『群神物語U〜玉水の巻〜3前半』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:玉里千尋                

     あらすじ・作品紹介
これは、神と人の世が混じり合う物語……。◎あらすじ◎ 二千年前。神の国、神の宝の伝説を信じて、大陸から、海を越え、オホヤシマに降り立ったニニギ。己が真に求めるものを探し、その魂は、八咫鏡の中へ。そして、周りの人間たちの運命もまた、急速に動いてゆく。……一方、現代日本の宮城県仙台市。サクヤヒメの血をひく上木美子は、いつもと変わらぬ日常を送っていた。菊水可南子から、京都修学旅行の課題に『伏流水』をテーマとするよう勧められた美子。そんな中、躑躅岡天満宮を訪れた初島圭吾と出会う。

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※管理者様の許可を得て、投稿者名を「千尋」から「玉里千尋(たまさと・ちひろ)」に変更しました。

◎目次◎
一『夢、一』 二『課題』 三『夢、二』

◎主要登場人物◎
【古代編】(第一章、第三章)
<ニニギ軍>
★ニニギ 初出第一章:大陸は平原の部族の長。神の国の伝説を信じ、仲間を率いて東の海を渡り、オホヤシマにたどり着く。クマソとイヅモを征服。クマソのサクヤヒメに惹かれる。
★イシコ 初出第一章:ニニギと同じ部族出身で、ニニギの片腕。忠誠心厚い男。
★ウズメ 初出第一章:ニニギと同じ部族出身で、ニニギの片腕。美しく気性の激しい女。
★コヤネ 初出第三章:ニニギの部下。カラ国出身。
★フトダマ 初出第三章:コヤネの部下。カラ国出身。
★キギシ 初出第三章:コヤネの部下。クマソ近郊出身。
★ヒルメ 初出第三章:年老いた巫女。
★オシヒ 初出第三章:ウズメの部下。ウズメの命でイシコとともにイヅモへ行く。
★サヰ 初出第三章:コヤネの娘。ニニギの愛妾の一人。
<ヒタカミ国>
★ナガスネヒコ 初出第三章:ヒタカミの国主。八咫鏡を護る。
★イハオシ 初出第三章:ナガスネヒコの乳兄弟。
★サヲネ 初出第三章::ヒタカミの臣下。船を操る。
★カコ 初出第三章::サヲネの部下。
★ヰヒカ 初出第三章::ナガスネヒコの妻。
<イヅモ国>
★イヅモタケル 初出第三章:イヅモの国主。天叢雲剣を護る。ニニギ軍との戦いで敗れ、幽閉される。
★コトシロ 初出第三章:タケルの第一子。ニニギ軍との戦いで敗れ、幽閉される。
★タケミナカタ 初出第三章:タケルの第二子。ニニギ軍との戦いで敗れ、幽閉されたのち、首を刎ねられる。
<その他>
★スクナヒコ 初出第一章:ニニギの前に現れ、オホヤシマへの道を示した小人の神。
★サクヤヒメ 初出第一章:クマソ国主サルタヒコの妹。巫女として、クマソの国宝、八尺瓊勾玉を護っていたが、国と宝をニニギに奪われ、火の山の裾野に流れる川へ入水する。

【現代編】(第二章)
★上木美子(かみき みこ)初出第二章:萩英学園高校二年三組在籍。十七歳。O型。宮城県遠田郡涌谷町の自宅がなくなってしまったため、仙台市内の躑躅岡天満宮宿舎に居候中。特技は年齢あてと寝ること。
★ふーちゃん 初出第二章:ケサランパサランから成長した、金色の霊孤。現在は小型犬サイズ。美子の心のオアシス。
★土居龍一(つちい りゅういち)初出第二章:土居家第三十九代当主。躑躅岡天満宮宮司、萩英学園高校理事長兼務。二十六歳。A型。一見、物腰は柔らかいが、本心をなかなか明かさない。
★築山四郎(つきやま しろう)初出第二章:躑躅岡天満宮庭師、萩英学園理事長代行。六十一歳。A型。趣味の料理はプロ級。世話好きの子供好き。
★菊水可南子(きくすい かなこ)初出第二章:父は京都雲ヶ畑、眞玉神社宮司の秋男。職業は芸妓。二十三歳。B型。妄想直感型美女。
★初島圭吾(はつしま けいご)初出第二章:津軽の守護家、初島家の二男。バイクで日本中を回るのが趣味。退魔の武器は、自作のパチンコ。二十一歳。
★結城アカネ(ゆうき あかね)初出第二章:萩英学園高校二年三組在籍。美子の親友。B型。好奇心旺盛な女の子。
★田中麻里(たなか まり)初出第二章:萩英学園高校二年三組在籍。美子の親友。AB型。将来の夢はバイオリニスト。
★大沼翔太(おおぬま しょうた)初出第二章:萩英学園高校二年一組在籍。スポーツ推薦で入学した野球部のホープ。

◎キーワード説明◎
★守護主(しゅごぬし)初出第二章:ヒタカミの流れを汲み、今なお東北に強力な結界をはり続ける土居家当主のこと。
★竜泉(りょうせん)初出第二章:土居家が、躑躅岡天満宮本殿にて守り、毎日の霊場視に使っている霊泉。
★東北守護五家(とうほく しゅご ごけ)初出第二章:守護主を支える五つの一族。津軽に初島家、北上に沢見家、出羽に蜂谷家、涌谷に上木家、白河に中ノ目家があり、それぞれの当主を守護者(しゅごしゃ)と呼びならわす。当初は四家のみだったが、四百年前に、土居家から上木家が分家され、五家となった。
★秘文(ひもん)初出第二章:魂の力を引き出すための言葉。唱える者の力量により神に匹敵するほどの力を呼ぶこともできる。「稲荷大神秘文(いなりおおかみのひもん)」により龍一が召喚する雷神が代表的。秘文を声に出さずに唱える方法を、暗言葉(くらことは)という。
★飛月(ひつき)初出第二章:伊達政宗が名匠国包に造らせた稀代の霊刀。三百年間、土居家と三沢初子の霊が護ってきたが、現在は美子が護持者となり保管。
★赤い石 初出第二章:美子の母咲子の形見。

三 『夢、二』
(六分の一)
                         ◎◎
◎◎◎◎北の湿原に逃げてきたクマソの民たちは、不安な夜を送っていた。丘の向こうの空は、相変わらず赤い。村人たちは斜面の乾いた場所に集まって肩をよせ合い、地面にうずくまってうつらうつらとしている。その周りを囲む兵たちも、見はりの者以外は次第に眠りに入っていった。
 イシコとウズメは、そこから少し離れた場所で、それぞれ石の上に腰を下ろしていた。長い沈黙が二人の間をおおっていたが、互いに眠っていないことは分かっていた。
 ふと、イシコが顔を上げた。
『ウズメ』
『何だ?』
 イシコが立ち上がる。
『風が』
 風は、宵からずうっと吹き続けていた。しかし、ウズメも異変に気づき、立ち上がってイシコの隣に並んだ。
 確かに、違う風が吹き始めていた。身を切るような冷たい北東の風の代わりに、生暖かい湿った南西の風に変わっていた。
『見ろ、ウズメ』
 イシコは、空を指さした。恐ろしい速さで、真っ黒な雲が次々と西から東へ流れ去っていくのが見える。こんなにぶ厚い雲を見るのは、二人とも初めてだった。辺りはたちまち湿った空気に包まれた。
 ウズメは、自分の左頬に一滴の水が落ちたのを感じた。
 そして次の瞬間、叩きつけるような豪雨が天から落ちてきた。ウズメが思わず手で頭をおおったほどの激しさだった。ほかの人間もたちまち起き上がり、悲鳴を上げながらそばの木の下に駆けよった。兵たちは動揺する馬たちを必死になだめた。たちまち人も馬も水の中にいるかのごとくずぶ濡れになり、息もつけないほどだった。
『ウズメ!』
 イシコが、滝の向こうに呼びかけるように、声をはった。
『何だ!』
 ウズメは、かたわらの太い木にしがみついていたが、幹の上から流れ落ちてくる水の流れに、自分は押し流されるのではないかと思うくらいだった。
 イシコは、泥に足をとられながらも、ウズメのもとにようやくやって来た。
『大丈夫か』
 イシコがのぞきこむと、ウズメは必死に顔を上げたが、この状態で威厳を保つのはだいぶ難しいことだった。イシコはウズメの髪をかき上げてやりながら、言った。
『みんなをもっと上にやらねばならん』
 ウズメは、うなずいた。
 周囲の湿地帯は、たちまち黒々とした濁流と化し、人々の足もとに今にも迫らんとしている。
 イシコとウズメは、それぞれの直属の部下を呼び、全員をより安全な山の上へ移動させるようにと指示した。道案内には、クマソ生まれという、歩兵のクメを選んだ。クメはこの辺りの山々はすべて熟知しているらしく、二人に訊かれると、少し考えたあと、うなずきながら答えた。
『この先の峠を越えますと、天狗のお山です。頂上の一歩手前に広い洞窟がありますので、そこに行けばよろしいかと存じます』
 そこで、クメを先頭として、全員が嵐の中、峠越えをすることとなった。イシコは、村人たちが、夜半、この嵐の中、危険な山道を歩かされることに不満を抱くのではないかと思ったが、彼らは思いのほか素直に従った。いや、四苦八苦しているのは、イシコたち、平原生まれの者のほうだった。
(そうだ、ここはあの者たちの土地であった……)
 自分たちが向かうのは、死地でなく生地であることを、彼らはよく知っているのだろう。ぬかるんだ山道を、子供すら、鍛えられた兵士と同じような速さで登ってゆく。
 崖にはりついたような狭い峠道をようやくすぎ、山肌に横長の切れこみを入れたごとくに口を開けた洞窟の中に入ることができたときには、イシコも心の底からほっとした。天井は若干低いが、村のほとんどの人間が雨風をしのげるくらいの広さもある。洞窟の外の地面は比較的なだらかで、高い木々が生い茂っているので、馬をつないでおくこともできた。
 兵の配置を終えると、ウズメが洞窟に戻って来た。相変わらず暴風雨が続いていたが、固い地面が、彼女の顔を明るくさせていた。
『イシコ。隊はもう大丈夫だ。そっちはどうだ』
『みな、落ち着いている。クメが言うには、このような嵐は、ここではそう珍しいことではないそうだ』
『本当か?』
 ウズメは、イシコのわきに控えているクメに向かって訊いた。三人は、洞窟の入り口にかたまって立っていた。
『は。ノワケと申しまして、多いときには、年に十度もこのような嵐がやって来ます』
『十度もとな?』
 ウズメは、呆れた。
『はい。しかし、たいがいは、夏から秋の初めにかけて来ますので、このように寒くなってからのノワケはめったにございませんが。しかし、例がないことではございません。雨の多いノワケが来ますと、川もいっぺんにあふれまして、村も水浸しになってしまいます』
『何だと?』
 イシコは、思わずウズメのほうを見た。ウズメも色を失ってイシコを見返したが、声には出さなかった。
《ふもとのニニギ様は大丈夫だろうか》
《しかし、今、我らがこの場を離れるわけにはゆくまい》
 イシコがクメに訊ねた。
『この嵐は、ノワケはいつまで続くのだ?』
『だいたいは一晩ですぎまする』
『一晩か……』
 イシコとウズメは、荒れ狂った海のような空を見上げた。二人には、それがふたたび晴れることが信じられないようにも思えたが、イシコは案外のんびりとした顔をしていた。クマソの者にとっては、年中行事のようなものなのだろう。
『夜明けを待つしかあるまい、ウズメ』
 ウズメは、不安そうにうなずいた。
                         ◎◎
 ウズメは、周りのざわめきに起こされ、いつの間にか眠っていた自分に気がついた。はっとして顔を上げると、まぶしい光が目を刺した。嵐はやんでいた。
 慌てて立ち上がると、湿った服が重くまとわりつく。空は信じられないほどに高く、晴れていた。地面は昨日のなごりでひどくぬかるんでいるが、空気はかえって乾いているほどだ。
《不思議な土地だ》
 ウズメは、何だか化かされたような気になった。
《そうだ、ニニギ様は?》
『ウズメ! こちらへ来て、見てみろ』
 イシコの声が上から聞こえた。ウズメは急いで斜面を登った。そこは、ちょうど洞窟の真上に位置しており、ごつごつした岩肌が露出して、高い木々もない見晴らしのいい場所だった。巨大な赤っぽい岩が、眼下を見下ろすように崖の上に鎮座している。気づけば、村人や兵のほとんどがその周りに集まっていた。
 人々の中から、イシコが手を上げて、ウズメを呼んだ。
『こっちだ、ウズメ』
 ウズメがイシコのほうへ歩き出すと、村人たちがわきによけて通してくれた。
『どうしたのだ、イシコ』
 イシコは、答えの代わりに、宙に向けて真っ直ぐに指を突き出した。ウズメがその方向を見ると、白い噴煙を頂きからたち昇らせている大きな山が見えた。あれが、火の山だろう。イシコがそのまますっと、火の山のふもとにまで指を滑らせる。ウズメは同じように視線を動かして、あっと息を呑んだ。
『火が、消えている……』
 昨夜の火の山の噴火で起きた山火事は、ほとんど鎮火していた。火の通ったあとの森は、黒々と炭のようになり、火勢の大きさを物語っていた。しかし、炎は見えず、火の山と同じようなうすい白煙がところどころに見えるのみである。
『あの嵐が降らせた雨で、森の火が収まったのだ。おまけに、見ろ』
 黒い燃え跡は、火の山の火口から、まるで何匹もの虫が這っているかのように四方八方に分かれながら、ふもとへ伸びていたが、いずれも途中でぴたりととまっていた。目の前に大きな川が流れているからである。
『あの川は、クマソの村にもつながっており、普段は細くておとなしい流れらしいが、夕べの雨で氾濫したため、あのような大河になったのだそうだ。そのおかげで、村に火が及ばずに済んだのだ』
『よくも、この機に降ってくれたものだ……』
 ウズメがつぶやくと、イシコもうなずいた。
『あと少し嵐が来るのが遅ければ、村は燃えてしまっていただろう。また、村の焼け跡に嵐が来れば、被害はさらにひどいものになったに違いない。まさに僥倖というしかない』
『ニニギ様……』
 ウズメは、イシコを振り向いた。
『イシコ。早く、クマソに戻ろう。ニニギ様のもとへ』
 イシコは、もう一度力強くうなずいた。
                         ◎◎
 クマソの民は、ふたたびニニギの前に集まった。しかしそれは、昨夜までのクマソの人々とは違っていた。ニニギを、荒ぶる地の神を征服した、強く新しき天の神の子と、固く信じる集団となっていた。
 ニニギが、陽光の中、城から姿を現すと、熱狂的な歓声が人々からいっせいに沸き起こった。
『ニニギ様! 我らが神よ!』
 怒り狂う火の神を、ニニギは雲と風を操り大雨を降らせて、打ち懲らしたのだ。見よ、黒い煙と真っ赤な石を噴き出していた火の山も、今ではわずかな雲を吐くだけに静まっているではないか。氾濫して人々をときに悩ませてきた川の神も、ニニギの前では、火の神を押さえつける道具にすぎない。これが、天から使わされた神の子の証拠でなくて、何であろうか。クマソは、その神の子が降り立った、地上の神の国なのだ。
 こんな話が国中にあっという間に伝わった。それは、ニニギが話したわけでもなく、ましてや、イシコやウズメたち、側近が言い聞かせたわけでもない。人々の間で自然発生的に作り出され、広まっていったのだった。一度でき上がったものは、消えることはなかった。ところどころつけ加えられ、より大きなものがたりになっていくだけだった。
                         ◎◎
『おい、ウズメ。聞いたか、今度は我らも、天の神の一人になっているらしいぞ』
 冬の夜、白い息を吐きながら、イシコがウズメに声をかけた。ウズメはうすものの着物に毛皮を肩にはおって、足早に通りすぎようとしていたが、イシコに気づいて足を止めた。
 ウズメは、親しい同僚に会って、にやりと笑った。
『見はりか、イシコ。軍の最高責任者とあろう者が、立ち番などやるものではないぞ』
 イシコは、肩をすくめた。
『見はりくらいしか、やることがないのだ。攻める場所もなければ攻めてくる者もいない。今、村の男どもを徴集して隊を増強し、弓矢の鍛練を兼ねて、山で狩りをさせてはいるが、なかなか呑みこみが早くてな。たちまち俺の手を離れ、自ら率先して訓練するようになっているのだ。そのため、昼間も大将たる俺は留守居役というわけだ』
 ウズメは笑った。その顔は月光の中で白く浮かび上がり、その周りをおおうくせ毛は、ゆるやかに背中にまで達していた。
『クマソでは、我らは生きた神話になりつつあるのだ。イシコよ。神は神らしくせねばならぬぞ』
 冗談めかしたウズメの言葉に、イシコは、そばの柱にもたれかかりながら、答えた。
『俺がどうあろうとも、こうなってしまえば、民はみたいようにしか、みぬよ。それから、サルタヒコは北の山の天狗になったらしい』
 ウズメは、イシコのそばにまで来た。
『天狗だって? あのサルタヒコが? 以前の国主が、それは格下げなのか、格上げなのか』
『さあてね。北の山には、昔から大きな猿に似た妖怪がいるという噂があったらしいが、それは、火の神の手下とも、火の神と水の神の間に生まれた子ともいわれていたようだ。そら、あの火の山が噴火した日の翌朝、北の山の頂上で赤い大きな岩を見ただろう。あれが天狗岩と呼ばれているそうだが、その岩の上にいるサルタヒコを見たという者が、何人かいるのだ』
 ウズメは、ちょっと関心をよせて、訊いた。
『いったい、誰だ、それは? サルタヒコであるはずはない。どこかの国の間者ではないか』
 イシコは、笑って答えた。
『ははは。さすがはウズメだ。俺も一瞬、そう思って調べてみたが、何のことはない、あの岩は、角度によって人が上に座っているように見えるだけなのさ。天狗岩という名も、そこからきたらしい。猿だか人だかが、時折こちらの様子を窺っているという伝説だ。サルタヒコは、ニニギ様に倒されたあと、北山の天狗になって山奥に住むようになったそうだ』
 ウズメは、鼻を鳴らした。
『馬鹿馬鹿しい。サルタヒコはあの時、ニニギ様に確かに殺されたのだ。それを天狗として生き返ったなどと。そのような嘘をそのままにしてよいのか』
『ニニギ様は、放っておけとおっしゃっている。民には伝説や神話が必要だ。それが我らに害をなすものではない限り、むしろ有用とのご判断だ。それに、それを押さえつけようとしたところで、できるものではないしな』
 ウズメは、黙って白く光る月を眺めた。少しの沈黙のあと、イシコがきり出した。
『今から、ニニギ様のもとへ伺うのだろう?』
 ウズメは、横目でイシコを見た。イシコは、真っ直ぐに前を向いたままだ。ウズメは、また視線をもとに戻して、答えた。
『まあな』
 そして、小さく息を吐き出すとともに言った。
『ニニギ様は、変わってしまわれた』
 今度は、イシコがウズメの横顔を盗み見た。
『そう思うか?』
『ああ』
 しかしイシコは、ウズメを問いつめはしなかった。ウズメもそれ以上は何も口に出さず、イシコに別れを告げ、城内の奥へとまた歩き始めた。
