『隣の世界』 ... ジャンル:リアル・現代 ファンタジー
作者:東雲 修
あらすじ・作品紹介
主人公 黒井秀一は霊を視る事ができる。しかしその力はただ視るだけの小さなものだった。秀一は幼い頃、霊に対しての無力感を悟って以来全ての霊を無視し、傍観者である事を決めた。成長した秀一はある日一人の生霊と出会い、一日だけそのルールを破る事にした。その選択が彼を戦いに身を投じる結果になるとも知らずに……。
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プロローグ
俺は、幽霊ってやつが嫌いだ。
そりゃあ、好きか? と聞かれりゃ、ほとんどの奴が首を横に振るだろうし、縦に振る奴は幽霊なんてモンを信じてない か、かなりの物好きかのどちらかだ。
だけど……幽霊ってやつは確かにいる。
俺はそいつらをよく見るんだ。
今だって、この街の喧騒の中に何人か。
俺はいつもヘッドフォンをつけて、大音量で音楽を流し、なるべく関わらないようにしてる。
俺はあいつらが嫌いだ。
あいつらが近くにいると、俺はすぐに妙な感覚に襲われる。
まるで俺だけこの世界から隔離されたような、そんな感覚。
そんな時、周囲を見回せば、絶対にいるんだ。
あいつらにも、いろんなタイプがある。
虚ろな目をして、ただ虚空を見つめ続けているやつ。
道行く人々を恨みがましい目で見つめて、ただ立っているやつ。
そんな中、俺が一番困るタイプがある。
それは、自分が死んだと気づいていないやつだ。
俺が少しでもそいつらに反応しようもんなら、飛びつくように寄ってくる。
俺としては、そいつらの対処が一番困る。
俺はそいつらのために何ができる訳でもない。
ましてや、助けてなんてやれないのに……。
だけどそいつらはそんな俺の事情なんておかまいなしだ。
いつも気安く話しかけて来る。
いつも気安く……助けを求めてくる。
だから、困るんだ。
そういえば、彼女と初めて会った時もそんな感じだったな……。
第一章
「……きて。起きて黒井君」
「……ん?」
誰かの声で目を覚ました俺は、ゆっくりとした動作で顔を上げた。
「よかった。やっと起きてくれた……」
声がする方に顔を向けると、安堵の顔を浮かべた女の子、浅沼京子が立っていた。
彼女は確か、この学級のクラス委員だったはずだ。はず、というのはその時間俺は寝ていて、クラスの奴から後から聞いた事だからだった。
「……何か俺に用?」
俺は半ば寝ぼけた声で言った。
「うん。ホームルームが終わってもまだ黒井君だけが残って寝てたから、一応声掛けてみたの」
確かに彼女の言うとおり、教室内を見回しても自分と彼女以外誰もいなくなっていた。
一体いつから寝入ってしまったのかは思い出せないが、どうやら相当長く眠ってしまっていたらしい。
「そうか、ありがとう。それじゃ俺ももう帰っ……ッ!」
俺は立ち上がって彼女の方を見ようとし、その瞬間……視えた。
後ろのドアのあたりに立っているおぼろげな黒い影。それはよく見るとこの学校の女子生徒の制服を着て、浅沼さんを恨みがましい目で睨んでいた。
(……幽霊? いや、本人は生きてるみたいだな。生霊ってやつだな。俺でも姿がはっきり見えるし)
だけど俺は何もする気は無かった。いや、できないのだ。俺ができるのはせいぜい視たり、ちょっと触ったり,話したりする程度。祓ったりするのは専門家にでも任せればいい。俺は傍観者に徹する。小さい頃に自分で決めたルールだった。余計なことをしようものなら、辛くなるのは自分だって事を、知ったから。
「どうかしたの黒井君?」
俺が黙って虚空を見つめていることに気づいたのか、浅沼さんは訝しげに訊いてきた。
「……あ、いや、何でも無いよ。じゃあ俺帰るからさ」
「あ、うん。じゃあね黒井君」
そして俺は浅沼さんに手を振られ、教室を後にした。
帰り道、俺は大通りを歩いていた。
俺はここが大嫌いだった。こんな人ごみには必ずあいつらがいるからだ。
早足で歩くサラリーマン。夕飯の買い物をする主婦。俺と同じく帰る途中の学生。
ここまでは誰にでも見える景色だ。
だけど俺は違う。
サラリーマンとすれ違うずぶ濡れの女。主婦の後ろにいる老けた男。学生グループに混ざっている違う制服の少年。
