『『龍と憂鬱なオトメのパルティータ 【8〜12】』』 ... ジャンル:リアル・現代 未分類
作者:甘木                

     あらすじ・作品紹介
題名に「龍」という言葉がありますが、この作品はファンタジーじゃありません。東京近郊にある高校に通う主人公が組むバンドの些細な出来事を描いた物語です。

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【[】Like a Life. Like a Live!




「オーケー、オーケー。とても四月に結成したバンドとは思えないよ。これなら他のバンドにも引けを取らないね」
 旭川のライブハウス『MuFF』のオーナーは髭だらけの顔に笑みを浮かべる。
「ありがとうございます。じゃあ出演はオーケーですか?」
 ギターを下ろした龍太がおずおずと口を開く。
「もちろんだよ。これだけ弾ければ十分すぎてお釣りがきちゃうよ。それにみんな可愛いからお客さんも喜ぶだろうしね。今日は君たちに一番手を頼むね」
「ありがとうございます」
 俺たちは声を合わせて頭を下げた。
 オーディションに合格したことに安堵しながら、俺はきつめにセットしたスネアドラムをチューニングキーで緩める。
 今日、俺たちは旭川でライブすることになっていた。初めてのライブハウスだ。北海道に来る前に演奏した音を入れたCD−ROMはライブハウスに郵送しておいたけど、実際どれだけ演奏できるかオーディションを受けることになっていた。昨晩の湯あたりでぼんやりする頭を抱えながらテントを畳んで、午前十時にはライブハウスに到着してこうやってオーディションを受けていたのだ。
 ふつうライブハウスじゃ貸し切りでもない限り、新人バンドが出演するにはオーディションがあるそうだ。あるそう。と言うのは笙子さんに教えてもらったからで、俺自身はライブハウスに出るのは初めてだから、こういうオーディションというものがどこでも行われているのかはわからない。
「それじゃ私たちはこれで失礼します……」
 十歌部長はPAさんと話していたオーナーに声をかける。
「あ、そうそう。時間がないのは悪いけどさ、ノルマは十五枚だからよろしく。一枚千円だからね」
 オーナーはちょっとばかり気まずそうに言いながら封筒を差しだす。
 ノルマというのは入場チケットの販売のことだ。アマチュアバンドがライブハウスに出る時はたいていチケット販売が交換条件になる。このチケット販売というのが厄介なものらしい。友達に売るとしても音楽の趣味は色々だからなかなか売れないらしい。売れなかったら残ったチケットは自分たちで買い取らなきゃいけない。もし一枚も売れなければ一万五千円の自己負担となる。金銭的な負担も痛いけど、もっと痛いのはチケットが売れなければ客が来ないことだ。客のいない会場で演奏することは凄く痛いことらしい。と、これも笙子さんが教えてくれた。
「オーナー、ちょっと待ってよ。この子たちは今日初めて旭川に来たんだよ。知り合いなんていないんだよ。ましてや時間もないじゃない。それでノルマ十五枚なんて無理だよ」
 よく使っているライブハウスだから一緒に行ってあげるよと言って旭川までついてきてくれた笙子さんがくってかかる。
「でもさぁ他のバンドだってノルマはあるんだよ。この子たちだけノルマ無しってわけにはいかないよ。他のバンドはノルマ二十枚なんだから優遇してあげているんだよ」
「そう言ったってリハは三時からでしょう。あと五時間もないじゃない。絶対無理だよ」
「決まりは決まりだからさ、じゃあ笙子ちゃんの顔に免じてノルマ十枚でいいよ。でも、他の出演者には内緒にしておいてね。ばれたら面倒なことになるからさ。いくら笙子ちゃんの頼みでもこの条件以外は飲めないからね」
「でも……」
 まだ、何か言いそうな笙子さんを遮ったのは十歌部長だった。
「お気遣いありがとうございます。急な出演のお願いをして、さらにノルマまで減らしてもらって感謝しています。ですがノルマは他のバンドの皆さんと同じ二十枚でけっこうです」
 笙子さんが値切ってくれたノルマを蹴っちゃったよ……って言うか、ノルマ増やしちゃったよこの人。大丈夫なのかよ? 由綺南先輩以外、北海道に来たのは初めての人間ばかりなのに簡単に捌けるとは思えないんだけど。そりゃあ一枚も売れなくても一人当たりの負担は四千円だから払えるけど、誰も観客もいないステージなんて嫌だぜ。どうするつもりなんだよ? 俺の心配は他のみんなの心配でもあったようだ。釈然としない表情で十歌部長を見ている。
 俺たちの心配なんて気に掛けない様子でギグバッグを肩に掛けた十歌部長はオーナーからチケットを受け取っている。
「では、失礼します」
 挨拶すると十歌部長は大股でライブハウスから出ていく。慌てて俺たちもその後を追う。


「純鈎ちゃん。二十枚受けちゃったけど何か当てあるの?」
 笙子さんがタバコに火をつけながら横目で十歌部長を見る。
「ないですね」
 他人事のように十歌部長は答える。
「売る当てもないのにノルマ引き受けちゃったの? どうして?」
「今からじゃどうやっても一枚も売れないでしょう。だけど私たちが無理を言ったのだからしょうがないです。この町に私たちのことを知っている人は一人もいないから、きっと私たちを見に来る人なんて誰もいないでしょう。でも、演奏さえ聴いてくれたら今日他のバンドを目当てに来たお客さんを私たちのファンにする自信はあります。だから先行投資みたいなものですよ」
「おっ、強気の発言だね」
「ええ、私はこのクロムウェル・マーク・テンのメンバーは最高のメンバーだと信じていますから」
「いいね、お姉さんは若者の根拠のない自信ってやつが好きだよ」
 タバコをくわえたまま笙子さんはニヤリと笑う。
「だったらさ、チケットはあたしに任せなよ。旭川には何度もライブに来ているから知り合いも多いから、そいつらに声を掛けてみるからさ」
「えっ、いいんすか」
 俺は思わず身を乗りだしてしまった。
「うわぁオトメ君、図体がでかいんだから前にせり出してこないでよ。怖いよ。というかただでさえ怖い顔しているんだから自覚してよ」
 なんか酷いことを言われたような気もするけど「すんません」と、素直に謝っておく。だってここでチケット販売は嫌なんて言われたら誰もいないステージで演奏なんて悲しい未来もあり得るからな。
「ま、乗りかかった船というか、あたしはあんたたちが気に入っているからね」
 そう言うと笙子さんは携帯を取りだして、
『あ、ノブト。久しぶり……今夜ヒマ? 旭川で面白いバンドのライブあるんだけどチケット買ってくれないかなぁ……マキやキワにも声かけてくれない……』
 テキパキと連絡をつける。
「とりあえずチケットは全部あたしが預かっておくよ。連絡したヤツらがどれだけ来てくれるか分からないけどね。もひろん残ったらあんたたちに買い取ってもらうけどね」
 十歌部長からチケットを受け取った笙子さんはライダーズジャケットに突っこむ。
「笙子さん、何から何まですみません」
「おやオトメ君、感謝してくれるなら面白いライブにしてよ。知り合いには面白いバンドだって紹介しているんだからさ。とりあえずあたしの分のチケット代千円渡しておくね。それじゃ、あたしはこっちの友達に会ってくるから後でライブで会おうね」
 と言って、笙子さんはファミレスを出て行った。
 面白いライブ? 望むところですよ。今日こそは昨日の汚名を返上してやるさ。
 みんな気持ちは同じようだ。不敵と表現するのが似合いそうな表情を浮かべている。十歌部長はニヤリと笑う。なまじ美人なだけに凄味を感じるぜ。由綺南先輩はにこやかな表情だけどさっきから手がリズムを刻んでやる気満々。龍太と涼風はガキみたいに「やるぞー」なんて言って気勢を上げてるし、小比類巻先輩は……いつもと変わらずつかみどころのない表情で真っ直ぐ前を見つめている。でも、心なしか唇に笑みが浮かんでいるような。
「諸君。今日のライブは楽しもうではないか」
 俺の気持ちを代弁するように十歌部長が宣言する。
 異論なんかあるもんか。「もちろん!」と即答した。




「……旭川って街に初めて来たんだけど、こんなに盛り上がってくれるなんて、みんなありがとう! 次が最後の曲になります。会場のみんなに愛をこめて歌います!」
 龍太がガイコツマイクを握りしめると同時に俺と涼風と由綺南先輩が音を出す。硬めのセカンドギターの音が会場に広がる。俺たちが演奏するのはセックス・ピストルズの名曲「アナーキー・イン・ザ・UK」だ。会場の笙子さんの知り合いはパンク系が多いみたいだし、この曲で初めてステージに上がる涼風にも弾ける曲としてこれを選んだのだ。
 龍太のボーカルと同時に歪みの入った十歌部長のギターが被さってくる。後ろから見ていても龍太は自信をもって歌っているのがわかるし、涼風も初ステージにもかかわらず楽しそうに弾いている。
 客から歓声が上がる。
 教会のシスターのようなステージ衣装を着た龍太が敬虔な格好とは真逆の歌を歌っているのもウケたようだ。龍太と同じ格好をした涼風がギターを弾きながらステージ狭しと動き回る。やっぱりシスターみたいな格好をした由綺南先輩と十歌部長は背中をつけて演奏している──ちなみに俺は上半身裸で胸のところにでっかく十字架をペイントしてある。
 みんな楽しんでいる。その空気は会場を包んでいる。俺の身体にもビンビンと伝わってくる。楽しくてスネアの一音、ライドシンバルの一音が愛おしくてしょうがない。
 いい感じだ。スゲーいいライブだ。
 ステージの上からはライトが強すぎてフロアの方はよく見えないけど、お客さんたちが腕を振り上げてのっている様子は見て取れる。そして最前列に陣取った笙子さんがサムアップしてくれたのが確かに見えた。
 龍太が「みんな最高ーっ! みんなにロックの神様のご加護を!」と叫ぶと同時に音が止まる。一瞬の静寂の後、歓声と拍手のうねりがフロアから押し寄せてきた。
 フロントの龍太と十歌部長が手を上げてそれにこたえる。そして振り返った龍太が汗まみれの顔に満面の笑みを浮かべ、俺に向かって声を出さずに「楽しかったねミキ」と言ってきた。俺も声を出さずに「最高!」と答えて立ち上がり両手を上げて観客に挨拶した。




 *               *                *




 札幌のライブがこのツアーのトリになる。何としても綺麗に終わらせたい。その意気込みが強すぎたのか、俺たちは午後一時にライブハウスに着いてしまった。リハーサルは三時からだ。まだスタッフが会場をセッティングしている最中──旭川のライブハウスもリハは三時からだったけど、リハは三時からっていう暗黙の了解でもあるのかなぁ──楽屋も清掃中で入ることもできない。通行人の邪魔になっても悪いから、俺たちは楽器を抱えライブハウスの裏側にある通用口の前に移動した。
 従業員の喫煙場所になっているのか、通用口の横、ビールケースが置かれた場所にはスタンド式の灰皿とベンチが置いてあったのでここで待たせてもらうことにした。
「本当に今日も私が弾いていいんですか?」
 ビールケースに座った涼風が足をブラブラさせ、身を乗り出すようにして聞いてくる。
「最初の三曲は文化祭と同じ曲を演奏するから我々だけでやるが、残り二曲には君にも出てもらう。私はバイオリンを弾くからリードギターを任せる」
「任せて下さい! うわぁ楽しみ」
 十歌部長の言葉に涼風は猫のように目を細めた笑顔になる。
 涼風のヤツ、昨日のライブでバンドの面白さに味をしめたな。昨日は楽しかったし、今が一番他人に演奏を聴かせたい時期だろうからな。しかし、コイツは物怖じしねぇな。小比類巻先輩とは大違いだ。本当に血の繋がった姉妹なのかね。
「繋がってる……私も涼風も内股の同じところにホクロがある。見る?」
 小比類巻先輩が自分のスカートの裾を握ってまくり上げようとする。
「見せなくっていいッス!」
 俺はマジにスカートをまくろうとした小比類巻先輩の手を押さえつけた。
 この人には羞恥心というものがないのかよ。と言うか、俺の心を読むな!
「読んでない……察しているだけ」
 だから、それを世間では心を読むって言うんだよ。
「そう」
 勘弁してよ……。


 俺たちはダラダラと色んな話しをしながら時間を潰していた。色んな話しはするんだけど、一つの話題が長続きすることはない。誰かの発言に別の誰かが言葉を二言三言返すだけ。どうしても今日のライブのことが気になって会話にのめりこめないんだ。
 楽しみもいっぱいだけど、同時に怖さとでも言えばいいのかな、なんとも表現のしづらい感情が身体の中で暴れていて落ち着いていられない。楽器を弾ければ少しは落ち着くんだろうけど、ここで楽器を演奏するわけにはいかないし、本番はまだまだ先だ。ああ、じれったい。早く演奏してぇな。
「ねぇミキ。今日は凄く良い天気だね」
 唐突に龍太が空を見上げながら言う。
 確かに良い天気だ。空の青さがとてもクリアだ。ガラス工芸のように透明で硬質感がある。北国の空気が空を固めたようだなぁ。
「この空が暗くなる頃に僕たちの出番だね」
「ああ、そうだな。早く陽が暮れるといいな」
「うん」
 龍太は空を見上げたまま弾んだ声で答える。




 陽が落ちて街灯やネオンの明かりが太陽に代わる頃、俺たちの出番となった。最初のバンドは俺たちと同じ高校生のバンドで今日がライブハウスデビューだそうだ。クラスメイトや友達が結構来ていて会場から歓声や親しみのあるヤジが聞こえてくる。いい感じで会場が温まってきた。次は俺たちの番だ。
「さて、観客の度肝を抜いてやろうではないか」
 文化祭用に用意したゴスロリスタイルのステージ衣装を着た十歌部長が振り返る。
 やはりゴスロリスタイルのみんなが大きくうなずく。
 今日のステージは文化祭と同じようにやることを決めていた。だから俺は上半身裸で顔を骸骨風に化粧している。俺の傍らにはバラの花を一輪持った小比類巻先輩が控えている。
「瑠月、ゾーシュ君、打ち合わせ通りに頼むぞ。では、今宵の主役になりに行こうではないか」
 照明を落としたステージに十歌部長、由綺南先輩、龍太が上がっていく。
「先輩、俺の肩に乗って下さい」
 小比類巻先輩の重みが肩にかかった時、ステージから歪みのかかったギターの重い音が響いてきた。
「行きますよ」
「うん」
 俺たちは暗いステージに上がる。スポットライトが俺たちを照らす。会場にどよめきが広がる。上半身裸の大男が肩に小柄とはいえ女性を乗せてステージに登場したのだ。当然の反応だろう。文化祭じゃこのパフォーマンスはやらないけど、客の意表をつくために一発かましてみることにしたのだ。俺と小比類巻先輩はステージに目を向けることなく、十歌部長の奏でるノイジーなギターに合わせてステージ上を歩き回る。そして、ステージの中央で立ち止まり初めてフロアに目を向ける。最前列の女の子がポカンと口を開けて見上げている。小比類巻先輩はその娘を目掛けるようにバラを投げた。
 その瞬間打ち合わせ通り照明が落ちる。俺は小比類巻先輩を下ろすとドラムセットに向かう。
 真っ暗な中で龍太のMCが始まる。
「こんばんわ。クロムウェル・マーク・テンです。会場のみんなに愛をこめて歌います!」
 ステージライトが一斉に点灯し真っ白な光の中で演奏が始まった。最初はミスフィッツの『The Forbidden Zone』だ。歪んだギターに俺と由綺南先輩が音を重ねていく。
 さあショウの始まりだ。




「……メンバーを紹介します」
 一気に三曲演奏して客の意識を完全にこっちに掴んだところで龍太がMCを入れる。
「リードギター十歌!」
 十歌部長が早弾きでワンフレーズ弾く。
「ベース由綺南! キーボード瑠月! そして次の曲からはリードギターは涼風!」
 と、次々に紹介し、由綺南先輩も小比類巻先輩も涼風もアドリブでそれに答える。
「忘れちゃいけない。我がクロテンの黒一点。商店街を普通に歩くだけで子供は泣き、善良な主婦たちは逃げまどう。白昼の恐怖、存在が畏怖の代名詞、ミッキー!」
 なんで俺だけ過剰でデマの紹介なんだよ。それにミッキーって呼ぶな!
 龍太の後頭部を狙ってスティックを投げつつ、スティック1本とバスドラで重いフレーズを披露する。ちなみに俺の投げたスティックは龍太が避けたため、客席中央辺りにいたモヒカンのいかにもパンクって兄ちゃんの頭を直撃していた。
 スミマセンです。
「ボーカルは僕、龍太です!」
 女の子が龍太と名乗るものだから会場から笑い声が漏れる。
 観客もまさか龍太が元男だとは思わないよなぁ。
「それじゃ次はちょっと趣向を変えて『euphoric field』をやります。この曲はちょっと自信ないけど札幌のみんなに初めて披露します」
 涼風が由綺南先輩、そして俺に目配りする。この曲は俺たちがほぼ同時に音を出す。出だしの音を綺麗に合わせなきゃいけないからタイミングが難しいんだ。
 上手くいった。
 イントロを弾いてボーカルが入……らない。歌詞をど忘れしたのか、龍太がマイクを握ったまま凍りついている。
 やべぇ……どうする。俺はイントロのドラムパターンを繰り返しながら十歌部長に目をやった。
 十歌部長はやおらバイオリンを構えると間奏部分をちょっと編曲して弾きだした。小比類巻先輩がピアノ音にセッティングしてあるシンセでそれに合わせる。俺も十歌部長に寄りながら音を整える。由綺南先輩は本来の間奏部より抑えてベースを弾きながら涼風に近寄り耳打ちする。涼風がうなずきフロントに出る。予備に置いてあるマイクの前に立つとPAさんにマイクを入れてと手で合図する。
 十歌部長は間奏から自然なかたちでイントロ部分に戻す。再度イントロが始まり涼風の声が会場に広がる。それに引きずられるように龍太も歌いだした。
 うわぁツインボーカルかよ。
 元曲を知っている人でも、これは俺たちなりにアレンジした曲だと思うほどスムーズな入り。ギターを弾きながらボーカルに入る涼風も凄いけど、あの状態で臨機応変に間奏を編曲して立て直した十歌部長は本気で凄いな。それに小比類巻先輩も由綺南先輩も十歌部長のアドリブに即応しちゃうんだもん。
 俺、スゲーバンドに入ってるんじゃないのか。おもしれぇ。なら俺も全力で叩いてやるよ!




 ライブが終わって俺たちは今日の出演者たちと居酒屋での打ち上げに参加した。女性が多いせいか、俺たちの周りには色んなバンドのヤツらが集まってきて盛り上がっていた。野郎どもは下心丸出しに十歌部長や由綺南先輩に話しかける。小比類巻先輩は電波系バンドのボーカルと話しこんでいる。テーブルの端の方では龍太が涼風や他バンドの女の子に囲まれて何かレクチャーされている。正しい女の子道でもレッスンされているのか? 俺としては「ラプサス。ザ・プラス」というバンドの女性ドラマーと話してみたかったのだが、なぜだか俺の周りにはラプラスのアツキさんとか、ハードコアパンクバンド「お花ちゃんズ」のJiMさんとか強面でゴッツイに男ばかり集まってきて……俺がいる一画だけは犯罪者の集会って雰囲気。なんだこの差別は! く、くっそう!


「ミキ、楽しんでる?」
 野郎たちとの饗宴がなんとか終わって一息ついていたら、疲れた顔をした龍太が声をかけてきた。
「ま、まあな。オマエはどうなんだ? 女の子に囲まれやがって羨ましい」
「どうだろう……みんな親切にしてくれるけど、女の子に囲まれているのは落ち着かなくって疲れるよ。やっぱりミキやクラスの男子と話している方がいいや」
「そんなもんかね」
 龍太は女の素人だから女のベテラン相手には気疲れするんだろう。
「でも、疲れた本当の原因は四曲目でミスたからじゃねぇの」
 女まみれのキャピキャピ宴会だった龍太へ、羨望を含めてちょっとした意地悪で言ってみた。
「言わないでよ。あの時は本当に焦ったんだからさ」
「だろうな、後ろから見てても本気でビビっていたもん。マイクの前でぶるぶる震えてよ、あれだけ震えたらディストーションがなくてもギターの音が歪んだろうな」
「だから思い出させないでよ。というか早く忘れてよ」
「いやいや、あの姿は忘れるわけにはいかないな。ビビリの入った龍太なんてそうそう拝めるもんじゃないからな。オマエにボコられた三高や商業高校のヤツらに見せてやりたかったぜ」
「やめてよ」
「やなこった。学校に行ったらみんなに教えてやらないとな。こんな面白いことを俺が独り占めするわけにいかないもん」
「そう」
 低い声で言うと龍太は立ち上がる。
「なら忘れさせてあげる!」
 と言いざま、右足を高々と上げて、
「バカこんなところでハイキックはやめろ! スカート穿いてハイキックするなパンツ見えるぞ!」
「冥土のみやげに僕のパンツを目に焼きこんでおきな!」
 勢いをつけて振り下ろす。
 狭い居酒屋のテーブルと壁に挟まれた俺は身体を捻ることができなかった。おまけに右手にはビールがなみなみと入ったグラス。防御に左手を上げたけど……。




「結局昨日は何時まで飲んでいたんだ? どうも途中から記憶がないんだよなぁ。アツキさんたちと飲んだことまでは覚えているけど……」
 千歳空港のロビーで俺は軽い頭痛を堪えながら龍太に尋ねた。
「そうじゃない。ミキはアツキさんたちと派手に飲んでいたからね。飲み過ぎたんだよ」
 龍太のヤツは変な笑み浮かべているけど、あの笑いはなんなんだ?
「それにしても北海道は面白かったね。色々経験できたし、たくさんの人とも知り合いになれたもんね」
「そうだな」
 笙子さん、アツキさん、JiMさん、ライブハウスのオーナー、和琴キャンプ場で会った人たち。俺の知らない世界の人たちと知り合えたなぁ。それに忘れちゃいけないのは北海道に来てからずーっと俺たちをサポートしてくれたツバキさん。ん?
「なぁ龍太。ツバキさんって女なんだろう?」
「わからないよ」
 首をかしげ龍太は答える。
「だってオマエたちと一緒にキャンピングカーで寝てたんなら女だろう」
「ツバキさんは僕たち一緒じゃないよ」
「え?」
「大型トラックって運転席の後ろに仮眠場所があるじゃない。ツバキさんはいつもそこで寝ていたよ」
「それじゃ男なのか」
「男ならミキと一緒にテントで寝てもいいと思うけど。だって仮眠場所って狭いからテントの方が快適でしょう」
「そうだよなぁ……」
「私のことを呼びましたか?」
 搭乗手続きからいつの間に戻ってきたのかツバキさんが後ろに立っていた。
「は、早かったですね」
「ええ、予約したチケットを発行するだけですから簡単ですよ。はい、皆さんのチケットです」
 ツバキさんは相変わらず体型のわからない格好をしてチケットを配っている。俺にチケットを渡すために正面に来た時、思い切って尋ねてみた。
「変な質問ですけど、ツバキさんって男なんですか? 女なんですか?」
 旅の恥はかき捨てだ。
 しばらく俺の顔を眺めていたツバキさんは、
「私の性別ですか。それは皆さんがこの次に北海道に来てくれた時にお答えしましょう。謎がすぐ解っちゃうのは面白くないでしょう。皆さんがまた来てくれることを楽しみにしていますよ」
 と、悪戯っぽく微笑んだ。まるで不思議の国のアリスに出てくるチェシャ猫みたいな表情だった。




 *               *              *




 ライブツアーから戻ってきてから二週間、俺たちは文化祭に向けて連日死ぬほど練習に勤しんだ。もしこの努力を勉学に向けていたら東大も一発で狙えるんじゃないかと思うほどだ。ま、勉強だと俺の脳味噌がストライキを起こす方が先だけどな。身体なんて完全にドラマーモード。この前だって夕飯の時に無意識のうちに箸を両手で持っちゃって茶碗や皿を叩いてオフクロにどつかれたぜ。とにかく文化祭でやる曲は目をつぶったって、寝ていたって完璧に演奏しきれる自信はある。
 さあ、あとは演奏するだけだ。
 いま、ステージじゃ出演が俺たちの一つ前のコーラス部が見事に揃った声で宮崎アニメメドレーを歌っている。コーラス部のヤツら投票狙いでみんなが知っている曲を選びやがったな。
 そんなことを思いながら俺はステージ脇の控え室に揃ったみんなを見た。
 龍太はやる気のなさそうな顔をしてギターの弦を拭いている。気合いが入ってやがる。龍太は気合いが入れば入るほど無気力そうな表情になる。今まで幾つもの高校のバカどもがこの顔に騙されて痛い目にあったことか。
 椅子に座った十歌部長は長い髪を後ろで纏めるのを由綺南先輩に手伝ってもらいながら小声で談笑している。二人ともすごく普通だ。まるで部室でだべっている時みたい。二人とも自信があるからいつも通りでいられるんだろうな。
 小比類巻先輩は暢気に両手に缶ジュースを持って首をかしげている。この人は緊張とか無縁そうだけど、実際はどうなんだろう?
「小比類巻先輩、準備はオーケーッスか?」
「どっちのジュースが美味しいと思う?」
 小比類巻先輩はたこ焼きラムネの缶と青色トマトサイダーと書かれた缶を俺に差し出す。
 うわぁどっちも不味そう。
「この二つ混ぜたら美味しいかな?」
 本気で悩んでいるよ。どうやらこの人には緊張はないようだ。
 さらには協力を頼んだ模型部の面々が黒い布で覆われたでっかい荷物を抱えてスタンバっている。
 もう一人、小太りでぶ厚い眼鏡をかけた人が壁により掛かって携帯ゲームをしているけど、たぶんこの人が嘴藤先輩なんだろう。
 みんな準備オーケーって感じだな。もちろん俺だってオーケーだ。今日のために買ったドラマーズグローブをつけて拳を握りしめてみた。スムーズに動く。フィット感がいい。これなら何時間叩いてもスティックが滑ることはないだろう。
 それにしても髭右近先輩が辞めてから、あっという間にここまで来たな。楽しいって言うのは時間を早く進めちゃうのかも。このままステージに出たら演奏中に一年分ぐらいの時間が過ぎ去るんじゃないか。
 俺は自分の馬鹿げた考えを消すためグローブをつけた手を打ち合わせる。
 コーラス部が最後の曲を歌い終わり会場からの拍手が聞こえてきた。
 十歌部長が立ち上がり俺たち一人一人の顔を見て、
「諸君、やっとここまで辿り着いたな」
 心の底から楽しそうな笑みを浮かべる。
「今日は我々の日だ。我々の日だと言うことを、これから観客に教えに行こうではないか」


 ライトが眩しいライブハウスとは違って、窓をおおって照明を下げていても体育館のステージからは観客がハッキリ見える。みんな興味津々で俺たちを見ている。その中にはクラスのヤツらや龍太のおふくろさんの美也さんやお姉さんの祐理歌の顔もある。ひときわ目立つのは涼風だ。笙子さんに文化祭のビデオを送る約束したとかで、青欧女子高校の映画部を連れてきていた。
 ギターの余計なシールドをストラップピンに巻き付けると龍太は一度深呼吸した。
「こんにちはーっ! 軽音部のクロムウェル・マーク・テンです…………」




 二曲目が終わった時、ステージの脇に髭右近先輩がいることに気がついた。軽音部を辞める前にはよく見せていた、他人の演奏を真剣に吟味する時の表情をつくっている。
 先輩も俺たちのことが気になるのかな。と言うことは、俺たちをライバルって認めてくれたのか。なら、もっと驚かせてやるよ。俺は由綺南先輩に目配せで髭右近先輩が見ていることを伝える。由綺南先輩はステージ脇を一瞥してからウィンクしてくれた。
 龍太がMCをしている間に模型部の面々がドラムの脇に荷物を運びこんでセットしていく。黒い布が剥がされると、バイオリンやチェロなどの弦楽器を構えた骸骨の人形が現れる。次の曲はEPICAの『Cry for the Moon』.。この曲には弦楽器、つまりバイオリン二台、ビオラ一台、チェロ三台が必要だ。バイオリンなら十歌部長が弾けるが、十歌部長はギターを弾かなきゃならない。だから弦楽器の分はPAの嘴藤先輩が前もって録音した音を俺たちの演奏に合わせて入れてくれることになっている。でも、録音した音をただ流すもの芸がないから、模型部に頼んで骸骨人形を六体作ってもらったのだ。骸骨人形は可動式で、曲に合わせて模型部が有線で操作してくれる予定になっている。
 観客は骸骨人形を並ぶのをどよめきをもって見ている。
「最後の曲は『Cry for the Moon』です」
 静かな声で龍太が言う。
 由綺南先輩のベースと俺のドラムが静かに曲を奏でる…………


 俺は演奏しながら奇妙な感覚に戸惑いを覚えていた。
 スネアを、フロアトムを、トムトムを、シンバルを、バスドラを叩くたびに音が振動となって俺の腕や足に伝わってくるんだ。一音一音が骨や筋肉を通して直接俺の身体を振動させる。まるで波の高い日に小舟に乗っているような浮遊感のある揺れ。自分の叩いた音が身体に返ってくることは今までにもあったけど、今みたいに俺の身体を震わせる音なんてなかった。
 なんだこの音は? 俺は身体の中で響き合う音に耳を澄ませてみる。
 この音は俺の音だけじゃない……ああ、わかった。龍太、十歌部長、由綺南先輩、小比類巻先輩の音が俺のドラムに絡み合って、混ざり合って、俺に返ってきているんだ。これはみんなの音の波なんだ。
 幾つもあった音が縒り合わさって音楽を、バンドを、俺たちを形作っているみたいだ。
 そして、もっと不思議なのは光だ。音がひとつうねるたびに視界が明るく、いや、白く輝いていく。ライブハウスのライトのようだ。もうステージも会場も眩いばかりの白い光に包まれている。俺の目がいかれたのか?
 だけど龍太も十歌部長も由綺南先輩も小比類巻先輩の姿もハッキリ見える。会場にいる美也さんや祐理歌さんや涼風、それにクラスメイトや観客の顔も白い光の中でしっかりと輪郭を保っている。
 この光は俺だけじゃないようだ。小比類巻先輩も由綺南先輩も眩しそうに目を細め、それと同時に凄く楽しそうな笑みを浮かべて弾いている。俺も自分が笑っているのを自覚していた。ひょっとしたら声を出して笑っているのかもしれない。もう楽しくて気持ち良くって自分がよく分からない。
 龍太が歌うたびに、十歌部長がギターをかき鳴らすたび白い光が強くなる。これって音の色なのか? 音が昇華する色なのか? みんなが奏でる音楽が見えているのか?
 だけどそんなことは今はいい。みんなの音がドラムを叩く両手から伝わり俺の身体の中で反響して増幅する。こんどはそれを俺がドラムを叩いてみんなに返す。この音のキャッチボールの楽しさからみれば些細なことだ。光のことは後からゆっくり考えればいいさ。今がスゲー楽しいのだから。
 だけど楽しい時間はいつか終わりを告げることは頭の中で理解していた。永遠にこの仲間と一緒に演奏していたいけどそれは無理なこと。だったら一分でも、十秒でも長く演奏していたい。もっと音のうねりを、光を感じていたい。
 ああ、光が強くなっていく。もう俺はドラムを叩いているのか、歌つているのかさえもわからない。俺の周りを駆けめぐる音に身を任せるだけ。
 俺の目には光しか感じられなくなった時、
「みんな、ありがとーぉ! みんなにロックの神様のご加護がありますように!」
 龍太の声が聞こえた気がした。




