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『music life 第2話』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:satou
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「川島先生」
俺は川島先生を呼び止めた。
「前に言ってた、音楽のことなんですけど、先生と一度、一緒に演奏してみたいと思って」
「あら、そう? 音楽家に引かれたかな? いいわよ、じゃあ今日の放課後音楽室にいらっしゃい。部活はもう引退してるから無いわよね」
ガチャッ
俺は音楽室の扉を開いた。
「あら、早かったわね。じゃあ早速、始めましょうか」
俺はギターケースからギターを取り出し、手に構えた。
「ずいぶん古い感じのを使ってるのね。父に言って、もっと新しい良いのを譲ってあげようか?お金は気にしなくていいから。こういう時、使えるわよね、地位って。アハハ」
「アハハ……」
俺は息をのんだ。
「じゃあ、まずは佐藤くんが得意な曲を弾いて聞かせてくれる?」
俺は一番得意な曲を先生に聞かせた。
「ふーん、いい曲だね。何か感動しちゃった。じゃあ、その曲、今度は先生と合わせて、演奏してみようか」
「即興できるんですか?」
「もちろん」
そして、俺と先生は何度もセッションを繰り返した。先生のピアノの腕は予想以上に上手く、原田さんを惚れさせるだけはあると思った。最初にあった先生との溝が何だか縮まっていくような気がした。先生は気さくに笑いかけ俺も音楽の世界を心から、その時楽しんでいた。そして、今まで一人でやっていたことが、とてつもなく小さいことのような気がした。
「今日は楽しかったわ。また、セッションしましょうね」
「はい」
「それじゃあね。気をつけて帰るのよ。」
帰り支度をしている先生の後姿を見ていて、何て綺麗な髪なんだと思った。そのモデルかと思うほどスラリと細見で、でも出るところは出ている体系は、一瞬、原田さんへの想いが消し飛んでしまうかと思うほど、魅力的に見えた。
その後も、俺は何度となく先生を誘い、先生もまた俺を誘い、セッションに高じていた。先生とセッションを繰り返すうちに、どんどん自分の技量が増していくのがわかる。
「随分と、前より、上手くなったね」
そう先生からも褒められた。
「先生は、こんなに上手いのに、音楽家になれなかったんですか?」
「そうだね。学生の時は本気で音楽家になりたかったけど、いつしかそれも無理かなって思い始めたんだ。ほら、音楽家って、安定しないイメージがあるでしょ。だから気付いたら、諦めてて、ここにいた。本当は後悔してるのかもしれない。もしかしたら、あの時、本気で夢を追っていたらって思ったら……」
「追いましょうよ!」
俺は思わず言った。
「今からだって、まだ間に合いますよ。先生は若いんだし。夢を追いましょう!」
先生は微笑んだ。
「ありがとう。何か佐藤くんと話してたら、あの時の気持ちを思い出したわ。佐藤くんもその気持ち、忘れないでね。」
先生と微笑みを交わし合った。先生の瞳は綺麗だった。その時、ガチャンッ、と微かに扉が閉じる音がしたと思った。しかし、気のせいだと思い返し、そのまま先生と別れ、その場を後にした。
その頃から、俺はよく職員室に行き、先生と音楽について話していた。川島先生の音楽についての知識は豊富で、本当にためになり、面白かった。
「今日、音楽室、放課後来れますか?」
「いいけど、ちゃんと勉強もしてよね」
「はい、はい」
実際、俺は勉強の方も順調で、常に学年上位だった。俺は川島先生に好意があるのかもしれない。そう思い始めていた。
原田さんには悪いけど、俺だって男だし、先生が異性である以上、そう思ってもいいじゃないか。そう思っていた。
そして、音楽室の扉を開けた。しかし、先生はそこにはいなかった。変わりに、原田さんがいた。原田さんは不機嫌そうに顔をしかめている。
「先生、用事ができたから、今日は無理だって、そう佐藤くんに伝えておいてって」
変わらず、不機嫌な顔。
「あぁ、そうだったのか。残念だな」
ピクッと原田さんの眉が動いた。
「私に嫌がらせしてるの」
彼女はそう言った。
彼女は続けた。
「私が先生のこと好きだって、知ってて、そうやって、いつもベタベタしてるんでしょ? 私に振られたからって、当て付けみたいなこと止めてよ!」
「別に俺はそんなつもりじゃ。先生は音楽に詳しいし、演奏も上手だから教えてもらってるだけだよ。」