今すれ違った馬鹿笑いしながら電話してた奴にも視せてやりたいね。
そんな事を思いながら歩いていると、不意にあの感覚に襲われた。
しかし、ここで見回すような事はしない。無視無視、と思っていたが考えが甘かった。その感覚の先には今まさに通ろうとしていた道の先に俺より少し年上くらいで黒を基調にしたドレスのような服を着た、流れるような金髪の女の子が佇んでいた。
「ふむ、困ったな」
彼女は真剣な顔をし、妙な口調で何かを呟いているようだった。
「困った……うん?」
俺は、ちょうど顔を上げた彼女とバッチリと目が合ってしまった。
(しまった、俺としたことが……)
生憎今日は音楽プレーヤーの電池が切れてしまい、ヘッドホンをしていなかったため無視しきれなかったのが原因だった。
とはいえ、関わるとめんどくさい事になる、と俺の第六感が告げていたので。無視して横を通り過ぎようとしたが何故か前に進めない。何事かと後ろを振り返ってみると、さっきの女の子が、少し驚いたような顔をして、俺の手をしっかりと握っていた。
「困っているみたいだぞ?」
「いや他人事のように俺に聞かれても。とりあえずその手を離してください」
「はぁ……、困ったな」
「…………」
彼女の態度はわざとらしく肩をすくめ、いかにも何で困ったか聞いてくれと言わんばかりだった。
今更知らん振りをしても目覚めが悪そうだったので、俺は仕方なく聞いてやることにした。
「……はぁ、どうしたんです?」
「おお、聞いてくれるか! ここを通ったものはお前で十四人目だが、それを聞いてくれたのはお前が初めてだ。お前、名前は?」
「……黒井秀一ですけど」
「秀一か。私はリースレット=フォンベルージュという。リースと呼べ。あと敬語はやめろ。堅苦しいのは嫌いだ」
俺はいきなり初対面の女の子を呼び捨てにすることに少し抵抗があったが、本人がいいと言ってることもあり、そう呼ぶことにした。
「はぁ、それじゃ、お言葉に甘えて。で、それはいいんだがそのリースがこんな所で何をしてるんだ?」
「うむ、それなんだがな……」
俺はどうせ道に迷ったか何かだろうと考えていると、リースは少し言いづらそうにした後、とんでもないことを口にした。
「……体に、戻れなくなってしまっ」
「それじゃあ、俺はこれで」
その言葉を聞いてすぐ、俺は身を翻して走り出した。
「なっ! ちょっと待て! お前、私が視えるんだろう!? 話せるんだろう!?」
「うわっ! 追いかけてきやがった!」
「声を掛けてくれたじゃないか!?」
「それはあんたが普通の人間だと思ったからだ!」
「私はれっきとした普通の人間だぞ!」
「半透明のくせに何言ってやがる!」
「頼む!待ってくれ!」
「あ〜! あ〜! 視えない触れない聞こえない〜!」
「聞こえるとは言ってないぞ!」
「何でもいいから帰ってくれ!」
「だからその手伝いをお前に頼んでいるのだろうが!」
「俺が変な奴に見られるだろうが! 他を当たってくれ!」
「他はおらん!」
そんなこんなで走りながら言い争いをしている内、俺たちはいつの間にか公園にまで来てしまっていた。
「はぁ、はぁ、しつこいぞあんた……」
「やっと諦めたか? 大体レディの誘いを無視して逃げようなどと、無礼千万にも程がある」
「何がレディだ……、レディが大声でわめき散らしながら人を追い掛け回したりするかよ……」
「無礼なお前にはちょうどいいだろう」
俺は息も絶え絶えだったが、リースは息一つ切らさず悠々と公園のベンチに腰掛けていた。これだから幽霊って奴は……。
「さて、早く息を整えろ。それが終わったら連れて行ってもらうぞ」
「連れて行くって……どこに?」
「決まっているだろう? 私の家にだ」
俺は諦めて、一日だけ自分で決めた霊への傍観者であるルールを破る事にした。
「ここか……?」
「そうだ」
家に帰る手伝いと言っても、俺は大したことをするわけでもなく、リースの道案内で、ある場所に連れてこられただけだった。そのナビによって連れてこられた場所は、さっきいた公園からそんなに離れていない場所にある古ぼけた洋館だった。だが、俺はその存在に少しの違和感を覚えていた。
(……こんな所にこんな建物あったか?)