                         ◎◎
《あの女が、まだ生きているのだろうか》
 ウズメは、うす闇の中を進みながらふと考えた。辺りはしんと静まり返り、さらさらとした水音だけが目印のように続いている。クマソの国の中には、川や水路がいたるところに流れている。城内にもそれにもれず川が引きこまれていた。そのため、大雨が降り川幅が広がると、すぐに国中が水浸しになってしまう。
 ウズメは、呆れて訊いた。
『何故、こんな場所に水を通すのだ』
 クマソ出身のクメは、当たり前のような顔をして答えた。
『はあ、ウズメ様たちには珍しい光景でございましょうが、クマソの国は昔からこうでございます。川はほとんどの場合静かですし、普段、水を使うのにも近くに流れておったほうが、便がよろしいですから。それに、みなさまはまだクマソの夏をご存じないでしょうが、それはそれは暑いのですよ。それこそ、火の神が降りてきたかのようです。そのときになれば、足もとに川が流れているのが、どんなによろしいか、つくづくお分かりになりましょう』
『だから、建物の床をこんなに高くしているのか』
 ウズメは、ようやく納得した。
 ニニギは、夜はいつも、中央の大きな城から、はずれにある赤い小さな建物に移っていた。サクヤヒメがいた神殿である。サクヤヒメがいなくなってからも、ニニギはこの場所で寝泊まりしていた。そして毎晩、そこへウズメやほかの女たちが伽(とぎ)のために訪れるのだった。
 ウズメは、神殿の階段を上りながら、服をかき合わせた。ウズメはこの建物が嫌いだった。クマソの国のはずれにあるこの場所では、川の流れも速く、水音もほかより高く響いている。その音がサクヤヒメの胸にかかっていた八尺瓊勾玉のすれ合う音にも似ていて、ウズメはどうかすると、今もサクヤヒメが、すぐそばにいるような感覚に襲われるのだった。いつもはそんな妄想めいた考えとは無縁の自分なのだが。
 この神殿にいるということのほかは、ニニギはサクヤヒメのことを口に出すことはなかった。それでも、ウズメは、ニニギが以前と変わってしまったと感じていた。
《あの目。あのような暗い目をニニギ様はしておられなかった》
 ウズメが知っているニニギは、自信に満ち、明るく輝く目をもっていた。ちょうど故郷の空を高々と自在に舞っていた若々しい鷹のように。
 今のニニギの目は暗く沈み、それでいて奥にはけして消えることがない種火のような炎が常に燃えていた。
《あの女が、この国が、ニニギ様を変えてしまったのだ》
 ウズメには分かっていた。誰もニニギをもとの姿に戻すことはできないだろう。そしておそらく自分自身も、気づかぬうちに変わってしまっているのだろう。この国の、地が、水が、大気が、自分の中にひそやかに入りこみ、明るく乾いたものから暗く湿ったものへと、風の中で生まれ塵のように消えるものから泡のように沸き出で水のようにめぐるものへと、性質を変えてしまうのだ。
《これが、この国に受け入れられるということなのか》
 ウズメは、水音に向かって、吐き捨てるように言った。
『だが、私は神話になどならないぞ』
 そして、ニニギがいる部屋へと入った。
                         ◎◎
 ウズメに言われずとも、イシコもニニギの変化に気づいていた。しかし、それほど深刻には考えていなかった。確かに以前よりも口数が少なくなり、じっと考えこんでいることも多いが、イシコたちに出す指示はいつも的確で論理的なものだった。
 平原の部族の長だったころは、どちらかといえば猛々しい面が目だつニニギだったが、今は一国の王としての政治的手腕をも、過不足なく発揮していた。クマソの民だけではなく、近隣の土地からも徐々に噂を聞きつけ人が集まるようになってきていた。それは故郷にいたときも同じだったので、イシコは特に驚きはしなかった。むろん、誰彼を区別なしに軽々しく村の中に入れるようなことはしなかったが、有用な情報をもってきた者、兵として使えそうな者たちなどには、食料を分け与え、国にとどまることを許した。ニニギは、軍の増強のため、むしろ積極的に人を集めているようだった。
《春になったら、近隣をよく検分し、もう少し領土を広げねばならんな》
 人口が増えれば、それだけ食料がいる。しかしイシコが見たところ、クマソの周囲には、人の住まない処女地がまだまだあり、国の膨張にも相当程度耐えられそうだった。
 実際、イシコがさっと自分で見て回っただけでも、わくわくするような豊かな土地が手つかずのままに広がっているのだった。クマソを通る川はゆるやかに蛇行しながら、次第に太くなり海へとつながっていた。その川岸に広がる平野は、今は多くがまだ、鳥やけものたちのすみかになっているのみだが、少し手を加えればクマソと同じ大きさの村などいくつも作れそうだった。北の山の手前に広がる丘の木々を払えば、馬のための素晴らしい放牧地となるだろう。火の山のふもとは広大な森林であり、狩り場としても最高の場所だった。
《俺は海のことは知らぬが、地元の者の話では川の先にある湾では、魚や貝など捨てるほど獲れるそうだ》
 ここで十年も腰をすえて国作りをすれば、中原の大国にも負けないような豊かな国を築くことができるだろう。
 それでイシコは、数日後に、ニニギから、春になったら北へ進軍すると聞かされ呆然としてしまった。
『北……と申しますと?』
 ニニギは、城内の一室に備えつけられた、ゆったりとした革張りの椅子に座っていた。
『イヅモという国だ。そこにもう一つの神の宝があるらしい』
『神の宝が……』
 イシコは亡霊に会ったような顔になった。ニニギはイシコをちら、と見て、
『イヅモの宝は剣だそうだ。詳しくはコヤネに説明させよう』
 そう言うと、わきに立っている中肉中背の青白い顔をした男に首を振った。イシコは鋭い視線を男に投げつけた。イシコは以前からこの男が好きではなかった。コヤネはいつもの澄ました表情で前に一歩出ると、話し始めた。
『イヅモの国主はイヅモタケル≠ニ名のっております。と申しましても、イヅモの主は代々タケル≠ニ呼ばれるそうですので、この者は何代目かのタケルということになりますが。さて、イヅモにはこのクマソと同様、神の宝といわれる国宝がございまして、イヅモタケル自身が護っておるそうです。宝は天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)といい、一振りすれば雲を呼び、二振りすれば突風が吹き、三振りすれば雷を落とす力をもっているとのこと。イヅモはこの霊剣の力を使い、近隣の国々を束ねる長の国となっております。イヅモがある場所は、ここクマソよりも大陸より、かの国との境をなす海に面しております。クマソからイヅモに向かうには船で陸地をぐるりと回っていくつかの海峡を渡るか、北の道を通るかの二つの方法がございます』
 ニニギが言った。
『俺は、陸路を選ぼうと思っている。クマソに今ある船では運ぶ量が限られるし、海峡は荒れやすく危険らしい。陸地であれば途中で兵や食料の補充も可能だ』
 コヤネはうなずきながら、続けた。
『わたくしもニニギ様に陸路をおすすめいたしました。陸路であれば、わたくしの部下のキギシが道をよく知っております。キギシはもともと北山を越えたところにあります村の出身でして、イヅモのごく近くまでも行ったことがありますので』
 イシコが鋭い口調で、コヤネに訊ねた。
『そのキギシとやらは、信用できる奴なのか』
 コヤネはイシコに向かってちょっと膝を曲げてみせると、上目づかいで答えた。
『将軍。キギシは確かに、もとからのわたくしどもの仲間ではございませんが、地理に明るく役にたつとみて、わたくしが部下に加えました。ニニギ様にも会っていただきお許しを得ております』
 イシコはいらいらとしてコヤネから目をそらし、ニニギに向き直った。
『ニニギ様。しかし、この春に北へ向かうというのは、あまりに拙速すぎるのではないでしょうか。我らがクマソを収めたのはついこの間の秋のこと。今ここでこの地を離れれば、人心もまた離れてしまいます』
 ニニギは、じっと自分の握った手の甲を眺めながら、答えた。
『別にすべての者がこの地を離れるわけではない。クマソを治める者は残していく。むしろ兵馬がおらぬほうが村にとっても負担が少なくてよいのではないか。それにこの時期だからこそ、イヅモを攻めねばならぬのだ。というのは、イヅモの今の国主は病に伏せっておるらしい。それでイヅモの国内は意気が揚がらぬ状態なのだ。どうせいつかはとるべき国なら、若く新しい国主に代わって国勢が盛り返す前に攻めるべきと、俺は判断した』
 イシコは、いったん口を開いたが、また閉じた。ニニギはそれをちらりと見た。
『イシコ。俺は故郷にいたとき、お前に何と言ったか。三つの神の国の三つの神の宝をとりに行くと言ったはずだ。クマソはその一つ目にすぎん。三つの宝を手に入れてこそ、真にこのオホヤシマの地の王といえるのだ。コヤネの調べで、三つ目の国がもつ三つ目の宝も、あることが分かった』
 イシコは驚いて目を上げた。コヤネがまた話し出した。
『はい。ニニギ様のお言いつけで、わたくしが冬の始めから調査をしておりました。まず申し上げておくべきことは、これらの国々の地勢でございます。わたくしたちがおりますこの地は一つの大きな島の形をとっており、ご存じのとおりオホヤシマと呼ばれております。その島に人々がいくつもに分かれて住んでいるのですが、その中に特に大きな国が三つあるといわれております。
 そのうちの一つがここクマソで、位置で申しますとオホヤシマの最も南でございます。クマソは、火の山のふところ川に囲まれた国で、その宝は八尺瓊勾玉です。また八尺瓊勾玉は、火と水の神の力を現しているといわれておりますことも、ご存じのとおりでございます。
 クマソの北東にあるのがイヅモでして、高い山の上にあるため、国の中には常に雲がたなびいているそうです。イヅモ人は、この雲の中に大いなる神が住んでいると考えており、国宝の天叢雲剣は、国を護る大気の力を具現しているといいます。天叢雲剣がもつ力がどんなものであるかは、先ほど申したとおりでございます。
 さて、そのイヅモのさらに東にあるのがヒタカミと申す国で、これが三つの中でもっとも大きいといわれております。と申しますのは、ヒタカミはオホヤシマのほとんど北半分を占めておるためです。ヒタカミ国の中心はオホヤシマの最北端に位置するツガルで、人口は多く物資も豊かで、その栄えているさまはまるで中原の都のようであるそうです。またヒタカミ人は船を操ることに長けており、オホヤシマ中、どこにでも海を通じて自在に行き来するほか、大陸とも盛んに交易しているとのことです。それで中原国では、ヒタカミをこのオホヤシマの中心だとみなしているそうでございます。現在の国主の名前はちと分かりませんでしたが、ヒタカミの宝が八咫鏡(やたのかがみ)というのだというのは知ることができました。この鏡は聞いたところによりますと、日の光を集めて作ったそうでして、この鏡をのぞけば、自分の望むもの、知りたいことをすべてみることができるのだそうです』
 イシコは初めて聞く話に、思わず聞き入り、やがてため息をついた。
『信じられぬような話だ。この世にそんな国々や宝があるなどとは。コヤネ。お前はどこでどうやってそんな情報を手に入れたのだ』
 コヤネはわずかに口の片端をニイッと広げたが、またすぐにもとに戻した。
『将軍。信じられないとおっしゃいますが、一つ目の国と宝は、すでに将軍も実際に目の前にしておられるではございませんか。しかも神の国と神の宝のことは、この地から遠く離れ、この地の空気も吸わぬはるか前に、ニニギ様がその存在を予言なされ、わたくしどもを、大海を越えて導いてくださったのでした。今、ニニギ様のお言葉そのままのこの地を踏み、神の宝を目の前にしながら、残り二つのものを、何故そのようにお疑いになるのですか。
 ……まあ、ニニギ様ではなくわたくしの言葉というので、お信じになれぬというのも無理はないかも知れませぬ。わたくしがどのようにして二つの国について知ったかを申し上げましょう。わたくしはニニギ様に調査を命じられたあと、将軍もご存じのフトダマに、先ほど申し上げましたキギシをつけてやりまして、東へ探索に向かわせたのでございます。フトダマはキギシの案内で道を進み、ついにイヅモを臨む場所までたどり着きました』
『何と、それは本当か』
『はい。それはキギシの言ったとおり、雲と高い木々に囲まれた国だったそうです。フトダマはひと月の間イヅモの周辺にとどまり、調べをすすめました。それでイヅモの国主、イヅモタケルが病気であることや、国宝の天叢雲剣のことを知ることができたのです。しかし、もっとも大きな収穫は、イヅモのさらに東にあるというヒタカミ国のことをよく知る者を見出し、情報を得ることができたことです。これで、ニニギ様が真の神の王になられるに必要なことごとが分かったとして、フトダマは喜びました。それでフトダマはその者をクマソへ連れて戻って来たのです』
『何だと』
 いつの間にか、コヤネの後ろに大小三つの影が現れた。大きな体と細く横に長い目をもつフトダマは、イシコも知るコヤネの昔からの部下だ。そのななめ後ろに控えている小柄な若い男は、キギシとやらであろう。イシコは、三番目の影にぎょっとして叫んだ。
『その女はなんだ!』
 コヤネの背後から現れたのは、ぼうぼうに伸びた白髪頭の、腰が曲がった老女であった。しわくちゃで日に焼けた顔、うす汚れて体から垂れ下がっているぼろぼろの服。眼だけが不気味に大きく光り、ぎょろりとこちらを睨んでいる。
『ヒルメという者です。イヅモ近くに住んでいた巫女で、イヅモのことだけでなく、ヒタカミやこの島全体のことにも詳しい知識をもっております』
『巫女だと? このような者を信用するのか』
 そう言いながら、イシコは何故か声が震えそうになるのを感じていた。コヤネが平たんな声で答える。
『むろん、ヒルメの言葉をただ鵜呑みにしているのではございません。これから得た情報を、できる限りフトダマや他の者が確かめ、やはり間違いないと納得した上でのことでございます。そしてあとはニニギ様のご判断にお任せしようと、ヒルメをニニギ様に直接尋問もしていただきました』
 そうしてコヤネは、ニニギのほうに向かってちょっとお辞儀をした。ニニギが口を開く。
『イシコ。俺がこのうす汚い老婆の言葉を聞き入れたと知って驚くのも無理はないが、俺がこやつを認めたのには理由があるのだ。それ、そのわけが、今もその女の首にかかっておる』
 イシコが、いやいやまた老女のほうに目を向けると、ヒルメはにやりと笑って自分の垢じみた服の中に手をさし入れて何かをとり出した。それは、赤く輝く玉の首飾りであった。イシコは衝撃を受けた。
『まさか。八尺瓊勾玉ではありませんか』
 そして、自分でも驚くほど詰問するような口調で、ニニギに向かって言った。
『ニニギ様。このような得体の知れない女にクマソの国宝を預けるなど、いったいどういうおつもりですか』
 ニニギは、平然として答えた。
『よいか、イシコ。俺は、八尺瓊勾玉にふれることができる人間は、今までに三人しか知らぬ。もとのもち主であるサクヤヒメ、俺自身、そしてこのヒルメだ。ヒルメはこのように不気味な老婆ではあるが、その霊力は本物だ。それで俺は八尺瓊勾玉をこれに護らせることとした。実際、八尺瓊勾玉を護る巫女が必要だったのだ。俺が四六時中、首からかけているわけにもゆかぬのでな。まあ、もう少し身なりを整えてやる必要はあるだろうよ』
 そうして、ニニギはにやりと笑った。
 ヒルメがつと前に出た。イシコは我知らず一歩下がった。ひからびたような老婆の声が、しかし不思議な節をつけて部屋の中で響いた。
『このオホヤシマは永らく三つの国に分かれておった。三つの国は互いに争いはせぬものの一つにもならずにきた。しかしオホヤシマは本来ならば一つの国となるべき地、一つの神、一つの王により治められるべき地なのじゃ。ところがヒタカミとイヅモとクマソは国を分けるだけではなく、神の力すらも三つに分け、それぞれに形を与えて己のもとにとどめてしもうた。そのため、本来ならこの世のすべてをも我がものにできる偉大な神の力も、そのかたちを成すことができないでいるままでおるのじゃ。
 今ふたたびこれらの宝を集め、その力を一つにすることができれば、この国に住まう神々すべてをその足下にひれ伏せさせ、味方とすることができるじゃろう。その者こそ、神の王となり、地、天、時を統べることができるのだ』
 イシコは、ぞうっとした。ヒルメの言葉は、ニニギが以前に語ったことと同じようなものであったが、それとは違い、怪しい現実味を帯びていた。イシコは、夢が現実に入りこみ、代わりに自分が知る親しい世界を完全に追いやってしまったような感覚に襲われた。  
 イシコは、悪夢のように目の前に立っているヒルメからようやく視線をはぎとると、首を振り、できるだけ気を落ち着かせようとしながら、ニニギに向き直って嘆願した。
『ニニギ様。せめてあと三年、このクマソで国固めをしてはいかがですか。クマソの民のためにも、お願い申し上げます』
 ニニギは、イシコからふいと目をそらして、そっけなく言った。
『もう、決まったことだ。イシコ。しかし、お前がクマソにとどまりたいというのなら構わぬ』
 コヤネが口を出した。ヒルメは、また隅の暗がりに引っこんだ。
『将軍。イヅモ攻めはわたくしどもにお任せください。ただし、ヒルメも連れてゆく関係で、八尺瓊勾玉はクマソの地を離れることになりますが、どちらにしてもそれは宝を一つに集めるため、いたし方ないことでございます。ニニギ様と八尺瓊勾玉はわたくしがしかとお守りいたしますので、イシコ様はクマソで心安くお待ちいただければと存じます』
 イシコは、怒りで震える声を抑えながら、コヤネに言った。
『ニニギ様の行かれるところは、俺も行くところだ。それに、お前に我が軍を任せることなど、できるか』
 コヤネは、うやうやしく頭を下げた。
『それは失礼いたしました、将軍。むろん、将軍が兵を指揮していただければ、こんなに心強いことはございません』
 その後、イシコはニニギの言葉を待ったが、何も言われないので、
『それでは私はこれで下がります。すぐにでも、春に向け兵の訓練を始めなければなりませんので』
と言って、一人部屋を出た。コヤネたちは一緒に退出する様子もなく、ニニギのそばにとどまっていた。
