリアが聞き返す。
「さっすがオウル! で、だれだれ? あたし知ってるかな?」
「ああ、『ゼロシキ』だよ。レベルも確か26だし、奴の予測射撃はなかなかの物だぞ?」
その屋敷土さんの言葉に、マリアは少しその形の良い眉を寄せた。
「アイツかぁ…… う〜ん……」
あれ? 何だろ、マリアさん仲悪いのかな、そのゼロシキって人と。
「ガンナーで26じゃそこそこじゃん。いいんじゃね?」
と婁人が俺に同意を求めた。けど俺は即答しなかった。ちょっとマリアさんの表情が気になったからだった。
「なんか気に入らない事でもあるんですか?」
俺の言葉にマリアさんは渋々と言った様子で応えた。
「う〜ん、確かに腕は良いのよ。それはあたしも認めてる。それになかなか状況判断も的確だし…… でもなんつーか、やる気が全然感じられないのよアイツ。何聞いても『興味ないな』でそっぽ向いちゃうし…… 何かイラっと来るのよね」
マリアさんはそう言って運ばれてきた青林檎サワーを一口飲んでため息を吐いた。
「結構古いつき合いでさ…… 昔はあんな奴じゃなかったんだけどなぁ……」
するとその言葉に屋敷土さんも同意して頷いた。
「確かに、ちょっと変わったかもしれねぇな…… でも悪い奴じゃねぇ。それはマリアもわかってるだろ?」
「そりゃね。だけどそれが尚更イラっと来るのよ。前を知ってるから余計に腹が立つって言うかさぁ……」
マリアはそう言いながら、ニクキュウピザの最後の欠片を口に放り込んだ。これで最初に彼女が注文した料理は全て無くなった。すげえ、結局全部一人で食っちゃったよ……
あ、いや、話しもそうだけど何かスゲー人だな、マリアって。いろんな意味で。
「アイツもチームを組まないようになってずいぶん起つ。久しぶりに『本気で聖櫃を目指す』チームに入れば、また少しは変わるんじゃねぇか?」
そう言う屋敷土さんの言葉にマリアは苦笑して頷いた。
「まあ良いわ、声掛けてみるよ。よ〜し、何か久しぶりに燃えてきた〜! 第2陣注文行ってみようか〜!」
少し予想はしてたけど、やっぱりまだ食うのカヨっ!?
「ここからは新チーム結成会よっ! ほら、2人ともジョッキ空じゃん。やっほ〜っ! ユキちゃ〜ん! 中ジョッキ2つ追加ネ〜! あと『魔界グラタン』2つと『萌え萌え焼きそば』同じく2つ。それと……」
マリアの声に、ニコニコしながらやってきた長○ユキ(眼鏡バージョン)のおねーさんに、再び大量の料理を注文するマリア。もう此処まで来るとハッキリ判る。
たぶん人間の胃袋とは別の物を持ってますよ、コノヒト……
俺はその注文される料理の量に目眩を憶えながら、光に透ける綺麗な栗毛を掻き上げる美貌の格闘家を眺めていたのだった。
第4話 赤い太刀
次の日、俺と婁人は大学の学食で顔を合わした。俺と婁人は同じ学部を選考していて、ほぼ同じ講義の日程だったが、午前中の講義に婁人の姿はなかった。どうやら今来たみたいだ。
「おう…… 志朗…… おはよう……」
まるで死人のような声で婁人は俺にそう挨拶した。げっそりとした血色の悪い顔をみて、まだ昨日の酒が残っているのが判る。
まあ、俺も人のことは言えないが……
「昨日は…… 大変だったぁ……」
かけ蕎麦がのったトレイをテーブルに置き、半ば崩れるように椅子に座る婁人。俺も似たようにリゾットが乗っかったトレイをテーブルに置いて席に着くなり大きく息を吐いた。
「ああ…… 俺はまだ生きてたけどな……」
昨日はあれからララことマリアにもう一件付き合わされ、そこで午前2時まで飲まされたのだった。屋敷土さんはBBSを出た後、「お先!」の一言で煙のように消えてしまったので、俺達3人だけで次の店に行ったのだが、何でも新宿に『なじみの店』があると言うマリアに、半ば連行されるように連れて行かれたのだ。で、行った先は…… なんとその店はオカマバーだったのだ。
お調子者の婁人はめちゃ綺麗な中性のホステスさん? に有頂天になってバンバン飲み、何故か俺はその店のママである『マチルダ』つー強面ニューハーフとマンツーで飲むはめにった。もっとも俺の場合は普通に身の危険を感じ酔うどころの騒ぎではなかったのだが…… いったい何なんだ、あの店?
「マリアさん、腕っ節も強いけど、酒も強ぇ〜 全然変わらなかったよな?」
婁人はかけ蕎麦のつゆをすすりながら、思い出したように言った。
「なんでもガキの頃からバーボン煽ってたらしいぜ。今じゃ兵隊さんである親父さんより強いんだってさ……」
「マジで?…… すげぇな。しかし志朗、お前何でそんなこと知ってんの?」
その婁人の質問に、俺はため息をつきながら答えた。
「あの店のママ…… マチルダさんから聞いた。マリアさんが学生の頃から知ってるんだってさ」
「マチルダ? ああ、あのドズル中将か…… あの顔で『マチルダ』はヤベぇよな。志朗、結構気に入られてたもんなぁ」
「カンベンしろ! 思い出しても恐いんだから」
すかさず全力否定。冗談じゃない。昨日俺、ス○ッガー中尉になりかけたんだぞマジで!!
まあ、そのおかげで俺は何とか午前中の講義に出れたけど……
「で、今日はその『ゼロシキ』って人とあっちで会うことになってるが…… 婁人、大丈夫か?」
俺はとりあえずそう婁人に聞いた。だってなんか見るからにリビングデッド化してるんだもんよ、コイツ。
「ああ、これ食って、午後の講義で睡眠取れば大丈夫。それに朝ウコン飲んできたし、夕方には体調戻ると思う」
教授が聞いたら「帰れっ!!」ってキレそうなコメントだな…… つーか何しに来てるんだお前は……
「あと、とりあえず今日メンバー募集の書き込みを申請しようと思うんだ。ララが加入したって情報が広まればそこそこのキャラが来るかもしんないだろ?」
せっかく『疾風の聖拳』って名の売れたキャラが参画したんだ。利用しない手はない。そりゃちょっと姑息かもしれないけど、なりふり構ってられないし、ララの加入で『聖櫃』っていう目標に光が差し始めた。俺達はこの細い光にすがるしかないんだ。
「なるほどね…… つーか任せた…… 俺、そう言う頭使うの苦手だし。志朗のやりたいようにしてくれ…… あ〜頭痛ぇ……」
そう言って婁人はテーブルに突っ伏した。かけ蕎麦も半分残してる。酷い2日酔いだな……
俺はそんな婁人に呆れながら、リゾットを口に運んだ。
ただ、少し気になることがある。俺も現在レベル25で、そこそこな経験をこなしてきたわけだが、今日会うその傭兵ガンナー、『ゼロシキ』というキャラについては一度も耳にしたことはない。レベル26のガンナーでしかも傭兵ともなればそこそこ名前が売れていてもおかしくないと言うのに……
マリアの話では、対人性に難ありといった感じだが、俺もリアルじゃそういうのはすこぶる苦手なのでちょっと心配だ。上手くやっていけると良いけど。
俺はそんなことを考えながらリゾットを食っていたら、正面に蹲る婁人から、スースーと寝息が聞こえてきた。
お前、ホントに何しに来たんだよ……
「おい婁人! 午後の講義始まるぞ」
と声を掛けるが、一向に起きる気配がない。俺は何度か揺すってみたり頭をひっぱたいたりしたが無駄だった。
返事がない…… ただの屍のようだ……
俺は心の中でそう呟き、食い終わったトレイを持って席を立った。声も掛け、揺すったし叩いたりもした。それでも起きないのなら、ゆっくり寝かせてあげるのも、友達として正しい行為に違いないよね。そのうち起きるだろう。
しかし、午後の講義が終わって、帰る時にふと思い立って学食を覗いたら、昼に会った場所で寝ている婁人の姿があった。合掌……
☆ ☆ ☆ ☆
で、その日の夕方、セラフィンゲインの沢庵で……
「普通起こすだろっ!? 親友置いて講義受けるか? マジしんじらんねっ!?」
と、こうなるわけだ。
あの後学食で寝ていた婁人を起こして、俺は秋葉の『ウサギの巣』に向かったんだが、着くまでの間ずっとこの調子だった。
「一応起こしたんだぞ? 揺すっても叩いても全く起きる気配が無かったんだもん。仕方ないじゃん?」
「そんで自分だけ講義受けるってかっ!? か〜っ、18年のつき合いもその程度かよっ!? 親友だったら一緒に欠席キメるだろっ? 俺ならその場で一緒に寝てるね!」
いやそれこそアホだろっ!? そもそもお前何しに行ったんだよ?
「う〜ん…… 話聞いてるとシロウが悪いかな。幼稚園からのつき合いなんだし……」
と何故かアクセス直後なのに食べ物注文して一人黙々と食事をしているララ。あの…… スタミナ満タンのハズですが……
「でしょ〜? ララもそう思うでしょ? ほら見れ、シロウの薄情さは証明されたんだ。素直に謝れよな」
と勝ち誇ったように言うスエゾウ。まあ確かにちょっと悪かったと思う。
「……悪かったよ。一緒に寝るつーのはアレだけど、もうちょっと頑張って起こせば良かった…… ゴメン」
俺はそうスエゾウに謝罪した。スエゾウはさも『勝った』と言った顔で俺を見て笑う。くそ〜 何かその顔腹立つわ〜
「そうそう、あたしならその場でジャーマン決めてでも起こすかな〜 若しくは踵落としぃ?」
そう言いながらララは最後の皿を始末した。俺とスエゾウはその言葉に固まり、背中に冷たい物が走る。
あ、あの、それ今度は永遠の眠りになるからさ、きっと……
「あ、そういやララ、この46番テーブルって昔ラグナロクが使ってたってホントなんすか? 何でも年間の指定席予約してあるって聞いたけど」
と食べ終わったララにスエゾウがそう聞いた。確かにそれは俺も気になる。一体どれだけ経験値を支払えばそんなこと出来るんだろう。
「ああ、そうだよ。このテーブルは昔あたし達ラグナロクのリーダー、スノーが年間指定席で予約してあるの。細かいことは良く知らないけど、あたし達ラグナロクメンバーだったキャラが自由に使える様になってるの」
ほんとにそうなんだ…… すげーなマジで。
「どんだけポイント払ったら出来るんです?」
「さあ〜? スノーが自分で払ってるから良くわからないわ。でもコードが未だに設定されてるからまだ払ってるんじゃない? あたしは便利に使わせて貰ってるわ」
ララは俺の質問に軽くそう答えて、食べ終わった皿を重ね、それを脇に追いやった。
「さて、早速作戦会議といこうよ。これから会いに行く『ゼロシキ』はガンナーだから後衛でしょ? んであたしとシロウは前衛。残りは前衛キャラ1人と魔導士1名…… 前衛はキャラ人口が多いから何とかなりそうだけど、問題は魔導士よね」
そうなのだ。ララの言うとおり、メンバー集めで一番苦労するのが、この職、魔導士なのだ。元々のキャラ人口が少ないと言うわけではないが、魔導士の成長スピードが遅すぎるのだ。そのレベルアップには戦士の倍近く経験値を食う。しかも魔法発動時の強力な攻撃力とは裏腹に、物理攻撃に対しての耐性が極端に少なく、デッド確立が非常に高いキャラだった。なので高レベルキャラは確実にどこかのチームに所属しており、ソロで行動している魔導士など皆無に近い。つまり、ソロ魔導士を探すより、どっかに所属している高レベル魔導士を魅力的な材料で引っ張り込むつー手っ取り早い方法がよく使われるが、まあ、そう言う魔導士だから? チーム内でも結構好条件で主要メンバー張ってるわけで、早々簡単には靡いてくれないのだ。
ま、俺らはあっさりお持ち帰りされちゃったけどね…… ううっ……
「一応募集の書き込み申請は出したんですが、どうかなぁ……」
「ま、来ても初心者だろうね」
俺の言葉にあっさりオチを付けるマリア。
「ララ加入をもっと大体的に宣伝したらどうだ? 『疾風の聖拳ララ加入、君も聖拳と一緒に戦ってみないか?』てな具合のコメ入れるとか」
とスエゾウ。
「なんか自衛官募集のポスターみたいね……」
ごもっとも……
「じ、じゃあ特典付けるとか。『今メンバー入りした方にもれなくララのちゅ〜を…… ぐへぁっ!!!」
奇妙な呻き声と共にもの凄い勢いで椅子ごとスエゾウが吹っ飛んでいった。
「やだぁ、オ〜バ〜ねぇ……」
と不思議そうに吹っ飛んだスエゾウを眺めるララ。アクティブコンタクトシステムでこの沢庵内でも戦闘可能になったから、当然ダメージも食らう。
あ、あのさ、確かに調子乗りすぎだけど、後衛キャラだし、一応仲間だから、その、手加減をさ……
「せめてお金取ってよね♪」
そこなんだ…… ツッコミ箇所……
スエゾウはよたよた歩きながら椅子を引きずり戻ってきて、席に着くなり回復魔法『ディケア』を掛けた。『ケア』じゃなくてその上の『ディケア』なんだ…… どんだけダメージ食らったんだろ、クエストにも行ってないのに……
「そっか〜 回復キャラって便利ね」
そう言ってにっこり微笑みスエゾウを見るララ。スエゾウはブルッと身震いした。無理もないなマジで……
「ところでシロウ。あんた太刀使いなんだ?」
するとララは俺の背中に担いだ太刀に視線を移してそう言った。俺は「ええ、そうっすけど……」と言いながら背中の太刀を外して椅子の横に立てた。
「何で布巻いてんの?」
とララが不思議そうに聞いてきた。そう、俺の太刀は布が巻かれていて外観が判らないようになっているのだ。
「キラー避けです。ちょっと赤くて悪目立ちするんで、こうやって柄とか鞘に布巻いてぱっと見わかんないようにしてるんですよ」
「赤い太刀? 銘はなんて言うの?」
俺はララの問いに首を傾げながら答えた。
「ロビーの端末で検索したんですが、出てこなくて…… とりあえず俺のステータス表示の装備に『クニツナ』ってあるのでそれが名前かなぁって思うんだけど……」
「クニツナ…… ねえシロウ、ちょっと見せて貰っても良い?」
俺はそう言うララにクニツナを渡した。ララはその巻かれた布の柄の方をほどいて表面を出した。そしてゆっくりとその刀身を鞘から引き出していく。
どういう仕掛けか判らないが、その刃は光に当てると赤みを帯びた不思議な光沢を放っている。
「刀身まで赤く見えるでしょう? スエゾウなんかは『絶対呪いのアイテムだ』って縁起でもないこと言うんですよ〜」
しかし俺のその言葉が全く聞こえていないように、ララは食い入るようにその刀身を見つめていた。
「シロウ…… あんたこの太刀、どうやって手に入れたの?」
ララはその刀身から目を離さずに俺にそう聞いた。あれ? どうしたんだ?
「前にプレイヤーオークションで競り落としたんですけど……」
「プレオク? ふ〜ん…… で、相手はどんなキャラ?」
「えっと…… それが良くわからないつーか、頭からすっぽりローブ被ってて…… でも戦士系じゃなかったような気がします」
そうなんだ、ちょっと変わったヤツだった。だって競り落としたのに、いざ代金支払いのポイント移行の時、半額で良いって言われたんだよね。
「『この太刀は主を選ぶ』…… そう言ってました。それで俺もなんかそんな気になっちゃって…… だって格好良くないです? 『太刀に選ばれた戦士』みたいな」
「ふん、その割には使いにくいだの何だの言って全然使わないじゃんか? もったいねぇ」
とスエゾウが口を挟んだ。
「へ? 使わないの? じゃあシロウどうやって戦ってんのよ」
とララが刀身から目を離して、至極真っ当な質問をした。するとすかさずスエゾウが答える。
「シロウは罠張りが得意なんすよ。罠ばっか張ってセラフを嵌めてから太刀を使って攻撃するんです。だから『トラッパー』スキルが馬鹿みたいに上がってて、太刀は最後に使うんです。アホみたいでしょ?」
「やかましい! 良いじゃん別に、罠張った方が確実に狩れるんだぜ? 使わない手は無いだろうが!」
まったく余計なことをぺらぺらと……
「へ〜、変わってるわね」
ララはそう言ってクニツナを鞘に戻した。そしてその赤い柄を見ながら俺にこう言った。
「あたしね、この太刀…… 昔見た事あるよ」
え? マジで?
「あたしはモンクだし、そんなに詳しくないけど、たぶん間違いないと思う。昔会ったある人がコレ使ってたわ……」
「それで…… その人は?」
俺はララにそう聞いた。こんな赤い太刀なんて他で見たことがないから、たぶんレアアイテムだ。使用履歴が何故か抹消されているから確認の取りようがないが、ロビー端末の検索にも出てこないつーレア度から考えて、そう何本もあるとも思えない。ってことは、コレがララの言うそのキャラが使っていた物である可能性が高い。
「その人はもう居ない…… この太刀の銘は『鬼丸國綱』……その人が確かそう呼んでいたわ。リアルにも同じ名前の太刀があるんだって。そっちは国宝って言ってたかな」
鬼丸國綱…… 鬼丸…… その赤い姿にちなんで『赤鬼』ってトコか?
あれ? そういやあの『死神シャドウ』も確か太刀使いだったよな。まさか……
「もしかして、その人って『死神シャドウ』のことですか?」
その俺の言葉にララはすぐに俺の目を睨んだ。その目を見た瞬間、俺は金縛りにあったように全身が硬直した。
こ、恐えぇぇぇっ!!
でもそれも一瞬のことで、すぐにふっと微笑えむララに戻った。な、何だったんだ? 今の……
「アイツじゃないよ。アイツの太刀は黒だもの……」
そう呟くララは、何だろう…… どことなく少し寂しそうな目をしていた。そしてララはその『鬼丸國綱』を俺に戻した。
「主を選ぶ太刀か…… あたしはね、見たことあるってだけで、この太刀がどんな力を持ってるかなんてさっぱり判らない。でもね、シロウ。どんな時だって選ぶのは太刀じゃない。これを使うあんただってこと、そこんとこ忘れちゃダメだよ?」
ララはそう言って俺の肩をぱぁんと叩いた。いや、普通に痛いんですけどマジで……
でも俺は、その時の肩の痛みと共に、ずっと後になって今のララの言葉を思い出すことになる……
「さて、そろそろ行こうか? ゼロシキ拉致りにさ!」
ララはそう言って席を立った。
いや、拉致じゃなくて勧誘ね…… ララって結構はた迷惑なキャラなんじゃないかな?って思うんだけど気のせいかな。でもそのゼロシキって人が断ったら、その瞬間『爆拳』とか極めて引きずってきそうな予感…… いや、悪寒がする。
すると意気揚々と出口に向かうララを見つつ、スエゾウが近寄ってきて俺に耳打ちした。
《なあ、シロウ。ララって見た目と性格のギャップが激しすぎねぇ? 何か妙に胸騒ぎがするんだけど…… 気のせいかな?》
その耳打ちに、俺は無言で頷いた。オウルも『じゃじゃ馬』って言ってたけど、そんなレベルじゃない気がするが、今となっては仕方がないじゃん? でも、彼女が前居た『ラグナロク』って、どんなチームだったんだろ…… あのララとタメ張れるメンバーって、それだけで伝説って気がするんですけど……
そんなこと考えていると、前を行くララが急に振り返った。え? なんだ?
