『俺?』 ... ジャンル:異世界 未分類
作者:ウォルフィー                

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 俺の名は、伊集院 輝(いじゅういん あきら)。芸名のようだが本名だ。職業は私立探偵。しかし、実際は便利屋のようなもので、昨晩も行方不明になった猫を探してくれという依頼で、方々駆けずり回ってやっと見つかり、さっきベッドに入ったところだ。
 その時、電話のベルが鳴った。
 眠い目を擦りながら電話に出ると、その声には聞き覚えがあった。声の主は警視庁捜査一課の等々力警部だった。
「お、居たか。寝てる場合じゃない。すぐに本庁に来てくれ」
 それだけ言うと電話は切れた。警部とは仕事柄、昔からの付き合いだが、警察が探偵に捜査の依頼でも有るまいし、何事だろうと思いながらも、とにかく警察に向かった。
 警察に着くと、正面玄関に警部が立っていた。
「警部じきじきのお出迎えですか」
「冗談を言っている暇はない。付いて来い」
 そう言うなり、警部はさっさと中に入っていった。
「警部。ちょっと待ってくださいよ」
 と言っても、警部は無言でどんどん中に入っていった。付いていくしかなかった。
「ここだ」
 警部が立ち止まったところは霊安室だった。
「ここは!」
 警部は驚いている俺を横目に霊安室のドアを開けた。開けると正面にベッドが有り、一体の死体が横たわっていた。それを見た瞬間、俺は驚愕の悲鳴を上げた。その死体には首が無かったのだ。
 しばらくして少し落ち着いたので警部に聞いた。
「警部。この死体は?」
「ああ、驚いただろう。今朝、発見された。しかし、本当に驚くのはこれからだぞ」
「ちょっと待ってください。まだ、何か有るんですか?」
「実は、この死体はお前と同姓同名なんだ」
「え!」
 その後の言葉が出なかった。
「け、警部。とにかく事件の概要を教えてください」
 と言うのが精一杯だった。
 警部に聞いた事件の概要はこうである。
 その死体が見つかったのは、今日の午前1時ころ。都内にあるアパートの一室だった。隣に住んでいる小林という男が帰宅して、ふと被害者の部屋を見ると台所の窓が少し開いていた。なにげなく覗き込むと台所の奥の部屋に横たわっている被害者の足が見えた。寝ているんだろうと思ったが、どうも様子がおかしい。全裸だったのだ。あわててドアを開けようとしたが、鍵が掛かっていたので警察に通報した。警察が駆けつけて、ドアを破り、中に入るとなんともいえない異臭が漂っていた。しかしその臭いは腐臭のようなものではなかったそうだ。そして首の無い被害者を確認した。部屋を捜索したが、荷物というものは全くなく、生活感というものがまるで無い部屋だったそうだ。そして、テレビが1台、奥の部屋の窓際に置いてあっただけだった。そのテレビの上に運転免許証があり、それで身元は割れた。首が切り取られていたので、顔の確認は出来なかったが、部屋のいたる所に指紋がベタベタついており、その指紋と死体の指紋が一致した。そして、その免許証の名前が「伊集院 輝」だったのだ。写真の顔はもちろん俺とは違っていたが、名前が気になって、俺の所へ電話してきたという訳だ。警部にしてみたら、殺されたのが俺かもしれないと思ったのかもしれない。そういえば、さっきの電話で俺が出ると一瞬ほっとしたような声だった。また、被害者のことをアパートの住人に聞いても、会った者は一人も無く、誰かが住んでいるようだとしか分からなかった。大家すら顔を見たことがなかったそうだ。
「警部。それで、死因は解ったんですか?」
 警部に尋ねた。
「さっき、検案が終わったところだ。しかし、死因は解らなかった」
「どういうことです?」
「外傷も毒物も何も発見できなかった。強いて言えば首を切られたこと自体が死因だ。しかし、それだと理解できないことが多すぎる。まず、被害者は一切、抵抗していない。睡眠薬を嗅がされたり、飲まされた形跡もまったくない。犯人はどうやって首を切ったのか。考えてもみろ。もし、熟睡していたとしても、首を切られそうになって抵抗しないなんてことが有ると思うか?一瞬のうちに首を切り落とすなんてギロチンでもない限り不可能だ。しかもここからが重要なんだが、血痕が無いんだよ」
「血痕が無いって、首を切られて血が出ない訳がないじゃないですか」
「そうなんだが、事実、血痕が一切無い。殺害現場が別の場所で、切断した後にここに運んだとも考えられるが、発見された時、死体はまだ温かかったし、死後硬直も始まっていなかった。切られた直後としか考えられない。不可能なんだよ」