 イシコは憤然として城を出て馬に飛び乗ると、そのまま城内の敷地を、土煙をたてさせながらいっきに横断した。周りにいた兵士やクマソ人は、そんなイシコの様子を、目を丸くして眺めた。イシコは城内のはずれにある一つの建物の前まで来ると、馬を下り、段を二つ飛ばしで上って、乱暴にその戸を叩いた。
『ウズメ、ウズメ!』
『イシコ。大声をたてるな』
 家の中からウズメが現れ、イシコを導き入れると、すぐに戸を閉めた。
 ウズメの家はごく小さく、中は一部屋しかないが、床に埋めこんだ炉の中では薪が燃え、気持ちのよい、暖かい空気に満ちていた。ウズメは、イシコを火のそばに座らせると、炉の上の土器の中で煮だっている湯を、柄杓ですくって小さな器の中に入れ、イシコにふるまった。
 イシコが器をのぞきこむと、香ばしい匂いがたち昇った。ウズメが説明した。
『近くの森でとれる、香りのよい草を入れてある。飲むと気持ちが落ち着き、疲れもとれるぞ』
 イシコは、ゆっくりと湯をすすって、大きく息をついた。そしてしばし、炉の炎を眺めた。ウズメは向かいに座って、何も言わずに薪をかきたてていた。ぱちぱちという木のはぜる音が家の中に響いた。
 イシコは、ぼそりと言った。
『今、ニニギ様にお会いしてきた』
『春にイヅモに行くと、言われたのだろう』
 イシコは顔を上げた。ウズメの顔はうす暗い家の中で、下からの火の照り返しを受け、赤く染まっていた。
『もう知っていたのか』
『私は、夕べ伺ったのだ』
 イシコは腹だちを抑えられずに言いつのった。
『コヤネだ。あやつがニニギ様をそそのかしているのだ』
『しかし、ニニギ様がご自分で決められたことだ。仕方あるまい』
 イシコは驚いてウズメを見た。
『私はクマソに残る』
『何だって?』
 ウズメはにっこりした。
『意外か? しかしニニギ様もそのほうがよいとおっしゃられた』
 イシコは、自分の動揺を隠せなかった。
『しかし、何故だ。我ら二人は常にニニギ様のおそばにいて、ともに兵馬を指揮してきたではないか』
 ウズメは、穏やかに炎を見つめながら言った。その黒い瞳の中で踊るように、火がまたたいていた。
『さあ。心境の変化というか、そろそろひとところにとどまりたくなったのかも知れん』
『お前がひとところにとどまりたいだって? それはいったい、どうしたわけだ』
『子が、できた』
 イシコは、はっとしてウズメを見た。そして思わず彼女の腹の辺りに視線をやったあと、慌てて目をそらした。そんなイシコにウズメはくすりと笑った。イシコは、器の中の湯に漂う、幾本かの草をじっと見つめた。
『それは、ニニギ様の子か?』
『ああ』
『それでニニギ様は、お前を残すと決めたのだな』
 ウズメは首を振った。
『ニニギ様は、このことを知らぬ』
 イシコは、いぶかしげな表情でまた顔を上げた。
『知らないだって? 何故そのような大事なことをお知らせしないのだ。子ができたと分かれば、もしかするとニニギ様も春の出兵を考え直されるかも知れぬではないか』
 ウズメは、落ち着いた目でイシコを見つめ返した。イシコはどきりとした。今までで一番、ウズメが美しく見えた。
『ニニギ様が、私と私の子のために神の宝をあきらめるなどと、本当に思うか?』
『いや、しかし……』
 ウズメは、つと、視線を宙にやった。
『この子は、神の血を引く者などではなく、単なる人の子として私が育てる。この子は、クマソの民の子として生まれ、そして死んでいくだろう。クマソの水で大きくなり、クマソの土に還っていくだろう。私は、私の子に、人として生きていく術(すべ)を、私の知る限り伝えてやるつもりだ。馬の乗り方、狩りの仕方、星の読み方。……なあ、人生には知るべきことがたくさんある。しかし知るべきでないこともあるのだ。そうは思わぬか』
 イシコは黙ってうつむいた。ウズメは、優しく言った。
『お前は、私の分もニニギ様をお守りしてくれ。ニニギ様にはまだお前が必要だ。……私はもうニニギ様のお役にはたてぬ』
 イシコは、心細さで胸がいっぱいになり、思わず言った。
『俺には自信がない。ニニギ様は俺よりもコヤネや、あのヒルメという巫女を信じている』
 ウズメが、うなずいた。
『気をつけろ、イシコ。特にあのヒルメという巫女に。コヤネは、ヒルメを使って何かを企んでいるぞ』
『ヒルメはすでに、八尺瓊勾玉を手に入れているのだ』
 悲痛な声をもらすイシコを、励ますようにウズメは声を高めた。
『しっかりしろ、イシコ。八尺瓊勾玉など何の力があるものか。恐ろしいのはその力を信じる人間の心よ。ヒルメはそれを利用しているのだ』
『ああ……』
 イシコは嘆息して手で顔をおおった。ウズメが続けた。その声はひどく穏やかだったが、イシコはそれを聞いて、声を上げて泣きたくなった。
『イシコ。私は、最近よく故郷のことを思い出すのだ。どこまでも続く草原、青く光る天空。子供のころ、地平線の向こうには何があるのかと話し合ったことがあったな。馬で日が沈むまで駆けて行っても、天と地の境にたどり着くことはできなかった……。
 あのころの仲間といえば、もうお前と私だけになってしまった。あとの者はほかの部族の者やカラ人など、旅の途中で加わった者ばかりだ。むろん、それぞれにニニギ様の言葉を信じてついて来たのだろうが、やつらはニニギ様が何か素晴らしいものを与えてくれると思って、一緒にいるだけだ。ニニギ様が神の宝を手に入れ神の国の王になれば、自分らも恩恵をこうむることができるだろうと思っているだけなのだ。だから、神の王になるのがニニギ様であっても誰であっても、構わぬのだ。
 そもそも神の国、神の宝とは何だ? 私にはそれが、故郷で見た地平線と同じようなものに思える。追いかけても追いかけても、逃げていってしまう。もしそれを本当に手に入れることができたとすれば、その者はもうこちらに戻ってくることはできなくなるのではないか。ニニギ様は、その一線を越えてしまわれようとしているのではないか。
 私は人として生き、人として死にたい。それが、子ができてはっきり分かった。だからもう、ニニギ様とともにいられぬと思ったのだ。
 しかし、ニニギ様は私が半生をかけて愛した方だ。そしてお前はかけがえのない友だ。友よ。もしお前やニニギ様に危険が迫ったときは、私はすべてをなげうって駆けつけよう。イヅモへの遠征のときには、私の忠実な部下のオシヒをお前のそばにつける。何かあればオシヒをクマソに向け使わせ、私を呼んでくれ』
                         ◎◎
 それからひと月後、ニニギの軍はクマソを出発した。クマソの民は、歓声とともにニニギの名を叫びながら、彼らを見送った。ニニギがすべての神の宝を手に入れ、光り輝くような神の王となって戻って来るのを信じて。
 ウズメは、ゆるやかな服を着て馬に乗り、丘の上から隊列が通りすぎて行くのを見守った。ウズメのわきには同じく馬に乗ったクメがいた。クマソを守るウズメの補佐役として選ばれたのだった。
 軍の先頭にたつ栗毛の馬上には、全軍を指揮する将軍としてのイシコの姿があった。ウズメが送り出したオシヒはどこにいるかは分からないが、必ずやこの軍の中にまぎれ、ついていっているはずである。
《頼んだぞ、オシヒ》
 イシコはウズメの前を通る時、わずかに微笑みを見せた。
《体を大事にしろよ、ウズメ》
 イシコは何度も、ニニギに、ウズメが身ごもったことを言いたい衝動に駆られたが、ウズメの意志を尊重しようと、結局は思いとどまった。
《イヅモ攻めは長くとも一、二年で終わり、ニニギ様はじきにクマソに戻られるだろう。生まれた子を見れば、ニニギ様もすぐにお分かりになるはずだ》
 そう思ったためでもあった。
 ニニギが変わらぬ愛馬のサリフにまたがり、軍の中央でたくさんの兵たちに守られながら、目の前をすぎ去った。ニニギは、ウズメのほうには特に目をやらず、真っ直ぐに前を見つめている。その周りは、フトダマなどコヤネの直近の兵が固めていた。そしてその中に一人異様な格好、頭からすっぽりと白い布をかぶっている者がいる。ヒルメだ。大きな馬の上にちょこんと座っている様は、まるで猿か何かのように見えた。布の奥には、炯炯と光る黄色い眼と、赤く輝く八尺瓊勾玉を隠しているのだろう。
《あれが、神に選ばれた者だというのか》
 何度見ても好きになれないその禍禍しい姿がおおわれていることに、ウズメはほっとしながら視線をそらした。そしてそっと自分の腹を撫で、ニニギの後ろ姿を眺めながら、心の中で自分の中の命に向かって語りかけた。
《さあ、よくみておくがいい、あれがお前の父だ。かつて誰よりも生き生きとした目をもち、広き草原を駆け抜けた誇り高き部族の長だ。お前は、地上でもっとも人間らしく生きた男の血を、引いているのだ。父自身がたとえそれを忘れたとしても、お前の中に流れる血が、お前にそれを教えてくれるだろう。人として最後まで誇り高く生きよ、私の子よ。お前の血は気高くもなく穢れてもおらぬ。ただ赤く、熱く、流れるのみだ。そして、それだけが大切なことなのだ》
 これが、ウズメが、ニニギを見た最後の時となった。

(六分の二)
                         ◎◎
 ヒタカミ国、ツガルの都の中心にある壮大な宮殿内の奥深くの一室で、ヒタカミの現国主、ナガスネヒコは、暗闇の中、じっと目を凝らしていた。彼の正面にはヒタカミの国宝である八咫鏡がかかっている。ほかの者には、鏡の黒い面は闇に溶けこみ、何も見えないだろうが、ナガスネヒコには、日の光のもとにあるように、その姿をありありとみることができた。
 そのナガスネヒコが籠もる部屋の外を、まるで大木がそびえるかのように守っているのは、彼の忠臣である、イハオシであった。イハオシはナガスネヒコの乳兄弟でもあり、ナガスネヒコのゆくところ常につき従い、守っている。
 イハオシは、このところナガスネヒコが、鏡の間(八咫鏡を納めている部屋のことをヒタカミではこう呼んでいた)に籠もりがちなことを懸念していた。
《今日も朝からここに入られたきり、一歩も外にお出になっていない。あのような暗い中に閉じこもりきりでは、お体にもよくないに決まっているのに……》
 ナガスネヒコはイハオシに劣らず長身で、がっしりとした骨格をもち、その体内には強い力を秘めていることをうかがわせるが、めったにそれをみせることはない。ヒタカミの国主は、武力による統治者というよりは、祭祀主としての役割が強いからである。
 イハオシは、心の中でぶつぶつとつぶやきを繰り返していた。
《ナガスネヒコ様は昔から病気一つせずご丈夫であられるが、そうかといって陽光もろくろく浴びず、飯も食べたり食べなかったりでは、終いに悪くないものも悪くなってしまうだろう。困ったものだよ》
 イハオシはこのような繰り言を、ナガスネヒコに面と向かって言ったことはなかったが、声に出すのと変わらず、ナガスネヒコに伝わっていることを承知していた。ナガスネヒコは、人の心をよむことができたからである。
《ナガスネヒコ様も、少しは私の言うことをきいてくださればよいのに……》
《イハオシ、イハオシ》
 ナガスネヒコの声が、イハオシの心の中で響いた。イハオシは背すじを伸ばして答えた。
『はっ。ナガスネヒコ様。ようやく私の言葉をおきき入れになりますか。外にお出になりますか、それとも何か食べ物をお持ちしましょうか』
《サヲネが戻ったようだ。すぐにこちらへ連れて来てくれ》
『サヲネですと? クマソへ使いにやった者ですな』
《そうだ。もう奴の船が港の中にまで来ている。出迎えの者を使わせ》
『しかし、ナガスネヒコ様のお食事は……』
《食事などどうでもよい、サヲネに会うのが先だ。いや……》
 ナガスネヒコがちらと笑うのが、イハオシにも分かった。
《サヲネも長旅から帰ったばかりで、喉も渇き腹も空かせているだろう。では西の間に食事の用意をし、サヲネをそこに通せ。そこで話を聞くこととする》
『かしこまりました』
 イハオシは、とたんに顔一面に喜色を浮かべると、手を大きく叩いて準備のため人を呼んだ。
                         ◎◎
 半刻後、サヲネが西の間に現れた。ヒタカミに着けば、すぐにナガスネヒコに呼ばれるであろうことは分かっていたので、サヲネは港に入る直前に、船の中で体を拭き服も着替えてきていた。それでもナガスネヒコは、サヲネが部屋に入ったとたんに言った。
『潮の匂いが漂ってきたので、お前が部屋に近づいて来ていることが分かったよ』
 サヲネは平伏して挨拶した。
『サヲネ、只今戻りました。長らくお待たせいたしまして、申しわけございません』
『長旅ごくろうであった。まずは酒でも飲んで喉を潤してくれ』
 サヲネは侍女が注ぐ白い酒を遠慮なくたて続けに、二、三杯飲むと、ほっと息をついた。
『ようやく人心地つきました。ありがとうございます。何せ行きの途中、海がひどく時化まして、そのとき積んでいたほとんどの荷を落としてしまいましたので。水や食料は近くのおかに上がって何とか調達いたしましたが、酒となるとそうもいきませぬ。この半年間、ツガルの酒の味が懐かしゅうて仕方ありませんでした』
 ナガスネヒコのそばに控えていたイハオシが、言った。
『大変だったなあ、サヲネ。今、お前の部下たちにも別な場所で、存分に酒と食い物をふるまってやっているからな』
『ありがとうございます、イハオシ様』
 サヲネはイハオシに向かって丁寧に礼を述べたあと、ナガスネヒコに向き直った。
『ナガスネヒコ様。それではご報告申し上げます。まず、クマソの国主様、サルタヒコ様はお亡くなりになられました』
『何だと!』
 思わず声を上げたのは、イハオシだった。ナガスネヒコは、サヲツネヒコをうながした。
『お前の見たまま聞いたままを、報告せよ』
『はっ。私がクマソの地に着きましたのは冬もすでに半ばになろうとするときでございました。なぜこのように時間がかかったのかと申しますと、まず先ほども申し上げましたとおり時化にあい、途中での上陸を何度か余儀なくされたことともございますが、さらに、いつもクマソへの道をたどる場合に船を泊めます、ヒムカの海岸近くにまで参りましたところ、見慣れぬ格好の兵らしき者どもがうろうろしているのが、遠目から分かったためでございます。奴らはみな、大きな角のない鹿のようなけものにまたがっておりました。これがナガスネヒコ様のおっしゃった、異国から来た者たちだろうと思いましたので、そのまま船を南下させ、カササの岬を回って、ウキの島々まで行きました。あそこであれば、大小の島影に隠れながらクマソに近づけますから。
 ウキの島影に船を泊めまして、あとは陸地を渡ってクマソに向かいました。途中に住む土民たちに訊いてみますと、クマソに天の御子が降り立ち、もとからいた火の神と水の神も、その天の御子に従ったなどと申すのですが、どうも要領を得ません。しかし、国主のサルタヒコ様と、その妹御のサクヤヒメ様は、すでにお亡くなりになっていること、お二人を殺した異国の侵略者が、今はクマソを手中に収めているらしいことだけは、おぼろげながら分かってきました。
 ナガスネヒコ様は、海の向こうから荒ぶる者たちがやって来て、南より私どものオホヤシマの地を侵そうとしているとして、私にクマソ行きをお命じになられたわけですが、まさかこんなにも早くクマソがよそ者に奪われてしまうとは……。私がいま少し早く、ナガスネヒコ様のお言葉をサルタヒコ様にお伝えすることができればと思いますと、慙愧にたえません』
 サヲネはそう言って、うつむき涙ぐんだ。ナガスネヒコはそれに向かって、言った。
『サヲネ。クマソが滅んだのはお前のせいではない。お前がたとえ、異国の者より早くクマソに到着し、サルタヒコに会うことができたとしても、結果はおそらく同じであったろう。八咫鏡に映るのは時の影。過去のものでも未来のものでも、みることができるが、みえた瞬間よりそれは動かしがたい事実となってたち上がってしまう。お前がツガルを発ったすぐあと、私にはサルタヒコの死がみえていたのだ。しかし私も、鏡からすべてをよみとることはできない。影はみえても実をつかめなければ何も分からぬのと同じだ。だからお前を使わしたのだ。さあ、話を続けよ』
 サヲネは、震える声を強いて引きたて、続けた。
『少数の部下とともに、私はクマソに慎重に近づきました。身を隠そうと、火の山のふもとの森の中を通ろうとしたのですが、最近山火事があったようで、森の大部分が焼け、視界が大きく開けておりましたので、仕方なく、火の山の裏側をぐるりと回って尾根伝いにクマソの背後、北の山まで行き、そこから国内の様子を窺うことにいたしました。
 一見すると、クマソの国内は王が変わったばかりにしては秩序が保たれおり、村人の暮らしも穏やかと見受けられました。しかし、辺りの山々には多くの兵が盛んに行きかい、軍の訓練に余念がないようでございました。異国のけものは、ウマだと分かりました。私は見るのは初めてでしたが、大陸への交易船に乗っている者から、かの地では移動や荷を運ぶために、よくウマを使うのだと聞いております。
 さて、そのように山の中にまで奴らがしょっちゅう出入りしているものですから、クマソ国内の詳しい内情を調べるのは、正直申しますと骨が折れました。最初は北の山の頂きから眺めていたりしていたのですが、何度か下の者に見られそうになりまして、あるときなどは遠筒で村を見ていたところ、一人の兵が近くにまで来るのに気づかず、すんでのところで身を隠したこともございました。どちらにしても遠くから眺めているだけは詳しいことは分かりません。どうしたものかと考えあぐねておりますと、通りかかった旅人からよい話を聞くことができました。クマソの新しい国主は、軍の増強のため兵を募っており、力のある者や能力のある者は、どこの出身の者であっても隊に入れてくれ、食料や武器も分け与えてくれるそうです。その噂を聞きつけ、近隣の土地からぞくぞくクマソに人が集まってきているということです。事実、その旅の男もクマソ軍に入るために、ツクシの山奥からわざわざやって来たというのです。そこで私もその男と道をともにし、クマソ軍に加わると見せかけて、国内に入ることに成功いたしました。