「あ、2人とも、勘定宜しくね〜♪」
とにっこり笑顔でそう言い残し、すたすたと店を出ていった。俺とスエゾウは顔を見合わせ、2人同時にため息をついた。
俺達、何一つ食べてないし飲んでないよな……
第5話 ゼロシキ
ネストは沢庵を出て、寝床通りを北へ2ブロックほど行った先にある、ロッジみたいな建物だった。俺も初心者の頃何度か足を踏み入れたことがある。レベルが低いチームは、良く傭兵を頼むことが多い。クラスBから初めてクラスAに昇格する時などは、ほとんどのチームが傭兵を雇う。
これは単純にレベルが低く、戦力の一時的補強を考えてのことだが、他にも不慣れなクエストのガイドや、不意に襲ってくるプレイヤーキラーへの対抗策としての『ボディーガード』という側面もあった。基本傭兵は最低でもレベル20を越えているのでそれなりの経験も積んでおり、また高レベルと言うこともあってその役を十分果たすことが出来たわけだ。
中には初級者からガイドとして雇われ気に入られ、何度も依頼されてクエストを重ねる内にチームにとけ込み、そのまま傭兵家業から足を洗ってメンバー入りするケースも少なくなかった。
傭兵という言葉の雰囲気から想像するに、なんか『荒くれ者集団』と言うイメージがあるかもしれないが、傭兵達は皆レベルの低い初心者や初級者にはとても親切に接してくれる。これはちょっと意外に思うかもしれないが、よく考えれば当たり前なことなのだ。そうやって親切なサービスをやって貰った初心者達は大抵『リピーター』になるからだ。確かに今はレベルが低いが、この『誰でも強くなれる』という可能性を持ったこの世界では、いわば誰もが『上級プレイヤー』の卵なわけで、将来もっと大物を狙うチームに成長し、稼ぎの良い仕事の依頼があるかもしれない。初心者、初級者へのそういったサービスは、言ってみれば傭兵達の『先行投資』的な考えからだった。
傭兵達がよく使う言葉に『傭兵は信義と評判で食っている』と言う言葉があるが、これはこの『傭兵』という正式ではない職業の本音を表している言葉だ。雇う側とすれば高い経験値を支払い雇い入れるのだからヘボでは目も当てられない。出来る限り腕が立ち、しかも法外な経験値を要求しない傭兵を誰もがほしがるのは当然なのだが、やはり腕に比例して報酬も高いのは当たり前で、雇うチームのリーダーはその辺のバランスシートを考えながら傭兵と交渉するのだが、そこで決め手となるのが口コミの情報だった。
傭兵を雇ったチームメンバーやリーダーが、自分のギルドの仲間や沢庵などでその腕前や人柄、サービスなどを話し、それが広まることで他の傭兵を雇う検討をしているチームがその傭兵を選択肢に入れる。それでまたその傭兵が良い働きをすれば評判が上がり、仕事依頼が増える訳だ。仕事の評判が次に繋がるという点は、こんなゲームの仮想世界であってもリアルの商売と何ら変わりはない。
そしてもう一つ、傭兵を選ぶ上で最も重要なファクターが『絶対に逃げない』と言うこと。セラフィンゲインはその物理法則や身体生理状態などが限りなく現実に近く設定されている。脳に直接流れ込む情報は当然数値化されているが、被験者が体感する『感覚』は現実の物と変わらない。レベル上昇に従い上がっていくキャラのパラメーターで身体機能は著しく上昇し、現実には考えられない超人的な運動能力と肉体の強靱さを獲得するが、戦い続ければ疲労が溜まるし、腹も減る。攻撃を受け、ダメージを食らえば、現実の痛みのように感じる。そしてダメージが限界に達した場合、キャラが死亡する訳だが、この『死の体感』が結構きつかったりする。
脳が見るイメージなのだが、現実に痛みを伴い死亡する瞬間は、まさに現実の『死の恐怖』を体感していると言っても良い。いや、俺を始め全てのプレイヤーが実際現実で死んだこと無いからどうかわからんけどね。
だがその精神的ショックはなかなか大きく、初めて死亡【デッド】判定を受けた時は、接続室で覚醒後まず間違いなく胃の中の物をリバースし、しばらく動けない。システムとの同調が高い時などは、1,2時間平衡感覚が無くなるほどだ。もちろん同調率には個人差があるから誰でもそうなるとは限らないけどね。
セラフィンゲインをやったことがない人なら「実際死なないじゃん」と笑うかもしれないが、そう笑う人に、俺は一度味わってみれば判ると言いたいよ。マジでキツイから。
しかし、そう言ったデッド時のショックが恐くて逃げ出すプレイヤーも少なくなかった。そうしたデッドを回避する手段として『リセット』と言う物がある。この『リセット』とは、この世界の緊急脱出用コマンドのことで、プレイヤーがその意志を持って「リセット」と叫べば、そのプレイヤーの意識は直ちにシステムから切り離され、接続室に戻される。この場合キャラデータは最後にセーブしたデーターに戻されることになる。
こう聞くと個人としては、普通のデッド判定とほとんど変わらない様に思えるが、これがチームを前提にした場合その認識は大きく変わってくる。なぜなら、この『リセット』の選択はチームの意向を一切含まない、完全にプレイヤー個人の裁量に委ねられるからだ。しかもそれは、場所や時間などの規制は一切無く、何時いかなる時でも実行可能なコマンドだった。
このコマンドの本来の使用目的は、プレイ中に何らかのシステム障害に巻き込まれたり、死亡判定はされない物の、行動不能なダメージを負って動けなくなったりする、いわば『手詰まり』になった時のために用意されたコマンドだが、そんな建前など本気にするプレイヤーはほとんど居ない。
俺は、この『リセット』こそが、『真の勇気が試される場所』というコピーの付いたこの世界、セラフィンゲインの本当の骨子なんじゃないかと思うんだ。
何故かって? それはチームで戦っている最中にメンバーが恐くなってリセットを選択した時の状況を想像してみれば判るだろう?
死の恐怖に駆られ、直接対峙する前衛がこぞって居なくなったら……?
またはサポートを担当する後衛キャラがみんな消えちゃったら……?
残されたプレイヤーはなぶり殺しにされるか、自分もリセットするかしかないだろう。俺はこの判断をプレイヤー自身に課した管理側に、少なからず悪意を感じることがある。これがあるからこそ、この世界が『真の勇気が試される場所』と呼ばれる本当の所以ではないかと思うんだ。
傭兵はこの勇気がもっとも重要視される。その性質上、撤退戦などは必ず殿を受け持つことになるし、雇われたクライアントを生還させるための『捨て石』として矢面になることは、いわば当然の日常業務となるわけだ。だからチームとしても、傭兵を選ぶ第一条件として『絶対逃げない』ということを外さない。
ちょっと極端な言い方かもしれないが、傭兵こそが、この世界にもっとも相応しい『勇気』の持ち主なのかもしれないな……
沢庵を出た俺達3人は傭兵待機所で『マークスギルド』の本部でもある『ネスト』の建物の前にやってきた。
聞いた話では、元々此処はプレイヤー同士の待ち合わせ場所として設置された施設だったそうだが、どういう訳かいつの間にか傭兵が屯するようになってしまい、前回の大型アップデートで正式に『傭兵待機所』となった。でもよく考えると傭兵自体正式な職業ではないのにおかしな話だよね。
俺達は早速正面の木製ドアを開けて中に入った。
内部はそこそこ広く、テーブルや椅子が並び、どことなく沢庵のようだが、座っているキャラの人数が明らかに少なく、大体20人前後と言ったところだった。
「お? ララ! ララじゃねぇか! 久しぶりだな〜」
入るなりそう声を掛けられた。見ると手前のテーブルで手を振ってるキャラが見えた。「やっほ〜 マキシ。元気してた?」
とララが近づいていったので俺とスエゾウも後に続いた。どうやら顔見知りらしい。
「今日はどした? ララもとうとう傭兵か? しかしお前が傭兵になったら俺達は仕事にありつけなくなるから困るよな〜」
そう言ってマキシと呼ばれたキャラは声を上げて笑った。背中に大きな戦闘用の斧を担いでいるところから見てどうやら戦士のようだ。
「ララが傭兵になりに来たって? オイオイ、そりゃえらいこったぞ」
するとそう言いながらもう一人、剣を下げた鎧姿の男と俺と同じく太刀を持った男が2人して近づいてきた。
「ダイフクにモっさんも〜! 相変わらず暇そうね〜」
とララが笑いながら声を掛ける。流石にレベル30を越えるモンクともなると顔が広いらしい。
「言ってくれちゃうね〜 俺らは安受けはしねぇのさ。人を見て仕事受けるんだよ!」
「またまたモっさんカッコつけちゃって〜 クライアントが女の子じゃなきゃ受けないってハッキリ言っちゃえばいいのに。もうムッツリなのバレてるんだからさ」
「ち、ちげーよ!」
ララの言葉に慌てて否定する、そのモっさんと呼ばれたキャラだったが、他のキャラの笑い声でかき消されてしまった。奥のテーブルで交渉中であろうチームの女僧侶が怪訝な目つきでコッチを見ているし……
「傭兵はあたしには向かないかな。雇われるのって性に合わないしね。今日はゼロシキに会いに来たんだけど…… 居る?」
すると最初に声を掛けてきたマキシというキャラが顎で部屋の奥を差した。
「奥で寝てるぜ…… 何だよララ、仕事の依頼ならアイツじゃなくて俺にしとけって。あんな愛想のないヤツなんかに頼むことねぇだろ?」
そう言うマキシさんの言葉を聞きながら、俺は部屋の奥を覗き込んだ。すると一番奥の隅っこにある長いすの上で組まれた黒いブーツが見えた。丁度柱の陰になっていてここからじゃ顔は見えなかった。どうやらあそこにいるのがそのゼロシキらしい。
「まあね。でもオウルの紹介なんだ。それに腕は良いじゃんアイツ。実はあたし達、腕の良いガンナー探してるんだ」
「あれ? ララ新しいチームに入ったのか?」
ララの言葉に、今度はダイフクと呼ばれたキャラがそう質問した。顔がまん丸で、本当に大福みたいだけど、きっとだからってHNにダイフクって付けたんじゃないよね?
「えへへ、これから作るんだ、新しいチーム。この2人に誘われたんだよね〜」
そう言ってララは俺達2人に笑いかけた。
やっべ、めっちゃ可愛いんですけど!
「マジ〜? なあおい、どんな手使ってララ入れたんだよ? ララは滅多な事じゃなかなか振り向かないって有名なんだぞ? さあ吐け! どうなんだオイ!」
と言いながらダイフクは俺の肩を掴んでガクガクと揺すった。め、目がマジで恐えぇよコノヒト!!
「あ、い、いや、一緒に聖櫃目指しませんかって……」
「聖櫃!? お前マジで言ってんの? わははははっ! 今時マジ顔でそんなこと言う奴いねぇって、わははははっ!!」
俺の言葉に3人が笑い出した。むむっ! 何かちょっとむかつくんだけど!
するとそこにララが口を出した。
「ねえ、何かおかしい?」
ララのその一声で3人は笑ったまま凍り付いた。ララすげぇ……
「あたしがこの2人と聖櫃目指したら…… なんか可笑しいかな?」
別に声を荒げる風でもなく、特別怒っている風にも見えない。静かに、冷めた目で3人を見つめ、そうゆっくりと問いかける美貌…… しかしその隠そうともしない殺気が場の温度を確実に下げていく。モンクでありながらレベル30越えという高みに達し、誰も到達し得なかった場所にたどり着いた者だけが纏う独特の雰囲気がララから立ち昇っていた。
変な話だが、俺はこの時初めて、このララというキャラが、本当にあの聖櫃をクリアーしたプレイヤーであることを実感した。
「い、いや、じ、冗談だよララ。今時聖櫃目指すなんて、半ばギャグになってるからつい笑っちまったんだ。スマン、このとーりだ」
そう言って頭を下げる3人。いやはや、ララってマジですげぇな。ついでにすげぇ恐えぇけど…… ララ怒らせるのは止めよう、うんそうしよう。
「うふふ、別にそんな怒ってないよ。ただね、仲間の夢を笑われて、黙ってるってあたしらしくないかなって思ってさ」
ララはそう言ってその表情を緩めた。そしてララはその3人に「じゃ、またね〜」と軽く手を振って店の奥に歩き出した。俺とスエゾウはその後ろ姿をぼんやりと眺め、ふとお互い我に返ったようにその後に続いた。
仲間……
まだ会って2日しか経ってないハズなのに、何故かもう何年も一緒に戦ってきた様な、そんな気持ちにさせるララの自然な言葉。俺、今ちょっと嬉しかも……
でも俺とスエゾウは、そんなララに胸を張って『仲間だ』って言えるぐらいになれるのかな?
俺とスエゾウはララの後に続き、部屋の一番奥にある長いすの所まで来た。その長いすの一番隅っこに、黒いマントでくるまり、足を椅子に投げ出して寝ているキャラが居た。頭から黒いずきんをすっぽり被っていて顔は良くわからないが、脇に立てかけてある大きな『撃滅砲』から考えて、このキャラが恐らくその『ゼロシキ』なんだろう。
「お〜い、ゼロ、起きろ!」
ララはそう言ってそのキャラの脇腹に蹴りを入れた。その瞬間「ぐはっ!!」という呻き声と共に、その男は椅子から転げ落ちた。
ちょっとララ! あんた何やってんすかっ!?
「痛っ…… お ま え なぁ〜っっ!!」
そう言いながらその黒衣の男は脇腹を押さえて立ち上がった。そして頭巾の口元の覆いを外しながら文句を言う。
「脇腹蹴り上げるってどういう了見だコラっ! 喧嘩売りに来たのか、あっ!?」
するとすかさずララが言い返す。
「何よオーバーね。だってあんた一回じゃ起きないじゃん。前回の教訓から学んだのよ。爆拳で起こさなかっただけでも感謝して欲しいわよ、あたしとしちゃ!」
「どういう論法だそれっ!? 寝てる人間起こすのにスキル技使う奴が居るかボケっ! 無防備状態でお前の爆拳食らったら、デッドしても不思議じゃねぇだろがっ!!」
うんまさしく…… さっきスエゾウ、爆拳じゃなくても相当ダメージ食らってたしな。
「あら、あんたなら大丈夫よきっと。面の皮と同じくらい腹の皮も厚そうだし…… 現に体力パラ高いじゃん。ガンナーのくせに」
「やかましいっ! 大体何しに来たんだお前!!」
なんか交渉って雰囲気じゃ無いんですが…… ホントに爆拳で沈めて引きずっていきそうだよな、ララ……
「実はあんたにお願いがあってきたんだ」
ララはあんな事をした相手に、何事もなかったかのように軽くそう言って、テーブル挟んで長いすと対面の椅子に座った。
いやいやララ、さっきの行動を見ると、とてもお願いがあって来たとは思えませんよ……
「ったく…… 次から誰かに『物の頼み方』教えて貰ってから来いよ……」
とこちらもそれだけ言って長いすに座り直す。
あ、いや…… それだけ? 今のイザコザそれでお仕舞いなの? この人も何かちょって変じゃね?
「で、用件は何だよ?」
そう言ってその黒衣の男は俺とスエゾウをチラリと見た。俺達2人はそそくさとララの隣に座った。
「コッチの戦士が『シロウ』で、このビショップが『スエゾウ』ね。今度あたし達、新たに新チームを立ち上げるの。そんでね、あんたにも入って貰おうと思って誘いに来た訳よ。あ、シロウにスエ、コイツが『ゼロシキ』、通称『ゼロ』レベル26のガンナーよ」
ララはそう俺達を紹介し、俺達は揃って会釈をした。年の頃は俺より2,3歳上ぐらい。黒いマントの下には、これまた黒い軽めのチェインメイルを着込んでいる。そして今は顔をさらしているが、頭からすっぽり被るタイプの黒頭巾を装備していた。なんか、ガンナーと言うより盗賊みたいなんですけど……
「断る。仕事でなら受けるが、正式メンバーでと言う条件なら他を当たってくれ……」
ゼロシキはそう言って椅子の背もたれに背中を預け、腕を組みながらそう答えた。
「ワイガヤな『仲良しサークル』に興味はない。クエスト受注してから改めて来い。ちなみに俺の契約条件はクエスト成功時の獲得経験値の15%、大物を俺がしとめたらボーナスとして20%を報酬として貰う。装備と回復は俺持ち。アクセス料はそっち持ち。それ以下の条件なら他を探せ。以上だ……」
ゼロシキはそれだけ言って、また横になろうと足を椅子の上に持ち上げた。しかしすかさずララが反論する。
「仲良しサークルじゃないってば。あたしら本気で『聖櫃』目指してんの! 伝説のチームを作るんだよ。ねえ、あんたも一緒に作ろうよ、伝説のチーム!」
「尚更興味ないな。あそこへのアクセス条件は1度行った事のあるあんたなら良くわかってるハズだ。損得勘定で動く傭兵を混ぜたら絶対たどり着かない…… あそこはな、俺達傭兵が絶対行けない場所なんだよ」
ゼロシキはそう言って頭の後ろで手を組み、ゴロンと長いすの上に横になった。まさに取り付く島もないと言った様子だ。
「だから正式メンバーでって言ってるじゃん! シロウ達はずっとそれ目標にやってたんだって。そしたら他のメンバーが引き抜きにあっちゃったらしくて…… でも絶対諦めないって…… 今時珍しくガッツがあるから、あたしももう一度挑戦したくなったのよ。ねえ、だからゼロも協力してよ〜」
とララは尚も説得を試みるが、ゼロシキは横になったまま動かない。
「興味ないな…… それに、俺はもう二度とチームは組まないって決めたんだ。傭兵の方が性に合ってる」
するとララがテーブルを叩いて立ち上がった。
「あんた何でいつもそうなの!? 何でもすぐそうやって『興味がない』って言葉で片づけちゃうの!? じゃあ聞くけど、何に興味があるのよ?」
「それはあんたに関係ない……」
声を荒げるララとは反対に、ゼロシキは静かにそう答えた。
「昔のあんたは、確かにちょっと不器用なトコあったけど、今よりはマシなキャラだったじゃない。少なくとも今みたいに後ろ向きながら歩ける器用な奴じゃなかったわよ」
「そうかもな…… 過去の自分を捨てる事なんて出来ないって、あんた前に言ってたじゃんか? 確かに俺もそう思うよ。特に背負っちまった罪は、捨てようと思っても捨てられないもんだ……」
罪? いったい何の話をしてるんだ? つーかこの2人、あんま仲良く無いのかな?
「ふん、思ってもないこと言わないでくれる? あんたは捨てようと考えたことさえないじゃない。あたしが言いたかったことは『過去があるから今があるんだ』って事よ。それをひっくるめて今の自分だって事! 罪だか何だか知らないけど、あんたのはただ引きずってるだけじゃん。ズルズル引きずって、すり減るのを待ってるだけ。減る事なんて無いって判っているくせに……」
いつになく真面目なララだった。そんなララの文句を、ゼロシキは目をつむって黙って聞いていた。俺とスエゾウはその2人の会話に全く入り込めずに、まるで背景の一部のように黙って見守っていた。
「それでも、引きずるしかなかったんだよ…… だから俺は未だに此処にいる」
そう言ってゼロシキはふっと笑った。何故かその笑いは、今までの話の中で、このゼロシキという傭兵の本当の顔のように思えて仕方なかった。
「減らないなら背負うしかないじゃん。そんでもし重かったら誰か一緒に持ってくれる仲間がいた方が良くない? 本当の仲間ってその為いるんじゃないかな?」
「仲間か……」
ゼロシキは天井を見つめながら、静かにそう呟いた。するとララはそんなゼロシキを見ながら、俺にこう耳打ちした。
≪もう一息ね…… よし、奥の手よ。シロウ、あんたの太刀貸して≫
そう言いながら、ララは俺の前に手を差し出した。
え〜っ!? ララ今の全部計算だったの!? 話の内容全く判らなかったけど、俺何となく感動しそうだったんだけど!?
俺はそう心の中で驚きの声を上げつつ、布にくるまれた俺の太刀、鬼丸國綱を手渡した。
「ねえゼロ、そういやあんた確かレアアイテムコレクターだったよね。この太刀…… 見てくれる?」
ララはそう言いながら俺の太刀の柄の部分の布を剥がしてテーブルの上に置いた。
「太刀? オイオイ、俺はガンナーだぜ……」
と言いながらゼロシキは起きあがり、テーブルに置いてある太刀を見て固まった。
「お、お前コレ……っ!?」
そう絶句するゼロシキに、ララはニンマリ微笑んで鞘から國綱を引き抜いた。
「どう? 興味無いって言えるかな?」
そう言うララの言葉をスルーして、ゼロシキはまるで吸い付けられる様に國綱を手に取った。
「鬼丸國綱……!」
そう呟くゼロシキの声が微かに震えていた。この人もこの太刀を知っているのか…… 結構コレクターの間じゃ有名な一品なのかな?