「そうなの? あの時のあなたの目は『先生が好き』って言ってるように見えたけど?」
「あの時って……?」
「……とにかく私の先生に近付かないでよ!」
そう言うと、原田さんは俺の腕に掴みかかってきた。原田さんは俺の腕を掴んで、俺をピアノの傍に押しやった。
「こうやっていつも、先生とベタベタしてたんでしょ? ここで!」
原田さんの目は涙と狂気で満ちて、滲んでいるように見えた。テニスで鍛えていたはずの俺の身体がピクリとも動かない。全身がまるで金縛りにでもあったかのように、それはまるで蛇に睨まれた蛙のごとく。そのまま、一気に力が抜け、その場に沈み込んだ。
原田さんは出て行った。俺は今でも原田さんのことが好きだ。でも、それはもう諦めたつもりでいた。だから、とりあえず接点のあった異性である川島先生に自分の恋心を無理にでも置くことで、自分をごまかしていたことに気付いた。そう、俺は今でも原田さんのことが好きなのだ。原田さんしか見ていないのだ。先生と関わっていたのも、すべては音楽の知識を深め技量を磨き、原田さんに、もっと素晴らしい音楽を聞かせたい、ただ、それだけだった。時の流れは、時に、心の声を聞こえにくくする。そのことに気付き、ただその場に座り込み、うなだれていた。
あの日から、俺は、放課後、川島先生を誘うのを止めた。しかし、ある日、川島先生が俺を呼び止めた。
「最近、来ないじゃない? どうしたの?」
「いや、やっぱり受験だから。勉強しなくちゃって。」
「そうなの。でも、あなた、この前の模試でも第1志望A判定だったじゃない。私は音楽パワーかなwなんてちょっと思ってたのに」
「すみません」
「じゃあさ、もう一回だけ、来れない?そうだな、来週の今日。放課後、音楽室。ちょうど、話したいこともあるし」
「話したいことって?」
「うん。その時話すから。」
そう言って、川島先生は行ってしまった。
一週間後、放課後、俺は先生に言われた通り、音楽室に向かった。
ガチャッ
扉を開いた。先生はもうすでに来ていた。
「やあ。じゃあ、まず久しぶりにセッションしようか」
そう先生は言った。
もう随分とこなれたセッションになっていた。俺と先生の息はピッタリだった。お互いの音に対して、お互いが、もうわかっているように反応していた。セッションを終えた後、川島先生は急に深刻な顔になった。
「私、夢を追おうかな、って思ってるの」
「あの時の」
「うん。あなたに言われて、励まされて、そして一緒に音楽をやっていて気付いた。私、音楽が好きなんだって。上手くいくかどうかはわからないけど、やってみたいの。挑戦してみたい。たった一度の人生なんだから。そのことに気付いたの。あなたのおかげよ」
川島先生は凄く真剣な顔で俺の目を見て、そう言った。その真剣な眼差しに俺は何か、ただならぬものを感じた。
「あなたがこの中学を卒業したら、一緒に音楽の世界に飛び込みましょう。あなたには才能があるわ。それは私にだってわかる。飲み込みの早さ、リズム感、曲作りのセンス……あなたとなら、きっと成功できると思うわ。二人で夢を追いましょう」
「……その」
俺はひどく戸惑った。その時だった。
バタンッ
強く扉が開いた。立っていたのは原田さんだった。
「原田さん! どうしたの?」
原田さんは顔面蒼白で、今にも倒れそうな顔をしていた。そして叫んだ
「嫌!」
そう叫んで原田さんは走り去った。俺は、反射的に嫌な予感を察知し、彼女の後を全速力で追った。原田さんは階段を駆け上がっていく。俺は、ただ必死に彼女を追い駆けた。彼女は屋上の扉を開き、そのスピードを落とさぬまま、屋上の柵を飛び越えた。彼女は目を真っ赤にして、泣いていた。俺は叫んだ。
「原田さん!」
「来ないでよ!」
原田さんは叫んだ。
「私には、先生しかいないんだもん……」
彼女は泣きながら、そう言った。川島先生が後から、追ってきた。
「俺がいるだろ! 俺なら君を絶対に幸せにできる! 俺の作った曲で君は笑ってくれたじゃないか!」
俺は無我夢中に叫んだ。
「さよなら……」
そう言って、彼女は手を離した。一瞬の出来事だった。
「原田さん!」
俺は彼女の名前を叫んだ。柵に手をかけたとき時、落下していく彼女を俺の目線が捕らえていた。
