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『JOHN SMITH』 ... ジャンル:未分類 未分類
作者:TAKE
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あらすじ・作品紹介
人間皆主役。
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どうも。あんた、フリーライターだっけ? 専属なのか、そりゃ失礼。
えーと……俺はエスプレッソでいいや。あんたは? はいよ、それじゃエスプレッソ2つね。
早めに済まそう。帰ってオプラ・ウィンフリー・ショウ見たいんでね。ああ、好きだよ。誰もが幸せになれるじゃないか、あの番組。何だ、俺の事とんでもない冷血漢だなんて想像でもしてたか? 確かに最初は刑務所の看守って仕事に憤りを感じて、囚人にストレスをぶちまける事もあったがね。グリーンマイル見て仕事に誇りを持てたクチだ。
ただし始めに言っとくが、あんたのとこの記事、俺にはどうもマユツバ臭くていつも信用出来ん。今日話す事はちゃんとその通り書いてくれるんだろうな? 約束だ。もし何か脚色している節があれば、あんたんとこの会社訴えさせて貰うからな。それじゃあ始めようか。
俺はNY市警管轄の犯罪者が送られてくるムショで勤務していた。広い敷地でな、移動するのにゴルフカートでも欲しかったもんだ。
1994年、そこにはある死刑囚がいた。連続幼女暴行殺害ってので、7歳から13歳までの少女8人を強姦した後に殺したってイカれた話なんだがね、その死刑囚はずっと「やってない」と言い張っていた。しかし彼にはドラッグの前科があり、6人目の被害者が出た現場から立ち去ったところを目撃されている。状況としては不利な位置に立たされ続け、彼が潔白であるという証拠も不十分だった。
それで結局のところNY市警は冤罪の可能性を残したまま、彼の死刑執行を判決から3ヶ月後の94年10月22日と決めたんだ。
やっと来たよ。コーヒー2杯ぐらい、もうちょっと早く出して欲しいもんだがね。
まあタイミング的には丁度いいか。そこで、あんたが聞きたい事の本題に入るんだ。その頃、勤めていた刑務所内ではある事が立案されていた。
ローランド・クーパーってハリウッドの映画監督、そいつが囚人を起用してプリズンものを撮ろうという企画を持ちかけてきたんだ。脱獄の方法を巡って、囚人がチームを組んで殴り合いの戦争をおっ始めるアレさ。勿論見たから今日ここへ来たんだよな? エンドロールを見りゃ分かると思うが、キャストの一人にジョン・スミスというのがある。実はそれがさっき言った彼なんだが、本名は全然違う。知ってるだろうが、ハリウッドでは頻繁にその在り来たりな名前が使われる。名前が出ちゃまずいスタッフや脇役のキャストに当てられるのさ。しかし今回のように主役級の奴にそれが使われるケースはおそらく初めての事だっただろう。当時の俺の経験から詳しく掘り下げて話そう。
裁判が終わって、あいつは絶望の中にあった。俺が巡回で独房の前まで歩いていくと、あいつは話しかけて来たんだ。
「なあ、俺は……違うんだ、やってないんだよ。あの時は本当に、5番街で女の死体を見てビビッて、逃げただけなんだ。そこを見られたのも分かってた。だから通報出来なかったんだ。なあ、分かるだろ? 俺がやったのは唯一、ドラッグだけだ。それだって2年前にはすっかり抜けた。平和に暮らしてたんだよ。なのにこんな事ってあるか? 一体どれだけいい加減な捜査をしたんだ」
当時初めて重刑者棟の担当になった俺には、彼に対してトム・ハンクスの様な心が芽生えていた。そいつは苦しいもんだったよ。
「分かるさ。今時の市警の捜査ってのは流れ作業の感覚でしか事件を扱ってないもんだ。ファイルの中の文字が世界の全てだと捉え、人権なんぞは無視だ。その分お前が持つような感情の皺寄せがこっちに来ちまうもんさ」
