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『あの子とあの子とバカな私』 ... ジャンル:恋愛小説 リアル・現代
作者:まりか
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あらすじ・作品紹介
親友と呼べるほど仲のいい男の子に、知らず知らずのうちに恋をしていた少女。だけど彼には、彼女もいて。「なんで私じゃないの?」そんな葛藤にうずもれたお話です。
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高校に上がってすぐに、とても仲の良い男の子ができた。彼の名前は佐倉ゆういち。髪の毛が茶色くて、背が小さくて、いつもにこにこ笑っているおバカさん。彼とは入学したその日に会話をした。私のひとつ前の席に座っていた彼は、唐突にこちらを振り返りおかしな質問をしてきたのだ。
『カリフラワーとブロッコリーの違いって解る?』
突然の気違いな質問に、勿論私は眉間にしわを寄せた。だけどそんな私をもろともせずに、さらに彼はおかしな質問を続けてきて。
『あと、ウィル・スミスとエディ・マーフィの違い。わっかんなくね?』
その質問に、確かにそれは難しい。なんて思いながらも「こいつは頭がおかしいのだ」と納得し、かかわらないほうがよさそうだと思ったのだけれど。次の瞬間には「俺佐倉ゆういちね。よろしく」なんて人懐っこい笑顔とともに挨拶をされてしまい、思わずよろしくとつぶやいた瞬間から、私は彼の話し相手になってしまったのだ。
それから、なにかあるごとに彼は私に話しかけ、また私も彼に話しかけた。他にも友達は男女問わずたくさんできたけれど、何故か彼と居るのが一番楽だった。それがゆういちのきさくさなのかどうなのかは解らないけれど、私たちは男女ということも関係なしに「親友」と言えるほどの関係を築き上げていて、お互いの家に遊びに行くのは当たり前だし、気がつけば他の子には言えない悩み事なんかも簡単に打ち明けられるような仲になっていた。
だからこそ、私のゆういちへの思いがいつのまにか世間一般の友情とは違うものになってしまったと知ったとき、私は愕然とした。この関係を壊してはいけないという危機感から、悪いことをしてしまった子供のように縮こまって、必死に自分の気持ちを否定しようとしたのを覚えている。
それを知ったのはいつっだったのかは、今となってはもう覚えてはいない。だけどきっと、それなりに昔のことだ。ひょっとしたら会ったその日の内に彼への恋を自覚していたのかもしれないし、それか割と長い間一緒にいたものだからゆっくりゆっくりと気持ちが変化していったのかもしれない。詳しいことは自分でも解らないけれど、きっとゆういちとその彼女が付き合っている期間よりは、ずっと長い片思いをしていたのだと思う。
だけどあいつは、そんな私の気持ちなんて、ひとかけらも知ってはいないのだ。
放課後。
今日はゆういちと一緒に帰る約束を朝からしていたから、私は授業が終わってすぐに彼の教室へと向った。出会った高校一年生の時は同じクラスだったのに、あまりにも仲が良かったせいか高校2年生のクラス替えで別々になってしまったのだ。もちろん、クラスにはちゃんとゆういち以外の友達も居たけれど、だけど彼が居ない教室は私にとっては少し味気ないものだった。
だって、視線の先にどこにもゆういちの姿がいないのだ。
前を見ても後ろを見ても、横を見ても、ゆういちの姿はない。傷んだ茶色い頭の、忙しなく動き回っているおちびさんの姿が見えない。
その現実を知る度に私は物足りなさを覚えて、今すぐにでも隣のクラスに行って、彼の隣の席を陣取ってくだらない話をしていられたらと思う。そんな、バカみたいな恋心。こんなことを暴露した日には、皆が私のこと「今更そんなこと言ったってどうにもならないだろう」って鼻で笑うのだろう。
途方もないことを考えながら教室を覗き込むと、そこにはほうきを持ってダラダラしているゆういちの姿があった。
どうやら掃除当番だったようだ。だけど「やりたくないことはしたくない」彼らしく(一言でいえばただのわがまま)、決して真面目に掃除はしていない。その姿に思わず笑うと、私の姿に気付いたらしいゆういちが大きな口をいっぱいに開いて笑いながら近づいてきた。
「ゆういち、ちゃんと掃除しなさいよ」
「やだよ、めんどくせぇ。どうせ明日になったらまた汚れるんだし」
「こういう人間が世の中をダメにするんだわ」
「うるさーい」
お互いに罵り合いながらも、楽しくってクスクス笑ってしまう。だけどそのうちゆういちのクラスの担任が近づいてきて、パシリと彼の頭を叩いた。驚くゆういちの姿に、私はまた爆笑してしまう。そんな私に一発蹴りを入れて、ゆういちはしぶしぶほうきを動かした。こんな関係が、愛しいと思う。