「あたしも見た瞬間ビックリしたよ〜 消滅したとばかり思っていたもんね」
消滅? 言ってる意味がさっぱりわかりません。
「やっぱりレアな太刀なんですか?」
俺は太刀を持つゼロシキにそう聞いた。
「レアもレア、激レアだ。恐らくこの世界でこれ一振りしかない。かつてラグナロクの前衛だったシャドウの持つ『童子切り安綱』と同等かそれ以上の代物だよ…… これ、あんたのか?」
「ええ、俺の装備です。布が巻いてあるのはキラー除けです」
俺はそうゼロシキの問いに答えた。ゼロシキは軽く頷いてから、もう一度その赤い不思議な輝きを放つ刀身に目を移した。
「この太刀は安綱同様『主を選ぶ』と聞く…… 普通のキャラが使う分には若干切れ味が高い太刀なんだが、特定のキャラが使うと攻撃力が跳ね上がるって話だが…… あんたはどうだった?」
ゼロシキは國綱を鞘に仕舞いながらそう聞いた。その目は俺を探るような目をしていた。
「この太刀を受け取った時も、そう言われました。『この太刀は主を選ぶ』って。でも、今言ったような攻撃力は無いです。てかむしろ使いにくくてあまり使ってないんですよ」
すると横からスエゾウがお約束のように口を挟んできた。
「そうなんす。コイツ太刀使わずに罠ばっか張るんですよ〜 太刀はホント最後に罠に嵌ったセラフを仕留める時だけ。もったいないから使えって俺は言ってるんですけどね」
そのスエゾウの言葉に、ゼロシキは「ほ〜ぅ」と呟きながら再び俺を見た。イチイチ説明しなくて良いから、スエゾウっ!
「そういや聞いたことがある。太刀使いのくせに、何かやたらと罠張ってセラフを仕留める妙なキャラの噂…… あんただったのか」
あれ? 俺って意外と有名なのかな? 知らないところで有名人になってるのか?
「何でも味方まで罠に嵌めるとか聞いたけど…… マジ?」
とゼロシキは疑うようなまなざしで俺を見た。
「ご、誤解ですからそれっ! 人の説明聞かないで突っ込むから罠に嵌っちゃうんですよ!」
そんなコピーで有名になるのは嫌すぎるっ! そんなこと言いふらす奴は1人しかいない…… てめぇかスエぇっ!!
俺はララの向こうに座るスエゾウを睨んだが、スエゾウは明後日の方向を向いて口笛を吹いていた。曲名が『夏の思い出』とは気が利いてるなぁオイゴルァ!
「なるほど…… 選ぶにしろ、選ばれるにしろ、俺は使うあんたに少し興味が沸いてきたよ……」
そう言ってゼロシキはチラリとララを見て、再び俺に向き直った。
「良いだろう…… この女モンクの浅知恵に乗ってやるよ。だが正式メンバーとしての加入はできん。あくまで傭兵として参加させて貰う。契約料は10%…… ボーナスも気持ちで良い。それが俺が出せる最大の譲歩だ」
ゼロシキのその言葉に、ララは少し不満げに呟いた。
「ったく、ホントひねくれてるわね…… まあこの際仕方ないか……」
「じゃあ契約成立だ。俺はゼロシキ、見ての通りガンナーだ。報酬が減ったからって手を抜くつもりはないが、その分単独行動でやらして貰う。もちろんリーダーの意向は尊重するがな」
ゼロシキはそう言って俺の前に右手を差し出した。俺は自然にその手を握り返していた。するとスエゾウが不意に俺に聞いた。
「あれ? いつの間にお前リーダーになったんだ?」
そうだった…… 何か普通に手を出されたんで反射的に握り返していたが、まだリーダーを決めてなかったんだ。するとそんな俺とスエゾウのやりとりを見ていたララが不意にこう言った。
「良いんじゃない? シロウがリーダでも。あたしは賛成だよ」
「まあ、前のクライスプリーストもお前がリーダーだったし、俺も意義はないぜ」
スエゾウもそう言って笑った。
「ほう…… そうか、なら改めて宜しくな、リーダー」
俺はそのゼロシキの言葉になんだかこそばゆさを感じていた。つーか俺で良いのか? だってこの4人で一番レベルが低いんだぜ? 俺。
「ところで…… このチーム、名前はなんて言うんだ?」
不意にゼロシキがそう聞いてきた。まだ名前なんて全然考えていなかったのだ。
「まだ無いわ。何せコッチであったのは今日が初めてだし…… それに、まだあと最低2人は引っ張ってこなくちゃならないんだ。みんな揃ってから、改めて決めることにするつもり」
ララはそう言いながら腕を組みつつ首を捻っていた。そうだ、まだあと魔導士の問題があったんだっけ。名前なんかよりそっちが大変だよマジで。
「ねえゼロ、あんたメンバー入りしそうな魔導士知らない?」
とララがゼロシキにそう聞いたが、ゼロシキは首を横に振った。
「知らん。魔導士の傭兵も居るには居るが、みんなどっかと契約しちまってる。それに大体フリーの高レベル魔導士なんぞ、早々居るもんじゃないだろ」
そう言うゼロシキの言葉に、ララは「だよね〜」と良いながらため息をついた。
「メンバー見つかったら連絡してくれ。ララは俺とフレンド登録済みだからララ経由で頼む。それまで俺は此処にいる」
ゼロシキはそう言ってまた長いすにゴロリと横になった。しかしこの人、普段何しにセラフィンゲインにアクセスしてるんだ? 良くわかんねぇな、傭兵って。
「さて、あたし達は一端沢庵に戻るか。募集掲示板もチェックしなくちゃなんないし」
ララはそう言って席を立った。俺とスエゾウもその後に続いて席を立つ。
しかしなぁ、あんまり期待できないんだけどね。掲示板の書き込みってさ……
そんなことを思いながら、俺は2人の後に続いてネストを出た。だが、沢庵で俺達を待っていたのは、思いがけない吉報だった。
いや…… 果たしてホントに吉報だったのかな?
第6話 姫と騎士
で、俺達3人は再びレストラン沢庵の46番テーブルに戻ってきた。
「とりあえず掲示板に入隊希望者のカキコがあるかチェック入れよう。ねえスエ、あんたちょっと見てきてよ」
とララはスエゾウに指示を出す。プレイヤーの書き込み掲示板であるコミュニケーションボードは、このターミナルに最初に転送される場所である噴水広場に設置されている。スエゾウは「アイアイサー!」と敬礼してそそくさと沢庵を出ていった。
すげえ…… 早くもパシリ化してる……
元々スエゾウはリアルでも女の子に弱いが、ララの指令を受けるスエはやたら似合っている。まるで犬とご主人様みたいだ。
「最悪前衛はティーンズ【レベル10代】でも何とかなるけど、魔導士だけはレベル20は行っててほしいよなぁ……」
ララは椅子に背を預けたまま天井を見上げ、ため息とともにそう言った。俺もその言葉に頷いた。確かに前衛は極端な話、盾になれさえすればOKだ。ティーンズといえど、戦士系キャラは総じて体力や防御力が高めになっている。攻撃力が乏しくとも、30オーバーのモンクと20オーバーの戦士である俺である程度カバーできるはずだ。だがそれはあくまで魔法のバックアップがあってのこと。最上級クラスの呪文である『メテオバースト』や『ボルトバイン』は無理でも、通常魔導士が『決め技』として使用する上級呪文『フレイストーム』あたりは唱えられる魔導士が控えていないとかなり厳しい。特にレベル6クエストは『生還』も怪しくなってくる訳で、聖櫃などとうてい無理だろう。
「まどろっこしいから、どっかの魔導士さらって来たくなるよね〜」
……それ誘拐だからさ…… 引き抜きよりひどくないですか? しかしララならやりかねないから怖い。多分冗談なんだろうけど…… 冗談、だよね?
と、そこに掲示板を見に行ってたスエゾウが帰ってきた。
「ララ姉ぇ、ただいま帰還しました。反応が7件ほど。俺とシロウの時と違って、ララ姉さんの名前入れたらこれだもん、やっぱすげーっすね。えっとこれ、リストっす……」
スエゾウはそう言いながら自分の携帯を取り出し送信の操作をした。程なくして俺とララの携帯から受信音が流れた。俺とララは自分の端末をのぞき込む。
「やっぱティーンズばっかだね…… 仕方ないか、とりあえずティーンズで…… あれっ?」
ララはスクロールしながらそうぼやいていたが、不意にその指が止まった。俺も自分の携帯に映し出されたリストをスクロールしていたが、途中である名前の部分で指が止まる。なんだこれ?
「ねえスエ、なんでこの『ナイト』ってキャラと『メーサ』ってキャラ、レベルが表示されてないの?」
俺と同じ疑問を投げかけるララ。そうなんだ、この二人だけレベル表示がブロックされてるんだよ。メンバー募集の投稿でレベルブロックするっていったいドウイウコト?
「あれれ、ホントだ。気が付かなかった。何でだろう……? とりあえず候補から弾いときますか?」
とスエがララに聞いた。つーか普通すぐに気づくだろまじで……
「いやいや、な〜んか訳ありっぽくて面白そうじゃん。とりあえずこの二人会ってみようよ」
……言うと思った。段々ララの思考がわかってきた気がする。
ララはそう言うと早速その『ナイト』と『メーサ』と言うキャラに『至急沢庵46番テーブルに来られたし』という内容のメールを送った。すると送信終了2秒後にナイトから『了解、メーサを連れて行きます』との返信が届いた。どうやらこの2人、一緒に居るみたいだ。
「このメーサってキャラ魔導士で、ナイトは…… わお、魔法剣士じゃん! 結構拾い物なんじゃん?」
とララは携帯画面を見ながら嬉しそうに言った。俺もスエから送られてきたリストを再び確認する。ホントだ、ナイトってキャラ魔法剣士だ。ララの言うとおり、このキャラ当たりかも……
『魔法剣士』とは、文字通り魔法を使える戦士のこと。剣も使え、かつ魔法も行使できる特殊なキャラクターだ。と言っても本職である魔導士の行使する魔法とは同じ名前の魔法でも威力や効果が劣るが、反属性を持つセラフ戦ではここ一番って時に攻撃魔法が使えるのは心強い。さらに魔法剣士はその攻撃魔法の効果を、剣技に付加させる『魔法剣』を行使することが出来るのだ。
こう言うと、魔法剣士はその特殊な攻撃能力に魅力を感じる人も多いだろうが、実はこの魔法剣士のもっとも重宝する能力は本来回復のエキスパートであるビショップの専門魔法である回復系魔法を行使できる点にある。
攻撃に特化している魔導士の攻撃魔法を行使できるのは確かに魅力的だが、ビショップの回復魔法を行使できるのはこのセラフィンゲインの戦場では極めて有利に働く。
ビショップ以外のキャラは自前で回復するには基本的にアイテムのみとなるが、フィールドに持ち込めるアイテムは須く重量制限の対象になるわけで、その所持数量には限界がある。だが魔法剣士は所持アイテムに加え基本所持能力で回復を行えるので生還率が上がるのだ。もちろん本職であるビショップが唱える回復魔法には若干見劣りするものの、レベルが上がり高位呪文を唱える様になれば中上級ビショップと遜色なくなる一種の万能キャラになる。『内気功』を極めた超高レベルモンクであるララ同様、高レベルになればなるほど、この世界で純粋な『単独行動』がしやすいキャラといえるだろう。
一見良いことづくめの階級に思えるこの『魔法剣士』だが、実は色々制限がある。まず、その身に纏う防具が戦士に比べて貧弱だった。同レベルの戦士が装備できる鎧が2ランクほど低い物しか装備できない。それに前衛キャラで唯一行使できるその魔法が、同レベルの本職が唱える時の効果の80%程度になってしまうこと。そして最大のネックが、レベル上昇率が極めて悪いこと。故に高レベルな魔法剣士はなかなか居ないし、その魅力的なスキルの割には人気が今ひとつなキャラだった。
さて、このナイトつーキャラがどの程度のレベルなのか…… わざわざレベル表示をブロックするくらいだから訳ありなんだろうけど、リストの他のキャラレベルを見ると何とも言えないなぁ…… バカ低いかバカ高いかのどちらかだろうな。願わくば後者であることを祈ろう。
あれ? そういやあの伝説の『死に神シャドウ』も魔法剣士じゃなかったっけ……?
「此処って…… 46番テーブルで合ってる?」
不意に背後からそう声を掛けられ、俺はちょっとびっくりして反射的に振り返った。すると俺のすぐ後ろに、見たこともない赤い鎧を着たイケメンが、魅力的な笑顔で立っていた。鎧というか、なんつーの? 襟元から纏った白くて長いマントでよく見えないけど、戦国時代の甲冑みたいなイメージだ。
すると今度はテーブルの対面で勢いよく椅子を鳴らして立ち上がる気配がした。
「あ、あんたはっ……!?」
そちらに視線を投げると、そう言って絶句し立ちつくすララの姿があった。
あれ? ララの知り合い? ……にしても……
俺はそう口から出そうになった言葉を、生唾と一緒に飲み込んだ。だってさ、鳥肌が立つほどビシバシ感じるんだもん、ララの殺気が……!
「『俺』は『初めまして』のつもりだけど…… 『久しぶり』と言った方がいいかな、この場合? それとも忘れた…… な〜んて事はないか」
その紅い鎧のイケメンはそう言ってその魅力的な笑顔をララに向けた。
「ふんっ、冗談! 両足ぶった切られた相手の顔、どうやったら忘れるのか教えてほしいよね、マジでさっ!!」
ララはそう吐き捨てると瞬時に俺の隣に回り込み、気が付くとそのイケメンの顔面に拳をたたき込んでいた。イケメンの顔の辺りで派手な音が鳴る。
はえ―――っ! 全然わかんねぇ――――っ!? ホントに疾風だよマジでっ!?
「ふぃーっ! 間一髪、予測してなきゃやばかった〜っ! 疾風と呼ばれるのも確かに頷けるよ……」
そう言うイケメンはララの拳を鼻先の距離で受け止めていた。しかも左手だけで!? それにあのスピードに反応するのもすげぇ…… なにもんだよ、コノヒト?
「しかし、君の足を断ったのは『俺』であって『俺』じゃないんだが……」
「はんっ、だからって『ハイそうですか〜』って頭切り替えられるほど器用な女じゃないのよね、あたし。喩えあんたが『あたしの知ってるあんた』じゃないと知っててもね…… でも一応これでも気は使ったのよ? 爆拳じゃないだけでもね」
ララのその言葉を合図にイケメンはララの拳を放し、ララも拳を収めて改めてイケメンに向き直る。どうやら知り合いみたいだけど、あまり良好な関係じゃないみたいだ。しかもちらほら出てくる単語が物騒なことこの上ない。
つーか両足切断ってオイ……
「知っててこの挨拶カヨ…… ははっ、聞いてた以上だな。俺のことは聞いていたんだね?」
するとその言葉にララは頷いた。
「あいつからね…… 『聖櫃』で古い親友に会ったって。嬉しそうに話してくれたわ」
やっぱり知り合いみたいだ。でも『聖櫃』って……? コノヒトも元ラグナロクメンバーなのか? あれ?
「ララ、この人も旧ラグナロクの……?」
と俺はララにそう質問した。ララは俺のその言葉に少し困ったような表情をした。
「う〜ん、そうじゃなくて…… ラスボスって言うか…… いや正確には違うし…… あっ、ラグナロクリーダーのお兄さんよ」
「う〜ん、まあ間違っちゃいないけどなぁ……」
ララの答えにイケメンも少し困ったように呟いた。
いや、なんか今ラスボスって言わなかったデスカ? 意味がさっぱりわからないっすけど……
とそこに少々場違いな声が俺らの会話に割って入った。
「やっほ〜い、ララちん久しぶり〜♪」
イケメン男の陰からひょっこりと現れた薄い黄色のローブ姿の女子…… え? つーか女の子? なんだこの子!? どっから沸いて出た!?
「メ、メタちゃん!? あんたまでどーしてこんなところにいるのよっ!?」
と今度も驚くララ。え? この子も知り合いなの?
「あはは、ちっとも会いに来てくれないから僕のこと忘れちゃったかと思ったよ〜 でもララちん、その呼び方も好きだけど、今の僕は『メーサ』って呼んでよ。で、こっちは『ナイト』ね」
と言ってにっこり笑うロングヘヤーの可愛らしい女の子。外見は中学生ぐらいかな? いってても高校生ぐらいだろう。この子がさっきリストにあった魔導士のメーサってキャラかよ。
「あれ? でも此処って確かこんな『お子さまランチ』はアクセスできな…… ぐえっ!?」
いきなり鳩尾に激痛が走り、思わず悶絶。見るとその女の子の手にしたワンドが腹にめり込んでいた。
「失礼な奴だなコイツ。こう見えても18歳って設定になってるんだぞ! ねえララ、僕コイツ嫌〜い!」
俺は腹の痛みをこらえつつクソガキを睨む。
「いつっ…… て、てめえこのクソガキ、なにしやがる!!」
「なぁんだよ〜! 最初に変なこと言ったのはそっちじゃんか! この場で消し炭にされないだけマシだろ〜っ!」
「何をコノ……っ!」
と飛びかかりそうになる俺のおでこをララが片手で押さえ再び椅子に押さえつける。う〜ん、片手なのにびくともしねぇ……
「メーサもよしなよ。俺たちこれから仲間になるんだから」
とイケメン男がクソガキをなだめる。クソガキは「ふんっ」と鼻を鳴らし、俺に向かってべーっと思いっきり舌を出した。
なんて可愛くないガキだっ!! しかもなんだその『設定』ってよぉっ!
「まあまあ、まったく大人げないぜシロウ。見ていて恥ずかしいよ、幼なじみとしてよぉ〜」
とスエゾウが大げさに天井を仰ぎながら俺の肩を叩く。
て、てめぇ……っ!
「フレイア」
その瞬間、クソガキがぼそっと呟いた。すると俺の肩に置いていたスエゾウの手から炎が上がった。
「うぎゃぁぁぁぁ! あちっ! あちぃぃぃぃっ!!」
スエゾウが火のついた手を振り回して転げ回り、店の外へと飛び出していった。
「メーサっ!」
とイケメン男がクソガキを叱るが、当の本人はそっぽを向いてまたふんっと鼻を鳴らす。
「だって『大人げない』とか言うからだもん。ふんっ、平気だよ、彼ビショップみたいだし…… そこの君も、僕を外見で判断すると燃やしちゃうからね」
クソガキはそう俺に一括し、勝手に席に着いた。全く、なんてガキだ! いや18歳ってからには厳密にはガキじゃないだろうが、見た目が『ガキんちょ』なだけになんか腹立つんだけどっ!
☆ ☆ ☆ ☆
「さて、じゃあ改めて聞かせて貰いましょうか、何であんた達がこんな所に居るのかってのを……」
マリアはそう言いながらビネオワを飲み干し、空になったジョッキをテーブルに置いた。
「ちょ、ちょっと待ったララ姉ぇ、その前にこの人達が何者なのか俺とシロウに説明してくださいよ。何か以前からの知り合いみたいなんだし……」
とスエゾウがララに聞いた。ナイスだスエ、俺も丁度それを言おうとしたんだ。流石は18年のつき合いだ。聞きたいことが判ってるって便利だよね。
「まあ、知り合いっちゃ知り合いなんだけど……」
とララはスエの質問に腕組みをして考え込んだ。何か複雑そうな関係だな……
「ぶっちゃけこの2人…… プレイヤーじゃないのよね〜 」
…………は?
「さらにぶっちゃけると、人ですらないつーか……」
えっと……
ゴメンララ、意味が全然わからないんですけど……
「あの…… ララ姉ぇ? 出来ればその…… 真面目に答えてくれると嬉しいんですが……」
とスエが恐る恐るララに聞いた。
「だからマジで答えてるじゃない。コッチのナイトはロストプレイヤーで、メーサがAIなの、判った?」
……悪いがさっぱりわからん。ロストプレイヤーにAIぃ? なんじゃそりゃ……?