 どうやって戻ってきたのかわからないけど、俺は控え室の床の上で大の字になっていた。 リノリューム張りの床が冷たくて気持ちがいい。
 俺の横では龍太と小比類巻先輩も寝転んでいる。首を回して見てみれば十歌部長と由綺南先輩も床に直接座って壁にもたれかかっている。
 誰の顔にも優しげな笑みがある。
「ミキ、やったね。僕たちやったよね」
 ニンマリとした顔を俺に向けて龍太が言う。
「ああ、完璧だ。完璧にやったぜ……あはははは」
 なぜだかわからないけど笑い声がこみ上げてきて抑えられない。
「あははは」
 俺だけじゃない。龍太も十歌部長も由綺南先輩も小比類巻先輩も馬鹿みたいに大きな声を出して笑っている。
「お疲れ。なに笑っているんだよ。そろそろ髭右近たちの演奏が始まるよ」
 ステージから骸骨人形を引き上げてきた模型部の部長が呆れたように俺たちを見下ろす。
「ま、君たちが髭右近のバンドを見ようが見まいが僕たちには関係ないけど、僕たちは君らの注文を聞いたんだから、君たちも約束は守ってくれよ。あと一時間したらコスプレ喫茶を始めるから、それまでに来てくれよ」
 十歌部長は「約束は守るから安心したまえ。約束の時間までには行くから心配は無用だ。今日は協力に感謝する」と気怠そうに答える。
 ステージの方からクリアなギターの音が流れてくる。
「ヒゲ君の演奏が始まったわね」
 のんびりとした口調で由綺南先輩がつぶやく。
 ライバルであるはずの髭右近先輩の演奏なのに誰も動こうとはしない。もちろん俺だって動かない。疲れて動けないワケじゃない。身体中が満足感に包まれていて、軽音部が髭右近先輩に侮辱されたことや得票競争なんてどうでもいい気分だった。
 それよりは、今ここにいる仲間と同じ気持ちを共有していることの方が大切なんだ。
「やっぱり髭右近先輩のギターは綺麗な音だなぁ。ミキもそう思うでしょう」
「ギターだけじゃないぜ。ドラムも一音一音に切れがあっていいぜ」
 俺は感じたままを答える。
「さすがは髭右近だ。曲作りが上手い」
 十歌部長は感心している。
 だけど俺の中に焦りはなかった。髭右近先輩は髭右近先輩。俺たちは俺たちだ。そして俺たちは最高の演奏をしたんだ。だから今は髭右近先輩の音を素直に聞いて楽しむことができた。
 やっぱり髭右近先輩は上手いぜ……。




 *               *               *




「ご苦労様。これが初めての舞台とは思えないくらいに良かったわよ。どう、いっそ軽音部辞めて演劇部に入らない?」
 舞台袖に控えていた演劇部部長兼演出の久葉先輩がタオルを渡してくれる。
「いいッスよ。俺はバンドが好きだから軽音部は辞めません」
「あら残念。逸材発見と思ったのになぁ」
 久葉先輩の顔には全然残念そうな色はない。
「あんたたちの演奏良かったわよ。次にライブする時には連絡ちょうだい。また衣装を作ってあげるわよ。もちろん演劇の手伝いはしてもらうけどね」
 引き上げる俺の背中に久葉先輩の声が降ってくる。
「うぃーす。考えておきます」
 俺は右手を上げてこたえる。
「うぃーす。考えておきます」
 小比類巻先輩も俺の真似をして右手を上げる。




 控え室で寝転んでいた俺と小比類巻先輩は演劇部員に拉致されて演劇の準備にこき使われた。髭右近先輩の次が演劇部の出し物だ。おかげでシャワーを浴びる暇もなかったほどだ。なんとかフランケンシュタインもどきを終え、俺と小比類巻先輩は解放された。
 ライブでメチャクチャ汗をかいたから運動部棟にあるシャワー室で汗を流し、制服に着替え終わった時には、控え室には十歌部長たちの姿はなかった。
 俺たちが演劇に出ている間にシャワーを浴びて模型部に行ったんだろう。
 涼風と合流した俺たちは各クラブの催しを冷やかしながら文化祭を見て回った。ちなみに料理部の焼きそばはメチャ不味かった。オマエら料理部の看板下ろせよ。
「二号棟で模型部がコスプレ喫茶やっているんですよね。純鈎先輩たちどんな衣装なんですかね? やっぱり定番のメイドさんでしょうか? それともきわどく全男性の夢と言われる裸エプロンだったりして……えへへへ。純鈎先輩も三枝先輩も美人さんだから裸エプロンが似合いそうだなぁ、楽しみだなぁ」
 涼風がパンフレットを握りしめ顔を輝かせる。
 オマエはどこのオヤジなんだよ。どこの世界の文化祭で裸エプロンがあるんだよ。並行世界に行ったって絶対ないぞ! というか裸エプロン決定かよ!
「瑠月お姉ちゃんもオトメ君も早く、早く」
 涼風に急かされて俺たちは二号棟に向かう。


「貴様らはクズだ! 安逸と言う名の豚小屋の中でダラダラと過ごしてきただけのクズだ! 貴様らにはベッドに染みこんだ精子ほどの価値もない! だが、この店に来た以上は私が貴様らを一人前の兵士に仕立てあげてやる。覚悟はいいな!」
 模型部が喫茶店を開いている場所に行くと、教室の中から由綺南先輩の罵声が響いてきた。
「ここって模型部のスペースですよね」
 俺の問いかけに小比類巻先輩は文化祭パンフレットを覗きこみ、パンフレットと教室を見比べ、
「うん」
 と、うなずく。でもその顔には当惑の表情が浮かんでいる。
「なんでしょう? ツンデレ喫茶なんですかね?」
 涼風も首をかしげる。
 ツンデレって……オマエ、ひょっとしてヲタなのか?
「返事はどうしたクズども! 口がないのか! 口がないのなら貴様らのケツの穴に鉛玉をぶちこんで口を作ってやってもいいのだぞ!」
 ドスの効いた由綺南先輩の声が壁を隔ててもハッキリ聞こえる。
 俺たちは顔を見合わせてもう一度パンフレットを見る。そこには『模型部コスプレ喫茶』の文字しかない。
 なんなんだ? 中で何が起こっているんだ?
 そりゃそうだろう。コスプレ喫茶なのになんで罵声が──それも日ごろの由綺南先輩からは想像できないような下品なセリフが──響いてくるんだ?
 俺たちは恐る恐る後ろの入り口から覗いて見た。


「貴様はどこの出身だ?」
「野崎町であります! 教育担当軍曹殿!」
「野崎町にはオカマと牛しかいないと聞いたぞ。貴様はオカマか?」
「違うであります! 教育担当軍曹殿!」
 模型部のコスプレ喫茶は俺の想像を斜め四十五度の角度で突き抜けていたものだった。 客と思える男子学生五人が店内の壁際に立たされている。それも直立不動で。その前を迷彩服を着た由綺南先輩が、いま答えた男子学生の顎の下に指揮棒のような細くて短い棒を差し入れクイっと持ち上げ、
「オカマじゃないのなら貴様は牛か。牛にしては角がないようだが」
 無遠慮にジロジロと眺める。
「う、牛じゃありません! 教育担当軍曹殿!」
「ほう、ならばやはりオカマか。ここは真の男が来る場所だ。貴様のようなオカマには用はない。貴様のようなヤツはスカートでも穿いて男にシナでもつくっているのがお似合いだ。とっとと失せろお嬢ちゃん!」
「嫌であります! 教育担当軍曹殿!」
 男子学生は泣きそうな表情でこたえる。
「だったら貴様は何者だ?」
「じ、自分は兵士であります! 教育担当軍曹殿!」
「いいや違うな」
 由綺南先輩の斜め後ろで無言のまま立っていた十歌部長が、後ろ手をしながら一歩前に出る。
 十歌部長は由綺南先輩のような迷彩服じゃなくって、ピシッと仕立てられた女性用士官服を着ている。背が高くてスタイルがいいからやたらと似合っている。
「小隊長殿に敬礼!」
 由綺南先輩の号令と共に男子学生が敬礼する。
 十歌部長は敬礼を返すと、先程の男子学生の前に立つ。
「貴様は戦友の裸を見て股間を膨らませ、夜な夜な銃にナニを押しつける変態のオカマだ。我が店に貴様のような変態のクソ虫はいらない。我が店が求めるのは何事にも恐れず、我が身の不遇に嘆くことなく、勇猛果敢に注文する真の兵士だけだ。貴様にはできまい」
 十歌部長は綺麗な顔を思いっきり歪めて──それでも美人なんだけどね──ねぶるように男子学生を見る。
「で、できるであります! 小隊長殿!」
「ほう。そこまで言うのなら貴様は何を注文するのだ?」
「コーヒーとシュークリームであります! 小隊長殿!」
「それだけでは勇猛果敢とは言えないな」
 十歌部長は冷ややかな声で言う。
「そ、それにマロンケーキを追加したいであります! 小隊長殿!」
「クソ虫にしてはまともな注文だ。よろしい。貴様の注文を認めよう。NEX(Navy Exchange=酒保)、コーヒーとシュークリームとマロンケーキの注文が入ったぞ!」
 振り返ることなく、十歌部長はカーテンで覆われた調理場(?)に向かって声をかける。
「はーい」
 と言う声とともにピンク色のメイド服を着た龍太がトレーに注文品を載せて現れる。
「小隊長殿の許可が出たぞ。そこのテーブルにつけウジ虫! NEXの料理を味わうがいい!」
「了解であります! 教育担当軍曹殿!」


 これはなんのコスプレなんだ?
「あれ、ミキ来てたの」
 テーブルにケーキを並べた龍太が俺たちに気付いて寄ってくる。
「これはなんなんだよ?」
 俺は由綺南先輩たちを指差す。
「ああ、あれはアメリカ海兵隊新兵訓練コースっていう特別メニューの客さんだよ。特別メニューを頼むと純鈎先輩や三枝先輩に罵倒してもらえるんだよ。特別メニューは別料金で五百円かかるけどね」
 は?
「わざわざ金を出して部長たちに罵られるのかよ」
「うん。人気があるんだよ。特別メニュー待ちだけで五十人以上いるんだから。あ、でも、ミキたちなら無料でいいよ。それに待たずに入れてあげるよ」
「いらねぇよ。俺にマゾ趣味はない」
 なんか頭が痛くなってきた。
「貴様はどこの出身だ?」
「西町であります! 教育担当軍曹殿!」
 やたらと明るい返事が教室に響く。
 げっ! いつの間にか涼風のヤツが並んでいるよ。
 ノリがいいと言うんだか、マゾ趣味なんだかわからないが、俺にはついていけない。
「西町にはフニャちん野郎と殺人鬼しか住んでいないと聞いたぞ。貴様は殺人鬼か?」
「違うであります! 教育担当軍曹殿!」
「ならばフニャちん野郎か?」
「違うであります。だってオチンチンついてないであります! 教育担当軍曹殿!」
 ……もうわけわかんねぇよ。




 *               *               *




 文化祭の人気投票の結果が生徒会室掲示板に張り出されたのは、文化祭の休みが明けた火曜日だった。
 髭右近先輩のバンドは二位。俺たちは三位だった。
 髭右近先輩に負けたのは悔しいけど、同時に凄い満足感もあった。あの時俺たちは最高の演奏をした。髭右近先輩との競い合いがなければここまで真剣に演奏したかわらない。いや、競い合いなんてどうでもいい。あの時ステージで感じた音の波や音楽が光となって昇華する瞬間に立ち会えただけで満足だ。音楽って、バンドって心の波動が具現化したものなんだ。それが実感できただけで十分だ。
 バンドって、ライブって、本当に最高だ。


 ちなみに一位は模型部のコスプレ喫茶だった。ウチの高校ってマゾが多いのかよ!




 【\】lead to your dream




 文化祭が終わったから少しはのんびりできるかな。なんて思った俺が馬鹿だった。
「文化祭は終わった。文化祭の余韻に浸り過去を顧みることも楽しいと思うが、我々は常に前に進まなければならない。その楽しみは老後まで取っておいてもらおう。と言うことで、軽音部の次の目標と課題を伝えよう」
 十歌部長の辞書には休息って言葉は欠落しているようだ。そりゃ俺だって体力には自信はあるけど、さすがに文化祭で燃え尽きたというか、ちょっと気が抜けた状態。一週間ぐらいは休みたい気分だ。たぶん龍太も同じじゃないかなぁ。緊張感のない表情を顔に貼りつけているし、美也さんあたりにつけられたんだろうでっかいリボンをつけている。普段ならこういう女々しているものは嫌がってつけさせないのに、こんなリボンをつけたままにしているところを見ると気が抜けているんだろう。
 しかし、似合ってねぇ。高校生にもなってでかいリボンをつけているなんてマンガの中の登場人物くらいだ。凄ぇ馬鹿みたく見えるぞ。
「十二月二十五日、つまりクリスマスにアマチュアバンドコンテストがある。我々クロムウェル・マーク・テンはコンテストに出る。もう参加を申しこんである。諸君らには事後承諾になって済まないと思うが異論はないだろう? それに伴い各自にオリジナル曲を作ってもらいたい。楽譜を書けない者もいるだろうし、他楽器パートをどう作っていいかわからない部分もあると思う。だから作曲と言っても鼻歌程度のものでもかまわない。作詞だけでもでもいいから月内に一曲はつくってもらいたい」
 えっ? 作曲?
「俺、曲なんて作ったことないです。急に曲を作れって言われても無理ッスよ」
「僕も無理です。作曲も作詞もしたことないです」
 俺の言葉に龍太が賛同する。
「そう難しく考える必要はない。なにも完全な曲を作れと言っているのではない。曲想というかイメージ的なものでいい。それをみんなで編曲したり歌詞をつけたりして完成させるつもりだ。コンテストにはオリジナル曲で勝負したいからな。一人で作るのが自信がなければ共同して作っても構わない。わらないことがあれば私に聞いてくれればいい」
 そう言うと十歌部長は俺と龍太の顔を交互に見る。
 十歌部長の言葉はいつも通りの話し口調だが、その響きには拒絶を許さないものがある。どうも俺たちに拒否権はないようだ。だからといって、俺一人で作曲ができるとは思えない。
 横にいる龍太に小声で「どうする?」と訊ねると、龍太は重い息を吐いて腕を組む。何を考えているのかいまひとつ読めない表情で考えている。
「ヤマダ君もゾーシュ君もそんなにビビらなくてもいい。どんな曲を作っても君たちを笑うことはないし、私とて君たちが初めから後世残るような名曲を作れるとは思っていない。高校生になって楽器を始めた人間に名曲を作れるほどロックは甘くない。だから君たちは肩の力を抜いて作ってくれればいい」
 十歌部長は薄い笑いを口に浮かべる。
「そりゃ僕は高校に入学してからギターを始めたけど……」
 龍太は苛つきを堪えているのか身体を小刻みに揺らしている。ま、龍太の気持ちもわからなくはないが、それより身体を揺らすたびにリボンがパフパフと揺れるのが妙におかしくて笑いを堪える方が忙しかった。
「そうだな。ヤマダ君はギターを始めて日が浅い。だからこそ難しく考えず自分の感じるまま作ればいいのだよ。ヤマダ君だって楽器を弾いているのだから音楽に対して感じるところはあるだろう。まさか何も感じずにバンドをやっていたわけではないだろう」
「じゃあいちおう一人やってみますけど、月内って言っても二週間しかないからできるかどうかわからないですよ」
 諦観五割にふて腐れ三割と怨嗟二割を混ぜた表情でこたえる。
 龍太の返答に気分を害した風もなく十歌部長は、
「期待している。私の経験から言わせてもらうと、誰かが作った完璧な曲を歌ったり演奏したりするより、たとえ稚拙な作りと言われようが自分たちが苦労して作った曲をやる方が何十倍も楽しいぞ。ヤマダ君だって自分の歌というものを歌ってみたいだろう?」
 と言って楽しげな目つきで俺たちを見ている。
 ひょっとして十歌部長にはめられたんじゃねぇのか。短気な龍太をけしかけて作曲させる気にさせたんじゃないのか……いや、それより一人で作る気か。俺はどうするんだよ。
「マジに一人で作るのか?」
 小声で龍太に尋ねてみた。
「うん、まぁ作れるかどうかわからないけど頑張ってみるよ。どうしてもダメだったらミキや純鈎先輩に頼むかもしれないけどね」
 俺の気持ちも知らないで、龍太は妙なやる気を見せている。おい、おい、俺一人で作らなきゃいけないのかよ。作曲なんて無理っぽいんだけど。
「ねえ十歌ちゃん。オリジナル曲なら前に作った曲が何曲かあったじゃない。あれじゃダメなの?」
 由綺南先輩が思いだしたように口を開く。
「たしかに軽音部にはオリジナル曲はあるが、あれは髭右近が作ったりアレンジしたものだからなぁ。クリスマスコンテストには確実に髭右近も出てくる。髭右近の前で彼が関わった曲は演奏したくない。だからこそクロムウェル・マーク・テンのオリジナル曲が必要なのだ」
「そっかぁ。言われてみればそうね。だったら考えてみるけど、ジャンルは何でもいいのかしら?」
「ジャンルは問わないが、五人で演奏できる曲にして欲しい。それと繰り返しパートのはずが勝手にアレンジされていくような曲はやめるように」
 十歌部長は自分勝手編曲の鬼である由綺南先輩に釘を刺す。
「五人? 五人と言うことは鷹嘴先輩も演奏するんですか?」
 龍太が首を捻る。
 言われて初めて気づいたよ。そうだ軽音部の部員は俺に龍太に十歌部長に由綺南先輩と鷹嘴先輩だけだ。
「いいや。鷹嘴は演奏しない。諸君らに伝えるのが遅くなったな。喜ばしいことに文化祭の後に新入部員が入ったのだ。新入部員、挨拶したまえ」
「はい……」
 俺の真後ろから沈んだ声が響き、背筋が凍るほどの冷気が漂ってきた気がした。
 こ、この声。振り返る必要もないほどの存在感は……と言うより、いつの間に俺の後ろにいたんだ? 気配なんてなんにも感じなかったぞ!
「二年の小比類巻瑠月。パートはキーボード全般。好きなバンドは……」
 小比類巻先輩は自己紹介しながらゆっくりと前に出てくる。
「性格は明るいほう」
 いや、明るくないから。小比類巻先輩が明るかったら世界中に根暗なんていませんから。
「趣味は人形作り」
 たしかに作ってましたね。呪いの人形だけど……。
「特技は相手の気持ちを察すること」
 超能力者か魔女みたく相手の考えを読むことでしょう。
「読んでない。察しているだけ……それに超能力者でも魔女でもない。どこにでもいる普通の女の子」
 だから、それを読んでいるって言うんです。それに先輩みたい人が普通という世界がもう普通じゃないって。
「いま興味があることはオトメ君」
 俺? 興味があるって呪いとか魔術の対象? つまり俺をモルモット代わりにしたいってことスか。か、勘弁して下さい。
「オトメ君が一人で曲を作れないのなら私と一緒に作る?」
「は?」
 唐突な申し出だな。確かにライブではドラムパターンをシンセで代用してもらったり、演劇部の手伝いも一緒にやったし、小比類巻先輩の実家に何度もお邪魔して練習させてもらったけど、どうもこの人のペースには慣れないんだよなぁ。
「い、いや……」
「ミキは僕と一緒に曲を作る約束をしているから、小比類巻先輩のお気遣いは無用です」
 俺の言葉を遮って龍太が割って入る。
「えっ?」
 いつ、そんな約束したんだよ。さっきオマエ、自分一人で作るって言ったじゃん。どういう心変わりだ?
「そう……でも、いつでも相談に乗る。いつでもウチに来ていい。両親プラス妹公認だから」
 小比類巻先輩は龍太を一瞥してから”公認”の部分のトーンを大きくして言う。
「公認なら僕の母さんだって公認してます! だから曲は僕とミキで作ります!」
 なに熱くなっているんだよ。小比類巻先輩の『家族公認』も、美也さんがオマエの『彼氏にならない』って言っているのも冗談だと思うぞ。どうも俺の周りにはタチの悪い冗談を言うヤツが多すぎるぜ。しかし、龍太もそれを真に受けてなにムキになっているんだよ。この二人ってウマが合わないのかなぁ。
「一年生がこれほど作曲に意欲を見せてくれるとは部長としては嬉しい限りだ。動機は何であれやる気を見せてくれたことに感謝する」
 龍太と小比類巻先輩の間に入るように十歌部長が進み出る。
「期日は短いが諸君の成果を期待している」
 こうして俺たちのオリジナル曲作りが始まった。




 *               *               *




 男勝りの勝ち気な幼馴染みの女の子がいる。家が近所で小さい頃から一緒に遊んだりしていたから、主人公は幼馴染みを異性としてはとらえていなかった。ある日曜日、いつものように幼馴染みが遊びに来て、気が付けば主人公のベッドで寝ていた。がさつで女の子とは思えない言動ばかりの幼馴染みが、身体を小さく丸めて安心しきって眠る顔を見た時、唐突に可愛いと思ってしまい、そこからぎこちない恋物語が始まる──という、マンガを読んだことがある。
 マンガのシチュエーションとしてはありふれたものなのかもしれないが、恋愛物のマンガをあまり読んだことがなかった俺には、そんなことがあるのかなと思うのと同時に、俺も一度くらい経験してみたいなぁなんて思ったことは事実だ。
 で、それに近いことが現実に起こると疲れと呆れが来ることは知っているだろうか?


 時間は二時間ほど遡る。
 俺が昼飯を食っていると龍太が突然遊びに来た。もともと龍太は俺の家に遊びに来る時は連絡ということをしないヤツではある。携帯電話を持っているくせになんの前触れもなく遊びに来る。俺がいない時はオフクロや大学生で暇をもてあましてる一刀兄ィが相手してくれるから問題ないと龍太は言っている。
 俺に会うために来るんだろう。だったらどうして連絡しないんだよ? それに俺にだって来客者用の準備ってものがあるんだぜ、って言ったら、
「いいじゃん。僕とミキの仲なんだからさ。ミキがどこにエロDVDを隠しているかだって知っているし、僕が男だった時に一緒にパソコンでエロサイト覗いたじゃん。今さら隠し事なんてないし、突然来たって問題ないでしょ」
 と、しゃあしゃあと答えやがった。
「いいこと教えてやるよ。世の中には親しき仲にも礼儀ありって言葉があるんだぞ」
 龍太の言葉は事実だが、今はアマチュアとはいえこいつは女だ。このままじゃまずいだろう。
「うん。知っているよ。だからいつも礼儀として手土産持ってきてるじゃん。今日だって八丁味噌持ってきたよ」
 そう、こいつは遊びに来るたびに土産を持ってくる。ただ持ってくる物が米や魚などの食材や今日のように味噌などの調味料。オフクロは食材がただでもらえて喜んでいるが、ふつう食材や調味料は持ってこないだろう。こいつの考えていることはわかんねぇな。
 ま、そんなことはどうでもいい。突然来訪してきた龍太だが、初めのうちは曲作りのことを話しあったり、思いついたフレーズを鼻歌で歌っていたりしていたのだが、俺がネットで作曲のテクニックなどを調べているうちに、気が付けば俺のベットで寝息を立てていた。
 これがマンガのようにあどけなさを浮かべて身体を丸めて寝ていれば少しは可愛げもあるのだろうが、俺のベッドを占領するかのように龍太はミニスカートなのに大の字になって寝ている。遠慮とか恥じらいなんて言葉は半径五〇光年内にはなさそうな堂々とした寝方だ。おまけに俺の枕によだれまで垂らしてやがる。
 いくら即席女とはいえ女の端くれだろう。少しは慎みをもちやがれ。
 枕が完全に水没するのを防ぐべく何度も龍太を起こそうとしたが、寝ている人間とは思えない鋭いキックと裏拳を繰り出してくる。寝ていて意識がない分、龍太の蹴りも拳も躊躇もなければ容赦もない。マンガの中じゃ主人公が寝ている幼馴染みの頬に軽く触れただけで目を覚ましたのに、龍太ときたら人間凶器状態だぜ。こいつは絶対マンガのヒロインにはなれないな。
 この状態のこいつを無傷で起こす自信は俺にはない。相打ち覚悟で叩き起こすか……ん? やばっ! もうこんな時間じゃん。
 今日は三時に十歌部長と会う約束をしていたんだ。急いで出ないとヤバイ。
 俺は居間にいたオフクロに「俺の部屋で龍太が寝ているから、起きたら俺は純鈎先輩と会っているから携帯に連絡しろって言っておいて」と頼んで家を飛び出した。




 はっきり言って俺は煮詰まっていた。この一週間、連日、龍太と部活や学校の帰りにオリジナル曲を作ろうとしているのだが全然できない。なんとなく短いドラムフレーズは思い浮かぶのだが、それがひとつの曲には纏まってくれない。その大きな原因は自分がどんな曲を作りたいかハッキリしていないからだと思う。求める曲が見えないのに部分々々のフレーズを思いついても主旋律へとは昇華してくれない。試しに主旋律担当の龍太にフレーズを聞かせてみたけど「ドラムフレーズだけを聞いても曲は浮かばないよ」と言って放り投げられれてしまった。
 だったら龍太はボーカルでギターなんだから曲を作ってくれよと文句を言えば、
「なんとなく曲的なものは浮かぶんだけど、それが自分が作りたい曲なのか自信がないんだよ。頭に浮かぶフレーズはどこかで聞いたようなフレーズだし、それが作りたい曲のフレーズじゃない感じでさ。なんか違うんだよなぁ。何かが足りなくって僕ららしさがない感じなんだよ。何が足りないのかなぁ……ねえミキ、何が足りないんだろうね?」
 と言う答えが返ってきた。
 何が足りないかなんてわからねぇよ。
 考えれば考えるほど曲というものはどうやれば作ることができるのかわからなくなっていた。どうも俺たち二人で考えていても思考の袋小路に入りこむだけ。こうなったら俺たち以外の意見を聞いてみた方がいいんじゃないかという結論に達した。
 そして俺はいま十歌部長に会うために香桜駅に向かっていた。約束場所は十歌部長の家がある香桜駅前のファミレス。そして約束時間まではあと二十五分。俺の家から香桜駅までは電車がすぐ来れば十五分もかからない。タイミングよく来た電車に乗ることができ余裕で間に合うはずだったが……どうしてこんな時に人身事故なんてあるんだよ。
「すみません。電車が遅れて……」
 約束の時間に三十分遅れてファミレスに着いた時にはすでに十歌部長は来ていた。おまけに涼風まで一緒だ。
「人を呼びつけておきながら遅れて来るなんて、ゾーシュ君もなかなかの大物だ。小心者の私は待ち合わせ時間の二十分も前に来てしまったよ。私も是非ともゾーシュ君のような強心臓になりたいものだ。小心者の私が遅刻などしたら、相手になんと詫びていいかわからず、取り敢えず自分ができる最大の謝辞として五体投地ぐらいはしていたろう。だが、それは私のような小心者がすることで大物は違う。安易に謝っては格が下がってしまうから、ゾーシュ君のように堂々と胸を張って『待たせたかな』とぐらい言って入ってくるのが正しい姿なのだろう。ああ、私もそのような大物になりたいものだ」
 開口一番、十歌部長の皮肉が炸裂。
 俺は「待たせたかな」なんて言ってないですよ。それに胸を張ってもいないし、謝ったじゃないですか。遅れたのは事実だけど、それは事故のせいで俺のせいじゃないです。と言いたかったが、遅れた非は俺にあるから抗弁もできずひたすら頭を下げること五分。ようやく着席を許された。
「あれっ、ヤマダ君は一緒じゃないの? 純鈎先輩はヤマダ君も来るって言っていたんだけどなぁ」
 どうしてこの場にいるのかわからないが、涼風が不思議そうな顔をする。そういえば十歌部長には龍太も一緒に行くって伝えたんだっけ。
「龍太は俺のベッドの爆睡中だ。目が覚めたら連絡がくると思う」
「えっ、オトメ君とヤマダ君ってそんな関係だったの?」
「そんな関係ってどんな関係だよ」
「一緒に寝る中だったんだ。と言うことは、二人って恋人同士? まさか、さっきまでエッチしていたとか……」
 涼風は上目遣いに嫌らしい笑いを浮かべる。
「違う! 龍太が俺のところに遊びに来て、勝手に俺のベッドで寝ちゃっただけだ。変な妄想を膨らませるな!」
 どんな罰ゲームで龍太と同衾しなきゃいけないんだ。俺は野郎と同衾する趣味はないんだ。俺はノーマルだから一緒に寝るんなら女がいい──ま、龍太も一応女らしいが、俺は異性に感じたことはない。
「膨らませたのは妄想じゃなくって、股間だったりして。あははは」
 涼風は自分の言葉にうけている。
「バカ言うな!」
 こいつ本当にオヤジだな。この下品さはなんとかならねぇのかよ。
「落ち着きたまえゾーシュ君。店中の人間が君を見ているぞ」
 十歌部長の声に視線が俺に注がれていることに気が付いた。
 うわぁ恥ずかしい。
「私に用事があったのだろう。私とて暇をもてあましているわけではないのだ、用事があるのならさっさと済ませたまえ」
 十歌部長の言葉はおちゃらけはここでお終いだという響きがあった。
「わかりました。ところでどうして涼風がいるんです?」
「私のところに遊びに来ている時にゾーシュ君からの電話があってついてきたのだよ」
「そう。暇だったしさぁ」
 涼風はにぃと笑う。
「用がないなら帰れよ。俺は真面目な相談できたんだから邪魔だ」
「そんなこと言わないで。まだ帰りたくないよ。だって瑠月お姉ちゃんが変なオーラをだしながら作曲していて怖いんだもん。なんというのかなぁ生きとし生けるものを呪うような雰囲気でさ」
 変なオーラを漂わす曲って……精神衛生に悪そうだ、考えるのはよそう。
「という冗談はおいて……」
 冗談だったのかよ。
「……私も近いうちにバンド組むんだ。バンドを組む以上オリジナル曲を演奏したいから参考にしようと思ってね。どうせなら最初からオリジナルで勝負してみんなをあっと言わせたいし」
 いや、おまえのことは聞いてないから。でも涼風もバンド組むんだ。
「どんなメンバー? 同じ学校のヤツなのか?」
「ベースは中学校の時同じクラスだった男の子だけど、ボーカルとドラムは凄い人をみつけたんだ。クロテンより凄いバンドになる予定なんだから」
 どうだとばかり涼風は胸を張る。
「そうかい。楽しみにしてるよ」
「あっ、信じてない」
「だってまだ組んでないバンドを凄いと言われてもなぁ。脳内じゃどんなバンドでも世界一だしよ」
「いいよ。私たちのバンドもクリスマスのコンテストに出るつもりだから、その時になって驚きなよ」
 負け惜しみでもここまで言えれば大したもんだぜ。まあ、せいぜい凄いバンドとやらを組んでくれ。
「ほう、涼風君もついにバンドを組むのか。これから組んでクリスマスコンテストに出ると言うことはメンバーは経験者かな? 私の知っている人物かな?」
 十歌部長も興味があるようで向かいに座る涼風を興味深げに見ている。
「その通り。ボーカルとドラムは経験者ですよ。でも純鈎先輩のお願いでもメンバーは教えられません。デビューの時に驚いて下さい」
 猫のような何かを秘めた表情で答える。
 涼風の表情から何かを察したのか、十歌部長は「そうか、ならば楽しみにしよう」と言ってこの話題を切り上げる。