掃除当番が終わるのを待ちながら、教室の前で待っていること数分。ばたばたと賑やかな足音を立てながら、掃除を終えたらしいゆういちが駆け寄ってきた。そんな姿に、焦る必要なんか無いのにと思う。思わず笑うと、ゆういちもつられて私以上に笑った。大きな口とか、子犬みたいな丸い眼が本当に好きだと思う。
「じゃあ、帰ろ」
「おう。またせてごめんな」
「いいわよ、一緒に帰るの久しぶりだし」
「へへへっ」
あぁ、その笑い方。この笑い方が本当に好き。何故ってそんなの、特に理由なんてない。きっとただ単に、ゆういちの笑い声だから。いたずらっこみたいにニッと口を開いて、かわいいと思う。本人に言ったら「可愛いとか言うな」って怒られるんだろうけれど。
ゆういちが笑うとうれしくなる。つられて私も笑ってしまう。そう思うたびに、おかしいなぁと思う。中学の時、私はこんなに笑う女じゃなかったのだ。いつもツンケンして、男の子なんてどうでもよかった。何度か告白はされたけれど、興味はないし告白してくる男のこの気持ちもわからなかった。人を好きになるということが、私には難しいことだった。だから中学時代のクラスメートが今の私を見たらきっと驚くのだろう。男の子と一緒にいるからじゃない。こんなによく笑い、人を好きになっているからだ。
そんなことを考えながら、さほど身長の変わらない真横の男を盗み見る。高一の時よりは背が伸びたし、日にも焼けたなぁと思った。そんな変化に気づくことすら嬉しい。全部全部自分のものにできたらいいのにと、そう思った。だけど、同時にそれが叶わないことだって言うのも解っていて。
「あ、そういやゆりこ、お前もこれ食う?」
「なに?」
返事をしながらゆういちを見れば、ガサゴソと汚い鞄の中を漁ってなにかを探しているようだった。食う? って言われたからには食べ物なんだろうけど。いったいなんなのだろう。そう思いながらゆういちの手元を見ていると、現れたのはピンク色の可愛いラッピング。中にはどうやらクッキーが入っているようで、私はは思わず眉をひそめてしまった。
「……誰から?」
「彼女がくれた。手作りらしーぜ」
あぁ、もう、どうして私は解りきっていることを聞いてしまったのだろう。思わず心の中で舌打ちしてしまう。こんな可愛いラッピングのされたクッキー、彼女以外に誰がゆういちに渡すと言うの。(私だってこんなに可愛いラッピングで渡せやしないわ)だけどそんな私の心も露知らず、ゆういちは嬉しそうにピンク色の袋の中に手を突っ込んで、クッキーを一かけ摘み出した。中から現れたそれは可愛いうさぎの形をしたもので、美味しそうなそれに激しく嫌悪感を抱いてしまう。
彼女の、手作りクッキー。
それを見ながら、ボンヤリと「あの子」の顔が思い浮かぶ。私と違ってたれ目がちでショートカットの、背の低い女の子。話したことはないけれど、風のうわさで相当ないい子なのだと聞いたことがある。一言でいえば「THE女の子な性格の子だよ」って。料理が得意で、体育が苦手。大きな目が小動物のようで、男子の間でそれなりに人気の高いこらしい。
そんな彼女がおそらく愛をこめて作ったであろうクッキーを美味そうに嬉しそうに食べるゆういちを見ながら、私は泣きそうになってしまった。必死に涙を堪えている私を、誰か「健気だね、優しいね」って励ましてくれないかなぁ。……なんて、励まされたところでどうしようもないことなのだけれど。それに私は、優しい人間なんかじゃないのだ。
「ゆりこー、食わねぇの?」
ハイ、とさも当たり前のように、ゆういちが私にクッキーを差し出した。
……これを私に、食べろと? あんたのことが好きでたまらない私に、彼女の手作りクッキーを食べろっていうの? 「なんて純粋な顔で、残酷なことをするのあんたは」そう思ってしまった私を、世の中の人達は今度は「最低だ」と罵るのだろうか。
「……いらない」
掠れそうな声でそう答えると、ゆういちが不思議そうに首を傾げながらクッキーを食べた。「ダイエット中?」なんて、とんでもない見当違いだ。この私にダイエット何t必要なもんか。サクリサクリ。小気味良い音が耳に残る。聞きなれていたはずのこの音がトラウマになりそうだと思った。
せっかく今日は久しぶりにゆういちと一緒に帰ることを楽しみにしていたのに、今じゃ気分は最悪だった。
前はいつも2人で一緒に帰っていたのに、いつからだろう。ゆういちに彼女が出来ると、私は極力彼と一緒に帰らないようになった。ゆういちと彼女と家の家の方向は違うから、二人が一緒に帰ることはなかったのにどうしてか彼と帰りたくなくて、忙しいだのなんだのと理由をつけて帰らなくなった。
