『レースカーテンの狭間に響くネオンランプの群れ』 ... ジャンル:リアル・現代 ショート*2
作者:春野藍海                

     あらすじ・作品紹介
 

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 呟きと言うのは、時に恐ろしい力を発することがあると、俺は知った。 
 力。いや、それは魔に近いエナジーを撒き散らすもの。
 操ってやろうと思って、わざとに隣に腰掛けて誘い出そうとしたものの、それがその呟きで一瞬にして姿を変えた。受動、能動が形勢逆転だ。
 俺の中は悔しい気持ちで満たされるかと思いきや、案外、快感の一面もちらつかせる。その技巧の素晴らしさに、きっと、俺の薄い唇の間に僅かな空間が生じていたはず。
 あいつの中に一気に燈してやろうと思った。宿してやろうと思った。
 頑なで且つ微熱で溶け出してしまいそうな、一文字、二文字を。





 ――インスピレイション。
 俺は、今までそれに頼って乗り越えてきたことが、結構あるほうだったりする。
 「どうしてあなたは、もっと筋道を立てて物事を考えられないの」なんて、数ヶ月のオンナに言われた。そのオンナに限らず、似たニュアンスの言葉を投げつけられたかな。
 その度に俺は、ふうん、とか適当に鼻を鳴らしてやり過ごしてきたけど、そんなに何回も言われれば自然になんでだろうと理由を、頭の隅ででも考えていた。異性に耳にタコができるほど問われれば尚更。
 でも、どんなに考えたところで、正直、「そんなこと知るか」だ。
 だって、インスピレイションって元々、閃きとかって言う直感的なものなんだろう? そんなものに理由なんかあるのか? どうやって閃くのかって。
 まあ、きっとこういうエゴの叫びもどこかずれてるんだろうけど、そんなものもどうでもいい。
 俺には、今が今であるだけで十分。
 それ以外に何が必要だって言うんだろう。
 瞬間に生きてきたこの俺に。
「なあ、なんか話そう」
「……なんで?」
「今、そうやって思いついた」
 回りくどい計算された計画性の高い行動は、その結果に至るまでのプロットを立てるのが面倒だから、俺は小学校の算数で言う「道のり」派より「距離」派だ。今までの話でわかるだろうが。
 だから、大体こんな感じで捕まえる。声かける。「ナンパじゃん」とか言うなよ。俺のは、そんな軽はずみなもんじゃない。そこら辺の衝動で生きる雄とは根本から異生物だ。
 今までも、それからも、これからも。俺の行動に例外はない。
 そうだ。
 そうやって、未来永劫にやっていくつもりだったのに。
 畜生。
 あいつのせいで、すべてがバラバラになった。
 茶色の、栗色のショートヘアに天然なのか人工なのかわからないパーマをかけたあいつ。ぽってりとした幼いのに艶やさをひけらかす唇のあいつ。緩やかなカーブを描いた焦げ茶の眉を描くあいつ。唇を合わせる時にしかわからないくらいの奥二重を潜ませるあいつ。華奢ではないんだけど、その肉付きが俺の腕に纏わりつくように形成された身体を持つあいつ。
 俺の歯車を軋ませたアマ。
 むしろ、円滑に整えてくれるだろうにと信じ込んでいたのに。
「ねえ、なんか話そう」
「……なんでだよ」
「今、そうやって思いついたの」
 講堂の右隣に座る俺の顔を見て、淡々と言ったんだよな。本当に何の余計な飾りもない言葉をかけやがったんだよな。あの巧みさに、俺はどんな会話をしたかすら覚えてないんだ。あいつのせいで何も覚えてない。これでも、暗記は得意な人間なんだ、俺は。
 ふふ、とかって含みのある笑い方をよくしやがったせいで、まだ耳元で囁かれてるみたいに、お前の体内から排出される空気の量まで思い出せそう。
「じゃあ、再現してみてよ」
 いいよ。やってやろうじゃないか。絶対に、俺のほうがお前よりうまく再現できる。
 あいつがそんなくだらない事ばっかり、でまかせに、思いつきで口にするから、俺はその都度つき合わされた。
「なんでだよ」
 だから、普通の人間はそう聞き返すのが道理だろう。……あいつに、「道理」だって?
 そんなことを発したら、即、負けが決定する。
「だって、そう思ったから」
 あいつは百パーセントそういうに決まってるから。息もつかせぬ速さで、俺の疑問に応答しやがる。
 畜生。
 なんでここまで覚えているんだ。
 なんでここまで腹を立たせられているんだ。
 絶対に、あいつは今頃、こんな俺の姿なりをみて腹を抱えて死ぬほど笑い転げてやがる。
 こんなしょうもないことに、たらたらたらたら、たらたらたらたら、付け回させようとするから、「長持ち」してしまったんだ。誰が? 俺が。
「ねえ、あれ。見たいよ」
 地下鉄の通路に新しく張られた一面の夜景を、あいつは指差して意気飄々と喋る。意気揚々じゃないよ。意気飄々だからな。もうその頃の俺は、そんな突拍子もない要望を突きつけられたって、前みたいな疑問をそのまま口にしたりはしない。回数を経るごとに。
「なに。今、そう思ったのか」
「……わかってんじゃん」
 そう、この応答の前に洩らす、ふふふ。ふふ。うふふじゃなくて、ふふふ、か、ふふ。憎たらしいけど、その鼻息さえも覚えてしまった俺がそんな文句をいったところで説得力なんか糞もない。
「ねえ、ここ。泊まりたい。……よね?」
「初めてだな。クエスチョンマークつけるなんて」
「だって、そうしなきゃって思ったから」
 その応答の後には、初めて、ふふふ、も、ふふ、もなかった。だからだったのか? 素直にあいつの言葉に従ったのは。二人で互いの宿泊代出し合って泊まるなんてことしてしまったのは。
 畜生。
 あのせいで、しばらくひもじい思いをすることになったんだ。
 バイト代が滞納されたから。
 それもあいつのせいだ。
 絶対に、あいつのせいなんだ。
「ねえ、カーテン全開にしてって誰が言ったのさ」
「そうしなきゃ夜景見えないだろ。このために来たのに」
「厚いカーテンは開けてもいいけど、レースカーテンは駄目。せっかくの夜景が台無し」
「なに、言ってんの」
「大っぴらな夜景なんてどこでも見れるじゃない。私は、際どさがいいの。正直な真っ直ぐの裏に隠れる、更なる本音の見え隠れするような際どさが」
 レースカーテンを潔くお前は閉めたんだ。薄ら寒い冷房にゆらり揺らめく透かし模様。そんなことをするから、そんなことを口にしやがるから、お前は、あいつは駄目なんだ。
 部屋の眼下に行きかう誰にも本音を見せたくなくて、俺はレースカーテンの上から厚いカーテンを目にも止まらないスピードで引いた。
「ねえ、思いつきで生きてるのって、すべてのその先を見越したくないからでしょう?」
 畜生。
 その減らず口。どこまで俺のもので包んで、絡めれば、叩かずに済むんだよ。
「ねえ、閃きで行動するのって、難しく考えすぎて、めためたに傷つきたくないからでしょう?」
 畜生。
 この身体。どこまで愛撫して、吸えば、違う世界の彼方に旅立つんだよ。
「ねえ、私、物分りがよすぎて怖いでしょう? ねえ、だって……同じだもの。私と……貴方」
 畜生。
「ねえ……逢えてよかったのよ? 今、気づけてよかったのよ? 私と貴方」
 畜生。
 畜生。
「ねえ……どうしてかわかる? 私の言葉の意味……わかる?」
 畜生。
 畜生。
 畜生。
「ねえ…………だって、あと少しで私と貴方、さよなら、なんだから」