「曲がどうしてもできないッスよ。俺と龍太で毎日顔をつきあわせているけど、曲作りのとっかかりが見えないと言うか、どんな曲を作ればいいのかわからなくって」
 この一週間俺たちが感じたことや、どん詰まりになったことを簡単に説明した。
「一週間か。ちょっと時間がかかりすぎたようだが、ゾーシュ君たちもそこにやっと気がついたね」
 俺の質問を待っていたかのように十歌部長は柔らかい表情でうなずく。
「曲を上手く作ろうと思っても曲は作れない。曲作りで一番大切なのは自分が伝えたいこと、自分が感じたことを音にすることだよ。つまりゾーシュ君らしい曲を作ろうとしなければ曲なんてできないよ」
「俺らしさ? そんなものあったけ?」
「いやだなぁ、オトメ君らしさと言えば破壊、恐怖、無慈悲じゃん。誰でも知っているよ」
 涼風が凄く失礼な突っこみを入れてくる。
「おまえ、俺をなんだと思っているんだよ」
「破壊神の化身」
「あーそうかよ。おまえ自身に破壊神の化身の本領を味あわせてやろうか」
「そんなことしたら、瑠月お姉ちゃんに頼んでオトメ君を呪ってもらうから。それでもいいならどうぞ」
 ぐっ、小比類巻先輩の呪いだと……あの人なら本当に呪いぐらいできそう。
「ゾーシュ君の本質が殺戮と破壊であり、ゾーシュ君が通った後には血まみれの骸と瓦礫しか残らないのは万人が知るところであるから、いまさら言うまでもないだろう」
 十歌部長までそんな目で俺を見ていたんですか。
「ミキが通った後には瓦礫なんて残りません。すべてが素粒子レベルまで破壊されて虚無の空間が残るだけ」
「ゾーシュ君をよく知るヤマダ君にそこまで言われると反論はできないな」
「冗談のつもりで言ったんだけど、ヤマダ君が言うのなら間違いないよね。オトメ君って本当に破壊神だったんだ」
 十歌部長も涼風も納得している。ってか、納得するなよ!
 ん? 俺の横に座った龍太がしれっとした顔でコーヒーを飲んでいる。
「龍太! いつの間に……」
「いつもなにも、いま来たところだよ」
 香桜駅に着く前に龍太に『香桜駅前のファミレスにいる。起きたら来い』というメールはした。けどメール着信で起きたとしても、なんでこんなに早く来られるんだ? というか入ってきた姿を見てないぞ。いや、いつの間に俺の横に座った? いつ注文したんだ? 小比類巻先輩から変な影響を受けているんじゃないだろうな……。
「ミキ、ひどいよ。出かける時に起こしてくれればいいのに、僕をほっぽって出かけちゃんだもん」
 龍太が上目遣いで俺を見る。
「起こそうとしたぜ。けど、おまえ起きなかったじゃん」
「えー知らないよぉ。本当に?」
 なんだよその女が拗ねたような仕草は! こいつ変なスキルを身につけやがったな。誰の入れ知恵だ。
「ヤマダ君、そこはさらに小首をかしげなきゃ。その方が効果があるよ。はい、もう一度。こんどは『独り寝は寂しいよ』ってつけてみよう」
 指をふりながら涼風が指導する。
 こいつか……。
「ミキぃ、一人で寝るのは寂しいよ」
「変なことを言うな! いままでおまえと同衾したことはないだろう!」
「ゴールデンウィークのとき僕の部屋で一緒に寝たじゃん」
「きゃー衝撃の告白!」
 大袈裟に涼風がはやす。
「きゃぁぁぁぁゾーシュ君のエッチ」
 白々しさ満点の棒読みで十歌部長が驚くまねをする。
 あんたまでなに悪のりしているんですか。頭が痛くなってきた。
「はっきり言っておきますけど、ゴールデンウィークの時は龍太は男だったんですよ。それに一緒に寝たと言っても雑魚寝で龍太は自分のベッドで寝てたけど、俺は床で毛布もなしにフローリングの寝ていたんです」
「ゾーシュ君、なにをムキになっているのかね。君とヤマダ君の過去に何があろうと私は気にしない。いまは君たちの愛欲に満ちただれた過去を語り合うのではなく、作曲のことについて話しあう方が良いのではないのか? ゾーシュ君がどうしてもヤマダ君との淫猥さに溢れる過去を話したいというのなら止めないが」
「どこをどう聞いたらそんな話しになるんです。俺は作曲について聞きに来ただけです」
「じゃあ僕のことはどうでもいいの……あの日のことは遊びだったの……ひどい!」
「ひどいじゃねぇ。黙れ! それ以上ふざけたこと言うなら、オマエに学ラン着せて手足縛って髭右近先輩の家の投げこむぞ」
 何か言おうとした龍太が引きつった顔で言葉を飲みこんだ。
 過去形とは言え髭右近先輩に想われていただけにトラウマがあるのだろう。ざまあみろ。
「バカは黙りましたから、作曲の話しをつづけましょう」
「う、うむ。わかった……」
 俺の真剣さを感じ入ってくれたのか十歌部長は神妙な表情でうなずく。




 俺と龍太はファミレスの近くの公園にいた。
 十歌部長にアドバイスをもらったが、結果としてなんの打開策にはならなかった。このまま家に帰っても作曲をできそうにないし、だからといって意識の中から作曲をいう言葉を消し去って土曜日の夜を楽しめそうにもない。だから帰る気も起こらず、十歌部長たちと別れた後はここでグダグダと時間を潰していた。
「なんだかわかったようなわからないような説明だったね」
 龍太はベンチの背もたれに身体を預けて伸びをする。
「そうだな。結局、俺たちらしい曲にしろって言われても、なにが俺たちらしいのかわからなかったしよ。あーぁ完全にどん詰まりだ」
「僕たちらしさってなんだろう?」
 その答えは俺が一番知りたがっているんだよ。
 こんなんじゃ期日内に作曲なんて無理だろう。俺の予定じゃ、十歌部長にヒントを聞いて、この土日で一気に曲を作るつもりだったのに。
「ねえ、飲み物買ってくるけど、ミキも何か飲む?」
 思いだしたように龍太が立ち上がる。
「だったら缶コーヒー頼む。砂糖が入っていないヤツがあればそっちで頼む」
「うん、わかった」
 龍太はミニスカートのくせに大股で歩いていく。颯爽というよりズンズンって感じ。女らしくねぇな。
 自販機がなかったのかコンビニにでも行ったのか龍太はなかなか戻ってこない。陽が落ちてきて人通りが少なくなってきた公園のベンチで野郎が一人座っている図は寂しすぎないか? 向こうのベンチじゃカップルが楽しそうに話しているし、あっちでも中学生ぐらいの男女が座っている。いや、よく見れば俺のベンチ以外はカップルじゃん。うわぁ、なんだよこの状況。買い物帰りの親子なのか小さな女の子を連れた母親はポツンと座っている俺を憐れむように一瞥していった。
 ちくしょう。なんだか惨めな気分になってきた。龍太のヤツ、早く戻ってこないかな。龍太じゃなくてもいいや。香桜にはクラスメイトの木原や水谷も住んでいたはず。木原でも水谷でもいいから通りかからないかな。一人じゃなくなれればいいや。
 願いは俺の予想しない形でかなえられた。
 俺の前をむさくい野郎の集団が通りかかる。その集団の中からだみ声が響いた。
「てめぇ、この前のヤツじゃねぇか」
 声の方に目をやれば、前に小比類巻先輩にからんでいた坊主頭と金髪、そして初めて見る顔が三人。
「この前は恥をかかせてくれたな。いまここであの時の借りをオマエに返してやるよ」
 オリジナリティーのない脅し文句だ。頭の悪そうな顔をしているから、こんなセリフでも精いっぱいなんだろうけど。しかし相手が五人か。ちょっとやっかいだ。三人ぐらいまでなら相手を牽制しながら中心的なヤツを叩いちまえばかたはつくが、五人となるとそうはいかないからな。
「アキヒト君、こいつ知り合い?」
「前にモメた相手だ」
 坊主頭はアキヒトっていうのか。
「ひょっとして、アキヒト君がやられたって相手?」
 長身で鼻にピアスしたヤツが俺を指差す。
「不意うちだったんだよ」
 坊主頭は鼻を鳴らす。
 鼻ピアスはニヤニヤしながら俺を見ている。金髪はともかく、この鼻ピアスと坊主頭はケンカ慣れしているようだ。残りの二人も運動部にでもいたのかがっちりした身体をしてる。
 ちっ。久しぶりに手こずりそうだ。
「オレ、コイツ知ってるよ。鋼鉄のオトメだ」
 眉毛の上に傷のあるヤツがゴツイ顔にかかわらず妙に甲高い声で言う。
「鋼鉄のオトメ? 今井田高校のショウヘイ君たちをボコボコにしたというヤツか?」
 とたんに鼻ピアスの目が細くなり値踏みするように俺を見る。
「ショウヘイ君やアキヒト君が世話になったようだからお礼をしなきゃいけないし、鋼鉄のオトメなんてバカな名前を付けていい気になっているヤツはウゼエ」
 鼻ピアスはポキポキと指を鳴らす。
「やっちゃう?」
 金髪が確認するように仲間の顔を見る。
 金髪に答えるより前に坊主頭と鼻ピアスが無言で俺に近づいてくる。
 おい、おい。ずいぶん険悪な空気だな。なに熱くなっているんだよコイツら。この状態だと何言っても耳に届かないだろうなぁ。しゃあない、やるしかないか。五人はやっかいだけど、坊主頭と鼻ピアスを叩けば何とかなるか。
 腰を低く落とした鼻ピアスが横腹を狙ってキックを出してくる。ステップを踏んでかわしたけど、スピードがある蹴りだ。こいつ空手かなにかやっているのか。おっと! 横から坊主頭が俺を捕まえようと腕を伸ばしてくる。集団戦で身体の自由を失ったらどうにもならねぇ。坊主頭の腕を跳ね上げて距離を取る。
「タク、マサキヨ、逃がすなよ」
 鼻ピアスの命令に眉毛傷と取り立てて特徴のないもう一人が俺の背後に回る。
 こいつらケンカ慣れしているな。あーやりづれぇ。こいつらを分断さえできれば各個撃破できるのに。この中じゃ格下っぽい眉毛傷か無個性君をやるか。けど鼻ピアスに背後を取られるのは得策じゃない。もう、どうすりゃ……こうなりゃ何発かもらうが、背後のヤツらを無視して鼻ピアスに集中するしかないか。けど坊主頭の野郎が邪魔だが、こいつさえ動かなかったら何とかなる。
「びびってるのかよ。なら、さっさとお終いにしてやるぜ」
 が、俺の考えを読んだかのように坊主頭と鼻ピアスが同時に動いた。
 ちっ!
「ミキぃ! お待たせ!」
 背後からの声といっしょに俺の顔の横を缶コーヒーが飛んでいく。
「うわぁ」
 突っこんできた坊主頭は自分に向かってきた缶コーヒーに体勢を崩す。
 ナイスタイミング!
 缶コーヒーに顔をそらしたアゴが上がった坊主頭にヒジを打ちこむ。同時に俺の背後から、
「ピン……ク……」
 と言う声と共に倒れる音が。
 振り返ると眉毛傷が龍太の横に倒れていた。
 こいつまたスカートで跳び蹴りしたのか。女の自覚ねぇな。けど助かった。これでこいつらを分断できたぜ。金髪は戦意がないようで鼻ピアスの背後に隠れているし、無個性君は龍太に相手してもらえばいいから一気に楽になった。
「龍太ぁ、後ろのヤツはまかせたぞ」
 無個性君と金髪の二人を相手にしてもらうが、龍太なら大丈夫だろう。
「オーケー。で、僕の相手は二人だけでいいの。なんなら手伝おうか」
「余計なお世話だ」
 と言ったものの坊主頭と鼻ピアスは面倒な相手だ。坊主頭は柔道をやっていたようで組み合うと面倒なことになりそうだし、かたや鼻ピアスは遠距離からの攻撃もありそうだ。
 予想以上にこのコンビは難敵だった。
 坊主頭の攻撃を避けながら、先に遠距離攻撃のある鼻ピアスを潰そう思っているのだが、悔しいが鼻ピアスは間合いの取り方が上手い。坊主頭の後ろに回り俺の腕がギリギリ届かない位置からヒットアンドアウェイで撲ってくる。龍太と同じ戦法だ。近づいて坊主頭に捉えられ身動きがとれなくなったら確実に鼻ピアスにボコボコにされる。
 くそ! とにかく突っこむしかねぇ。いちかばちかだ。
 無理矢理に坊主頭を交わして鼻ピアスに近づこうとしたのが裏目に出た。鼻ピアスのキックが横腹に決まりたたらを踏んだところで坊主頭が腰に組みつかれた。
 まずい! はなせ。俺は男に抱きつかれる趣味はないんだよ!
「ミキ、しゃがんで」
 龍太の言葉に身体が無条件で反応した。
 と同時に龍太が俺の背中を踏み台にして飛んでいく。飛んだ龍太は膝を曲げ一直線に鼻ピアスの顔面に……膝が顔にめりこんでいるよ。うわぁ痛そう。
 たとえ軽量の龍太でも助走をつけた膝蹴りならそこいらの男の拳より威力はある。鼻ピアスは盛大に鼻血を噴きだしながら崩れる。
「いつまでくっついているんだよ、この野郎」
 振り上げた拳を坊主頭の首筋に思いっきり振り下ろす。
「ミキ、片づいたみたいだね」
「ああ、なんとかな」
「ここにいたら警察とか来そうだから、とっとと帰ろうよ」
 うずくまっている鼻ピアスたちを介抱する金髪を後にして駅に向かう。


「ねぇミキ、さっきのケンカの時なんだけど、あの時リズムみたいなものを感じたんだよ。凄くアップテンポで、でも凄く単純でパンクみたいなリズムなんだ」
 龍太が思い出したように言う。
「おまえもか」
 実は俺もケンカの最中、なんでか知らないが頭の中に初めて聞くリズムが流れていた。思い返してみるとこんな経験は前にもあったような気がする。龍太とコンビを組み始めてからケンカのたびに色々な音楽が奏でられていたような気がする。
 色々問題のあるヤツだが龍太とのコンビは最強だ。お互いの攻撃のリズムがあっているというのだろうか、ケンカ自体は好きじゃないが、龍太とケンカしている時は楽しい。
「ミキ、思ったんだけどさぁ、ケンカの時のリズムを曲にしたらいいんじゃないかな。凄く僕たちらしくないかな」
「俺もそれを思っていた。いま頭に残っているリズムをすぐに曲にしたい」
「だったら僕の家で作ろうよ」
「いいな」
 龍太の家で俺たちは一晩かけて曲を作った。徹夜なのに身体の中からリズムが湧いてきて眠くならない。美也さんが作ってくれた夜食を頬張りながら、ああでもない、こうでもないとワイワイやっているうちに曲ができたんだ──バカみたく単純で、龍太の蹴りのようにスピード感があって、俺の拳のように重く響く──俺たちの初めての曲が。
 この曲は先輩たちからも評判がよかった。みんなで編曲して、由綺南先輩が歌詞をつけてくれて『こんなにも平和な世界』という曲名になった。




 *               *               *




 十一月の第二週の土曜日にライブに出ることになった。由綺南先輩の知り合いからライブに出ないかという誘いがあって、新曲を作った俺たちとしても人前で弾いてみて反応を見たいという思いもあり渡りに船で誘いに乗った。
「三枝、久しぶり。今日はありがとう」
 楽屋に入るや角刈りの頭に日の丸の鉢巻きをして旧日本軍の軍服を着た男が出迎えてくれた。
「国丸(くにまる)さん、ご無沙汰してました。ライブに参加させてもらえて嬉しいです。今日は精いっぱい演奏しますから、よろしくお願いします」
「こちらこそ。今日は女の子が少ないから、三枝たちが出てくれて本当に助かったよ」
 この軍服の人は国丸さんと言って、赤心憂歌隊という右翼系パンクバンドのリーダーをしている。由綺南先輩が中学校の時に国丸さんが家庭教師をしていたそうだ。現在は七年目の大学生活を楽しんでいるらしい。スゲーなぁ。
「赤心憂歌隊結成七周年という大事なライブに参加できて光栄です」
 十歌部長は深々と頭を下げ丁寧にお辞儀する。
 アマチュアバンドの寿命は案外短い。だいたいが学校の仲間とかで組むから卒業や進学や就職を境に解散してしまうバンドが多い。それにバンド活動というのは金がかかる。楽器に始まってレンタルスタジオ代、ライブハウスのノルマ、交通費など数え上げたらきりがない。だからバンドをしているヤツはバイト三昧ってヤツも多い。バイトに時間を取られて楽器の練習する時間が無くなるなんて笑えない話もよく聞く。はっきり言えばバンドをするヤツは自ら罰ゲームに飛びこんでいるようなものだ。そんななかで七年もバンドを維持し続けるってことは凄いことなんだ。
 だから国丸さんや赤心憂歌隊のメンバーにとってこのライブはとても重要なはずだ。今日このライブに参加するバンドだって赤心憂歌隊並みにベテラン揃いで、みんなこのライブの意味を実感をもって知っている人ばかりだ。そんなライブに参加させてもらえることは光栄だけど、はっきり言って緊張とビビリの方もデカイ。
「いやぁ七周年と言っても、ダラダラ続けていたら七年経っちゃっただけだから大したことないよ。だからそんなことは気にしないで今日は楽しんで」
 物々しい服にかかわらず国丸さんは始終笑顔を浮かべていてあたりが柔らかい。
「それに君たち文化祭の演奏を見てファンになったんだ。だから君たちが出てくれて一番喜んでいるのは俺の方だよ」
「ありがとうございます。でも褒めても何も出ませんよ」
 由綺南先輩が笑いながら答える。
 国丸さんは、えー残念なんて言っておどけてみせる。
 出演者のほとんどが二十歳以上なので高校生の俺たち気遣ってくれているのだろう。国丸さんをはじめ赤心憂歌隊メンバーや他バンドの人も気軽に声をかけてくれる。おかげで緊張はほぐれてきた。
「赤心憂歌隊さん、リハお願いします」
 スタッフの声に国丸さんたちはステージに向かう。
 リハーサルの順番は本番の出演順とは逆だから、本日の主役でトリを務める国丸さんたちが一番最初。俺たちのリハは最後から二番目。ステージ衣装に着替えた俺たちは楽器をチューニングしたり、他のバンドの人たちと話したりまったりと過ごしていた。
「君たちずいぶんカワイイ格好だね。でもそんなにフリフリした服だと弾きづらくない? こっちの彼氏は逆に軽装過ぎて寒そうだけど」
 タルヴァスというバンドの伊藤さんが感心するように尋ねてきた。
 俺たちは今日のステージ衣装に文化祭で着たゴスロリを選んでいた。もちろん俺は上半身裸。今は寒いからシャツを羽織っているけどさ。
「伊藤さんの衣装には負けます。それスイカ柄ですか?」
 龍太が苦笑いを浮かべて尋ねる。
 伊藤さんは緑地に黒い稲妻のような縦線が入った全身タイツ姿。
「うん。この衣装はウチの売りだからね。本番じゃこれにスイカのかぶり物をかぶるんだ」
 伊藤さんってたぶん三十歳を超えていると思うんだけど、いい歳した大人が全身タイツ姿だぜ。凄いと言うか、変態と言うべきか。
「でもメンバーの方は普通の格好ですね。スーツ姿の人もいるし……伊藤さんだけ浮いてません?」
 普通の人なら聞きづらいことをさらりと聞けるのは龍太の強みだな。俺が聞いたら下手すりゃケンカだもんな。羨ましい。
「違うよ。ボクが目立つためにみんなには普通の格好をしてもらっているの。ボクがリーダーの間はボク以外が目立つことは禁止なんだ。ボクこそは日本一のスイカなんだから、この座は譲れない」
 伊藤さんは左手を腰に当て、右手で中空を指差して、スイカは地球を救うと宣言した。
「ウチのリーダー、ビョーキだから相手にしなくていいよ」
「あ、リーダーのビョーキは空気感染するから近づかないでね」
 タルヴァスのメンバーが笑いながらヤジを飛ばす。龍太も由綺南先輩も十歌部長も笑顔で対応している。小比類巻先輩までが無表情の中に心持ち笑み成分を滲ませている。みんな緊張から脱したようだ。年齢の違いはあってもここにいるのはみんな音楽バカだもんな。自然と仲間意識のようなものが生まれてくる。北海道でのライブでも感じたけど音楽ってスゲー力があるよなぁ。
「ねえ君。君、クロムなんちゃらのドラムだよね?」
 背後からの声に訂正しつつ振り……
「クロムウェル・マーク・テンで……でかっ!」
 ……目の前にばかでかい女がいた。身長に見合ったやたらと男前の整った顔で一瞬男かと思ったが、自己主張の激しい胸のふくらみが女であることを表している。
「失礼だな。私もでかいけど、君もでかいじゃない」
 俺はいままで自分と同じ視線の高さの人間にはあまりお目にかかっていない。学校でも俺と同じぐらいの身長はバスケ部の桑橋とか数人しかいない。ましてや女で俺並みの長身は初めて見る。驚きすぎて素直な言葉がでてしまった。
「し、失礼しました」
「いや。いいよ。私がでかいのは事実だし、いままで散々言われてきたからもう慣れてる。私は猫の額に玉の汗ってバンドでベースしてる西峯銀(にしみね・ぎん)。銀って呼んでくれてかまわないよ。それよりさぁ、あの娘を紹介してくれない」
 銀さんが紹介して欲しいと言ったのは龍太だった。
「龍太ですか?」
「龍太? ずいぶん変わった名前だな。まあ、そんなことはいいや。君たちのバンドはかわいい娘が多いけど、龍太ちゃんが一番かわいい。私の好みだ。ぜひともお友達になりたい」
 なんだか表現が変な気もするが、銀さんは俺らより歳上みたいだし、同じ出演者なんだから無下に断ることもないだろう。
「龍太ぁ、こっち来てくれ。紹介したい人がいるんだ」
「なに?」
 ピンクペンギンパークって名前のバンドの人と話していた龍太がフリフリのスカートを翻してやってくる。
「この人、猫の額に玉の汗ってバンドの銀さん。龍太と話したいんだってさ」
「ね、猫玉のベースの西峯銀です。は、初めまして」
 俺と話していた時とはうって変わって妙に緊張した話し方だ。心持ち顔が赤いような気もする。なにを緊張する必要があるんだ?
「あ、君は用事済んだから、もう行っていいよ」
 が、俺に向かって言う言葉には緊張どころか遠慮の欠片もない。ま、女同士で話したいこともあるんだろう。俺もリハ前に打ち合わせたいことがあったので十歌部長たちの方に向かう。




 午後六時とともにライブが始まった。
 口切りはピンクペンギンパーク。本来なら一番実績のない俺たちが最初に演奏するべきなんだろうけど、「俺たちが会場を温めてきてやるよ」と先陣を切ってくれた。
 国丸さんに教えてもらったんだけど、ピンクペンギンパークは地元茨城じゃ単独ライブができる実力があると言うことだ。事実、ピンクペンギンパークがステージに上がって五分もしないうちに会場から歓声が上がり、盛り上がっている空気が楽屋にも伝わってきた。
 凄いステージをやっているんだろうなぁ。


「いやぁキツイ。年とるとベースが重くてかなわないよ」
「今日の客はノリがいいな」
「コウ、おまえ二曲目ミスったろう。あんな簡単のとこ間違いやがって、老化が始まったんじゃねぇの」
 ピンクペンギンパークのステージが終わり、汗まみれのメンバーが楽屋に戻ってくる。
「クロテンさん、次よろしくね。楽しみにしているよ」
 頭から血を流したボーカルのキヤさんが笑顔で声をかけてくれる。
 ピンクペンギンパークは名前の柔らかさと違って、ライブのたびにキヤさんは自傷して血まみれになるハードなバンドだ。
 いくらライブのためとは言え、俺にはそこまで目立つまねできないぜ。と言いたいのだが、今回のオープニングは文化祭と同じく小比類巻先輩を肩に載せて出ることになった。龍太が「面白そうだから、今回は僕を載せててよ」と言っていたが、丁重に「冗談じゃねぇ。オマエ、小比類巻先輩より重いだろう」と断っておいた。龍太は僕はそんなに重くないよと文句を言っていたが、この前のケンカの時に俺の背中を踏み台にしたじゃねぇか。重かったぞ。
「私のギターが始まったらステージに出てくれ」
 ギターを持ち上げた十歌部長が照明を落としたステージに向かう。
「今日の主役は赤心憂歌隊なんだから、私たちは刺身のツマ。だからツマらしく楽しく演奏しましょう」
 由綺南先輩がみんなの緊張をほぐすように軽い口調で言う。
 緊張はあるけど、程良い緊張というのかな。今日は新曲のお披露目だから、緊張よりすごくワクワクした気持ちの方が大きい。
「ミキぃ……」
 地の底から響いてくるような声と共に俺の脇腹にヒジ打ちでも喰らったような痛みが走る。いや本当にヒジが脇腹にめりこんでいた。龍太のヒジが。
「痛ぇな。なんだよ」
「よくも僕を売ったね……」
 龍太はヒジを打ちこんだまま顔を下に向けている。
「売ったってなんだよ? 意味わからねぇよ」
「銀さんの性格知っていて僕を紹介したでしょう」
「は? 知らないよ。今日初めて会った人間の性格まで知らねぇよ。何があったって言うんだ」
「銀さんって男に興味がない…………女の子しか…………僕の胸を…………」
 うつむいたままボソボソしゃべるせいでほとんど聞き取れない。
「なに言っているんだ。聞こえねぇぞ」
「……そうだよ…………ミキが僕を売るわけないか…………」
 まだボソボソと、でもこんどは自分に言い聞かせるような話し方でつぶやいている。
「何か変だけど、具合でも悪いのか。大丈夫か?」
「大丈夫。ちょっと緊張していただけ。もう平気」
 龍太は顔を上げさばさばとした表情でにぃと笑う。
「だったらいいけど。先輩たちがステージで待っているぞ。早く用意しろよ」
「うん」
 龍太はギターを肩にかけるとステージに通じるドアに向かう。ドアのノブに手をかけた時振り返り、
「一曲目は思いっきりハードに叩いてよ」
 突きつけるようにギターのヘッドを俺に向ける。
「俺とオマエで作った曲だぜ。客全員の度肝を抜いてやるほど叩くつもりだ。オマエも死ぬ気で歌えよ」
「当たり前じゃん」
 なんのつもりかウィンクした龍太は軽い足取りで出ていく。
「それじゃ俺たちも準備しますか」
 ステージに通じるドアを眺めている小比類巻先輩に声をかける。
「うん」
 小比類巻先輩の声を聞きながら俺たちもステージ脇に移動する。


 俺たちのオープニングはうけた。ピンクペンギンパークのおかげで会場が温まっていたのもあるだろうけど、小柄とはいえ女の子を肩に乗せて登場というのはインパクトがあったみたいだ。観客から温かみのあるヤジが飛んだりする。
 いい感じだ。今日は全曲俺たちのオリジナルだからうけるか心配していたけどなんとかなりそう。フロントに立つ龍太や十歌部長は後ろから見ていても堂々として自信の程が見て取れる。由綺南先輩が笑顔でうなずいてくれる。小比類巻先輩が俺を見てぐっと親指を突き立てる。上手くいきそうな予感がする。
「今日初めて人前で演奏する曲なのでミスるかもしれません。ミスった時はドラムのかわいらしさに免じて許してくださいね」
 ──かわいくねぇぞ!
 ──怖いの間違いだろう!
 ──ドラム、セクシーだぁぁ。俺の好みだ!
 龍太がMCで観客とじゃれあう。
 いつも思うのだけどフロントは本当に凄いよな。絶えず観客の視線を浴びて、その中で歌ったり演奏したり、さらにはMCをするんだもん。俺なんてフロントにドラムセット置かれたらMCや歌どころが、ビビってドラムすらまともに叩けないと思う。龍太や十歌部長は度胸があるのか、単なる目立ちたがり屋なのかは解らないが、自分がバックでよかったと思うぜ。
 十歌部長が今日のライブのために用意したヤマハのSG1000を構える。準備は整ったようだ。俺はドラムグローブをはめた手をズボンに擦りつけスティックを握る。十歌部長に合わせたのかギブソンのサンダーバードを新調してきた由綺南先輩がシールドのたるみを確認してから大きく息を吐く姿が視野に入る。小比類巻先輩がキーボードの上に置いたレコーダーのスィッチに手をかける。龍太がギターのストラップを直して、後ろに回した左手で握り拳をつくる。
 演奏開始の合図だ。
「一曲目は『こんなにも平和な世界』です!」
 龍太の声に重なるようにマシンガンの乾いた銃声と重砲の重い響きが大音量で会場を揺らす。これは色々な戦争映画の戦闘シーンをレコーダーに録音しておいたものだ。
 フェードアウトする砲撃音に十歌部長の重いギター音が取って代わる。
「僕らの世界はなんて平和なんだろう。めまいががするほどぬるま湯で……」
 歌う龍太に十歌部長が寄り添う。曲はパンクなのにゴスロリの二人が絡み合っているのは何とも言えない違和感があって、それが観客に受けている。
 でもバンドはフロントだけじゃない。ここからは俺たちリズム隊の見せ場だ。だてに俺と龍太の合作じゃねぇ。ちゃんとリズム隊が目立つパートも作ってあるんだぜ。
 由綺南先輩がベースのヘッドを思いっきり下げて弾きながらフロントに出る。由綺南先輩を俺のドラムの音が追いかける。おお、我ながらいい音だ。腕に伝わる振動が気持ちいい。小比類巻先輩が俺の音に合わせて身体でリズムをとっている。リードギターの十歌部長は俺のドラムに対抗するかのように太い音を奏でる。龍太が振り返って俺に笑いかけてきた。みんな楽しそうじゃん。


 短いMCを挟んでたて続けに三曲演奏。三曲目は十歌部長が歌い龍太がリードギターをとった。けっこうハードな曲なのに龍太は目立ったミスもなく弾ききった。いつのまに練習しやがったんだ。
「いまの曲はきつかったです。弾いていて指がつるかと思いましたよ」
 龍也は左手を大袈裟に振って客を笑わせながらギターを下ろす。
 龍太の背中が汗でぐっしょり濡れている。龍太だけじゃない。十歌部長も由綺南先輩もタオルで顔を押さえている。小比類巻先輩はふだんと変わった風には見えないけど、珍しくスポーツドリンクに口をつけている。リハの時にはわからなかったけど、このライブハウスって空調が弱い。観客の熱気もあって汗まみれだ。でもこの汗は悪い感じじゃない。思いっきり運動した後みたいで心地良い。
「……次が僕たちの最後の曲です。なんと懐かしのOiパンクです。かけ声よろしくお願いします♪ かけ声してくれなきゃドラマーをけしかけて熱い抱擁してもらいますよ。命が惜しい人はOiのかけ声よろしく。それじゃワン、ツー、スリー、よん!」
 ギターの歪んだ音とともに演奏が始まる。
 この曲は十歌部長の作曲だ。曲の作りは凄くシンプルでわかりやすいし、スピード感があって音のメリハリがある。それだけに観客はすぐに反応してくれた。
「……僕らの未来は蛍光ピンクOi!Oi!Oi!Oi!」
 握り拳を作った右手を龍太が振りながら歌う。
 観客たちも右手を挙げてOi!Oi!Oi!Oi!と一緒に歌う。
「……いまが苦しくても蛍光ピンクOi!Oi!Oi!Oi!」
 ──Oi!Oi!Oi!Oi!
 ──Oi!Oi!Oi!Oi!
 観客と一体になりながら俺たちは演奏を続ける。
 ──Oi!Oi!Oi!Oi!