でも、解らないふりをしていたけれど、きっと2人きりの空間でゆういちの口から彼女のノロケ話を聞きたくなかったのだと思う。本当はいつだって、ゆういちと2人きりでバカみたいな話をして盛り上がっていたかっただけなのに。
だけど今日は、どんな気まぐれか久々にゆういちと一緒に帰りたくなって、朝一緒に帰ろうと誘ったのだけれど。それがまさか、こんな思いをすることになるなんて。解っていたら誘わなかったのに。なにも今日でなくて良かったのに。
そう思ったけれど、今更後悔したって遅いわけで。追い打ちをかけるように、ゆういちが呟いた。
「マジ美味ぇ。つかこれ、1個1個形違ぇし。あいつスッゲーなぁ」
感嘆としたその声に、私は傷ついたのだろうか。憤ったのだろうか。悲しかったのだろうか。憎らしかったのだろうか。不意にそう思う。自分でもわからない気持ちがふつふつと胸の内を渦巻いて、気がつけば私はとんでもないことを言っていた。
「バカみたい」
独り言のようなその一言に、ゆういちが「えっ」とマヌケに聞き返す。目を合わせれば、私が今なんと言ったのか解らないというような顔をしていた。その表情にも、私の胸の中を渦巻く何かがドクリと大きく脈を打つ。言葉が止まらなかった。
「そんなの、私にだって作れるわ」
パサリ。
瞬間、ゆういちの手からクッキーの袋が滑り落ちた。その映像がスローモーションのように見える。ねぇ、いいの? あなたが嬉しそうに食べてたクッキー、地面に落っこちてるわよ。 冷めた頭でそんなことを考えながらゆういちを見れば、驚いたようにただ目を見開いて私を見ていた。大きな目がこぼれ落ちそう。それが妙にマヌケに見えて、思わず鼻で笑うとゆういちがハッとしたように息をのんだ。それからだんだんと、ゆういちの頬が赤くなっていく。「そんな風に簡単に怒りを表すことができていいなぁ」と、思わずそんなことを考えた。
「……お前、今、なんつったの?」
震えた声で問いかけられても、どうしてか心は冷めたままだった。自分の感情が解らない。私は今、怒っているのだろうか。それとも悲しんでいるのだろうか。
きっとそのどちらもなのだろう。長年にわたって蓄積した色々な思いが、最悪な形で吐き出されているのだと思う。そう考えると少し悲しくなったけれど、でもやっぱりどうしようもなかった。
「別に。……ねぇ、いいの? クッキー落っこちてるわよ。大事なんでしょ? 食べてあげたら?」
「っ!」
自分でも信じられない言葉がスラスラと口をつく。私という人間はこんなにも恐ろしい奴だったのかと初めて思った。そんな私を前にして、一瞬ゆういちの表情から怒りが消えた。それからその目はただ泣きそうにクシャリと歪んで、私を見つめる。
ゆういちはきっと、私の言葉に怒り以上に悲しみを覚えているんだろうなぁと、そう思う。なんてったって、友達からの暴言だ。私は基本的に性格がよろしくないけれど、本気で誰かが傷つくようなことは言わなかった。冗談でも、言ったことはなかった。それに比べてゆういちは子供で素直でおばかさんだから、ちょっとしたけんかをするとすぐに私にも「お前性格わりぃんだよ!」なんて暴言を吐いたりしていたけれど、いつだって私は冷静で、売り言葉を買ったりもせずに彼の気が静まるのを待っていて。いつもいつも、どんなにゆういちが悪くても私の方が折れていたのだ。そうすれば冷静になった彼も「さっきのは本気じゃないんだ」って、誤らずとも必死に弁解をしてきて、またいつもどおりの日常を送れていたから。
それなのに、どうして、今。私は故意にゆういちを傷つけようとしているんだろう。自分が解らなかった。少なくとも確かなのは、私はゆういちがいつだか口走って罵ったように、性格の悪い女だったということだ。
「……なんで、お前、そゆこと言うわけ……?」
……なんでですって? ねぇ、私自身解らないわ。私はきっと、怒っているの。悲しんでいるの。苦しんでいるの。どんなに頑張っても手に入らないゆういちに対して、いとも簡単にゆういちを手に入れた彼女に対して、そしてそれ以上に、あなたに思いを伝えられずにいる、私自身に対して。
だけど、ねぇ、でもきっとそれ以上に……。解らない思いが、更に大きくなる。
「……さぁね」
答えられなくてそう吐き捨てると、藤原が眉をひそめて歯を食いしばった。その表情を見て、「殴られるのだわ」と思った。だけどそれは自分がもし男だったらの話で、彼が女の私を殴るわけはないと知っていた。だけど、その代わりにもっと痛い言葉が降り注ぐ。
「さいていだ、」
「、」
「……お前なんか、もう、知らねぇ…っ」
「……」
「バカヤロウっ」
掠れた声で苦しそうに言いながら、ゆういちが走り去っていった。私は振り返ることも出来ず、当然後を追うことも出来やしないで、ただ呆然と立ちつくしていた。
「お前なんかもう知らねぇ」ですって?
