『妄想』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:セロ                

123456789101112131415161718192021222324252627282930313233343536373839404142


 「わけが分からないだろう? 」
 男は言った。
 喪服のような黒いスーツに黒いネクタイ。
 小さな顔に長い手足。
 不敵な笑みをたたえている。
 僕は言った。
 「いや、分かるよ」
 「……」
 「分かるさ。他人と同じことをして何が楽しいってんだ。月並みな歌詞に、月並みなメロディーライン。月並みな政治家に、月並みな生活。そんなものはもう耳が腐るほど聞いてきた。目が腐るほど見ている。身体が腐るほど過ごしてきた。愛や恋などと陳腐な歌詞なんかは聴きたくないんだ。売れるためだけの音楽なんて聴きたくないんだ。『私がなんとかします』なんて言葉には飽き飽きしてるんだ。もっとこう全てをぶち壊すような何かが欲しい。死の恐怖さえ断ち切るほどの何かが欲しい。吹っ切れられるなにかが欲しい…」

 静寂。
 静寂が僕と男を包む。
しばし間を置いて男が言う。
 「そう、その通り。ただ君はまだ気づいていないことが多々あるようだ」
 不敵な笑みはそのまま。
 僕は黙って聞いている。
 「月並みが嫌いだと君は言った。しかし君はそれはみんなが感じていることだと気づいてはいるかい? 君が抱いているその感情は多くの人々が一度は多かれ少なかれ感じた経験を持っていることには気づいているのかい? それを知った上で月並みが嫌いというのかい? 君自身、月並みだと知りながら」
 「……」
 「このおかしな世界をおかしいと感じる人間は君だけじゃない。それを分かった上でそんなことを言っているのかい?なんて不毛な。君は特別なんかではないよ。世界がおかしいと気づくことはごく当り前だし、そもそも世界なんて人の数だけあるのさ。そりゃあ生きる世界が人それぞれ違うのだから、世界がおかしいと感じるのも無理はない話だろう? 君が月並みだと思っている他人から見れば君も月並みかも知れないのだよ。月並みが嫌い。おおいに結構。しかし君がそれを言うには少し早すぎる気がするがね。全ての世界を君は見たのかい? 全ての音楽を君は聴いたのかい? 全ての人を君は見てきたのかい? まあ全てとは言わずとも、君は知らないことがまだまだ多すぎる。君は無知だ。勿論、私も無知だ。この世は知らない事象にあふれている。それを全て把握するには一生かかっても無理な気がするが。そんな世界を『月並み』の一言で表すのは些か勿体ないのではないか?まあ、これも私の世界で生きる、私の意見なので君にとっては参考にしかならないのだろうけど」
 男は一息にそう言った。
 なんなのだろうか。いきなり皮肉めいたことを言われた。全くもって不意を突かれたので言い返す言葉が見当たらないが。なんだかイライラする。
 僕は問う。
 「…しかしじゃあ何故、僕に『この世界はおかしくないかい? 』などと訊いたんだ。変じゃないか。世界がおかしいと思ったからそう訊いたんだろう?」
 男は黙っている。黙ってただこちらを見つめている。
 口元に微かな笑みを浮かべて。
 「わかってるさ。みんな感じていることだって。だけど感じざるを得ないだろう? この世はおかしい。それは事実だ。みんなおかしい。僕もおかしい。みんな正常だ。僕だって正常だ。みんな唯一でありたい。僕だって唯一でありたい。みんな唯一だ。僕も唯一だ。みんな同じだ。僕も同じなのかもしれない。みんな死にたくない。僕だって死にたくない。みんないつかは死に絶える。僕だっていつかは死に絶える。この世は矛盾だらけじゃないか。本当に、矛盾だらけじゃないか。おかしい。おかしい。可笑しい可笑シイオカシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」
 さっきから震えが止まらない。視界が赤い。目がかすむ。くらくらする。体の内側が溶けるように熱い。ただひたすら熱い。何なのだろうか。わからない。ワカラナイ。これは僕が月並みではないことの証明じゃないのか、なんて都合の良い妄想。
 男がいつの間にか消えていた。また一人ぼっち。この白い世界に一人ぼっち。もしかしたら男などいなかったのかもしれない。
 僕は震える掌で顔を覆う。頭を掻き毟る。叫び吠える。雄たけびが、あるいは遠吠えが空しく響く。
 そもそも『おかしい』とはなんなのだろうか。他人と違うこと? 狂気であること? それとも他人と同じであること?
 わからない。全くもってわからない。確かに男の言うとおり、僕は月並みを語るには些か早すぎるのかもしれない。大人になった僕にはこんなこと考えている暇ももうないのかもしれない。答えなど無いのかも知れない。どうしようもないのかもしれない。ただ足掻いている自分に酔っているだけなのかもしれない。だれかに構って欲しいだけなのかもしれない。
 ただひたすら、考え続けた。

 この真っ白い、果てしなく続く荒野の真ん中で、今日も僕はオカシイ。




2010/02/06(Sat)05:49:17 公開 / セロ
■この作品の著作権はセロさんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
どうも、はじめまして。セロといいます。よろしくお願いします。
拙い文章ですが、感想を書いていただけると喜びます。
また、なにか直すべき点、おかしな点があれば(ありすぎる位でしょうが;)教えていただければ幸いです。今後の糧にしたいと思ってますので。
それでは、失礼いたしました。

作品の感想については、登竜門:通常版(横書き)をご利用ください。
等幅フォント『ヒラギノ明朝体4等幅』かMS Office系『HGS明朝E』、Winデフォ『MS 明朝』で42文字折り返しの『文庫本的読書モード』。
CSS3により、MSIEとWebKit/Blink(Google Chrome系)ブラウザに対応(2013/11/25)。
MSIEではフォントサイズによってアンチエイリアス掛かるので、「拡大」して見ると読みやすいかも。
2020/03/28:Androidスマホにも対応。Noto Serif JPで表示します。