 *                *               *




 ライブは大成功のうちに終わった。俺たちの後に出た猫の額に玉の汗もタルヴァスも凄くうけていた。ピンクペンギンパークもそうだけど、どのバンドも固定ファンがいて単独でも客を呼べる力を持っている。そんな凄いバンドが一堂に集まっているのだから盛り上がらない方がおかしい。もちろん一番盛り上がったのは今日の主役である赤心憂歌隊。ステージに出た途端、ライブハウスの建物自体が揺れた。そうとしか表現できない反応だった。控え室にいても観客の歓声は空気を振るわせていた。色々な人の感情をここまで刺激できる音楽って凄いよなぁ。


「今日はお疲れ様でした。では、無事ライブが終わったことを祝って乾杯!」
 国丸さんが立ち上がってグラスを掲げる。
「乾杯〜ぃ!」
 みんな一斉にグラスを打ち合わせる。
 大熱狂のライブが終わり俺たちは打ち上げのためライブハウス近くの居酒屋に集まっていた。初めのうちは今日のライブの話しやバンドのことなどを話していたんだけど、アルコールが入るにつれ下ネタあり、オヤジギャグありの混沌状態。
 この混沌の中で俺たちクロテンは主役だった。ただし「俺を除いて」だけどな。
 クロテンのメンバーの周りには色んな人が集まっている。メンバーは俺から見ても美人揃いだと思う。十歌部長は顔もスタイルも良いし、由綺南先輩はいつもニコニコしててお嬢様風だし、小比類巻先輩だって喋らなきゃ和風美人だ。もちろん龍太の周りにも人が集まっている。龍太は元男だけあって女女していないから気軽に声をかけやすいのだろう。タルヴァスのホンさんや赤心憂歌隊の野村さんたちが楽しそうに龍太と話している。さらに銀さんも龍太の横に座っている。かたや俺は国丸さん、タルヴァスの伊藤さん、頭に包帯を巻いたキヤさん、猫玉のリーダーでオカマの土田さんと言った濃いメンバーに挟まれて椀子蕎麦状態で酒をつがれ続けていた。
「もう飲めないだとぉ。苧留ぇ、立派な体格しているんだからまだまだ飲めるだろう。さあ飲め。俺が高校生だった時は一晩で一升飲んだぞ」
 顔を真っ赤にした国丸さんがドプドプとコップに日本酒を注ぐ。と言っても、国丸さんは酔っていて半分以上はコップの外側に注がれていたけど……なにが一升ですか。そんな真っ赤な顔して言われても真実味がないッス。
「ミキ君は羨ましいなぁ。女の子が多いバンドで。ウチのバンドなんてむさくいオヤジしかいない。加齢臭プンプンだよ。バンドの名前だってザ・カレー集って変えようかって話しまであるんだぜ。ボクはミキ君が憎い! ピチピチの女子高生に囲まれて不純異性交遊し放題のミキ君を心の底から憎める。だから飲め!」
 伊藤さんはさっきから俺にからんでいる。そりゃぁ俺以外は女ばかりのバンドだけど、女の集団の中に男が一人交ざっている辛さを知って欲しいです。あのメンバーに手を出したら……考えるだけで怖ろしい。
「あのオープニング気に入ったわ。こんどウチの銀を担いで出てみない。きっとウケるわよ。そうね我ながらいいアイデアだわ。このアイデアに対して祝杯をあげないといけないわね。ささ、飲んで」
 絶対、無理ッス。あの背丈ならいくら女性でもそこそこ体重あるだろうし、なにより俺が銀さんを担いだら天井にぶつかりますって。あのぉ土田さん……飲みますから、口移しは勘弁して下さい。
「パンクは血を流してなんぼなんだぞ。なんでオマエは無傷なんだよ。若いんだからもっと暴れて血を流せよ。それともファッションパンクかぁ。国丸さんの前でファッションパンクなんて演奏した詫びとして飲め! 本物のパンクなら酒は必需品だよな。だから飲め!」
 キヤさん目が据わってますって……何がなんでも飲まなきゃいけない状況じゃないですか。
 俺は酒癖の悪い酔っぱらい四人に囲まれて飲まされ続けていた。


「……銀さんやめてくださいよ」
 向こうのテーブルから龍太の声が聞こえる。
「僕にはそういう趣味はないんですってば……」
 見れば龍太が銀さんに抱きつかれている。小柄な龍太がでかい銀さんに抱かれていると締めつけられているように見える。いや、本当に締めつけられているのかも。龍太がジタバタしている……おっ、なんとか抜け出したようだ。
「だから、僕は……」
「…………」
 銀さんはハスキーボイスだし、龍太の声も他のテーブルの声が邪魔ではっきりと聞き取れないが、龍太が肩で息をしているところを見ると口論でもしているのか?
「苧留ぇ、俺が注いだ酒が進んでないぞ。俺の酒が飲めねぇというのか」
 俺の肩に腕がかかり日本酒で満たされたビール用の大ジョッキを突きつけられる。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ国丸さん。ところであの二人、何しているんですかね」
「あぁ? おおかた女同士の秘密の会話ってやつだろう。そんなことはいいから飲め! よし俺と乾杯しよう。それも中国式の飲み干す方式でな」
 と言って大ジョッキを押しつけ、国丸さん自身はおちょこを持ち上げる。
「こんなには無理ですってば。それになんですこの差は」
「いいから。いいから細かいことは気にするな。それじゃいくぞ……」
「ミキ! ミキちょっと来て!」
 国丸さんが乾杯を言おうとしたまさに寸前、龍太の声が割って入る。
 ラッキー♪
「すんません。龍太が呼んでいるので失礼します」
 乾杯しかけの国丸さんから逃れ、俺は立ち上がって──足元がぐらついたぜ。やばいなぁ飲まされすぎて酔いが回ってる──龍太のいるテーブルに向かう。
「なんだよ」
「ミキが僕の彼氏です。僕はノーマルだから女の人には興味ないんです」
 俺が龍太の彼氏? なんの冗談だ? こいつ酔っているのか?
「なにバカなこと言ってる……」
 突然俺の口を押さえ、龍太は小声で「ミキ、お願いだから黙って僕に合わせて。合わせてくれたら貸していたお金チャラにしてあけるから」と囁いた。
 なにがなんだか解らないが借金を棒引きしてくれるのならなんでも言うことを聞くぜ。
「え〜龍太ちゃんの彼氏がこんなうすらでかくて強面のやつなのぉ。趣味悪い」
 銀さんは俺に無遠慮な視線を投げかけてくる。
 強面はともかくうすらでかいって銀さんだけには言われたくない。俺と身長変わらないじゃん。それに趣味悪いってなんだよ。
「そうなんです。僕は趣味が悪いんです」
 龍太。おまえまで……。
「信じられないな……だったら証明するためキスしてみせてよ。本当に恋人同士ならできるでしょう」
 はい? いまなに言いました?
「で、できます!」
 龍太の目が据わってる。
「ちょ、ちょい待て……俺はキスなんか……」
「ミキ、ごめん」
 と言う声と同時に、うぉ! 膝の後ろに力が加わえられバランスが崩れ身体が倒れる。床にぶつかると思った瞬間、身体を龍太に抱きかかえられる。
「あ、危ねぇじゃないか、なにしやがる龍太! えっ?」
 文句を言おうとした相手の顔が目の前にある。か、顔近すぎ!
「ば、バカ。やめ、やめろ」
「すぐ済むから。だから暴れないで」
 そう言う問題じゃないだろう。顔近づけるな。ああ、近い、近いって!
「ミ、ミキ……暴れないで。そんなに暴れると腕が、腕が……」
 その後のことはハッキリとは覚えてない。
 俺の体重を抱えきれなかった龍太の手が離れ、物理法則に従って俺の身体は下に一直線。不幸なことに畳に到着する前にテーブルが存在していて、俺は後頭部をテーブルの角にしたたかぶつけ意識がフェードアウトした。ただ、龍太の手が離れる寸前、唇に柔らかいものが触れたような気もするがきっと気のせいだろう……気のせいさ……気のせいであって欲しい……。


 月曜日、部活に行ったら十歌部長に「ゾーシュ君、ヤマダ君とキスはどうだったかね?」とからかわれた。
「俺はキスしてないです。なあ、龍太そうだよな?」
 と、龍太に振ると、
「さぁ……」
 龍太はネコのようなニヤニヤ笑いを浮かべたまま言葉を濁す。
 なんだその態度。何を隠しているんだ。
「キスはともかく、あの後は凄かったわねぇ。見ているこっちが恥ずかしくなっちゃったわよ」
 由綺南先輩が意味深なことを言う。
「……鬼畜」
 小比類巻先輩につねられた。
「な、何があったんすか部長? 俺、頭をぶつけてから記憶がないんですけど」
「私の口からはとても言えないな」
 十歌部長が目をそらす。
 マジで何があったんですか?




 【]】Longview




「何それ」
 俺の部屋に入って来るなり龍太は素っ頓狂な声を上げた。
「見りゃわかるだろう。フェーリス・シルウェストリス・カトゥスだ」
 これを見てわからないとしたら、こいつを小学校に入れ直させなきゃならないだろう。
「ふぇーり? そんな変な名前で言わなくていいよ。それ猫だよね」
「変な名前とは失礼なヤツだな。世の中の物はすべからくラテン語の学名がついているんだぞ。そして猫はフェーリス・シルウェストリス・カトゥスと言うんだ」
 俺はわざわざネットで調べた付け焼き刃の知識を間違えず言えたことに達成感を覚えていた。
「ラテン語なんて知らないよ。それよりその猫どうしたのさ?」
「猫、猫ってうるさいな。こいつには狂四郎っていうちゃんとした名前があるんだ」
「狂四郎? ん〜どこかで聞いたような名前だね。あっ、そういえば狂四郎ってミキのお父さんが最初にミキにつけようとした名前じゃなかったっけ?」
 その通り。親父は俺に狂四郎と命名しようとしたが、母親や親族の猛反対にあって撤回したいわく因縁のある名前だ。三男に狂”四郎”もないだろうが、苧留造酒(オトメ・ミキ)より苧留狂四郎(オトメ・キョウシロウ)の方がマシな気がする。
「で、その狂四郎がどうしてミキの家にいるの?」
「親父がもらってきたんだよ」
 親父が十日ほど前に会社の同僚からもらってきた仔猫が狂四郎だ。俺としてはもらってくるのなら犬の方が良かったのだが、住宅が密集するこの辺りでは鳴き声で近所迷惑になる可能性もあるし、なにより一刀兄ぃが大の犬嫌いだから飼えない。その点、猫ならば家族に猫嫌いはいないし、犬ほど鳴かないから問題はない。と言うことでなし崩し的に我が家で飼うことになったのだが、親父は狂四郎って名前に未練があったらしく猫に狂四郎と命名してしまったんだ。
「じゃあどうしてミキの肩に乗っかっているの?」
「猫の気持ちなんて知らねぇよ。とにかくすぐ登ってくるんだ。爪を出して登ってくるから痛いし、顔の横にいるから邪魔で迷惑だ」
「だったら下ろせばいいじゃん」
「下ろすとまた登ってくる。こんなふうにな」
 俺は狂四郎を掴んだ。どんなことをされるのか察したのか爪を立てて踏ん張るが、しょせんは仔猫──シャツが嫌な音をたてたが──簡単に引きはがせる。狂四郎を床に下ろす。
「ミキの顔を見上げてるね」
 狂四郎の横にしゃがみこんだ龍太が狂四郎と一緒に見上げている。
 狂四郎がお尻をムズムズと動かし、グッと沈みこんだ。ヒゲが前に寄る。
 と、狂四郎が跳ね上がった。ジーパンにへばりついたと思ったら、ベリっという音とともに狂四郎が登ってくる。
 痛っ! 痛っ! 痛っ!
 仔猫特有の鋭い爪が肌に突き刺さる。
「にゃぁうぅん」
 肩まで登り切って狂四郎は自慢気にひと声鳴き頭をすり寄せてくる。
「こんな感じだ」
「凄いね。猫おもしろいなぁ、それに触り心地も良いし。ウチでも飼おうかな」
 龍太は感心しつつ狂四郎の喉をなでている。


「猫……かわいい」
「うわぁ、先輩!」
 いつの間にか小比類巻先輩の顔が横にあった。正確に言うならイスに座った俺の肩に乗る狂四郎と小比類巻先輩が見つめ合っている。
「猫さん、こんにちは」
 俺の存在など気にならないようで、狂四郎に顔を近づけて鼻をちょいとくっつけた。
「何やっているんですか?」
「あいさつ……」
 相変わらず不思議なことをする人だ。
「猫さんは機嫌が良い」
「はぁそうですか」
「お手」
 小比類巻先輩が差しだした手の平に狂四郎は右の前足をのせる。
「おかわり」
 こんどは左の前足をのせる。
「シッポぱたぱた」
 シッポをバタバタと振りはじめる。
「やめ! やめ! 小比類巻先輩、シッポを振るのをやめさせてくれ」
 シッポで顔を叩かれて鬱陶しい。
「猫さんシッポストップ」
 シッポの動きが止まる。
「猫って芸ができるんだ。初めて知ったよ」
 龍太が驚いている。
 驚いたのは俺の方だ。いままで狂四郎は芸なんて見せたことがない。それがどうして今日会ったばかりの小比類巻先輩の言うがままに芸をするんだ? そういえば魔女の使い魔と言えば猫。ひょっとして……小比類巻先輩って魔女?
「魔女じゃない……猫の扱いに慣れているだけ」
 だから俺の心を読むなよ。
「そおッスか」
 どうも釈然としないが、小比類巻先輩にはドラムを借りなきゃいけないから余計なことは言わないが華だな。
「あれ? 小比類巻先輩、楽器持ってきてないですね。じゃあ今から先輩の家に取りに行きますか?」
「ううん、行かなくていい。お父さんがここまで運んでくれた。いま、玄関に置いてある」
「ドラムもですか?」
「うん」
 小比類巻先輩は狂四郎の喉をなでながらうなずく。
「うわぁ、ありがとうございます。本当なら俺が借りるんだから、俺が取りに行かなきゃいけないのに。先輩のお父さんにお礼言っておいてください」
「うん」
「よかったじゃん。取りに行く手間が省けたね。でもドラムは不便だなぁ。ミキの場合は最低でもスネアにバスドラにハイハットは必要だもんね。それに比べて僕や小比類巻先輩なら楽器本体とアンプがあればいいもんね」
 龍太はソフトケースに入れたギターと足下に置いた電池駆動のローランドの小型アンプとエフェクターケースを指差す。
 楽器本体とアンプと言うが、アンプは小型とはいえ六キロぐらいあるし、シールドやエフェクターなんかも入れればちょっとした荷物にはなるが、キャリーで運ぼうと思えば運べるサイズだ。小比類巻先輩も同じようなものだ。それに引き替え俺の方は重さは大したことはないがドラムはかさばる。
「しょうがねぇよ。路上ライブというのは不便がつきものらしいからな。ま、駅前までは一刀兄ぃが車で運んでくれるし恵まれている方じゃねぇの」
「そうかもね。でも、初めての路上ライブだから緊張するよ」
「俺もだ」
「私も」
 そう、俺たちは今日路上ライブをやる。俺と龍太と小比類巻先輩の三人で。


 どうして路上ライブやることになったかって?
 国丸さんのライブの翌日に「ミキ、路上ライブやろうよ」って龍太が言いだしたからだ。
 龍太は手術のために大阪に行った時、路上ライブを見てその面白さを感じていたそうだ。その後、北海道ライブツアー、文化祭、そして国丸さんのライブを経験して人前で演奏する楽しみを実感したらしい。それは俺も小比類巻先輩も同じだ。他人の前で演奏したくてウズウズしていた。でも、ライブハウスに出るにはノルマがあるし、無料で演奏できるイベントなんて滅多にない。
 そこで龍太が思いついたのは、この近所じゃ一番人通りの多い賀広駅の駅前で路上ライブすることだった。賀広駅前では色々なバンドが路上ライブをやっているのは俺も知っていたし、そこで演奏してみたいなと思ったこともある。けれどこれまでは手段がなくって縁がないものだった。俺はスネアドラムしか持っていないし、学校のドラムは持ち出し禁止。龍太はACアダプターが必要なマーシャルのアンプしか持っていなくって電源のない屋外では演奏できない。
 でも、龍太が電池でも駆動するアンプを買ったことから路上ライブが現実感を持ってきた。ドラムは小比類巻先輩からハイハットと十六インチフロアタムを借りれば何とかなることに気が付いたのは最近だ。一番大きくて場所を食うバスドラムの代わりに、フロアタムを横にしてバスドラムの代わりにする道具がある。駅前の楽器屋で中古のそれを見つけて一気に加速した。
 初めは俺と龍太だけで演奏するつもりだった。そりゃ十歌部長たちがいてくれた方が本格的な演奏ができるけど、みんなが集まったりするのは大変だし、部活でもないから気軽に二人で遊びのつもりで路上ライブをやろうと言うことになった。で、フロアタムなどは小比類巻先輩の家にあるやつを借りるつもりで小比類巻先輩に相談したら、「面白そう。私も入れてくれるならドラムを貸してあげる」と言われて急遽三人バンドになったわけだ。
 学校帰りに何度か小比類巻先輩の家で練習して準備はオーケー。
「それじゃ一刀兄ぃに車を出してもらおうぜ。演奏したくてウズウズしていたんだ早く行こうぜ」
 と、言ったものの、出発までは一悶着も二悶着もあった。怠惰な大学生らしく惰眠を貪っていた一刀兄ぃを叩き起こしたり、狂四郎と遊び続ける小比類巻先輩をなだめすかして行く気にさせたり、オフクロと話しこみ始めた龍太をせき立てたり、ついていくとばかり俺にへばりついて離れない狂四郎を引っぺがしたり、出かけるまでに無駄な体力を浪費した気がするぜ。




 *                *                *




「それじゃあ夕方に回収に来ればいいんだな。でも本当に大丈夫なのか、駅前で演奏なんてして?」
「大丈夫だろう。駅前で演奏しているヤツは結構いるから」
「そういうもんか。じゃあ後でな。あっそうだ。龍や小比類巻さんがナンパされそうになってもケンカするなよ。警察に迎えに行くのはゴメンだからな」
 弟に対する不穏当なセリフを残して一刀兄ぃは手を振って帰っていった。
 駅前は広場になっている。昔はバスターミナルだったのでそれなりの広さがある。半円形の広場の中央にはちょっとした常緑樹が植わってベンチなんかも置いている。俺たちが着いた時にはすでに数人が広場の端で路上ライブしていた。
 演奏なら広場中央でやれれば目立っていいのだろうが、ここはライブハウスじゃない。駅を利用する人がスムーズに利用できることが一番重要だ。俺たちは駅前広場を利用する人たちの邪魔をしちゃいけない。もちろんライブハウスで演奏する時のような爆音も厳禁だ。広場のベンチでひと休みする人もいれば、赤ちゃんを連れた人や待ち合わせする人たちだっている。駅前広場を使う人に不快感を与えるのはマナー違反になる。
 だから路上ライブで演奏するヤツはアコースティック楽器か出力が小さい小型アンプしか使わない。それに周囲を走る車の音や人の話し声もあって演奏音なんて数メートル届くのがやっと。その中で演奏するのが難しい。駅前広場の人のほとんどは演奏を聞きに来たわけじゃないし、音楽の趣味だってバラバラだ。用事があって急いでいる人だってたくさんいる。どうやって、その人たちの足を止めさせて演奏を聞いてもらうかはバンドの実力次第。ある意味、ライブハウスよりシビアな状況なんだ。
 と、前途に不安ばかり想っていてもはじまらない。まずは楽器をセットして演奏しなきゃ結果はでない。
「僕たち挨拶してくるから荷物番よろしく」
 と言って、先にセットが終わった龍太と小比類巻先輩が路上ライブをしている他のバンドに挨拶に行く。
 ロックなんてやっているやつは反社会的な性格をしていると思う人もいるかもしれないが、じつは結構みんな常識人で真面目だ。だからこそライブハウスでも路上でも挨拶は欠かせない。本当は俺も一緒に行った方がいいのだろうけど、ドラムはセットに手間がかかるし荷物番も必要だ。なにより俺が行くと因縁をつけられると勘違いされるかもしれない。演奏前にトラブルはごめんだ。龍太なら如才ないし、小比類巻先輩も喋らなきゃ和風美人ということでウケがいいだろう。
 しばらくしたら龍太と小比類巻先輩が戻ってきた。
「この時間だとスーパーの放送とかあんまり無いから、ドラムはきつめにチューニングしなくても大丈夫だって。あとアップテンポの曲の方がうけるって教えてくれたよ」
 龍太が色んなバンドから仕入れてきた情報をさっそく教えてくれる。
「どんなバンドが来ていた?」
「キーボードの弾き語りの女の子や、スカコアの三人組、ギターデュオと…………」
 不意に龍太の声が小さくなる。
「どうした? あとなんだよ?」
 龍太は重い息を吐き出して中央のベンチが置いている場所を指差す。どうやら植えこみの反対側に誰かいるようだ。
「銀さんがいた……」
「銀さんって猫玉の銀さん?」
「うん。たぶんそう。姿を見かけたから僕はすぐ逃げたけど間違いないよ」
 俺の脳裏には、やたらとでかくて(俺には)無愛想な銀さんの姿が浮かんだ。
 同時に龍太の脳裏にも何か浮かんだようで情けない表情になる。
「ねえミキ、今日は路上ライブをやめにしない」
「やめるなんて冗談じゃない。せっかく用意したんだから一曲も演奏しないで帰れるわけないだろう。それに夕方にならない一刀兄ぃは来ないんだから観念しろよ」
「でもぉ……」
「銀さんに見つかってはいないんだろう。銀さんだって用事があって駅に来ているんだろうし、どこかに行っちゃうんじゃないの。それに仮に見つかったとしても日曜日の真っ昼間から変なことはしないだろう。そうですよね小比類巻先輩」
「…………」
 小比類巻先輩は眉根を寄せたまま首を捻る。
「小比類巻先輩も首をかしげているよ。やっぱりミキぃ……銀さんに見つかる前に帰ろうよ」
「どうもぉ」
「ひっ!」
 突然の声に龍太が小さな悲鳴じみた息を漏らす。
 気がつくと大学生ぐらいの男が龍太の後ろに立っている。
「あっ、おどかしちゃった。ごめん、ごめん。さっきは挨拶しに来てくれたのに演奏中で応対できないで済まなかったね」
「誰?」
 俺が小声で小比類巻先輩に尋ねると、アコースティックギターとボーカルとカホンで構成された7cmというバンドの高階さんという人だと教えてくれた。
 話してみて驚いたことに、高階さんは俺たちの高校のOBだった。同じ高校と言うことですぐに打ち解けられ、路上ライブのこととか色々教えてもらえた。
「それじゃ、そろそろ戻るわ。後でメンバーと聞きに来るよ。君たちの演奏を期待しているからね」
 と言って戻っていく。
「やっぱり演奏するの……」
 浮かない顔をした龍太が溜息混じりに愚痴る。
「あきらめろ。期待してくれる人もいるんだ。さっさと準備をはじめろよ」
「う、うん……」
 力無くうなずいた龍太が何度も中央ベンチの方を振り返りながらギターに向かう。ギターを構えると決心がついたのか、
「一曲目は『こんなにも平和な世界』でいくよ」
 俺たちの返答を待たずにギターを弾きだす。