初めから、なにも知らなかったくせに。思わずポツリとつぶやいた。だって、一体、あなたは私の何を知っていたというの。一つだって知らないくせに。私があなたの彼女を見て怒りを覚えていたことも、あなたがが彼女の話をする度に胸を痛めていたことも、ずっと必死にその気持ちを隠していたことも。そして、もうだいぶ前からあなたのことが好きだったことも。
何も知らないじゃない。何も解ろうとしてくれなかったじゃない。ただ私を女子の中で一番仲がいい女と決めつけて、親友として扱って、喧嘩をしてもゆるしてくれる相手だと決めつけて。「本当はいいやつだ」とか、そんなことも……。
でも、ねぇ、私はこんなにも酷い奴だったんだって、今さっき気付いたでしょう? 気付いて愕然としたでしょう?ずっとずっと前から、私は「ゆういちと彼女が別れますように」なんて祈っている酷い人間だったのに。
不意に、地面にポタリと滴が落ちた。ビックリして空を仰ぎ見る。雨でも降っているのだろうかと思ったのに、空は嫌味なほどに晴れ渡っていた。そこで初めて気がついた。私は今、泣いているんだということに。そして私がこうやって泣いていることにも、ゆういち、あなたは気付いていないんだろうな、って。
次の日。朝起きてまず一番に考えたのは「学校どうしようかな」だった。とりあえずボーっと考えているのもなんだから、朝飯を食べながら行くか行かないかを考えた。
結果、いつも通り学校に行くことにした。普段あまりサボったりしないから、一日くらい学校をサボったって出席日数には問題ないし、休んだところで親も何も言わないから構わなかったのだけど、休む意味がないと思ったのだ。だってどうせ、学校に行ったところで今日ゆういちは絶対に私の前に現れない。私に会わないようにとずっと教室にひきこもって、すれ違っても見向きもしないんだろうって解っていた。
喧嘩したときだってゆういちは、いつも私が折れて「私が悪かったから、いい加減仲直りしよう」って言うまで目さえも合わせようとはしなかったから。それなら学校を休むことなんてまったくの無意味だ。むしろこんな退屈な場所で悶々と彼のことを考えるよりは、つまらない授業を聞き流す方が賢明に思えたのだ。
そんなわけで学校に行ったわけだけれど、案の定、お昼を過ぎても学校でゆういちと会うことはなかった。
「………バカみたい……」
ポツリと独り言を漏らすと、「えっ?」と聞き返しながら、前の席の男子が振り向いた。髪が短くて、健康的に日焼けをしている背の高い男の子。バスケ部に所属しているらしく、運動がとてもできて、顔だってとても格好いい男の子だった。
だけど自分がこんな格好いい人を前にしてもときめいたりできないことは解っていた。だって私は、どんなに腹を立てようが悲しもうが、あのおばかさんのことが好きなんだから。
「渋谷さん、何か言った?」
「んー? ……独り言」
「ふうん」
「気にしないで」
そう言うと、その子は切れ長の目をパチクリさせながらも小さく笑った。その姿を見て、「私がもしこの人を好きになっていたら、こんな気持ちになることはなかったのかなぁ」なんて考えて悲しい気持ちになる。
不意に、どうして私は、それが出来なかったのだろうと不思議に思った。どうして、ゆういちだったのだろう。沢山の男の子がいるこの教室なのに。そしてまた、どうしてゆういちが好きになった子があの子だったのだろう。考えて、泣きそうになった。どうして、どうして私は、ゆういちのことを好きになってしまったのだろうと。あの人でなければダメだったのだろうと。
これはひょっとしたら、何かの間違いだったのだろうか。不意に思った。10、20と年を取った頃に「私、親友の男の子に恋してたのよ。しかも彼は彼女も値だった」なんて笑い話に出来るような、そんな一時の感情でしかないのだろうか。
いつかは消える淡い恋心なのだろうか。
そう考えて、思わず鼻で笑ってしまった。そんなはずはない。そんな恋なはずがない。だってそれなら、私はこんなにも他人のことで悩んだりしない。だけどそんなことを考えたところで現状が変わるわけでもなくって、それを知って私はただ項垂れた。
好き。好き。ただ、ゆういちのことが。親友の、あの背の小さなおばかさんのことが。それがどうして、こんなにも難しいんだろう。五時間目のくそも面白くない国語の授業を受けながら、そんなことを思った。私が彼の一番仲のいい女であるばっかりに、彼を好きな女の子が現れてしまったばっかりに、どうしてこんなにも世の中が不条理に見えるのだろうと。
昨日抱いていた怒りが、悲しみが、急激にしぼんでいく。そしてそれと同時に、また訳の解らない感情が蘇った。ゆういちが彼女のクッキーを美味そうに食べていたあの時の、あの感情。あの、言いようもない、胸を締め付けたあの感情。あの時私は、どんな気持ちだったのだろう。
不意に、ポタリと音がした。ビックリして目を見開く。だけど視界は歪んでいて、あぁ、これは、なに? ポロポロポロポロ、何かが頬を伝ってる。そしてそれが机に落ちて、小さな水たまりを作った。雨? 雨漏り? そんなまさか。でも、じゃあ、これはなんだっていうの?