 それから半月の間、クマソ国内に潜伏し調べた結果、次のようなことを聞きこむことができました。異国の大将はニニギという名で、秋口に突然、天から降って来たかのようにクマソに現れたかと思うと、サルタヒコ様を一刀両断のもとに斬り伏せ、たちまちクマソの国主に収まったそうです。ニニギは、自分は天から来た神の子であると称しておるそうです。その証拠に、サルタヒコ様が殺された直後、火の山が怒り、火の石を無数にニニギに向かって投げつけたが、ニニギは天を動かし大風と大雨を呼んで、逆に火の山の神を打ち懲らしたといいます。火の山のふもとの森が焼け焦げているのは、ニニギと火の神の戦いの跡だというのですが、真偽のほどは分かりません。ともかくクマソ国内では、ニニギはまさに神と同様に思われておりまして、私が驚きましたのは、特にクマソにもとからいた民たちが、それを固く信じているのです。サルタヒコ様は、天から使わされた神の御子であるニニギに逆らったゆえに殺されてしまったのだと、平然とみなが申しまして、ついこの間まで国主と仰いでいた方のことを言っているとは、思えないほどです。また、サルタヒコ様は、その後ニニギに謝って許され、北の山を護るよう命じられて、今は天狗となって山奥に住んでいるなどと言う者すらおりまして、こうなりますと完全に眉唾ものです。
 私が特に知りたかったのは、むろんクマソの宝、八尺瓊勾玉の在りかですが、これはやはりニニギが手に入れてしまったようです。以前はサクヤヒメ様が八尺瓊勾玉を護っておられたわけですが、今はニニギ側の新しい巫女がもっております。クマソ人が申すには、サクヤヒメ様は、兄のサルタヒコ様が殺されたのを見ると、進んでニニギに八尺瓊勾玉を譲り、その後、サルタヒコ様に対する許しを請うため、自ら水の神に身を捧げられたとのことです』
そうして、サヲネは怒りに声を荒げた。
『しかし、とうてい、これは事実とは思われませぬ。サクヤヒメ様は、サルタヒコ様と同じく、ニニギに殺され、八尺瓊勾玉を奪われたに決まっています。ニニギとは、何という大悪人でしょうか、あのように気高くお美しい、サクヤヒメ様までも手にかけるとは……』
 サヲネは、ナガスネヒコの使いで何度かクマソへ行ったことがあり、サクヤヒメに目通りもしたことがあっただけに、義憤が大きいようだった。
『その、ニニギの新しい巫女とは、どんな者か』
 ナガスネヒコが訊いた。サヲネはがぶりと酒を飲むと、ようやく落ち着きをとり戻し、答えた。
『はい。実はこの者の存在は、クマソ国内でも知る者はほとんどおりませんでした。たまたま私が、クマソを離れようとする直前、最後にもう一度と思いまして、ニニギの身辺を探ってみたところ、この巫女の存在が初めて分かりましたのです。ひどくうす汚れた老婆の姿をしていましたので、ニニギに仕える婢か何かだろうと思っておりましたところ、ふとした瞬間、その首に八尺瓊勾玉をかけているのが見えましたので、驚いてしまいました。それで、危険を冒して、ニニギの城に入りこみ、奴らの会話などを盗み聞きして、その老婆が何者かを探ってみたのです。その結果、その老婆が、ニニギの部下がどこからか拾ってきた巫女であること、名はヒルメということ、ニニギが何故かそのヒルメに八尺瓊勾玉を託していることなどが分かったのです』
『ふーむ』
 ナガスネヒコは、じっと何かを考えこんでいるようだった。
 サヲネが続けた。
『しかし、残念ながら、これ以上は分かりませんでした。と申しますのは、私が、ニニギやその部下、ヒルメたちの会話を物陰から聞いておりましたところ、途中でニニギが何か気配がする≠ニ勘づきまして、兵士を呼びよせ始めたため、私はすんでのところでその場を逃れたのです。そしてこれ以上は危険と判断しましたので、その足でそのままクマソを飛び出してしまったというわけです』
 イハオシは、感嘆したように大きなため息をついた。
『いやいや、危ないところだったなあ、サヲネ。よくもまあ、無事で帰れたものだ。まったく、おぬしの働きはたいしたものだ』
 サヲネは、イハオシににっこりと笑顔をつくったあと、さらに身をのり出して、言った。
『それからもう一つ、もっとも重要な情報がございます。ニニギは、次はイヅモを攻めるつもりでいるらしい、ということです』
『何と、イヅモを?』
 イハオシが、衝撃を受けたように大声を出した。そしてせきこむように、サヲネを問い質した。
『して、それはいつのことだ。一年後か二年後か』
 サヲネは、顔を曇らせ答えた。
『この春でございます』
 イハオシは一瞬、呆然としたあと、高々と笑い声をたてた。
『ははは。そのニニギとやらは頭がおかしいのではないか? 昨年の秋に陸に上がったばかりの異国の者どもが、幸運の重なりでクマソをとったことに舞い上がって、自分の力を過信し、こともあろうに、その数ヵ月後にさらにイヅモに攻め入ろうなどとは、無謀もよいところだ。これでニニギという奴の命運はみえたな。イヅモは、クマソよりもずっと強国だ。あっという間に返り討ちにあい、全滅するのがおちだろう。ナガスネヒコ様。クマソの仇は、イヅモがとってくれるでしょう』
 イハオシがそう言って振り向くと、ナガスネヒコは、瞑想しているかのようにじっと目をつむっていた。イハオシは、サヲネへ向き直った。
『ともかく、この春といえばまさに今。それではニニギは、もうイヅモに向け進軍を始めたのか』
『おそらく。私は軍が動き出す前にクマソを抜けましたので、この目では確認しておりませんが、ニニギが自分の口で、部下にはっきりと言っておりましたので、間違いはないでしょう。そう思えば、クマソがしきりに周辺の国々から兵を集めていた理由も分かります。時期については多少のずれはあるかも知れませんが、ニニギがイヅモ攻めを早々におこなうつもりでいたことは確かです』
 イハオシは、少し笑いを引っこめた。
『それならば、奴らはもうイヅモまでの道を、半ばまですぎておるかも知れぬな。イヅモにこのことを知らせてやらねば……』
 サヲネが、それにすぐに答えた。
『そのことならば、私の部下のカコをイヅモへ旅だたせております。奴らのことを一刻でも早く、イヅモのタケル様にお伝えするようにと。ニニギの軍隊よりは確実に早くイヅモに着くはずです。いえ、カコの足なら、もう着いているころかも知れません』
 イハオシが大きくうなずいた。
『おお、よく気がついた。であれば、イヅモもニニギを迎え撃つ準備を充分にできよう』
『ありがとうございます。しかしイヅモはクマソにも近いですし、クマソの異変やニニギが軍を増強していることなどは、イヅモでもとっくに承知しているでしょうから、言われずとも危険はある程度察知していると思われます。ともかくカコには、そのまましばらくイヅモにとどまり、ニニギとイヅモの戦いの結果を見届けてから、ツガルへ戻るよう指示しております』
『まあ、万に一つも、イヅモが敗れるようなことはないと思うが、しかしタケル様のお体の具合もあまりよくないと聞く。イヅモもこの機に、コトシロ様への国譲りを本格的に考えるかも知れんな』
『コトシロ様は、ナガスネヒコ様と同じようなお年で、霊力にも優れ、民からの信頼も厚い方。イヅモの新しいタケル様として申し分のない王になられるでしょう』
『そうだ。それにコトシロ様には、武力に優れた、弟君のタケミナカタ様もおられる。タケミナカタ様がコトシロ様を支えれば、ニニギに何度攻められたところで、イヅモ国が揺らぐことはなかろう』
 イハオシとサヲネが、そんなふうに語り合っているのを、ナガスネヒコは黙って聞いていたが、やがて口を開いた。
『サヲネ。これまでの働きごくろうであった。お前の行動はどれも的確なものだ。とりあえず我がヒタカミとしては、これ以上何もすることはない。時も人もすでに動き出しておる。あとはカコの新たな報告を待とう。しかし備えだけはしておかねばならん。
イハオシ。自由に動ける男たちをなるべく多く集め、武術を仕こんでやってくれ。武器の調達もだ。また、国内の村々の長たちにも、このたびのクマソとイヅモの件を伝えてやり、何かあれば、お互いにすぐに知らせをやりとりできるような態勢を整えておくように』
『かしこまりました』
 イハオシはうやうやしく答えた。ナガスネヒコは立ち上がり、そのまま部屋の仕切りの奥へ消えていった。イハオシとサヲネは、ともにそれを平伏して見送った。仕切りの先は長い廊下となり、鏡の間などがある宮殿の深部へとつながっている。
                         ◎◎
 ナガスネヒコは鏡の間近くの自分の私室に入った。明かりとりから春の月の光がさしこみ、部屋に置かれた炭の赤い火とともに、部屋の中をぼんやりと照らし出していた。炭が埋めこまれた大きな陶製の鉢は、中原国からの交易品である。うす闇の中、その火鉢によりかかるようにしている、一つの白い影が見えた。ナガスネヒコはその影の近くまで行き、そばに腰を下ろして、話しかけた。
『ヰヒカ。寒くはないか』
『大丈夫ですわ、ナガスネヒコ様』
 琴の弦をはじくような、美しい女の声が答えた。
『あなた様こそ、お寒いのではございませんか。温めたお酒でもお上がりください』
『寒くはないが、せっかくだからもらおうか』
 ヰヒカはころころと笑って、ナガスネヒコにほんのりと温かい杯を手渡した。ナガスネヒコは、酒の上に躍る白い光をしばらくじっと見たあと、それを飲み乾した。ヰヒカは、からになった杯にまた酒を満たしてやりながら、訊いた。
『それで、クマソの様子はどうだったのです?』
『クマソは滅んだ』
『まあ』
 ヰヒカはさすがに胸を突かれたように、手をとめた。
『イヅモも近い将来、クマソと同じ道をたどるだろう』
 ヰヒカは震える手で、火鉢の縁をつかんだ。
『それは、異国から来た者に、攻め滅ぼされるということですか』
『おそらく』
『異国人たちは、そんなにも強いのですか。イヅモですらかなわぬほどに』
 ナガスネヒコは、ヰヒカの声に含まれている恐れを感じとりながら、ゆっくりと答えた。
『そうだ。彼らは強い。そしてそれは、我々とは違う強さなのだ。
イヅモはクマソより大きな力がある。しかしそれは我々の尺度で考える力だ。人々が飢えと争いを知らずに助け合って暮らし、民は王とともに神々を敬い、自身とすべての生きものの魂を近くに感じながら暮らすことができる国。これを実現することができる力が、我々が思う国の力だ。
しかし、彼らの力は、相手を征服し、自分の欲しいものを奪うための力なのだ。その力は大陸では当たり前の力なのだが、我々はその力を育ててはこなかった。その力のことは知っていても、自分たちの国には必要ないものだと思っていたのだ』
 ヰヒカが当然のように言った。
『相手と争う力なんて、私たちには本当にいらないものなんですもの。そのような力を手に入れようとするなんて、無駄ですわ』
 ナガスネヒコは、少し目をつむって考えたあと、また続けた。
『そうだ。そう考えて我々は、我々が思う力しか手に入れてこなかった。しかし、海の向こうの国々ではまったくの逆なのだ。我々は、彼らと自分たちが違うと思ってきた。彼らとは関係ないのだと。しかし、本当はそうではなかったのだ。我々と彼らとの間には、海があるだけで、我々も彼らの力と無関係でいることなど、できないのだ。物が行き交えば、人や力も入ってくるのは当然なのだ。
 そして問題なのは、彼らが彼らの力を我々に向けてきたとき、我々には彼らの力を撥ね返すことができないということなのだ。我々の力は、常に相手を受け入れる方向にしか働かないのだから。
 イヅモはむろん、クマソと違って彼らと戦おうとするだろう。本来ならばヒタカミもイヅモを助け、人を送ってともに彼らに抗するべきだが、すぐには難しい。彼らに対抗する力のことを我々があまりに知らない上に、民がその力を欲しようとしないからだ。イヅモの民も同じだろう。コトシロはあくまで屈しないだろうが、しかし彼らをしりぞけ続けるのは困難だ。
 ところが、彼らを率いている男が真に欲しているものというのが、我々の力なのだ』
『その異国人はなんという名なのです?』
『ニニギ、だ。彼の意志が大陸から大勢の人々を動かしてきたのだ。……しかしニニギも遠からず命を落とすだろう』
『それはコトシロ様に殺されるということかしら。それともあなた様に?』
『人の死のかたちには色々ある。ニニギの死のかたちはまだ私にはみえない。しかし、ニニギが今向かっているのは確実に黄泉への道だということだ』
『ニニギが死ねば、イヅモもクマソもまたよみがえりますわね』
 ヰヒカのはずんだような声に対し、ナガスネヒコは、ことりと杯を床に置くと、じっと宙を見ながら静かな声で言った。
『一度滅んだものはもうよみがえらせることはできぬ。クマソの魂はすでに失われた。イヅモもまたしかり』
 ヰヒカは、ナガスネヒコの横顔を見た。彼にはイヅモの滅びるさまがすでにはっきりとみえているようだった。二度とよみがえることができないほどの決定的な滅びを。
 ナガスネヒコは、八咫鏡でみたもののすべてを、ほかの者に話すわけではなかった。ナガスネヒコにしか理解できないもの、普通の者が知るべきでないものも多かったからである。ナガスネヒコがみるものは、時と魂の来し方行き先であり、在りようだった。そのようなものを人の身でみるということは、どんな心地なのだろうか。ヰヒカには分からなかった。ただ、ひどく孤独なものだろうということだけは分かっていた。ナガスネヒコは、ほかの者に話さないことも、ヰヒカには話した。それでも、ナガスネヒコの中には、ヰヒカにも知らされない、もっと多くのことごとが誰にも汲みとられることもなく沈んでいるのだ。暗くて深い泉の中に、とぐろを巻いて座る蛇のように。蛇は、ナガスネヒコが八咫鏡をのぞくたびに、その影を吸いとり肥え太っていく。蛇はヒタカミの国主の力の源となり、そして同時に国主の魂と体をゆっくりと蝕んでいく。ヒタカミの民は、それを国主の当然の役目だと思うだろう。ヰヒカの愛する男であっても、それは変わらない。
 ヰヒカは、ナガスネヒコの手をそっと握った。ナガスネヒコは、にこりとして、ヰヒカの手を握り返した。ヰヒカはナガスネヒコの温かく脈うつ血の流れを感じた。そして同時に自分の中に激しい胸の痛みを感じた。ナガスネヒコを愛するのは、常にこのような大いなる悲しみをともなっているのだった。力に満ちあふれた、健やかなるこの体と心が、次第に損なわれてゆくのを、見続けるのは恐ろしいことだった。ヒタカミの国主の寿命は短い。ヒタカミの魂が、国主の命を吸いとるからだ。
 国の宝と国の魂、光と影、果実と犠牲を一身に背負っているのが、国主なのだ。いや、国主と国は姿をたがえた同じものなのだ。国から魂が奪われてしまったら、国主は一体どうなるのだろうか……。
 ヰヒカは、ナガスネヒコに訊ねずにはいられなかった。
『クマソとイヅモの魂が失われる……。それは、クマソとイヅモの宝がニニギに奪われたためですか。八尺瓊勾玉と天叢雲剣が、それぞれの国の魂だからですね』
 ヰヒカの問いに、ナガスネヒコはゆっくりと答えた。
『確かに、八尺瓊勾玉はクマソの魂を、天叢雲剣はイヅモの魂を現している。しかし、たとえそれぞれの国の民が、宝を奪われても自分たちの国の魂を忘れなければ、それを本当に失うことはないのだ。クマソという国は今でもある。しかしそのクマソは、もとのままのクマソではない。クマソの民が八尺瓊勾玉とともに、そこに宿るクマソの魂の姿をはや、み失ってしまったからだ。イヅモが、クマソと同じく滅びるだろうと言ったのはそういう意味だ』
 ヰヒカは不安に駆られて、ナガスネヒコに訊いた。
『クマソもイヅモも滅び、そのあと、このヒタカミはどうなるのでしょうか。まさかヒタカミも……』
 ナガスネヒコは四角く切り取られた屋根の向こうの夜空を見つめた。その目は月よりももっと遠くのものを、みようとしているかのようだった。
『ニニギという者は、確かに一つの魂をもっている。彼の意志、運命は我らにも大きく関わってくるだろう。私は先ごろから彼の魂に近づこうと試みている。彼の魂が真に何を求めているのかを知ることができれば、ヒタカミの行く末をみることもできるはずだ。ニニギは海を越え、我らが土地にやって来た。神の宝をすべて手に入れるために。そのためには、あらゆるものを犠牲にすることをいとわないだろう』
『それでは、いずれこの地にもやって来るのですね』
 ナガスネヒコは小さくうなずいた。
『必ず。彼の意志は誰よりも強く、彼の願いは誰よりも純粋だ。彼はけしてあきらめることはないだろう。たとえどんなに長い年月を経ても、自分の求めるものを手に入れようとするのだ』
『しかし、ニニギは間もなく死ぬのでしょう?』
『死よりも強いものにしばられているのだ。ニニギの魂は、黄泉にいっても安らぎを得られず、永遠に等しい時をさすらう運命だ』
 ヰヒカはぶるっと震えた。
『何という恐ろしいことでしょう。そしてあわれな!』
 ナガスネヒコは、妻の顔を見た。ヰヒカはその名のとおり、泉の面が光を映して輝いているような、澄んだ美しい目をもっていた。今、その目は白い月の影を宿し、悲しげに光っていた。
『まったくだ。あわれな男だ。あわれで、強くて、美しいほどに悲しい魂だ! 私は、ニニギに八咫鏡を渡してやろうと思う』
 ヰヒカは驚いて、ナガスネヒコを見やった。ナガスネヒコは、微笑んだ。
『心配するな。分かっているだろう。国の本当の魂は我らの中にあるのだと。八咫鏡はヒタカミの魂を映しだすが、それは魂の影にすぎず、魂そのものではない。天叢雲剣は雷を呼ぶが、その力はイヅモに湧く雲雲の中にあり天叢雲剣が産んでいるのではない。八尺瓊勾玉がきかせるのは、クマソの地に宿る魂の声だ。魂の声に耳を傾け、魂の力を使い、魂の姿を宿すのは、我ら自身、それを忘れなければ、神の宝を失っても、神の魂から離れることはない』
『三つの宝を渡してやれば、ニニギの魂も鎮まり、私たちも平和をとり戻すことができるのですね』
 ナガスネヒコの目が、悲しそうに輝いた。
『八咫鏡をニニギに渡してやるのは、神の宝でも彼を救えないということを、知らせてやるためなのだよ。地上にあるどんな宝も人間もニニギを満たすことができず、死すらも彼の渇きを終わらせる役にたたないのだ』
『ああ……』
 ヰヒカは、あまりのことに深いため息をついた。
『ニニギを満足させるには、いったいどうしたらよいのでしょう』
『それをみつけ出すことができるのは、やはりニニギ自身しかいないだろうが、奴と直接会えば、より詳しくみることができるかも知れぬ』
 ヰヒカは、夫の目を見続けることができず、自分の手の上に重ねられた彼の大きな手に視線を移した。
『ナガスネヒコ様。やはりニニギに会いに行かれるのですね……』
 ナガスネヒコは、ヰヒカのほっそりとした体を抱きよせた。ヰヒカの体は、その中にうねり続ける血潮を感じさせるように、震え、そして温かった。
