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『ありがとうの日記(1章途中)』 ... ジャンル:恋愛小説 未分類
作者:月結晶
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あらすじ・作品紹介
大好きだった先輩がいなくなって半年と少し。部屋から出てきたのは彼女の日記だった……。
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プロローグ ― 思い出 ―
――夏
騒がしいほどに鳴き続ける蝉を鬱陶しく思いつつ俺は、水瀬和人は部屋の掃除をしていた。
ここ数ヶ月間ロクに触ってもいない漫画やゲームその他諸々を棚にしまい、普段ならまだ読むかも知れないと思いとっていおいた雑誌等も全てまとめて縛ってしまう。
ほんの一年前までならこんなことはしなかっただろう。何せ貧乏性で物を捨てられず、とりたてて趣味も持っていないただの男子高校生だ。あれこれとちょくちょく買っても捨てはしない、というのはよくある話だった。
――今となっては必要もない
ただただ惰性のように生きてきた数ヶ月。友人達は気を使ってくれたが、それさえも俺の耳には届いていなかった。
それに対しても友人達は気を悪くしたりした様子もなく、ただほんの一歩だけ距離をとるようになった。時間が解決してくれるのを待っていてくれるように。そんな自分には勿体無い程の気遣いをしてくれる友人達に、もうこれ以上心配は掛けられない。悲しいのは自分だけではないのだから。見つめてしまえば足元から崩れ落ちそうになる現実。それを全て過去の出来事として全て受け入れて、そして忘れようと心に決めたのだ。
――だから、もう……
黙々と掃除を続けていると昼過ぎに始めた作業だったはずが、日が傾き部屋を赤々と部屋を照らしている事に気付いた。
「飯、準備しないとな」
そんなことを思いながら近くにあった段ボールを開けた。別に深い意味があったわけじゃない。ただ単に机周りに置きっぱなしになっていた本を押し込もうと思っただけだ。だが段ボールをの中身を見た瞬間、ピタリと手が止まってしまう。そこには男の部屋には不似合いな可愛らしい日記帳とアルバムが収められていた。
「……」
どんな事にもいつか終わりがくるように、大切な人との別れもいつかくる。そんなことはわかっていた。いや、正確にはわかっていた気になっていただけなののかもしれない。事実、自分は後悔した。何故あんなにもあっさりと諦めてしまったのかと。今更そんなことを思ったところで戻るものなど何もないと知りながら、それでも尚、そう思わずにはいられなかった。
「先輩……」
小さく呟いたその単語は誰に聞かれるでもなく、蝉の鳴き声にかき消された。
第1幕 八ヶ月前 ― クリスマス ―
――冬
自分達が住む地域にしては珍しくうっすらと雪が積もり、冷たい風が吹く。いくら防寒対策をしてるとはいえ寒いことに変わりはなく、背中が少し丸まってしまう。
「随分冷えるな、今日は」
冬休み中であるにも関わらず、この寒い中わざわざ外出したのには当然理由があった。目的地に向けて歩く速度を少し早める。
橘総合病院。自分たちが住む近辺の中でもとりわけ大きなこの病院こそが今回の目的地だ。……いや、「今回も」と言った方が正しいかもしれない。何せほとんど毎日通っているのだから。
――トントン
ノック音が静かな病院の廊下に響く。
「はい、どうぞ」
部屋の主の声が返ってきたのを確認してから病室に入った。
「こんにちは、先輩」
「いらっしゃい、水瀬君。待ってたよ」
部屋の主、鷹取美鈴がベッドで横になったまま笑顔で迎えてくれた。いつもと同じようにベッドのすぐ近くにある椅子に腰かける。
「調子の方は変わりないですか?」
「そんなに毎回聞かなくても大丈夫だよ。水瀬君は心配性だなー」
顔を合わせる度にやっている気がするやり取りに先輩が苦笑する。そうは言っても心配の一つや二つはしてもしたりないくらいだ。何故なら……。
「もうすぐ外泊許可が下りるんでしょう?それを考えれば心配くらいしますよ」
そう。クリスマスから年明けにかけて彼女に外泊許可が久しぶりに下りたのだ。前回の外泊許可が春休みの頃だったのでかれこれ半年以上、彼女は病院にいたことになる。なのでこの外泊許可に心躍らせるのと同時に心配でもあった。また突然体調を悪くして外泊が取りやめになることを危惧したからだ。
「……うん。ごめんね、水瀬君」
「え?」
先輩からの突然の謝罪に思わず目を丸くする。
「せっかくの休みなのに彼女らしいこと何も出来なくて。……夏休みのときも私が調子悪くなったせいでどこにも行けなかったし」
