『或る構内の中で(短編・答え合わせ)』 ... ジャンル:リアル・現代 ホラー
作者:rathi                

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『15時2分着の電車は、事故の影響により遅れております。お待ちのお客様は、大変申し訳ありませんがしばらくの間……』


 駅ホーム内に、遅延を知らせるアナウンスが流れている。
 僕は何となく電光掲示板を見た。到着予定時刻はとうに過ぎている。これから彼女に会いに行くというのに、全くもってタイミングが悪い。
 辺りを見渡すと、僕と同じように苛ついている人が数多く居た。舌打ちをしていたり、鬼のような顔をしていたり、何度も自分の時計と電光掲示板を見比べている人も居た。中には悠長に構えている人も居り、楽しそうに携帯ゲームをしていたり、電車が来ても気づかなさそうなぐらい小説に熱中している人も居るようだ。
 自分もその人たちを見習って、携帯電話のアプリケーションで暇を潰そうと思ったが、どこで落としたのかズボンのポケットから姿を消していた。きっと不幸とは、ドミノのように連鎖的に起こるモノなんだなと、この世の無常を呪いながら、楽しそうに時間を過ごす人たちを恨めしそうに見続けていた。
 僕はいい加減立って待つのにも飽き、ため息をはきながら、空いている待合席に座った。
「なかなか電車が来ませんね」
 唐突に、僕の右側に座っていた女性が話しかけてきた。僕は突然の事に驚き、思わず身を引きながらも、適当な相づちを返す。
「えぇ、まぁ……」
 女性の方に顔を向けると、何とも面白味のない顔をした若い女性が座っていた。悪いという意味ではない。特徴がないというだけだ。何とか美人のラインに到達して居なくもないが、あぁこんな人居たなと思うような、同窓会で名前と詳しいエピソードを話されてようやく思い出すような、そんな顔なのだ。
「これからどちらへ?」
 この人見知り社会の日本にしては、珍しい質問だった。今日日接客ありきの店員ですら見て見ぬふりをするのが普通だというのに、初対面の相手に、しかも隣の席というだけで話かけてくるとは。
 それだけ女性も暇だということなのだろう。僕も暇だったし、面白そうだったし、明日のニュースで『あれ、この人は』と言わせてみたいと思った。
「二駅先の所で彼女と待ち合わせしていましてね。いえ、彼女といっても互いの顔は知りませんが。今では珍しくもありませんが、ネットで知り合ったのですよ」
 僕は口早に喋くった。相手が聞き取れまいが反応が無かろうが、どうでも良かったからだ。
「へぇ、それは良いですね」
 しかし、ちゃんと聞こえていたらしく、人懐っこそうな笑みを浮かべながら、ある意味期待していた通りの返答をしてくれた。
「良くはありませんよ。なにせ、相手の顔が分かりませんからね。分の悪すぎる賭ですよ、これは。ぬらりひょんが来たり、のっぺらぼうやらお歯黒が来てしまったらと思うと、憂鬱で憂鬱で」
「それが嫌なら、逃げてしまえば良いのでは?」
 良い返しだと思った。僕の話を助長してくれる返しだ。
「ところがそうはいかないんですよ。もう彼女とは約束してしまったのです。それを違えれば、きっと僕は大変な事になる」
「約束とは?」
「心中ですよ」
 ガヤガヤと。ガヤガヤガヤと。ホーム中では、一向に来ない電車に対する怒りが、言葉となって表れ始めていた。
 ゾヤガヤドヤと。ボヤゾヤガヤと。多くの言葉が混ざり合いすぎて、文明社会が生んだ最も優れた伝達方法は、単なる騒音に成り果てていた。
「心中、ですか」