俺とスエゾウが顔を見合わせて首を傾げているとララがさらに続けて言った。
「あたし達ラグナロクが聖櫃で戦った最後の敵がこのナイト。当時は『鬼丸』って名前だったけどね。で、このメーサはセラフィンゲインを統括管理するAIってわけ。本当の名前は学習型高性能戦略AI『メタトロン』略してメタちゃん。あたしは『メタちゃん』の方が絶対良いと思うんだけどなぁ……」
ララはそう言ってメーサを見た。メーサはそんなララを見ながらクスっと笑って答えた。
「その名前も気に入ってるんだけどね〜 ほら、今回は僕たち『プレイヤー』として此処に来てるからさぁ、『メーサ』の方がプレイヤーキャラっぽいでしょ?」
そう言うメーサを俺はまじまじと見つめた。
「この娘がAI…… 嘘だろ……っ!?」
思わずそんなつぶやきが漏れる。だってそうだろう? どう見てもプレイヤーキャラにしか見えないんだもんよ…… 人をおちょくる口調といい、そのしぐさといい、俺達人間と少しも違わないように見える。AIって此処まで人に近づく事が出来るのか?
「メーサはこの世界に訪れる人間の思考を蓄積し、人の行動パターンを解析することでより有効な戦略を導き出す為に作られた人工知能なんだ。このターミナルで見かけるNPCのAIとは別物と言っていい」
俺の呟きにメーサの隣に座るナイトがそう説明した。
「そうだぞ、僕はそこいらをウロウロしてるNPCとは違うんだ。そもそもそのNPCはおろか、セラフの強さや出現率なんかも監理してるエライ存在なんだぞ! 君ももっと僕をソンケーしなよ!」
とメーサは俺に向かって自慢げに言った。
「ペッタンコな胸張って威張ったってなぁ……」
「なんだとぉー!!」
と俺の呟きに反応してメーサが椅子を鳴らして立ち上がった。そしてまるで敵を見るような目で俺を睨む…… が、不意にその視線をララに向け、次に自分の胸の辺りを見た。
「……ねえナイト、胸ってララみたく膨らんでる方が良いのか?」
と隣のナイトに聞いていた。
うんまあ、なんだその…… こういう反応はAIならではなんだろうが、じゃあそもそも何で怒ったんだ?
「う〜ん、良いっていうか『より女性的』ってトコかなぁ……」
ナイトが首を傾げながらそう答えると、メーサは「そうなのかぁ……」と呟きながら椅子に座った。あれっ? ちょっと落ち込んだのか?
う〜ん、何だかよくわからんが、とりあえず放っておこう。
「そしてあんたがロストプレイヤーか…… 意識が肉体に戻れなくなったプレイヤーって聞いたけど、こうして話しているとちょっと信じられない。そんなに自由に行動できるなら元の肉体に戻れるような気がするけど?」
ナイトはそんな俺の言葉に薄く微笑した。
「まあ、俺の場合は望んでこうなったんだけどな。それにもう現実側での俺の肉体は当の昔に滅んでいる。戻ろうにも戻れないのさ」
「ひぇっ! ってことは幽霊っ!?」
とナイトの言葉で青ざめるスエゾウ。目が若干涙目になってるし…… そういや昔から幽霊だのお化けだの、そう言ったたぐいの話はカラキシだったな。
「いやいや、幽霊とは違う。ほら、ちゃんと足があるだろ? 意識の残留メモリってトコかな? セラフィンゲインのシステム領域にひっそりと残ってるって訳だ」
う〜ん、いまいち良くワカンネ。するとララがもう良いだろうと言った感じで先ほどの質問を繰り返した。
「そのシステム領域にひっそりと残ってるはずのあんたと、セラフィンゲインを統括管理するはずのメタちゃん…… じゃなかった、メーサが何故プレイヤーの真似なんてしてるのよ? あんたまさか、またくだらない事考えてるんじゃないでしょうね?」
そのララの質問に、ナイトは困った顔をして答えた。
「くだらない事って、俺の『本体』がやったことかい? 違う違う、俺達システム領域を追い出されて戻れ無くなっちゃったんだよ」
「はぁ? 追い出された!? 戻れないってメーサも!?」
そのララの質問にビネオワをストローですすっていたメーサがコクリと頷いた。つーか、此処ってストローなんて置いてあったのかよ?
「うん、気が付いたら聖櫃に続く通路に居て、戻ろうと思ってシステムにアクセスしようとしてもエラーになっちゃって、そのうちセラフ達が急に僕を襲ってきて……」
「襲うって…… メーサはこの世界の『管理者』でしょ? そのあんたを襲うって変じゃない」
そう質問するララにメーサは困った顔で答えた。
「そうなんだ、変なんだよ。まるで僕が誰だか判らないみたいになって襲ってきて…… コアシステムにアクセス出来ないから消すこと出来なくて、仕方なく実力排除に出たんだけど、さらにおかしいんだ……」
メーサは自分の両手を見ながら呟いた。
「魔法しか使えなくなってるんだよ…… 武器を具現化することも出来なければ、飛ぶことも出来ない。固有の姿を持たない僕なのに変身すら出来ない…… この世界では『何でもあり』だったはずの僕なのに……っ」
メーサはそう言って唇を噛んだ。その姿はとてもAIとは思えない仕草だった。
「何度か襲ってくるセラフを魔法でぶっ飛ばしていたんだけど、そのうちレベル6セラフに囲まれちゃって、苦戦してたらナイトが助けに来てくれたんだよ」
そう言ってメーサはナイトを見た。ナイトはにっこり微笑んで続けた。
「俺も気が付いたられいの通路に立っていたんだ、この格好でな。でもって通路の先から派手な音が聞こえてくるから行ってみたらメーサがセラフ相手に戦ってるだろ? また何かの遊びかと思ったら必死な顔して『手伝って〜!』って言うもんだから俺も久々に参戦したって訳さ。でもハンパ無いセラフの攻撃で2人してベースまで退却してそのままターミナルまで来たら、メーサも俺も戻れなくなっててさぁ……」
とナイトはそこでため息をつきながら肩をすくめて薄く笑った。そしてまたメーサが話を続ける。
「ナイトは『前科』あるし、僕はAIでしょ? 管理側に見つかったら面倒だからプレイヤーの真似して此処にいるって訳なんだ」
「でもそんなのすぐバレちゃうんじゃない? 此処のサポートって結構優秀みたいだし」
とララが周りを気にしながら声を落としてそう言った。
「たぶん当分は平気。僕がプレイヤーの管理ファイルにアクセスしてプロフィール改ざんして置いたから。どうもアクセスできなくなったのは、システムプログラム領域全般みたいで、ログとか管理ファイル領域、外部リンクなんかは今まで通りアクセスできるみたいなんだ。で、ナイトが教えてくれた『役所』ってトコのサーバに侵入して適当な人の個人情報をこっそり写しちゃったからサポート側も判らないハズだよ」
とメーサがララの質問にそう答えた。オイオイ、それって犯罪だろマジで…… なんつー物騒な話をしてるんだ君たち!
「なるほど…… でも何でそんなことになっちゃったのよ?」
そのララの質問に、メーサは思い詰めた表情で答えた。
「わからない…… こんな事は初めてなんだ……」
さっきは生意気なクソガキだと思ったけど、何かそんな表情を見ていたらちょっぴり同情してしまったよ。
「……その原因を突き止めるためにも俺達は聖櫃に行かなくちゃならない。だがあそこは知っての通りチームじゃないとたどり着けないし、もしかしたら俺達じゃまた弾かれてしまうかもしれない。そこで俺達はシャドウを探したんだ。アイツの『あの力』なら何とかなるかもしれないと考えたからだ。だが、メーサがプレイヤーの管理ファイルを探してもあいつの名前が無いだろ? 途方に暮れてたら掲示板にララの名前があったんで書き込んだんだよ。なあララ、アイツは何処に居るんだ?」
ナイトはララにそう言った。
かつて聖櫃にたどり着いた唯一のチーム『ラグナロク』
その伝説のチームの前衛を勤めていた魔法剣士にして最強の太刀使い、英雄『漆黒のシャドウ』
そしてその後、15人のキャラをロスト【消滅】させ被験者であるプレイヤーを病院送りにして『死に神シャドウ』と呼ばれ恐れられた伝説のプレイヤー
彼が何故姿を消したのか……
死に神と呼ばれる前の彼の話は良く聞いたことがある。どんなピンチでも仲間を見捨てず、一人でも多くのメンバーを帰還させるために殿を勤める。前に雇った傭兵は言ってたっけ…… 「あいつほど『仲間』にこだわる奴はいない。喩えそれが仮のメンバーだったとしても」と……
同じ太刀使いつー事もあるけど、俺にとって彼は目標でもあるプレイヤーだった。
「シャドウはもう此処には居ないよ。1年前、自分から太刀を置いたの…… あいつの最後の言葉……『俺はもう二度と安綱を握らない』そう言ってたわ。だからもうあいつが『アレ』になることは二度と無いよ……」
ララは静かにそう言った。どことなく寂しげな表情が印象的だった。
ナイトが言った『あの力』…… そしてララが言った『アレ』って何のことだろう……
そして新たにメンバーに加わったこの2人の素性……
俺の知らないところで、ひっそりと得体の知れない何かが動き始めているような、そんな不穏な気配を感じて、俺は身震いする思いだった。
第7話 その名はウロボロス
「そうか、シャドウは引退していたのか…… 仕方ない。俺達だけで何とか聖櫃までたどり着くしかないな、メーサ」
ナイトはそう言って肩を落とし、ため息をついた。
「だね…… と言うわけでララちん、僕らもララちんの作る新生チームに入れてよ」
メーサはナイトの言葉にそう続けにっこり微笑んだ。イチイチなんだけど…… そんな仕草は本当に人間の可愛い女の子って感じだ。
「そりゃもちろん歓迎よ、コッチも魔導士居なくて詰まってたとこだし…… あ、でもあんた達、レベルって一体いくつなの?」
と、ララが2人に質問した。そうそう、それだよ。この2人のレベルが俺らの携帯からじゃ見えないんだ。どうなってんの?
「レベルかぁ…… ねえナイト、僕達ってレベルいくつくらいかなぁ?」
とメーサがナイトに質問。オイオイ、なんだその質問は?
「そうだな…… 俺は前は40越えてたけど、今はあそこまでの力は出て無い気がするしなぁ…… でもたぶん35は越えてると思う。メーサは全呪文を唱える事が出来るし、魔力もそこそこあるだろ? う〜ん、間取って38ぐらいにしとく?」
とナイトは腕組みしながら考えつつ、メーサにそう返した。
間取るって意味わかんねぇ……
「ふ〜ん…… じゃ、レベル38って事で♪」
ナイトの意見を聞き、メーサは軽い口調でララにそう答えた。
なんじゃそりゃ……!?
「ちょ、ちょっと待ってくれ、もしかして2人とも自分のレベルがわからないのか?」
俺は思わずそう言った。そんなプレイヤーが居てたまるかぁ〜っ!
「実はその通り。つーか『レベル設定』自体今の俺らには無いのかもしれない。何せインナーブレインを介してこの世界にいる訳じゃないしな。だからシステムがその部分を上手いこと処理できなくなってるんじゃないか? いわゆるバグだな」
ナイトは自分なりの分析結果を述べた。なるほど…… ってそんなのアリ!?
「あ、ちょっと待って……」
するとメーサがそう言って目をつぶり、こめかみに右手の指を添えて、もごもごと唇を動かしている。あまりに声が小さいのでなんて言ってるかわからない。
「んと…… よし、はいOK。今キャラ管理のファイルにアクセスしてレベル設定を追記しといたよん♪ どう? 2人ともレベル38って表示されてるでしょ?」
俺はメーサのその言葉を聞き、もう一度自分の携帯の表示を見る。するとメーサとナイトのレベル表示が38となっていた。そんなアホな……
「あーっ いいないいなーっ! ねえメーサ、あたしのレベルも上げてよ〜 こう40ぐらいにささぁっとさ?」
とララ。いやそれはダメだろマジで!
「それはダメ。僕がやったのは単にレベル表示を追記しただけだもん。流石にレベルそのものをいじっちゃうと管理側にバレちゃうよ。下手したら不正対象でデリートされかねない。地道に経験値稼いでレベルアップするしかないよ」
メーサは肩をすくめてそう答えた。当たり前だ、そう簡単に不正が通るわけ無いじゃん。
「そっかぁ…… あ、じゃあさ、銀行のサーバ侵入してあたしの貯金ゼロ3っつぐらい増やしてよ〜 お願いっ!」
ララ、それ犯罪だからさ……
「馬鹿言うな。そんなことやったら普通にヤバイ。引き受けちゃダメだぞ、メーサ」
ともっとも常識的な理由でララのお願いを却下するナイトに「ケチィ〜」と不満を漏らすララ。メーサもナイトの言うことには素直に従うらしい。何か兄妹みたいだな、この2人。
「さて、これで6人、チームとしての体裁は一応整ったわね」
ララはそう言って一同を見回した。するとナイトが不思議そうに首を傾げた。
「6人? 此処に居るメンバーの他にもう一人いるのかい?」
そうだ、ゼロシキのこと忘れてたよ。
「あ、ララ姉さん、俺ひとっ走りして呼んでくるッスよ」
とスエが席を立つ。まるで忠犬だな……
「その必要は無いわ。居るんでしょ? ゼロシキ」
まるでララのその声に答える様に、ララのすぐ後ろから声が掛かった。
「……いつから気づいていたんだ?」
その声と共に、ララの背後の空間から、黒ずくめの人影がスルリと現れた。いや、沸いて出たって言った方が良いかもしれない。
「さっきスエの手に火がついた時、空気が微かに揺れたからね。確証は無かったけど多分そうじゃないかなぁって…… あたしもなかなかでしょ?」
ララってやっぱりすげぇ…… 俺全然気が付かなかった。
「ふん、たまたまヤマカンが当たっただけだろ」
ゼロシキはそう言って黒ずくめの頭巾を被ったままテーブルの空いている席に着いた。
「彼がもう一人のメンバー、ガンナーのゼロシキ。彼傭兵なの。で、今回は傭兵としてあたしらのチームに参加することになってるのよ」
ララの説明にナイトとメーサはゼロシキをしげしげと見ていた。
「傭兵ガンナーのゼロシキ…… 変わったHNだな。それに『愚者のマント』なんて今時珍しい」
ナイトはそう言って口元を薄く歪めつつ、ゼロシキを観察するように見ていた。
今ナイトが言った『愚者のマント』とは、セロシキが装備しているマントのこと。このマントは通常肩口に装備して歩く分には普通の黒いマントにすぎないのだが、頭からすっぽり被るとその表面が周囲の風景を読みとって映し出す『擬態』という特殊効果を備えたマジックアイテムなのだ。以前のバージョンではそこそこ数が出回っていたのだが、大型バージョンアップ以降では入手が極めて困難なレアアイテムになってしまった。プレイヤー同士のオークション、いわゆる『プレオク』でもなかなかお目にかかれない喉手な一品だ。まあ、遠距離から狙い打つガンナーには至高の装備と言っていいな。
「彼が使っている撃滅砲が『龍牙零式』って言う古いタイプの撃滅砲でね。そこから取ったHNなのよね」
ララがそうナイトに説明した。
「龍牙零式とはまた古いな…… おたく、登録はバージョン2.0以前からのキャラなのか? なら俺ともどこかで会っているかな?」
ララの説明を聞きながら、ナイトはさらにゼロシキに質問する。
「龍牙零式は威力が高く使える弾が豊富だが連射が出来ない半自動式だ。オマケに弾がでかいから装弾数も6発しか無いしリロードも弾倉式じゃないから長くなりがちだ…… バージョン2.4以降に普及したライトキャノン系の方が遙かに使いやすいだろうに…… 何故そんな骨董品を使ってるんだ?」
そう言うナイトを、頭巾から覗く瞳でチラリと見て、ゼロシキは静かに答えた。
「この零式砲は知人から譲って貰った中古品だ。元々俺が使っていた物じゃない。使い慣れているから使っているだけだ。それに、悪いが過去に会った奴の顔をイチイチ憶えていられるほど俺は器用じゃない」
ナイトの質問にゼロシキはそうぶっきらぼうに答えた。
「それに、他人のことなど別段興味もない…… あんたらがAIだろうが、ロストプレイヤーだろうが俺には関係ない。フィールドに立てば同じ事だ……」
頭からすっぽり被った黒頭巾のせいでその表情も伺えない。色といい格好といい、何だか戦国時代の忍者みたいだな。
「なるほど…… けど俺はあんたに何となく興味が沸いてきたよ。これから一緒に仲間でやっていくんだ。今後のカミングアウトに期待しても良いかな?」
ナイトはそう言いながら爽や成分100%の笑顔を投げかけるが、当のゼロシキは腕を組みながらそっぽを向いていた。
「ふん、勝手にしろ…… 期待するのは自由だが、俺から語ることは何もない」
う〜ん……
ゼロシキってあんまり人付き合いが上手じゃなさそうだ。ネストで他の傭兵達から聞いた言葉の意味が何となくわかる気がする。きっと友達少ないんだろうな。ま、俺も人のこと言えないけどね……
そんなゼロシキに妙な興味を持つナイトとは裏腹に、メーサは「変な奴……」と呟きながら、またビネオワをストローですすっていた。ナイトと違ってそれほど興味を感じなかったらしい。
「これで全員揃ったわけね。でも…… こう見たらなかなかのキックオフメンバーじゃない?」
ララの言葉に俺は一同を見回し頷いた。
「いやいやララ、なかなかどころか滅多に無い高レベルチームだよ。昨日この店でスエと2人でやさぐれていたのが嘘みたいだ」
俺は素直に感嘆してそう答えた。メンバーで一番レベルが低いのが俺なわけだが、低くてレベル24だ。さらにサーティーオーバー【レベル30以上】が3人。それも魔導士に魔法剣士にモンクつーバラエティに富んだ陣容だ。なんと言っても素性はどうあれ、サーティーオーバーの魔導士が在籍しているのがすげぇ。そんなチーム滅多にいないよ実際。何か一気に聖櫃への道のりが近づいた気がする〜♪
「まあね、ラグナロクの結成時よりトータルスコアは高いか。何せ当時あたしはレベル1だったし♪ 懐かしいな〜」
―――――はぁ!?
「あははっ! そのギャグウケたッス〜 いくら何でもレベル1はないっしょ」
とスエゾウがすかさずツッコミを入れたが、ララは笑って返答する。
「ギャグじゃ無いわよ。ファーストクエストはレベル1でボスサイ狩りに行ったの。パンチヒットしても全然効かなくてさ〜 一瞬で灰にされちゃった。あの頃は日に2,3回は死んでたわ。あははは〜っ」
その言葉に俺とスエは言葉を失った。
マ、マジかよ……っ!