洋館は結構な大きさで、一度見たらあまり忘れられないようなインパクトがあった。
しかしおかしな事に、俺にはまったくと言っていいほどこの洋館の記憶が無かった。
俺がそんなことを考えていると、俺の心を見透かしたようにリースが答えた。
「ここは、ここに来る必要のある者にしか見えないからな。お前の記憶に無くて当然だ」
「へぇ……」
「ほう、信じるのか?」
リースが試すような視線を俺に投げかける。
「幽霊なんてモンが実在する世の中だ。そんな事もあっても不思議は無いだろうと思っただけだよ。それともなにか? その話は俺をからかっているだけだってのか?」
「……お前、面白い奴だな」
リースに目を向けると、リースはまじまじと俺の顔を見つめていた。俺はなんとなくその視線に気恥ずかしくなり、その場を後にしようとした。
「……まぁなんにせよ、これで俺の役目は終わりだな。俺はこれで帰らせてもらうぜ」
俺が踵を返そうとすると、リースの声で呼び止められた。
「まぁ待て。今日会ったのも何かの縁だ。礼の意味も兼ねて少し紅茶でも飲んでいかないか? それに……」
「?」
「少しお前に興味が湧いた。お前と話がしてみたい」
「……少しだけなら」
俺は少し迷ったが、このまま帰っても特にすることが無いので、ありがたく誘いを受けることにした。
「は?」
それが俺の屋敷に入ってからの第一声だった。
屋敷の中身は古ぼけた外観からは創造できないほどの豪華さだった。その豪華さに中世ヨーロッパの城の中ってこんな感じなのかな、なんて行った事も無いくせに思っちまったくらいだ。
俺が洋館の中を見回していると、前の方からタキシードのようなものに身を包んだ二十代前半くらいの男がすぐさま駆け寄ってきた。
「お嬢様! 大丈夫でしたか!? 私、心配で心配で胸が張り裂けん思いでした!」
「すまないウォルシュ。だがもう大丈夫だ、秀一が連れてきてくれたからな」
「なんとあなた様が!?」
「いや、俺はただこの人をここに連れてきただけで……」
「何をおっしゃいます! このウォルシュ、あなた様に何度お礼を申し上げても足りない思いでいっぱいでございます!」
「はぁ……」
俺の手を握り、ぶんぶんと振るウォルシュさん。それほどの事をした覚えは無いんだけどな……。
「ウォルシュ、それくらいにしたらどうだ? 秀一も困っているだろう」
「はっ! そうとは気づきませんで、ご気分を害されたのなら申し訳ありません!」
ウォルシュと呼ばれた男は俺にすごい勢いで頭を下げた。
「いや、別にいいですよ」
「何という心の広いお方! 私はこのフォンベルージュ家の執事をさせていただいております、ウォルシュタッド=ブライクと申します。ウォルシュとお呼びください。ぶしつけではございますが、あなた様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「黒井秀一ですけど……」
「黒井様ですね。それではあなた様をこの屋敷の客人として丁重に扱わせていただきます。つきましては立ち話も何ですので、応接室へとご案内させていただきます」
そう言うと、ウォルシュは俺に対して深々と礼をした後、俺たちを先導するように歩き出した。
(ん? リースって今はまだ霊体だよな。あのウォルシュって人、視えてたのか?)
