『仮面訪問者』 ... ジャンル:ショート*2 ホラー
作者:森木林                

     あらすじ・作品紹介
村人が外へ出歩かない村。その村で起きた出来事は、仮面にまつわる恐ろしい過去であった。

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 いやはや申し遅れました。わたくしがこの村の村長であり長老の高松というものでございます。ええ、大変すみません、今はまだわたくしの顔はあなたに見せたくないのでございます。いえいえ、そんな化け狐などではございません。ただ、あなた様のことを考えると、今はまだ見ない方が良いような気がするのです。ですから失礼なのは百も承知ですが、こうしてあなた様に背を向けてお話をさせて頂きたいのです。ありがとうございます、ご理解していただけて良かったです。
 はい、まずこの村のことについてですね。さぞかし不思議に思われたことでしょう。なにせ、この村の者はわたくしを含めてですが、一切家の外には出ないことにしているのです。ですから、あなたがこの村に来たとき、ここは廃村か、と思われたかもしれませんが、いいえそうではございません。ちゃんと、村の者はおのおのの家で生活しております。ただ、外にはでないだけです。もちろんそれはあの事件以来、ということですが。はい、疑問に思われるのは当然でございます。家から一歩も出ないで生活なんてできるか、ということでございますね。確かに、家から出ないのなら食料はどうするんだ、その他生活に必要な品々はどうやって調達するんだ、と思われることでしょう。それについては心配ございません。わたくしらの村には週に一度、商売人が訪れます。その者から買うのです。もちろんわたくしらは外へは出ません。その商売人が家々を回って食料を売っていくのでございます。その商売人とは何ぞや、と思われることでしょうが、それについてはわたくしらと内通している、内部者であり外部者というべき存在といいましょうか、とにかくその者はわたくしらの仲間であり外の者ではございません。ただ例外的に、彼のみは家を出て、村の外へ出ることが出来ます。食料を買い集めてこの村にやってきて、わたくしらに売るのです。彼以外にはこの村を訪れる者はほとんどいません。その点あなたは例外的といえましょう。
 ああ、そうでした。年をとると話の順序立てが下手になるといいましょうか、知識が無駄に増えすぎてどうしても無駄話無駄話の冗長した会話になりがちなのです。ええと、そうですね、村の事件について、まだ何も触れていませんでしたね。
 先ほどわたくしが言ったように、この村にはずいぶん昔にある忌まわしい事件が起きました。思い返すだけでも嫌気のするものです。あの事件以来、明るく活発だった村の子らも、外へ出て遊ぶことはなくなりましたし、田植えをして立派な米を作る百姓も、もうその立ち働く姿を目にすることはなくなりました。あれ以来、徐々に村はおかしくなっていったのでございます。そして、ある時から完全に崩壊し、今のような状態にいたったのでございます。
 あれは数年前の夏のことだったでしょうか。
 ある夕刻のことでした。わたくしが村の大木の下で休んでいますと、見知らぬ男が村の方へと歩いてくるのが見えました。物騒な、鬼の仮面と付けた長身の男でした。この村は見ての通り、山奥を切り開いてつくられた村ですから、めったに他所の者が訪れることはありません。わたくしは、たしかに怪しい男だと思いましたが、それでもどこかわくわくした心持になったのでございます。何せ久方ぶりの訪問者なのです。村の決まりにも、訪問者は歓迎しろとあるくらいです。
 わたくしは急いで立ち上がり、その男のもとへと近づきました。
 男は上下黒の服を着ていて、右手には大きなカバンを持っていました。そのカバンは大きくふくらんでいて、中にたくさんの仮面が入っているのが、チャックの開いていた隙間から見えました。ははん、仮面売りの男だな。とわたくしは思いました。仮面売りの男が、赤い変わった鬼の仮面をして現れたのです。きざな演出だなと、そのときは微笑ましく思ったものです。
 やがて、村の子らがその仮面売りの男に気付いて、はしゃぎながらやってきました。仮面売りの男はカバンを開き、中に入っていた様々な仮面を地面に並べました。ひょっとこ顔、豚のお面、魚のお面、月のお面、どこかの民族もののお面など、たくさんの嗜好に富んだ仮面たちでした。子供らがはしゃぐのも無理もありません。わいわいがやがや、やがて村の大人たちも姿を見せ、その仮面売りの男の周りには、たちまち人だかりが出来ました。