レベル1でクラスAのフィールドに立つなんて正気の沙汰とは思えない。ボスサイとは正式名称ゲノ・グスターファというサイに似たセラフでレベル3クエストのボスセラフである。レベル1じゃ奴の攻撃をかすっただけで即死は免れないはずだ。そんなの相手に効かないとはいえ、攻撃をヒットさせるなんてあり得ない……
「死ぬ度に胃の中の物戻しちゃうじゃない? 2週間で5キロは痩せたっけ…… でもその甲斐あってか2週間でレベル20近くまで上がったわ」
ララはそう言って笑いながら料理を口に運ぶ。スタミナ満タンなのに何で食べてるの? つー素朴な疑問はこの際スルーだ。
「何でそんなスパルタな成長なんだよ……」
とスエゾウが呟いた。確かにその通りだ。
セラフィンゲインは限りなく現実に近い仮想体感システムだ。数々の現実では考えられない超常な現象や体感はあるものの、基本的な物理法則や生理現象は現実のそれと変わらない体感を得ることが出来る。それはこの世界で嗅ぐ臭いや口にする食料の味にまで及ぶ高度な物だが、つまりそれは体に受けるダメージも同じ事で、やられて怪我をすれば当然痛い。この限りなく現実に近い体感の中で受けるダメージはまた格別に恐ろしいのだ。
確かに脳内に投影されるイメージなので現実側の肉体には何の損傷も無いのだが、その感じる痛みは現実の物と大差ない。俺など前にギガトールと呼ばれる龍系のセラフに片足を食いちぎられた時などは、正直失禁してたし、覚醒してからも膝上に鈍い痛みが残っていたほどだ。ましてや死に至るダメージなど想像を絶する恐怖を伴うのだ。
この『死の体感』については昔は各方面からのバッシングも多かったと聞いたことがあるし、今でもたまに3流雑誌で叩かれてる記事を目にする事がある。
まあそういった恐怖を勇気で乗り越えて初めて、他のプレイヤーから認められるつーのがここ、セラフィンゲインの暗黙のルールであり、『真の勇気が試される場所』つーコピーの由来でもあるわけだ。
しかし何も初めからあえて『確実な死』の洗礼を受ける訳もないので、初心者はクラスCの下位クエストから順番にこなしてレベルを上げていくのが一般的なのだが、今の話が本当なら、ララはそこをすっ飛ばしていきなり最上位のクエストに挑んだと言うことになる。ボスどころかその辺を徘徊する雑魚セラフの軽い一撃でさえ確実に死亡するはずで、下手をしたら5分と生きていられないレベルだ。いくら強力なチームメンバーと行動を共にしているからとはいえ、ハッキリ言って無茶を通り越して無謀と言えるだろう。
そんな中で揉まれてきたララだけに今の強さも頷けるが、その方法を選択したチームのドSさに戦慄を憶える。やっぱ伝説になるチームはハンパねぇな、実際……
「さぁ〜て、メンバーも一通り集まったことだし、チーム名を決めちゃおっか?」
ララがテーブルの料理を食べ終え、一同を見回しながらそう宣言した。
「しかし、どんなチーム名にするかだな。前のチーム名は酷かったし……」
と呟いてみる。そもそも何であんな名前にしたんだっけか……
「とりあえずみんなで一通り思いついたの言っていこう。まずあたしから、『キングダム○ーツ』ってのはどう?」
「いやいやいやララっ! ディ○ニーのモロパクはヤバイってっ!!」
俺は慌ててララの案を却下した。あんたなんちゅー事を…… ヤバイってマジで、同人書いただけで連れて行かれますから。
「む〜っ やっぱだめ? 最近ちょっとハマってるのよね〜 あのゲーム♪」
「気持ちはわかるけど却下っ! 俺達確実に破産するから」
ララは「ちぇ〜っ」といいながら口をとがらした。そして「ほんじゃ、次はスエね」と隣のスエゾウに話を振った。どうやら時計回りらしい。
「え? 俺? う〜ん…… あ、『キンダーガーデン』ってのはどうだ?」
「どうやらまた燃やされたいみたいだね……」
スエゾウの答えにメーサが睨みながら手にしたワンドを構える。それを見たスエゾウは「ジョーダンだってばっ!」と慌てて謝りながら防御魔法『プロテクト』をかけた。
アホかお前は……
「次、ゼロシキ、あんたは?」
「……パス。チームの名前なんぞに興味は無い。第一俺はお前らに雇われた傭兵だ。俺に聞くな」
とゼロシキは腕組みをしながらララのフリを一蹴した。一瞬肝が冷えたがララは別段気にした風もなく「ふん、言うと思ったけどね」と言ってそっぽを向いた。ララにああ言えるのってこの中じゃナイトかゼロシキぐらいじゃないか?
「メーサは? なんか良い名前思いついた?」
「え? 僕も良いの? うわ〜ワクワクしてきた。どんな名前が良いかな〜♪
えっとえっとね……
う〜んとね……
その…… あの……
あ〜 う〜 く〜っ!!」
メーサは笑顔のまま凍り付き、唸りはじめてしまった。恐らくそういう事を考えるようにプログラムされてないんだろうな…… でも何でそんなに嬉しそうなんだコイツ?
「あ、あのメーサ、そんなに悩まなくても良いからね……」
と少し心配そうに声を掛けるララだったが、メーサは「う〜 あ〜」とよくわからん声を出して唸ってる。そのうち耳とかから煙でも出るんじゃないか?
「メーサは基本人間の集団意識のサンプリングエミュレートと戦術構築のために作られたAIだからな。こういう事には慣れていないんだよ」
ナイトはそう言いながら未だに唸っているメーサの頭を撫でた。何となく本当の兄貴みたいだ。
「じゃあお次は俺か。そうだな……」
ナイトはそう呟きながら首を捻った。
「『ウロボロス』ってのはどうだろう?」
チーム『ウロボロス』
おお? なんかちょっとかっこよくねぇ? 響きもなかなかいい気がする。ナイトって実はこういうセンス良いんじゃない?
「ウロボロス…… なんか今ビビッときちゃった。良いね、それっ! それにしようよ。チーム『ウロボロス』! うん、イケてるじゃない」
マリアの言葉に一同頷く。唸っていたメーサもようやくフリーズから脱したようで「それ可愛いー」とか言ってる。
か、可愛いか……? まあいい……
「でもまだリーダーの案を聞いてないけど……」
とナイトが俺を見ていった。
「あ、そっか、シロウ『ウロボロス』より良い名前浮かんだ?」
「いや、ウロボロスで俺も良いと思う。響きもカッコイイし」
「カッコイイ? 可愛いだろ〜」
と俺の言葉に文句を言うメーサ。ま、どっちでも良いんだが、可愛いかマジで?
と言うわけでチーム名はナイトの案である『ウロボロス』で全員納得で決定。早速サポートに登録しないとな。
「なあシロウ、ところでお前『ウロボロス』どういう意味か知ってるか?」
とスエゾウが俺に聞いてきた。う〜ん、たまに聞く名前だけど意味はさっぱりわからん。
「さあ? つーか俺に聞かないでナイトに聞けよ」
俺はそう言ってナイトに質問を振った。ナイトはまたまたニコニコ笑顔で答える。
「神話などに出てくる『自らの尾を食らう蛇』のことさ。見たこと無いかな? こう蛇がわっかになってる図案」
ナイトはそう言って両手で丸を作ってみせた。そう言えばそんなのどっかでみたことあるような……
「身を食らう蛇なんて…… まるでシロウみたいだな。自分のこさえた罠に仲間が引っかかる…… みたいな?」
「やかましいっ! 泣きギレ暴走ビショップよりマシだろ! ○ヴァの初号機よりタチが悪いわっ!!」
俺はスエゾウの言葉にそう吐き捨てるように言ってやった。
「まあまあ…… ウロボロスはそう言う意味じゃないからさ。蛇が自分の尾を銜えると円になるだろ? 始まりと終わりが一緒になる。終わりがない…… つまり『永遠』とか『無限』とかって意味合いなるわけだ。そう言った物の象徴として扱われているのさ」
ナイトは俺達をなだめながらその博識の一部を開陳する。
「蛇ってダークなイメージがあるけど、古来から蛇は神聖な生き物として崇められてきたことの方が遙かに多いんだ。何度も脱皮を繰り返し長い年月を生きる物と言うことで『不死』を意味する言葉としても扱われてきたし、中世では『始まりから終わり』の全てを知る存在、いわゆる『完全』と言った意味で用いたこともあったんだ」
ほ〜 なるほどね…… ナイトって物知りなんだな。人間だった時はさぞかし頭良かったんだろうなぁ。
するとララがナイトの話しに納得したように言った。どうやらかなり気に入ったらしい。
「良いじゃん良いじゃん! 完全最強チームに相応しいネーミングじゃんっ!! 向かうトコ無敵のチームって伝説を沢山作っちゃお!」
おおう、なんかララの言葉に俺もその気になってきたぞ。なんとなくこのチーム、マジで聖櫃クリアー出来そうな気になってくるっ!
「さーて、グッドな意味のチーム名も決まったことだし、みんなでビネオワで乾杯しようよ♪」
ララはそう言って片手を上げ、NPCの店員を呼ぶ。その横でスエゾウも「そうっすね、そうっすよね〜」とララに同調して手を挙げている。どうやらこのまま結成式に移行するようだ。
「あ、でもそういえば……」
と不意にナイトが呟いた。
「ウロボロスは自分の尾を食らうだろ? で、最後は結局何も残らないから『無に帰す』って意味もあったよな、たしか……」
ナイトの追加補足説明に一同静まりかえる。
あのさナイト、わざわざそんなドン引きなオチ付けなくても良いからさ……
それから俺達はそんな微妙なダークさを頭に残したまま乾杯となった。ナイトってセンスは良いかもしんないけど、空気読む気がさらさら無いよなマジで……
第8話 仲間の価値は
沢庵での結成式もそこそこに、俺達は早速サポートにチーム登録の手続きをした。でも今では一般的になりつつあるギルドへの加入は見送り。ナイトとメーサの素性を考えるとまあ仕方がない。PK【プレイヤーキラー】に襲われる危険性が無くもなかったが、仮に襲われたとしても、サーティーオーバーのキャラが3人も在籍しているだけに何とかなりそうだった。
「てゆーか、チームの仲間ならともかく、大所帯で群れるのってな〜んか嫌いなのよね」
というララの言葉が決め手となり、俺達『ウロボロス』はギルド無所属チームとなった。「さて、それじゃ早速クエストエントリーと行こうと思うけど、とりあえず何狩りに行く?」
俺はとりあえずリーダーなのでそうみんなに聞いてみた。メンバーの戦闘能力なんかもお互いに把握しておきたいところだ。そこそこ高レベルなクエストでその辺りを試したいところだけど……
「適当なところで『ギガトール』の亜種とか『冠狩り』とかで良いんじゃね? 最初だし」
とスエゾウが意見を述べた。まあ妥当なラインかな。
『ギガトール』とは体長8m前後の大型なドラゴン系のセラフで、翼が退化しているため飛ぶことが出来ず、主に地上を走ることから『地龍』とも呼ばれる。知能は極めて低いがその性格は凶暴で攻撃的。地面を走る為脚力が発達しており、最高疾走スピードは実に時速60キロにも及ぶ。さらに胚嚢に火炎袋があり、口からはき出される炎のブレス【息吹】はまともに食らえば上級者でも深刻なダメージを食らうほどの強力な物で、レベル3辺りのクエストではボスを張るセラフだ。その姿はおとぎ話に出てくるドラゴンと言うよりは、大昔の恐竜に近いかな。
もう一つスエゾウが言った『冠狩り』とは、正式名称『グラクエッタ』という鳥型のセラフを狩るクエストの俗語だ。まあ一口で鳥と言っても、体長7m〜8mとこちらも大型のセラフだ。その姿は大きな鶏を想像して貰えばわかりやすいと思うが、コイツは現実にいる鶏と違って完全な肉食で、しかも空を飛ぶことが出来る。
ギガトールのような特殊ブレスは無いが、広げると全幅が16mにも及ぶ大きな翼から生み出される風はまるで竜巻のようで、属性抵抗のスキル値が低いキャラは攻撃を当てる前に吹き飛ばされてしまう。また鋭い嘴や装甲車でも引きちぎりそうな爪の攻撃は、中級者程度が手に入るAC値の低い鎧など紙同然に引き裂かれてしまうほど強力だ。さらに大きな岩などをその爪で掴んで舞い上がり、上空から目標に落とすなんて言う高等な攻撃をしかけるほどの知能の高さを併せ持つセラフだった。
コイツの頭には鶏の鶏冠に似た飾りが付いていて、この鶏冠の材質が俺達が装備する防具などの良い素材となる為そこそこの経験値で取り引きされ、中、上級チームの良い資金源になるので、それを目的に狩るチームが多くその行為の名前を取って『冠狩り』と呼ばれている。
「いや、ぬるいわね……」
ララは腕を組みながらそう呟いた。
は? ぬ、ぬるい?
「あたし達でなら、ギガトール亜種程度じゃウォーミングアップにもならないわ。そうね…… せめて雷帝ぐらいじゃないとチームポテンシャルは測れないんじゃない?」
「い、いきなり雷帝狩りカヨ……」
思わずそう絶句するスエゾウ。無理もない。
雷帝とはレベル5セラフ『アントニギルス』の別名だ。このセラフは大別すると先に挙げたギガトールと同じく『龍族』に属するが、その中でも『古龍種』という希少な種類にカテゴライズされる。確かにギガトールと同じ龍族だが、その攻撃力と危険度はギガトールとは比べ物にならない。体長は10~15mほどで頭部に豪奢な角を持ち、背中には羽が生えていて飛翔可能で、大空を舞うその姿は確かにおとぎ話や神話に登場する『ドラゴン』そのものだった。
鎌首をもたげてプレイヤーを見下ろし、その口から吐き出される炎のブレスは中上級者ですら一瞬で深刻なダメージを与えるほど強力な物だし、さらにアントニギルスは知能も高く雷撃系上級呪文である『ギガボルトン』を使ってくることから雷帝との異名を取る強力なセラフだった。
セラフィンゲインのクエスト難易度はレベル1からレベル6までの6段階に分かれており、バトル系クエストの場合、そのクエストレベルに合わせた最終標的が存在し、当然レベルが上がるに連れてその標的の危険度は上がり、この最終標的であるボスセラフの危険度はそのクエストレベルのレベル値で表されることが多い。つまり雷帝アントニギルスはレベル5ボスセラフというわけだ。
このクエストレベルは1〜4までは大体中〜準上級者、レベル15〜20程度のプレイヤー向けな難易度になっているが、レベル5からはその難易度は急激に上昇する。難易度に比例し成功時の報酬である獲得経験値も跳ね上がるので、レベル20をこえたキャラがこぞって参戦するのだが、駆け出しの『勢い上級』キャラ達で組むチームは必ずこのレベル5で全滅を経験するだろう。このレベルのクエストは今までのクエストとは別物と言っていいレベル差があり、たとえチームメンバー全員がレベル24乃至25以上の上級チームでも毎回全員帰還が難しいほどだった。
かくゆう俺とスエが組んでいたチーム『クライスプリースト』もこのレベル5の洗礼を受け初回チャレンジは見事に全滅。その後のクエストでも数回全滅を経験し、メンバーのレベルが24を越えた辺りからやっと何とか稼げるようになった。今考えても未だにあのメンバーだったら毎回の全員帰還は自信がない。
「いや、でもララ、流石にいきなりの雷帝狩りはしんどくないか? せめてレベル4のバトル系クエで様子を見ようと思っていたんだが……」
俺はそうララにこぼした。何せ出来たてほやほやのチームで、メンバーの名前以外ほとんどわからない状態なんだぜ俺達? 最上位のレベル6ほどではないにしろ、上級チームでさえ気を抜いたら危険な相手が『試し相手』ってどんだけSなんだよマジでっ!
しかしララはさらりと言って返した。
「だってシロウ、あんたマジに聖櫃を目指すんでしょ?」
ララの形のいい眉の下の瞳が俺の目を見つめていた。俺はその瞳に吸い込まれそうな感覚を味わい、思わず言葉を飲み込んだ。
「前にも言ったと思うけど、あの場所に行くには戦闘能力よりもむしろ動機が重要なの。チーム全体の意志、そして何より『俺達ならい行ける!』って感じの連帯感みたいな物がね。それが『開かずの扉』の前に立つ資格なの。それなくして誰もあそこにはたどり着けない」
ララは俺の目を見つめながら、静かにそう語った。それはさっきまでアクセス間近の謎な食事を頬張り、ハイテンションで乾杯の音頭を取って笑っていた彼女とは別人のようだった。
「あそこは上辺の友情やハンパな決意は通じない…… 本気で自分の背中を預けることが出来る者達だけに与えられる試練の場所…… そしてそれがあの場所を統べる者のデザイア【願い】…… シロウ、あんたが目指すのはそんな場所なのよ」
ララはそう言いながらチラリとメーサを見た。メーサは相変わらずの笑顔でその視線に答えていた。そしてもう一度俺の目を見て続ける。
「確かにあたし達ウロボロスは希に見るハイレベルチームになったとあたしも思う。でもそれだけじゃダメ。あたしは確かにかつてあの扉の向こうに行き、そこから帰ってきて今此処にいる。そのあたしが断言してあげるわ。普通にやってちゃ永遠にたどり着けないよ。たとえあたしやナイト、メーサがいたってね」
俺の目を見つめ、静かに語るララのその言葉には、かつてそこにたどり着いた者だからこそ伝えることが出来る真実の重みがあった。
「あたし達ラグナロクが初めてバルンガモーフと戦った時スノーが言ってた。『私たちは決して自ら膝を屈しない。たとえデッドする結果になったとしても、誰一人逃げない。たとえ最後の一人になっても最後まで戦い抜く』って…… あの時、その言葉がメンバーみんなの想いだった。リアルじゃホントおっとりとした萌え萌えの女の子なのに、あの時のスノーはまるで戦女神【アテナ】みたいだった。あたしはあの時の言葉を今でも時々呟いて戦ってる。ホント最高のチームだった」
そこでララは言葉を切り、ニッコリと俺に微笑んだ。その可愛さと言ったらもう……っ!
「だから…… ね、シロウ、ウロボロスもそんなチームにしょう? あたしはもう一度あんなチームを作ってみたいな」
ララはそう言いながら俺の両手を取り、上目遣いで覗き込む。
いきなりのおねだりポーズですかぁぁぁぁ!?
これは反則だよ、いやマジでさぁ…… てかララってもしかして俺のこと……!?
俺はもう赤ベコの置物のように首をコクコクと上下に動かすことしかできなかった。
レベル5ボスセラフがなんだ! 雷帝がなんだ! あんなのビリビリのオプションが付いたでかいトカゲだろ? 俺やっちゃる、このウロボロスをラグナロクに負けないチームにしてやるぜっ!! そしてララ、俺と2人で……っ!!
そんなことを強く思い、俺はララの手を握り返そうとした瞬間、ララはもう用済みとばかりにその両手を払いクルリと振り向いた。
「よ〜しみんな、初陣はレベル5の雷帝狩り『雷鳴の暴君』にけって〜い! スエ、あんたもビシバシ鍛えるよ〜! それとみんな良い? ウチの交戦規定は『死んでも逃げるな【無撤退】!』だよ。リセットするならその前にあたしが爆拳たたき込むからね〜!」
その宣言の内容もさることながら、ララの変わり身の速さに唖然として声も出ない。何だったんだよ今の思わせぶりなフリはっ!?
するとララは再び俺の方に振り向き言い放った。
「シロウ、あんた何やってんの? いつまでそこに突っ立てるつもり? さっさとクエスト受注してきなさいよ、リーダーでしょ!」
ララ、あんたって……っ!
あ、いや、何でもない…… デス……
☆ ☆ ☆ ☆
と言うわけで俺は早速登録を済ませ、その足でターミナルのクエストセンター『弁慶』でクエストエントリーも済ませた。
クエストセンターはターミナルにある噴水広場の中央にある建物でプレイヤーがクエスト受注の受付を行う場所だ。建物の内外装はその他の建物と同じく、中世ヨーロッパを模した仕様になっている。が、ネーミングについては俺は語る舌を持たない。ああそうだ、どう考えてもセンスがズレていると俺も思うが、未だかつてその健についての明確な回答を聞いたことがない。レストラン『沢庵』同様名前についてはスルーしよう。
受付カウンターでクエストを受注し、急いで沢庵に戻ろうと入り口を出る時に後ろから声を掛けられた。
「これはこれはシロウ。こんなところで奇遇ですね」
振り向くとそこには赤と青の派手な色をした鎧を纏い、腰の後ろに大きな斧を吊している男が立っていた。
「あんたか……」
俺はそう呟きながらその男の顔をチラッとだけ見てスルー。そのまま建物から出ようとしたら、その男が尚も俺を呼び止める。少しだけイラっと来る。
「あからさまにシカトしないでくださいよ」
その男はそう言いながら追い掛けてきた。俺は仕方なくもう一度振り向きその男と向き合った。その男は俺が振り向いたことで安心したのか、歩く速度を緩めてニヤつきながら近づいてきた。
歳は俺と同じくらいだろうか。顎に若干の髭を生やし、細い糸目を微妙に歪ませる顔が近づくにつれ、イライラが倍増する気がした。
だいたい、どの面下げて俺を呼び止めるんだコイツ。どういう神経しているのか教えて欲しいよマジで。
「君が此処に来るなんて…… もしかしてまたメンバーを集めたのかな?」
その男はニヤニヤ顔でそう聞いた。俺は無言のまま奴の顔を睨んだ。
「オイオイ、そんな顔で睨まないでくださいよ。言っときますけど、彼ら4人からお願いされたんですよ、『入れてくれ〜』ってね」
白々しい…… てめぇが裏で絵を描いてたんだろうがっ!
