『悩み』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:かずきなこ
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僕はどうしてこうもだらしないのだろう、そう思いながら、学校からの帰り道を高槻と一緒に歩いていた。部活でへとへとに疲れているせいか足取りは重い。
「修一、ゴミ付いてるよ」
高槻はそう言って、僕の肩に触れた。僕は身体に悪寒にも似た電流が走るのを感じ、すぐに高槻の手を払った。
「触るなぁ」と僕は高槻に怒声を浴びせた。
高槻はどうしたんだよ急にと訝しげな表情をした。
「いいから、近寄るなよ」と僕は自分と高槻の間に境界線を地面に描き、その線を侵犯するなと高槻に誓わせた。
高槻に理由を訊ねられたので、僕は気持ちの整理をさせろと言って、高槻からそっぽを向いた。
「修一さ、朝からおかしくない?」
そうすべては朝練が元凶だ。僕の唯一の親友、高槻よ、昨日まで完全に心を通わせる友だったお前のことが、僕はもうよく分からなくなっている。ああ、いったいどうすればいいのだろうか。境界線に囲まれた僕は一人思い悩む。
今日の出来事を一から整理してみよう。
清々しい朝だった。いつもの通り歩いて学校に向かった。朝練にも当然遅刻せず、通りかかった先生にはきちんと挨拶した。グラウンドにはすでに高槻がジャージに着替えて一人でボールを突いていた。その高槻の傍に誰かが立っていた。どうやら高槻と何か喋っているようだ。僕は気になって高槻の近くまで歩み寄った。
「なんだ、まこちゃんか」
僕はまこちゃんに挨拶した。まこちゃんの服装もすっかり部活モードだった。僕と高槻、そしてまこちゃんもサッカー部だ。僕の通う高校には男子サッカー部と女子サッカー部の両方あって、同じグラウンドで練習している。
「それにしても二人とも早いな」
僕もさっさと着替えて、朝練しようと部室に走った。部室と言ってもほとんど更衣室のようなものだ。部員はここに荷物を置き、着替えて部活へと行く。もちろん僕が入ったのは男子サッカー部の部室だった。部室にはすでに黒いバッグが一つ無造作に置かれている。
僕は制服を脱ぎ、ジャージに着替え、エナメルからトレシューを取り出し、シューズキーパーを外して、足を突っ込み、靴ひもをしっかりと結んだ。
ここまでは僕の一日は順調だったんだ。
ふと僕は自分の左にあった黒いバッグが目に止まった。鞄の口が開いていて、何やらピンク色をした布のようなものがはみ出ているのを見つけた。気になったので、取り出してみた。
愕然とした。この部室には不釣り合いなものがバッグから飛び出した。それは女性用下着だった。僕は慌てて、バッグにそれを戻した。そしてこれは誰のバッグだったかと思考をめぐらした。しかし、答えは単純だった。グラウンドに居た男子部員は一人しかいないのだから。
「怖い顔してるけど、どしたの?」
なんとかグラウンドに辿り着いた僕を高槻が心配そうに見つめた。僕は平気な素振りをし、何でもねぇよと嘯いた。とにかく僕は何も考えないようにグラウンドの土を蹴り、思いっきり走った。それでも部室での出来事は頭を離れなかった。
授業が始まってもあの事が頭を駆け巡るので、教師の言葉もまるで耳に入らなかった。それでも前の席に座る高槻が話しかけてきたら、さすがに無視することは出来なかった。
「まこちゃんてさ、かわいいよね」
などと高槻が言うものだから、俺は驚いて聞き返した。
「朝練のとき少し話したんだけどさ、意気投合しちゃって」
「お前まさか、まこちゃんのことが……」
最悪の情景が僕の頭に浮かんだ。俺は高槻を思い切り睨みつけた。