あぁそうか、私、また泣いているのね。
気付いた途端に、制服の袖で顔を拭って立ち上がった。ガタリと椅子が鳴って、みんなが振り返る。教師が不思議そうに首を傾げた。
「渋谷、どうした?」
どうした、ですって? あぁ、うん。やっと解ったの。2度目の自分の涙を見て、やっと解ったことがあるの。
「…保健室、行ってきます」
そう言って、教師の言葉も聞かずに教室を飛び出した。名前を呼ばれたけれど、振り返らなかった。教室を出て、その途中にゆういちのクラスをチラリと見る。すると、あぁもう、なんでなのかしら。ボンヤリと廊下を眺めていたらしいゆういちと、パチリと目があってしまった。一瞬のことでよく解らなかったけれど、多分、きっと、彼の目が大きく見開かれたと思う。だけどそんなことにも構わずに、顔を背けて走り出した。でも何処に行けばいいだろう。やっぱり屋上かしら。吹きさらしの風が、私の涙を乾かしてくれれば良いのだけど。
走りながら、思った。私はあの時、怒っていたわけでも悲しかったわけでもない。ただひたすら、切なかったのだ。叶わない恋心を思って、胸を痛めていたのだ。
バタンと音を立てて、屋上の扉を開いた。真っ先に目に入ってきた青い空に目眩がする。だけど思ったより風はなくて、あぁもう、こんなんじゃ私の涙はきっと乾かないわと残念に思った。
苦笑しながら、ドサリと地面に座り込んだ。制服のスカートに砂がついたけれど、そんなの気にしていられなかった。ただ何をするでもなく、ただボーッと空を見上げてみる。この空と同じくらい、全てに対して寛大でいられたなら。そうしたら、すくなくともゆういちを傷つけずにすんだのに。私は自分の恋心を胸の奥底にしまって、子供みたいなゆういちと可愛い彼女の恋の行方を応援できたのに。
だけどそんなことを考えたところでもうどうにもならないと解っていて、私はもう一度笑った。もう、どうにもできやしないのだ。いろいろと考えながら、青空に浮かぶ雲の形を眼で追っていると、不意に物音がした。パタパタと、誰かが階段を駆け上がる音。それが誰の足音かどうしてか解ってしまって、私は慌てて涙を拭いた。
ガチャリ。扉が、開く。
「……ゆりこ……」
名前を呼ばれて振り返れば、あぁ、予想通り。そこには目を真っ赤に腫らしたゆういちが立っていた。男のくせにみっともないだなんて、そんなことも思えない。むしろ私とのことで泣いたのかと思えば、更に愛おしさは募るばかりで。
「……………」
思わず立ち上がるも、言葉がでない。なんて言えばいいのだろう、どんな顔をすればいいのだろう。だけど、それよりもなによりも、どうしてあなた、ここに来たの? そう思った瞬間に、私はキツク唇を噛みしめていた。そんな私を見て、ゆういちの顔がクッと歪む。なんでそんな顔をするの? もう知らないって、そう言ったのはあなたのくせに。
堪えきれずに俯いて、ゆういちに背を向ける。一歩二歩と進んで、更にゆういちから遠ざかってみると、慌てたように後ろから足音が聞こえてきた。ねぇ、どうして私を追ってくるの。
「……なぁ、ゆりこっ」
「っさわんないでよ!」
「っ!」
進むごとに足音が早まって、とうとうゆういちに腕を掴まれた。とっさに振り払うと、息を詰めるゆういち。あぁそういえば、あなたが私の腕を振り払ったことはあっても、私があなたの腕を振り払うことは一度もなかったっけ。私は何時だって、あなたの腕をひく側だった。喧嘩をした後に、怒って背を向けて歩き出すゆういちの腕を何時だって私は引っ張った。行かないでって。だけど彼は力任せに振り払って、小さな子供みたいに拗ねて見せて。
そんな「今まで」を思い出して一瞬懐かしく思ったけれど、何故か頭の中は煮えたぎりそうなほどに熱かった。いいや、違う。全身が熱い。痛い。苦しい。私は今、まともな思考回路が働いているのだろうか。きっとそうではないと思う。鼻の奥が熱い。泣きそうだった。
「……あんた、なんなわけ? なんで私に、話しかけてんの?」
ジンジンと痛む鼻孔に堪えながら、呆然と私を見つめているゆういちに問いかけた。問いかける声がバカみたいに震えて掠れて、なんて自分はみっともないのだろうと思う。
「ゆりこ……」
その声にもイライラする。愛おしいはずのその声に、切なかったはずの思いが一気に怒りと悲しみに変わる。「ねぇ、あんた、なんなの?」睨み付けるようにゆういちを見ると、一瞬にしてその表情が泣きそうに歪む。そんな顔は止めてちょうだい。ずっとずっと、泣きたいのは私の方よ。
「なんで……なぁ、ゆりこ、お前……」
……なんで? そんなの、こっちが聞きたいわ。わたしだって、解らないことが山ほどある。自分のことだって、ゆういち、あなたのことだって解らないことだらけ。それなのに、そんな私に向って質問するのはやめてちょうだい。
私は切なかった。悲しかった。そして心底憎らしくて、妬ましかった。
あなたが嬉しそうな顔をして「彼女ができた」といったその日は、まるで自分が死刑宣告をされたように血の気が引いた。どうして? って。一番仲が良くて、一番一緒にいたのは私だったのに。あなたが一番見ていたのも、私が一番見ていたのもお互いだったはずなのにって。それなのにどうして、私の知らないような女の子の所へ行ってしまったの? って。私の知らないところで、その子とも仲が良かったの? って。ちっぽけな独占欲だと笑えばいい。だって私たちはただの友達だったのだから。私が知らない彼のことがあってもおかしくはないのだ。だけど私は、許せなかった。
私はあなたが彼女の話をする度に、今感じている鼻の奥の痛みをいつだって感じてた。いつだって切なくて、泣きそうだった。ポロリと出てしまいそうな本音を隠すのに必死だった。それが昨日、あの時、ああいう形で溢れてしまった、ただそれだけのこと。でも、あなたはなんなわけ? 私を睨みつけて、もう知らないって、さいていだって、バカヤロウと罵って背を向けたじゃない。それなのに、どうして落ち込んだりするの。今まで誤ることも出来なかったあなたが、どうして今更そんな泣きそうな顔をしているの。親友だから? 私のことを信じていたから?