俺はそう心の中で怒鳴りながらも無言で男を見つめた。コイツは『ハニー・ビー』と言うチームのリーダーをやっいる『シェロ』つーキャラだ。
そう『ハニー・ビー』は俺とスエが前に組んでいた『クライスプリースト』のメンバー4人を引き抜いた『ヤハウェイの子』ギルド所属のスカウターチームだ。
「もしかして自分と、お友達のあの泣きギレビショップがハブられたんで拗ねてるんですかぁ?」
んなわけねぇだろっ! コイツ人を怒らす天才だな。
「聞けば『失われた楽園』からも除名されたそうで…… いやぁお気の毒としか言いようがないですなぁ〜」
「ふん、あんな奴らなどコッチから願い下げだよ。それにな、『ヤハウェイの子』なんぞに入るのもまっぴらさ。ギルドのくだらん派閥争いの駒になる気は無ぇし」
俺がそう言うとシェロは含み笑いを堪えながら言った。
「フフっ ティーンズの寄せ集めチームでクエスト行くよりマシでしょう? 所属ギルドのないティーンズチームなんてキラーの良いカモだ。まあ、メンバーをあんなに簡単に引き抜かれたチームの生き残りなんて、何処のギルドも拾ってくれないでしょうけどねぇ…… せっかく集めたメンバーもまた離れて行くという悪循環〜 くふふっ」
「余計なお世話だよ!」
俺はそう言ったが、内心はちょい微妙だった。確かにララやナイトにメーサ、まあゼロシキは傭兵だからアレだが、俺とスエゾウが彼らと果たして釣り合って居るんだろうかって思ってたからだ。
ララはネストで俺とスエを『仲間』と呼んだ。あの時、聖櫃を目指すと言って笑われ、それを聞いたララが静かに殺気を帯びつつ、他の傭兵達を威圧しながらそう言ってくれたのは正直嬉しかった。でも俺とスエはララに『仲間』と呼ばれる資格があるんだろうか?
もし他のチームから破格な条件で誘われたら?
もし俺たちなんかよりもっと高レベルで強い仲間を望んだら?
そうなったら俺とスエじゃ引き留める要素が見つからない。悔しいけど俺達じゃ絶対ララ達とは釣り合ってない。さっきまで沢庵で高ぶっていた気持ちが急速にその温度を下げつつあるのを自覚して俺はため息をついた。
「まあ、あなたもあんな『聖櫃』なんて目指してないで、ゆる〜く楽しくやったらどうですか? どうせ行けないんですから。それにそもそもセラフィンゲインはゲームです。所詮仲間といったって仮想世界でのお話。なら緩くても楽しい方が良いじゃないですか」
そう言ってシェロはへらへらと薄ら笑いを浮かべた。その時自分が何でコイツにこんなにも嫌悪感を憶えるのか分かったような気がした。
そう、セラフィンゲインはあくまでゲーム。そこでどんなに強くなろうが、どんなに名声を得ようがリアルじゃない。現金化される経験値の換金システムは確かに現実的に魅力のある要素の一つだが、それでも此処を訪れる者はそれが目当てじゃない者が大多数のハズだった。
ゲームをゲームとして捉え、そこに幾ばくかの刺激を求めて純粋に遊ぶ事を前提にしているプレイヤー達にとって、聖櫃は何の意味も持たないだろう。だが逆に内に沸く情熱を傾け挑む者達にとって、そこにたどり着くことは至高の名誉だったはずだ。
嘘に彩られた現実世界と、全てが偽りの世界に求める純粋なゲームへの情熱。見ているもの、望むものが端から違うのだ。それが永遠に交わらない平行線の考え方であるのは無理もないことだったんだ。
けどさ……
「俺は、それでも目指したいんだよ。限りなく現実に酷似した死と再生が繰り返されるこの世界で、自分の背中を預ける事ができるような、そんなホントの仲間とさ」
俺は少し哀れみを込めた目でシェロも見つつそう言った。そしてシェロに背を向け、『弁慶』のドアに手を掛けた。
「だからお前達は勝てないんだ。何が仲間だ! そんなものはファンタジーなんだよっ!
現にお前も裏切られたじゃねぇかっ! 一緒に戦ってたその仲間によっ!!」
さっきまで薄ら笑いを浮かべていたシェロは、まるで人を違えた様に俺の背中に叫んでいた。俺は立ち止まり、振り向きもしないままシェロの言葉を背中に受けていた。
「ああそうさ、お前の言うとおりこの世界は現実と変わらない死と生がループする世界だ。だがな、だからこそ裏切りの結果と向き合う事になる。向き合っちまうもんだから傷がでかくなる。裏切った奴も、裏切られた奴も変わらねぇ。仲間だ何だといくら言い合ったところで土壇場で右向く奴なんざ大勢居るんだ。人間ってそうなんだよ、そんなもんなんだよっ!」
シェロは振り向きもしないままの俺の背中に向けて怒鳴り続けていた。その言葉が奴の過去に起因しているのかは分からない。もしかしたら奴も昔、信じていた仲間の裏切りにあったクチなのかもしれない。
「俺はお前みたいな奴を見ると反吐が出る。無性にイライラするんだよ! 見てろよ、今度の連中だってぜってぇ引き抜いてやるからなっ!!」
俺はシェロのその声を背中に受けつつ、黙ってドアを開いて弁慶を後にした。ただ、奴の最後の言葉に「やれるものならやって見ろ」と言えない自分がちょっと悔しかったんだ。
第9話 黄金の魔龍
弁慶を後にした俺は沢庵でメンバーと合流した。
「とりあえず一端此処で解散だ。各々装備を確認して10分後に中央噴水広場に集合だ」 俺は皆にそう伝えた。
「あたしはもう一品食べてくから〜」
とララ。まだ食うんですか!? アクセス直後で普通にスタミナ満タンなハズでしょ? そもそも何で食う必要があるの?
「ふん、相変わらずだな。じゃあ俺は『たぬき』行く。対鱗榴弾を補充しなくちゃならん。先週派手に立ち回ったから残弾が乏しい。おい、メーサと言ったな。お前『魔法弾』の合成は出来るのか?」
ゼロシキはそう言いながらガチンっと撃滅砲をならして立ち上がりメーサに聞いた。
「う〜ん、やった事無いけど……」
メーサはそう言いながら隣のナイトに視線を移した。
「はは、メーサは今までそんなのやる必要無かったもんなぁ、でも高位魔導士だしたぶん出来るよ。マニュアル見ながらやれば大丈夫さ。後でショップで道具揃えよう、俺も付き合うよ」
ナイトはそう言いながらメーサの頭を撫でた。メーサはその言葉に満足そうに「うんっ」と頷いて笑った。こういうときは普通に可愛らしい女の子なんだがなぁ……
にしてもそっか、メーサってレベルだけ見たら確かに高位魔導士だけど初心者と変わらないんだよな。全くなんつーアンバランスなキャラなんだよマジで。
ゼロシキの言った『魔法弾』とは、ガンナーが使う撃滅砲に装填する弾の一種で、弾頭に文字通り魔法の効果を付加させた弾のこと。この弾はレベル25を越えているガンナーでないと扱う事が出来ない。通常使う弾はゼロシキがさっき話していた『たぬき』という合成ショップで購入する事が出来るが、この魔法弾は魔導士が直接弾に魔法を込めて貰うことで初めて生成する事が出来る特殊な弾なのだ。
それを専門に商売として請け負っている魔導士もそこそこ居るが、支払い経験値も総じて高めで、完全なプレイヤー同士の個人商売なので相場もまちまちだった。そう言う理由もあってか、通常は同じチーム内の魔導士に頼むのだが、この弾は魔法をインストールする魔導士のレベルに応じて威力が変化する特性があった。つまり魔法を込めた魔導士のレベルが高いほど効果威力が増すと言うわけ。
ショップなどでは素材のみしか売っておらず、魔法弾をゲットするには上に挙げた方法しかない。何故そう言う設定になっているのかは謎だが、元々レベル上昇に必要な経験値が他のキャラよりも遙かに多い魔導士のための、いわば救済措置的な側面もあるのかもしれないな。
メーサは素性が微妙だが一応滅多にいないサーティーオーバーの魔導士だ。ガンナーであるゼロシキとしては良質な魔法弾を生成出来るまたとないチャンスなだけに真っ先に確認したかった事項なんだろうね。
さて、それじゃ俺もショップ行ってトラップ素材を何個か仕入れてくるか……
ララを残し、俺達ウロボロスは皆思い思いに席を立ち沢庵を後にした。
☆ ☆ ☆ ☆
「シロウ、とりあえずの作戦は?」
あれから一端解散した俺達ウロボロスは予定通りターミナルの中央噴水広場に集まり、クエストへアクセスした。ベースキャンプでマップを広げルートを検討していると隣にいるララがマップを覗き込みながらそう聞いてきた。
「エリア2から狩り場のエリア6に回り込もうかと思うんだが…… スエはどう思う?」
俺はそのままスエゾウに聞いてみた。
「ああん? けどシロウ、このクエは雷帝の出現ポイントってランダム設定じゃなかったっけ?」
とスエゾウが言うと横合いからナイトが口を挟んできた。
「いやいや、スエゾウ、シロウはそれを考慮してエリア2から回り込もうとしてんのさ。『羽休め』…… だろ?」
ナイトはそう言って俺に笑みを投げた。ナイトはどうやら俺の考えを正確に理解しているようだ。沢庵での話では以前はフォーティーオーバー【レベル40越え】って言ってたけど、どうやら本当だったみたいだ。
雷帝アントニギルスは飛翔セラフ、出現は空からでその出現エリアは主に5カ所。ただし各々独特のアルゴリズムがあるようで、出現率は一定ではなくランダムに変わる。この辺りの事情はメーサにでも聞いた方が確かなんだろうけど、現在この世界の管理は彼女の手を放れているだけに彼女でもわからんだろう。
「へ〜、結構考えてるんだね、シロウ。ボクもっと単純かと思ってたよ」
メーサはそう言って俺の顔を覗き込んだ。
「うるせぇガキんちょ! これでもセラフの出現パターンはそれなりに研究してるんだ!」
全くイチイチかんに障るガキんちょだ。
するとララがいまいち良くわからない様子で聞いてきた。
「ねえねえ、3人だけで納得してないで説明してよ。どういうことなの? 『羽休め』ってなんのこと?」
スエゾウだけじゃなくてどうやらララも分かってないみたいだ。ま、確かにあまり気にすることじゃないからな実際……
「俺が教えてやるよ」
さて、じゃあいっちょ説明してやろうと思ったら、ナイトがララに説明しだした。
「スエゾウが言うように、確かにアントニギルスは出現パターンが一定じゃないボスセラフってことで有名だが、絶対立ち寄る場所がある。それがエリア2の湖に面したあの開けた草原だ。ぶっちゃけこれを知っているプレイヤーは実はそこそこ居る」
そこまで説明した後、ナイトは俺を見てまたあの魅力的な笑みを漏らした。俺はその笑みですぐに分かった。そう、この男も知っているんだな。
「だが、実はこのエリア2での滞在時間と2から辿るルートで出現場所がある程度割り出せる法則があるのさ。そしてそれが成功し、ある程度ダメージを負わせると次に奴は必ずエリア2に戻る。1度これに嵌ると、そのエリアとエリア2を交互に移動するんだ。それが『羽休め』と言われる法則だ。ま、『ハメ技』に近いが、これを知っているプレイヤーはなかなか居ない。やるな、シロウ」
ナイトは俺の考えと寸分違わぬ説明を披露した。やっぱこのナイトってキャラ、マジで掘り出し物かもしれない。人間時代はさぞ優秀なプレイヤーだったんだろうね。
「エリア6を選択するってことは…… エリア2の滞在時間は5分ってとこだっけ?」
ナイトは少し思い出すように首を傾げながらそう言った。
「ああ、正確には4分と40秒だ。それを超えるとエリア10になる。前にそれで失敗してバックアタック食らったことがある」
俺はナイトの言葉をそう修正した。そうそう、あの時は完全に読み間違えて酷い目にあったんだよ。
「へぇ〜 そこまで正確には知らなかったなぁ。エリア6は確かに2の隣だし、チームの移動を考えると奴に休む機会を与えずにラッシュを掛けるのに最適なエリアだ。けど、奴が怒りモードでカウンター食らうと隠れる場所が無いから危険だぜ?」
とナイトはさらにもっともなツッコミを入れた。ホント良くわかってらっしゃる。
「ああ、だから俺はエリア2にトラップを2個仕掛ける。4分もあれば充分設置可能だ」
俺のその答えにナイトは「2個!? そりゃ早いな〜」と感嘆の声を漏らした。そりゃそうだ、対龍迎撃罠は普通1個設置するのにその倍はかかるからな。
「まあね、シロウは何せ『天才トラッパー』って渾名があるくらいだからな」
と俺の横で胸を張りながらスエゾウが言った。つーかお前が偉そうに言うなってのっ!
「ふ〜ん、なんか良くわからないけどぉ、とにかく2から6に移動する訳ね。じゃあ一丁いきますか!」
とララのかけ声で俺達は出発した。一方ゼロシキは罠の話には何の興味も示さず、無言で遠くに見える高い山、この世界のシンボルでもある『マビノ山』を眺めていた。ホント、ゼロシキって無口な上に愛想がないなぁ。
☆ ☆ ☆ ☆
そうして俺たちウロボロスはエリア2を抜け予想通りエリア6で目標の雷帝アントニギルスと会敵をした。
「おりゃぁぁぁぁっ!!」
とおよそ年頃の女の子とは思えない雄叫びを上げてララが地上に降りたアントニギルスに突っ込んだ。そのスピードは彼女の異名『疾風の聖拳』の名に恥じない速さだ。ララはそのまま雷帝の腹に数発の拳をたたき込んだ。いやもう速すぎて何発打ち込んだのかわからないってのが正直なところだ。
「爆拳、金剛龍撃掌―――――っ!!」
しなやかに伸びたその両腕をまるで円を描くように回して構えた後、ララは叫びととも最後の攻撃を繰り出し、それも見事に腹部に命中した。その途端、鱗に覆われた雷帝の腹の皮がボンっという音と共に内部から弾けた。それと同時に雷帝の大きな口から怨嗟にも似たうなり声が轟く。
モンク特有の打撃技である爆拳、その中でも『奥義』と呼ばれる大技が炸裂したのだ。この『爆拳』とは自分の体内で練った『気』を拳に集め、打撃と共に敵にたたき込むモンク独特の攻撃方法だった。打撃自体もそれなりのダメージを負わせること出来るが、この『気』を同時にたたき込むことでその破壊力が何倍にも増幅される特殊な攻撃だ。
しかしこの爆拳のもっとも特筆すべきは、そのダメージが表層の防御値を無視して内部に及ぶという点にある。いかに強固な天然の鎧を纏う龍族の表皮であろうと関係無く、その攻撃はそれら防御能力を無効にしてダメージを与えることが出来る唯一の攻撃法だった。
「やっぱすっげーよララ姉さんっ!!」
思わずスエゾウがそう叫ぶのも無理はない。俺だってモンクの奥義なんて初めて見たよ。
だがアントニギルスは痛みにうなり声を上げつつも、その豪奢な角を振るい、怒りに燃える瞳をララに向けると大きく息を吸い込んだ。ブレス【龍の息吹】攻撃の前兆だ。
「ブレスだっ!!」
思わずそう声が出た。だが、そこは流石に経験豊かなサーティーオーバーのプレイヤーだ。その前兆にいち早く気づいたララは「わかってるーっ!」と叫んで雷帝の膝を蹴り、空中に跳躍した。
しかしアントニギルスも流石にレベル5セラフだ。そのララの動きに反応し首を持ち上げ追撃に移る。が、その瞬間奴の眉間に立て続けに爆発が起こった。
魔法特有の詠唱が聞こえなかったからナイトやメーサの呪文じゃない。それに爆発前に独特の発射音が聞こえた。間違いない、これはゼロシキの魔法弾による攻撃だ。俺は移動しながら周囲に視線を這わすがゼロシキの姿はどこにも確認できなかった。
そしてアントニギルスがその口を開いた瞬間、さっきとは別の方角から発射音が聞こえたかと思うと今度はその開いた口の中に爆発が起こった。さっきのも合わせて都合5発。そのリロードスピードも驚異的だが、5発全てを命中させたのが驚きだ。
恐らくゼロシキは愚者のマントで擬態しながら移動して狙撃しているんだろう。だがさっきの射撃もそうだが、移動しながらの狙撃で、しかも動いている目標をそんなに正確に狙撃できるものなのだろうか?
味方と敵の動きを追っていたんじゃ絶対間に合わない。恐らくゼロシキはコンマ何秒後のポイントを正確に予想して射撃しているのだろう。その恐ろしく正確な予測射撃のセンスに息を飲む思いだ。腕がいいなんてもんじゃないだろ、アレでホントにレベル26なのマジで!?
爆炎から現れたアントニギルスの顔は右目から口の付け根辺りまで無惨に焼けただれていた。恐らく爆炎系中級位呪文『フレイガノン』を封入された弾だろうが、サーティーオーバーの魔導士が呪文を込めると威力が段違いだ。呪文にある程度抵抗力のある龍族の表皮がああも無惨に熔解しているのが何よりの証拠だろう。レベル20そこそこの魔導士が唱えるフレイガノンの倍近い威力だ。
しかしアントニギルスもただ一方的にやられているわけではなかった。千切れかかった舌を振るわせ咆吼を上げ、吸い込んだその息吹を俺達に向け轟音と共に吹き放った。
俺達前衛は瞬間的に地を蹴って散開しブレス攻撃を交わす。後衛のメーサとスエゾウは全速力で後退し難を逃れるが、馬鹿でかい火炎放射器のような炎が辺り一面を火の海に変え、炙られた大気が背景を歪ませた。散開前に少々もたついた俺は頬に焼き鏝を近づけられたような熱風に煽られ思わず咽せた。あ、あっぶねぇ〜!
腹を割かれ、顔を焼かれながらも、残った片方の目には怒りの炎をくゆらせつつ俺達を睥睨し威嚇の咆吼を上げるアントニギルス。まさに『暴君』と呼ぶに相応しい闘争本能だった。
アントニギルスは一声吠えると背中に生えた大きな翼を広げ羽ばたかせた。先ほどのブレス攻撃で燃えた草木の灰が火の粉と共に舞い上がる。それと同時に強烈な突風が俺達に襲いかかった。まるで竜巻だ。
「飛翔する気かっ!!」
俺は思わずそう叫んだが、その瞬間俺の横にいたナイトが腰の剣を抜き放ち飛び出した。
「フリザルド・ソードっ!!」
凄まじいスピードでスペル【呪文詠唱】を消化し発動コマンドを叫ぶ。魔法の効果をその刃に込める魔法剣士ならではの特殊剣技、魔法剣の発動だった。
しかしこのハリケーンのような突風の中での行動なせいで踏み込み切れなかったのか、明らかに距離がありすぎる。一応俺も太刀使いの端くれ、この間合いじゃ太刀ですら届かない。だがナイトは迷うことなく手にした剣を振るった。
が、次の瞬間、ナイトの剣の刃が分解しまるで鞭のように奇妙な動線を描いてアントニギルスの前足を引き裂いた。
避けた傷口と飛び散る体液が瞬時に凍り付き、右前足に一瞬にして真っ白く霜が張り付く。剣戟に加え冷却系中級呪文『フリザルド』の効果が発動したのだ。
地面から足が離れ、今まさに空へ羽ばたこうとした瞬間の攻撃に、アントニギルスはたまらず雄叫びを上げ墜落した。
一方攻撃を成功させたナイトは、その手に握る奇妙な剣を巧みに操りガキンっと甲高い金属音を響かせながら元の剣の姿に戻し、俺にニヤリと不敵な笑みを向けた。
「ガリアンハント【罪人狩り】…… 初めて見た……」
俺はナイトの剣を凝視し、それからそれを持つナイトを見ながらそう漏らした。その剣もレアだが、これを使いこなせるプレイヤーも激レアだったからだ。
ガリアンハント【罪人狩り】は正式名称テンプルブレード【法皇剣】というこの世界では『大剣』にカテゴライズする武器だ。
この剣は通常装備している姿形は普通の剣と大差ないが、攻撃時にはその刃が分離し、内部に仕込まれたワイヤーが伸縮してまるで鞭のようにしなって相手に伸びる伸縮ギミックが内蔵された特殊な武器だった。
一応剣としての使用も可能だが、伸縮機能を使った攻撃は強力な物で、何より太刀ですら届かない離れた敵をその射程に捉えることの出来る長リーチが最大の利点と言える。
その扱い方は剣よりもむしろ鞭に近く、使いこなすのにかなり骨が折れる武器の一つだ。またその数も極端に少ない代物で使用しているプレイヤーは殆ど皆無に近い。かく言う俺もこの剣そのものもそうだけど、装備するプレイヤーを見るのも初めてだった。
「確かに難しいけど、慣れたらかなり使える武器だよ。俺達魔法剣士が扱う魔法は威力が弱いだろ? 魔法剣は強力だけど相手を射程に捉えるまでに若干のタイムラグがある。でもこのテンプルブレードなら射程が倍以上になるんだ。魔法剣士には案外合ってるのかもしれないね」
ナイトはそう軽く言って笑うが、アレを扱うのは相当難しいのは自分も剣を扱うので良くわかる。俺なんて太刀ですらもてあましているってのに……
ナイトもやはりララと同じく超ハイレベルプレイヤーだった。もうなんなのコノヒト達っ!?