責任を感じているのか、先輩の表情が少し陰る。しかし、自分は正直なところ「そんなことか」としか思わなかった。確かに一緒にどこかに出かけたり遊んだり出来れば楽しいだろうし話題もきっと増えるだろう。だけど……。
「用事のとき以外はほとんど毎日病院まで来てもらって、いつも迷惑ばっかりかけて……。それなのに私は水瀬君に何もしてあげられうむ!?」
先輩の言葉は途中で遮られた。自分との口づけによって。
「……」
唇を触れ合わせるだけの幼い、子供のようなキス。部屋が一瞬、静寂に包まれる。唇を離すと何が起きたか理解が追いついていなかった表情だった先輩の顔はみるみるうちに真っ赤に染まった。
「み、水瀬君……!?」
「何でも一人で背負い込みすぎる先輩にはお仕置きです」
少し冗談めかして、それでいて真剣な気持ちで続ける。
「いつも言ってますが俺は好きでここにいるんです。先輩と一緒にいる、ただそれだけのことでさえ幸せなんですよ」
我ながら恥ずかしいことを言っている気がするがそんなことは気にならなかった。
「だから、次そういうこと言ったら本気で怒りますからね?」
実際のところ怒る気などさらさらないわけだが一応釘を刺す。数秒、先輩は目線を合わせてすぐに逸らすという行動を続けると最後に消え入りそうな声で「うん」と、小さく頷いた。
「じゃあ、今日はそろそろ帰りますね」
そう言って俺は腰を上げた。結局あの後、面会時間ぎりぎりまで喋ってしまいかなり時間が経っていた。季節がら日も沈んで、外もかなり暗くなっている。
「あ……うん。もう、そんな時間なんだね……」
呟くように言って肩を落とす先輩を見て思わず寂しい気持ちに駆られる。自分も出来る事なら、傍にいてあげたいし、同じ場所で過ごしたい。しかし実際にはそういうわけにもいかないこともまたわかっていた。わかっているからこそ、こうも歯痒いのかも知れない。だからいつも通り、自分が今できる最善の言葉を選ぶ。
「また来ますから」
「……うん」
顔をあげた先輩の顔は寂しそうではあったが、笑みに変わっていた。その事に安心を覚えつつ部屋を出ようとすると不意に先輩が声を掛けてくる。
「……水瀬君」
「はい?」
「キス……して?」
振り返った自分に対してそう言う先輩の表情はさっき不意打ちのキスをされた時の恥ずかしさが垣間見えるものとは違う、そう思わせるだけの真剣さがあった。先輩の言うことに言葉を返さず――否、返すことも出来ないほど真っ直ぐな瞳で見られることに耐えかねて――静かに唇を重ねる。
「……」
一体どれくらいの時間そうしていただろう。実際は数秒だったのかも知れない。しかし、今までしてきたキスの中で一番長かったと自分は感じていた。どちらともなく、唇を離す。名残惜しさはあったがいつまでもそうしているわけにもいかなかったからだ。
「ありがとう、水瀬君。これで次来てくれるまで寂しくないよ」
沈黙を破って微笑む先輩。いつもと同じ、幸せそうな顔だった。
「はい。また、明日」
そんな彼女の表情を見ていて自分も幸せであることを再認識しつつ、病室を出た。
……この時はまだ知らなかった。キスを求めた先輩の表情の理由と想いを。そして思い知らされることなる。自分が信じていた覚悟がどれ程脆いものであったかを。
― 一人ぼっちの闇 ―
日は完全に落ち、部屋は闇包まれる。そんな中、電気もつけずに俺はただベッドで横になっていた。傍らには、日記帳とアルバムの入った段ボール。昼間の騒がしさから一転して部屋を静けさが支配する。換気の為に開けておいた窓から入る風が妙に冷たく感じられた。
「……」
あの日を最後に姿を消してしまった先輩。あれから半年以上経ったが、先輩から連絡はない。
「何してるんだろうな、俺……」
踏ん切りをつけたつもりでいた。もう、大丈夫だと思っていた。なのに……。
先輩の笑顔が一瞬過ぎって、瞼に熱いものが込み上げてくるのを感じる。
「吹っ切れるわけ……なかったんだ」
思わず目元を擦る。誰が見ているわけでもないが、この事でもう泣きたくはなかったのだ。
「寝よう……」
そうすれば少しはすっきりするかも知れない。そう思って深い闇に意識を預けた――。
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2010/05/07(Fri)17:34:56 公開 / 月結晶
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■作者からのメッセージ
初めての方、はじめまして。そうでない方はお久しぶりです。
相変わらずの未熟者ですが誤字脱字、改良点などをご教授頂ければ幸いです。
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