 路上ライブというものは観客を集めるのが難しいとは覚悟していたけど、こんなにも難しいとは思わなかった。
 演奏を始めると視線を向けてくれる人は結構いた。けど、「うるさいな」みたいな表情で顔をしかめる人か、いちおうボーイッシュな美少女(?)の龍太と和風美少女の小比類巻先輩の女の子二人が演奏しているからちょっと見る人ばかり。足を止めて聞いてくれる人はいない。立て続けにオリジナル曲を二曲演奏してみた結果がこれだ。オリジナル曲だから通行人にとっては初めて聞く曲で馴染みがないし、元々五人で演奏する曲を無理矢理三人で演奏しているから音が薄くなっている。だからしょうがないと言えばしょうがないけど、観客がいないライブというものがこんなに張り合いがないものとは……心なしか龍太のギターボーカルにも、小比類巻先輩のキーボードにも、いつもの勢いがない感じがする。俺自身もドラムを叩いていていまひとつのれないでいた。
 唯一の救いと言えば龍太が怖れていた銀さんが姿を見せなかったが、俺としてはちゃんと聞いてくれる人なら銀さんでもかまわないんだけどなぁ。
 三曲目の前には趣向を変え、龍太にちょっと長めにMCをさせて通行人の注意を惹くようにしてみた。でも、さすがの龍太も不特定多数に対してのMCは勝手が違うようでライブのときのようなキレがない。それでも何人かは足を止めてくれたので演奏を始める。
「……風に乗った音は飛んでいく 見えない未来に届く いつか僕らが追いつくときまで 先へ 未来へ 夢の場所へ」
 三曲目の「偏西風に乗せて」が始まると立ち止まっていてくれた観客も一人、二人と立ち去っていく。
 みんなだって用事があるからしょうがないんだと自分に言い聞かせながら演奏するが、やっぱ寂しい。駅前にたくさんの人が行き来するだけに余計そう感じる。それでもなんとかテンションを下げないように演奏しきると、
 パチパチパチパチ
 拍手がきた。
「お姉ちゃんたちかっこよかった」
 観客の反応なんて期待していなかっただけに驚いた。初めてのちゃんとした観客だ。拍手してくれたヤツはどんなヤツだ?
 天使?
 俺の正面に立つ龍太のせいでわからなかったけど、龍太の真ん前に男の子がいた。身長は百二十センチほどだし、幼い顔立ちだから小学生高学年ぐらいだろう。ハーフと思われる栗色の髪に色白の肌。なにより目を惹くのがこの男の子がすごくかわいいことだ。テレビで見たウィーン少年合唱団の子どものようだ。俺にはそっちの趣味はないが、この子を見ていると天使ってこんな感じじゃないのかと思ってしまう。
「ありがとう。君、ロック好きなの?」
 龍太が男の子に話しかける。
「うん!」
 男の子は元気よくうなずく。
「あのねぇ、ボクのお姉ちゃんもロックやっているんだよ。ベース弾いているんだよ。すっごくかっこいいんだから」
 男の子は自慢気に胸を張る。
 その表情から男の子がお姉ちゃんをとても好きで、自慢なんだってことが読みとれる。お姉ちゃんがどんな人かわからないけど、この子がこれだけ自慢するのならお姉ちゃんとやらにいちど会ってみたいな。
「お兄ちゃんもかっこよかったよ。ボク、ベースよりドラムが好き」
 そう言うと男の子は俺の横に来て、
「ドラムいいなぁ。いいなぁ」
 と言いながら、ドラムを羨ましそうに見ている。
「おまえの姉ちゃんはベースなんだろう。ベースよりドラムの方が良いのか?」
「うん。だってお姉ちゃんのベース、ボクじゃ手が届かないから弾けないんだもん。それにドラムの方がかっこいいもん」
 この子が幾つなのかわからないが小柄だからベースのネックを押さえきれないだろう。というかベースをぶら下げたら倒れるんじゃないか。
「ふーん。おまえドラム叩いたことあるのか?」
「ううん。叩いたことない」
 答えながら男の子はハイハットのペダルをのぞき見たり、予備に持ってきたスティックにチラチラ視線を送っている。
 こいつドラムが叩きたいのか?
「そんなにドラムが好きなら叩かせてやろうか?」
「えっ本当? 本当に叩かせてくれるの?」
「おお、いいぞ。そこのスティック貸してやる。俺が教えてやるからここに座れ」
 俺はドラムスローンを明け渡し……届かねぇ。男の子は小柄すぎた。俺の身長に合わせてスネアやハイハットをセッティングしているから、ドラムスローンに座っても手はハイハットに届かないし、足はドラムペダルやハイハットペダルに届かない。
 男の子は立ったままスネアを叩いているけど、自分がイメージしたドラムと違うみたいな不満そうな表情でつまらなそうだ。なんか可哀想だな。しょうがない……。
「おい、俺の膝の上にのれ。そうしたらハイハットにも手が届くだろう。バスドラムは俺が叩いてやるから一緒にやろうぜ」
 膝にのせたら足をあんまり動かせない。バスドラムはなんとか蹴られるけど、ハイハットペダルは無理だな。ハイハットは本来、ペダルを踏むことで閉じたり開いたりして音に変化をつけるけど、開いたままでクラッシュシンバル的に使えばいいだろう。
「タン、タン、ジャン。このテンポでスネアを右手で二回叩いたら左手でハイハットを叩け。それを四回繰り返すぞ」
「うん」
 男の子がハイハットを叩く動きに合わせバスドラムを打つ。タン、タン、ジャン。タン、タン、ジャン。タン、タン、ジャン。タン、タン、ジャン。
 お姉さんがバンドをやっていて音楽に親しみがあるのだろう。のみこみがよく、男の子はテンポよく叩いた。
「おまえ上手いな」
「えへへ」
 男の子は天使じみた顔にキラキラとした笑みを浮かべる。
「かわいい」
 そう、かわいいなコイツ……って、俺、声に出しちまったか? 一瞬にして血の気が引いたが、この声は俺の声じゃない。小比類巻先輩の声だ。
 と、小比類巻先輩が男の子に顔を寄せ、
「お上手」
 と言って鼻をつける。
 続いて小比類巻先輩は「お手」と言う。
 なにやっているんすか。狂四郎と同じレベルの扱いはひどいんじゃ……て、おまえも素直にお手をするなよ。あーぁ通行人がこっち見て笑っているよ。恥ずかしい……。
「ほら、遊んでないでドラムの練習するぞ。次はスネアを両手で叩くぞ。タン、タン。右手で二回、左手で一回ターン。そして右手でハイハットをジャンだ。これは八回いくぞ。いいな?」
「わかった」
 タン、タン、ターン、ジャン! タン、タン…………俺が教える通りにドラムを叩いていくのがリモコン人形みたいで面白い。ついつい熱中してしまった。
「鋼(こう)! こんなところにいたのか。ずっとベンチで待っていたんだぞ」
「あっ、お姉ちゃん!」
 叩いている最中に声がかかり男の子の手が止まる。コイツ、鋼って名前なのか。
 声の主がさっき鋼が言っていたベースをやっているお姉ちゃんか…………えっ! この人がお姉ちゃん?
「ぎ、銀さん?」
 龍太の先に猫玉の銀さんがいた。
「おや、クロテンの龍太くんじゃないか。それに瑠月くんと言ったね。もう一人は……どうでもいいか。君たちが鋼の相手をしてくれていたのか」
 いや、専ら相手をしていたのは俺なんスけど。と言うか無視ですか……まあ、いいけど。
「この子、本当に銀さんの弟なんですか?」
「ああ、私の本当の弟だよ。私に似て可愛いだろう」
 可愛いって……日本語って表現力のキャパシティーが広いな。
「でも、鋼君ってハーフですよね。銀さんは混じりっけ無しの日本人じゃ……」
「ああ、私の父親は再婚しているんだ。鋼の母親はドイツ人なのさ。だから私と鋼の母親は違うが血の繋がった姉弟なんだ」
 だからなのか。でも銀さんはこんなに背が高いのに、鋼は背が低いな。でも外国人って子どもの時は日本人とたいして変わらないけど、成長期に入ったらグングン大きくなるから鋼も銀さん並みにでかくなるのか。いまは天使だけど、ゆくゆくはごっつい兄ちゃんかも……時の流れって残酷だなぁ。
「龍太くんたちがここでライブしていたなんて知らなかったよ。いつもここでやっているのかい? それに他のメンバーはどうしたの?」
 龍太は今日初めて路上ライブをしたことや、クロムウェル・マーク・テンとは別の活動であることなどを説明する。
「ふーん。今日が路上ライブデビューなんだ。で、観客の反応はどうだい?」
 反応が悪いことを素直に話すと、銀さんはそうだろうねと言って、
「私たちも苦労したよ。でもねぇ……観客を集めるちょっとしたコツというかヒントみたいなものがあるんだ。教えてあげようか?」
 腰に手を当て真面目な表情で唐突に切りだす。
「えっ、いいんですか」
「本当はコツは君たちが何度も失敗しながら苦労して自分たちで知った方がいいのだろうけど、君たちが聞きたいというなら話すよ」
「教えて下さい」
 と、俺が言ったにもかかわらず、銀さんは龍太に顔を向けたまま話しだす。
「わかった。だったらこんな場所で話すのもなんだし、近くに落ち着いた喫茶店があるからそこで話そう。ねえ龍太くん。あっ、瑠月君も一緒にどうだい」
 小比類巻先輩は首を振って断る。
「お姉ちゃんはこのお姉ちゃんと大切な用事があるから、鋼はドラムで遊んでいてね。じゃあ龍太くん行こうか。じっくりとコツを教えてあげるよ」
「い、いや……僕は教えてもらわなくても……あ、あのぉ引っぱらないで……ミキ、小比類巻先輩……助…………けて…………」
 哀れっぽい声を残響音にして龍太が銀さんに引きずられていく。
 許せ龍太。銀さんの意図はわかっているが、本当に路上ライブのコツを教えてもらえるかもしれないじゃん。だから人身御供になってくれ。おまえの屍は燃えるゴミの日に出しておいてやるから安心して犠牲になってくれ。


 龍太がいなくなって演奏ができなくなったから、鋼のドラム練習を続けることにした。さっき続きだけじゃなく、こんどは鋼の知っている曲を叩いてみたり、鋼のドラムに合わせて小比類巻先輩が即興でキーボードで曲をつけたりして遊んだ。
 釈然としないことなのだが、まともに曲にもなっていない遊びなのに観客が集まった。俺たちが演奏しているときは足を止めてくれる人はほとんどいなかったのに、鋼がドラムを叩くだけで客が集まるって……世の中は不公平に満ちてるぜ。
 そりゃあ、鋼は天使のようにかわいいし、その天使が一生懸命ドラムを叩くのは微笑ましいのだろう。だから、みんな優しい笑みを浮かべて鋼を見ている。でも、ガキの遊びに人が集まって、俺たちが真剣に演奏に人が集まらないってなによ。
 これが持てる者と持たざる者の差と言うヤツなのか……。


 しばらくすると、げんなりとした龍太と妙に満足そうな銀さんが戻ってきた。なにかあったのか尋ねたが「なんでもない」と言うばかりで要領を得ないが、龍太の背中が「なにも聞かないで」と語っているようでこれ以上尋ねるのはためらわれた。
「それじゃ私が教えたようにやってみな。さっきよりは観客が集まるかもしれないよ。それじゃ帰るよ。龍太くん、瑠月くん、またね」
「おっきくて、顔はおっかないけど優しいお兄ちゃん、バイバーイ」
 そう言うと銀さんは用事があると言って鋼と一緒に帰っていった。
 言うに事欠いて顔はおっかないけど優しいお兄ちゃんかよ。なんて失礼なガキだ……って、そういえば鋼に俺の名前を教えてなかったなぁ。
 俺の顔はともかく、せっかく銀さんからアドバイスをもらったんだから成果を確かめよう。銀さんの教えてくれたコツを参考にして演奏を再開。
 はじめは変化はなかったけど、ボーカルを際立たせることや、ギターをベース(今日の場合はベースパートを小比類巻先輩がキーボードで演奏しているからキーボード)やドラムに寄せ気味にして音をまとめることを繰り返していたら少しずつ通行人が足を止めて聞いてくれるようになってきた。
 一刀兄ぃが迎えに来くころには、「また聞きに来ます」と言ってくれた中学生や、「ライブやるの? やるなら教えて」と言ってくれた人など嬉しい反応をもらえた。それに同じく路上ライブをやっていた人たちとも知り合え、結果的にすごくいい一日だった気がする。
「ねぇ、路上ライブって楽しかったね。またやろうよ」
 帰りの車の中で龍太が提案する。もちろん俺も小比類巻先輩も反対なんかしないさ。「おう」「うん」と即答する。
 こんどは十歌部長や由綺南先輩も誘ってみようかな。




 *               *                *




 クリスマスコンテストまでバンドは秘密だと言っていた涼風だが、さすがに一度もステージ経験がないまま本番に望むのは不安だったようで、お披露目ライブをすることにしたらしい。お披露目ライブと言ってもアマチュア四バンドが出るライブの一バンドにすぎないけど。
 ライブが決まるや「凄いバンドだから絶対聞きに来てね」と言ってチケットを強引に買わされた。俺だって涼風がどんなバンドを組んだのかは興味があったし、一応ライバルかもしれないので敵情視察も兼ねてみんなで見に行くことになった。
 さて、どんなバンドなんだか。涼風はやたらと自信満々だったけど練習とステージじゃ勝手が全然違うからな。俺たちだって最初のライブは見事に失敗したし、涼風が言っているほどの実力が出せるかな。
 出演するバンドは金がない学生が多いようで、ライブ開始は料金が安い午前十一時からの午前の部からだった。おまけにライブハウスはバスで三十分もかかる市の外れにある。おかげでせっかくの日曜日なのに九時に起きる羽目になった。本当に面白いバンドじゃなかったらライブジャックしてやるからな──などと思いながらライブハウスに入った。


 最初に出たバンドはテクノ系ダンスミュージックバンドで熱意は感じられるけど、その熱意が見事に空回りしていた。次のバンドはボーカルとベースだけという変則なのに妙にメッセージ性があって面白かった。
「次はいよいよ涼風君のバンドだな」
 ライブが始まって以来、腕を組んで吟味するように黙って演奏を聞いていた十歌部長が口を開く。
「どんなバンドかしらね。瑠月ちゃんは涼風ちゃんのバンドの曲を聞いたことあるんだっけ?」
「ない……涼風は隠していたから」
 由綺南先輩の質問に小比類巻先輩は小さく首を振る。
「あれだけ自信満々だったから、どんな演奏を聞かせてくれるか楽しみだね。涼風は僕らの仲間みたいなものだからドキドキするよ」
 龍太じゃないけど俺だって同じ気分だ。
 そんなことを話しているうちに、ライブハウスのスタッフが慌ただしく動き回っていたステージのライトが消え会場の照明も落とされる。
 スタッフと入れ替わるように楽器を持った人がステージに上がってくる。照明がないから誰なのかわからない。
 ステージにスポットライトが当たりギターを持った人物が浮かび上がる。
「初めましてーっ。ノルトヴィンド468です」
 チェックのミニスカートに袖を破いた白ブラウス。指先をカットしたグローブにドクロ柄のネクタイといういかにもパンクってファッションに身を包んだ涼風が元気いっぱいにMCを始める。クロテンの北海道ライブツアーでも思ったけど、こいつ物怖じしないなぁ。MCも堂々としている。
 涼風はハッキリ見えるけどステージ自体はライトを落としているし、もう一人のギターやベースは後ろを向いていて顔がわらない。暗くてドラムも細身のヤツだと言うことしかわからない。
「一曲目いきまーす!」
 涼風がギターを構えると同時にステージのライトが点灯した。メンバーが照らし出される。
「えっ!」
 誰が発したのかわからないけど驚きの声があがる。ひょっとしたら俺が言ったのかもしれない。それほどメンバーが予想外だった。
 何であの人たちが…………誰かがつぶやいたような気がする。
 俺たちが呆気にとられているうちに一曲目が終わる。驚きに意識を奪われて聞き流していたが、曲も演奏もよかったようだ。観客が盛り上がっていることからもわかる。
「メンバー紹介しまーす」
 マイクを握った涼風が汗で濡れた顔を輝かせながらMCする。
「氷点下の寒さにも負けないパンク魂。美人で酒豪のギタリスト、笙子ぉぉお!」
 ギターをかき鳴らしながらステージ中央に出てくる。
 ハートに稲妻が突き刺さるイラストが描かれたギブソンのレス・ポール。真っ赤なタンクトップの上に革ジャンとレザーパンツ。初めて北海道で会った時と同じ格好をした笙子さんがいた。
 笙子さんはギターを早弾きすると投げキッスして悪戯っぽく微笑む。
「誰が見ても一目でわかるシド信者。喧嘩上等、その実は負け続きの無勝のベーシスト、ヤスノリ!」
 ツンツン頭にボロボロに破れたシャツ、手にはもちろん白いプレジョンベース。もろセックスピストルズのシド・ヴィシャスのコスプレをしたベースが中指を立てて舌を出して観客を挑発する。
「いつもニコニコ笑顔を絶やさず、腹の中は暗黒ブラックホール。二重人格のドラマー、ツバキぃ!」
 九月に見た時と変わらない穏やかな笑みを浮かべ、相変わらず体型がわからない大きめのシャツを着たツバキさんが立ち上がって一礼する。その笑みを変えることなくコージー・パウエルばりの腹の底に突き刺さるようなアタックのいい音を響かせる。
「小比類巻先輩、笙子さんやツバキさんが入っていたのを知っていたんですか」
「ううん……いま初めて知った。涼風はずっと隠してたから」
 小比類巻先輩はステージに顔を向けたまま首を振る。声が少しうわずっている。本気で驚いているようだ。
「笙子さんもツバキさんも北海道にいるはずなのに、どうしてここにいるのかしら?」
 由綺南先輩は驚きの色を瞳に浮かべて俺を見上げる。
「わからないッス。俺だって知りたいくらいですよ」
 笙子さんは北見で働きながらバンドをしていたはずだし、ツバキさんだって由綺南先輩の叔父さんが経営する会社の北海道支社の社員だ。その二人がどうしてここに居るんだ?
「ツバキさんってドラムができるんだ……」
 つぶやくように龍太が言う。
「ああ、俺も驚いている」
 あの細い身体のどこから出てくるんだろうと思うほど力強い音を出している。
「このメンバーは想定外だった。ベース君はまあまあだが、笙子さんもツバキさんもテクニックがある。クリスマスコンテストでは手強い相手になるぞ。瑠月、君の妹はやってくれたな」
 言っている内容とは違い十歌部長の声は楽しそうだ。
「……ギターボーカルは小比類巻涼風で〜す。じゃあ次の曲は『日曜日のドア』です。いきまーす!」
 涼風がギターを構える。
 笙子さんがウィンクした。誰に向かってしたのかわからないけど、なんとなく俺たちに向かってしたような気がした。
「日曜日のドアに向かってぼく達は走りだす……」
 アップテンポの曲に涼風の声が乗る。




 *               *                *




「ね、ね、どうだった?」
 ライブの興奮をそのまま引きずったようなテンションの涼風が身を乗り出してくる。
「できたてのバンドとは思えなかったよ」
「でしょう、でしょう」
 十歌部長の答えに満足そうにうなずき、「お姉ちゃんはどうだった?」と、こんどは小比類巻先輩に水を向ける。
「凄かった……」
 あまり表情を変えず小比類巻先輩が答える。でも声を聞く限り十二分に驚きの響きが含まれていた。
「本当にびっくりしたわよ。笙子さんやツバキさんが出てくるんだもん。驚きすぎて一曲目なんて覚えてないくらいよ」
 笙子さんやツバキさんに視線を送りながら由綺南先輩が言う。
「え〜一曲目は自信があったのにぃ。でも、しょうがないか。このメンバーだもんね……ヤマダ君? 驚いた?」
「もちろん驚いたよ。だって笙子さんが出てくるなんて想像もしてなかったし、そのうえ笙子さんがギターだけじゃなくってベースも弾くんだもん」
 龍太が驚いているのは三曲目に笙子さんがベースを弾きだしたことだ。俺もギターが二人とか、珍しいけどギターが三人いるのは見たことはあるが、ベースが二人というのは初めて。ベースが重なり合うことでインパクトのある曲になっていた。
「あたしのベースは遊び程度さ。でも、結構面白い作りになっていたでしょ」
 笙子さんは得意げにくわえたタバコを上下させる。
「オトメ君は? 曲は良かった?」
 涼風が期待に満ちたようなキラキラした目で俺を見る。
 こいつの期待する通りの言葉を言うのは癪だが、
「できたばかりのバンドなのに良い曲で驚いた」
 素直に答えた。
「へへへ。当然だね」
 腹いっぱい食べた猫のように涼風は目を細めにやつく。
「ツバキさんドラム上手かったッスよ。いつからドラムやっていたんですか? バンド組んでいたんですか?」
 俺は気になっていたことを尋ねてみた。
「オトメ君に褒められるなんて光栄です。父親がアマチュアバンドのドラマーだったから子供の頃からドラムのは馴染みがあったんです。でも、最近は叩いていなかったからボロボロですよ。涼風君に誘われてから久しぶりに叩いたけど、もう筋肉痛の連続で……歳はとりたくないですね」
 笑いながら答えるツバキさんは年齢も性別も不明ながら若々しく見える。しかし、俺の半分ぐらいの太さしかない腕で、あれだけパワフルなドラムを演奏するんだから凄い。
「涼風君には本当に驚かされたよ。こんな凄いメンバーでバンドを組むとは想像もしていなかった。こんな凄いバンドまで参加するとなると、クリスマスコンテストは簡単には勝てそうにないな」
 十歌部長は楽しげな表情でファミレスのテーブルにつくノルトヴィンド468のメンバーを見回す。
「そんなこと言っているけど、純鈎はクリスマスコンテストで勝つ気満々なんだろう」
「もちろんですよ」
 笙子さんの言葉に十歌部長は不敵な笑みを返す。
「おいみんな、いま純鈎がライバル宣言したぞ。どうする?」
 笙子さんは笑顔のままバンドのメンバーを煽る。
「おやおや。私たちはできたてのバンドなんですよ。お手柔らかにお願いします」
 ツバキさんが拝むような仕草で言う。
「三枝先輩、クリスマスに俺たちが勝ったら俺と付き合ってください……ぐぇ!」
 さっきから由綺南先輩に話しかけていたヤスノリが──こいつは長谷部恭功(はせべ・やすのり)と言うらしい。涼風の中学時代の同級生で明保野工業高校に通っているということだ──涼風に頭をどつかれてテーブルに突っ伏す。
「すみません三枝先輩。恭功はシドオタクで女好きでどうしょもないバカだけど基本的にヘタレですから無視してちゃってください」
 眉間を押さえた涼風がヤレヤレとばかり頭を振る。
「涼風ちゃん、気にしなくていいわよ」
 由綺南先輩はにこやかな表情のままヤスノリに向き直って、
「長谷部君ありがとうね。でも、私は長谷部君と付き合えないわ。だって私、年下のボーヤには興味ないから」
 由綺南先輩の言葉にヤスノリはガックリと肩を落とす。が、すぐに顔を上げると、
「純鈎先輩、俺たちが勝ったら俺と付き合ってください……ぐぇ!」
「いい加減にしなさい!」
 こんどは十歌部長を口説きはじめたヤスノリの頭を、またもどついた涼風が肩で息をする。
「あ、あのぉ……お料理をお出ししてもよろしいでしょうか」
 迫力あるどつきマンザイに恐れをなした顔つきのウエイトレスが、料理が載ったトレーをもったままおずおずと尋ねてきた。
「とにかく食べましょう。ライブのせいでお腹すいちゃった」
 涼風は三日ほど何も食べていなかった雌ライオン並みの勢いでイタリアンハンバーグセットに食らいつく。




「それにしてもどうしてツバキさんも笙子さんも東京にいるんです? まさかライブのために来たとか?」
 料理を食べ終わった龍太が思い出したように尋ねる。
「君たちの北海道ライブツアーの直後に勤めていた会社が倒産してさ」
 ヘビーな内容のはずなのに、笙子さんはにへらっと笑いながら言う。
「従姉妹が東京で小さな会社やっていて『ウチで働かない』って声をかけてくれたんだよ。バンドのことがあるから迷ったけど、うちのバンドのメンバーってみんな同じ会社でさ。倒産した後、ベースは札幌に仕事を探しに行くと言うし、ドラムは実家の農業を継ぐことになって解散しちゃってね。仕事は従姉妹の会社で働くとしてもバンドの方はどうしようかなぁと思っていた時、涼風が『笙子さん、東京に来るんですか。もしよかったらバンド組みたいんだけど入ってくれませんか』って言ってきたのさ。新しい場所で新しいバンドもいいかなと思って決断したんだ」
 涼風は北海道ライブツアーで笙子さんたちと知り合ってからマメに連絡を続けていたそうだ。
 笙子さんは慣れた手つきでイムコのライターでタバコに火をつける。
 今日初めて知ったんだけど笙子さんは二十歳だそうだ。高校卒業と同時に働き始めているから社会人だし、二十歳を過ぎているから酒もタバコも法律的には問題ない。でもタバコに火をつける仕草は堂に入っていて、二十歳になってからタバコを吸いはじめたとは思えないな。と、俺が笙子さんのタバコを見ていたら、
「ん? タバコほしいの?」
 と言ってタバコを俺に差しだす。
「ダメですよ笙子さん。オトメ君は高校生なんだから。それより笙子さんもタバコを減らした方がいいですよ。笙子さんに歌ってもらうこともあるかもしれないんですから」
 ツバキさんがタバコのパッケージをひょいと取り上げる。
「返せよ、あたしのタバコだぞ。それにあたしはボーカルをするつもりはない。歌うなんて恥ずかしくてできないね。あたしよりアンタが歌った方がいいんじゃないの。顔がいいんだから女の子ウケするんじゃないの」
 タバコを取り返した笙子さんは火のついたタバコでツバキさんを指差す。
「私は遠慮しますよ。仕事も楽器もそうですが裏方やサポートの方が好きですから」
 ツバキさんはそう言うが、俺も笙子さんに賛成だ。ツバキさんって男とも女ともつかない中性的な魅力があるからフロントに立ったら人気が出ると思う。
「仕事といえば、ツバキさんは仕事の方は大丈夫なんですか? これから札幌に帰られるのなら急がなくていいんですか?」
「あ、御心配なく。いまは川崎に住んでいますから一時間もあれば帰れるので平気ですよ」
 由綺南先輩の質問に思いがけない答えが返ってきて、俺たちは「えっ?」と声を漏らす。
「あれっ? 言っていませんでしたか。私、十月に横浜支店に転勤になったんです」
 ツバキさんは北海道と比べてイベントも多いし横浜支社は忙しいと覚悟して転勤してきたのだが、支社の人数が格段に多く業務も細分化されていて、少数精鋭で一人で何役もこなさなきゃならない北海道支社より仕事が楽で自由な時間も増えたと嬉しそうに言っていた。
「あたしの方も工場で働いていたときより残業が減ったよ。給料も良くなったけど家賃が高くてさ。でもアパートの近くに二十四時間営業のコンビニやサイゼリアがあって便利なんだぜ」
 笙子さんは妙なことで感心している。俺からすればコンビニやファミレスが二十四時間営業なのは当たり前なんだけどなぁ。
「笙子さんはどこに住んでいるんですか?」
 龍太の問いに笙子さんは東京の世田谷区の地名をあげる。
「さすがは東京だね。歩いていけるところにコンビニが二軒もあるし、スーパーだって二十四時間。それに二十四時間営業の貸しスタジオもあるし、ライブハウスだって三軒もあるんだぜ。北見にいた頃はコンビニに行くにはバイクが必要だったし、スーパーは夜八時に閉まったし、コンビニだって夜十時までだよ。それから比べたら暮らしやすくてビックリだ」
「うぇ、北見ってそんなに田舎なんすか。俺、ぜったい暮らしていけないッスよ。笙子さん、よく我慢できたッスね」
「田舎で悪かったな! 田舎だって悪いことばかりじゃないんだぞ。隣の家との距離があるから夜中に楽器を弾いても文句言われないんだぞ。いまのアパートなんて壁が薄くて昼間だってヘッドフォンつけて弾かなきゃならなくて面倒だ」
 ヤスノリの頭を叩いた笙子さんは負け惜しみのように言う。
「凄いメンバーだね。でもなんだかやる気がでてきたよ」
 ノルトヴィンド468のメンバーをぼーっとしたような表情で眺めていた龍太は小声で話しかけてくる。
「まあな。相手にとって不足はないよな……」
「でしょう!」
 俺の言葉は涼風に遮られる。
 小声で話していたのに。と言うか、涼風、おまえ由綺南先輩たちと楽しそうに話していたろう。なんで聞こえるんだよ。さすがは小比類巻先輩の妹だ。
「いくら純鈎先輩たちのバンドといえども手加減しませんからね。コンテストで優勝するのはあたしたちノルトヴィンド468です!」
 ファミレスの客の怪訝そうな視線もなんのその、涼風は立ち上がって十歌部長に指を突きつける。
「よかろう。その挑戦を受けよう。だが我々とて無策なわけではないぞ。ゾーシュ君とヤマダ君による闇討ち、由綺南の嫌がらせ、瑠月の呪い。これだけを前にして君たちが無事でコンテストに出られたらの話しだがな」
 と言って、整った顔に陰のある笑みを浮かべる。なまじ美人なだけに、こういう表情をすると凄みを増すというか……モロ悪人顔なんすけど。
「じゅ、純鈎部長……冗談ッスよね?」
「もちろんだとも」
 いつもの表情に戻る。
「冗談…………だったらいいな、ゾーシュ君。まあ手を汚すのは私ではないからな」
 なんで期待に満ちたような目で俺を見るんすか十歌部長。
「純鈎って卑怯! そんな卑劣な手を使ってまでして勝ちたいのか!」
 笙子さんがにやけながら十歌部長を糾弾する。
「卑怯、卑劣。大いに結構。しょせん『卑怯』『卑劣』の言葉は負け犬の遠吠え。勝者にとっては讃辞以外のなにものでもない。勝てば官軍。つまり歴史とは勝者がつくるものなのですよ」
 しれっと十歌部長は答える。
「うわぁみんな聞いた? こんな悪人をのさばらせたらバンドやロックがだめになる。みんな力を合わせてクロテンを潰そう!」
 おーっ!
 と、ノルトヴィンド468のメンバーが拳を突き上げる──ただし、十歌部長に相手にされず、こんどは龍太にアプローチをかけていたヤスノリは、龍太に締め上げられている最中で拳を上げる余裕はなかったようだが──ノリがいいね、このバンド。さすがは涼風がリーダーばだけあるよ。気分的には俺も賛同したいなぁ。
「ふん、小賢しい。返り討ちにしてくれる。諸君、ノルトに真の勝者は誰かということを教えてやろうではないか!」
 おーっ!
 由綺南先輩も小比類巻先輩も龍太も拳を上げる。俺もしょうがなく拳を上げる。
「あのぉ……お客様。他のお客様の御迷惑になりますので、もう少しお声をさげていただけますか」
 俺たちの熱く燃え上がった魂(?)はウェイトレスさんの一言であっという間に鎮火された。