「分かってんなら、あんた何とかしてくれないか?」
「無理だ。ただの一看守に裁判での発言権は与えられん。ましてや連続猟奇殺人の容疑者を弁護する側になど、断じてなれんさ」
「……こんな理不尽な事ってあるか」
警官てのは、俺らからすりゃ精神的に随分楽な仕事だよ。似たような制服着てるってのに、犯人を扱うその部分なんぞは真逆だ。
そういやモロッコかどっかの警察の話を聞いたんだがね、ありゃ酷いもんだ。家族の飼ってるヤギを狙うジャッカルに向けて子供が撃った弾が、偶然近くを観光していた外国人に当たって重症を負わせてしまったんだがな、警察は問答無用で子供を殺人者と見なして、逃げる背中に向かって4人がかりでライフルをぶっ放したそうだ。それに比べりゃ、まだこっちの方がマシなのかね。
3日後に映画の話が来たんだ。所内の第一会議室に、ローランド・クーパーが居た。
「私がこの企画を通して期待するのは、囚人の更正の促進です。一つの作品を作り上げる為にチームワークを築くという行為は、社会に戻ってからの生活に必ず役立つでしょう。演技の優秀な者は、俳優として今後の人生を保障出来る可能性も多いにありますしね」そう彼は言ったんだ。確かにその考えは一理あった。その時は、重罪人の固まった棟を廻ってる俺には関係無い話だと思ったんだがね、その企画がウチで受諾されてキャスティングをしようという段階になって、なんとクーパー氏は例のあいつを準主役に選んだわけだ。
「こいつは死刑囚ですよ? まともに演技なぞ出来るとは思えん。それにあなたの言う囚人の更正に役立てるという考えにも当てはまらんでしょう」刑務所長がそう言った。
「彼の顔は、私の理想に合った骨格をしています。カメラに映ると映えるでしょう。それに、彼は冤罪かも知れないという話を聞いた事がありますが?」
所長の表情が凍ったのが見えたよ。ムカつく性格だったんで、ちょっとスカッとしたね。
「まあ、候補者とは実際に言葉を交え、オーディションを通して使えそうな者を選びます。その中に彼を入れるのには、異論無いですね?」
「ああ、まあ……」
「よかった。それでは、また来週に」
次の日から、あいつは理由も無く懲罰房に入れられた。死刑囚を映画に出そうともなれば、ムショの面子が立たんからな。クーパーの気に入っているという顔を、やたらめったら殴られていた。あいつが棟に戻って来た時、俺は暫く目を合わせられなかったね。
予定通り次の週から面談が始まった。だいたい7人に1人ぐらいの割合で採用されていったんだが、あいつの番が来た時、その顔を見たクーパーは目を疑ったそうだ。それから傷のワケを聞いて、所長を問いただした。ヤツは看守の脛を蹴ったと言ったそうだが、勿論嘘だ。あいつは黙っていた。口答えすれば、再び懲罰房行きだと踏んだからだ。唇を噛み締めるあいつを見て、クーパーは言った。「裁判の時も、こうして無理矢理罪を認めさせたんですかね?」とな。全く気持ちのいい性格をしていたよ。彼が多くの俳優やらスタッフに支持されるのが分かった。言葉で動かない所長にチップを渡して席を外させ、監督は口外しないとの約束で、あいつとサシで話した。事件の事から何まで、あいつは全て自分の言葉で話したそうだ。
そしてオーディションの結果、あいつは例の役に決定した。傷が治るのに合わせて、撮影はラストシーンの直前から逆順で撮る事になった。つまりスクリーンに映ってるあいつの傷だけ、殆どはメイクじゃないって事だな。面談の結果、性格には全く問題が無かったらしく、あいつはクーパーやその他スタッフの言う事も従順に聞いた。周りの看守は皆信じられんという顔をしてたな。あいつは彼らの事を、味方だと理解してたのさ。
撮影も後半に差し掛かった頃、突然あいつの裁判が開かれた。そこで信じがたい提案が出されたんだ。
「もしも撮影中、一つの問題も起こす事が無ければ、被告人を懲役15年に減刑する」
信じられるか? 俺もそんな虫の良い話があるかと思ったさ。まあ案の定、それには続きがあった。