だったら今すぐ、あなたの中の過去の私を、今の私で塗りつぶしたらいい。あなたの中の許すことも誤ることもできて、酷いことを言わなかった私を、今すぐこの醜い私に塗り替えてほしい。醜いだけの私で埋め尽くしてしまえばいい。
考えながら、ぎゅっと拳を握りしめた。
やめてちょうだい。そう思う。もうこれ以上、こんな思いをさせたりしないでと。だって、本当は嫌でたまらないのだ。こんな自分が大嫌いでたまらない。いつだって嘘をつき続けていたかった。汚い心を隠して、あなたに笑いかけて、許せる女でいたかった。優しくできなくても、酷いことも言わない女でいたかった。ただただ純粋に、ゆういちと一緒にいたかった。あなたの一番でいたかった。ただそれだけだったのに。
だけど、もう無理だってわかってる。一度漏らしてしまった本音をしまい込むことは出来ないのだ。もう、嘘をつくことが出来ないのだ。私はあなたが好きで好きでたまらなくて、だけど今はあなたが憎らしくてたまらなくて、この関係を壊したくなくて言えなくて、彼女が憎らしくて……。
「……好きな、だけよ……」
ポツリ。グルグルと色々な感情で渦を巻く胸の中から、一番言ってはいけない言葉が雨粒のように私の唇からこぼれ落ちた。かき消されそうなその声に、ゆういちが「え?」っと聞き返す。そんなゆういちを見て、咄嗟に思う。今の言葉をかき消して、昨日のことを冗談にして誤ればすべてがなかったことになるのだと。だけど、もう、無理だった。
「私は、あなたのことが好きなだけ」
先ほどよりもずっとはっきりしたその言葉に、ゆういちが大きく目を見開いた。その表情に、ずきりと胸が痛んだ。だけどもう、止められなかった。
「……ずっと、思っていたの。なんで? って。どうしてあの子なのって。私の方がずっと一緒にいて、ずっとあなたのこと知ってるのに。なんでなの、って」
初めてであったその日から今まで、くだらないことも真面目なこともたくさん話した。いろんな場所に遊びに行って、いろんなことをした。出会った頃の私は、今みたいにゆういちに恋愛感情を抱くことはなかったけれど、それでも私の中で一番大事な男の子が彼なのだということは漠然と解っていた。そしてゆういちの中での一番大事な女の子も私なのだろうと、そう信じて疑わなかった。
いつだか友達の女の子に、「ゆういちとゆりこはいつかきっと付き合うよ」と言われたときは「さぁ今更どうかしらね」と興味なさげに呟いたけれど、自分でもきっとそうなるんじゃないかと感じていた。それくらい、私にとって彼はいて当たり前の存在だったし、大事な大事な親友で、男の子だったから。
それなのに、それがたった一人の女の子のせいで難しいものになってしまった。
「……解らない、でしょう?」
「……、」
「楽しそうにあの子の話をするあんたを見て、別れればいいって、そう思ったこともあるの」
「――な、」
「だけど、そう思う自分にさえ、嫌気がさして。いっそ自分があんたから離れればいいんだって何度も思ったけど、ねぇ、今更できると思う?」
出来るわけが、ないのだ。例えクラスが違っても、それだけでは変わらないのが私たちの関係だったから。だって彼女ができても表面上の付き合いは変わらなかったのだ。遊ぶ回数こそは減ったけれど、相変わらず遊ぶ時は二人で遊んだし、たまには一緒に帰ったし、何よりそのことは彼女も公認だったらしいから、もう今更離れる理由もなくて。
全部全部、自分が悪いのだと、そう思ったこともあった。友人でいられれば問題はなかったのに、それ以上の感情を抱いてしまった私が悪いのだと。私がそんな感情を抱いたから、勝手に傷ついて二人の関係を妬んだりする羽目になったんだって。ただの僻みなんだって。全部全部、勘違いした私が悪いんだって。
「……なんで、好きになんてなったのかしら……」
呟くと同時に、じんわりと目頭が熱くなった。ヤバい。そう思うも、もう手遅れで。気がついた時には視界がにじんで、見慣れたゆういちの姿がぼやけてしまった。
「っ、ゆりこ……」
今まで、彼の前で泣いたことはあっただろうか。なかったと思う。どんなことも相談したけれど、いつもちっぽけなプライドが邪魔をして涙を見せることはなかった。いいや、むしろ泣くようなことはなかったのだ。ゆういちといれば楽しいばかりだったから。それがいつから、こんなにも涙をためる体質になっていたのだろう。
考えて、笑った。いつから、だなんて、そんなのわかりきっていたから。彼があの子と付き合いだしたその日から、私は流せない涙でおぼれていたのだ。
「っ……ねぇ、バカみたい、私。今更あんたに好きって言っても、遅いのに。バカみたい」