「えぇ、心中、ですよ。いわゆるアングラサイトの……もうアングラという言葉自体は死語ですかね? まぁ、そこの掲示板で、彼女が一緒に死んでくれる人を募集していたのですよ。彼氏に裏切られたから死んでしまいたいって。僕もね、この前裏切られたんですよ。会社に。何にもしていないのに、クビだって。上司は言うんですよ、何にもしていないからクビだって。おかしな話ですよね? 何かをすれば怒られるのに。何てことをしてくれたんだって。じゃあ僕はどうすれば良かったんですかって聞くと、上司はこう答えたんですよ。会社の為に働けって。おかしな話ですよね? 僕は会社の為に何にもしなかったのに。おかしな話ですよね? そうは思いませんか? そうは思わない? あぁ、そうですか。別に良いんですけどね。まぁそういうワケでして、僕も死んでしまおうと思ったワケなんですよ。遺書も書いてきました。二通。一つは僕の知り合いに向けての遺書で、今も持っています。もう一つは、上司の机に入れてきました。貴方の所為で死にましたって、血文字で書いてやりました。人差し指の絆創膏は、その所為なんですよ。自分で指を切ったんですが、なかなか痛いもんでして。実は最初に死んでしまおうと考えたときに、手首を切ろうと思っていたんですよ。ところが、指を切ってみたらこれがまた痛いのなんの。これの何倍も切るっていうんだから、僕はすぐに止めましたよ。首つりもね、考えたんですよ。でもね、昔運動会の綱引きで、手首に絡まって酷い思いをした事があったので、それの何倍も辛いっていうんだから、これも止めましたよ。まぁ電車にしたのは、消去法だったりもします。それでね、一人で死ぬのは嫌だなぁと思って、探し始めたんですよ。そういうのって、案外簡単に見つかるもんなんですね。一緒に心中しようってメールを送ったら二つ返事で来ましたよ。まぁ、そんなワケでその彼女とは、二駅先の構内で待ち合わせしていまして。これからそちらに行くのです。だから、彼女との約束を違えてしまうと、また裏切られたってショックで一人で死んでしまうかも知れない。それは別に良いんですが、包丁持って私のところに来られたりでもしたら厄介な事この上ないのですよ。うっかり携帯番号や住所を教えてしまいましたからね。押し込み強盗のように来られる可能性は高いワケでして。針の何倍も太いそれで刺されたら、針の何倍も痛いんですよ。それで死ねたら儲けもんなのですが、誤って生き残りでもしたら、ただ痛かっただけで終わってしまいますからね。僕はそんなの御免なのですよ。だから僕は約束を違えずに行くつもりなのです。しかし、相手が画図百鬼夜行に参加しているような造形であれば、僕は妖怪と心中することになってしまう。そんなの、死んでも死にきれない。だから、僕は憂鬱なのですよ。お分かり頂けたでしょうか?」
 僕の中にある生を全て吐き出してしまうかのように、ただただ喋りまくった。きっと女性の耳には、周囲の騒音と対して変わらない言葉が届いているに違いない。
 ガヤガヤと。ガヤガヤガヤと。遅い、遅いと人生の中で数万分の一の無駄な時間を過ごしていることに、乗客たちは腹を立てている。
 ゾヤガヤドヤと。ボヤゾヤガヤと。デヤジヤバヤザヤブヤと。
「はぁ……それはそれは大変でしたね。奇遇な事に、実は私も約束をしていまして」
「約束?」
「心中ですよ」
 ガヤガヤと。ガヤガヤガヤと。電車はまだか、電車はまだかと構内で合唱が始まった。
 ゾヤガヤドヤと。ボヤゾヤガヤと。デヤジヤバヤザヤブヤと。グヤダヤビヤヅヤベヤゼヤと。
「ずっとここで待っていたのですが、いい加減待つのにも飽きてしまいました。もし宜しければ、その彼女とではなく、私と心中してもらえないでしょうか?」
 そう言って女性が差し出した手は、とても面白味があった。百合のように白く、指先は頬を染めるように薄く紅潮している。爪は貝殻を研磨したかのように煌びやかで、どこか艶めかしい。
 その清楚で淫靡な手を、僕は誘われるがままに握った。