 そう言うと警部は黙ってしまった。常識では計りきれない事件に本当に辟易しているという感じだ。
「ところで、警部。被害者のアパートというのは何処なんです?」
 そう尋ねると、
「うーん」
 と言うなり警部はまた黙ってしまった。
「警部!」
 さらに問い質すとようやく口を開けた。
「お前のマンションの裏にアパートが有るだろう」
「ええ、確か『ひかり荘』だったと思うけど…まさか?」
「ああ。そのアパートだ」
 頭の中が真っ白になった。
 しばらくしてどうにか落ち着いた。
「とにかく、今日は帰ります」
 とだけ言って、警察を後にした。警部も引き止めはしなかった。
 気がつくとベッドに横になっていた。自宅までどうやって帰ったかも覚えていない。時計を見ると午後1時だった。知らない間に4時間ほど眠っていたようだ。そして、冷静になって考えてみた。同じ町内の、それもこんな近くに「伊集院 輝」という名前の人間が2人もいた。ただの偶然だろうとは思う。珍しい名前とはいっても現に俺の名前がそうなんだし、絶対にないとはいえない。しかし、それなら、なお不思議だ。というのも今まで別に間違い電話が有るわけでもなく、郵便物が誤配されたということもない。なんの支障も無かったのだ。そんなことが有るのだろうか。俺の周りの者からもそんな話を聞いたことは無い。誰も気付かなかったのか。それに、何故、首が切り取られていたのか。首が切り取られるということは、被害者の身元を隠すということが理由のはずだ。しかし、被害者は自室で殺されていたし、指紋も一致した。そのこと自体がトリックで、見ず知らずの者を殺して被害者と加害者がすり変わった、と考えられなくもないが、もともと被害者のことを誰も知らないんだから、そんなことをする必要もない。それに、さっき死体を見た時に何か違和感のようなものを感じた。あれは何だったのか。いくら考えても埒があかない。食欲はなかったが、気分転換のつもりで、食事に行くことにした。
 部屋を出ようとすると電話が鳴った。いやな予感がした。
「俺だ。悪いが、また来てくれ」
 警部だった。すぐに警察に向かった。
 事件に何か進展が有ったのか?解決ならいいが…そんな事を考えながら歩いていると、ふと思い出したことが有った。俺が今のマンションに引っ越してきたのは1年ほど前だが、契約をして帰ったら、不動産屋から
「今日『ひかり荘』の契約をされた伊集院さんですね?」
 という電話が有った。その時は別に気にすることも無く、不動産屋のミスだろうと思っていたが、今回の事件と何か関係が有りそうだ。警察から帰ったら、あの不動産屋に行ってみよう。その前に警部にも報告しないといけないな。そうこうしていると警察に着いた。
 やはり玄関に警部が立っていた。
「警部。何か?」
 そう言って警部の顔を見ると顔面蒼白だった。
「2人目だ!2人目!」
 さっきまで蒼白だった顔が、みるみる紅潮してきた。
「2人目って?」
 そう尋ねると
「2人目なんだよ。まったく同じ死体が見つかったんだ。まったく同じなんだよ。なにもかも。もちろん名前も『伊集院 輝』だ」
 意味が分からなかった。
「同じってどういうことです?」
「言葉通り、同じなんだよ。まったく同じなんだよ。とにかく見たら分かる」
 そういうなり、俺の腕を掴んで、霊安室まで連れてきた。ドアを開けると、ベッドが2つ置いてあり、それぞれに死体が乗っていた。一目見てさっきの警部の言葉が理解できた。本当に同じだった。その2つの死体は、体つきはもちろん、古傷から爪の伸び具合まで、ありとあらゆるものが同じだった。当然、首が無いところも。
「信じられるか?こんなこと」
 警部は恐怖に慄いていた。そして、2人目の死体のことを訥々と話し始めた。
 その死体が見つかったのは、午前9時ころ。佐藤という人が、飼い犬が随分うるさく哭くので、不審に思い庭に出てみると、隣家の芝生の真中に、首の無い全裸の男がうつ伏せになって倒れていた。それで慌てて警察に通報した。警察が駆けつけた後の状況は1人目とまったく同じだったそうだ。それも妙だが、検案をしようとした医師の1人が、「どうもこの死体はさっきの死体と似ている」と言い出し、調べたらまったく同じだった。そして、俺に電話したという訳だ。
 しかし、警部の話を聞きながらも、俺はまったく別の、言いようのない更なる恐怖に襲われていた。
「警部。それだけじゃないでしょう」
 そう言うと、
「分かったか。というより分かるのが当たり前か」