そう言えば、グシャリとゆういちの顔が歪んで。だけどその表情が意味する感情は、私にはわからなくて。馬鹿な恋をしてしまった私が哀れだったのかしら。こんな感情を抱かれたことに嫌悪を覚えたのかしら。それとも、申し訳ないと、彼も自分を責めているのかしら。どれでも嫌だなぁと、そう思った。可哀そうだなんて思われたくない。嫌われたくもない。そして何よりも、こんな状態を招いたのはまぎれもなく自分自身なのに、あれほど彼を傷つけたのに、ゆういちを、傷つけたくはないとそう思ってしまう。
「…ねぇ、ごめん。好きになってごめん。こんなことが言いたかったんじゃないの。こんな目にあわせたかったんじゃないの。私はただ、ゆういちと一緒にいたかった」
あなたの一番で、いたかったの。自分の口からあふれ出る弱弱しい言葉に、今更ながら後悔の念が浮かんだ。本当に、取り返しのつかないことをしてしまったと。
今にも泣きそうなゆういちを見ながら、私にできた最善の策は何だったのだろうと、不意にそう思った。早いうちから覚悟を決めて彼に告白することだったのか。彼に彼女ができた時点で、自分の思いを諦めることだったのか。それとも、ただひたすら思いを秘め続けることだったのか。どうすれば、今まで通りの私たちでいられたのだろう。どうすれば、彼は私の横で笑い続けてくれたのだろう。ひょっとしたら、子供な彼のことだ。こんなことがあっても、明日にはまた私の隣で笑ってくれるのかもしれない。友達でいてくれるのかもしれない。
でも、そんなのはもう、私が耐えられないのだ。……じゃあどうすれば? ……そんなの、決まってる。
「……やめよう、」
「……、」
「もう、今までみたいに、できそうもない。一緒にいるだけであなたが好きだって、そう思うんだもの。だめだわ。もう、一緒にいられないわ」
「……、なに、いって……」
「だって、きっと、上手くいきやしないもの」
あなたと彼女が一緒にいるところを見るだけで、もうきっと、平静でいられなくなる。酷いことを言ってしまいそうになる。それくらい私は、もう心が擦り切れそうだ。ボロボロ溢れてくる涙を拭いもせずにそう言うと、くっと、ゆういちが息をのんだ。今更ながらこんな泣き顔を見られたくなくてうつむけば、屋上のアスファルトにポタポタと涙がしみこんでいく。まるで雨みたいだと、ひょっとしたら私の上だけ雨が降っているのだろうかと、そんなバカなことを考えた。
「……なぁ、……っ、」
不意に、ずっと口ごもってばかりだったゆういちが口を開いた。切羽詰まったようなその声に、心から申し訳ないことをしたとそう思った。だけど、
「なぁ、……っ、、いや、だっ……」
彼の口から出たのは、「いやだ」という拒絶の言葉。一体何に対して? そう思う。私の想いに対して? そんなにも、私の思いは迷惑だった? ボロリと更に大きな涙が溢れ出る。もう、心が、折れそうだ。だけど頭上からズッと鼻をすする音が聞こえてきて、びっくりして顔を上げた。そうしたら、私以上に、子供みたいにボロボロ泣いているゆういちの姿があって。
「……な、」
「いや、だっ、いやだったら、いやだっ……、バカやろー!」
驚いた次の瞬間には、とんでもない大声で罵声を浴びせられて。一瞬何も考えられなくなって固まったら、がっと両手で肩を掴まれて。
「俺は、やだかんな! やだ、お前が、一緒にいないなんて、そんなのやだ、絶対やだ、やだ、いやだ!!」
それからまるで駄々っ子のように泣きわめかれながらがくがくと肩を揺さぶられて、一瞬思考回路が停止してしまう。だけどすぐに頭は回復して、ゆういちの言葉が反芻された。
「嫌だ」ですって? 「お前が一緒にいないなんてそんなのやだ」? あぁ、ねぇ、あんたこの期に及んでなんてひどいことを言ってくれるの。だって、ねぇ、その言葉そっくりそのままあんたに返してやりたい。私がどれだけ嫌な思いしたか、わかんないでしょう? わかんないから、そんなこと言うんでしょう? そう思ったとたんに目の前が真っ赤に染まって、気がつけば私は思いきりゆういちの頬を殴っていた。
「っ!」
「勝手なこといわないでよ!!」
殴りつけたと同時に声を荒げれば、ゆういちは真っ赤になった頬を片手で押えながら目をぱちくりさせた。彼を殴ったのも、こんなに声を荒げたのも初めてだった。頭が痛い。自分が何を言おうとしているのか、自分自身でも見当がつかない。だけど胸の中には言葉があふれていて、そのどれもが本心なのだということだけは解っていた。
「なんでよっ、なんで一番近くに私が居たのに、他の子を選ぶのよ! やだっていうなら、私にしてよ!