俺は、あの日の後、まるでセミの抜け殻のようになった。中学を卒業後、北海道を後にすることになった。そして、東京で一人暮らしをすることになった。生活は怠慢を極めた。とにかくフラフラしていた。そうやって暮らしているうちに、どんどん意識は朦朧としてきて、このまま死んでいくのかと、本当に思った。むしろ死にたかった。眠っている内に、いつの間にか死んで、あの世にいってしまいたかった。心も身体もズタボロで、一歩も前に進めない。進もうと思う場所もない。もう楽になりたかった。あの日買ったギターは、部屋の奥深くで、ほこりを被った。人を愛する心も音楽に対しても完全にシャットアウトした。俺の人生は原田さんが自分の前から消えてから、もう終わったのだ。残りは、死んだように生きるだけ。いつか、死が迎えに来たら、すんなりとそれに身を任せ、自分も同じように消えていく。人生に意味はない。俺はそのことを悟った。
ある日、いつものようにバイトを終えた俺は、街をぶらついていた。人気のない通りに入った時、何人かの足音が聞こえ、集団に取り囲まれたことに気付いた。
「兄ちゃん。お金持ってる?」
集団の中の一人が口を開いた。
「持ってない。急いでるから、どいてくれ」
俺はそう答えた。その瞬間、思いっ切り、顔面を殴られた。その場で倒れた俺に集団は腹部などに何度も蹴りを入れてきた。
結局ボコボコにされたあげく、持っていた財布から札を全て引き抜かれ、その場にしゃがみ込んだ。取られたのが札だけだったのが不幸中の幸いだった。俺が何とか立ち上がろうとしたその時だった。バイク音がした。
目の前に一台のバイクが現れ、止まった。
「しまった……まだいたか……」
俺は心の中で思った。
その人間はヘルメットを取った。その時、俺は予想外の出来事に驚いた。そのバイクに乗っていたのは女だった。その女は持っていたバッグからハンカチを取り出した。そして、おもむろに、俺に向かって、手でよこして見せた。
俺はその行動と、そして何より女というだけで、もう毛嫌いし、その手を無視し、自分一人の力で立ち上がった。
「おい、待てよ」
女が口を開いた。そして、俺に近付き、俺の腕を掴んだ。その時、俺の過去の記憶が蘇り、急な吐き気を感じたと思った瞬間、反射的にその腕を取り払い、俺は腕を掴んできた女の顔を、思いっ切り殴っていた。
「痛っ!」
女は声を上げ、倒れた。
「っつう」
女は俺が殴った箇所を手で押さえた。そして、また口を開いた。
「女に手をあげるなんて最低な男だな」
こう、言った。そして、俺は冷たくこう答えた。
「俺、元々、全うな男じゃないから」
その後は、女の顔を見向きもせず、立ち去った。女は追い駆けて来なかった。
あの日のことは、もう忘れたつもりで過ごしていたが、どうも引っ掛かっていた。あの時のあの女の目は、俺が学校などで、今まで見てきた女の「ソレ」とは異質の光を放っているように見えた。まぁ、錯覚だろうが。
あの日の時と同じようにバイト帰りの俺は、以前トラブルがあったことなど全く気にせず、同じ通りを同じ時間に横切った。そして、俺はあの日の時と同じバイク音を耳にしたと思った瞬間、目の前に一台のあのバイクが止まり、乗っていた人がヘルメットを取った。
まっ白な肌に茶髪のパーマヘア、背は高いが出るところは出ていて、胸、腰、尻にかけて、女性らしい見事な曲線美を描いている。ちょっとやそっとでは見かけないような美少女だった。
その顔は正にあの時の女の顔だったが、そう思ったのも束の間、鈍い左頬への痛みと共に、俺は地面に倒れた。顔を殴られたのだ。頬を押さえる俺に女はこう言った。
「悪いけど、私も全うな女じゃないからさ。借りは返さなきゃ」
やはり女の目は異質だった。
「きみぃ、名前は?見慣れない顔だねえ」
女は俺に話し掛けた。
「人に聞く時は、まず自分が名乗るもんだろ」
俺は吐き捨てた。女は澄ました顔でこう答えた。
「結城ハルカ。ここらじゃ有名な結城財閥の一人娘」
その童顔であどけない顔立ちは答えた。
「で、僕は?」
俺は、イラっときたが、
「佐藤」
「ふっつー!」
「うるさい!」
女は初めて笑った。その顔は少女のようだった。
「年は?」
ハルカは言った。
「16」
「じゃあ、私と同じか。まぁ、どうでもいいか、そんなこと」
彼女はヘルメットを手に取った。
「じゃ、また機会があれば!」
そう言って、少し笑ったかと思うと、すぐにヘルメットを被り、行ってしまった。
「ねぇよ!」
俺は大声で叫んだが、聞こえていたかどうかはわからない。
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2010/05/04(Tue)17:15:50 公開 / satou
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■作者からのメッセージ
2話目です。よろしければ、評価、よろしくお願いします。
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