 警部も気付いていたようだった。そう、その死体は俺だったのだ。いや、俺だったという言い方は適切ではない。現にこうして俺はここに立っているんだから。そう、俺そのものの別の何かということだ。最初の死体を見た時に何か得体のしれない違和感のようなものを感じていたが、その理由はこれだったんだ。
「右手の傷を見て分かったよ。この傷は2年前に俺と喧嘩した時に出来た傷だろ」
 警部はそう言うと、俺の右腕を掴んだ。2つの死体にもまったく同じ傷が有った。
「何がなんだかさっぱり分からん。分からんが、とにかくお前の身体を調べさせてくれ」
 俺にもさっぱり分からなかった。しかし、従うしかなかった。
 検査が終わり、待合室で待っていると警部と医師がやってきた。
「指紋も完全に一致した。あの2つの死体はやっぱりお前だったよ」
「…」
 まったく言葉が出なかった。
「ただ、厳密に言うとまったく同じではなかった。内部の些細なところで違うところが有った。しかし、それは現代の医学、科学では解明できないらしい。とにかく…」
 少しの沈黙の後、
「とにかく、俺達の想像を絶する何かが起こったということだけは確かなようだ。俺達の手に負えるような事件じゃない。この件はこれで終わりだ。後は次の死体が出ないことを祈るだけだ。お前もこの事は忘れろ」
 そう言うと警部は霊安室を後にした。その後ろ姿は悲しいまでに憔悴しきっていた。
 あの事件から1年が過ぎようとしていた。3人目の死体はまだ出ていない。警部は忘れろと言ったが、忘れられるはずも無く、あの後に一人でいろいろ調べてみた。様々なことが分かった。まず、不動産屋に行ってみた。確かに俺がマンションを借りた同じ日に、俺と同じ名前の男が「ひかり荘」を借りていた。さらに、驚くべきことに2人目の男も同じ日にあの家を借りていたのだ。同じ日に同じ名前の男が3人も契約をしたのに、不動産屋は何も疑問を抱かなかったのか。そう思って尋ねると契約した時の社員はすでに退社していた。その社員は、その日突然雇ってほしいと言ってきて、翌日には雲のように消えていたそうだ。他の社員も不思議だとは思ったが、俺達3人の書類に不備なところは無く、敷金・礼金もちゃんと納めていたので、なんの疑問もなくやり過ごしていたそうだ。念のためにその社員の履歴書を見せてもらった。思ったとおり、やっぱり「伊集院 輝」だった。死体ではなかったが、3人目は、いた。次にアパートの隣人に尋ねてみた。その人は仕事柄、夜中に帰ることが多いのだが、部屋の電気は付いていないのに、テレビが付いていたということがよく有ったそうだ。しかし、その時、テレビの音も話し声もまったく聞こえなかったそうだ。ずっと不気味だと思っていたらしい。この話は2人目の隣人に聞いてもまったく同じ答えだった。
 おぼろげながら段々分かってきた。あくまでも俺の想像だが。俺がマンションを借りた日かあるいは数日前にそいつ等はやって来た。たまたま見かけた俺に成りすまして地球上で過ごし、用が終わって帰っていったのだ。テレビに見えたのは通信装置、生活感が無かったのは、生活する必要が無かったからだ。彼等にしてみたら地球の1年など1日くらいにしか感じていなかったのかもしれない。そして首が無かったのは、それが彼等の実体だったのだ。
 そんな事を考えながらふと空を見上げた。夜でもないのに星が一つ瞬いたように見えた。飛行機か?それにしては一瞬だったな。それに機影らしいものは何も見えない。
 すると突然、あたり一面が真っ暗になった。なんだ?なにが起こったんだ?体が動かない!意識ははっきりしてる。しかし体がまったく動かない。どれくらい経っただろう。まだ体は動かない。だが目が慣れてきたのか少し回りが見えてきた。といっても目もほとんど動かないのでほんの少ししか見えないが。とにかく見える範囲だけを見てみても誰もいないし、何もない。結局何も分からない。段々意識も遠のいてきた。
 気が付いたら自分の部屋だった。一体何が起こったのかまったく理解できない。夢でも見てたのか。とにかく飯でも食って落ち着こう。そう思ってマンションを出た瞬間、俺は凍りついた。俺だ。回り中俺だらけだ。擦れ違う人間も、立ち止まってる人間も、車に乗ってる人間も、全部俺だ。
「ウァーーーーーーーーーー」

 そのまま気を失ってしまった。

 耳元で声がした。はっきりとした日本語だった。俺は薄目を開けて周りを見た。10人ほどの俺が俺を覗き込んでいた。
「本人の処分を忘れてた」
THE END

2010/04/17(Sat)15:13:02 公開 / ウォルフィー
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