『行かねばなるまい。八咫鏡をもつことができるのは私だけだし、ニニギの魂をよむことができるのも私だけだ。そのほかにも、みなければならないものがたくさんある』
 そうして、ナガスネヒコは、ヰヒカのうなじにそっと口づけをした。ヰヒカは細く息をもらした。
『大丈夫だ。まだ私は死なぬ。お前の中に宿った命を、この目で見るまでは』
 ヰヒカは耐えられず、涙を流し、男の胸の中に顔をうずめた。
『本当でございますね。必ず帰って来ると、約束してくださいますね』
『約束するよ』
 ナガスネヒコは女の背に流れる髪をゆっくりと撫でながら、そう答えた。
 ナガスネヒコは、八咫鏡で自分の運命はみることはできない。そのことはヰヒカも分かっていたが、何も言えなかった。ただ、ナガスネヒコは、今まで一度として言葉をたがえたことはなかったので、今度も彼の言うことを信じるしかなかった。ヰヒカは言葉そのものであるかのように、ナガスネヒコの体に強くしがみついていた。
                         ◎◎
 その数ヶ月後。夏も終わろうとするある日、サヲネがイヅモに使わせたカコが、小さな帆船でよれよれになりながら、ツガル湾に到着した。そのカコが、ニニギからナガスネヒコへの言づてをたずさえてきたと話したので、ツガル中が驚いた。
 宮殿の広間で、ナガスネヒコ以下、ツガルの主だった者たちが集まる中、カコは次のように報告した。
『私は、サヲネ様の命を受けたあと、すぐにクマソの村を出て、一路イヅモへ向かいました。ニニギたちはクマソから北の陸路をとると聞いておりましたので、私は火の山の向こうへ抜け、東のヒムカから船を使いました。そうして、首尾よく、ニニギ軍よりもみ月ほど早くイヅモへ着き、タケル様やコトシロ様、タケミナカタ様にお目通りすることができました。
 イヅモはすでにニニギ軍のことを知っておりました。すでに国内は戦いのためものものしく準備されておりまして、さしもののニニギ軍も手こずると思われました。私はニニギ軍の兵の数、軍備などについて、サヲネ様に教えていただいたとおり詳しくコトシロ様にお伝えいたしました。コトシロ様は大変お喜びになられ、私を歓待していただきました。
 なお、イヅモでは長らく病床に伏しておられたタケル様の代わりに、コトシロ様が国主の跡目を継ぐことが正式に決まりまして、ニニギ軍との戦いののち、正式にタケル様のお名前をコトシロ様が譲り受けることとなっておりました。そのため、私がイヅモに着いたころは、実質的な国主の役目はほとんどコトシロ様がされていました。
 私はサヲネ様のご命令どおり、そのままイヅモにとどまりました。やがてニニギ軍がヒバ山の向こうからイヅモにやって参りました。おそらくツクシからアキを通って来たものと思われます。
 ニニギ軍はヒバの山あいに陣を敷くと、まずキギシという者を使者によこし、イヅモに降伏をうながしてきました。国主の座と、国宝の天叢雲剣をニニギに渡せ、ということです。むろん、イヅモはこれを突っぱねました。
 するとニニギ軍が、どっとヒバの山の下に押しよせ、山の上のイヅモ国目ざして登り始めたのです。しかし、ニニギ軍がそのように攻めてくるであろうことは予測されておりまして、イヅモではそれに備えておりました。すなわち、ニニギ軍が山の下に着いたころを見計らい、準備しておいた大岩をいくつも落としたのです。そのため、邪魔になる木々もところどころ事前に切り倒しておいたのです。たちまち、ニニギの兵たちは次々とその岩の下敷きになってしまいました。その後、ニニギ軍はおそれをなしたかのように山を離れ、遠巻きにイヅモを囲み、攻めあぐんでいるとみえました。
 ところが、その夜になり、その夜は闇夜でございましたが、ぱちぱちという音ときな臭い匂いで目が覚めますと、辺りの空気全体がぼうっと赤く光っているかのように見えましたので、驚きました。イヅモ国がある山が燃えておったのです。ニニギ軍が山の下から闇にまぎれて火をつけたのでした。山のあらゆる方面に火がまわっているところをみると、ニニギ軍はいつの間にか山のこちら側にもやって来て、ぐるりと周囲をとり囲んでいたのです。そして夜が更けるのを待って、いっぺんに山のふもとに火をつけたのです。火は下から上に燃えていきます。山の上にあるイヅモ国はたちまち木も建物も、火と煙の渦に巻きこまれてしまいました。人々は風上のほう、海を目ざして、ヒの川を下り始めました。樹木のある部分はすべて火に包まれていましたので、川の中を行くしかなかったのです。海までの距離を半分ほどまで行ったところで、恐ろしいことが起こりました』
 カコは、そのときのことを思い出して、ぶるぶると震えながら、額にかいた冷や汗をぬぐうと、話を続けた。
『いつの間にか、川の両岸、そして川に渡した橋の上に、ニニギの兵隊たちがいっぱいに並んでおり、私たちの上からいっせいに矢を浴びせかけたのです』
 広間に居並んだ者たちから、どよめくように悲痛な声が上がった。
『狭い川の中で、半ば泳ぐようにして大勢の人たちがいたわけですから、矢をよけようにもどうしようもありません。前からは矢が射かけられ続けているのに、後ろからはそれとも知らず人がどんどん押しよせてくるのです。男も女も年よりも子供も関係なく、次々と殺されていきました。悪夢のような夜が明けてみると、国中の半数以上の人が、焼け死ぬか、射殺されるか、溺れ死ぬかしていました。ヒの川はイヅモの人たちの血で真っ赤に染まり、その赤い水が海にまで流れ出ていくほどでした。この惨状を見てタケル様は昏倒し、しばらく意識不明になられたくらいです。
 その日の午後、またニニギからの使者がやって参りました。コトシロ様は涙を飲んで、これ以上イヅモの民を殺さないことを条件に、降伏することをお決めになりました。天叢雲剣はニニギの手に渡り、タケル様、コトシロ様、タケミナカタ様は幽閉されました。
 イヅモは滅びたのです』
 人々の口から重苦しいため息がもれた。千年以上にもわたりこのオホヤシマの地を統べていた三つの国のうち、二つまでもがあっさりと滅んでしまったのだ。次はこのヒタカミだ、という気持ちがすべての人の胸の中によぎった。
 カコは最後まで自分の務めを果たそうと、必死に言葉をつなげた。
『ニニギがタケル様たちを生かしておいたのは、何も温情からではございません。ニニギはコトシロ様に言いました。コトシロ様からナガスネヒコ様に、自分たちの命と引き換えに、ヒタカミの八咫鏡をニニギに渡すよう頼むことを要求したのです』
『八咫鏡を?』
 イハオシが怒りの声を上げた。カコはびくりとして手をつきながらも、話し続けた。
『はっ。……コトシロ様とナガスネヒコ様が義兄弟の契りを交わし、特に仲がよろしいことを何故かニニギは知っていたようです。コトシロ様がそれを断ると、ニニギはまず、タケミナカタ様の首を刎ねました』
 広間は、しんと静まり返った。
『それでもコトシロ様は首を縦に振らなかったのです。このままではタケル様もコトシロ様も、日をおかずに殺されておしまいになるでしょう。私はそれまで、コトシロ様の側近と思われ、同じく牢に入れられておりましたが、見はりの兵士に、ニニギに会わせてもらうよう願い出ました。そしてニニギに会うと、自分がヒタカミの者であること、ナガスネヒコ様にニニギの要求を私が伝えに行くことを、申し出ました。ニニギは、ナガスネヒコ様自らが八咫鏡をニニギのもとに届ければ、タケル様とコトシロ様の命を助けると申しました。ただし、待つのは私がイヅモを発ってからふた月だけで、それをすぎればイヅモの民の前でお二人の首を斬るということでした。私は小さな船を与えられ、海に流されました。ちょうど南からの追い風に乗ることができ、ツガルに何とかたどり着いたのです』
 ナガスネヒコがここで初めて言葉を発した。
『ニニギの言う期限まで、あとどのくらいか』
 カコは額を床につけるまで頭を下げながら、答えた。下には汗のしずくが垂れたあとがいくつも染みをつけていた。
『あとひと月半ほどございます』
『ひと月半か。まだ充分に間に合うな』
 ナガスネヒコの言葉に、イハオシが異議を唱えた。
『ナガスネヒコ様。まさか、イヅモに行かれるわけではないでしょうな』
 その場にいた者たちが、せきを切ったように口々に話し始めた。
『ニニギの罠に決まっておる。のこのこ行けば、八咫鏡をとられるだけでなく、ナガスネヒコ様まで殺されてしまいますぞ』
『ニニギには、はなからタケル様やコトシロ様を助ける気などないのだ』
『そうよ。子供にまで矢を射かけるような奴の言うことなど、信じることができるはずはない』
『残念だが、どちらにしても、イヅモのタケル様たちをお助けすることは難しいということだ』
『しかし、そうすれば、ニニギは次にヒタカミに攻めてくるのは必至ぞ』
『今、イハオシ様のもとで男たちを訓練しているところだ。また、国中の村の長に声をかけ、さらに兵を集めよう。ヒタカミの一大事だ。みな協力するだろう』
『しかし、間に合うか。我が国は広い。人を集めるだけでふた月やみ月は経ってしまうぞ。これまでの様子をみると、ニニギは期限がすぎればすぐさまヒタカミを侵そうとするだろう』
『そもそも、ニニギがそのような期限の約束ごとを、守るかどうかすら危ういではないか。カコをよこし時間があるとみせかけ、実はすでに進軍の準備をしているかも知れん』
『いや、すでに我らの国に入りこんでいるやも知れぬぞ』
 議論が堂々めぐりをし始めたころ、ナガスネヒコが口を開いたので、たちまち臣下たちは口を閉じた。
『みなの心配はよく分かった。しかし私は八咫鏡を持ちイヅモへ行くことにする。ニニギの狙いは、ヒタカミの国土よりも、ヒタカミの八咫鏡とみた。ニニギは八咫鏡を手にするまではヒタカミの国と人を侵し続けるだろう。どんな宝であっても民の命に代えることはできない。八咫鏡が失われてもヒタカミはヒタカミでいられるが、ヒタカミからヒタカミ人がいなくなれば、それはもはやヒタカミではない。ヒタカミ人がヒタカミの魂を失わなければ、八咫鏡はどこにあってもヒタカミのものであり、またあらたに別の八咫鏡をつくることもできるだろう』
 イハオシが言った。
『ナガスネヒコ様のお気持ちはよく分かりました。しかし、国の宝は八咫鏡だけではありません。ナガスネヒコ様もまたヒタカミの魂を現す国の宝。その二つが失われては、ヒタカミの民は、何を心の支えにしてこれからを生きていけばよいのですか。八咫鏡は私がイヅモへ持ってゆきます。ナガスネヒコ様を危険にさらすことはできません』
 ほかの臣下も口をそろえて、イハオシに同調した。しかし、ナガスネヒコは長い袖の中で手を組みながら、静かに言った。
『私はニニギに直接会わねばならぬ。あの者の魂をみることなくして、ヒタカミの将来をみることもできないからだ。イヅモ行きは私の義務であり、宿命でもある。出発は今日より三日後。供はイハオシのほか最低限でよい』
 ナガスネヒコの言葉は有無を言わせぬきっぱりしたものだったので、臣下たちはそれ以上何も言うことはできなかった。そしてナガスネヒコは、蛙のようにつくばっているカコに向かって優しく声をかけた。
『カコ。よくぞこの知らせを届けてくれたな。お前の勇気と決断力のおかげで、私は機を逸することを免れた。ツガルでゆっくり疲れを癒してくれと言いたいところだが、私と一緒にまたイヅモへ行ってくれないか。お前があちらでどうしても必要なのだ』
 カコは涙を流して答えた。
『もちろんでございます。このカコの命はナガスネヒコ様のものでございます。どこまでもナガスネヒコ様にお供いたします』
 自分のもたらした知らせが、国主と国宝をヒタカミから奪うかもしれないのだ。カコはナガスネヒコを連れて帰るのでなければ、けして自分はまたヒタカミの土を踏めない、と思った。
 そしてその三日後、ナガスネヒコの命じたとおりに、ヒタカミの国主の船は、ツガル湾から旅だっていった。その様子を、ヰヒカは遠くから眺めていた。臨月をひかえているため、宮殿の、海側にひらけた部屋の中からの見送りだった。
 はや秋の気配を漂わせ始めたきらきらした海の上を、ツガルが誇る大きな帆船は滑るように進んでゆく。その大きくはった帆が湾を回って見えなくなると、ヰヒカは急に寒気に襲われた。眼下に広がるツガルの都、それを高台から臨むようにして造られている宮殿。これらは本来、ヰヒカにとって長年なじみのある住み慣れた場所なのに、今ではひどく空虚な場所に感じられた。
 ヰヒカは、大声で人を呼んでナガスネヒコを今すぐ呼び戻すように頼みたい衝動を、必死に抑えた。今までがまんしてきた涙があふれ出す。そして、ナガスネヒコに向かい、心の中で叫んだ。
《ナガスネヒコ様! やはり、あなた様は間違っておられます。あなた様は、神の宝を失っても、ヒタカミ人の魂は失われないとおっしゃいましたが、そうではありません。ご覧くださいませ。八咫鏡とあなた様が去ったヒタカミは、日の射さない黄泉のように寒々しく、もうすでにこれまでの国とは違います。私たちは、あなた様のように強くはないのです。目に見えるもの、導いてくれるものを常に必要としています。あまりにも弱弱しく、おろかな存在です。何かを信じていかなければ、生きてゆけません。どうか、私たちをみ捨てないで下さい。どんなことをしても、またこの地に戻ってきてください。そうでなければ、ヒタカミは永遠にその光を失い、ヒタカミ人は、闇の中で迷い子になってしまうでしょう。ナガスネヒコ様。お願いいたします!》
 しかし、ナガスネヒコからの答えはなかった。もうヰヒカの言葉も、祈りも届かない場所まで、彼はいってしまったのだ。ヰヒカは自分でも理解できないくらいの恐ろしさに身を震わせながら、その場にうずくまった。その時、大きくふくらんだ腹の中で激しく胎児が動いたので、ヰヒカは、はっとした。自分はすでに守られるだけの存在ではないことを思い出したからだ。
《そうだ。ヒタカミがヒタカミではなくなっても、私たちは生きていかなくてはならない。まばゆい日が去ったのなら、自ら小さな火を点し闇の中でも生きてゆこう。神の姿、神の声が届かぬのなら、その記憶だけでも語り継ごう。大いなる力を得られずとも、したたかな強さを備えよう》
 そして、怯えたように激しくもだえる小さな命に向かって、力強く、言った。
『大丈夫よ。母様があなたを守ってあげる』


(六分の三)
                         ◎◎
 このひと月ほど前のこと。
 ニニギは、イヅモタケルから奪った天叢雲剣を持って、一人立っていた。ずっしりとした重さと厚みのある大剣で、鈍く光るつややかな黒い刀身は、吸いつけられるような美しさだった。ニニギは空に向かって一度、大きく剣を振った。そして、二度、三度。しかし、空はただ青く冴えわたるだけで、ひとすじの雲も、風も起きなかった。
『ふん』
 ニニギは、無造作に天叢雲剣を鞘にしまうと、もとあった台の上に戻した。
 イヅモ国があったイヅモの山々はニニギの軍がつけた火により、七日七晩の間燃え続けた。海を高みから臨む連山の中につくられ、三つの国のうちでもっとも美しいとたたえられた森と霧の国イヅモもまた、その護り主である山と運命をともにし、灰じんと化した。
 ニニギの軍は生き残ったイヅモ人たちを海岸近くの平地に追いたて、新たな国作りを急がせていた。ニニギはふたたびイヅモの国を山の中に戻そうとは考えなかった。深い山の中では建物も分散してしか建てることができず、馬も飼えない。むしろ、港も近い下の平野に国をおくのが自然と思われた。ニニギには、何故わざわざ不便な山にイヅモ人が国をつくったのかが理解できなかった。
 ニニギは今、海のほど近くにもともと建てられていた古びた建物を仮の館として使っていた。それは、普段は誰も使っていない神殿らしかったが、平地にはそれくらいしかまともな建物はなかったからである。
 今、ニニギは、その神殿の建物の、外に向かってはり出したようにめぐらされている廊下に立っていた。そこからは、イヅモの海、平野、これに迫る山々、そしてその隙間を埋めるようにして広がる空などが一望できるのだった
 ニニギの目に、イヅモの土地はクマソよりも魅力的に見えなかった。国のほとんどが高地で占められ、平野は山と海に挟まれたわずかな部分にしかない。川は山から直接海に落ちこむかのように急な流れのまま注いでいる。川の周りに大きな村をつくり、太陽と水の恵みを享受しながらのびのびと暮らしていたクマソの人々に比べれば、イヅモ人の山岳地帯での生活は、暗くて原始的なものに思えた。気候も南のクマソと比べずっと寒く、海からの冷たい風と変わりやすい山の天気に左右される厳しいもののようだ。
《ここは大国をつくる土地ではない》
とニニギは思った。それにもかかわらず、イヅモが近隣の国々を抑えていられるのは、ひとえに天叢雲剣の力であるはずだった。しかし、その天叢雲剣に風や雷をよぶ力が本当に備わっているのか、ニニギには分からなかった。
 降伏し、ニニギの前に曳きたてられてきたイヅモの国主、イヅモタケルが持つ天叢雲剣をさっそくとり上げたニニギだったが、しかしその国宝の力を見ることは、どうしてもできなかったのである。
 八尺瓊勾玉と同じく、ニニギは天叢雲剣を手に持つことができた。しかし、ニニギがいくら剣を振っても、何も起きなかった。それはヒルメに渡しても同じことだった。
ニニギは年老いたイヅモの国主を問いつめたが、タケルは首を横に振るだけだった。病気で声を失っていたのだった。それでその息子であるコトシロに訊いた。
『これは偽物であろう。本物はどこだ』
 コトシロはタケルと同様、かたく何重にも縄で縛られたまま床に座っていたが、怒りに燃える目を隠そうともせず、ニニギに向け、答えた。
『それはまがうかたなき天叢雲剣だ。代々のイヅモタケルが護り伝えてきたものに相違ない』
『ほう。それでは雲を呼び、雷を落とす力があるというのは嘘なのか。これではただの鋼の剣ではないか』
 ニニギはそれまでにタケルに無理やり剣を持たせてもみたが、やはり結果は得られなかったのだ。コトシロはニニギにぴたりと目をすえたまま、言った。
『一振りすれば、雲を呼び、二振りすれば突風が吹き、三振りすれば雷を落とす。天叢雲剣に備わる力がこのとおりであるのに間違いはない。私も父上が儀式の際、力を起こすのを何度も見たことがある。イヅモのほかの民の誰にでも訊くがよい。イヅモ人であればそれが本物の天叢雲剣であり、剣の力もまたあったと話すだろう』
『では何故、今その力を見ることができないのだ。何か特別な呪文でもあるのか』