「お前、絶対まこちゃんに近づくなよ、まこちゃんに近づいたら許さないからな」
「恐いな、もしかして嫉妬ですか?」
高槻は微笑みを浮かべて、そう言った。
「ふざけんな、誰が嫉妬なんかするか」と僕はすぐに言い返したけれど、心のどこかでこれは嫉妬なのかもしれないと自分で思ってしまった。
僕は黒板の前の方の席に座るマコちゃんを見てしまった。なるべくそちらを見ないように努力していたのにだ。僕は嫉妬しているのかと自問する。だとしたら今のこの感情は恋心なのか? 僕は余計に分からなくなった。
まこちゃんはクラスで一番背が低く、時折子どもっぽい言動をするためか、みんなからちゃん付けで呼ばれていた。僕はまこちゃんと部活で話す機会が多いためか、それなりに親交はあった。
ともかく、高槻とまこちゃんの接近は避けなければいけない。そのためなら、是が非も言っていられない。僕は高槻にまこちゃんのことを正直に話した。高槻は意外にも驚かず、真剣にその話を聞いてくれた。高槻はそう言うところはちゃんとしているのだ。僕が真面目に悩んでいるの感じ取ってくれている。やっぱり高槻は良い友達だ。しかし僕はそれを素直に喜べなかった。
「まこちゃんに直接言った方が良いよ」話を終えた僕に高槻はそう言った。
「やっぱり、そうかな」
しかし、僕にはまこちゃんに話を切りだす勇気などない。これまでの関係が崩れ去ってしまうのではないかという恐怖もあった。
「大丈夫、修一なら言えるよ」高槻はそう僕を励ましてくれた。
高槻の後押しの御蔭か、部活が始まる前に俺はまこちゃんを呼び出すことが出来た。まこちゃんはいつもと変わらない表情をしている。
「なんの用?」
「実は、言わなきゃいけないことがあるんだよ」僕は覚悟を決めた。「まこちゃんさ、いや、マコト、お前バッグに女物の下着入れてたけど、あれ何なの?」
まこちゃんこと有賀誠は僕の言葉にひどく動揺した。顔を紅潮させて、口をパクパクさせている。どうやら、言い訳すら出てこないようだ。男だというのにだらしないものだ。
「ともかく、まこちゃんの趣味にとやかく文句を言う気はないから」
俺はそれだけ言うと部活に向かった。なんだか、とてもすっきりした気分だった。これから誠との関係はぎくしゃくするだろうが、ずっと黙っているよりは幾分かましだった。それでも今日の部活はいつもの何倍も疲れてしまった。そして、高槻のことが少し気に掛かった。部活の間、何度か高槻を見つけてしまったが、その度に僕は目を逸らすしかなかった。高槻のことが気になって仕方がない。
僕はどうしてこうもだらしないのだろう、そう思いながら、学校からの帰り道を高槻と一緒に歩いていた。部活でへとへとに疲れているせいか足取りは重い。
「修一、ゴミ付いてるよ」
高槻はそう言って、僕の肩に触れた。僕は身体に悪寒にも似た電流が走るのを感じ、すぐに高槻の手を払った。
「触るなぁ」と僕は高槻に怒声を浴びせた。
高槻はどうしたんだよ急にと訝しげな表情をした。
「いいから、近寄るなよ」と僕は自分と高槻の間に境界線を地面に描き、その線を侵犯するなと高槻に誓わせた。
高槻に理由を訊ねられたので、僕は気持ちの整理をさせろと言って、高槻からそっぽを向いた。
「修一さ、朝からおかしくない?」
そうすべては朝練が元凶だ。僕の唯一の親友、高槻よ、昨日まで完全に心を通わせる友だったお前のことが、僕はもうよく分からなくなっている。ああ、いったいどうすればいいのだろうか。境界線に囲まれた僕は一人思い悩む。
僕はやっぱり高槻のことが好きなのだろうか?
2010/04/08(Thu)07:55:59 公開 /
かずきなこ
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