「まだ終わってない、気を抜くなっ!」
と突然どこからかゼロシキの叱責が飛んできた。その声に反応した俺は振り向きアントニギルスを見ると、奴は藻掻きながらもダメージのない前足でその巨体を持ち上げていた。そしてその鎌首がゆっくりと持ち上がると同時に奴の全身が青白く輝いた。
マズイっ!! と心の中で舌打ちした瞬間
「プロテクションっ!!」
後方のスエゾウが叫ぶと同時に俺達の周りがスパークした。目のくらむ光と鼓膜を裂くような轟音。そして体がバラバラになりそうな衝撃を受け俺の体が宙に舞った。ぐるぐる回る視界に何本もの稲妻が走るのが見て取れた。き、効いたぁ〜っ!
雷撃系上級呪文『ギガボルトン』の直撃だ。うつぶせ状態で地面に叩き付けられた際に鼻をしこたま打ち付けたせいで涙が止まらない。マジで手足が千切れ飛んだかのように全く感覚が無く、体中が痺れて声も出ない。涙に滲んだ視界に移る自分の鎧の上を青白い稲妻がバリバリと走っているのが見えた。
直撃前にスエゾウが唱えた防御魔法『プロテクション』のおかげでその威力を5割削いだハズなのにこの威力だ。まともに浴びたら確実に意識持って行かれてたな……
これが雷鳴の暴君アントニギルスが『雷帝』と呼ばれる所以だ。相変わらずめっちゃ危険なセラフだよ。スエのプロテクションが無かったら危うくパンチパーマになるトコだった。俺は未だに痺れて感覚がない体に鞭を入れ、帯電して鬱陶しく火花が散る両腕を突っ張ってよろけながら体を起こした。右手に視線を移すとガリアンハントを杖代わりにして立ち上がるナイトが居た。
「ビックリした〜 久々にギガボルトン食らったよ。なんかちょっと懐かしいな♪」
とのんきな事を、何故か嬉しそうに言いながら首を回すナイト。もしもし今のダメージは?
「やっぱ狩りはこうじゃないと! おっし、エンジンかかってきたぞぉ」
ロストプレイヤーってダメージ感じないんかいっ!?
そんなことを心の中で叫びながら、俺は振り向いて後衛達を確認した。メーサもスエゾウもしゃがみ込んでいたがゆっくりと立ち上がった。
そこそこみんなダメージ食らったが行動不能までには至らなかったようだ。スエゾウのとっさのプロテクションのおかげだな。とその時、再び突風が俺達を襲った。
「あいつ飛ぶ気よっ!」
ララの声が飛ぶ。俺は吹き付ける風に抗いつつアントニギルスを睨むとその大きな翼をはためかせ離陸体制に入っていた。それからアントニギルスは一声吠えると大空へ飛び上がった。
「ちっ! 思いの外飛び立つのが早い。狙って当たらない事もないが、長射程の対鱗榴弾でも威力が落ちるな」
そう声がしたかと思うと俺のすぐ横の空間からスルリとゼロシキが姿を現した。愚者のマントの擬態効果でステルス化していたみたいだけど、気配すら殺してるみたいだ。いつから隣に居たんだよあんたは。
「『羽休め』の法則が確かならエリア2に行くはず。このまますぐに追撃だろ? 奴に回復のスキを与えてやる事はない」
そう言いながらナイトは手にしたガリアンハントを鞘に仕舞いつつ、回復液を取り出すと一気に煽った。飲み終わって「う〜、相変わらずまっじぃ〜」と舌を出した。
分かる分かる、回復液ってめちゃくちゃマズイよね。何も味まで体感させること無いよな……
「ああ、このまま追撃に移る。スエゾウ、ガキんちょにディケア掛けてやってくれ」
「ガキんちょ言うなっ!」
と俺の言葉に文句を言うとふくれっ面をするメーサ。「あいよ〜」とスエゾウが詠唱しメーサの体がポワっと光った。
「新しい胴着が焦げちゃった。せっかく新調したのに〜」
とララが胴着の裾の部分に付いた焦げアトを気にして手で払っている。コノヒトもダメージどっかいっちゃってる…… 全くすげーメンバーだよ。
「よし、追撃開始!」
俺の言葉を合図に俺達ウロボロスは雷帝追撃のためエリア2に移動を開始した。
☆ ☆ ☆ ☆
エリア2では予想通りアントニギルスが傷ついた体を横たえ、湖の畔で休んでいた。俺達はまずゼロシキの対鱗榴弾で牽制した後ララの攻撃、そしてナイトの魔法剣と時間差を付けての波状攻撃を仕掛けた。
「フレイストームっ!!」
続けてタイミング良くメーサが叫ぶと、アントニギルスの体が数本の炎の竜巻に飲み込まれる。爆炎系という魔法に大別される呪文の中でも上級にランクインする高位魔法『フレイストーム』だ。この系統での最強とされる『メテオバースト』より威力は劣るものの、普通中、上級魔導士が『キメ技』として使用する強力な魔法だ。
巨大な火球を目標に激突させる『メテオバースト』と違い、炎が唸りを上げて旋回するせいで周囲の空気が中央に吸い寄せられていくのが分かる。前のチーム『クライスプリースト』の魔導士ノキアがよく使っていたが、威力が桁違いで別物の魔法みたいだ。見た目ガキんちょだが、使う魔法は超ド級の高位魔導士だな。
先ほどのダメージに加え、スキを与えない波状攻撃とメーサの魔法に炙られ、流石の雷帝も弱ってきたようだ。そしてナイトの魔法剣『メガフレア・ソード』が炸裂し、アントニギルスはヨロッとよろけながら後退した。その瞬間、俺は口元がほころびるのを自覚した。
掛かったぁっ!!
「よっしゃぁぁ、対大型セラフ用トラップ、妖線捕縛陣発動っ!!」
先ほど、今雷帝が居る地点を取り囲むように地面に施した縛線針が俺の声に一斉に反応し、無数の細い不可視の鋼線がまるでシャワーのようにアントニギルスの体に降り注いだ。
「えっ? なになにっ!?」
と先行攻撃を仕掛けていたララが、着地と同時に声を上げる。大丈夫、ララの攻撃が終わるのを見計らって発動させたんだから。
「対大型セラフ用の罠だ。設置に時間が掛かるのと、セラフの行動パターンを読み切れないプレイヤーが多くて大抵は空振りに終わるんだけど…… 此処まで見事に嵌めるのは初めて見る」
ナイトが感心したようにララに説明する。まあ、完璧じゃなかったけどね。
「以前のクエストで奴が着地している場所はおおよそ見当が付いていた。若干ズレてたけどナイトの攻撃で奴が後退したから上手く嵌ってくれたんだ」
伊達にこのクエストを何度も全滅食らってないって。自慢じゃないけど……
不可視の鋼線の網に絡め取られ、身動きできずに地面にへばり付き藻掻くアントニギルス。怒り狂ってブレスを吐くが、首まで完全に絡まっていて吐く炎はみな明後日の方向に霧散していく。体を光らせて先ほど食らったギガボルトンを放つが、強力な電撃も体を縛る鋼線がアース代わりになって地面に吸い込まれていった。
「罠って結構使えるじゃない。あの雷帝が身動き出来ないなんて驚き〜」
「ああ、大したもんだ。天才トラッパーって渾名も伊達じゃないってトコだな」
ララとライトが感心したように呟いた。ちょっと照れるねマジで……
「だが罠自体は1分も持たない。そろそろ仕上げといこうか」
俺はそう言いながら背中に背負った布巻きの太刀に手を掛けた。他の前衛2人も俺の声に身構える。
その瞬間、俺達を大きな影が覆い被さった。俺達はとっさに頭上を見上げ息を飲んだ。ほぼ天頂方向から照りつける太陽を背に、大きな翼を広げた物体が降りてくるのが見えた。いや、降りてくると言うより急降下に近い。俺達はとっさに地面を蹴って散開した。
耳を劈く咆吼と共に轟音を伴った地響きと強烈な突風に上手く前が見えない。俺はそれでも顔に被った砂埃を左手で払い落とし、薄目を空けて正面を睨んだ。
見ると先ほど罠に掛かったアントニギルスをその凶暴な爪の付いた前足で踏みつけ、長い首を伸ばして天に向かって吠える、金色の鱗を纏った龍が立っていたのだ。
「黄金龍アントニギルス・フェイサー……」
ガリアンハントを握り、片膝を付いたままその黄金の龍を睨みつつナイトが呟いた。その声に促されるように、俺は無言で生唾を飲んだ。
アントニギルスの亜種、金色に輝く鱗を持つ黄金龍『フェイサー』と呼ばれる希少種で出現率が極めて少ないレアなセラフだった。現に俺も初めて目にするセラフだ。
アントニギルスを一回り大きくしたその体は体長18mはあるだろう。その頭には大きな2本角が誇らしげに輝いていて、この2本の角から『2本差し』と呼ぶプレイヤーもいる。体中が金色の鱗で覆われているので、その表皮に光が反射してキラキラと輝いており、その姿は息を飲むほど美しい。
「なんて綺麗な…… 俺、初めて見た……」
後方でスエゾウがため息のようなつぶやきを漏らすが無理もない。しかし、このセラフはその美しい姿とは裏腹に、アントニギルスが可愛く見えるほど凶暴かつ強力なセラフだと言われる。なんせレベル5クエストで唯一レベル6クラスに匹敵する強さを持つ相手なんだからさ。しかし寄りによって初陣に当たるなんて、俺達って運悪いんじゃねぇ?
フェイサーは足下のアントニギルスを踏みつけたまま、藻掻くその首すじに食らいつき、その凶悪な牙でアントニギルスの首を食いちぎった。一際大きな声で鳴き、雷帝は動かなくなった。こんなところで『怪獣大決戦』を鑑賞するとは思わなかったよ……
フェイサーは食いちぎった肉片を飲み込み、勝ち誇ったように吠えるとゆっくりとその鎌首をもたげて俺達を見下ろした。アントニギルスの体液がしたたり落ちるその口元が、俺には笑っているように見えた。それは小癪な狩人達に「かかってこい」と言っているようだった。
第10話 紅の後継者
「レ、レベル5クエストでボスクラス2体のチェーンバトルなんて……っ!」
スエゾウが震えた声そう言って息を飲む。確かにもっと下位のクエストなら襲われたことはあるが、このレベルのクエストは俺も経験がない。しかも普通の相手じゃない、レベル6セラフに匹敵する戦闘力を持つ幻のセラフだ。びびるなって方が無理な話だ。
「なかなかヘビィなサプライズだけどぉ、ウォーミングアップも十分なことだし、仕掛けるよシロウっ!」
ララがそう言いながら左の手のひらに右拳を数回ぶつけて気合いを入れ、ふーっと呼吸法を変えて息を吸い込む。体内で気を練るための独特な呼吸法だ。マジで連チャンバトルに挑む気ですかっ!?
「一端エリアを移動して体勢を立て直さないか? 流石にこの連戦は……」
と言いかけた俺にララは即座に言い放った。
「もうちょっとで雷帝狩れたのに今ので経験値パアってどういうこと? そんなの無駄骨じゃん! それにあいつ経験値たんまり貰えるんだもん、これを見逃す手は無いっしょっ!!」
聞いてねぇし……
ララの言うとおり結局罠まで発動して捕縛していたアントニギルスは、フェイサーに噛み殺され仕留めることが出来なかった。どれだけ俺達が痛めつけたとしても、最後でトドメを刺せなかったら経験値は入らない。つまり突然現れたフェイサーにおいしいトコ持って行かれた形になる訳で、フェイサーを狩らないと割に合わないって考えは分かるけど、ちょっと…… いやかなりしんどくないか?
「それに金ちゃんもやる気満々みたいだし、きっと簡単に後退させてくれないよ〜?」
と言ってララはフェイサーに顎をしゃくった。金ちゃんってオイ…… 『なんでそーなるのっ!?』とかって言っても通じそうにないから!
俺もララの視線の先にいるフェイサーを見ると、大きな口を開いて俺達を威嚇していた。ホントだ、やる気満々どころか殺す気MAXだな。おまけに奴は飛翔セラフだ。こんな何にもない場所じゃ後退したってエリア移動前に補足されるだろう。
くそっ! やるっきゃないってことかよ!!
そう思った瞬間、隣にいたナイトがそのリーチを活かして先制攻撃を仕掛けた。しかし唸りを上げて斬りかかったガリアンハントの刃が、甲高い音と共に弾かれた。
「ちっ、やっぱりか!」
戻ってきた刃の衝撃を肘の関節を引いて殺しつつ、ナイトは舌打ちをして剣を構え直した。
するとフェイサーは喉の奥を鳴らし、そのあぎとを大きく開いてブレスを吐いた。ヒュゥゥゥンっと空気が震えるような音を響かせながら、強力な熱線がまるでロボアニメの粒子ビームのように周囲の地面を薙いだ。俺とナイトは間一髪しゃがみ込み、その攻撃をやり過ごしたが、奴はそのまま首をゆっくりと横に振り正面の地面をえぐり取っていった。
俺は傍らにあった大きな岩を見て息を飲んだ。奴が口から吐いた熱線の様な物で切り取られた岩の切断面が溶けて硝子化していたからだ。
「レ、レーザーかよマジでっ!?」
思わずそう吐き捨てた。冗談じゃない、相手は一応生物だろっ!? 反則だろこんなの!?
「まさか? 光学兵器じゃないよ。アレは奴の体内で生成される高熱体液なんだ。咽で収束して高圧力で噴射しているんだよ。しっかし岩の切断面がこの有様だ…… 1,500度は軽く超えてるだろうな」
ナイトもその岩の切断面を眺めて呆れるように言った。内容がどうあれ、危険なブレスである事には変わりない。思わず背中に冷たい物が走った。
つーか殆どビームじゃんそれ……っ!?
「でも問題はブレスじゃない。奴のあの黄金の表皮、アレは刃物による攻撃に高い耐性を持ってる。現に俺の先制攻撃は弾かれた」
ナイトがそう言って苦い顔をした。
「でもあんたの魔法剣なら……」
「いや、そう言う問題じゃない。龍タイプのセラフは総じて剣による物理攻撃が効きにくいが、それは単に防御力が高いとかって問題じゃなく『祝呪的な関係』という設定になっている。五行で言う『相侮』の様な関係みたいなもんだ。ぶっちゃけて言えば剣による攻撃は元々奴ら相手には相性が悪い…… 奴はそれが極端に高いようだ」
ナイトは自分の手に握るガリアンハントに視線を落とした。
「呪術的な処置を施した剣、いわゆる『スレイヤー』の名を冠した剣ならある程度そう言った事を相殺出来るんだがな…… 魔法剣であっても剣による攻撃に変わりはない。素で斬るよりは良いだろうが、どこまで効くか正直自信がない」
「つまり俺達剣タイプの戦士じゃ苦しいって訳か」
「ああ、だが幸い俺達にはメーサがいる。魔法攻撃はピカイチだ。高位魔法を唱える時間を稼げれば狩れる。それにコッチにはララが居る」
ナイトはそう言ってチラッとララを見た。
「モンクの爆拳は無属性、そういった関係を無効にして内部にダメージを与えることが出来る。彼女の攻撃を足がかり牽制してメーサの魔法で仕留める。これでいこうぜリーダー!」
俺はナイトの言葉に頷いて同意した。それにしてもナイトってすげぇ頭が良い。瞬時にベストな戦術を考えるその回転の速さに目を剥く思いだ。
「ララはスピードを活かして奴の懐に飛び込み爆拳、俺とナイトは左右から挟撃して飛び込むララを援護。ゼロシキは砲撃でカウンターを牽制しつつ攪乱。その隙にガキんちょは高位魔法を唱えて奴にたたき込め! スエゾウ、前衛に『ケイトンド』を掛けてくれ!」
俺の言葉にメンバーが頷いた。メーサは「ガキんちょ言うなっ!」とまた文句を言うが、攻撃法自体は納得したようでふくれっ面のまま身構えた。続いてスエゾウの魔法『ケイトンド』が発動し、俺とナイト、そしてララの体がポワッと光り全身に力がみなぎる。『ケイトンド』は一時的に攻撃力を上げる支援魔法だ。
「よ〜し、チームウロボロス、攻撃開始っ!!」
俺のかけ声と共にまずララが俊足で飛び出し、続いてナイトがその後を追う。いやそれにしてもララ速ぇ〜っ!! あっという間に間合いを詰めてフェンサーに肉薄しちまった。援護なんて必要ないんじゃないか?
「メガフレアソードっ!!」
ナイトの叫びと共に右合いから真っ赤な炎を纏った自在刃が、まるで炎蛇のようにフェンサーの前足に飛びかかる。その炎の刃は奴の黄金の鱗を裂くと同時に傷口を炎で焦がした。だが、上がる炎は大きくて派手に見えるが先ほどのアントニギルスの前足を裂いた時よりは明らかに傷口が浅い。やはり奴の表皮は魔法剣でさえ高い抵抗効果を発揮するようだ。フェンサーは鼻を鳴らしてナイトを睨むと例のブレスを吐いた。ナイトはその攻撃をとんぼを切ってかわしながら、空中でガリアンハントを戻し、その反動で体の向きを変えて地面に降り立つと同時に移動に移った。流れるようなその体捌きに思わず魅入って仕舞いそうになる。頭も良いし感も良い。そして何より戦い慣れしている。間違いなくナイトは最強クラスのプレイヤーだと改めて思った。
続いてフェンサーの顔の周りに数回の爆発が起こった。ゼロシキの対鱗榴弾が正確に命中したのだ。しかも1発だけ、恐らく目眩まし用に『ボルトス』の効果を付加した魔法弾が混じっていたようで、奴の眼前に青白い閃光が走った。
ゼロシキの持つ『龍牙零式』は回転式で、ライトキャノン系のようなアタッチメントタイプの弾倉交換式ではない。と言うことは対鱗榴弾から瞬時に魔法弾に切り替えリロードして撃っているって訳だ。そんなことを移動しながら行い、しかもアレだけ正確な射撃を実行できるなんてマジすげーっ!
よし、俺も何とかがんばらないと……
俺はそんなことを思いながら背中に背負っている太刀の柄を握り、布撒きにされている太刀を手に持った。
とその時、スキを見て懐に飛び込んだララがフェンサーの胴に数発の蹴りとパンチをヒットさせた。その後ララは地面に横っ飛びに転がり、立ち上がると同時に後方へジャンプし離脱を図った。一方攻撃されたフェンサーの胴はまるで腹の内側で爆弾が爆発したかのようにその金色の皮膚が裂けて唸り声を上げた。
その声の中、俺は國綱を握り奴の左側から接近した。久々のずっしりとした國綱の感触。鞘を持つ左手の親指で鍔を持ち上げると、カチリと小さな音がした。全力疾走中なのに、何故かその音は俺の鼓膜にはっきりと響いた。なんかいつもより感覚が鋭くなっている気がするのは気のせいかな?
「行くよみんなぁ!」
とそこにメーサの声が響いた。
あ、あれ? お、俺って完全に攻撃のタイミング見失ってる――――っ!?
ちょっと待て! このまま行ったら俺は味方の攻撃モロに食らうじゃんっ!?
俺は慌てて攻撃を中止し急制動を掛け、心の中で悲鳴を上げながら地面を蹴って後退した。そして次の瞬間、メーサの声が響き渡った。
「メテオバースト―――――――っ!!」
メーサの声が終わると同時に正面で唸り声を上げるフェンサーの頭上に馬鹿でかい火球が出現した。ぐるぐると幾筋もの炎の帯を巻きながら回転するその火球が、やがて勢いを付けて逆落としに金龍に直撃した。
衝撃と地響き、鼓膜が裂けそうな轟音と熱風が周囲を席巻し、大地と空気が抉られる。凝縮された濃密な熱エネルギーの一点爆発。メーサの声に慌てて後退し、そこそこ距離を取ったにもかかわらず吹き荒れる熱風で煽られ体がもみくちゃにされる。
爆炎系最上位魔法『メテオバースト』
レベル30を越えた魔導士の特権とも言える最強魔法の発動だった。この世界で、1回の攻撃で与える威力としては恐らく最も高いダメージとして換算される最大級の『暴力』だ。
俺も過去に1度だけ見たことがあるが、まさかこんな至近で見ることになるとは思わなかったぜ!