『呪文だって?』
 するとコトシロは、突然大声で笑い出した。笑い声は辺りに響きわたり、建物の周囲にある木立から小鳥たちがいっせいに飛びたつほどだった。いつまでも笑いやまないコトシロにニニギは腹をたて、兵士に棒で何度か強く打たせて、ようやく静かにさせた。
 コトシロは地の底から沸き上がるように低く響く声でニニギに言った。そこには、はっきりと憎しみがこめられていた。
『天叢雲剣がその力を失ったのは、ニニギ、お前のせいだ。見よ、イヅモの山々を。あの美しかった神の山を。今ではお前のつけた火により侵され、無惨なる姿をさらしている国の命を。天叢雲剣はあの神の山からその力を得ていたのだ。いや、山と剣とはかたちは違えど、同じ魂をもつもの。剣は山から生まれ、山は剣にて表される。山が雲を生み、風をまねき、雷光をひらめかせる親なのだ。その山を殺したのは、ニニギ、お前だ。我らが千年の間、護り続けてきたものを、一瞬で滅ぼしたのはお前だ。山が育つのは長き年月が必要でも、死ぬのはあっという間よの。イヅモの魂は死んだのだ。よみがえるにはまたあらたな千年が必要だろう。それまで待つかね? ああ、しかし、その時にはイヅモ人すら、イヅモの魂を忘れているだろう!』
 コトシロは頭を床に打ちつけ、涙を流した。ニニギはうんざりしてコトシロとタケルをまた牢へ戻した。
 ニニギは憮然とした表情のまま、椅子に腰を下ろした。そして、さっきからずっと黙ってニニギたちの様子を見ていたコヤネに向かって、不機嫌そうに言った。
『コトシロの言うことが本当なら、お前のたてた作戦のせいで、天叢雲剣の力が失われてしまったぞ。とりかえしのつかないことをしてくれたな』
 コヤネはまったく顔色を変えず、ニニギに一礼してから、よどみない口調で答えた。後ろには、最近は常にそうであるように、布をすっぽりとかぶったヒルメがひっそりと立っている。
『面目次第もございません。しかしものは考えよう。天叢雲剣は天叢雲剣。雷を起こせようが起こせまいが、イヅモの統治にはまったく影響ございません。重要なのは、千年もの間山奥に引き籠もっていた山猿どもの目を覚まさせ、ニニギ様の強大な力を知らしめることです。それにはあの焼きうちはどうしても必要でございました。
 今、ニニギ様にお叱りを受けましたが、実はわたくしは先ほどのコトシロの話を聞いていて、あの作戦がやはり正しかったとあらためて確信を得ておったのでございます。と申しますのは、イヅモ人どもがあの山を大変神聖化し、頼みに思っているということがよく分かったからでございます。たとえ一度はわたくしどもの矢や剣がイヅモ人を負かしたとしても、あの山がある限り、イヅモ人は何度でもニニギ様に刃向おうと立ち上がり続けるでしょう。しかし、山を焼かれたイヅモ人は心の支えを失い、戦う気力をもつこともできなくなってしまうのです。まさに、千年の統治を、一晩で築くことができたわけでございます。それを思えば、天叢雲剣の力が使えないことなど、とるに足らないことであるのがニニギ様にもお分かりになっていただけるのではないでしょうか。しかもそれが天叢雲剣であることには変わりがないのでございますから、それを手に入れられたニニギ様が、正当なイヅモの国主とおなりになることに、なんらさし障りはないわけです。
 今、わたくしが手配しまして、この建物の近くに新しいイヅモの宮殿を急ぎ建てさせております。新しい国主様にふさわしい、大きく立派な宮殿を。向こうの山はあらかた焼けてしまいましたが、周囲にはまだまだ森が広がっております。さすが山国だけあって、木だけは無尽蔵にありますな。樹齢何百年という大木がそこら中に生えておるのですから。それらの大木を惜しげもなく使いますれば、この何もない場所にもたちまち素晴らしい国を築くことができましょう。それを見れば、イヅモ人どもも、前の国主よりも、ニニギ様のほうがどれだけ力があるかが分かることでしょう。
 それはこの周囲にあるほかの小国の者たちにもいえることです。すでにニニギ様はこのオホヤシマの半分を手中に収められました。クマソにいるときと同様、この瞬間にも近隣の国々からぞくぞくとニニギ様のご高名を聞きつけ、人が集まってきております。クマソからイヅモへ来る間も、そうして兵の数は倍にもなりました。わたくしたちの軍はこれからもっと大きく、強大になりますぞ。
 さて、わたくしもニニギ様のお考えに賛成でございます。イヅモは大きな人口を擁するに足る土地ではございません。イヅモ統治の礎を築きましたら、さらに東へ行くことをおすすめいたします。
 実はわたくしは、ニニギ様から指示を受けイヅモやヒタカミの調べを進めながら、同時に、わたくしたちが腰をすえて都を作ることができる土地も探しておったのです。
 そう、クマソでイシコ将軍が国作りのことをおっしゃっておられましたな。もっと時間をかけて国を作るべきだと。将軍に言われずとも、わたくしとて国作りのことを考えておりました。しかし、それは仮の住まいではなく、これから千年も二千年も続く都、オホヤシマの真の中心たる都作りでなくてはなりません。ニニギ様はその始祖となるべきお方、わたくしはそう思っておりました。
 そう考えますと、クマソの地は、これにふさわしい場所とはわたくしには思えませんでした。まずあまりに南に位置が偏りすぎております。オホヤシマは南北に長い形状をしております。都の位置はやはりこの真ん中辺りでなくては、隅隅までの統治がゆき届きますまい。それにクマソにはいつ噴火するか分からない火の山もあり、せっかく築いた都が常に災害の危険にさらされてしまいます。確かにクマソは豊かな国ではありますが、あくまであそこは最初の足がかりの地でしかありません。ニニギ様のご威光をあまねく知らしめ、民の心を服しめればそれで足るのでございます。
 その後わたくしは、ここまでの道中やイヅモに着いてからも、都にふさわしい土地の情報を集め続けて参りました。そして、ついに満足すべき土地を見出すことができたのです。
それはカシハラと呼ばれる場所で、このイヅモよりさらに東、オホヤシマのほぼ中心に位置し、西は静かな湾、周りは小高い山に囲まれた広々とした平野だと申します。
 このように見てきたかのごとくわたくしが話すのには理由がございます。実はこのカシハラ一帯を治めておりますのが、カヅラキという一族なのですが、これがニニギ様のご威徳を慕いまして、是非カシハラの地をニニギ様に献上したいとわたくしに申してきております。聞けば、位置といい地勢といい、わたくしが思い描いていた都の地として理想的な場所のようなので、カヅラキにそう申し伝えますと、カヅラキは大変喜びまして、イヅモ攻めが終わり、ニニギ様がカシハラの地に来るまでに、周囲の荒ぶる者たちもカヅラキにてひととおり平らげ、宮殿も新しく建てて、ニニギ様のお越しをお待ちするということになっておるのでございます。むろん、そこに都をお作りになるかどうかは、最終的にはニニギ様のご判断にお任せし申し上げます。
 しかし、ニニギ様を支え申す臣下として、またニニギ様のお言葉を信じて一族もろともカラ国を飛び出し、ここまで長い旅路をご一緒させていただいた者といたしまして、このオホヤシマの地でニニギ様の国の礎を築くことは、すなわちわたくし自身の国を作ることでもあるのです。故郷を捨てたわたくしには、この地に新しく自分の国を作るよりほかはないのです。わたくし、いえ、ニニギ様に従うすべての者が、そのような気持ちで、一日一日、命を灯して生きていること、これだけはニニギ様にお分かりいただきとう存じます』
 そうしてコヤネは、いつも青白い頬を今は少しだけ紅潮させながら、ニニギを見つめたあと、深々と頭を下げた。
 ニニギはじっとその様子を見ていたが、手を振ってコヤネの顔を上げさせた。
『お前の心のうちはよく分かった。都の件も考えておこう。しかし新しい国を作るには、まず古い国をどうにかせねばならんのは、お前も分かっているはず。俺たちは古き国の二つまでを征服した。しかし残り一つのヒタカミは、三つのうちでもっとも大きいといわれておる。東に行けば行くほど、ヒタカミにも近づく。このヒタカミを滅ぼさねば、オホヤシマを支配したとはとうていいえぬぞ。これをどうするのだ』
 コヤネはうすい笑いを片頬に浮かべながら、答えた。
『もちろん、ヒタカミのことはまず第一に考えなくてはなりません。そうでなければ都も落ち着いて築くことができませんから。
 わたくしが今までに集めたヒタカミ国の情報はこうです。ヒタカミ国はこのオホヤシマの島のほぼ北半分を治めているといわれておりますが、その実はといえば、人々はその広大な地に点々と村々を作り、そこにはその村を代表する長がそれぞれおるのです。この村、または小国群を総称したのがヒタカミ国であり、その盟主となっているのがツガルといって、これがオホヤシマの中でも最北端にあるのです。ですから、ヒタカミ国を攻めとったといえるためには、オホヤシマの半分の面積を占めるヒタカミの国々を踏みならし、さらにここからもっとも遠いツガルまで行かなければならないことになるのです。ですから、ヒタカミ攻めが、クマソやイヅモと同じようにはいかないことがお分かりになるかと思います。
 しかし、幸い、といっては何でございますが、ヒタカミにもクマソやイヅモと同じ攻めどころがあるのでございます。それが、すでにご報告しました、ヒタカミがもつ神の宝、八咫鏡でございます。これはヒタカミの代々の国主が護っておりますが、ヒタカミの国主というのが、ツガルの長をも兼ねております。ヒタカミ人の、この宝と国主に対する敬い方は、クマソ人やイヅモ人よりももっと厚いもののようです。むろん、いずれはヒタカミの国土そのものを掌握することは必要でしょうが、このオホヤシロの国では、土よりも魂という目に見えぬものを重要視する傾向にあるようです。そしてその魂の象徴というのが、国がもつ神の宝とそれを護る国主というわけです。
 目に見えぬものを表すのが、神の宝という目に見えるものであるところが皮肉でございますな。結局のところ、人間というのは目に見えるものでしか具体的な実感を得ることができないということでございましょう。
ともかく、奴らはこの目に見えぬものに振り回されて、それ一点を抑えられるとたちまち身動きがとれなくなってしまうのです』
 ここでコヤネの顔には、明らかに軽蔑の表情が浮かんでいた。
『先ほどのコトシロの様子を見て、わたくしは呆れてしまいました。たかだか山の一つや二つ、燃されたくらいであのようにとり乱すなど、国を治める者として失格ではないでしょうか。それもこれも奴らが目に見えぬものを大事に思うあまり、かえって自分たちに必要な目に見えるものをおろそかにしたため、結局はすべてを失ってしまうという好例でしょう。
 さて、ヒタカミの攻略方法でございますが、やはりイヅモと同じく神の宝を抑えることだと思います。しかし、これがあるところは遠く離れたツガルの地。その地までわたくしどもが行くのは至難の業でございます。そこでわたくしは考えました。わたくしどもが行けぬのなら、宝にわたくしどものほうへ来てもらおうと』
 ニニギは、驚いた顔をしてコヤネを見た。
『どういうことだ』
 コヤネはにんまりと笑った。
『はい。わたくしの調べたところ、ヒタカミ国とイヅモ国とは、隣国ということもあり、おもに船でひんぱんに人や物の行き来があるほか、互いの国主同士も親密なつき合いがあるようです。
 そして、ヒタカミの現国主、これはナガスネヒコという名だと最近判明しましたが、このナガスネヒコとイヅモのコトシロは年も近いせいか、特に仲がよいようで、二人は義兄弟の契りまで交わしているそうなのでございます。
ナガスネヒコは大変信義に厚い性格とのことですから、もしタケルやコトシロの命と引き換えに八咫鏡を渡すよう、言ってやりましたら、これに応じる見こみは少なからずあるのではないかと思います』
 ニニギは、呆れた顔になった。
『八咫鏡と交換だと? まさか、他国の国主を救うために、自分の国の宝を渡すわけはあるまい』
 コヤネは、ニニギの後ろの台に乗っている、天叢雲剣をじっと見つめながら、言った。
『確かにそうかも知れません。もしナガスネヒコがこの取引を断ってくるようなら、そのときはタケルとコトシロを殺すまでです。イヅモの民、全員の前で、タケルとコトシロの首をその天叢雲剣で刎ねてやりましょう。
 イヅモ人は思い知るでしょう。自分たちの無力さを。山も国主も宝も、すべてを失ったことを。ニニギ様に逆らったらどうなるかを。そして、盟友とは名ばかりで、隣国の危機に何の救いの手もさしのべようとせず、ただ傍観していたヒタカミの薄情さを。イヅモ人の心には無力感とともに、ヒタカミへの不信感が広がるでしょう。
 またヒタカミの側でも、イヅモに起こったことは近い将来ヒタカミにも起こるのだという恐怖を覚えるでしょう。むろん、ヒタカミは自分たちが攻められても、どこからも助けが来る期待はもてないわけです。
 わたくしどもにとっては、結果がどちらに転んでも損はないことになります』
『ふーむ』
 ニニギは少し考えたあと、言った。
『しかし、ヒタカミがよこした八咫鏡が、本物であるかどうか、どのように見極めるのだ。人質との交換の仕方も慎重にやらねばなるまい』
 コヤネは、喉の奥を鳴らした。それは聞きようによっては笑い声とも聞こえなくもなかった。
『八咫鏡は人と時の真実をみせてくれると申します。わたくしは神の宝にはふれることもできません。その真贋の見極めは、ニニギ様やヒルメのように特殊な力をもっていないとできないことでしょう。しかも八咫鏡はヒタカミの国主以外の者がみても、何も映らないと申します。
ですから、八咫鏡はナガスネヒコ自らに持って来させることが肝要です』
『ナガスネヒコ自ら?』
『はい。八咫鏡が本物かどうか見極めるためには、ナガスネヒコに鏡をよんでもらうよりほかありませんから。そういたしますと、ヒタカミの宝と国主が二つとも、ここイヅモの地にそろうわけでございます。……その後、どうすべきか、ニニギ様もよくお分かりのことと思いますが……』
 コヤネはそう言って、細い目をさらに細め、ニニギをじっと見た。ニニギはその目を見返した。
『八咫鏡が本物だと分かった時点で、鏡を奪い、ナガスネヒコを殺すのだな』
『はい。八咫鏡が本物であればナガスネヒコも本物でしょう。これで労せずしてヒタカミの二つの支柱を崩すことができるのです。
 また八咫鏡が偽物であれば、やって来たナガスネヒコも偽物の公算が高いのですから、これはすぐさまタケルやコトシロと一緒に殺してしまえばよいのです。
 いかがでしょう、ニニギ様。お許しが出れば、この作戦をさっそく遂行いたしますが』
『ふん。いいだろう。お前の好きなようにことを運ぶがよい』
『ありがとうございます』
 コヤネはニニギに拱手すると、素早い動きで部屋を出て行った。ニニギは、コヤネが去ったあともなお部屋の片隅に立っているヒルメに気がつくと、手を振り、
『お前も去れ』
と言った。ヒルメはうすい布の向こうから大きな眼を光らせると、黙ったままニニギに一礼をして影のように去って行った。あとには、ヒルメの首にかかっている八尺瓊勾玉のしゃんしゃんと鳴る音が、残像のように部屋の中でしばらく漂っていた。
 ニニギは、その音を聞きながらひどく不快な気持ちになったが、その理由は自分でも分からなかった。コヤネの小賢しい知恵にか、ヒルメのうす気味悪い姿にか。しかしそのどちらも、今のニニギには必要なものなのだった。
                         ◎◎
 半月前の、このようなコトシロやコヤネらとの会話を、ニニギは苦々しい気持ちでまた思い出したあと、さらにあきらめきれない様子で、もう一度天叢雲剣を抜いて二、三度振ってみたが、ため息をつき、ふたたび剣を置いた。
 ニニギは八尺瓊勾玉にも失望していた。サクヤヒメがあの川底の固い岩の向こうに消えてしまった夜、八尺瓊勾玉はニニギに何もしてくれなかった。八尺瓊勾玉は、サクヤヒメがこの世から去るとともにその力を失ったのだ。
 サクヤヒメの最後の言葉は、やはり自分への呪いだったのだと、今ではニニギには分かっていた。火の山の噴火は、サクヤヒメやサルタヒコの、ニニギに対する憎しみによるものだろう。ニニギはそれによって殺されるなら、それでもいいと思っていた。真に求めるものが永遠に失われたとしたら、それ以上生きていく意味があるだろうか。その生はむしろ苦痛でしかない。
 しかし、その機会は突然訪れた嵐によってあっけなく消えてしまった。あの嵐はニニギが呼んだものでは、もちろんない。単なる偶然だろうか。それとも、この国の神が自分を護ってくれたのだろうか。
 ニニギに今必要なのは、具体的な言葉だった。すべてのものについての明らかな理解だった。しかし、誰もそれを与えてはくれないのだった。あらゆるものは現れてただ消えていくだけだった。嵐が去り、ニニギはまたこの世にとり残された。
ニニギは自分がもっている唯一の言葉にしがみついた。すなわち、自分自身の言葉、『三つの神の国と、三つの神の宝を手に入れる』という言葉に。『海の向こうには、人がもっとも望むものを与えてくれる国がある』という言葉に。
 どちらにしても、何かしていなければ息を吸うこともできない気がしていた。ニニギはなにかに急かされるように、イヅモ攻めを決めた。しかし、イヅモに来て得たのは、焼けただれた山と、空虚なひと振りの剣だけだった。
 残るはヒタカミのみである。ヒタカミの八咫鏡は、みる者に真実を教えてくれるという。八咫鏡こそ、ニニギが欲するものを与えてくれるかも知れない。もし、八咫鏡にすら何の光もささないとしたら……。ニニギはそれ以上考えるのが恐ろしかった。
 ニニギは、ふと我に返ると、近くの兵士を呼び、イシコを連れて来るよう命じた。今朝イシコから、目通りしたいという申し出を受けていたのだ。
 しばらくしてイシコが平服でやって来た。クマソを出た時に比べ、やつれて疲れきった様子だった。鬢にはいくすじもの白いものが混じっている。
『イシコ。俺に用があるそうだが』
 イシコは、ニニギに丁寧にお辞儀をしたあと、ちょっと黙っていたが、やがて口を開いた。
『……実は、私を将軍の役目から解いていただきたく、お願いしに参りました』
 ニニギは驚いて、イシコをまじまじと見つめた。
『それは、どういうことか。俺のもとを去りたいということか』
 イシコは、はっとして顔を上げると、慌てたように言った。
