僕は結局、その日久しぶりにミサに来たというのに、肝心の山根さんとは話せなかった。でも、あのあっけらかんとした声は聞こえたのだ。もし山根さんが、黒いドレスを着て、あんなあっけらかんとした素朴な声を出したら、おそらく男たちは「えっ? 」と思うだろう。これは彼女が備えているギャップなのだ。 僕は階段を下り、宝に行くギリギリの時間まで修道院の中のホールで映画『マリア THE NATIVITY STORY』を観ていた。僕は一番前に座っていたが、もしかすると山根さんも後ろにいたかもしれない。山根さんっぽい咳をしている女性が後ろにいたと思うからだ。『マリア THE NATIVITY STORY』のヨゼフ役の俳優は非の打ち所のないほど素晴らしい演技をしていた。くたびれた感じの面持ちだが、真面目な信仰心でマリアを支える。男は汚くて良い。汚い男が汗水流して、綺麗な女を支える。女は褒美として、愛を与える。そういうものではないのか。山根さんの好きな男のタイプが、あのヨゼフみたいな感じだとしたら、ディオールに夢中になっている今の僕は、ただの俗物化したヘロデの臣下にしか見えないだろう。