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『夢のスイッチ』 ... ジャンル:ショート*2 未分類
作者:浅田明守
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あらすじ・作品紹介
酷い夢を見た。その世界は真っ白で、大小様々なスイッチがあった。ためしに近くにあったものを押してみると……
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酷い夢を見た。
そこは真っ白な世界で、そこで動くものは僕一人。あちらこちらにスイッチのようなものが無造作に置かれていた。
スイッチは大きさから色、形に至るまで一つ一つ違っていて、何一つ同じものがなかった。唯一共通しているのはそのどれにも何か文字が書かれていることだ。それは日本語で『田中道久』と書かれていたり、英語で『Connie Addison』と書かれていたり、あるいはまったく読めないどこか知らない国の言葉で何か書かれていたりしている。
ここがどこだかわからない。でももしかしたらこのスイッチがここから脱出する手がかりになるかもしれない。どれか一つ試しに押してみよう。そう思って近くにあるスイッチから一つを選んで手にとってみる。よくわからない文字が書いてあるやつは何となく怖いから日本語で『八島鉄平』と誰かの名前が書かれた手のひらサイズのスイッチ。少し緊張しながらスイッチに乗せた指に力を込めていく。するとどこか遠くで何か大きなものが倒れるような音がした。そんなに遠くはない。でも目で見て取れるほど近くもない。
ものは試しともう一つスイッチを押してみる。今度は思い切って読めない文字が書かれたものだ。すると今度はさっきよりずっと遠い場所から何か大きなものが倒れる音がした。でもそれだけでその後は何も起こらない。
その後もスイッチを一つ押すたびにどこかで何かが倒れるような音がした。
一つ押してパタリ、二つ押してパタパタリ、三つ押したらパタパタパタリ。時にすぐ近くから、時にすごく遠くから。時に大きく、時に聞き取れないほど小さい音が。
そのうちになんだか楽しくなって次々にスイッチを押していく。一抱えもある大きなもの、小指の先ほどの大きさのもの、星型のもの、真っ赤なもの、透明で光っているもの。
そしてハート型をしたピンクの花柄模様のスイッチを押したとき、一際近く、僕のすぐ後ろで何かが倒れる音がした。
今まではどんなに近くても目で見て取れるような場所から音は聞こえてこなかった。だから僕は今まで何が音を出していたのかずっと気になっていた。だから今度こそ音の正体を確かめられる。そう思って僕は勇んで後ろを振り向いた。
そして僕は見た。最初はそれが何なのか理解できなかった。脳が理解することを拒んだ。そこにあったのは、そこにいたのは生気を失った目で真っ白な地面に力なく倒れている僕の恋人だった。そして僕の手に握られたスイッチには日本語で『田島恵梨香』、僕の恋人の名前が書かれていた。
目が覚める。パジャマは寝汗でビショビショ、あんな夢を見たせいか酷く気分が悪い。それでもここはいつもと変わらない現実の世界。ここは僕の部屋で真っ白な地面も大量のスイッチもない。僕の恋人だってちゃんと生きている。
それにしても酷い夢を見たものだ。あんな夢を見たからか酷くのどが渇いた。
水でも飲もうとベッドから起き上がろうとすると何か手に触れるものがあった。
それは手のひらサイズの箱のようなものだった。色は鉄色、表面は硬くて冷たそうだけど触ってみると意外にも柔らかくどことなく温かい。そして日本語で『尾口清也』、僕の名前が書かれていた。
僕が寝る前にこんなものはなかった。一瞬これは夢の続きなんじゃないかと疑って自分で自分の頬を抓ってみる。
……痛い。ということは夢じゃないわけだ。いや、そういえばどこかで夢の中でも頬を抓れば痛みを感じるという話を聞いたことがあるな。それじゃあこれじゃあ夢か現実かはわからないということか。
さて、これが夢なのか現実なのかどう区別をつければいいのだろうか。頬を抓ってもだめ、こんな時間に誰かに電話するというのも手だけどもしこれが夢じゃなかったら相手に悪い。そういえば夢というのは現実に体験したことをもとに作られているからちょっとやそっとのことじゃ現実と区別できないという話を聞いたことがある。
参ったな。これじゃあここが夢の世界なのか現実なのか区別する方法がないじゃないか。