『いえ。けしてそうではありません。私の居場所はニニギ様がいらっしゃるところ。それはこれまでもこれからも変わりございませぬ。
 しかし、今度のイヅモ攻めで、私には将軍として軍を指揮する資格がないと、はっきり分かりましたので、将軍の任を解いていただき、一兵卒として軍に置かせていただければ、と思いましたものですから』
 ニニギには、イシコの言うことがまったく分からなかった。
『突然、何を言うか、イシコよ。お前は長年にわたりウズメとともに、俺の隊を統率してきた者ではないか。今度の遠征軍も、お前が隊を組み、兵の一人一人を育ててきた、いわばお前自身の軍なのだぞ。それを、将軍をやめたいなどと……。軍を抜けるつもりと思われても仕方ないではないか』
 イシコは、じっと足もとを見つめていたが、一つ一つ、言葉を押し出すように、話し始めた。
『あの、山を焼いた晩、私はコヤネの作戦に従い、弓隊を率いてヒの川沿いに潜んでおりました。
 火が山全体に燃え広がると、それから逃れるため、イヅモ人が川の中を泳いで次々と下って参りました。これもコヤネがあらかじめ言ったとおりでした。
 私は兵たちに川の中に向かって矢を射かけさせました。むろん、相手からの反撃はまったくありません。
 それは戦いではありませんでした。虐殺でした。
 渓谷の中にはイヅモ人の悲鳴が木霊しました。
 その時、燃えた森の木が崩れて、川の中に落ちていき、下にいるイヅモ人たちの姿を照らし出しました。
 ……それは私たちとまったく変りない人間でした。男や女や子供たちでした。
 私はそれを見た瞬間、手が震えて矢を射ることができなくなりました。しかし、兵士たちの手前やめることはできません。それで私は矢を川の中に射ると見せかけながら、実はまったく別の方向に放っていたのです。
 これは明らかに軍規違反です。私は軍の規律を犯しながら、将軍という立場にとどまっているわけにはいきません。
 ニニギ様。どうか、私の任をお解きください。お願いいたします』
 そう言うと、イシコは床にひざまずいて平伏した。ニニギはむっとしながら、言った。
『イシコよ。では、お前を全軍の将軍の役目から降ろし、左軍の大将とする。それでよいな』
 イシコは、さらに頭を床にこすりつけるまで下げた。
『いえ。大将などではなく、兵卒にしていただきたく、お願いします』
 ニニギは、怒ってかたわらの机をどんと叩いた。
『ならん! 昨日まで将軍だった者を兵卒にまで落とすことなど、できるわけがなかろう。いい加減にしろ、イシコ。お前は今日から左軍の大将だ。これ以上の言葉は聞かん。下がれ!』
『はっ』
 イシコは真っ青になりながら立ち上がると、一礼をして部屋を出て行った。その後ろ姿を、ニニギは憎々しげににらんだ。長年の仲間に裏ぎられた気分だったのだ。
《最初はウズメが、そして今度はイシコが、俺のもとを離れようとする。何故だ?》
 そうして、また内廊下に立って、外のイヅモの国を眺めた。
 近くでは、コヤネの主導で新しい宮殿が急ぎ建築されつつあった。ニニギをそれに視線をやった。骨組みがほぼできあがり、全体の構造が明らかになりつつある。宮殿は、高台を利用して建てられており、さらにクマソの建物のように柱によって床を高く上げてある。イヅモの海と平野と山をすべて見渡せるような設計だった。そして、宮殿とその付属の建物すべての敷地をとり囲むように、幾重にも高い垣がめぐらせてある。
 ニニギは首をかしげた。このような垣根はクマソの建物にも、イヅモの建物にもないものだった。おそらく城壁のつもりだろうとニニギは思った。オホヤシマでは見ないが、大陸では、城壁に囲まれていない城など存在しない。城とは、攻められることを前提にしているのだ。初めてクマソの城を見た時、ひどく無防備な感じを覚えたが、コヤネもやはりそう思ったのだろう。
 床の高い建物や、周りを囲む垣根を見ているうちに、ニニギは、クマソのことを思い出した。そして、ふと歌が口をついて出る。
『やくも立つ いづもやへがき 妻ごみに やへがきつくる そのやへがきを』
 サクヤヒメのことも、このように十重二十重に守りを固め、手中の珠のごとく建物の中に押し籠めていたのに、結局は、自分の手からこぼれ落ちるようにいなくなってしまった。女一人すら抜け出てしまうような囲いに、何の意味があるだろうか。いや、彼女の中には、すでにニニギが入りこむ余地がまったくないくらい、堅固な壁が何重にも作られていたのだ。ニニギは、サクヤヒメの奥底にある秘密の城に入るどころか、のぞきみることすら叶わなかったのだった……。
                         ◎◎
 イシコはうなだれながら、ニニギの館を出て、裏にある山の中を上っていった。背後からは、さかんに杭を打つ音や木を切る音が、木々の間を反射しながら木霊となって響いてくる。新しいイヅモの宮殿の建築の音だ。
この国では何でも木で作る。建物も、家具も、食器も、子供の遊び道具でさえ。
 イシコはふと、故郷で聞いた黄金の島の話を思い出した。あの西国の商人は、海の向こうに、何もかも黄金でつくられた国があると話していた。海の向こうには確かに国があった。だが、その国は黄金の国ではなかった。木の国だった。それを知ったら、あの商人はがっかりするだろう。しかし、この国の人々は、黄金よりも、木を大事にしているのだ。であれば、この国の人間にとって、やはりここは黄金の国なのかも知れない。
 やがて斜面を上りきり、海を臨む崖の上に到達すると、イシコはその場に腰を下ろした。そして、ぼんやりと海を眺めた。盛夏の太陽にたっぷりと暖められた光と風が、惜しげもなくすべてのものに与えられていた。
 イシコは、ニニギに話していないことが一つあった。あのヒの川にいた時、炎に照らし出された群衆の中に、乳飲み子を抱えた若い母親の顔があって、イシコには一瞬、それがウズメに見えたのだ。すぐにそれは間違いだと分かったのだが、それでイシコにはもう、矢を放つことができなくなってしまった。落ちた燃え木の火が消え、川の中がまた闇に沈んでも、イシコのまぶたの裏には、さっき見た母親の表情がくっきりと焼きついてしまった。彼女は自分のことはまったく考えていなかった。ただ子供の命を何とかして守ろうと、それだけに必死になっているのだった。
《ウズメは今、どうしているだろう。秋には産まれるはずだが、ずいぶん腹も大きくなっているはずだ。クマソの夏は暑いというが、体調を崩してはいないだろうか》
 生まれる子を人として育てたい。そう言ったウズメと、火と水の中で必死に子を守る母親の姿が、どうしてもだぶってしまうのだった。戦闘の最中にこんな感傷にとりつかれては、武人として終わりである。
 イシコは手で顔をおおった。
《俺に、これからも人が殺せるだろうか?》
 目をつむったイシコの目の奥に、きらきらとした海の残像がいつまでも踊っていた。
                         ◎◎
 一刻ほど経ったあと、イシコのもとに一つの影が近づき、話しかけた。イシコはさっきと同じ場所で、同じ姿勢で海を見つめていた。傾きつつある陽で映し出される影の形だけが、変わっていた。
『将軍、将軍』
 イシコは水平線を眺めたまま、言った。
『もう俺は、将軍ではない』
『失礼しました、イシコ様。左軍の大将になられたのでしたね』
『よく知っているな、オシヒ。まだ発表にはなっていないはずだが』
 オシヒは足音もたてずに、すっと後ろから近づくと、イシコのわきに片膝をついた。
『先ほどのニニギ様との会話を、もれ聞いておりましたので』
 イシコは、にやりとした。
『もれ聞いていただと? それは天井裏からか? それとも床下でか?』
 オシヒも含み笑いをした。
『まあ、場所はいずことは申しますまい。この世には人の通る道が何本もございますので……。さて、報告でございます。二刻ほど前、イヅモタケルの二人の子のうち、タケミナカタの首が斬られました』
『タケミナカタが? どういうわけだ』
 オシヒはイシコにわずかににじりよって、響きのないこもった小声で言った。
『コヤネの、ヒタカミの国主と国宝に対する計画の内容は、先日お伝えいたしましたが、あのあとコヤネはコトシロへ、ヒタカミへ命乞いの使いをたてるよう、再三要求しておりました。つまり、イヅモタケルや自分たちのために、八咫鏡を持ってナガスネヒコがイヅモへ来るよう頼め、ということです。
 しかし何日にもわたり責めたてても、コトシロが承諾しないので、見せしめのためでしょう、コヤネはタケミナカタを殺させました。そしてその首をタケルとコトシロの牢に投げこんだのです』
 イシコは顔をしかめた。
『コヤネも、ずいぶんひどいことをするものだ』
『タケルはそれから、人事不省におちいって危篤状態です。まあ、これまで病気がちだった上に、このところの心労が重なっておりましたから、もうあまりもちますまい。それでもコトシロはナガスネヒコに使いを送ることを拒否しておりましたが、同じ牢にいましたカコという若者が、自分は実はヒタカミ人だと名のり出て、ナガスネヒコへの使いをかって出たのです』
『ほう』
『コヤネが、カコをニニギ様の前に引き出して尋問し、またコトシロやほかのイヅモ人にも確認してみたところ、その者がヒタカミ人であるのはまんざら嘘ではないようです。おそらく、そのカコという者をヒタカミに期限つきで送り出すことになりそうです』
『ナガスネヒコとやらは、本当に来るかな?』
『どうでしょうか。普通に考えれば、来ないのが当然かと思われますが。イヅモの国主は、もうタケルでもコトシロでもなく、ニニギ様なのですから、今さら二人を助けたところで、もとのイヅモが復活するわけでもないでしょう。ヒタカミとしては、そのような使いは無視して、我々との戦争の準備を少しでも進めたほうが利口というものです』
 イシコは、うなずいた。
『確かに、お前の言うとおりだ。万に一つもナガスネヒコが来ることはあるまい。そうすれば、俺たちとヒタカミとの全面戦争になる……』
《クマソから遠く離れて、さらに東へ行くことになるだろう》
 イシコは、首を振った。戦線が東へ移ることはよいことなのだ。
『ところで、そのカコというヒタカミ人は、なにゆえイヅモにおったのだ?』
 オシヒはちょっと首をかしげた。
『そこまでは分かりませんでした。しかし、イヅモとヒタカミの間には互いに人や物の行き来がひんぱんにあったということですので、その者もたまたまイヅモに居合わせたところ、戦いに巻きこまれたのではないでしょうか』
 イシコはあいまいにうなずいた。オシヒはイシコに一礼をした。
『それでは、イシコ様。私はこれで。また何か分かりましたら、報告に参ります』
 イシコは、思い出したように、オシヒに声をかけた。
『そういえば、コヤネの娘、サヰと言ったか、イヅモに一緒について来た……。来月あたりが産み月だったのではないか』
 オシヒは、行きかけていた足を少し戻して、答えた。
『そういえば、そうですね。身重の娘をこんな場所にまで連れて来るなど、コヤネも無茶ですな。しかし自分の手もとに置いておきたかったのでしょう。むろん、生まれた子を一番にニニギ様にお見せして、ご自分の種だと正式に認めていただきたいという思惑もあるに違いありません。
 目まぐるしいほど先を読む男ですよ、あのコヤネという奴は。コヤネのもとには昼も夜もひっきりなしに人の出入りが絶えません。中には素性の知れぬ胡散臭いやからも少なからずおります。コヤネの周りは警備も厳しく、おまけに例の馬鹿力のフトダマが忠犬よろしく常に控えておりますからね。探るほうの私も緊張しますよ』
『お前にも、苦労をかけるな』
 イシコが言うと、オシヒはちょっと、肩をすくめた。
『いえ、これが私の仕事ですから。私には、イシコ様のような軍を指揮する統率の才能もなければ、コヤネのように謀略の才もなく、フトダマがもつ腕力も備わっておりません。しかし間者としてなら、存分に使っていただくことができます。まあ、盗み聞きをするという、つまらない才能ですがね……』
 そう言って、オシヒは、にこりと笑ってみせると、さっと風のようにいなくなった。
 イシコはまた海のほうへ向き直った。
 オシヒはその出身からして明らかでなかった。いつの間にかクマソの国内にまぎれていたのだが、クマソ人ではない。しかし、ウズメは最初からオシヒを信用し、部下として重宝していた。イシコがオシヒを自分の手もとにおいているのも、ウズメがすすめたからにほかならないが、自分の人をみる目を信用していたからでもある。イシコがみるところ、オシヒに二心はなかった。しかし、これは勘である。勘ではあるが、イシコはそれが、自分の長い戦いの人生の中で培われたものであり、信じるに足るものであると知っていた。
 オシヒは、イシコやウズメのように、人に惚れて仕事をするような性質ではない。だが、自分を認めてくれる仕事場のためになら、命をもかけることができるのだ。さっきはあのように自嘲気味に話してはいたが、実のところ、自分の才能をひどく誇っているのだと、イシコには分かっていた。仕事を完全にやり遂げることこそ、オシヒが情熱を傾けていることなのだ。だから、イシコはオシヒを信用していた。そしてその一方で、イシコの勘は、コヤネから目を離すな、とも言っていた。
                         ◎◎
 オシヒはイシコと別れると、山の中を、音をたてずに素早く移動しながら、海岸に向かって斜面を下りていった。
 オシヒの生まれは、コヤネが都をつくりたいと言ったカシハラの地から、もう少し東へ進んだ先にある山あいの村であった。一族の者だけの二、三十人ほどの小さな村で、四方を山で囲まれているせいか、どこの国にも属していず、またどこの国にも知られていないような場所だった。
 オシヒは小さいころからほとんど山の中で暮らし、言葉を覚えるより先に矢を射ることを覚えた。山には四季を通じて多種多様な獲物がいた。着るものも日常の道具も、すべて山から得ることができた。早くに両親を亡くすと、オシヒは村を飛び出した。山さえあれば生きていくには困らなかったし、オシヒは外の世界がどうなっているかを知りたかったのだ。
 オシヒは気の向くまま、様々な土地を見て回った。海のような大きな湖も見た。木の根のような形をした天まで届くほど高い山も見た。むろん、イヅモやクマソといった大国にも、ひそかに何度も入国したことがある。北のヒタカミにも足を踏み入れ、大きな山脈沿いに北へ向かい、ツガルまでとはいかなかったが、ずいぶん奥まで行ったこともあった。
 オシヒはたいてい、山の中を通り道にして移動した。村に下りるときには、その村から少し離れた土地の者のようにふるまった。すでに見てきた土地のことを自分のことのように話し、その土地のくにことばを真似すれば、相手はたいがい信用してくれた。隣国に実際に行ったことがある者など、めったにいなかったからだ。そうでなければ、山を渡って獲物を売り歩いている者だと説明すれば、こざっぱりしたオシヒの姿と案外洗練されたその態度に、村人は安心してくれることが多かった。そして、オシヒが持っている珍しい売り物(熊の干し肉や、鹿の角でつくった矢じりや刀、美しい玉石など)を見せれば、酒や食べ物をご馳走してくれることもあった。村人と話をするきっかけさえ開けば、オシヒは村人の心をつかむ術をもっていた。オシヒが話す、様々な遠国についての珍しい話を、村から一歩も出たことがない人々は夢中になって聞いた。オシヒは長いときは数ヶ月を同じ場所ですごしたが、一年以上とどまることはなかった。こうしてオシヒはオホヤシマ中を歩き回り、色々な自然、様々な国々を見て回った。
 そうしてオシヒが分かったことは、どこの山も、どこの国の人間も、芯のところはみな同じだということだった。
《山では種類は違えど、春になれば草木が萌え、秋には実り、鳥は木の枝に巣をつくり、水辺には動物が集まる。人は子を産み、村をつくり、長のもとに集う。その規模が大きいか、小さいかだけの違いだ》
 そんなとき、オシヒはクマソの噂を聞いた。クマソの王が海の向こうから来た大陸人にとって代わり、その新王は軍の拡張のため、出身を問わず人を受け入れているというのだ。オシヒは興味をもった。軍への入隊にではない。まだ自分が見たことがない、未知の大陸から来たという人間たちに、である。
《大陸人も、俺たちと同じ姿かたちをしているのだろうか。どんな言葉を話し、どんな服を着ているのか、どんなものを欲して、はるばる海を渡って来たのだろう》
 いつものように自然に国入りをしたオシヒは、やがてウズメという女の大陸人に使われることになった。ウズメは、イシコという将軍とともに、兵を指揮する立場であると同時に、王の愛人でもあった。もっとも、王の夜伽をする女は何人もいた。ウズメはそのうちの一番古い女というのにすぎない。オシヒが最初に感じたウズメの印象は、激しく情熱的な性格をもつ女だというものだったが、仕事の面では、明確な指示と毅然とした賞罰判断をもった、むしろ働きやすい上司だった。オシヒはウズメに気に入られ、何かと所用をいいつけられるようになったが、自分に間者としての才能があるのだと発見したのは、彼女のおかげだった。
『お前は、兵士には向いていないな』
 ウズメはある日、オシヒに言った。オシヒは内心むっとしながら、訊き返した。
『どうしてでしょうか。私は弓の腕には自信がありますし、どんな環境でも生きてゆけます』
 ウズメは笑った。
『それ、そのもの言いよ。お前の心には、兵となるために必要なものが決定的に欠けている。忠誠心、情熱、組織への信仰などだ。お前は自分で判断しすぎる。しかし、上にたつ器量でもない。みなの目を向けさせる目的をつくることができないからだ』
『はあ……』
 オシヒは生返事をした。ウズメは、にこにこしながら、続けた。
『気分を害したか? しかし、お前には千人の兵士にもできないことが、できるのだ。私は、以前は間者など軽蔑していたが、このところはそうもいかぬらしいことが、分かってきた』
『誰の秘密を探れとおっしゃるのですか?』
 オシヒの目が光った。ウズメは満足げに微笑みながら、オシヒに耳うちして指示を与えた。
 それ以来、オシヒはウズメの間者として働くようになったのだった。そうしてみると、オシヒも、ウズメの言うとおり、自分が間者に必要なあらゆる能力を備えていると思わないわけにはいかなかった。オシヒは山で獲物を狙うように、気配を消して相手に近づくことができた。耳も目もよかったので、どんな小声も聞き逃すことはなく、闇の中でも人やものを見分けることができた。わずかなすき間でも潜りこむことができたし、どんな出身の人間にもなりきることができた。何より、オシヒにはその仕事が面白かったのだ。