 どんなお面でも自由に持っていって構わない。代金は要らない。
 男はそう言いました。最初で最期の男の声を聞いた時でした。男はそういうと、空のバックを持ってそっと引き返していきました。わー、と皆がその仮面をとりあいっこし始めました。
 静まれ、とわたくしは大声を出しました。みながこちらを見たと確認すると、わたくしは村の者たちを叱りました。こんなものはただで貰うもんじゃない。きっとお高い品々だ、しっかりと代金を払わないとあとあと面倒なことになりかねないぞ、と。
 すると、ある子供がいいました。でも、仮面屋さんはもう行っちゃったじゃないか、もう戻って来ないかもしれないじゃないか、それに仮面屋さんは僕たちにただでくれると言ったんだ、貰ったって悪くないじゃないか、と。もっともなことでした。村の者たちも、その子に賛同してうんうん、とうなずきました。わたくしはどうしようもなくて、まあいいだろう、と許してしまいました。実を言うと、わたくしの心の中に住む少年の心も、僕も珍しい仮面が欲しい、と言っていたのでございます。まあいいだろうと、そのときは軽い気持ちで、わたくしも仮面を一つ貰いました。貧しい村ですので、娯楽と言えるような玩具などありませんでしたから、大人も子供もそれを顔につけて笑いあって楽しそうに過ごしました。わたくしも、先ほど貰った月の仮面をつけました。がはは、村長似合ってない、と若者が言いました。みなわたくしの方を見て笑っています。うるさい、お前もそんなひょっとこ仮面など似合っておらんわ、と言い返してやりました。久々に、村に楽しい笑い声が溢れていました。
 問題はそのあとなのです。取れないのです。仮面が取れないのです。どうやっても、ぴったりと顔に張り付いた仮面は取れませんでした。一体どういうことだろうと、私は家を出てみました。するとそこには地獄が広がっておりました。村中泣き声で溢れているのです。みな顔にくっ付いた仮面が取れなくて困っているようでした。子供たちはひどく泣いていました。それをなだめるはずの親も、仮面がはがれなくて震えて涙を流していました。これは一体、どうしたことでしょう。本当に奇妙な光景でした。
 翌日になっても仮面は剥がれませんでした。翌々日も、仮面は剥がれませんでした。そのままずっと、仮面をつけておりましたところ、やがて仮面が自分の顔になっている事に気付きました。鏡を見たとき、恐ろしくて気を失いそうでした。そこにあったのは、以前の私の顔ではなく、月に赤い目が二つ輝いている、恐ろしい顔でした。
 おっと、申し訳ないです。一人でずっと語っておりました。いやはや年をとると、どうしても独りよがりに……え? 何ですか? わたくしの顔ですか、そんなにはやさないでくださいよ。見せてあげますよ、ほら。……どうしたのですか、腰を抜かしなさって。だから最初に見ない方がよろしいと言ったじゃないですか。あと、まだお話は終わっていませんよ。
 その後、わたくしを含め、村の者たちはその仮面屋に復讐をしようと考えましたが、仮面屋はもう二度現れませんでした。当然です。以前と同じように仮面屋の格好をしてくれば、わたくしらが復讐をすることなど目に見えているからです。しかし、わたくしらは考えました。仮面屋はまた来るはずだ、と。おそらく今度は普通の格好をしてくるだろう、と。なんでそんな確信を持ったかと言うと、その仮面屋は、村を去るときに言ったのです。いつか、効き目の表れし時に、またこの村を訪れます、と。そのときは何の話か分からずに流していましたが、きっとわたくしらのこんな姿を見て楽しもうと考えていたのでしょう。あの男は最初からそのつもりだったのです。
 えっ、そろそろ帰りたいって? そうですか、とても残念です。もう少しお話したかったんですが……。仕方ありませんね。あっ、そうだ、外で村の者たちがお待ちです。久々の訪問者ですし、大歓迎をしようと言っておりましたから。


2009/07/22(Wed)14:43:28 公開 / 森木林
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■作者からのメッセージ
お久しぶりです。
今回はホラーということで、自分的にはなかなか恐ろしいなと思いましたが、どうでしょうか?
会話文を用いずに、一応全て地の文として書きました。
愉快な話ではありませんが、読んでいただけたら嬉しいです。では!

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