私だってあんたが居なきゃ嫌なのに、それなのに、自分だけ、自分だけ他の子選んどいて、それなのにそんな勝手なことっ、…っ、酷いっ、酷い、バカやろー!」
ボロボロボロボロ、涙と同じ速度で言葉があふれていく。なんてみっともないのだろうと、顔が熱くなった。人生で一番の汚点だと、そう思った。今まで胸の底に秘めてきた本音たちが、ヒステリックな泣き声と一緒にゆういちの耳に届いてしまった。そしてそれと同時に、自分の耳にまで。自分の叫び声を聞いて、沢山のことを理解してしまった。私は自分が思っている以上にずっと、ゆういちを好きで、そして彼に依存していたのだと。
それに、そう。なんで?って。本当に、ずっとずっと聞きたくて仕方がないこともたくさんあった。どうしてこんなにも私が近くにいたのに、他の子を選んでしまったの? って。私にとって一番はゆういちなのに、どうしてゆういちにとっての一番は私じゃないのって。聞きたくて、だけど到底聞けるはずもなくて、自分でさえ考えないふりをして。
そんな言葉たちが、自分の中で押しつぶされていた気持ち全てが音になってあふれてしまった。お互いの耳に入ってしまった。それを自覚したとたんにどうしようもないほどの恐怖に襲われて、私は震えながら思わずその場にうずくまった。
「っ……、」
うずくまって泣きじゃくる私を見下ろすゆういち。彼は今、一体どんな顔をしているのだろう。先ほどと同じように、情けない顔で泣いているのだろうか。それとも「信じられない」と、目を見開いているのだろうか。思うことは、今はその頭の中に「彼女」の存在がなければいいということ。彼の頭の中に、私だけがあればいい。私への感情だけでは溢れかえっていればいい。例えそれに、一つも意味がなかったとしても。
考えていると、不意に、心地よい暖かさと重みを感じた。びっくりして肩を震わせる。一体何が? だけど、すぐに解ってしまった。
「……ごめん、」
聞きなれない謝罪の言葉が、耳元で聞こえる。私は今、どうやらゆういちに抱きしめられているようだと、どこか客観的に感じた。いつか触れた手と同じように、子供のような温かい体温。だけどその体温に、安心するどころか鼓動は高まって。
「な、に……、」
「ごめん、ほんと、俺……ずっとそうやって、お前のこと、傷つけてたのか……」
「…………、」
ボロリ。大粒の涙が、目からこぼれ落ちた。こぼれ落ちる涙の速度と同じように、頭上から「ごめん」という言葉が降ってくる。ごめんごめんと、何度も何度も。その言葉に比例するように抱きしめる腕が強くなって、だけどその背中に腕を回していいのかどうかわからなくて、私はただ自分の制服のスカートを握りしめた。
涙が止まらない。嗚咽が漏れた。私を抱きしめる腕が、強くなる。だけどこの腕の太さや力強さを、私ははじめて知ったのだ。子供のような外見なのに、それなのに、なんて力強いのだろうと思った。私が顔をうずめているこの胸板だって、もっともっと頼りなげで薄いと思っていたのに。知らないことが、あったのだと知ってしまった。そしてそれを知っているあの子がいるのだということも。私はやっぱり、親友でしかなかったのだと。
悔しい。嗚咽とともに、意味のない言葉が漏れた。ごめん。変わらずにその言葉が返ってくる。そんな言葉はいらないのにと、そう思ってしまった。だけど、ゆういちの口からはただひたすらに「ごめん」という三文字ばかりが紡がれて。私をしっかりと抱きしめる腕やその言葉に、私はやっぱり彼に大事にされているのだと実感しつつも、その現実に胸がえぐられるばかりで。
そんなゆういちの腕の中で、私は震える手で強く自分のスカートを握りしめながら、嫌味なほどに青い空に祈りを馳せた。
(どうかどうか、彼が私の隣りからいなくなりませんように)
なんてバカなことを祈っているんだと、そう言われたってどうしようもない。だって私は、このおバカさん以外を愛せやしないのだ。これじゃあどっちがおバカさんか解らないわ。そう思いながらも、抱きしめる腕を振り払う勇気は、私にはなかった。
「ねぇ、ただ、好きなだけよ……、」
ぽつりとつぶやいた言葉が、涙と一緒の彼の学生服へと吸い込まれていった。
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2009/10/23(Fri)00:04:06 公開 / まりか
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■作者からのメッセージ
汚い言葉を言うわけでもないのに、凄く仲のいい男の子に「俺おまえのこと女としてみてねぇから!」と言われました。「どういうこと!」と怒ると、「仲良くなりすぎると、ただの友達でしかない」と言われまして。なるほどなぁ、と思ったわけですが。
だけどもし、私が彼のことを好きだったなら、その言葉は何よりも強い「暴力」になっていたわけで。そんな思いをしている女の子もいるのだろうなぁと思っていたら、気づけばこのような作品を書きなぐっていました。
「書いたなぁ。」と思いつつも、正直ダメでした。物語の中の子たちにくらい、幸せになってほしいものなのですが。お目汚しでごめんなさいでした。
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