 【XI】When I come around




「ごめんなさい」
 由綺南先輩は消え入りそうな小さな声で謝ると、肩を震わせながら深々と頭を下げる。
「私の不注意のせいでみんなに迷惑をかけてしまって本当にごめんなさい」
 頭を下げたまま謝罪を続ける由綺南先輩の右手に巻かれた包帯が痛々しい。
「由綺南を責めないで欲しい。由綺南のケガは私にも責任がある。諸君、どのように詫びても足りないことは重々承知しているが謝罪させて欲しい。本当にすみませんでした」
 腰を折るように頭を下げた十歌部長はもう一度「すみません」と言った。
「二人とも頭を上げてください。謝らないでくださいよ。だって自転車が突っこんできたんでしょう。三枝先輩も純鈎部長も被害者じゃないですか」
「ミキ君ありがとう。でも、コンテストは一週間後じゃない。この手では演奏は…………ごめんなさい」
 ギブスに覆われた右手の指をかばうように左手をそえた由綺南先輩は再び頭を下げる。
「…………」
 なんて、ついてないんだ。
 俺はどこにぶつけていいのかわからない苛立ちを無理矢理飲みこんだ。由綺南先輩も十歌部長も悪くない。それは十分すぎるほど理解している。
 けど…………くそっ!
 龍太も小比類巻先輩も口をきっと結んだまま黙っている。たぶん俺と同じような気持ちなんだろう。そして十歌部長は両手をきつく握って床に視線を落としている。
 なんでこんなことになったんだよ、信じられねぇ。
 クリスマスコンテストまであと一週間。明日から冬休みだ。コンテストに向けて最後の追いこみをかけるぞ。と、意気ごんで部室に行ったら、そこには右手に包帯を巻いた由綺南先輩と頬や膝に絆創膏を貼った十歌部長が待っていた。
 通学の途中、事故に巻きこまれ由綺南先輩と十歌部長がケガをしたと告げられたのだ。坂道の狭い歩道を自転車がもの凄い勢いで下りてきた。話しながら歩いていた二人は前に人がいることもあって自転車の存在に気づくことが遅れた。十歌部長より先に自転車に気が付いた由綺南先輩が突き飛ばすようにして十歌部長を逃がしたのだが、自身は逃げ切れず自転車に引っかけられ倒れた。倒れた時に運悪くガードレールに思い切り右手をぶつけてしまった。
 自転車を運転していたヤツは二人がケガをしたのにもかかわらず、止まりもせずに走り去ってしまったそうだ。十歌部長の話だと自転車に乗っていたのは高校生ぐらいの茶髪のヤツらしいが、私服だったし咄嗟のことで顔は見ていないと言う。くそっ、腹が立つ。相手が誰かわかれば二度と自転車に乗れなくなるくらいに殴ってやるのによ。
 くそっ!
「それで……そのぉ二人のケガはどの程度なんですか? どのくらいで治るんですか?」
 聞きづらそうにしながら龍太が尋ねる。
 顔を上げた由綺南先輩がなにか言いかけたが、言葉は出ず再びうつむいてしまう。それを見ていた十歌部長が代わって答える。
「私の方は擦り傷と軽い打ち身だけだから問題はないが、由綺南は右手薬指骨折と小指にヒビ、それに手首の捻挫で全治三週間だそうだ」
 捻挫か……まずいな。単純骨折は固定さえしてしまえば案外早く治るけど、捻挫は厄介だ。筋が伸びきった状態だけに無理をさせると完治まで時間がかかる。そして楽器を弾く人間にとって手首のしなやかさは何より大事だ。小指と薬指のケガだけなら固定さえしてしまえば弾きづらいかもしれないがベースは弾けるだろう。でも手首がダメならまともな演奏なんて無理。いや、その前に、演奏させること自体がケガを悪化させる。
 はぁ。
 誰も声を発しない部室に溜息とも息を飲む音ともつかぬ重い響きが抜ける。
 この空気が痛かった。
 俺は中学の時からなんどもケンカをしてきた。殴られたり蹴られたりバットでぶん殴られたこともある。殴られれば痛い。けど、いまこの部室にある痛みから比べればどれも大したことがない。自分の身に受けた痛みは治療するなり我慢するなりすればいずれ薄れる。でも、由綺南先輩が受けた理不尽な痛み、コンテストという目標にみんなで進んできたのに目前で潰えそうな痛み、俺自身がこの痛みの癒し方がわからない痛み、なにより自身は悪くないのに自分が悪いと言わんばかりに済まなさそうにしている由綺南先輩の姿が痛い。
 なんと声をかければいいのか、どうやれば慰められるのかわからないのがもどかしくて、龍太を肘で突いた。どんなに不利なケンカの時でも、苦しい時でも、まるでなんでもないように明るくする才能を龍太は持っている。
 だから。
 だけど……。
 龍太は小さく首を振るだけ。その表情は泣き出しそうななんとも情けない表情。こいつも自分の痛みは我慢できても他人の痛みは堪えられないんだなぁ。
 誰も口を開けず、身動きすらままならない。
「諸君聞いてくれ」
 考えこむように下を向いていた十歌部長が、ぎこちない動きで一歩前に踏み出し、ゆっくりと顔を上げた。
「クリスマスコンテストのことなのだが、由綺南がこの状態なので辞退しようと思う」
「待って十歌ちゃん! 辞退しないで! いまからベース弾ける人探してくるから、その人を入れてコンテストに出て。お願い!」
 十歌部長の言葉に由綺南先輩が声を大きくして反論する。
「ちょ、ちょっとまて由綺南。そんなことを言ったって……」
「コンテストにはメンバーの制限はないんでしょう。だったらお父さんのつてでも叔父さんのつてでも使って、どんなことをしてもベースを見つけてくるから。私のせいでみんなの今までの努力がふいになっちゃうなんて嫌なの。だからお願い。私の代わりに誰か入れてコンテストに出て。お願いします」
 由綺南先輩は深々と頭を下げた。
「由綺南……」
 これまで何があってもどこか余裕を漂わせていた十歌部長は、俺たちの前では初めて見せる苦しげな表情で押し黙る。
 今のままではコンテストに出られないだろう。かといって今まで一緒にやってきた由綺南先輩の代わりに他の人を入れるなんて冗談じゃない。クロテンはこのメンバーだからこそクロテンなんだ。たとえ助っ人を入れてコンテストで優勝したって全然嬉しくない。でも、コンテストを目標に懸命に練習してきたのに、コンテストに出る前に負けてしまうのは凄く悔しい。けど……それがなんだ!
「由綺南が出られないなら、コンテストに出なくてもいい。由綺南以外のベースは嫌」
 じっと黙って聞いていた小比類巻先輩が、ふだんのボソボソとした喋り方じゃなくってハッキリした口調で言い切る。
「僕も今さら違う人を入れてまで出たくないです」
 龍太が由綺南先輩を真っ直ぐ見る。
「俺もこのメンバー以外で演奏はしたくない」
 俺たちはこのメンバーで苦労も楽しみも味わってきたんだ。コンテストと由綺南先輩なら断然由綺南先輩を取るぜ。
 俺たちの視線を受けていた由綺南先輩は苦しげな笑みを浮かべると「みんな、ありがとう」と言ってうつむいてしまう。そして泣き声混じりに、
「で、でも、私のせいでみんながコンテストに出られないのは嫌なの……代わりの人を必ず見つけるから、お願いだからコンテストに出てください……お願い……お願いします」
 言葉は嗚咽に取って代わられる。
 いったいどれくらいの時間俺たちは黙りこくっていたろう。ほんの一、二分だったかもしれないけど凄く長く感じられた。由綺南先輩の泣き声が胸に痛くて、どう結論づければいいのかわからなくて頭がクラクラして、俺はデクのように立ち続けているしかなかった。
「突然のことで諸君らも混乱していると思う。由綺南も我々も興奮しているのは間違いない。こんな状態で話していても建設的な答えは見つからない。だから少し休憩をしようではないか。頭を冷やせば妙案が浮かんでくるかもしれない」
 十歌部長の提案はナイスタイミングだった。
 あのままいたら由綺南先輩は意固地になって新しいベースを探すと言い続けたろうし、俺たちだって由綺南先輩以外とは演奏したくないと譲らなかったろう。永遠に交わらない平行線というヤツだ。交わらないだけならいいが、お互いの相手への思いやる感情のせいで心が摩滅するだけの平行線。本当にいいタイミングできりだしてくれた。




 部室に充満する重い空気に耐えかねたのか、龍太が飲み物を買ってきますと言って部室を出る。俺を引っぱって。
 龍太は校内の自販機じゃなくって、裏門そばにある駄菓子屋ともパン屋ともつかない地元のコンビニもどきのサトウショップに向かう。龍太は「サトウに行こう」と言ったっきり口をきつく結んだまま難しい顔をしている。
 スカートを穿いているのに大股でズンズンと歩く龍太の背中からは怒りの気配がわき出している。少しでも早足で歩くことで怒りを吹き飛ばそうとでもしているように歩幅が広い。わかるぜ龍太。どこにぶつけたらいいかわからない怒りは俺も同じだ。
 ちくしょう! 裏門にある樫の大木を殴った。けど、気分は全然晴れなかった。
 サトウショップはコンビニのような形態のくせに店内に小さな食堂のようなスペースがあり簡単な麺類などを売っている。店内で買った物を食べることもでき、放課後になると部活帰りのヤツらがよく溜まっている。それと店の外に店の外にもベンチやテーブルが置いてあり天候のいいシーズンにはここにも多くの学生がたむろっている。でも、今は十二月だ。こんな寒い時期に屋外のベンチに座ろうなんて酔狂なヤツはいない。俺たちを除いて。
 店内で買った熱々の缶コーヒーを手にベンチに座っていた。今日は十二月にしては比較的温かいと言っても手にした缶コーヒーはあっという間に冷たくなる。この寒さは俺にとっては気持ちよかった。さっきまでクラクラするほど混乱していた頭が徐々に冷やされて普通に戻ってくれる。
 だけど冷えた頭で考えてもなんの妙案は浮かんでこない。
 くそっ! またクラクラしそうだ。ああ、もうやめだ。元々俺は頭はよくないんだ。考えるのは俺より頭の良いヤツに任せよう。思考作業を放棄して冷たくなったコーヒーを一気に飲み干す。コーヒーの苦みと冷たさが気持ちを落ち着かせてくれる。
 龍太任せたぜ。
「オトメじゃん」
 突然かけられた声に振り返ってみると、中学校時代の同級生だった太刀川雪之丞(たちかわ・ゆきのじょう)の姿があった。
「久しぶりだなユキ」
 雪之丞とは結構仲が良かったが、お互い違う高校に進学したため会うのは中学の卒業式以来だった。
「こんな寒いところで何しているんだよ」
「休憩中だよ。それよりユキこそこんなところで何しているんだ?」
「これからアルバイトさ」
 雪之丞の声に龍太は視線を向けたが、軽く会釈しただけでまたも難しい顔に戻ってしまう。
 雪之丞はバイトまでまだ時間があるからちょっと話そうぜと言うと、「オトメを借りるね」と言ってサトウショップの店内に入っていく。
 飲み物を買うと食堂スペースに陣取る。お互いの近況を話したあと、雪之丞が窓ガラス越しに外で座っている龍太に視線を向ける。
「オトメも隅に置けないな。いつの間にあんな可愛い娘と知り合ったんだよ」
「色々あってな」
 色々あったよ。男だった龍太は本当は女で、夏休みが終わったら女になっていたんだからな。そんなことまで雪之丞に言う必要はないだろう。
「ふーん。最近オトメの武勇伝が聞こえてこないと思ったら、彼女とのデートに忙しくかったんだな」
「違ぇよ。あいつはクラスメイトで同じ軽音部の部員なんだよ」
「単なるクラスメイトやクラブ仲間が二人っきりで人のいない屋外で一緒にいるかね」
 雪之丞の瞳には野次馬的な好奇が浮かんでいる。
「部活の買い出しの途中だ。それで部活のことでちょっとあって相談していただけだ」
「そっかぁ。おまえらを見た時あまりにも深刻な表情をしていたから別れ話がこじれているのかと思ったぜ」
「付き合ってもいないのに別れ話もねぇよ」
「そんなことはないだろう。こんな寒い時期にオトメの買い出しに付き合ってくれているんだから、あの娘だってオトメに好意を持っていると思うぞ。だいいち普通の女なら怖がってオトメに近寄ることはないだろう。それにあの女の子は悩んでいる最中かもしれないけど、オトメに対して警戒心を示してないぜ。女というのはどんな状況にあっても好意を持つ人間以外には警戒心を持っているものだ。つまり脈有りということ。試しにホテルに誘ってみろよ、きっとついてくるぜ」
「バカなこと言っているんじゃねぇよ!」
 ほんの半年前まで男だったんだぞ! と抗議したかったが、さすがに龍太の名誉のため雪之丞をにらみつけるだけにしておいた。
「オトメと違って俺は女性経験が豊富なんだぜ。その俺が言っているんだから間違いない」
 俺の視線を受けてなお余裕の笑みを浮かべて断言する。
 女性経験を誇るだけあって雪之丞は面がいい。色素が薄いせいで灰色にも見える瞳がそれにアクセントをつけている。おまけに頭の回転が速くて年上を相手にも如才なく応対している。中三の時には女子大生と付き合っていたぐらいだ。
「おっと、そろそろバイトの時間だ。こんど野呂や熊谷も誘って遊びに行こうぜ。じゃあな。そう、そう、あの娘を逃がすんじゃないぜ」
 そう言うと雪之丞はさっさと店を出ていく。龍太に何か声をかけると振り返ることもなく足早にバイト先に向かう。
 ちょっと長話になっちゃったな。詫びと言ってはなんだが、冷えたろうからホットのミルクティー缶を買って龍太に渡す。サンキューと言って受け取った龍太は飲み口から上がる湯気に目を細める。よほど冷えていたのか凄く嬉しそうだ。
 なんだか女の子みたいな表情だ……あれ? コイツってこんなに女の子みたいだったっけ?
 そりゃあ前から女顔をしたヤツだったけど、こんなに可愛い顔していたっけ? 十歌部長も由綺南先輩も小比類巻先輩も美人だから、その中にいると女々しい顔をした男にしか見えてなかった。けど、いま俺の目の前で悩んでいる龍太は普通の女の子にしか、いや、可愛い部類に入る女の子にしか見えない。ボーイッシュというか凛々しさみたいなものが普通の女の子が纏わらせている柔らかさと相まって独特の雰囲気を醸しだしている。
 な、なんだよ。急に女らしくなりやがって……。
 そういえば龍太の顔をじっくり見たことは初めてかもしれない。コイツはちょっと前まで男だった。俺には男の顔を見つめる趣味はない。だから視界に龍太の顔が入っても単なる個々人を認識するための記号でしかなかったと思う。龍太の顔になにか感情を抱いたとしても「頼もしいヤツ」とか「いつもニコニコしてるけど何がそんなに楽しいのかね」と言う感情ぐらいしか浮かんでこなかった。
 でも、さっき雪之丞に変なことを言われたせいで意識してしまう。い、いかん。今はそんなことを考えている場合じゃないだろう。
「ねえミキ、なにか良い方法はないかな」
「えっ! あっ? な、なんだ?」
 龍太の顔に見とれていて聞いていなかったなんて言えない。顔が熱い。ひょ、ひょっとして俺、赤面しているのか。ま、まずいって。龍太の顔を見ていて顔を赤らめているなんて知られたら……目をもむふりをして顔に触れると頬が熱い。
「ちょ、ちょっと考え事していて聞いてなかった」
 外にいることが、いまが冬だと言うことが、これほどありがたく思えたことはないぜ。龍太に声をかけられた瞬間に顔面に血が集まる感覚に焦ったが、寒さが急速に冷やしてくれる。
「ちゃんと聞いてよ」
 よかった。龍太は気づいていないようだ。
「ミキは何を考えていたのさ」
「お、俺はコンテストをどうすればいいかとか色々だよ。そういうオマエはどうなんだよ?」
 咄嗟に誤魔化す。慌てたことと顔の赤さを誤魔化すためぶっきらぼうな言い方になってしまう。
「僕もコンテストのことや三枝先輩のことだよ。で、なにかいい方法はないかな?」
「いい方法なんてあったら、こんなに悩んでねぇよ」
 本当は何も考えてないけどよ。
「そうだよねぇ。ちょっと思いついたんだけど、ベースを代役させられないかなぁ」
 ベースの代役って誰か入れると言うことだろう。そんなのは反対だ。
「そのことはみんな反対したろう。今さら主旨替えするつもりか」
「違う、違うよ。ベースの代役を入れるんじゃなくって、他の楽器でベースをサポートするんだ。この前路上ライブした時に小比類巻先輩にベースパートをキーボードで弾いてもらったじゃん。それと同じでさ、小比類巻先輩や僕が部分的にサポートするというのはどうかな。ミキのドラム、純鈎先輩のギターは変えられないけど、僕や小比類巻先輩なら動けるじゃん。この考えはどうかな?」
 そういうことか。助け合うというのはいい考えかもしれない。だけど、俺は他パートの楽器のことはわからないが、コンテストまであと一週間しかないのにパート替えして間に合うのか? でも、いまさら知らない人を入れてコンテストになんか出たくない。
 答えを待つかのように龍太は最近伸ばしっぱなしにしている髪に指を絡めて俺を見ている。
「でもよ時間がないだろう。仮にオマエの言う通りにパート替えしたら音が薄くならないか? 今回演奏する曲は二曲とも難しい曲だぞ。ひとつの楽器が欠けただけでも影響あるんじゃないか? なにより由綺南先輩が納得するかだよ」
「そこなんだよねぇ」
 龍太はガシガシと後ろ髪をかきむしる。
「でもさ、僕たちがコンテストに出ないと三枝先輩が凄く気にすると思うんだ。さっきだってあんなに必死にコンテストに出て欲しいって言っていたじゃん。みんなだって本当はコンテストに出たい気持ちを諦められないでしょう。三枝先輩は他人の気持ちを凄く察する人だから僕らの気遣いが自分のケガ以上に辛いと思うんだ」
「そりゃあ俺だって諦めきれない気持ちはあるさ。コンテストに向けて作曲もしたし練習だって頑張ってきたからな。だけど由綺南先輩抜きは嫌だ」
「それは僕だって同じ気持ちだよ。だからこそのパート替えだよ。例えば僕と小比類巻先輩でベースアンサンブルなんてどうかな? 僕だっていまから一生懸命練習すればバッキング(伴奏)ぐらいできると思うんだ。メロディは小比類巻先輩にキーボードでやってもらえばどうだろう」
 ベースが決まらないバンドではギターがベースに回ることも多いとは聞くけど、一週間でどうにかなるものなのか?
「それだと小比類巻先輩に相当の負担がかからないか? 路上ライブやった時だってベースを凄く簡略化したバージョンだろう。路上ライブじゃそれでもいいかもしれないけど、バンド同士が競い合うコンテストで通用するのか」
「う〜ん」
 龍太にとっても、そこがネックだったのだろう。腕を組んで黙りこんでしまう。
 付け焼き刃のパート替えでコンテストに出て大失敗したら、それこそ由綺南先輩を傷つけることにならないか。そんなことも考えて十歌部長はコンテスト辞退を言ったのかもしれない。コンテストに出なくても、代役を入れずにコンテストに出て失敗しても由綺南先輩が悲しむ。これって完全に八方塞がりじゃん。
「くちゅん!」
 考えこんでいた龍太がクシャミをした。
 おい、おい、ずいぶん可愛らしいクシャミじゃねえか。本格的に女の子らしく……前言撤回。指で鼻をごしごしするなよ。
「いい加減冷えたからそろそろ戻ろうぜ。これ以上ここにいたら風邪ひいちまう。戻ってオマエのアイデアを含めて十歌部長たちに相談してみよう。俺たちが気づかなかったアイデアが出るかもしれない。さあ、買い物を済ませようぜ」
 俺たちが息苦しさから部室を出たことは十歌部長たちも気づいているだろうけど、飲み物を買ってくるって言って出てきたんだから何か買っていかないとな。
「ねえミキ、みんなのリクエストを聞いたわけじゃないから、今回は面白い飲み物を買っていかない?」
 画一的な商品しか置いてない全国的なチェーンのコンビニと違って、サトウショップには変わった飲み物を置いている。変な飲み物であの重い雰囲気が少しでも軽くなるのならそれでもいいかもしれないな。
「んじゃ、なるべく誰も飲んでないようなジュースを選ぶか」




「カツゲン。三扇サイダー。ミキ。ルートビア。それに、搾りたてビール麦芽ドリンク? よくもまぁここまで変な物を買ってきたな。呆れを通り越して諸君らの無駄な熱意に感心するよ」
 テーブルの上に並べたジュースを手にとった十歌部長が何をしているんだと言う表情で俺たちを見る。
 みんな変な表情を浮かべたけど、出かける前にあった痛くて苦しくなるような雰囲気は軽くなった気がする。店員すら呆れる変な物ばかりを買った甲斐があったというものだぜ。
 誰も飲んだことがない物ばかりだった。どれを飲んだら当たりで、どれが外れかわからない。結局ジャンケンで勝ったから人から好きな物を選ぶということになった。
 小比類巻先輩、十歌部長、龍太、由綺南先輩、俺の順番となった。
 トップバッターの小比類巻先輩が選んだのは三扇サイダーという三ツ矢サイダーの模倣品みたいなラベルのサイダーだった。ただ甘味にグラニュー糖を使っている。
「瑠月ちゃん、どんな味だった?」
「サイダーの味。でもしつこい甘さが口に残る」
 十歌部長は成分を何度も確かめた末にカツゲンという北海道産のジュースを選ぶ。
「これは甘いな。凄く甘くしたヤクルトみたいだ」
 残った三本の中からミキというジュースを脇にどかし、
「ミキはミキに飲んでもらうとして、僕は搾りたてビール麦芽ドリンクにしようかな」
 そう言って龍太は搾りたてビール麦芽ドリンクに口をつける。
「う゛っ……不味い。焦がした麦を絞って汁にしたみたい。ほのかに甘いんだけど、それが逆に不味さを引き立てているよぉ」
 ラベルに健康とか美容という文字が躍る缶を、舌を出した龍太がもういいとばかり俺の方に押しやる。
「ミキ、残り飲んでよ。これ以上飲んだら僕絶対寝こむ」
「いらねぇよ。というか寝こむような物を俺が飲んだら、俺が寝こむだろうが」
 ミキなら大丈夫だよ、美肌になれるよ、たぶん。などとほざく龍太を無視して次は由綺南先輩の番ですよと催促する。
「ミキはミキ君の物らしいから、私は残っているこれね」
 由綺南先輩がルートビアに手を伸ばしかけるより早く、十歌部長がルートビアの缶を手にとってプルトップの飲み口を開ける。
 ありがとうと言って自由な左手で受け取る。
「どうです? それも不味いですか?」
 龍太が身を乗り出して尋ねる。たぶん自分が不味い物を飲んだから仲間が欲しいのだろう。他人の不幸を望むとは心の狭いやつめ。
「なんと言えばいいのかしら。ドクターペッパーって飲み物があるでしょう、それを薄めた感じ。でも、美味しいわよ」
 露骨にがっかりした表情を浮かべた龍太は最後の一本となったミキを手に取る。
「ね、ね、ミキ。このミキって米を発酵させたジュースなんだって。どんな味なんだろうね。楽しみだなぁ」
 米を発酵? それって酒じゃねぇのか。アルコールは入っていないようだから甘酒みたいなものかな。まあ龍太が望むような味じゃねぇだろう。
「早く飲んでみてよ」
 催促する龍太に、わかった、わかったと制しながら飲んだ。
 どろりとした食感と砂糖とは違う重厚な甘さが口内に広がる。焚いた米を挽き潰して大量の甘味をぶちこんだらこんな味になるだろう。
「どう?」
「……」
「感想を言ってよ」
「…………」
 無言のままミキの缶を龍太に渡す。
 俺は龍太の目を見る。察してくれよ龍太。
 一瞬、へっ? という表情を浮かべたが、すぐに気づいてくれたようでウインクしてくる。さすがは龍太だぜ。
 とはいうものの、龍太はしばらく缶を握ったまま固まっていた。が、観念したように恐る恐るミキに口をつける。
「あ、甘っ! 何これ。人間の飲み物じゃないよ。凄く凶悪な味。ミキって名前は伊達じゃなよ」
 子犬のように舌を出したまま頭を振る龍太を見てみんなが笑う。
 サンキュー龍太。これで空気が一気に軽くなった。
 ここで切りだそう。俺はサトウショップで聞いた龍太のアイデアや、路上ライブをしたことを十歌部長たちに伝えた。
「難しいな」
 考えこむように腕をくんだ十歌部長は目をつぶってつぶやく。
 そうだよな。あと一週間しかないのにパート替えして付け焼き刃でコンテストに挑むのは無謀だったよな。それに俺たちの考えじゃ、一番心を痛めている由綺南先輩を蚊帳の外にしちゃうことになる。でも、他にアイデアなんてないし。
「難しい……が、面白い。なぁ由綺南、瑠月」
 十歌部長は目を開けると、隣に座っている由綺南先輩と小比類巻先輩に向かって楽しげに言う。由綺南先輩はちょっと驚いたような表情をしたあと、おかしさを堪えるように口に手を当てる。小比類巻先輩も楽しそうな表情を浮かべる。
 そして十歌部長たちは、
「あははははは」
 一斉に笑いだす。
「俺、変なこと言ったッスか」
 十歌部長たちに俺の言葉は届いていない。ただ腹の底からの笑い声が響くだけ。
 俺たちが出かける前にあった重苦しい空気はない。なにがあったんだ? 面白いって? 龍太と視線が合うと肩をすくめる。
「突然笑いだしてすまない」
 なんとか笑いがおさまった十歌部長が、目に浮かんだ涙を拭きながら頭を下げる。
「君たちが変なことを言ったわけじゃない。我々は仲間なんだな。と言うことを改めてそれを実感して笑いだしてしまったのだよ。実は君たちが買い物に行っている間に同じようなことを話していたんだ。瑠月が路上ライブした時のことをきっかけにパート替えをできないかをね」
 先輩たちも俺たちと同じだったのか。
「助っ人を捜すと言っていた由綺南もパート替えに賛成してくれた。というか、こんどは自分も出るといって譲らなかったのさ。さすがにケガ人をステージに出すわけにはいかないから反対したのだが、まったく聞き入れてくれない。ギブスをつけた手でもピックは持てるから弾けると言うし、しまいには自分も手伝わせてくれないのならコンテスト当日にベースを持って乱入すると脅すんだぞ。由綺南なら本当にやるからなぁ」
 十歌部長は苦笑いしながら由綺南先輩に視線をやる。
「みんなが私の代わりに無理してくれるのに、私だけが指をくわえているわけいかないでしょう。だってみんなが新しい人がダメって言うなら私がやるしかないじゃない。私だってクロテンのメンバーなんだから。それにさっきはあんなことを言ったけど、やっぱりみんなと弾きたいのよ」
 由綺南先輩は強い口調ではっきり言った。異論は絶対認めないっていう意志が籠もっている。
 苦笑いを浮かべた十歌部長は肩をすくめ、
「ということだ。だから交換条件として手首を動かないように改めてギプスをしてもらうことにはしたがね。それでは私たちのアイデアだが……」
 俺たちがいない間に話し合ったことを語りだす。
 コンテストで演奏できるのは二曲。俺たちは最初、十歌部長が作った『一〇〇人のために歌おう』と由綺南先輩の『TEDEND』を予定していた。この曲は俺たちクロテンがいま持っているオリジナル曲の最上位だ。演奏すればそれなりにインパクトがあるはずだ。でもそのぶん両方とも難しい。全パートが自分の持てるテクをすべて使って演奏をする必要がある。だから俺たちは一生懸命練習してきた。けど、十歌部長はこの二曲をあっさり放棄した。
「コンテストでは『Im in ur body,stealan ur heart』と『戦え凶悪破壊魔神ミキ』を演奏しようと思う」
「「待ったぁ!!」」
 俺と龍太の怒声が重なり合う。
「『戦え凶悪破壊魔神ミキ』を演奏するなんて正気ですか?」
 『戦え凶悪破壊魔神ミキ』は作曲に味を占めた龍太が冗談で作った曲だ。戦隊物のパロディというか、俺を揶揄したバカソングというか、とにかく人前で演奏するような曲じゃない。
 ジャンル分けというのは好きじゃないけど、俺たちのクロテンはジャンルで言えばパンクバンド、それもメロコア(メロディック・ハードコア)バンドになると思う。小比類巻先輩作曲の『Im in ur body,stealan ur heart』なら許容範囲だが、『戦え凶悪破壊魔神ミキ』なんて演奏したらクロテンはコミックバンドの烙印を押されるぞ。というかコミックバンドでも演奏しないレベルの曲だぞ。
「そうかね。あの曲はあの曲で面白いと思うが」
「私も楽しい曲だと思うわよ」
「うん。演奏が楽」
 あ、あんたら本気で正気を失ったんですか。さっき飲んだジュースが脳に変な影響を及ぼしたんですか。
「あんな曲演奏したら笑い者ですよ」
「笑い者大いに結構。観客が楽しんでくれるならいいじゃないか」
 笑い者と観客が楽しむは意味が違うでしょう。
「だ、だけどあの曲単純すぎるでしょう。ズンチャッチャ、ズンチャッチャの繰り返しですよ。呆れられますよ」
 大袈裟にギターを弾く真似をして龍太が食い下がる。
「そこいらは少し手直しするから安心したまえ。君たちには不満のようだから、それではこの曲を演奏するかどうか多数決で決めようではないか。至極民主主義的だろう」
 俺たちに勝ち目はなかった。数の暴力なんて嫌いだ。
 不満は大いに残るまま曲ごとのパートが発表された。
「『Im in ur body,stealan ur heart』は瑠月とゾーシュ君は従来通りだ。ギターはヤマダ君の一本だけで、私と由綺南がベースに回る。私がメロディで由綺南はバッキングだ。前からこの曲はベースのアンサンブルをしてみたいと思っていたからいい機会だったよ」
 十歌部長は楽しそうにパートを告げる。
 『Im in ur body,stealan ur heart』は電子ピアノとベースがメインの曲だ。ギターが前面に出る部分が少ないから、十歌部長がギターから抜けても龍太一人でも何とかなるだろう。それに十歌部長のフォローがあればベースも何とかなるだろう。改めて考えてみれば『Im in ur body,stealan ur heart』を選んだのは炯眼としか言いようがないな。
「『戦え凶悪破壊魔神ミキ』のベースは由綺南、瑠月にはシンセをやってもらおう、ギターはヤマダ君だ」
 ここでいったん言葉を止めて意味不明の笑顔を俺に向ける。
「私は六線で参加しようと思う。知り合いが特注で六線を作らせたが使っていないから私が借りている。人前で弾いてみたかったんだ」
 六線という楽器がなんだかわからずにいる俺たちに十歌部長は説明してくれた。
 沖縄の楽器で三味線の原型と言われている三線というものがある。三線は俺もBEGINや夏川りみの映像で見たことがある。三線は三味線と同じ三弦楽器で三味線より音が高かった記憶がする。その三線の弦を三本増やした楽器が六線らしい。三本弦が増えてもギターのような六弦楽器ではなく、あくまで三弦楽器として弦をいっぺんに二本ずつ弾くとのことだ。
「まあバンジョーのような音になるだろうからヤマダ君の補助だと思ってくれればいい。ゾーシュ君は当たり前だがドラムを担当してもらう。ただし、それともう一つ、曲の間にセリフを喋ってもらいたい」
「セリフって何かしら?」
 由綺南先輩が小首をかしげる。
 首をかしげたいのは俺の方です。突然言われてワケがわかんないんですから。
「ほらこの曲はBパートからCパートに移る時ギターソロがあるだろう。そのソロの部分は少し長いから、ゾーシュ君にセリフを言ってもらおうかなと思っている。セリフはまだ決めていないが、『女にもてるヤツは皆殺しだ』とか『俺に情けを求めるな、憐れみを求めるな』みたいなセリフを言えばインパクトがあるだろう。なにせゾーシュ君の容姿だ歌にピッタリだ」
 なにげに酷いこと言われてないか俺。十歌部長は俺のことをそんな風に見ていたんですか……いつか『冷徹巨乳女王様トーカ』って曲作ってやる。
「嫌ですよ。俺はそんなバカなセリフを言いたくないです」
「ゾーシュ君が嫌がるのならしょうがない。ここは軽音部部員の意志並びにクロムウェル・マーク・テンメンバーの意志を集約して決めようではないか。ゾーシュ君のセリフに賛成のものは挙手してくれたまえ」
 四人の手が挙がる。龍太ぁ、てめえ裏切りやがったなぁ!
「ゾーシュ君のセリフ入りが皆の総意と言うことを確認できた。では、この曲に関しては明日までに私が手を入れておく。まあ諸君の担当部分にはほとんど変化はないはずだ。それじゃ今日は早いがこれで解散しよう」
 十歌部長は由綺南先輩と一緒に病院に行って、改めて手首まで覆うギブスをつけてもらうと言って帰り支度をはじめる。
 俺も今日は色々なことがありすぎて疲れたから素直に帰る準備を始める。
「こんなことになるとは思わなかったけど、明日から頑張ろうよ。そしてコンテストで思いっきり楽しもうよ」
 重苦しさから解放された龍太がいつものニコニコ顔で俺の肩を叩く。
「おう!」
 痛ぇな。心地良い痛みに頬が緩んでくることを感じていた。