そんな事を思ったが、今はとりあえずウォルシュさんに着いていく事にした。
「ロシアンティーでございます」
「はぁ、どうも……」
見慣れない紅茶を目の前に置かれた俺は、通された応接室のあまりの豪華さに少し気圧されていた。
「ふふ、そう堅くなるな。もっと楽にしていいんだぞ?」
やっと体に戻れたらしいリースは、別室から出てきて目の前の椅子に座った。
らしい、というのは姿がはっきり見えるようになったが、あの感覚が消えてないからだった。
(そんなこといわれてもな……)
しかし、今はそんな事にかまってられる状況じゃなかった。ごく普通の一般家庭で育った俺にいきなり豪華な装飾がされたシャンデリアやら高価そうな置物や絵画がある場所でくつろげと言われても無理がある。
ただそんな中、椅子に座って優雅に紅茶を飲むリースはさしずめ一枚の絵のようにこの風景にはまっていた。
「? 何を見ている?」
俺がじっと自分を見ていた事に気づいたのか、リースが声を掛けてきた。
「あぁいや、なんでもない!」
慌てて否定し、出されたお茶を飲む。
今俺の顔は真っ赤になっていることだろう。
「ふふ、変な奴だな」
そしてしばらくの間、会話も無くただ食器の音だけが部屋の中に響いていたが、不意にリースが口を開いた。
「礼を言うぞ秀一、霊体になったのはいいが今日に限ってパスを繋ぎ忘れてな」
「パス?」
「あぁ、気にするな……それにしても驚いたぞ秀一」
あからさまに話を変えられた、と思ったが、あまり興味も無かったので乗ってやる事にした。
「何がだ?」
「お前の事だ。まさか霊が見えるだけならともかく、触られるやつがいるとはな」
「いや、大した事じゃないだろ。俺は生きてる霊しかはっきり視えないし、触れると言ってもたまにだしな」
「確かに。それくらいの力を持ってるやつはそこそこいるだろうが、私が驚いたのはそこじゃない」
一旦言葉を区切ったリースは真剣な顔で言った。
「私が驚いたのは、お前が霊体に自由に触られている事だ」
「どういう事だ? 触れるんだから、触られるのも一緒じゃないのか?」
「それは違う。いいか、『触る』というのは普通の人間にはできないことだ。例えば手に霊気でコーティングをする。それで初めて『触る』ことができるんだ。つまりは、訓練したやつが自分で触ろうと思わない限り霊には普通触れないんだ」
「でも、俺は現にさっきだってあんたに普通に触られて……」
「それがそもそもおかしいんだ」
リースは俺の言葉を遮るように言った。
「お前を見るに、今までそういう修行や、訓練はした事がないだろう?」
「まぁ、そうだけど……」
「だからだよ。ここで私は一つ仮説を立てた」
「へぇ……」
嬉々として話を続けるリースを止められずに俺はただ話を聞いていた。
「お前の体からはな、常に霊気が溢れているんだよ」
「そうなのか?」
「そうだ。でなければさっきの件は説明がつかん」
「でもさ、それって何かまずい事でもあるのか?」
「まずい事? ふん。お前が想像するまずい事とはどういう事態だ?」
「どういうって、例えば日常生活に支障が出るとか……」
「その程度では済まないかもしれんぞ? ……悪ければ、死すらありえるかもな」
「は? おいおい冗談だろ?」
俺は茶化して言ったが、リースの目は至って真剣そのものだった。
以前から俺は自分の力を疎ましく思っていた。だが、実害は少なかったし、俺もそれが日常茶飯事になっていた。
それなのにいきなりこんなことを言われたって、信じられるわけが無い。
「……悪いが、もう帰らせてもらう」
「ふむ、いきなりこんな突飛な話を信じろというほうが無理、か」
帰ろうとドアノブを握った俺に後ろからリースの声がした。
「まぁ待て。もともと礼の為に招いたんだ、私の用件を果たさせてくれ。ウォルシュ、私の部屋からあの指輪を持ってきてくれ」
「あれを、でございますか……?」
振り返ると、ウォルシュさんがやや困惑した表情でリースを見つめていたが、やがて気圧された様に部屋を出て、別室から小さな箱を持ってきた。
それを差し出された俺は、黙ってその箱を見つめていたが、やがてリースから声がかかった。
「それをお前にやろう」
箱を開けると、その中には指輪が入っていた。
「おいおい、こんな高そうなものもらうわけには……」
「いいから持っていろ。お守り代わりだ」
「……わかったよ」
意味深な表情と言葉に負け、俺はその指輪を制服のポケットに押し込んだ。
「何かあったらすぐに来いよ? ここは来るものを拒まないからな」
そんなリースの悪戯めいた笑顔と言葉を背に、俺は洋館を後にした。
間幕
「……本当に、良かったのでしょうか? あの指輪は……」
「なんだウォルシュ、私の決断が不満か?」
「い、いえお嬢様、そういうわけでは……」
「ふふ、分かっているさ。お前は秀一が心配なんだろう?」
「…………」
私はその沈黙を肯定と解釈した。
「まぁいずれにせよ、なるようになるさ。それに、まだあいつを引き入れると決めたわけではない」
「ではなぜ指輪を?」
「ふふ、面白そうじゃないか? あの特異な少年がこれからどう転ぶか……」
「お嬢様、戯れも度を越せば……」
「わかっている。だが今回は少し、思うところがあってな」
暖炉の炎はただ、ゆらゆらと燃えていた。
2009/05/24(Sun)01:21:51 公開 /
東雲 修
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初めまして、東雲 修と申します。
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