「ただし所内に在る一般人に怪我を負わす、暴言を吐く等の問題を起こした場合、翌日即座に死刑を執行するものとする」
無茶苦茶だろう? 普通なら非難轟々ですぐ取り下げられる筈だ。しかしあいつはどう足掻いたところでその時点に於いて死刑囚には変わり無い。同じ人間として見てくれやしないのさ。
「彼を殺したりなどしたら、代役は居ないんですよ?」翌日にただ一人、クーパーがそう非難した。
「逆順に撮ってんですから、途中から登場するようシナリオを変えれば良い事でしょう」所長はそう言った。
それから撮影場所の雰囲気がガラッと変わった。あいつの事を誰もが腫れ物を扱うように接した。それも一部ではあいつを思っての事だったろうから、納得せざるを得なかったがね。
暫くして、市警の人間が来た。その日は囚人を搬送する警察の銃を奪って打ち合うって場面の撮影だった。
警察の数が一人足りず、それを俺がやる事になったんだ。黒人でデブの警官から俺は銃を受け取った。小道具に、弾を抜いた実銃を使う事になったんだ。俺はあいつと揉み合って、それを奪われる。そしてあいつが後ずさる敵役の足を撃つってシーンだ。
予定通りコトは運んだ。あいつはリハ通りの動きで俺の手から小道具を抜き取って、膝立ちになって構えた。銃声が一発、敵役の囚人の足に仕込まれた血糊入り火薬が作動する。
しかしそこでイレギュラーな事態が起こった。敵役の背中越しにあいつを撮ってたカメラマンの足からも血が流れたんだ。
悲鳴が上がった。呻くカメラマンに、クーパーを始めとするスタッフが駆け寄っていった。
あいつは銃を取り落とし、呆然としていた。そこに所長が歩み寄り、横っつらを何度か殴った。
俺は見てた。リハの直後、小さなテーブルに小道具が無造作に置かれていた。その時あのデブが銃を触ってたんだ。
原因がどうであれ、あいつに審判が下る事になった。翌日、ラストシーンが撮られる事になった。俺が警官としてあいつを追って、撃ち殺すって場面だ。その場面を撮った後、死刑が執行された。絞首刑だ。それなら映画の中で俺が実際に銃殺してやった方が、花を飾れただろうに。
後で知ったんだが、あのワケの分からん裁判があった日、アパルトマンでヤク中の死体が見つかってな、部屋に殺された8人の少女の写真があったそうだ。そいつが真犯人だったってわけだ。市警はこの失態を隠蔽しようと小道具に弾を込めたのさ。
あんたは俺がさっき言ったような事、映画の中で俺が実際にあいつを撃ったって思ってるらしいが、それは違う事が分かっただろ。
あいつを、あんたの10コ上の兄さんを殺したのは荒んだ社会だ。まあその一部って意味では、俺も今こうしてテーブルの下で突きつけられてる銃に殺されても、仕方ないかも知れんな。
いつ気付いたって、そりゃ顔見た時からさ。眉と鼻がそっくりだ。
それでどうする、殺すか? それにゃここは人目に付き過ぎるぞ。……そうか。まあムショってのはロクでもねえ所だからな、俺みたいなつまらん人間殺して事してわざわざ行くもんじゃない。
帰ったらあんたもオプラ・ウィンフリー・ショウを見るといい。今日はな、冤罪で殺された人間の遺族が出てるんだ。コーヒーは奢っといてやるよ。
ああ、おい。
記事に嘘書くなよ。
※オプラ・ウィンフリー・ショウ:テレビ局や出版社を有し、児童福祉など社会活動にも積極的に参加、さらに女優としても活躍するビジネス・ウーマンのオプラ・ウィンフリーが司会を務める、アメリカの長寿トーク番組。参加した視聴者ゲストに夢を送るサプライズが人気。
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2009/09/07(Mon)01:13:28 公開 / TAKE
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■作者からのメッセージ
実際にこんな事があってもおかしくない社会だから怖いです。
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