いや、一つだけ方法がある。このスイッチを押せばきっとこれが夢なのか現実なのかがわかる。もし夢ならきっと僕はこのスイッチを押した瞬間に死んで、そして目が覚めるだろう。もしこれが現実だったら……さて、いったいどうなるのだろう。あの夢のように倒れてしまうのか、それとも何も起こらないのか……。あぁ、それにもう一つ重大なことに気がついた。これも前にどこかで聞いた話だけども、夢の中で死んでしまうと現実でも死んでしまうことがあるらしい。
このスイッチを押せばここが夢なのか現実なのかはわかる。それは確実だ。そもそも玄関には鍵が掛かっているはずだし、僕が寝る前にはこんなスイッチはなかった。ならこんなスイッチがあるここは夢に決まっているじゃないか。
いや、でも押すと人が倒れてしまうようなスイッチだ。そもそもが出鱈目なスイッチなんだ。何があっても不思議じゃない。
困ったな。これを押してしまえばここが夢だということは証明される。でもここが夢でも現実でもこれを押してしまったら死んでしまうかもしれない。少なくともここが現実だったら、部屋になかったはずのスイッチを押して無事で済むはずがない。
う〜ん……八方塞だ。僕はこのスイッチを押すべきなのだろうか、それとも押さないべきだろうか……
……違う。押すべきか押さないべきかじゃない。僕はこのスイッチを押したいんだ。
いつの間にか手で固く握りしめていたスイッチを見て僕はごくりと唾を飲み込んだ。
さっきから僕はこのスイッチを押したくて仕方がないんだ。それは……そう、非常ベルのスイッチだとか、危険と書かれた赤いボタンだとかを見ると条件反射的に押したくなるのと同じように……。
そうだよ、押してしまえばいい。これはどうせ夢なんだ。仮に現実だとしてもこれを押すことを我慢しながら暮らすくらいならこれを押して潔く死んだ方がずっとマシだ。
そろそろと指をスイッチに近付けていく。
――あと少し、あと数センチ。
でもその数センチがどうしても縮められない。
これはたぶん、自分の命がかかっている云々ではなくて、僕が持つ元来の優柔不断な性格のせいだ。
この性格のせいで恋人にも随分と迷惑をかけた。デートでどこに行くかも一人では決められず、食事を取るにしても何を食べるか一時間近く迷った挙句に結局彼女に決めてうことにしたこともある。昨日だって……優柔不断な僕を見かねて彼女の方から結婚しようと言ってくれたのに……
迷っているうちに空が白ずんできた。もちろん結論はまだ出ていない。それどころかどんどん深みにはまっていく一方だ。
なんだかこれを押せるか押せないかで僕の人生が決まるような気すらしてきた。
まあ実際問題、生きるか死ぬかのスイッチかもしれないのだけれども……
ダメだ……とてもじゃないけど決めることが出来ない。
いつもそうだ……僕は一人じゃ何も決めることが出来ないんだ。スイッチを押すかどうかも、結婚するかどうかも……
もしも……もしもこのスイッチを押すことが出来たのなら、彼女と結婚する決意も決まるかもしれないのに。
ため息をついてスイッチをベッドの上に置こうとしたその時、
――ピリリリリ!!
突然大音量でベッドの上に置きっぱなしになっていた携帯が呼び出し音を鳴らした。
驚きで痛いほどにバクバクしている心臓を押さえながらディズプレイを確認する。
『田島恵梨香』
電話は恋人からだった。
「も、もしもし? どうしたのこんな朝早くに」
「ごめんごめん。びっくりした?」
「そりゃびっくりするよ。なぜか携帯の音量が最大になってるし……」
「ごめんごめん。そうでもしないと清くん起きないから昨日の別れ際に最大にしといたの」
どうしてそんなことを、と聞こうとしたところで思い出す。
そう言えば昨日の夜、明日の朝一番に返事を聞かせてとか何とか言っていたな……
「そ・れ・で♪ 清くんの『お返事』聞きたいな〜」
「そんなの……」
決まっているわけがない。そう言おうとして何気なくスイッチを握っていた手に目をやる。
「っ!?」
いつの間にか僕の指はスイッチをしっかりと押していた。
きっとあの時、携帯の音に驚いた時に思わず……
慌てて持っていたスイッチを投げ出す。するとスイッチは霧のように空気に溶けて消えてしまった。
――そうか、
電話の向こうから返事をせかす恋人の声が聞こえる。
その声を聞きながら僕は情けなさすぎる自分に思わず苦笑いをした。
――結局、結婚も神様と恋人に決めてもらっちゃったな……
手にはまだあのスイッチの感触が残っていた。そしてスイッチを押したときの感触も。
「そんなの決まっているじゃないか」
そして僕は愛しい恋人に一つの決意を告げた……
「結婚しよう」
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2010/02/01(Mon)21:10:22 公開 / 浅田明守
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