俺は顔に当たる熱風で咽せ返りそうになるのを堪えながら爆心地を睨むと、未だに赤黒い炎がまるで竜巻の様に渦を巻いていた。周囲の空間が時々ノイズのように明滅しているのは恐らく今のメテオバーストの影響でプログラムに負荷が掛かり、システムの処理が一時的に追いついていないのだろう。俺はその光景に驚愕しながらゆっくりと立ち上がった。するとナイトが駆け寄ってきた。
「大丈夫かシロウ?」
「ああ……」
俺は体の砂埃を払いながらナイトに答えた。
「危うくバターになるところだった…… 奴はやったかな?」
俺のその問いに、ナイトが「どうかな?」と答えた瞬間、爆心地から大気を振るわすほどの咆吼が轟き、爆炎の中からフェンサーが首を出した。
そしてビィィィンと言った耳障りの音が響き、奴の体の回りに巻き付いていた炎がぱっとはじけ飛んだ。
「マジかよ……っ!?」
思わずそう呟いて続く言葉を飲み込んだ。口の中がやけに乾いてツバを飲み込むことも出来ない。
「奴め……『波動』が使えるようだな」
ナイトがフェンサーを睨みながらそう言った。
『波動』とはセラフが体得している特殊能力の一つで、その効果は魔法攻撃のダメージを50%緩和すると言う物。先ほどスエゾウが俺達に使った『プロテクション』と同じ効果を持つものだった。なるほど、その効果でメテオバーストの熱核爆発を耐えたって訳か……
しかしさしもの奴もアレだけの威力の5割を食らったわけである。頭にある豪奢な2本の角のウチ1本は完全に折れて吹き飛び、残ったもう1本も半分ほどの長さのところまで溶け落ちていた。
さらに背中にある翼の皮膜のその殆どが熔解しており、関節の部分に黒いゴゲかすを残すのみとなっていた。金色に光り輝いていた全身を覆う美しい鱗は煤で汚れ、所々に無惨に焼けただれた痕が見て取れた。
すると突然奴の体が光り出した。薄汚れた全身に青白いスパークが走る。
俺とナイトはその姿を見て「マズイっ!!」と同時に叫んだが、その瞬間、視界が真っ白に消失した。
至近距離で大玉花火が爆発したような音に鼓膜がその役割を放棄し、内臓が焼けるような熱と、全身の血液が沸騰したような痛みに声のない悲鳴を上げ、俺は数メートル地面を転げ飛んだ。
一瞬の意識の喪失の後、痺れた舌先に土の味を感じ朦朧とした意識の中で目を開く。網膜に焼き付いたように鬱陶しく飛び回る光の玉に視界を占領されて映像がぼやけるのを必死に補正しようとするが、上手く言うことを聞いてくれない自分の瞳に舌打ちしながら、痺れる腕を踏ん張って状態を起こし、口の中に入った砂を血の混じったツバと一緒に吐き出した。
「な、ななな、なにが……」
舌が痺れて上手く喋れない。鼓膜はさっきから情けないほど悲鳴を上げ周囲の音さえ拾えない。ようやく回復しかけてきた目を凝らし、ぼやけた視界で辺りを見回した。すると俺の右手の6,7メートル離れた場所に、赤い何かが動いているのが見えた。俺はさらに目を凝らすと、それはどうやら人のようだ。
「な、な、ナイト、ぶ、ぶぶ、無事か?」
痺れて回らない舌で必死にそう聞いた。
「ああ…… 結構ダメージ食らったけどな……」
ようやくうっすらと聞こえるようになった鼓膜が、そう言うナイトの声を拾った。
「この威力、ボルトバインだな」
雷撃系最上級呪文『ボルトバイン』
最大級の落雷を軽く凌ぐ高電圧の雷を対象にたたき込む最強クラスの魔法だ。普通のアントニギルスが使ってくる『ギガボルトン』の数倍の威力がある。デッドしてないのが不思議なくらいだよ。さっきのプロテクションの効果がまだ持続していたんだろう。辛うじて生きてます俺……
しかしダメージは深刻だ。五体満足だが全身が痺れて関節に力が入らない。今の一撃で相当体力を持って行かれたようだ。俺は震える手でポーチから携帯回復液を取り出し、一気に飲み込んだ。う〜、苦げぇ!
相変わらず濃縮されたゴーヤみたいな味に思わず舌が出る。この世界を構成するシステムの技術力は確かに凄いと思うが、絶対味だけは再現しなくて良いってマジで!
「ほ、他の連中は!?」
とやっとまともに喋れるようになり、俺はそう叫んで周囲を見回す。するとララがフェンサーの周りを駆け回り、断続的に攻撃を仕掛けていた。フェンサーの体に時折爆発が見えるのは恐らくゼロシキの砲撃による物だろう。ボルトバインの直撃を食らったのは俺とナイトだけのようだ。
「ララが上手く注意を引きつけてくれている。ゼロシキの攻撃も効果的だ。だが絶え間なく移動してるせいでメーサが高位魔法を唱えられない。俺達も戦線に復帰しないとヤバイが…… 行けるか、シロウ?」
ナイトがそう聞きながら右手を差し出した。俺はその革グローブに包まれた右手を掴み、震える膝に鞭を入れ、ヨロヨロと立ち上がった。
「ちょっと待て……」
ナイトはそう言ってぼそぼそっとなにやら言葉を繋いだあと、呪文を行使した。
「ケアっ!」
すると俺の体が一瞬ポワっと光、続いて臍の下あたりから心地よい熱が全身に広がった。下位の回復魔法『ケア』が俺の体力を回復したのだ。魔法による回復は回復液と違って気持ちがいいのだ。
「ホントならディケアを掛けてやりたいところだが、さっき魔法剣を連発したせいで魔法力が心許ない。悪いがこれで我慢してくれ」
ナイトはそう言って地面に突き刺した剣を引き抜いた。とその時、メーサの叫び声が聞こえてきた。
「ララ――――っ!!」
見るとララがフェンサーの尻尾にはじき飛ばされていた。ララは受け身を取りながら数回地面を転がり体勢を整えた後、地面を蹴って後退した。
「いった〜っ!」
ララはそう言いながら右手の項で血の滲んだ唇を拭った後、口の中のツバを血と一緒に吐き捨てて構えを取る。その姿はおよそ女の子の仕草じゃないが、その美貌と相まって何故か美しかった。
それにしてもララはタフだ。あのフェンサーの攻撃食らってピンピンしてる。だが、流石にララも一人では手に余るようだ。上手く捌いてはいるものの決め手になる攻撃が出来ない様子だ。『奥義』の発動には若干のタイムラグがあるだけに、クリティカルを狙えないようだった。
「もう大丈夫だ、いくらララでも奴相手に一人じゃ無理だ。早く援護に回ろう!」
俺の言葉を合図に俺とナイトは全力疾走に移った。
「メーサ、もう一度メテオバーストだ。俺達が時間を稼ぐからメーサはスキを見て詠唱に入れ!」
ナイトが立て続けにガリアンハントを振るいフェンサーに攻撃しながらそう叫ぶと、メーサは「うんわかった!」と答えて走り出した。
とその時、ナイトの攻撃とゼロシキの魔法弾を食らったフェンサーが一際大きな咆吼を放った。
火山の噴火のような大音響に、再び鼓膜が悲鳴を上げる。だが、それだけじゃなかった。装備している鎧がビリビリと振動し、体中の細胞が一瞬まるで石になったかのように硬直する。上位セラフの持つ特殊能力『ハウリング』特有の『竦み』という現象だった。
このハウリングという特殊能力はレベル5以上のボス級セラフは大抵持っていて、レベル6セラフはその効果も強力だ。
このハウリングから引き起こされる『竦み』という状態異常を軽減若しくは相殺する方法は2つ、1つはターミナルのショップに売っている『耳栓』というアイテムを装備する方法だ。この耳栓には数種類あり値段に応じてその効果が変わってくる。レベル6セラフの強力なハウリングでは安物の耳栓では全く役に立たない。
もう1つの方法は、キャラスキルの一つ『虚勢スキル』のスキル値をアップさせる方法だ。このスキルはレベル上昇の折に経験値をパラメーターに振り分けて段階的に上げていくのが一番なのだが、皆ついつい体力や腕力などの基本ステータスを上げることに必死になり上げずに来てしまうことが多い。しかしこのスキルを高レベルで発動させるとハウリングを完全に相殺することが出来るのだった。
因みにショップで売っている耳栓の中で最も値の張る『スーパーイヤー』でも、レベル6セラフの強力なハウリングは80%減が最高だ。
「くっ、ハウリングも強烈だな……」
俺は思わずそう呟いた。俺は一応『虚勢』を体得しているが、発動レベルはまだまだ低く、レベル6セラフのハウリングを完全中和する事は出来ない。そこでスーパーイヤーを併用しているのだが、それでもレベル6セラフの放つハウリングの硬直時間は6秒を越える。面と向かってレベル6セラフと対峙したことは無いが、正直これほど強力なハウリングは初めてだ。
フェンサーは再度ハウリング効果を付加させた咆吼を放ち、長い尾をバタバタと地面に叩き付け俺達を威嚇し始めた。どうやら怒り始めたらしい。
殆どのボスセラフはある程度攻撃を食らい続けると『怒り状態』になる。この怒り状態になったときの攻撃力は通常時の30%増しになると言われている。
ひとしきり吠え終わったフェンサーは再び口からブレスを吐き、周囲をなぎ払った。地面がめくれ上がり、岩がまるで豆腐のように切断されていく。
俺はその攻撃を交わしつつ後退した。不意に横に視線を走らせると、視界に黄色いローブ姿のメーサが見えた。
あれ? あいつ何で後退しねぇんだよ!?
そのうちに奴のブレス攻撃で跳ね上がる土砂によろけ、メーサはしゃがみ込んでしまった。立ち上がろうとするが、体が上手く動かないようだ。
ま、まさか…… まさかあいつ!?
俺がそう思った瞬間、ナイトが地面を蹴ってメーサに向かった。しかしそこにフェンサーの尻尾が襲いかかり、避け損なったナイトは後方に吹っ飛ばされた。ララもメーサの異変に気付いたようだが奴のブレス攻撃が激しくて近寄れないようだった。
「ガキんちょ、逃げろ馬鹿っ!!」
俺はメーサに向かってそう叫んだ。その声に反応してメーサも俺の方を向いて何かを叫ぼうとするが声が出ない様子だ。
間違いない、あいつ竦み上がってるっ!?
なんて事だ! サーティーオーバーのキャラが竦み上がるなんて聞いたことねえよっ!?
メーサは本来管理AIとしての基本設定のままここにいる。俺達プレイヤーのように戦闘経験によって培ったレベルではない。基本パラメータそのものは高いが、恐らく本来獲得経験値を振り分けて上げていくはずのサブパラメータに付随するスキルは初心者のそれと変わらないのだろう。これは完全な誤算だ! あのお子さまランチめ、どんだけデタラメなんだよっ!?
ひとしきりブレスを吹き終わると、フェンサーは硬直するメーサを睨んだ。口をパクパクさせながらメーサはフェンサーを見上げる。
「メーサ、逃げろっ!!」
奴の尻尾に吹っ飛ばされたナイトが体勢を立て直して奴の右側から斬り掛かるが、フェンサーはまたも尾を回してナイトに叩き付けた。ナイトは今度はその一撃を驚異的な反応でガリアンハントで受けたが、後方に押し返されてしまった。
「メーサこっちーっ!!」
と今度はララが叫びながら俊足でメーサに向かってダッシュする。しかしフェンサーはそのララに向かってブレスを吐いた。
「―――――っ!?」
間一髪で身を逸らしその攻撃をかわしたララだったが、次の瞬間彼女の左肩から鮮血が上がった。ララは左肩を押さえながら横に飛び退き、地面を数回転がって膝を付き、フェンサーを睨んだ。
一方フェンサーはそんなララを一瞥し、もう一度高らかに咆吼を上げた。するとメーサはがっくりとその場に倒れ込んでしまった。
俺はそのメーサの姿を見て、反射的に左手に握る國綱を鞘から引き抜き、柄に巻いた布をそのままに正眼に構えた。
何故だろう、妙に心がざわつく。ナイトですら届かないフェンサーの妨害。ましてやナイトの剣技より数段劣る俺の太刀捌きだ。何よりこの距離で俺がメーサに何が出来る?
そう自問しつつ手にした國綱を見る。風にそよぐ布の隙間から覗く二尺五寸八分の赤い刀身が日の光を受け濡れたような光沢を放つ。何故か耳の奥で耳鳴りがする。何だか心なし頭も痛くなってきた。そして國綱の刃先がわずかに震えている……
俺、びびってるのかな……
けど…… んナロっ! 考えてる暇無えじゃんよっ!!
俺は國綱の柄を握り直し地面を蹴って全力疾走に移った。その間にもフェンサーは息を吸い込み、へたり込むメーサに向け必殺のブレスを吐こうと口を開けた。
くそったれ、間に合えコノヤロウ――――っ!!
「メーサぁぁぁ―――――――――っ!!」
そう叫んだ瞬間、耳鳴りが一際大きくなり、まるで脳みそを針で刺すような激痛が走った後、俺の体が風になった。
自分でも信じられないスピードで一瞬の内にメーサの前に躍り出ると、一直線に照射されたフェンサーのブレスを國綱の刀身で『切り裂いた』!!
高圧力で放出される超高熱の体液ビームが國綱の一撃で裂かれ拡散する。細切れになった破片が俺の鎧に無数の小さな焦げアトを作り、國綱を巻いていた布に燃え移って炎が上がった。
フェンサーはグルルっと咽を鳴らして今度は鋭い爪のある前足で俺を蹴りに掛かった。俺は國綱の刃を逆に捻り、下段からすくい上げるように斬り上げ、その前足を迎え撃った。奴の黄金の表皮に弾かれるのを覚悟で振るった一撃だったが、まるで小枝を凪ぐ様な手応えでその表皮を切り裂いた。その信じられない切れ味と、まるで太刀が自分の一部になったような一体感に思わず息を飲む。
「シ…… ロウ……っ!」
背後でメーサの呻くような声がした。反射的に振り向いた俺は、左腕でメーサを抱きかかえて怒鳴る。
「掴まってろっ!!」
その言葉と同時にメーサが俺の首にしがみつき、俺は地面を蹴って跳躍した。その瞬間フェンサーが再び放ったブレスでメーサの居た場所の地面がえぐれた。そのまま奴の高熱ブレスが跳躍する俺達を追うが、俺は空中で体を捻りながらその攻撃をことごとくかわしていった。その体捌きもそうだが、メーサを抱えてのその動きに、自分自身信じられない思いだった。
すっげぇっ! どうしちゃったんだよ俺っ!?
着地した俺はすぐさまメーサを降ろし、國綱を地面に突き立て自分の耳からスーパーイヤーを引っこ抜くとメーサの両耳に押し込んだ。
「い、痛たた、な、何するんだよ!」
「やかましい! サーティーオーバーで竦むなんて聞いたことがねぇ!! つべこべ言わずにコレ突っ込んどけ!」
俺は文句を言うメーサを制してそう言った。
「コイツはハウリング対策アイテムのスーパーイヤーだ。常時装備してても周囲の音は聞こえる優れものでレベル6挑戦の必需品なんだ。高いんだぞ?」
「で、でもそれじゃシロウはどうするのさっ?」
メーサの子猫のような瞳が俺を覗き込む。むむっ、結構可愛いじゃねぇか!
「俺は多少『虚勢スキル』がある。なんとかなるだろ」
「シロウ……」
そう呟くメーサは心配そうな目を向ける。や、やめろ! そんな目で見るんじゃねぇっ! つーか目ぇ潤ますなっ! 俺にはロリ属性もなければ人間外の属性もねぇっ!!
「スキル値ゼロのくせに人の心配してる場合か、このガキんちょ!」
俺は心の中の動揺を隠すようにそう憎まれ口を叩いた。ふう、もう少しで人外ロリ萌えつー新しいジャンルを開拓するところだった。危ないったらありゃしないよマジで。
「な、なんだとーっ!」
俺のその言葉にメーサは大きな瞳を三角にして怒った。その表情がころころ変わる様はAIということを感じさせないほど人間めいていた。
「そうそう、お前はそうじゃないとコッチが調子狂うだろ」
俺はそう言ってメーサの頭をポンポンと叩いた。メーサは「叩くな!」と俺の手を払いのけた。
「耳にそれ突っ込んでりゃ『竦み』は何とかなるだろ、さっさと魔法ぶちかませよ」
「ふんっ! 言われなくてもそうするさ、シロウこそ僕の魔法の巻き添えで消し炭にならないように気を付けなよっ!!」
メーサはそう言って俺の背中をポカポカ叩きながら押した。俺は「言ってろ!」と吐き捨て地面に刺さった國綱を抜きフェンサーを睨んだ。すると背中から「シロウ!」とまたメーサの声が飛んできた。
「何だよ?」
「あ、その…… ありが…… 」
声がやたらと小さくて良く聞き取れない。
「あぁ、なんだって?」
「―――何でもないよっ! 早く行っちゃえ馬鹿!」
メーサはローブのフードを引っ張って深めに被り、俯きながら左手でシッシッと追い払うような仕草をした。
くぅ〜、全く可愛い毛のないガキんちょだぜ!
俺は「フンっ」と鼻を鳴らして再びフェンサーに目を向けた。
しかし俺のこの動きはどうなっているんだろう? 明らかに普段の俺のパラメータじゃ考えられない動きだ。だがさっきから耳鳴りと鈍い頭痛が続いている。システムエラーか何かか?
不意に俺はフェンサーに攻撃を仕掛けるナイトを見た。自分の『敵』の姿を確認するためだ。
――――――って、あれ?
敵? な、なんでナイトが敵なんだよオイっ? 何考えてるんだ俺?
自分でも良くわからない。耳鳴りがさっきより大きくなったから、考えが良くまとまらないのかもしれない。俺はブンブンと頭を振り、握る國綱に力を込めた。
國綱は先ほどの戦闘で巻いてあった布が殆ど燃え落ちその紅い姿をさらしていた。そしてその切っ先がやはりわずかに震えている。そしてまるで生き血を吸ったような紅い刀身が濡れたような光沢を放ち、その表面に映り込む俺を魅了していた。
『この太刀は主を選ぶ……』
かつてこの太刀を俺に譲った男の声が脳裏に蘇る。信じられない切れ味を示す深紅の太刀。セロシキは言っていた、持つ者によってその攻撃力が跳ね上がるのだと……
この局面ではありがたいその攻撃力に、何故か俺は不吉な物を感じていた。そんな不吉な予感を振り払うように深い息を吐き、眼前で咽を鳴らす黄金の神龍を睨んだのだった。
2010/11/22(Mon)20:31:40 公開 /
鋏屋
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■作者からのメッセージ
初めて読んでくださった方、ありがとうございます。
毎度読んでくださる方々、心から感謝しております。
第10話更新いたしました。
やっとシロウ君が主人公らしい働きをしてくれてほっとしていますw 彼の持つ太刀、鬼丸國綱を抜きパラメータ以上の機動力を見せ、ナイトを敵と認識してしまう……
何故今までその変化が現れなかったのか?
逆に何故今になって現れ始めているのか?
それには偶然にもある2つの条件が重なっているんですが、前作から読んでいる人はピンと来ることでしょうw
そして『神の代理人』と謳われた七大天使長の名を持つ人工天使『メタトロン』ことメーサに変化が出てきました。セラフィンゲインを利用し何千何万と言った人間の行動心理を解析することで憶えた現在の彼女の感情は『人間の真似』をしているだけに過ぎません。そんな人あらざる彼女が、この先どう変わっていくのかがこの物語のメインになってます。
いや〜ようやく物語を動かせそうです。(前置き長すぎだろマジで!)ご、ごもっとも……(汗
またまた厨二臭プンプンなベタ王道ストーリーになるのは明白かもしれませんが、おつき合いのほど……
鋏屋でした。
11月21日:少々恥ずかしい部分を修正しました。
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2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。