 *               *               *




 この一週間をやったことを一言で言えば「練習」だった。二十三日までは部室が使えたから朝から下校時間まで演奏。下校時間後は小比類巻先輩の家で弾かせてもらったり、部費を使って貸しスタジオで練習もした。帰宅はいつも夜十時を過ぎ。とにかく朝から夜まで練習尽くし。腕も脚もパンパンに張って家に帰ってメシを食う時なんか手が震えて箸を諦めてスプーンを使ったぐらいだ。寒いはずの十二月に汗まみれになって、びしょ濡れになったTシャツを何度も着替えて、スポーツドリンクをリットル単位で飲んでコンテストに向けて脇目もふらずに突き進んだ。
 すべて順調にいったわけじゃない。予定外の演奏曲変更で演奏する曲を完璧なものにするには時間が足りない。おまけにパート替えがあったから各人に負担は増えている。でも誰も文句は言わない。血マメを作ったり、歌いすぎて喉をからしたり、弦で指を切ったりしながらも黙々と演奏を続ける。その中でも由綺南先輩が一番辛かったと思う。手首を固定しているから弦を弾くためには腕全体で弾かなきゃならない。その負担は相当のものだろう。でも、由綺南先輩は愚痴ひとつ漏らさない。そんな姿を見せられたら俺たちだって辛いだのキツイだの言っていられない。
 家に帰ったら風呂に入る余裕もなくベッドに倒れこむ日々が続いた。その甲斐あってなんとか形にはなってきていることを実感できるようになってきた。




「いよいよ明日だねぇ」
 小さな参加証を見ながら龍太がひとりごちるように呟く。
「そうだな。もうここまで来たらジタバタはできねぇな。それしにしてもラストはないよなぁ」
「そうだね。プレッシャーが大きいよ」
 今日は午前中からコンテスト会場であるホールに集まっていた。コンテスト参加の最終確認と参加証の交付があり、さらにはリハーサルも行われた。ただしリハーサルと言って十六バンドも出るコンテストだから演奏なんてしない。各自が音を出してSEさんが音の調整を確かめたり、アンプは据え付けのを使うからプレーヤーがアンプの音質を確かめるぐらいしかできない。
 そしてリハーサルの前に明日の出演順番をクジで決めた。このクジの意味は大きい。コンテストの審査員はプロのミュージシャンやコンテストに協賛しているイベント会社の人などが、音楽性、演奏力、魅力などを勘案して最高点数一〇〇点という形で審査する。色々と音楽に親しんでいる人たちだから公平な審査をしてくれるとは思うけど、最初の方に出るバンドとラストのバンドに関しては採点を抑えがちになると聞いたことがある。トップバッターは後から凄いバンドが出るかもしれないという期待があって無意識のうちに配点が消極的になるらしい。ラストの方のバンドは今まで出てきたバンドと比較されるため、こちらも厳しい配点になりやすいと聞く。つまり中ぐらいがベストなんだ。
 クジ引きではクロテンはもちろんリーダーの十歌部長が引いた。
 番号が書かれた紙が入った箱に手を入れ、引き出した紙片には十六番の文字。
「うわぁ大トリとはお気の毒さま。でも手加減しないからね」
 俺の背中をバンバン叩きながら涼風が声をかけてくる。
 涼風たちは由綺南先輩がケガをしたことを知っている。知っていてなお手加減しないと言ってくるのは俺たちへの気遣いなんだろう。
「涼風は何番なんだよ」
「六番。本当は一〇番くらいがよかったけど、クロテンから見ればマシだよね。ラストは辛いよぉこれまで出た十五バンド以上の演奏しないといけないからね。本当にご愁傷様」 ニヤニヤした涼風が憎たらしいぜ。
「おい純鈎。うちの高校から出るのは俺のバンドとおまえのバンドだけなんだから恥ずかしい演奏はするなよ」
 俺たちの横を通り過ぎようとしていた髭右近先輩が足を止める。
「ふん。言われるまでもない。君こそ十一番という出演順にあぐらをかいて手を抜いた演奏はしないでもらいたいものだ」
 十歌部長は鼻を鳴らす。
「心配は無用だ。俺たちはおまえらのように女だから演奏を間違えても許してねみたいな逃げはないからな。持てる力をすべてつぎこんで本物のロックを演奏する。女だからという理由でお目こぼしされる社会的立場を利用してお遊びでロックしているおまえらとは違うのさ。漢のロックはいつも全力だ」
 そう言うと足早に立ち去る。
「はぁ……なんだか凄い人ですねぇ」
 髭右近先輩の背中を目で追いながら涼風は溜息をつく。
「ああ、人格に問題はあるけど髭右近先輩は演奏は凄いぜ」
「いやそう意味じゃなくって。純鈎先輩と話していてちゃんと受け答えしているのに、顔はずっとヤマダ君の方を向けてたよ」
「ま、まあな」
 髭右近先輩の性癖を説明する気にもなれず俺は曖昧に答えた。


 リハーサルが終わってから貸しスタジオで最後の練習をして、明日に備え早めに解散したあと俺は龍太の家に来ていた。龍太の母親の美也さんがたまには遊びに来いといっていると言われて、なかば強制連行されたわけだ。ま、クリスマス・イブといってもデートする相手がいるわけじゃないから用事もない。本音を言えばもう少しドラムを叩いておきたかった気持ちもあるけど、いま叩きだしたら徹夜して朝まで叩き続けそうだ。明日のことを思えばいまはこうやって龍太の家の居間でウダウダしている方がいいのかもしれない。
「明日はイエス・キリストが生まれた誕生日だよね。そんな日に『戦え凶悪破壊魔神ミキ』みたいなふざけた曲を演奏して罰が当たらないかな」
 思い出したように龍太が明日の演奏曲のことを切りだしてきた。
「ま、誕生日プレゼントにもらって嬉しい曲じゃないだろうけど、神様なんだから寛容の精神で許してくれるんじゃね」
「そうだねぇ誕生日プレゼントとしては欲しくないかも……そう言えば、誕生日といえばミキの誕生日っていつなの?」
「昨日」
 そう俺の誕生日は十二月二十三日だ。年末年始に生まれるヤツの悲哀を十分に堪能できる時期と言うことだ。誕生日のプレゼントはクリスマスプレゼントと一緒にされる。本当に損な誕生日だよ。
「えーっ昨日だったの。もっと早く教えてくれればプレゼントを用意してお誕生会したのに」
「お誕生会って、おまえどこの幼稚園児だよ。高校生になって誕生日もないだろう」
 というか十歌部長とかに誕生日を知られていたら悪のりされて大変なことになっていたかもしれないぜ。
「そういうおまえは誕生日いつなんだ?」
「九月二十二日。ということは僕の方が三ヶ月お兄さんってことだよね。ね、オトメ君」
「うるせぇ!」
 たかが三ヶ月で兄貴ぶるな。というかおまえ女だろう。
「苧留君、誕生日昨日だったんだって」
 台所にいた美也さんがコーヒーと茶菓子を持って来る。
「ちょうど良かったわ。一日遅れだけど苧留君にプレゼントはあるのよ。あっ、龍子ちゃんにもあるわよ」
「えっ!」
 短い叫声とともに固まる。
「プレゼントなんていいッスよ。龍太の誕生日だって知らないでプレゼントもあげていないんですから」
「いいのよ。苧留君の誕生日じゃなくてもあげるつもりだったのよ」
 美也さんは楽しいことが待っている子どもみたいな表情を浮かべ軽い足取りで隣室に入っていく。すぐに両手に紙袋をぶら下げて戻ってくる。
「苧留君たち、明日コンサートなんでしょう。だから龍子ちゃんと苧留君にステージ衣装を作ってみたの。これは龍子ちゃんのよ。クリスマスらしいでしょう」
 美也さんが取り出したものはミニスカサンタパンク仕様と言うべき衣装だった。ベースはミニスカサンタ衣装なんだけど、所々破れていたり鎖や大きな安全ピンがついていたり。さらには棘のついたチョーカーにリストバンド……美也さん、いい具合にパンクというものを誤解していません?
「こっちは苧留君のよ」
 もう一つの紙袋から出してきたのは茶色と黒で彩られた衣装と大きな角がついたカチューシャ。美也さんは茶黒の衣装を広げる。レオタードのような伸縮性のある生地で作られている全身タイツだった。茶色の地に黒いドクロの模様やDEATHと言う文字が踊っている。
「なんスか、これ?」
「トナカイの衣装よ。龍子ちゃんがサンタさんだからトナカイにしてみたのよ。それに苧留君たちはパンクバンドなんでしょう。パンクは反社会と聞いたからこういうデザインにしてみたの」
「かあさん、絶対に着ないからね!」
 正気に戻った龍太が怒鳴りつけるように全力で拒否する。
 俺もAC/DCのアンガス・ヤングに負けない勢いでヘッドバッキングする。こんな格好のパンクバンドはないッス。これじゃ変態バンドですって。




【XU】俺達いつでもロックバカ




「いよいよ今日だね。緊張するというか、楽しみというか、なんか落ち着かないね」
 龍太は俺のイスの上であぐらをかいたまま小刻みに膝を揺らす。
 ジーパンだからいいけどよぉ、いちおう女なんだからあぐらをかくなよ。
「俺たちの出番は五時過ぎだ。三時半までにホールに入ればいいんだし、今から緊張していたら身が保たねぇよ。見ろよ、まだこんな時間なんだぜ」
 机の上の時計は十時五分を指している。
 そうまだ午前中のクソ早い時間なんだよ。なのに龍太をはじめクロテンのメンバー全員が俺の部屋に揃っている。というのも二日遅れの俺の誕生日を祝うという名目で朝っぱらから襲来しやがったからだ。コンテスト会場に持っていく楽器と一緒に土産を持ってきたが、その大半が今日の荷物運びである一刀兄ぃに渡されたところを見ると、荷物運びの一刀兄ぃがメインで俺はたぶんオマケ。
 誤解がないように言っておけば、みんな俺に誕生日プレゼントを持ってきてくれた。
 十歌部長は大きなオオブンブクのヌイグルミをくれた。俺の部屋は殺伐としているから、このヌイグルミでも置いて少しは華やかにしたまえとのことだ。男の部屋に華やかという言葉は似合わないと思うが、先輩の善意を無下にもできず受け取った。オオブンブクはウニの一種と言うことだ。ウニの棘をスポーツ刈りにして押し潰したような形の生き物のようだ。俺としては嬉しくとも何ともないプレゼントだが狂四郎は気に入ったようだ。オオブンブクを見るなり噛みつき、ネコパンチ、ネコキックの嵐。もらって一〇分もしないうちに狂四郎に所有権が移ってしまった。猫ってウニが好きなのか?
 由綺南先輩からは蛍光ピンク色のハート模様が散りばめられたメリケンサックを渡された……これを俺にどうしろと? これをつけてケンカしたら確実に警察沙汰だぞ。かわいいでしょうと言うけど凶器にかわいさは必要ないだろう。というか由綺南先輩は俺をどう見ているかよくわかりましたよ。
 小比類巻先輩がバッグから出してきたのはシンプルな黒いTシャツ。胸のところにAGLAと言う文字が描かれている。「このTシャツにはAGLA(アグラ)を描いてあるから悪魔の攻撃や攻撃呪文をかわせる」とのこと……俺も散々ケンカしてきたけど、今まで一度も悪魔や呪文で攻撃してきたヤツなんていないって。ところでアグラってなんすかと尋ねたら、Athah gabor leolam,Adonai(汝は強大にして永遠なり、主よ)の略で、この言葉自体に強い力があるし悪魔召喚にも使えるとのこと。このTシャツが本領発揮する日は永遠に来ないだろうなぁ。
 龍太がくれたのはカレーショップのサービス券と貸しスタジオで無料で配っているポケットティッシュ。プレゼントを用意しなかったと言って、慌てて財布やポケットを漁った末に見つけだしたものだ。ま、実害がない物だからありがたく受け取った。サービス券とポケットティッシュの他に「これもあったけど、いる?」と言って差しだしたのは、派手な色遣いでポップなラベルのリップクリーム。リップクリームに関しては丁重にお断りしたぜ。誰かが「せっかくの間接キッスのチャンスを逃した」と言っていた気もするが無視。
 十歌部長たちはプレゼントの他にケーキを持ってきてくれたから、今日のコンテスト勝利の前祝い&クリスマスの祝い&オマケとして俺の誕生祝いをしていた。こんなことをしていないで少しでも練習しておきたい気持ちがあるのだが、十歌部長の「いまさらジタバタしてもしょうがない。我々は十分やった。あとは本番ですべてを出せばいい。だからこそ今はリラックスして本番に望む方がいい結果がでるだろう」ひと言でダラダラすることになった。と言っても俺の部屋にはたいした暇つぶしの道具があるわけでもない。俺は龍太と他愛のないことを話し、十歌部長たちは狂四郎をかまっている。いくらリラックスとはいえ、こんなのでいいのかなぁ。
「狂四郎、お手」
「狂四郎、おかわり」
「狂四郎、おすわり」
「狂四郎、しっぽパタパタ」
 小比類巻先輩がまた狂四郎に芸をさせているようだ。俺が言っても芸をしないのに、なんで小比類巻先輩の言うことは聞くんだよ? 俺は背後から聞こえる小比類巻先輩たちの声を聞くとなしに聞いていた。
「狂四郎、デンプシーロールからアッパーカット!」
 ちょっと待ったぁ! さすがに猫にデンプシーロールもアッパーカットも無理だろう。
「凄い動きね狂四郎ちゃん」
「目にもとまらないデンプシーロールだ。おお見事なアッパーカット。この拳なら世界を狙えるぞ。狂四郎君は物覚えがいいな。世界を狙うために次はフリッカージャブを覚えたまえ。こうだよく見て覚えたまえ」
 本当に狂四郎がデンプシーロールしてアッパーカットしたのか? まさかな……。
「あんたら、なにしているんです。俺んちの猫に変な芸を覚えさせないでください」
 振り返ると十歌部長が狂四郎の前でフリッカージャブをしていた。アホですかアンタ? でもその姿はさまになっている。十歌部長は女性にしては背が高いし、手足も長いし、運動神経もいいから動きに無駄がない。う〜む、十歌部長がボクシング界に殴りこみかけたほうが世界を狙えるんじゃないのか。
「なにをやっているかって、狂四郎ちゃんにボクシングを教えているのよ」
 由綺南先輩は狂四郎の前足をつかんで十歌部長の真似をさせている。
「入れないから」
 小比類巻先輩が声に不満げな響きを含ませ答える。
「瑠月の言う通りだ。ゾーシュ君とヤマダ君が二人の世界をつくっていて我々は会話に入る余地がない。となれば狂四郎君で遊んでいるしかないだろう」
「言いがかりはよしてくださいよ。先輩たちが狂四郎と遊びだしたから、俺は龍太と話していたんですよ」
 二人の世界ってなんだよ。このメンバーで同学年なのは龍太だけだし、自慢にもならないけど俺は女性と話すのは得意じゃないんだよ。ま、龍太も女と言えば女だが、女を感じさせないから気が楽だ。話しやすい相手と話すのは当然の理だろう。
「ようするに先輩たちはヒマだから俺をからかっているんでしょう。だったらちょっと早い気もするけど龍太の家に行きましょうよ。おい龍太、もう行っても大丈夫だよな?」
「うん。かあさんは昨日のうちに用意は済ませていたから大丈夫だよ。もう僕の家に行く? なら家に電話しておくけど」
「先輩たちもいいでしょう。俺の部屋にいたってやることはないし、どうせ龍太の家には行かなきゃなんなかったんですから」
 龍太の母親の美也さんがバンドのみんなに渡したい物があるから、コンテストの前に家に寄ってほしいと言われていたんだ。ただ、昨日の件がある。あの妙ちきりんなコスプレじゃないかという不安もあったが、龍太があの衣装は捨てたからそれはないと断言してくれている。と言うことは、おおかたお守りみたいなものだろう……まさか新たなトナカイ全身タイツじゃないよな。
「うむ。早めに用事を済ませておくのが無難だろう。ヤマダ君の家に行くことに異存はない」
 フリッカージャブを続けていた十歌部長は腕を止め大きく肩を回す。
「リュウ君の御自宅に行くのは初めてね」
 お土産を買っていかなきゃと言う由綺南先輩に、龍太はいらないですよと答える。
「トナカイはいないから大丈夫」
 小比類巻先輩が俺に向かってうなずいてくる。
 トナカイはなしか。よかった。小比類巻先輩が言うなら間違いないだろう。
「トナカイ? 瑠月ちゃん、トナカイって何?」
 由綺南先輩が首をかしげるが小比類巻先輩は俺の方を向いたまま黙っている。
「それじゃ行きましょう」
 車で運んでくれる一刀兄ぃに楽器や機材をあずけ家を出た。


 龍太の家に着くなり美也さんは俺たちを居間に通してくれた。
「今日のコンテストの勝利を祈願して作ってみたの。似合うといいんだけど」
 テーブルの上にはワインレッド色した布が置いてある。
「ほら文化祭の時はみんな統一感のある格好をしていたけど、今回は普通の格好で演奏するんでしょう」
 美也さんは布のひとつを持ち上げ、みんなに見せる。
 それは肘ぐらいまでの長さがあるロンググローブ。イブニングドレスを着た女性が腕にはめていそうな薄い生地で、指先は第二関節のところからカットされている。美也さんが用意したグローブは左手だけ。右手がギブスに覆われてグローブをはめられない由綺南先輩への配慮だろう。
「これなら演奏の邪魔にもならないでしょう。みんなタンクトップとか軽装で演奏するって聞いたから、それじゃ寂しいと思って用意したのよ。これなら統一感が出るでしょう」
「ありがとうございます。今回は事情があって衣装は揃えなかったので嬉しいです」
 リハーサルに行くまでは文化祭で着たゴスロリスタイルで演奏するつもりだった。でも、リハーサルに行ってわかったことは、コンテストの会場のホールはメチャクチャ空調が悪いうえに照明が強すぎて暑い。観客がいない状態なのにステージに上がっただけでうっすらと汗が浮かんでくる。たとえ短時間でもこんな会場で演奏したら汗でずぶ濡れは必至。生地の多いゴスロリなんか着たら汗で手が滑って演奏すらできないだろう。龍太が「メチャ暑いですよ。今回は軽装にしようよ」と提案し採用された。でも十歌部長は不満だったようで、統一感が失われるとブチブチ言っていた。ちなみに俺は「暑いから、みんな水着を着て演奏するなんてどうです」と提案したら「バカ」「スケベ」「中年の発想」「露出狂は君だけで十分」と温かい讃辞とともに一蹴された。冗談で言ったんだけどなぁ。
「これで統一感が出せます」
 十歌部長は頭を下げ、嬉しそうにグローブを手にはめる。
「色が派手で目立つでしょう。グローブには一人一人の名前を刺繍してあるのよ。みんなもどうぞ」
 グローブごとに『TOOCA』『YUKY』『LUZKI』『RYUco』とローマ字ではない不思議な表記方法で名前が書かれている。龍太も由綺南先輩も小比類巻先輩も自分のグローブをはめて感じを確かめている。
「あれ? かあさんミキの分はないの?」
 グローブは俺の分はなかった。でも、なくてよかったよ。弦楽器や鍵盤楽器はグローブをしていても指先さえ開いていれば弦や鍵盤は押さえられる。が、ドラムはそうはいかない。滑り止めがついていないグローブなんかした日にゃ演奏中にスティックが吹っ飛んでいっちまう。それにワインレッドのグローブは俺には似合わないのは確実。
「苧留君はドラムでしょう。グローブは邪魔になると思って別なものにしたのよ。仲間外れにはしていないから安心してね」
 美也さんは悪戯っぽく笑みを浮かべるとワインレッドの布を差しだす。
「苧留君は男の子だからネクタイにしてみました」
「な……なにこれ」
 ネクタイには『おとめ』と大きな文字が刺繍されていた。
 なぜ俺だけ名字? なぜ俺だけ平仮名?
 美也さんを見るとニヤニヤとしている。
 ひょっとして美也さん、昨日トナカイを断ったことの意趣返ししてません?
「素肌の上にネクタイってシド・ヴィシャスみたいね」
 由綺南先輩、先輩は俺に今回も裸になれって言っているんですか。冗談じゃないですよ。いくらクソ暑いステージとは言え裸になる趣味はないッス。


 グローブの反応が良かったことに気をよくした美也さんは気合いの入った昼食を御馳走してくれた。
 なんとも心強かったのは誰も食べ残すことがなかったことだ。緊張していたら食欲がなくなるものだけど、みんなおしゃべりして笑って綺麗に食べた。これだけ平常心でいられるのなら本番でも実力が出せないってことはないよな。楽器は車に積みこんだから後は一刀兄ぃに運んでもらうだけだし、着替えだって持ってきているし、美也さんからグローブももらったし、準備万端。あれっ? グローブと言えば、俺、ドラムグローブ持ってきたっけ?
 バッグの中を見てみたがドラムグローブはなかった。家を出る時に荷物のチェックした時には…………なかった。と言うことは昨日どこかに忘れてきたか? いや、昨日の練習の時にはドラムグローブを使っていない。思い出せ俺。いつ使った? 二十四日は使ってない。二十三日は夕方から夜までは貸しスタジオで練習して、貸しスタジオに行く前は学校の部室で朝から練習して……あっ! 思い出した。部室で昼飯食う時に外して机の上に置きっぱなしだ。
 ドラムグローブが絶対必要ってわけじゃないが、ある場所がわかったのに手元にないのは妙に落ち着かないものだ。みんながグローブをするのに俺だけグローブをしないことを拗ねているわけじゃないぜ。俺にはネクタイがあるからな。つける気はないけど。
 時間はまだあるから学校に取りに行こうかな。
「悪いけど、用事ができた。ホールには直接行くから、中座させてもらうぜ」
 龍太に耳打ちすると、
「どうしたのさ?」
 尋ねてきたので、部室にドラムグローブを忘れてきたから取りに行くことを伝えた。
「だったら僕も付き合おうかなぁ。楽屋入りまでヒマだしさ」
「おや君たちは出かけるのかい。ならば私たちもおいとましようかな」
 龍太との話を聞いていたのか、十歌部長がそう言って由綺南先輩に目配せする。
「そうね。せっかくのクリスマスなのに昨日はリハーサルや練習で潰れちゃったし、街に出て少しぐらいはクリスマス気分を楽しまないとね」
 由綺南先輩も同意する。
 あと少しで正午になると言う時間で俺たちはいったん別行動をとることになった。
 俺と龍太となぜか「一緒に行く」と言った小比類巻先輩の学校行きグループと、十歌部長と由綺南先輩の街散策チームに分かれた。十歌部長も由綺南先輩も美人だから街散策じゃなくって群れなすナンパ撃退チームにならなきゃいいけど。




 *               *               *




 高校の先生という商売ほど割の合わない商売はないと今日改めて実感した。図体だけは一人前のくせにおつむの方はミジンコ並みという学生に形だけでも勉学を教え、さらには部活の指導までしなきゃいけない。幾ばくかの給料は出ているだろうが、その労力には絶対見合っていないはずだ。今日だってクリスマスだから警備の人しかいないかなと思っていたのだが、先生たちが出勤していた。さすがに全員ではなかったけど俺たちの副担任のエミ子ちゃんも来ていた。エミ子ちゃんってまだ二十四歳なのに──彼氏がいるのかどうか知らないけど──クリスマスにまで駆りだされるなんて御苦労様です。俺は心の中で手を合わせた。
「エミ子先生」
 俺が声をかけると書類を書いていたエミ子ちゃんが顔を上げ不思議そうに眉を寄せる。
「あれ? 苧留君に山田さんじゃない。学校になんて来てどうしたの? 部活ができるのは一昨日までだよ……ん? そっちの人は?」
 エミ子ちゃんは俺の後ろにいる小比類巻先輩に視線を向ける。
「二年の小比類巻です」
 小比類巻先輩は頭を小さく下げる。
 先生と言ってもすべての生徒を知っているわけじゃないんだなぁ。
「小比類巻。どこかで聞いた名前ね。あっ、二年生のリアルお菊人形+呪い付き♪の小比類巻さんね。この人がそうかぁ」
 リアルお菊人形って……言い得て妙じゃないか。呪い付き♪も否定できない。先生たちの間でも小比類巻先輩の呪いを信じているんだな。でも、それが先生が生徒に言う言葉か?
 けれど、当の先輩は気にしていないようで平然としている。
「エミ子ちゃん、小比類巻先輩を珍しそうに眺めてないで俺の話し聞いてくださいよ」
「エミ子ちゃんって呼ばない!」
 我に返って俺をにらみつけてくる。
「で、話しってなに?」
「部室の鍵を貸して欲しいんですけど」
「部室? 練習熱心なんのはいいことだけど、部室使用は来年までダメよ。最近は色々な学校で部室が問題になっているんだから。先生の目が届かないことをいいことに喫煙飲酒は日常茶飯事として、博打場開帳や違法薬物の取引まであるらしいんだから」
 あ、あのぉエミ子ちゃん。それどこの学校の話しです? うちの学校でも喫煙ぐらいなら聞いたことあるけど、それ以上の話は聞いたことないんですけど。ひょっとしてエミ子ちゃんの妄想も混ざっていません?
「そんなことしませんよ」
「そう? それならいいんだけどね。いいよね、あんたたち学生は休みでさ。年に一度のクリスマスだというのに、私なんて昨日も今日も出勤で朝から書類書きばかりよ……はあ」
 エミ子ちゃんは遠いところを見るような目つきして溜息をつく。
「私が書きたくもない書類を書いている間に、あんたたちはクリスマスを楽しんでいたんでしょう。友達と遊んだり、旅行に行ったり、デートしたり、エッチしたり……って、まさか苧留君、部室をラブホ代わりにして女の子二人と鬼畜で淫靡な所行におよぼうなんて考えてないでしょうね。学校で不純異性行為はダメよ。見つからない場所でなら苧留君がなにをしようと私には関係ないけど、学校で3Pをしているところを見つかった日にゃ私が学年主任や校長先生にしかられるんだからね。そりゃ苧留君だって健全な男の子なんだから性欲をもてあまして、そのはけ口をクラブの女の子に向けたくなる気持ちは理解しているつもりよ。でもノーマルなセックスにしておきなさい。高校生で3Pなんて早すぎるわよ!」
 な、何を言いやがるんだこの女は。3Pなんてしねぇよ! よりによって職員室で。ああ、なんだか声がでかくなってきた。ヤバイ。他の先生に聞かれたらまずいって。これはもう力づくででも口を塞がないと。
 パンっ! 小比類巻先輩がエミ子ちゃんの目の前で手を叩いた。突然の音に手を伸ばしかけた俺の筋肉が硬直した。エミ子ちゃんも口を開けたままぽかんとしている。
 小比類巻先輩はすーっと前に出るとエミ子ちゃんの肩に手を伸ばし、ホコリでも払うように手を動かす。二、三度手を動かし、じっとエミ子ちゃんを見つめたと思ったらうなずき後ろに下がる。
「あ……あれ? えっとぉ……なんだったけ? なんの話の途中だったっけ?」
 憑き物が落ちたような顔でエミ子ちゃんは首をかしげる。
「先輩、何したんです?」
 硬直が緩んだ腕を振りながら小声で尋ねると、
「疲れが溜まると心が弱くなる。心が弱くなると取り憑かれやすくなるから」
 小比類巻先輩から意味不明な答えが返ってきた。
「取り憑くって、悪霊でも取り憑いていたんですか?」
 龍太の問いかけに小比類巻先輩は「憑いただけ」とひと言答え、あとは意味ありげな笑みを浮かべるだけだった。
 なに言っているんすか。言っている意味がよくわからないんですけど。おおかたエミ子ちゃんは連日の仕事で疲れてストレスが溜まっていたんだろう。ストレスからくる妄言にしては凄かったけど。エミ子ちゃんて3Pに憧れでも持っているのか?
「それで苧留君、なんの話しだったっけ?」
 いつものエミ子ちゃんの口調で尋ねてきた。
「部室に忘れ物をしたんで部室の鍵を貸してほしいんですけど」
「そういうことならいいけど、練習とか長時間の使用はダメだよ」
 なんか変なことがあったけど、とにかく部室の鍵を借りることはできた。