 言葉の狭間というのは、時に苦しめさせられると、俺は知った。
 怒鳴られるときの前触れ。そういう単純なものじゃなく。
 どうして数多の経験の中で、俺は知り得なかったのか不思議で且つ奇妙でならない。似たような賭けを仕掛けられたことはあったけど、賭けじゃなくて素直実直はなかったからなのか。
 もっと数多の経験の中で、積極的にでも知り得ていたかった。どんな方法を使ってでもいいから、知りたかった。 今、何もなくなって、その存在すらなくなってから、悔やんだって意味がないのに。声を枯らして叫んだって、どうにもならないのに。
 そうしたら、初めての「初めて」の前に気づけた。些細なアピールをくれなくたって。
 だけど、これだけは実感していたい。
 俺とお前は同じだったって。
 それはあいつが言いだしっぺなんだから、甘えて浸ってもいいんだろう?





 ――END――

2009/07/30(Thu)00:42:02 公開 / 春野藍海
■この作品の著作権は春野藍海さんにあります。無断転載は禁止です。
■作者からのメッセージ
「俺」の如く、インスピレイションで書いてしまいました。
 なんだか何を言いたいのか伝わりにくい文になってしまいましたが、みなさんなりの解釈・感想がありましたら、感じたものそのままをお寄せいただけるとうれしいです。

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