『大変長らくお待たせ致しました。まもなく電車が駅ホーム内に到着致します。お待ちのお客様は白線より後ろに下がり……』


 僕たちは手を繋いだまま立ち上がり、白線を踏む。
 良かった。彼女との約束は違えることになるけれど、死んでしまえば関係ない。あの世に行けば、この世の約束は無効となるのだ。
 女性は美人とは言い難いけれど、手は綺麗だし、多分僕にはこのぐらいが丁度良い。身の丈以上のモノを求めれば、身の破滅を生んでしまう。それよりも何よりも、彼女がハズレだったら僕は死んでも死にきれない。女性には悪いが、まだ見ぬ大当たりよりも、僕は無難な死に方を選びたい。
「さぁ、一緒に逝きましょうか?」
 女性は僕の手を引き、半歩ほど足を進める。
 心残りは夢の島に転がるゴミのように沢山あるけれど、このたった一つの願いが叶えば、全てのゴミは消え去って、富士山も世界遺産登録されることだろう。
「あのさ……実は僕、キスもしたこと無いんだよね。だから、ファーストキスとエンドキスを、僕にくれないかな?」
 突然のカミングアウトに驚いたのか、僕のお願いにドン引きしたのか、女性は進めた歩を戻し、再び僕と同じ直線上に立つ。
 それから女性は、人懐っこい笑みを浮かべてくれた。
「ロマンチストね。あの人よりも、ずっと良い男だわ。嬉しい。ここで待ち続けたかいがあったもの」
 清楚で淫靡な手と僕の手を絡ませ合い、互いの身を引き寄せ合って、僕はこの世に生まれた至福と無情と興奮と絶望を味わいながら、二本線のレールの上に身を投げ打った。


『まもなく電車が発車致します。駆け込み乗車はお止め下さい。まもなく電車が発車致します……』


<終>

2009/06/14(Sun)13:03:03 公開 / rathi
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■作者からのメッセージ
 ども、やっちまったかなぁと思っているrathiです。
 もう少し待つつもりでしたが、皆さんの感想を見る限り、
 どうにも巧くいっていないようなので、早めにネタバレしてしまいます。
 一応、下記のは伏線だったのですが、どうにも気づかれなかったようで。

 1・彼女との唯一の連絡手段である携帯が無いのに、どうやって会うつもりだったのか?
 2・ずっと待っていたという女性は、いつから待っていたのか?
 3・電車が到着する前に飛び込んだのに、特に事故が無かったのは何故か?

 正直なところ、2は気づかれないだろうなぁと思ってました。
 いきなり核心からネタバレしてしまいますと、これ、二人とも幽霊なのですよ。
 3で事故がなかったのは、その所為です。実体がないので。

 んで、それを踏まえた上で2は、心中相手を待っていたというよりは、誰かを引きずり込む為の地縛霊だった、という説明がつきます。
 じゃあ何故主人公までもが幽霊だったかというと、冒頭で「事故」があったと放送しているように、既に二駅先で主人公は彼女とやらと心中してしまっている後なのです。妖怪だとか死んでも死にきれないとかうだうだ言っていたのはこの辺です。(分かりづらいだろうなぁとは思ってましたが)
 んで、1で携帯が無いのは、心中した時に壊してしまったというのもありますし、彼女ともう連絡を取りたくないという意志の現れだったりもします。

 ……珍妙な設定をいろいろと詰め込んだ結果が、誰にも気づかれないという悲しい結末に終わってしまったご様子です。
 3から1と逆順に説明したように、ある種推理小説的な手法(答えから問題を解くような逆手順)を実験してみたのですが、何とまぁ……。

 あ、ちなみに。
 「或る或るシリーズ」とは、巷にある「そういうことってあるよね」ではないのであしからず。
 正しく言うと、「とある場所で起きた変な話シリーズ」です。
 

 ではでは〜

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