「静かだね。静かすぎて変な感じ」
 部室に入った龍太が部室の真ん中に立ってひとりごちる。
「だな」
 いつもならグラウンドからは運動部の声、旧校舎にある部室からは色々な音が聞こえてくるのだが、今日は静寂がこの部室を支配していて見知らぬ場所のようなよそよそしさがある。俺の知っている部室は、龍太がいて、十歌部長がいて、由綺南先輩がいて、小比類巻先輩がいて、そして俺もいる。楽器を弾いたり他愛のないことを話したり、とにかくいつも騒がしくやっていた。それが当たり前のようになっていたんだな。
 小比類巻先輩も同じように感じているのか所在なさ気な表情を浮かべている。
「純鈎は善しにつけ悪しにつけお祭り屋。わいわいとしているのが好きだからいつも騒がしい」
「先輩は騒がしいのは嫌でしたか?」
 小比類巻先輩は柔らかく笑むと、
「嫌いじゃない。この高校に入学して一番楽しかった」
 はっきり言い切った。
「本当にお祭りみたいだったね。九月からずっと全力で走り続けていた気分だよ。自分のことを含めて高校生活がこんなに波瀾万丈になるとは思わなかったな」
 龍太は楽しいからいいけどねと締める。
 言われてみればそうだな。龍太が女になったのが九月。それからからわずか四ヶ月だけど数え切れないほどのお祭り騒ぎがあった。髭右近先輩が退部し、小比類巻先輩が入って新たにバンドを組み直した。みんなでライブにも行った。北海道で初めて人前で演奏して大失敗した。その後のライブツアーでは笙子さんや色々な人に出会った。文化祭で髭右近先輩と競い合い、模型部のコスプレ喫茶では由綺南先輩の思いがけない一面も見た。国丸さんのライブに出してもらったり、龍太と小比類巻先輩とで路上ライブもしたし、生まれて初めて作曲というものもした。そして今日はコンテストだ。
 本当に突っ走ってきた感じだよ。
「今日もお祭り。きっと楽しい日になる」
 いつもの小比類巻先輩からは想像もつかない明るい口調で言うと、見つけたドラムグローブを渡してくれた。
「そうだね。今日もお祭りが待っているね。だったら僕らもお祭り会場に向かおうか。ほらミキも先輩も行こうよ」
 くるっと回るようにして部室を見回した龍太は、俺の背中をポンッと軽く叩き部室を出て行く。
「それじゃ俺たちも行きますか」
 小比類巻先輩に声をかけると、先輩は力強くうなずいた。


 エミ子ちゃんに部室の鍵を返したした時、あなた達は今日はどうするのって尋ねられたから、今日はバンドコンテストがあってそれに出ると答えると、
「頑張りなさいよ」
 と励まされ、思いっきりエミ子ちゃんに背中をどつかれた。




 *               *               *




「純鈎先輩たちも三時ぐらいまで街で暇つぶしすると言うから、僕たちもホール入りの時間までブラブラしようよ。今日はクリスマスなんだしさ」
「クリスマスと言えるのか……」
 龍太はクリスマスというが、街はもうクリスマスを終えようとしていた。昨日まではクリスマスの飾りつけをした店が多かったのに、今日はもう「大掃除用品バーゲン」と書かれた年末向けや、「おせち」だの「鏡餅」といった年始の商品が店頭に並び、来年の干支のウサギのイラストがちらほら。イブが終われば次なるイベント「正月」にまっしぐらだ。日本人にとってクリスマスというのはクリスマス・イブまでなんだなぁ。
「お正月気分」
 小比類巻先輩はショウウィンドウに貼られたウサギが餅をついているイラストを指差す。
「ですよねぇ」
「でも、でも、今日はクリスマスだし。僕たちには凄いパーティーが待っているじゃん」
 むきになってクリスマスを強調する龍太が妙におかしかった。
「そんなことはわかっているよ。俺たちのクリスマスはこれからだ」
 これからでっかい楽しみが待っているんだぜ。まだクリスマスを堪能できる優越感みたいな気分に浸りきっていたら、
「おや、クロテンのボーカルとキーボードと……ボディーガード君じゃないか。元気にしていたかい?」
 失礼な声とともに背中を叩かれた。
「ドラムだ! ……って、ひょっとして、タルヴァスの伊藤さんですか?」
「ひょっとしなくてもタルヴァスの伊藤さんだよ」
「本当に?」
「なにを疑っているんだよ」
 だって伊藤さんといったら、国丸さんのライブの時に見たスイカ模様の全身タイツのイメージがあるんだよ。なのに目の前の伊藤さんは地味目の黒いジャケットにジーパンという普通の格好だから一瞬わからなかった。
「伊藤さんって普通の格好もするんですね」
「当たり前だろう。まさか俺がいつもスイカタイツを着ているなんて思っていたんじゃないよな」
「も、もちろんです」
「ふーん。でも、全身タイツはいいんだぜ。特にこの時期は温かくってさ、一度着たら病みつきになるぜ。君も一度試してみたらどうだい。君の体格と季節を考えればトナカイの全身タイツなんか似合うと思うよ」
 げっ! トナカイなんて冗談にもならねぇ。
「トナカイだってさ」
 ニヤニヤとした嫌らしい笑いを張りつかせた龍太が肘で突いてくる。
「捨てたのは僕だからね。感謝してくれてもいいよ」
「ああ、ありがとうよ。感謝しているぜ」
「なにそれ。全然感謝の気持ちがこもっていないじゃん」
 オマエだってミニスカサンタパンク仕様を着たくなかったから捨てたんだろう。
「で、君たちは何しているんだい? ひょっとしてデート?」
 俺たちは今日のクリスマスコンテストに出ることを伝えると、伊藤さんは今日は用事があってコンテストは見に行けないけど頑張れよと励ましてくれた。それから色々話した。俺も龍太も小比類巻先輩も、そして伊藤さんも音楽の話しになると熱中しちゃって立ちっぱなしというのも忘れていた。音楽バカっていいよな。俺と伊藤さんは倍くらい年齢が違うはず。本来は年齢的には出会わなかったはずなのに、こうして音楽やバンドの話で盛り上がれるんだもん。音楽って面白ぇ。
「そうだ。まだ本決まりじゃないけど来年の五月くらいにライブハウスを借り切ってライブするつもりなんだ。もしよかったらクロテンもゲストとして出てよ」
「マジっすか? 俺たちが本当に出ていいんですか?」
「おおよ。うちのメンバーも君たちのことは気に入っているしさ、俺も君たちには期待しているからね。詳細が決まったら連絡するからよろしく。じゃあそろそろ約束の時間だから行くわ。コンテスト頑張れよ」
 と、思わぬクリスマスプレゼントをくれた伊藤さんは足早に駅の方に向かう。
「タルヴァスのライブにゲストだってさ……凄いね」
 龍太は握り拳をつくって小さくジャンプする。
「おお燃えてきたぜ」
「寒い……くしゅん」
 俺の熱い心に水を差す音が。小比類巻先輩が両腕をさすりながらクシャミをした。
 言われてみれば身体がメチャクチャ冷えている。それに気がついた途端、背筋を寒気が這い上がってきた。伊藤さんと話している間は気がつかなかったけど、今は十二月の終わり。真冬の屋外で長話していたんだもんなぁ冷えもするよ。これからコンテストなのに風邪をひいたらシャレにならねぇ。
「まだ時間もあるし、どこか店に入ろうぜ」
 龍太も小比類巻先輩も異論はなく、近くにあるファミレスに飛びこんだ。


「生き返るぅ」
 ホットコーヒーに口をつけた龍太が幸せいっぱいと言った風に表情を弛める。
「凍るかと思った」
 小比類巻先輩がホット烏龍茶を飲みながらしみじみ言う。
 ファミレスに入ってしばらくしてからやっと声が出てきた。店に入った当初はみんなホットドリンクが入ったカップを握ったまま身体が温まるのをじっと待っていた。高校生三人がむっつりと黙ったまま──本当は冷えすぎて口が上手く動かないから黙っていたんだが──テーブルについているんだから異様だったろうな。男一人に女二人だから三角関係のもつれの末の話し合いの場……なんて思うわけはないか。
 小比類巻先輩は表情が少ないからあまり変化はなかったけど、それでもいつもにも増して表情がないように思えたし、龍太にいたってはカップをカイロ代わりにして手や頬にくっつけていた。
「寒いねぇ。ミキもそう思うでしょう?」
 マジな顔で龍太が俺を見る。
「寒いといえば寒いけど騒ぐ程じゃねぇよ。おまえらオーバーすぎ」
「オーバーじゃないよ。本当に寒いよ。先輩もそう思うでしょう」
「ん。凍死寸前」
 小比類巻先輩がぽつりと言う。
「そりゃ気合いが足りないんだよ。気合いがあれば寒さなんて我慢できるんだよ」
「ふーん」
 龍太はカップを握ったままジト目で俺を見る。
「気合いで寒さを我慢できるミキは凄いね。だったら今日のミキのステージ衣装は上半身裸にネクタイで決定。なんなら下半身もパンツ一丁でもいいよ」
「バカなこと言うなよ。今は十二月だぞ。そんな格好できるわけないだろう」
「僕らと違って気合いがあるんでしょう。気合いがあれば寒さなんて平気でしょう。ね、先輩」
「うん。気合いがあれば大丈夫。上半身裸が嫌なら裸ワイシャツでもいい。やっぱりネクタイに合うのはワイシャツだし……でも寒いから靴下は穿いていてもいい」
 野郎の裸ワイシャツ+靴下装備って…………そりゃどこの変質者だよ。変態の中でも上位の部類だ。おまえら俺をそれほどの変態だと思っているのか。
「ミキの裸ワイシャツ姿を見せたら観客がきっと驚くよ」
「あまりのセクシーさに失神者続出」
 失神者続出だろうさ。でも理由は違うぜ。自分でも言うのも情けないが、気持ち悪いからだよ! ホラーだよ! スプラッターだよ! 俺が観客だったらステージに上がって裸ワイシャツの野郎を殴り殺すぜ。殺したって一〇〇パーセント正当防衛は間違いなし。
「ミキのセクシーさでコンテストは僕たちの優勝間違いなしだ」
「靴下はニーソックスでもいい」
「いいかげんにしろ。おまえら俺をからかって遊んでいるだろう」
「違うよミキ。僕たちはコンテストの審査で重要なポイントであるヴィジュアル面をアドバイスしているだよ」
「その通り。ワイシャツは長袖。腕まくりしていてもいいけど、長袖以外は認めない。これは譲れない」
「だからよぉ……」
「先輩。ソックスの色は?」
「黒か濃紺の無地」
 聞いちゃいねぇ。どうやら俺の知らないところで龍太と小比類巻先輩の間に〈俺をからかう同盟〉が締結されたようだ。この二人を相手にして、とても口では勝ち目がない。
「勝手に盛り上がっててくれ。俺はおかわりを取ってくる」
「ワイシャツはカラーシャツでもいいんですか?」
「白のスタンダードだけ。ボタンダウンは不可……」
 野郎の裸ワイシャツでどうしてここまで盛り上がれるんだ?
 仲間だと思っていたこの二人が妙に遠く感じられるぜ。


 ドリンクバーに着いたところで背中というか腰のあたりを叩かれた。振り返ると、そこには路上ライブの時に会った銀さんの弟の鋼がニコニコと笑顔を浮かべて、
「こんにちは。顔は怖いけど優しいお兄ちゃん」
 ぺこっと頭を下げる。
 相変わらず礼儀正しいヤツだ。
「おう、久しぶりだな。元気にやっていたか」
「はい。元気です。顔は怖いけど優しいお兄ちゃんはいかがですか?」
「ちょっと待て」
 俺の顔をじっと見て尋ねてくる鋼にストップをかける。
「その『顔は怖いけど優しいお兄ちゃん』って言うのは止めてくれよ」
「でも、顔は怖いけど優しいお兄ちゃんの名前知らないし」
 そういえば路上ライブの時には名前を教えなかったな。
「悪かった。改めて自己紹介するよ。俺は苧留造酒(おとめ・みき)だ。でもオトメとかミッキーとか呼ぶなよ。呼ぶ時はミキでいい」
「はい」
 鋼は小声でミキ、ミキと何度かつぶやいて、
「ミキさん」
 はにかんだようにゆっくりと俺の名前を口にして、えへへへと笑う。
 父性本能が刺激されるというか、すごく可愛らしい仕草だ。ショタとかロリコンとか気色悪いとバカにしていたが、鋼と話しているとヤバイ世界に行きそうで怖いぜ。
「ん、なんだ?」
 なにやら禁断の世界に行きそうになった意識を無理矢理引き留めて努めて平静を装って答える。
「バンドのお姉さんたちは一緒じゃないんですか」
「一緒だぜ。あそこ……って、ここからじゃ見えないか。あの柱の陰になっている席にいるよ」
「挨拶してきます」
 鋼は小さく頭を下げると、小走りで俺たちの席の方に向かっていく。
 傍若無人な銀さんの弟は思えないなぁ。あんな姉を見ているから、姉を反面教師として自然と礼儀正しくなったのかもな。でも、路上ライブの時に見た銀さんと鋼の仲は凄く良かった。たぶん銀さんも家ではいいお姉さんなんだろうなぁ。
 ホットコーヒーにすべきかホットココアにすべきか悩んだ末にココアにして席に戻ってみると、俺が座っていた場所には銀さんが座っていた。
「あっ、ミキ。銀さんと鋼君が来てたんだよ」
 愛想笑いに苦笑いと当惑の表情を混ぜた龍太が縋るような視線を送ってくる。そんな視線を送られても俺にはどうもしようがないぜ。すまんな龍太。
 と言っても見捨てるわけにもいかないよな。銀さんの意識が少しは龍太から離れるようにするか。
「銀さんお久しぶりです。路上ライブの時以来ですね。銀さんたちは年末年始はライブとかしないんですか?」
「ああ、ドラム君か。久しぶり」
 俺の方にチラッと視線を送ったけど、
「ウチ? ウチは年末年始はお休み。ところで龍太君……」
 と素っ気ない返事が返ってきただけ。
 このザマだよ。銀さんは女の子以外に興味ないからなぁ。
「ミキさんたちはライブするんですか?」
 俺の正面に座っている鋼が訊ねてくる。
「俺たちか。俺たちは今日これからバンドコンテストに出るんだぜ」
「凄ーい」
 目をキラキラさせて感動してくれる。ああ、本当にこいつは良いヤツだよ。
 こんな感じで龍太と小比類巻先輩と銀さん、俺と鋼という形で二時過ぎまで会話が続いた。
 そろそろ会場に入らないといけない時間となり、
「ぼちぼちホールに行かなきゃいけない時間なんで失礼します」
 と告げると銀さんは俺を一瞥しておざなりに手を振る。
「そうか。ドラム君さようなら。で、龍太君、瑠月君、来月の成人の日は暇かい? 時間があったら私と一緒に……」
 だから龍太も小比類巻先輩も一緒なんですってば。
「それじゃ失礼します」
 なんとか銀さんから龍太たちを引きはがして席を立った。
「龍太君、瑠月君、コンテスト頑張れよ。あっ、そこのデカイのもな」
「ミキさんもがばってね」
 姉弟でありながらこの差はなんだ。鋼が銀さんの影響を受けることなく素直に育ってくれることを心の底から祈るよ。




 *               *               *




「ずいぶん遅かったね。もう少し遅かったらあたしたちの演奏を聴き損ねるところだったよ」
 出演者控え室に入るやキャミソールの上に革ジャンを羽織った涼風が声をかけてきた。
「あれ? もう涼風たちの出番だったっけ?」
 携帯電話の時計を見ると三時十分前。たしか昨日聞いたスケジュールでは涼風たちの出番は四時ぐらいになると言われていたはずだけど。
「二番目のバンドが交通事故に巻きこまれてメンバーがケガしてドタキャンだって。それにあたしたちの前のに出るはずのバンドがまだ来てないんだよ。おかげで出番が早まりそうでいい迷惑」
 口ではそう言うが、涼風の顔には早く演奏したいって表情が浮かんでいる。
 わるぜその気持ち。控え室には色々なバンドが集まっているんだ。周りが準備をしてざわついたり、控え室に置いたモニターからはいま出演しているバンドの映像が流れている。この独特の空気はバンドマンを高揚させる麻薬のような効果がある。俺だってドラムを叩きたくってウズウズしてきたからな。
「コンテストに出ているバンドはどんな感じ? 上手い? このバンドも結構上手いけどさ」
 モニターに映ったバンドを見ながら龍太が訊ねる。
「上手いのもいたし、これはちょっとというレベルのもいたよ。でもヘベレケン・バンドという、おじさんバンドが凄く上手かった。派手さはなかったけど凄く聞きやすかった。たぶん上位に入ってくるよ」
 自信過多の涼風が誉めるんだから相当上手いんだろう。
 そんなバンドが出てるんなら楽には勝てないかもな。
「私も仕事柄色々なバンドを聞いていますけど、ヘベレケン・バンドはアマチュアでは上位ランクのバンドですよ。音が安定していて、さすがに年の功という感じでした。技術だけなら私たちより上でしょう」
 十歌部長と話していたはずのツバキさんがいつの間にか隣にいた。
「でもこのコンテストでは演奏の技術はもちろんですが、エンターテインメント性、つまりどれだけ観客を盛り上げるかなんかも加味されると聞きました。ヘベレケン・バンドは上手かったですけど、ミュージシャンのための音楽って感じで玄人受けの感は否めません。審査員がどう判断するかわかりませんよ」
「その口ぶりだと、ツバキさん勝つ気満々ですね」
「どうでしょうね」
 ツバキさんはいつもの笑みを浮かべる。
「当然でしょう。負けるつもりでコンテストに参加してないよ。それにあたしたちだって日々進化しているんだから負けないよ」
 ツバキさんの代わりに涼風が胸を張って答える。
 日々進化ね。俺たちだって。
「僕たちだって日々進化しているよ!」
 龍太が俺の想いを代弁してくれた。
「ミキなんか凶相に磨きがかかり、今じゃ日本恐い顔選手権にでてもベスト3は間違いないまでに進化したんだ」
「アホか!」
 なにを言いやがる。取り敢えず龍太の脳天にチョップを入れておいた。
「痛いなぁ。ミキはバカ力なんだから気をつけてよ。僕だから大丈夫だったけど、他の人だったら脳挫傷でコンテスト辞退だよ」
「な、ワケねぇだろう」
「それに女の子の頭を叩くなんてセクハラだ。ミキのエッチ!」
「え、エッチだと」
 こんな時だけ女の子を強調しやがって。
「こんな時に掛け合い漫才をできるなんて皆さん余裕ですね」
 ツバキさんが笑っている。
「もちろんッスよ」
 そりゃ少しは不安はある。でもそれ以上にこのメンバーで演奏できる楽しみの方が大きいのさ。たとえ髭右近先輩やどんなに上手いバンドが出てきても負ける気はしねぇ。
「ノルトヴィンド468さん。楽屋に移動をお願いします」
 涼風たちと話していたら、ホールスタッフが進行表を見ながら声をかけてきた。
「んじゃ、行ってくるね。あたしたちの演奏を聴いて驚かないでよ」
 涼風はギターをつかむと立ち上がる。
「それじゃ行ってきます」
 ツバキさんは俺たちに軽く頭を下げる。
「二曲だけって物足りないなぁ。いっそライブジャックしちゃおうかな」
 笙子さんが悪戯っぽく笑う。
「ノーフューチャーだぜ」
 と中指を一本立てるヤスノリ。
 ノーフューチャーでいいのかよ。おまえ英語解ってねぇだろう。


「ヤスノリ君に教えてもらったんだけど、今日のコンテストってインターネットで生中継しているそうよ」
 由綺南先輩が教えてくれる。
「えーっ、それって失敗したりしたら、その映像がリアルに世界に配信されるってことじゃないですか」
「そうよ。だから失敗はできないわよ」
 ネット配信されることに少々びびったような龍太とは対照的に由綺南先輩はニコニコしている。手を怪我していちばん不安なはずの由綺南先輩がこれだけの余裕なんだから、俺たちがびびるわけにはいかないよなぁ。
 しかしネットでリアル配信というのはちょっとびびるな。でもよく考えてみれば、無名バンドのライブ映像を見るような暇人はそう多くないだろう。そう思ったら気が楽になってきた。
 モニターに目をやるとヴィジュアル系演歌としか表現できないバンドが演奏している。たしか式神屍号って名前だったよな。式神屍号の次が涼風たちの出番だ。自分のバンドじゃないけどドキドキしてきた。
 式神屍号の演奏が終わって俺たちは観客席に移動した。やっぱ知り合いのバンドはモニター越しじゃなくって直に見たい。
 相変わらず涼風のMCは上手い。会場を十分温めたところで演奏が始まった。
 涼風の言葉じゃないけどこの前聞いたときよりずっと上手くなっている。特にツバキさんが凄い。走りかけたヤスノリのベースをさりげなく引き戻したり、笙子さんのソロ部分では早弾きに負けることなく綺麗なリズムを刻んでいる。曲の調和が取れていて観客がいい反応を見せている。アップテンポなOiパンクでは観客からも「Oi! Oi!Oi!」と声が返ってくる。
 あっという間の二曲だった──そうとしか表現できない。ノリがよくって曲に引きこまれて気がつけば終わり。もうそんな感じだ。こりゃいいバンドだ。
 ブンブンと手を振りながらステージを去る涼風を見ながら十歌部長は、
「我々が戦う相手として不足はないな」
 不敵な笑みを浮かべる。
 十歌部長もコンテストが楽しみでしょうがないんだろう。なにせこの人は相手が強ければ強いほど燃えるタイプだからなぁ。
 俺たちが待っている間に色々なバンドがステージの上で演奏を繰り広げた。もちろん髭右近先輩のバンドもだ。いつもの髭右近先輩ならテクニック重視の凝った曲を演奏するのに、今回は観客席にマイクを向け歌詞の一部を観客と一緒に歌うような演出を見せ会場を盛り上げた。もちろん腕は一流だから曲自体の面白さも伝わってくる。さすがの一言に尽きるステージだった。
 髭右近先輩の演奏が終わった少し後に俺たちは楽屋に移動した。楽屋に設置されたモニターでは俺たちの前のバンド「カイイル」が演奏している。次は俺たちの番だ。
「さて諸君、やっと我等の出番が回ってきた。準備はいいかな」
 十歌部長が二曲目を始めたカイイルの姿を映し出すモニターから目を離し、俺たち一人一人の顔を見るように首を動かす。
「もちろん」
 ギターのチューニングをしていた龍太が顔を上げうなずく。
「早く弾きたいわね。待っているのがじれったい」
 固定したギプスの具合を確かめるように二、三度右手を動かす由綺南先輩。
「いつでもいい」
 小比類巻先輩はシンセサイザーの鍵盤を拭きながら答える。
「こんどは俺たちが涼風や髭右近先輩を驚かす番ッスね」
「その通り!」
 我が意を得たりとばかり十歌部長が大きくうなずき返してくれた。
 スタッフから「ステージにどうぞ」の声がかかった。
「さあ、行こうか」
 子供じみた混じりっけのない笑顔を見せて十歌部長が立ち上がる。
「はい」


 短いMCが終わってフロントに立つ龍太がギターを構える。それが合図となって『Im in ur body,stealan ur heart』が始まる。電子ピアノのソロで始まりベースが重なっていく。
 たった二曲しか演奏できないけど俺たちのライブの始まりだ。
 メインである電子ピアノとベースが確実な音を紡いでいく。ギターのノイジーな響きを吹き払うように龍太の澄んだボーカルが入る。いつもの龍太からは想像もつかない優しい声に思わず聞き惚れそうになる。
 十歌部長と由綺南先輩のベースが心地良い。手をかばいながら弾くから簡単なリズムしか刻めない由綺南先輩のベースに、出しゃばらない程度に自己主張する十歌部長のベースが絡んでひとつの力強い音に変わっていく。息がピッタリだ。まるで一人の上手いベーシストが弾いているよう。俺はそのベースの音を殺さないように、すべての楽器が走りすぎないように細心の注意を払いドラムを叩く。
 静かに始まった曲はゆっくりとスピードを上げ、リズム隊が一体となってグルーブ感を生み出す。観客は龍太の声と由綺南先輩プラス十歌部長のベースに聞き入っているぜ。
 今の由綺南先輩には少々辛いと思われるCパートを見事に弾ききると、由綺南先輩がバックに下がってきて振り返った。凄く楽しそうに、嬉しそうな笑顔。手首を固定しているから肘や肩に負担がかかって辛いはずなのに、それらを吹き飛ばすような晴れ晴れと勝ち誇った表情。俺や小比類巻先輩に向かってうなずき声を出さずに口を動かす。
『やったね! 楽しいね!』そう言っているように見えた。
 俺はスネアドラムを叩きながらうなずき返す。
 由綺南先輩はもう一度、こんどは大きくうなずきフロントに戻っていく。
 龍太と十歌部長が由綺南先輩を挟むようにして並び最後のパートを奏ではじめる。
 龍太が最後の歌詞を歌い終わると、ギターがフェードアウトし、十歌部長と由綺南先輩のベースもゆっくりと音を絞っていく。十歌部長の音が消える寸前に俺もドラムを打つのをやめる。今あるのは小比類巻先輩の電子ピアノの音だけ。静かな音の流れだ。いかにも終わりを感じさせる。だが俺はスティックを握ったまま構えている。龍太も十歌部長も由綺南先輩も同じだ。
 ゆっくりと繊細だったピアノの音が一気にテンポを上げる。いつもの小比類巻先輩からは想像もつかないような激しい鍵盤のリズムが生まれる。俺たちは最後の最後に音を合わせ不協和音を作り上げ、
「キミの心はボクのもの!」
 龍太の絶叫と同時に一斉に演奏をやめる。
 一瞬の静寂のあと龍太が、十歌部長が、由綺南先輩が、小比類巻先輩が左手を高く突き上げる。美也さんがくれたワインレッドのグローブを見せつけるように。グローブをしていない俺はドラムスローンから立ち上がり両手を高く突き上げた。
 終わると思ったら最後に音の洪水がきて度肝を抜かれたろう。
 会場から拍手と歓声とヤジが飛んでくる。もう何バンドも聞いて満腹状態になっているお客さんもいるだろう。でも観客の反応悪くない。
 いい感じだ。
 まだざわついている観客に向かって龍太が落ち着いた声で話しだす。
「この世には絶対的な恐怖があることを知っていますか?」
 MCとは思えない唐突な語り口に観客が呆気にとられているのが伝わってくる。作戦は成功だ。これが次の曲『戦え凶悪破壊魔神ミキ』の始まりなんだ。この曲は十歌部長の発案で前口上をつけることになっていた。前口上の間に十歌部長が楽器を交換して畳みかけるように次の曲に移るのさ。
「そいつは冷酷、無慈悲、悪夢のような強さ。街を歩けば人々が道を開ける……」
 テンポいい龍太の語りに観客の注意が集まってくる。
 十歌部長の準備が終わったのを見た由綺南先輩が龍太の横に近寄って合図を送る。
「そいつの名前は凶悪破壊魔神ミキ!」
 龍太の前口上が終わるやベースドラムとクラッシュシンバルを乱打する。短い俺のドラムソロが終わるとギターとベースがアップテンポなリズムを奏でる。六線がバンジョーのような軽快な音を響かせ、小比類巻先輩がシンセで作った効果音を入れていく。
 さっきの曲とはうって変わってやたらとノリのいい曲に変わって観客が驚いている。でも曲の作りが単純だからすぐに観客がノってきた。
「恋人のいるヤツが憎い。バカップルは死んでしまえ!」
 俺が曲の合間にふざけたセリフを叫ぶと、観客席からも「そうだ! そうだ!」とか「モテねぇ男の僻みは醜いぞぉ!」なんてヤジが返ってくる。観客が楽しんで反応してくれている。十歌部長が俺にセリフを言えっていった意味がわかったよ。もうステージも観客席もない。ここにいるすべての人間が一つの曲を作っているようだ。
 観客に乗せられるように龍太が歌い、みんなが演奏していく。龍太が暴れるようにギターを弾き、俺のドラムとボーカルをつなぐように由綺南先輩がベースを奏で、十歌部長と小比類巻先輩が曲間を効果的に埋めていく。
 演奏が終わったときには歓声がホールの中でうねった。
 バカやろぉぉ! これがクロテンだぜ!! そう叫びたい気分だぜ。

 龍太が観客席からは見えない場所に設置されたデジタル時計を指差す。
 まだ俺たちの持ち時間はある。戦え凶悪破壊魔神ミキは短い曲だし、前口上はあったけどMCをしなかったから時間が余っている。龍太がバックの俺たちに前に出てくるように手招きする。
 俺たちがフロントに並ぶと、
「ありがとう」
 そう言って龍太が観客に向かって頭を下げる。俺たちも倣って頭を下げる。
「最後まで聞いてくれて本当にありがとう! こんな素晴らしい演奏の場をくれた音楽の神様ありがとう! そして誕生日おめでとうミキ!!」
 龍太の両手が俺の首に回り唇が柔らかい感触に覆われる。
 えっ? なに?
「二日遅れになっちゃったけど誕生部プレゼントだよ」
 顔に浮かんだ汗にライトが当たって龍太の顔がキラキラ輝いている。
 スゲー綺麗だ……。
「公衆の面前でキスとは剛胆としか言いようがないな。さて引き上げようか」
 十歌部長の声が遠くから聞こえた気がした。
 キス……キス!?
「ライブの映像はリアルタイムでインターネットで配信しているのよ。とうぜん今のシーンもね。今ごろは世界中の人が見ているわね」
 小声で耳打ちした由綺南先輩が悪戯っぽい笑顔でウインクする。そして観客に向かって手を振って舞台袖に下がる。
 げっ! そうだった!!
「まだ負けてない」
 俺のスネにキレのいいローキックをくれた小比類巻先輩が意味不明のセリフを残して大股で去っていく。
 俺は自分がどんな顔をして、どんな体勢で立っていたのかわからない。たぶん呆けた表情で突っ立っていたと思う。だってキスとかインターネットという単語が頭の中がグチャグチャに混ざり合って思考が止まっていた。観客席がぼやけて見え、観客のざわめきが波の音のように感じられる。
 突然、右手が温かい感触に包まれる。それがスイッチだったように現実が戻ってきた。
「ミキ」
 視線を下げると龍太の手が俺の指を握っている。俺の目を見て、へへへと笑うと俺の手を握ったまま観客席の方に顔を向けた。
「ありがとう! 大好きだよぉ!」
 マイクに向かって大声で叫んだ龍太は俺の手を引っぱり、
「さあミキ、僕たちも行こうよ!」
 スキップをするみたいに走りだした。


 おわり

2010/11/30(Tue)22:31:01 公開 / 甘木
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■作者からのメッセージ
 遅筆の上に、最近はとみに病弱の甘木です。
 1年半以上におよぶ連載の最終話です。最初から1クールで構成するつもりだったけど、ここまで長引くとは自分の遅筆さに惚れ惚れしてしまいます。
 自分が好きな音楽というものが、こんなにも書き辛いとは思いませんでしたよ。元々私が弾く楽器はヴァイオリン、ベース、三線なのに、主人公をドラムにしてしまい慣れない楽器に四苦八苦。それでも自分が経験したステージに上がったときの気分や、他の楽器と音が重なり合うときの楽しさを表現できたらと思っていたのですが、なかなか思うように書けないことを実感しました。

 音楽バカたちの些細な出来事の物語ですが読んでいただけたら幸いです。

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