 ウズメがオシヒに調査を命じたのは、主に、同じニニギの側近であるコヤネの動向だった。コヤネはウズメやイシコと同じく、海を渡って来た大陸人だったが、出身地は二人と違い、カラ国だった。
ニニギの周りの勢力図は火の山の噴火以来、微妙に変わってきていた。以前はニニギと同じ部族出身のウズメとイシコが、ニニギの第一の側近だったが、今はその地位が揺らいできていた。
 平原出身の者は、ニニギと同じ部族以外なら、まだ大勢おり、その多くは騎馬隊として活躍していた。以前なら間違いなく騎馬隊が軍の中心的存在だった。
 しかし、軍の拡張によって兵士の人数は増えても、馬の数は限られており、相対的に歩兵の数のほうが騎馬隊よりも多くなると、軍全体の戦略も考え直さざるを得なくなった。
 また、大陸と違って起伏の多いこの国の地形も、騎馬隊が活躍する機会を減らしていた。
 そのために、騎馬戦の指揮を得意とし実戦でも武人として活躍するウズメやイシコに代わって、情報の収集と歩兵を含めた総合的な戦略をたてることができるコヤネの存在感が増してきているのだった。
 オシヒがみるところ、ウズメもイシコも、ニニギへの個人的感情が強すぎるあまり、自分たちへのニニギの信頼を過信する傾向にあるようだった。特にイシコは、武人特有の燃えるような忠誠心をニニギに抱いているせいか、ニニギに対する幻想も大きいようだった。
 ウズメはその点、愛人という立場もあるせいか、むしろ敏感さを保っていた。
 コヤネの一人娘、サヰもニニギの愛人となっているので、そのせいもあるのだろう、とオシヒは思っていた。サヰはウズメとはまったく異なり、色白でほっそりとした体形のおとなしい娘で、もちろんウズメのように、馬に乗って敵と戦うような真似はとてもできそうにない。
 噂によればニニギは、クマソの巫女であったサクヤヒメにぞっこんだったらしいが、そのサクヤヒメも清楚な女性だったとのことなので、サヰはニニギの好みに合うのかも知れない。そのサヰがニニギの子を身ごもったことを、いち早く察知したのはオシヒだった。
 しかしウズメは、オシヒがサヰのことを報告しても、それにはあまり関心を示さなかった。
『サヰのことなど、どうでもよい。それよりも、コヤネが旅だたせたフトダマとキギシがこのほど戻って来たようだが、あ奴らがどのようなことを見聞きしてきたのか、また一人の老婆を連れ帰って来たようだが、それはどういう者なのか、そしてコヤネが今何を考えているのかを調べてこい』
『かしこまりました』
 しかし、オシヒは、サヰのことがウズメにまったく関係がないとは思われなかった。ウズメに必要だと思うからこそ、オシヒは探ってきたのだ。それで、言った。
『コヤネは権力欲が強い男ですよ、ウズメ様。それに目先がききます。コヤネはすでに、ニニギ様の次の王のことを考えておりますよ。むろん、それはニニギ様の正当な血をひくお子でなければなりませんが、新王となっても、いえ、新王となってからは特に、自分や自分の一族が第一の側近であるべきとコヤネは思っているのです。そのために今から布石を打っているのですよ。そしてそれを邪魔する者はことごとく排除しておく気です。
 ……ウズメ様、くれぐれもお体をお大事になさって下さい』
 ウズメは、すぐにオシヒが何を言っているのか、分かった。そして呆れた顔で、言った。
『お前、私のことも探偵しているのか?』
 オシヒはすまして答えた。
『部分だけを知っても、知ったことにはなりませんので』
 ウズメは、苦笑いをした。
『やれ、やれ。確かにお前は、第一級の間者だよ』
 そして、すっと真顔に戻って、考え深げに、つぶやいた。
『そうだ、お前の言うとおりだ。体を大事にすることにしよう……』
 ウズメが、ニニギにすら身ごもったことを言わず、さらにイヅモ遠征軍に加わらなかったのは、自分と子供の命を守るため、まずは賢明な処置だったとオシヒは思った。
 しかし、生まれた子が本当にニニギの血を引く子であるかどうかは、あとで問題にはなるだろう。そのためにも、イシコにだけは事実を打ち明けたことは、充分ではないが備えの一つにはなろう。イシコは、自分でも気づいていないようだが、ウズメに惚れていることは間違いない。イシコは生来の誠実さで、万が一の場合は、ウズメとウズメの子を、身を挺して守ってくれるだろう。
 ウズメからイシコと一緒にイヅモへ行くように命じられるのも、オシヒは予想していた。対象であるコヤネの近くにいなければ、間者の仕事をまっとうできないし、クマソにいるウズメは今のところ安全だ。むしろ、イシコのことのほうが心配だ、というウズメの考えにオシヒも賛成だった。
 ウズメにも言ったとおり、『部分だけを知っても、知ったことにはならない』というのが、オシヒの考えだった。オシヒは調べられることは、命じられたこと以外も可能な限り調べた。そのため、報告するものよりも、報告しないで自分の中にとどめておく情報のほうが多かったが、それは別に出し惜しみしているのではなく、報告に値するものだけを選別しているだけだった。一つの情報の価値を判断するには、そのほかの十の情報が必要なのだ。
                         ◎◎
 オシヒは、山をぬける手前で土を拾い、顔や手足に塗りつけたあと、今までの足音を殺した歩き方をやめ、海岸へと続く林の中をいっきに駆け下りた。
 林の、少し先の波うち際で、小さな帆船の上にかがみこんで何かをしていた若い男が、オシヒの足音に気づき顔を上げた。
 オシヒは息をきらせながら、男のもとへ駆けよると、そのままその足もとに崩れるように座りこみながら、言った。
『あの、もしやあなた様は、ツガルへ向かうという、カコ様というお方ではありませんでしょうか?』
 男は驚いて、いぶかしげにオシヒの顔を見た。
『そうですが、あなたはいったい誰ですか?』
 オシヒは、誰かいないかを確認するように、一度後ろを確認したあと、かすれた声でささやいた。
『実は、わたしは、ヒタカミはヌシロから来ました者で、名はサグヲと申します。たまたまイヅモに商いに来ておったところ、このたびの戦いに巻きこまれてしまいました。そしてそのままニニギ軍につかまってしまい、今は、建物を建てるために、働かされているのです』
 カコは、とたんに緊張を解いたような表情になって、オシヒと同じようにかがむと、小声で答えた。
『ああ、何だかなつかしいような話し方だと思ったら、ヌシロの方でしたか。ヌシロといえば、ツガルより少し南の、大きな港がある場所でしたね。私はまだ行ったことがありませんが、商いが盛んなところで、イヅモとの連絡船も多いとか。
そうですか、偶然にイヅモに来合せてしまったとは、本当にお気の毒でした』
 そうしてカコは、きょろきょろと辺りを見回すと、言った。
『確かに私は、これからツガルへ向かうのです。……よろしければ、あなたも一緒にお乗りになりますか? あと一人くらいなら、この船も大丈夫でしょう』
 オシヒは、悲しそうに答えた。
『ありがたいお言葉ですが、小さい弟が牢の中にいるのです。弟を置いて一人で逃げるわけにはいきません。わたしも兵隊の目を盗んで、何とか抜け出してきたのです。
 実はあなた様にお願いがありまして……』
 そういうと、オシヒは懐の中から、小さな革袋をとり出した。
『これは、こちらに来てから手に入れたものですが、もし機会がありましたらで結構ですので、ヌシロに住むわたしの母に届けてやってはいただけませんでしょうか。年老いた母は、わたしと弟の帰りを今か今かと、首を長くして待っているに違いなのです。しかし、わたしたちは、もうここから生きて帰ることができるかどうかも分かりません。せめてもの形見にこれだけでも母に渡してやりたいのです。この中の一つはあなた様にお礼としてさし上げますので』
 カコが、オシヒから革袋を受けとり、逆さにして手のひらに開けてみると、美しく緑色に輝く石が三つ、転がり出た。カコはその一つを、日にかざして見た。
『これは、ヒスイじゃないですか。それにずいぶん見事なものだ。こんな高価なものを預かれません』
 カコが返そうとするのを、オシヒは押し返した。
『いえ。あなた様なら信用できるとみて、お願いするのです。ツガルに着いたあと、人を介してでも結構です。ヌシロに送ってください』
 カコは、ぴたりと動きをとめて、オシヒを見つめた。
『何故、私なら信用できるとお思いになるのです?』
 オシヒは、首を少しかしげてカコを見上げた。
『あなた様は、ナガスネヒコ様のご家臣様ではないのですか。わたしの周りでは、ヒタカミ人の一人が放されてニニギの使いでツガルに船で向かうらしい、という話しか伝わっておりませんが、あなた様は商人には見えませんし、それに、ヒタカミへの使いという重要な役目を負うような方なら、きっとツガルでも相応の地位におられる方と思ったのです。そのような方であれば、きっとわたしの願いも叶えてくださると思い、とるものもとりあえず駆けつけたのです』
 オシヒは、鎌をかけてみたのだった。カコはしばらく迷った様子だったが、オシヒの言葉遣いと、ヒスイの輝きのため、打ち明けてもよいと判断したようだった。
『そうですね。ヒタカミ人のあなたになら、お話してもよいかと思います。確かに私は、ナガスネヒコ様の家臣、サヲネ様の部下です。ナガスネヒコ様へ重要な言づてをするため、特に許されて牢から出されたのです』
 オシヒは、目を輝かせた。
『おお、やはりそうでしたか。それでは、じきにヒタカミがわたしたちを助けに来るのですね』
 カコはつらそうに目をそらしながら、答えた。
『それは分かりません。ご存じのようにヒタカミには、ニニギがもつような兵士や軍備というのは、ほとんどありませんので。私はともかく、今のイヅモの状況をナガスネヒコ様に報告しに参るのです』
 オシヒのがっかりしたような顔を見て、カコは慌てて言った、
『しかし、ナガスネヒコ様がこの地においでになれば、あなたのような、囚われているヒタカミ人を放すよう、ニニギに交渉してくださるかも知れません』
『えっ。ナガスネヒコ様ご自身が、イヅモにいらっしゃるのですか』
『少なくとも、ニニギの伝言の内容の一つは、そうです。……詳しくは申し上げられませんが』
 オシヒは顔を輝かせながら、言った。
『ナガスネヒコ様がお越しになるなら、兵士などなくてもいいわけですね。ナガスネヒコ様がニニギとうまく話をして、この戦争も終わらせてくださるでしょう』
 オシヒの嬉しそうな様子とは逆に、カコの表情は暗かった。
『ああ、そうなればよいのですが……。そもそもこのような戦乱の地に、ナガスネヒコ様をお連れしてよいのかどうか、私にも分からないのです。
 むろん、イヅモ国の人々や、あなたやあなたの弟さんなどのことを考えると、何とかしなければいけないという思いに駆られるのですが』
 オシヒはうなだれた。
『そうですね。確かにわたしどものためにナガスネヒコ様の身を危険にさらすことなど、できませんね。それではやはり、先ほどのヒスイがわたしたちの形見になりそうです。カコ様、それをヌシロの母のところに、どうかよろしくお願いいたします』
 頭を下げるオシヒを見て、カコは目にいっぱい涙を浮かべ、オシヒの肩に優しく手を置いた。
『あなた、そうあきらめてはいけません。生きていれば、いつか必ずお母さんに会えますよ。それに、このままでいけば、ニニギが次にヒタカミへ攻めこむ気なのは明らかです。ナガスネヒコ様がそれを黙ってみておられるはずはありません。ニニギをとめる方法を何か考えてくださるはずです』
 オシヒは、カコの表情を盗むように見ながら、訊いた。
『……ナガスネヒコ様は八咫鏡で、この世の様々なことをご覧になれるのでしょう? 聞いたところによると、未来のことまでみることがおできになるとか。この戦争のことはご存じではなかったのでしょうか?』
 カコは、真剣な顔でオシヒに耳うちした。
『いいえ。すでに何ヶ月も前に、ナガスネヒコ様は、侵略者が大陸からやって来て、クマソに上陸することを察知なされたのです。そして、すぐにサヲネ様や私どもをクマソに偵察に向かわせたのですよ。
 しかし、私たちがクマソに着いた時には、すでにサルタヒコ様は殺され、クマソはニニギのものになってしまっていたあとでした。しかも、ニニギは時をおかず、イヅモへの進軍を決めてしまったのです。
 クマソに潜入してこのことを知ったサヲネ様はその報告をするためツガルへ急ぎ戻り、私はタケル様たちにニニギ軍のことを知らせるため、クマソから直接こちらへやって来たのです。
 イヅモでは充分な備えをしたと思ったでしょう。しかし、ニニギ軍の兵力と火攻めの作戦の前に、とうとう敗れてしまいました。
 ヒタカミはイヅモより大国とはいえ、軍備の面では、イヅモと同じようなものです。このままニニギ軍がヒタカミに攻め入ったら、どうなるか……』
 オシヒは、訊きたいことは全部聞くことができたと思った。それで、慌ただしく立ち上がると、カコに言った。
『わたしは、もう戻らなければなりません。ぬけ出たことがニニギの兵に知られれば、弟がどんな目に会うか分かりませんから。
 カコ様。イヅモのためにも、ヒタカミのためにも、そしてわたしたちのためにも、どうか、ナガスネヒコ様をイヅモへお連れしてください。それまでは、どんな仕うちをされようとも、わたしたちは歯をくいしばって生き続けます。では、道中、お気をつけて』
『あ、この宝石は……』
 カコが、気がついて革袋を掲げた時には、オシヒはすでに林までの道のりを半分まで走っていってしまったあとだった。
                         ◎◎
 オシヒは、ふたたび林の中に入ると、小川に布を浸し、それで体に塗った泥を落とした。
 そして、木の上に上り、枝葉の影に隠れると、暗くなるまでそこで時間をつぶすことにした。
日はほとんど落ち、あと半刻もすれば夜になるだろう。しかし、今夜は月が出るので、あのカコも何とか船を出すことができるに違いない。
 さらにオシヒは、南の遠い海から湿った空気のかたまりが近づいて来ているのを感じていた。ノワケの気配だった。しかしこのノワケはたいした大きなものではないと、オシヒはよんでいた。むしろ、カコの船にとっては、ツガルへのよい追い風を与えてくれる天の恵みとなるだろう。
 イシコから、カコは何故イヅモにいたのか、と訊かれて、急にカコに会ってみる気になったのだが、思いがけず有用な情報を手に入れることができたことに、オシヒは満足感を覚えていた。
 カコがナガスネヒコの部下であること、クマソのときから既にヒタカミはニニギ軍の偵察を開始していたこと、ヒタカミにはニニギに対抗する軍備は今のところないらしいことなどを、知ることができた。
《ヒスイ三個分の価値はあったな……》
 オシヒは、カコがオシヒの作り話を聞いて、涙まで浮かべていたのを思い出して、くすりと笑った。
《あいつは、あのヒスイをねこばばするかな? それとも馬鹿正直にヌシロにまで届けようとするだろうか》
 オシヒにとってはどうでもいいことだった。どちらにしても、ヌシロのサグヲなどという人間は存在しないのだから。
 カコが、ナガスネヒコをイヅモに連れて来るかどうか。コヤネは傲然と、それはどちらでもいいことだと言い放った。オシヒも今まではそう思っていたが、カコの話を聞いて、ナガスネヒコに会ってみたくなった。
 カコの話によれば、ナガスネヒコは、ツガルにいながらにしてニニギの上陸を知り、部下たちをクマソに向かわせた、という。信じがたいことだが、してみれば、八咫鏡で未来や遠くのものをみることができるというのは、本当かも知れない。
《すると、やはりあの男が、ナガスネヒコがクマソに偵察によこしたという、サヲネとやらだったのだな》
 オシヒは、一人うなずいた。
 オシヒがクマソに着いたばかりのとき、気になる男がクマソの村にいたのだ。その男は、ツクシから来たと言っていたが、その言葉の抑揚は、もっと北の国を思わせるものだった。その後、男は半月ほどでふいと姿を見せなくなった。おそらく軍に入ると偽って、クマソの調査をしていたのだろう。そのころはまだ、オシヒは間者の仕事を始めていなかったので、あまり気にもとめていなかったのが。
《俺なら、サヲネより、ずっとうまくやれるぞ》
 サヲネが無防備に顔をさらした上、あまりうまくないツクシなまりをあやつっていたことを思い出して、敵とはいえ、オシヒは腹だたしさを覚えた。間者はめったに人前に出るものではない。そして身分を偽るなら、完璧にすべきなのだ。オシヒは、間者になってからは、ウズメやイシコ以外の者にはほとんど誰にも顔を見せないようにしていたので、たとえニニギであっても、オシヒという人間が自分の軍にいることすら知らないはずである。
 オシヒは、木の枝の上で伸びをすると、目をつむった。完全に暗くなったら、コヤネの近くに行かなくてはならない。その前にサヰの様子も見ていこう。イシコが言ったとおり、そろそろ産み月のはずだ。
 オシヒは、浅い仮眠に入っていった。眠りの中でもやむことなく波の音が続いていた。その上で、カコの乗る小さい船が、月明かりに照らされながら、北へ向かってゆっくりと進んでいくのがみえた。

2012/03/04(Sun)09:19:13 公開 / 玉里千尋
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■作者からのメッセージ
 明鏡の巻に続く第二巻目となりますが、一巻目を読まない方でも大丈夫なように(一応)したいと思っております。
 二重カッコが気になると思いますが、今巻は現在と過去が入り交じる構成になっているため、区別の意味で、過去の部分は、全部二重カッコを使わせて頂いておりますので、ご了承ください。
 超長編になる予定ですが、多角立方体のように、世界は、見る角度で様々な姿をもっていると思っているので、一つ一つのエピソードが互いにつながりながらも、やっぱりそこに固有の物語がある、というふうに書いていけたら、と思っております。
 つたなく読みづらい点が多々あるかと思いますが、よろしければ目をとおしていただき、ご感想・ご批評などいただけると、大変嬉しいです。
 よろしくお願いいたします。

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